お昼の休憩と軽食を終えた俺たちは、予定どおり、村の中心部から外れた畑の方へやってきた。このあたりになると魔獣除けの柵にも隙間が多くなるけど、昨日のシャイニングドラゴンの百年結界のおかげで、もはや柵はいらなくなっていた。
俺たちを見つけて侵入を試みた毒猪が、見えない壁にはじかれてくったりと気絶するところを、この目でしっかり見たからね。どうやらこの結界、魔獣や魔物だと識別した相手からのなにかしらを、同じ力で跳ね返す効果があるらしい。
俺やリタ、ピイちゃんが通り抜けても、当然ながら何の反応もなかったし、小石や小枝を投げてみても、跳ね返されたりはしなかった。
「どうやって判別してるんだろう」
「村の皆とかピイちゃんに、悪意があるかどうか、とか?」
「ううん。それじゃあ例えば、午前中みたいにピイちゃんが自由奔放に動き回って、村人さんの誰かがちょっと怒ったりしたら、その人はどうなるのかな?」
「え! それはさすがに大丈夫なんじゃない? 大丈夫だって、信じたい……」
少し怖い想像をしつつ、結界があまりに強力だったことで、俺たちは油断してしまったのだ。
ふらりと村の外に出たピイちゃんめがけて、待ち構えていた毒猪が突進してきた。
俺とリタの二人で連携して、なんとかピイちゃんから引き離して、これを撃退したところまではよかった。
よかったのだけど、例によってその場からは、ピイちゃんの姿が消えていた。
もう少し気を配っていればよかった。結界との境目になるような、村はずれはやめておけばよかった。そもそも、生まれたてのドラゴンを預かったことが間違いだったのでは。
ぐるぐると回る思考をどうにか落ち着かせて、とりあえず無事を確認しなければ、と二人で村の外を駆け回って、名前を呼んで探し回った。
もしかして、生まれた森に戻っていたりするのでは、と明後日の方角に顔を向けたそのとき、結界の中、村はずれの畑の脇にある小屋の扉が、少しだけ開いているのが目に入った。
「リタ、あそこって開いてたっけ? 何が入ってるの?」
「あそこは農具とか、収穫した野菜を一時的に保管して……まさか!」
リタのまさかは、豪快に的中した。
絶句する俺たちの目の前に現れたのは、小屋の中に保管されていたであろう野菜を残らず食べつくし、お腹いっぱいでうとうとし始めているピイちゃんの姿だった。
「ここって、どれくらいの量が保管されてたのかな?」
「残念ながら、小屋いっぱいに入ってたんじゃないかな」
「まずいよね?」
「そう……ね」
あはははは、はあ。
二人分の乾いた笑い声に反応して、ピイちゃんが目を覚ます。
大喜びでこちらにくるかと思いきや、何やら様子がおかしい。しきりにあたりを見回しては、目をぱちぱちさせている。
声をかけて近寄ろうとしたら、大きく一声鳴いたかと思うと、俺とリタの間をすり抜けて、猛スピードで外に飛び出していってしまった。
「なになに、どうしたの?」
「また村の外に出ちゃったら大変だ、追いかけよう!」
急いで外に出た俺たちは、改めてぼうぜんとすることになった。
一応、言葉を選ぶのであれば、畑がピイちゃんの落とし物で溢れていたのだ。
上下からのそそうを振り撒きながら飛び回るという、トリッキーかつ大変な曲芸をやってのけたピイちゃんは、なにやらすっきりした顔でこちらに戻ってくると、俺の脇に頭をすりつけて甘えてきた。
お腹いっぱいになったし、気持ち悪いのも治ったよと報告してくれているらしい。
「ここの畑ってどちら様のなんだっけ? 謝って許してもらえるといいんだけど……っていうか、ピイちゃん? なんか大きくなってない?」
「え、本当だ! ふたまわりくらい大きくなってる!」
今朝まで長めのマフラーサイズだったのに、今は、尻尾まで含めると俺と同じくらいのサイズになっている。
ドラゴンって、一日でこんなに成長するの!?
この調子だと、数日でとんでもないことになっちゃうんじゃない?
あれこれと立て続けに驚きすぎて、頭から湯気が出そうな俺たちをよそに、ひとしきり甘えたピイちゃんは、俺の首にくるりと巻きついた。もはや首だけでは収まらないので、上半身まで覆い被さっている感じだ。
「意外と重くないし、めっちゃもふもふ! かわいいね!」
「いいなあ! じゃなくて、気持ちはわかるけど、現実逃避はそれくらいにしよっか。とりあえず事情を説明して謝らないと。村の畑は誰のっていうわけじゃないんだけど、基本的に全部カティが取りまとめてるから」
「そっか。この時間だとどこにいるかな?」
「どうかな。とりあえず戻って、誰かに聞いてみるしかないかも」
二人で小さくため息をつく。俺に巻きついたピイちゃんは、さっそく寝息を立て始めている。食べ物をどうするか、真剣に考えないとな。
村の食糧を食べ尽くしちゃいました、なんてことになったら、さすがに皆も怒るだろう。というか、すでに小屋ひとつ分を食べちゃってるし。
「あらあら、これは大変ですね」
とほとぼと歩き出した俺たちはすぐに、聞き慣れた声に立ち止まった。ちょうど巡回してきたらしいカティと、数人の村人さんが、空っぽになった小屋の中を眺めて目を丸くしていたからだ。
「カティ、ごめん。これ、俺の責任なんだ」
「ノヴァの? ああ、なるほど。なんとなくわかりました」
俺に巻きつくピイちゃんを見て察したらしいカティが、うんうんとうなずく。
「ということは、向こうとその向こうの小屋も、ノヴァたちが?」
「え!?」
「向こうと、その向こう……も?」
驚いた様子の俺とリタに、「あら、違いました?」とカティが首をかしげる。
「ここと同じように小屋が空っぽになっていたので、てっきり同じかと」
「ご、ごめんなさい!」
まさか、そんな短時間に、何箇所も!?
俺とリタは揃って頭を下げる。いくら食べ物が豊富とはいっても、いくつもの小屋と畑をあっという間に食べ尽くしてしまうのはやりすぎだ。
「足りなくなった分は、必ず補填するようにする」
「ピイちゃんにもちゃんと教えていくから。本当にごめんなさい!」
いくら伝説のドラゴンの子供とはいえ、追い出されても仕方ないかもしれない。俺にできることは、真剣に謝って挽回のチャンスをもらうことだけだ。
チャンスをもらったとしても、この量を補填するには一日二日で終わるとは思えない。それに、ピイちゃんが一食につき小屋三軒分の食料を必要とするなら、どちらにしても相談が必要だ。身体が大きくなっているし、さらにここから食べる量が増えるかもしれない。
頭を下げたまま、しばらくカティたちの返事を待ってみたけど、一言もリアクションがない。あまりの呆れっぷりに、言葉もないということだろうか。
「お願いがあります、顔をあげてください」
顔をあげて様子をうかがうか、まだもう少し待つか、迷い始めた頃に、カティがぽつりとつぶやいた。
「俺にできることなら、なんでもする」
わたしも、とリタもぎゅっと手に力を込める。
「その前に念のため確認です。これは本当にノヴァが……というか、ピイさんがやったんですね?」
ピイさん……ものすごい違和感だけど、今はそこに突っ込みを入れるのは悪手すぎる。俺は、歪みかけた口元を叱りつけて、むっつりとした顔でうなずく。
「ちなみに、ピイさんは眠っているだけですか? 昨日とはちょっと、様子が違っているようですけど」
「ああ、なんだろ。成長期なのかな……でもうん、眠ってるだけだよ。食料の補填だけじゃなくて、もちろん畑も元通りにするよ。だから」
「元通りに? それは困ります!」
え、と思わず声が漏れた。畑を元通りにされると困るって、どういうことだろう。元通りじゃ、補填にならないほどひどいってこと?
「わかった。それじゃあ、どうすればいい?」
おそるおそる聞いてみる。お願いがあると言ってくれたからには、挽回のチャンスはゼロではないと思いたい。
「他の場所も、いくつかここと同じようにできませんか?」
「うん? どういう意味で、ここと同じに?」
言葉の意味が理解できず、聞き返してしまう。リタも首を傾げて、やりとりを見守っている。
「ああ、そうですよね。ちゃんとご説明しないと、いきなりすぎましたよね」
カティは他の村人さんと顔を見合わせ、何かを示し合わせてから、俺とリタに向き直った。
「畑の土を確認してみても?」
「もちろん」
カティがうなずくと、村人さんたちが畑にずんずんと進んでいき、土を手ですくって質感を確かめたり、匂いを嗅いでみたり、日に透かして眺めたり、何やら魔法を唱えたりしてみている。
ドラゴンの生態はあまり知られていない。
つまりは、ドラゴンのそそうが土にどのような影響を及ぼすものなのか、知っている者もいないということだ。
たかがそそう、されどそそう。ソソウ・オブ・ザ・伝説のドラゴンともなれば、伝説級の警戒が必要ってことなのかな。そこまで頭が回らず、思考停止していた自分が恥ずかしくなる。
「あの、どうかな? リタが先に見てくれて、畑にも小屋にも、毒とかはないはずなんだけど」
やはりそうか、間違いない。そう言って、ごにょごにょと相談して戻ってきた村人さんたちは、カティに何かを耳打ちして一歩下がった。
そのかわりに、カティが気まずそうに前に出て、こほんと小さく咳払いをした。
「実はですね、ピイさんが空っぽにしてくださった小屋に保管してあった作物は、どれも毒がついてしまって、食べられないものばかりだったのです」
「え!? わたし、そんなの聞いてなかったよ!?」
驚いたのはリタだ。村のはずれとはいえ、村でとれた作物が大量に汚染されていたとなれば、本来であれば、被害状況を把握するためにも、まずは毒見のスキルを持つリタに相談があって然るべきだろう。
「そうですよね、ごめんなさい。私も、報告を受けたのが今朝のことで。リタを探していたんです。あ、厨房だとかに運んだ分は大丈夫ですよ。毒があったのは今のところ、こちら側のいくつかの畑だけですから」
「そうだったんだ……」
「畑がいくつも毒にって、そういうの、結構あるものなの?」
「うん。例の猪のせいでたまにね」
なるほど。毒猪は数が多いうえに、討伐もしにくくて、最低限の駆除で切り抜けてきたという話だった。こういう形で、畑に被害が出ることもあるのか。
猪そのものは人を襲ったりもしているから、雑食なんだろうけど。毒のある牙を掲げて突っ込んでくるから、どうしても色んなところが汚染されてしまうんだね。なんて迷惑な。
「あれ、でも待って。それじゃあ、それを食べちゃったピイちゃんは大丈夫なの!?」
確かにそうだ。俺は今更ながら背筋が冷たくなる気持ちで、ピイちゃんの様子をうかがった。巻きついた身体は暖かく、かといって熱すぎるようなこともなく、寝息も穏やかだ。
そっと頭を撫でてみる。なめらかでふわふわな真っ白の毛に指先が沈み、ピイちゃんが気持ちよさそうに身をよじって、薄目を開けた。
ピイちゃんはきょろきょろとしてからすぐに、おおあくびをひとつして、またすやすやと眠ってしまった。
「なんか、大丈夫そうだね?」
「あれだけの毒を大量に食べてなんともないなんて、すごいな……!」
「シャイニングドラゴンは熱にも冷気にも毒にも強い……まさしく伝説のとおりですが、これほどとは」
無事を確かめたことで、カティも村人さんたちも、感嘆の声をあげている。
「毒がついたまま土に埋めてしまうわけにもいきませんし、燃やして煙に毒が含まれていたらそれも困ります。かといって洗浄しようにも量が量で、とりあえず無事なものと分けて保管しておいたんです。本当に助かりました」
こちらが謝るはずだったのに、いまは反対に頭を下げられてしまっている。食べられもせず、処理にも困っていた毒物を、ピイちゃんがまとめてなんとかしてくれたってことだよね。桶屋クエストにも出ていないし、本当に予想外の展開だった。
「しかも、この土ですよ!」
ピイちゃんの落とし物が混じってしまったであろう、ほくほくの土をぐっと握りしめて、村人さんがさらにヒートアップする。もはや何も言うまい。ここは聞きに徹するのだ。
「リタの毒見でも出てこなかったとおり、ここの土に毒はないんだ! 昨日までは、触るだけで肌が焼けそうだったし、つんとした匂いもして大変だったのに!」
「ただ毒が消えただけじゃないぞ。こんなに上質な土は、そうお目にかかれないさ」
伝説のドラゴン、とんでもなかった。
上からもそそうしていたから、あまり食べすぎるのは心配ではあるけど、毒にかなりの耐性がある上に、落とし物に浄化作用まであるなんて。なんなら、俺より全然役に立っているじゃないか!
