終焉の歌 ~右腕を失って追放されても、修行をして歌姫の元にメイドとして帰ってきます~

 ジャンティに目がいって気付いていなかったけど、祭壇近くには村の他の若い女性も乱暴されて殺された後なのか、動かないまま床に転がっており、血や様々な液体が混ざり合い、教会に似つかわしくない異臭を放っている。

 ジャンティ以外の女性は全員殺されていた。

「……あぁ? ようやく来たか」

 私達に気付いたと同時、ジャンティの体内に自分の欲望を解き放ち、身震いをしたフリーエン。
 私に殴られた傷はまだ癒えておらず、顔を腫らしたままだ。
                  
 身も心も穢されきったジャンティには最早生気はなく、何を見ているかも分からないような状態だった。
 生きながらにして、死んでいるようにも見える。

「待ってたぜ、メインディッシュさんよぉ……」

 フリーエンはズボンを履いて私達の方を向く。
 正確には、私の方だ。
 目の前でフリーエンがしたことがあまりにも衝撃だったため、私は固まって動けずにいた。

「貴様ああぁぁ!!」

「ルグレ、馬鹿!! 落ち着けってーの!!」

 呆然と見ていることしか出来なかったルグレは我にかえり、フリーエンがした鬼畜の所業を許せなかったのか、ヴェデレさんの静止を振り払って闘気を纏い駆ける。
 動揺していたのか、行動が直線的で精細を欠いていた。

「おい、いいのか?」

 ルグレの手甲を装備した拳の大振りは、盾にされたジャンティの顔の前で止まる。

「うっ……!?」

 顔中の穴という穴から色んな液体を流しているジャンティを目の前で見て、ルグレは明らかに動揺していた。
 フリーエンはそんなルグレの腹を闘気を纏って蹴り飛ばし、礼拝場の柱へと叩きつけた。

「ぐっ……!」

「ルグレ!!」

 フリーエンはルグレに見せつけるかのように、ジャンティの髪を鷲掴みにして無理矢理立たせ、首元へとナイフを突きつける。

「お前は下がって動かず見ていろ。俺が用があるのはメスガキの方だ……気に入らねぇんだよ、俺を舐めたそいつがな!!」

「人質とは……卑劣な……!! 自分の仲間はどうした!?」

「安心しな、この村襲ったのは俺一人だよ。仲間は付き合いきれねぇっつってどっかに消えちまったよ」

 私の【探魔】に引っかからなかったということは、本当にフリーエン一人で村を襲ったんだろう。
 ジャンティを人質にとられたルグレはゆっくりと後ずさりし、私とヴェデレさんの所まで戻る。

「ヒメナ……あいつはああ言ってるけど、俺にあいつと闘せてくれ!!」

 ルグレにとっては、もしかしたら友人以上の想いがあるジャンティを穢されたからか、ルグレの目は血走っていた。
 拳を握りつぶし、両手から血が滴っている。

「ルグレ。ちっとは頭冷やせーな」

 ヴェデレさんはそんなルグレの頭を小突く。
 今のルグレをフリーエンと闘わせるのは危険だと、長年の経験から感じたのかもしれない。

「大丈夫ーか? ヒメナ」

「……うん」

 フリーエンを倒せるのか、私自身の精神状態に問題ないのか。
 ヴェデレさんはそういうつもりで聞いてくれたんだろうけど、そのおかげか少しずつ冷静さを取り戻していく。
 その狙いもあってヴェデレさんは私にも話しかけてくれたんだろう。

 冷静になった私は、フリーエンを真っ直ぐ見据えた。

「フリーエン……こんなことをして……せっかく見逃してあげたのに……何でこんなことが出来るの!?」

 何もしないでどこかに行ってくれれば、それで良かったのに……そうすれば、誰も死んだり傷つくこともなかったのに……!!
 何でそれが出来ないの……!?

「……見逃してあげた……? どいつもこいつも……上から俺を見下しやがってよぉ!!」

 フリーエンは盾にしていたジャンティを祭壇から投げ捨て、ナイフを仕舞う。
 人質に取り続けると思っていたけど、何故かそれは無さそうだ。

 本当に私との一騎討ちが目的みたい。
 でも、どうして私……?

「ずっと誰かの目を気にして、ゴマすって生きてきた!! それでもまだ、お前みたいな女のガキの目すら気にしろってのか!? 俺を何だと思ってんだ!! 俺はこの世界の玩具じゃねぇ!!」

 私は視界を遮る涙を左手で振り払う。
 言葉が通じないなら、闘うしかないんだ!!

「ふざけないでよ!! あんたがどんな目に合ってきたかなんて知んないけど……だからって、あんたが好き勝手やっていい理由にはなんないわよ!!」

「何も知らねぇ、メスガキが!!」

 私とフリーエンは戦闘の合図かのように、互いに闘気を纏ってフリーエンと対峙する。

 先制したのは――フリーエン。

「これならナイフみたいに弾けねぇだろ!!」

 フリーエンは魔法【念力】によって礼拝堂内の長椅子を浮かして、私へと飛ばしてきた。

 私は飛んできた長椅子を跳んで躱したが、そんな空中に飛んだ私の右側から、フリーエンはさらに長椅子を飛ばして来た。

「……っ!?」

 右手が無い私にとって、私の体の右側は弱点。
 傍目から見てわかるその弱点をフリーエンは当然突いて来たのだ。

「……ぐ……!!」

 飛んできた複数の長椅子に、空中で防御しながらも当たる。

「ヒメナ!!」

 ルグレの叫びと共に、長椅子と共に地面へと叩き付けられた。
 長椅子に押し潰されている私に対して、フリーエンは更に礼拝堂の長椅子を操り、次々と飛ばしてくる。

「破っ!!」

 躱して駄目なら壊すのみ。
 私は全力で闘気を纏って押し潰されている長椅子を吹き飛ばし、フリーエンが飛ばして来た長椅子も拳と足で破壊していく。

「なんっつー闘気だ……騎士団の副団長クラスじゃねぇか……!! 何なんだよ、てめぇは!!」

「あんたみたいなヤツをぶん殴るために、必死に強くなったのよ!!」

 次々と【念力】で飛んでくる長椅子を破壊しながら、フリーエンとの距離を徐々に詰める。
 今の私が【瞬歩】で瞬時に近づける最大距離はおよそ五メートル、その距離に入るためだ。

 しかし、一度戦闘をして隣接した距離で闘うことが不利なのが分かっているフリーエンは、私が叩き壊した長椅子などを再度【念力】で操り、私に距離を詰めさせまいとようとしてくる。
 私は細かい傷を負いつつも、フリーエンとの距離を詰める隙を見計らっていた。

 何故なら、フリーエンの【念力】の弱点を見抜いているからだ。

 おそらく、フリーエンは【念力】で物を操っている際中に、両手に何かを持つことが出来ない。
 両手の指で物を一つ操れ、その数の合計は十。
 物を操っている最中は手は塞がっており、何かを持つことが出来ない。

 だから前の戦闘の最後、剣を抜くタイミングも遅れていたんだ。

 【念力】で動かす物を壊しても壊しても、また別の物を飛ばしてくるフリーエン。
 私も近付ききれずに、戦況は膠着していた。

 ――ポワンに修行中に教わったことがある。
 均衡してる状況では、相手の虚をつくことが重要だと。

 意表のついた方が優位なのに、私には遠距離攻撃が可能な魔法なんてものはない。
 だからこそ私は、【瞬歩】で距離を詰めるということを意識していたが、フリーエンは近づけまいと消耗線を仕掛け、隙を伺ってくる。

「うっぜぇなぁ!!」

 いつまで経っても決定的な隙を見せない私に、フリーエンは【念力】で何かを飛ばしてきた。
 その何かを殴り飛ばそうとしたとき――私の手が止まる。


 何かとは、フリーエンが殺したアフェクシーの女性の死体だったから。


 動揺した私は、物と同じように殴り飛ばすことが出来ず、死体を受け止める形で一緒に倒れ込んだ。

「あんたってヤツは……人の心がないの!?」

「だからガキだってんだよ、てめぇは!!」 

 フリーエンの虚をつこうとしていた私は、逆に虚をつかれる形となる。
 【念力】で私が壊した物の切先や、燭台等の殺傷能力が高い物を、私に向けて一気に飛ばし始めた。
 私を串刺しにする気だろう。

 万事休す――そう思ったその時――。

「「!?」」

 私の前にはルグレがいた。
 ルグレは私に飛んできた物を全て逸らし、無傷で立っている。
 殴打で弾いたんじゃない、触れただけで逸らしたんだ。

「……何をした、てめぇ!!」

 両手に闘気でなく、マナを纏うルグレ。
 触れただけでフリーエンの【念力】で飛ばして来たものを逸らしたのは、何らかの魔法を使ったということなんだろう。

「ルグレ……」

 ルグレと四年も一緒にいたのに、私はルグレの魔法を見たことない。
 本人も自分の魔法が大嫌いみたいだから、見せてって言っても見せてくれたことがないんだ。

 なのに魔法を使ったということは、それだけフリーエンのことが許せなくて……殺したいってこと……?

「大丈夫、もう冷静だよ。ここからは俺がやるよ、ヒメナ」

 心配そうに見つめる背中を見つめる私に、いつものように微笑んだルグレ。

「てめぇは出しゃばってくんじゃねぇっつってんだろ!!」

 そんなルグレに、フリーエンは【念力】を使って様々な物を飛ばす。
 ルグレは飛んできた物に対して、打撃で落とす気配も躱す素振りも見せず、マナを手に集めてただ触れた。

 ルグレが触れた物は踵を返すように反転し、フリーエンへと直撃する。

「がぁっ……!?」

 自分の【念力】で飛ばした物はずのものが当たったフリーエンは、当たった衝撃で吹き飛ばされて、地面へと倒れた。
 そんなフリーエンにルグレは悠々と歩きながら近付いていく。

「……ぐ……てめぇ……何をした!?」

 フリーエンは近くにあったオルガンを【念力】でルグレに飛ばす。
 ルグレが先程と同じように触れるとオルガンは勢いを止め、その場で落ちた。

「くそが……!! 何だって俺の【念力】の制御が効かねぇんだ!?」

 あれが……ルグレの魔法?
 一体何をしてるの?

