終焉の歌 ~右腕を失って追放されても、修行をして歌姫の元にメイドとして帰ってきます~

 私とブレアは、戦場で舞い上がった黒炎の元へと向かっていた。
 何故なら、そこに必ずアッシュがいるからだ。

 炎使いは数多くいても、アッシュのように黒炎を使う者は見たことがない。
 多分、唯一無二の存在なんだろう。

「ヒメナ、お前は来るな! 邪魔なんだよ、バーカ!!」

「ブレアじゃ駄目なんだって! アッシュの黒炎はマナを燃やすから、あんたの魔法は効かないんだから!!」

 アッシュの魔法とブレアの魔法じゃ相性が悪く、闘技に長けた私の方が絶対に相性が良い。
 アッシュと闘うべきなのは……倒さないといけないのは、私だ。

「ちぇっ! うっせーよ、バーカ!!」

 それでもブレアは止まらない。
 本当に猪突猛進だなぁ……どうしよう……?

 そんなことを考えていると、私は横目で見逃せないモノが見えた。
 私は進路を変え、急いでそちらへと方向転換する。

「ブレア!! 絶対死なないでよ!!」

「あったりめぇだ!!」

 私はブレアを諌めながらも、見逃せないモノの方へと急いだ――。


*****


 ゼルトナは薄緑の長髪をカールさせた、軽装で豊満な体を露出した女性と対峙していた。
 女性は風を纏い、妖艶に笑っている。

「後はあなた一人ですけど、まだやるつもりですの?」

 ゼルトナはエスペランス傭兵団の団長。
 傭兵を率いており、数十人の部下を持つ。

「お頭ぁ……俺はもう駄目だ……死んじまうんだ……」

「黙ってろ」

 愛想は悪いが人望は厚い。
 本人は何故自身に人望があるのか理解できていなかったが、無口とはいえ人の良さが滲み出ていたからだろう。

 かつてゼルトナは孤児だった時に、エスペランス傭兵団に拾われた。
 そして、当時団長だった人物から、教えられたことがある。

『他人と出来るだけ関わらずに、自分のことだけを考えろ。他人と関わろうとすれば、いずれ自分が死ぬ。それが大人の鉄則ってやつだ』

 言われた時は、その言葉の意味はまったくわからなかったが、戦場で自身を庇って死んでいった当時の団長を見て、ようやく分かった。

 心からの仲間となれば、関わらずにはいられない。
 助けずにはいられない。
 その気持ちこそが、いずれ自分自身を殺すのだと。

 では、その言葉を実感しているゼルトナが、何故今こうして逃げずに死に体の仲間を庇って、剣を抜いているのか。
 答えは本人にも分かっていなかった。

 目の前の風を纏った女性は明らかに自分より強者。
 自分だけ逃げれば、もしかしたら自分は生き残れるかもしれない。
 にも関わらず、剣を抜いているという矛盾。

「ぬおおぉぉ!!」

 ゼルトナはそんな矛盾を振り払うかのように剣を振りかぶり、風を纏う女性に闘気を纏って襲い掛かる。

「夏の風のようにぬるいですわ」

 しかし武器も持たぬ女性相手に、見えない刃でゼルトナは斬られた。

「かっ……!?」

 舞ったのは一陣の風――おそらくは風の刃のようなモノで斬られたのだろう。

 ゼルトナは深手を負って倒れた。

 共に過ごした時間は長かったとは言え、胸の内を話したことが一度もない仲間を、何故見捨てなかったのか。
 こんなことになるのであれば、誰とも関わりを持たなければ良かったのかもしれない。

「では、皆さんには私の風で塵となって頂きますわ」

 未だかつて出会ったことのない強敵に、走馬灯のように過去のことを振り返り、後悔しながら、ゼルトナは死を覚悟する。

 そんな中――。

「破っ!!」

 目の前の風使いの女性を蹴り飛ばす、黒のメイド服を纏う侍女が現れた。


*****


 私は黒いメイド服を翻し、ゼルトナさんにとどめを刺そうとしていた、薄緑色の髪の女の人を飛び蹴りで吹き飛ばした。

「ゼルトナさん……大丈夫!?」

「……ヒメナ」

 九死に一生を得たゼルトナさんは、私のことを呆然と見ていた。
 怪我をしていることもあるんだろうけど、はるか年下の私に助けられると思ってもいなかったんだろうな。

「……他人に関わるなと教えたはずだ……何をしている?」

「しょうがないじゃん! 見えちゃったんだから!!」

 吹き飛ばした女性は立ち上がり、私とゼルトナさんに割って入るように文句を言い始める。

「横からなど卑怯な……!! そこの貴方!! お名前は!?」

「ヒメナだよ」

「私の名前はブリュム・ヴィントですわ。いざ尋常に……勝負!!」

 ブリュムって人は几帳面な性格なのか、わざわざ名前を名乗り合ってから戦闘態勢に入る。
 そして、丹田から右手にマナを集めて、その手を振るった。

「魔技【風刃】!!」

 右手から風の刃と思わしきモノを飛ばしてきたので、それを余裕を持って躱す。

「何故私の【風刃】をあんなにもあっさり……!?」

 普通の人なら見えにくさ、速度共に反応できる魔技じゃない。
 ゼルトナさんが深手を負ったのも無理もない話だ。
 マナが見える私にははっきり見えるから、あんまり関係ないけどね。

「逃げろ……お前みたいな小娘じゃ勝てん」

「それ、私の闘気をちゃんと見てから言ってくれる?」

 私は全力で闘気を纏う。

「何ですの……その闘気!? 四帝級……!?」

 ブリュムとゼルトナさんは、私の闘気に驚きを隠せない。
 それもそうだろう。
 黒竜セイブルとの闘い。
 アッシュとの闘い。
 その実戦の中で、私は確実に成長しているんだもん。

「ヒメナ……どうやってそんな力を……?」

 私はゼルトナさんの問いに答え――。

「他人と出来るだけ関わらずに、自分のことだけを考えろ。他人と関わろうとすれば、いずれ自分が死ぬ……だっけ?」

 拳を強く握りしめた。

「そんな大人の鉄則を、否定したいからだよ」
 炎帝アッシュ・フラムの力は一騎当千。
 次々と王国兵達を黒炎とフランベルジュで薙ぎ払っていた。

「脆弱にして貧弱!! その程度の強さで我の前に立つとは滑稽な!!」

 アッシュは目の前の兵を黒炎で燃やし尽くし、罵声を浴びせる。

「そんなに強いヤツに会いたいなら、ここにあたいがいるぜ!?」

 突如現れ、アッシュに向けて全力で金槌を振るうブレア。
 ブレアの存在に気付いていたアッシュは、ブレアの不意打ちをあっさりと半身で躱す。

「貴様を含めて言ったのだがな。ヒメナはどこだ? ヤツがあれ以上強くなる前に殺さねばならぬ」

 アッシュのその言葉は、ブレアを憤慨させた。
 ブレアにとって自分の強さは自分自身の存在価値である。
 アッシュはそんな自身を強敵とも思っていない上、自身を前にしてヒメナのことを気にかけている。
 ブレアにとってこれ以上の屈辱はない。