「そんなにすごいんだ……?」
誇らしいやらちょっと情けないやらで、へらりと笑うしかない俺の表情をどう読み取ったのか、カティが前のめりになる。
「本当にすごいんですよ! そこでお願いに戻るんですけど、ピイさんに負担がかかることでなければ、他の畑も同じようにお願いできませんか?」
「ああ、なるほど」
ようやく繋がった。同じようにしてほしいとは、小屋の中身と畑の浄化をさしていたわけだ。
元通りにしますから、なんて俺が言っても、響くわけがない。元通りとはつまり、毒のある状態に戻してしまうことになるからだ。
「ううん。この子の様子次第で決める感じでいいかな? 大丈夫だとは思うんだけど、畑の方の半分はこの子が吐いちゃったものだから」
「え、吐いちゃってたんですか。えと、もう半分は?」
「あれ、言ってませんでしたっけ? その、落とし物というか、ね?」
カティをはじめ、土を握りしめていた村人さんたちが、ぴしりと固まる。見た目も土と混ざってふかふかだし、それらしい匂いもしないので、気づかなくても仕方ない。
「これは、この子の……排泄物だと?」
あ、はい。なんかすみません。
なぜだか、やたらとよく響いてしまった俺の声だけが、固まった空間の隙間を縫って、するりと空気に溶けていった。
カティたちが大興奮で握りしめていた魔法の肥料は、ピイちゃんの排泄物だった。
空気がある程度の固まりを見せはしたものの、動物の排泄物を肥料として使う文化はこのあたりにもあったようで、そうなった流れをきちんと説明したら、一定の理解はしてくれた。
ただ、普通は排泄物をそのまま、即座に肥料として使ったりはできない。
加工処理というか、発酵処理というか、そういう工程が必要なはずで、そのあたりはカティも村人さんも首をひねるばかりだった。
ピイちゃんはすやすやと寝息を立てている。大量に食べて、大量に吐いて、大量に排泄して、ついでに一日でふたまわりも大きくなるのがドラゴンの正常な状態なのか、判断できる者がそもそもいないのは問題かもしれない。
無理に食べさせたりはせず、ピイちゃんのペースにある程度任せようということで、その場の議論は落ち着いたのだった。
「おかげで、結構な広さの畑がまた使えるようになりましたし、お礼も兼ねて食事でもいかがですか? 食堂より少しだけ、騒がしくなるかもしれませんけど」
カティたちは、それぞれの畑の状態の共有や作物の品質確認を兼ねて、定期的に集まって食事をしているらしい。
というのは建前で、ほとんど宴に近いものらしいけどね。大変な仕事だからこそ、楽しみを忘れないようにしましょうというのが、カティたちの方針なのだそうだ。
「すごいね! これ、食堂の方でもたまにやってほしいかも。農業班だけでやってるの、ずるい!」
「最初はもう少しこじんまりとやっていたんですけど、いつのまにかこうなってました」
カティたちについていってみると、そこではすでに準備が始まっていて、二十人程度の皆さんがわいわいと笑いながら、料理をしているところだった。
「あっちではお芋とお野菜を中心とした煮込みを、そっちの窯では穀物の粉を使ってパンを焼いています」
「パンに塗ってる黒っぽいの、もうちょっと近くで見てもいい?」
何やら懐かしい匂いに、俺はふらふらと調理場へ近づいていく。
「果実をたっぷり使って煮込んだソースで、味付けをするんですよ」
この匂い、色、そしてとろみ……これは、転移前の世界でお世話になった、あのソースに限りなく近いものなのでは?
穀物の粉、大量の野菜、肉と卵、そしてソースが揃っているとなれば、あれを試すしかないじゃないか!
「ちょっとそこの鉄板、お借りしても?」
「どうぞどうぞ」
「そっか、ノヴァも料理できる人だもんね。何を作るの?」
「お好み焼き!」
「オコノ・ミヤキ……どんな料理?」
これだけのものが揃っているのだし、現に焼き上がったパンにソースを塗ったりもしているので、近しいものはもうあるかもしれない。
それでも俺は、俺の食欲と望郷の念を満たすために、やらねばならない。使命感に駆られて鉄板の前にどんと立った。
ちなみにピイちゃんは、起こさないようにそっとおろして、近くの納屋のわらの上でおやすみいただいている。ドラゴンを身体に巻きつけたままじゃ、さすがに調理はできないからね。
「うーん、山芋にかわる感じのがあるとなおいいんだけど……なんかこう、粘り気のある芋とかあったりしない?」
「粘り気ですか? あるにはありますけど、あちらの煮込みの方で使っています。焼いてだと、あまり好んで食べる人はいないかもしれません」
「おお! あるならぜひ、試しに使わせて!」
カティにはやんわりと難色を示されてしまったけど、上手くいけばふわふわのお好み焼きができるかもしれない。
失敗したらそれはそれ。栄養をまとめてとるために、勇者パーティーの野営ではこういう風にするのが伝統だったとかなんとか、それらしいことを言ってごまかしてしまおう。
水と粉、山芋がわりの芋、卵、キャベツがわりのしゃきしゃき葉物を投入して混ぜ合わせていく。粉をふるえるとなお良かったけど、とりあえずよしとしよう。
すでに準備万端に熱せられている鉄板に、村でよく使っているというあっさりした植物油をのばしてから、生地を流し入れてまあるく形を整える。
「お芋は直接焼くのではなくて、水と粉と卵で生地にしたんですね。ありそうでなかった感じ……面白いです」
カティとリタが興味津々で覗き込み、それにつられて村人さんたちも集まってくる。なんだか、ちょっとした実演販売のようになってきてしまった。
「さて、そろそろだね」
両手に金属製のへらを構えて、集中する。
いい感じのへらが揃っていたのは嬉しいね。というかこのラルオ村、豊富な食材のおかげなのか、やたらと調理器具とか調味料が揃っている気がする。食への探求心が貪欲というか、どことなく懐かしい気持ちになるというか。
薄切りにした肉を生地にのっけてから、片面がいい感じに焼けてきたお好み焼きをくるりとひっくり返した。
おお、と村人の皆さんがうれしいリアクションを投げてくれる。昔から、こういうの得意だったんだよね。
芋や葉物の量はお好みでとか、実演販売っぽくしゃべりつつ、程よく火が通ってきたところで、もう一度ひっくり返す。肉にもしっかり火が通っていい感じだ。
「ここで先ほどのソースを取り出し、たっぷりと塗っていきます!」
完全に調子に乗った俺は、口調もそれらしくなってきて、自分が持ってきたものでもないのに、見せびらかすようにソースを皆さんに見えるように掲げてから、大げさな動きで塗りたくっていく。
これこれ、ソースの香ばしい匂い! 個人的には同じ量のマヨネーズも塗りつけたいところだけど、異世界マヨネーズは今の俺にはハードルが高い。
「これで完成! お試しだからとりあえず一枚だけだけど、食べてみて。熱いから気を付けてね」
「わたし、食べてみたい!」
「それじゃあ私もいただきますね」
へらで切り分けた一切れずつを、カティとリタが口に運ぶ。
俺と他の村人さんが固唾をのんで見守る中、二人の目がみるみるうちにきらきらと輝いていく。
「おいしい!」
「いいですね、これ!」
よかった、お好み焼きの正義が伝わった!
「これが合うなら、上にあれをまぶしてみてもいいかも? ちょっと待ってて!」
「お肉がいけるなら、川でとれる小エビでも美味しいかもしれませんね!」
リタが青のりのようなものを持ってきてふりかけ、カティがあっという間に海鮮焼きを考案し、食卓はお好み焼きの改良で大いに盛り上がることになった。
そもそもが、生地を混ぜて焼いてひっくり返して、のお手軽料理なので、村人の皆さんもすぐに焼き方を覚えて、あれはどうだこれはどうかと次々と創作お好み焼きが爆誕していく。
仕込み中だった煮込みもすごくおいしかったし、地産地消の真髄を見せてもらった。
「いやあ美味しかった、おなかいっぱい」
「ノヴァ、リタも、今日はありがとうございました。また今度、違う料理も教えてくださいね」
食べた分は、自分たちですぐに片づける。
朝でも夜でも食堂でなくても、それは同じだ。腹ごなしに洗い場で手を動かしながら、俺たちは並んでしゃべっていた。他の村人さんたちも、それぞれ片付けに取り掛かっている。
「こちらこそ。同じお好み焼きでも、人それぞれで発想も焼き加減も違って、面白かったよ!」
「今日のお好み焼きは、皆で作ってわいわい食べられますし、お祭りに取り入れてもいいかもしれませんね」
「そうだね! ってそうだった、ピイちゃんのことがあったから、結局お祭り用の食材集め、あんまり進められてないよね」
「ちらっとは聞いたけど、どんなお祭りなの?」
伝統的なお祭りみたいだけど、お好み焼きを取り入れる話をしているくらいだから、きちんとしたところと、緩いところのバランスを上手に分けていそうな気がする。
「山と森の神様に、一年間の恵みを感謝して、来年もよろしくお願いしますって気持ちを伝えるお祭りなんだよ。かがり火を焚いて、古くから伝わる舞をその年ごとに選ばれた踊り子が踊って、お供え物をするんだ」
「そのあとは、普段より少しだけいいものを食べたり、歌ったり踊ったりして一晩過ごすんですよ。というかリタ、今年の踊り子でしたよね。お稽古の時間、取れていますか?」
「うわ……全然できてない。そろそろきちんとやらないとだね」
お祭りのことを話す二人は、すごく楽しそうだ。思わず俺も、暖かい気持ちになってくる。
「いいね、そういうの。食材集めはもちろんだけど、他に手伝えることってあるかな? 正直に言うと、最初は自分のためっていうか……いい感じに自然のあるところで、のんびり暮らせればそれでいいやって感じだったんだけどさ。まだ出会って日は浅いけど、皆と色んな話をしたり、ピイちゃんとのことがあったりして、本当にここが好きになってきてるんだよね」
「ちょっとわかる。最初の頃のノヴァって、どこか他人事にしてる雰囲気あったもんね。あ、それが悪いってわけじゃないよ。いきなり当事者として考えるのはわたしでも無理だと思うし」
へらりとリタに笑みを返す。
その土地に根付いて暮らしていくことを、ふわっとしか想像できていなかった俺に、根気強く色々と教えてくれたのはリタやカティ、村の皆だ。
部外者として旅人気分でお祭りを眺めるより、入れてもらえるのならだけど、しっかり輪の中に入りたい。
「そうだ。それじゃあノヴァにも踊り子やってもらえばいいんじゃない?」
「え。興味はあるけど、大丈夫なの? 伝統的な、神様に感謝を捧げる踊りなんでしょ? 俺がいきなり入っていいのかな」
「大丈夫ですよ。むしろ、新参者は挨拶の意味もかねて、踊り子をやることが多いですし」
もちろん、無理強いするものではないですし、お稽古は厳しいですから、やる気と体力がついていければ、ですけどね。
カティの含み笑いは、俺のやる気を煽るには十分だった。
この世界では、自分から動かなければ何も起きないし、何も変わらない。反対に、動いてみれば動いた分だけ、何かが残るし、ついてくる。それは、勇者パーティーにいた三年間でも、十分すぎるほど体験してきた。
「やってみたい! どうしたらいいのかな、ランドに頼んでみればいい?」
「そうだね。それじゃあ、今日はもう遅いから明日、いっしょに頼んでみる?」
「うん、ぜひ!」
「お好み焼き以外にも、よさそうなお料理とか、皆で楽しめる何かとか、素敵な提案があればどんどんお願いしますね。伝統は大切ですけど、堅苦しいだけじゃ疲れてしまいますから、お祭りの改革は力を入れていきたいんです!」
わかった、考えてみるよ。
軽い気持ちで引き受けたこの話が、とんでもない大事になるなんて、このときの俺は知る由もなかった。
「いいぞ、ノヴァも踊り子で頼むわ。稽古はいつも夜にやってる。強制じゃないが、まあ出ておく方がいいだろうな」
確かにそうだよな、と思い出したように、ランドはあっさりと許可をくれた。だから言ったでしょ、とリタが得意そうにする。
結構な覚悟を決めて直談判しにきたのに、あっさりしすぎていて、拍子抜けだ。
「踊りの経験はあるのか?」
「ないよ」
正確には、転移前の学校の授業として、体育でやったことはある。でもそれを経験としてカウントしていいかは、微妙だ。
こっちに来てからは、身体を動かさざるをえないことばかりで、いつの間にか筋力も体力もついてくれたけど、それまではどちらかといえば、運動は苦手な方だった。
まさか、自分から祭りで踊りたいなんて言い出すことになるなんて、人生ってわからないね。
「そりゃあいいな!」
「え、経験ないのがいいの?」
「おお、やる気のあるやつは大歓迎だからな。経験値だけで気の抜けた踊りをやるやつより、必死に気合いれてやってくれた方が、神様も喜ぶってもんさ」
経験値のある人が、必死に気合を入れてやってくれるのが一番なのでは?
