終焉の歌 ~右腕を失って追放されても、修行をして歌姫の元にメイドとして帰ってきます~

 アリアはヒメナと出会えた喜びより、動揺が強かった。
 自分が追い出し、いないはずの親友が急に現れて窮地を救ったからだ。

「……嘘……本当にヒメナ……? 何で……?」

「話は後、今はあいつをどうにかしないとね」

 突如現れたヒメナの存在に、アッシュは脅威とは思わないまでも、警戒心を抱かずにはいられなかった。

 魔法や魔技が追求される現代――闘技は闘気を扱える者なら誰にでも習得できるが、時間がかかるため闘技を学ぶ者はほとんどいない。
 そんな中、洗練された闘技を受けたことで、曲者だろうと認識した。

「もう一度問う、何者だ?」

「何者……? 忘れたとは言わせないわよ……」

「貴様のような相手、我が忘れるとは思えぬがな」

 アッシュはどこかで会ったかと思い出そうとするが、自身の記憶にはないと言った様子だ。

「私のこと……覚えてないの……?」

 そんなアッシュにヒメナは怒りを覚える。
 五年半前の出来事は、あの時の自分にとって全てを奪われた事柄。
 そのことを奪った張本人が覚えてすらいないのだから、当然だろう。

「エミリー先生を殺して、私の右手を切り落としたくせに!!」

【瞬歩】

「!!」

 ヒメナはアリアをその場に立たせ、アッシュとの距離を【瞬歩】で一気に詰める。
 
【螺旋手】

 そして、一撃で仕留めるために、貫手による闘技【螺旋手】を放ったが、既にアッシュはそこにはいなかった。

「闘技を使えるのが自身だけと考え、驕ったか?」

 アッシュも【瞬歩】を使い、ヒメナの背後に回って剣を抜き、そのまま斬った。

「!?」

 しかし、斬ったモノはヒメナではなく、残像である。
 ヒメナの本体は既にアッシュの間合いから離脱し、戦闘態勢を整えていた。

「驕ってるのは、炎帝とか呼ばれてるあんたじゃないの?」

「【瞬歩】と同時に残像を残すとはな……」

 ヒメナが使った、闘技は【残影】。
 高速移動する【瞬歩】の応用技の闘技であり、自身の闘気を残して高速移動する事で、残像を残す高等技術である。

「思い出したぞ……その才。元剣帝エミリー・シュヴェールトを殺した時に、闘気を纏って飛び込んで来た子供か。よもや、これ程強くなっているとはな」

「世界一強くて最低な師匠に鍛えられたからね、強くもなるわよ」

「世界一……だと? 其方、まさか――」

「「「ヒメナ!! アリア!!」」」

 ヒメナに遅れてベラとエマ、そして一度アッシュに敗れて気を失っていたルーナが追い付いて来た。
 ベラとエマはヒメナの隣に立ち、ルーナは庇うようにアリアの前に立った。

「歌姫を守護する冥土隊か……中々に侮れんかもしれぬな」

 アッシュは剣を収め、撤退する準備を始める。
 全軍撤退命令を出した今、敵軍の真っ只中に孤立無援の状態であり、ルーナが援護に来たことやベラとエマがここにいるという事実は、自身が連れてきた精鋭も敗れたと考えてもよいからだ。

「よかろう、此度は退いてやる。ヒメナと言ったか? 貴様の残された片腕、次に会った時に斬り落としてくれよう」

「それはこっちの台詞よ。次は命があるとは思わないことね」

 アッシュはヒメナに捨て台詞を吐いて、退いて行った。
 ヒメナはすぐにでも追って、アッシュを逃がしたくない気持ちではあったが、堪える。

「アリア、元気だった?」

 そんなことよりも、もっと大切なことがあったからだ。

「……ヒメナ……どうして……どうして戻って来たの……? 私……あんな酷いこと言ったのに……」

 失明しているアリアは手を伸ばして、五年前に突き放したヒメナを手探りで探す。
 ヒメナはそんなアリアを正面から優しく抱きしめた。

「どうしてって親友だからに決まってるじゃん。親友だって喧嘩したり、仲直りしたり……そういうもんでしょ?」

「ヒメ……ナ……」

 アリアの失明し、閉じたままの目から涙が溢れだす。

「ごめんなさい……私、あの時あんな酷いこと言って……!!」

「私のことを想ってだって分かってるから大丈夫だよ」

「ずっと……ずっとヒメナに会いたかった……!!」

「……私もだよ、アリア」

 アリアはヒメナを強く抱きしめる。
 ヒメナも同様に華奢なアリアの体を壊してしまわない程度に抱きしめた。

「ヒメナアアァァ!!」

 アリアがヒメナの名前を叫んだ時、ヒメナの目からも涙が溢れ出し、夜が明け、朝陽がその涙を照らす。
 二人の五年越しの再会に涙を流す者はいても、誰一人水をさす者はいなかった。
 リユニオン攻防戦は王国軍の勝利に終わった。
 でも、アッシュがリユニオンが攻めたのは陽動で、どうやらアリアを攫うのが目的だったみたい。
 それを阻止できたのは本当に良かったや。

 それにしても、アッシュは強かった。
 あのまま戦闘になってたら、十中八九殺されただろう。
 強気で話してはいたけど、それくらいの力の差は感じた。

 リユニオンの広場では、リユニオンを守るために闘っていた紫狼騎士団の人達は無傷の人もアリアの【狂戦士の歌】の反動で動けずにいて、負傷兵はアリアの歌によって治療されている。
 アリアの魔法、何でもできて凄いや。

 ブレアは重症を負ってまだ起きていないみたいで、別の所で治療を受けているみたい。
 まだ顔も合わせてないのに、大丈夫かな……ブレアのバカ……。

「ほぇ?」

 そんな広場に、二人組がが城の方からやってきた。
 どちらも見知ったマナ――ロランとフローラだ。

「フローラ!!」

 私は死ぬほど嫌いなロランを無視して、フローラの元に駆け寄って飛び込んだ。
 その勢いで私達は地面に倒れ込む。

「うぉーい!? 誰かと思いきや、まさかのまさかヒメナ!?」

「そうだよ!!」

 フローラも昔と比べたら大きくなったなー。
 でも顔は全然変わんないや。

「たっはっはー!! 大っきくなったねーっ!! けど、何かヒメナちょっと獣臭いぞーっ!!」

「ほえ!? マジ!?」

 ずっと山で生活してたせいかな……?
 女捨ててるみたいで傷つくんだけど……最悪〜……。
 起き上がって自分の匂いを嗅いでる私を見て、ロランは私のことを思い出したようだ。

「あぁ、君はあの時王都追放した子じゃないか。元気にしてたかい?」

 アッシュより記憶力は良いみたいだけど、やっぱりこの男はひねくれてる。

 自分が私を追放した原因だってわかってるの!?
 分かってて言ってんだろうけとさ!!
 元気にしてたかなんて、アリアを失明させてメラニーを殺したやつに言われたくないし!!
 ホントむっかつく!!

「で、君はこの街に住んでたって訳ではなさそうだけど、僕達に何か用かな?」

「……何か用って……帰ってきたんだけど」

「いや、追放したんだから君に戻る場所なんてないんだけど」

「ほぇ!?」

 そっか、アリア達はロランの傘下の部隊って話だから、ロランを納得させない限りは私はアリアの近くにはいれないんだ。
 忘れちゃってたけど、どうしよう……?

