最弱の荷物持ちは謎のスキル【証券口座】で成り上がる〜配当で伝説の武器やスキルやアイテムを手に入れた。それでも一番幸せなのは家族ができたこと〜

 俺は昨日の疲れもあり普段より遅くに起きた。冒険者は朝早くから活動する人が多いため、この時間になればギルド内には人が居なくなっていた。

「ウォーくんおはよう」

「おはようございます」

 俺は今日も採取依頼を受けるつもりだ。大金を手に入れたが、すぐに依頼を止めれば怪しまれる。また、ギルドに寝泊まりしているのも宿屋に変えてしまうと、目をつけられる可能性があったからだ。

 戦う力がない俺は必要以上に用心する必要がある。

「最近調子いいけど無理しないようにね!」

 俺はリーチェに見送られて、今日もいつもと同じ森の前に向かった。

「よし、今日も採取を始めますか」

 今日は全て短剣で採取するつもりだ。俺は気合を入れていつものように薬草が生えているところに、向かうと半分だけしか薬草が生えていなかった。

 薬草は毎日生えてくるものだと思っていたが、実際は手で切り取ったところだけ生えていなかったのだ。

「これって短剣の影響か?」

 その後も昨日と同様に薬草と毒消し草を採取した場所に行くと、やはり手で切り取ったところだけが生えていない。

 俺は今日も袋いっぱいに詰めると冒険者ギルドに戻り買い取りをしてもらう。

 今日は500Gも1日で稼げたのだ。安い宿屋であれば20日間くらいは泊まれる計算だ。

 俺は普段通りに証券口座にお金を入れようとすると異変に気付いた。

 昨日まであったお金が証券口座から無くなっているのだ。基本的に俺自身でしか取り出しができないため、部屋に戻ったがお金は落ちていない。

「あー、またやってしまった」

 俺は急いでルドルフの鍛冶屋を確認すると明らかに保有数量のところが1から2に変化していた。以前は1000Gが消えたのに今回は1500Gも消えてしまった。

 昨日稼いだ魔石分のお金がほぼなくなってしまった。

「あー、この馬鹿スキルが!」

 俺は必死に透明の板を叩くが何も反応しなかった。変わっているのは縁にある上下に変わる線のみだった。

「ウォーくん今大丈夫?」

 そんな俺を心配してなのか、リーチェが部屋に訪れた。

「あっ、大丈夫です」

 俺は急いで証券口座を閉じ、扉を開けると不思議そうな顔をしたリーチェが立っていた。

「騒いでいるから誰かといるかと思ったら1人だったのね?」

 俺の叫び声は外まで聞こえていたのだろう。これからは気をつけないといけない。

「何かありましたか?」

「ちょっとウォーくんに会いたいって人がいてね。ここに行ってもらいたいの」

 俺が渡されたのは行き先が書かれた地図と依頼書だった。

「モーリンの薬屋?」

「ここ最近は質の良い薬草を提供出来ているから、直接依頼したいって話があったのよ」

 俺はその話を聞いて心の底から嬉しくなった。

 冒険者として直接依頼があるということはそれだけ期待されているということだ。

 その分採取でも失敗したら信用を失って冒険者としてのランクは下がってしまうが、攻撃スキルがない俺には関係ない。冒険者でもランクが上がらない俺は常に最低ランクなのだ。

「じゃあ、いつでもいいからモーリンさんのところに行ってきてね」

 俺は急いで準備をしてモーリンの薬屋に行くことにした。





 モーリンの薬屋は大通りから少し離れたところにあるが昔から潰れない謎の薬屋らしい。

「すみません」

 俺が扉を開けるとそこには綺麗に並べられたポーションが置いてあった。

「若造がなんのようだ?」

 迫力のあるおばあちゃんにどこか足がすくんでしまう。俺は依頼書を取り出し、リーチェから聞いた話を伝えた。

「ほほほ、お前さんがあの薬草を持ってきたやつか」

 一度ジロジロと見られるとモーリンは足元から袋を取り出した。

「この袋いっぱいに薬草と毒消し草を持ってきてもらえないか? ただし普通のやつでは買い取らないぞ」

 いつもの袋とは異なり、少し小さめのため俺にとってはありがたい話だ。

「依頼は3日間で頼むよ。報酬もこれだけだが良いものが取れたらさらに報酬を渡そう」

 ちゃんと見てはいなかったが報酬の欄には1000Gと書かれていた。一般の市民であれば2ヶ月も生活できるほどの破格の報酬だった。

 冒険者ギルドより直接依頼を受けた方が報酬は良さそうだ。

「こんなにもらってもいいですか?」

「ああ。他のところにあの薬草が取られるぐらいならこれぐらい安いもんさ」

 後から聞いた話では俺が冒険者ギルドに薬草を買い取ってもらうようになってから、薬草の取り合いが激しくなったらしい。

 基本的に薬草をおろす時はランダムのため、普通の薬草の中に俺の薬草を混ぜて、高い値段設定にして売っていたらしい。

 冒険者ギルドも金を稼ぐためには色々と工夫している。

 良質な薬草でも知らない人にすれば薬草には変わりないのだ。だからこそモーリンは冒険者ギルドから直接俺に個別依頼を出したと言っていた。

「では、また明日来ますね」

「明日!? そんなに急がなくても集まってからでいいさ!」

 1日……いや、半日で集まるから明日には来ることを伝えたが期限内に集めれば良いらしい。本当に楽な個別依頼に拍子抜けだ。

 俺は良い気分のまま冒険者ギルドに帰ることにした。さっきまでお金が無くなって落ち込んでいたが、個別依頼で嫌なことはすっかり忘れるほどだった。
 清々しい朝に俺はいつもより早く目を覚ました。初めての個別依頼のために昨日は早く寝たのだ。

