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 ダムダムダムとバスケットボールが体育館を転がる。
 それを赤と青のゼッケンを着た生徒達が追う。
 昼休み前最後の授業の体育は2クラス合同でサッカーとバスケットボールの選択制になっている。
 サッカーを選んだ場合は雨天時に体育館地下で卓球になる為、オレは無難にバスケットボールを選択していた。
 どちらかと言えばバスケの方が好きだしな。

「おい(はやて)、藤崎さん凄くないか?」

「確かにな。あの揺れ具合だとEか、いやFはあるだろうな」

「違うわ。彼女持ちがそんないやらしい目で藤崎さんを見るな」

 コート脇で試合を観戦していたオレは真面目な顔で爆弾発言をした変態の頭を平手で叩いた。

「冗談だって秋斗」

「冗談だとしても口に出すな。誰かに聞かれてたらオレも同類だと思われる」

「同類ではあるだろ。思春期の男子高校生なんておっぱいとお尻と太腿しか見てないんだから」

「流石に偏見が過ぎるだろ」

 とはツッコんだものの、オレ達のようにコート脇で試合観戦をしている男子の視線のほとんどが女子に釘付けになっている。
 まあ、運動できる女子って魅力的だからな。
 普段の数割増しで可愛く見える。

(まつり)!」

 赤ゼッケンの藤崎さんが味方からパスを貰い、ドリブルで敵の陣地に切り込む。
 すぐさま青ゼッケンのディフェンスの女子が藤崎さんの前に立ちはだかるが、藤崎さんは冷静にゴール下の味方に目線を送った。

「させない!」

 パスコースを塞ぐべく、青ゼッケンの女子が重心を移動したタイミングで藤崎さんが逆側に踏み込み、一気にディフェンスを抜き去った。
 視線誘導によるフェイントだ。
 藤崎さんはスピードを緩めず、そのままレイアップでシュートを決めた。

 これには観戦していた男子からも驚きの声が上がる。
 素人目から見てもコート内で藤崎さんが1番上手いことが分かる。
 教室で受ける授業とは違ってここでは圧倒的な存在感を放っている。

「藤崎さんって帰宅部だったはずだよな?」

 オレが記憶している限りでは授業が終わったら部活無所属組の女子友達数人と下校していた気がする。

「ああ、パソコン部に入ってから幽霊部員になって、そのままフェードアウトするって王道パターンのはずだ」

 入学時に必ず部活動に所属しなくてはならないというルールがあった為、帰宅部希望の多くの生徒が活動実態がよく分からないパソコン部に入部した。
 噂によるとパソコン部の部員は幽霊部員も含めると150人を超えると言われている。

 オレと颯は文芸部に所属したが、オレはすぐに小説家としてのデビューが決まり自主退部。
 颯もイラストに専念したいという理由で自主退部した。

「なんでそこまで詳しいんだよ」

「俺の情報網は至る所に張り巡らされてるんだよ」

「どうせ彼女に聞いたんだろ」

「まあな」

 颯の彼女は1年生の時に藤崎さんと同じクラスだったはずだ。
 仲が良かったかまでは知らないが、同じクラスなら会話の中でそういった話題になってもおかしくない。

「集合! 向こうのコートも集合!」

 強面の体育教師が集合を掛ける。

「全試合終わったので鐘が鳴るまで男女混合で試合をします。特別ルールで女子の得点は2倍。チームは出席番号順で4チームに分けます。交流も兼ねて違うクラスの人も混ぜます」

 この時点で藤崎さんと同じチームになることが確定した。
 颯は対戦相手のチームになった。
 コートに広がり、教師の笛の合図を待つ。
 味方のジャンプボールは隣のクラスの高身長男子だ。

「深瀬くん、よろしくね」

「うん、足手まといにならないように頑張るよ」

 藤崎さんが優しくオレに声を掛けると、ジャンプボールの側でボールを受け取る姿勢に入った。
 同じチームに顔見知りがオレしかいなかったから声を掛けてくれたのだろう。

 笛が鳴り、両コートで試合が始まる。
 のっぽくんがボールを弾き、藤崎さんがキャッチ。
 軽快なドリブルで前まで運び、ゴール下で待つメガネくんにパスを出した。
 パスを受け取ったメガネくんはディフェンスの圧にやられて体勢を崩したが、なんとかシュートを放ち、ネットを揺らした。

 攻守交代。

 これまでの試合を見ていた相手チームは藤崎さんとのっぽくんにマークを付けてオレ達の動きを封じてきた。
 ボールを運ぶ人がいなければゴールまで繋がらない。
 かと言って離れた距離から無謀なシュートを打っても入るはずがない。
 出だしは良かったものの点差がみるみる離されていく。

 こういう時にオレがなんとかできればいいのだが、運動神経中の上程度では盤面を引っくり返すことはできない。
 刻々と残り時間だけが減っていく。
 残り1分15秒で点差は18点。
 バスケットボールに一発逆転はない。
 たかが体育とはいえ、一方的にやられると悔しいな。

「むっ」

 それは藤崎さんも同じだったようで。
 頬を膨らませて相手チームを睨んでいた。
 女子の中では無双していても体格差がある男子も混ざると思うようにいかないだろうからな。
 相当ストレスも溜まっているはずだ。

「深瀬くん、ちょっといい?」

「どうしたの?」

 藤崎さんに手招きされ、耳を貸すようにジェスチャーされる。

「パスを通すからゴール近くで待ってて。なるべく人がいないところだと助かるかな」

「分かった」

 ゴール近くで人がいないところっていうのはちょっと無茶な注文な気がするけど、藤崎さん直々のお願いとなれば頑張ってみよう。

「秋斗、ゴール下で味方のパス待ちか?」

「もう勝ち確なんだから少しくらい手を抜いてくれてもいいんじゃないか?」

「勝負事は1ミリたりとも手を抜かないってのが俺のポリシーでね」

 ゴール下で颯にマークされ、思うように身動きが取れない。
 その間にもメガネくんからのっぽくんにパスが回り、のっぽくんが高さを活かして藤崎さんまでパスを繋いだ。
 時間的にもこれが最後の攻撃になるだろう。

 チラッとこちらに視線を向けた藤崎さんと目が合う。
 オレは力強く頷いてゴールとは反対方向に手を上げた。
 藤崎さんはボールを股の下に通して相手を揺さぶり、オレが手を上げた方向にバウンドさせてパスを出した。

「ナイスパス」

 寸前まで颯に攻める姿勢を見せていたオレはゴールとは反対方向に飛び出し、パスを受け取った。
 相手から距離を取るにはゴールから距離を取ればいい。
 ただ、シュート成功率は距離を取れば取るほど下がってしまう。
 だから極端に距離を取るのは悪手だ。
 オレがゴールに届くギリギリのラインで攻める。

 軽く跳躍し、頭上に構えたボールが指先から離れる。
 弧を描いたボールはリングに当たることなくネットを揺らした。

「深瀬くん、ナイスシュート!」

 駆け寄ってきた藤崎さんがオレの顔の前に手のひらを突き出した。
 普段の藤崎さんのイメージとは少しかけ離れていて目の前に突き出された手のひらの意味を理解するのに2秒くらいラグがあったけど、オレはハイタッチでそれに応えた。

 たかが2点のシュートだったけど今のワンプレーは藤崎さんと心が通じ合っていたような気がする。