「今お前の目の前にいるのはヒメナじゃねー!! あたい……ブレアだ!!」

 ブレアはマナを金槌に込めて、地面を叩く。

「魔技【アイスニードル】!!」

 ブレアを中心とした地中から氷の棘が周囲を刺すように生えてくる。
 それは周囲で戦っている王国軍と帝国軍の両方をも巻き込んだ。

 しかし、アッシュは闘技【瞬歩】によって、ブレアの【アイスニードル】の範囲外へと退避していた。

「貴様の名前など、憶える必要もないわ」

「あたいの名前、その魂に刻んで冥土に送ってやるよ!!」

 二人は闘気を纏い、互いの武器で打ち合い始めた――。


*****


 エマは四帝元へと向かった他の冥土隊の面子を心配しつつも、帝国軍の雑兵の大群と前線で戦っている。
 聡いエマは、大局を見ていた。

 いくらアリアが【闘魔の歌】を歌っているとは言えど、数的不利なこの状況を覆すには、格下の相手をいかに削って敵軍の士気を下げるか、そこが鍵だと考えていたからだ。

「魔技【爆裂破】」

 エマは両刃の槍で地面を切り、地面を爆発させる。
 爆発は新たな爆発を生み、指向性を持った連鎖爆発は、帝国兵を次々と巻き込んで戦闘不能に陥れた。

「一対多数はウチの専売特許でね」

 一撃で百人ほどの戦力を削ったエマは、いつもの飄々とした雰囲気とは違い、自慢げに笑う。
 そんなエマに、巨大なラージクラブを持った、不潔感が滲み出ている巨体の男が近づいてきた。

「こいつ、厄介なんだな。オラが相手するんだな」

「……でかいし、臭いね。あんた」

 悪臭を放つ大男にエマは思わず鼻をつまむ。
 トウミンの周囲にはハエが飛んでいる。
 何かの汚物と勘違いしているのだろう。

「オラの名前はトウミン・ドレッキヒなんだな。お前、殺すんだな」

 闘気を纏ったトウミンはクラブを振りかぶり、縦に振るう。
 荒い攻撃をエマは躱したが、クラブは地面を破壊するかのように削った。

「オラ、力自慢なんだな」

「何だってウチはこう面倒そうなクジを引くかね」

 悪臭を放つトウミンを前に、悪態をつくエマであった――。


*****


 ルーナとカニバルの闘いは圧倒的にカニバルが押していた。
 何故ならルーナは大剣のまま戦っており、マナブレードを使用できないからだ。

 原因は、周りの状況にある。

 カニバルとルーナがいる場所は王国陣営の中央。
 そんな所でマナブレードを使えば、自陣の兵士や傭兵達を切断しかねない。
 故に、ルーナは制限解除を出来ずにいた。

「前の見えない剣は使わない、というより使えないのかい?」

「!!」

 ルーナの闘気から迷いを感じ取ったのか、カニバルはルーナがマナブレードという切り札を切らないことを見透かしていた。
 出された所でどうとでもなると考えてはいたのだが。

「周りを気にしてちゃ駄目だよ」

 自分だけを見てくれないカニバルは、不服そうにルーナの胸に触れ、

「魔技【ブレイク】」

 ルーナの肋骨を高速震動させた手で砕いた。

「かっ……!?」

 肋骨を砕かれたルーナは、その場にうずくまる。

「おじさんだけを見てくれないと」

 カニバルはうずくまったルーナの頭を踏みにじり、地面に顔を擦り付けた。

「ルーナちゃんが所属するのは冥土隊……だったかな? 歌姫を守ってるんだよね?」

 そして、楽しげに想像を膨らませ始める。
 
「歌姫をおじさんが殺したら、ルーナちゃんはどう思うのかなぁ? もっとおじさんのことを憎んでくれるかなぁ? もっともーっと熟成されたお肉になるのかなぁ?」

「やめ……て……!!」

 ルーナは心の中で嘆いていた。
 ララを失った時と何も変わらぬ自分の弱さに。
 カニバルに傷一つ付けられない事実に。

「歌は、あっちから聞こえるね」

 カニバルがそんなルーナを見て、アリアの元へと向かおうとした、その時――。

「悪いけど、歌姫を殺させる訳にはいかないね」

 突如ロランが現れ、魔技【紫電】がカニバルを射抜く。

「あべべべべ」

 不意打ちの紫色の電気に直撃したカニバルは、痺れからか痙攣した。
 そして、煙をふきながらその場で仰向けに倒れ込んだ。

「ルーナちゃん、大丈夫かい? 別に君を助けに来た訳じゃないんだけどね」

「……わかってる…わよ……」

 実際ロランはルーナを助けに来た訳ではない。
 助ける形にはなったが、ロランの思惑は震帝カニバルと闘うためだからだ。

 ロランとルーナが話している間に、仰向けに倒れ込んだカニバルは、煙を吹きながらも起き上がる。
 そしてロランをじっくり観察し始めた。

「うーん、君は美味しく無さそうだ。だけど、強いし。おじさん、どうしようかなぁ」

 カニバル基準だと、どうやらロランは美味しそうには見えないらしい。
 風使いブリュムとの闘いは、私が圧倒していた。
 ブリュムの風での攻撃を容易に躱し、要所で距離を詰めて攻撃していく。
 風の障壁なようなモノで威力は落ちてはいるものの、私の攻撃はブリュムを確実に追い詰めていた。

「何ですの……あなたは!?」

「だから言ったじゃん。ヒメナだって」

「名前を聞いてるんじゃありませんわ! 魔技【風圧】!!」

 ブリュムは風の壁を飛ばしてくる。
 攻撃というより、吹き飛ばしたり怯ませたりする、闘技【衝波】の中距離版といった感じだ。

【瞬歩】

 私は風の壁に向かって【瞬歩】をする。
 ブリュムとの距離を離したくないからだ。

 風の壁を無理やり【瞬歩】で突き抜け、ブリュムとの距離を詰めた私は、ブリュムの顔面を義手の右手で殴りつけた。

「……ぎっ!?」

 ブリュムは私の攻撃を受け、声なき声を上げて吹き飛び、近くにあった岩石にぶつかり破壊する。

 ゼルトナさんはブリュムを圧倒する私を見て、唖然としていた。
 そんなゼルトナさんに、私は背を向けたまま声をかける。

「ゼルトナさん……私ゼルトナさんの言う大人の鉄則って言うの分かるよ」

「……なら、何故俺を助ける?」

「他人と関わらず自分のことだけを考えろって、他人と関わって何かを失うことで、自分が傷つきたくないんだよね? 体というより……心が」

 ゼルトナさんが他人と深く関わろうとしないのは、失ったり傷つくことが怖いからだ。
 その気持ちはすごく分かる。
 仲良くなった人を失ったり、人を脅したり騙したりするような汚い大人を目の前にしたら私も怖くなるもん。

 でも――。

「私だっていっぱい大切な人を失ってきたし、汚い大人を見てきたけど、私はゼルトナさんとは違う」

「……何?」

 ゼルトナさんは怪訝そうにしている。

「はああぁぁ!!」

 ゼルトナさんと話していると、ブリュムは風で舞って、声を上げて飛び込んできた。
 私は直線的に突っ込んできたブリュムに対して構える。

「アリアを、大切な人達と関わっていたいから……守りたいから……私は強くなったんだ!!」

 そして、私の間合いに入ったブリュムに向かって、闘技を繰り出した。

【連弾】

 闘気が込められた二本指の貫手による連打。
 直線的に突っ込んできたブリュムの急所をつくのは容易だった。

「そん……な……私が……こんな……」

 私の【連弾】で、体の急所を複数突かれたブリュムは意識を手放し、膝から崩れ落ちた。
 ブリュムを倒した私は、ゼルトナさんの方を向く。

「私はこれからも他人と関わるよ。強くなって何一つ奪われないように、守るんだ」

 ゼルトナさんに笑顔でそう言った私は、ゼルトナさんの反応を確認せずにその場を去った。

 ブレアが心配だ……!
 ブレアじゃアッシュに勝てないんだから……!!

