あれから、私の中でのポワンの見方は百八十度変わった。
ポワンの闘気を目の当たりにしてなければ、ポワンに修行をつけてもらったとしても、強くなれるか半信半疑だったと思う。
ポワンの強さを肌で感じてからは、ポワンに修行をつけてもらえば確実に強くなれるという確信があった。
「さて……魔法を持たぬお主がどう闘うか……じゃが、魔法や魔技を見たことはあるか?」
ポワンの言葉を一語一句聞き逃さないように、真剣に聞く。
そんな私を近くの岩に座るルグレは、頬杖をしながら楽しそうに見ていた。
「うん、あるよ。歌で誰かに干渉したり、炎を剣に纏わせたり、相手に電流を流したり出来るんだよね?」
アッシュやロランも使ってたし、アリアの歌魔法は一番身近で見てたもん。
「さよう。魔法は使い手固有のモノで、魔技というのは、魔法を応用したオリジナルの技といったところなのじゃ。魔法自体の性質が誰かと同じであっても、魔技が被ることはあまりない。使い手の工夫がなされておるからのう」
なるほどねー。
同じ火の魔法を持ってたとしても、魔技は自分で開発するから、また違った感じになるってことか。
「攻撃はオリジナルであることが重要……相手に行動が読まれにくいからの。魔法という個性を持たぬお主は、戦闘する者の大多数が使える闘気のみで闘うしかないないのじゃ」
つまり、闘いにおいてかなり不利ってことだよね……私はただでさえ右手がないし……。
「闘気を纏うのじゃ、ヒメナ」
「……うん?」
「はよせんかい」
言われるがままに闘気を纏うと、ポワンは近づいて来て私の胸に優しく手を置いた。
ポワンって……変な趣味でもあるのかな?
「死ぬでないぞ」
「ほぇ?」
不吉なことを言いながら微笑んだポワンは――。
【衝波】
手の平にマナを集め、私の体に闘気を放った。
「わああぁぁ!?」
私の体は吹き飛ばされ、地面にぶつかり跳ね上がる。
それを何度も繰り返し、木にぶつかって勢いを止めた私は、鼻血を垂らしていた。
一瞬、気が緩みそうになった。
闘気を纏ってなきゃ……死んでたかもしんない。
「ヒメナ、大丈夫!? 師匠、やりすぎですよ!!」
ルグレがポワンに吹き飛ばされ、呆然とする私の所まで走ってきて、鼻血を拭ってくれる。
続いてポワンが申し訳なさそうに、歩いてきた。
「いやーっ、死ぬほど手加減したんじゃがのう」
何今の……?
私……ポワンの闘気に吹き飛ばされたの……?
「【闘技】じゃ」
「闘……技?」
ポワンは私の前に立つと、自慢気に腕を組んで胸を張っている。
「闘技とは、闘気を使った戦闘技術なのじゃ。闘気を使える者が訓練すれば誰でも使うことはできるが、習得するための修練が容易くないのと、近頃は兵がすぐ実戦投入されることが多いからか、魔法や魔技に熱心になる者が多いからのぉ。達人の域に立つ者はほぼおらん」
ポワンは現状を憂いていた。
闘技には特別な想いがあるのかな?
「闘気と闘技を極めることが出来れば、武器なんぞいらんし、王国の騎士団長なんぞはイチコロじゃて。闘技を開発すればオリジナルにもなるしの」
魔法を持ってる人にも対抗できるってこと……?
確かにポワンくらいの強さがあれば、魔法なんて関係なさそう……。
「しかし、先に言った通り修練は容易くない。闘気は奥が深いのじゃ。まずはマナと闘気が何たるかを知れ」
私は立ってポワンに向き直る。
「はいっ!!」
ポワンに頑張って付いていけば、きっと強くなれる。
ハンデは大きいけど、絶対に私は強くなるんだっ!!
*****
その日の修練を終えた夜――。
私とルグレは晩御飯を食べ終え、片づけをしていた。
ポワンは自分の鍛錬のため、どこかに出払っている。
「はぁーあ……マナの制御って難しいんだなぁ……全然出来なかったや……」
「闘技はマナと闘気の制御は不可欠だからね。闘気を纏うだけとは訳が違うから、仕方ないよ。俺も習得するまで時間がかかったし、意識しないと出来ないしさ」
そう言ったルグレはマナを手に集めたりして、自由に動かしていた。
私が出来ないことをポワンの弟子という同じ立場のルグレは、簡単にやってのける。
「ちぇー、見せつけるようにやっちゃってさー」
「え? 俺のマナが見えるの?」
「うん、見えるよ」
ルグレは不思議そうに私を見てくる。
「感じることは俺でもそれなりに出来るけど、見ることが出来るって人は聞いたことないや。魔法を使えないことといい本当にヒメナって不思議だね」
「もー、それは言わないでよー」
「あはは、ごめんごめん」
ぶー垂れながら左手だけで片付けるをする私を見て、ルグレは気遣うように私が持つ食器を横から奪い取った。
「ヒメナが右手が無いから大変だし、修行で疲れてるだろ? 俺がやるから、休んでてよ」
「ほぇ? でも……」
「いいからいいから、俺は慣れてるしね」
私は男の子に優しくされることに慣れてないんだけど。
ルグレって本当に優しいな……イケメンだし。
「ルグレはさ、何でポワンに弟子入りしたの?」
「ん? 何でって理由ってこと?」
「うん、どんな理由があったのかなって」
ルグレの優しい性格は、闘いに向いてない。
魔物を倒す時も謝ってたし。
優しいから、他人じゃなくて自分を傷つけそう。
それでも強くなりたかったってことは、何か理由があるのかなって思ったんだ。
「……父上の間違いを正すため……かな?」
「お父さんの間違い? どんな?」
ルグレは少し押し黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「父上は……色んな人を傷つけて、平然としているんだ……それが俺には許せない」
「お父さんと闘うために強くなりたいってこと? 何かそれって……悲しいね」
本当の両親がいない私には良く分からないけど、親子で争うなんて何か嫌だな。
だけどルグレのお父さんが人を傷つけるような人だったら、仕方ないのかな……?
「ヒメナはさ、師匠と闘おうと思うかい?」
ポワンと闘う……?
ありえないって!!
絶対瞬殺されちゃうよ!!
私は首を勢いよく横に振る。
「そうだよね、俺もそう。だから俺も師匠みたいな圧倒的な力が欲しいんだ」
んーと……?
どういうことだろ。
「師匠のような圧倒的な力が俺にあれば、闘わずしても父上を止められる。そう思わない?」
……確かに、ルグレの言う通りだ。
ポワンくらい強ければ、闘わずして人の過ちを正せたりできるだろう。
私だってポワンとは何があっても闘いたくないって思ったんだから。
闘うための力が欲しいんじゃなくて、闘わないための力が欲しいなんて、やっぱりルグレは優しいんだ。
「師匠に弟子入りしてから強くなったつもりだけど、強くなればなるほど師匠が遠く離れていく。どれだけ修練をつめばあんなに強くなれるのか……俺は師匠程強くなれるのか……正直不安なんだけどね」
ポワンは強い。
本人が言う通り、多分世界一。
そんな強さが目標として明確に目の前にあると、否が応でも自分のちっぽけさを思い知らされるのだろう。
だけど、きっと――。
「大丈夫だよ。ルグレの優しさが、ポワンみたいにルグレを強くしてくれるよ。絶対」
確証はないけど、何でかそう思えた。
アッシュやカニバルやロランみたいな人間じゃなくて、ルグレみたいな人が強くなるべきだ。
私のそういう願いも込められている。
「ルグレより弱い私が言っても説得力ないけどさ! あはは……」
弱い私が、強くなれるなんて言って恥ずかしくなっちゃった。
私は情けなくも、誤魔化すように笑った。
「そんなことないよ。ありがとう、ヒメナ」
ルグレはそんな私に感謝するように、優しく微笑む。
誤魔化しても、本気で言ったと分かっていたのか、ルグレはちゃんと受け取ってくれていた。
そんなルグレの笑顔を見て、私の胸はキュッと締め付けられるように苦しくなる。
ほぇ……?
胸が何か変だ。
変だけど嫌な感じじゃない……何だこりゃ……?
「頑張らないとね、俺達」
「うっ……うんっ、頑張って強くなろう!!」
そんな胸の痛みをルグレに知られるのは何か嫌で、私はまたもや誤魔化した。
今度はちゃんと誤魔化せたみたい。
ポワンとルグレに出会って三ヶ月が経った。
今から、この三か月間ずっとしてきたマナ制御の成果を師匠のポワンに見せる所だ。
ポワンは私のマナの動きを感じるために、岩の上に自然体で立つ私の背中に触れている。
「やるのじゃ」
「うん」
ポワンの合図を皮切りに、集中力を高めた。
体内のマナを、マナの器である下腹部の丹田から左手に集中させ、次は左手から左足に動かす。
同様に左足から右足、右足から右腕へと、体をマナが一周していくように素早くコントロールした。
「三ヶ月でマナの制御をなりにはこなすようになったか、中々の才なのじゃ」
「本当!?」
ポワンが満足そうに、背中から手を離す。
マナの制御は合格点だってことだよね!?
「俺は師匠のお墨付きをもらうまでに一年以上もかかったのに……」
「小娘はワシが見た中でも、マナを感覚的に掴むのが類を見ない程上手いのじゃ。妹弟子を可愛がるのは良いが、うかうかしているとあっという間に追い抜かされるのう、ルグレ」
「う……精進します……」
やった!! ポワンに褒められた!!