喉まで出かかった一言を飲み込む。自分のハードルを上げたうえ、場の空気を下げる一言になってしまうところだった。
「そういや、祭り全体の流れや準備も、お前さんに説明できてなかったよな」
ラルオの火祭りは、村の中心にどっしりと構える美少女の像、初代村長の時代から今に至るまで続く、伝統的なお祭りなのだという。
最初は火を焚いて儀式的なことをやるだけだったとか、踊りの振り付けは初代村長が考えたものがベースになっているとか、諸説はあるらしいけど、かなり昔から、炎と舞がセットになっているようだ。
「まあ、祭りのルーツが気になるなら、調べてるやつも何人かいるから、話を聞いてみるといい。とりあえず大事なのは、全く新しい、村全体がひとつになって盛り上がれるような、新しい風なんだ」
「え。あれ? そんな話だったっけ……?」
カティもそんなことを言ってはいたけど、ランドまで真剣な顔で人差し指を立てるものだから、混乱してきた。
「かがり火を焚いて、舞を踊る。それはいい。いいんだが、問題はそのあとだ」
「いつもより少しいいものを食べて、歌って踊ってみんなでお祝いするんでしょ? すごく楽しそうじゃない?」
「そうなんだが、このあたりで新しい何かがほしいんだよな。ノヴァ、世界中を勇者様といっしょに見て回ってきたお前さんなら、何かないか?」
「ううん、どうだろう」
勇者パーティーにいたことと、王都を追放になったことは、一応は話してある。追放と聞いて拒否反応のある人もいるかもしれないし、黙っているのはなんだかうしろめたかったからだ。結果はご覧のとおりで、むしろ色々と頼られるようになってしまった。
レア食材や素材はどんどん持ってくる、シャイニングドラゴンの孵化に立ち会って懐かれる、親ドラゴンに真正面から物申す、知らない料理を教えてくれる……なるほど、勇者パーティーにいたのも本当かもしれないな、という認識らしい。
「まあ今すぐでなくていいし、無理に捻り出すもんでもないからな。頭の片隅にでも、置いといてくれ。まずは舞をそれらしくやれるようになるとこからだな」
「ノヴァ、いっしょに頑張ろうね!」
それからは、輪をかけて忙しい日が続くことになった。
かがり火に仕込むお香がわりのような木の実や、踊りの衣装に使う装飾品や化粧用の素材、お祭り全体を飾り付けるための素材などなど、普段のことをやりながら、プラスアルファで集めてくるものが盛りだくさんだし、夜には舞の稽古も始まった。
村の中が結界で安全になったことで、畑で育てる作物についても、カティから相談されているし、初日ほどではないにしろ、自由気ままに振る舞うピイちゃんからも、目は離せない。
特に、舞の稽古は想像以上に大変だった。
今回の代表は十人で、基本的には動きをあわせて、伝統的なリズムに合わせて舞うことになっている。
その、基本的な動きをいちから覚えるのがまず大変だし、ついでにソロパートまであったのだ。
「ど、どうしよう。何も思いつかない……」
ピイちゃんが、きょとんとして首をかしげる。
みんなでお祭りをやって、伝統的な舞に参加させてもらえたら、楽しそう!
そこまでしか考えていなかった俺は、素材集めの途中で見つけた洞窟で、がっくりと肩を落としていた。
稽古が始まってからというもの、俺は普段の作業の途中でも、たまたま見つけた、このひっそりとした洞窟で個人練習をやっていた。人工的なものなのか、天然のものなのかはわからないけど、ホールみたいなちょっとした空間があって、空気も澄んでいて集中できるんだよね。
夜の稽古とあわせてみっちり練習してきたおかげで、ぎこちないながらも、基本的な動きはだいぶ覚えてきたと思う。でも、創作ダンスが入るなんて。
芸術的なセンスは、自慢じゃないけどまったく自信がないし、触れてこなかった分野だ。かといって、基本の動きのままで場を繋ぐのは残念すぎる。
「めちゃくちゃ楽しみだし、頑張りたいけど、どうすれば……!」
――チリン!
夢に見るほど悩んでいた俺を見かねたのか、桶屋クエストの鈴が鳴った。
お題目は、『異世界の風をさわやかな汗に乗せて吹かせれば、村の文明レベルが段違いに上がる』だ。俺はううんと首を捻る。結局どういうこと?
お祭りを成功させると、村にとってかなりいいことがありそうなのは確かなのだけど、抽象的すぎる。
「おお!?」
腕組みをしてスキルウインドウを凝視していると、立て続けに、桶屋クエストがメインのツリーにぶら下がる。
振り付けを完璧に覚えよう。ソロの振り付けを完璧に覚えよう。舞全体で七十七コンボを成功させよう。ソロで、伝説のドラゴンとコラボしよう。
といった感じで、舞関連のクエストが並び、別の括りで、異世界の知識を元に、新しいイベントを祭りに取り入れよう、とある。
最後のは、カティとランドが言っていた何か新しい風を……みたいなやつかな。真剣に考えてみた方がいいのかも。
それより問題は、振り付けだのコンボだのと並んでいる、舞関連の方だ。ソロの振り付けを覚えようって言われても、それが思いつかないから苦労してるのに。
そう考えた途端、スキルウインドウが手元から勝手に動き、俺の全身より大きなサイズにぐんと広がった。
「は? え? なにこれ?」
予想外かつ初めての動きに思考停止している間に、スキルウインドウには、人のような影が浮かび上がる。怪しい人影が現れても、咄嗟に飛び退いたりしなかったのは、耳慣れたリズムが聴こえてきたからだ。
「え、舞の……お手本ってこと?」
立ち尽くして眺めてしまった俺の前で、スキルウインドウの中の怪しい人影が、完璧な舞を披露してみせる。
ひとつの振りごとに、ミスの表示が浮かぶそれは、まさしくリズムゲームそのものだった。全てミスなのはもちろん、俺が立ち尽くして眺めているからだ。
「これをお手本に、舞えってこと?」
よく見れば、怪しい人影は俺にそっくりだ。つまりこの人影は、俺が完璧に振り付けを覚えた状態の、お手本ということらしい。
流麗な舞が、いよいよソロに差し掛かる。
ダイナミックなリズムで、手足をさらりと伸ばしては曲げるその姿は、とても俺のものとは思えない。これができたら、きっとものすごく楽しいだろうし、祭りも盛り上がる。
なんとかモノにしたい。食い入るように見つめる中、ソロパートはいよいよ最後の見せ場に入った。
シルエットの俺は、飛び跳ねてはくるくると身体を回転させ、立て続けにバク転やら側転やらをキメた上に、文字通り空へと舞い上がってみせた。
空中で何度か旋回してから戻ってきた俺は、残りの舞を完璧に踊りきり、最後のポージングをしっかりとやってのけた。
すごい。すごすぎる。俺は、シルエットの俺に惜しみない拍手を送った。それから、すんと冷静になった。
「いや、普通に無理では?」
等身大に拡張されたスキルウインドウが、きらりと光る。
スキルウインドウの中にいる、俺のシルエットにあわせて、大きく両手を広げる。滴り落ちる汗を気にもせず、俺は一心不乱にリズムを刻み続けた。
「わ、ちゃ、いや、無理だってば! なんでそこで飛ん……人間の動きじゃないって! あああ……七十五コンボまできてたのに」
新しい桶屋クエストが、これでもかと出てきてからというもの、俺は前にもまして個人練習に励むようになった。雨の日も風の日も、洞窟の中なら関係ないし、練習を見られて恥ずかしいこともない。
「ぜえ、はあ。あと二週間しかないのに、どうやってもソロができない……なにこれ、無理すぎない?」
通常モードの舞であれば、コンボを繋げられるようになってきた。コンボを繋ぐには、完璧に近い振りとタイミングで舞う必要がある。
ゲーム感覚で練習できたおかげで、目に見えて上達した自覚はある。いっしょに踊るリタや、稽古をやっているみんなにも驚いてもらえているし、自己満足ではないと信じたい。
それでも、ソロだけはどうしても駄目だ。今の身体能力なら、バク転も側転も、調子がいいときはなんとかなる。ただし、そこからのテンポが上がりすぎてリズムがずれてしまうのだ。
極めつけは、そのあとにやってくる、まるで浮いているかのような跳躍と空中移動だ。
木のつるか何かを仕込んでおいて、ワイヤーアクションでもキメるしかなさそうな、人間離れした動きなのだ。
とりあえずは、シルエットに似たポージングで、地上を駆け回る感じで寄せているけど、判定はミスの連発だ。一回だけ、シルエットに合わせてジャンプしてみたら、そのときだけ当たりの判定が出たから、高さも重要らしい。実に困った。
「こっちもわからないし、このままじゃクエスト失敗になっちゃうよ……」
伝説のドラゴン……ピイちゃんとのコラボを促すクエストと、新しいイベントを祭りに取り入れるクエストに至っては、手付かずになっている。
「ピイちゃんもいっしょに踊ってくれてるんだけど、クリア判定になってくれないんだよね」
俺の舞が上達していくと、見守ってくれているピイちゃんのテンションも上がってきて、俺の動きを真似するように空中でくるくると飛び回ってくれる。とってもかわいいし、俺としては完全にコラボ成功なのだけど、桶屋クエストはお気に召さないらしい。
「本番でいっしょに踊ってくれたら、クリアになるのかな。なにか違う気がするんだよな、うーん」
腕組みをして、こつんと洞窟の壁に頭を預けた。
まだ飛び回っているピイちゃんは、まるで俺のかわりに練習してくれているみたいだ。うんうん唸って、考えてみても答えは出ない。やれることを、できるだけやっておくしかないよね。
少し前向きになれた気がして、壁から頭を離す。
「よし、戻って荷物を整理したら、夜の稽古だね……って、ピイちゃん、それ大丈夫?」
よく見ると、ピイちゃんは旋回しすぎて目を回したのか、スピードに乗ったまま、ふらふらと飛び回っている。
あぶない、と思う間もなく、洞窟の壁に激突しそうになったピイちゃんは、どうにか後ろ足で壁を蹴って、難を逃れた。
壁の一部が、ガラガラと音を立てて崩れてしまい、慌てて頭を守る。
「大丈夫!? って、なんだろこれ……ボール?」
崩れた壁の破片に混じって、サッカーボールくらいの大きさのボールが落ちてきた。両手で持ってみると、適度な柔らかさ、適度な軽さで、引っ張ると適度に伸びる。ついでに、紫色に淡く光っていた。
ゴムとも違うし、もちろん金属でもない。スライムというほどには柔らかくないし、壁から出てきたといっても、岩や土とも違う。念のため、入念に触ったり顔を近づけて鼓動が聞こえてきたりしないか確認してみたけど、多分、卵の類でもない。
「癖になる質感だけど、謎素材だね……いや、本当になんだこれ」
崩れた壁のところに目を凝らしても、ボールが落ちてきたところ以外は、岩肌が広がっているだけだ。
気になったのか、ピイちゃんがやってきて、鼻先でツンツンとボールをつつく。つつかれたボールは、淡い光に少しだけ青を混ぜて明滅している。わあ、とってもきれいだね。
「じゃなくて、大丈夫かなこれ。この感じ、魔力に反応してそうだよね」
でもこれ、ちょっといいかも。
片手でつかんで、何度か弾ませてみる。柔らかいから片手で掴めるし、弾力があるからよく弾む。原理はわからないけど、淡く光っているから夜でもよく見えそうだ。
異世界の風を取り入れたイベントを、お祭りに取り入れる。
この謎ボールを使って、球技大会ができないかな?
得体の知れない謎の球を、いきなり採用しようなんてどうかしているかもしれないけど、悪い魔力は感じないし、ピイちゃんも警戒していないから、大丈夫な気がする。それに、桶屋クエストが大量に出てきて、舞の個人練習もやっているこの場所で、急に出てきたアイテムだ。きっと、何か意味があるんじゃないかな。
「大きさ的にはサッカーだけど、ルールがうろ覚えだし、みんなで練習するには時間がないよね。キックベース? ううん、野球とかもあんまり詳しくないんだよね。バスケとかバレーも……厳しいか」
ボールがあるなら球技大会かな、と思いつきはしたものの、スポーツは学校の体育でかじった程度で、運動部に入っていたわけじゃないんだよね。
このボールは置いておいて、リレーとかにしちゃう?