 何が起きているか分からず私が困惑していると、同様のフリーエンの目の前に辿り着いたルグレが、その問いに答えるかのように、ルグレが操っている物を宙へと浮かして踊らせた。

「俺の魔法は【支配】。俺が触れた対象は俺の支配下に置かれる」

 つまり……フリーエンの魔法で飛んできた物を支配して、逆に操ってるってこと?
 ルグレの魔法……凄い。

「あなたの罪は重い……アフェクシーを滅ぼし、沢山の人を殺した。弁解の余地はない」

「なら殺せよ!! どうせ俺にはもう生き場はねぇんだ!!」

 間合いを完全に詰めたルグレに、うつ伏せに倒れたままフリーエンは叫んだ。

「ガキの頃から……いつもこうだ!! 平民の中でも貧乏で、色んなヤツに見下されて!! 王国兵士として雇われてやっと生活に困らなくなるのかと思えば、紫狼騎士団の使い捨ての道具として特攻させられてよぉ!? 頭がイカれそうな妙な歌を聴かされながら闘うのが嫌で、聞こえない範囲まで行ったら挙句の果てにゃ、脱走兵として指名手配犯だ!!」

「脱走兵……!? あなたは戦争が嫌で王国から逃げ出したんですか?」

「誰が好き好んで死にに行くんだよ!? 俺は王国のどっかの街で常駐兵士として普通に生きてけりゃそれで良かったんだ!! なのに……帝国が攻めてきたせいで……俺は……っ!!」

 不幸自慢ともとれる身の上話。
 ルグレは真剣に聞いていたけど、私にとってはどうでも良かった。

 フリーエンのアジトで闘う前ならまた違ったのかもしれないけれど、今のこいつはただの大量殺人犯だ。

「……俺を見下したそのメスガキをコケにしたら、少しはこのクソッタレな世界に抗えた気もしたかもしれねぇってのによ……それすらも叶いやしねぇとはな……くくっ」

 私を倒せば、世界に抗えた気がしたって……私のせいで思い通りにいかないから気に食わないってだけじゃない……!!
 そんな理由でアフェクシーの皆を殺して……こんなことをしたっていうの!?

「……あなたは争いが嫌で、戦争から逃げたんですよね? これから……変わることは出来ないんですか? 罪を償うために生きる事だって――」

 何言ってんの、ルグレ!?
 そいつはアフェクシーの人達を皆殺したんだよ!?
 ルグレだってさっきあんなに怒ってたじゃない!?

 ルグレの馬鹿げたような案を聞いて、フリーエンは狂ったように大笑いしだす。

 ひとしきり笑った後、重い腰を上げるように立ち上がり、ルグレとフリーエンは互いに見つめ合う。
 まるで、何かを伝えあっているようにも見えた。

「悪いな、坊主……俺はもう、変わっちまった後なんだよ!!」

 ルグレの想いは届かず、両手を上げたフリーエンは手の平からマナを飛ばした。
 フリーエンがマナを飛ばした先は――教会を支える二つの巨大な支柱。

「ぬおおあぁぁ!!」

 頭の血管から血が噴き出すほど、自身のマナに力を込めて、【念力】を行使するフリーエン。
 フリーエンの魔法によって、支柱は少しだけずれる。

 二つの支柱がずれたことによって、教会全体にヒビが入り、崩壊し始めた。
 
「ははははっ!! どいつもこいつも俺みたいに不幸に死んじまえっ!! 全部ぶっ壊れりゃいいんだ!!」

 大量のマナを消費したフリーエンは、笑いながら倒れ込む。
 
「あいつ……自分ごと教会全部をぶっ潰す気ーか!?」

「ヴェデレさん早く逃げて!!」

 崩壊し始める教会から逃げるヴェデレさん。
 私も教会から逃げるために、フリーエンに飛ばされた死体を抱えた。

 崩れ去ろうとしている教会から出た私は、抱えた死体を地面にゆっくりと置き、中々出て来ないルグレが気になり教会内を見ると、全裸のジャンティに上着をかけて抱えて、脱出を図っていた。

「ルグレ、早く!!」

 ルグレがジャンティを抱えて教会から出た正にその時、教会は崩れ去る。
 取り残されたフリーエンの狂喜的な笑いと共に――。
 崩れ去った教会。
 私達は呆然とその前で立ち尽くしていた。

 フリーエンのマナは感じない。
 おそらく、崩壊した教会の瓦礫に巻き込まれて死んだんだ……。

 アフェクシーの村で生き残ったのは、ヴェデレさんと放心状態のジャンティのたった二人だけ。
 私とルグレが守れた命は、数十人の内の……たった二人。

「やはりの、こうなったか」

 私が守れなかった命の数に絶望していると、崩壊した教会の隣の建物の上から見知った声が聞こえてきた。

 声の主は、今まで我関せずを貫いてきたポワンだ。
 私達に任せたことがどうなったのか、結果を見に来たのだろう。

「やっぱり、こうなったかって何よ……」

「ぬ?」

 私達に任せたらこうなるってポワンは分かってたって意味……?
 なのにポワンは私達にフリーエンの対処を任せたってこと……?

「何で……何で助けてくれなかったの!? ポワンがいればこんなことにならないで、アフェクシーの村は助かってたんでしょ!?」

「小娘。お主は戦場でこの人を殺したくない、あの人は何で助けてくれないと、阿呆のように喚くのかの?」

 私の訴えに、ポワンは鼻で笑う。
 ポワンの対応には腹が立ったけど、その通りだ。

 もし、私がアジトでフリーエンに勝った時に殺せてたのなら、アフェクシーでは誰も死なず平穏な毎日が続いていたのに……私にはそれが出来なかった。
 この結果はポワンのせいじゃない、私のせいだ。

 ジャンティに怪我が無いかを確認するヴェデレさんを見て、ヴェデレさんと話したことを思い出す。

『おーう、ヒメナにルグレ……ポワンさんはどうしたい?』
『やっつける……か』
『……んーでだ。ルグレ、盗賊のヤツらはどうしたんだ?』

 沢山の戦場を経験していたヴェデレさんは、こんな未来を予想していたのかもしれない。
 だから、躊躇なく敵を殺すであろうポワンに来て欲しかったし、私達にフリーエンを殺して欲しかったんだ。

 でも、ヴェデレさん自身がそれをする訳でもないし、力がある訳ではないからはっきり言わなかった。


 アフェクシーの村が滅んだのは、敵を殺す覚悟がなかった私の弱さだ。
 それでも、また敵が現れた時に、その敵を……同じ人間を殺せるのだろうか……?


「窮鼠猫を噛む。敵はお主らより弱かったのじゃろうが、お主らの弱みをつき、復讐を果たした。敵を生かしてロクなことはないじゃろうて」

「違います」

 いつもポワンに肯定的なルグレが、ポワンを否定する所を初めて見た。
 フリーエンとの最後の会話で、ルグレの中に何かが残ったんだ。

「俺がフリーエンを止められたとしたら……もっと前です……!! 王国兵士となって手に入れた平穏を……戦争が奪ったんだ!! 帝国と王国の戦争さえ起きなければ――」

「ルグレ」

 黙ってろと言わんばかりのポワンの圧。
 ルグレはその圧に気付き、押し黙った。


 ――フリーエンの死を確認した私とヴェデレさんは、フリーエンを含めた死んだ人達の埋葬を始めた。
 ルグレにはジャンティの宿屋で、ジャンティの様子を見てもらっていて、ポワンはいつも修行をしている山へと帰った。

 闘気を纏って私が殴って作った穴に、私とヴェデレさんは死体を放り込んでいく。
 助けられたかもしれない見知った人達の死体を見るのは、複雑な想いだ。

「……ごめんね、ヴェデレさん。私がフリーエンを殺しておけば、こんなことにはならなかったのに……なのに私……やっつけたとか自慢気に言って馬鹿みたい……」

 穴に死体を放り投げながら、ヴェデレさんに謝る。
 遠回しに忠告してくれてたのに、それを裏切る形になったからだ。

「……いーや、お前は何一つ悪かーねーよ。俺も善意で助けに来てくれたアフェクシーの住民でない子供に、誰かを殺してくれなんて言える訳ねーしーな」

 そう言ってヴェデレさんも死体を穴へと投げ入れる。

「人ってのは死んじまったら、ただの物になっちまう。お前がどれだけ強くなるかはわかんねーが、それだけは忘れないでくれーな」

 そこからは無言で作業を続けた。
 薪売りをしてたおじさん、父親の農業を手伝ってた女の子、ジャンティの両親……全ての人の死顔を見ながら、涙を堪えて穴へと投げ入れた。

 全ての死体を穴に埋めて処理した後、私達は黙祷を捧げ、気になってたことを聞いてみることにした。

「これから、ヴェデレさんとジャンティはどうするの?」

 アフェクシーは滅んだと言ってもいい。
 二人で住むという訳にもいかないだろう。
 私達の修行について来れるかと言うと、絶対に無理だろうし、何よりポワンが認めないだろう。

「……こうなっちまったのはしゃーねーしな。皆の墓建てた後は、帝国軍に戻りゃーな。あっこなら仕事ならどうせあっからねー……」

「でも、また前線に配置されたりしたら……戦場、嫌なんでしょ?」

「俺の顔見てみーな」

 ヴェデレさんは自分の指をさした顔を近づけて来る。
 どう観察しても、いつもと変わらない無精髭が雑に生えたおっさんの顔だ。

「……何も変わらないけど」

「そーさ、何も変わらねー。お前はずっと半泣きだったけどーな、俺は一緒に過ごした人達が死ぬことに慣れちまって涙も出やしねーんだーな。フリーエンみたいな壊れた人間も何人も見てきたしーな。それに嫌なことだろうが、ジャンティも食わすならそうするしかねーわな。人間生きててなんぼだからーさ」

 俺は平気だから、心配すんな。
 自分のことを考えろ。
 そう言ってるように感じた。

「死んじゃったら、ただの物だから?」

「そういうこったーな。ヒメナは生きてる内に恋の病ってのも直さなきゃなーな」

「もう!! 今する話それ!?」

「はっは!!」

 ヴェデレさんは死んだ人は物と変わらないって言ったけど、私は違うと思う。
 だって私は、エミリー先生やララやメラニーのことも、アフェクシーの人達の生きている時のことも、忘れられないし忘れたくない。
 物は壊れたら捨てて終わっちゃうけど、捨てたくないモノがたくさんあるから。
 私が忘れなきゃ、私の中で生きているって、そう信じたいんだ。

「……アリア」

 私は綺麗な夜空を見上げて、アリアの名を呟く。

『ガキの頃から……いつもこうだ!! 平民の中でも貧乏で、貴族に見下されて!! 王国兵士として雇われてやっと生活に困らなくなるのかと思えば、紫狼騎士団の使い捨ての道具として特攻させられてよぉ!? 頭がイカれそうな妙な歌を聴かされながら闘うのが嫌で、聞こえない範囲まで行ったら挙句の果てにゃ、脱走兵として指名手配犯だ!!』

 頭がイカれそうな妙な歌……フリーエンはそう言っていた。
 つまり、アリアはもう既に戦場でロランに利用されているってことだ。

「……もっと、もっと強くならないと……」

 今回のアフェクシーでの戦いは、アフェクシーを守れなかった私の負けだ。

 危険な所にいるかもしれないアリアの元へと早く戻りたいという焦りと、アリアが生きている証言を聞いた安堵がありつつも、今の自分が戻った所でアリアを戦場で守り切れる自信は無かった――。


