おじさん……震帝カニバルは、変わらずにこにこと微笑んでいた。
 その手には何の変哲もないノコギリを持っている。

 体内に宿すマナ量はアッシュ程じゃない……にしてもとてつもなく多く、不気味で何だか底が見えない……。
 このおじさん……カニバルを見ていると、何でか不安になってくる……。
 何ですぐに気付けなかったんだろう……。

「ゲホッ……やっぱりあの鍋の量……私達を誘い出すためだっだのねぇ……」

「……だとしたら……あの鍋には睡眠薬とか毒が入ってて……私達攫われて……売られちゃう……?」

「おじさん、そんな盗賊みたいなちゃちな小銭稼ぎはしないよ。誘い出したのは確かだけどね」

 カニバルはメラニーの不安を否定するも、ベラの予想は認めた。

 誘い出した……何のために……?
 私達に近づいたのはお金のためじゃない……だったら、私達に人間のお肉を食べさせたかったってこと……?

「――皆、逃げな!! そいつはウチらを殺す気だ!!」

 いつも飄々としているエマが珍しく叫んだと同時に、微笑んでいたカニバルは不気味に目をうっすらと開けて笑った。
 ずっと微笑んでいて見えていなかった目が、初めて見える。

「おじさん、感心だねぇ。聡い子がいるようだ」

 その瞳は――体が震えあがるほどの、狂気。

 カニバルから感じた狂気的な恐怖は、強者に感じる恐怖とかじゃなくて……得体が知れないモノへの恐怖、そんな感じだ。

 皆、私と似たような感覚を感じたのだろう。
 体を強張らせ、固まっている。
 逃げろと叫んだエマですら、恐怖で体を動かせずにいた。

 そんな中――。

「「うわああぁぁ!!」」

 私とブレアは、カニバルに向け特攻していた。

 エマに言われた通り逃げたほうが良い……!!
 体が怖いって……逃げろって悲鳴を上げてる……!!
 だけど――それでも――。

「四帝……エミリー先生の敵……!!」
「あたいが……ぶっ飛ばす!!」

 私とブレアは恐怖より、エミリー先生を殺された帝国軍四帝への復讐心が勝っていた。
 私達は闘気を纏い、恐怖心を振り払う。

「その歳で闘気を纏うとはね」

「「!?」」

 気付けばカニバルは、飛び込んでいる私とブレアの背後にいた。
 カニバルから目を離してないにも関わらず。

「おじさん、将来が楽しみだよ」

 私とブレアは後頭部に強い衝撃を受け、平衡感覚を失い、その場に倒れた。

「ヒメナ!! ブレア!!」

 薄っすらと、アリアが私達を呼ぶ声が聞こえる。
 私とブレアは必死に体を起こそうとするも、その意思に反して体は震えるだけだった。

「……ほ……ぇ……」

「な……何が……!?」

 頭がぐわんぐわんして体に力が入らない……。
 気持ち悪い……吐きそう……。
 もしかして……これがカニバルの魔法……!?

「何って、単に君達の後ろに移動して、後頭部に軽く手刀を放っただけだよ。種や仕掛けは何にもない。よーく見といてごらん」

 見とくって……何を……?
 そう思った刹那、カニバルが消える。

 消えた……違う……。
 マナの流れが……見える……。
 凄い速さで動いてるんだ……。

「あっ……!!」
「……がっ……!?」
「……ぅ……っ……」

 カニバルは瞬く間に、他の皆にも動けない程度の打撃を加える。
 誰一人気を失ってはいないけど、地に伏して動けない。
 あえてそう調節されているような、そんな気がした。

「……うぅ……くそ……」

 実力が違い過ぎる……。
 カニバルはまだ全然本気じゃない……。
 絶対に……勝てない……。

 私達が立てずにいる中、カニバルは背で腕を組みながら、まるで散歩をしながら花を見比べるように、私達の顔を見ていく。

 まずは自分に近く、いち早くカニバルの異常性に気付いたエマを。

「君は、つまらない子だね」

 次にブレアを。

「君は、残す側だね」

 次にルーナを。

「君なんて、絶対残す側だ」

 次にララを。

「んー……最初に目を付けた通り、やっぱり君かな」

 カニバルはそう言うと、マナを闘気に変えて体に纏い始める。

「よーし、一仕事だ。おじさん、頑張るぞぉ」

 腕まくりをしたカニバルは――。

「ああああぁぁぁぁ!!」

 ララの体を足で押さえつけ、ノコギリでララの首を切り始めた。
 ギコギコと木を切るような音と、ララの悲痛な叫びが辺り一面に響き渡る。

 嘘……信じられない……。
 何やってるの……?
 そんなことしたら……ララが……ララが!!