 無傷でブリュムを倒してゼルトナさんを助けた私は、ブレアとアッシュの元へと向かうことにした。


*****


 ブレアとアッシュの対決。
 ブレアは半ば暴走していた。

「アイツらに近づくな!!」
「巻き込まれるぞ!!」
「あの水色のチビ……味方と敵の区別もつかねぇのか!?」

 自軍と敵軍両方を巻き込む攻撃。
 アッシュを倒せるなら他がどうなろうとも構わないという意志から、範囲攻撃だろうがお構いなしにブレアは放っていた。

「まるで猪のようだな。小柄な体に合わぬ性格よ」

「うっせぇんだよ! バーカ!!」

 ブレアは魔技【アイススパイク】で、中距離からつららを飛ばす。
 しかし――。

「魔技【ファイアウォール】」

「!?」

 アッシュが地面から噴出させた黒炎の壁によって、かき消された。
 そして、黒炎の中から【瞬歩】でブレアの目の前へと現れたアッシュはフランベルジュを振りかぶっている。

「脳も猪程度のようだしな」

 ブレアはフランベルジュで斬られたと思いきや――。

「お前もな」

 ブレアは【瞬歩】を実戦で初めて使い、アッシュの背後へと回っていた。
 元剣帝のエミリーに天才と称されていたブレアは、僅かな期間で【瞬歩】を自分のモノにしていたのだ。

 アッシュの背に触れたブレアは、

「魔技【フローズン】」

「なっ……!?」

 自らの魔技でアッシュを背中から凍らせていく。
 たちまち全身を凍らされたアッシュは、その場で固まり動かなくなった。

「ぶははっ! ざまぁみやがれ!!」

 自分の大好きだったエミリーを殺した宿敵を目の前にして、ブレアは自慢気に笑った。

 後は金槌で叩き割って、冥土へ送るだけ。
 そう思ったその時――アッシュを凍らせた氷は煙を上げて溶けていく。

「な!?」

「悪くはない……が」

 みるみる内に黒炎で氷を溶かしたアッシュは、驚くブレアに向けて黒炎を纏った剣を振るった。

「やはり猪程度の脳よ」

 ブレアはいつもなら通じる魔技が通じず動揺していた。
 自身にとっては必殺にも近い魔技。
 いつも劣勢の状況を打開してきた魔技は、アッシュには通用しない。
 一度や二度じゃない。三度敵わない。

 アッシュにとっては無力のブレアは今正に、アッシュに両断されようとしていた。

 そんな時――。


「何ぼっとしてんの、あんたは!!」


 ヒメナがブレアを蹴飛ばし、アッシュの攻撃から庇った。
 ヒメナの足とブレアの間を、アッシュの剣がギリギリ通る。

「来たか、ヒメナ」

 蹴飛ばされたブレアは正気に戻り、勢いを殺すために地面へとへばりついて体制を立て直し、ヒメナに向かってギザ歯を剥き出しにして叫んだ。

「何しやがる!?」

「何回言ったら分かんの!? あんたじゃアッシュに敵わないっていたでしょ!!」

 ヒメナがアッシュでなく、ブレアを蹴り飛ばした側面には、もちろんブレアを庇う面もあったが、アッシュとの戦いにおいてブレアが足手まといになるため戦線から離脱させたかったからだ。

「こいつをアリアの元へいくせる訳にはいくないの!! 邪魔だから別の所に行って!!」

「あん……だと!?」

 しかし、そんなヒメナの言い分をブレアは受け入れられない。
 自身の強さにのみ存在意義を感じてきたブレアにとって、ヒメナの言動は侮辱。
 認められないモノであった。

 だが、ブレアがアッシュを見ると、既にその目はヒメナに向いており、自分を全く見ていない。
 それはアッシュが自身よりヒメナを脅威と感じていることを意味する。

「……ぐっ……ぎ……」

 ヒメナをライバル視するブレアにとってその事実は、最大級の屈辱だった――。
 エマは巨体のトウミンと闘っていた。
 二メートルを超える太った巨体。
 それが闘気を纏い、ラージクラブを振るい続けてくる。

 エマは暴風のような攻撃を避けながら、槍でトウミンの右腕を突き刺し――。

「魔技【爆破】」

 爆発させる。

「痛いんだな」

 しかし、トウミンの肉体の脂肪が分厚いせいか、右腕は思ったより爆破されておらず、ダメージはさほど無い。

「……面倒さね」

 既に数度、魔法によって爆発させているが、トウミンにはダメージがあまりない。
 単純な闘気の強さと肉体のタフさで、エマと闘っていた。

「いい加減オラにも殴らせるんだな」

 自分が食らったダメージもお構いなしに、またクラブを振り始めたトウミン。

「この、脳筋バカがさ!」

 トウミンに致命傷を与えるなら、外側ではなく内側から爆発させる必要がある――闘いながらそんな思考を巡らせていたせいか、エマはラージクラブを躱しきれずに両刃の槍で止めようとした。
 いや、してしまった。

「バカはお前なんだな」

「ぎっ!?」

 受け止めたと思いきや、何故かトウミンの攻撃を体に受け、エマは吹き飛んで近くの岩壁へ全身をぶつけ、砂煙を上げる。

 砂埃が晴れると、エマの左腕は折れていた。
 むしろ、犠牲が左腕だけで済んだのは幸いかもしれない。
 それ程の威力であった。

「……ぐ……ウチの槍を……すり抜けた……!?」

 確かに防御した。
 しかし、その防御を貫通して殴られたことが予想される。
 おそらくは、トウミンの魔法の影響であろう。

「オラの魔法は【透過】。物、透き通る」

 トウミンの魔法【透過】。
 その能力は、トウミンの体や触れている物は、物質を透き通らせる力。
 エマの槍での防御を貫通して攻撃できたのは、そのためだ。

 エマは左腕を使えない。
 なんとか右腕だけで両刃の槍を扱い、トウミンを倒すしかない。

 タフなトウミンを片手で倒すのは容易ではない。
 しかしエマは、自身を侮りトウミンには油断があるのではないかと言動から察していた。

「【透過】……ね」

 エマはブレアのように相手が侮っているからといって怒ったりなどはしない。
 むしろ、その心の隙をいかに利用するかを冷静に考えていた。

 折られた左腕は痛みで使えないため、右腕だけで槍を持つ。

「はああぁぁ!!」

 そして何を思ったのか、一直線にトウミンへ向けて特攻していった。

「馬鹿なんだな」

 一直線に向かったエマを迎え撃つため、クラブを振るうトウミン。
 しかし、エマはあっさりと躱し懐へと入った。
 直線的に突っ込めば、単調な攻撃が来ると考えていたのだ。