いや、それも違う気がする。
ある程度、誰でもできて、練習があんまり要らなくて、みんなで楽しめる球技か。うんうんと唸った俺は、ふと思いつく。
「そうだ、ドッジボールすればいいんじゃない?」
ドッジボールにしても、専門的なルールを細かく知っているわけじゃないけど、ノーバウンドで当たったらアウトになって、外野に回る感じだよね。他の球技より、全員が初心者でも楽しみやすい気がする。
試しにある程度の距離をとって、ピイちゃんと向かい合う。投げるよと合図をしてから、ほとんど勢いをつけずに、ゆるゆるの球を放る。ピイちゃんはそれを、しっぽで上手にはたいて返してくれた。
戻ってきたボールを両手でキャッチして、今度は壁に向き直って、ちゃんと振りかぶって思い切り投げてみる。
回転のかかったボールは勢いよく飛んでいき、小気味良い音を立てて、洞窟の壁に跳ね返って戻ってきた。それを、あえてキャッチせず身体で受ける。
「うん、ぜんぜん痛くない!」
よし、決めた。ランドとカティに、ドッジボール大会を提案してみよう。そもそもこっちの世界はスポーツ自体があんまりないし、上手くいったら、日常的にもいい娯楽になるかもしれない。
そうと決まったら、さっそく戻って、ボールを見つけたことと合わせて話してみなくちゃ。
そうだ、せっかくのお祭りだし、サイラスたちも遊びにこれたりしないかな。
残り二週間で、手紙を書いて、一番近い町から届けてもらって、サイラスたちが受け取ってから移動して、だと間に合わないかもしれない。でもとりあえず、落ち着いたら手紙くらいは出しなさいよとクレアにも言われているし、約束は守っておきたいよね。
王都を出てから結構日が経っちゃったし、無事なのも伝えておきたいし。やっぱり手紙、書いておこう。
「やば、外が暗くなってきちゃった。戻らなきゃ!」
練習に精を出しすぎたのと、ボールを見つけたのと、考え事までしたせいで、すっかり遅くなってしまった。ちょっと熱中しすぎちゃったけど、これでお祭りが成功に近づくといいな。
俺は、荷物とボールをまとめて、大急ぎで洞窟を飛び出した。
クレアとディディの持ってきた大ニュースに、僕たちはパーティーみんなで王城の一室に集まっていた。
「あれだけ探しても見つからなかったのに、まさかノヴァっちの方から手紙をもらえるなんてね!」
「ね? 約束しておけば、ノヴァくんはちゃんと守るんだから」
クレアが胸を張り、ディディがいそいそと手紙の封を解く。
「それで、ノヴァはなんだって? 元気にはしているのか?」
僕もつい気が急いてしまって、ディディが広げた手紙を覗き込む。
「ジルゴ大森林のラルオ村か。大森林は有名だけど、あんなところに村があったんだね」
「宿屋食堂? の二階に居候してるんだって。よくわかんないけど、ノヴァっちらしいよね。いつのまにか、まわりのみんなと仲良くなって溶け込んでる感じとか!」
「……元気にしているならいい」
ディディとバスクの言葉に、大きく首を縦に振る。
ノヴァはいつだってそうだ。窮地に陥ったと思っても、いつのまにか上手くやっている。
羨ましいと言ったら、ノヴァは怒るだろうか。僕はいつだって、隣でノヴァを見てきた。酒場のカウンターで、隣に座ったあのときからずっと。いつのまにかと言っても、何もしていないわけじゃない。何ができるかを考え、スキルの力も借りながら前を向いてきた。だからこそ、戦う力という意味では突出していないノヴァでも、いっしょに旅を続けてこられたのだ。
「ドラゴンと友達になって、村祭りの代表として踊ることになったって。相変わらずわけわかんないね」
わけわかんないと言いながら、クレアは嬉しそうだ。僕も嬉しい。ノヴァが想像以上に元気にしていて、こうして手紙をよこしてくれているのだから。
「わ、よかったらそのお祭りに遊びにこないかって!」
「いいじゃないか。しばらくは急な仕事もないだろうし、遊びに行ってみるか。日にちはいつなんだ?」
「待ってね、えーと……んんん!? あはは、三日後の夕方からみたい」
「三日後!? ジルゴの大森林の奥地なんだろ!? 今日中に発って、間に合うかどうかじゃないか!」
さすがに急過ぎる。
どうしようかと考えて、三人の顔を見回す。
いうまでもなく、ディディはすでに行く気満々のようだし、クレアも乗り気だ。
「……行こう」
「はは、そうだな。よし、そうと決まればさっそく準備して北門に集合だ! 念のため、城の誰かに声をかけておこうか」
四人でわいわいと部屋を出たところで、大臣にぶつかりそうになる。
「すみません、大丈夫ですか?」
「おお、勇者殿!」
「ちょうどよかった。僕たちこれから、数日ほど留守にしようと思って、ご報告に」
「なんと……ご予定があるところ申し訳ないのですが、どうか謁見の間にお越しください! 緊急事態でして、勇者殿を探していたのです!」
これは、残念ながらノヴァとの再会はお預けかもしれないな。
改めて見れば、大臣の顔は真っ青だ。よほど緊急の用件らしい。
如実に不機嫌そうな顔をするクレアと、しょんぼりしているディディを説得して、謁見の間へと向かった。
「それで、何があったのですか?」
謁見の間は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
きらきらと輝くシャンデリアも、ふかふかの絨毯も、心なしか色褪せて見える。
せっかく陛下の暗殺をもくろむ一派の件が片付いて、今度こそ穏やかな時間がやってきたと思ったのに。なかなか、ままならないものだ。
ちらりと陛下のお顔をうかがってみる。
陛下は、どう切り出すべきかを思案されているのか、目を閉じて唇を引き結んでいた。先日の、ノヴァを探し出し、改めて英雄として迎え入れたいと仰っていた晴れやかなお顔は、見る影もない。大臣と同じく、心配になるほどお顔の色がすぐれない。
「陛下、勇者殿が困っておられます。よろしければ、私からお話しましょうか?」
「……うむ」
助け舟を出したのは、召喚士兼予言者の女性、エマさんだ。ノヴァの召喚を行ったのも彼女だという話だし、ダークドラゴンの出現地点を言い当てたのも彼女だ。ユニークスキルなのだろうけど、優秀なのは確かだ。
「過去に失われた、超文明があることは勇者殿もご存じですよね?」
「はい、今よりはるかに高度な魔法をベースにした、古代文明のことですね」
「その頃の遺物、破壊の魔導ゴーレムが、復活するとの神託がくだったのです」
「何故、今になってそんなものが」
「わからん……しかし、封印が解かれれば、迅速に討伐するしかあるまい」
陛下がぎりと歯を食いしばって、低い声で言う。
「対話は、不可能なのでしょうか?」
破壊のと名付けられているからといって、何も考えずにぶつかるのは、得策ではないように思えた。えてして、古代文明にかかわる逸話は、大幅に脚色されていることも多い。
平和的に解決できれば、それに越したことはない。
そう思ったのだけれど、エマさんは暗い顔になった。
「現時点ではわかりません。ゴーレムのマスターに選ばれる者にもよるでしょう。マスターとは、ゴーレムの主人となる者の称号。古代の遺物ですから絶対とは言い切れませんが、選ばれた者はゴーレムを制御することができるはずです」
「破壊を望まない者が、マスターとなればよいのですね?」
うなずきながら、エマさんは「ただし、最悪なのは」とひとつ間を置いた。
「マスターとなる者が選ばれないまま、封印だけが解かれた場合です。そうなれば、ゴーレムは制御不能のまま、暴れ回るでしょう」
「調べさせた文献には、島ひとつ分ほどの巨大なゴーレムが、マスター不在のまま破壊の限りを尽くしたというものもあった。どうやったのかは知らぬが、その時は大変な犠牲のうえに討伐を果たしたようだがな」
しんと場が静まりかえる。
島ひとつ分……いくらか脚色はされているにしても、かなりの大きさだったのだろう。
「封印が解ける前にゴーレムを見つけだし、マスターとなってしまうか、再度の封印を施せるとよいのですが……封印に関しても、術式が確立しているわけではなく、難しいかもしれません。また、マスターが選ばれる方法も、わかっていないのです」
なるほど。陛下が真っ先に討伐を口にされたのは、このあたりが理由に違いない。
封印の方法も、ゴーレムを制御するためのマスターとなる方法もわからないのでは、エマさんの言う最悪の事態を回避するために、先に叩いてしまうべきと考えるのも、わからなくはない。
それにもし、誰かがゴーレムのマスターになれたとしても、そこには大きな責任と危険が伴うことになる。各国から狙われかねないし、そもそもゴーレムをどこまで制御できるのか、そのためにどんな代償があるのかなど、すべてが未知数だ。
「とにかく、まずは復活の前に見つけ出すしかなさそうですね。何か手がかりはあるのでしょうか?」
エマさんが、言いにくそうに目を泳がせる。もしかしたら、復活するとの話だけで、詳細は見えていないのかもしれない。だとすれば、僕たちに命じられるのは、国中を駆け回ってゴーレムを探すことか。
「私の授かった神託では、復活は三日後……ヒントとなりそうな単語は、ラルオという三文字だけでした。それが地名なのか、町や村の名前なのか、他の何かを意味するのか、何もわかっていません」
「三日で、手がかりもほぼないに等しい……無理を言っていることはわかっているが、どうかできる限り、力を貸してくれぬか」
深刻そうな顔の陛下やエマさんとは別の意味で、僕たちはぽかんとしてしまっていた。
「三日後にラルオ、とおっしゃいましたか?」
「うむ……国にある地図を調べさせたが、載っておらぬ。そもそも、地図には記せていない小さな村も多い。地名などではないのかもしれぬ。だとすれば一体……!」
僕はパーティーの三人と顔を見合わせる。どう考えても、間違いない。
「そこ、場所わかるので行ってきます。ジルゴの大森林の奥にある、小さな村らしいです」
「雲をつかむような話で申し訳ないが……んんんんん!?」
「ラルオが何を意味するのか、ご存じなのですか!?」
あ、はい。
あっさりとうなずいた僕たちに、陛下やエマさんが目を見開いた。
「さ、さすがは勇者殿よ! そうとわかればすぐにでも向かってくれ! 三日後なら、今日のうちに発てば間に合うかもしれん! わが騎士団の誇る早馬を四頭、準備させよう」
「実はですね……ノヴァがその、ラルオ村にいるらしいのです」
「なんと!? いったいどうして!?」
「三日後の夜に、村祭りの代表として、踊るみたいなんですよ」
しれっとクレアが口を出す。陛下はなおさら混乱した様子で、頭を抱えてしまった。
「話がまったく見えんぞ……破壊のゴーレムが復活する村で、ノヴァ殿が踊る!?」
「もしやノヴァ殿は、ゴーレムのことをご存じで、いちはやく潜入されているのではありませんか!?」
エマさんがきらきらした視線を向けてくるけれど、おそらくそうではないだろう。僕は小さく首を横に振る。
「ノヴァから手紙があったのです。今はラルオ村で楽しくやっていると。三日後に祭りがあって、そこで踊るからよかったら遊びに来ないかと」
「では、ノヴァ殿は本当に何も知らずに、勇者殿をゴーレム復活の地に、ちょうど復活に近しいタイミングで呼ぼうとしていたというのか!? そんなことが……!」
ええ、陛下。僕もまったく同じ気持ちです。
僕は、ノヴァを羨ましいと思ったけれど、ここまでくると逆に怖い。
何か大きな流れが、ノヴァの味方をしているとしか思えないじゃないか。
「でもそうなると、ノヴァくんってば、本当に危ないんじゃない? 何も知らないってことは、無警戒で、踊りの練習とかしちゃってるわけでしょう? 破壊のゴーレムが眠る真上とかで」
クレアの言葉に、その場にいる全員の顔がひきつる。
「なんとかして、伝えられないのか!?」
「今から手紙を返すよりは、現地に行っちゃう方が早いんじゃない?」
「どっちにしても行くつもりだったし、行こうよ! ノヴァっちを助けなきゃ」
「……急ごう」
四人で力強くうなずき、陛下に向き直る。
「すぐに準備を整え、ラルオへ向かいます。先ほどの、早馬をお貸しいただける件、お願いしてもよろしいですか?」
「無論だ。わしもすぐに準備しよう」
「あの、陛下も……ですか?」
早馬の手配に大臣が急ぎ足で謁見の間を出ていく中、僕は陛下の一言に面食らってしまった。
「行方がわかり次第、ノヴァ殿に会いに行こうと思っておった」
「陛下、お言葉ですが、危険すぎます」
「頼む勇者殿。国の一大事に、救国の、そして個人的にも命の恩人であるノヴァ殿がその場にいる。もちろん、ラルオの村に暮らす者たちもおるのだろう? 民こそが国の宝……それらを放ってここで座しているなど、何が王か! 騎士団の精鋭を連れていくゆえ、道中の迷惑はかけぬし、ラルオでは決して前には出ず、村の者たちの避難誘導に徹することを約束しよう」
民こそが国の宝……それには僕も同意見だ。
だからこそ、民を導く王には、王都で有事に備えていてほしい。
しかし、陛下の意志は、僕が何を言っても揺らぎそうにないくらい固い。
ここで議論をしていたずらに時間を使うのは、得策ではないか。仕方ない。
「……わかりました」
「おお、それでは!」
「はい。皆でラルオに向かい、破壊のゴーレムを止め、ノヴァを助けだしましょう!」
「きっと私たちの心配なんて届いてないんでしょうけど……しょうがないわね」
「ノヴァっちのことだから、またきっとわけわかんないことになってるよ!」
「……行こう」
その場にいる皆の気持ちをひとつにして、それぞれの準備に駆け出す。
ノヴァ、すぐに行くよ。
だからどうか、僕たちが到着するまで無事でいてくれ。
「ノヴァ、準備はいい?」
リタの声に笑みを返して、その場でとんとんと軽くジャンプしてみた。
衣装についた鈴が、しゃらりと澄んだ心地よい音を響かせる。
顔と腕に施した、紋様のような祭り化粧も、すっかりなじんで気にならなくなった。