 俺は体を起こすと枕もとには知らない外套が置いてあった。以前もどこか似たようなことがあった気はしたが、とりあえずリーチェに渡すことにした。

「リーチェさんおはようございます」

「今日は早いね!」

「初めての個別依頼なので気合いを入れてきました」

 朝の冒険者ギルドはたくさんの人で溢れており、話していても聞き取りにくいほどだった。

「この外套が置いてあったんですが知ってますか?」

 俺は外套をリーチェに渡すと鑑定を使っていた。その表情は不思議そうな顔をしている。

「この外套の所有者はウォーくんになっているよ?」

「えっ?」

「短剣の時もだけどウォーくんって忘れ坊なのかしら?」

 リーチェに言われて気づいたが、短剣の時もいつのまにか置いてあったのだ。

「ついでにお金はかかるけど鑑定してみる?」

 俺はリーチェに10Gを渡し鑑定をお願いした。

「やっぱりウォーくんので間違いないしシリーズ物なんだね」

 俺は鑑定した後に書き出した紙を見て驚いた。

――――――――――――――――――――

《匠の外套》
レア度 ★★★★★
説明 あるドワーフが感謝の気持ちとして作った外套。なるべく安全に探索できるようにと願われたこの外套は持ち主の隠密度を上げる。
持ち主 ウォーレン

――――――――――――――――――――

 シリーズ物っていうのはこの"()"のことを言っているのだろう。しかもレア度も短剣と同じだ。

「じゃあ、今日も頑張ってね」

 俺は冒険者ギルドを出ると外套を羽織り森に向かった。

 いつもなら門番にいるライオが声をかけてくれるが今日は俺が話しかけても、どこかキョロキョロとして無視された。何か嫌われることでもしたのだろうか。

 いつもの場所に着くと今日も薬草がしっかりと生えていた。やはり昨日考えた通りで短剣での採取が影響しているのだろう。

 いつも通りに短剣で採取して、薬草と毒消し草を詰めると袋はすぐにいっぱいになっていた。

「よし、帰ろうか」

 あまり時間は経ってはいないが、帰ろうとすると茂みから何かが近づいて来る音がした。

「グギャギャ!」

 飛び出してきたのはゴブリンだった。しかも、その後ろをこの間の年下冒険者が追いかけていた。

「ヒロトまた逃したでしょ!」

「こうやって倒した方がスリルがあっていいだろう」

 俺は短剣を構えたがゴブリンは、俺のことに気づかずに前を素通りしていく。

 ゴブリンを追いかけるヒロトと女の子の後ろをめんどくさそうにもう1人の男がついてきていた。

 その男はなぜか俺の前で足を止めた。

「マヒロどうしたの?」

「いや、どこかに人がいる気配がして……」

「そう? 私には見えないよ! ちょっとヒロト待ってよー!」

「そうか」

 慌ただしく年下の冒険者達はゴブリンを追いかけて行った。俺はゴブリンに驚き短剣を構えていたが昨日のこともあり動けなかった。

 ゴブリン程度で固まっていたら冒険者としては失格だ。俺はそんなことを思いながら、街に帰ったがまた門番のライオには無視された。

「ライオのやつ俺が何か悪いことでもしたか?」

 俺はそのままモーリンの薬屋に寄ることにした。

 扉を開けたが目の前にいるモーリンからは反応がなかった。少しずつ近づくと急に何かが飛んできた。

「何者だ!」

 俺の顔を横切ったのは小さなナイフだった。ナイフは扉に刺さり、少し場所が違えば俺の顔面を刺していただろう。

「姿を表さないのならこちらから――」

 モーリンがカウンターを飛び越えようとしていたため俺は急いで外套のフードを外した。

「俺で――」

「うぎゃ!? お前さんだったんかい!」

 モーリンは俺の顔を見ると驚いていた。俺にしたらおばあちゃんがカウンターを勢いよく飛び越えたり、ナイフを顔スレスレに投げて来たことの方が驚きだ。

「私を早死にさせるつもりかい!」

 モーリンはよっぽど驚いたのだろう。人前に出る時はなるべくフードを外すように注意された。

 どうやら俺が思っているよりも、匠の外套はすごい効果があるらしい。

「それでどうしたんだ?」

「薬草を持ってきました」

 俺は薬草をモーリンに手渡した。依頼にはなかったが毒消し草も渡すとモーリンは震えていた。

 ひょっとして質が基準よりも足りなかったのだろうか。

「おっ……お主は天才か?」

「えっ?」

「全て基準以上じゃ! こんなに良質な物なら良いポーションが作れるぞ。しかも毒消し草まで……」

 どうやらモーリンが求めていた物を持ってくることができたようだ。

「報酬は上乗せしとくからまたいつでも持ってきな」

 俺はモーリンに依頼完了のサインをもらうと冒険者ギルドに戻った。フードを外した状態であればリーチェも普通に話しかけてきた。

「今日のウォーくんは目を凝らしてないと見失いそうですね」

 どうやら外套のフードを外すだけでは見えづらいらしい。

「これが今日の報酬です。そういえばモーリンさんがいつでも受けられるように個別依頼を出しておくと言ってました」

「えっ……今なんて言いました?」

 俺は渡された金額に驚き、最後の方は何を言っていたのか聞き取りづらかった。

「もう! 明日からはいつでも薬草を持ってきておいでって言ってましたよ」

 2回目でやっと言われた内容が理解することができた。それだけ今回の破格の報酬に俺はついていけなかったのだ。

 俺が今回手に入れたお金は1500Gだった。この間の魔石と同じ値段を薬草で稼いだのだ。

 これだけ稼げたらこのまま薬草採取専用の冒険者になってもいいと俺は思った。
 あれから俺は森の中まで薬草採取をすることにした。直接魔物と戦うことはできないが、匠の外套によって魔物に見つからずに採取ができることに気づいた。

