「母が死ぬまで、恋人になって下さい。」
母は癌だ。末期で治る事は無い。母が言ったのだ。『雫を任せられるような彼氏に会いたいな。その人は、きっと強がりな雫も甘えられるんだろうね。』それを聞いた私は、彼氏を作る事を決めた。母が死ぬまでという期限付きで。まず、この話をしたのは、同級生だ。二人で映画に行くぐらい仲が良い。しかし、断られた。友達としてしか見れないそうだ。弱気になっては行けない。次に部活の後輩に話をした。部活終わりに途中まで一緒に帰る事がある。しかし、断られた。先輩は、尊敬の出来る先輩にしか見れない。そう言われた。母に彼氏を見せる。それは絶望的のように思えた。しかし、出会いは突然に訪れる。
雫は、いわゆる清楚系女子だ。そのせいかナンパなんて日常茶飯事。母の病院へ向かう途中もナンパにあった。しかし、今回はたちが悪い。中々、諦めない。その根性を他の所に使って欲しいものだ。そんな事を考えていると、男性が助けてくれた。顔も中の中で、平凡を絵に描いたような人だった。何故か胸が高鳴る。しかも、普通なら見て見ぬふりをするようなナンパも助けるという行動に移す所など、中身は悪くなさそうだ。ぼけっとしていたら、後ろからナンパ男が殴りかかって来た。拳は見事に、助けてくれた男にヒット。しかし、助けてくれた男は豹変した。どうやら、元ヤンと呼ばれる者だったらしい。元ヤンってなんだ?まぁそれは置いといて、警察と救急車が来たことで無事、事は収まった。助けてくれた男は、櫂人というらしい。ケガをさせずナンパ男を退治したものだからすごいと思う。櫂人も一応殴られたので、母の病院で検査入院することになった。母は、脳に癌があるので頭を殴られた櫂人も同じ部屋になった。道すがら、例の話をしてみた。
雫 「櫂人さん。母が死ぬまで、恋人になって下さい。」
櫂人「訳があるんだよね?」
雫 「母の最後の願いが、私の彼氏と会う事なんです。どうしてもその願いを叶えたい。1ヶ月間付き合ってて今日助けてくれたという事にしてくれませんか?」
櫂人「いいよ。じゃあ、入院中にでも報告しよう。」
雫 「脳外科の病室は、一部屋なのでいつでも言えると思います。」
櫂人「善は急げだね。今日、早速報告しようか。」
雫 「はい。ありがとうございます。」
雫の頬には、涙がつたっていた。その姿は、息を飲む程美しかった。病院に着いたら、慌ただしく医者や看護師が動き回った。CTを撮ったら影があったらしく、このままだと意識障害になりかねないらしい。恋人ということでその日は、櫂人の近くにいた。櫂人は、慌ただしく動く医者や看護師の願いは虚しく、意識不明に陥った。脳の腫れが収まるのが1,2週間らしいそれまでに目覚めなければ、もう一生目覚める事は無い。母の余命は1ヶ月。会う事は出来たが、本当にこれで願いは叶ったのだろうか?私の彼氏と話すことぐらいさせてあげたい。それに純粋に櫂人の事が心配でしょうがない。それは、嘘で恋人をやっている人に抱く感情とは別に。好きな人に抱くような感情。そう自覚した。一目惚れだったのかも知れない。とにかく今は、櫂人が目覚める事は祈るしかない。
櫂人が意識不明になってから、10日が経つ。毎日雫は、櫂人に話しかける。
雫 「櫂人。私気づいたんだ。本当の恋人になろう。今なら母が検査だから言えた。櫂人の事が好きなんだ。お願いだから櫂人。目を覚まして。」
雫の目には涙が静かに流れ落ちる。隠れる様にひっそりと。
櫂人「雫泣かないでよ。」
雫 「櫂人!?って今の聞いてた?」
櫂人「バッチリ聞いてた。」
雫は、耳まで真っ赤だ。
櫂人「んで。恋人になりたいんだって?」
雫 「うん。いい?」
櫂人「勿論。僕も一目惚れだったんだ。」
母 「お熱いわね~。」
雫 「お母さん?何処から聞いてたの?」
母 「最初からよ。嘘の恋人なのもバレてるわよ。まぁ何となくぎこちなかったからねぇ。」
雫 「流石お母さん。お母さんに嘘はつけないね。」
櫂人「挨拶させて貰って良いですか。」
母 「勿論良いけど。挨拶はちゃんと雫を一生幸せにすると決めてからしてね。まだ貴方達付き合ってすぐでしょ。」
母はもうすぐ死ぬ。そんな事、皆分かっている。仏壇に挨拶しに来て欲しい。そんな所だろう。
櫂人「その時は是非。その覚悟は既に出来ているのですがね。今はその時ではないので。」
雫 「ちょっと。恥ずかしい。他に入院している人居るんだよ?」
櫂人「嬉しすぎて、考えて無かった。ごめんね。」
雫 「その捨てられた犬みたいな顔しないでよ。きゅんきゅんするでしょ。」
櫂人「もっときゅんしてくれても良いんだよ?」
母 「お母さん居るの忘れてない?ラブラブするのはそこら辺にして。」
2週間後、母は亡くなった。雫は突き刺ささるような悲しみに苛まれていた。その悲しみから救ったのは、他でもない櫂人だった。そのことで、二人の絆はより頑丈な物になった。
数年後、今日は雫の家への挨拶の日。二人は晴れて結婚する。櫂人の家への挨拶はもう済んでいる。櫂人は元ヤン?というのだが、両親は至って普通だった。ただ、放任主義過ぎる。元ヤンというのになるのもそのせいなのか?そんな事をボヤッと考えていると、母の声が聞こえた。
母 『またボヤッとして。ちゃんと幸せになりなさいよ!』
雫 「えっ。お母さん!?」
櫂人「雫?どうした?ほら、お義母さんに挨拶挨拶。」
雫 「はぁ~い。ちょっと待ってぇ。」
そこには、ふわりと包み込むような笑顔があった。