終焉の歌 ~右腕を失って追放されても、修行をして歌姫の元にメイドとして帰ってきます~

 王都の端にある大教会。
 教会内に避難する国民達を白犬騎士団が警護する形で守っている。

 王城は多くの兵士達が守備していたので安全ではあったが、アリアは国民達が心配でルーナと共に大教会へ赴いていた。

「良かった……白犬騎士団が国民を守ってくれてるようね。これならさっきの大きい黒竜さえ攻めて来なければ安全だわ」

「なら私達も戦場に行こう、ルーナ。私を連れて行って。ヒメナ達のために歌いたいの」

「駄目よ。魔物がこれだけ統率されているだけでも異常事態……それに相手の狙いはアリアよ。王城からここまで移動するのもヒヤヒヤしたのに、前線なんて考えられないわ」

 ルーナの案を聞き、確かに自分が戦場に行くことで戦況が混乱するかも知れないとアリアは考えるも、ここにただいることはもどかしく思っていた。

「ここでも、アリアなら出来ることがきっとあるわ」

 ルーナが視線を送った先を見ると、王都に住む民達は避難して少しの安心感を得たせいか、混乱から騒ぎ始めていた。

「ママァ! 怖いよう!」
「どうなってるのよ、一体!?」
「俺の家……壊されちまったんだぞ!! これからどうすりゃいいんだよ!?」
「家が何だ!? 私は妻が……妻が殺されたんだぞ!!」

 一つの混乱は次第に広がっていき、教会内全体が大騒ぎとなって行く。

 そんな狂乱の中、自分に出来ることを考えたアリアは大きく息を吸い込み――。

【安らぎの歌】

 歌い始めた。

 人が多く集まる礼拝堂の祭壇から歌が聞こえてきた。
 人々の心に安らぎを与える、天使のような歌声。

 幼い頃にヒメナと一緒にいる時に歌っていた歌は久しぶりに歌うにも関わらず、可憐で洗練されている。
 教会内はアリアのマナで満ちていった。

「おぉ……歌姫様……」
「心が洗われるようじゃ……」
「まるで……天使……」

 アリアの歌を聴いて酔いそれた王都民は騒ぐのを止め、大教会内の混乱は収まりつつある。
 ひとしきり歌い、国民が落ち着いた時、アリアは民に説きはじめた。

「皆様ご安心下さい。王都は戦地となっておりますが、皆様のことは白犬騎士団が守って下さります」

 皆、黙ってアリアの演説を静聴する。
 アリアが不可思議な力を持っていることは身をもって体験し、聞く耳を立てているからだ。

「私の友である冥土隊、そして紫狼騎士団や兵士の方々も今王都で闘っております。皆様の大切なモノ……全てを守れるとは言えませんが、皆様の大切なモノを守るために」

 アリアが祈るように両手を組むと、王都民も導かれるように両手を組み始めた。

「私達は祈りましょう。王都のために闘う人々の為に」

 そして全員で祈りを捧げる。
 命を賭けて闘う戦士達のために――。


*****


 王都は未だ飛竜達の攻撃を受け、破壊されていた。
 私達は自由に空を舞う飛竜に苦戦している。
 遂に降って来た雨もあって、闘いにくい戦場となっていた。

「魔技【アイススパイク】!!」

 ブレアが金槌から打ち込んだ【氷結】のつららを飛竜達は華麗に躱していく。

「うっぜー!! ひらひら飛びやがってよ!! 地面に降りてこい、こんにゃろーめ!!」

 そんな中、ベラはブレアの【アイススパイク】を躱した飛竜の地面に映る影を追っていた。

「魔技【影切】」

 太陽が地面に映す飛竜の影を、マナを込めた大鎌で切り裂くベラ。
 私がベラ何をやっているのか分からずにいると――。
 
「ウガァ!?」

 ベラが斬った影の主、上空を飛んでいた飛竜が翼に突然怪我を負って、よろめいて落ちてくる。

「今よぉ」

「はいよっと!」

 そんな飛竜の口内に、空中で槍を突っ込んだエマは、槍の穂先を体内で【爆発】させた。
 体内で内臓を爆破された飛竜は絶命し、飛竜は地に落ち、エマは着地する。

「面倒かけてすまないね」

「いいわよぉ、持ちつ持たれつつて言うでしょぉ?」

 ベラとエマは正に阿吽の呼吸。
 二人で一つになって飛竜の討伐に当たっている。

「ちきしょーが! またあたいの獲物奪いやがって!! 魔技【アイススパイク】!!」

 一方ブレアの魔技は、スイスイと躱されるだけだった。
 飛竜が器用なのか、ブレアが不器用なのかどっちなんだろう。

「ちょっと、ブレア! 何とか当ててよ!! 私は遠距離攻撃なんて無いんだから何にも出来ないじゃん!!」

「っせーよ、バーカ!! 右手も魔法も無いヤツが偉そうに言ってんじゃねーや!!」

「……うっ……」
 
 ド正論で返されて、口喧嘩に負けてしまう。

 だったら、どうしろってのよ。
 【瞬歩】でも届かない距離だし、普通に跳んで攻撃しても躱されるだけだし……。
 この状況で魔法が無い私に出来ることなんてないんだもん……。

「おーい、ヒメナよーいっ!!」

 私が肩を落としていると、後ろから甲高い声が聞こえて来る。
 振り返ると、紫狼騎士団の副団長であるフェデルタさんと、両手で何かを抱えたフローラが駆け寄って来て、黒い何かを渡してきた。

「出来たぞーいっ!!」

 その黒い何かとは――。

「これって……まさか義手!?」

 禍々しくも見える漆黒の義手。

 右腕の義手の甲には魔石が埋め込まれており、手の平には何故か穴が開いていた。
 指先は尖っており、日常生活ではなく戦闘に特化したような作りになっていることが窺える。

「たっはっはー、時間かかっちってごめんねーっ! でもボク史上最高の出来の魔法具だよーっ!! そのまま右腕につけてごらんよっ!! ヒメナのマナで自由に動くから!!」

 私はフローラに言われた通り、右腕の先を取り戻すかのように装着する。
 装着した時、埋め込まれた魔石が光って私の体の一部となった。

 マナを通せば握ったり、開いたりできてる……。
 手首も指の一本一本まで綺麗に動く……。
 まるで今までついてたかのようにすら感じた。

「うんっ、ちゃんと稼働してるねっ! 問題なさそうだーっ!!」

「フローラ……」

 二度と……もう二度と手に入らないと思っていたのに……。
 ちょっと厳つ過ぎるけど……私の……右手だ!!

「ありがとう!!」

 私は半泣きでフローラへと抱きついた。
 アッシュに斬り落とされてから、もうずっと無くて二度と手に入らないと思っていたモノ……。
 それをフローラが作ってくれたんだ。

「おいおーいっ! 泣くのはまだ早いぞ、ヒメナっ!!」

「ほぇ?」

 フローラは私の肩を掴み、私を引き剥がす。

「その右手の平を飛んでる飛竜に向けて闘気を込めてみなー」

「こう?」

 私はフローラが作ってくれた右手の平を飛んでいる一体の飛竜に向け、闘技を使う要領でマナ操作で右手へとマナを集め、闘気へと変えた。

 すると――右手の平に作られた穴から、私の闘気が光線となって飛竜へと放たれる。

「ガアアァァ!?」

 闘気の光線をまともに受けた飛竜は悲鳴を上げて、塵も残さず消滅した。
 これには流石にエマもベラもブレアもフェデルタさんも、そして当の本人である私も思わず唖然とする。

「……ほえぇ!? この右手どうなってんの!?」

「たっはっはー! その魔法具の義手の必殺技、名付けて【闘気砲】!! すごいだろーっ、えっへん!!」

 いや、女の子としては普通の義手で良かったのに……とは思ったけど、自慢気に胸を張るフローラに何も言えないや……。

「あなたのお友達……天才ね……」

 フェデルタさんはフローラの作った魔法具の義手を見て、唖然と呟くのであった――。
 王都の上空を黒い飛竜のセイブルの巨体に乗り、雨に打たれながらも戦況を眺めるレインとルシェルシュ。
 ヒメナが放った光線も当然見ていた。

