終焉の歌 ~右腕を失って追放されても、修行をして歌姫の元にメイドとして帰ってきます~

 私達冥土隊にはモルデン砦で部屋を振り分けられ、待機することになった。
 援軍などを要請された場合、帝国軍がまた攻めて来る可能性があるからだ。

 私は夜更けにアリアの部屋へと訪れた。
 悩み相談というか、話を聞いて貰いたかったんだ。

 ついでにベッドの上で膝枕してもらってるんだけどね。
 ふひひひひ。

「私さ、アッシュが私達にしたことは……エミリー先生を殺したことは絶対に許さないって思ってたんだ」

「うん、わかるよ」

「でも……だったら私達がしてることって何なのかなって。戦争して……闘ってさ、誰かの大切なモノを奪ってるんじゃないのかなって」

「……うん、そうだね」

 アリアは相槌をうちながらちゃんと聞いてくれる。
 思わず私は、モヤモヤする気持ちを愚痴のように吐き出していた。

「私分かんなくなっちゃった。何が正しくて、何が間違ってるんだろうってさ」

「……多分、誰も間違ってないんじゃないかな」

 アリアの答えは意外なモノだった。
 誰も間違ってない……?
 どういうことだろう。

「世界には沢山の人がいて、それぞれ生きてきた過程や信念も違う。だから、多分間違いなんてないから喧嘩が起きちゃったり、戦争が起きちゃったりするんじゃないかな……分からないけどね」

 アリアの言うことが正しいのかもしんない。
 この世界には沢山の人がいる。
 私にとって良い人も、悪い人も。
 でも、私にとって良い人も他の人から見たら悪い人かもしれないし、その逆も言えることだ。

 アッシュも間違ってないし、私も間違ってない。
 だから、ぶつかりざるを得ないんだ。

 アッシュも私も悪くないんだとしたら……私は……本当にアッシュを倒したいの?
 倒せたとしても、殺せるの?

 エミリー先生を殺したことは許せない。
 だけど、アッシュを殺したってエミリー先生は生き返らないんだ。

「……聞いてくれてありがと、アリア」

「ううん、話してくれてありがとう、ヒメナ」

 答えは出ない。
 だけど、アリアに話してモヤモヤは少し晴れた。
 愚痴っちゃってごめんね、アリア。

「じゃあ、私自分の部屋に戻るよ。おやすみ」

「おやすみ」

 アリアの部屋を出る。
 アリアの部屋の前には例の如く、紫狼騎士団の騎士が二人立っていた。
 軽く会釈し、私は自分の部屋へと戻って寝ることにした。


 この時もう少しアリアの側にいれば、この後起こることも何か変わったのかもしれないと、私は後悔することになるんだ――。


*****


 ヒメナが去った後、アリアは部屋に取り残される。
 眠る直前でベットに腰かけつつも、ヒメナと話したことを考えていた。

「何が正しくて、何が間違っているのか……か。ヒメナには誰も間違ってないって言ったけど、それは誰も正しくもないってことかもしれない……」

 アリアは【狂戦士の歌】を歌う度、苦悩していた。

 自分が【狂戦士の歌】を歌うことは正しいのか、それとも間違っているのか。
 それが分からずとも、冥土隊の皆がロランに何もされない為にも歌うしかない。

 ヒメナが今抱いている悩みは自身が悩んでいることと近い。
 アリアもその答えは分からずにいた。

 アリアがそんな考えにふけっていると、部屋の外から大きな物音が聞こえた。

「何?」

 視力がないアリアは慣れていない場所では、下手に動けない。
 何かが起きたのだろうと警戒しつつも、その場から動かずにいた。

 物音がし、しばらくするとドアが開かれる。
 そこからは冷たい冷気が入ってきた。

「……もしかして、ブレア? 何をしたの?」

 ブレアの魔法は【氷結】。
 当然アリアもその能力は知っていた。
 ドアが開いたと共に冷気が入ってきたため、ブレアが表の騎士達に何かをしたのではないかと想像する。

「何でもねぇよ。気にすんな」

 その想像通り、扉の前にいた騎士達は凍らされているが、目の見えないアリアは真相には気付かない。

「冥土隊の他の皆とも話したんだけどよ……ロランから逃げるには王都より、ここのが丁度良いんじゃないかってな。だから、あたいがお前を引っ張りに来てやったぜ」

「……え?」

 王都にいた頃、ブレアを中心にロランから逃げようとしたことは何度かある。
 いずれも失敗し、その度冥土隊のアリア以外は数日間牢に入れられるなどの懲罰を受けてきたが。

 今回もブレアが主張し出したならあり得る話だが、先程までヒメナといたにも関わらず、ヒメナが逃げる話を全くしてなかったことがアリアに違和感を感じさせる。

「でも……」

「四の五の言ってねーで、とっとと行くぞ!!」

 アリアの疑問を晴らす前に、ブレアはアリアを引っ張り無理矢理連れて行く。
 そのままアリアを抱え、二階の窓から飛び出した。
 そして、闘気を纏って全力でモルデン砦を出るために駆ける。

 広い砦内をブレアは事前に調べていた人の少ないルートを選び、砦を囲う壁を跳び登って外へと出ようとする。
 しかし――。

「ブレア。アリアを連れ出して、どういうつもりだい?」

 そんなブレアを、まだ折られた左腕が完治していないエマが砦の外で待ち伏せをしていた。
 ブレアは無言でエマを睨む。

「戦闘が終わってからのあんた、いつもと違って気になってたんだよね」

「エマ……? ブレア、これはどういうこと? 聞いてた話と違うよ?」

 アリアは違和感が正しかったことに気付き、ブレアを問いただす。
 しかし、ブレアは黙ったままだ。

「アリアを連れてどこへ行く気だい? 戦闘後から様子がおかしかったけどさ」

「……どけ、エマ」

「嫌だね」

 ようやく口を開いたブレア。
 しかし、その言葉とは裏腹にエマが立ち塞がる。

「どけっつってんだろうが!!」

 ブレアはアリアを放って、闘気を纏いながらエマに突撃した――。
 翌朝――。

「ほえぇ〜。アリア〜、もう食べれないよぉ〜」

 私は爆睡していた。

 モルデン砦の割り当てられた部屋には、王都同様ベッドがある。
 ポワンとルグレと修行していた時には、藁や葉の上で寝ていたこともあって、ベッドの寝心地は私にとって最高なモノだ。

 山と違って動物や魔物もいないから、安心して寝れるしね。
 修行してた頃は、ポワンの教えもあって熟睡できる時なんてそうなかったもん。

「ヒメナ!! いる!?」

 ルーナが扉を開き、勢いよく入って来る。
 寝ていた私は思わぬ音に体が勝手に反応し、【瞬歩】を使ってルーナの喉元で貫手をギリギリで止めていた。

「……ほえぇ〜。ルーナ、どうしたのぉ〜?」

 寝起きでまだ頭がハッキリ回らないけど、ルーナは冷や汗をかいていた。
 それで私は自分がルーナにしていることに気付く。

「あっ! ごめん、ルーナ! 修行の時の癖でつい……」

「どんな修行してきたらそうなるの……?」

 山で自然と生活してたら勝手になったんだけど。
 やっぱ変なんだ。

「それで、ルーナ。どうしたの? こんな朝早くに」

「……そうだ!」

 まだ陽が昇りきっていない。
 真面目なルーナがこんなに早くに起こしに来たってことは、それなりに訳があるはずだ。


「アリアとブレアとエマがいないの!!」


 その言葉を聞き、私は即座に【探魔】を発動する。

「確かに私の【探魔】の範囲内にはいない……外かも」

 目が見えないアリアが一人で慣れない場所の外に行けるはずがない。
 ブレアとエマが連れ出した……?
 でも、何のために?

