等身大に拡張されたスキルウインドウが、きらりと光る。
 スキルウインドウの中にいる、俺のシルエットにあわせて、大きく両手を広げる。滴り落ちる汗を気にもせず、俺は一心不乱にリズムを刻み続けた。
「わ、ちゃ、いや、無理だってば! なんでそこで飛ん……人間の動きじゃないって! あああ……七十五コンボまできてたのに」
 新しい桶屋クエストが、これでもかと出てきてからというもの、俺は前にもまして個人練習に励むようになった。雨の日も風の日も、洞窟の中なら関係ないし、練習を見られて恥ずかしいこともない。
「ぜえ、はあ。あと二週間しかないのに、どうやってもソロができない……なにこれ、無理すぎない?」
 通常モードの舞であれば、コンボを繋げられるようになってきた。コンボを繋ぐには、完璧に近い振りとタイミングで舞う必要がある。
 ゲーム感覚で練習できたおかげで、目に見えて上達した自覚はある。いっしょに踊るリタや、稽古をやっているみんなにも驚いてもらえているし、自己満足ではないと信じたい。
 それでも、ソロだけはどうしても駄目だ。今の身体能力なら、バク転も側転も、調子がいいときはなんとかなる。ただし、そこからのテンポが上がりすぎてリズムがずれてしまうのだ。
 極めつけは、そのあとにやってくる、まるで浮いているかのような跳躍と空中移動だ。
 木のつるか何かを仕込んでおいて、ワイヤーアクションでもキメるしかなさそうな、人間離れした動きなのだ。
 とりあえずは、シルエットに似たポージングで、地上を駆け回る感じで寄せているけど、判定はミスの連発だ。一回だけ、シルエットに合わせてジャンプしてみたら、そのときだけ当たりの判定が出たから、高さも重要らしい。実に困った。
「こっちもわからないし、このままじゃクエスト失敗になっちゃうよ……」
 伝説のドラゴン……ピイちゃんとのコラボを促すクエストと、新しいイベントを祭りに取り入れるクエストに至っては、手付かずになっている。
「ピイちゃんもいっしょに踊ってくれてるんだけど、クリア判定になってくれないんだよね」
 俺の舞が上達していくと、見守ってくれているピイちゃんのテンションも上がってきて、俺の動きを真似するように空中でくるくると飛び回ってくれる。とってもかわいいし、俺としては完全にコラボ成功なのだけど、桶屋クエストはお気に召さないらしい。
「本番でいっしょに踊ってくれたら、クリアになるのかな。なにか違う気がするんだよな、うーん」
 腕組みをして、こつんと洞窟の壁に頭を預けた。
 まだ飛び回っているピイちゃんは、まるで俺のかわりに練習してくれているみたいだ。うんうん唸って、考えてみても答えは出ない。やれることを、できるだけやっておくしかないよね。
 少し前向きになれた気がして、壁から頭を離す。
「よし、戻って荷物を整理したら、夜の稽古だね……って、ピイちゃん、それ大丈夫?」
 よく見ると、ピイちゃんは旋回しすぎて目を回したのか、スピードに乗ったまま、ふらふらと飛び回っている。
 あぶない、と思う間もなく、洞窟の壁に激突しそうになったピイちゃんは、どうにか後ろ足で壁を蹴って、難を逃れた。
 壁の一部が、ガラガラと音を立てて崩れてしまい、慌てて頭を守る。
「大丈夫!? って、なんだろこれ……ボール?」
 崩れた壁の破片に混じって、サッカーボールくらいの大きさのボールが落ちてきた。両手で持ってみると、適度な柔らかさ、適度な軽さで、引っ張ると適度に伸びる。ついでに、紫色に淡く光っていた。
 ゴムとも違うし、もちろん金属でもない。スライムというほどには柔らかくないし、壁から出てきたといっても、岩や土とも違う。念のため、入念に触ったり顔を近づけて鼓動が聞こえてきたりしないか確認してみたけど、多分、卵の類でもない。
「癖になる質感だけど、謎素材だね……いや、本当になんだこれ」
 崩れた壁のところに目を凝らしても、ボールが落ちてきたところ以外は、岩肌が広がっているだけだ。
 気になったのか、ピイちゃんがやってきて、鼻先でツンツンとボールをつつく。つつかれたボールは、淡い光に少しだけ青を混ぜて明滅している。わあ、とってもきれいだね。
「じゃなくて、大丈夫かなこれ。この感じ、魔力に反応してそうだよね」
 でもこれ、ちょっといいかも。
 片手でつかんで、何度か弾ませてみる。柔らかいから片手で掴めるし、弾力があるからよく弾む。原理はわからないけど、淡く光っているから夜でもよく見えそうだ。
 異世界の風を取り入れたイベントを、お祭りに取り入れる。
 この謎ボールを使って、球技大会ができないかな?
