終焉の歌 ~右腕を失って追放されても、修行をして歌姫の元にメイドとして帰ってきます~

 私は今、王都から発つために王城の裏門前にいる。

 皆が見送りに来ているけど、黒狼騎士団の騎士の監視付きだ。
 アリアは両目を覆うように痛々しく包帯を巻き、視力を失ったためルーナの腕を掴んで導かれている。

 あの後――私一人とアリアを始めとした皆の部屋は分けられていた。
 何でかは分からないけど、アリアがそう希望したみたい。

 私のこと……嫌いになったのかな……?
 私アリアに何かしちゃったのかな……?

「……アリア……」

 何で私を……追い出すの……?

「アリア……!! 何で私を王都から追放する条件なんて出したの!? 私、皆と離れたくないよ……!! ここにいさせてよ!!」

「駄目よ。利き腕がないヒメナは必ず皆の足を引っ張るわ。目が見えなくなった私同様に」

 それはそうかもしれないけど……私は闘気だって使える。
 闘うために頑張って強くなる。

「だったら……なおさら私がいないと駄目じゃない!? だって私、エミリー先生と約束したんだよ!? 私がアリアを守るって――」

「守れなかったから、私の目はこうなってるんじゃない」

 ――アリアの言葉は私の胸に深く刺さる。

 私じゃアリアは守れない。
 面と向かってはっきりそう言われた。
 アリアが私を拒絶するなんてことは、今まで一度もなかったのに……。

「これから邪魔になるって言ってるの。私には皆が付いてるから安心して王都から出てって」

 終始冷たい言葉。
 鬱陶しそうで、面倒臭そうで、私と話すのが本当に嫌なんだろう。
 普段のアリアからは想像も出来ない。

 それでも、納得できないよ。
 私はアリアを守るって、エミリー先生と約束したんだもの……!!

「でも……アリア!! 今まで私達ずっと一緒だったじゃない!? 私、アリアと一緒にいたいよ!! アリアは本当に私とお別れしたいの!? ねぇ!?」


「さよなら、ヒメナ」


 ――なおも食い下がる私に、話はこれで終わりと言わんばかりに、アリアは後ろを振り向いた。

「ねぇ、皆も何か言ってよ!! 私が悪かったからさぁ!!」

 皆の顔を見ると、無言で顔を背けられる。
 私が自分だけ生き残ろうとしたのが、やっぱり皆の心に深く刻まれてるんだろう。

 でも、アリア……分かってるの……?
 もう私と会えないかもしれないんだよ……?

「ねぇ、アリアァ!! 最後くらいこっち向いてよぉ!!」

 私の願いは叶わず、アリアは二度と振り向くことはなかった――。


*****


 アリア達から離れ、王城を去ったヒメナ。
 かすかに見えるその背中は、残った者にとっては寂しく見えた。

「……おい、アリア。お前本当に良かったのかよ?」

「何だい? ブレアはヒメナのこと裏切り者呼ばわりしてたじゃないか。ヒメナが居なくなるのが寂しいのかい?」

「……うっせーよ、バーカ!! お前も裏切り者の一人だろうが!?」

「あらあら、まぁまぁ」

 ブレアとエマとベラの間では、昨日の喧嘩の時のような重さはない。
 昨晩、ヒメナと他の子供達で部屋を分けられた際に、ルーナとフローラが間を取り持ち和解していたからだ。

「アリア……本当に良かったの……?」

 ヒメナの方を向かずに、振り返って俯いたままのアリアに、ルーナがブレアと同じように問う。

「……良くないよ……良い訳ないじゃない……本当はヒメナと離れたくないよ……」

 ヒメナとの今生の別れともとれる、離別。
 物心がついたころから片時も離れずヒメナと一緒だったアリアが、ヒメナと会えなくなることが辛くないはずがない。

「でも……ヒメナが私を守ることをあんなに重く感じてるなんて気づかなかった……ずっと側にいたのに……!! 私を守るために、ヒメナが自分を曲げようとするなんて思わなかった……!!」

 ヒメナが自分を守ることを気負っていることを感じ、ヒメナを自分から離さないといけないと思ったアリア。

 昨晩ヒメナと部屋を分けるよう希望したのは、その気持ちを全員に伝えて意思統一をするためで、ヒメナを追放するのに反対する者が出ないようにするためだ。

 しかし――。

「ぐすっ……ごめんなさい……ヒメナ……どうか戦争の無い所で……幸せに……元気に生きて……っ」

 アリアにとって、ヒメナに冷たく接したのは、心が張り裂けるように苦しかった。

「うっ……ひぐっ……」

 ヒメナを傷つけたかもしれない。
 自分のとった行動が正しいかもわからない。
 自分と離れたヒメナが幸せになれるかもわからない。
 帝国との戦争に巻き込まれないで、生きていける保証もない。

「ヒメ……ナ……行かない……で……」

 それでも自分の側にヒメナがいれば、苦しませてしまう気がした。
 自分を守るためにヒメナを苦しめるのが、アリアにとって何より辛かったのだ。

『ヒメナ、ずっと私の側にいてね』

 孤児院で自分がヒメナに言ったことを思い出す、アリア。
 今でも変わらない、心からの願い。
 しかし、何にも代えがたいその願いを壊したのは――。


「うわああぁぁ!!」


 自分自身だ。

 ヒメナに気取られず、自分のことを忘れて幸せに過ごしてもらうために、心を痛めながらもヒメナに冷たく当たったアリア。

 そこまでしてヒメナを自分から離れさせた、アリアの失意の涙。

「これから大変になるだろうしぃ……」
「ウチも面倒臭いことは嫌いなんだけどさ……」
「ボク達がヒメナの分までっ!!」
「アリアを守らないとね」
「ちぇっ! 当たり前のこと言ってんじゃねーよ、バーカ!!」

 泣き崩れたアリアの背中は、孤児達にロランに飼われる決意をさせた。
 去ったヒメナの分まで、アリアを守るために。

 そしてこの日――孤児達によって作られた、歌姫の敵を冥土へと送るためのメイド服を纏う部隊、【冥土隊】が誕生したのであった。
 アリアに王都を追放された私は、行き場もなく走った。
 闘気を纏って、声なき声を上げて。

 何日も何日も、走った。
 どこをどう走ったのかはわかんない。
 行先なんてどうでも良かったし、行く当てもないんだから。
 それでも走ったのは、嫌な考えが頭の中をぐるぐる回るのを振り払うため。

 何故だか体内のマナが枯渇せずにずっと闘気を纏えた私は、走ることしか出来なかったんだ――。


 ひたすらに走った私は、気付けば木が生い茂る山の中にいた。
 近くには落差がある高い滝があり、綺麗な川が流れている。
 自然に満ちているこの場所は、大気がマナで満ち溢れていた。