少し緊張した雰囲気ではあるけど、代表として舞うことになっている十人の顔は、期待と高揚に満ちている。
「練習の成果を見せて、思いっきり盛り上げよう!」
「ノヴァ、すっごく上手になったもんね! きっとみんなもびっくりするよ!」
本番を迎えたこの日、俺は個人練習と桶屋クエストによる特訓のおかげで、ソロパート以外はほとんど完璧に踊れるようになっていた。
ソロにしたって、バク転と側転はまあまあの確率で上手くいくようになっている。不安があるとすれば、どうしても再現できない空中に浮かんだような動きだけだ。
ここまできたら、考えてみてもしょうがない。
浮かび上がる直前までをパーフェクトにキメれば、コンボは七十五。
どうにかしてジャンプして、最初の振りまで合わせられれば、七十七コンボのクエストを達成できるはずだ。そのあとは、シルエットがやっていた動きに近い形で、舞台の上でなんとかするしかないよね。
簡易的に張られた楽屋がわりのテントから、そっと外の様子をうかがう。
お祭りはものすごい盛り上がりを見せていた。皆が笑顔で、思い思いに踊り子を真似た化粧をしたり、着飾ったりして、舞台のまわりに集まっている。
村中が、森の中で取ってきた様々な素材で装飾され、かがり火に照らされて幻想的な雰囲気を醸し出していた。
このあとの宴のために、おいしそうな匂いも漂ってきて、非日常の高揚感に包み込まれている。
今年は例年と違って、ドラゴンの結界があるおかげで、見張りを立てる必要もない。
警備に人を割く必要がないので、本当に村中の人が集まってきている感じだ。
残念ながら、サイラスたちの姿を見つけることはできなかった。
手紙を出したのもぎりぎりだったし、間に合わなかったかな。まあそれはそれ、落ち着いたらこちらから近くまで行ってみるのもありだし、無事を伝えられれば、とりあえず約束は果たせたよね。
「それじゃあ、いこうか」
打楽器と笛で演奏をしてくれるメンバーに合図を送る。
ゆるやかな笛の音にあわせて、俺たちはするすると舞台へ出ていった。
舞台の上は、当たり前かもしれないけど、練習のときに見える景色とはまるで違っていた。
揺らめく炎と、心地よいリズムに、自然と身体が動く。
すいと伸ばした手のひらの先、リタと視線が合った。自然と笑みがこぼれて、じんわりと身体が熱くなる。
本番仕様なのか、いつもは目の前にどんと表示されているスキルウインドウが、少し離れた空中に浮かんで、コンボ数を計測している。
一人だけ、お祭りの中でリズムゲームをやっている感じがおかしくて、笑いがこみあげてきた。
それを、踊りを楽しんでいるととってくれたらしい観客の皆から、「いいぞ、ノヴァ!」と歓声があがる。
くるりと回転して、舞台の端に散る。ここからは、十人それぞれのソロパートだ。
ソロを前に少し振りが落ち着いたことで、はたはたと汗が滴り落ちる。
感覚が、すごく研ぎ澄まされているのがわかる。
普段なら、気を付けて集中していなければわからないような魔力の流れが、風に乗って光の帯を見せ始めた。
俺の前にソロを踊るリタが、ふわりとした滑らかな動きで、舞台の中央に進み出た。
俺がスキルウインドウに課された激しい舞とは違って、ゆるやかで、なめらかなな動きだ。観客の皆も、俺以外の八人さえも、その美しさに息をのむ。
ソロの最後にお辞儀のような仕草をつけて、にっこりと笑顔を見せたリタが舞台の中央から身を引くと、大きな歓声と拍手が巻き起こった。
今度は俺の番だ。歓声と熱気に押し出されるように、前に出る。
リズムが変わった。先ほどの柔らかな流れとは打って変わって、打楽器を前に出し、音の粒が一気に増える。
スキルウインドウを意識はしても、そちらを凝視して踊るわけにはいかない。
自分を信じて、身体を動かしていく。
練習のときと同じように、ピイちゃんが俺の少し上をくるくると飛び回って、場を盛り上げてくれているのが見えた。
思わず笑みが深くなる。伝説のドラゴンとコラボって、やっぱりこれのことかな?
七十……七十一……順調に『パーフェクト!』の文字列が空に跳ねる。
側転から、立て続けにバク転をキメる。
七十五……俺は全力で腕を振り上げ、跳躍した。
そのときだった。
ひときわ大きな声で鳴いたピイちゃんが、振り上げた俺の腕を両足で掴まえて、舞い上がったのだ。
空いている手で指示すると、ピイちゃんはその方向へ右へ左へ旋回してくれる。
まるで、空中を泳いでいるみたいだ。
橙と紺が混じる空の下、かがり火に照らされた皆の笑顔と歓声を、俺はきっと一生忘れない。
ひとしきり飛び回ってから着地した俺は、舞台の端に戻って、小さくガッツポーズした。
ソロの後もほとんど完璧に踊りきった俺たちは、割れんばかりの拍手に包まれて、楽屋へと戻ってきた。
「すごいよノヴァ! 練習のときは、ピイちゃんといっしょに踊るのは内緒にしてたんだね!」
「悔しいけど、今年の主役はノヴァで決まりだな!」
俺は九人に囲まれてぐしゃぐしゃにされながら、「いや、練習どおりにやるつもりだったから、ぶっつけ本番だったんだよ」と説明する。
「そうなの!? ぶっつけ本番なのに、息ぴったりだったよね! すごい!」
「ピイちゃんも、お祭りの雰囲気を気に入ってくれたってことじゃないかな」
楽屋までついてきたピイちゃんを、そっと撫でる。
「あ、もしかして?」
思い出して、スキルウインドウを開きなおしてみる。
コンボのクエストはパーフェクトで完了しているし、伝説のドラゴンとコラボするクエストも達成されている。
「やった……!」
ここまできたら全部クリアして、この村に恩返しをしたいところだよね。
「次はドッジボール大会……シャイニングドラゴンカップだね!」
「悪いが優勝はうちがもらうぞ、ノヴァ」
「ランド! 村長としての仕事は大丈夫なのって、心配になるくらい練習してたもんね。でも負けないよ!」
例の謎素材のボールといっしょに、ドッジボール大会をプレゼンしたところ、お祭りの運営陣は予想以上の食いつきをみせた。
その結果、シャイニングドラゴンカップなるなんだか本格的な大会が、余興ついでに開催されることになってしまった。
特にランドは、「新しい風を吹かせてほしいとは言ったが、本当に面白いもんを持ってくるとはな」と手をたたいて喜んでくれた。
心配された出場選手の募集も、四チームが集まるほどの盛況ぶりだ。
ボールはひとつしかないので時間を決めて、普段の作業やお祭りの準備の合間で、チームごとに息抜きついでの練習をやってきたわけだけど、ランドが率いる村長チームは気迫が違っていた。
もしかすると一番最初に、ルール説明がてら、ランド率いるチームをこてんぱんに倒してしまったのが、よくなかったのかもしれない。
とにかくランドたちは、ボールがない時間も木の実を使ったボールキャッチの練習だとかをやっていたようで、俺が想像していた以上の本気度で取り組んでくれた。
他のチームはあくまで余興感覚で、隙間時間でボールの感触を確かめる程度だったので、優勝候補は俺のいるチームと村長チームのふたつになっている。
「試合をするコートってやつも、しっかり整えてあるからな」
試合用のコートは、舞のステージの向こう側、初代村長像の真ん前に設置されていた。
空はほとんど紺色に染まっていて、頼りになる明かりはかがり火だけ……かと思いきや、コートはいっそまぶしいくらいの明かりに照らされている。以前リタも使っていた照明の魔法を数人がかりで空に散らして、ナイターにしっかり対応した形に仕上げたみたいだ。
「思ってたより本格的だね」
「おいおい、言い出しっぺのお前さんがそれを言うのかよ? 頼むぜ!? こっちはお前さんを目標に、この日のために練習してきたんだからな!」
「え、うん、ごめんね?」
これは、優勝するのはちょっと大変かもしれないね。
ついさっきまであんなに盛り上がっていた伝統的な舞を前座扱いにするような、こうこうと照らされたコートをぼんやり眺めて、俺はへらりと口角をもちあげた。
俺はコートの上にたった一人で、ランド率いる村長チームの三人と対峙していた。
予想どおりに勝ち上がった俺のチームと村長チームとの試合は、山場を迎えている。
コート上に残ったメンバーの名を叫ぶ声援が四方から投げ込まれ、舞のときに演奏してくれた面々が、より闘争心をあおるような、アタック音強めの打楽器を中心とした編成に変えて、試合を盛り上げてくれている。
試合には不参加を表明していたリタが、初代村長像の下、つまりはコートを分ける真ん中のライン上に立って、すっかり審判のような役割になっていた。
視線を落として、手元のボールの感触を確かめる。
ぼんやりと光るボールは、決勝を迎えた今、広場の盛り上がりにあわせるように、その色を変えていた。
見つけたときは薄紫と青を混ぜたような光だったのに、今ではもっと複雑な、何種類もの色がゆったりと明滅しながら入れ替わっていくような、幻想的な光を放っている。
なんとなくだけど、触れた者の魔力に少しずつ影響を受けている気がする。
最初は俺の、その次はその場にいたピイちゃんの、そしてこの場では、シャイニングドラゴンカップに参加した皆の魔力だ。
幸い、嫌な感じはしないから、これがどういうものなのかは、考えるのはあとでいいのかな。
「おいノヴァ、何をぼんやりしてんだ。ほれほれ、早く投げてくれ」
「申し訳ありませんが、ノヴァをアウトにすれば優勝は私たちのものですからね!」
ランドの隣に並んだカティが、腰に手を当ててびしっとこちらを指さす。
カティまで、ランドと同じかそれ以上のテンションになっているのは、なんとも予想外だった。
アクティブな子ではあるけど、もう少しこう、冷静で落ち着いたイメージがあったんだけどな。意外な一面にうれしくなる。
「まだ、諦めたわけじゃないからね」
全神経を集中して踊り切ったあとでもあるので、どうにも身体が重たいのは事実だ。
体力も気力も限界に近いうえ、相手は村でも一、二の身体能力を誇る二人だ。
とはいえこっちには、転移前の世界で培った経験値がある。
パワーで勝てないのなら、テクニックで勝負だ。
俺はゆっくりと振りかぶって、ランドでもカティでもない、もう一人の村人さんに狙いを定めた。
「てい!」
ボールは狙いどおり、村人さんのすねあたりに当たって、俺のチームの外野へとバウンドする。
キャッチした味方に手をあげてボールを要求する。これで、一対二になった。
「捕りにくい足に当てて、外野に転がすかよ。正面からどんと投げてこい! 俺が受けてやる!」
「嫌だよ。そんなやり方したら、絶対勝てないでしょ」
何度かボールを地面について、リズムを整える。
勝負しろとぎゃあぎゃあ叫ぶランドをあえて無視して、俺はカティに向き直る。
「ごめんね、アウトにさせてもらうよ」
「ふふ、そう簡単にいくとは思わないでくださいね」
カティが腰を落とし、かかとを浮かせて、ボールのキャッチも回避も、どちらも対応できる姿勢を取る。
こんな本格的っぽい感じで身構えられると、どうにもやりにくい。
俺がやってきたのは遊びのドッジボールで、本格的なスポーツとしてのそれは、それこそ小さなころにネットかテレビで見たことがあるくらいだ。
なんとかここでカティをアウトにして、一対一に持ち込めれば、勝機は見えてくる。
「いくよ! 正々堂々、勝負だ!」
ゆっくりと振りかぶって、大きく腕を振って、ボールを投げる。
身構えたカティにはかすりもせず、ボールは明後日の方向に飛んでいく。
「緊張しちゃいましたか? それじゃ当たりませんよ……きゃあ!?」
「カティ、アウト!」
リタが手を挙げて、高らかに宣言する。
「ど、どうしてですか!」
「ううん、なんとなくずるい気もしちゃうけど、ノヴァから聞いたルールでは、外野の人が当ててもいいことになってるから」
苦笑いするリタとは対照的に、俺はしてやったりのしたり顔で、ふふんと胸を張った。
「正々堂々といったのに、卑怯です!」
「もちろん正々堂々だよ。正々堂々、ルールにのっとって勝負したってことだね」
「……正々堂々とノヴァが口に出したら、外野を使うっていうことに決めてたんだ。ごめんよ」
外野から申し訳なさそうに戻ってきた味方の村人さんが、あっさりと種明かしをしてしまう。
「ちょっと! 内緒の作戦だって言ったのに!」
「ノヴァ、かっこわるいぞ!」
「がんばれ村長チーム!」
俺の悲痛な叫びが、観客の野次にかき消される。
外野がアウトを取った場合は、コートに戻れるルールを採用しているので、形成は逆転して二対一だ。
ただし、圧倒的な有利とは言いにくい。
こぼれたボールはランドが拾ってしまったので、次はランドがこちらを狙う番だ。
しかも、観客は完全に村長チームの応援に回っていて、俺たちはすっかり悪役になってしまった。
「ええい。しずまれ、しずまれーい! ルールどおりに頭を使って戦って、何が悪い!」
「ちょっとノヴァ、性格変わってない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。一回だけやってみたかったんだよね」
リタに突っ込まれて、頭をかいた。
あんまり悪役ってやってみたことがないから、ちょっとだけ興味はあったんだ。
「ずいぶん余裕じゃないか。そろそろいいか?」
ランドがコート中央のラインぎりぎりまで出てきて、にやりと笑った。
至近距離から、腕力に任せた強力なボールを投げ込んでくるのが、ランドのやり方だった。
相手が受けることを期待するようなド直球の球で、まさしく小細工はなしの、正々堂々の真っ向勝負だ。
直球ならなんとかなる、というわけではない。当然のことながら、このドッジボール大会では、魔法の使用は禁止にしている。にもかかわらず、剛腕から繰り出されるとんでもないボールはとんでもない威力で、受けるにも避けるにも、かなりの勇気と瞬発力がいる。
実際、味方のほとんどが、ランドの一投でアウトにされてきているのだ。
「いくぜ……おらあっ!」
どうやったら、そのやわらかいボールでそんな音がするの? 本当は魔法とか使ってたりする?