この三ヶ月、寝ても覚めてもずっとマナ制御のことを考えて来たんだもん。
マナ制御の修練をする夢を見るくらいにはね……。
「ねぇ、これだけ操れるようになったんだから闘技を教えてよ!! 私のマナ量も前より増えたしさ!!」
マナは体力と似たようなもので、マナ量を増やす為には使うしかないらしい。
毎日欠かさずマナを使っていた私は、いつの間にか体内のマナ量も増えていて、闘気も力強さを増していた。
まだルグレには及ばないけどさ。
「ま、これだけ扱えればいいかの」
「やったーっ!!」
こうして魔法を持たない私は、闘技を教わることになった――。
*****
「よし、やるかの」
「ほぇ!? どこから拾って来たの!? こんなでっかいの!!」
ポワンがどこからか持ってきたのは、巨大な岩。
一見山にも見える程の大岩は、置かれているだけでとてつもないほどの主張をしている。
私が闘気を纏ってもこんなの持ち上げられないのに、ポワンは闘気も纏わず二つも持ってきちゃったよ。
馬鹿力過ぎでしょ。
「今からお主に教えるのは、闘技【衝波】なのじゃ。よーく見ておれ」
闘技【衝波】。
三ヶ月前、私がポワンに吹き飛ばされた技だ。
「師匠、お願いですから手加減して下さいね……」
「わぁておるわ!」
ポワンは機嫌を悪くしながら一つの岩に触れ、手の平に一瞬でマナを集める。
【衝波】
岩に触れた手から、闘気を放っているようにも見えた。
ポワンの闘気に吹き飛ばされた大岩は、私達がいる山を離れ、隣の山へと激突し土煙を上げる。
隣の山からは鳥達が飛び立ち、突如起きた異常現象から動物達が逃げ出していた。
力の調節を間違ってしまい、やらかした顔をするポワンを、ルグレはジト目で見ている。
「闘技【衝波】は、密接した相手吹き飛ばす。体制を崩したり、吹き飛ばした相手に追い討ちをかけるための技なのじゃ。ワシ程とは言わんまでも、この大岩を倒せるくらいになるのじゃ」
自慢気に闘技の説明をし、誤魔化そうとするポワンだったけど、当然ルグレは誤魔化されない。
「誤魔化そうとしても、駄目ですからね!? あんなの体制を崩す技じゃなくて、トドメの技じゃないですか!? あそこに人がいたらどうするんですか!? 死んでますよ!!」
「ええぃ! やかましいわ!! ちっとだけ加減を間違えただけなのじゃ!!」
二人が大騒ぎする中、私はポワンのマナの流れを思い出していた。
闘気を放った……ううん、ちゃんと見てたけど違う。
見た感じは闘気を放っている様に見えるけど、マナを岩に触れた手に集めて、闘気に変えただけだ。
マナを体に巡らせて闘気を纏うのと、マナ制御がいる以外は変わらない……。
「いつも言ってるでしょう!? 師匠は歩く災害みたいなモノなんですから、振る舞いには常に細心の注意を払って下さいって!!」
「阿呆! そんな小さいことをいちいち気にして生きてられるか!!」
揉めてる二人を横に、ポワンが持ってきたもう一つの岩に、同じ様に左手で触れる。
ポワンが高速で行った工程を思い出し、私は集中して慎重に左手の手の平にマナを集め――。
「……まぁ、あれじゃ。小娘。一朝一夕で出来ると思うでないのじゃ」
「師匠!! また誤魔化そうとして……」
「破っ!!」
掛け声と共に左手のマナを闘気へと変える。
「「!?」」
二人が私が急にポワンの真似をしたことに驚く中、目の前の大岩が徐々に傾いていき――やがて、大きな音を立てて倒れた。
「で、出来ちゃった……」
「「……うそーん……」」
何故か見様見真似で、闘技【衝波】を習得出来た。
やったね!!
ポワンとルグレと出会って、二年が経った。
相変わらず私達は、山で修行をしている。
成長期の私の体も大きくなり、いつの間にかポワンの身長を抜いていた。
出るとこは……残念ながらまだ出てないけどね。
「はあぁぁ!!」
「うおぉぉ!!」
今、私はルグレと組み手をしており、最近は毎日の日課となっている。
組み手をする私達をポワンは山で採ったリンゴをかじりながら見ていた。
【瞬歩】
「!!」
私は、足にマナを集めて闘気に変えたと同時に飛び出す高速移動術、闘技【瞬歩】で、一瞬でルグレとの距離をつめる。
今考えれば、メラニー先生やアッシュ達が高速で移動してたのは【瞬歩】を使ってたのかもしんない。
「闘技【衝波】!!」
私はルグレの胸に肩を軽く当て、【衝波】で吹き飛ばす。
吹き飛んだルグレは木に当たり、その勢いを止めた。
明らかに体制は崩れている。
「今日こそ私の勝ちだよ!! ルグレ!!」
肩で【衝波】を使ったのは、次の行動に素早く移るため。
体制を崩したルグレに追い討ちをかけるため、私は闘気を纏い突っ込んだ。
勝利を確信したその時――。
「闘気【発勁】!!」
ルグレの渾身の掌底が、私の下腹部に直撃した。
「ほぇぇ……」
ルグレが最も得意とする闘技【発勁】によって、体内のマナの器である丹田に、ルグレの闘気が混ざる。
体内に異物が入りマナを乱された私は、立つことすらままならず、その場に倒れ込んだ。
これが試合でなく死合いなら、私はもう殺されている。
「そこまでなのじゃ!!」
リンゴを持ったポワンも決着がついたと判断したのか組手を止め、ルグレは倒れた私に微笑みながら、手甲を装備した手を差し伸べて来た。
「ヒメナには悪いけど、まだ兄弟子として負けられないね」
「くぞぉぉ……悔しいぃ……」
ルグレの手を掴み、起こしてもらう。
これでルグレには何回こうやって起こしてもらったか、もう分かんない。
勝てたことは一度もないもん。
「小娘。【衝波】を当てた瞬間、勝ちを確信して油断したな? 闘気が乱れておったぞ」
「ポワンは何でそんなことわかるの? 私みたいにマナは見えないんでしょ?」
私は目を凝らせば、マナが見える。
大気のマナや、体内のマナも。
アリア達も見えなかったことから、それが変わってるっていうのは分かってたんだけど、長年生きてきたポワンでもそんな人間は見たことがないんだってさ。
魔法を使えないことも含めて、私は変人らしい。
変人ってひど過ぎない?
「闘気とは闘争心でマナを視覚化させる精神エネルギーみたいなもんじゃ。ある程度の猛者であれば、闘気を見れば相手の体調や心理もわかったりもするのじゃよ」
いや、ポワンだって変人じゃん。
そんなの私わかんないもん。
「憶えておけ。生きるということは闘い続けるということなのじゃ。どんな相手にも弱みを悟られず、闘争心を失うな」
「……はーい」
ポワンの言っていることは難しくて良く分からないけど、油断するなってことだよね?
次は絶対しないもん。
「まぁ良い、アフェクシーまで買い出しに行って来い。フライパンとアップルパイを買って来るのじゃ。パイを冷ます前に戻って来るのじゃぞ」
ポワンはリンゴを口でかじりながら、お金が入った巾着袋を私に投げ渡してきた。
ポワンはこの山の近くの村、アフェクシーで売られているアップルパイが好きみたい。
近くって言っても、小さい山を五つくらいは越えないと行けないけど。
「絶対フライパンはついでじゃん。そんなにアップルパイが食べたいなら自分で行けばいーじゃんか」
「めんどいのじゃ」
なら食うなよ。めんどいのはあんただよ。
私は片手しかないから荷物も持ち辛いのにさ!!
「師匠、ヒメナはアフェクシーの場所を大体しか知りませんし、村の人と交流がないじゃないですか。俺が着いて行きます。一緒に行こっか、ヒメナ」
私を気遣ってか、ルグレはそう言って巾着袋を引く私の左手を引っ張った。
「ルグレぇ〜」
ルグレの優しさが五臓六腑に染み渡るよぉ〜。
あれ……?
これって、まさかデートってヤツじゃね?
そんなことを考え照れる私は、ロランに引っ張られ、村へと向かう。
「甘いのう」
リンゴを丸呑みにしたポワンは、そう呟くのだった――。
*****
デート気分は私だけだったのか、闘気を纏って五つの山を越えた私とルグレは、徒歩なら片道だけで一日かかる帝国領の村のアフェクシーに一時間ほどで到着した。
「ほぇ〜王都やアンファングと比べたら小ちゃいや」
「そりゃそうだよ。田舎の村だもん」
アフェクシーは人口が数十人程しかいない、田舎の小さい村だった。
のどかで暖かい空気が流れていて、とても戦時中とは思えない。
「王都じゃなくて……こういう所に行けば良かったのかな……? 私達……」
孤児院を旅立った後、王都でなくてこういう田舎に行けば、ララとメラニーは死なずに済んだのかもしれない。
私だってアリア達と今でも一緒にいれたのかもしれない。
エミリー先生の言葉を、守り過ぎちゃったのかな……私達……。
「ヒメナ、大丈夫? マナを使い過ぎて、気分が悪くなった?」
私が暗い顔をしてたのを心配してか、ルグレが覗き込んで来た。
いや……顔近っ!!
「……ううん、ちょっと考え事しちゃっただけだよっ」
「でも、顔赤いし……」
「だから大丈夫だってば!!」
誰のせいで赤くなってると思ってんだか!
こういう所は本当鈍いんだから!!