「私を……ルーナ達が所属する冥土隊って部隊に入れてよ! ってか入れろ!!」

「うーん、どうしようかなぁ」

 ロランは頬杖をついて、悩んでる様子もなく楽しそうに笑っている。
 本当にこいつと話してるとイライラしてくるんだけど。

 今すぐこいつを私の気が済むまでぶん殴ってやりたいけど、こいつもアッシュと同じで今の私より強いから、闘っても勝てない。
 だけど、このまま追放されたままって訳にもいかない。
 メラニーを殺して、アリアの目を奪ったこいつの傘下にいるアリア達と、離れたままでいる訳にはいかないんだから。

「ロラン団長」

 どうしたものかと悩んでいた私とロランの間に、誰かが割って入ってくる。

「フローラ、誰この人?」

「フェデルタっ! 紫狼騎士団の副団長だよっ!!」

 私達より一回りほど上のお姉さん……副団長ってことは、この人もロランと同じでアリアや私の敵……ってこと?

「彼女は私と冥土隊を……そして、アリア様を救ってくれました。炎帝アッシュ・フラムを退けられたのも彼女のおかげです」

「それで?」

「彼女が希望するのであれば、冥土隊への加入を進言致します」

 ほぇ!?
 いや、ありがたいけど……どういうこと!?
 
「どういう風の吹き回しだい?」

「今回リユニオンを攻め込むのを囮に歌姫様を攫いに来ました。しかも帝国の四帝が一人、炎帝アッシュ・フラムがです。アリア様を守る冥土隊の戦力の増強は必要かと」

「これからもそういうことは考えられるってことね……分かった、冥土隊に加入していいよ」

 いや、いいんかい!?
 フェデルタって人が言ったら、あっさり要求が通ったなぁ。
 それだけフェデルタって人がロランに信頼されてるってことなのかな?

「なら一緒に行こうか、歌姫様の元へと」

 アリアを失明させ、メラニーを殺したロランの手下になるのは、もちろん複雑な思いではあったけど、ロランに続いて紫狼騎士団のために歌うアリアの元へと私達は向かった――。


*****


 紫狼騎士団の副団長のフェデルタは、ロランがアリアの【狂戦士の歌】を使い、騎士団員を闘わせることに疑問を持っていた。
 騎士団の中には、フリーエンのように自我を失い狂戦士になることを恐れている者もいるからだ。

 そんな中、帝国軍四帝の一人であるアッシュを退ける程の強さを持ったヒメナの出現は、フェデルタにとっては希望に見えた。

 仲間を殺された過去を持ち、仲間を利用されている今、ヒメナは必ずロランにいつか牙を剥くだろう。
 その時こそが、フェデルタにとってロランを陥れるチャンスだからだ。

「利用してるようで、心は傷むけど……」

 それでもロランが騎士団の団長でいるべきでないと考えるフェデルタは、誰にも聞こえぬ声で呟いた――。


 一方、ロランはフェデルタの考えを全て見透かしていた。
 その上で、ヒメナを冥土隊へと引き入れたのである。

 ロランはヒメナを一眼見て、所作から只者ではないと感じていた。
 隻腕で今はまだ自らに及ばないとは言えど、いずれ自身の脅威になり得る存在になるかもしれないと。

 ――では、何故そんな存在を身近に置いたのか?

 単純に面白そうだからである。
 ロランは幼少期から何度も人間の醜さを見たり、命のやりとりを経験しており、その影響かスリルを求める人間となった。

 アリアを炎帝が狙いに来た、そしてヒメナがそれを退けた。
 今のアリアを取り巻く環境はスリルに満ち溢れている。

「痺れるなぁ」

 これから面白くなりそうな予感を感じ、ロランは無邪気に微笑むのであった。
 冥土隊へと加入した私は、ロラン率いる紫狼騎士団と共にリユニオンから王都へ戻っていた。

 冥土隊は一つの馬車に乗り込んでいるけど、アリアだけはロランと同じ豪勢な馬車に乗っている。
 ルーナ達の傷は癒えたけどブレアだけはまだ怪我が完治していなかった。

「ちぇっ……馬車の揺れが傷に響くぜ……おい、エマ! もっと丁寧に運転できねーのかよ!!」

「無茶言いなさんな」

 馬車の御者をするエマに、無茶な文句をつけてら。
 相変わらず変わってないなー、ブレアは。
 身体も五年前と変わらずちっこいままだし。

「それより、ブレア魔法具壊し過ぎだよーっ! 直す大変さ考えて欲しいんだけどーっ!!」

「うっせ、バーカ! 四帝の一人と闘り合ったんだからしゃーねーだろが!!」

 魔法具って何だろ?
 ブレアのボロボロの金槌のことかな?

「大体ヒメナ、てめぇ何で戻って来たんだよ!? アリアの気持ちを知りもしないでよ!! バーカ!!」

「知った上で戻って来たんだよ! アリアを守るためにねっ!!」

「アリアを守るだぁ? 利き腕もないお前が!?」

 そんな私をブレアは鼻で笑った。
 生意気で、鼻につくとこも五年前と何も変わってないや。

「ブレア、実際ヒメナは強いわよ。多分……私達の誰より。アリアをアッシュに攫われなかったのもヒメナのお陰だし」

「!?」

 ルーナが言ったことにブレアは驚き、目を見開く。
 自分が敵わなかったアッシュを私が退けたのに驚いたのかな?

「まぁ一応五年間修業してたから……そのおかげかな」

「私達だって三年半訓練をしたりぃ、ここ一年半は戦闘に参加したりしてたけどぉ。どんな修行をしたのぉ?」

 ベラに聞かれて修行の内容を思い出す。

「うーん、マナ操作や兄弟子との組手とか、後は師匠に闘技教えられたりとかかな」

 冬は毎日滝で水行をさせられたり、空気だけ吸えるようにして三日間土の中に埋められたり、一週間闘気を纏って生活し続けさせられてたりしたけど、それは黙っとこっと。
 何か引かれそうだし、思い出したくもないし。

「ヒメナの魔法は何なんだい? 闘技を使っている所は見たけどさ」

「あ~……実は私、水晶儀をしても、魔水晶が反応しなかったんだ」

 御者をしているベラが振り返って聞いて来る。
 この馬車には冥土隊しかいない。
 言っても大丈夫だろう。

「つまり、魔法を持ってないんだ。だから闘技しか使えないんだよ」

「嘘だーっ!! そんなことありえないよーっ!!」

 人間で魔法を使えない者なんていない。
 フローラはそんな私の話を聞いて、何やら変な武器を取り出し、それを私に向けて引き金を引いた。
 
【解析】

「ほぇ!?」

 私はフローラのマナに撃たれる。
 体にダメージはない。

「げげげっ!! マジで魔法持ってないじゃん、ヒメナ!! ありえないんだけどーっ!!」

「今ので何か分かったの?」

 変な武器で撃たれただけで、ダメージもないし何されたんだろ?

「たっはっはー! ボクの魔法は【解析】!! マナで触れた対象のモノの性質がある程度わかるんだーっ!! 人間に使えばマナ量の数値化ができたり、持ってる魔法が分かるんだよーっ!!」

 フローラの魔法は、ヴェデレさんと似たような魔法ってことかな?

