***
週が明けて月曜日。教育実習の初日を迎えた。緊張した足取りで朝早く出発すると、バスの中には既に生徒の姿がちらほら。バスを降りて学校までの一本道になるとその数はもっと増えた。始業時間まではまだまだ時間がある。きっと部活動の朝練に来た生徒や、自習室で勉強する受験生だろう。
制服を着ていない、というだけでこうも通学路の居心地は悪くなるものだろうか。私は何となく足早に学校へ向かった。事前に教えてもらった教職員用玄関から入ると、多くの名札が出勤側に移動していた。朝からこれだけの人数が時間外労働を当たり前にしている。教員になりたくないなあ、と初日から思わせられるには十分な光景だった。
実習生は職員室にほど近い大会議室に集合することになっている。私は階段を上ると、すぐ目の前の会議室に扉を開けた。すでに多くの実習生が集まっていた。
「……おはようございます」
誰に言うでもなく小さい声で挨拶しながら中に入って、空いている机に荷物を下ろした。会議室の前のほうでは見るからにスクールカーストのトップに君臨していただろう、明るく元気で、派手な集団が賑やかに談笑している。その中心には佐々木美希の姿もあった。
私の他にも知り合いがいないのか大人しく座っている実習生は多かった。高校までは教室で一人だと何となく恥ずかしかったり、気まずい気持ちになったが、不思議と大学に入ってからは何も気にならなくなった。逆にどうしてあそこまで独りを怖がっていたのだろうと思うくらいだ。
教室という見えない檻がそう感じさせていたのかもしれない。
「おはよー、澤村さん」
急に頭上から影が降ってきた。顔を上げると一ノ瀬律が私の隣に鞄を下ろしていた。彼は大きな欠伸をして、見るからに眠そうに見える。
「おはよう、一ノ瀬くん」
「自堕落な大学生活に慣れると、高校の朝早い時間帯ってきつくない?俺なんか朝弱いから一限目の授業できる限り排除してるし、こんな朝早い生活久々すぎて辛いわ」
「大学って一限目もそんなに早くないもんね」
「よくこんな朝早い生活を義務教育と高校の十二年もの間やってたなって自分で感心するよ。そう言えば澤村さん、体調は大丈夫?」
「え?体調?」
「この間、校門で倒れそうになってたでしょ?」
「ああ……!いや、あれは、極度の緊張で、アハハ……私、未だに学校に苦手意識あってね。教育実習に来ておいてこんなこと言うのも恥ずかしいんだけど。今日は何とか普通に来れたよ」
「そっか……すごいね、澤村さん」
「今の話にすごい要素なくない?ただのビビりだよ」
「倒れそうになるくらい学校苦手なのに、教育実習来たんでしょ?すごいと思うよ」
真っすぐな瞳で力強く言われて、私は何だか気恥ずかしくなってしまった。誤魔化すように「一ノ瀬くんって変わってるね」と言うと、彼はそうかなと不思議そうにしていた。
この人と在学中に友達になれていたら、私の高校生活はもう少し楽しかったのかな。そんな詮無いことを考えてしまうくらいには、彼の言葉は優しかった。
予定の時間になり、教頭が会議室に入ってきた。ざわついていた実習生は一斉に静かになった。ぴりっとした緊張感が漂う。
「みなさん、おはようございます」
教頭は全員揃っていますね、と人数を数えてから手元の書類に視線を落とした。
「今日からいよいよ教育実習が始まります。説明会で伝えた通り、これから職員朝礼で挨拶してもあります。それから、それぞれ割り振られたクラスで朝のホームルームに出席してもらいます。実習では朝と帰りのホームルーム、清掃の監督、部活動の補助などの業務があります。ホームルームでは出席確認と連絡事項を生徒に伝え、出欠は職員室の黒板に記入するように。その他は教科担当の指示に従ってください。部活動OBは部活にも顔を出してください。それから、この大会議室と実技棟の小会議室は作業場として自由に使ってください。では、そろそろ朝礼です。職員室に向かいましょう」