「……ほぇ!?」
顔を見られないように手で隠していると、ルグレは私を無理矢理お姫様抱っこし始めた。
ルグレは天然で、たまに突拍子もないことをする。
「風邪……いや、何かの病気かもしれない!! 俺も一度お世話になった医者の先生がいるんだ! 急いで診てもらおう!!」
「だから、違うってばぁ!!」
ルグレは闘気を纏い、駆け始めた。
お姫様抱っこされる私は村中の注目を浴びながら、恥辱に顔を真っ赤に染めるのであった。
ルグレにお姫様抱っこをされた私は、村の診療所へと連れて行かれた。
「あー……こりゃ病気じゃねーな。診ねぇでも見りゃわからーな」
私を抱いたままのルグレは診察室に入るや否や、丸眼鏡をかけた無精ひげを生やしている黒髪短髪のおじさんにそう告げられる。
そりゃそうだ。私の顔、多分血色良いもん。
「そんな……!! ヴェデレ先生の魔法は【診断】で、身体の病気が見えるんですよね!? なら、ちゃんと診て下さいよ!!」
ヴェデレさんは、以前ルグレが誤って毒キノコを食べた際に診てもらったお医者さん。
医者としては凄腕で、こんな田舎の村にいるのは勿体ないって、ポワンも言ってたんだって。
「んなら、青春を謳歌する若者に病名を告げてやらーな。こりゃな、巷じゃ恋のやま――」
「わー!! わー!!」
ヴェデレさんはにやにやしながら、病気でない病名をルグレに告げようとするのを、私は大声を出して必死に遮る。
何言おうとしてんだ、このおっさん。
「コイ……!? ヒメナ変な物でも食べたのかい!?」
「食べてないよっ!!」
「はっは!! こりゃ嬢ちゃん苦労すんねぇ!!」
「ちょっとあんたは黙っててよ!! ぶっ飛ばすよ!?」
ルグレの天然に突っ込む私を、状況を全て見透かしているヴェデレさんがからかってくる。
とりあえず、殴ってやろうかな。
「勘弁してくれよ、嬢ちゃん。俺はずっと戦場にいたが、魔法も戦闘向きじゃねぇしクソ程よえぇ。嬢ちゃんはポワンさんの弟子だろう? 俺なんざ瞬殺されらーな」
「ほぇ? 弱いのに、何で戦場にいたの?」
「戦場じゃ怪我人や死人がめちゃくちゃ出っからだ。それに俺の魔法は検死に向いててな、敵に厄介な魔法の使い手が現れるたびに死体を解剖してたんだーわ」
敵を殺すために、味方の死因を診る。
戦場って……そういうとこなんだ……。
「……何だか……悲しいね……」
「あー、その通りだ。誰かを助けるために医者になったつーのによ、戦場じゃバカみたいに治せない怪我人がいやがるし、ツレの死体をバラすなんざやってらんねーつーの。クソ下らなくなって、思わず逃げ出しちまったーよ」
ふんっと鼻を鳴らしながら、戦争の悪態をつくヴェデレさん。
軍事国家の帝国には、あまり似つかわしくない人だ。
「この村はクソ田舎でいいぜぇ~。今ん所は戦争とは無縁だかんな。普通に生きて、普通に死ぬっつー当たり前の平和がここにゃある。俺みたいな戦場から逃げた腰抜けでもやってけるからーな。俺以外医者もいねーからしっかりしねーといけねーけどな! はっは!!」
戦場から逃げた腰抜け……ヴェデレさんはそう言って自分を下げてるけど、私はそうは思わない。
きっとヴェデレさんは、人の死を間近にして平気でいられなかったんだ。
「……ヴェデレさんって……優しいんだね」
私がそう呟くと、ヴェデレさんはさっきまでの陽気さは何処へやら、呆気に取られて固まっていたけど、正気を取り戻すかのように手の平で軽くおでこを二回叩いた。
「そう言える嬢ちゃんは俺よりはるかに立派よ。また恋の病が再発したらいつでも来な。しゃーねーから、話くらいなら聞いてやらーな」
「だから、ヴェデレ先生!! コイって一体――」
「ルグレは黙ってて!!」
「はっは!! こりゃ大変だーな、お嬢ちゃんよーっ!!」
「ほえぇぇ!! お願いだから、二人共黙って!!」
医者のヴェデレさんは豪快で面白い人だった。
全部見透かして弄って来るのは、鬱陶しいけど。
*****
ヴェデレさんの診療所を出て、私達はポワンに頼まれたフライパンを買い、今からアップルパイを買いに行く所だ。
「本当にどこか痛かったりとかはないんだよね?」
ヴェデレさんとの会話で何も分かってなかったのか、未だに心配して来るルグレ。
「ヴェデレさんが大丈夫って言ってたでしょ、もぉ〜。しつこいってば」
「なら良いんだけどさ……」
しつこいって言ったらへこんじゃっちゃった。
私のことを考えてくれてるのに言い過ぎちゃったかな?
そうこうしてる内に、アップルパイを売っている宿屋にたどり着いた。
宿屋でアップルパイを売っているのは、アフェクシーみたいな田舎で宿屋だけしてたら、誰も泊まらないから経営が出来ないみたい。
気付けばアップルパイ目当てに、遠方から宿屋に泊まる人が出てくる程人気の商品になったんだって。
「いらっしゃいませーっ!」
アップルパイを売っているのは、そばかす顔の可愛い女の子。
茶髪のおさげを揺らしながら、私とルグレを出迎えてくれた。
ルグレと同じくらいの歳かな?
「ジャンティ、久しぶり」
「ルグレじゃん!! 元気だった!?」
「元気だよ、ジャンティも変わりなさそうだね」
「で、その子は?」
ジャンティと呼ばれた女の子は、初顔の私を興味深そうに見て来る。
「私はヒメナ、ルグレの妹弟子だよ。よろしくね」
「へー、私ジャンティ! よろしくね、ヒメナ!」
ジャンティは右手で握手を求めて来たけど、私は左手を差し出した。
「あ……」
「ごめんね、私……右手無くって……」
「……ううん、こっちこそごめんなさい」
ジャンティは私の右手が無いことに気付き、申し訳ないような顔で右手を引っ込めて、左手で私の左手を掴む。
「手の平固っ!! ヒメナは強そうに見えないけど……ルグレみたいに強いの?」
「凄く強いよ。油断したらすぐ追い抜かされちゃうくらいに」
「へーっ! そりゃ凄いや!!」
二人はたわいの無い談笑を始めた。
何か……お似合いだなぁ……。
私は右手も無いし、強いって女の子としては褒められたものじゃない。
きっとジャンティみたいな可愛らしい子が、将来ルグレのお嫁さんになるんだろうなぁ……。
「あ、そろそろ陽が暮れそうだ。俺達そろそろ帰らないと」
「また早めに来てよね、サービスするから!」
「うん、それじゃ」
「ジャンティ、ありがとう」
ルグレがアップルパイを買い終えて山へと帰るために歩き始めたので、私が着いて行こうとすると、ジャンティに服の裾を掴まれる。
「さっきのお詫びじゃないけど、これ。私にはもう必要ないからあげるよ」
……何これ?
綺麗な石のネックレス?
「この村に伝わる恋愛成就の御守りだよ。心配しなくても、ルグレは私に興味ないから」
「ほぇ?」
「右手とか無くても気にしないでも大丈夫だよ、ルグレはそんなこと気にしないって!」
「な、何の話!?」
ジャンティもヴェデレさんみたいなこと言ってさ!
何なの、この村!?
「ヒメナーっ!! 帰るよーっ!!」
「……はーいっ!」
私、そんな分かりやすいのかなぁ……?