「その私を撃った武器は?」

「これはボクが作った魔法具っ!! マナ銃って呼んでるんだけど、魔石を通して使い手のマナを撃てるのっ! だから、ボクが使えば遠距離の相手でも【解析】出来るって訳!!」

 ほぇ〜、すごいや。
 そんなことが出来るんだ。
 フローラって本当に頭良いんだなー。

「皆の武器もその魔法具ってやつなの?」

「そうだよっ! ヒメナの分も作ろうか!?」

 魔法具か〜……。
 私は片手だから武器なんて扱えないし、左手にはルグレの形見の手甲を付けてるし……欲しいモノなんて……。

「あっ!」

 あった、欲しいモノ……。
 無くしてから、ずっと欲しいと願ったけど、手に入らなかったモノ。
 失ってからもう、随分経つモノ……。


「……ねぇ、フローラ。私の右手の義手って作れるかな?」


 アッシュに切り落とされた右肘から先、それがあればどれだけ良いか。
 私には魔法も右手も無い。それだけで戦闘でかなりのハンデになる。
 その一つでも無くせるものなら無くしたい。

「ん〜……やれるかわからないけど、やってみるよ! ブレアの魔法具直した後になるけどねっ!!」

「ホント!?」

「後で左手の長さ測らせてっ! ボクも色々試したいことあったから丁度いいしねっ!! 時間はちっとかかるけどっ!!」

「うんっ! ありがとう!!」

 もしフローラが右手の義手が作れるなら、私にとってこれ以上嬉しいことはない。
 フローラには迷惑かけちゃうけど、ごめんね。
 アルプトラウム帝国、帝都ドミナシオン。

 帝都にそびえ立つ城の中――皇帝の謁見の間では、銀色のカールがかった長髪で黒を主張とした豪勢な服を纏う、皇帝ズィーク・アルプトラウムの前で四帝の内の三人が跪いており、一人だけはあぐらをかいて頬杖をついていた。

 跪いている一人目は、炎帝アッシュ・フラム。
 二人目は、震帝カニバル・クエイク。
 三人目は、死帝ルシェルシュ・オキュルト。
 そして帝国で最も偉い皇帝の前であぐらをかいて座っているのは、ヒメナの師匠だった拳帝ポワン・ファウストだ。

 この度、四帝が軍法会議の名目で召集されたのは、ポワンが気まぐれで滅多に帝都に帰ってこないため、四帝が揃うことは稀なためである。

 ポワンは間違いなく世界一強く、そして見た目に反して誰よりも年齢を重ねており、これまでの歴代皇帝全てから、どんな時でもどんな自由も許されてきた。

 何故なら、ポワンの機嫌をそこねて敵に回すのを恐れ、特別待遇で帝国に属してもらいたい、という考えからだ。

「拳帝殿、この度はどういった御用件で帰って来られましたのかな? 数年前に愚息を連れて旅に出たとはお聞きしてましたが」

 ポワンは帝国の皇帝ズィークが唯一丁寧に話しかける帝国民。
 扱いは常に国賓級だ。

「その愚息が修行の最期の試練で死んでしまったのじゃ。悪いことをしたかの?」

 今回ポワンが帰ってきたのは、ルグレの死を伝えるためであった。
 ポワンが帰って来たのに、息子で第三皇子のルグレがいないのはそういうことかと、皇帝は納得する。

「いえ、後継者は他にもおりますが故」

 ルグレの死は皇帝のズィークにとっては、むしろ朗報であった。

 ズィークはルグレが水晶儀をした際、【支配】の文字が浮き出た時にルグレを脅威に感じていた。
 仮にルグレが人間の脳を支配できるとすれば、自身が支配される可能性があったからだ。

 それに、ルグレの性格は自身の思想――いや、帝国の思想からは大きくズレており、平和主義者だった。
 ルグレがポワンに鍛えられ戻ってきたとしたら、敵対していたに違いない。

「自身の子が死しても眉一つ動かさんとはのう」

「皇帝として、そんなこと如きで動揺するわけにはゆきませぬ」

「ま、ワシの話はそれだけなのじゃ。後は勝手に話せい」

 ポワンの報告が終わり、皇帝ズィークの鋭い目線は炎帝アッシュへと向けられる。

「炎帝よ。歌姫の奪取に失敗したと聞いたが?」

「……申し訳ありません、皇帝陛下。歌姫の従者である冥土隊という部隊に阻まれました」

「良い。其方の忠誠心と実力に疑いはない。いずれまた好機も来よう」

「光栄であります」

 アッシュは皇帝ズィークから最も気に入られていた。
 忠誠心と実力も高く、過去に国王によって妻を殺されたため、王国に対する復讐心が強く、任務の失敗も少ないからだ。

「震帝はストラーナの防衛に成功したそうだな」

「全く問題なかったですよ」

「良くやった、褒めて遣わす」

「やった。おじさん、褒められちゃった」

 ズィークはカニバルに関しては、時には子供のように、時には邪悪に笑う、気が狂ったサイコパスと考えている。
 自身を憎む人間を食べたがる食人嗜好も、ズィークには理解できない一面であったが、命令には忠実であるためアッシュと同じく重宝していた。

「ルシェルシュの方はどうか?」

 死帝ルシェルシュ、眼鏡をかけて白衣を纏い、黄緑色の寝ぐせだらけの頭をした細身の彼は、二十年前――十歳の頃から帝国一の天才と呼ばれている。
 天才と言っても戦闘面でなく頭脳の方ではあり、生体実験や運用に精通している研究者だ。

「順調ですよーん。実験も済んでますし、もう少しで王都に攻め入れる程の戦力が揃うかなーと」

「では準備が整い次第、其方の作戦を実行してみよ」

「はいはーい、仰せのままにー」

 再び皇帝ズィークの視線はポワンへと戻る。

「……して、拳帝殿。貴女はいつ戦線へと参加していただけるのかな?」

「その内、時がこればの」

 いつもであれば、「戦争なんぞ勝手にやっておれ」と、あしらわれるだけであったろうが、ポワンが戦争に参加するかもしれないという返答に、期待感をズィークは抱く。
 ポワンが戦争に参加すれば、それだけで王国との戦争に勝利することが確定するからだ。