「他の皆も起こして探しに行きましょう」

「うんっ!!」

 メイド服に着替えた私は、ルーナと一緒にフローラとベラも起こす。
 二人もメイド服に着替え終わった頃、砦の外から沢山の人のざわめきが壁越しに聞こえてきた。

「何だろう?」
 
「分からないけど……三人がいないことと何か関係しているかも知れないわ。行きましょう」

 私達は闘気を纏い、闘気を纏えないフローラを抱えて、急いで人が集まる所へと向かった――。


 城壁の外に出ると、百人以上の人が群がっていた。
 そんなに群がって、何があったんだろう?
 三人がいないことと関係があるのであれば、何だか……嫌な予感がする。

「ちょっと、通してっ!!」

 私達は人の海をかき分け、騒ぎの中心へと向かう。
 じりじりと進み、ようやく人の海の中央へとたどり着いた。

 そこには――。

「嘘……何これ……?」


 凍らされ、粉々にされたエマの死体があった。


「エマ……?」

 私達冥土隊は凍らされたかのように固まる。

 嘘だ……粉々にされて分かりにくいから……エマに勘違いしちゃったんだ……。
 きっと、いつもみたいに飄々としながら、面倒臭そうに何処かから現れるよね……?


「エマァァ!!」


 ベラが粉々にされた死体の元へと泣きながら駆ける。
 粉々になって抱けない死体の代わりにベラが抱いたのは、両刃の槍。
 フローラが作った、世界に一つしかない魔法具の槍だ。

 それがここに落ちていることが意味するのは、間違いなく目の前の粉々の死体はエマのモノだということ。

「何で……こんなことに……?」

 ルーナも私と同じで動揺している。
 そんな中、フローラは思考を巡らせていた。

「凍らされて殺されたってことは……殺した犯人はー!?」

 そうだ……死体があるってことは、殺した人間がいるってことだ。
 エマを凍らせて割った人物――心当たりは、一人しかいない。

「……ブレア」

「しかないよねーっ!! あいつ、どこ行きやがったー!?」

 思わずルーナが呟き、フローラは答える。

「アリア……アリアはどこ……!?」

 エマらしき死体はあるけど、アリアらしき死体はない……。
 ブレアのヤツ……エマを殺してまでアリアをどこに連れ去ったのよ……!?

「君達を置いて連れ去るなら、行き先は帝国軍だろうね」

 私の疑問に答えたロランが野次馬が道を開けさせ、私達に近づいて来る。

「予想外だったよ。まさかブレアちゃんが裏切るとは」


*****


 昨晩――。
 ブレアはエマを殺した後、アリアを抱えて帝国軍のキャンプ地へと向かっていた。

「ブレア……何があったの……!? エマはどうしたの……!?」

「ちぇっ! うるせー!! 黙ってろ!!」

 状況が理解しきれていないアリアの疑問に答えることなく、二人は帝国軍のキャンプ地にたどり着いた。

「何者だ!?」

 見張りの帝国兵の前に、現れるブレア。
 ブレアが辺りを見渡すと、帝国軍はモルデン砦の侵攻はやめ、準備を終えた者から順々に撤退していたが、まだ撤退しきれてはいなかったように見える。

「炎帝アッシュ・フラムか震帝カニバル・クエイクはどこだ!? 交渉に来た!!」

「帝国軍に交渉……!? ブレア……どういうこと!?」

 肩に担がれたアリアが困惑するも、大声で叫んだブレアは無視した。

「早くしろ!!」

「何なんだ……この水色のチビ……!!」

 見張りの帝国兵は持っていた槍を構え戦闘体制を取った、その時――。

「一体何だ? 騒々しいぞ」

 現れたのは、炎帝アッシュ・フラム。
 ヒメナの……冥土隊の宿敵だ。

「アッシュ……!!」

 ブレアはアッシュを見て、金槌を力強く握る。
 積年の恨みがあるのだ。当然だろう。

「抱えているのは……歌姫か。何をしに来た?」

「……アリア……歌姫を帝国軍に引き渡す。その代わり条件付きだがな」

「!? ブレア!?」

 ブレアが何故そんな行動を取るのか、理解できないアリア。
 しかし、そんなアリアを置いてけぼりにし、ブレアとアッシュは話を続けた。

「条件とは何だ。言ってみよ」

「一つ、あたいをそれなりの地位で帝国軍に入れろ。二つ、ヒメナの相手はあたいにさせろ。三つ、王国との戦争が終わった時、お前と一体一で殺し合いをさせろ」

「……ほう」

 アッシュは興味深そうな顔をし、考え始める。
 ブレアはスパイではないのか、ブレアに裏の狙いはないのか。
 だが、猪突猛進な闘い方をするブレアが、わざわざ絡め手を使って来るとも思えないという結論に至った。

 それに、まるで獣のような目が嘘ではないと語っている。

「……よかろう。気に入った。我の部下として使ってやる。来い」

 アッシュは振り向き、歩く。
 ブレアはその後ろを、アリアを担いだままついて行った。

「ブレア……どうして……?」

 アリアの疑問は解けないままだ。
 エマに何かをし、帝国に自分を売る。
 何がブレアをそうさせたのか理解できずにいた。

「今なら仲間を売ったメラニーの気持ちが分かんぜ……自分より大切なモノなんてこの世にねぇ……」

 ブレアにここまでさせたのは、ヒメナの存在だ。
 仲間を守るために、何も奪われないために、誰よりも強くあろうとしたブレア。

 その信念はいつからか、自分自身の強さにのみ、存在意義を感じるようにさせてしまう。
 ブレアにとっての闘いは、国が利益を得たり守るために、争い、奪い、犯し、殺し合う戦争をする中、誰かより自分が強いということを証明するためだけの手段となった。

 しかし、ヒメナが帰って来てからと言うもの、ヒメナには適わず、ヒメナの足手纏いとなり、エミリーの仇のアッシュには相手にすらされない。
 ヒメナに嫉妬し、そんな自分すら嫌い始めていた。
 今までの自分を全て否定された気がしたのだ。

「あたいにとっては、あたいの強さだけが誇りなんだ。気にいらねぇヤツは全員ぶっ殺す」

 一連の行動は、ヒメナと一対一の本気の命のやり取りをするため。
 自身を気にしてくれたエマを殺してまで、自身の強さへのこだわりを通したブレア。

 自身の心すら凍てつかせた【氷結】の氷は、白氷へと昇華する――。
 ブレアとアリアの行方が分からなくなってから数日、残された冥土隊の私、ルーナ、ベラ、フローラは、モルデン砦地下の別々の牢屋へと入れられた。

 乱魔石が埋め込まれた手錠をはめられているため、私はマナが乱され義手の右手も自由に動かせない。
 フローラは闘気も纏えないし、攻撃系の魔法も持たないため、手錠を付けられていないみたいで何かを制作していた。

 エマが殺された事実を私自身まだ受け入れられないのか、数日経っても涙すら流せずにいる。

 隣の牢にいるベラは泣いていた。
 エマの死を確信し、ずっとすすり泣きをしている。

 ベラとエマは、私とアリアのような関係だった。
 辛い時は寄り添い合い、楽しい時を共有し、まるで姉妹のように育ってきた。
 そんな自分の体の一部のような存在を――まさか、仲間のブレアに奪われるなんて思ってもいなかっただろう。

 ブレア……どうしてエマを……?
 アリアは今どこへいるの……?