そう疑いたくなるほどの、ごうと風を切る音を響かせて、目にも止まらぬ速さのボールが飛んでくる。
それは、申し訳なさそうに外野から戻ってきたばかりの村人さんのみぞおちに、虹色の光を放ちながらクリーンヒットした。
瞬間、俺は地面を蹴っていた。
長身のランドが叩きつけるように投げたボールだ。
村人さんのおなかに跳ね返ったボールは勢いそのままに地面から跳ね返ると、そのままランド側のコートへ戻っていこうとする。
「させる……かあっ!」
俺が一足先に地面を蹴ったのは、このボールがランドの手元に戻る前に、確保するためだ。
ここでボールを手に入れることは、勝つための絶対条件だ。
「とった!」
「さすがに続けてもう一発とは、やらせてくれねえか。いいぜ、最後の勝負だ。まさかここで、外野にパスして横から狙うなんて真似はしないんだろ?」
ランドが両手を広げて、あえて大きな声で言う。
そうだそうだと、観客から大喜びの野次が飛んでくる。
足元を狙う手も、外野を使う手も、この試合で見せてしまった。
同じ手が通用しないとは言わないけど、警戒はされていて当然だ。
ランドがあえて大声で煽ったのは、外野にパスする選択肢を消すためで間違いない。
不敵に笑うランドに対して、俺もへらりと口元をゆがませる。
「もちろんだよ」
ぎゅっと両手でボールを抱えて、呼吸を整える。
外野へのパスはないと踏んだのか、後ろのライン際まで下がったランドが、腰を落として身構えた。
もちろんだ。外野へパスして終わらせるなんて、残念なことはしない。
決勝に進んだ時点で発現した、おそらく今回のツリーで最後の桶屋クエストがあるからだ。
それはこの決勝で、自分の投げたボールで、相手のリーダーをアウトにするというものだった。
この流れは、桶屋クエストが望んだとおりであり、この村の文明レベルを飛躍的に向上させるためのステップでもあるらしい。
村のために頑張っているつもりなのに、最後に立ちはだかるのが村長のランドというのもおかしな話なんだけどね。
「この局面で笑うかよ。ノヴァ、お前さんはやっぱりとんでもないやつだな」
「そんなことないよ。ここまで盛り上がるなら、やってよかったなって思ってるだけ」
何歩か、中央のラインから後ろにさがる。
「いくよ!」
ゆっくりと振りかぶって、一歩、二歩と勢いをつけた。
俺の右手から離れたボールが、吸い込まれるようにランドへ向かっていく。
「ふはははは、捕れる!」
照準はランドの真正面、おあつらえ向きに胸の前だ。
両手をしっかりと広げて、ランドが高笑いしながらキャッチの体勢を整える。
なんというラスボス感か。一瞬、自分たちが何をやっているのかわからなくなるじゃないか。そうだよ、村の祭りのドッジボール大会だよ。頼んだよ!
景色がスローモーションのようになった。
ゆっくりと、ボールがランドの両手に収まっていく。
「なんだと!?」
キャッチした。
誰もがそう思った瞬間、ボールはランドの手から弾かれて、緩やかな弧を描いて空へ舞った。
「おかしい、確実に捕れたはずだ」
「ボールに弾力があるから、回転をかけたんだよ」
「なるほどな。色々と考えるもんだ」
ゆるゆると、まだ宙を泳いでいるボールを見送って、ランドが感心したように言う。
「追いかければ、まだ捕れると思うよ。ノーバウンドで捕れればアウトにはならない」
そうすれば、多分ランドの勝ちになる。
この一投で最後の集中力を使ってしまったから、次は多分、受けられも避けられもできそうにない。暗にそれを示唆して、俺もボールに視線をやった。
淡い虹色に輝くボールが、無数のライトに照らされて空を泳ぐ様は、ただひたすらに綺麗だと思った。
「いやあ、捕れなかった時点で俺の負けだ」
「いいの?」
ランドにはランドの、矜持のようなものがあるのだろう。返事のかわりに、ランドはにやりと笑った。
大会の終わりを見届ける気持ちで、二人でボールが落ちるのを見守った。
ボールは、ゆっくりと初代村長像に近づいていき、ちょうど像の頭のところに、こつんと当たった。
「おめでとう、お前さんの勝ちだな」
「……ありがとう!」
りいん。
桶屋クエストが鳴らすものとは別の、鈴の鳴るような音がした。
そして、まばゆい光がほとばしる。
誰かの照明魔法では、到底ありえないような光の洪水に、叫ぶ間もなく目を閉じた。
何が起きた?
誰のものとも知れない、いくつもの悲鳴が聞こえる。
叫びたくなるのをこらえて、両腕で目を覆った。
少しずつ、光が収まっていく。
ゆっくりと目を開けて、あたりの様子をうかがう。
コートのまわりに集まっていた皆は、突然の強い光に動けず、その場にうずくまっていた。
見たところ、怪我をしている人はいないようだ。
建物も無事、かがり火が倒れているようなこともない。
ただし、この場にさっきまでなかったものが、ひとつだけある。
魔力だ。
これまで感じられなかった、濃密な魔力の気配が漂っていた。
どこからそれが発せられているのかを、必死に探す。
真っ先に目をやったのはピイちゃんだ。魔力の気配というか、質というか、ツァイスとソフィのシャイニングドラゴンのつがいに似ている気がしたからだ。
だけど残念ながら、魔力の元はピイちゃんではなかった。
「ノヴァ! 後ろ!」
リタの声にはっとして振り向き、その場を飛びのく。
俺の背後に浮かんでいたのは、初代村長の像だった。
いや、像だったもの、というのが正しいかもしれない。
魔力の元は、初代村長の像に間違いなかった。
ふわりと浮かんだ初代村長像は、虹色の淡い輝きを全身から放ち、両手を広げて微笑んでいた。
美しいけど、得体が知れない。
得体は知れないけど、何が起こったのかはおおよそ理解できてしまった。
あの輝きは、間違いない。例のボールが、初代村長の像と融合したのだ。
誰もが言葉を発せずに見つめる中、にっこりと微笑んだ表情のまま、初代村長像が口を開いた。
「どうぞご命令を。何を、破壊いたしましょうか? 気に入らない相手でも、この世の理でも、お望みのすべてを破壊いたします」
何を言われているのか、わからなかった。
ドッジボールに使っていたあのボールのせいで、何かが起きたのは間違いない。
初代村長像は美しい少女の姿で、にっこりと微笑んで、俺の方を向いている。
虹色の輝きが収まってくると、見た目はほとんど普通の人と変わらなくなった。
真っ白に黒のインナーカラーを入れたつやつやの髪、透きとおるような白い肌は、元々が金属製の像とは思えない。
強いて言えば、両目の奥できらきらと輝く虹色の虹彩に、あのボールの名残があるくらいだろうか。
「破壊対象を、ご命令ください」
初代村長像が、もう一度にっこりと微笑む。
いっさいの敵意がなさそうな表情と、無機質なトーンの台詞がまったくかみ合わず、脳みそが処理しきれない。
「えっと? 何がどうなったの? 君は、だれ?」
「回答。ワタシは魔導ゴーレム七〇七型。マスターの命令に従い、対象を破壊、殲滅、排除するために生み出されました。どうぞご命令を。何を、破壊いたしましょうか?」
リタ、ランド、カティとそれぞれ視線を合わせる。
誰一人、俺が欲しい答えを持っている様子はなかった。
展開が急すぎて、意味がわからない。
「魔導ゴーレムって、古代文明の?」
「状況を解析中……現在位置、解析完了。現在日時、解析完了。回答。ご認識のとおり、ワタシは古代文明時代に生み出されました。どうぞご命令を。何を」
「待って待って。破壊とか、排除とか、してほしいものは特にないんだけど……」
初代村長像あらため、魔導ゴーレムの動きが止まる。
「一度もご命令をいただけない場合、マスターたる資格を放棄したとみなし、すべての破壊を実行します。よろしいですか?」
「いやいやいやいや、よろしいわけないでしょ! 何言ってんのこの子は!」
すべての破壊、なんてさらりと吐き出されているけど、魔導ゴーレムの言葉に、こちらを試す意図や嘘をつく素振りはいっさいない。本気で、本音しか言っていないのだ。
その証拠に、魔導ゴーレムの全身から、もはや隠す気もなさそうな、さっきよりさらに強力な魔力が膨れ上がってきている。
わけがわからないけど、とにかく整理してみよう。
あのボールをきっかけに、初代村長像の姿で魔導ゴーレムはよみがえった。もしかしたら、初代村長像が魔導ゴーレムで、ボールがいいところに当たってしまったのかもしれないけど、このさいどっちでもいい。
とにかく、動き出した魔導ゴーレムの目的はマスターの命令にしたがって……なぜか、今のところ俺に命令を求められているけど、何かを破壊することらしい。
ついでに、一度も破壊対象を命令しないと、マスターはいない子と考えて、好き勝手に暴れちゃいますと、こう言っているのだ。冗談じゃない。
文明レベルが上がるって、古代の魔導ゴーレムが目覚めるよってこと?
確かに文明レベルは上がったかもしれないけど、上がったそばから壊しにきてるんですけど?
桶屋クエスト、急にバイオレンスな雰囲気だけど大丈夫!? それとも、何か未達成のクエストとかあったんだっけ!?
「次の回答を、最終的な回答と認識いたします。どうぞご命令を。何を、破壊いたしましょうか?」
「訂正。これよりカウントを開始いたしますので、十カウント以内に、ご命令をどうぞ」
即座にタイムリミットを設定し直した魔導ゴーレムさん、ストレス耐性がなさすぎるんじゃないだろうか。
「ノヴァ、どうするの? っていうか、どうなってるの?」
「おいおい、冗談だよな? これもお前さんの仕込みなんだろ?」
「わかんないよ、わかんないけどごめん、多分ドッジボール用に持ってきた、ボールのせいだと思う」
リタもランドも、不安そうな表情だ。
無機質に進むカウントに、めまいがしてきた。
こうなったら、とりあえず何か小さなものを壊すように命令して、溜飲を下げてもらおうか?
でも、そのあとは?
ずっと、何かを破壊し続ける命令をくだすよう迫られたら?