「分かり申した。貴女の気が赴いた時にお願い致します」

 しかし、戦線に参加しろとは言わない。
 下手なことを言ってポワンの気が変わることを恐れているからだ。

「――それでは、これにて会談は終了する」

 皇帝ズィークのその一言で、四帝は解散した。


*****


 アルプトラウム城内の廊下――再び帝都から離れようとするポワンの後をルシェルシュが追いかける。

「ねー、ポワン様ー。そろそろ僕に解剖される気になったー?」

「なるわけないのじゃ、阿呆」

「えー、ポワン様の強さの秘密を知りたいのにー。せっかく解析班に有能なのが入って来たのにさー」

 ルシェルシュは残念そうに頭を抱えた。
 ルシェルシュは帝国の化学班、故に世界一強いポワンの体には興味が湧かざるを得なかった。

「ただ人より何百年も修行を重ねただけじゃ。秘密もクソもないのじゃ。それよりも、さっき王都に攻め入ると言っておったな?」

「あれれー? ポワン様が何かに興味を持たれるなんてびっくりだー」

 手を上げて、オーバーリアクションで驚くルシェルシュ。
 そんなルシェルシュにポワンはイラつき、握りこぶしを作る。

「ぶん殴ってやろうかの」

「ちょっとー、冗談ですよー。ポワン様に殴られたら僕なんて一撃であの世行きなんですからー」

 上げた手をそのまま降参するかのような素振りに変えたルシェルシュ。

「王都に攻め入るのは良しとして……例の歌姫はどうするつもりか? ルシェルシュ」

 そんなルシェルシュを待ち受けてたかのように、廊下の壁に腕を組んでもたれ掛かっていたアッシュが、声をかけてきた。

「んー? 当然必ず殺さないで捕えますよー。皇帝は殺しても良いと言ってますけどねー」

 そう答えたルシェルシュは、アッシュとポワンに皇帝ズィークと話していた作戦の内容を伝える。

「――なるほどの。小娘もその試練を乗り越えれば、また一つ強くなるじゃろうて」

「んー? それってどういうことですかー?」

 ルシェルシュは知る由もないが、戦場で相まみえて心当たりがあるアッシュは、すぐに熟練された闘技を扱う少女のことを思い出した。

「拳帝殿。小娘と言うのは……ヒメナと言う子供のことですかな? 貴女と何か関わりが?」

「お主らには関係のないことじゃて」

 そんな二人を無視したポワンは闘気を纏い、アルプトラウム城の四階の窓から飛び出し、まるで疾風の如く帝都を離れてどこかへと消えていったのであった――。
 馬車での旅の間、何度か紫狼騎士団からアリアを逃すことを考えたけど、ロランを見る限り難しそうだった。
 強くなって、より分かる壁――私よりまだ全然強い。

 ルーナ達もブレアの提案で何度かロランから逃げ出すことを試みたが、全て防がれたらしい。
 メラニーを殺したロランをぶん殴って、アリアを助けるために、私達はもっと強くならないといけない。

 リユニオンから馬車の旅をして十数日程、ようやく私達は王都へと戻って来た。
 一度は追放された王都……あまり変わっていない風景にどこか懐かしさを感じ――。

「皆ーっ!! 歌姫様が帰ってきたぞーっ!!」
「歌姫様ーっ!! 手を振ってくれーっ!!」
「きゃーっ、歌姫様ーっ!!」

 は、まったくしなかった。

 アリアは王都でとんでもない人気で、道の両脇には帰って来たアリアを迎える人の海が出来上がっていた。

 ルーナが言うには、失明しながらも闘う騎士のために歌う健気な少女って、ロランの手によって王国民に流布されたんだって。
 実際アリアは可憐だし、【狂戦士の歌】のおかげでアリアが歌う戦場は連戦連勝だし、国民がアイドル化するのも無理ないんだろうな。

 派手な馬車から国民の声援に応えるように、笑顔で手を振るアリア。

 争いが嫌いなのに、戦争の道具として利用されているアリアは、どんな気持ちで国民に手を振りかえしてるんだろう?
 きっとそれもロランの命令でやらされてるのかな……?

「で、今王城に向かうのは分かるんだけど、皆はどこに住んでるの?」

 流石にスラム街じゃないよね。
 一応、冥土隊は紫狼騎士団の中の部隊なんだもん。

「あそこよ」

 ルーナが指をさしたのはボースハイト王城の方角。

「それは今向かってる所じゃん」

「バーカ! だからそこに住んでるんだっつーの!!」

 ほぇ?
 ってことはつまり……。

「王城に住んでるってこと!?」

「そういうことよぉ。孤児院とスラム街で住んでた私達からしたら考えられないわよねぇ」

 ベラが言うように確かに考えられない。
 私は皆と違って、ここ五年なんて大自然の中で生きてたんだもん。
 こんなに大勢の人を見るのも久しぶりだしさ。

「それで、私達はそこでどうするの?」

「基本的にはロランから命令が来るまでは待機よ。アリアの従者として身の回りのお世話とか訓練が主な仕事。紫狼騎士団の誰かの監視付きのね。ヒメナは山暮らししてたんでしょ? なら、ビックリすると思うわよ」

 ビックリって何がだろう?


*****


 ――本当にビックリした。
 まず、王様からロラン率いる紫狼騎士団にお褒めの言葉を貰った後、黒を主張としたメイド服に着替えさせられ、見たことない豪勢な食事を用意され、豪勢な大浴場へと皆で入った。

「どんな贅沢な暮らししてるの!? 皆!!」

 大浴場で体を清め、湯船に浸かった私の嘆きが木霊する。

 私なんてこの五年、まともな家に住めたことないし、体を清めるのだって川の水しかなかったよ!
 こんな生活ずっと続けてたなんてずるいよ!

「これもロランの策の一つってやつさ、ヒメナ」

「ほぇ? どういうこと?」

 隣にいたベラが声をかけてくる。
 この贅沢がロランの策の一つってどういうこと?

「言わば、飴ってことよ。アリアには戦場で歌わせ、私達には過酷な任務という鞭を与えて、その代わりに豪勢な暮らしをさせるって訳」

 ルーナがエマの一言に補足した。
 なるほど、それならアリアを連れて逃げ出すって考えも起き辛くなるってことか。

「贅沢もくそもこのまま飼われるつもりなんてねぇけどな! いずれロランをぶっ殺して、皆で逃げ出してやらぁ!!」

 息巻くブレアの後ろから、身体を清め終わったアリアがベラに連れられて湯船へと浸かる。

「ブレア、私は大丈夫だよ。このままでも」

「バーカ! 良いわけあるかよ! もっと強くなるあたいに任せろ、アリア!!」

 ブレアが息巻いていると、湯船に浸かるブレアの目の前に、フローラが飛び込んで来る。
 必然と湯船のお湯がブレアにかかった。

「ぶぺっ!? 何すんだ、フローラ!?」

「ロランを倒してここから逃げたいのはそうだけどさーっ! でも、ここから出てどうすんのーっ? どこでどうやって生活してくのさーっ!?」

「んなことは逃げ出した後で考えりゃいいだろが!!」

「あらあら、相変わらずブレアは無鉄砲ねぇ」

 ベラの言う通りブレアは単細胞だけど間違ってないし、フローラの言うことも間違ってない。
 仮にロランから私達が逃げ出した場合、王国からも帝国からも追われる可能性が高いからだ。

 それでも、私はこのままアリアをここにいさせたくはない。
 ロランのことだから用済みになったら、必ず私達を始末するだろうしね。

 状況がまだはっきり分かったない私は、口を出さずにどうするべきか思い悩んでいると、気づけば背後に回っていたフローラがいきなり胸を揉んできた。

「ほぇ!?」

「隙ありーっ!! ヒメナ本当おっきくなったねー! ベラやルーナみたいに巨乳じゃないけどーっ!!」

「やったわねー!?」

「たっはっはー! ボクのおっぱいに簡単に触れると思うなよ、ヒメナーっ!!」

 そこからは、皆で全裸でくんずほぐれつになって、しっちゃかめっちゃかだった。

 皆で一緒に入浴して分かったことは、ベラ、ルーナ、アリア、私、エマ、フローラ、ブレアの順に胸が大きいことだった――。
 翌日――。
 今日のアリアのお世話はルーナとベラが担当するらしく、フローラはブレアの魔法具の修理と私の魔法具の開発をしていて、エマは王城の外へと用があるみたい。

 ボースハイト王城の敷地には、どうやら騎士だけが使える訓練所があるらしい。
 私は馴染まない黒いメイド服とカチューシャを纏って、ロランに呼び出されたため、ブレアに案内してもらうことにした。