*****


 一方、その頃。
 ルグレはジャンティの宿屋の一室で、身を清めているジャンティを待っていた。
 腕を組みながら、部屋を落ち着かない様子で右往左往している。

「ジャンティを任されたけど、どう対応すれば良いんだろう……わからない……こんなことは教わったことはないぞ……」

 救い出したジャンティは、ほぼ廃人に近い状態であった。
 それもそうだろう。
 自身の家族や友人たちを殺した男に、女性としての初めてを奪われ、穢されたのだ。

『……ルグレ……部屋で待ってて……』

 ルグレが釣れたジャンティが発した言葉はその一言。
 ジャンティが来た時にどう対応したらいいのか、分からないでいた。

「励ます……いや……励ましてどうするんだ、馬鹿か俺は……」

 ルグレがどうすればいいかわからず自問自答していると、部屋の扉がゆっくりと開かれた。

「!?」

 現れたのは、身を清めた後のバスローブ姿のジャンティ。
 ジャンティの実家にいるのだから、服は当然あるはずだ。
 にも関わらず、ジャンティがバスローブの下が裸であることにルグレは強く動揺する。

 そんな動揺して固まったままのルグレを、ジャンティはベッドへと押し倒した。

「ジャジャジャ、ジャンティ!? ど、どうしたんだい!?」

 ルグレの動揺は止まらない。
 ルグレは十六歳で女性経験は無かった。

 共に過ごしているポワンやヒメナのことですら分からないことが多いのに、いくら仲が良い友人であるジャンティのこととはいえ、何故裸で抱きしめられているのかわからずにいた。

「……抱いて」

 ジャンティの心からの訴え。
 女性経験がないルグレでも、行動の意図は分からないでいたが、その意味は分かった。

「いや……っ……でも……そんなことできないよ!!」

 未体験の出来事に、頬を赤らめるルグレ。
 下半身は己の意識に反して、反応してしまっている。

「何で……? あの男に犯された私が……汚いから……?」

 ルグレ自身、ジャンティが自分を恋愛対象として見ているのが分かっていた。
 そんな自分に、他の男に犯されてしまった場面を見られてしまったジャンティの心中はルグレには察せれない。
 きっと好きな人に抱いてもらうことで、心の平穏を保とうとしているのだろう。

「……違うよ、そうじゃない……そうじゃないんだ」

「じゃあ何で!? 私のこと嫌いなの!?」

 ジャンティにとっては、頼れる人はもういないに等しい。
 ヴェデレがいるにはいるが、もしヴェデレと離れることになってしまえば、両親を失ってしまった自分は独りきりとなる。

 ジャンティの行動は、衝動的なモノであったことは間違いないが、もしルグレが自分を抱けば、今後ルグレは自分を見捨てないという、優しさに付け込んだ打算的な狙いもあったのかもしれない。

「嫌いじゃないよ……ただ、俺は……」

 しかし、そんなジャンティの思惑を知る由もないルグレは、ジャンティの言葉を素直に受け止める。

 今まで誰にも悟られまいと、話さなかった心の内。
 それを話す事だけが、ジャンティに対する誠意だと考えたルグレは――。


「俺は、ヒメナが女の子として好きなんだ」


 ただただ、真っ直ぐな少年であった。

「だから、ジャンティとそういう……男女の何かっていうのは出来ない」

 ルグレがヒメナに恋心を抱いたのはいつなのか、自分自身にも分からない。
 魔法も利き腕も無い――にも関わらず親友の元へ戻るために必死に修行をするヒメナを見ている内に、気付けば人間としても女性としても惹かれていたのだ。

 真面目なルグレにとって、想い人がいるのに別の誰か性行為を行うという考えは一切なかった。

「……そう……あの御守り、私の時は効果なかったくせに……」

「……え?」

 ジャンティが何を言っているのか聞こえはしたが、意味が分からなかったルグレは思わず聞き返す。

「……ううん、何でもない。ちなみに冗談だったんだけど、まさか本気にした?」

「嘘だったの!? ひどくない!?」

 バスローブを整え、笑顔を浮かべるジャンティ。

「あはは。じゃ、私は自分の部屋で寝るから……」

 そして――。


「ルグレ、バイバイ」


 最後に切ない目でルグレに別れを告げたジャンティは、翌日の朝――自室で首吊り遺体として発見された。
 ポワン達と出会って五年――。
 アフェクシーの村が滅び、ヴェデレさんと別れてから一年が経った。

 アフェクシーの村には慰霊碑としては小かったけど、ヴェデレさんとルグレと三人で皆のお墓を建てた。
 まさか……そこにジャンティも入ることになるなんて、誰も思ってもいなかったけど。

 ジャンティが自殺した理由は何も分からない。
 きっとフリーエンに乱暴されたことが原因だろうって、ヴェルデさんは言ってたけど、真相はジャンティ本人にしか分からない。

 ヴェデレさんはジャンティを養うつもりだったけど、ジャンティは死んでしまった。
 それでも仕事の当てがないからって、帝都に戻って行っちゃった。

 最後の別れもヴェデレさんらしく、あっさりしてたから感傷も何もなかったなぁ……何かまたいつか会えそうな気もするし。

「はああぁぁ!!」

 私とルグレは組み手の真っ最中だ。
 互いに闘気を纏い、闘技を扱う。
 一年前と比べても、その練度は自分でも分かるくらい違っていた。

 私のマナ制御の精度は遂にルグレを超え、闘技も指を動かす程簡単に使える程になっていた。

「……うっ……!!」

 私の打撃を受け、尻餅をつくルグレ。
 勝機と見て私は空中に跳び、車輪のように高速に回転をし始める。

「闘技【断絶脚】!!」

 【断絶脚】は闘気を纏い、回転をつけて勢いを増した踵落とし。
 技の前後に隙が出来る闘技ではあるが、当たれば一撃必殺で、斧のように真っ二つに人体を切り裂く。

「そこまでなのじゃ!!」

 もちろん、ルグレを真っ二つにするつもりはないから、ポワンの掛け声と共にルグレの顔の前で寸止めをした。

「へっへーん、また私の勝ちだね! ルグレ!!」

「……そうだね。ヒメナ、本当に強くなったよ」

 勝った私はルグレに手を貸し、起こした。

 最近は私が勝つのがお馴染みになっている。
 というのも、一年前のアフェクシーが無くなってから、闘う時のルグレのマナには迷いみたいなのがあるからだ。
 どうしてもそれがマナ制御を乱し、闘気の発生を鈍らせているんだと思う。

「……ルグレ、大丈夫?」

「大丈夫って何が? 怪我はしてないよ」

「……そうじゃなくて……何か手伝えることがあったらいつでも言ってね!」

「……うん、ありがとう。ヒメナ」

 心配をかけまいとルグレは微笑んだ。
 もし出来ることがあったら、手伝ってあげたいんだけど……いつもルグレは自分の内に秘めちゃう。
 私には何もできないや……話してくれたらいいのに……。

「駄目じゃの、こりゃ」

「すみません、師匠……不甲斐なくて」

「お前のことだけじゃない、そこの小娘のことも言っておる」

「ほぇ!? 私も!?」

 フリーエンとの闘いから、このままじゃ駄目だって思って頑張って来たけど、やっぱりポワンから見たら全然強くないのかなぁ……ルグレに組手で負けなくなったし、大分強くなったと思ったんだけど。

「よし。小娘、ルグレ」

「どうでもいいけど、小娘って呼ぶのいい加減やめてくんない? 五年も一緒にいて、ポワン一回も私のこと名前で呼んだことないよね」

 岩の上でつまらなさそうに私達を見ていたポワンは立ち上がり、私よりはるかに小さい胸を張った。

「そう、丁度明日で五年じゃ。お主らに免許皆伝の最終試練を行う」

「俺もですか!?」

「ほぇ!? 免許皆伝とかあったの!? 初めて聞いたんだけど!?」

「いんや。別にないんじゃが、何かかっこいいから言ってみただけなのじゃ!!」

「ないんかい!!」

 私が突っ込むと、ポワンは高らかに笑う。
 しばらく笑った後、その笑顔は神妙な面持ちへと変わる。

「明日でお主らはそれぞれの目的のために別れることとなる。積もる話もあろうて。明日に備えて休んでおくのじゃ」

 ルグレに助けられてから、魔法が無い私がポワンに弟子入りしてから 五年も続いた修行の終わり――感慨深いモノがあった。

 ほとんどの日は限界まで身体と精神を追い込んだし、アリアの所へ強くなるまで戻れないというもどかしさもずっとあった。
 だけど、ポワンのおかげで私は確実に強くなった。
 アッシュやカニバルやロランにはまだ敵わないかもしれない。
 それでも、今なら自信をもってアリア達の元へ帰れる。

「……ポワン」

「ぬ?」

「「今までありがとうございました!!」」

 ポワンに返せるものはこんなモノしかないけれど、私とルグレは気持ち一杯を込めて一礼をした。

「阿呆。明日にはその想いは変わっているのじゃぞ」

 意味深な言葉を残したポワンは、何処かへと去って行った。


*****


 ポワンに自由な時間をもらった私とルグレは、アフェクシーの慰霊碑に向かった。
 黙祷を捧げ、死者の魂を敬う。
 明日にはボースハイト王国に戻る私にとっては最後の黙祷となるだろうから、一人一人の顔を思い出しながらの長い黙祷となった。

 先に黙祷を終えた私が隣のルグレを見ると、まだ黙祷を捧げていたので、私はそれが終わるまでゆっくりと待った。
 ルグレも黙祷を終えたのか、広い空をしばらく眺め、私もつられるかのように空を見た。
 きっと明日が良い日になると言わんばかりの、綺麗な快晴の青空だった。

「ヒメナ」

「ほぇ?」

「俺と師匠と一緒に帝都に行かないかい?」

「帝都? 私が?」

 意外な提案だった。
 ルグレは私が王国にいるアリアの元に戻りたいために強くなろうとしていたことを知っていたから。

「でも私、ボースハイト王国に戻らないと……」

「それを分かった上で頼んでるんだ。勝手だっていうのは分かっているよ。付いて来てくれないなら……詳しくは話せないけど、俺は父さんを止めたいんだ。ヒメナみたいに……強くて優しくて賢い子が近くにいてくれれば、俺はもっと頑張れるかもしれない。だから……」

 ルグレのお父さんがどんな人で、帝都に行って何するかとかは付いて来てくれないと教えれないってことだけど、何かおっきいことをするんだろうな。

 私にとってルグレの提案は、魅力的でもあった。
 何をするかはわからないけど、世界一強いポワンがいて、その……何て言うか……私が好きなルグレの側にいれるし……。
 場所が変わるだけで、この五年間とやっていくことはそんなに変わらないかもしれないんだから。

 それに私はアリアにあんなことを言われて、別れたんだ。

『これから邪魔になるって言ってるの。私には皆が付いてるから安心して王都から出てって』
『さよなら、ヒメナ』

 私が強くなってアリアの元に戻っても、また突き放されるかもしれない。
 五年も経っちゃって私のことなんか忘れちゃってるかもしれない。
 そしたら、私はどうすればいいか分からなくなっちゃう……。


 それでも私は――。


「ごめん、ルグレ」

『ヒメナ、ずっと私の側にいてね』
『うん、アリアも私に愛想つかさないでよ』

 アリアと約束したんだ。
 ずっと側にいてって。ずっと側にいるって。
 そんなアリアが本心から私を突き放したとは、どうしても思えてなかったんだ。

「大切な親友が……強くなった私を待ってるんだ」

 私は戻る……アリアの元へ。
 そのために、強くなったんだから。
 ルグレの誘いを断りたくはなかったんだけどね。

「そっ……か、振られちゃったな」

「別に……振ったって訳じゃないんだけど……」

 私は勇気を出して左隣にいるルグレの手を握った。
 ルグレはそんな私の手を握り返してくれた。

「また、必ず生きて再会しよう」

「うん、ルグレも変わらず元気でいてね」

 アフェクシーの慰霊碑の前で、青空を眺めながら約束した。
 お墓の中にいるジャンティに少し申し訳なさがあったけど、これくらいならいいよね?


