アルプトラウム帝国、帝都ドミナシオン。

 帝都にそびえ立つ城の中――皇帝の謁見の間では、銀色のカールがかった長髪で黒を主張とした豪勢な服を纏う、皇帝ズィーク・アルプトラウムの前で四帝の内の三人が跪いており、一人だけはあぐらをかいて頬杖をついていた。

 跪いている一人目は、炎帝アッシュ・フラム。
 二人目は、震帝カニバル・クエイク。
 三人目は、死帝ルシェルシュ・オキュルト。
 そして帝国で最も偉い皇帝の前であぐらをかいて座っているのは、ヒメナの師匠だった拳帝ポワン・ファウストだ。

 この度、四帝が軍法会議の名目で召集されたのは、ポワンが気まぐれで滅多に帝都に帰ってこないため、四帝が揃うことは稀なためである。

 ポワンは間違いなく世界一強く、そして見た目に反して誰よりも年齢を重ねており、これまでの歴代皇帝全てから、どんな時でもどんな自由も許されてきた。

 何故なら、ポワンの機嫌をそこねて敵に回すのを恐れ、特別待遇で帝国に属してもらいたい、という考えからだ。

「拳帝殿、この度はどういった御用件で帰って来られましたのかな? 数年前に愚息を連れて旅に出たとはお聞きしてましたが」

 ポワンは帝国の皇帝ズィークが唯一丁寧に話しかける帝国民。
 扱いは常に国賓級だ。

「その愚息が修行の最期の試練で死んでしまったのじゃ。悪いことをしたかの?」

 今回ポワンが帰ってきたのは、ルグレの死を伝えるためであった。
 ポワンが帰って来たのに、息子で第三皇子のルグレがいないのはそういうことかと、皇帝は納得する。

「いえ、後継者は他にもおりますが故」

 ルグレの死は皇帝のズィークにとっては、むしろ朗報であった。

 ズィークはルグレが水晶儀をした際、【支配】の文字が浮き出た時にルグレを脅威に感じていた。
 仮にルグレが人間の脳を支配できるとすれば、自身が支配される可能性があったからだ。

 それに、ルグレの性格は自身の思想――いや、帝国の思想からは大きくズレており、平和主義者だった。
 ルグレがポワンに鍛えられ戻ってきたとしたら、敵対していたに違いない。

「自身の子が死しても眉一つ動かさんとはのう」

「皇帝として、そんなこと如きで動揺するわけにはゆきませぬ」

「ま、ワシの話はそれだけなのじゃ。後は勝手に話せい」

 ポワンの報告が終わり、皇帝ズィークの鋭い目線は炎帝アッシュへと向けられる。

「炎帝よ。歌姫の奪取に失敗したと聞いたが?」

「……申し訳ありません、皇帝陛下。歌姫の従者である冥土隊という部隊に阻まれました」

「良い。其方の忠誠心と実力に疑いはない。いずれまた好機も来よう」

「光栄であります」

 アッシュは皇帝ズィークから最も気に入られていた。
 忠誠心と実力も高く、過去に国王によって妻を殺されたため、王国に対する復讐心が強く、任務の失敗も少ないからだ。

「震帝はストラーナの防衛に成功したそうだな」

「全く問題なかったですよ」

「良くやった、褒めて遣わす」

「やった。おじさん、褒められちゃった」

 ズィークはカニバルに関しては、時には子供のように、時には邪悪に笑う、気が狂ったサイコパスと考えている。
 自身を憎む人間を食べたがる食人嗜好も、ズィークには理解できない一面であったが、命令には忠実であるためアッシュと同じく重宝していた。

「ルシェルシュの方はどうか?」

 死帝ルシェルシュ、眼鏡をかけて白衣を纏い、黄緑色の寝ぐせだらけの頭をした細身の彼は、二十年前――十歳の頃から帝国一の天才と呼ばれている。
 天才と言っても戦闘面でなく頭脳の方ではあり、生体実験や運用に精通している研究者だ。

「順調ですよーん。実験も済んでますし、もう少しで王都に攻め入れる程の戦力が揃うかなーと」

「では準備が整い次第、其方の作戦を実行してみよ」

「はいはーい、仰せのままにー」

 再び皇帝ズィークの視線はポワンへと戻る。

「……して、拳帝殿。貴女はいつ戦線へと参加していただけるのかな?」

「その内、時がこればの」

 いつもであれば、「戦争なんぞ勝手にやっておれ」と、あしらわれるだけであったろうが、ポワンが戦争に参加するかもしれないという返答に、期待感をズィークは抱く。
 ポワンが戦争に参加すれば、それだけで王国との戦争に勝利することが確定するからだ。

「分かり申した。貴女の気が赴いた時にお願い致します」

 しかし、戦線に参加しろとは言わない。
 下手なことを言ってポワンの気が変わることを恐れているからだ。

「――それでは、これにて会談は終了する」

 皇帝ズィークのその一言で、四帝は解散した。


*****


 アルプトラウム城内の廊下――再び帝都から離れようとするポワンの後をルシェルシュが追いかける。

「ねー、ポワン様ー。そろそろ僕に解剖される気になったー?」

「なるわけないのじゃ、阿呆」

「えー、ポワン様の強さの秘密を知りたいのにー。せっかく解析班に有能なのが入って来たのにさー」

 ルシェルシュは残念そうに頭を抱えた。
 ルシェルシュは帝国の化学班、故に世界一強いポワンの体には興味が湧かざるを得なかった。

「ただ人より何百年も修行を重ねただけじゃ。秘密もクソもないのじゃ。それよりも、さっき王都に攻め入ると言っておったな?」

「あれれー? ポワン様が何かに興味を持たれるなんてびっくりだー」

 手を上げて、オーバーリアクションで驚くルシェルシュ。
 そんなルシェルシュにポワンはイラつき、握りこぶしを作る。

「ぶん殴ってやろうかの」

「ちょっとー、冗談ですよー。ポワン様に殴られたら僕なんて一撃であの世行きなんですからー」

 上げた手をそのまま降参するかのような素振りに変えたルシェルシュ。

「王都に攻め入るのは良しとして……例の歌姫はどうするつもりか? ルシェルシュ」

 そんなルシェルシュを待ち受けてたかのように、廊下の壁に腕を組んでもたれ掛かっていたアッシュが、声をかけてきた。

「んー? 当然必ず殺さないで捕えますよー。皇帝は殺しても良いと言ってますけどねー」

 そう答えたルシェルシュは、アッシュとポワンに皇帝ズィークと話していた作戦の内容を伝える。

「――なるほどの。小娘もその試練を乗り越えれば、また一つ強くなるじゃろうて」

「んー? それってどういうことですかー?」

 ルシェルシュは知る由もないが、戦場で相まみえて心当たりがあるアッシュは、すぐに熟練された闘技を扱う少女のことを思い出した。

「拳帝殿。小娘と言うのは……ヒメナと言う子供のことですかな? 貴女と何か関わりが?」

「お主らには関係のないことじゃて」

 そんな二人を無視したポワンは闘気を纏い、アルプトラウム城の四階の窓から飛び出し、まるで疾風の如く帝都を離れてどこかへと消えていったのであった――。