「何であたいがお前を案内しなくちゃいけないんだよ!?」

「あんたしか暇人いなかったら仕方ないじゃない!!」

「昔と何も変わってねーな、お前!!」

「あんたも生意気なままね!!」

 二人で喧嘩をしながら、訓練所へと向かう。
 ブレアがほとんど成長してないせいか、ブレアだけは五年ぶりに会った気がしない。
 昔からのやりとりだ。

「ほらっ! ここだ、ここ!」

 訓練所は魔法が外に飛び火しないようにか、高く厚い壁で隔たれている。
 中へと入って長い通路を出ると、円形状の景色が広がっていた。

「ちぇっ! 気にいらねぇヤツらがいやがるぜっ!!」

「ほぇ?」

 既に訓練所はどこかの騎士団に使用されており、どうやら行軍の訓練をしているようだ。

「回れー、右!!」

「「「一、二!!」」」

 凄い綺麗に揃ってるや。
 何十人もいるのに一人としてズレを感じない。
 鎧の色も揃ってて、まるで芸術品のような美しさだ。
 けど、あれって――。

「白犬騎士団のバカ共、戦闘に何の意味ねぇことしやがって! あんなのいつ使うんだよ!!」

 だよねー。
 ブレアと意見が同じのは気に入らないけど、私もあれが戦闘の何の役に立つのか分かんないや。

「ぎゃははは! 同感だぜ、ちっこいの!!」

 後ろから燃えるような赤髪を逆立たせた人が、大らかに笑いながら話しかけてきた。

「誰がチビだこら!? って、てめぇは……赤鳥騎士団団長のモルテ!!」

「お、俺のこと知ってんのか? って、げぇ〜。お前らロランの部下のなんたら隊じゃねぇかよ!!」

 なんたら隊って何一つ覚えてないじゃん。
 何か豪快な人だなぁ。

 でも……この人のマナ量、ポワンには遠く及ばないけど、アッシュやカニバルやロランより多い……?

「あの……強いですね」

 マナ量の多さにびっくりした私は、思わず話しかけてしまう。

「ぎゃははは! ったりめーよ!! これでも騎士団の団長だかんな!! あっこにいる白いワン公と一緒にすんじゃねーっての!!」

 白いワン公って号令を出してる、いかにも騎士って感じの頭固そうな髭のおじさんのことかな?
 確かに紫狼騎士団の副団長のフェデルタさんとかよりかは強そうだけど、ロランやモルテさんよりかは大分劣りそう。

「では、今日の訓練はここまでであーる!! 各自復習しておくように!! では、解散!!」

 白いワン公と称された白犬騎士団の団長は訓練を終え、こちらへと向かってくる。
 訓練所に出入りできる通路はここだけだから、帰るつもりなのかな?

「赤鳥の! こんな所で何しておるであるか!? 盗み見とは趣味が悪いであーる!!」

「あぁ? てめぇらのクソほど意味もねー行軍訓練なんか興味もわかねーよ。ロランの野郎に借り返せって言われて、呼び出されただけだっつーの」

「意味もない訓練であるだと!? 突撃の命令しか出せず悪戯に兵を減らす貴様と、某を同じと思うなであーる!! 某は貴様と違って戦争は個の力ではなく、全の力と考えてるであーる!! 行軍の訓練はその力を――」

「あー、はいはい。わかったからとっとと失せろ。こちとらロランの野郎とこれから会わなきゃいけねーってんで機嫌悪ぃんだよ。いつまでもキャンキャン鳴いてっと、ぶっ殺すぞ」

 騎士団長同士出会っていきなり口喧嘩しだしたけど、仲悪過ぎでしょ。
 ぶっ殺すって怖っ!

「まぁまぁ、モルテさんもアールさんも落ち着いて下さいよ」

 私達の背後から遅れてやって来たロランが、モルテさんと白犬騎士団団長のアールさんの仲裁に入った。

「ぬぬっ、ロラン殿」

「あん?」

 二人の間に入り、アールさんの方を向くロラン。

「貴殿のような利口なお方が、モルテさんの相手をすることはありませんよ。個より全の力、僕は素晴らしい考えだと思います」

「ふふ……それもそうであーるな! ロラン殿に感謝するが良い、モルテ!!」

 ロランの言葉に満足気なアールさんは捨て台詞を吐いて、白犬騎士団の人達を引き連れて訓練所を後にしていく。

 この人達……体内のマナ量も大したことないし、一人一人は弱いな。 
 アールさんが連れてきた白犬騎士団の人達は、新人の人達なのかな?

「けっ! 重役から気に入られてるロランにはその態度かよ。忠犬のワン公がよぉ」

「モルテさんこそ狂犬じゃないですか。いっそ騎士団の名称交換してみては?」

「っせぇんだよ、ロラン!! 何でこんな所に俺を呼び出したんだよ!? 借りつっても一年半前くらいのアレだろ!? 逐一覚えてやがって! うぜぇったらねぇや!!」

「あははっ、記憶力良いんですよ。特に貸しのことに関しては忘れることはありません。借りは忘れますけどね」

 騎士団長同士って皆仲悪いの?
 っていうより、モルテさんが喧嘩っ早いのかな?
 にしても、ロランはやっぱり性格悪ぅ。
 人によって態度変えてんだ。

「ここに二人を呼び出したのは、二人に模擬戦をしてもらいたいからです」

「あ?」
「ほぇ?」

 模擬戦って……どういうこと?


*****


 疑問が残るまま、私とモルテさんは訓練所の中央で対峙した。
 ロランとブレアは壁際に立って、見学しようとしている。

 私がどうすればいいのか戸惑っていると、モルテさんが私の顔を覗き込んでくる。

「てめぇってあれだろ? 冥土隊とかいうやつ。見たこともねー顔だけど、新顔か?」

「えっと……ヒメナって言います。まぁ、そういうことになるのかな?」

 昔から皆とは一緒だったけど、冥土隊に入ったのは最近だもんねー。

「……つーこった、もしかして俺はお前の実力を見るために当て馬ってやつにされたってことか?」

「ほぇ?」

 あー、なるほど。
 確かにロランの前で闘ってないから、私の実力ロランはわかんないもんね。
 それにしても、相手が騎士団団長は流石に荷が重いんだけど……。

「俺は赤鳥騎士団団長、モルテ・フェリックス……鳥頭って言われんのは光栄だけどよぉ……当て馬だと!? ふざけんな!! 俺は鳥だって言ってんだろーが!!」

 怒るのそこ!?
 普通は当て馬にされたことを怒らない!?
 ほえぇ〜、何なのこの人!?
「てめぇから来い!! 殺す気で来ねぇと殺しちまうぞ!!」

 両手を広げ、どこからでも来いと誘ってくるような構えをとるモルテさん。
 闘気も纏わず、魔法も使う気配がない……私、舐められてる?

 一年前にフリーエンが私は騎士団副団長クラスの闘気だって言ってたけど、今の私は闘気だけで言えば、もしかしたら騎士団長クラスはあるのかもしれない。

 腕試しの良い機会――殺す気で全力で闘う!!