「馬鹿はあんただよ」

 トウミンの下腹部に向けて、槍で突くエマ。

「いーや、お前なんだな」

 だが、槍はトウミンの肉体を透過するだけで、トウミンは無傷だ。
 トウミンの【透過】は壁などもすり抜けれるため、槍をすり抜けることなど容易であった……が――。

「いや、やっぱりあんただよ」

「うぷっ!?」

 突如トウミンの身体は膨れ上がる。
 エマはすり抜けてトウミンの体内にある槍を魔法によって爆発させたのだ。

「物質は【透過】出来ても、魔法は【透過】出来ないだろう?」

「おぼぼぼ……ぼっ!!」

 トウミンは体内の爆発に身体が耐えれなくなり、その身を爆発させる。
 周囲には巨体の体内が散乱し、トウミンは絶命した。

「冥土へ逝きな」

 エマは負傷した左腕をぶら下げつつも、再び帝国の大軍にその身を投じた――。


*****


 【電気】と【震動】。
 ロランとカニバルの闘いは、天変地異とも呼べるモノだった。
 周囲一帯には電撃が走り、震動によって地はひび割れを起こす。

 無力のルーナはそれを遠巻きに見ることしか出来なかった。

 ロランはルーナと違って、ブレア同様お構いなしに自軍を巻き込んでいた。
 そうでもしないとカニバルは倒せない相手であり、何かしらの隙を見せると必ずつけ込まれるからだ。

「魔技【紫電】」

 ロランが指を鳴らして放った、光速にも及ぶ紫色の電撃。
 カニバルはそんな指向性を持った電撃を容易に躱す。
 ロランは【瞬歩】で【紫電】を躱したばかりのカニバルの懐に入り、レイピアで体中を突き刺す。

「あいたたたた」

 しかしカニバルは急所は避け、ダメージは軽傷に収まった。
 カニバルはダメージに怯まず、ロランに魔技を放つ。

「魔技【ブレイク】」

 高速震動させた掌底。
 食らえば体内の骨を破壊される、恐ろしい魔技。

 ロランはルーナとカニバルの戦闘を見ていたことからカニバルの魔法を察していたため、左腕に装備した円盾で受けようとせずに、大きく距離を取る。

「魔技【アースクラック】」

 そんなロランを見てカニバルは、高速振動させた足を地面に叩きつけた。
 すると大地が揺れ、小さい地割れを起こす。
 ロランの着地地点の地面が割れ、ロランは地割れに足をとられた。

 【瞬歩】で距離を詰めたカニバルは、持っているノコギリを高速振動させ、ロランへと切りかかる。

 体制を整えたロラン。
 しかし【瞬歩】でも逃げれないほど、既にカニバルのノコギリは眼前まで近付いていた。
 直撃する、ルーナがそう思った時――。

「魔技【雷歩】」

 カニバルの目の前からロランは消える。
 カニバルの攻撃範囲外へと退避していた。
 【瞬歩】を超えるロランオリジナルの光速移動術、魔技【雷歩】。
 自身の神経系統に電気を巡らせ、脳の命令を即座に下す上、雷の如く光の速さで移動する魔技だ。
 側から見れば瞬間移動にすら見える。

「んー、燃えない上に強いって、おじさんにとって一番厄介な敵だなぁ」

「厄介なのはお互い様だけどね」

 カニバルは困ったように笑い、ロランはスリルを楽しむかのように笑った。


 戦闘を眺めるルーナはただただ、二人との距離を感じるだけであった――。
 私とアッシュは激しい打ち合いをしていた。
 互いに一歩も引かぬ激戦。
 私が一歩も引かない中、アッシュも引かなかった。

 ブレアは私達の間に割って入ることすら出来ず、ただ見守っている。
 いや、多分介入する余地がなかったんだと思う。

「一つ、聞きたい。ボースハイト王国の国王は生きているのか?」

「生きてるわよ! 残念だったわね!」

「やはり――な!!」

 黒炎を纏ったフランベルジュを大振りするアッシュ。
 ギリギリの間合いで躱したけど、熱い……!!

「あの程度で死んでいるはずがない……死なれては困る!! ヤツのモノ全てを地獄の黒炎で焼き尽くしてからでなければな!!」

 アッシュの黒炎からは、怨念のようなマナが伝わってくる。
 何でそんなに、国王様に拘ってるの……?
 エミリー先生の時もそうだったような気がするし……。

「エミリー先生を殺して……王国の人を沢山殺して……それで、国王様を殺すってあんたは何のために闘ってるのよ!?」

「……復讐だ」

 アッシュは自身の怒りや恨みといった気持ちを抑えきれないのか、黒炎が身体から溢れ出ている。


「我が妻コレールと、宿した我らの子を殺した国王と王国へのな!!」


*****


 あれは今から十六年前――今は帝国の属国にある国と闘っていた頃だ。

 我とコレールは元剣帝エミリーの近衛部隊に所属していた。
 常に隣同士で闘う我とコレールが、恋仲になるまでさほど時間はかからなかった。

 我らは戦時中にも関わらず結婚をし、子を宿した。

 その頃、王国と帝国は小競り合いはあったとしても、まだ戦争には至っていなかったが、我ら帝国軍にとっては目の上のタンコブのような目障りな存在ではあった。

 故に皇帝陛下から、当時剣帝だったエミリーが率いる我らの部隊へと、ボースハイト王国国王の暗殺命令が下る。

 エミリーは人選を選ぶのに迷いはしなかった。
 【殺害】の魔法を持つコレールは、音も殺し、触れた相手を殺すことができる、強力無非な暗殺向きの能力を持っていたからだ。

 だが、我はそれに徹底的に反対した。
 子を宿す妻を敵地のど真ん中にただ一人行かせれるはずがないと。
 コレールを行かせるなら我も行くと。

 しかし、エミリーは断固拒否した。
 お前の魔法は暗殺向きでなくコレールの足を引っ張る、と。

 コレールも言った。
 大丈夫よ、アッシュ。任務だから仕方ない。一人でもきっと何とかなる、と。

 そして二週間後――コレールは帰って来た。


 首だけがない体で。
 見せしめに国王から送りつけられてきた。

 その時、失意と怒りが湧き溢れ、我の髪の色は金髪から白髪へと変わったのだ――。


*****


 過去を話し、アッシュの身体を包む黒炎は勢いを増す。

「断固として譲らなかった元剣帝エミリーを……!! そして、コレールを殺したグロリアス国王を……断じて許せるはずがあるまい!!」

「……っ……!!」

 アッシュがエミリー先生を……王国や国王様を恨むのは無理もないかもしれない。
 だって、私だってエミリー先生を殺したアッシュを憎んでいる気持ちがあるんだから。

「……でも、だからって……!! だからって、あんたのやってきたことだって許されるモノじゃない!!」

 アッシュだって私の……私達の大切なモノを奪ったんだから!!

「ならば、来い!! 我が怨念の黒炎を止められるのであればな!!」

 私とアッシュが互いに全力で闘気を纏って、飛び込んだ……その時――。


 モルデン砦の塔から光り輝く光線が発射された。


 太い光線は帝国軍の真ん中へと直撃し、大爆発を起こす。

「何!?」
「ぬ!?」

 とんでもない余波に私とアッシュも吹き飛ばされそうになった。
 何とか余波を堪える私とアッシュ。

 何今の……?
 まさか……【闘気砲】……?