「ルシェルシュ様……!! 今のは!?」

「さーてねー、何かの魔法じゃなーい? それよりさー、飛竜の数は減りつつあるねー。その代わり王都は壊せまくれてるけどねー」

 王都を襲う飛竜の数は倒され、百匹を切っている。
 しかし、肝心のアリアが出て来ない。

「もっと飛竜達を精密に操作できないのー? 例えば、歌姫を探して攫うとかさー」

「ワシの魔法【操作】は一体まで有効……操っているこのセイブルには可能ですじゃ。しかし、他の飛竜はリーダーであるセイブルに着いて来てるだけ故、単調なことしか命令できませぬ」

「ふーん、不便だねー。僕は他の四帝と違って、戦うのは専門外だからどうしたらいいかよく分からないしねー」

 ルシェルシュはアリアが捕えられなさそうな現状に面倒臭くなってきたのか、伸びをする。
 そして、そのままどこかを指差した。

「さっき一杯人があそこに移動してたから、とりあえずセイブルにあそこにブレス吐かせちゃおうよー。王城は歌姫がいるだろうから壊したくないし、王様もさすがにどっかに逃げちゃってるでしょー。王都をもっとめちゃくちゃにすれば、歌姫も自然と出てくるかもしれないしねー」

 ルシェルシュが指差した先は、本人の望みとは不本意なアリアとルーナがいる大教会。

「御意!!」

 黒竜のセイブルは大きく息を吸い込み体内のマナを練り上げ、黒いブレスを上空から大教会へと吐いた――。


 王都の端にある大教会。
 そこには巨大な黒い光線のようなブレスが放たれた。

「ぬおぉ!? 何であーるか、あれは!? 何か近づいて来るであーる!!」

 いち早く気付いたのは、大教会を飛竜から守っていた白犬騎士団長のアールだ。

「アリア! ここでじっとしてて!!」

 アールの動揺した声を聞いて窓から黒いブレスを確認したルーナは、アリアの元を離れて教会の外へと闘気を纏って急いで向かう。

「防御隊前に出るのであーる!!」

 近付いて来るブレスに対応するため防御隊を前に出そうと指示を出したアール。
 ルーナはそんなアールの肩を踏み、巨大な黒いブレスへと向かい――。

「魔技【一文字】」

 抜いた大剣でブレスを真っ二つに縦に両断した。
 二つに分かれたブレスは大教会を逸れて大地を削り、王都を囲う外壁を貫通していく。

「なんじゃとぉ!?」
「わーお」

 ブレスを両断され、驚くレインとルシェルシュ。
 ルーナの魔法【切断】に切れないモノはない。
 戦闘系の魔法において、強力無比であることは間違いなく、そういう意味ではルーナは天賦の才に恵まれたのだろう。

「そこの、白い従者!! 何するのであーる……って何であーるか、これは!?」

 自身の肩を踏み台にして跳んだルーナをアールが叱責しようするも、綺麗に教会を避けたように二つに分かれたブレスに抉られた地面と外壁を見て驚く。

「失礼しました、白犬騎士団長アール様。私は紫狼騎士団所属、冥土隊の隊長を務めるルーナと申します。緊急事態だったので、つい。申し訳ありません」

 大剣を地面に刺し、アールに敬意を称すように白いメイド服のスカートの裾を持ち上げ、一礼するルーナ。

「紫狼騎士団っ……!? いや、致し方あるまいのであーる! 其方のおかげで避難している国民達が助かったのであーる!!」

 あえてルーナが紫狼騎士団の名を出したのは、アールの性格を把握した上だ。
 予想通り、アールと揉めるという面倒は起きずに済んだ。

「……次も守りきれるとは限らないわね」

 次またあのブレスが大教会に向けられ、自分が少しでもミスを犯せば……いや、王都のどこに吐かれたとしても被害は甚大だ。
 まだ避難しきれていない国民だっている。

 黒竜セイブルからアリアと国民達を守るために動けずにいるルーナは、打倒セイブルを冥土隊の他の面々に頼るしかなかった――。


*****


 私達は上空から大教会に放たれたブレスを見て、戦慄していた。

 ポワン程とまではいかないけど、圧倒的な暴力。
 何故途中から二つに分かれたのかは分からないけど、強固な外壁も簡単に崩すようなとんでもない威力だった。

「たっはっはー! とんでもない威力だねーっ!!」

「あの黒竜をまず止めないと……またあのブレスが撃たれたら……」

 もっと王都に被害が出る。
 これ以上被害は出すわけにはいかないよ。
 どうにか……どうにかしないと……!!

「飛竜が群れをなしてるってこと自体が異常事態だから、とりあえず状況整理してみっかーっ!!」

【解析】

 フローラは自身の魔法具でありマナ銃を構え、アリアを襲った黒竜とそこらじゅうに跳んでいる飛竜の一匹に向けて、マナを放つ。
 黒竜も飛竜も害の無いモノと判断したのか、あっさりフローラのマナに当たった。

「どぉ? 何かわかったぁ?」

「あの黒竜は誰かに操作されてるみたいだねっ! んで、あの黒竜以外は操作はされてないみたいっ!!」

「つまりぃ……どういうことぉ?」

 ベラの問いにフローラ答えてくれたけど、良く分かんないや。

「他の飛竜は何かに操作されてるって訳じゃなくて、黒竜をリーダーと認識して着いてきてるって感じ! だから、リーダーの黒竜さえ倒せば帰ってくれるかもねっ!!」

 ほぇ~、なるほど。
 きっと黒竜を操作しているのは、レインとか名乗ったお爺ちゃんだ。
 王都を襲うために黒竜を操って、他の野良の魔物の飛竜も引き連れて来たってことか。

 だったら、あの黒竜さえ倒せば――この状況は打開できる!!

【闘気砲】

 そう思った私は、義手から【闘気砲】をルーナが左腕を切り落とした黒竜へと放つ。
 でも放った闘気の光線は、巨体とは言えど遠い上空にいる黒竜にはあっさりと躱された。

「ほえぇ……あんなに離れてたら当たらないよ……何とかあいつの足を止めるか近づけないと……」

 私の言葉に何かエマが思い付いたのか、フェデルタさんの方も向く。

「フェデルタさん、あんたの魔法【注目】だったよね? 確かさ」

 エマがフェデルタさんの魔法について話し出した。
 けど、何でまた急に……?

「ええ、そうですが」

「それって例えばだけどさ、フェデルタさんやウチらの方にあの黒竜を誘き寄せるってことは可能かい?」

「それは可能ですが、向こうに直接攻撃の意志が無い限りはこちらに誘き寄せられません。例えば、あの黒竜がブレスを吐くならブレスだけがこちらに放たれますし、爪などで直接攻撃する意志があればこちらに接近してくれるでしょう」

「全く……直接攻撃してくる様子はないし、面倒さね。あの飛ぶ黒竜を何とかしないと王都が全部破壊されちまうよ」

 フェデルタさんの魔法の話?
 【注目】って要は、こっちに攻撃をさせるってことかな……?

 ロランといた時の飛竜もあの黒竜も、ブレスを吐く時は無防備だった――だったら……。

「……あのさ、私に良い考えがあるんだけど」


 私はフェデルタさんに、思い付いた作戦を伝える――。


「……っ……そんなことをすればあなたと私は……!!」

「私を信じて、フェデルタさん。【闘気砲】の威力は見たでしょ? あの黒竜を倒して王都を守るにはその方法しかないよっ!」

 フェデルタさんは私の無謀とも言える作戦を聞き、思い悩む。
 当然だ。もし失敗したら私とフェデルタさんは死んじゃうんだから。

 だけど、こうして悩んでる間も王都にまたあのブレスを吐かれるかもしれないんだ。

「失敗したら……恨みますよ」

「よし、行こう! フェデルタさん!!」

「おい、どこ行くんだ!? お前ら!! あたいも連れてけ!!」

 作戦を了承したフェデルタさんと共に飛竜の群れを無視して、降りしきる雨の中王都の外に出るため走った――。
 何でかブレアも付いて来たけど。
 私とフェデルタさんと何故か付いてきたブレアは、王都を出て街道近くの草原へと出る。
 ここならブレスを吐かれたとしても被害は出ない。絶好の場所だ。

