ビクトリアは、窮地に立たされていた。
昨日までは良好な関係だったはずのユリアンが、恐ろしい形相で自分を睨みつけている。
「な、何のことでしょうか?」
ビクトリアは震える声でそう言うと、なんとかこの場を切り抜けようと頭を捻った。
だが、こういう時に限って何も思いつかない。
ビクトリアは混乱する。「今までずっと上手く立ち回ってきたはずなのに、なぜこんなことになったのだろう?」と。
恐らく、コーデリアとジェイドに何かを吹き込まれたのだろうが、聡明なユリアンが彼らの言葉を鵜呑みにするはずがない。
一体、どんな手を使われたのか皆目見当もつかなかった。そんなビクトリアの心中を察したのか、ユリアンは呆れたように溜息をついた。
「君は、以前言っていたな。『妹は忌み子と揶揄されているけれど、私は彼女のことが大好きだし、昔から仲がいいんです』と。ところが、どうだ。本人から証言を聞いてみれば、まるで正反対じゃないか」
「そ、それは……」
「ビクトリア。僕は君の人となりをよく知っているつもりだった。君は聡明で、人の気持ちを考えられる人間だと信じていたよ。ついさっきまではね。……本当に残念だよ。だから──申し訳ないけれど、君との婚約は解消させてもらおうと思う」
ユリアンの失望したような言葉に、ビクトリアは目の前が真っ暗になった。
「そんな話……きっと、そこにいるウルス公爵がでっち上げたに決まっています! 彼は、きっとコーデリアを脅しているのです! だから、彼女は言いなりにならざるを得なかったのです!」
ビクトリアは、ユリアンの後ろにいるジェイドを指差して叫んだ。
「全く……何を言っているんだ、君は」
ユリアンは呆れたように肩をすくめると、やれやれといった様子で首を横に振った。
「そこまで言うなら、目撃者に証言を取ってもいいよ。そうだな……例えば、君が連れているその二人とか」
そう言って、ユリアンはビクトリアの友人である令嬢たちを見る。
「君たちは、いつもビクトリアの近くにいるね。それなら、彼女が普段どんな振る舞いをしているかよく知っているんじゃないか?」
ユリアンが尋ねると、二人は気まずそうに顔を見合わせた。
「勿論、嘘をついても構わないよ。ただ……この後、他の人からも証言を取るつもりだから、いずれ君たちの嘘はばれるけれどね。そうなった場合、家門に傷がつくけど……覚悟はできているかい?」
ユリアンがそう尋ねると、二人は真っ青になって震え上がった。
「ビクトリア様は、日頃からコーデリアを虐げていました! 私たちも、同じように彼女を虐めるよう強要されていて……。コーデリアは、いつも泣いていましたわ!」
「そうです! ビクトリア様は、コーデリアの悪口を言っていたんです! 『お前は私と違って醜い』とか『忌み子が妹だなんて、恥ずかしくて外も歩けない』とか……他にも、色々と酷いことを言っていましたわ!」
二人は必死な形相でそう訴えた。
あくまでも、自分たちは強要されていただけということにして、自分たちの無実を主張するつもりのようだ。
「なるほど。君たちの言い分はよくわかったよ」
ユリアンは頷くと、ビクトリアに視線を戻した。
「あ、あなた達……!」
ビクトリアは、友人たちの裏切りに愕然とした。
「どうやら、君に味方はいないようだね」
「あなた達だって、楽しそうにコーデリアを虐めていたでしょう!? 私だけが悪いって言うの!?」
ビクトリアは、友人たちを責め立てる。
「ほう? ということは、自分がコーデリアを虐げていたことを認めるんだな?」
「……っ!」
墓穴を掘ったことに気づいたビクトリアは、言葉を失った。
「ち、違います! 私は、ただ……」
震える声で弁解しようとしたが、言葉が続かなかった。
ビクトリアは何も言い返すことができず、悔しさのあまり唇を噛みしめる。
(もう、おしまいだわ……)
ビクトリアは絶望に打ちひしがれた。
ここまで自分の悪事が露見してしまうと、もう破滅を回避することはできないだろう。
「さて、ビクトリア」
ユリアンは、冷ややかな目でビクトリアを見やる。
「君のような人間は社交界に必要ない。今すぐ、城から出て行ってくれ。勿論、君の家族もだ」
「そ、そんな……! それは、あんまりです!」
ビクトリアは、泣きそうになりながらも叫んだ。
「私は、今まで全身全霊でユリアン様に尽くしてきました。今でも、心から貴方のことをお慕い申しております。それなのに……こんな仕打ち、あんまりです!!」
「それは逆恨みというものだよ、ビクトリア」
ユリアンは呆れたように溜息をついた。
「君がコーデリアに対して行った仕打ちは、到底許されることではない」
ユリアンがそう言い放つ。直後、ビクトリアは膝から崩れ落ちた。
「──全部、あの儀式がうまくいかなかったせいだわ」
ビクトリアは、ぼそりと呟いた。
「あの儀式……?」
ユリアンが怪訝な顔で尋ねてきた。
「ラザフォード家が代々行っている、悪魔召喚の儀式です」