 【闘気砲】と思われる光線は、帝国兵数千人を巻き込んで、殺した。
 私もアッシュも……いや、戦場全てが余りの威力に動きを止める。

「何だ……今のは……!?」

 アッシュは【闘気砲】を見て驚愕していた。
 だけど、それは私も同じだ。

 発射されたモルデン砦に高い塔を見ると、魔法具の巨大な大砲が見えていた。
 隣にはフローラが立っている。
 もしかして、フローラがずっと王都の研究所で作ってたのは……巨大な闘気砲!?

「……ふっ……はははは! 笑わせてくれる。我のやったことが許されないが、貴様らが今やったことは許されるのか!? 殺戮ではないか!!」

「……っ……!?」

 でも……そんなの……私知らなかったんだもん……。
 フローラが作ってた魔法具が……あんなモノだったなんて……。

「この次相まみえた時こそは、貴様を必ず殺す」

 そう言うと、アッシュは上空に黒炎を花火のように打ち上げる。
 そして、生き残った帝国軍と共に撤退していった。

 私だってこんなつもりじゃなかったのに……。
 私は……アリアを守りたくて、大切なモノを守りたくて闘ってるだけなのに……。

 モルデン砦防衛戦に勝利したものの、後味の悪さのような心のわだかまりが残ったんだ――。
 帝国軍が撤退し、私達王国軍は勝利した。
 辺り一帯には王国軍と帝国軍、両陣の死体がそこら中に転がっている。

 傭兵や兵士達はこぞって死体を漁っていた。
 戦利品や遺品を手に入れようとしてるんだろう。

 私は呆然と、フローラが作った魔法具の爪痕を見ていた。

 フローラ……何であんなモノを作ったの?
 あんなの……虐殺兵器じゃん……。

 私が突っ立っていると、近くにいたブレアが胸倉を掴んで来た。

「何やってんだよ!? てめぇ!! 邪魔だとかあたいに言ったくせに、結局逃げられてんじゃねぇか!? ふざけんじゃねぇぞ!!」

 私を揺らしながら、罵倒を浴びせてくるブレア。
 色々考えていた所に邪魔が入ったことで思わずイラつき、ブレアを突き飛ばしてしまう。

「別にふざけてないわよ!! 私より弱いくせに偉そうなこと言わないでよね!!」

 突き飛ばされたブレアは私の言葉に憤慨したのか、一瞬言葉に詰まるも、金槌を構えた。

「……あぁ!? 何なら闘るか!? 今ここでよ!!」

「上等よ!! いつも口だけは立派でさ!!」

 それに合わせて私も臨戦体制をとる。
 心のわだかまりを……モヤモヤした何かを振り払いたいがために。

「はいはい、お二人さん。面倒を起こしてくれるなって」

 そんな私達二人の間に割って入って来たのは、左腕を抑えているエマだ。
 様子から見て戦闘で負傷したんだろう。

「……エマ!? 左腕、どうしたの!?」

「ちとデカブツに重いの食らっちまってね。折られただけさ」

 エマを心配する私に対して、ブレアはそんなことはどうでもいいとばかりに私に向けて金槌を振りかぶってきた。

「止めんな、バーカ!! あたいはこいつより強いって証明すんだよ!!」

「あんたってヤツは……本当に!!」

 私は半身で金槌を躱し、ブレアの顔面に軽く裏拳をお見舞いし、ブレアを吹き飛ばす。
 倒れ込んだブレアは起き上がり、鼻血を出しながら私を睨んで来た。

「その程度の強さで私に敵うと思ってんの?」

 そんなブレアに私はそう言い放つ。
 エマが負傷してるのに、その心配もせずに自分のプライドだけにしか興味がないブレアに腹が立ったからだ。

「てんめええぇぇ!!」

 全力で闘気を纏って突っ込んでくるブレア。

 ブレアのバカ……!!
 どれだけ言っても通じやしない!!