*****


 翌日の朝――私達はポワンに連れられ、少し離れた荒野へと移動した。
 少しと言っても、山四つ分は越えたけどね。

 辺り一面には何も無く、だだっ広い。
 いつも山とか洞窟にいたから、何か違和感を感じるなぁ。

「よくぞワシの修行に耐え切ったな。小娘は五年、ルグレに至っては七年程か」

「もう……そんなになるんですね……」

 ポワンに褒められ感慨深くなるルグレ、それは私だって同じだ。
 だって、長い間大変だったんだもん。

「ワシからお主らへの最期の試練なのじゃ、心してかかれ」

 私達三人の関係性はもう簡単なものじゃない。
 ポワンは師匠で、ルグレは兄弟子だけど、共に過ごした期間が長かったからか、アリア達との関係にも似た家族に近い存在だ。

「今からお主ら二人で――」

 そんな感情を抱いていた私に、ポワンは付きつける。


「殺し合え」


 私達にとって最悪な、最期の試練を――。
 ポワンから課せられた、最期の試練は――私とルグレで殺し合うこと。
 私とルグレは、そんな試練をさせるポワンの考えが理解できずにいた。

「ルグレと殺し合うって……どうして!?」

「ヒメナを殺すなんて……俺にはできません!! 師匠、何故そんなことをする必要があるのですか!?」

 突拍子もない最終試練。
 ポワンの修行のあまりの内容に、私とルグレは初めて拒否した。

 ルグレと殺し合うなんて……意味わかんないよ!!

「お主らは二人共いずれ死ぬのじゃ。遅かれ早かれの」

「「!?」」

 私とルグレが死ぬ……?
 どういうこと!?

「強い弱いという話ではない。お主らは優しくもなく、致命的に甘いのじゃ」

 優しくなくて、甘い……?
 そんなことないよ……ルグレはずっと誰にでも優しかったし、私だってそれを見習って……!!

「想像してみるのじゃ。もし親友が刃を持ってお主らを襲ってきたらどうする? 親友を殺せないと、親友も何かあったんだろうと、そんな偽善の優しさを見せて親友に殺されるか?」

 アリアが私に刃を向けてきたら……私はそうするかもしれない。
 私が死んでアリアの何かしらの願いが叶ったり、アリアを守ったりできるなら、私は……アリアに殺されるかもしれない。

「お主らは二人共、死を選ぶじゃろう」

 ポワンに見透かされている。
 だけど、私が死んでそれでアリアが救われるならそれでいいじゃない……!!

「阿呆!!」

 考えを見透かされたのか、叱責された。
 怒気も含まれており、ポワンは険しい顔をしていた。

「甘えるな!! 生きるということは、想いの殺し合いなのじゃ!! ルグレ、お主は第三皇子として帝国を変えて戦争を止めるのじゃろう!? 小娘、お前は親友を守るのじゃろう!? その想いが嘘でないと、兄妹弟子を殺してワシに証明してみせよ!!」

 え……?
 今何て……?
 ルグレが帝国の第三皇子って……?

 じゃあルグレが止めたい父親って……帝国の皇帝……!?

「ワシの弟子は二人もいらぬ!! どちらかでも逃げようとすれば二人共ワシの手で殺してやるのじゃ!! 相手を殺す以外は許さん!!」

 静寂が流れる。
 私とルグレは対面しながらも、互いにどうすればいいか分からず困惑していた。

「……ヒメナ、師匠は本気だ。本気で俺達を殺し合わせる気だ」

「……ほえぇ……どうしよう……」

 ポワンが何故こんなことを私達にさせようとしたのかはわからないけど、ルグレと殺し合えるはずがない。
 だけど、ポワンから私達が逃げきれるはずもなく、二人でポワンと闘ったとしても、あっさり殺されるだけだろう。

 唯一二人共生き残る可能性があるのは、ポワンが私達にハッパをかけるために殺し合わせようとしているフリをしていて、逃げても私達を殺さないという希望的観測に縋るしかない。

 だけど、ポワンは多分本気だ。
 フリーエンがアフェクシーの皆を皆殺しにした時も、ポワンなら誰一人傷つけず助けられたはずなのに、初志貫徹し私とルグレに全てを任せた。

 ポワンは生死に対する執着が人よりはるかに薄い。
 そのことも考えれば、私達を逃がすことなく殺し合わせることもするだろう。

「私……ルグレと殺し合いなんて出来ないよ……」

 どうすればポワンに生かしてもらえるか、それしか考えられないし、何も思いつかない。
 下手なことを言えば、その場で私とルグレは殺される可能性だってあるんだ。

「……ヒメナ」

 どうやったら私もルグレも助かるのか考えていると、ルグレが声をかけてきてくれた。
 きっと困ってるのを見兼ねたんだろう。
 もしかしたら、今の状況を脱する名案を思いついたのかもしれない!!

 そんな私の希望は――。


「やろう」


 ルグレの一言に打ち砕かれる。

「やろうって……何を!? ポワンの言う通り殺し合うの!?」

 ルグレは黙って頷く。
 私はルグレの思わぬ反応に信じられず固まってしまった。

「師匠は本気だ。俺達が師匠から逃げられるすべなんてない。逃げようとして二人共師匠に殺されるくらいなら、俺達で殺し合って一人だけでも生き残った方がまだ良い。違うかい?」

 両方死ぬくらいなら、一人の方が良い……その考えは分かるけど、私はルグレと殺し合いなんて出来ないよ……。

「それに師匠の言う事は最もだ……俺達の甘さがアフェクシーの村を滅ぼし、ジャンティをも殺した。その甘さはいずれ、自分自身も殺すことになるだろう」

 私の想いに反したルグレは手甲をつけた両手を掲げ、戦闘態勢に入り――。

「俺はルグレ。アルプトラウム帝国第三皇子、ルグレ・アルプトラウム。俺は帝国に帰って、しなければいけないことがある!!」

 闘気を纏って、私に突っ込んで来た。
 
「そのために俺は……ヒメナ!! 君を殺す!!」

 こうして、五年間共に高め合ってきた私とルグレの、生き残りを掛けた殺し合いが始まったんだ。
 ポワンの弟子同士による私とルグレの、どちらかがどちらかを殺さないと終わらない死合いが始まった。

 闘気を纏って突っ込んできたルグレの右の拳に対し、私は幾度も行ってきた組み手の成果か、身体が勝手に闘気を纏い、ルグレの右の拳を左腕で防御する。

「……っ……!!」

 組手の時より、遥かに高い威力の拳。
 殴られた勢いで身体が吹き飛びそうになるのを堪えると、地面を横滑りしていった。

 その威力から、ルグレの本気さが伺える。
 あの優しいルグレが……本当に私を殺す気だ。

「ルグレっ……!! どうして!?」

「……俺は、一年前のことを……アフェクシーが無くなったあの日を今でも夢で見る」

 アンファングで孤児院やエミリー先生、旅の途中でララを、王都でメラニーを失った私は、少しだけ失うことに慣れていたけど、ルグレは違う。
 アフェクシーの村が無くなったことが、ルグレにとって大切なモノを失う初めての経験だった。

「俺はあの事件でフリーエンだけが悪かったのかというと、そうは思えない……戦争が……フリーエンのような逃亡兵を生んで……結果的にジャンティやアフェクシーの人達のような……何の罪もない人たちが死んだ……」

 きっとその経験が、優しいルグレのどこかを変えたんだ。

「元を正さないと、各地で同じようなことが起こるかもしれない……だから、俺は戦争を進める父上を――」

 更に力強い闘気を纏ったルグレは――。

「アルプトラウム帝国皇帝、ズィーク・アルプトラウムを止めなければならないんだ!!」

 私を殺すために、拳を振るう。

 組手とは気迫が違うルグレの猛攻、精神的にも受け身の私は防御することしか出来なかった。

「闘技【衝波】!!」

 私の体制をルグレの闘技【衝波】をすんでのことで躱す。
 今のが直撃していたら、体制を崩されて他の闘技で止めを刺されていただろう。

「ルグレ……考え直してよ!?」

「考え直すのは君だ!! それとも俺の誘いを断って、親友の元へ戻りたいという想いはその程度のものだったのか!?」

 なおも説得を試みる私をルグレは煽る。
 本気で闘おうとしない私に憤りを感じているようだ。

「俺は妹弟子の君を殺すことで、俺の中の甘さを捨てられるかもしれない!! それは君にとっても同じだ!! 親友の元へと戻りたいなら、本気で俺を殺しに来い!! ヒメナ!!」

 ルグレに説得は効かない……。
 アフェクシーで起きた惨劇のような事をもう二度と起こしたくないんだろう。
 自らを変えるために、私を殺すつもりだ。

「私は――」

 ルグレを殺したくなんかない。
 人殺しなんてごめんだし、私はルグレのことを……。

 分かってる……自分が甘いって。
 この甘さは捨てないといけないって。

 私がフリーエンを殺すことが出来なかったせいで、アフェクシーは無くなって村の皆が死んじゃった。
 仇であるアッシュやカニバルやロランだって、殺したいとまでは思わない。

 でもその甘さは、また新たな悲劇を生むかもしれない。
 戦場でアリアの隣に立つなら、尚更。

『俺と師匠と一緒に帝都に行かないかい?』

 私は――そんなルグレの誘いを断った。
 それは、ルグレと一緒に過ごすより、アリアの元に戻るという未来を選んだからだ。

 ルグレを殺したくないけど……こんな所で死ぬ訳にはいかない……!!
 ルグレにだって叶えたい想いがあるのかもしれないけど、それは私だって同じなんだから!!

「アリアの元に帰るんだ!!」

 覚悟を決めた私は全力で闘気を纏う。
 ルグレを殺すために。

「「はああぁぁ!!」」

 互いに互いを殺すための、殺意がこもった殴打の応酬が始まる。
 ルグレのマナから闘いたくないけど闘わないとという無理矢理体を動かす意志を何となく感じたけど、それは私も同じだ。

 今までの組手と違うのはそれだけじゃない。
 ルグレには【支配】の魔法がある。
 組手の時は禁止されてたけど、殺し合いに使わないはずがない。

 【支配】の魔法がどんなモノかは良く分からないけど、フリーエンの【念力】で操った物に対して、ルグレが触れると支配下がルグレに移って、操ってるように見えた。

 ルグレがマナを込めた状態で何かに触れると、ルグレの支配下になる……それが人も対象となるのであれば、優しいルグレが自分の魔法を嫌っていたのにも合点がいく。

 本気の殺し合いにルグレが魔法を使わない可能性は、低い。 


 つまり、ルグレに触れられたら――それだけで【支配】される可能性がある。


 私は殴打の応酬を繰り広げながらも、ルグレの打撃を受けないで躱すことを意識した。
 防御出来ないのは厳しいけど、【支配】されたら終わりだ。
 殴打の応酬をやめた私は一旦距離をとる。

 近接距離でしか闘えない私が、近距離で迂闊に闘えないなんて……魔法がないってことがこんなにもハンデになるの?