ビクトリアがそう答えた途端、一同は凍りついた。
「なんだって……? 悪魔召喚の儀式……?」
「ええ、そうです。私たちは、それを『人身御供の儀』と呼んでいます。ラザフォード家は、代々その儀式を行うことで悪魔から力を借り、有名な魔導士を輩出してきたのです」
躊躇なく語るビクトリアに、友人たちは後ずさりした。
日頃からそばにいた彼女たちにですら話したことがなかったのだから、無理もないだろう。
「但し、その儀式には生贄が必要なのです」
「まさか、その生贄というのは……」
ユリアンが恐る恐る尋ねると、ビクトリアは頷いた。
「ええ。お察しの通り、コーデリアのことです。──そう、お父様は私の魔力をさらに高めるために、コーデリアを生贄として悪魔に捧げたのです」
「なっ……」
ユリアンが言葉に詰まる。だが、ビクトリアは構わず話を続けた。
「お父様は、私を優秀だと──自慢の娘だと褒めてくださいました。『お前はラザフォード家の誇りだ』とまで言ってくださったのです。だから、私はお父様の期待に応えるために今まで必死に努力してきました。それなのに……コーデリアが儀式を失敗してからというもの、お父様の態度はすっかり変わってしまいました」
ビクトリアは、自分が涙目になっていくのを感じた。
「お父様は、段々と私を褒めることが少なくなりました。それどころか、次第に厳しい言動が増えてきたのです。『儀式は失敗したが、お前は世界一の魔導士にならなければならない』と。そんな言葉を毎日のように聞かされてきました。私は、お父様の期待に応えようと必死でした。それなのに、お父様の機嫌は一向に良くならなくて……」
そこまで言うと、ビクトリアはコーデリアを睨みつけた。
「……そうなったのも、全部コーデリアのせいだわ。コーデリアが儀式を失敗しなければ、私はお父様の愛を一心に受けられたはずなのに!」
そう言い放つと、気圧されたのかコーデリアは怯えたような表情で後ずさった。
そんな彼女を守るように、ジェイドが前に立ち塞がる。そして、ビクトリアを睨みつけてきた。
「いい? コーデリア。お前が儀式に失敗したせいで、お父様の態度が変わってしまったのよ! その挙句、ユリアン様に余計なことを吹き込んで……! 一体、どれだけ私の足を引っ張れば気が済むの!? ……この役立たずの愚図め!」
「……っ」
コーデリアは、ジェイドに庇われながら唇を噛みしめている。
「──役立たず? 彼女のどこが役立たずなんだ?」
突然、ジェイドが低い声音でそう尋ねてきた。彼は、冷たい眼差しでビクトリアを見据えている。
「コーデリアの発明品は、現に多くの人々を救っている。彼女は、君の言うような役立たずなんかじゃない」
ジェイドはきっぱりと言い切ると、ビクトリアに鋭い視線を向けた。
「ビクトリア嬢。君の言っていることは、ただの言いがかりだ」
「……なんですって?」
ジェイドは淡々とした口調で続ける。
「君は、自分の思い通りにならないことに腹を立てて、彼女を責め立てているだけだ。それは子供の癇癪と同じだよ」
ジェイドの言葉に、ビクトリアの唇はわなわなと震えた。
「うるさい! 何も知らない部外者が、偉そうに言わないで頂戴!」
「ああ、確かに俺は部外者だ。だが、これだけは言わせてくれ」
ジェイドはそう言うと、一歩前に踏み出した。
「たとえ魔力に恵まれていなくとも、俺はコーデリアのことを尊敬している。彼女は自分にできる最善の方法を模索し、それを実行してきた。そして、人々を助けるために日々努力している。それがどれだけ凄いことか、聡明な君なら分かるはずだ。……もう一度言おう。彼女は、役立たずなんかじゃない」
「……!」
ジェイドの言葉に、ビクトリアは狼狽する。
どうして、みんなコーデリアの味方をするのだろう。誰も自分の気持ちをわかってくれない。
世界で一番不幸なのは、自分だ。そんな考えが、頭の中を支配する。
「……うるさい! うるさい! 黙れぇ!!」
ビクトリアは、半狂乱になって叫んだ。
「全部……全部、お前が悪いのよ! コーデリア! お父様が私を可愛がってくれなくなったのも、レオンが私の元から逃げたのも、ユリアン様から婚約破棄されたのも──全部、お前のせいよ!!」
ビクトリアは、コーデリアに憎しみをぶつけるように鋭い眼差しを向けた。
そして、彼女に飛びかかると、その細い首に素早く手をかけた。
「コーデリア……! お前だけは絶対に許さない!!」
ビクトリアはコーデリアの首を絞めると、怨嗟に満ちた声で叫んだ。
その瞬間、コーデリアが悲しげな表情を浮かべた気がした。それが気に入らなくて、ビクトリアはますます強い力でコーデリアの首を絞め上げる。
だが、すぐに止めに入ったジェイドとユリアンによって引き剥がされてしまった。
コーデリアは、咳き込みながらその場に倒れ込む。それを見たビクトリアは、忌々しげに舌打ちをしてみせる。
(どうして、こんなことになってしまったの……?)