「そういえば……喉渇いたや……」

 滝と川を見て、ようやく私は自分が何も口にしていないことに気付き、闘気を纏うのをやめて川の水を手で汲み、口元へと運ぶ。
 夜の月明かりが反射して、手で汲んだ水の水面には自分の顔が映っていた。

「……はは……ひっどい顔……」

 アリアに王都から追放され、一睡もせずに何日も飲まず食わずで闘気を纏って走っていた私の顔は、疲弊しきっていて……凄いぶっさいく。

「アリアは……何で私を追い出したの……?」

 水面に映った自分の顔に聞く。
 分かってたけど、答えは返ってくるはずもない。

「私……エミリー先生と約束したのに……これじゃ約束守れないよ……」

 手で汲んだ水面が、波打つ。
 気付けば私は、泣いていた。

「アリア……」

 寂しいよう……。
 会いたいよう……。
 

 ガサッ。


 私が嘆いていると、近くの木陰から音が聞こえてくる。

「誰……?」

 もしかして……アリア……!?
 それか、ルーナかフローラ!?
 私の後を追って来て、連れ戻しに来てくれたの!?

「グルルル……」

 ――そんな訳ないよね。
 ただの熊だ。
 涎をあんなに垂らして、よっぽどお腹空いてるんだろうな。

「グルアアァァ!!」

「!? 熊が闘気を……!?」

 ただの熊に見えたけど、違った。
 闘気を纏った熊を良く見ると、物語の悪魔のように赤い瞳をしており、毛皮の上からわかる程血管が浮き出てる。

 昔エミリー先生から聞いたことがある。
 大気に多くマナが満ちている場所では、稀に植物や動物が魔物に変異するって。
 魔物は闘気を操り、中には言葉を理解したり、魔法を使うのもいるんだって。

 つまり、この熊は――魔物だ。

 飢えを凌ぐのに丁度良い獲物が目の前に現れた魔物がとる行動は、考えるまでもない。
 欲望を満たすために、私の何倍にも及ぶ巨体を走らせ、闘気と共に私に襲い掛かって来る。

 私も闘気を纏えば、相手が魔物でも逃げられるかもしれない――。

「……ほぇ……?」

 そう思い立ち上がったけど、体がふらついた。

 何日も寝ずに、食わず飲まずで走り続けた私は、ここで初めて休憩をとった。
 さっきまで覚醒状態だった体は、休みを促す様にまるで言う事を聞かない。

「やっ……ば――」

 熊の魔物の闘気を纏った剛腕を、気力で体を動かし何とか防御するも、闘気を纏っていない私はただの子供。
 簡単に吹き飛ばされ、遠くにあった木へと打ち付けられる。

「かっ……!!」

 胃の中が逆流しそうなほど、凄まじい衝撃。

 悶絶して動けないでいる私を、魔物は粗雑に爪を服に引っ掛けて持ち上げ、大きな口を開ける。
 今正に私を頭から食べようとするその口は、地獄への門に見えた。

 ……私の人生……こんな所で終わり……?
 エミリー先生との約束を守れず、アリアのそばにもいれず、こんな森の中で魔物に食べられちゃって……終わるの……?


 何で……私はこんなに弱いの……?
 もっと強く……強くなりたい……!!


 私が自分の弱さを嘆いたその時――。

「おい、魔物!! その子を放せ!!」

 高い滝の上から、少年の叫びが聞こえてくる。

「……誰……?」

 滝の上を魔物と私が見上げると、そこには二人組の少年と少女が立っていた。

 叫んだ銀髪の少年は、身軽そうな平々凡々な服装をしてはいるものの、どこか高貴な雰囲気を身に纏っており、両手には手甲を装備している。

 歳は十二歳とか、それくらいだと思う。
 男の子なのに、顔はアリアみたいに凄く綺麗。

「放っておけば良いのじゃ! 死せば、あの小娘が弱いだけなのじゃ!」

 銀髪の少年を制止したのは、腕組みをしている武道着を着た小さい少女。

 オレンジ色の髪をアップのツインテールにしているけど、フローラのように柔らかそうなパーマのツインテールとは違い、硬質な髪を逆立させている。
 歳はルーナとかと同じぐらいっぽいけど、身長は私と同じくらいだ。

「師匠、そういう訳にはいきません! 俺が修行をしているのはこういう時のためですし、魔物を放置する訳にはいきません!!」

 師匠と呼んだ少女の制止を振り切り、少年は滝の上から跳び降りる。
 こんな高い滝から落ちるなんて、ただの自殺行為だ。

「……危ない……!!」

 叫ぶ元気もなかった私だけど、少年の愚行に思わず叫んでしまうが、少年は私の心配をよそに、私と魔物の前に凄い勢いながらも、平然と着地した。

「闘気……!?」

 少年は力強い闘気を纏っている。
 だからこそ高所から飛び降りても、無傷で済んだんだ。

「あのお兄さん……強い……」

 闘気はアッシュやカニバルやロランにははるかに劣るけど……私や魔物の闘気を超える、力強い闘気。

「ルグレ! 殺るならその程度の魔物、二秒で殺るのじゃ!!」

 滝上にいる少女の格下扱いの言葉が癇に障ったのか、それともルグレと呼ばれる闘気を纏う少年を危険視したのか、魔物は私を川へと放り投げて雄叫びを上げながら、再び闘気を纏って少年に向けて四足歩行で駆け出した。

「ガアアァァ!!」

 魔物の全力での前脚での横殴り。
 さっき私がされて吹き飛ばされた攻撃だ。

 そんな普通の人間なら一撃で瀕死の攻撃を、少年は容易く受け止め――。

「闘技【発勁】」

 魔物の腹部に掌底による突きをお見舞いする。

「ガッ……!?」

 あまりの威力に身体をくの字に曲げ、悶絶した魔物。
 何とか二足で立ってはいるもののフラついており、今にも倒れそうだ。

 あのお兄ちゃんの闘気が……魔物の体内に勢いよく流れ込んだ!?
 今の技何!?