でも、この初恋はそっと心に閉じ込めておくんだ。
私は後三年たったらアリアの元に戻るんだから。
戦争が始まり三年半、王国軍は帝国軍に押され続けている。
既に占領された都市や街も多く、他国から見ても敗色は濃厚と思われていた――。
イニーツィオ平原。
そこは、怒号や悲鳴が飛び交う戦場となっていた。
魔法や魔技が飛び交い、怪我人や死体が辺りに転がっている。
この戦場も例外ではなく、戦況が帝国軍有利に傾いている中、最前線でたった一人で戦線を保つ王国騎士がいた。
赤髪を逆立たせた騎士の鎧はボロボロに破壊されて、晒されたその身には矢が刺さっている。
それでも騎士は闘うことを止めず、自身を囲む数百にも及ぶ帝国軍の兵士達に、たった一本の剣のみで立ち向かっていた。
「一斉にかかれ!!」
全方向からの帝国兵の一斉攻撃。
赤髪の騎士は、自分の視界に見えた攻撃は装備している剣で全てはじくも、背後からの攻撃まではさばききれず、鍛えられた腹部を剣で刺される。
「ってぇな!! ゴラァ!!」
常人であれば致命傷になった一撃を騎士は意にも介さず、自分の腹部を刺した帝国兵の首を、闘気を込めた一撃で刎ね飛ばした。
赤髪の騎士が刺された剣を無理やり抜くと、致命傷の傷は瞬く間に消える。
「何だこいつ……不死身か!?」
「傷がもう治ってやがる!!」
無傷の騎士は闘気を纏い、目の前の怯んだ帝国兵達を剣で切り刻んでいく。
「ぎゃあぁぁ!!」
「がぁっ……!!」
帝国兵が応戦するも、赤髪の騎士は引かない。
目の前の帝国兵を全て切り殺し、死体を踏みつぶした騎士は、一息ついて辺りを見渡した。
「ったく、帝国のボケナス共が!! 数ばっか一丁前に集めやがってよ!! 倒しても倒してもゴキブリみたいに湧いて来やがる!! もう何回死んだか分かりゃしねぇぞ!!」
一人奮闘している赤髪の騎士の男の名は、モルテ・フェリックス。
王国軍、赤鳥騎士団の団長だ。
彼が水晶儀を行い、魔水晶から浮き出た文字は【不死】。
モルテは自らの魔法の影響で、【不死身のモルテ】とあだ名されていた。
「しっかしよぉ。どうすっかな、これ。おーい!! 王国軍で俺以外生きているヤツいねぇのか!?」
今回の戦でモルテが預かった兵は、約八百。
対する帝国軍の数は、四千。
モルテの赤鳥騎士団の騎士、王国兵、傭兵で編成されており、任務は援軍が到着するまでの帝国軍の足止めである。
しかし、開戦された直後、モルテが出した命令は――全軍突撃。
モルテは自らの魔法【不死】の影響で死ぬことがないため、死を恐れることがない。
故に部下にもそれを要求する。
「団長。俺ら以外は多分もう死にましたよ」
茶髪をオールバックにした筋肉隆々の大男が、巨大な金棒を担いでモルテに悠々と近付いて来る。
敗戦濃厚な状況でも、その顔はいつも通り無表情だ。
彼の名はシャルジュ・ボール。
モルテの稚拙な作戦にいつも続き、何故か死なない男である。
モルテのように不死身ではないが、それでもモルテの右腕をし続けて死んでいないのは、彼がかなりの力を有していることの証明である。
「おぉ、生きてたかシャルジュ。何人殺ったよ?」
「二十以上の数字は数えられないのでわかりませんね。足の指を使っても足りませんから」
「ぎゃははは!! 俺もだ!!」
王国の正規の軍の中でエリートが集まる騎士団の中でも、彼らが団長と副団長である。
赤鳥騎士団はすぐに騎士が死ぬため、騎士の中でも無能が多く集められる騎士団であった。
トップの二人が算数もまともに出来ないため、仕方がないことだろう。
「団長!! 副団長!!」
二人が戦場で一息ついていた時、甲高い声が聞こえてくる。
「誰だっけ? あいつ」
「確か団員のマルコじゃありませんでしたか?」
甲高い声の正体は、ペンと本を持った女性。
眼鏡を掛け、紫色のカールした長髪と巨乳を揺らしながら、二人に近づいて来る。
走っているのにも関わらず、普通の人の早歩きと変わらない速度だ。
「ナーエです! ナーエ・アヴニール!! マルコさんは男だし、私のことを逃がすために殺されましたよ!! 生き残ったら私の胸を揉ませてくれとかいうクソみたいな最期の言葉を残してね!! 団長の馬鹿な突撃命令のせいで……ぶぇ!?」
ナーエと名乗った女性は、足を絡ませて転ぶ。
戦場には似つかわしくない運動神経である。
「こんなアホそうなヤツ、団員にいたっけか? シャルジュ」
「こんなアホそうなヤツ、見たことありません。団長」
「赤鳥騎士団には残念ながら私が一番マシなくらいのアホしか揃ってませんよ!! あなた達を筆頭に!!」
ナーエは顔を土まみれにしながら嘆く。
無能な上司を持った、悲痛の叫びだ。
「何でペンと本なんか持ってんだ? ここは戦場だぞ、やっぱアホなんだな」
「これが私の魔法の発動条件なんです!! このペンと本で私の行動を未来予測するんですよ!! 突撃する前にも説明したでしょ!? この鳥頭!!」
ナーエには上司を立てる余裕すらなかった。
ナーエ自身の戦闘能力は皆無であり、モルテとシャルジュの二人が脳筋なことも考えれば、数千の帝国兵に囲まれたこの状況は余りにも絶望的だからである。
「……あぁ!! 赤鳥騎士団だけに鳥頭ってことか!! なるほどな!!」
「団長、こいつアホじゃないかもしれません。ギャグセンスありますよ」
「そ・ん・な・こ・と・よ・り!! 私の魔法で突撃したら全滅するって予測が出たって伝えたでしょう!? なのに何で突撃命令を止めなかったんですか!? 援軍が来るまでの足止めが赤鳥騎士団の任務でしょう!? 副団長もそのアホを止めて下さいよ!!」
ナーエは自身の魔法である【予測】で出た結果が書かれた本を二人に見せながら、思わぬ方向へ脱線していく会話を本線へと無理矢理に戻す。
「突撃以外の作戦なんてクソだ。ややこしくてよくわからん」
「ぎゃはははは!! わかってんじゃねーか、シャルジュ!!」
モルテの余りにも大きいバカ笑いが周囲に響き渡る。
その笑いに釣られたのか、まるで餌に群がる蟻のように帝国兵が大勢集まって来た。
「まだ生き残りがいたようだな!」
「殺るぞ!!」
余りのストレスで胃腸に深手を負ったナーエはその場で尻もちをつき、絶望から泣き叫ぶ。
「もー、ヤダ!! 何で私は赤鳥騎士団なんて馬鹿しかいない所に配属されたの!? 団長と副団長は脳みそまで筋肉でできてるし、誰か助けてーっ!!」
「お前も馬鹿って思われてるってことだろ、それ! ぎゃはははは!!」
モルテの笑い声と共に、再び戦闘が開始された――。
*****
イニーツィオ平原を一望できる丘から眺める団体がいた。
援軍として送られてきた紫狼騎士団である。
その数は――およそ二百。
全て紫狼騎士団の団員のみで構成された部隊ではあるが、残る帝国軍の数の二千には遠く及ばない。
しかも、その中には色とりどりのメイド服を纏った従者達もいる。
「良い感じに劣勢で貸しを作れそうだね。さぁ、初出勤だよ。歌姫様」
その数にまったく怯んだ様子がない団長であるロランは、失明して何年も目を開けていないアリアに呼びかける。
「……私はこの丘から歌います。皆様――ご武運を」
【狂戦士の歌】
「「「うがああぁぁ!!」」」
紫狼騎士団総勢二百名は、丘にアリアとロランを除いた護衛の五人のみを残し、狂戦士と化して戦場へと降り立った――。
モルテ、シャルジュ、ナーエの赤鳥騎士団の面々はまだ生存していた。
しかしナーエは戦闘能力を持たず、モルテとシャルジュも先の戦闘で疲弊しているため、息も絶え絶えである。
「ひいいぃぃ!!」
蹲ったナーエが悲鳴を上げる中、戦場の異変にモルテとシャルジュはいち早く気付いた。
「……誰だ戦場で歌ってんのは!? お前かシャルジュ!?」
「俺は音痴でまともに歌えません。マルコでは?」
「だから私はマルコじゃなくてナーエです!! こんな状況で歌う馬鹿なんて団長くらいじゃないんですか!?」
音の発信源を掴んだ、モルテとシャルジュは丘の方を見る。
そして、金髪ロングの純白の可憐なドレスを着た少女とロランを見つけ、舌打ちをした。
「畜生が!! 遅ぇと思ったら援軍はあいつかよ!! 死ぬより最悪じゃねーか!!」
ロランは何かと人に貸しを作り、面倒を押し付けてくる。
自身もそれを経験したことのあるモルテはロランを嫌っていた。
モルテがそんな悲痛の叫びを上げた時――とんでもない勢いで二百人に及ぶ軍勢が帝国軍の右翼に衝突した。
「何だぁ!? ロランのやつ、自分の団員に何しやがったんだ!? とんでもねぇぞ、ありゃ!!」
「あいつら、良い飯でも食ってるんじゃないですか?」
一人一人が凄まじい闘気を放って敵軍を圧倒していく様は、まるで象が蟻を踏みつぶすようである。
戦場では次々と帝国兵が吹き飛び、死んでいく。
「「「うがああぁぁ!!」」」
「何だこいつら!? まるで獣……っ!!」
紫狼騎士団が戦場に介入したことで、戦況は一気に傾いた。
狂戦士化した紫狼騎士団員は、強化されたその体とマナで帝国軍を蹂躙していく。
「何だ……? 何だ、あれは!?」
数で圧倒的に勝る帝国軍だが、みるみる内にその数は減っていった。
二千に及んでいた兵は既に三分の一の数へと減っている。
馬に乗り、甲冑で身を包んだ敵将のクラーレ・スティフェンはその異変に驚きながらも、モルテとシャルジュ同様戦場に流れる歌に気付いた。
「まさか……この妙な歌か!?」
戦場でただ歌を歌う者などいるはずもない。
数多の戦場を経験していたクラーレは、この歌が王国兵に何らかの影響を与えていると直感で判断する。
「ならば、元を断つ!! 親衛隊、このクラーレ・スティフェンに付いてこい!!」
「御意っ!!」
四千もの兵を任せられるクラーレの決断は早かった。
歌の根源であるアリアを討つために、同じく甲冑で身を包んだ護衛兵を引き連れ、馬で草原を駆け始める。