 森に入ることで採取できる薬草の数も増え、魔法使いに必要な魔力ポーションを作るマナリーフなども採取でき、依頼報酬も増えてきている。

 マナリーフは魔素が多いところにしか生息しないため数は少ないが、匠の短剣であれば毎日採取できるため定期的に卸すことができる。

 時折モーリンに採取場所を聞かれるが、俺としては教える気は全くない。それほど採取に特化してお金を稼ぐことができるようになっていた。

 気づいたら俺の証券口座には大白金貨になるほどお金が貯まっていた。

 そろそろ宿屋を変えようかと思ったが、元々貧乏な生活に慣れている俺は特に変える必要性もなかった。

 そもそもお金を使わずに貯めていた理由が俺にはあった。それはルドルフの鍛冶屋にお金を入れることだ。

 外套を手に入れてからルドルフの鍛冶屋を確認すると配当が1から2になっていた。きっと見知らぬプレゼントはルドルフの鍛冶屋からもらったのは確かだろう。

 だからこそ検証も含めて今持っているお金を全て注ぎ込むつもりだ。

「さぁ、今度は何をくれるんだ?」

 俺はルドルフの鍛冶屋に全財産を入れることにした。しかし、毎回いつのまにかお金が無くなるためお金の入れ方がわからないのだ。

 気になるところは指値・成行・逆指値のボタンがあるぐらいだ。

 成行であれば保有数量が1増えると1500Gと表示されているが、指値だと値段の調整ができる仕組みになっていた。

 また、逆指値は指定した値段以上になったら購入と説明が出ていた。

 初めてお金が消えているのではなくて、お金で訳の分からないものを購入していることを知った。ただ、これで強くなれるなら惜しまずお金を入れるつもりだ。

「今すぐ欲しいなら成行で安く欲しいなら指値ってことか。じゃあ、逆指値は何のためにあるんだ?」

 俺のスキルはやはり謎スキルなのは間違いなかった。

 とりあえず成行で半分のお金を入れて、残りの半分は少しだけ指値で安く設定して、お金を入れることにした。

「これで明日は何がもらえるかな?」

 俺はワクワクしながら眠りについた。しかし、その予想は簡単に裏切られたのだ。





 俺は寝ずにベッドの縁に腰掛けて荷物が置かれるのを待っていた。どこから現れるのか気になっていたのだ。

 しかし、朝になっても荷物が届くことはなかった。わかったことは保有数量が70になっていたのだ。どうやら指値で設定したものも購入したらしい。

 それなのにずっと起きてても何も荷物が届かなかったのだ。

「ウォーくんおは……すごい顔だけど大丈夫?」

「あはは、寝れなくてずっと起きてました」

 どうやら寝不足で顔が酷いことになっていたらしい。確かにいつもより目が開かないからよっぽど体も寝不足だと信号を出していた。

「今日は依頼やめたらどう?」

「お金がないので行ってきます」

 昨日も大金を稼いだのに、俺の話を聞いてリーチェは首を傾げていた。俺は全財産をスキルの中に入れてしまったのだ。だから今日は少しでもお金を稼がないと、生活できなくなってしまう。

 俺は日課になりつつあるモーリンの薬屋に向かった。

「モーリンさんおはようございます」

「ウォーレンおは……すごい顔だね?」

 どうやらモーリンから見ても酷い顔をしているらしい。そこまで言われると休んだ方がいいのかもしれない。

「今日の依頼は――」

「今日は休みなさい。その様子じゃ魔物に見つかったら死んでしまうぞ?」

 どうやらモーリンは俺の心配をしていた。ただ、匠の外套を着ている俺は今まで見つかったことがない。

「すぐに帰ってくるから大丈夫だよ」

「ウォーレンが言うなら仕方ないが、ちゃんと帰ってくるんだぞ」

 俺はモーリンから袋を受け取ると、いつも通りに街の外へ出て森の中に入って行った。

 森の中は相変わらず静かだ。俺は眠い目を擦りながらいつも通りのルートで薬草の回収をしていた。

「おい、早く逃げないとやばいぞ」

「ヒロトのせいでしょ! 私は知らないからね」

 今日もいつものように年下の冒険者がこっちに走ってきていた。

 また、今日も普段通りにゴブリンを追いかけているのだと思い俺はそのまま採取を続けた。

「はぁー、あいつらいつまでゴブリンと追いかけっこをしてるんだよ」

 寝不足でなければ気づいただろうし、過信をしてなければこんなことにはならなかっただろう。

「おい、俺の薬草――」

 俺が顔をあげるとそこにはゴブリンの集団が目の前にいた。俺は急いで体の向きを変えようとするが、気づいたら逃げる場所もなく道は塞がれている。

 俺はゴブリン達に囲まれていたのだ。

「グギャギャ!」

 俺は急いで短剣を構えると集団の中から他のゴブリンより一際体が大きいゴブリンが出てきた。

「ああ、終わった……」

 俺の目の前にはゴブリンの上位種であるゴブリンジェネラルがニヤリとこちらを見て笑っていた。
 俺が少しずつ後ろに下がるとゴブリン達は俺を見失っていた。ただゴブリンジェネラルとはずっと目が合っている。

 確実に俺のことを認識しているのだろう。

「グギャギャ!」

 ゴブリンジェネラルが叫ぶとゴブリンが俺に近づいてきた。しかし、俺の存在に気づかないのか何もないところに武器を振り回している。

 俺の存在に気づいているのはゴブリンジェネラルだけのようだ。

「あそこなら行けるか」

 近くにいたゴブリンの攻撃を避けつつ、俺はゴブリンとゴブリンでできた隙間を狙って滑り込んだ。

「グギャ!」

 しかし、その判断は間違っていた。その隙間を潜り抜けた先にはゴブリンが待ち構えていたのだ。

 俺は咄嗟に腕で体を守ったが、それでもゴブリンの攻撃は直接俺に叩きつけてきた。

「ぐぁ!?」

 口からは息が漏れ出し、気づいたら木に打ち付けられていた。小さな体のゴブリンでも、俺よりも遥かに強かった。

「グギャギャ」

 そんな俺を見てゴブリンジェネラルは笑っていた。俺は気づいたらやつの作戦にハマっていたのだ。

 あえてゴブリン達に襲うように命令して、逃げ道をつくりそこに俺を追い込もうとしていたのだろう。

 ゴブリンは知能が低いと言われているが、リーダーでもあるゴブリンジェネラルが存在していれば、ゴブリン自体の強さは確実に変わってくる。

 ただ、そんな中で疑問に思ったことをみつけた。それは直接俺を認識できているのなら、わざわざゴブリンを使わなくても自分自身で攻撃してこればいいということだ。

 それなのにゴブリンジェネラルは指示を出すだけだ何もしてこなかった。

 俺は体を起こすと、木に隠れるようにゴブリンジェネラルの視覚を誤魔化した。

 そこからゆっくりと隣の木に移動すると、ゴブリンジェネラルはまだ俺がいた木を見ている。

 やはり視覚で認識は出来ているが、注視し続けることができないのだろう。

 俺はそのまま隠れていたが、ゴブリンジェネラルは森の奥に帰ろうとしなかった。何か気配を感じているのだろうか、常に辺りをキョロキョロと見ている。

「どうやったら逃げれ……いや、俺は冒険者なんだ。スキルがなくても俺には装備があるんだ」

 逃げようにも逃げられない環境に、このままだといつまで経っても変わらないと思った。

 ランクとしては高ランクの敵だ。それでも、ここで戦わないと常にアドルの後ろにいた俺と変わりない。逃げてばかりの自分と決別するために、ゴブリンジェネラルと戦うことを決意した。