「――ごめんね」

 そう呟いた銀髪の少年は、闘気を込めた手刀で魔物の熊の首を刎ねた――。


*****


 川辺で休みながら熊の魔物の血抜きをする中、私を助けてくれた少年は、何故か少女に正座をさせられている。
 さっき助けてくれた時は、ヒーローが現れたみたいにカッコよかったのに、今はとっても情けない。

「たかがあんな魔物一匹仕留めるのに五秒もかかるとは何事じゃ! それとお主の一度受けてから攻撃をする癖、どうにかせんか!!」

「すみません、師匠。どうにも一度受けてからでないと調子が出なくて……」

 それにしても、このお姉ちゃんは何でこんなに偉そうなんだろ。
 銀髪のお兄ちゃんの方が年上っぽいのにな。

「えと……あの〜」

「何じゃ!?」

「助けてもらっておいてなんなんですけど……どちら様?」

 すっかり落ち着いちゃったけど、そういえば名前も何も聞いてなかった。

「ぬ、名乗ってなかったか? ワシの名はポワンじゃ」

「俺はルグレ。俺達はこの辺りで修行してるんだ。君は?」

 偉そうなお姉ちゃんがポワンで、助けてくれたお兄ちゃんがルグレね。

「私はヒメナだよ」

「良い名前だね。魔物に襲われて、怖くなかった? すぐに助けれなくてごめんね」

 おぉ……よく見るとイケメンってヤツだ。
 ベラが好きそうな顔してら。

「うん、大丈夫。ありがとう」

「魔物に襲われてもそんなに平然としてるなんて、凄いね」

 怖い目なら今までたくさんしてきたもん。
 正直魔物に襲われる方が全然マシだったよ。

「まったく、最近の子供は情けないのじゃ! あんな熊一匹倒せないとはの」

 いや、自分だって子供じゃん!!
 何かポワンって偉そうな所がちょっとブレアに似ててむかつく!!

「私だって王都から何日も寝ずに走り続けてなきゃ、魔物くらい倒せたもん!! ……多分」

 闘気を纏えば可能性はありそうだけど、きっとルグレみたいには倒せなかったから、ただの虚勢だけどさ!!
 言われっぱなしは嫌だもん!!

「王都からここまでじゃと? 王都とはボースハイト王国の王都クヴァールのことか?」

「うん……そうだよ」

 ポワンは急に真面目な顔になる。
 私変なこと言ったかな……?

「えぇ!? クヴァ―ルなんて所から走って来たの!? ヒメナはここがどこだかわかってる!?」

「ほぇ? どこなの?」

 地図も持たずに、何日かは憶えてないけど適当に走ったんだもん。
 分かるわけないよ。

「ここはアルプトラウム帝国領だよ。ボースハイト王国と戦争中の」

 ……どうしよう。
 気付けば私は、とんでもないところに来ていた。
 王都を追放されてから、寝ずに何日も走ってた私は、気付けばボースハイト王国と戦争中のアルプトラウム帝国内に入ってたみたい。

「ほええぇぇ!? ここアルプトラウム帝国内なの!?」

「そうだよ。ヒメナは王国民ってことだよね?」

 だからさっきポワンは真顔になったんだ!!
 二人は帝国民で王国と戦争中だから……私殺されちゃう!?

「……うん。ボースハイト王国のアンファングって街の孤児院にいたんだけど……戦争で、右手と一緒に無くなっちゃった……」

 帝国の四帝の一人のアッシュのせいで……。
 そう言いたかったけど、帝国民の人がどう受け取るかが分からないから、迂闊なことは言えないや……。

「帝国軍がアンファングを堕としたのは半年前じゃなかったかの? それまでお主はどうしてたのじゃ?」

「王都で盗みとかして、皆で生きてた……」

「皆? でもヒメナは一人だよね?」

「皆は王都に残って……私は王都を追放されたんだ……」

 私はポワンとルグレに王都での出来事を話した。
 アリアや皆のこと。
 それにロランとあったこと。

 二人は帝国民みたいだから、帝国を悪く思っていない風に伝えるためにも慎重に。

「……そんな目に……!?」

 私の話を聞いて、ルグレは凄く驚いていた。
 確かに、よくよく考えれば凄い目にあってるもん。
 驚いても無理ないや。

「……くそっ……王国騎士団がそんなことをしたのは、帝国が追い詰めているからだ……やっぱり王国と戦争なんてするべきじゃなかったんだ!! 俺が――」

「ルグレ!!」

 私の話を聞いて、何でか自問自答をし始めたルグレを制すように怒鳴るポワン。
 二人共……どうしちゃったんだろう?

「だから駄目なのじゃよ、お主は」

 ポワンの殺気にも近い怒気。
 山の中の鳥が鳴きながら飛び、私とルグレは思わずたじろいでしまう。

 ルグレはポワンに怒られてへこんじゃった。
 何で怒ったのか良く分からないけど、そんなに怒らなくたっていいのに。

「――して、小娘」

 ……ん?
 いや、小娘ってまさか私のこと!?

「私はヒメナって名前があるし、ポワンだって小娘じゃんか!!」

「阿呆! ワシは生き過ぎて自分の年齢なんぞ覚えとらんが、数百歳は超えとるわ!!」

 なーに言ってんだか、多分ちょっと年上くらいの年齢じゃん。
 嘘も大概にして欲しいよ。

「して、お主はこれからどうする気なのじゃ?」

「どうするも何も……」

 孤児院からも王都からも追い出されて、行く当てなんかないもん……私には。

「よし、なら弟子になれ!!」

「ほぇ?」
「え!?」

 私が間の抜けた声を出したと同時に、へこんでたルグレが驚き、顔を上げる。
 弟子になれって……どういうこと?

「お主は己の身すらも守れず、ただただ壊されて、奪われてばかりで悔しくないのか? このままじゃお主は奪われてばかりじゃぞ、何一つ守れずの」

 確かに……ポワンの言う通りだ。

 アッシュやカニバル、ロラン程の強い人間に狙われたことはきっと不幸なんだろうけど、私は自分の身すら守れなかった。
 エミリー先生も、ララも、メラニーのことも……。

「……アリア……」

 そしてアリアのことも守れず、アリアは両目を失ってしまった。
 私が弱いせいで。

 なのに私は、アリアに王都から追放されて、自暴自棄みたいになって……。

「言うてみよ、小娘!! お主はどうしたいのじゃ!?」

 今のままじゃ駄目だ。
 アリアの側にいても、アリアを守ることなんてできやしない。

 欲しい――力が。
 自分の想いや、皆を守るための力が。

『強くなれ、ヒメナ。アリアだけは何に代えても守るんだ』

 エミリー先生にそう言われたからじゃない。
 私は――。


「私は、強くなってアリアを守りたい!!」


 私がアリアを守りたいんだ!!
 アリアに足手纏いって思われないくらい強くなって、アリアの元に戻ってやる!!


「だから私を、弟子にして下さい!!」

 私は全力で頭を下げてお願いをした。

「「えぇ!?」」

 ――ルグレに対して。

 ルグレは強いし優しそうだから、私の理想像だ。
 私はルグレみたいになりたい。

「阿呆! お主はワシの弟子になるのじゃーっ!!」

 そういえばポワンがルグレの師匠だったんだ。
 忘れてたや。
 てへっ。
 三日前に熊から助けられてから、私はルグレとポワンと一緒に過ごしている。
 二人は王国と帝国の戦争とは無縁の山で自給自足で生活していて、毎日修行に明け暮れているみたい。
 だから王国民の私にも偏見とかなかったのかな?