ビクトリアの心の中に、黒い感情が渦巻く。
(こんなにひどい目に遭ったんだもの。きっと、お父様が慰めてくださるわ。最近は冷たい時も多かったけれど、事情を話せば優しく抱きしめてくださるはずよ。だって、私は悪くないんだもの)
ビクトリアは、恍惚としながらも微笑んだ。
──そう、いつだって悪いのはコーデリアなのだ。出来の悪い妹が邪魔をしなければ、ビクトリアは不幸にならなかったはずだ。
「ビクトリア……! なんてことをしたんだ! いいか!? これは立派な殺人未遂なんだぞ!?」
ユリアンが何やら激高しながら叫んでいるが、ビクトリアの耳には届かなかった。
「私は悪くない……悪くないわ……悪いのは、コーデリアなのよ……」
ビクトリアは、ぶつぶつと呟きながら夜空を仰ぐ。雲一つない夜空には、煌々と輝く満月が浮かんでいた。
昨日までは良好な関係だったはずのユリアンが、恐ろしい形相で自分を睨みつけている。
「な、何のことでしょうか?」
ビクトリアは震える声でそう言うと、なんとかこの場を切り抜けようと頭を捻った。
だが、こういう時に限って何も思いつかない。
ビクトリアは混乱する。「今までずっと上手く立ち回ってきたはずなのに、なぜこんなことになったのだろう?」と。
恐らく、コーデリアとジェイドに何かを吹き込まれたのだろうが、聡明なユリアンが彼らの言葉を鵜呑みにするはずがない。
一体、どんな手を使われたのか皆目見当もつかなかった。そんなビクトリアの心中を察したのか、ユリアンは呆れたように溜息をついた。
「君は、以前言っていたな。『妹は忌み子と揶揄されているけれど、私は彼女のことが大好きだし、昔から仲がいいんです』と。ところが、どうだ。本人から証言を聞いてみれば、まるで正反対じゃないか」
「そ、それは……」
「ビクトリア。僕は君の人となりをよく知っているつもりだった。君は聡明で、人の気持ちを考えられる人間だと信じていたよ。ついさっきまではね。……本当に残念だよ。だから──申し訳ないけれど、君との婚約は解消させてもらおうと思う」
ユリアンの失望したような言葉に、ビクトリアは目の前が真っ暗になった。
「そんな話……きっと、そこにいるウルス公爵がでっち上げたに決まっています! 彼は、きっとコーデリアを脅しているのです! だから、彼女は言いなりにならざるを得なかったのです!」
ビクトリアは、ユリアンの後ろにいるジェイドを指差して叫んだ。
「全く……何を言っているんだ、君は」
ユリアンは呆れたように肩をすくめると、やれやれといった様子で首を横に振った。
「そこまで言うなら、目撃者に証言を取ってもいいよ。そうだな……例えば、君が連れているその二人とか」
そう言って、ユリアンはビクトリアの友人である令嬢たちを見る。
「君たちは、いつもビクトリアの近くにいるね。それなら、彼女が普段どんな振る舞いをしているかよく知っているんじゃないか?」
ユリアンが尋ねると、二人は気まずそうに顔を見合わせた。
「勿論、嘘をついても構わないよ。ただ……この後、他の人からも証言を取るつもりだから、いずれ君たちの嘘はばれるけれどね。そうなった場合、家門に傷がつくけど……覚悟はできているかい?」
ユリアンがそう尋ねると、二人は真っ青になって震え上がった。
「ビクトリア様は、日頃からコーデリアを虐げていました! 私たちも、同じように彼女を虐めるよう強要されていて……。コーデリアは、いつも泣いていましたわ!」
「そうです! ビクトリア様は、コーデリアの悪口を言っていたんです! 『お前は私と違って醜い』とか『忌み子が妹だなんて、恥ずかしくて外も歩けない』とか……他にも、色々と酷いことを言っていましたわ!」
二人は必死な形相でそう訴えた。
あくまでも、自分たちは強要されていただけということにして、自分たちの無実を主張するつもりのようだ。