「おい、ヒメナ! フェデルタ連れ出して、何する気だ!?」

「いや、ブレアこそ何でついて来るの!?」

「っせーよ、バーカ! お前らがコソコソしてっからじゃねぇか!!」

 もう……仕方ないなぁ……。
 作戦内容を話せば、流石にブレアも引いてくれるでしょ。

「次に黒竜がブレスを王都に向けて放とうとした時、フェデルタさんに【注目】の魔法を使ってもらうの。王都への被害を防ぐためにね」

「んなことしたら、フェデルタが死ぬじゃねーか。まぁ別にいいけどよ。なら何でヒメナがここにいんだ?」

「フローラに作ってもらった魔法具の義手の【闘気砲】で……フェデルタさんを狙う黒竜のブレスと真正面から撃ち合う」

「あぁ!? バーカ!! あんな強烈なブレスに勝てる訳ねぇだろ!! 止めろ止めろ!!」

 ブレアは信じられないといった様子で、私に怒鳴り出す。
 私もブレアが同じことをしようとすれば、きっと止めるだろう。

「大丈夫だよ。何とかなるっていうか、何とかするから」

 ただの虚勢だ。

 モルテさんとの模擬戦の後に戦闘もした。
 消費した私の体内のマナは、もう残り少ない。
 さっき義手から放った闘気から考えても、残り一回しか【闘気砲】は撃てないだろうな……。

 【闘気砲】であのブレスに撃ち勝てる保証なんて全然ないけど……私はアリアが大切にしようとしてるモノを守りたいんだ。

「……だったら、あたいもここに残んぜ」

「ブレア!?」

「要は正面から撃ち合ってあのブレスに勝ちゃいんだろ? あたいがやってやんぜ!!」

 ブレアは鼻息をふんっと吐きながら、今いる場所に金槌を地につけて仁王立ちする。
 どうあっても動かなさそう。

「もう……どうなっても知らないよ」

 一度決めたことは頑として譲らないブレアと論じても無駄だ。
 絶対に折れないもん。

「私だけ囮にすることは考えなかったのですか?」

「ほぇ?」

 ブレアに呆れてる私に、フェデルタさんは話しかけてきた。

「私がここで【注目】でブレスを引きつけている間に、ヒメナさんが別の所から【闘気砲】を撃つということです。そうすれば、あなたは死ぬかもしれないリスクを背負うことはないし、黒竜を倒せる確率も上がります」

 確かにそれも思い付きはしたんだけど……。

「そんなことしてフェデルタさんが死んじゃったら、私は私を許せなくなっちゃうもん」

 フェデルタさんは驚いたような顔をする。
 何でだろ?
 私変なこと言ったかな?

「ありがとうございます。やる気が出ました」

 フェデルタは自身のタワーシールドを構え、黒竜がいつブレスを吐いてもいいように、黒竜から視線を離さなくなった。


*****


 相も変わらず、上空から黒竜セイブルに乗って、上空から戦況を眺めるルシェルシュとレイン。

「あーもー、セイブルの左腕は切られちゃうしー、ブレスは何か変な感じになるしー、貴重な飛竜の数も減ってきたしー、歌姫は捕まらないしー、変な光線は飛んでくるしー、雨は降ってるしー」

「ルシェルシュ様……っ! 老体故、何卒お許しを……」

 目の前に座るレインの背中を蹴り続けるルシェルシュ。
 自分の思い通りにならないのが気に入らないのだろう。

「もう、王都の中心部にバーンとブレスを撃って終わらせちゃおうよー。歌姫が出てきたらセイブルで捕らえて、出てこなかったら退散ねー。これだけ成果上げたら、皇帝陛下も納得するでしょー。歌姫を最初に君が捕獲してたら何の憂いもなかったんだけどねー。またの機会でいいやー」

「も、申し訳ありませぬ……やるのじゃ、セイブル!」

 黒竜セイブルはブレスを王都の中心部に吐くため、大きく息を吸い込んだ――。


*****


 黒竜が大きく息を吸い込んだ瞬間を、注意深く観察していたフェデルタさんは見逃していなかった。

「来ます!!」

 フェデルタさんがそう叫んだと同時に、私とブレアはブレスを迎撃する準備を始める。

【注目】

 フェデルタさんは自身の魔法に反応した黒竜のセイブルは体をこちら側に向け、そして強烈な黒い光線を吐き出した。

「おらああぁぁ!!」

 そのブレスに対抗するためブレアは等身大程の氷を作り出し、自身の魔法具である金槌の頭の片側の口を変形させ、射出口が放つ火力を利用しコマのように回転し――。

「【ド級アイススパイク】!!」

 等身大程の氷をとてつもない威力で打ち飛ばす。
 大きな氷は飛びながらつららの形と変形し、黒竜のブレスへと向け加速していく。

 が、黒竜のブレスに何の影響も与えず、一瞬でつららは消滅した。

「ちっきしょぉが!!」

 ブレアが叫ぶ一方――私は集中していた。
 ブレスとのぶつかり合いに勝てなければ、私達三人は死ぬ。
 余力なんて残していられない……絶対に打ち勝つ!!

 丹田から義手の右手へとマナを集め、一気に闘気へと変える。

【闘気砲】

 私の闘気はフローラが作ってくれた義手から、光り輝く光線へと変わり、放たれた。

 光の光線と黒いブレスは次第に近付き、ぶつかる。
 その瞬間、私は反動で構えていた足が後ろへと引きずられた。
 雨で濡れた地面も相まって滑るため、私自身も闘気を纏って堪える。

 まるで、腕相撲をするかのような力比べ。

 私も……多分相手の黒竜セイブルも思っただろう。
 この力比べに負ければ、死ぬと。

 しかし、相手は神話に出てくるドラゴンのような黒竜。
 マナ量で言えば私ははるかに劣る。
 当然の結果なのか、私の光線は黒い光線に徐々に押されつつあった。

「くそおぉぉ!!」

 私はマナが枯渇しかける程、闘気を纏って踏ん張る力を作り、更に【闘気砲】の出力を上げる。
 しかし、それでも均衡を保つには至らない。

 このままじゃ……負けちゃう!
 私だけじゃなくて、ブレアもフェデルタさんも死んじゃう!!
 そしたらもう……王都を守る術はきっとない!
 アリアの大切なモノを……守れなくないなんて嫌だ!!

 絶対に負けられない……!!

「負けてたまるかあぁぁ!!」

 アリアの大切なモノを絶対に守る。
 私のその想いに応じるかのように――私の体に変化が起きた。
「!?」

 私は【闘気砲】を放ちながら、自分の体の変化に気付く。

 私の体に起きた変化――それは呼吸をすると私の体内のマナが増えたことだった。

 何これ……?
 私、もしかして大気のマナを自分のモノにしてるの……?

 私はアリアに王都から追放され、ポワンとルグレの元に休みなく闘気を纏って走った時のことをふいに思い出した。
 あの時は無我夢中で気付かなかったけど、私は大気からマナを取り入れていた気がする。

 私は大きく息を吸い、大気のマナを吸いこんだ。
 体内のマナが溢れる程満ちた私は、そのマナを闘気へと全て変換する。

 力が……マナが大気から溢れるように入って来る……!
 これなら……!!


「破ああぁぁ!!」


 私の【闘気砲】の威力は増す。
 そして、やがて黒竜のブレスを押し返し始め――。

「一体、何がああぁぁ!?」

 レインの悲鳴と共にブレスを押し返し、闘気の閃光が黒竜セイブルを包みこんだ。

 地上から空を射抜くような光。
 雲を貫き、遥か天まで昇っていく。
 雨雲を無理やり押しのけて、さっきまで降っていた雨が嘘のように、快晴へと変わる。


 闘気の光線が消えた先では――黒竜は消滅していた。


「やった……の……?」

 実感はないけど、黒竜はもういない。
 残っているのは、煙を吹く義手から伝わる熱だけ。

 黒竜セイブルがいなくなり、王都を攻め込んでいた飛竜達は目的を失ったのか、どこかへと帰るように飛散していく。

 フローラの言う通り、飛竜がどっかに飛んでいっちゃった……。
 ってことは、やっぱり私が……あのブレスに撃ち勝ったんだ。


 ずっと弱くて、奪われてばかりだった私が――守れたんだ。


「やった……やったよ!! ブレア、フェデルタさん!! 勝ったよ、私達!!」

 二人は本当に私が撃ち勝つと思っていなかったのか、唖然としてびしょ濡れの私を見ていた。

「ほぇ……?」

 二人は全然喜んでないや。
 王都を救ったんだよ、私達。

「そう……ですね……あなた……一体何者ですか……?」

「何者って……ヒメナですけど?」

「そうじゃなくって……!!」

 フェデルタさんに何故か責められてるけど何で?