 私は【瞬歩】で一瞬でモルテさんとの距離を詰める。

「お?」

 何か狙いがあるのか、目の前に突如現れた私に喜んだだけで、動く様子すらない。
 なら――。

【螺旋手】

 私はアッシュと闘った時のように、闘気を集中した一撃必殺の回転させた貫手、【螺旋手】をモルテさんの心臓に向かって打ち込んだ。

 アッシュは【瞬歩】でかわしてきたけど、どういう対応をするんだろう?

 その先を考え打ち込んだが――。

「ほぇ……?」

 結果は予想外のものだった。


「ごふっ……」


 私の左手はモルテさんの胸を貫き、返り血を浴びる。


「え……嘘……?」

 こんなに簡単に貫いてしまうとは思わなかった。
 相手は騎士団団長――こっちからしたら、試し打ちのつもりだったのに……まさか、殺しちゃうことになるなんて……。

 思わず、フラッシュバックのように思い出した。
 ルグレの胸を貫き、殺した――あの時を。

 私が震えながら貫手をモルテさんから抜くと、気づけば私の首の横にモルテさんの手刀が置いてあった。

「てめぇの負けだな。戦場だったら首刎ねてんぞ」

 ……ほぇ?
 気付けばモルテさんの胸の傷が完全に元通りとなってる……。
 私が【螺旋手】で貫いたはずなのに、どういうこと!?

「ぎゃははは!! 素っ頓狂な顔しやがって! 俺の魔法は【不死】! 俺が死ぬことはねぇ!! 安心して殺しやがれ!!」

 【不死】って……死なないってこと!?
 そんなの反則じゃん!!

「だから言ったろーが、殺す気で来いってよぉ!!」

 完治したモルテさんは闘気を纏い、戦闘は再開された――。


*****


「ふーん……なるほどね」

 ヒメナとモルテの一進一退の攻防を、ロランは興味深そうに眺める。
 隣にいるブレアは、ヒメナがモルテと同等に闘えていることに驚きつつも、模擬戦をさせているロランの思惑がわからなかった。

「おい、こりゃどういうつもりだよ?」

「君には関係のないことだよ」

 モルテにヒメナの模擬戦の相手をさせたのは、先のリユニオン攻防戦の際にヒメナの実力を目にしてなかったからだ。

 ヒメナの自然と足音を殺した歩き方などを見て、只者ではないと思ってはいたが、騎士団長を相手にどの程度通用するのか見てみたかったからである。

「一朝一夕では身に付かない洗練された闘技だ。魔法は使わないのかな? それとも、鳥頭みたいなタイプの魔法なのかな? ねぇ、何か知ってる?」

「……さぁ、知らねぇな!!」

「ふーん」

 ブレアはヒメナが魔法を持ってないことを知っているが、わざわざロランに弱みを握らせる訳はなく、嘘をつく。
 しかし、モルテが素手とはいえ同等に闘え、自身よりはるかに強いロランに興味を持たれるヒメナに、強さへのこだわりが強いブレアは――。

「あたいだって……!!」

 どこか嫉妬心を抱き始めていた。


*****


 私とモルテさんは素手による、殴り合いを繰り広げていた。

 もう三回は殺したはずだけど……何度怪我をさせても回復して、殺しても蘇るなんてアリ!?

 闘気の力強さ自体は同等に近いけど、闘技の差で僅かに力量は私が上回っているも、不死鳥のように蘇るモルテさんの闘い方に四苦八苦して苦戦をしいられていた。

 【不死】であるが故に死を恐れないし、【不死】を利用して反撃してくる。
 こんな魔法……闘い方があるんだ……!!

「おらおら、どうしたぁ!?」

 変わらず殴りに来るモルテさんは、自信があるのか弱みを見せない。
 だけど、私は【不死】の弱点を見つけていた。

 傷が回復したり蘇るたびに、モルテさんは体内のマナを消費している。
 つまり、蘇るといっても回数に制限があるはずだ。

 その回数分モルテさんを殺せば、モルテさんを倒せるということだろう……けど、かなりのマナを持っているため、おそらく数十回は殺さないとモルテさんは死なない。

「モルテさんの魔法……反則じゃない!?」

「ぎゃははは!! 良く言われんぜ!!」

 私は【断絶脚】でモルテさんの左腕を刎ねるも、蹴りをお腹に受けて吹き飛ばされる。

「……っ……!!」

 吹き飛ばされ、体制をととのえた私の喉物には、闘気を纏ったモルテさんの手刀があった。

「うっ……」

 戦場なら私は二回モルテさんに殺されてる。
 一度目は油断で、二度目は魔法があるかなしかの差で……。

「はい、そこまで」

 私とモルテさんの模擬戦を見ていたロランが拍手をしながら、戦闘を止めるために近づいて来た。

「おい、ロラン!! 何だこいつは!?」

 模擬戦を終えて、モルテさんは私を指差して怒り出す。
 私が……不甲斐なかったのかな?
 でも、全力で闘ったんだけど……。

「こんな面白いヤツ、どこで見っけたんだ!? 闘気も俺クラスで、色んな闘技をこんな器用に使えるヤツなんて王国にゃいねぇぞ!? 赤鳥騎士団によこせ!!」

「それは出来ませんね。モルテさんに借りはあっても貸しはありませんし」

 ほぇ?
 これって……モルテさんに褒められてる?
 ロランと私の取り合いしてら。

「それでモルテさんには借りを返して欲しいのですが、モルテさんが暇な時にこの子……ヒメナちゃんと模擬戦をして、鍛えてあげてくれませんか? 死なないモルテさん相手ならこの子も全力を出せるでしょうし」

「ロランてめぇ言ったな!? それで貸し借りなしだぞ!! むしろ俺にとってもありがてぇや! ウチには副団長のシャルジュ以外骨のあるヤツいやしねぇしな!! ぎゃははは!!」

 私の肩をバシバシと叩くモルテさんは、良い訓練相手が見つかったからか実に嬉しそうだ。

 私も騎士団団長のモルテさんに強さを認められて、これからも模擬戦ができるのは嬉しいけど……これはロランの提案だ、きっと何か狙いがあるんだろう。
 だけど、どうせ私に拒否権はないんだろうな。


*****


 訓練所を出ようとするロランを待ち受けていたブレア。

「おい、ロラン。ヒメナを鍛えようとるなんて何が狙いだ?」

 ブレアは迷うということが少ない。
 故に悩みそうな事案はすぐに解決しようとする。
 今回も例外ではなかった。

「さて、何でだろうねぇ」

「ちぇっ!! これだからお前の話すのは嫌いなんだ!!」

 思わしげなことを言うだけ言って、横を通り過ぎて去って行くロランに、ブレアは捨て台詞を吐いた。


 アリアを取り巻く環境下でヒメナが騎士団長に迫る程の強さを手に入れることは、ロランにとってメリットもデメリットもある。

 メリットは帝国側にアリアを殺されたり、奪われにくくなること。
 デメリットはアリアを連れて冥土隊と共に逃げられること。

「ヒメナちゃん。せいぜい頑張っておくれよ」

 しかし、そう呟いたロランにとってはデメリットというリスクは個人的な楽しみの一つなだけであった。
 私が王都に戻り、王城に住んでから一か月が経った。

 ブレアが壊した魔法具を直し終えたフローラが、私の義手の製作に取り掛かってくれている。
 フローラ曰く、もっと早く出来る予定だったらしかったけど、何だか変な機能を付けたいらしく時間がかかってるみたい。