 今は、私が襲われた滝近くの洞窟の中を住み家にしてるんだって。
 住み家を移動するタイミングとか場所は、ポワンの気分次第らしい。
 ルグレ……きっと苦労してるんだなぁ……。

 そんな洞窟の前の綺麗な川辺に、私はポワンとルグレと一緒にいる。
 今から何かするみたい。

「小娘、お主にはこれからやってもらうことがあるのじゃ」

「私の師匠はルグレなんだけど」

 誰が小娘じゃ。
 弟子呼ばわりする位なら名前で呼ばんかい。

「阿呆! だからルグレはワシの弟子じゃと言っておるじゃろが!!」

「あはは……ごめんね、ヒメナ。俺は修行中の身で、誰かに教えられる程の技術なんてないから」

 あんなに強かったのに!?
 四帝とか騎士団長の闘気も見てるし、王都の衛兵さんの闘気も見てるから、ルグレがどれくらい強いか私わかるよ!

「それに師匠は本当に凄く強いよ。師匠が弟子をとるなんて滅多にないから、師事した方が絶対良い。ヒメナもきっと強くなれる」

 強いって言っても、ポワンも子供だよ?
 ルグレは優しいから、何でか師事しているポワンを立ててるんだ。

「ルグレが言う通り、ワシは最強なのじゃ。よってワシの言うことを聞けーいっ!!」

 ポワンはどこからともなく取り出した丸い水晶を、平らな岩の上に雑に置いた。
 雑に扱ってるけど、凄く高価そう。

「小娘には今から【水晶儀】を行ってもらうのじゃ」

「水晶儀……私、知ってるよ!! 自分がどんな魔法を使えるか知るための儀式だよね!? 水晶儀に触れる魔水晶が凄く高価だから、都市の教会とかで儀式化されてるんだよね!?」

 私は自慢げに手を上げて、思わず大声を上げた。
 昔、エミリー先生に習ったことだもん。

「魔法というのは戦闘向けでないにせよ何にせよ、体内のマナ同様この世の人間全てが持ってるんだ。この魔水晶に一定時間触れたらその人のマナを感知して、その人が持つ魔法に関わる文字が浮かんでくる。アバウトとは言えど、自分の魔法がどんなものか知るきっかけになるんだよ」

「ほぇー……文字が浮かぶとかは知らなかったや」

 ルグレが分かりやすく丁寧に補足してくれた。
 やっぱり、ルグレが師匠の方がよくない?

「稀に水晶儀を行わずとも自分の魔法に気付く者もいたり、天然で使う天才もいたりするがの。ワシのようなな」

 じゃあ、アリアはやっぱり天才だったんだ。
 魔法を自由に使えてたし、能力も凄かったもん。

「ほれ、魔水晶に触れるのじゃ」

 私はポワンに勧められて岩に座り、左手で目の前の魔水晶に触れる。

 魔法か……私が持つ魔法はどんな魔法なんだろう。
 出来れば戦闘に向いてたり、使い勝手がいい便利なのがいいな。
 魔法が扱えれば、私はもっと強くなれるかもしれない。
 強くなれば、アリアを――。

「阿呆!! 何をしておる!? 一定時間魔水晶に触れ続けることもできんのか、小娘!!」

 ――ほぇ?

「私、さっきからずっと触れてるよ? ポワンも見てたじゃん」

「じゃあ何で文字が浮かんでこんのじゃ!! 長年水晶の儀を見てきたが、反応せんヤツなど見たことないわ!!」

 そんな怒鳴らなくたっていいじゃん。
 私はちゃんと触ってたのにさ。

「師匠が雑に扱ってるから、魔水晶が壊れた……とか?」

「阿呆、魔水晶が壊れる訳ないわ!! ルグレ、お主がやってみるのじゃ!!」

 ポワンは私から魔水晶を奪い、ルグレに向けて魔水晶を乱暴に投げた。

「わっ……と!」

 ルグレが投げられた魔水晶を何とか受け取り、しばらく持っていると、魔水晶から『支配』の文字がぼんやり浮かんできた。

「ほれ、壊れとらんじゃろうが!!」

 だったら何で!?
 私はちゃんと触ってたのに!!

「あれ……? じゃあ何ででしょう? ヒメナ、もう一回触れてみてよ」

 ルグレに水晶を優しく渡され、今度は魔水晶が反応しないのを避けるために、岩の上に置かずに自分で左手で持った。

 もう、次はちゃんとしてよね。
 私のせいだと思われるんだから。

 そんな私の願いは叶わず、魔水晶は全然反応しない。
 私にだけ、ヘソを曲げてるのかなぁ?

「何で無反応なのじゃ? ルシェルシュが魔物で試した時、魔物ですら反応したと言っておった……ぞ……」

 そこまで言ったポワンは突然言い淀み、しばらく押し黙る。

「師匠、どうしました?」

「お腹痛いの? さすってあげようか?」

「阿呆! んな訳あるかい!! ワシは衝撃の事実に気付いてしまったのじゃ!!」

 そんなこと言ってさ、どうせ衝撃でも何でもないんでしょ?
 お腹をさすろうとした私の手を弾いたポワンは、自らが気付いた衝撃の事実とやらを、私に伝えるために口を開いた。


「小娘。お主は魔法を持たぬ、無能力!! 路傍の石ころと同じなのじゃ!!」


 本当に衝撃の事実だった。

「わ……私が魔法を使えないってどういうこと……? だって、人間は皆使えるんでしょ……?」

 魔法さえあれば強くなれるきっかけになるかもしれない。
 そう考えてたのに……私は魔法を持たない?
 人間なのに……?

 そんな想いが私の頭を駆け巡って動揺する私の手から、ポワンは魔水晶を取り上げて平らな岩の上に勢いよく置く。

「こういうことなのじゃ!!」

 そして、何の反応もない魔水晶を指差し、私とルグレに見せた。

「「どういうこと!?」」

 ――ポワンの仮説はこうだ。

 人工物以外の自然物や、人間以外の生物もマナを秘めている。
 大気、岩や川、植物も動物も。
 だけど、植物や動物に魔水晶を触らせても魔水晶は何の反応も示さない。
 何故なら魔法を持たないからだ。

 一方、人間と魔物は全て魔法を持っている。
 ポワンの知り合いが捕まえた魔物で水晶儀を試したら、全ての魔物に魔水晶が反応を示し、魔法を持っていたみたい。
 魔物を飼う知り合いって、どんな変人なのよ。その人。

 魔物の中で魔法を扱えるモノがごく少数しかいないのは、魔法に気付いたり扱えたりする知能を持つ魔物が少ないかららしく、私を襲った熊の魔物はその知能がなかったから、本能的に闘気は使ってたけど、魔法を使えなかったんだって。

 つまり人間は通常魔物に近く、私はただの路傍の石ころに近いんじゃないか、ってことらしい。

「だけど、ヒメナは闘気を纏えるんでしょ?」

「……うん! ほらっ、見て!!」

 私は全力で闘気を纏った。
 魔法がないという事実を否定するために。

「だとしたら、師匠の仮説は間違ってますよ。路傍の石ころは闘気を纏えませんし」

 良く言った、ルグレ!!
 フローラみたいに賢い!!
 そうだよ、だって闘気纏ってるもん!!
 私にだって魔法は使えるもん!!