 そう思った私はブレアを力でねじ伏せようと、闘気を纏って迎撃体制に入る。

「止めなって言ってんだよ!!」

 度の超えた喧嘩をしようとする私達の間で魔法を使って爆発を起こすエマ。

「周りを見てみな!! 皆疲弊している! 怪我をしている! 死んだヤツだっている! そんな中で何やってんのさ、あんた達は!?」

 エマが怒ることなんて滅多にない。
 それ程私達がバカなことをしてるって事だ。

「エマ、ごめん……」

「ちぇっ!!」

 私は謝るも、ブレアは不服そうだ。
 途中で止められたのが気に入らないのだろう。

 幼い頃なら簡単に仲直りできたりしたはずなんだけど、今はお互いに重ねた時間が違う。
 私もブレアも考えがあり、強い意志がある。

 この一件で私とブレアの間にはとてつもなく大きな隔たりが出来たことが、手遅れになってからようやく私は気付くことになるなんて、この時の私は知る由もなかったんだ――。


*****


 アリアがルーナとエマを含む怪我人のために歌う中、私はフローラの元へ向かった。
 ベラはアリアの側にいて、ブレアは何処かに行ったみたい。

 高い塔を登り、魔法具の元にいるであろうフローラの元へと向かう。
 どうしても聞きたいことと、言いたいことがあるからだ。

「フローラ!!」 

 私は魔法具の大砲の前に着くと、フローラを大声で呼んだ。
 魔法具の大砲を調整したいたフローラは、呼ばれてすぐに駆けつける。

「ほいほーいっ!! どしたー? ヒメナーっ!」

「どした、じゃないよ! あれは何!?」

 私は魔法具の大砲を指差す。
 銀色の巨大な大砲で、砲台には魔石がここぞとばかりに埋め込まれている。
 砲台に複数人は闘気を通して、大砲を放つ仕組みのようだ。

 そこではマナを使い切る直前だったのか、紫狼騎士団の騎士が何十人も休んでいた。
 おそらく限界まで闘気を纏ったのだろう。

「名付けて、『超級闘気砲』!! ボクが作った、戦争の縮図を変える近代兵器さっ!! どう? かっこいいだろーっ!! たっはっはー!」

 フローラは自慢気に小さい胸を張りながら、大笑いし始めた。

「何で笑ってられるの……?」

「笑えるに決まってるじゃーんっ!! ボクが作った魔法具で敵を撃退したんだよっ!! 王国にとっても、ボクら冥土隊にとってもいいことじゃーんっ!!」

 依然笑うフローラの両肩を私は掴む。

「敵とは言え、沢山の人が死んだんだよ!? フローラの作った魔法具で!!」

 私の手を掴んだフローラはいつもの笑顔と違い、真剣な顔になった。

「なら敵を討たないでどうするの? それで戦争が終わるはずないっしょ」

 孤児院を出る時にルーナに見せた時以来の、フローラの真剣な顔。
 私は思わずフローラの肩から手を離す。
 
 フローラはロランにやらされたからじゃない……。
 自分の意志で超級闘気砲を作って、撃ったんだ。
 この戦争を……フローラなりに早く終わらせるために……。

「まっ、フローラお姉さんに任せなーっ!! 超級闘気砲さえあれば、アリアに歌わさずとも済むかもしんないしさーっ!!」

 再び笑顔に戻り、バシバシと私の肩を叩くフローラ。
 私に言われないでも、自分の作った物が大勢の人を殺したってことがどういうことか、ちゃんと分かってた。

 それでも撃ったんだ。
 アリアに歌わせないために、戦争を終わらせるために、罪悪感と共に。

「フローラ……ごめん……」

 そんなフローラの覚悟と信念に、私は水を差した。

「たっはっはー! 気にしなさんなってー!! ヒメナは優しいとこが良いとこなんだからさーっ!!」

 そう言ってフローラは、再び超級闘気砲の調整に戻ったんだ――。


*****


 夜――。
 モルデン砦を囲う壁の上で、等身大程の魔法具の金槌を手に、ブレアは佇んでいた。
 その目は、見ようによっては濁っている様にも見える。

 そんな中、下から傭兵達の話し声が聞こえてきた。

「しっかし、冥土隊の黒いメイド服の子凄かったよな。炎帝と素手で殺り合ってたんだぜ。考えられねぇよ」

「あー、俺も遠巻きに見てたよ。速過ぎてまともに見えなかったけどな。ははっ」

「ただ冥土隊の水色のちっこいヤツはとんでもねぇな。あいつの魔技に巻き込まれてブーンが死んじまった」

「その挙句、黒い子に庇われてたよな。弱ぇなら炎帝にハナから勝負を挑むんじゃねぇっつーの」

「何なら帝国軍に行った方が良いんじゃね?」

「確かに自軍巻き込むなら、その方がいいわな!」

 二人の傭兵は大笑いをする。
 笑っていると上から水色のメイド服を纏った、ギザ歯の少女が降ってきた。
 当然、ブレアだ。

「……っ……!?」

 噂の人物が突如、目の前に現れ驚く傭兵の二人。
 そんな傭兵の二人を――。

「魔技【アイスニードル】」

 地中から生やした氷のつららで刺殺する。

「その考えはなかったぜ」

 そう呟いたブレアは、闇夜と消えた。
 私達冥土隊にはモルデン砦で部屋を振り分けられ、待機することになった。
 援軍などを要請された場合、帝国軍がまた攻めて来る可能性があるからだ。

 私は夜更けにアリアの部屋へと訪れた。
 悩み相談というか、話を聞いて貰いたかったんだ。

 ついでにベッドの上で膝枕してもらってるんだけどね。
 ふひひひひ。

「私さ、アッシュが私達にしたことは……エミリー先生を殺したことは絶対に許さないって思ってたんだ」

「うん、わかるよ」

「でも……だったら私達がしてることって何なのかなって。戦争して……闘ってさ、誰かの大切なモノを奪ってるんじゃないのかなって」

「……うん、そうだね」

 アリアは相槌をうちながらちゃんと聞いてくれる。
 思わず私は、モヤモヤする気持ちを愚痴のように吐き出していた。

「私分かんなくなっちゃった。何が正しくて、何が間違ってるんだろうってさ」

「……多分、誰も間違ってないんじゃないかな」

 アリアの答えは意外なモノだった。
 誰も間違ってない……?
 どういうことだろう。

「世界には沢山の人がいて、それぞれ生きてきた過程や信念も違う。だから、多分間違いなんてないから喧嘩が起きちゃったり、戦争が起きちゃったりするんじゃないかな……分からないけどね」

 アリアの言うことが正しいのかもしんない。
 この世界には沢山の人がいる。
 私にとって良い人も、悪い人も。
 でも、私にとって良い人も他の人から見たら悪い人かもしれないし、その逆も言えることだ。

 アッシュも間違ってないし、私も間違ってない。
 だから、ぶつかりざるを得ないんだ。

 アッシュも私も悪くないんだとしたら……私は……本当にアッシュを倒したいの?
 倒せたとしても、殺せるの?

 エミリー先生を殺したことは許せない。
 だけど、アッシュを殺したってエミリー先生は生き返らないんだ。

「……聞いてくれてありがと、アリア」

「ううん、話してくれてありがとう、ヒメナ」

 答えは出ない。
 だけど、アリアに話してモヤモヤは少し晴れた。
 愚痴っちゃってごめんね、アリア。

「じゃあ、私自分の部屋に戻るよ。おやすみ」

「おやすみ」

 アリアの部屋を出る。
 アリアの部屋の前には例の如く、紫狼騎士団の騎士が二人立っていた。
 軽く会釈し、私は自分の部屋へと戻って寝ることにした。


 この時もう少しアリアの側にいれば、この後起こることも何か変わったのかもしれないと、私は後悔することになるんだ――。


*****


 ヒメナが去った後、アリアは部屋に取り残される。
 眠る直前でベットに腰かけつつも、ヒメナと話したことを考えていた。

「何が正しくて、何が間違っているのか……か。ヒメナには誰も間違ってないって言ったけど、それは誰も正しくもないってことかもしれない……」

 アリアは【狂戦士の歌】を歌う度、苦悩していた。

 自分が【狂戦士の歌】を歌うことは正しいのか、それとも間違っているのか。
 それが分からずとも、冥土隊の皆がロランに何もされない為にも歌うしかない。

 ヒメナが今抱いている悩みは自身が悩んでいることと近い。
 アリアもその答えは分からずにいた。

 アリアがそんな考えにふけっていると、部屋の外から大きな物音が聞こえた。

「何?」

 視力がないアリアは慣れていない場所では、下手に動けない。
 何かが起きたのだろうと警戒しつつも、その場から動かずにいた。

 物音がし、しばらくするとドアが開かれる。
 そこからは冷たい冷気が入ってきた。

「……もしかして、ブレア? 何をしたの?」

 ブレアの魔法は【氷結】。
 当然アリアもその能力は知っていた。
 ドアが開いたと共に冷気が入ってきたため、ブレアが表の騎士達に何かをしたのではないかと想像する。

「何でもねぇよ。気にすんな」

 その想像通り、扉の前にいた騎士達は凍らされているが、目の見えないアリアは真相には気付かない。

「冥土隊の他の皆とも話したんだけどよ……ロランから逃げるには王都より、ここのが丁度良いんじゃないかってな。だから、あたいがお前を引っ張りに来てやったぜ」

「……え?」

 王都にいた頃、ブレアを中心にロランから逃げようとしたことは何度かある。
 いずれも失敗し、その度冥土隊のアリア以外は数日間牢に入れられるなどの懲罰を受けてきたが。

 今回もブレアが主張し出したならあり得る話だが、先程までヒメナといたにも関わらず、ヒメナが逃げる話を全くしてなかったことがアリアに違和感を感じさせる。

「でも……」

「四の五の言ってねーで、とっとと行くぞ!!」

 アリアの疑問を晴らす前に、ブレアはアリアを引っ張り無理矢理連れて行く。
 そのままアリアを抱え、二階の窓から飛び出した。
 そして、闘気を纏って全力でモルデン砦を出るために駆ける。