 少しでも逃げる隙を作ればいいのだ。

 俺には存在を消す匠の外套がある。

 武器にも運が発揮される短剣がある。

「今の俺には匠のシリーズがあるんだ」

 俺は自分自身を鼓舞して靴を横にある木に向かって投げた。その瞬間、ゴブリンジェネラルの意識が靴の方に向いたのに俺は気づいた。

「グギャギャ!」

 投げた靴を襲うように自身で動き出したのだ。確かに命令するより自分で動いた方が早いが、その選択は間違いだ。

 俺はゆっくり忍び寄ると、後ろから思いっきりゴブリンジェネラルに短剣を突きつけた。

「グギャアアァ!!!」

 何か仲間達に伝えているが、それでも俺は何度も何度も短剣を抜いては刺してを繰り返す。

 大きな体から俺を振り落とそうとするが、それでも必死に短剣を掴む。

 ゴブリン達が立ち向かうが、やはり俺の姿を見つけられない。

「グギャ!」

 気づいたらゴブリンジェネラルは倒れており、周りにいたはずのゴブリンは居なくなっていた。

「終わったのか……」

 俺は力尽きてその場で崩れるように倒れた。体を動かそうと思っても動かないのは全身の緊張が抜けたからだろう。

「ははは、俺って本当に冒険者になったんだな」

 今まで逃げていた俺はどこか成長した気がした。





 いつもより風が当たり心地良い気分で目を覚ました。目を開けると雲一つない空が広がっていた。

 なぜ外に居るんだろうかと思った俺は隣に目を向けると大きな顔があった。

「ゴブリンジェネラル!? 痛っ!」

 俺は急に立ち上がり後ろに下がった。記憶を遡ると俺はそのまま意識を失い、ゴブリンジェネラルの隣で倒れていたようだ。

「はぁ、驚いて損だったわ」

 俺は近づくと近くにあった短剣でゴブリンジェネラルの魔石を探す。ゴブリンジェネラルもゴブリンと同じで胸の辺りに魔石があるはずだ。

「おー、これって魔石か?」

 ゴブリンジェネラルから出てきたのは見たこともない色の魔石だった。色はゴブリンから出てきた魔石に似ているが、黄色というよりは透明感があり琥珀色に近い。

 勇者パーティーに所属していた時にゴブリンジェネラルを倒すことがあっても、今まで見たことない色に俺は怪しさを感じていた。

 見たことはないが、聞いた話では貴族達が着けている宝石という石にはこんな輝きがあるのだろうか。

「とりあえず街に戻るか」

 俺は投げた靴を探そうと向きを変えると、目の前には靴が落ちていた。

「靴?」

 急いで証券口座を開くと配当の欄は2から3になっていた。きっと目の前にある靴がルドルフの鍛冶屋からの配当だとすぐに気づいた。

「これって履けるのか?」

 俺は靴に足を入れると靴が動いている気がした。

 一度足を圧迫すると、少しずつ広がりちょうどいいサイズ感になっていた。

「これこそ匠の技ってことか」

 今まで履いたことないほど靴は軽く、体自体が軽く感じる。

 俺は新しい靴を手に入れたからなのか、ゴブリンジェネラルを倒したことが嬉しかったのか、いつもより早足で街に帰って行った。
 俺は上機嫌で街に戻るとモーリンの薬屋に向かった。普段と変わらない速さで森から歩いたつもりだが、いつもより時間が半分程度に感じる。