 あの後【探魔】を使っても、ブレアとアリアは補足できなかった。
 ロランの言う通り、ブレアはアリアを帝国軍の元へ連れて行ったのかもしれない。


 私は私自身にアリアを守るって誓ったのに――。


 苦悩していると、地下牢に誰か降りてくる音がしてくる。

「やぁ、元気にしてるかい?」

 ロランだ。
 奇しくもメラニーがロランに殺され、アリアが失明させられた状況に近い。
 あの時の気持ちを思い出し、ロランに対して怒りが湧いてきた。

「さっさと出して、アリアを探したいの」

「当てもないのにどうやって探すんだい?」

 ロランの言う通りだ。
 ブレアとアリアの痕跡は私一人じゃ追えないだろう。
 帝国軍にいるんだとしたらなおさらだ。

「実は帝国軍には僕の放った諜報員がいてね、諜報員の魔法【送受】で受け取った情報によると、歌姫は帝国のソリテュードにある生体研究所に連れて行かれているみたいだね」

「生体研究所……!? 何それ!?」

「魔物や人間の実験を行っている施設らしい。らしい、というのも死帝ルシェルシュが所有している施設で、研究者以外は基本的に立ち入れないからだ」

 それって……アリアを何かの実験に使うっていう事……!?
 そんなの……ありえない!!

「早く私達を出して!! アリアを助けないと!!」

「もちろん、そのつもりだよ」

 ロランは見張りに指示を出し、私達の牢と手錠の鍵を開ける。

「フローラちゃんはフェデルタとここに残していく。行くのは僕、ルーナちゃん、ヒメナちゃん、ベラちゃんの四人だけだ。少数精鋭でアリアちゃんを奪取する。歌姫の歌が帝国軍に使われた場合、こちらの被害は計り知れないからね」

「そんなこと……させられない!! あんたがアリアを好き勝手扱ってるのも許せないのに!!」

「怖いなぁ、僕の方が飴がある分まだマシだと思うけど」

 ――スグに準備を済ませた私達はモルデン砦を出発し、帝国へと旅に出た。


*****


 一方、アリアは馬車で運ばれていた。
 中には、アッシュ、カニバル、そしてブレアの三人が同席している。

「ブレア……」

 ブレアはアリアに声をかけられても答えない。
 アリアの疑問は、何でこんなことしたか、だということをブレアは分かっていた。
 その疑問に答えようが、理解されないことがわかっているからだ。

「歌姫よ。聞きたいことがある」

「……何でしょう」

 アリアはアッシュの亡き妻、コレールと似ている。
 瓜二つとまではいかないまでも、どこかアッシュは面影を感じていた。

「……いや、何でもない」

 アッシュはアリアに声をかけるも、何を聞こうとしたのか自分でも分からない。
 アリアはコレールと何かしらの関係があるのではないかと考えるも、あり得ないという結論に至った。
 コレールの死体は間違いなくこの目で見たのだから。

「炎帝さーん。これからおじさん達、どうするの?」

「死帝ルシェルシュに歌姫を引き渡す。ヤツはどうしても欲しがっていてな」

「あーあ、歌姫ちゃん可哀想~。おじさんに食べられる方がまだマシかもね。ねぇ、食べていい?」

「ならん、我慢せよ」

 アリアがどうしたらいいか分からず押し黙る中、馬車は進む――。


 馬車を走らせ二週間。
 帝国内の街を何度か経由し、帝国のソリテュードへとアリア達を乗せた馬車が辿り着く。
 ソリテュードの街は巨大な風車が数多くあり、風力で発電するというこの時代では考えられない科学力を有していた。

 暗闇のはずの夜――電灯で照らされる生体研究所の前では、アリア捕獲の報告を聞いていたルシェルシュが歓迎するように、うきうきしながら待っていた。

「いやー、最高ですー。さっすが、炎帝様と震帝様ですねー」

 上機嫌のルシェルシュはくるくると回りながら、馬車から降りてきたアリアに近づく。
 しかしアッシュはアリアの方を抱き、ルシェルシュと距離を離した。

「ルシェルシュ。聞いておくが、歌姫に危害を加えるような真似はしないだろうな?」

「しませんよー。痛いのとかはないでーす。さぁ、歌姫様。こちらへどぞどぞー」

 アッシュは疑いつつも、ルシェルシュに引き渡す。
 ルシェルシュはアリアの手を取り、スキップしながら生体研究所の中へと入っていた。
 アッシュとカニバルとブレアも後に続き、入っていく。

 いくつかの通路を通り、着いた大部屋。
 そこでは――。

「あんだ……!? これ!?」

 思わずブレアが驚いた景色。
 数々の培養槽の中に人間や動物、魔物が入っていた。
 特に一際目立つのは、ゾンビのような人間と魔物を混ぜられた生物が入った培養槽だ。

「何かここ……凄く気持ち悪い……」

 視覚がないアリアもマナから何かを感じ取ったのだろう。
 妙な気持ち悪さを感じていた。

「そんなこと言わないでよー。だってさー」

 自分のお気に入りの場所を毛嫌いされたルシェルシュは残念そうに――。


「ここ、君が産まれた場所だよー?」


 アリアに衝撃の事実を伝えた。
 私達は帝国へと山から忍ぶこむことに成功した。

 ロランは貴族のような服を纏い、私達のメイド服はそのままで、全員フードが付いた茶色のローブを羽織る。
 もし帝国軍に見つかった場合、帝国の貴族とその従者で誤魔化すつもりみたいだ。

 馬などには乗らず、闘気を纏って移動する。
 あくまで隠密行動だ。

「今日はここで野営しよう」

「ほぇ? もう?」

 振り返ると、ベラが辛そうにしていた。
 一人一人マナ量は違うから、闘気を纏える時間も違う。
 ベラが一番少ないから仕方ないことだ。

「……そうだね」

 一人ならもっと早くアリアの元へと向かえるのに……だけど、ロランがいないと地理が分からない。
 ちょっとだけ、もどかしい。


 仕方がなく私達は野営の準備を始めた――。


 深夜、見張りは私が担当している。
 焚火の前でマナ制御の訓練をしながら、周囲を警戒していた。
 他の皆んなは見張りの交代の順番まで眠っている……ベラ以外は。

「ベラ、寝なくていいの?」

 私は焚き火に薪を加えながら、背後から近づいて来るベラに声をかける。

「……眠れないのぉ。寝たいんだけどねぇ」

 岩の上に座る私の隣に腰掛けるベラ。
 エマが死んでからというもの、ベラの元気はない。
 ベラ以外はまだ、エマの死を受け入れ切れずにいるから、さほど元気を無くさずにいれるのかもしれない。

