ホタルは真剣な面持ちで、ぽつりぽつりと心情を語り始めた。

「子供の頃から、私は他人の心情を察することがとても苦手でした。もちろん開き直るつもりはありませんし、改善しようと努力はしているつもりです。しかし、一朝一夕では如何ともし難く……」
「分かるよ。性格を変えるってのは簡単じゃないよな」
「ですが、せめて怒らせた理由だけでも理解しなければ、また同じことをしてしまうかもしれません。それだけは避けなければ」

 本当、ホタル・レオンという少女は真面目な子だ。

 今回はそんな性格が裏目に出てしまったが、それでも自分の失敗を真剣に見つめ直し、同じ過ちを犯さないように腐心している。

 だったら僕も真剣に応えないと、年長者として格好がつかないというものだ。

「そうだね……敵対勢力のスパイだと疑われた気がして不快に感じた……これも確かに理由の一つなんだろうけど、多分それだけじゃない。君もそう思ったから、わざわざ僕に聞きに来たんだろう?」
「はい! どうしてあんなに悲しそうな顔をしたのか、ただそれを知りたくて……」
「……クレナイはね。子供の頃に森で拾われて、ペトラ村の人達に育てられた。迷子になっていたんじゃない。捨てられてしまったんだそうだ」

 僕はゆっくりと噛み砕いて聞かせるように言葉を続けた。

「一体どこの誰が捨てたのかは知らないけど、予想はできるんじゃないかな」
「……『メガス・キーオン』の獣人が、クレナイを森に捨てた。クレナイはそれを覚えていたから、この名前を聞いたときに……そういうことだったんですね」

 後悔の念を滲ませるホタル。

「不覚です。彼女のことをよく知りたいと思うあまり、過去の傷を不用意に掘り起こしてしまうとは」
「よく知りたい? それはつまり、仲良くなりたいってことだと思ってもいいのかな」
「名のある騎士の娘……という立場のせいか、どうも同世代の相手と接した経験に乏しいもので……軍学校でも、共に学んだのは上の世代の学生ばかり。結局、卒業するまで友人と呼べる相手を作ることはできませんでした」

 クレナイと同世代なのに、軍学校を卒業したということは、十代の前半くらいで入学したことになる。

 明らかに早すぎる。もしかして、とんでもなく優秀な子なんじゃないだろうか。

「これが不健全な状態だということは、自分でも分かっています。だからこそ、この機会に友人を得ることができれば……そう思ったのですが……ままならないものです」

 ホタルはどこか悲しそうに首を振った。

 仲良くなりたい。友達になりたい。
 そんな風に思って、相手のことを知ろうとするのは、誰だって当たり前にやることだ。

 例えばアカデミーに入学したばかりのとき、同期の入学者に出身地を尋ねたりして、距離を近付ける取っ掛かりにしたりするだろう。

 本質的にはそれと同じだ。
 ホタルはクレナイのことを知ろうとして、しかし話題の選択を間違えた。
 
 端的に言ってしまえば、たったそれだけなのだ。

「だったら、クレナイにも同じことを伝えればいいと思うよ」
「同じこと……ですか?」
「友達が欲しいって思ってること。だからクレナイと仲良くなりたいって思ってること。その辺を丸ごと直接ね。相手を知るのはもちろん大事だけど、自分のことを知ってもらうのだって同じくらいに大切なんだからさ」

 まるで学校の先生みたいな言い草だな、と内心で自嘲する。

 アカデミーでは下から数えた方が早い劣等生だったくせに、一丁前の指導者みたいなことを言っているじゃないか。

 しかし、そんな僕の言葉でも、ホタルの心には響くものがあったようだ。

「まずは私のことを……ありがとうございます、魔導師殿! 光明が差したような心地です! それでは失礼いたします! クレナイを探して参りますので!」
「大袈裟だなぁ」

 疾風のように走り去っていくホタルを見送って、ふうっと大きく息を吐いてから、部屋の片隅に積まれた木箱の山に視線を向ける。

「もう行ったよ。これでよかったかな?」
「……お手数、お掛けしましたぁ……」

 その木箱の陰から、心底気まずそうな顔をしたクレナイが姿を現した。

 実は、クレナイは最初からずっとこの部屋にいた。

 後学のためということで、クレナイはプレゼンテーション資料の準備を手伝ってくれていたのだが、ホタルが訪ねてきたと気付くや否や、扉が開くよりも先に木箱の陰に隠れてしまった……という経緯だ。

「ええと、ですね。言い訳していいですか?」
「どうぞ」
「私……たまに街の方に行ったりすると、獣人だからって変な目で見られることがあるんです。森の獣人の仲間なんじゃないか、みたいな。もちろん村の皆は違いますよ? でも、王都から来たばかりって聞いて、今回もそういうアレかなと思って、内心イラッとしたからああいう態度になりまして……まさか『お友達になりましょう』的なアプローチだとか分かるわけなくってですね……」

 しどろもどろな割に猛烈な早口で、クレナイは延々と弁明を並べ立てた。

 頭に浮かんだ言葉を片っ端から投げつけたような焦りっぷりだ。

 つまるところ、クレナイはホタルの態度を『獣人だからという理由で、メガス・キーオンと繋がりがあると疑っている』のだと受け止めて、不快感を覚えて距離を取ろうとしていた。

 だが、ホタルの本音はさっき分かった通り。

 仲良くなりたいから自分のことを知ろうとしていただけだった、と気付いた結果、無駄に敵対的な態度を取っていたことが猛烈に恥ずかしくなってしまった……といったところだろう。

 まったく、世話の焼ける子供達だ。

「僕から言えることは一つだけ。ホタルにも同じことを伝えればいいと思うよ。早とちりして刺々しい反応をしてしまったけど、そういう事情なら満更でもありませんってね」
「う……やっぱりそうなりますよね……頑張ります……!」

 クレナイは気恥ずかしさを噛み殺した顔で、ホタルの後を追って部屋を出ていった。

 本音を打ち明けるのは恥ずかしいものだ。
 こればっかりはしょうがない。僕だってそうだ。誰だってそうだ。

 だけど、今はお互いに勇気を出した方がいい。
 すれ違いはなるべく早いうちに正しておかないと、修復不能なまでにこじれてしまうかもしれないのだから。

「……って、いよいよ教師みたいな思考回路になってきたな。まさか魔導師より向いてるとか言わないよな……?」

 独り呟きながら苦笑する。
 もしそうだったら、さすがに泣くぞ。そんなの人生設計大失敗じゃないか。