「なるほど。君たちの言い分はよくわかったよ」
ユリアンは頷くと、ビクトリアに視線を戻した。
「あ、あなた達……!」
ビクトリアは、友人たちの裏切りに愕然とした。
「どうやら、君に味方はいないようだね」
「あなた達だって、楽しそうにコーデリアを虐めていたでしょう!? 私だけが悪いって言うの!?」
ビクトリアは、友人たちを責め立てる。
「ほう? ということは、自分がコーデリアを虐げていたことを認めるんだな?」
「……っ!」
墓穴を掘ったことに気づいたビクトリアは、言葉を失った。
「ち、違います! 私は、ただ……」
震える声で弁解しようとしたが、言葉が続かなかった。
ビクトリアは何も言い返すことができず、悔しさのあまり唇を噛みしめる。
(もう、おしまいだわ……)
ビクトリアは絶望に打ちひしがれた。
ここまで自分の悪事が露見してしまうと、もう破滅を回避することはできないだろう。
「さて、ビクトリア」
ユリアンは、冷ややかな目でビクトリアを見やる。
「君のような人間は社交界に必要ない。今すぐ、城から出て行ってくれ。勿論、君の家族もだ」
「そ、そんな……! それは、あんまりです!」
ビクトリアは、泣きそうになりながらも叫んだ。
「私は、今まで全身全霊でユリアン様に尽くしてきました。今でも、心から貴方のことをお慕い申しております。それなのに……こんな仕打ち、あんまりです!!」
「それは逆恨みというものだよ、ビクトリア」
ユリアンは呆れたように溜息をついた。
「君がコーデリアに対して行った仕打ちは、到底許されることではない」
ユリアンがそう言い放つ。直後、ビクトリアは膝から崩れ落ちた。
「──全部、あの儀式がうまくいかなかったせいだわ」
ビクトリアは、ぼそりと呟いた。
「あの儀式……?」
ユリアンが怪訝な顔で尋ねてきた。
「ラザフォード家が代々行っている、悪魔召喚の儀式です」
ビクトリアがそう答えた途端、一同は凍りついた。
「なんだって……? 悪魔召喚の儀式……?」
「ええ、そうです。私たちは、それを『人身御供の儀』と呼んでいます。ラザフォード家は、代々その儀式を行うことで悪魔から力を借り、有名な魔導士を輩出してきたのです」
躊躇なく語るビクトリアに、友人たちは後ずさりした。
日頃からそばにいた彼女たちにですら話したことがなかったのだから、無理もないだろう。
「但し、その儀式には生贄が必要なのです」
「まさか、その生贄というのは……」
ユリアンが恐る恐る尋ねると、ビクトリアは頷いた。
「ええ。お察しの通り、コーデリアのことです。──そう、お父様は私の魔力をさらに高めるために、コーデリアを生贄として悪魔に捧げたのです」
「なっ……」
ユリアンが言葉に詰まる。だが、ビクトリアは構わず話を続けた。
「お父様は、私を優秀だと──自慢の娘だと褒めてくださいました。『お前はラザフォード家の誇りだ』とまで言ってくださったのです。だから、私はお父様の期待に応えるために今まで必死に努力してきました。それなのに……コーデリアが儀式を失敗してからというもの、お父様の態度はすっかり変わってしまいました」
ビクトリアは、自分が涙目になっていくのを感じた。
「お父様は、段々と私を褒めることが少なくなりました。それどころか、次第に厳しい言動が増えてきたのです。『儀式は失敗したが、お前は世界一の魔導士にならなければならない』と。そんな言葉を毎日のように聞かされてきました。私は、お父様の期待に応えようと必死でした。それなのに、お父様の機嫌は一向に良くならなくて……」
そこまで言うと、ビクトリアはコーデリアを睨みつけた。
「……そうなったのも、全部コーデリアのせいだわ。コーデリアが儀式を失敗しなければ、私はお父様の愛を一心に受けられたはずなのに!」
そう言い放つと、気圧されたのかコーデリアは怯えたような表情で後ずさった。