 得体の知れない謎の球を、いきなり採用しようなんてどうかしているかもしれないけど、悪い魔力は感じないし、ピイちゃんも警戒していないから、大丈夫な気がする。それに、桶屋クエストが大量に出てきて、舞の個人練習もやっているこの場所で、急に出てきたアイテムだ。きっと、何か意味があるんじゃないかな。
「大きさ的にはサッカーだけど、ルールがうろ覚えだし、みんなで練習するには時間がないよね。キックベース? ううん、野球とかもあんまり詳しくないんだよね。バスケとかバレーも……厳しいか」
 ボールがあるなら球技大会かな、と思いつきはしたものの、スポーツは学校の体育でかじった程度で、運動部に入っていたわけじゃないんだよね。
 このボールは置いておいて、リレーとかにしちゃう?
 いや、それも違う気がする。
 ある程度、誰でもできて、練習があんまり要らなくて、みんなで楽しめる球技か。うんうんと唸った俺は、ふと思いつく。
「そうだ、ドッジボールすればいいんじゃない?」
 ドッジボールにしても、専門的なルールを細かく知っているわけじゃないけど、ノーバウンドで当たったらアウトになって、外野に回る感じだよね。他の球技より、全員が初心者でも楽しみやすい気がする。
 試しにある程度の距離をとって、ピイちゃんと向かい合う。投げるよと合図をしてから、ほとんど勢いをつけずに、ゆるゆるの球を放る。ピイちゃんはそれを、しっぽで上手にはたいて返してくれた。
 戻ってきたボールを両手でキャッチして、今度は壁に向き直って、ちゃんと振りかぶって思い切り投げてみる。
 回転のかかったボールは勢いよく飛んでいき、小気味良い音を立てて、洞窟の壁に跳ね返って戻ってきた。それを、あえてキャッチせず身体で受ける。
「うん、ぜんぜん痛くない!」
 よし、決めた。ランドとカティに、ドッジボール大会を提案してみよう。そもそもこっちの世界はスポーツ自体があんまりないし、上手くいったら、日常的にもいい娯楽になるかもしれない。
 そうと決まったら、さっそく戻って、ボールを見つけたことと合わせて話してみなくちゃ。
 そうだ、せっかくのお祭りだし、サイラスたちも遊びにこれたりしないかな。
 残り二週間で、手紙を書いて、一番近い町から届けてもらって、サイラスたちが受け取ってから移動して、だと間に合わないかもしれない。でもとりあえず、落ち着いたら手紙くらいは出しなさいよとクレアにも言われているし、約束は守っておきたいよね。
 王都を出てから結構日が経っちゃったし、無事なのも伝えておきたいし。やっぱり手紙、書いておこう。
「やば、外が暗くなってきちゃった。戻らなきゃ!」
 練習に精を出しすぎたのと、ボールを見つけたのと、考え事までしたせいで、すっかり遅くなってしまった。ちょっと熱中しすぎちゃったけど、これでお祭りが成功に近づくといいな。
 俺は、荷物とボールをまとめて、大急ぎで洞窟を飛び出した。