「……ねぇ、ヒメナァ。ブレアは何でエマを殺したと思う?」

 唐突な質問だ。
 何でってそんなの……。

「……私も分かんないよ」

 分かったとしても、ブレアがしたことは許されるモノじゃない。
 仲間を裏切るどころか……殺したんだから。

「私ねぇ……ブレア本人に聞きたいのぉ。ブレアは嘘つけない性格だから正直に答えると思うわぁ」

「それが……ベラが納得いかない答えだったら?」

 私の問いにベラは少しばかり沈黙し――。


「ブレアを殺すわぁ」


 非情な結論を出した。

「ヒメナは止めかねないからねぇ。だから予め話したのぉ。もし、そうなったら止めないでねぇ」

「…………」

 私はその結論に、何も答えることが出来なかった。
 どう答えていいか分からなかったんだ。

 けど、戦争ってこういうことなんだなって思った。
 奪われたから奪って……殺されたから殺して……終わらない、誰も止められない負の連鎖。

 何でこうなっちゃったんだろう。
 私達はいつの間にこの負の連鎖に巻き込まれちゃったんだろう。

 私はベラが去った後も、そんなことを考えていたんだ――。


*****


 一方、ヒメナ達が向かう生体研究所では――。

「私が……ここで産まれた……?」

 アリアは驚愕し、声を出すのも必死だった。
 
 まさか孤児で両親が分からないと言っても、自分が生体研究所で産まれたとは思ってもいなかったのだろう。

「正確には、もう一人ここで産まれたんだけどねー。十四年程前に元剣帝が他の実験体にするつもりだった子供達も連れ去られちゃったしさー」

「じゃあ、エミリー先生の孤児院にいたあたいらは……!?」


「皆出身地は帝国のこーこ。生体研究所だよー」


 ブレアとアリアは言葉を失くす。
 自分達の出自がまさか、こんな所だったなんて思いもしなかったからだ。
 そして、ここは生体研究所。
 自分達が何をされたか、幼い頃のことは覚えていない。

「まぁ実際僕が実験したのは、歌姫様ともう一人だけだけどねー。他の六人の戦争孤児には元剣帝のせいで何にも出来なかったんだー。何を思ったのか、帝国を裏切ってさー」

 つまり、一番幼かった死んだララ以外はここの出身となる。
 ブレアは自分が何もされていなかったことに一安心した。
 しかし、アリアは違う。
 ルシェルシュによって何かをされたのだから。

「趣味が悪いにも程があるな、聞いてられん。確かに歌姫は引き渡したぞ、死帝の。暫くはソリテュードの駐屯地で休ませてもらう」

「おじさんもつまんないからやーめっぴ。じゃねー」

 ブレアは話の続きが気にはなるも、疲れを癒そうとするアッシュとカニバルに付いて行く。
 研究所にはルシェルシュとアリアと研究員たちが残された。

「君の丹田に今からこれを取り入れる」

「これって……何ですか……?」

 目の前の機械には楽譜が写されている。
 しかし、失明しているアリアにはそれが見えない。

「あーもー、目が見えないって面倒臭いねー」

 ルシェルシュはオーバーに頭を抱え、黄緑色の寝ぐせだらけの髪を掻きむしった。


「これは【終焉の歌】の楽譜――全てを消滅させる程の最強にして最恐の魔技だよー」


「全てを……消滅させる……!?」

 それ程の力を持つということだろうが、余りにも突拍子のなく、とても信じられない話だ。

「君は【終焉の歌】の送信器の役割を担ってるんだー」

「送信器……? 私は一体……何なのですか……?」

「人間だけど人間じゃない。さしずめ、生体兵器といった所かなー。胎児だった頃から、この培養槽で産まれさせたんだー。もちろん、特殊な能力を植え付けてねー」

 しかし、アリアには心当たりがあった。
 大気からマナを吸えることもあって、自身の歌魔法は余りにも強力な魔法。
 ロランや帝国が欲しがる程の力だ。
 それが作られたモノならば、常軌を逸脱していても納得がいく。

「私は……人間じゃない……」

 納得がいくが故に、突き付けられた事実を受け止めきれずにいた――。
 帝国に潜入して数日後の夜。
 私達はソリテュードへとこれといったトラブルもなく辿り着き、遠い丘の木陰から望遠鏡でソリテュードを覗いていた。

 ソリテュードの周囲は城壁と明りで囲われていて、簡単には入れそうにない。
 当然見張りや門番が数多くおり、潜入するのは難しそうだ。

「どうする気? 真正面から乗り込むの?」

「いや、迎えが来るよ。慌てない慌てない」

 ロランに諫められていると、赤色の髪をしたアホ毛を揺らす帝国兵の男性が近づいて来た。

「ロラン様、お待たせしたッス!」

「うん。待ったから借り一つね」

「そんなぁ〜、ひどいッスよ~」

 実際はそんなに待ってないのに、何て言い草……。
 びっくりしてアホ毛がピンと立ってるじゃん。
 可哀相に……。

「彼はセンデン・エムファンゲン。僕が帝国に放った諜報員だよ」

「冥土隊の皆様、よろしくッス!」

 明るくビシッと敬礼してくるセンデンさん。
 私達はそんなに偉い訳じゃないから、そんなことしなくていいのにさ。

「これが帝国軍の軍服ッス! 着替えて下さいッス!」

 私達は潜入するために、それぞれ木陰でメイド服から帝国軍の軍服に着替えた。
 うーん、あんまり似合わないなぁ。

「馬子にも衣装だね」

「うっさいわね!」

 悔しいことにロランは様になっている。
 いちいち私を弄ってくるのが、むかつく。

「あの〜……胸の辺りが少し苦しいんですけど……」

「あちゃ~、何とか我慢してほしいッス!」

 ルーナの巨乳で制服がぴちぴちになっていた。
 ロランが私の胸を見てくる。
 悪かったわね!
 私は丁度良いサイズよ!

「ごめんなさぁい。入らないわぁ」

「な、何とかしてくださいッス……」

 ベラに至っては制服のボタンを開けないと、着ることすらできない。
 ロランが私の胸を見てくる。
 悪かったわね!!
 私は丁度良いサイズよ!!

 私達はメイド服を荷物に纏めて、帝国兵を装う。
 ソリテュードは帝国兵か研究者しか主にいないため、装うなら帝国兵の方が動きやすいみたいだ。

「では行くッス! これで門から堂々と通るッスよ!」

 私達は荷物を木陰に置き、街道へと入りソリテュードに向けて歩き始める。
 この人大分元気だけど、諜報員に向いてるのかなぁ……諜報員ってもっと隠密に長けてる人の方がいいような。

「いよーッス!」

 門まで辿り着くと、門番にこちらから挨拶をするセンデンさん。
 ほぇ!?
 本当にこの人に任せて大丈夫なの!?