そんな彼女を守るように、ジェイドが前に立ち塞がる。そして、ビクトリアを睨みつけてきた。
「いい? コーデリア。お前が儀式に失敗したせいで、お父様の態度が変わってしまったのよ! その挙句、ユリアン様に余計なことを吹き込んで……! 一体、どれだけ私の足を引っ張れば気が済むの!? ……この役立たずの愚図め!」
「……っ」
コーデリアは、ジェイドに庇われながら唇を噛みしめている。
「──役立たず? 彼女のどこが役立たずなんだ?」
突然、ジェイドが低い声音でそう尋ねてきた。彼は、冷たい眼差しでビクトリアを見据えている。
「コーデリアの発明品は、現に多くの人々を救っている。彼女は、君の言うような役立たずなんかじゃない」
ジェイドはきっぱりと言い切ると、ビクトリアに鋭い視線を向けた。
「ビクトリア嬢。君の言っていることは、ただの言いがかりだ」
「……なんですって?」
ジェイドは淡々とした口調で続ける。
「君は、自分の思い通りにならないことに腹を立てて、彼女を責め立てているだけだ。それは子供の癇癪と同じだよ」
ジェイドの言葉に、ビクトリアの唇はわなわなと震えた。
「うるさい! 何も知らない部外者が、偉そうに言わないで頂戴!」
「ああ、確かに俺は部外者だ。だが、これだけは言わせてくれ」
ジェイドはそう言うと、一歩前に踏み出した。
「たとえ魔力に恵まれていなくとも、俺はコーデリアのことを尊敬している。彼女は自分にできる最善の方法を模索し、それを実行してきた。そして、人々を助けるために日々努力している。それがどれだけ凄いことか、聡明な君なら分かるはずだ。……もう一度言おう。彼女は、役立たずなんかじゃない」
「……!」
ジェイドの言葉に、ビクトリアは狼狽する。
どうして、みんなコーデリアの味方をするのだろう。誰も自分の気持ちをわかってくれない。
世界で一番不幸なのは、自分だ。そんな考えが、頭の中を支配する。
「……うるさい! うるさい! 黙れぇ!!」
ビクトリアは、半狂乱になって叫んだ。
「全部……全部、お前が悪いのよ! コーデリア! お父様が私を可愛がってくれなくなったのも、レオンが私の元から逃げたのも、ユリアン様から婚約破棄されたのも──全部、お前のせいよ!!」
ビクトリアは、コーデリアに憎しみをぶつけるように鋭い眼差しを向けた。
そして、彼女に飛びかかると、その細い首に素早く手をかけた。
「コーデリア……! お前だけは絶対に許さない!!」
ビクトリアはコーデリアの首を絞めると、怨嗟に満ちた声で叫んだ。
その瞬間、コーデリアが悲しげな表情を浮かべた気がした。それが気に入らなくて、ビクトリアはますます強い力でコーデリアの首を絞め上げる。
だが、すぐに止めに入ったジェイドとユリアンによって引き剥がされてしまった。
コーデリアは、咳き込みながらその場に倒れ込む。それを見たビクトリアは、忌々しげに舌打ちをしてみせる。
(どうして、こんなことになってしまったの……?)
ビクトリアの心の中に、黒い感情が渦巻く。
(こんなにひどい目に遭ったんだもの。きっと、お父様が慰めてくださるわ。最近は冷たい時も多かったけれど、事情を話せば優しく抱きしめてくださるはずよ。だって、私は悪くないんだもの)
ビクトリアは、恍惚としながらも微笑んだ。
──そう、いつだって悪いのはコーデリアなのだ。出来の悪い妹が邪魔をしなければ、ビクトリアは不幸にならなかったはずだ。
「ビクトリア……! なんてことをしたんだ! いいか!? これは立派な殺人未遂なんだぞ!?」
ユリアンが何やら激高しながら叫んでいるが、ビクトリアの耳には届かなかった。
「私は悪くない……悪くないわ……悪いのは、コーデリアなのよ……」
ビクトリアは、ぶつぶつと呟きながら夜空を仰ぐ。雲一つない夜空には、煌々と輝く満月が浮かんでいた。