 私はこの時フェデルタさんと話していて、気付かなかった。

「あたいが……ヒメナより劣ってるってのか……?」

 ブレアのそんな呟きと、黒竜から飛び降りていた二つの影に――。


*****


「いやー、困った困ったー。他の四帝と違って戦闘は苦手なんだよねー。やっぱり僕は研究施設で実験してる方が向いてるやー。闘気を纏うのもしんどいしさー」

「ルシェルシュ様……申し訳ありませぬ……」

 黒竜から闘気を纏って飛び降りた影の正体は、レインを抱えたルシェルシュであった。
 ヒメナの【闘気砲】に黒竜セイブルが撃ち負けると分かった瞬間、セイブルの鱗を一枚剥がし、レインの首根っこを掴んで王都の外へと飛び降りたのだ。

「戦闘が苦手なのは痺れないね。これだけの規模の攻撃なら四帝の誰かが来てるんだろうと思ったけど、外れを引いちゃったかな?」

 そんなルシェルシュの前に現れたのはロランだ。
 ロランは王都を守らず、王都襲撃の件に四帝が関わってると読んで、探していたのだ。

「……あらら、見つかっちゃったー。このまま見逃してくれたりしないー?」

「僕はそれでもいいんだけどさ、四帝の一人を殺したとなれば僕の地位はより安泰となるからね。どうしようかな?」

「そっかー……なら、仕方ないねー」

 ロランにはるかに戦闘能力が劣るルシェルシュは諦める様子はなく、自身が手に持つセイブルの鱗を地面へと付けた。

「魔技【リヴァイブ】」

 地面にセイブルの鱗を付けた部分から、まるで何かが生まれるかのように生えてくる。

「!?」

 その正体に、ロランは驚きを隠せなかった。
 それもそうだろう。

 先程、ヒメナと【闘気砲】によって消滅したはずのセイブルが、ゾンビと化して蘇ったのだから。

「じゃーねー」

「失礼するのじゃ」

 そう言って一枚の鱗からセイブルを蘇らしたルシェルシュは、レインと共にその背に乗り飛び立っていく。
 ロランはただただ、その姿を目で追うことしかできなかった。

「黒竜が相手なら少しは痺れそうだったのになぁ。向こうにやる気がなきゃ……つまらないや」

 そう残念そうに呟いたロランは、王都へと戻るのであった――。


 一方、ゾンビ化した黒竜のセイブルに乗るルシェルシュは疲れたかのようにため息を吐く。

「歌姫は捕らえられなかったけど、とっても大きい収穫はあったからいいやー」

 アリアを捕えることが本来の目的であり、それは失敗に終わった。
 しかし、ルシェルシュは実に満足そうに笑っている。
 これが意味するのは一体何なのだろうか――それはルシェルシュ以外誰も知る由がなかった。
 私達が飛竜が去った王都から帰って来るも、街は恐慌状態となっていた。
 戦々恐々としており、怪我人を運ぶ人や死体の前で泣く人で溢れている。

 白犬騎士団や紫狼騎士団や王国軍の兵達は事態の鎮静化を図っていたが、それでも国民をまとめきれていない。

「エマ、ベラ!!」

 そんな状況の中、黒竜を撃墜し王都へと戻って来た私達は、呆然と王都を眺めるエマとベラを見つけた。

「まったく、飛竜が去ってもこの面倒だよ。やってらんないね」

「あらあら、まぁまぁ」

 溢れる怪我人や死体。
 その前で、何も出来ずに泣き叫ぶ国民。
 飛竜が去ったのは一時的なモノではないかと考える者達もいる。

 天気が晴れても、王都はその天気とは裏腹に混乱状態にあった。
 それだけ飛竜達が残した傷跡は大きい。

 私達を含めた全ての人が混乱、または呆然としている中――王都の大広場に一台の豪勢な馬車が止まり、その場に集まる者の全ての目を惹きつける。

 馬車から出てきたのはロラン、ルーナ、そして綺麗な黄色のドレスを纏ったアリアの三人だ。
 その様は、まるで演出されたかのようだった。

「では、歌姫様。お願い致します」

 ロランらしからぬ丁寧な合図を皮切りにアリアは大きく息を吸い――。

【快癒の歌】

 大気からマナを取り込んだアリアは歌い始める。
 混乱と恐慌が鎮まり、皆アリアの歌に聞き入った。

 あの大気からマナを吸いこむの――アリアは子供の頃からやってたけど、私にもできた。
 一体あれは……何なんだろう……。

「凄い……傷が癒えていく……!」
「おぉ……歌姫様……」

 考えにふけっていると、歌声が響く範囲内の傷を負った人たちの傷が癒えていく。
 アリア、私が右腕無くした時は一晩中歌ってたって言ってたけど、子供の頃より魔法の効果が上がってる。
 凄いや。

 傷が癒えていき落ち着きを取り戻したのか、王都の広場にいる人達はアリアに注目し始めた。
 それを耳で感じたアリアは民や兵、騎士達に訴えかける。

「皆様方、この大広場に怪我人をお集め下さい! 私の歌で治せる範囲の怪我は治します!! どうか、ご協力下さい!!」

 落ち着いた民や兵、騎士達は大広場から出て、怪我人を運んできた。

 そして、アリアは怪我人を癒す為に歌い続ける。
 その姿はまるで、神に遣わされた天使のようだ。

「……まるで、天使の歌声……」
「おぉ、神よ……」

 多くの人がアリアに祈りを捧げるように、両手を組んで屈み始めた。
 アリアは構わず歌う。
 自分の助けられる人を、大切なモノの一つを守るために。

 怪我人の多くが大事を逃れアリアが歌うのを止めた時、子供を抱いた母親がアリアの元へと歩を進めた。

「歌姫様……どうかこの子を……この子をお助け下さい!!」

 あの人は……私が王都の街で助けた母子の母親だ。
 抱いている子供の体は、飛竜の爪で胸を貫かれ――明らかに死んでいた。

 助けたはずなのに……あの後、また別の飛竜に襲われたんだ……。
 救えたと思ったのに……救えなかったんだ……。

「……っ……申し訳ありません……その子はもう亡くなっていて……私にはどうしようもありません」

 アリアが申し訳なさそうにそう告げると、母親は子供の死体を強く抱きしめ、泣き崩れた。

「……そんな……そんなあぁぁ!!」

「…………」

 アリアは下唇を噛み締めた後、再度歌い始める。
 これは、ララが死んだ時に歌ったのと同じ歌……死者に捧げる鎮魂歌だ。

 私はその歌を聴きながら、飛竜に破壊された王都や動かないままの死体を見渡し、天を仰いだ。
 救えたモノもあったけど、救えなかったモノもたくさんあった。

 私達は皆、アリアの鎮魂歌を聞きながら死んでしまった人達に祈りを捧げ、雨上がりの虹を見上げることしかできなかったんだ――。


*****


 それから一ヶ月が経ち、白犬騎士団と赤鳥騎士団が前線の戦場へと駆り出される中、紫狼騎士団の面々は王都の防衛と復興に力を割いていた。

 まずは外壁の修理にあたり、後に王城や王都の修繕に国民と共に当たっており皆必死に働く中、私はアリアのお世話と称し二人でお茶を飲んで、談笑していた。

 モルテさんから前線にいったことで、訓練から解放されたんだ。
 良い人だし、気に入ってくれたのは嬉しいけど、本当に毎日模擬戦に連れ出されてたもんなぁ。

「ヒメナ、義手の調子はどう?」

「うん、指先が尖がってること以外は凄く良いよっ! もう慣れて物も壊さなくなったし、こうやってカップも持てるしね!」

 フローラが作ってくれた右腕の漆黒の義手は私のマナによって動いている。
 だから、動かす時にマナを込め過ぎると思ってたより力が入って、加減が難しいんだ。
 マナ制御を得意とする私でも、慣れるのに時間がかかっちゃった。