*****
帝国軍の将が護衛の三人を引き連れて丘にたどり着くと、そこに待ち受けていたのは戦場には異様な服装をした少女達であった。
「何故、侍女風情が戦場に!?」
帝国軍の将が驚くのも無理はない。
少女達は各々色が違うメイド服を着ており、武器を装備していた。
奉仕している雰囲気など、微塵も感じない。
メイド服を纏うアリアの護衛――【冥土隊】。
ルーナ、フローラ、ブレア、エマ、ベラの五人で構成されている部隊である。
彼女達はロラン直轄の独立部隊。
ロランの指示に従い、基本的にはアリアを守るための部隊だ。
メイド服を纏っているのは、日常生活においても護衛を兼ねて失明しているアリアの介護をするという決意の表れでもある。
彼女たちはそれぞれ、フローラが制作した魔石を埋め込まれた魔法具である武器を持っていた。
「フローラ」
「ほいほーいっ!!」
冥土隊のリーダーであるルーナが、ピンク色のミニスカートのメイド服を着たフローラを呼びつけると、フローラは自作の魔法具であるマナ銃で敵将と護衛部隊に自身のマナを撃つ。
銃というものを初めて見た敵将達は動揺し、フローラの可視化されたマナに全員体を撃たれた。
「何だ、あの武器は!?」
「今、何をしやがった!?」
マナ銃を初めて見て、何かされたにも関わらず自分達が無傷なことに敵将達が驚いてる内に、フローラは自身の魔法を発動させる。
【解析】
フローラの魔法【解析】は、フローラのマナに触れたモノを解析する。
物に触れればその物の性質や使い方等を、人に触れれば魔法を知れたり、その者の強さやマナ量を数値化出来たりする。
「たっはっはー! 一対一ならルーナ達だけで充分勝てるねーっ!! ルーナはあの一番偉そうな人っ!!」
「行くわよ! ブレア、エマ、ベラ!」
「「「応っ!!」」」
勝算が高いと分かり、ルーナはブレア達に指示を出し、闘気を纏って敵に向けて走る。
それぞれが標的にした馬上の敵に対し攻撃して、馬から叩き落とした。
「小娘共は一対一がお望みのようだ!! 我ら帝国の力、存分に見せてやれ!!」
馬が逃げる中、一対一で小娘の侍女風情に遅れを取ることはないと判断したのか、それぞれがその場から散った――。
*****
紫色のメイド服を着たベラは、フローラに作ってもらった魔法具である大鎌を構えながら、闘気を纏って中肉中背の護衛兵の一人と並走する。
闘気を纏えず、ララやメラニーを守るために闘う事すらできなかったベラはもうここにはいない。
闘気とは、闘争心でマナを変化させたモノでもある。
メラニーを失った時に闘えなかった後悔が、優しい性格のベラに闘争心を芽生えさせ、闘気を扱うまでに至った。
「はあぁぁ!!」
しばらく並走した後、護衛兵が剣で切りかかって来る。
それをベラは大鎌で受け、暫く互いに応戦し合った。
帝国兵と言えど、四千人を率いる敵将の護衛兵。
弱いはずがない。
力強い闘気がこもった一撃に、ベラは弾き飛ばされて体制を崩され、護衛兵に今にも追撃されようとしていた。
「小娘が!! 俺に一対一で勝てるつもりか!?」
「そうねぇ……でも、私達はもう繋がったわよぉ」
意味深な言葉を吐いたベラは、消え――。
「……は?」
護衛兵の眼前の地面から生えるように現れる。
「私の魔法は【陰影】。影に潜り、繋がった影の間を移動できるのぉ」
護衛兵の影の中に潜り込み、ベラは影の中を移動したのだ。
そして出てくる際には、護衛兵の股下には大鎌の刃が既に構えられていた。
「ちょっ……やめ――」
ベラが大鎌のを振り上げると、護衛兵は股下から左右に両断した体を逆八文字にし、二つに分けられる。
「冥土へお逝きなさいなぁ」
ベラは絶命した護衛兵へそう言い残し、アリアの元へと戻るのであった――。
*****
髪色と同じ赤色のメイド服を着たエマは、フローラが作った魔法具である両刃の直槍を構えながら、闘気を纏った細身の護衛兵の一人に追われていた。
「おいおい、君の相手は私じゃないのか? どこに行くんだ?」
「ったく、面倒だね」
しばらく走った後にエマが止まると、追っていた護衛兵も釣られたように止まる。
「君が先に私を攻撃してきたんだろう? 逃げるなんて酷いじゃないか」
「他と連携されるだけがやっかいだからね、ウチがあんたに一対一で負けるとはとても思えないしさ」
従者であるメイド風情の年端も行かぬ少女に舐められて、護衛兵は苛立ったのか正面から闘気を纏って突撃する。
しかし、護衛兵は頭に血が上り失念していた。
自分が追っていたエマがこの場で止まり、戦闘に入った――つまり、誘われたということを。
「ならば見せてやろう!! 私の魔法――」
ショートソードを抜き、エマに向かって突貫していった護衛兵がある地点を踏んだ時――。
「!?」
地雷を踏んだかの如く、地面が爆発した。
「ありがとさん。罠をしかけた場所に誘われて、あんな安い挑発に乗ってくれるなんてさ」
エマは丘に敵将と護衛兵が向かってることを丘から確認した時、すでにこの場所に自身の魔法を設置していたのだ。
そして、自分達を侮り一対一を受けた護衛兵を誘い込み、罠に嵌めた。
「く……か!!」
まだ周囲が爆煙に包まれる中、何が起きたかわからずにいる護衛兵の目の前から突如槍が現れ、護衛兵の腹部に刺さる。
「……っ……!?」
混乱と痛み。
突如起こったことに護衛兵は何も対応できずにいる内に、爆煙が晴れてエマが姿を見せた。
「ウチの魔法は【爆発】。その名の通り、マナを爆発に変える」
「まさか……お前、やめ――」
護衛兵の願いは届かず、エマは護衛兵の腹部に刺した槍の穂先に込めたマナを爆発させる。
体内で起きた爆発は護衛兵の内臓を周囲に巻き散らし、絶命させた。
「冥土へ逝きな」
エマは内蔵を撒き散らした護衛兵にそう告げ、赤色のメイド服を翻して、元いた丘へと戻った――。
*****
水色のミニスカートのメイド服を着たブレアと巨体の護衛兵は、既に戦闘に入っていた。
「らああぁぁ!!」
ブレアは水色の三つ編みを揺らしながら、自身の小さい体と同じくらいの大きさの魔法具の金槌を振り回し、バトルアックスを持った護衛兵と打ち合う。
互いの闘気は同等、打ち合いも同等……に見えだが、護衛兵の力の方が僅かに上であった。
「ふんっ!!」
「ぎっ……!!」
護衛兵の一撃を受けたブレアは吹き飛ばされるも、何とか体制を整える。
「その年齢じゃ逸材だろうが……運が悪かったな、チビの嬢ちゃん。護衛兵の中じゃ俺が一番強くってな。俺より強い奴と闘ったことなんかないだろ?」
「お前より強い奴なんざ、何人も見たことあるっつーの!! バーカ!!」
頭に血が上ったブレアは先程と同様、闘気も纏って金槌を振り回した。
またもや打ち合うも、当然ブレアが打ち負ける――ことはなかった。
「!?」
ブレアの攻撃を受け続けていた護衛兵のバトルアックスの刃を含めた斧頭が、突然砕け散ったのである。
護衛兵がその原因を探るためにバトルアックスを確認すると、攻撃を受けた部分が凍りついていた。
「これは!?」
何かの魔法と気付いた時には、時既に遅し。
ブレアは護衛兵の体に触れて、自身の魔法を発動させていた。
護衛兵の体は、ブレアが触れた所から凍り始めていく。
「くそ……このチ……ビ――」
そこまで言って、護衛兵の全身が凍りつく。
護衛を氷が覆い――護衛兵は動くことも喋ることもできず、全ての自由を奪う。
「あたいの魔法は【氷結】――あたいのマナに触れたものを凍らせる」
全力で闘気を纏ったブレアは、氷と一体化した護衛兵を金槌で叩き潰した。
「冥土に逝きやがれ」
振り返ったブレアは、氷と共に粉々になった護衛兵を見もせずに、そう告げる。
護衛兵を倒したにも関わらず、その顔は実に不機嫌そうだった。
「今のヤツぐらい魔法なしで倒せなきゃ、アッシュとかいうヤツやカニバルやロランにゃ届きやしねぇや……!!」
護衛兵と闘気のみでの純粋な肉弾戦のみで勝つことを想定していたブレアは、自分の不甲斐無さを嘆く。
エミリーを殺したアッシュ、ララを殺したカニバルやメラニーを殺したロランには、それくらい出来ないと届かないと考えているからだ。
「ちぇっ!!」
ブレアは舌打ちをしながら、不服そうにアリアの元へと戻るのであった――。
*****
白いメイド服を纏うルーナは、丘で敵将であるクラーレと対峙していた。
しかし、クラーレの目線は歌うアリアの近くに立つロランにあった。
クラーレにとっては、目の前の従者の恰好をしたルーナより紫狼騎士団団長であるロランの方が脅威であり、重要だったからだ。
「貴殿は王国軍紫狼騎士団団長、ロラン・エレクトリシテとお見受けする!! これはこの小娘を倒せば貴殿が私と決闘をする!? そういうことか!?」
ロランに向けて、クラーレは問う。
その問いに対して、ロランは不敵に微笑みながら答えた。
「倒せるといいね」
ロランの言い草は、クラーレにとっては屈辱であった。
目の前の武人とは思えない恰好――従者の小娘に自分が劣ると思われているかのような発言だったからだ。
「舐められたものだな、私も!!」
大剣を構えるルーナに対し、ハルバードを構えたクラーレ。
しかし先の言葉とは裏腹に、クラーレに油断はない。
もしロランの言う事が真であれば、一時の油断が死に繋がる。
クラーレのこの慎重さこそが、数々の戦場を生き残り、四千もの軍を任せられた由縁でもあるからだ。
互いに互いの動向を伺うように、時は流れた。
「来ないのであれば――」
先に回線の合図を鳴らしたのは――。
「こちらから行くぞ!!」
クラーレだ。
闘気で体を強化し、ハルバードを引き下げて間合いに飛び込む。
「ふっ!!」
ルーナもフローラが作った魔法具の大剣で呼応するように応戦した。
しばらく打ち合う内に、闘気の力強さはクラーレがやや上だということが分かる。