「モーリンさん――」

「ウォーレン無事だったか!」

 俺は扉を開けた瞬間にモーリンがカウンターから乗り出してきた。カウンターから飛び越えてくるモーリンに驚きだ。

 おばあちゃんがあんなに動いても平気なんだろうか。

「どうしたんですか?」

「どうしたって……無事ならよかったわい」

 モーリンは安心したのか、またカウンターを飛び越えて椅子に座っていた。カウンターを回って戻るのが大変なんだろうか。

「えっ? 何かあったんですか?」

 俺はなぜそんなに心配されているのかわからなくなっていた。

「あんな顔で出て行ったと思ったら、いつも来る時間に帰って来なかったから心配しただけだ。リーチェも一日中心配して探し回っていたよ」

 モーリンはどこか遠くを見て話していた。家族もいない俺には心配してくれる人はいないと思っていた。

 唯一近い存在であった、アドルとも縁を切れば俺は一人だった。

「ご迷惑おかけしてすみませんでした」

 どこかそっぽ向いているモーリンや冒険者ギルドのリーチェは俺のことを心配してくれていた。

 それだけでどこか心が熱くなってくる。もう無理することだけはやめよう。過信はしないようにしようと改めて俺は思った。

「それでどうしたんだ?」

「ああ、いつもの薬草を持ってきました」

 俺は薬草を入れた袋をモーリンは確認のために、中を開けるとすぐに袋を閉じた。

「おおおおい、これはなんじゃ?」

「なにって薬草……あー!」

 俺は薬草の袋の中に琥珀色の魔石を入れていたのを忘れていた。魔石を入れる袋もないし、手に持っていても邪魔だった。

「こんな物を見せびらかすんじゃないよ!」

 モーリンは急いで小さい袋に魔石を入れて渡してきた。やはりそこまでレアな魔石なんだろうか。

「これって売れそうですか?」

「売るんか!?」

 価値がわからない俺にはこの魔石は必要なかった。むしろ高く売れるならお金に変えて、証券口座に入れておいた方が今後の俺にとってはいいのだ。

「売れませんか?」

「いや、変なところで売るよりは……よし、都市ガイナスに行くんだ」

 都市ガイナスは今いる街から離れたところにある大きな都市だ。冒険者として活動するなら、都市や王都にいる方が依頼が多いため、高ランクになるほど大きな街に移動する。

「なんでガイアスなんですか?」

「そこに私の知人がいるからそこで売るといい。やつなら高く買い取ってくれるだろう」

 モーリンは"メジストの錬金術店"までの地図と手紙を渡してきた。

「早くリーチェのところにも顔を出しておやり!」

 モーリンはどこか照れくさそうに俺を店から追い出した。

 俺はその足でそのまま冒険者ギルドに帰ることにした。まだ朝のため冒険者ギルドは人で溢れていた。

「ただい――」

「ウォーくん!」

 カウンターで仕事をしていたリーチェは手を止めて心配そうに俺の元へ駆け寄ってきた。

 ああ、かわいいなと思っていると周りの視線が俺の方へ向いていた。これはリーチェを狙っている視線だとすぐに気づいた。

 冒険者ギルドの受付嬢は、見た目綺麗で冒険者から狙われていることが多いから仕方ないのだろう。

「今までどこに行ってたんですか! 心配したんですよ!」

 リーチェは俺の顔を覗き込むように上目遣いで見つめている。

「怪我はしていないですか?」

「大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみません」

 リーチェは俺の声を聞くと、どこか安心したのか普段より笑顔になっていた。

「おいおい、リーチェはポーターの心配ばかりするんか? そいつなんて使えないだろう。もっと俺のこっちを心配してくれよ」

「そんなことない――」

 冒険者はリーチェの腕を強引に掴み自分の股間へ手を押し付けていた。それを見て冒険者ギルドの男達は笑っていた。

 これが冒険者達の当たり前だった。俺を心配してくれたリーチェに対して、如何わしいことをする男が気に食わなかった。

 俺は手に持っていた外套に身を包み、素早く短剣を取り出す。

「ほら、リーチェも俺を選んで――」

「リーチェさんはお前みたいなやつが触れていい人じゃない」

 俺は冒険者の首元に短剣を突きつけた。外套で存在感が薄くなった俺に気づけたのはギルド中で多くはないだろう。しかも、靴のおかげで一瞬で冒険者の後ろへ回ることができたのだ。

「おいおい、冗談だよ。そんなに怒るなよ」

「ならその汚い手と大きくなった股間を隠せ」

 冒険者はゆっくりとリーチェの手を離すと、腰を引いてどこかへ行ってしまった。

 俺はそのままリーチェをそっと抱え込んで安全な場所に移動する。

「大丈夫ですか?」

「ウォーくん?」

 どうやら外套で俺の認識がしにくいため、誰が助けたのかもわかっていないらしい。

 俺がフードを外すとやっと誰なのか理解したのか、腕の中のリーチェは顔を赤らめてこちらを見ていた。

「ありがとう」

 ああ、かわいい。俺は単純にそう思った。どこか俺の鼓動も早くなり急いでリーチェを下ろした。

「眠たいので部屋に戻りますね」

 俺は恥ずかしさのあまりそのまま部屋に戻った。

 その後冒険者ギルドでは騒ぎになっていたことを俺は知らなかった。
 俺は早朝に街の外に出て薬草を採取してからモーリンの薬屋に向かった。リーチェに会うのはどこか恥ずかしくて朝はなるべく顔を合わせないように出てきた。