「よっ、リューゲ。そいつら誰だ? 新入りか?」

「そうッス!」

「案内頑張ってなー。嬢ちゃん達も兵士は立ち入り禁止区域とかあっから気をつけな」

 あっさりと通れた。
 逆にこれだけ明るくてコミュニケーション能力が高そうな人の方が、疑われ辛いのかな。
 凄いや。

 それからしばらくセンデンさんが、ソリテュード内を案内してくれた。
 所々にある電灯と呼ばれる物や、何のためにあるのかも分からない巨大な風車。
 明らかにこの街だけ科学が発展していて、目新しいモノばかりだ。

「センデン。君はここまででいいよ。僕らがバレた時、君が近くにいれば今後に支障が出る」

「うぃッス! これがオイラお手製のソリテュードの分かってる範囲の地図ッス! 書かれてない所は兵士が立ち入り禁止の区域ッスよ!」

 えっへんと、腰に手を当て胸を張るセンデンさん。
 地図を受け取ったロランが苦々しい顔をしたので、思わず私達も地図を覗き込む。

 ……何だこりゃ?
 汚過ぎて誰も読めない。
 とてもじゃないけど地図と呼べるモノではなかった。
 ただの落書きだ。

「センデン、バイバイ」

 ロランは受け取った地図を破り捨てる。
 センデンさんは時間を割いて作ったのだろう。
 凄くショックを受けている。

「ひどいッスよおぉぉ!」

 お手製の地図を破られたセンデンさんは、泣きながら去って行った。
 きっといいことあるよ……センデンさん。
 あの人諜報員ってことがバレて、殺されなきゃいいけど。

「さて、まずはアリアちゃんの居場所だけど、兵士が立ち入り禁止の生体研究所にいるのは間違いないだろうね。近くに行ってヒメナちゃんの【探魔】で歌姫を探す」

 私達は立ち入り禁止の区域ギリギリまで研究所の方へと歩いた。
 研究所を守るためなのか、兵士達が常駐する駐屯所が隣接されている。

「さて……ヒメナちゃん、分かるかい?」

 私に【探魔】を使うこと促すロラン。
 本当に、こんな所にアリアがいるのかな……?

 ロランの指示に従うのは不服だったけど、使わないとどうしようもないので【探魔】を使っているアリアを探す。

 ――いた!!

「多分そこの一階……アリアはそこにいる。でも……アッシュとカニバルと……ブレアがあっちの大っきい駐屯所にいる。それに……このマナは……?」

「「!!」」

 私と……ベラとルーナは驚く。
 だけど、ロランは全く驚いた様子がない。

 本当にブレアは……エマを殺してアリアを帝国に売ったんだ。

「ブレアちゃんはともかく、炎帝と震帝……それにここは死帝の庭。一筋縄じゃ行かなさそうだね」

 動揺する私達をよそにロランは、アリアをどう奪取するか考える――。
 夜が更ける中――アリアがいる研究所の近くを歩きながら、他には聞こえない程度の声の大きさで話す。

「で、どうすんのよ?」

「当然、忍び込む。もしバレた場合はベラちゃん……いや、ヒメナちゃんが歌姫を救出に向かい、他は陽動として派手に暴れるしかないね」

 ベラの方が影に入れるから隠密行動には向いてるけど、アリアがいる場所を把握できるのは【探魔】がある私だけだからか。
 もしバレたら、隠密も何もないもんね。

「生体研究所の地理や情報が欲しい所だけど、時間をかければかける程良くない。歌姫にとっても、僕らにとってもね。速やかに歌姫を奪取する必要がある」

「ぶっつけ本番って訳ねぇ」

「不安だけど……仕方ないわね」

 ベラとルーナも、覚悟を決めた様子だ。

 私は未だモヤモヤしている。
 何が正しくて、何が間違ってるのか。
 ブレアがどうしてエマを殺して、アリアを連れ去ったのか。

 だけど、切り替えないと。
 私が何より優先すべきは、アリアを守ることだ。

「よし、行こっ」

 私達は生体研究所に潜入するため、施設の壁を闘気を纏って乗り越える。

 しかし、その瞬間――。


 生体研究所の頂点にある何かが赤く光り、大きな音が鳴り響いた。


『侵入者だよー、兵士の皆さんよろしくー。侵入者だよー、兵士の皆さんよろしくー。侵入者だよー、兵士の皆さんよろしくー』

 どこからか、ソリテュード全てに響き渡るような大きさで、ふざけたような声が連呼される。

「……なるほど。予め登録されたマナの者以外が敷地内に入ると警報がなる魔法具などがあったのかもしれないね」

「早速バレたじゃない!? どうすんのよ!?」

 ロランは何でこんな状況で冷静に分析してんの!?
 ブレア並みのバカじゃない!!

「どうするってさっき決めたじゃないか。バレたら歌姫の救出はヒメナちゃんに任せて、他は陽動に回るってさ」

 そっか。
 結局隠密行動とか私には合わなかったし、こっちの方が分かりやすくていいや。

「じゃ、行ってくる!」

「歌姫を奪取したら、【闘気砲】を派手に放って合図を出して。そしたら僕達は散り散りに逃げるから。待ち合わせ場所はセンデンと落ち合った場所ね」

 私は研究所の窓を叩き割って侵入すると、ロランとルーナとベラが散り散りとなる。
 各々が別々の場所で、陽動するのだろう。

 出来るだけ早くアリアを助けないと……!
 陽動をするルーナとベラを敵地に置くんだから……ロランはどうでもいいけど。

 私はもう一度【探魔】でアリアの位置を探る。
 位置は変わっていない――けど、私は他に感じたマナを目指した。

 懐かしい……相変わらず寂しくも暖かみを感じるマナだ。

 闘気を纏って廊下を走り、驚く研究者達とすれ違う。
 私は見知ったマナの人物の背中を目視し、捕まえて近くの部屋へと拉致する。

「なーんだ!?」

「何だじゃないよ!! ヴェデレさん、何でこんな所にいるの!?」

 私が【探魔】で探知したのは、アリアとブレア達だけじゃなかった。
 ヴェデレさんも見つけてたんだ。

「おまっ……ヒメナじゃねーか! お前こそこんな所で何してやがーる!? まさか、侵入者ってのはお前ーか!?」

「そうよ!! アリア……歌姫を取り戻したいの!! 案内して!」

 私は久しぶりに会ったヴェデレさんに、今まで起こったことを伝える。

「勘弁してくれーよ! 王国軍の歌姫を捕えたってルシェルシュ様が喜んでんだ!! それを連れ去るのに協力してみろーや!? ぶっ殺されちまうわーな!!」

「頼りはヴェデレさんだけなの!! お願い!!」

 アリアの場所は分かるけど、人工物は【探魔】では分からない。
 つまり、経路が分からないんだ。
 ヴェデレさんが今ここで働いてるのはびっくりしたけど、もし協力してくれたら、アリアの所まで最速でたどり着ける。

「…………」

 ヴェデレさんは両手を合わした私の前で、押し黙る。

「やっぱり、できねーわな。お前は見なかったことしてやるから、とっとと研究所から去ることだーな」

 ……そうだった。
 ヴェデレさんはアフェクシーがフリーエンに襲われた時も、地下室に一人で隠れていた人だ。
 こんなことに協力してくれるはずがない。

「もういいよ! ヴェデレさんの人でなし!!」

「ヒメナ! 行くんじゃねーんだな!!」

 私はヴェデレさんに捨て台詞を吐き、その場から闘気を纏って立ち去る。

 アリアを助けたい。
 それだけに夢中で気付かなかった。

「お前が行くことはよー、ルシェルシュ様にとっては喜び以外の何でもないんだぞ……」

 ヴェデレさんが呟いた、その言葉に。
 私は闘気を纏って駆ける。
 アリアの元に走るも、迷路のように通路が入り組んでて中々辿り着けない。
 割と近くまできてるのに……!!