「あ、そういえばマナと言えば……アリアに聞きたいことがあったんだ!」

「ん? どうしたの?」

「あのさ、アリアって大気からマナ吸ってるじゃんか? 歌ってる時。だからずっと歌魔法使い続けれるんだよね? あれってどうやってるの?」

「どうって……良く分からないや。私は誰かのために歌ってるだけだから」

「そっかぁ……何で私もアリアと同じようなことが出来たんだろう」

 黒竜を倒した時、私はアリアがいつもしているように大気からマナを吸えた。
 そのことをフローラを始めとした皆に話しても、そんなこと出来る訳ないって信用されなかった。
 確かにあれ以来出来てないから無理もないけどさ。

「うーん、ちょっと私にも良く分からないや。ごめんね、ヒメナ。力になれなくて」

「ううん、ありがと。アリア」

 大気からマナを取り込める人間なんていないってフローラは言ってたけど、実際マナが見える私にはアリアがマナを吸い込んでるのが見えるし、私も実際吸い込んだ。

 そんなこと出来るのは私達二人しか見たことない。
 もしかして、私達二人は何か特別な力を持ってるのかなぁ?
 私は……魔法がないけど、その力をアリアみたいに自由に使えれば、もっと強くなれるのに。

「……あのヒメナ……悪いんだけど、少しお花が摘みたくて……」

 恥ずかしそうに告げるアリア、可愛いなぁ。
 あぁ、抱いてしまいたいほど愛おしい。
 はぁ……はぁ……ここで抱いてしまおうか。

 そんな興奮を死ぬ気で抑え、アリアをトイレへと連れて行く。
 お手洗いを済ませた私達は、再びアリアの部屋へと戻るために、アリアと腕を組んで廊下を歩いていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「どうしたんだろう。マナの感じベラと複数人がいるみたいだけど……何かのトラブルかな?」

「行ってみよう、ヒメナ。ここは王城……ベラに不都合があってはいけないから」

 私とアリアは喧騒が聞こえる方へと、足を運んだ――。
 私が【探魔】で感じた通り、そこにはベラがいた。
 私達と同い年くらいの年頃で、彩度は私やアリアとは違う金髪のおかっぱ頭の男の子と、護衛の騎士が一緒だ。
 う~ん、あの人どこかで見た気がするけど、どこだっけ?

「この声……もしかして、リフデ王子殿下?」

「王子様!?」

 目が見えないアリアが声から気付いたのか、名前を上げる。
 確かに何か偉そうな恰好をしてるもんね。
 そういえばリユニオン攻防戦の後、国王様に謁見してお褒めの言葉をもらった時にいた人だ。

「ええい、ベラ! 何故受け取らん!? 余からの褒美が受け取れんと言うのか!?」

「でもぉ、いつも受け取る理由がありませんしぃ……」

 どうやらリフデ殿下はベラに何か渡そうとしているらしく、ベラが拒否してるみたい。
 貰える物なら貰っちゃえばいいのに、何でだろ?

「だから飛竜討伐の褒美と言っている!!」

「皆何も頂いていないのにぃ、私だけ頂くわけにはいきませんよぉ。王都も復興に向けて大変な時ですしぃ。ねぇ?」

 ベラは護衛の騎士に目配せをし、何かを促してる感じだ。

「リフデ王子、もうそれくらいにしておいた方が……」 

 護衛兵も慌てながらリフデ王子を止め始めるも、止まらないどころかエスカレートしていく。

「ならん! 其方が受け取るまで、余はつけ回すぞ!!」

「えぇ? 困りましたわねぇ……」

 ベラは私とアリアが近くにいることに気付き、助けてくれと言わんばかりに目配せをしてきた。
 本当に困ってるんだろうな……助けてあげ――。

「……ベラ、それ貰いなよ! くれるって言ってるんだから!!」

 ようと思ったけど、気になることを見つけてしまった私は、助けを求めていたベラを裏切る。

「ほほう、話が分かるじゃないか! 其方、名は何と申す?」

「ベラと同じ冥土隊所属のヒメナでーす!」

「! ベラと同じ部隊か!! そうかそうか、名を覚えておいてやろう!!」

 大笑いする王子から贈り物を受け取ったベラの表情は、いつもの微笑みとは違いどこか怖かった。

「よし、用は済んだ! 行くぞ!」

「はっ」

 リフデ王子はベラにプレゼントを渡せて満足したのか、護衛を引き連れ去って行く。

「ヒ〜メ〜ナァ〜」

 顔はいつもと変わらず微笑んでるけど、明らかに怒ってるベラが私の両肩を掴んでくる。
 痛いし、怖いよ……ベラ……。

「私が嫌がっていたの分かってたでしょぉ? 何であんなこと言ったのよぉ? もぉ〜」

 そんなに嫌なんだ。
 リフデ王子から何か貰うの。

「いやー、その贈り物なんだけど、ちょっと気になることがあってさー」

「気になることって?」

 アリアは見えないけど贈り物は絵画だった。
 何か高価そうな絵画で、私達にはとても買えそうにない物だ。
 だけど――。


「この贈り物、リフデ王子のマナが込められてるよ」

「「!?」」


 この絵画にはリフデ王子のマナが込められていた。
 おそらくは、何らかの魔法の類だろう。

「フローラに【解析】してもらおう。危険性がある魔法なのか、そうでないのか。それでリフデ王子の意図がわかるでしょ?」

 私はそのつもりでベラに受け取らせた。
 私達はフローラがいる王都の研究所まで足を運ぶことにした――。


*****


 王都の研究所では今、ロランの命令でフローラを責任者にして、大勢の研究者ととんでもない大きさの魔法具が作られていた。
 何を作っているのかはよく分かんないだけどさ。
 国家機密みたいだし。

 忙しそうに指示を出すフローラを、申し訳ないけど呼び止めてリフデ王子との一件について話す――。

「なるほどねーっ! だったら、ちょいと【解析】してみるから、それ貸してみーっ!!」

 ベラは爆発物を渡すかのように恐る恐るフローラに渡す。
 リフデ王子の何らかの魔法がかかってるからその気持ちはわかるけど、ベラに危害を加えそうなことはしそうになかったけどなぁ。

【解析】

 フローラはベラから受け取った絵画を【解析】する。
 絵画に込められたマナがフローラのマナを通して情報が脳内に入っているようだ。

「たっはっはー! 大丈夫っ!! この絵画にかけられた魔法に害はないよーっ!! 怪我や死に至るものじゃないねーっ! むしろ、この絵画の価値にビックリだ! 売ったら家一軒は余裕で買えちゃうよーっ!! ボクが欲しいよーっ!!」

 あの王子そんな大層な物ベラに押し付けたの!?
 王族の金銭感覚は理解できないや……。

「えっとぉ……じゃあどんな魔法がかけられていたのぉ?」

 確かにそうだよ、害がないのに魔法がかけられてるってどういうこと?
 ベラを守るための魔法とかかな?

「かけられていた魔法は【覗見】! 要は魔法をかけた物から覗き見できるって魔法だねっ!!」

 いや、めっちゃくちゃ害あるし悪質じゃん!!
 要は絵画を通してベラの部屋を盗み見できるってことでしょ!?

「あらあら、まぁまぁ。リフデ王子ならやりかねないわねぇ。じゃあ今までの贈り物にも同じ魔法がかけられてるのかしらぁ?」

「確かめにいこっ!」

 私とベラとアリアの三人は絵画を手に王城へと戻り、ベラにあてがわれている部屋へと入る。


「王子様からの贈り物はここに入れてるのぉ。ヒメナ、見てもらえる?」

 一つの木箱には装飾品や宝石など様々な物が入っていた。
 すっごいキラキラしてる……これ全部売ったらいくらになるんだろう。

 だけど、そんな宝石達には――。

「全部王子のマナが込められてるね」

 王子の【覗見】の魔法がかけられていた。

「あ、だから今回の贈り物は絵画にしたんだ!」

 アリアが何かに気づいたように両手を叩く。
 けど、その何かは私には良く分からない。

「ほぇ? どゆこと?」

「だってベラは王子から頂いた物は全部木箱に入れたんでしょ?」

「えぇ。装飾品も付けてないしぃ、貰ったらこの木箱に入れてずっと保管してたわぁ」

「だから今回は絵画にしたのよ。絵画なら木箱には入らないで飾るだろうから【覗見】できるでしょ?」

 なるほど、確かにアリアの言う通りだ!
 今までは木箱が邪魔で【覗見】出来て無かったけど、絵画を飾ればベラのあんな所やこんな所をいつでも覗き放題じゃん!