「おはようございます」

「やけに今日は早いのう」

 普段と会いに来る時間帯はそこまで変わらないが、今日は薬草を持っているのをモーリンは気づいていた。

「しばらく都市に行くので先に渡しておこうと思いまして……」

 俺はすぐに都市ガイアスに行くことにしたため、その前に薬草を採取してモーリンに渡そうと持ってきたのだ。

「もう行くのかね?」

「はい。また戻ってきたら伺いますね」

 俺はモーリンに挨拶をして冒険者ギルドに戻ることにした。さすがにリーチェにだけは挨拶をしないといけないと思っていた。

 冒険者ギルドに入ると俺は外套を着て、カウンターで仕事をしているリーチェに声をかけた。

「リーチェさん今いいですか?」

「ウォーくん?」

「目立ちたくないので耳だけ傾けてください」

 俺の声に何となくリーチェは頷く。昨日のこともあり、僕の話は冒険者ギルド内で噂になっていた。

 攻撃スキルも持っていないポーターが冒険者と同等の実力があればパーティーのポーターとして引く手数多だと思われるが現実はそうではない。

 昨日のような出来事があると珍しい装備の力で強化されているポーターだと冒険者達は解釈するのだ。

 そして、必然的に起きるのはそのポーターへの強奪だ。

 だからこそポーターは基本的にはパーティーに守ってもらわないといけない存在で目立ってはいけないことになっている。

「今日から都市ガイアスに移動することにしました。リーチェさんもお体には気をつけてください」

 俺はそう告げるとリーチェが何かを言う前に俺は冒険者ギルドを出てきた。やはりリーチェと会話するのはまだ恥ずかしかった。

 そういえばモーリンに薬草を渡したが、報酬を受け取るのを忘れていた。

「お世話になったお礼でいいか」

 俺はその足で都市ガイアスに向かうことにした。

 ガイアスは乗り合い馬車で5日ほどかかる場所にあり、冒険者ギルドの護衛依頼と一緒に行動することになっている。

 そんな中関わりたくないあいつらとまた一緒になってしまった。

「あっ、先輩ポーターもガイアスに行くんですか?」

「ああ、俺は客だけどな」

 声をかけてきたのは年下の冒険者であるヒロトだった。こいつらのせいで俺はゴブリンジェネラルを押し付けられたと思っている。

 基本的に魔物討伐はお互いの承諾を得ないと共闘はできないし、追いかけてくる敵を他の冒険者に転嫁するのはルールとして認められていない。

 ただ、俺が匠の外套を着ていたため気づかなかったというのもある。だから文句は言わないがあまり良い印象はない。

 そもそもアドルに憧れている時点で関わりは持ちたくなかった。

「うわ、怖っ!? そんなに俺達がポーターとして雇わなかったことを怒っているんですか?」

「もう、ヒロト辞めなさい! 先輩すみません」

「ああ、大丈夫です」

 一緒にパーティーを組んでいる女性はしっかりとしていた。

「ねぇ、こいつに荷物持たせたら俺らが楽なんじゃないか?」

「それはいい考え──」

「あんた達何言ってるのよ! そもそもアイテムボックスがあるのに変なものばかり入れているのがダメなのよ!」

 そう言って女性がヒロトとマヒロを回収するように引っ張って見張りに戻って行く。

 俺は行く先々で毎回邪魔をしてくるこいつらとはなるべく関わらないようにすることにした。

 その後は魔物が出てても、冒険者の活躍もあり無事に都市ガイアスに着くことができた。

 年下の冒険者達は薬草には興味がないのか、薬草には目もくれず、俺は金策として途中の休憩中に薬草を刈り取ってきた。

「ほぉー、やっぱり大きいですね」

 都市ガイアスに着くと街の大きさに俺は圧倒されていた。ガイアス自体は一度だけ来たことはあるがそこまで滞在はしていない。

「ガイアスは色々発展しているから見て回るといいよ!」

 都市の出入りを管理している門番もそんな俺を見て声をかけてくれた。

 以前はお金の管理をしている俺がお金を使ってはいけないと思い観光もしたことはなかった。

 そもそも街に寄るのもアドルがパーティー以外の女性と行為をするときぐらいだ。

 いつか女達に殺されるのではないかと思ってしまう。

 街の中を歩くと辺りからは、露店や店の呼び込みの声が響いていた。

「おっ、お兄ちゃん新しい魔道具はいらないか?」

「魔道具ですか? 今は大丈夫です」

「そうか。もし何か欲しければリードン錬金術店に来てくれよ」

 声をかけて来た男は違う人に声をかけに行った。あまり見かけない人を中心に呼び込みをしているのだろうか。

 リードン錬金術店と呼ばれているそのお店は、とても長い行列が出来ていた。

 俺は引き続き地図を見ながら目的のお店を探す。

 俺が探していたのは事前にモーリンに聞いていた目的地でもある"メジストの錬金術店"だ。

「やっぱりここも街の外れにあるのか」

 ひっそりと並ぶ建物の一部に小さく看板に店名が書かれていた。

「すみません、誰かいますかー」

 扉を開けるとそこは人気もなく、中は物で溢れかえっていた。反応もない店内は静かさに包まれている。

「ここで合ってるのか? すみません、誰かいますかー!」

「そんなに叫ばなくても聞こえとるわい!」

 俺が大きな声を出すと突然足元からおじいちゃんが飛び出してきた。正確に言えば床に置かれた大量の本の中から出てきたのだ。

「あのー、メジストさんですか?」

「お主もわしの錬金術を邪魔するのか!」

「えっ!?」

 俺は何を言われているのか分からなかった。ただその時感じたのはまた面倒事に巻き込まれるのではないかという不安だけだった。
 俺はとりあえず面倒事に巻き込まれる前にメジストの錬金術店から出ることにした。

「また後日来ま――」

 俺は扉を開けようとした瞬間に危険を感じて横に踏み込んだ。扉を見るとそこにはナイフが刺さっていた。

「あれを避けるのか。流石はリードン錬金術店め! 手慣れなやつを連れて来たのう」

 モーリンもだがナイフを投げる高齢者が流行っているのだろうか。ナイフがある場所を見るとさっきまで俺の顔があったところにちょうど刺さっていた。

「いきなり客を襲うってどんな店ですか!?」

 俺は咄嗟に声が出てしまった。確かに俺は何も買う気はないがお客さんだ。

「この店に客なんか来ねーぞ!」

 おじいちゃんはさらにナイフを投げようと構えている。

「モーリンさんの紹介で来たんです!」

 俺がモーリンの名前を出すとメジストはビクッと体が反応していた。

「モーリンじゃと?」

「これがその手紙です」

 どうやらモーリンを知っていると感じた俺はおじいちゃんに手紙を渡した。

「ふむ……うん……うっ……あああああ」

 手紙を読み始めるとおじいちゃんは震え出し、最終的には崩れながら床に手を付けていた。

 手から落ちて来た手紙を拾うと2人の関係性は明らかだった。


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メジストへ
元気にしていますか。あたしは元気じゃ。
さて、錬金術店をやりたいと言って街を勝手に出てからお店の調子はどうじゃ?
無理を押し切って始めたお店はさぞかし行列が出来るほど立派なお店になっておるじゃろ。

さて、話は戻るが今目の前にいるウォーレンを助けてやってくれ。
昔のあたしらを感じさせるその子に手を貸してやってくれんか。
きっとメジストも気にいるはずじゃ。

ではいつかメジストの錬金術店まで遊びに行きます。
その時までに行列が出来てないと離婚します。

愛しの妻より

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 モーリンと目の前にいるおじいちゃんのメジストはまさかの夫婦だったのだ。手紙の内容から明らかに立場はモーリンの方が上だろう。