「……言われてみれば、確かにそれもそうじゃな。ワシがルシェルシュのように考えたりするのは合わんのう。じゃが、魔水晶で反応せん人間は世界広しと言えど、この小娘だけじゃぞ。水晶儀が絶対なのは、帝国民のお主が一番わかっておろう?」

「それは……そうですが……」

「ワシの論は間違っておるのじゃろうが、結局小娘が魔法を使えん事実に変わりはないのじゃ。全くもって不可思議な存在じゃて」

 私を庇っていたルグレは、意気消沈したかのように沈黙する。
 軍事国家の帝国は能力主義で、魔法の力は特に重要視されてるみたいだから、水晶儀を絶対と考えているのかな……?

 ――魔法を持たない人間なんてこの世にいない。
 力の大なり小なり、皆持っている。

 そんな世界で、私は唯一無能力の人間だ。
 悪い意味で、希少な存在。

「右腕が無く、魔法も持たず……か。お主が本当に王都からここまで、休みなしで闘気を纏って走ってきたのであれば、無い右腕を補って余りある才があるやもしれんと思って面白そうじゃから弟子にしたが……よし、小娘」

「……何よ」

 それを知ったポワンは――。

「やっぱり弟子入りの話は忘れるのじゃ!! 失せろ!!」

「ほぇ!? 見捨てないでよ!! 師匠ーっ!!」

 面倒臭くなって、私を見捨てようとした。
 私達は寝床にしていた洞窟を離れ、山頂にいる。
 ポワンに今から修行をつけてもらうんだ。

「さーて、修行をするかの。でもやる気が出んのじゃ。なんせ、右腕も魔法も持たぬ出来損ないの小娘が弟子におるからのう。あーあ」

 私が魔法を持ってないことを知ってから、ポワンは私の扱いが雑になった。
 王都から帝国領まで闘気を纏って走って来たことを聞いて、私が何か特殊な魔法を持ってるんじゃないかって考えてたみたい。
 だから魔法を持っていないことがわかって、興が削がれたんだって。

「魔法は扱えないのをバカにするのは良いけど、右手が無いことは言わないでよ!! 私だって、気にしてるんだから!!」

「そうですよ、師匠。ヒメナは女の子なんだ。あまり酷いことは言わないで下さい」

 やっぱりルグレは優しいな。
 イケメンで優しいって反則でしょ。

「しっかしのー。強くできんことはないが、ハンデが多過ぎて面倒臭いし面白くないのじゃ」

 ポワンはついには小指で鼻ほじり出した。
 どんだけやる気ないのよ……くそむっかつく!!

「そんなこと言ってるけどさ、ポワンだって強いの!?」

「ぬ?」

「ルグレの強さは魔物から助けてもらった時にわかったけどさ、ポワンの闘ってる所は見てないもん!! 本当に私を強くできるだけの力があるの!?」

「阿呆。ワシは世界一強いぞ。魔物などを含めてもな」

 鼻くそ飛ばして何言ってんの?
 私は疑惑の感情を表情に露わにし、答えを求めるようにルグレを見る。

「言ったでしょ? 師匠は凄く強いって」

 にこっと私に優しく微笑んだルグレのまさかの答え。

「世界一って……ありえないでしょ、そんなの」

 私はルグレすらも疑い、目を凝らしてポワンを見る。
 体内のマナ量が多いから絶対強いって訳じゃないけど、指標にはなるし見てみよう。

「ほぇ!?」

 ――ポワンは小さい体にあり得ない程のマナ量を秘めていた。
 そのマナ量は、アッシュやカニバル、ロランの三人をも優に超えている所か、秤にかけることさえできない。

 ……じょ、冗談でしょ?
 だってポワンって子供……なんだよね……?

「信じられんのなら、闘気を見せてやるのじゃ。闘気を纏うのは久々じゃのう」

「し……師匠!? 闘気を纏うんですか!?」

 ポワンは止めようとするルグレを無視し、準備運動とも言わんばかりに腕を回す。
 本当に久しぶりなのか、少し張り切っている。

「ヒメナ!! 危ない!!」

 ルグレが闘気を纏って、私に手を伸ばしたその時――。


「覇っ!!」


 ポワンが闘気を纏い、大気が揺らぐ。
 ポワンの闘気は大地を抉って地形を変え、私とルグレを吹き飛ばし、周囲百メートル程の木々を全て薙ぎ倒した。

 周りの山からは、動物が逃げ出したのか生き物の気配が一斉に消える。

 何……これ……怖いっ……!!

 世界を震わすほどの圧倒的な闘気に、私は気付けば蹲って頭を抱え、怯えていた。
 ルグレは闘気を纏い、私を庇うために覆いかぶさっている。

 元凶であるポワンは周りのことなどそっちのけで、自分の手を開いたり閉じたりして、不服そうに自分の体の調子を確認していた。

「ふむ。久しぶりじゃから、本調子じゃないのじゃ」

 ポワンはただ、闘気を纏っただけ。
 それだけでこの衝撃。

 多分私が遠く離れていても、ポワンの闘気に気付いただろう。
 そして、絶対にポワンには近寄らなかった。

 圧倒的――暴力。
 ポワンの闘気からはそんな力が感じられた。

「な、ワシは世界一強いじゃろ?」

 闘気を纏うのを止め、ポワンは私に向けて誇らしげに笑った。
 そんなポワンに私は、一度だけゆっくりと頷く。

 世界一強いというのは、嘘でも冗談でも虚勢でもない。
 ポワンの闘気には、その言葉を信じさせるだけの説得力があった。

「……ポワンくらい……私も強くなれる……? 帝国の四帝や……王国騎士団長を倒せるくらいの強さが欲しいの……」

「笑わせるな、阿呆。お主がワシの敵なら、地面に蹲った瞬間もう死んでおるのじゃ」

 私はルグレに庇われた自分が恥ずかしくなり、直ぐに庇ってくれたルグレを押しのけて立ち上がった。

「お願い……っ!! 私死ぬ気でポワンの修行についてくから!!」

 ポワンという存在が恐くなったと同時に、希望にも見えた。
 修行に付いていければ絶対に強くなれる確信があったからだ。

 ポワンはやれやれといった様子でため息を吐き――。

「五年じゃ」

 私の熱意に負けたのか、面倒臭そうに数字の五を表す様に手の平を広げた。

「五年でそれなりに強くしてやるのじゃ。それまでワシに着いてくるのじゃ」

 こうして、私の修行が始まったんだ――。
 あれから、私の中でのポワンの見方は百八十度変わった。

 ポワンの闘気を目の当たりにしてなければ、ポワンに修行をつけてもらったとしても、強くなれるか半信半疑だったと思う。
 ポワンの強さを肌で感じてからは、ポワンに修行をつけてもらえば確実に強くなれるという確信があった。