 広い砦内をブレアは事前に調べていた人の少ないルートを選び、砦を囲う壁を跳び登って外へと出ようとする。
 しかし――。

「ブレア。アリアを連れ出して、どういうつもりだい?」

 そんなブレアを、まだ折られた左腕が完治していないエマが砦の外で待ち伏せをしていた。
 ブレアは無言でエマを睨む。

「戦闘が終わってからのあんた、いつもと違って気になってたんだよね」

「エマ……? ブレア、これはどういうこと? 聞いてた話と違うよ?」

 アリアは違和感が正しかったことに気付き、ブレアを問いただす。
 しかし、ブレアは黙ったままだ。

「アリアを連れてどこへ行く気だい? 戦闘後から様子がおかしかったけどさ」

「……どけ、エマ」

「嫌だね」

 ようやく口を開いたブレア。
 しかし、その言葉とは裏腹にエマが立ち塞がる。

「どけっつってんだろうが!!」

 ブレアはアリアを放って、闘気を纏いながらエマに突撃した――。
 翌朝――。

「ほえぇ〜。アリア〜、もう食べれないよぉ〜」

 私は爆睡していた。

 モルデン砦の割り当てられた部屋には、王都同様ベッドがある。
 ポワンとルグレと修行していた時には、藁や葉の上で寝ていたこともあって、ベッドの寝心地は私にとって最高なモノだ。

 山と違って動物や魔物もいないから、安心して寝れるしね。
 修行してた頃は、ポワンの教えもあって熟睡できる時なんてそうなかったもん。

「ヒメナ!! いる!?」

 ルーナが扉を開き、勢いよく入って来る。
 寝ていた私は思わぬ音に体が勝手に反応し、【瞬歩】を使ってルーナの喉元で貫手をギリギリで止めていた。

「……ほえぇ〜。ルーナ、どうしたのぉ〜?」

 寝起きでまだ頭がハッキリ回らないけど、ルーナは冷や汗をかいていた。
 それで私は自分がルーナにしていることに気付く。

「あっ! ごめん、ルーナ! 修行の時の癖でつい……」

「どんな修行してきたらそうなるの……?」

 山で自然と生活してたら勝手になったんだけど。
 やっぱ変なんだ。

「それで、ルーナ。どうしたの? こんな朝早くに」

「……そうだ!」

 まだ陽が昇りきっていない。
 真面目なルーナがこんなに早くに起こしに来たってことは、それなりに訳があるはずだ。


「アリアとブレアとエマがいないの!!」


 その言葉を聞き、私は即座に【探魔】を発動する。

「確かに私の【探魔】の範囲内にはいない……外かも」

 目が見えないアリアが一人で慣れない場所の外に行けるはずがない。
 ブレアとエマが連れ出した……?
 でも、何のために?

「他の皆も起こして探しに行きましょう」

「うんっ!!」

 メイド服に着替えた私は、ルーナと一緒にフローラとベラも起こす。
 二人もメイド服に着替え終わった頃、砦の外から沢山の人のざわめきが壁越しに聞こえてきた。

「何だろう?」
 
「分からないけど……三人がいないことと何か関係しているかも知れないわ。行きましょう」

 私達は闘気を纏い、闘気を纏えないフローラを抱えて、急いで人が集まる所へと向かった――。


 城壁の外に出ると、百人以上の人が群がっていた。
 そんなに群がって、何があったんだろう?
 三人がいないことと関係があるのであれば、何だか……嫌な予感がする。

「ちょっと、通してっ!!」

 私達は人の海をかき分け、騒ぎの中心へと向かう。
 じりじりと進み、ようやく人の海の中央へとたどり着いた。

 そこには――。

「嘘……何これ……?」


 凍らされ、粉々にされたエマの死体があった。


「エマ……?」

 私達冥土隊は凍らされたかのように固まる。

 嘘だ……粉々にされて分かりにくいから……エマに勘違いしちゃったんだ……。
 きっと、いつもみたいに飄々としながら、面倒臭そうに何処かから現れるよね……?


「エマァァ!!」


 ベラが粉々にされた死体の元へと泣きながら駆ける。
 粉々になって抱けない死体の代わりにベラが抱いたのは、両刃の槍。
 フローラが作った、世界に一つしかない魔法具の槍だ。

 それがここに落ちていることが意味するのは、間違いなく目の前の粉々の死体はエマのモノだということ。

「何で……こんなことに……?」

 ルーナも私と同じで動揺している。
 そんな中、フローラは思考を巡らせていた。

「凍らされて殺されたってことは……殺した犯人はー!?」

 そうだ……死体があるってことは、殺した人間がいるってことだ。
 エマを凍らせて割った人物――心当たりは、一人しかいない。

「……ブレア」

「しかないよねーっ!! あいつ、どこ行きやがったー!?」

 思わずルーナが呟き、フローラは答える。

「アリア……アリアはどこ……!?」

 エマらしき死体はあるけど、アリアらしき死体はない……。
 ブレアのヤツ……エマを殺してまでアリアをどこに連れ去ったのよ……!?

「君達を置いて連れ去るなら、行き先は帝国軍だろうね」

 私の疑問に答えたロランが野次馬が道を開けさせ、私達に近づいて来る。

「予想外だったよ。まさかブレアちゃんが裏切るとは」


*****


 昨晩――。
 ブレアはエマを殺した後、アリアを抱えて帝国軍のキャンプ地へと向かっていた。

「ブレア……何があったの……!? エマはどうしたの……!?」

「ちぇっ! うるせー!! 黙ってろ!!」

 状況が理解しきれていないアリアの疑問に答えることなく、二人は帝国軍のキャンプ地にたどり着いた。

「何者だ!?」

 見張りの帝国兵の前に、現れるブレア。
 ブレアが辺りを見渡すと、帝国軍はモルデン砦の侵攻はやめ、準備を終えた者から順々に撤退していたが、まだ撤退しきれてはいなかったように見える。

「炎帝アッシュ・フラムか震帝カニバル・クエイクはどこだ!? 交渉に来た!!」

「帝国軍に交渉……!? ブレア……どういうこと!?」

 肩に担がれたアリアが困惑するも、大声で叫んだブレアは無視した。

「早くしろ!!」

「何なんだ……この水色のチビ……!!」

 見張りの帝国兵は持っていた槍を構え戦闘体制を取った、その時――。

「一体何だ? 騒々しいぞ」

 現れたのは、炎帝アッシュ・フラム。
 ヒメナの……冥土隊の宿敵だ。

「アッシュ……!!」

 ブレアはアッシュを見て、金槌を力強く握る。
 積年の恨みがあるのだ。当然だろう。

「抱えているのは……歌姫か。何をしに来た?」

「……アリア……歌姫を帝国軍に引き渡す。その代わり条件付きだがな」

「!? ブレア!?」

 ブレアが何故そんな行動を取るのか、理解できないアリア。
 しかし、そんなアリアを置いてけぼりにし、ブレアとアッシュは話を続けた。

「条件とは何だ。言ってみよ」

「一つ、あたいをそれなりの地位で帝国軍に入れろ。二つ、ヒメナの相手はあたいにさせろ。三つ、王国との戦争が終わった時、お前と一体一で殺し合いをさせろ」

「……ほう」

 アッシュは興味深そうな顔をし、考え始める。
 ブレアはスパイではないのか、ブレアに裏の狙いはないのか。
 だが、猪突猛進な闘い方をするブレアが、わざわざ絡め手を使って来るとも思えないという結論に至った。

 それに、まるで獣のような目が嘘ではないと語っている。

「……よかろう。気に入った。我の部下として使ってやる。来い」

 アッシュは振り向き、歩く。
 ブレアはその後ろを、アリアを担いだままついて行った。

「ブレア……どうして……?」

 アリアの疑問は解けないままだ。
 エマに何かをし、帝国に自分を売る。
 何がブレアをそうさせたのか理解できずにいた。

「今なら仲間を売ったメラニーの気持ちが分かんぜ……自分より大切なモノなんてこの世にねぇ……」

 ブレアにここまでさせたのは、ヒメナの存在だ。
 仲間を守るために、何も奪われないために、誰よりも強くあろうとしたブレア。

 その信念はいつからか、自分自身の強さにのみ、存在意義を感じるようにさせてしまう。
 ブレアにとっての闘いは、国が利益を得たり守るために、争い、奪い、犯し、殺し合う戦争をする中、誰かより自分が強いということを証明するためだけの手段となった。