クラーレの年齢は見た目通り、三十代後半の男。
ルーナとは経験も研鑽も年季が違うのだから、当然だろう。
それがわかりつつも、クラーレに油断はない。
ルーナの戦闘においてのオリジナリティ――魔法がまだ分からないから当然だ。
しかし、クラーレは同時に焦りもあった。
大局で見た時、アリアが歌い続ける限り紫狼騎士団の勢いは止まらない。
つまり時間をかければかける程数の優位を跳ねのけられ、四千もの兵を失い敗北する可能性が高い。
一刻も早くアリアの歌を止める必要があったのだ。
「はっ!!」
ルーナの渾身の大振り。
だがクラーレは、躱すことも防御することもなくその身で受けた。
自身の魔法を発動して、あえて。
「!?」
ルーナは肉体を切ったと思いきや、金属音が鳴り響いたことに驚く。
無傷のクラーレは、すかさずハルバードで反撃した。
「……っ……!?」
ルーナにとっては予想外の出来事と、反撃。
何とか致命傷を避けることはできたが、左腕にハルバードが掠めてかすり傷を負い、白いメイド服に血がにじむ。
「それが、あなたの魔法ですか」
「私の魔法は【硬化】。身体をマナを込めた分だけ硬くする絶対防御の魔法だ。驚いたかね?」
ルーナの大剣一撃を防いだクラーレの体は、金属と化していた。
あえて硬化した身体で攻撃を受け、ルーナの動揺を誘って一撃で仕留めるつもりだったのだが、失敗に終わる。
しかし、クラーレが硬化して刃を体に通せた者はいない。
故に、不意をつかれない今の状況において、ルーナにクラーレが負ける道理はない。
「いえ、納得しただけです。何故フローラが私をあなたに当てたのか」
しかし、ルーナに動揺はない。
むしろクラーレの魔法を理解したことで、自信に満ちているようにも見える。
「それは一体、どういう意味だ?」
「今に判ります」
ルーナはマナを大剣に伝え、再びクラーレに接近する。
ハルバードで受けずにカウンターを狙うクラーレはその身で受けた。
先程と同じ状況――。
「は?」
にはならず、たった一振りでクラーレの硬化した体は両断される。
上下に分かれたクラーレの上半身は宙に浮き、素っ頓狂な声を上げた。
「私の魔法は【切断】。私に切れないモノはありませんので」
クラーレの上半身が地に落ちた時、護衛兵を倒して戦闘を終えたベラ、エマ、ブレアの三人が帰って来る。
かろうじて意識が残る上半身だけのクラーレは、その状況を見て護衛兵が全員敗れたと悟った。
「何なんだ……お前は……お前らは……!?」
「我らが歌姫に危害を与えようとせん者を冥土へ送る、冥土隊」
ルーナは大剣を構えて、その問いに皆を代表して答え――。
「冥土にお逝きなさい」
そしてクラーレの首を刎ね、戦闘を終わらせた。
こうしてアリアのイニーツィオ平原での初陣は、冥土隊の活躍もあり王国軍の勝利で幕を閉じた。
それと同時に、歌姫であるアリアの出現によって、劣勢だった王国軍は息を吹き返すこととなったのである――。
ポワンとルグレと出会って四年が経った。
私の体は確実に大人への階段を登っており、出るとこもそれなりに出てきている。
マナ制御の修行を毎日欠かさず行ったおかげか、マナを闘気に変える効率や速度も良くなったし、闘技の扱いにも慣れてきた。
自分でもかなり強くなっているという実感がある。
ポワンが私を強くするために、言い渡した期間は五年。
五年経てば自由にしろってポワンに言われたから、後一年だ。
私は修行を終えたら、もちろんアリアの元へと帰るつもり。
帰って迎え入れてくれるかは分からないし、ロランがどう出て来るかは分かんないんだけどね。
「――ほぇ? このマナは……」
そんなことを考えながら岩の上で瞑想の如くマナ制御をしていると、山の中では普段感じないマナを感じ、目を開ける。
「はぁっ! はぁっ!」
しばらく待っていると、マナを感じた方向から荒い息遣いが聞こえて来た。
「ジャンティ、こんな所までどうしたの?」
荒い息遣いの正体は、ジャンティだった。
アフェクシーから私達の所まで、小さい山とは言え、五つは越えないといけない。
普通の人ならば丸一日かかってもおかしくない距離だから、アフェクシーの村の人はここには滅多に来ない。
山で採れる山菜や動物のお肉が欲しかったり……ポワンに相談事がある時以外は。
「はぁ……はぁ……ヒメナ大変なの……」
汗だくで疲れ切っているのか、ジャンティの目は少し虚ろだ。
一日中走って、来ただけじゃない。
精神的に追い込まれてて……疲れてるんだ。
「助けて!!」
ジャンティの尋常でない様子を見て、直ぐにポワンとルグレを呼ぶことにした――。
ルグレとポワンを呼び、ジャンティが落ち着いた後、アフェクシーの村で起こった事を話し始める。
「村が小規模な盗賊に襲われて、金品や食糧や馬を奪われたのよ……また用意しとけって脅されて……」
「ほぇ!? ヴェデレさんや他の村の皆は大丈夫なの!?」
「所々壊されたり、軽傷を負った人はいたけど、大怪我を負ったり殺された人はいないわ……」
「良かった……不幸中の幸いだ……」
私とルグレはホッとした。
私達が村に行く度に何かくれたりして、お世話になってるもんね。
誰も殺されたりしてなくて本当に良かったよ……。
「ルグレ……どうしよう……っ!! 私達盗賊と闘うなんて出来ないし……だからといって食料とか渡すのも限界があるしっ……! きっと村の女の子や私だって、連れてかれて乱暴されちゃう……!!」
盗賊は男性が多く、女性を好んで連れて行く。
ポワンに聞いたけど、戦場でも負けた国の女性は酷い目に遭わされるみたいだから、それと同じなんだろうな……。
「状況は分かったのじゃが、盗賊の情報は何もないのかの?」
「……数は多分十人くらいで、盗賊は自分から現在地を明かしていったわ。村長が代表して話してたんだけど、定期的に物品をアフェクシーの人達に持って来いって言ったみたい……」
「ふむ。まぁ丁度良いと言えば、丁度良いかもしれんのじゃ」
ポワンはずっと落ち着き払っており、アフェクシーの人達を微塵も心配してる様子には見えない。
丁度良いって……何が?
何言ってんの、ポワン?
怪我人だってもう出てるのに、何でそんな落ち着いてられるの?
「ルグレ、小娘。此度の件は全てお主らに任すのじゃ。思う通りにやれ」
……ほぇ?
ポワンは闘わないの?
どうしたんだろう?
思う通りにやれなんて言われたことないし……何か変だ。
「アフェクシーの村を助けるも良し、見捨てるも良し。全ての判断をお主らがするのじゃ」
「見捨てるなんて……出来ないに決まってるじゃん!! 何言ってんの!?」
ヴェデレさんもジャンティも、もう友達だ。
他の村の人達にも、村に行った時いつもお世話になってるのにそんなことありえない。
「阿呆。だから、そういう判断も全て自分達でしろということなのじゃ。盗賊ごときでワシに助けを求めるでないぞ」
そう言ってポワンは、今現在寝床にしている大木に跳び登り、枝の上で昼寝をし始めた――。
*****
翌日の朝、私とルグレとジャンティはすぐにアフェクシーに向かった。
ジャンティは疲労している上に闘気を纏えないため、ルグレがおんぶをしながら走っている。
修行の成果か私のマナ量はかなり増え、闘気を纏える量も時間も四年前の私に比べたら遥かに伸びている。
普通の人なら一日かかるアフェクシーにも、闘気を纏えば十五分位で着くようになっていた。
「何なのよ、ポワンのヤツ!! 自分だって皆にお世話になってるくせにさ!! 本当に何もしない気!?」
無関心なポワンへの怒りからか、私は怒りながら闘気を纏って走る。
心なしか闘気がいつもより力強い気がした。
「師匠にも何か考えがあるんだよ。本当に僕達が困ったら、きっと助けてくれるよ」
私の後を着いて来るルグレはらポワンのことを信頼してるからか、困ったような顔でポワンを庇う。
「ヴェデレさんはポワンを連れて来いって言ってたんだけど……来てくれなかった……大丈夫かな……?」
ジャンティはポワンが来てくれなかったことに不安を感じている。
ポワンはめちゃくちゃ強いから、その気持ちは分かるけどさ。
「私とルグレがいるからいらないもんっ! ポワンの助けなんて!!」
アフェクシーの皆が困っているのに、知らんぷりなんて信じらんない!
世界一強いとか言ってるんだったら、パパっと解決してくれたらいいのにさっ!!
「ジャンティ、大丈夫だよ。俺とヒメナだって強いからさ」
「……うん」
その言葉を聞いて安心したのか、ジャンティはルグレの背中を強く抱きしめる。
そんなジャンティを見て、私は首からかけたネックレスを握った。
このネックレス……もう私には必要ないって……ジャンティがくれた恋愛成就の御守り……。
もしかして、ジャンティはルグレのことが……?
そう思うと胸の内にモヤモヤした変な感情が湧いて来たのを振り払うかのように急いでいると、いつもより早くアフェクシーに着いた。
アフェクシーの村に着き、話し合いが行われているというジャンティの宿屋へと向かうと、ロビーには村中から人がほとんど集まっている。
そこにはヴェデレさんもおり、きっとこれからどうするか話し合っていたのだろう。
「皆さん……大丈夫ですか?」
集まっている人達の顔は――暗い。
それもそうだろう、アフェクシーはあまりに田舎で帝国軍が滞在していないから、助けてくれそうな人は私達以外に誰もいない。
きっと不安で眠れなかったんだろう。
「おーう、ヒメナにルグレ……ポワンさんはどうしたい?」
ヴェデレさんが私達に気付き、声を掛けてきた。
目当ては私とルグレじゃないみたいで、辺りを見渡す。
「ポワンは来ないよ。私達に任せるんだって」
「……そーかい……」
ヴェデレさんはポワンが来ないことに落胆した。
ヴェデレさんはポワンのことを昔から一方的に知っていたみたいだから、実力も知っているからかな……?