教頭に続いて、実習生は列をなして職員室に入った。中は教員でごった返していた。私たち実習生は前の方にぎゅうぎゅうに詰めて並んだ。この学校には職員室の他に生徒指導室や各教科の準備室など、いくつか小規模な職員室のような部屋がある。
全教員は普段は別の部屋に分散しており、全教員が職員室に集まるとかなりの人数になる。広い職員室ですら手狭になっていた。さらに実習生の集団がいるため、職員室はすし詰め状態だった。
予鈴が鳴り、教頭が「では、職員朝礼を始めます」と一声かけるとざわついていた職員室は静かになった。教頭や事務員が機械的に連絡事項を話し、その後、校長と副校長から教育実習について手短に話があり、教育実習生一人一人を科目と共に教頭が紹介し、朝礼は十分ほどで終わった。
そこからは凄まじかった。本鈴まで数分しかないので、各クラスの担任は実習生をとっ掴まえると、挨拶もそこそこに自分の教室へとほぼ小走りで連行した。校舎は広く小走りしても最上階の一年生のクラスは遠いので本鈴と同時の到着だった。
私が割り振られたのは一年六組だった。
担任は大きな声でハキハキ話す英語の先生。新婚で来年子供が生まれるらしい。小走りしながら教えてくれたおしゃべり好きな先生だ。
担任の後ろについて教室に入ると、ひな鳥のような一年生たちが待ち構えている。私の姿を見ると、わっと嬉しそうな声を上げて迎えてくれた。
「やったー!若い!」
「かわいー!」
「先生、何歳⁉大学どこなん?」
「彼氏いますかー⁉」
若さゆえの元気で不躾な質問が飛び交う中、生徒たちに負けない声量で担任の先生が強引にホームルームを始めた。出欠を取る間も生徒たちは実習生に興味津々と言った様子で話しかけてきたり、手を振ったりしていた。かなり陽気な生徒が多いクラスのようだ。
週が明けて月曜日。教育実習の初日を迎えた。緊張した足取りで朝早く出発すると、バスの中には既に生徒の姿がちらほら。バスを降りて学校までの一本道になるとその数はもっと増えた。始業時間まではまだまだ時間がある。きっと部活動の朝練に来た生徒や、自習室で勉強する受験生だろう。
制服を着ていない、というだけでこうも通学路の居心地は悪くなるものだろうか。私は何となく足早に学校へ向かった。事前に教えてもらった教職員用玄関から入ると、多くの名札が出勤側に移動していた。朝からこれだけの人数が時間外労働を当たり前にしている。教員になりたくないなあ、と初日から思わせられるには十分な光景だった。
実習生は職員室にほど近い大会議室に集合することになっている。私は階段を上ると、すぐ目の前の会議室に扉を開けた。すでに多くの実習生が集まっていた。
「……おはようございます」
誰に言うでもなく小さい声で挨拶しながら中に入って、空いている机に荷物を下ろした。会議室の前のほうでは見るからにスクールカーストのトップに君臨していただろう、明るく元気で、派手な集団が賑やかに談笑している。その中心には佐々木美希の姿もあった。
私の他にも知り合いがいないのか大人しく座っている実習生は多かった。高校までは教室で一人だと何となく恥ずかしかったり、気まずい気持ちになったが、不思議と大学に入ってからは何も気にならなくなった。逆にどうしてあそこまで独りを怖がっていたのだろうと思うくらいだ。
教室という見えない檻がそう感じさせていたのかもしれない。
「おはよー、澤村さん」
急に頭上から影が降ってきた。顔を上げると一ノ瀬律が私の隣に鞄を下ろしていた。彼は大きな欠伸をして、見るからに眠そうに見える。
「おはよう、一ノ瀬くん」
「自堕落な大学生活に慣れると、高校の朝早い時間帯ってきつくない?俺なんか朝弱いから一限目の授業できる限り排除してるし、こんな朝早い生活久々すぎて辛いわ」