「お主の名前を聞いてもいいか?」

「俺の名前はウォー──」

「ウォー()ンだな」
 俺の名前に被せるようにメジストは話し出した。

「いや、ウォー──」

「ウォー()ンだ。お前は今日からウォー()ンだ。それ以上、それ以下でもない」

「もう、ウォー()ンで大丈夫です」

 名前を間違えていたため俺は訂正することにしたがずっとこの調子だ。だから諦めることにした。

「そうか、ウォー()ンか! 俺はまだウォーレンには会っていないからな。それでウォーは何の用事だ?」

「モーリンさんに相談したらここで買い取って貰うといいって言われたんです」

 俺はこの間倒したゴブリンジェネラルから手に入れた琥珀色の魔石を渡した。

「こっ……これがなぜここにあるんだ!?」

 メジストの驚き方からして何か珍しい魔石なのはわかった。

「これって珍しい――」

「魔石を買い取らせてもらうことはできないか?」

「ええ、大丈夫です。それよりも離れてください」

「ああ、すまない」

 メジストは尋常じゃない速さと距離感で詰め寄ってきた。その距離は口付けをする一歩手前だ。

「これで店が経ち直せるぞー! 打倒リードン錬金術店だ!」

 やはりメジストの錬金術店は潰れる間近だったのだろう。モーリンの手紙からも反対を押し切って街を離れたのなら尚更帰りにくいはずだ。

「じゃあ、この魔石はいくらになりますか?」

「……」

「あのー、魔石はいくらで買い取ってもらえますか?」

「……」

 聞こえていないのか2度も言ったが反応はなかった。

「なら違うところで売り――」

 俺は魔石をメジストから受け取った。正確に言えば離そうとしなかった手を無理やりこじ開けて返してもらっただけだ。

「年寄りへの暴力か! 最近の若者は年寄りを労るってことを知らんのか!」

「こっちだって命が掛かってるんだ」

 俺だって証券口座にお金を入れすぎた結果、生活するお金が少しだけしかないのは変わらない。

「そんなことは知らーん!」

 話しても無駄だと気づいたメジストは俺に抱きつくように飛び込んできた。

 しかし、俺もそう簡単に抱きつかせる男ではない。

 この間手に入れた素早く動ける靴を使えば一瞬で飛び越え……れなかった。

「へへへ、お主はまだまだだな」

 なんてことでしょうか。俺は気づいたら壁際に誘導されていたのだ。

 ジリジリとさっきから詰め寄って来たのはこのためだったのか。

「さぁ、逃がさないぞ?」

「いや、これは俺の魔石だ」

 俺は魔石を抱きつくように守った。これを渡すわけにはいかないのだ。

「早く渡した方が身のためだぞ」

 逃げ場がない俺にメジストは近づいて来た。もう距離としては人が一人入れるかどうかの距離だ。

「この魔石はわしの――」

「アバババ!」

 メジストの手が近づいた瞬間に鼓膜が破れそうなほどの轟音が鳴り響く。

 気づいたら目の前でメジストは倒れていた。なんと天井を突き破るように雷が落ちて来たのだ。

「えっ……」

 俺が戸惑っていると雷の勢いでなのかモーリンの手紙が俺の足元まで飛んできた。一部分は雷の影響で焦げている。

 その手紙には紙が焦げた部分に追加で文字が浮かび上がっていた。

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追伸
魔石を無理やり奪おうとしたら無事に生きていけると思うなよ。
ウォーレンを襲うと自動で雷属性の魔法を発動するように仕込んであります。

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 やはりモーリンは逆らってはいけない人のようだ。
 その後メジストとは俺が有利になるように話が進み、足りないお金はアイテムと交換してもらう話となった。

「あのクソババ――」

 それもモーリンのおかげだろう。さっきからメジストが何か言おうとするたびにまた外から雷の音が鳴り響いている。さっきまで晴れていたのに急な天気の変化に俺は驚いた。

 そして今後も冒険者ギルドを通さずに直接メジストが魔石を買い取ってくれることとなった。ただ、お金がないときはアイテムと交換らしい。

 メジストの錬金術店を出ると俺は冒険者ギルドに向かった。都市ガイアスでも俺は冒険者ギルドに泊まろうと思っている。

 まぁ、単純に言えばお金がないからだ。メジストからもらったのは、ほとんどがアイテムだった。

「それにしてもスキル玉がもらえるとは思わなかったな」

 メジストからもらったのはスキル玉だった。スキル玉とは決められた回数だけスキルが使えるアイテムだ。

 今回もらったのは【鑑定】と【回復魔法】が中に込められている。

 スキル玉はレアなアイテムで、稀に魔物やダンジョンから手に入れることができる。メジストは自分で作ったと嘘を言っていたが、あんなおじいちゃんが作れるはずがないと思っている。

 そもそも作れるなら自分で売った方が高くなるため利益になるはずだ。

 俺は冒険者ギルドに着くといつも通りに扉を開けた。今までいた冒険者ギルドよりも、都市のため建物も人の多さも規模が違っていた。

「あのー、冒険者ギルドに泊まることはできますか?」

 声をかけると受付にいた男の人は俺の全身を見てから話し出した。

「君みたいな子を泊める部屋はないかな」

 受け付けの言葉を聞いていた周りの冒険者達は笑っていた。その笑いはどこか俺を小馬鹿にしているようだ。

「ははは、それはポーターには可哀想だろう」

「ポーターが1人でこんなところにどうしたんでちゅかー?」

 俺は冒険者ギルドの中でポーターという立ち位置を改めて認識することができた。

 都市のためポーターへの扱いは改善されていると思ったが、都市や大きな街に行くほどポーターへの風当たりは強くなっていた。

 今までアドルに守られていたが、一人になった今だからわかるポーターとしての差別だった。

 話が通じないとわかり、仕方なく街の宿屋に泊まることにした。

 ギルドから出ようとした瞬間、突然冒険者に腕を掴まれた。

「おい、ポーターは俺達に荷物を届けてくれたんじゃなかったのか?」

 急に引っ張られたため俺は体勢を崩し、ポケットから何か物が落ちてしまった。

「おっ、こいつスキル玉を2つも持ってやがるぜ!」 

「おー、俺達のプレゼントだ!」

 冒険者達は俺が持っていたスキル玉を奪うと冒険者同士で取り合いになっていた。これが都市ガイアスの冒険者ギルドの現状だろう。

 そんな中、急にギルド内で爆発するような音が聞こえてきた。目を向けるとそこには真っ二つに折れたテーブルと剣を持ったおじさんが座っていた。

「おい、おっさんが冒険者ギルドに何の用だよ?」

 俺に絡んできた冒険者は俺の腕を離すとおっさんの方に近づいて行く。しかし、さっきまで座っていたおっさんの姿はなかった。

「お前俺を誰だと……あああぁぁ! 俺の腕が!」

 冒険者の男が急に腕を押さえつけると、腕から血が噴き出していた。俺の足元にコロコロと腕が転がってくる。

「ああぁぁぁぁ! 誰か俺の腕を拾ってくれ」

 腕を斬られた冒険者の仲間達なのか急いで腕を拾うと、回復魔法を使う人を探すように声をかけていた。

「これは君の物だろう? 大事にするが――」

 おっさんはスキル玉を俺に渡そうと手を出してきた。

 それを受け取ろうと手のひらを出すが一向にスキル玉を返してくれる素振りはなかった。

「このスキル玉はどこで手に入れたんだ?」

 おっさんはスキル玉が気になっているようだ。あまり手に入らないレアな物だから気になったのだろう。

 俺は助けてもらったお礼に宣伝も含めてメジストの錬金術店を教えた。

「ははは、あのおじいちゃんが君を気にいるとはな。またどこかで会うだろう」

 そう言っておっさんは去って行った。俺はお礼を伝えてなかったと気づき、追いかけようと振り返るがそこには既におっさんの姿はなかった。

 その後、俺はそのまま宿屋を探すとどこも1泊100G近くもする高い宿屋ばかりだった。

 基本的に宿屋は金を稼げる冒険者か商会をやっている人ぐらいしか泊まらないため、値段も高めの設定になっているのだろう。

 つい最近までいた街では1泊25Gが当たり前だったが、街を変えるだけで値段ががらりと変わってしまう。

 その中で俺は街の外れにある食事付きで1泊50Gと半額の宿屋を見つけた。

 ちなみに冒険者ギルドは一律5Gととにかく格安だ。

 俺は宿屋の扉を開けると、恰幅の良いおばさんがカウンターにいた。

「お兄ちゃん今から泊まりかい? 今日の食事はもう終わったけどそれでも大丈夫かい?」

 俺は頷くと部屋に案内された。部屋の中はさすが宿屋と言えるレベルだった。

 冒険者ギルドはベットしか置いていなかったが、ベットもワンサイズ大きくなり、テーブルとライトも置かれている。

 俺はそのままベットに座り込むと、疲れた体はベットに吸い込まれるようにいつのまにか寝ていた。
 俺は目を覚ますとまずは日課のベッドの回りを見渡した。どうやら今日も配当はないようだ。