 私の右手をどんなのにする気……?
 普通の義手で良かったのに……。

 かく言う私は、戦争の前線が少し落ち着いていて暇を持て余すモルテさんに、毎日のように訓練所に拉致されている。
 アリアと一緒にいたいから、アリアのお世話とかもしたいのにぃ〜。

「おらおらぁ!!」

「はああぁぁ!!」

 という訳で、絶賛訓練中。
 最近はモルテさんを十回位は殺せるようにはなった。
 それでも結局モルテさんのマナ量が多過ぎて倒すには程遠いんだけどね。


 ――模擬戦を終え、モルテさんと一息つく。

「ぎゃははは!! 今日もまた俺の勝ちだな!!」

 今日も結局モルテさんを倒しきれないで負けてしまった。
 うーん、どうやったらモルテさんを倒せるんだろう。

「にしても、お前ほど骨のあるやつは久しぶりだわ。お前、正式に赤鳥騎士団に来いや」

「ほぇ?」

 私が悩んでいると、モルテさんが勧誘してきた。
 そんなに、私のこと気に入ってくれたんだ。
 この人は裏表がないから、私も好きだ。
 もちろん、恋愛感情は皆無だけど。

「赤鳥騎士団に来たらいいぞぉ〜。なんせ、俺は突撃の命令以外出さねぇからな!! ロランみたいにまどろっこしくねぇ!!」

「ほぇ!?」

 赤鳥騎士団は前線に行かされることが多くて死傷者が尋常じゃないって聞いたけど、この人のせいじゃないのかな!?

「どうだ? お前もあんな腹黒野郎に着いてくのは嫌だろ!?」

 それはもちろん嫌だしモルテさんのことは好きだけど……赤鳥騎士団にはなくて、紫狼騎士団にはあるモノがあるから。

「私、アリア……歌姫とは親友なんです。だから……ごめんなさい」

「……ったく、振られちまったかーっ。お前ならシャルジュみたいに簡単にゃ死なないと思ったのによーっ。皆死にやがるから今赤鳥騎士団、正式にゃ三人だぜ、三人。後は傭兵と兵士で補填してるだけだから、雑魚しかいやしねぇ」

 か……簡単に死ぬような命令出さないようにしたらいいんじゃないかな?
 逆に赤鳥騎士団が闘う所を見てみたくなって来るよ。

「まぁお前が決めてんだったら、しゃーねぇか。気が変わったらいつでも言えや!」

 そういって私の背中をバシバシと叩いて来るモルテさん。
 本当に豪快で面白い人だなぁ。

「モルテ団長ーっ!!」

「あぁ?」
「ほぇ?」

 私達が談笑していると、甲高い女性の叫び声が聞こえてくる。
 眼鏡をかけ、紫色のカールした髪の女性が巨乳を揺らしながら走ってきていた。
 いや、走ってるけど……遅っ!!

「ぶぇ!?」

 そして何もない所で転んだ。
 おでこを打ったのかおでこを抑えてうずくまっている。
 私達が近付いた方が早そうなので、うずくまってるナーエさんの元へとモルテさんと私は歩いた。

「おい、ナーラ。大丈夫か?」

「ナーラじゃない! ナーエです、ナーエ!! 何回言ったら覚えるんですか!? 鳥頭団長!!」

 ズレた眼鏡を直し、こけた際についた砂埃を払うナーエさん。
 しっかりしているように装っているけど、多分この人……天然だ。

「ぎゃははは!! まぁ、何でもいーじゃねーか。名前なんてよ。んで、どうした?」

「はっ! そうでした!! これを見て下さい!!」

 ナーエはモルテさんと私に、持っている本を見せる。

「「何だこりゃ?」」

 ナーエさんの本に書かれていた内容はこうだった。


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 ななな、何てことよー!?

 王都に突然魔物の大群が攻めてくるなんて!!
 それも飛竜ばっかり!!

 やっぱり赤鳥騎士団みたいな馬鹿の集団に入らないで、実家に帰るべきだったんだ!!
 王都はみんな焼かれちゃうし、人は大勢死んでるし、私ももう殺されちゃうよー!!


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 妄想日記かよ……。
 
「おい。妄想働かすくらいなら闘気くらい扱えるようにしろっつーの」

「何回説明すれば良いんですか!?私の魔法は【予知】だって言ったでしょ!? もうすぐ起こるんですよ!! ここに書かれたことが!!」

 もうすぐここに書かれたことが起こる?
 ってことは――これは妄想じゃなくて現実に起こるってこと!?

「【予知】ってことは……王都が魔物の群れに襲われる!?」

「だから、さっきからそう言ってるじゃないですか!?」

「ぎゃははは!! だったら最高じゃねーか!! 飛竜の大群か、ワクワクすんぜ!!」

 戦闘馬鹿のモルテさんは笑ってるけど、冗談じゃ済まないよ!?

「ナーエさん、ちょっと飛ばすよ!!」

「へ? ええええ!?」

 私はナーエさんを左手で抱え、急いで嫌いなロランの元へと向かった――。


*****


 王城の廊下でロランを見つけた私は、ナーエさんの【予知】の魔法の話をした。
 いの一番にロランに話をしたのは、ロランなら状況を理解するのも早く、迅速に行動すると思ったからだ。
 大大大っ大嫌いだけど!

「【予知】ねぇ……どれくらい確かな情報なんだい? これは」

「えっと……魔法を使うと私の身に起こる一時間以内の出来事を自動書記します」

「で、これを書いたのはいつだい?」

「多分、一時間くらい前です。そこからモルテ団長を探してて……」

 ほぇ? 一時間前ってことは……もう……。
 嫌な予感がよぎった私が、ふと窓から外を見ると――飛んだ飛竜が大口を開けていた。
 飛竜という魔物は――マナに満ちた場所でトカゲなどの爬虫類が魔族化してなるとポワンに聞いたことがある。

 成長した飛竜は、人くらいの大きさでも人を遥かに超える力を持ち、皮膚は鋼鉄より硬く、空も飛び、魔法も扱うモノもいる。
 マナが満ちた場所で大きくなり、数百年生きた飛竜なんかはとんでもない強さを誇るらしい。

 そんな私達より体の大きい茶色の飛竜は大きな口を開け、その口内から私達に向け炎のブレスが放出されようとしていた。

「!!」

 今正にブレスが放出されようとした時、私は回避するためにナーエさんを庇う形で、闘気を纏って王城の廊下の床に向かって伏せる。

 ――だけど、ロランは違った。
 【瞬歩】を使い、窓を割って飛んでいる飛竜の頭に飛び乗り、いつの間にか抜いていたレイピアを、飛竜の炎を吐こうとしている口を閉じるかの様に突き刺していた。

 飛竜の口である炎の出口が閉じられたため、飛竜の炎は体内で暴発し、爆発する。

 煙を吐き、地へと堕ちていく飛竜。
 共に落ちていくロランは既に刺したレイピアを抜き、次の攻撃の準備に入っていた。

「魔技【雷突】」

 紫の電気をまとった刺突は鋼鉄より硬い飛竜の体ごと心臓を貫き、既に虫の息ほどだった息の根を止める。
 立ち上がって窓から覗くと、電撃を受けて焦げた飛竜の死体の上でロランは空を見上げていた。

 ロランのヤツ……やっぱり強い……。
 戦闘力だけじゃなくて、判断力も早い……。
 ナーエさんを庇って避ける判断をした私と違い、被害を出さずに飛竜を瞬殺した。

 ロランが上空を嬉しそうに見上げているため、釣られて私も空を見上げると――。

「何……これ?」

 王都の雲行きが怪しく、今にも雨が降りそうな空には、飛竜の群れが我が物顔で飛んでいた。

 数は数十……?
 いや、ゆうに百は超えてる……!!
 飛竜……魔物があんな数も集まるなんて、あり得ない!!