「大学って一限目もそんなに早くないもんね」
「よくこんな朝早い生活を義務教育と高校の十二年もの間やってたなって自分で感心するよ。そう言えば澤村さん、体調は大丈夫?」
「え?体調?」
「この間、校門で倒れそうになってたでしょ?」
「ああ……!いや、あれは、極度の緊張で、アハハ……私、未だに学校に苦手意識あってね。教育実習に来ておいてこんなこと言うのも恥ずかしいんだけど。今日は何とか普通に来れたよ」
「そっか……すごいね、澤村さん」
「今の話にすごい要素なくない?ただのビビりだよ」
「倒れそうになるくらい学校苦手なのに、教育実習来たんでしょ?すごいと思うよ」
真っすぐな瞳で力強く言われて、私は何だか気恥ずかしくなってしまった。誤魔化すように「一ノ瀬くんって変わってるね」と言うと、彼はそうかなと不思議そうにしていた。
この人と在学中に友達になれていたら、私の高校生活はもう少し楽しかったのかな。そんな詮無いことを考えてしまうくらいには、彼の言葉は優しかった。
予定の時間になり、教頭が会議室に入ってきた。ざわついていた実習生は一斉に静かになった。ぴりっとした緊張感が漂う。
「みなさん、おはようございます」
教頭は全員揃っていますね、と人数を数えてから手元の書類に視線を落とした。
「今日からいよいよ教育実習が始まります。説明会で伝えた通り、これから職員朝礼で挨拶してもあります。それから、それぞれ割り振られたクラスで朝のホームルームに出席してもらいます。実習では朝と帰りのホームルーム、清掃の監督、部活動の補助などの業務があります。ホームルームでは出席確認と連絡事項を生徒に伝え、出欠は職員室の黒板に記入するように。その他は教科担当の指示に従ってください。部活動OBは部活にも顔を出してください。それから、この大会議室と実技棟の小会議室は作業場として自由に使ってください。では、そろそろ朝礼です。職員室に向かいましょう」
教頭に続いて、実習生は列をなして職員室に入った。中は教員でごった返していた。私たち実習生は前の方にぎゅうぎゅうに詰めて並んだ。この学校には職員室の他に生徒指導室や各教科の準備室など、いくつか小規模な職員室のような部屋がある。
全教員は普段は別の部屋に分散しており、全教員が職員室に集まるとかなりの人数になる。広い職員室ですら手狭になっていた。さらに実習生の集団がいるため、職員室はすし詰め状態だった。
予鈴が鳴り、教頭が「では、職員朝礼を始めます」と一声かけるとざわついていた職員室は静かになった。教頭や事務員が機械的に連絡事項を話し、その後、校長と副校長から教育実習について手短に話があり、教育実習生一人一人を科目と共に教頭が紹介し、朝礼は十分ほどで終わった。
そこからは凄まじかった。本鈴まで数分しかないので、各クラスの担任は実習生をとっ掴まえると、挨拶もそこそこに自分の教室へとほぼ小走りで連行した。校舎は広く小走りしても最上階の一年生のクラスは遠いので本鈴と同時の到着だった。
私が割り振られたのは一年六組だった。
担任は大きな声でハキハキ話す英語の先生。新婚で来年子供が生まれるらしい。小走りしながら教えてくれたおしゃべり好きな先生だ。
担任の後ろについて教室に入ると、ひな鳥のような一年生たちが待ち構えている。私の姿を見ると、わっと嬉しそうな声を上げて迎えてくれた。
「やったー!若い!」
「かわいー!」
「先生、何歳⁉大学どこなん?」
「彼氏いますかー⁉」
若さゆえの元気で不躾な質問が飛び交う中、生徒たちに負けない声量で担任の先生が強引にホームルームを始めた。出欠を取る間も生徒たちは実習生に興味津々と言った様子で話しかけてきたり、手を振ったりしていた。かなり陽気な生徒が多いクラスのようだ。