「さて……魔法を持たぬお主がどう闘うか……じゃが、魔法や魔技を見たことはあるか?」

 ポワンの言葉を一語一句聞き逃さないように、真剣に聞く。
 そんな私を近くの岩に座るルグレは、頬杖をしながら楽しそうに見ていた。

「うん、あるよ。歌で誰かに干渉したり、炎を剣に纏わせたり、相手に電流を流したり出来るんだよね?」

 アッシュやロランも使ってたし、アリアの歌魔法は一番身近で見てたもん。

「さよう。魔法は使い手固有のモノで、魔技というのは、魔法を応用したオリジナルの技といったところなのじゃ。魔法自体の性質が誰かと同じであっても、魔技が被ることはあまりない。使い手の工夫がなされておるからのう」

 なるほどねー。
 同じ火の魔法を持ってたとしても、魔技は自分で開発するから、また違った感じになるってことか。

「攻撃はオリジナルであることが重要……相手に行動が読まれにくいからの。魔法という個性を持たぬお主は、戦闘する者の大多数が使える闘気のみで闘うしかないないのじゃ」

 つまり、闘いにおいてかなり不利ってことだよね……私はただでさえ右手がないし……。

「闘気を纏うのじゃ、ヒメナ」

「……うん?」

「はよせんかい」

 言われるがままに闘気を纏うと、ポワンは近づいて来て私の胸に優しく手を置いた。
 ポワンって……変な趣味でもあるのかな?

「死ぬでないぞ」

「ほぇ?」

 不吉なことを言いながら微笑んだポワンは――。


【衝波】


 手の平にマナを集め、私の体に闘気を放った。

「わああぁぁ!?」

 私の体は吹き飛ばされ、地面にぶつかり跳ね上がる。

 それを何度も繰り返し、木にぶつかって勢いを止めた私は、鼻血を垂らしていた。

 一瞬、気が緩みそうになった。
 闘気を纏ってなきゃ……死んでたかもしんない。

「ヒメナ、大丈夫!? 師匠、やりすぎですよ!!」

 ルグレがポワンに吹き飛ばされ、呆然とする私の所まで走ってきて、鼻血を拭ってくれる。
 続いてポワンが申し訳なさそうに、歩いてきた。

「いやーっ、死ぬほど手加減したんじゃがのう」

 何今の……?
 私……ポワンの闘気に吹き飛ばされたの……?

「【闘技】じゃ」

「闘……技?」

 ポワンは私の前に立つと、自慢気に腕を組んで胸を張っている。

「闘技とは、闘気を使った戦闘技術なのじゃ。闘気を使える者が訓練すれば誰でも使うことはできるが、習得するための修練が容易くないのと、近頃は兵がすぐ実戦投入されることが多いからか、魔法や魔技に熱心になる者が多いからのぉ。達人の域に立つ者はほぼおらん」

 ポワンは現状を憂いていた。
 闘技には特別な想いがあるのかな?

「闘気と闘技を極めることが出来れば、武器なんぞいらんし、王国の騎士団長なんぞはイチコロじゃて。闘技を開発すればオリジナルにもなるしの」

 魔法を持ってる人にも対抗できるってこと……?
 確かにポワンくらいの強さがあれば、魔法なんて関係なさそう……。

「しかし、先に言った通り修練は容易くない。闘気は奥が深いのじゃ。まずはマナと闘気が何たるかを知れ」

 私は立ってポワンに向き直る。

「はいっ!!」

 ポワンに頑張って付いていけば、きっと強くなれる。
 ハンデは大きいけど、絶対に私は強くなるんだっ!!


*****


 その日の修練を終えた夜――。
 私とルグレは晩御飯を食べ終え、片づけをしていた。
 ポワンは自分の鍛錬のため、どこかに出払っている。

「はぁーあ……マナの制御って難しいんだなぁ……全然出来なかったや……」

「闘技はマナと闘気の制御は不可欠だからね。闘気を纏うだけとは訳が違うから、仕方ないよ。俺も習得するまで時間がかかったし、意識しないと出来ないしさ」

 そう言ったルグレはマナを手に集めたりして、自由に動かしていた。
 私が出来ないことをポワンの弟子という同じ立場のルグレは、簡単にやってのける。

「ちぇー、見せつけるようにやっちゃってさー」

「え? 俺のマナが見えるの?」

「うん、見えるよ」

 ルグレは不思議そうに私を見てくる。

「感じることは俺でもそれなりに出来るけど、見ることが出来るって人は聞いたことないや。魔法を使えないことといい本当にヒメナって不思議だね」

「もー、それは言わないでよー」

「あはは、ごめんごめん」

 ぶー垂れながら左手だけで片付けるをする私を見て、ルグレは気遣うように私が持つ食器を横から奪い取った。

「ヒメナが右手が無いから大変だし、修行で疲れてるだろ? 俺がやるから、休んでてよ」

「ほぇ? でも……」

「いいからいいから、俺は慣れてるしね」

 私は男の子に優しくされることに慣れてないんだけど。
 ルグレって本当に優しいな……イケメンだし。

「ルグレはさ、何でポワンに弟子入りしたの?」

「ん? 何でって理由ってこと?」

「うん、どんな理由があったのかなって」

 ルグレの優しい性格は、闘いに向いてない。
 魔物を倒す時も謝ってたし。
 優しいから、他人じゃなくて自分を傷つけそう。

 それでも強くなりたかったってことは、何か理由があるのかなって思ったんだ。

「……父上の間違いを正すため……かな?」

「お父さんの間違い? どんな?」

 ルグレは少し押し黙った後、ゆっくりと口を開いた。

「父上は……色んな人を傷つけて、平然としているんだ……それが俺には許せない」

「お父さんと闘うために強くなりたいってこと? 何かそれって……悲しいね」

 本当の両親がいない私には良く分からないけど、親子で争うなんて何か嫌だな。
 だけどルグレのお父さんが人を傷つけるような人だったら、仕方ないのかな……?

「ヒメナはさ、師匠と闘おうと思うかい?」

 ポワンと闘う……?
 ありえないって!!
 絶対瞬殺されちゃうよ!!