 お金を入れた次の日に配当を貰えると思ったが、前回靴をもらった時からタイミングが曖昧なことに気づいた。

「おはようございます」

 身支度を整えると、俺は階段を降りて食堂に向かう。昨日は何も食べていないため、俺のお腹はずっと鳴っていた。

「おはようございます。今日はオススメのオークのシチューです」

 席に着くと目の前に出されたのは、魔物のオークを使ったシチューとパンだった。オークって魔物の中では美味しいと言われるほどで、値段もそこそこするはず。そんなお肉が安めの宿屋で出してもいい物なのだろうか。

「ふふふ、このオークはお得意様が持ってきてくれるんです」

 俺の顔が物語っていたのか考えていたことが顔に出ていたようだ。

「あっ、その人が起きてきましたよ」

 俺が振り向くと、そこには昨日助けてもらったおっさんがだらしない格好で歩いていた。

 俺は驚きのあまりシチューを吹き出してしまったが、急いで拭くとおっさんのところに向かった。

「朝からなんだ?」

 おっさんは眠たそうな顔でこちらを見ている。

「昨日はありがとうございました!」

 俺はお礼を伝えるがおっさんはどこかぼーっとしていた。

「昨日か……昨日は何かやったか?」

 どうやら単純に忘れていたらしい。それだけ自然と人を助けられる目の前のおっさんにどこか尊敬の気持ちが芽生えた。

「冒険者ギルドで助け――」

「あー、男に襲われていた玉の子(・・・・・・・・・・・)か!」

 尊敬の気持ちは一瞬でどこかへ消えて行く。今の言葉だけ聞けば誤解……いや、すでに宿屋にいた女性はこちらをジロジロと見ている。

「とりあえずお礼を伝えたかっただけなので失礼します」

 俺は恥ずかしくなったため急いで熱々のシチューを食べた。

 さっきから宿屋の女性がずっとジロジロとこちらを見てくるのだ。時折おっさんと交互に見る彼女の目は鋭かった。





 俺は冒険者ギルドに行くと、いつも通りに薬草の依頼を受けることにした。

「ポーターは依頼を受けられないのは知らないのか?」

 受付をしていたのは昨日の男だった。ただ問題になったのか、小馬鹿にはしているが仕事はちゃんとしているようだ。

 俺は冒険者カードを出して依頼の処理を進めていく。

「ポーターだからってちゃんとしないと、ギルドの信用問題になるので注意してください」

 男はそれだけ言って俺を追い払うように手をひらひらと仰いでいた。

 俺は少しイライラしながらも街の外に出て装備を整えた。森周囲で探索をする予定だが、基本的に匠の外套と匠の靴があれば魔物からは逃げられるだろう。

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《匠の靴》
レア度 ★★★★★
説明 あるドワーフが感謝の気持ちとして作った靴。どれだけ歩きにくい場所でも安定して安全に動けるように願われた靴。持ち主を幸運に導いたりすると言われており、移動速度、瞬発的な移動が速くなる。
持ち主 ウォーレン

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 リーチェに鑑定して貰えばよかったが、それもせずに出てきてしまった。そのため【鑑定】のスキル玉を使って出てきたのがこの結果だ。

 スキル玉は手に持って意識するだけで、自然とそのスキルが使えるという摩訶不思議なものだった。

 一瞬にして俺の視界は変化し、ある一つのものだけを意識すると鑑定ができる。

 俺はまず森に入らずに薬草を探すことにした。

 結果は今までと同じだった。基本的に生えているところは似たような場所に多く存在し、なぜか冒険者達に採取されていなかった。

 その後も森の中に入っても採取されていないことが多く、都市ガイアスの特徴なのか魔物の討伐ばかりしている冒険者が多かった。

 そんな中、俺は隙間を通っては薬草を刈り取ってを繰り返していた。魔物も冒険者も俺に全然気づく様子はないのだ。

「やっぱり変わってるな!」

 俺は魔物の前で薬草を刈っていると突然声をかけられた。声からしてあのおっさんだが、俺と同様で存在感が薄い。

「なんとなくどこにいるのかはわかりますがどこですか?」

「ああ、君はスキルじゃないのか」

「ブヒィ!?」

 突然後ろから魔物の声がしたと思ったら、剣でオークを刺しているおっさんが立っていた。

「これで今日もオークのシチューが食べられるな」

 おっさんが何かのスキル玉を使うとオークは姿を消した。

「ああ、今使ったのはアイテムボックスのスキル玉だ」

 俺に見せてくれたのは、俺が持っているのとほぼ変わらないスキル玉だった。

 スキル玉を持っているぐらいだから、目の前にいるおっさんは相当強い冒険者なんだろう。

「そういえば装備も変わっているよな。ちょっと俺にも使わせてよ」

 あまり関わらないように森の中を走ると、後ろから追いかけてきたのだ。

「おいおい、めちゃくちゃ速いじゃねーかよ」

 しかも、俺が行く方へ先回りしてくるため、どこに逃げてもおっさんが目の前から突然出てくるのだ。

「もう追いかけっこはおしまいか?」

 結局は逃げても追いかけてくるため、俺は逃げることをやめた。

「それでその装備ってどうなってるんだ?」

 俺は迷った挙句1番渡しやすい匠の外套を渡した。

「おい、なんだこの装備は!」

 おっさんは装備しようと外套を羽織るが弾き返されていた。何度も試すが結果は全て同じで、結局おっさんは匠の外套を装備することはできなかった。

 俺はこの時初めて匠シリーズが、自分だけのオリジナル装備になっていることを知った。