「組手の時より随分弱気だね、ヒメナ!! 逃げてばかりでは俺を倒せないぞ!?」

 立ち回りから警戒心の強さが分かったのか、ルグレは闘いの最中私に声をかける。

「君の想いは嘘っぱちだったのかい!?」

 まるで、本気で闘えと言わんばかりに。

「!!」

 挑発に乗った私は、闘技【連弾】で貫手の連打を繰り出す。
 ルグレは貫手の連打を、時には受け、時にはかいくぐりながら接近してくる。

 近付いてくる際に、地面から土を握り集めるのが見えた。
 土を握った……目潰し!?

 ルグレは私の予想通り、目に向かって土を投げてくる。
 予想していた私は容易に、その土を半身になって躱した――が。

「ほぇ!?」

 私の顔を通り過ぎたはずの土が戻ってきて、私の目に直撃する。

 飛んできた土が曲がった……!?
 そうか、自然物にもマナは籠っている……投げた土を支配して方向を変えたんだ!!

 目潰しを食らった私は直ぐに集中し、【探魔】で周囲のマナを探知した。
 すると、ルグレのマナから攻撃態勢に入っていることを感じる。
 躱すのは間に合わない……!!
 
 ルグレの闘気ではなく、マナのこもった右の掌底を、思わず左腕で防御してしまった。
 威力は全くない。
 けれど、最も受けてはいけない攻撃だ。

「頭に当たれば、ヒメナ自身を支配できたんだけど……流石だね。でも触ったよ、左肘」

 ルグレの掌底を受けたのは、左腕の肘。
 左肘からはルグレのマナが残留するような、妙な感覚を感じる。

「闘技――」

 ルグレが得意とする【発勁】が来る。
 そう考え、下腹部の丹田を覆うように手で防御しようもするも、左肘が思うように動かず――。

「【発勁】!!」

 右肘から先がない私は防御が届かず、ルグレの発勁をまともに食らう。

「うっ……」

 あまりの威力に、私は勢いよく口から唾液を垂らしながら、その場に倒れ込んだ。
 ルグレの闘気が私の丹田に混ざった気持ち悪さから、蹲りながら咳込む。

「か……はっ……ごほっ!!」

 防御の時……左肘が動かなかった……。
 さっき触られた時に、【支配】されて……制御されたんだ!!

 ルグレは倒れ込んだままの私を一瞥し、岩の上であぐらをかいで頬杖をしているポワンに向き直った。

「師匠、勝敗は決しました!! もう良いでしょう!?」

 ルグレは私を戦闘不能の状態にしたことで、決着はついたとしたいのだろう。
 ルグレにとっては苦肉の策だ。

 そんな淡い期待に返答もせず、ポワンは殺気だけで返答する。
 あまりにも強い殺気に、思わずルグレは冷や汗を流した。

 ポワンの意志は揺るがない。
 どちらか一人が死なない限り、この死合いを終わらせる選択肢はないのだろう。

「……やはり、生きられるのは一人だけ……ですか」

 出来れば私を殺さず終わらせたかったルグレは、少し落胆した様子で、私の方へと向き直る。

 ルグレがポワンに話しかけてた時間で、マナ制御で体内のマナを整えた私は、ふらつきながらも立ち上がり、再び臨戦体制をとっていた。

「ヒメナ……俺の【発勁】をまともに受けて、立ってくるなんて……君はそれ程……」

 私がアリアの元に戻りたいという想いは、エミリー先生の最期の言葉に従って、戻らないといけないって思ってるんじゃない。
 私の意志でアリアの元へと戻ると決めたんだ。

 もう一度、皆と会いたい。
 もう一度、アリアに会いたい。
 だから――。

「私は……生きるんだ!!」

 感情のまま無理矢理体を動かし、【瞬歩】でルグレとの距離を詰める。
 右腕が無くなったって、左腕が使えなくたって……まだ闘える!!

「闘技【衝波】!!」

 距離を詰めた私は、右肩をルグレの体に当てて【衝波】を放つ。
 ルグレは【発勁】をまともに当てた私が、すぐに闘える状態になると思っていなかったのか、対応に遅れて【衝波】を受けて体勢を崩す。

「……っ……!!」

 【衝波】を当てた途端、左肘が石化したかのように固まってたのように、今は自由に動いた。
 ルグレは【発勁】を当てたにも関わらず、すぐ動けた私に動揺してるんだ。

 好機は今しかない……!!
 ルグレの動揺が解ければ……また左肘は【支配】される……!!
 そうなれば、もう私に勝ち目は無くなる!!
 左肘が自由な内に、一撃で決めるしかない!!

「闘技【螺旋手】!!」

 腕を螺旋のように回転させた四本指の貫手。
 防御を弾き、槍のような貫通力を持つ一撃必殺。
 私は全力を振り絞って、渾身の力で【螺旋手】を放った。

「破ああぁぁ!!」


 ――そんな私の全力の【螺旋手】は、闘気すら纏っていないルグレの胸を、まるで豆腐のように貫く。


「……ほぇ?」

 ルグレは闘気も纏わないで何の防御も抵抗もせず、私の【螺旋手】を受け入れて、いつものように優しく微笑んでいた。

「……ぐ……ごはっ……」

 ジャンティから貰ったネックレスは、ルグレの返り血を浴びて真っ赤に染まり、私は自分がしたことに……してしまったことに、体が震えてしまう。

 【衝波】で体制を崩したからって……有り得ない。
 まったく防御も回避もしなかったどころか、闘気すら纏わずまともにくらうなんて……。

「嘘……ルグレ……何で……?」

 わざと以外考えられない。
 ルグレは私に自分を殺させたんだ。

「こほっ……俺にはやっぱり闘いには……向いてないみたいだ……」

 何故……?
 決まってる。私を生かすためだ。

「俺は……皇帝である父上を説得できるような……戦争を止めるだけの圧倒的な強さが欲しかったんだけど……師匠のような心の強さは持てない……ヒメナを殺すなんて……できない」

 もしかしたら初めからそのつもりで……?
 私を殺すフリをして、私を闘う気にさせて、ポワンと話して回復する時間を作って、油断を作って……私に【螺旋手】を打たせたんだ。

「ヒメナ……俺の分まで生きてくれ……」

「やめてよ……そんなの……」

 背負えないよ……そんな大きいモノ……。
 私は私のことでいつも精一杯で、周りのことも見えないで……ルグレが私に殺させようとしていたこともわからないで……そんな自分ばっかりの人間なのに……。

「ヒメナ……俺……ずっと…………ヒメ……ナの……こ……と……」

 ルグレは私の左手に胸を貫かれたまま、もたれ掛かって来る。
 身体に力が入らないで、そのままその場に跪き抱きかかえる形となった。
 私が貫いた心臓は――完全に止まっている。
 ルグレは私が……殺したんだ。

「ルグレ……ルグレっ!! 嫌ああぁぁ!!」

 嘘だって思いたくて、でも本当で……そんな現実を受け入れたくなくて、泣いて叫ぶことしかできなかった。


 私、ルグレに聞きたいこと、あったのに。


 何で帝国の皇子だって言わなかったの?
 私がルグレが皇子だって、誰かに言うと思ってたの?
 そんなことで私がルグレを悪く思うと思ってたの?
 私のこと、どう思ってたの?


 私、ルグレに言いたいこと、あったのに。


 ルグレに恋してて、大好きだって――言えなかった。


 死に際まで優しかったルグレは、最期に私を守るために自分の想いと闘った。
 それでも、私に生きて欲しいと願ったのだろう。
 そんなルグレの優しさに、私は最期まで甘えたんだ。


「阿呆が」

 闘いが終わったと判断したポワンが、私達に歩み寄って来る。

「【支配】などという強力な魔法を生まれ持ちながら、人間性がそれを邪魔するとは。八百長死合いなど滑稽なのじゃ」

 その顔は実につまらなさそうだった。
 死んだルグレを、生きている私を、失望したような目で見ている。
 死んだ弟子のルグレに阿呆って……滑稽って……それでもあんた、人間なの!?

「……ポワン……それが……弟子を失って最初にかける言葉なの……?」

「ぬ? 他に何かあるか? 生き残れてよかったのう、小娘。納得はいかんが、約束は約束。これからはお主の自由にすればいい」

 納得がいかない?
 約束は約束?
 そんなこと……どうだっていいのよ。
 ずっと一緒だった……弟子の私達を……あんたは今までどう思ってたのよ!?

「うああぁぁ!!」

 私は泣き叫びながら、ポワンに向けて駆ける。
 強くしてくれたポワンに感謝しているけど、それ以上にルグレと殺し合いをさせたポワンは気に入らない。
 死んだルグレにかけた言葉は、許せるモノじゃない。

「闘技【螺旋手】!!」

 ルグレを殺した時と同じ、全力の【螺旋手】。
 常人であれば、闘気を纏っていようがルグレと同じように一撃で死に至るだろう。

 そんな【螺旋手】を――闘気を纏ったポワンは人差し指一本で止めた。

 そして、そのままおでこにデコピンをされる。
 ただのデコピンではない。
 あのポワンの闘気を纏った、デコピンだ。

 私は十メートル以上吹き飛び、地面を転がり、地に伏せる。
 たかがデコピンでこの威力……殺そうと思えば私なんて虫けらのように殺せるのだろう。

 ――圧倒的な実力差。
 私はルグレを侮辱された悔しさを晴らすことすらもできない。

「ワシの名はポワン。帝国軍四帝が一人、拳帝ポワン・ファウスト。小娘、お主が王国軍に味方するならいずれ戦場で合間見れるじゃろう。それまでにワシに傷一つくらいはつけれるようになっておくのじゃ」

 そう言い残したポワンは私と死んだルグレを残して、その場から去った――。

 くらくらする頭と震える身体を強引に動かし、立ち上がった私はルグレの死体の元へと向かい、ルグレに膝枕をした。
 死んだなんて嘘かのように、穏やかな笑顔で笑っている。

「エミリー先生……私、わかんないよ……。」

『あんたは優しいからな……これから先、きっと辛いことや悲しいこと……誰かを恨むこともたくさんあるだろう……だけど、忘れちゃいけない。あんたの優しくて、強いその心を』

 優しさって何なの……。
 強さって何なの……。

「うぅ……ああぁぁっ!!」

 五年間の修練を終えて強くなったはずの私は、強さとは何かという答えが分からず、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった――。
 私はルグレの死体をアフェクシーの慰霊碑まで運び、墓を掘り返して埋めた。

 きっとこの方がルグレも寂しくないよね。
 あの世で……ジャンティや皆と仲良くするんだよ。

 そして、事前に外していたルグレの両腕の手甲を、右手の分はジャンティからもらったネックレスと共に慰霊碑に捧げ、手甲の左手の分は私が受け継いで装備した。

「ルグレ……借りるね」

 既に旅支度を終えている私は、漆黒のローブを纏い、布袋を担いで歩を進める。
 アリア達がいる、王都へ向けて――。


*****


「うわああぁぁ!!」

「ほぇ?」

 王国に入って数日間、王都へ向けて山道を歩いていると前方から野太い悲鳴が聞こえてきた。
 私は闘気を纏って、悲鳴が聞こえた方へ向けて走り始める。 

「何でこんな目に!! ちくしょおぉ!!」

 悲鳴の主は見た目から商人に見えた。
 何かに追われているのか、こちらに向けて馬車を爆走させている。
 追っているのは……猪の魔物?