「だから言ったじゃないですかあぁ!!」

 そう叫んだナーエさんは逃げるかのように、どこかへと走って行った。
 でも……遅っ!
 しかもまたこけてるし!

「ヒメナちゃん、君は歌姫の所へ行っておいで。紫狼騎士団は全員迎撃に入る。【狂戦士の歌】は飛んでいる飛竜相手には効果は薄そうだし必要ないから、君達冥土隊で歌姫を守るんだ」

 ロランに声を掛けられ、ナーエさんの運動音痴ぶりを夢中に見ていた私は我に返る。

「……そうだ、アリア!!」

 アリアは失明している、ナーエさんに教えてもらった私と違って状況も分かってない可能性も高い。
 アッシュはアリアを奪おうとしてた……今回も例外じゃないかもしれない……!!

 私は闘気を纏って急いでアリアの部屋へと向かった――。


 アリアの部屋の前では警備兼監視役の紫狼騎士団の騎士が二人おり、先の飛竜とロランとの戦闘音を聞いて、二人でどうするか相談している様だった。
 つまり、まだアリアの部屋に異変はないと予想できる。

 もしかしたら、アッシュみたいにアリアを攫いに来たんじゃないかって思ったけど、良かった……間に合って。

 そう安心した時――アリアの部屋から窓が割れる音が鳴り響いた。

「どいてっ!!」

 私は走ったままの勢いで騎士の二人をどかし、勢いよくドアを開ける。

「!!」

 広い部屋の窓は破られ、そこからは黒い特大の飛竜がアリアと顔を見合わせており、アリアを庇う様に脇にはルーナとベラが武器を抜いて構えていた。

 飛竜っていうより……神話とかに出てくるドラゴンじゃん!
 マナ量もポワンよりは下だけど……四帝級だ!!

 そんな巨大な黒竜の頭の上には、杖を持ったおじいさんが乗っている。

「ふぉっふぉっ。ワシは死帝ルシェルシュ・オキュルト様の直属の部下、レイン・パペッターじゃ」

 死帝ってことは……四帝の一人の……!?
 四帝の一人が来てるの!?
 でも、このレインってお爺ちゃんはマナ量は私よりも低く、とても強くは見えないけど……。

「歌姫様をどうかこの老いぼれに譲ってくれんかの? 其方らの命は保証するぞい」

「冗談じゃないわ、アリアは渡さない」

「ふぉっふぉっ。さようか、残念じゃわい」

 ルーナがそう答えると、レインが杖でコツンと黒竜の頭を叩く。
 黒竜はアリアの部屋に突っ込んだ顔を引き抜き――。

「尊い若者の命を散らすことになるのはの」

 巨大な腕をアリアを掴むために振りかぶった。

「ヒメナ、ベラ!! アリアを!!」

 ルーナがそう叫んだ瞬間、私は【瞬歩】でアリアの元へと跳び、庇う形で前に出ると、【瞬歩】を使えないベラも遅れてアリアの前へと出てきた。

 一方指示を出したルーナは、アリアを捕えようと腕を突っ込もうとする黒竜に向けて飛び込み、黒竜の腕と交差する形となる。
 ルーナは眼下にある、黒竜の腕に対して大剣を振りがぶった。

 ルーナの闘気じゃ……あの黒竜の体は斬れない!!
 そう考えた私がアリアを抱きかかえ、黒竜の腕から逃れることに専念しようとしていると――。

「魔技【一文字】」

 ルーナは黒竜の腕を切断した。

「グォアアァァ!!」

「「!!」」

 左腕を切断された痛みから、黒竜は大声を上げて鳴き叫ぶ。
 巨体の黒竜の腕をルーナが斬り落とせると思っていなかった、私と敵のレインは驚きを隠せなかった。
 そんな中、切り落とした左腕を利用して、ルーナは私達の元へと跳んで戻ってくる。

 そういえば、ルーナの魔法は【切断】って言ってた……あの黒竜の体がいくら硬かろうが関係ないんだ。

「ぬぅ……!! 手に入らないのであれば、殺すのみじゃ!! やれぃ、セイブルよ!!」

 セイブルと呼ばれた黒竜は巨大な口を開け、ブレスを吐こうと喉元に黒い何かを溜めた。

 私は先のロランと飛竜の闘いを思い出す。
 このまま避けるだけでは、駄目だ……攻める!!

 【瞬歩】を使い、巨体のセイブルのアゴ下へと高速移動した私は、今正にブレスを吐こうとしている黒竜の顎を上に向かい、闘気を纏って全力で蹴り飛ばす。

「ぬぉ!?」

 私の蹴りで首を上と曲げた黒竜セイブル。
 レインはセイブルの頭に乗っていたため、振り落とされそうになり声を上げてしがみつく。

 首を上へと曲げたセイブルは上空に向けて黒い光線のようなブレスを吐き出した。
 強烈なブレスは上空を飛んでいた飛竜を二体程巻き込んで消滅させ、雲を貫き天までの昇る。

 何て威力……!?
 もしあれが私達の方に向けられてたら……。
 王都に撃たれたりなんかしたら……。

 黒竜セイブルの巨体の足元に着地した私とルーナを見て、レインはうろたえていた。

「相性が悪い! 一度引くぞい、セイブル!!」

 私達を脅威と感じたのか、レインはセイブルと共に上空へ飛んで退いていく。

 引いてくれたのはこちらとしても助かるけど……飛ばれたら手が出せない。

「ヒメナ、ベラ。アリアは私が守るから二人は王都の上に飛ぶ飛竜を何とかして。おそらく既に王都には被害が出てるわ」

「ほぇ!? レインの狙いはアリアなんだよ!? それに何でか魔物の飛竜を操ってるし……行けないよ!!」

 確かにルーナの魔法は飛竜と相性が良さそうだけど、一人で守り切れるの?

「私の魔法ならアリアを守りきれると思う。【切断】は飛竜の体もブレスも切れるはずだから」

 でも……それでも、やっぱり心配だよ。
 護衛がルーナ一人だなんて……。

「ヒメナ、ベラ行って」

 話を聞いていたアリアが、私達を促す。

「でも……」

「王都は……戦場から帰ってきた時、いつも暖かく迎えてくれるの。私達スラム街に住んで盗みとか働いてたのに……そんな優しい人達に死んでほしくない」

 アリアは昔と変わらない。
 いつだって優しくて、他人想い。

「お願い、ヒメナ」

 アリアを守るってことは……ただ、アリアを守ればいいのかな?

『強くなれ、ヒメナ。アリアだけは何に代えても守るんだ』

 エミリー先生はそういう意味で言ったんだろうけど、私は違う。

「わかった。ルーナ、アリアをお願い」

「任せて」

「アリア、私行くよ。アリアの守りたいもの守ってくる」

 アリアの想いごと、全部守りたいんだ。

「ヒメナ……ありがとう」

 私とベラはアリアの想いを背に、街に向かって駆け出した――。