「あ〜のぉ〜王子ぃ〜……」

 ベラはいつもと変わらず微笑んでいるけど、明らかにキレている。
 それは私も同じだ。
 乙女のプライベートを覗き見しようだなんて趣味が悪すぎる。

「よし! ベラ、アリア行こう!!」

 私達は王子を探すために、ベラの部屋を出て走り始める。

【探魔】
 
 私は【探魔】で王城の中の探せる範囲で王子を探す。
 王子は王城の庭園を走っていた。
 おそらく、絵画から【覗見】で私達を見ていて、気付いたことが分かって逃げているのだろう。

「逃すかーい!」

 私とベラは闘気を纏い、アリアを抱えて王城の三階から庭園と跳び降りる。

「ぬぁっ!? 正気か、其方ら!!」

 自身の目の前に飛び降りてきた、私達に驚いたのかリフデ王子は悲鳴を上げて、腰を抜かし尻餅をついた。

「王子ぃ〜、分かってますよねぇ〜」

「護衛兵! 私を守れ!!」

 ベラの恐ろしい微笑みに恐れたのか、王子は置いてきた護衛兵を呼びつける。

「どうしましたか!? リフデ王子!!」

「こやつらが余を襲おうとしておる! 助けんか!!」

 何て言い草!?
 あらゆる贈り物を送ってベラを覗き見しようとしてた変態のくせにさ!

「リフデ王子が魔法を使ってベラのことを覗き見しようとしてたのよ!! ベラのナイスボディを!!」

「乙女のプライバシーを覗こうとするなんて最低です」

「うっ……!」

 私とアリアの言葉が胸に突き刺さったのか、胸を抑えて苦しむリフデ王子。
 護衛兵も呆れた目をしてリフデ王子を見ていた。

「仕方ないではないか……」

 王子は重々しく口を開く。

「五年前……ベラを初めて見た瞬間、一目惚れしたのだから!!」

 ほぇ? マジ?

「しかし、どんな物を贈っても、話すきっかけを作ろうとしてもベラ余には振り向かん! それでも余の気持ちは止まらんかったのだ!! 致し方あるまい!!」

 ただベラが良い体してるから下心だけかと思ったら衝撃の事実じゃん。
 私とアリアが唖然とし、護衛兵が頭を抱えていると、腰を抜かしたリフデ王子は立ち上がり、腰に手をあてて胸を張って、宣言する。

「余の婚約者となれ、ベラ!! これは命令じゃ!!」

 おぉ〜、愛の告白だーっ!!
 まさかこんなことになるとは思わなかったーっ!!

 ベラは王子に近づき目の前に立つ。
 そして――。

「お黙りぃ、変態さん」

 思いっきりリフデ王子にビンタした。
 闘気を纏っていないのが、少しばかりの優しさに見える。

 それでも王子は吹き飛び、地面へと倒れた。

「リフデ王子ーっ!!」

 護衛兵はリフデ王子への元へと走り、その身を抱える。
 何て打たれ弱さ……この国の未来が心配になってくるよ……。

「ふんっ!!」

 ベラは怒りながら、その場を去って行った。
 まぁ、無理もないよね……愛の形が一方的過ぎるもん。

「ベラ……余は……余は諦めんからなーっ!!」

 体は打たれ弱いけど、心は打たれ強い。
 ベラのことが好きなリフデ王子は、ただの変態じゃなかった――。


*****


 一方その頃――ブレアはエマを連れ出し、訓練所で模擬戦を何度も行っていた。
 エマはブレアにずっと付き合わされてたのか、へとへとの状態で座っている。

「ブレア、もういいんじゃないのかい? もう面倒だよ」

「立て、エマ!! まだやるぞ!!」

 ブレアはギザ歯を剥き出しにし、鼻息を荒くしている。
 疲れているエマと同じく汗だくではあるが、まだまだやる気満々だ。

「うるせぇ!! あたいの価値はガキの頃から強さしかねぇんだ!! 誰にも負けないために強くならなきゃいけねぇんだよ!!」

「……あんた……」

 ブレアをそこまで追いこんでいたのは――仲間であるはずのヒメナだ。
 強くなって帰って来て、【闘気砲】で黒竜セイブルを倒したヒメナを見て、自身の強さに疑いを持ったからである。

「あたいだって、もっと……もっと強くなれる!!」

 ヒメナをライバル視し、闘争心を燃やすブレア。
 そんなブレアを見て、エマはゆっくりと立ち上がった。

「仕方ないねぇ、面倒だけど付き合ってやるさ」

 こうしてブレアとエマは、ベラが王子からの贈り物を全て壊そうとしているのを私とアリアが止めている間に、研鑽を積んでいたのである。
 前線では戦闘が行われ、王都の復興が未だに続く中、私達はロランに呼び出された。
 
 呼び出されたのは、冥土隊の私、ルーナ、ベラ、エマ、ブレアの五人。
 アリアは呼ばれておらず、何かの魔法具を作っているフローラも呼ばれていない。

「で、どこ行くのよ?」

 王城の廊下を歩く私達は、呼び出されたのは良いけど何の用かはロランから何も聞いていない。

「少し人に会ってお話するだけさ」

 いや、なら今誰と会うか言えよ。
 性格わっる。
 少しは良くなるように、思いっきり頭ぶっ叩いてやろうか。

 暫く歩くと一度しか通ったことのない廊下が見えてきた。
 とても煌びやかで広い廊下。
 廊下の先には閉まった大きな扉があり、護衛の騎士が二人立っている。

 ここはそう――。

「まさか今から会うのって……」

 謁見の間。

「王様だよ」

 いや、尚更事前に言えよ!!
 私達……いや、ルーナ達は何度か会ったことあるかもしれないから落ち着いてるけど、私なんて五年も人里から離れてたんだから、王様と会うなんてハードル高いんだってば!!

 オドオドする私の反応を見て、ロランは楽しそうに微笑んでいる。
 この野郎……。

 闘気を纏った衛兵の騎士二人によって巨大な扉が開かれる。
 前一回来た時に、何でそんな扉にしてるのかルーナに聞いたら、それなりの力を持ってないと謁見の間には入れないようになってるんだって。

 私達は玉座へ近づくために歩く。

 玉座には、リフデ王子殿下と同じ彩色の金髪と髭を、真っ直ぐに長く伸ばした王様が座っていた。
 長く伸ばしているからと言って不潔さはまるで感じなく、纏っている服の綺麗さもあってか、神々しさすら感じる。

 一度だけ会ったことあるけど、やっぱり王様ってキラキラしてるんだなぁ。
 リフデ王子とはえらい違いだよ。

「そこの従者!! 王の御前であるぞ!! 頭を垂れぃ!!」

 ほぇ?
 指差されてるけど、私のこと?

 周囲を見渡すと、私以外のロランを始めとしたみんなは跪き、頭を下げていた。
 それを見て、私も慌てて真似をする。

「よい、面を上げよ。其方は確かヒメナと言ったな」

「はひぃ!?」

 王様が何で私の名前を知ってるの!?

「ロランから聞いておる。先の飛竜襲来の際、其方の活躍で飛竜を退けたそうだな。大義であったぞ」

「こ、光栄でありますです!」

 ひょえー。
 王様からお褒めの言葉を頂いちゃったよ!
 隣でロランが笑いをこらえてるのが、めちゃくちゃムカつくけど。

「復興で遅れてしまい、すまなかったな。其方らの活躍への褒美じゃ」

 王様がそう言って手を上げると、侍女達が私達に近づき、それぞれに巾着袋を渡してくる。
 私の袋は特別大きく、思わずすぐに中を開けた。

「ほえぇ……」
 
 金貨で一杯じゃん。
 これだけあれば、家一軒買えちゃいそう……。

「其方!! 先から王の御前で無礼であるぞ!!」

 えぇ!?
 開けちゃダメなの!?
 なら先にそう言えばいいじゃん!!