「そこの黒い人、どいてくれ……いや、逃げろぉぉ!! 魔物だあぁぁ!!」

 商人は私の姿を確認したのか、危険を訴えかけてくる。

 けど、私は止まらない。
 大地を蹴り、宙を舞って、空中で商人が乗る馬車とすれ違った。

「……飛んだぁ!?」

 大した闘気も纏ってない魔物……この程度なら一撃で仕留められるだろう。
 そう判断した私は中空で回転し――。

「闘技【断絶脚】」

 闘技【断絶脚】で、猪の魔物を悲鳴を上げる暇も与えずに、右脚の踵落としで一刀両断に切り裂いた。
 その勢いで、被っていたローブのフードが脱げる。

「女の子……があんな魔物を……これは……夢……か?」

 馬車を止めた商人が、魔物を一撃で倒した私が女の子だったことに、ただただ驚いていた――。


*****


 助けた商人はどうやらゴルドのように裕福ではなく、護衛を雇う金銭をケチってたみたい。

「いやはや、助かったよ。何かお礼をしたいんだけど、あいにく積み荷は食べ物しかないんだが……」

「本当!?」

 積荷は果物で一杯だ。
 新鮮で美味しそう!

「これくらい貰ってもいい!?」

 私は左手一杯に果物を抱え、商人のおじさんは頷き、了承をしてくれた。
 タダで貰えるなんてラッキー!!

「命を助けてもらったんだ、それくらいお安い御用さ」

「ありがとう、おじさん!! じゃあね!!」

 貰った果物を布の袋に入れて抱えた私は、商人のおじさんに手を振り別れを告げる。
 そんな私をおじさんは引き留めて来た。

「待った嬢ちゃん!! リユニオンの方は危ないから行かないようにね!!」

「ほぇ? 何で?」

 リユニオンってどこだろ?
 アフェクシーで拝借した地図は持ってるけど、地理とか全然わかんないや。

「今リユニオンまで帝国軍が侵攻して、戦闘が行われてるんだ。歌姫様や紫狼騎士団の冥土隊も参戦してるって話だから、激戦なのは間違いない。近づかない方が良いよ。俺も遠回りしてきてこのざまだけどね」

「歌姫様って、もしかしてアリアのこと!?」

 アリアって今、歌姫様とか呼ばれてるの!?
 冥土隊……って言うのは、まさかルーナ達のことかな?

「確かそんな名前だった気はするが……あ、もしかして憧れてるのかい? 王国で凄い人気だからねぇ。両目が見えないにも関わらず、戦場の兵士のために歌う可憐な歌姫。俺も一度は拝みたいもんだよ」

 アリア……生きてて良かった。
 小さい頃も可愛かったから、もっと可愛くなってるんだろうな。
 早く……逢いたいな。

「リユニオンってどっちの方角? ここから遠い?」

「リユニオンはあっちで馬車で三日くらいの距離だけど……って、お嬢ちゃん?」

 商人のおじさんが指した方角を向くと、私が何をするか察したのかおじさんは手を差し伸べてくる。

「心配しなくても大丈夫だよ、色々教えてくれてありがとう」

 そんなおじさんのことはお構いなしに、私は闘気を纏った。

「うわぁ!?」

 おじさんはどうやら私程の闘気を今まで見たことないのだろう。
 私の闘気の圧に気圧されている。

「私はそれなりに強いし、世界一強くなろうとしてるから」

 闘気を纏った私は走り出す。
 リユニオンへ……アリアの元へと――。
 ボースハイト王国とアルプトラウム帝国の戦争が開戦され五年半以上が経過した。
 当初は帝国の圧勝が予想されたが、歌姫アリアの存在と他国からの物資の支援もあり、王国は長い間持ち堪えている。

 リユニオンは城郭都市で高い壁に覆われており、帝国に最も近い都市で、王国にとっては重要拠点の一つである。
 そこは夜である今、帝国軍に強襲を受けていた。

「わ、私は大丈夫なのかね!? もう敵は街の中まで侵攻しているんだろう!?」

「大丈夫ですよ、宰相様。僕達紫狼騎士団には他の騎士団とは違って歌姫がいるのでね」

 リユニオン城内で、王国の宰相はロランとの服の袖を引っ張り、縋りつく。
 他の文官達も自身の身を案じているようだ。
 ロランとロランに連れて来られたフローラは、そんな宰相達を子供をあやす様になだめるのが任務である。

「とは言え、どうなるかは分からないじゃないか!? ロラン、君は私の護衛として側にいるんだ!!」

「……はいはい」

「たっはっはー! 皆我が身大事なんだねーっ! ロランも大変だーっ!」

 フローラは楽しそうに笑っているが、城にいるのはロランの本懐ではなかった。
 今すぐ戦場に行き、痺れそうな敵がいれば闘いたいという想いでいたが、王国で国王の次に地位の高い宰相の命令ならば仕方がない。

「さてはて、真面目なフェデルタは上手くやれるかな?」

 ロラン不在の前線は、副団長のフェデルタが指揮を執っている。
 そんなフェデルタがどうするのか、今のロランにとって唯一の楽しみであった。


*****


 人数で勝る帝国軍は既に門を破壊し、リユニオンの街の中までなだれ込んできていた。
 リユニオンの民は襲い掛かって来る帝国軍人から逃げ惑うも惨殺されていく。

「いやああぁぁ!!」
「助けてええぇぇ!!」

 捕食者が帝国軍であれば、被捕食者はリユニオンの民達。
 被捕食者達の悲鳴が轟く中、戦場に似つかわない妖艶な歌声が流れてきた。

 そして――。

「「「うがああぁぁ!!」」」

 捕食者を捕食する者達が現れる。

 悲鳴を超える怒号と共に、どこからともなく現れた狂戦士達は、捕食者である帝国軍を殲滅していく。
 精神を闘争心のみに変え、圧倒的な闘気を纏った狂戦士達は、白い軍服に紫狼のワッペンを付けていた。

 リユニオン内に入って来た帝国軍人を紫狼騎士団の騎士達が圧倒していくのを、高い建物の屋根からアリアは【狂戦士の歌】で援護する。

 そのそばには【冥土隊】であるルーナ、ブレア、ベラ、エマの四人と、戦場の指揮を執る副団長のフェデルタが立っていた。

「おい、フェデルタ!! あたい達は見てるだけかよ!!」

 戦況を盛り返してはいるものの、帝国軍と闘えないでもどかしくなっているブレアは指揮を務める副団長のフェデルタに噛み付く。

「あなた達は待機していて下さい。別働隊がいないとは限りません。歌姫様を守ることが最優先事項なのですから」

 そう答えたフェデルタに、自身の魔法具である金槌を突きつけた。

「偉そうに命令してるけどよ、お前分ってんのかよ? 今こっちは四人、お前は一人。あたいらがお前をぶっ殺して、アリアを連れて逃げることだって出来んだぜ」

 ロランに脅されて、使われる冥土隊はロランの部下である紫狼騎士団を良く思ってはいない。
 当然フェデルタに関しても、そうである。

 ブレアは、ロランが近くにおらず混乱した戦況である今、アリアを脱出させる最大のチャンスと考えていた。

「やめなさい、ブレア」

「バーカ!! 副団長と言えど、あたいら四人でかかりゃ余裕だろうが!?」

 ルーナが何故止めるか理解できずに、フェデルタに対して金槌を構えるブレア。
 フェデルタさえ倒してしまえば、ロランの元から逃げるのを止める者は誰一人いないからである。

「馬鹿はあんただよ。それを予測してロランは戦闘能力が低いフローラだけを一緒に連れて行ったんだ。仮にウチらがアリアを連れて逃げようもんなら、フローラが人質になるって寸法さ」

「ホント抜け目ないわよねぇ、ロランのやつぅ」

 ルーナ、エマ、ベラはロランの考えを見抜いていた。
 否――ロランがあえて、見抜かせていた。
 ロランは自分がアリアの近くにいない時のために、フローラを抑止力として利用したのだ。

「ちぇっ! くそったれが!!」

 滅多にないチャンスすら掴めない自分の不甲斐無さから、ブレアは屋根に金槌を叩きつけるのであった――。


*****


 フェデルタが警戒していた別動隊――確かにそこにいた。
 帝国軍がこじ開けた門を悠々とくぐり、戦場へと入る。

「これが噂の王国の歌姫の魔法というやつか。確かに脅威」

 紫狼騎士団が帝国軍を圧倒しているのをみて、感心する男。
 その男の名は――。

「歌声に導かれれば辿り着けよう。他には構うな、我らの任務は歌姫の捕獲……それが叶わぬようなら斬り捨てて構わぬ」

 炎帝アッシュ・フラム。
 帝国四帝――帝国軍最強と謡われる四人の一角であり、元剣帝と称されたエミリーに片目を奪われはしたが、エミリーを亡き者にした張本人。

「行くぞ。我に続け」

「御意!!」

 炎帝アッシュ・フラムは部下三人を連れ、アリアを捕えるために参戦するのであった――。
 リユニオンの市街地での戦闘が激化している中、アッシュ率いる別働隊は歌魔法の発信源へと近づいて行く。
 闘気を纏い、屋根をつたって、最速でアリア達に近付いていた。

 当然その闘気の大きさにフェデルタを始め、冥土隊の面々も気付く。

「やはり、いましたか。別働隊が。闘気の強さから、おそらくは強敵でしょう」

「ってことはハナからリユニオンを堕とすことじゃなくて、アリアが狙いってことかよ!?」

 フェデルタは自身の体を超える巨大なタワーシールドを構え、剣を抜く。
 その間にも、闘気をまとう一団は高速で接近していた。

「来ます」

 視認できる所まで来たと思いきや、そこから戦闘に入るのは早かった。
 敵の四人の内の一人が、一気に距離を詰めてきたのだ。

「私はハール・シュヴー。光栄に思いなさい。私の美しい髪で、包んであ・げ・る」

 ハールと名乗ったスタイルの良いツリ目の女性は、空中に浮いたまま突如カールがかった紫色の髪をアリアに向け伸ばし始める。
 アリアに向けた魔法と判断したフェデルタは、自身の魔法を発動した。