「……大丈夫だよ、心配しないでっ!! 私とルグレに全部任せてよ!! 私達が盗賊なんてやっつけちゃうからさ!!」
「やっつける……か」
「え?」
「いや、いい。何でもないわーな」
そう言ったヴェデレさんは、ロビーの隅の方のソファーに座りこんだ。
きっと、私とルグレを信用してないんだ。
「……何よ、ポワンがいなくたって何とかなるもん」
私が誰にも気付かれないようにそう呟いて周囲を見渡すと、アフェクシーの皆には不安と動揺が広がっていた。
「俺達はこれからどうなるんだ……?」
「このまま搾取され続けたら、私達生きていけないわよ……」
「くそ……何であいつらこんな辺境の村に……!!」
アフェクシーの皆の様子を見たルグレは、皆のそんな不安と動揺を払拭するため、テーブルの上に立って高らかに宣言する。
「師匠はいませんが、俺とヒメナは対人戦を師匠にみっちり教えてもらってます!! 俺とヒメナが必ずアフェクシーを守ります!! 皆様安心してください!!」
ルグレの言葉を聞いた皆は静寂する。
無理もないよね、私達の見た目はただの子供だもん……。
だけど、静寂を切り裂くようにジャンティが拍手をし始めたことで、他の皆も次第に拍手をし始め――次第にそれは歓声へと変わり、沸き上がった。
アフェクシーの村には戦えるよう訓練されている人は、一人もいない。
そんな中で、ポワンの元で修行をしている私とルグレが子供と言えど、自分達の代わりに戦ってくれることに安心し、高揚したのだろう。
「行こう、ヒメナ」
「気を付けて、ルグレ……ヒメナも」
ジャンティを始めとした皆に送り出され、私とルグレは盗賊達の元へと向かう。
唯一気がかりなのは、ヴェデレさんだけが最後まで浮かない顔をしていたことだ。
ヴェデレさんから見たら、盗賊の方が私達より強く見えたってことなのかな……気を引き締めないと。
快晴な空が眩しいお昼時、私達は盗賊のアジトに着いた。
盗賊は以前まで砦として使われた廃墟に居着いているみたいだ。
私とルグレは木陰に隠れて、廃墟の様子を観察している。
アフェクシーで聞いた情報だと、敵の数は十人程だということなので、今から正確な数を確かめるつもりだ。
「目で見える見張りは二人だけど……ヒメナ、お願いしていい?」
「うん」
ルグレの頼みに、目を閉じて周囲のマナに意識を集中した。
【探魔】
私は半径百メートルぐらいなら、マナが通ってるモノがどこにあるか目を瞑っていてもわかる。
一年前にマナ制御の修練中に目覚めた、私だけのオリジナルの闘技みたいなものだ。
闘気を使わないから闘技ではないんだけどね。
ポワン曰く、私はマナの感受性みたいなモノがずば抜けて高いから出来るみたい。
マナが通ってない人工物を把握出来ないのはネックなんだけど。
「人間は……十一人だね。見張り以外は大体固まってるよ。感じるマナからして、私達より大分弱いとは思うけど――」
どんな魔法を使うか分からないから、断定も油断もできない。
私は魔法に関しての知識もそんなに無いし、魔法も利き腕の右手も無いんだから、単純なマナ量だけで優劣は決められないんだ。
「こっちが気付かれてないということは、ヒメナみたいにマナの感じ方がずば抜けてたり、探知する魔法の使い手はいないみたいだけど……あれ?」
ルグレが何かに気づく。
目線は二人の見張りが腰に差している、何の変哲もない剣に向いていた。
「彼らの剣の柄頭に彫られているのは王国軍の紋章……どういうことだ?」
「ほぇ? あ……ホントだ」
王都クヴァールの至る所にあった王国の紋章だ。
盗賊が……何で王国の剣なんて持ってるんだろ?
王国軍の誰かから奪ったとかかな?
「あの人達が何なのかは良く分からないけど……どうしよっか?」
でも、今はそんなこと関係ない。
アフェクシーの村を力で酷い目に合わせようとしている人達だ。
早く何とかしないと。
「闘うなら先制したいし、数的不利な状況にはしたくないけど……見張りを何とか誘い出して、一人ずつ倒していく?」
「…………」
私の意見を聞いているのかいないのか、ルグレは真剣な眼差しで砦の廃墟を見つめ、黙って何かを考えている。
何を考えているのか、何となくだけど私には分かってしまった。
「……良いよ、ルグレ。付き合うよ」
「え……? でも……ただの俺のワガママだし、ヒメナまで危険な目に合わす訳には……」
自身の考えを読んで、迷いを振り払うための後押しをしてきた私を、ルグレは驚いて不思議そうに見てくる。
「ルグレはそうしたいんでしょ? なら、一回やってみよう」
また黙って考え始めたルグレ。
しばらく考えて結論が出たのか、立ち上がって私に微笑んだ。
「よし、行こうか」
「うん」
私達二人は木陰から出て、両手を上げて見張りへと近づいて行く。
「何だ? お前ら」
「止まれ!!」
見張りの二人がこちらに気付き、武器に手を掛けて警戒してきた。
「俺達はアフェクシーからの使いです。あなた達のリーダーと話をさせて下さい」
ルグレは戦闘ではなく和解の道を選び、私はそんなルグレの意志を尊重した――。
*****
見張りの二人に連れられ、廃墟の砦の中の大きな一室へと通される。
私達が子供なこともあってか警戒されておらず、武器も持っていなかったからか、拘束も何もされていない。
「俺の名前はフリーエン。一応ボスみたいなもんだ」
大きな一室には盗賊達が全員集められており、窓枠に腰かけている細身の体にマントを羽織り、黒髪の長髪を括った男がそう名乗った。
腰には王国の紋章が入った剣を携えており、盗賊は皆それなりに小綺麗な見た目をしていてるからか、あんまり盗賊には見えない。
「俺の名前はルグレ。こちらはヒメナと申します。アフェクシーの村の代表として来ました」
ルグレは丁寧に一礼するも、フリーエンは気に入らなさそうに舌打ちをした。
「ちっ、ガキの使いかよ……貢物も何も持ってねぇじゃねぇか? 俺らも舐められたもんだな。そのガキの女は右腕もねぇしよ……まぁ股がありゃ使い物にはなるか! ははっ!!」
私への侮辱を聞いて、ルグレが握り拳を作る。
そんなルグレの拳を、私は優しく左手で包んだ。
もう……ルグレは他人のこととなると直ぐ怒るんだから。
一時の感情に流されるくらいなら、最初から闘ってた方が有利に働いてたよ。
「私は大丈夫。アフェクシーの人達を守りたいし、闘ってこの人達を傷つけたくもないから、話し合いが通じるかやってみたいんでしょ?」
ルグレは私の想いを感じ取ったのか、怒りを堪えて握り拳を解き、話を続けるためにフリーエンを見据える。
「お使いではなく、代表です。あなた方は王国軍ですか? 何故こんな所で盗賊まがいなことを?」
「……そんな質問にバカ正直に答えるヤツはいねぇわな」
正否を問うなと言わんばかりの回答。
こちらの質問にまともに答える気はなさそう。
「アフェクシーの人達は皆、怖がっています。王国へと帰ってくれないでしょうか?」
「はっ……坊主。交渉ってのはな、相手にメリットがあって初めて自分の要求を飲ませれるんだ。お前はその要求に対して、俺らにどんなメリットを提示すんだ? 俺らの要求は物資だ。坊主が毎回王国までわざわざ届けに来てくれんのか?」
「それは……」
ルグレが返答に困り、沈黙が流れる。
フリーエンは私達を馬鹿にするようにニヤつきながら、様子を伺っていた。
「話になんねぇな」
ルグレのやりたいようにやってもらおうと思っていたけど、このままじゃ交渉にならないよ。
侮られ過ぎてて、同じテーブルにすら立ててないもん。
どうにかして立場を同じにしないといけない。
「あるよ、メリット」
ルグレがフリーエンに呑まれる中、私は見かねて二人の間に割って入る。
「何だ、嬢ちゃん。言ってみろよ」
話に興味を持ったのか、耳を傾けたフリーエンを私は――。
「あんた達が死なないってこと。私達はあんた達より強いよ、はるかに」
脅した。
「ヒメナ……!?」
「……あ?」
ルグレは私が言ったことに困惑し、フリーエンは気に入らなさそうにしている。
他の盗賊達は一回りも年下の、右手が無い女の子の強気な発言に皆で笑っていた。
これは、フリーエン達を説得しようとしていたルグレの本意ではない。
そう分かりつつも、私は全力で闘気を纏う。
私の闘気の力強さに、笑っていた盗賊達は気圧されたのか、押し黙った。
「今なら弱いあんた達を殺さないで見逃してあげるって言ってんのよ」
この脅しは一か八かの賭け……失敗すれば、間違いなく戦闘になる。
もちろん私達の方がこの人達より強い確証はないから、ただのハッタリ。
だけど、こちらに提示出来るメリットがない今の状況で、ルグレの要求を飲ませるにはこれしかないと思ったんだ。
この盗賊達をアフェクシーから離れさせたい。
でも……フリーエンの要求には答えられないし、答えるわけにはいかない。
一度要求を飲んでしまえば、ずっとそれが続くだろうから。
「冗談にしても笑えねぇな……クソガキ」
そんな私のハッタリは――。
「殺っちまえ!!」
フリーエンを逆上させただけだった。
「ちょっと待って下さい!! 俺達は――」
「ごめん、ルグレ!!」
ルグレはフリーエン達と争わず、アフェクシーの人達を助けたかった。
そんなルグレの希望を私が踏みにじることになっちゃったけど、叶わないなら仕方がない。
何よりも優先しないといけないのは、アフェクシーの人達の安全なんだから。
「アフェクシーの人達を助けたいなら、もう闘うしかないよ!!」
交渉の結果は、決裂。
フリーエン達が武器を手にし、襲い掛かってくる。
脅しが効かないなら、力で示してやる。
力に対抗出来るのは力しかないんだから。
「「「うおおぉぉ!!」」」
フリーエンの部下達、総勢十人は、闘気を纏い私とルグレに向けて駆けてくる。
私の闘気を見たからか、私達が徒手の子供だからといって、相手に油断はない。
それはマナ量で勝っている私も同じだ。
ポワンとルグレの二人とは良く組み手をしているけど、魔法を使われてないのに一度も勝てたことはないし、今回は組み手と違って負ければ最悪死んでしまうんだから。
――ポワンとの組み手の時にまず教わったことは、戦闘の初動では策がない限りは受け身にならないということ。
行動が受け身だと、気持ちも受け身になってしまうためであり不利になる。
組み手を何度もしていく内に、その考えは理解できた。
故に、人数で負けてようが――攻める!!