 しかし、ヒメナが帰って来てからと言うもの、ヒメナには適わず、ヒメナの足手纏いとなり、エミリーの仇のアッシュには相手にすらされない。
 ヒメナに嫉妬し、そんな自分すら嫌い始めていた。
 今までの自分を全て否定された気がしたのだ。

「あたいにとっては、あたいの強さだけが誇りなんだ。気にいらねぇヤツは全員ぶっ殺す」

 一連の行動は、ヒメナと一対一の本気の命のやり取りをするため。
 自身を気にしてくれたエマを殺してまで、自身の強さへのこだわりを通したブレア。

 自身の心すら凍てつかせた【氷結】の氷は、白氷へと昇華する――。
 ブレアとアリアの行方が分からなくなってから数日、残された冥土隊の私、ルーナ、ベラ、フローラは、モルデン砦地下の別々の牢屋へと入れられた。

 乱魔石が埋め込まれた手錠をはめられているため、私はマナが乱され義手の右手も自由に動かせない。
 フローラは闘気も纏えないし、攻撃系の魔法も持たないため、手錠を付けられていないみたいで何かを制作していた。

 エマが殺された事実を私自身まだ受け入れられないのか、数日経っても涙すら流せずにいる。

 隣の牢にいるベラは泣いていた。
 エマの死を確信し、ずっとすすり泣きをしている。

 ベラとエマは、私とアリアのような関係だった。
 辛い時は寄り添い合い、楽しい時を共有し、まるで姉妹のように育ってきた。
 そんな自分の体の一部のような存在を――まさか、仲間のブレアに奪われるなんて思ってもいなかっただろう。

 ブレア……どうしてエマを……?
 アリアは今どこへいるの……?

 あの後【探魔】を使っても、ブレアとアリアは補足できなかった。
 ロランの言う通り、ブレアはアリアを帝国軍の元へ連れて行ったのかもしれない。


 私は私自身にアリアを守るって誓ったのに――。


 苦悩していると、地下牢に誰か降りてくる音がしてくる。

「やぁ、元気にしてるかい?」

 ロランだ。
 奇しくもメラニーがロランに殺され、アリアが失明させられた状況に近い。
 あの時の気持ちを思い出し、ロランに対して怒りが湧いてきた。

「さっさと出して、アリアを探したいの」

「当てもないのにどうやって探すんだい?」

 ロランの言う通りだ。
 ブレアとアリアの痕跡は私一人じゃ追えないだろう。
 帝国軍にいるんだとしたらなおさらだ。

「実は帝国軍には僕の放った諜報員がいてね、諜報員の魔法【送受】で受け取った情報によると、歌姫は帝国のソリテュードにある生体研究所に連れて行かれているみたいだね」

「生体研究所……!? 何それ!?」

「魔物や人間の実験を行っている施設らしい。らしい、というのも死帝ルシェルシュが所有している施設で、研究者以外は基本的に立ち入れないからだ」

 それって……アリアを何かの実験に使うっていう事……!?
 そんなの……ありえない!!

「早く私達を出して!! アリアを助けないと!!」

「もちろん、そのつもりだよ」

 ロランは見張りに指示を出し、私達の牢と手錠の鍵を開ける。

「フローラちゃんはフェデルタとここに残していく。行くのは僕、ルーナちゃん、ヒメナちゃん、ベラちゃんの四人だけだ。少数精鋭でアリアちゃんを奪取する。歌姫の歌が帝国軍に使われた場合、こちらの被害は計り知れないからね」

「そんなこと……させられない!! あんたがアリアを好き勝手扱ってるのも許せないのに!!」

「怖いなぁ、僕の方が飴がある分まだマシだと思うけど」

 ――スグに準備を済ませた私達はモルデン砦を出発し、帝国へと旅に出た。


*****


 一方、アリアは馬車で運ばれていた。
 中には、アッシュ、カニバル、そしてブレアの三人が同席している。

「ブレア……」

 ブレアはアリアに声をかけられても答えない。
 アリアの疑問は、何でこんなことしたか、だということをブレアは分かっていた。
 その疑問に答えようが、理解されないことがわかっているからだ。

「歌姫よ。聞きたいことがある」

「……何でしょう」

 アリアはアッシュの亡き妻、コレールと似ている。
 瓜二つとまではいかないまでも、どこかアッシュは面影を感じていた。

「……いや、何でもない」

 アッシュはアリアに声をかけるも、何を聞こうとしたのか自分でも分からない。
 アリアはコレールと何かしらの関係があるのではないかと考えるも、あり得ないという結論に至った。
 コレールの死体は間違いなくこの目で見たのだから。

「炎帝さーん。これからおじさん達、どうするの?」

「死帝ルシェルシュに歌姫を引き渡す。ヤツはどうしても欲しがっていてな」

「あーあ、歌姫ちゃん可哀想~。おじさんに食べられる方がまだマシかもね。ねぇ、食べていい?」

「ならん、我慢せよ」

 アリアがどうしたらいいか分からず押し黙る中、馬車は進む――。


 馬車を走らせ二週間。
 帝国内の街を何度か経由し、帝国のソリテュードへとアリア達を乗せた馬車が辿り着く。
 ソリテュードの街は巨大な風車が数多くあり、風力で発電するというこの時代では考えられない科学力を有していた。

 暗闇のはずの夜――電灯で照らされる生体研究所の前では、アリア捕獲の報告を聞いていたルシェルシュが歓迎するように、うきうきしながら待っていた。

「いやー、最高ですー。さっすが、炎帝様と震帝様ですねー」

 上機嫌のルシェルシュはくるくると回りながら、馬車から降りてきたアリアに近づく。
 しかしアッシュはアリアの方を抱き、ルシェルシュと距離を離した。

「ルシェルシュ。聞いておくが、歌姫に危害を加えるような真似はしないだろうな?」

「しませんよー。痛いのとかはないでーす。さぁ、歌姫様。こちらへどぞどぞー」

 アッシュは疑いつつも、ルシェルシュに引き渡す。
 ルシェルシュはアリアの手を取り、スキップしながら生体研究所の中へと入っていた。
 アッシュとカニバルとブレアも後に続き、入っていく。

 いくつかの通路を通り、着いた大部屋。
 そこでは――。

「あんだ……!? これ!?」

 思わずブレアが驚いた景色。
 数々の培養槽の中に人間や動物、魔物が入っていた。
 特に一際目立つのは、ゾンビのような人間と魔物を混ぜられた生物が入った培養槽だ。

「何かここ……凄く気持ち悪い……」

 視覚がないアリアもマナから何かを感じ取ったのだろう。
 妙な気持ち悪さを感じていた。

「そんなこと言わないでよー。だってさー」

 自分のお気に入りの場所を毛嫌いされたルシェルシュは残念そうに――。


「ここ、君が産まれた場所だよー?」


 アリアに衝撃の事実を伝えた。