 宰相さんだっけ?
 さっきからあのおじさん偉そうだし、うるさいなぁ。

「国王陛下どうかお許しを。この者は人里離れた山に住んでいた猿のような者故」

 ロランが私を庇ってる風だけど、完全に馬鹿にしてるよね!?
 誰が猿じゃ!!

「よいよい。それより、ロランと其方ら冥土隊に頼みたいことがある」

 王様からの頼み事?
 何だろ?

「アルプトラウム帝国に休戦を申し出た所、アンゴワス公国にて会談の席が設けられることとなった。帝国の皇帝ズィーク・アルプトラウムとの会談の際の護衛を其方らに頼みたい。護衛の数は互いに五人。ロランからの提案で其方らを選んだ」

 休戦って……帝国と!?
 戦争が休みになるってことだよね!?
 実現したら最高じゃん!!
 アリアも私達も戦場に出なくて済むってことでしょ!?

 でも五人って、ロランと私とルーナとエマとベラとブレアだったら六人じゃん。
 数が合わなくない?

「先の飛竜襲撃の王都の被害は大きい。この休戦協定は実現すれば、我ら王国は息を吹き返す好機ともなるであろう。是が非でも実現させたい。余の力となってくれ」

「「「はっ!!」」」

 王様との謁見が終わり、謁見の間から私達は退出する。

「ほえぇ〜、緊張したぁ〜」

「まるで山猿が人里に来たみたいだったよ、ヒメナちゃん」

 うるさいよ、ロラン。
 喋れなくなる程ぶん殴ってやろうか?

「それより、護衛の話について話したいから、着いてきて欲しいんだけどいいかな?」

 私達はロランに着いて行き、紫狼騎士団の団長室に入る。
 ロランは椅子に座り、机を挟み並んで立つ私達と対面する形となった。

「さて、さっきの休戦協定の話だけど……」

 そして私達の、いやボースハイト王国全国民の――。


「間違いなく休戦にはならない」


 望みをへし折るかのような予想を告げた。

「それ……どういうこと?」

「少しは考えてみなよ。王国の王都はこの前甚大な被害を受けたばかりだ。一方帝国は何も失っていない。休戦協定を呑む理由がないんだよ、帝国側にはね」

「それって王様は分かってるの!?」

「王様も建前でああは言っていたけど、本心では失敗することは当然分かってるさ。それでも休戦協定のための会談をするんだ」

 失敗するのが分かってて会談をするってどういうこと?
 意味わかんないよ。

「一つ、アルプトラウムの帝都であぐらをかいている皇帝ズィークを表に引き出すため。二つ、仲介役のアンゴワス公国で休戦協定を失敗することで公国に危機感を持たせ、可能ならこの戦争に味方として参戦させるため。三つ、休戦協定を無下にされ攻撃された体にして、ボースハイト王国の兵の士気を高めるためさ。もう闘いの道しか残されてないってね」

「そんな場で護衛の私達はどうすればいいの?」

 ロランの言い分だと、間違いなく戦闘になるってことだよね?

「王様は守らなくて良い。皇帝ズィークの護衛を引き剥がして時間を稼ぐか倒して欲しい。その間に僕が――」

 ロランは実に面白そうに微笑み、


「アルプトラウム帝国、皇帝ズィークを殺す」


 さも当たり前のように、皇帝の殺害を宣言した。

「……あなたの考えは分かったけど、王様や他の会談する人は守らなくて良いの?」

「いや、王の護衛兵っていうのは、まぁ建前みたいなモノだよ。別にしなくていい」

 ルーナが聞くと、王様の身はどうでもいいと言わんばかりの答えが返ってきた。
 しなくていいって、王様が死んじゃったら王国はもっと大変なことになるじゃんか!?

「陛下の魔法はモルテさんの魔法に近いというか、まぁ殺されても死ぬことはないからね。だから護衛という体だけど、護衛をする必要はない」

 ならいいけど……ロランは掴みどころがないから本当のこと言ってるか分かんないや。
 何でもかんでも疑っちゃう。

「四帝も何人かは来るだろうから、気合い入れてね」

 ロランのその言葉を聞いた時、私達の空気は更にピリつく。

 エミリー先生を殺した炎帝アッシュ、ララを殺した震帝カニバル、そして私にルグレを殺させた拳帝ポワン……その内の誰か、あるいは四帝全員が来るかもしれない。

「休戦協定の会談は一カ月後、二週間前にはアンゴワス公国に出発するから準備を怠らないようにね。以上」

 私達はロランの団長室を出る。
 廊下で談笑をしていた侍女達は、私達を恐れたのか慌てて道を開けた。

 仕方もないことだろう。
 今回はアリアを守るための闘いじゃない。
 それでも、既に私達は四帝と相まみえる一か月後を見据えて、殺気に近い何かを放っていたのだから。
 私はアンゴワス公国に行くまでの間に、冥土隊で闘気を纏える、ルーナ、エマ、ベラ、ブレアに【瞬歩】を教えることにした。

 【衝波】の方が教えやすいんだけど、戦闘の運用性に関しては【瞬歩】は必要不可欠に近いからだ。

「えっと……まず、マナ制御で足にマナを集めて闘気に変えるの。それと同時に蹴り出せばいいんだよ。なんて言うか、バーンって感じ」

「中々上手くいかないわぁ」

 ベラは中々苦戦しているようだ。
 そんな中、エマとルーナは幼い頃から闘気を使い慣れていることもあり、一週間の間で【瞬歩】を稀に扱えるようになっていた。

「難しいさね」

「だけど、この闘技は確かに必要不可欠ね」

 一方――ブレアは……。

「お前に教わる!? 冗談じゃないぜ!! 魔法も使えねぇ格下に教わって何になるってんだ!!」

 とか言って、私が【瞬歩】を教える提案をしたら訓練所を後にした。
 私に教わるのが嫌だったみたいで、後でこっそりエマに教わってたみたいだけど。
 何なんだろう、ブレアのやつ。
 一緒にやった方が効率いいのにさ。

 何にせよ、【瞬歩】の習得は必須だ。
 【瞬歩】を使える相手を敵にした時、反応出来たとしても速度で負けちゃうもん。

 こうして、私達は連日代わる代わるでアリアの護衛に付き、訓練を続けた。


 ――明日が出発の日、エマは上手く瞬歩を扱えないことに、ため息をつく。

「【瞬歩】は結局修得するまでには至らなかったね。まったく、面倒さね」

「そりゃそうだよ。簡単に修得出来るなら皆使えてるもん」

 私だって闘技一つ一つ習得するのに苦労したんだもん。
 簡単に使われちゃったら自信なくしちゃうよ。

「けどぉ、アッシュは使ってたんでしょぉ?」

 全く上手くいかず、マナ制御を何度も繰り返して精神的に疲れ果てたベラが休憩しながら聞いてきた。

「うん、ロランもカニバルも使うよ。多分あのクラスになると皆使えるんだと思う」

 モルテさんも使ってたし、騎士団長や四帝級になると闘技も使えて、魔法も持ってるんだろうな。
 凄く厄介だ。

「…………」

 カニバルの名を聞いて、ルーナは押し黙る。

「ルーナ……」

 未だにルーナは肉を食べられず、野菜が主食だ。
 カニバルがララを殺したことが、ルーナの中でトラウマとなっているからだろう。

 そんなカニバルと六年程ぶりに相まみえるかもしれない。
 ルーナは動揺と恐怖を抑えるかのように、【瞬歩】の訓練に没頭し始めた。

 私もルーナとエマとベラが【瞬歩】の訓練をする間に、マナ制御をするために瞑想をする。

 私だってルーナと同じだ。
 決着をつけないといけない相手がいる。

「アッシュ・フラム……次は逃がさない」

 ロランが言うには、間違いなく戦闘になる。
 二週間が経過し、私達はそれぞれの想いを馳せて、王都をして出発してアンゴワス公国へと向かった――。


*****


 会談に国王様が帝国側に指定した場所に、私達は二週間かけて着いた。
 アリアとフローラ、副団長のフェデルタさんは王都でお留守番だ。

 アルプトラウム帝国とボースハイト王国の隣にある、アンゴワス公国のシュラハトという城郭都市だ。
 シュラハトは栄えており、王都程とまではいかないまでも賑わっている。