 私は首を勢いよく横に振る。
 
「そうだよね、俺もそう。だから俺も師匠みたいな圧倒的な力が欲しいんだ」

 んーと……?
 どういうことだろ。

「師匠のような圧倒的な力が俺にあれば、闘わずしても父上を止められる。そう思わない?」

 ……確かに、ルグレの言う通りだ。
 ポワンくらい強ければ、闘わずして人の過ちを正せたりできるだろう。
 私だってポワンとは何があっても闘いたくないって思ったんだから。

 闘うための力が欲しいんじゃなくて、闘わないための力が欲しいなんて、やっぱりルグレは優しいんだ。

「師匠に弟子入りしてから強くなったつもりだけど、強くなればなるほど師匠が遠く離れていく。どれだけ修練をつめばあんなに強くなれるのか……俺は師匠程強くなれるのか……正直不安なんだけどね」

 ポワンは強い。
 本人が言う通り、多分世界一。
 そんな強さが目標として明確に目の前にあると、否が応でも自分のちっぽけさを思い知らされるのだろう。

 だけど、きっと――。

「大丈夫だよ。ルグレの優しさが、ポワンみたいにルグレを強くしてくれるよ。絶対」

 確証はないけど、何でかそう思えた。

 アッシュやカニバルやロランみたいな人間じゃなくて、ルグレみたいな人が強くなるべきだ。
 私のそういう願いも込められている。

「ルグレより弱い私が言っても説得力ないけどさ! あはは……」

 弱い私が、強くなれるなんて言って恥ずかしくなっちゃった。
 私は情けなくも、誤魔化すように笑った。

「そんなことないよ。ありがとう、ヒメナ」

 ルグレはそんな私に感謝するように、優しく微笑む。
 誤魔化しても、本気で言ったと分かっていたのか、ルグレはちゃんと受け取ってくれていた。

 そんなルグレの笑顔を見て、私の胸はキュッと締め付けられるように苦しくなる。

 ほぇ……?
 胸が何か変だ。
 変だけど嫌な感じじゃない……何だこりゃ……?

「頑張らないとね、俺達」

「うっ……うんっ、頑張って強くなろう!!」

 そんな胸の痛みをルグレに知られるのは何か嫌で、私はまたもや誤魔化した。
 今度はちゃんと誤魔化せたみたい。
 ポワンとルグレに出会って三ヶ月が経った。

 今から、この三か月間ずっとしてきたマナ制御の成果を師匠のポワンに見せる所だ。
 ポワンは私のマナの動きを感じるために、岩の上に自然体で立つ私の背中に触れている。

「やるのじゃ」

「うん」

 ポワンの合図を皮切りに、集中力を高めた。
 体内のマナを、マナの器である下腹部の丹田から左手に集中させ、次は左手から左足に動かす。
 同様に左足から右足、右足から右腕へと、体をマナが一周していくように素早くコントロールした。

「三ヶ月でマナの制御をなりにはこなすようになったか、中々の才なのじゃ」

「本当!?」

 ポワンが満足そうに、背中から手を離す。
 マナの制御は合格点だってことだよね!?

「俺は師匠のお墨付きをもらうまでに一年以上もかかったのに……」

「小娘はワシが見た中でも、マナを感覚的に掴むのが類を見ない程上手いのじゃ。妹弟子を可愛がるのは良いが、うかうかしているとあっという間に追い抜かされるのう、ルグレ」

「う……精進します……」

 やった!! ポワンに褒められた!!
 この三ヶ月、寝ても覚めてもずっとマナ制御のことを考えて来たんだもん。
 マナ制御の修練をする夢を見るくらいにはね……。

「ねぇ、これだけ操れるようになったんだから闘技を教えてよ!! 私のマナ量も前より増えたしさ!!」

 マナは体力と似たようなもので、マナ量を増やす為には使うしかないらしい。
 毎日欠かさずマナを使っていた私は、いつの間にか体内のマナ量も増えていて、闘気も力強さを増していた。
 まだルグレには及ばないけどさ。

「ま、これだけ扱えればいいかの」

「やったーっ!!」

 こうして魔法を持たない私は、闘技を教わることになった――。


*****


「よし、やるかの」

「ほぇ!? どこから拾って来たの!? こんなでっかいの!!」

 ポワンがどこからか持ってきたのは、巨大な岩。
 一見山にも見える程の大岩は、置かれているだけでとてつもないほどの主張をしている。

 私が闘気を纏ってもこんなの持ち上げられないのに、ポワンは闘気も纏わず二つも持ってきちゃったよ。
 馬鹿力過ぎでしょ。

「今からお主に教えるのは、闘技【衝波】なのじゃ。よーく見ておれ」

 闘技【衝波】。
 三ヶ月前、私がポワンに吹き飛ばされた技だ。

「師匠、お願いですから手加減して下さいね……」

「わぁておるわ!」

 ポワンは機嫌を悪くしながら一つの岩に触れ、手の平に一瞬でマナを集める。

【衝波】

 岩に触れた手から、闘気を放っているようにも見えた。
 ポワンの闘気に吹き飛ばされた大岩は、私達がいる山を離れ、隣の山へと激突し土煙を上げる。
 隣の山からは鳥達が飛び立ち、突如起きた異常現象から動物達が逃げ出していた。

 力の調節を間違ってしまい、やらかした顔をするポワンを、ルグレはジト目で見ている。

「闘技【衝波】は、密接した相手吹き飛ばす。体制を崩したり、吹き飛ばした相手に追い討ちをかけるための技なのじゃ。ワシ程とは言わんまでも、この大岩を倒せるくらいになるのじゃ」

 自慢気に闘技の説明をし、誤魔化そうとするポワンだったけど、当然ルグレは誤魔化されない。

「誤魔化そうとしても、駄目ですからね!? あんなの体制を崩す技じゃなくて、トドメの技じゃないですか!? あそこに人がいたらどうするんですか!? 死んでますよ!!」

「ええぃ! やかましいわ!! ちっとだけ加減を間違えただけなのじゃ!!」

 二人が大騒ぎする中、私はポワンのマナの流れを思い出していた。

 闘気を放った……ううん、ちゃんと見てたけど違う。
 見た感じは闘気を放っている様に見えるけど、マナを岩に触れた手に集めて、闘気に変えただけだ。
 マナを体に巡らせて闘気を纏うのと、マナ制御がいる以外は変わらない……。

「いつも言ってるでしょう!? 師匠は歩く災害みたいなモノなんですから、振る舞いには常に細心の注意を払って下さいって!!」

「阿呆! そんな小さいことをいちいち気にして生きてられるか!!」

 揉めてる二人を横に、ポワンが持ってきたもう一つの岩に、同じ様に左手で触れる。
 ポワンが高速で行った工程を思い出し、私は集中して慎重に左手の手の平にマナを集め――。