「あー、もうっ!!」

 あまりのもどかしさに私は、壁を殴って破った。
 直線的にアリアの元へと向かうため、邪魔する物を次々と破壊していく。
 敵にバレるのは覚悟の上。
 だけどアリアの元に早く向かいたいから、陽動する皆が敵を引き付けてくれてると信じるしかない。

 【探魔】で感じたアリアの元へとひたすら強引に突き進んでいくと、開けた大部屋へと出た。

「何……これ!?」

 そこには円柱状の水槽みたいなものに、さまざまな生物が入っていた。
 動物から魔物、人間まで。
 現実離れした空間に、思わず私はアリアのことを忘れて固まってしまう。

「侵入者は君だったかー。これは思いもしない幸運だねー。ようこそー」

 白衣を纏った寝ぐせだらけの黄緑色の頭をした男の人が、両手を広げて近付いて来た。
 敵対心はまったく感じない。
 まるで……私のことを待ってたかのようだ。

「僕は死帝ルシェルシュ・オキュルトだよー。君とずっと会いたかったよー」

 そうだ……アリアは!?

 私はルシェルシュと名乗った男を無視して、アリアのマナを感じる方を見る。

「!?」

 緑色の液体が入った大きい水槽の中にいた。
 全裸で丹田には何か管の様な物が刺さっている。

「アリアァァ!!」

 私は水槽を叩き割って、刺さっていた管を抜き、アリアを抱いて帝国の軍服の上着を羽織らせる。

「アリア!? 大丈夫!?」

「……ヒメ……ナ……」

 意識はまだ少し朦朧としてるみたいだけど、怪我はない。
 アリアが何をされたのかは分からないけど、絶対良くないことだ。

「ちょっと、あんた!! ヒメナに何したのよ!?」

 ルシェルシュに問う。
 私の大切なアリアをあんな訳わかんない物に入れて……許せない!!

「魔技【終焉の歌】の楽譜を彼女の丹田に入れただーけ。他は何もしていないから安心してよー」

「【終焉の歌】……?」

 何その物騒そうな歌……?
 魔技をアリアの丹田に入れた……?

「ヒメナ……私……人間じゃないんだって……」

「え?」

 何言ってるの……アリア……。

「私は……私の歌は……ここで作られたモノだったんだって……!」

 緑色の液体に混じり、涙を流すアリア。
 作られたって……どういう意味……?

「そーだよー。君達は生体兵器。【終焉の歌】の為に僕が産まれさせたねー」

「君……達……? それは一体どういう……?」

 アリアは困惑しているようだ。
 私からしたら何の話か訳が分からない。


「送信器がいれば、受信器がいるのは当然のことでしょー。君達は死んだ妊婦から取り出した、二卵性双生児の双子だよー」


「……アリアと私が……双子の姉妹!?」

「どっちがお姉さんかは分からないけどねー。残念でしたー」

 どういうこと……?
 アリアと私は双子で……ルシェルシュの手によって改造されて産まれて来たってこと……!?

 そう考えたら腑に落ちることが幾つかあった。
 私は魔法を持たず、マナの感受性が異様に高いこと。
 アリアは強力無比な歌魔法を持つこと。
 そして、アリアと私は大気からマナが吸えるということ。

 あまりにも普通の人とは違う部分が多すぎる。
 作られた存在だったとしたら……私が魔法を持たないことも不思議じゃないのかもしれない。

「私達の父は……!? 一体どなたなのですか!? 生きているのでしょう!?」

 アリアの言う通りだ。
 無から作り出された訳じゃないんだったら……お母さんは死んだってことだけど、お父さんは生きてるかもしれないんだ……!!


「炎帝アッシュ・フラムだよー。本人も子供の君達が生きているなんて知らないけどねー」


 ……ほぇ……?
 アッシュ……?
 エミリー先生を殺して、孤児院から私達を追い出したあいつが……私とアリアの父親……?

「嘘よ!! 私達を動揺させるつもりなんでしょ!?」

 そうに決まってる……私が……私達が双子だったとしても、あんなヤツが父親のはずがない……!!

「本当だよー。アッシュ・フラムの妻だったコレールとかいう首無しの死体を埋葬する前に取り出した、かろうじで生きていた胎児だもーん。たまたま双子で【終焉の歌】には都合の良かった存在だったからねー」

「嘘だ!!」

「だーかーらー、本当だってばー。しつこいなー」

 ルシェルシュは嘘と認めるつもりはなさそうだ。
 だったら――。

「ぶん殴ってでも……嘘だって言わせてやる!!」

 私は全力で闘気を纏う。
 死帝を名乗ってはいるけど、感じるマナ量からルシェルシュは強くない。
 私なら、一撃で倒せる。

「僕が死帝と呼ばれる所以を見せてあげるよー」

 ルシェルシュが指を鳴らす。
 それが合図と言わんばかりに、近くの水槽みたいなのが割れた。

「……っ……!?」

 一言で言い表せば、異形の人型。
 血色は悪いけど、体格の良い女性の体に以前に見た黒竜セイブルが同化している。
 右手には大剣を持ち、左半身は黒竜の鱗で覆われていて、左の背にだけ翼が生え、左手は黒竜の顔となっており、尾も生えていた。

「このマナ……!?」

 異形の人型から感じる見知った懐かしいマナ。
 ありえない……だって……。

「まさか……エミリー先生……?」

「大正解ー。さすが【終焉の歌】の受信器ー。マナを感じる力は抜群だねー」

 でも……ほぇ……?
 エミリー先生は死んで……何で……?

「僕の魔法は【死霊】だよー。死んだ生物の体の一部でもあれば、生きる屍として蘇生させて使役することができるんだー。元剣帝の体の一部はアフェクシーで回収してたしねー」

 エミリー先生は確かに老体じゃない。
 ゾンビみたいだけど、若くなってる……。

「さらに、培養槽で黒竜セイブルの死体と合成させたんだー。君達程では無いけど、一応は傑作だよねー」

 傑作……?
 傑作って何よ……!?
 こいつエミリー先生を……エミリー先生の死体を弄んで……絶対に許せない!!