それこそ今回のように、十カウントごとに何かを壊すことになったりしたら、どうやったってどこかで破綻するのは目に見えている。
「一……〇……命令を確認できませんでした。マスターの資格なしと判断し」
「待って。命令する」
「ノヴァ、駄目だよ!」
リタが、俺の袖をぐいとつかんだ。俺が感じたのと同じ、得体のしれない不安を、彼女も感じているに違いない。
「大丈夫だから、俺を信じて」
「でも……桶屋クエストが出ているわけでもないんでしょ?」
「うん、そうだけど、おかしなことにはしないから」
「そこまでです。ご命令をどうぞ。次の発言内容を、ご命令として認識いたします」
どこまでもせっかちなゴーレムちゃんだ。
ぽんとリタの肩に手を置いて、笑顔を作ってみせてから、魔導ゴーレムに向き直る。
お望みどおり、破壊の限りを尽くしてやろうじゃないか。
「命令だ。破壊しかできないっていうその概念を破壊して。ゴレムちゃん、それだけの魔力があるんだし、地頭もよさそうだからさ、もっとすごいことができるはずだよ」
「発言内容を命令として解析……破壊しかできないワタシの概……念を……ハカイ……します?」
「うん、破壊して。一片も残さないようにね。ただし、概念だけだから。ゴレムちゃんが、ゴレムちゃん自身を破壊することは許しません」
「命令を……ナンテ? 実行……どう? します……ね」
「はい、迅速にお願いします。当然ながら、他の誰にも、何にも破壊が及ばないようにね」
明らかに、何かしらの回路がおかしくなりつつある魔導ゴーレム、あらためゴレムちゃんに、淡々と命令をくだす。
「かしこまり、り、リリリリン! ました!」
――ぼぎゅう!
どうしよう。まずかったかな?
俺の人生で、一回も聞いたことのない類の音がした。
浮力を失ったゴレムちゃんはずしりと地面に降り立つと、そのまま沈黙した。
頭の脇、というか両耳にあたる部分から、ぷすぷすと虹色の煙が噴き出ている。
すごいや。煙まで虹色なんだ。
なんて、感動している場合じゃない。
注意深く、沈黙したゴレムちゃんの様子をうかがう。
――ヴン!
あ、再起動した?
これまた聞いたことのない音がして、ゴレムちゃんの目に光が戻る。
思い付きで概念を破壊してもらったけど、どうなったかな。もしどうにもならなさそうだったら、村を離れて小さな破壊にお付き合いするしかないのかも。さっきの時点で暴走とかしちゃってたら謝ろう。
不安九割でそっとゴレムちゃんの顔を覗き込む。
無表情に虚空を見つめていた虹色の瞳が、俺を見つけてにっこりと微笑む。
「マスター!」
「は、はい!」
「次のご命令、いっとく? どうする? 今ならなんでもできるよ! 空も飛べちゃうし!」
ゴレムちゃんはぎゅんと急浮上して、逆上がりの鉄棒がないバージョンのような動きを見せる。
空は元から飛んでいたよねとか、怖いから縦回転はやめてみようかとか、ご命令したいことや突っ込みたいことは山ほどあるけど、どうにか理性で抑え込む。
「ゴレムちゃん、気分はどう?」
「だいぶいい感じ! っていうかその、ゴレムちゃんって何?」
「ああ、その、魔導ゴーレムとか、なんとか型って呼びにくいから、名前をつけようかなって」
「おけ! センスは破壊済みって感じだけど、マスターがそういうなら! ワタシ、ゴレムちゃんってことで!」
ぶふ、とリタが吹き出す。
センスが破壊済みって失礼じゃない?
「まあまあ、怒らない怒らない。それでどうする? ご命令、いっとく?」
「……何かを壊す命令じゃなくても大丈夫?」
おそるおそる、聞いてみる。
これの回答次第では、考える事が変わってくる。
空気が緊張し、表情を崩しかけていたリタも、おそるおそるゴレムちゃんを見上げていた。
「壊すだけとか、センス古すぎでしょ。なんでもいいよ! 作るし、創るし、必要なら壊しもするよ!」
「今すぐは特に、命令することないかなっていう場合は?」
「あ、そういう感じ? どうしようかな、それなら自由にしてていい?」
「自由にっていうのは……すべてを破壊とかじゃないんだよね?」
「マスターってば、破壊でお腹とか壊したことある感じ? 自由は自由だよ、空を飛んだり、お昼寝したり? ああ、今って夜だっけ? なんていうの? お夜食?」
やった。眠るつもりが夜食になってるしよくわからないけど、成功だ!
「それじゃあとりあえず、説明してほしいな。ゴレムちゃんって結局、何がどうなってこの場に現れたんだっけ? それと、どうして俺がマスターなんだっけ? 実はそのあたり、よくわかってなくて……教えてくれる?」
結局、ご命令すんのかい!
回転を続けながら、びし、と右手を突っ込みポーズに変えて、ゴレムちゃんが叫ぶ。
概念どころか、思考回路がまるまる破壊されている気がして、別の意味で心配だ。
ついでにいえば、このノリ、あんまり得意じゃないかもしれない。まあ、本人……本体? が楽しそうならいいのかな。
軽いノリで経緯を説明してくれたゴレムちゃんの話をまとめると、こうだ。
ゴレムちゃんの本体は、やはり俺が拾ってきたあのボールだった。
あれがまさしく、魔導ゴーレムの核となるパーツだったらしい。
きっかけはピイちゃんが壁に激突したことだけど、最初に触った俺の魔力が核に流しこまれたことで、俺がマスターとして認識された。
ちょうど、舞の個人練習をやっていて集中力が高まっていたことで、知らずに魔力がにじみ出ていたのがよかったらしい。
ひとたび魔力が注入されれば、そのあとは近くの魔力をどんどん吸い上げ、起動に足る魔力が溜まったところで、最初に触れたモノを媒体として、活動を開始する仕組みになっていた。
そして魔力が溜まったタイミングというのが、ドッジボールの決勝で、ランドが俺の最後の一投をはじいた瞬間だった。
思い出してみれば、ゆるゆると宙を舞った魔導ゴーレムの核は確かに、初代村長像の頭にぶつかっていたもんね。
あとはお察しのとおり、初代村長像をベースに起動して、件の破壊命令を声高に求めるところにたどり着くわけだ。
「ちなみにだけど、俺があの洞窟でゴレムちゃんを見つけなかったら、どうなってたんだろ?」
「洞窟の壁はもろもろだったし、ぽろっとこぼれて、そのへんの魔物とかの魔力を吸収して、森ごとおっきなゴーレムになってたんじゃない?」
「森ごと。その場合、マスターは誰になるの?」
「魔物系はマスター認定されないから、マスター不在かな。不在で起動すると、何していいかわかんなくてとにかく暴れちゃうんだよね! やば!」
やば、じゃないでしょ。本当に、とんでもないことになるところだった。
桶屋クエスト、文明レベルが上がるとか言っている場合か。達成しないと世界に甚大な被害が出るような話は、ちゃんと教えてほしい。
「でもマスターってすごいよね。さっきまではさ、これはマスター資格はく奪で大暴れ確定コースかなって思ってたのに、まさか超哲学的な感じでくるとは思わなかった! ルール違反ぎりぎりっぽいけど、やるじゃん!」
それはどうも。小さくつぶやいて、がっくりと肩を落とす。
なんだか、どっと疲れた気がする。
お祭り準備からの、舞からの、ドッジボールからの、ゴレムちゃんだ。情報が多すぎる。
ゆっくり休みたいところだけど、そうはいかない。
「まあ、よくわからんが危険はないんだな?」
おそるおそるの体でランドが言うと、ゴレムちゃんがにっこり笑って、ピースした。
「よし、それなら祭りの仕上げといくか!」
「そうだね。初代村長そっくりのゴレムちゃんが加わって、なんか今年は特別な感じするし!」
宴にしようぜ、とわいわい準備にとりかかる村人の皆さんを見て、俺はへらりと口元をつりあげた。
やっぱりそうなるよね。ここの皆さんは、いい意味で順応性が高く、悪い意味では危機感が薄い。
とりあえず大丈夫そうなら、それでいいんじゃない?
そういうことだ。
俺自身も、深く物事を考えるリソースが残っていないし、まあいいのかな。
念のため開いてみたスキルウインドウでも、村の文明レベルが段違いに上がるツリーは完了になっていて、やるべきクエストは残っていない。
「ノヴァ、こっち来い! お前さんは、色んな意味で今夜の主役なんだからな!」
「マスター早く! ワタシの酒が飲めないってのか!」
「なじみすぎか! 命令だよ。そのノリ、嫌だからやめて。そもそも未成年だから飲めないんだよ」
「わかった、やめる。でもね……このカクテル、マスターのために一生懸命作って、アルコール分は完全破壊しておいたんだ……飲んでもらえたら嬉しいなって……ごめんね」
「罪悪感! そのノリもやめて! でもまさかのノンアル……そういうことなら、いただきます」
その晩、魔導ゴーレムゴレムちゃんを加えた俺たちは、夜中までわいわいと宴に興じた。
そして、翌日。
「ノヴァ起きろ! 大変なんだ!」
ようやく部屋に戻って眠りについた俺は、お昼前にランドにたたき起こされた。眠たい目をこすって、どうにか部屋のドアを開ける。
「今日だけは許して……疲れが取れてなくて、眠すぎる……」
くあ、と大きなあくびをひとつする。
俺にひっついていたピイちゃんも、少し不機嫌そうに身をよじらせた。
「えらいことになってるんだ、早く来てくれ!」
のそのそ、ふらふらとする俺とは反対に、ランドはものすごく焦った様子だ。
さすがに目が覚めてきて、急いで服を着替えにかかった。
「ノヴァ、起きた!?」
勢いよく、リタが入ってくる。こちらも真剣な表情だ。どうやら、本当に何かあったらしい。
「何があったの?」
ゴレムちゃんが暴走してしまったとか、ドラゴンの結界が消えてしまったとか、魔物が押し寄せてくるとか……色々な事態を想像しながら、脇に立てかけてあった剣に手を伸ばす。
俺の予想は、どれも外れていた。それどころか、二人から吐き出された答えに、俺は昨日から今日にかけて何度目になるかわからない、わけのわからない気持ちをまたしても体感することになる。
「王様がきたんだよ!」
「へ?」
「王様が……軍隊を引き連れて、うちの村にやってきたんだ! 狙いはお前さんとゴレムちゃんだ!」
食堂のドアから、そっと外を覗きみる。
確かに、ものものしいアーマーを着こんだ騎士たちが大勢、昨日ドッジボールを繰り広げた村の広場に集まっていた。
掲げられた旗を見て、へらりと口角が上がる。あれは確かに、王都を出てくる前に俺が燃やしてしまったものと同じ、王家の旗だ。
広場の中央にどっしりと停まった装甲馬車のまわりは、特に警備の兵が多い。王様がきたとランドは言っていたけど、まさか本当に、王様本人があれに乗ってきているってこと?
「王都からの使者……にしては、ものものしいね」
「だから言ってるだろ、王様がきてんだよ」
「いくらなんでも、王様自らってありえる?」
「何をのんきに首かしげてんだ。狙いはお前さんとゴレムちゃんだって言ったろ。信じてないのか?」
「そういうわけじゃないけどさ。そもそも、ゴレムちゃんのことをもう王様が知ってるなんておかしくない? 俺自身にしたって心当たりなんて……ないことはないし、むしろある……けど」
もごもごと口ごもる俺に、ランドとリタの顔がひきつる。
「勇者様といっしょのパーティーにいて、王都の宴でちょっとやらかして追い出された……とは聞いてたが、まさか本当は、もっとひどいことをしてきて追われてたのか?」
ランド、気持ちはわかるけど、そんなに思いつめた顔をされると困っちゃうよ。もっとひどいことって、どれくらいひどいこと考えてる? 王城爆破未遂とか、考えてない? 確かに火はつけちゃったけどさ。
「大丈夫だよ、ノヴァ」
「……リタ!」
「今ならまだ間に合うから。自首、しよ?」
「えええ!?」
「冗談だよ?」
「冗談にならないって!」
ぎゃあぎゃあとリタとやりあっている間にも、装甲馬車を起点に騎士たちがあちこちを行き来して、なんらかのやりとりが進んでいるようだった。
とにかくこうなれば、出ていって話を聞いてみるしかなさそうだ。
村の皆の不安そうな顔も見えるし、このままっていうわけにはいかないからね。
「ノヴァ、今すぐ逃げてください」
カティがそっと裏口のドアから入ってくる。厳しい表情だ。
「……どういうこと?」
「村のことはなんとかしますから、さあ早く」
「いやいや、俺が王都を追放されてきたことが原因だと思うし、逃げるわけにはいかないよ。ちゃんと話をして、村の皆に迷惑がかからないようにするから」
「時間がないのに……仕方ありませんね。いいですか、先ほど一足先にお話を聞いてきたんです」
カティが言うには、やはり一団は王都からのもので、王様自らやってきているのも本当らしい。そして、ランドの言うとおり、狙いは俺だった。
それとあわせて、魔導ゴーレムなるものに心当たりがあれば、それについても隠さず話すようにとのことだった。
また、一団には王直属の護衛軍のみならず、勇者パーティーも同行しているという。
「サイラスたちまで!?」
「なんだか皆さん、険しい表情で……確実に捕まえるために、場合によっては生死も問わないというようなことまで、お話されていました」
「そんなこと、サイラスたちが言うわけ……いや、そうか」
王様が、あのときの件について、自らやってくるくらいに怒り心頭だとして、王直属の騎士団に俺の捕縛を任せた場合、生死不明のデッドオアアライブ待ったなしとなってしまう可能性は十二分にある。
それなら、勇者パーティーが俺を捕まえる役を買って出ても、おかしくはない。そう、俺を死なせないために。なんだろう、この悲しい気持ち。
「ゴレムちゃんのことはどこで知ったんだろう?」
「わかりませんけど、魔導ゴーレムは必ず破壊しなければならないと、大変な剣幕でした」
「俺が逃げた場合、村は大丈夫なの?」
「大丈夫です。きちんと無関係を装って、しらを切りとおしますから」
ふんす、と鼻息を荒くして、カティが胸を張る。
「まあとにかく尋常じゃないってことだな。お前さんが何をやって逃げてきたんだとしても、俺たちはお前さんの味方でいるつもりだ。なんとしても逃げきってくれ」
「ありがとう。俺が完全に悪いことした前提なのは心に響くけど、村に残ってた方が迷惑をかけそうなら、離れることにするよ」
「……せっかく、これからいっしょに村を盛り上げていけると思ったのに。こんなのってないよ」
「リタ……ごめん」
残念そうにするリタに、俺は謝る以上のことを言えそうにない。
王都でのあれこれがスキルの導きだからと言ってみても、結局は俺のせいだ。
ここで過ごした大切な時間は、絶対に忘れない。
「ピイ!」
ピイちゃんが、ぐいぐいと俺の両肩をつかんで引っ張り上げようとする。
「ピイさんも、ノヴァを逃がそうとしてくれているようですよ」
「ワタシもいっしょに逃げた方がよさそう? 面倒なら、ちょっとだけ破壊、いっとく?」
「ゴレムちゃん、何言ってるの。破壊は卒業したでしょ!」
「はーい」
明らかにわくわくした顔で、虹色の虹彩をきらきらさせていたゴレムちゃんをたしなめて、裏口からこっそり外に出る。
ゴレムちゃんは自力で、俺はピイちゃんに両肩をつかんでもらって、ふわりと空へと舞い上がる。まだ食堂の陰に隠れているから、広場からは見えていないはずだ。
「どたばたしてごめん、きっとまたいつか……!」
戻ってこられるといいな。声にならなかった希望をぎゅっと拳で握りしめる。
「ピイちゃん、ある程度の高さまで飛び出したら、いったん広場の方に行ってもらえる?」
「お、いいねマスター! ひと煽りいっとく!?」
「そこ、惜しいけど違うからわくわくしない! 村の皆に迷惑をかけたくないんだ。メインの狙いが俺なら、俺はもう逃げてますよって教えてあげた方がいいかなって」
俺の意を汲んでくれたらしいピイちゃんが、ぐるりと旋回する。
王様が乗っているであろう装甲馬車の頭上でぐるぐると旋回してみせると、足元がにわかに騒がしくなる。
ドラゴンだ。いや、人がいっしょだぞ。あれはノヴァ・キキリシムと、隣は例のゴーレムなんじゃないのか?