「やめろおおぉぉ!!」

 私は動かない体を気合いで無理矢理動かし、ララの首を切り落とそうとするカニバルに向け、闘気を纏って駆ける。
 そんな私をあしらうかのように、カニバルは私の顔に回し蹴りを放った。

「ララァァ!!」

 私がカニバルに蹴りを受ける中、ルーナも無理矢理体を起こし、闘気を纏ってカニバルとの間合いを詰め、掌底を放つ。

 ルーナとエマはエミリー先生から少し戦闘訓練を受けていた。
 多分ルーナのことだから、何かあった時皆を守れるように頑張ってたんだと思う。

 そんな責任感が込もったルーナの掌底は――。

「がっ……」

 カニバルの足に、一蹴される。

 カニバルは私に回し蹴りを放った後、まるでついでかのようにルーナのお腹を足蹴にした。
 私が回し蹴りを受け、鍋に当たってその中身を撒き散らしたと同時に、ルーナは激痛に耐えられずその場に崩れ落ちていた。

 カニバルはララに向き直り、再びララの身体を踏みつけ、固定する。

「……お願い……何でもするから……だから……」

 ルーナは顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにし、うずくまりながらも懇願した。

「……何でもかい? ならおじさんの顔、よーく憶えておきなさい。君の大切な仲間を殺した、何よりも憎い相手なのだから」

 カニバルは狂気的な目で笑いながらノコギリを引く。

 一生懸命、楽しそうに。
 まるで子供が遊ぶように、夢中でノコギリを動かす。

「……やめ……て……」

 ララの首は切り落とされる寸前だった。
 ララは大量の血と体液で顔を汚し、それでも残りの力でルーナに助けを求めて、手を伸ばす。

「……助け……ルー……ナ……」

 それがララの最期の言葉となり――。
 
「いやああぁぁ!!」

 ルーナの叫びと共に、ララの首は切り落とされた。
 ララの頭はボトリと落ち、コロコロとルーナの目の前に転がる。
 ララの生気を失った眼は、ルーナを見つめているようにも見えた。

「……嘘……ララ……だって私……ララと約束したのに……ずっと一緒にいるって……約束……したのに……」

 私達が呆然とする中、カニバルは切り落としたララの頭を鷲掴みにし、口元に運ぶ。

 そして私達に見せつける。
 ララの頭蓋骨を嚙み砕き、脳髄をすすり、目玉を食すのを。
 カニバルの股間はズボン越しに膨らんでいるように見えた。

 カリバルはララの頭を食べ終えた後、失意の中にいるルーナの髪を鷲掴みにし、無理矢理自分と眼を合わさせる。

「おじさんを憎んで憎んで、熟成された美味しいお肉になりなさい。そうなった時、おじさんが食べてあげるよ」

 ルーナが恐怖からおしっこを漏らす中、カニバルはスキップをしながら去っていった――。


*****


 カニバルが私達に目を付け、ララを殺したことには何の意味もない。
 自分の趣向――ただ、それだけ。

 どうしようもない災害に巻き込まれて死ぬ。
 それと、何も変わらない。
 きっと私達は運が悪かっただけだ。

「……私……ララと約束したのに……」

 そう思いたくなる程、私達は無力だった。
 ララが死んだ現実を、ララが殺されるのを見てることしか出来なかった事実を、否定したかったから。

「ずっと一緒って……約束したのにぃぃ!!」

 首から上が無いララの死体を私達が囲む中、ルーナの悲痛の叫びが辺りに響き渡る。
 エミリー先生にずっと守られてきた私達は、自分達がいかに弱い存在なのかを知った。