 ルシェルシュは培養槽と呼んだ水槽を指差す。
 そこには、また別の異形の生物が入っていた。

「レイン。そこの合成獣は君にあげるよー」

「御意!! 操作致しまする!!」 

 どこからともなく現れた、王都を襲撃してきたお爺さんのレイン。
 レインが杖を掲げると、昏睡状態だった異形の生物は息を吹き返したかのように目覚め、培養槽を叩き割って出てくる。

 体は熊のより巨大で、コウモリのような翼を生やし、尾は蛇となっていた。
 頭は三つあり、真ん中にはライオン、右には鳥、左には猪の頭。
 四足歩行でゆっくりと私の方に近づいて来る。

「さー、始めようかー。【終焉の歌】を……僕の最高傑作を見せておくれー」

 操られた異形のエミリー先生と、異形の合成獣。
 それぞれが私に向けて襲いかかって来た――。
 サイレンが鳴り響き、侵入がバレたヒメナ達一行。
 ヒメナが研究所内に潜入する中、ロラン、ルーナ、ベラはそれぞれ散開し、陽動を行っている。

 ベラは研究所近くの道路で兵士と闘っていた。
 目的はヒメナがアリアを助けるまでの時間稼ぎ。
 兵士を大鎌で掻き分けて移動しながら、時間を稼ぐ。

 その最中――。

「ベラァ!!」

 見知った声で名を呼ばれ、振り返る。
 声の主は、ブレアだ。
 ブレアの姿を確認したベラの表情は、いつも微笑んでいる顔とは違い、険しいモノとなる。

「あらあら、まぁまぁ。まだメイド服を着ているのぉ? 裏切ったあなたにそれを着る資格なんてあるのかしらぁ?」

「うっせぇよ、バーカ。着替えが無かったんだよ。服なんざ飾りだろ、飾り。んなことより、お前が来てるってことはヒメナも来てるってことか」

 嘲笑うかのようなブレアを見て、ブレアがエマを殺したことを確信するベラ。
 ベラの目は射抜くような目付きへと変わった。

「……何のためにエマを殺したのぉ?」

「あぁ? お前に関係ねーだろ」

 ベラの目付きに臆さず――。

「今からあたいにぶっ殺されんだからよ!!」

 ブレアは金槌を構え、闘気を纏ってベラに向けて突貫した。
 ベラは地面を見て影を探す。

 ベラにとっての影が少ない夜が弱点。
 しかし、幸いこのソリテュードは数多く電灯があり、夜も影が出来る。
 ここでは光源が多いため、弱点は無くなったに等しい。

 ブレアと自分の影が重なった時、ベラは影に潜り込んでブレアの攻撃をかわした。
 そして、影を伝ってブレアの背後へと現れる。

「それが答えと言う事ねぇ。冥土へお逝きなさいなぁ」

 ベラの再三敵を冥土へ送った必殺の股下からの、大鎌での一撃。
 ブレアは金槌で攻撃した反動を生かして回転し、それを躱した。

「お互いに手の内を知り尽くしているからやり辛いわねぇ」

「お互い? もう以前のあたいとは違うんだよ」

 ブレアが手をかざし、生み出したのは雪の結晶のような白氷の雪花。

「魔技【アイスフィールド】」

 それを地面へと注ぐと、ブレアを中心に辺り一面が白く凍る。

「……っ……!?」

 エマを殺し、冥土隊を裏切り、そこまでしてヒメナより強いと証明しようとしたブレアは、自身の魔法を昇華させた。
 その凍てつく白氷は、以前までの力を遥かに上回り、ベラや帝国兵達を驚愕させる。

「もう、後には引けねーからな」

 自分の有利な状況を一瞬で作り出したブレアは、そう言って氷上を滑り始めた――。


*****


「痺れないなぁ」

 ベラが闘う中、ロランは退屈している。
 電気で焦がした帝国兵の死体の山の上に足を組んで座り、頬杖をついて欠伸をしていた。

「だから、君が相手してくれないかな? 炎帝アッシュ・フラムさん」

 まるでロランに答えるかのように、路地裏から現れたのは炎帝であるアッシュだ。

「トネール第一皇子……否、今は王国軍紫狼騎士団団長のロラン・エレクトリシテと名乗っておりましたかな?」

「いいよいいよ、敬語なんて。僕の方が年下だし、今は敵だしさ」

「帝国に戻る気はあられないと?」

 アッシュの問いに悩ましげな顔をするロラン。

「痺れるなら戻るよ? けど、今は王国にいる方が痺れるからさ。拳帝が帝国にいること以外はね。アレだけはどうしようもないからさ」

「その理屈……分かりませぬな」

「君も同等の敵と命のやり取りをしたら痺れないかい? いつ死ぬか分からないギリギリの闘いとかさ。残念ながら王国には僕より強い者はいない。だから、帝国になびくことはない。ま、逆になれば分からないけどね」