「いやはや、お待ちしておりましたぞ。ボースハイト王国、グロリアス・ボースハイト国王」

 茶色い馬に乗った禿げたおじさんが、護衛を数人引き連れ、シュラハトの門前で待っていた。
 豪勢な格好してるし、多分この国のお偉いさんなんだろうなぁ。

「大公殿はいずこへ?」

「会談の場、シュラハト城にてお待ちしております。ご案内させて頂いても?」

「お願い致す」

 禿げたおじさんに着いて行き、私達の馬車も動く。
 商店街を通るも、皆道を開けておじさんに対して跪いていた。

 国王様が移動するから護衛の数も多くて馬車は二十台程に及ぶ。
 商店街にいた人に長い間頭を下げさせちゃって、何か申し訳ないなぁ。

 商店街からパイを焼く香ばしい匂いがしてきて、私はジャンティのことを思い出すと、自然と記憶が繋がりアップルパイが好きだったポワンのことも連想した。

 私が会談の席で、敵の護衛で最もいて欲しくないのはポワンだ。
 相対したとしても勝てるビジョンがまるで見えない。
 ポワンは気まぐれだからいない可能性は高いから、いないことを祈るしかないんだけどね。

 しばらく馬車に乗ってシュラハト城の裏門に着くと、禿げたおじさんが馬を止めて私達の馬車を制止する。

「城内に入れるのはグロリアス・ボースハイト王ともう一人、後は護衛の五人を含めた七人となります。武器はあらかじめ置いていってください」

「分かり申した。ロラン!」

「はっ」

 馬に乗っていたロランは、王様に声を掛けられると私達の馬車に近づき、覗き込んできた。

「ベラちゃん、君はここから誰かの影に入るんだ。皆から武器を預かって。一応会談だから、武器を持ったまま入るわけには行かないからね」

「はいはぁい」

「ちぇっ! 最悪素手でやり合うってのかよ!!」

 ロランはレイピアを、ルーナは大剣を、エマは槍を、ブレアも渋々ではあったけど、それぞれベラに預ける。
 そしてベラは、ロランの指示通りエマの影へと入り、姿を消した。

 なる程、それで六人だったんだ。
 側から見てもこれなら五人だもんね。
 ベラの魔法は色んなことが出来て凄いや。

 王様、宰相さん、ロラン、私、ルーナ、ブレア、エマ、そしてエマの影に隠れたベラが門を通り、侍女の人達に武器を持っていないか身体検査を受ける。

「えっと、これは……」

 左手のルグレから受け継いだ手甲はともかく、右腕の禍々しい義手を見て侍女さんは、武器か測りかねていた。

「義手だよっ! ほら!!」

「ひっ」

 私は義手を外して、侍女さんに見せる。
 急に右腕を外したからびっくりさせちゃった。

「……分かりました。大丈夫だと思います……多分」

 ドン引きしている侍女さんに許可をもらい、私は義手をつけたまま城内に入ることができた。
 私に関しては、これで何の憂いもない。
 他の皆がベラが影から出て来て渡すまで、武器を持っていないのが心配だけど。

 会談の席、会議室らしき所についた私達。
 長いテーブルと高価そうな椅子が容易されている中、王様と宰相さんは席に座り、ロランを始めとした私達はその背後に立つ。

 後は帝国軍を待つだけだ。
 皇帝の護衛に誰が来るのか、私はただそれだけを考えていた。
 シュラハト城内の会議室で少し待っていると、ドアが開いた。
 私以外の冥土隊の面々は帝国軍が来たのかと身構えていたけど、私はマナで十中八九違うと感じていた。

 入って来たのは白髪短髪の軍服らしきものを来たおじさんと、その護衛の武装した騎士達だ。

「グロリアス国王、お待ちしておりましたぞ」

「おぉ、パーチェ大公殿。此度の会談の場を設けて頂き、仲介までして頂けるとは、感謝致す」

「いやはや、私に出来ることは物資の援助やこんなことしかない故」

 どうやら、大公様がアンゴワス公国で一番偉い人みたい。
 何か偉い人ってマナ量とは違って、気品があるから妙なオーラを纏ってるんだよなー。
 国王様も大公様も強くなさそうなのに、気圧されちゃうや。

 国王様と大公様が私には分からない大事な話をする中、公国の騎士が一人会議室へと入室し、大公様に向かって跪く。

「パーチェ大公様、アルプトラウム帝国の方々が到着致しました」

 騎士がそう告げた時、先ほどまで温和な空気だった会議室の空気が引き締まった。
 私達冥土隊だけじゃない。
 国王様や大公様からも緊張感と警戒心を感じる。

【探魔】

 私は【探魔】を使い周囲のマナを感じる。
 城内だったため【探魔】はかなりの人数を探知したが、私は見知った二人のマナだけは見逃さなかった。

「……皆、アッシュとカニバルがいるよ」

「わかったわ……」

 ルーナは覚悟を決めた様子で、深呼吸をする。
 ブレアとエマも目付きが明らかに変わった。
 ロランだけはわくわくする子供のように微笑んでいた。

 ポワンは――いない。
 不幸中の幸いとも言えるだろう。
 ポワンがいたら、何人束になろうとも敵いはしないのだから。

 しばらくして、帝国の皇帝と護衛の五人が会議室へと入室してくる。
 銀髪の皇帝からは異様な威圧感を感じた。
 傍目でわかる……四帝級の強さだ。
 こっちの国王様は強くないから比較にもなんないや。

「どうぞ、こちらへ」

 帝国の皇帝と私と同じ位の銀髪の子が公国の騎士に導かれ、国王と宰相さんと対面するように長いテーブルに座り、護衛のアッシュ達は後ろに立って並ぶ。
 護衛同士対面する形だ。

 帝国の護衛はアッシュとカニバル、後はリユニオンで見たことがある気がする人が二人と、知らない顔色の悪いスキンヘッドの男の人が一人。
 目に見えている数は、の話だけど。

「目に見えるのは五人だけど、一人隠れているよ」

「リユニオンの時の透明になるヤツかい?」

「だね、何かギョロっろした目の」

 私は私達にしか聞こえない程度の小声で情報を皆に伝えると、エマが察してくれた。

「あの紫色の髪の女は髪の毛を操る魔法を使うわ」

「おかっぱ頭の坊やは触れた相手の魔法をコピーしてくるよ、気を付けな」

「ちぇっ、どいつもこいつも雑魚い魔法じゃねぇか」

「もう一人の顔色の悪い人は見たことない人だ」

 小声で情報を共有していく私達。
 そんな私達にロランは指示を出す。

「どうやら向こうも戦闘準備をしてきてるみたいだね。ヒメナちゃん、僕が合図を送るか、戦闘になったら君はまず透明になってるヤツを倒して。ベラちゃんと同じように全員分の武器を持ってる可能性が高いからさ。後は適当にどうにかして皇帝から引きはがしてくればいい」

 ロランの言う事を聞くのは癪に障るけど、その方が良さそうだ。
 透明なヤツはマナを視覚化できる私が一番相手にしやすいだろう。

「アッシュはあたいが殺る。手を出すな」

 ブレアはあからさまに殺意を放っている。
 そんなことをしたら、休戦協定が嘘だってバレちゃうじゃん。

「……カニバルは私に相手をさせて」

 ルーナは覚悟を決めた目付きだ。
 トラウマを克服しようとしているんだろう。

「状況によりけりだけどね。ま、面倒だから譲ってあげるさ」

 エマはいつもと変わらず飄々としており、落ち着いている。
 誰が相手でも構わないといった感じだ。
 エマの影の中にいるベラは喋れないし顔も見えないから、どんな気持ちかわかんないけど。

「では、皆様方揃ったようですし休戦協定のための会談を始めましょうか」

 私達の左の、丁度皇帝と王様の間を取り持つような形で長いテーブルの端に座った大公様。
 後ろには護衛の騎士が並んでいる。

 間を取り持つ大公様には悪いけど、ロランのプラン通りならこの休戦協定は失敗する。

 ここで私達が皇帝を護衛から引き剥がし、ロランが皇帝を殺すことに成功したら、戦争は一時的にでも止まるかもしれないし、なんなら終わるかもしれない。

 私達はそんな気持ちで意を決したんだ――。