【瞬歩】
「な!?」
闘技【瞬歩】で目の前の盗賊二人の背後に瞬時に回り込み、魔法を放つ隙も与えず、後頭部に手刀を打ち込み意識を奪う。
「このガキ!!」
「……ほぇ?」
近くにいた盗賊三人が私に向けて魔法を放とうとしているけど――思わず声を出してしまう程、遅かった。
私は魔法を使えないから良く分からないけど、ポワンとルグレに聞いた話だと、魔法を放つのも闘技を扱うのと同様、マナを手に集めたりという工程が必要みたい。
なのに、この盗賊達のマナ制御の速度は欠伸が出るほど遅く、余りにもお粗末だ。
【連弾】
「……っ……!?」
四年間毎日マナ制御の修練を積んでいた私は、盗賊達の魔法よりはるかに早く闘技【連弾】を放つ。
闘気を纏わせた二本指の貫手による連打で、矢の如く三人の喉を突いた。
「後六人……ってありゃ?」
三人の盗賊が喉の痛みに悶絶して倒れこんだと同時、私は別の盗賊達に意識を向けると、ルグレが既にフリーエン以外の盗賊を倒していた。
この間、僅か十秒。
私とルグレは十秒で盗賊十人を無力化する。
「な……何なんだよ……お前ら……」
フリーエンは部下が全滅したのを見て、恐怖からか後ずさりしていた。
ほぇ? 私、もしかして……強い?
ポワンとルグレとの組手でいつも全然敵わないから、私は弱いって思ってたけど、もし今倒した盗賊達が一般的な強さなら……私、修行でちゃんと強くなってるんだ。
「残りは……あんた一人。このまま王国まで帰るなら私達はこれ以上手を出さないけど、どうする?」
自分の強さを実感した私はフリーエンを問い詰める。
さっきまでの交渉とも脅しとも違って、フリーエンの部下を倒した今、私の言葉には重みがあるはずだ。
これで退いてくれたら御の字だけど――。
「俺達だって元は兵士だ!! こんなガキにまでバカにされてたまるかよ!!」
そうはいかなかった。
「待って下さい!! 俺の話を――」
ルグレが言い切る前、フリーエンはマントの内側に隠してあった十本のナイフを飛ばす。
そのナイフはフリーエンのマナを纏っており、もちろんそれが見えているのは私だけだ。
……何あれ?
まさか、あれがあいつの魔法!?
投げられた十本のナイフは縦横無尽に空中を踊り、様々な角度からルグレに向けて飛んでいく。
「ルグレ!! 危ない!!」
「!?」
マナが見えないルグレは急な不意打ちに気付かず、反応できていなかったため、私は跳びこんで庇った。
間一髪。
ルグレがいた場所には、ナイフが突き刺さっていた。
もしそこに立ち尽くしていれば、串刺しにされていただろう。
「ヒメナ……怪我……!!」
「大丈夫!!」
ルグレを庇った際に私の左肩にナイフが擦り、血が流れている。
ただの切り傷だけど、今回の戦闘で初めて傷を負った事で、右手も魔法も無い私に緊張が走った。
もし、左手が使えない程の傷を負ってたらヤバかった……これがフリーエンの魔法……!?
地面へ突き刺さってたナイフは、見えない力に操られるかのように抜け、フリーエンの周囲を浮遊している。
フリーエンの両手の指と連動しているようで、指の動きに合わせるように舞っていた。
「俺の魔法は【念力】。物も浮かして操る」
十のナイフは、私へと標的を定め――。
「お前ら二人!! 串刺しにしてやらぁ!!」
フリーエンが両手を振ったのを合図に、まるで獲物を見つけた鳥のように、様々な角度から襲ってきた。
「ほぇ!?」
それらを紙一重で躱していくも、かわしたナイフは反転し再度私に向けて飛んで来る。
このままじゃキリがない……躱しても躱しても、縦横無尽に武器が襲い掛かってくる。
襲い掛かってくるけど……。
「それだけ?」
アッシュの炎やロランの電気みたいなヤバさは感じない。
ただナイフが色んな方向から飛んでくるってだけで、予想外なことは起きない。
物理的な攻撃なら……何も怖くない!!
「闘技【旋風蹴】!!」
「!?」
私は【旋風蹴】でその場でコマのように回り、宙を踊るナイフを両脚で全て弾く。
フリーエンが驚き、戸惑っている間に、至近距離へと間合いを詰めた。
隣接する程近い間合い。
さっきいた場所とは離れており、フリーエンの【念力】で浮いている武器が私を突き刺すより早く、私がフリーエンを攻撃出来る距離だ。
「ちぃっ……!!」
フリーエンは自身の魔法が間に合わない事に気付いたのが、自身の腰に差してある剣を抜こうとする……が。
「遅いよ」
この間合いは、徒手の私の攻撃の方が圧倒的に速い。
【発勁】
闘気【発勁】をフリーエンの下腹部打ち込み、掌底を通してフリーエンの体内のマナの器である丹田に、私の闘気を強引に送り込む。
「……か……!?」
体内に私の闘気が混ざってマナを乱され魔法を維持出来なくなったのか、浮いていた剣は落ちていき、フリーエン自身も地面に膝を突いた時――勝敗は決した。
……勝てたんだ……私……。
弱くて、奪われてばかりで、泣くことくらいしかできなくて……アリアの元から離れることになった私が……やっと……やっと守れたんだ……。
ポワンの元で修行をしたことは間違いじゃなかった。
これだけの力があれば、利き腕の右手と魔法が無くたって……アリアの元に戻ったって……私は闘えるんだ!!
「……ぐ……こ……の……化け物……が……」
私が自分の力を肌で感じた中、フリーエンが吐いた何気ない負け惜しみ。
ただその一言は、守るために強くなった私の胸に大きく刺さり、感情を揺さぶった。
……化け物って、私のこと……?
何よ……その言い草……!
誰が……誰が化け物よ……!!
「人から簡単に何かを奪えるあんた達の方が、よっぽど化け物じゃない!?」
アッシュもカニバルもロランも……こいつも……力があるからってやりたい放題で、他人から何かを奪って……。
そんなヤツに、何で私がそんなこと言われなきゃいけないの!?
同じように見られなきゃいけないの!?
「あんた達みたいなのに奪われないために、私は強くなるしかなかったのよ!!」
虚ろな目をしたフリーエンに馬乗りになり、私は殴りまくった。
ひたすらに、ただ怒りをぶつけるためだけに。
許せない……!!
私は……私達はこういうヤツのせいで……大切なモノ、沢山失ったのに!!
私はあんた達と違うのに!!
「ヒメナ、落ち着いて!! それ以上は殺してしまう!!」
我を忘れてフリーエンを殴り続けていた私を、ルグレが抱き止める。
「……ぅ……ぁ……」
ルグレに諭されて冷静になると、私の左手は血だらけで、フリーエンは目の前で虫の息になっていた。
「……私が……こんな……」
今までの闘いだと、相手が自分より強いのが前提だった。
闘いに負けてばかりで、勝てたことは一度もないし、相手が強いから全力で闘うしかなかった。
だけどポワンの修行を受けて強くなった今、自分より弱い相手と闘った場合、自分が感情に任せて力を振るえば、相手の命をも奪うことになりかねない……目の前のフリーエンを見て、そう実感した。
「……私は……こんなつもりじゃ……」
私がアリアを守るために……何かを守るために修行をしてつけた力は、一歩間違えればアッシュやカニバルやロランみたいに、誰かの大切なモノを奪ってしまう……そんな気がして、力というものが怖くなった。
「ヒメナ……大丈夫かい?」
呆然と血だらけの左手を見る私を心配するルグレ。
「……え……? うん……ごめん」
ルグレに心配させまいと気丈に振舞って、何とか笑って謝る。
そして、まだ意識が残るフリーエンの胸倉を掴んで、無理矢理体を起こして私の目と合わせた。
「……王国に帰って。ここにあんたたちの居場所はない」
力で屈服させられたフリーエンの何かを奪われるような目は、自分の力が怖くなっている私にとって凄く気分が悪くて、一刻も早くここから離れたくなった。
「ルグレ……行こ」
「……うん……」
名残惜しそうにフリーエンを見るルグレの手を引っ張り、すぐさまアフェクシーが奪われた物資を回収し、フリーエンのアジトを後にする――。
力がある人に何の権利があって、他人の大切なモノを奪おうとするのか私には分からない。
だけど、力の振るい方を間違ってしまえば、意図がなくてもそうなってしまう。
力だけでは、きっと駄目なんだ。
強くなるって、そういうことじゃないのかもしれない。
強さって……何なんだろう。
未だ幼い私は、自分のことで一杯で気付いていなかった。
「……ガキに何が分かる……脱走兵の俺達はもう王国で指名手配されてんだ……故郷にすら居場所なんて……俺にはもう……行く当てなんざねーんだよ……」
フリーエンの――。
「何で……何で俺ばっかこんな目に……皆……皆死んじまえよ……クソがよぉ……」
涙ながらの呟きに。