「理解出来ませぬ。我は元剣帝エミリーとグロリアス国王を殺し……そして、皇帝のために王国滅ぼせれば良い故」

 ロランはレイピアを抜き、切先をアッシュへと向ける。

「それは僕を殺さないと叶わない願いだ」

 アッシュもフランベルジュを抜き、切先をロランへと向けた。

「ならば、押し通らせて頂きましょう」

 そして、二人の剣は激しく交差する。

「さぁ、痺れさせておくれ」

 ロランの笑顔を皮切りに、戦闘は開始された。
 互いに【瞬歩】を使った激しい打ち合い。

「魔技【インフェルノ】」

 アッシュの剣を持たない手による、地獄の黒炎による、火炎放射。
 それをロランの周囲にまき散らす。

 ロランは一時離脱するため、【瞬歩】で距離を取る。

「もしかして、マナをも燃すのかい?」

 感覚的に察したロラン。
 戦闘経験の豊富さ故に、アッシュの魔法の性能に気付いたのだろう。

「これは、痺れそうだ」

「我は痺れたくはありませぬがね」

 闘いたいロランと、陽動作戦にうっすら気付き本命を追いたいアッシュ。
 しかし、ロランがスリルを味わえそうなアッシュを逃がすはずがなかった――。


*****


 ルーナは大剣で帝国兵達を切断していた。
 敵を薙ぎ払う姿は、正に戦場に死をもたらす戦乙女であった。

「何だコイツ!?」
「迂闊に近づくな!! ぶった斬られるぞ!!」

 ルーナの魔法【切断】を恐れた、帝国兵達は間合いに入って来なくなった。

「この様子ならしばらくは持ちそうね」

 膠着状態となるルーナと帝国兵達。
 それは時間稼ぎが目的のルーナからしたら、好都合であった。

「ダメダメ、君達。ルーナちゃんはおじさんのものなんだから」

 しかし、現れる。

「震帝……カニバル・クエイク!!」

 圧倒的強者である、宿敵カニバルが。
 ルーナにとっては三度合いまみえることとなった。

「……今度こそ……倒す!!」

 ルーナの鋭い目付きを見て、カニバルは思わず鼻で笑う。

「ふふふっ、良い目だね。でもおじさん、二度あることは三度あると思うよ」

「制限解除」

 ルーナの大剣の柄頭に埋め込まれた魔石が光り輝き、大剣の握る部分を残し、柄から切り離される。
 ルーナの切り札『マナブレード』。

 ここは敵地の中。
 以前の戦闘とは違い、ルーナは躊躇いなく切り札を切る。

「私は三度目の正直だと思うわ」

 ルーナのマナによって作られた、見えない伸縮自由な剣。
 それをカニバルに向けて、あらゆる角度から振るった。

「強力な攻撃も、おじさんに当てれなければ意味がないねぇ。残念でした」

 だが、カニバルにはあっさりとかわされる。
 アンゴワス公国で闘った時と同じ状況。

「必ず届かせる……届いてみせる!!」

 ルーナは四帝に匹敵する強さを手に入れるため、手にした力。
 それは――。

「二刀流……それはおじさんでもやっかいだね」

 二本目のマナブレード。
 モルデン砦にフローラが牢屋に入っている間に制作した物だ。

 流石の震帝カニバルも、二本目の伸縮自由かつ不可視の一撃必殺の剣を見て、真顔になる。

「はああぁぁ!!」

 ルーナは二本の見えない刃を振るい始めた――。
 異形のエミリー先生と、合成獣。
 左右から私へと向けて襲い掛かって来た。

【闘魔の歌】

 アリアは戦闘になるであろうと察知したのか、私に【闘魔の歌】で力を注ぐ。
 ありがたい……マナが、力が溢れてくる!!

 私は【瞬歩】で二体の攻撃を躱すと、すかさず私だけを追って来た。
 アリアは狙わない……?
 なら、まだやりやすい!!

 合成獣の方はまだしも、異形のエミリー先生のゾンビは私よりはるかに格上だ。
 備えるマナ量も、纏っている闘気も、今のポワンには届かないまでも、他の四帝達よりはるかに勝る。
 そんな存在に、純粋にぶつかり合えば、負けるのは必至。

「まずは……こっちから!!」

 とりあえず、数を減らす。
 まず狙うなら三頭の合成獣からだ!!
 
 【瞬歩】で合成獣に距離を詰め、【衝波】を繰り出そうとする――も、右の鳥の頭が反応し、私に向けて鋭く突いてきた。

 紙一重で躱すと、次は左の猪の頭が牙を突き刺そうと首を伸ばしてくる。
 猪の牙を半身で躱すと、今度は真ん中のライオンの頭が齧り付いて来た。

「くっ……!?」

 思わず巨大なライオンの口を両手で止める。
 そうだ、こいつ……頭三つなんだ!! 
 正面からは攻めづらい……!!

 私が喰われないようライオンの口を抑えていると、背後から大剣でエミリー先生が襲い掛かって来る。
 あの強さの闘気を纏った大剣は左手の手甲でも、右手の義手でも受け止めきれない……!!

 大剣を振るわれた刹那、【瞬歩】で私はその場から脱出した。
 危なかった……そう思ったその時――。

 エミリー先生の左手の黒竜がこちらに顔を向けてブレスを吐いてくる。
 不意を突かれた私は、そのブレスに直撃した。

「がっ……!?」

 黒竜のブレスの直撃を受けた私は、吹き飛ばされる。

「……ヒメナ!?」

 目が見えないアリアが、私の悲鳴を聞いて叫ぶ中、煙を上げながらも何とか立ち上がった。
 油断して闘気を緩めていたら……死んでたかもしれない……!!

 かなりのダメージを負い、状況は一体二と依然変わらない。
 強力な二体の異形はじっくりと私を観察しながら、じわじわと距離を詰めてくる。

 唯一救いなのは、アリアを襲わないことだ。
 アリアを守りながらの闘いだったら、もっと厳しい戦いになっていただろう。

「さー、どうするー? 早く【終焉の歌】を歌わないとー。受信器が死んじゃうよー?」

 ルシェルシュはどうやら【終焉の歌】というものをアリアに歌わせたいみたいだ。
 だからアリアを狙わない。

「……駄目、アリア!! そいつの狙いが何なのかは分からないけど、乗ってやる必要なんてない!! 私が何とかするから!!」

「う……うん……」

 そんな誘いに乗ってやるもんか。
 私がアリアを守るし、エミリー先生にも安息を与えてあげるんだ。
 アリアの【闘魔の歌】で強化された私ならきっと出来るはず!

「はああぁぁ!!」

 私は合成獣に再度【瞬歩】で突撃すると、異形二体が、それに反応してすかさず攻撃をしてきた。

 それに合わせて闘気を残して再び【瞬歩】をし、残像を残す。
 闘技【残影】だ。

 二体の異形が私の残像を攻撃する中、私が【瞬歩】で移動したのは老人のレインの目の前だ。

「ふぉっ!?」

 急に眼前に私が現れレインが驚く中、次の闘技を放つ準備をし――。

「闘技【発勁】」

 レインの丹田に【発勁】を叩きこんだ。

「ぶぇっ……!!」

 マナの貯蔵庫である丹田に、私の闘気が混ざり倒れ込むレイン。
 それと同時に合成獣も意識を手放した。

 予想通りだ。
 このお爺ちゃん自身に戦闘能力はほとんどない。
 おそらく魔法は誰かや何かを操るモノで、闘気は纏えない。
 黒竜セイブルの時もそうだったけど、自分は常に戦闘から離れて安全圏にいようとしていたのが何よりの証拠だ。

 馬鹿正直に闘う必要はない。
 元を叩けばいいんだ。

 それはルシェルシュも同じ。
 ルシェルシュさえ倒してしまえば、エミリー先生を解放できるはず。
 あいつの魔法は【死霊】で、生きる屍として蘇生させて使役する能力なんだから。

 そう考え、ルシェルシュへと次の狙いを移した私は、【瞬歩】を使ってルシェルシュの間合いへと一瞬で入った。

「良い判断だけどー、ざんねーん」

 気付けば【瞬歩】で近づいていた異形なエミリー先生。
 左から大剣を私に向けて振りかぶっていた。

 死んでいるのに……闘技も使えるの!?
 動揺していた私は、振られた大剣をすんでの所で躱す。
 袈裟斬りのあまりの威力に地面は割れるようにヒビが入った。

 私は一息つくために、跳んで距離を取る。

「……っ……!! ……いいの? ここってあんたの大事な場所じゃないの? こんな派手に闘って大丈夫?」

「構わないよー。そんなことより僕の興味は【終焉の歌】にあるからねー」

 あくまで【終焉の歌】ってのに拘るわけね……。
 一体どんな魔技だって言うのよ……!?
 名前からして物騒だ……アリアに歌わす訳にはいかない!!

「そんなに使いたくないならさー、使わざるを得なくさせてあげるよー」

 ルシェルシュは指を弾く。
 それに呼応するかのように、異形のエミリー先生の闘気は力強さを増した。

「嘘でしょ……?」

 ポワンに迫る程の闘気……。
 さっきまでの闘気と……桁が違う。

「元剣帝の魔法は【倍化】だよー。闘気や攻撃の威力、そういったモノを倍化させるんだー」

 そういえば……先生は最期の死に際自分に剣を突き刺してマナを何倍にもさせてた……。
 闘気を倍化させれるなんて反則だよ……。
 こんなの、どうすればいいの……?

「ヒメナ……」

 私が異形のエミリー先生の闘気に絶望する中――アリアは私を心配する声を上げた。