【注目】

 フェデルタの魔法【注目】は敵のマナに干渉し、味方に放たれた敵の魔法や攻撃を自身に向けることが出来る魔法だ。

「!?」

 アリアに向けて伸ばした自身の髪が、フェデルタに向け勝手に方向転換したことでハールは驚くも、魔法で伸ばした髪をフェデルタに巻き付け捕獲した。

「ルーナさん!!」

 フェデルタが自身の体に絡み、引っ張る髪に抵抗している間に、援護を要請されたルーナがフェデルタを捕獲していた、ハールの髪の毛を大剣で切断する。

「私の美しい髪を……あんた、よくも!!」

 悪態をついたハールに続き、他の帝国軍人も続々と到着した。
 誰一人弱くはない。
 自分達と同等、あるいはそれ以上の力を持つ者達だと、フェデルタも冥土隊の面々も判断する。

 その中でも一人、異才を放っている者がいた。
 漆黒の鎧に身を纏い、オールバックにした長い白髪をなびかせており、斬り傷がある左目は失明しているようだ。
 他の者も決して放っておける存在ではないが、フェデルタや冥土隊は思わず漆黒の剣士に注視してしまう。

 そんな中――突如、アリアが歌っていた【狂戦士の歌】が止まった。

「そんな……あなたは……?」

 ハールに襲われても、周りを信じて【狂戦士の歌】を歌い続けていたアリア。
 そんなアリアが【狂戦士の歌】をやめ、震えている。
 ブレアがいち早くアリアの異変に気付き、声をかけた。

「アリア、どうした!?」

「……炎帝アッシュ・フラム……」

 炎帝アッシュ・フラム。
 そう、この中で唯一アリアだけは一度見たことがあり、自分達に何をしたか知っている人物なのだ。

「エミリー先生を……殺した人……」

「「「!!」」」

 冥土隊は話に聞いてはいたが、実際に目にするのは初めてだ。
 驚くのは無理はない。
 帝国軍最強と謳われる一人、かつ自分達の親代わりだったエミリーを殺した人物が目の前にいるのだから。

「てめえがあぁぁ!!」

 いち早く感情に走ったのはブレアであった。
 自身の金槌を握り、全力で闘気を纏ってアッシュへと突っ込んでいった。

 そんなブレアの全力の金槌での攻撃を、アッシュは片手で受け止める。
 周囲には、闘気がぶつかり合った反動で、夜を照らす閃光と衝撃波が走った。

「各々一人ずつ連れて行け、他は我が相手をする」

「御意!!」

 アッシュの命令に従い、ハールを含めた三人はルーナ、ベラ、エマの三人にそれぞれ攻撃で屋根から吹き飛ばし、アリアから引き離す。

「くっ……!」
「これはぁ……」
「各々闘るしかないさね!」

 こうして、各々の闘いが始まった――。


*****


 ルーナはハールの伸びた髪の毛の攻撃によって、地面へと突き落とされるも、着地に成功しダメージはない。
 アリアから引き離すことが目的なんだろうということを、ルーナはすぐに勘づいていた。

「あんたさぁ、さっき私の髪の毛切ったわよね? 乙女の髪の毛を何の断りもなく切るなんて、酷くない?」

「……いくらでも伸びるみたいだし、いいじゃない。それより、あなた達の狙いはやっぱりアリアってことでいいのよね?」

 ルーナにとってはただの確認。
 答えようが答えまいが、どちらでもよかった。
 しかし、聞き方に問題があった。

「……それより……それよりって何よ……」

 ルーナのハールへの質問の仕方は――。

「私の髪の毛より大事なことなんてないのよ!!」

 彼女の逆鱗に触れた。

「!!」

 ハールの紫色の髪が伸びて硬質化し、縦横無尽にルーナを襲う。
 様々な角度から襲ってくる髪を、自身のポニーテールを揺らしながら切断していくルーナ。

「あんた!! また、私の髪を勝手に切った!!」

「どうやら切られてしまった髪は操れないみたいね」

 切った後の髪は、地面に落ちたまま動かない。
 ハールの頭皮と繋がる髪の毛のみしか警戒しなくていいことを確認したルーナは、接近戦に持ち込むために闘気を纏って接近する。
 それに対してハールは再び髪の毛を伸ばした。

「悪いけど、私は急いでるのよ!!」

「私だって大事な髪切られて、怒ってんのよ!!」

 女同士の泥仕合が今、始まった。


*****


 ベラとエマも敵の攻撃を受け、別の屋根へと吹き飛ばされ、何とか着地する。
 それに続き、ギョロ目の細見の男とおかっぱ頭の少年が屋根へと飛び乗ってきた。

「あらあら、まぁまぁ。困ったわねぇ、急いでアリアの所に戻らないとぉ」

 街の一番高い建物の屋根に残されたのはアリア、フェデルタ、ブレアの三人と炎帝であるアッシュ。
 フェデルタとブレアだけで守りきれるとは思えないと、ベラは考えていた。

「そうさね、二人だけでエミリー先生を殺したヤツを止められるとは思えない」

 その考えはエマも同様で、二人の意見は一致する。

「行くよっ!!」

 早期決着をし、アリアの元に戻る。
 そのためにベラはギョロ目の男に、エマはおかっぱの少年に、闘気を纏って突っ込んだ。

 ベラはギョロ目をしたモヒカンの男に、全力で大鎌を振るおうとした――。

「!?」

 が、標的としていたギョロ目の男が忽然と消える。
 そのまま大鎌を振り切るも、何も切った感触はない。
 
「消えたぁ……!?」

 突然起こった事態が呑み込めずにいるベラの四肢は、急に何かによって斬られた。

「……痛ぁ……!!」

 ベラの攻撃をかわし、ベラを斬ったギョロ目の男は何処からともなく現れ、ベラの血がついたダガーを長い舌で舐めた。

「そういや自己紹介がまだだったな? 俺の名前は、クラルテ・シースルー。魔法は【透明】だ。ダガーを使ってんのはチクチク斬り刻まれて、苦痛と恐怖に歪む相手の顔を見んのが好きだからさぁ」

 自己紹介を済ませたクラルテは再び透明となり、風景と溶け込んで消えるのであった。


 一方――ベラと同じく突貫したエマは槍で黒髪の少年を突こうとする。

「あなたの相手は僕ですか……構いませんよ。もう、準備は終えてますから」

 エマが槍で突いたのを片手剣を抜き弾く。
 その際、火花が散り――爆発した。

「……っ……なっ……!?」

 エマは確かに【爆発】の魔法を使ったが、自分の予想をはるかに超える威力だった。
 おそらくは想定していた二倍以上の爆発。
 その爆発は、エマと黒髪のおかっぱの少年を巻き込んだ。
 爆発に巻き込まれた二人は互いに吹き飛び、体制を整えて着地する。

「これは中々効きますね。でも、あなたも同じでしょう」

 エマはおかっぱの少年の発言と先程の想定を超えた爆発に、相手の魔法に勘付く。

「まさか……あんたの魔法は――」

「お察しの通り【複製】です。触れた相手の魔法をコピー出来たりできます。ここにあなたを蹴り飛ばした際、コピーさせて頂きました。見た所……闘気は僕の方が上。あなたは自分より強い相手と、自分と同じ魔法で闘うということですよ」

 微笑んだ黒髪のおかっぱ頭の少年は、エマに丁寧な一礼をした。

「自己紹介が遅れました。僕はファルシュ・コピーと申します。お会いするのは最初で最期となるので、覚えて頂かなくても結構ですが」

「……これは、一筋縄じゃいかないかもね……」

 エマは悪態をつきながら、ファルシュとの戦闘に入った。


*****


 一方、リユニオンを守るために【狂戦士の歌】を再び歌い始めたアリアを守るために、その場に残されたブレアとフェデルタは、アッシュと戦闘を行なっていた――が。

「うぉらああぁぁ!!」

 ただただ、ブレアはあしらわれているだけであった。
 傍目から見ても、その実力差は一眼でわかる。
 何故ならアッシュは剣すら抜かず、魔法も使っていないからだ。

「弱い、な」

「てん……めえぇぇ!!」

 思わずアッシュがつまらなそうに呟いたその言葉に激怒したブレアは、自身の魔法具である金槌に埋められた魔石にマナを込めた。
 すると金槌の頭の片側の口が変形し、射出口のようなものが現れる。

 魔法以外のオリジナリティをフローラが研究し制作した魔法具を使うことは、冥土隊にとって切り札である。
 しかし、エミリーの仇のアッシュを目の前に、ブレアは切り札を切ることを躊躇わなかった。

「ぉらああぁぁ!!」

 射出口から勢いよく火が噴き出し、その勢いでブレアの体を軸としてコマのように回転しながら超加速した金槌を、ブレアはアッシュに向かって全力で振りぬいた。

「!」

 帯剣したままの剣で防御したアッシュは屋根から吹き飛ばされ、隣の建物を突き破り、地面へと叩きつけられる。

「ぶははは!! やれんじゃねぇか、何が四帝だ!! バーカ!!」

「ブレアさん、気を付けて!!」

 フェデルタが叫んだと同時、貫通した建物から何事も無かったかのように、アッシュが現れる。

「兎を狩るのも獅子は全力を尽くすと言う。少しは動物ふぜいを見習うか?」

 ブレアの対面へと戻ったアッシュは抜いた漆黒のフランベルジュに黒炎を纏わせ、邪悪に微笑むのであった――。
 流石は帝国四帝の一人が連れてきた戦闘員といったところか。
 武器が魔法で操る髪のハールに、大剣を持つルーナは押され続けていた。