矢だとか魔法を射かけられる覚悟もしていたけど、それらは飛んでこなかった。
かわりに、装甲馬車の屋根に、見知った顔が堂々と立って、空を見上げている。
「サイラス、みんな……」
ぐ、とサイラスが腰を落とすのが見えて、俺は「ピイちゃん、ゴレムちゃん、全速力で上!」と叫ぶ。感慨に浸る暇もありゃしない。
俺たちが加速するのと、大ジャンプをキメたサイラスの指が、俺を掴みそこねて靴先をかすめるのとが、ほぼ同時だった。
「こわっ。どんだけの高さだと思ってんだよ!」
「ノヴァ、祭りに間に合わなくてすまなかった」
台詞こそ、お誘いしたお祭りへのお詫びだけど、サイラスはいつになく真剣な顔だ。なんなら、背筋がぞくりとするほどの迫力すら放っている。本気だ。本気で俺を、捕まえにきている。
そんなわけはないと思いながらも、場合によっては生死も問わないと話していたカティの言葉がよぎる。
「手紙出したのぎりぎりだったし、気にしないで。また来年もあるからさ」
わざと明るい声を出して、自分を奮い立たせる。
「隣が魔導ゴーレムだな? できることなら手荒な真似はしたくないが……とにかく、そこを動かないでくれ」
「いや、違うんだって。ゴレムちゃんは……ああくそ」
空中では分が悪いと踏んだのか、サイラスが急降下していく。
こういうときこそ道を示してほしいのに、桶屋クエストは何の反応も示してくれない。昨日のお祭りまでに、かなり大規模なクエストを発動していたから、クールタイムに入ってしまったのか、それとも勇者の前では発動してくれないのか。
どうにかして逃げ切りたいと切に願っているはずなのに、チリンという鈴の音は聞こえないままだ。とにかく、今は自力でなんとかするしかない。
「ピイちゃん、このまま森の奥の方へ逃げよう」
なるべく早く、王様や騎士団に邪魔されずに、サイラスたちとだけ話ができる場所へ誘導しなくては。
食堂で聞いたとおり、サイラスはゴレムちゃんのことを知っていた。となれば、おそらく目的は、破壊の魔導ゴーレムとしてのゴレムちゃんを止めることだろう。
何も説明できないままぶつかればば、勇者パーティーとゴレムちゃんとの、全破壊待ったなしのバトルを誘発することになりかねない。
あわせて、ピイちゃんのこともある。村から出てしまえば、ドラゴンの結界の守護下から離れてしまう。
このタイミングでもし、それを検知したツァイスとソフィが戻ってきたら、わが子を追い回す無礼者として、勇者パーティー対伝説のドラゴンのカードもありえるかもしれない。
俺のお気に入り同士が傷つけあうなんて、しかもその原因が俺にあるなんて、冗談じゃない。
「よし! この速さなら、いくらサイラスだって」
「ごめんね、ノヴァくん」
急に現れた気配に振り向くと、勇者パーティー全員を魔法の力で浮遊させて、にっこりと微笑むクレアの姿があった。
「痛くないから我慢してね、かわいいドラゴンさん」
詠唱もタメもいっさいなしで、クレアが複雑な魔法式を空中に展開させる。
ぐんとピイちゃんの速度が落ち、俺たちは上空にいながら、あっという間に四人に囲まれてしまった。クレアの、行動阻害のデバフ魔法だ。
「いいなあ、この子かわいい。今度でいいから乗せてほしいかも」
「ディディ頼む。この子を傷つけないで」
「わかってるって、ノヴァっちがおとなしくしてくれてれば、何もしないよ」
ディディが空を蹴とばし、息をのむ暇もなく、俺の超至近距離まで迫る。
「よい、しょっと」
ディディは両手に構えたナイフで、ピイちゃんがつかんでいる部分だけ、器用に俺の服を切り取ってみせた。
「よいしょってちょっと……ぎゃああああ!」
当然ながら、俺は落ちていく。ピイちゃんが焦った様子で身をよじるけど、身体がついてこられないらしい。
なるほど。クレアの魔法は行動阻害どころか、空間ごと疎外する超高等魔法だったんだね。
なんて言ってる場合じゃない。俺は空中を浮遊することはもちろん、この高さから落ちて自力でなんとかできる能力もない。
「マスター、これはさすがに助けた方がいい感じだよね?」
あっという間に隣に並んだゴレムちゃんが、にっこりと微笑む。
「お、お願いします!」
「ピイちゃんはどうする? 助けちゃう?」
俺と一緒に高速で降下しながら、ゴレムちゃんはがぜんやる気の顔で、虹色の虹彩をぎらつかせて上空を見つめた。拘束されているピイちゃんを、おそらくめちゃくちゃ手荒な方法で、取り戻してくるつもりらしい。
「待って! ひとまず逃げよう。ディディは、ピイちゃんに怪我をさせないと約束してくれた。信じられるはずだから、とりあえず」
「あ、やば」
とりあえず、俺を拾い上げて逃げて。そう言おうとしたところで、ふいに日がかげる。
「……ノヴァから離れろ」
日がかげったのではない。クレアの魔法で距離をつめたバスクが、俺たちに肉薄していたのだ。バスクは、俺とゴレムちゃんの間を切り裂くように、両手に掲げた大盾を振り下ろす。ゴレムちゃんはするりとそれを回避すると、バスク越しに俺をのぞき込んで、にっこりと微笑んだ。
「念のため確認。この人も、マスターのお友達なんだよね?」
「そうだよ。大事な友達なんだ。だから、傷つけあうのはなしで!」
「おけ! いいなあ。ワタシも、命がけで割り込んでくれるお友達がほしくなっちゃう」
バスクが、ゴレムちゃんを振り払うように大盾を振るう。
正確無比な連撃を、ゴレムちゃんはにっこりとした微笑みを張り付けたまま、ひらひらと回避し続ける。
「……やるな」
「あんたもね、意外と速い! やるじゃん!」
ふふん、と二人が笑みをかわす。
まさしく強者同士の探り合いという感じだ。
「ところで、助けて!」
ハイレベルなやりとりの最中も、俺だけは地面との距離を急速に詰め続けている。
ラルオ村にやってきたあの日より、さらに熱烈なキスを地面さんとかわすことになったら、頭の中が真っ白になってしまいそう。真っ白っていうか、頭ごとなくなっちゃうっていうか。つまり、助けて。
「あらら、マスターやばそうだね! 仕方ない、ここはワタシが……あれ?」
ゴレムちゃんの動きが、いきなりぎこちなくなる。
「ノヴァくんったら、また変な虫つけちゃって。優しすぎるのも困りものだよね。あなたもそう思わない?」
ピイちゃんをディディに任せて、サイラスとクレアがゴレムちゃんを取り囲んだ。
ゴレムちゃんの動きが鈍くなったのは、クレアが抜け目なく、行動阻害のデバフをかけたからだろう。
「ワタシが変な虫なら、あんたはしつこい虫って感じ? やば!」
きりきりと、魔力衝突特有の耳障りな高音を響かせて、ゴレムちゃんの全身から虹色の魔力があふれる。
信じられないけど、クレアの拘束を、力技で引きちぎってみせたらしい。
クレアが、一瞬苦しそうな表情を見せて後ろに下がり、かわりにサイラスが剣を抜く。
「二人とも待って! ゴレムちゃんを傷つけないでくれ! お願いだから!」
地面までの距離は、もうほとんどない。
構うもんか。俺はなりふり構わず叫んだ。
ゴレムちゃんはもう、破壊の魔導ゴーレムじゃないんだ。ちょっと、まあまあ個性的ではあるけど、新しい感性を手に入れた、村祭りをいっしょに楽しめる明るい子だ。
「……じっとしていろ」
ぎりぎりのところで追いついたバスクが、俺を片手でひょいと拾い上げると、もう片方の手に掲げた大盾を激突寸前の地面に向けた。
「……衝撃無効化」
――ドゴアッ!
衝撃の無効化なる決め台詞を完全に無視した、インパクトに満ちあふれた轟音を響かせて、バスクが超重量級の着地をキメる。あたり一面の木々をなぎ倒して、なんなら小さなクレーターができてるんだけど、どのあたりの衝撃が無効化されたの?
「……怪我はないな」
ああそうか。バスクと、バスクが抱えた俺に対しての衝撃ってこと? 地面は別腹ってことだね?
変わってしまった景色の中で、がたがたと震える俺をそっと地面に下ろすと、バスクは鎧についた埃をぱっと払い、そのまま仁王立ちの姿勢をとった。
俺が、生まれたての小鹿もかくやという残念っぷりでどうにか立ち上がった頃、他の皆もゆっくりと降りてくる。
正面に立ったサイラスの顔は、逆光になってよく見えないけど、左右のクレアとディディの顔は、久しぶりの再会を楽しんでいるという風ではない。
少し遅れて、俺の両隣にピイちゃんとゴレムちゃんがそれぞれ着地する。
ピイちゃんは当然ながら怒っているし、ゴレムちゃんも、表情こそ微笑みを崩していないものの、虹色の虹彩は今にも噛みつかんばかりにぎらついている。
ここからお互いの誤解を解くのは、かなりのエネルギーが要りそうだ。
それに、どうにかピイちゃんとゴレムちゃんの誤解が解けたとしても、俺が王様にやったことは、誤解ではなく言い訳しようのない事実だ。
きっと俺だけは王様に突き出されて、申し開きもそこそこに幽閉とかされて、サイラスたちのおかげで処刑だけは免れるものの、俗世とはほど遠い一生を過ごすのだ。こんなことなら、もっと美味しいごはんをたくさん食べておけばよかった。
「俺を連れて逃げてくれたこの子、ピイちゃんは関係ないんだ。それに、ゴレムちゃんも悪い子じゃない。頼むから、どっちにも危害を加えないって約束してほしい」
それでも、どうにか声を絞り出す。
「いっしょに来てもらうぞ、ノヴァ」
俺の言葉には反応せず、サイラスが無機質な声を出す。威圧的な印象は受けないけど、ここから絶対に逃がしはしない、そんな意志をひしひしと感じる力強い口調だ。
俺はがっくりとうなだれて、小さくうなずくしかなかった。