「魔技【飛髪】」

「!!」

 ハールは頭皮から硬化した毛髪を飛ばしてくる。
 ルーナは大剣で防ぎきれず、いくつかが体に刺さる。

「くっ……! やっかいね……」

 体に刺さったハールの硬化した毛髪を抜き、投げ捨てたルーナは、ハールの魔法がどんなものか把握しつつあった。

 一つ、切られた髪は動かせないこと。
 二つ、髪の伸び縮み等の操作は自由、かつ硬度も変えられること。
 三つ、硬化させた髪を飛ばしてくること。

 しかし、いくら髪の毛を【切断】の魔法で斬ろうとも、キリがない。
 相性が悪いと言わざるを得なかった。

「私の美しい髪を切った罪は重いわよ。あんたを殺して丸刈りにしてやるわ」

 ハールは伸ばした毛髪をドリルのような形にし、回転させる。
 おそらく、この一撃で仕留めるつもりだろう。

「……仕方ないわね」

 大剣で切っても切ってもキリがないこの状況を打破するには切り札を使うしかない――そう決意したルーナの前に、突如漆黒のローブを纏った者が現れた。

「誰よ、あんた」
「誰!?」

 ハールもルーナも知らない何者か。
 しかし、その所作から只者ではない雰囲気を醸し出していた。
 互いに自分の味方か敵か分からない以上、緊張が走る。

 その緊張を察したのか、何者かは被っていたローブのフードを脱ぎ、ルーナに向かって振り向いた。

「このマナ……やっぱりルーナだ!」

「もしかして……ヒメナ!?」

 五年来の再会――。
 お互い顔が大人びていて最初はわからなかったが、ヒメナがマナでルーナに気付き、ルーナも右肘から先がない所を見てヒメナだと分かる。

「ヒメナ……久しぶり……生きてて良かった……じゃなくて!! こんな所で何してるの!?」

「何って、皆に会いに来たんじゃんか!! ほぇ〜、ルーナ凄いナイスバディになったね!!」

「……っ……!? 今は帝国軍と戦闘中よ!! 別に今会いに来なくたって!!」

 成長したヒメナのあまりの能天気ぶりに、思わずルーナは大声を上げる。
 五年前、アリアがヒメナを追放した決意――それを思い出したのもあるからだ。

「分かってて来たんだよ。アリアを……皆を助けるために」

「ヒメナ……あなたって子は……」

 親友のアリアに追放されたヒメナ。
 それでもなお、アリアを守りたくて戻って来たヒメナの信念。
 ルーナはそんな信念に、返す言葉がなかった。

「……ちょっと、あんた達さっきから私のこと忘れてない!?」

 ハールは感動の再会とも言える二人の会話に水を差すということをわかりつつも、割り込んだ。
 戦闘中だったのだから、腹が立つのも無理はない。

「ほぇ? だってあなたなんて知らないもん」

「許せない……私のこと、無視しちゃってさぁ!!」

 またもやハールは髪の毛のドリルを高速に回転させて、今にもヒメナとルーナを襲おうとしていた。
 ヒメナはそんなハールを指差し、ルーナに問う。

「この人、やっつけていいの?」

「ええ、でもヒメナ闘える――」

 ルーナの返答を聞いた直後、ヒメナは即座に【瞬歩】でハールとの間合いを詰めた。

「……は?」

 油断していたとはいえ、目にも止まらぬヒメナのあまりの速さに、間抜けな声を上げることしか出来なかったハールは――。

「闘技【発勁】」

「かっ……!?」

 ヒメナの闘技【発勁】の直撃をもらう。
 体内のマナの貯蔵庫である、下腹部の丹田にヒメナの闘気を打ち込まれたハールはマナを乱され、その場にうつ伏せに倒れこんだ。
 痙攣し、すぐに戦闘に復帰できる状態ではない。

「……っ……!?」

 ヒメナのあまりの戦闘力に驚くことしかできないルーナ。
 利き腕の右手がなく、アリアに逃がされたヒメナが、これほど強くなっているとは思いもしていなかったのだ。

「状況良く分かってないんだけど、これからどうすればいい?」

「…………」

「ルーナ? どうしたの?」

「……あ……ええと、ベラとエマもあっちの方で多分まだ闘ってるから……そっちの援護をしてくれたら助かるけど……」

「分かった!!」

 闘気を纏ったヒメナは壁を伝って屋根へと駆けのぼり、ルーナが指差したベラとエマの方へと走った。

 ルーナは呆然と倒れて起き上がれそうにないハールを見ている。
 ヒメナと自分の力に圧倒的な差を感じたからだ。

「……いけない!! アリアの所に戻らないと!!」

 正気を取り戻したルーナは、急いでブレアとフェデルタが闘っているアリアの元へと戻るのであった――。


*****


 ベラとエマは苦戦を強いられていた。
 透明になって夜の闇に溶けるクラルテ、エマからコピーした【爆発】の魔法を扱うファルシュ。
 状況は膠着している様にも見えたが、徐々にベラとエマは体力もマナも削られ、怪我も負っていた。

「このままじゃアリアの元に辿り着くどころか、ここでやられちゃうわねぇ」

「……面倒さね」

 二人は目線で合図し、頷き合う。
 ベラとエマが何かをしようとした時――。

「ベラにエマだよね? 久しぶり!!」

 背後からいきなり、肩を叩かれ声をかけられる。
 気配も感じず背後をとられたことに二人は警戒するが、漆黒のローブを纏ったヒメナの顔と右手を見て、その存在に気付く。

「「……ヒメナっ!?」」

「おーっ! 正解っ!! ルーナも着てたけど、何で皆メイド服着てるの? それよりベラ更に胸でかくなってるじゃん!! エマも大きくなったね!!」

「あらあら、ヒメナも綺麗になってるわよぉ」

「……いやいや、ヒメナがこんな所に何でいるのさ!?」

 戦場に成長して現れたヒメナのあっけらかんとしている様子に、ベラは何故か馴染んでいるが、エマは動揺と驚きしかなかった。

「ルーナとも会ったんだけど、帝国軍と闘ってるんだよね。敵はあいつら?」

 クラルテとファルシュも気配なく現れたヒメナに、警戒心を高める。
 しかし、ファルシュのとった行動は意外なものだった。

「僕は帝国軍所属のファルシュ・コピーと申します。あなたはその所作からさぞかし強者とお見受けしますが、お名前は何でしょうか?」

「ヒメナだけど……」

「僕は闘いを神聖なモノと考えております、どうか闘う前に握手をして頂けないでしょうか?」

「ほぇ? 握手? 別にいいけど……」

 ヒメナは歩を進めファルシュへと近付く。
 ファルシュの魔法を知るエマは、その狙いを悟った。

「ヒメナ、そいつに触っちゃ駄目だよ! そいつは相手の魔法をコピーするのさ!!」

 その言葉を聞いてもなお、ファルシュに近付くヒメナ。
 そして二人は――左手で握手を交わした。

「……え? これは一体――」

 握手を交わしたファルシュは困惑する。
 それもそうだろう。
 ヒメナには魔法が無く、コピーすることが出来なかったからだ。
 ファルシュにとっては、今まで出来たことが出来ないという異常事態だ。

「じゃ、戦闘開始ってことでいいよね?」

 力強い闘気を纏ったヒメナは、動揺を隠せないままでいるファルシュの左手を握力で握り潰す。

「ぎゃああぁぁ!?」

 握り折られた左手の痛みを訴えているファルシュの顔面に、ヒメナは遠慮なく全力で左のストレートお見舞いする。
 ファルシュは声なき声も上げて吹き飛んでいき、都市を囲む壁に直撃して意識を手放した。

「それとあんた、わかってるから」

「!?」

 ヒメナが声をかけたのは、透明化して背後から近づくクラルテであった。
 声をかけられ、動揺しつつもクラルテは構えたダガーをヒメナに向かって振るう。

 ヒメナのマナ感知の域は、近くであれば目を瞑っていても誰が何をしているかが分かる域にまで達していた。
 つまり、クラルテの透明化はヒメナにとっては何の意味も為さない。

 クラルテが降り下ろしたダガーを、ヒメナは右の回し蹴りの踵で弾き飛ばし、そのまま闘技へとうつる。

【旋風脚】

 右の回し蹴りの勢いを利用し、体幹を軸にコマのように回り、左のハイキックをクラルテの顎に正確に放った。
 一撃で頭蓋骨内で何度も脳を揺らされたクラルテは意識を失い、ギョロ目が白目となってその場に倒れ込む。

 ヒメナがベラとエマが苦戦していた相手を倒した時間、わずかに五秒。
 圧倒的なヒメナの力を目の前にした、ベラとエマは言葉を失ったままだ。

「さっ、アリアの所行こっ!!」

 そんな二人にヒメナは笑顔で答えた。


*****


 ブレアとアッシュはリユニオンで一番高い建物の屋根で未だに闘っていた。
 フェデルタと遅れて助けに入ったルーナは既に倒れており、戦闘不能の状態となっている。

 ブレアは感じていた。
 自分の無力さを。アッシュとの間にある大きな壁を。

 自身の氷はアッシュに跡形もなく黒炎で燃やされ、自身の闘技を纏った攻撃は余裕を持って止められ、切り札の魔法具による攻撃もいなされる。

「くそがああぁぁ!!」

 どれだけ斬られても、燃やされても、魔法具の金槌を破壊されても、ブレアは獣の形相でギザギザの歯を剥き出しにして闘う。

 そして、遂にアッシュにまともに斬られ、倒れた。

「ブレアァァ!!」

 失明しているアリアは音でブレアが敗れたことを察し、歌っていた【狂戦士の歌】を止め、ブレアのために叫ぶ。
 しかし、その叫びは何の意味も持たず、ブレアは気を失い動かないままだ。

「さぁ、歌姫様。こちらへ」

 ルーナとフェデルタとブレアを倒したアッシュは、アリアを誘うかのように手を伸ばす。
 返り血を浴びたその手の匂いに、アリアは嫌悪感を抱かざるを得なかった。

「お断りします……ルーナとブレアを斬ったあなたに着いていくはずがありません!!」

「……コレール……?」

 アッシュはアリアと初めて真正面から向き合った時、遠い過去の誰かと見間違えたのか、アリアを別の名で呼ぶもすぐに正気を取り戻した。

「……いや……この従者の少女達とそちらの王国軍の騎士はまだ生きておられますよ。貴女の行動によっては、その命はどうなるか分かりかねますがね」

 アッシュは倒れたブレアの首に剣を置く。
 この人は本当にやりかねない……アリアはそう感じ――。

「……分かりました、何処へとでも連れて行って下さい」

 自分にはいつも選ぶ権利すらないのかと諦め、苦渋の決断をした。

 アリアの決断を聞いたアッシュはフランベルジュを鞘へとしまい、上空に向け黒炎を放つ。
 放った黒炎は空で花火のように散り、帝国軍全隊へ命令を下した。

 命令内容は――全軍撤退。

 リユニオンを攻めたのは陽動で、本来の目的のアリアの捕獲が叶った今、悪戯に兵を死なす訳にはいかない。

 そこからアッシュをはじめとした帝国軍の動きは早かった。
 アッシュはアリアを抱えて撤退を始め、紫狼騎士団と闘っていた兵士も撤退する。

「我が軍が何度も辛酸を舐めさせられた歌姫を、コレールと見間違うとは……我はどうかしている」

「…………」

 抱えられたアリアは絶望していた。

 ずっと今までロランに利用されて自身の歌が嫌いにまでなったアリアが帝国軍に攫われたということは、今度はアッシュによって同じ扱いを受けるに違いないと考えていたからだ。

 それも――今度は王国軍の一部である冥土隊の敵としてかもしれない。

 しかし、自分に抗う力はない。
 アリアを取り巻く環境は、冥土隊以外の人間は常に自分を利用するために、あらゆる手を使ってくる汚いモノばかりだ。

「……助けてよ……」

 見えない目が見えていた頃の光景をふいに思い出し、アリアは涙を流す。

 五年前、自分を曲げてまで自分のことを考えてくれた少女のことを。
 いつも隣にいて、真っすぐでキラキラ輝いていて、自分を守ろうとしてくれていた親友の事を。


 自分が突き放してしまった――ヒメナのことを。


「……ヒメナアアァァ!!」


 思わずアリアがその名を呼んだ時、漆黒のローブを纏った者が突如アッシュとアリアの目の前に現れる。

【衝波】

 その者はアリアをアッシュから奪い取ったと同時、アッシュに肩を当てて、闘技によってアッシュを吹き飛ばした。
 アッシュは吹き飛ばされつつも体制を整えて着地する。

「……何者だ?」

 アッシュは漆黒のローブのフードを被った隻腕の者に問いかけた。

「五年も待たせてごめんね、アリア」

 問いかけられた少女は、アッシュを無視してフードを脱ぎ――。

「お待たせ」

 アリアを守るために、一つしかない左腕でしっかりと抱いたのであった。

終焉の歌 ~右腕を失って追放されても、修行をして歌姫の元にメイドとして帰ってきます~

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