「……まぁ、あれじゃ。小娘。一朝一夕で出来ると思うでないのじゃ」

「師匠!! また誤魔化そうとして……」

「破っ!!」

 掛け声と共に左手のマナを闘気へと変える。

「「!?」」

 二人が私が急にポワンの真似をしたことに驚く中、目の前の大岩が徐々に傾いていき――やがて、大きな音を立てて倒れた。

「で、出来ちゃった……」

「「……うそーん……」」

 何故か見様見真似で、闘技【衝波】を習得出来た。
 やったね!!
 ポワンとルグレと出会って、二年が経った。
 相変わらず私達は、山で修行をしている。

 成長期の私の体も大きくなり、いつの間にかポワンの身長を抜いていた。
 出るとこは……残念ながらまだ出てないけどね。

「はあぁぁ!!」
「うおぉぉ!!」

 今、私はルグレと組み手をしており、最近は毎日の日課となっている。
 組み手をする私達をポワンは山で採ったリンゴをかじりながら見ていた。

【瞬歩】

「!!」

 私は、足にマナを集めて闘気に変えたと同時に飛び出す高速移動術、闘技【瞬歩】で、一瞬でルグレとの距離をつめる。
 今考えれば、メラニー先生やアッシュ達が高速で移動してたのは【瞬歩】を使ってたのかもしんない。

「闘技【衝波】!!」

 私はルグレの胸に肩を軽く当て、【衝波】で吹き飛ばす。
 吹き飛んだルグレは木に当たり、その勢いを止めた。
 明らかに体制は崩れている。

「今日こそ私の勝ちだよ!! ルグレ!!」

 肩で【衝波】を使ったのは、次の行動に素早く移るため。
 体制を崩したルグレに追い討ちをかけるため、私は闘気を纏い突っ込んだ。

 勝利を確信したその時――。

「闘気【発勁】!!」

 ルグレの渾身の掌底が、私の下腹部に直撃した。

「ほぇぇ……」

 ルグレが最も得意とする闘技【発勁】によって、体内のマナの器である丹田に、ルグレの闘気が混ざる。

 体内に異物が入りマナを乱された私は、立つことすらままならず、その場に倒れ込んだ。
 これが試合でなく死合いなら、私はもう殺されている。

「そこまでなのじゃ!!」

 リンゴを持ったポワンも決着がついたと判断したのか組手を止め、ルグレは倒れた私に微笑みながら、手甲を装備した手を差し伸べて来た。

「ヒメナには悪いけど、まだ兄弟子として負けられないね」

「くぞぉぉ……悔しいぃ……」

 ルグレの手を掴み、起こしてもらう。
 これでルグレには何回こうやって起こしてもらったか、もう分かんない。
 勝てたことは一度もないもん。

「小娘。【衝波】を当てた瞬間、勝ちを確信して油断したな? 闘気が乱れておったぞ」

「ポワンは何でそんなことわかるの? 私みたいにマナは見えないんでしょ?」

 私は目を凝らせば、マナが見える。
 大気のマナや、体内のマナも。

 アリア達も見えなかったことから、それが変わってるっていうのは分かってたんだけど、長年生きてきたポワンでもそんな人間は見たことがないんだってさ。
 魔法を使えないことも含めて、私は変人らしい。
 変人ってひど過ぎない?

「闘気とは闘争心でマナを視覚化させる精神エネルギーみたいなもんじゃ。ある程度の猛者であれば、闘気を見れば相手の体調や心理もわかったりもするのじゃよ」

 いや、ポワンだって変人じゃん。
 そんなの私わかんないもん。

「憶えておけ。生きるということは闘い続けるということなのじゃ。どんな相手にも弱みを悟られず、闘争心を失うな」

「……はーい」

 ポワンの言っていることは難しくて良く分からないけど、油断するなってことだよね?
 次は絶対しないもん。

「まぁ良い、アフェクシーまで買い出しに行って来い。フライパンとアップルパイを買って来るのじゃ。パイを冷ます前に戻って来るのじゃぞ」

 ポワンはリンゴを口でかじりながら、お金が入った巾着袋を私に投げ渡してきた。

 ポワンはこの山の近くの村、アフェクシーで売られているアップルパイが好きみたい。
 近くって言っても、小さい山を五つくらいは越えないと行けないけど。

「絶対フライパンはついでじゃん。そんなにアップルパイが食べたいなら自分で行けばいーじゃんか」

「めんどいのじゃ」

 なら食うなよ。めんどいのはあんただよ。
 私は片手しかないから荷物も持ち辛いのにさ!!

「師匠、ヒメナはアフェクシーの場所を大体しか知りませんし、村の人と交流がないじゃないですか。俺が着いて行きます。一緒に行こっか、ヒメナ」

 私を気遣ってか、ルグレはそう言って巾着袋を引く私の左手を引っ張った。

「ルグレぇ〜」

 ルグレの優しさが五臓六腑に染み渡るよぉ〜。

 あれ……?
 これって、まさかデートってヤツじゃね?

 そんなことを考え照れる私は、ロランに引っ張られ、村へと向かう。

「甘いのう」

 リンゴを丸呑みにしたポワンは、そう呟くのだった――。


*****


 デート気分は私だけだったのか、闘気を纏って五つの山を越えた私とルグレは、徒歩なら片道だけで一日かかる帝国領の村のアフェクシーに一時間ほどで到着した。

「ほぇ〜王都やアンファングと比べたら小ちゃいや」

「そりゃそうだよ。田舎の村だもん」

 アフェクシーは人口が数十人程しかいない、田舎の小さい村だった。
 のどかで暖かい空気が流れていて、とても戦時中とは思えない。

「王都じゃなくて……こういう所に行けば良かったのかな……? 私達……」

 孤児院を旅立った後、王都でなくてこういう田舎に行けば、ララとメラニーは死なずに済んだのかもしれない。
 私だってアリア達と今でも一緒にいれたのかもしれない。

 エミリー先生の言葉を、守り過ぎちゃったのかな……私達……。

「ヒメナ、大丈夫? マナを使い過ぎて、気分が悪くなった?」

 私が暗い顔をしてたのを心配してか、ルグレが覗き込んで来た。
 いや……顔近っ!!

「……ううん、ちょっと考え事しちゃっただけだよっ」

「でも、顔赤いし……」

「だから大丈夫だってば!!」

 誰のせいで赤くなってると思ってんだか!
 こういう所は本当鈍いんだから!!

「……ほぇ!?」

 顔を見られないように手で隠していると、ルグレは私を無理矢理お姫様抱っこし始めた。
 ルグレは天然で、たまに突拍子もないことをする。

「風邪……いや、何かの病気かもしれない!! 俺も一度お世話になった医者の先生がいるんだ! 急いで診てもらおう!!」

「だから、違うってばぁ!!」

 ルグレは闘気を纏い、駆け始めた。
 お姫様抱っこされる私は村中の注目を浴びながら、恥辱に顔を真っ赤に染めるのであった。
 ルグレにお姫様抱っこをされた私は、村の診療所へと連れて行かれた。

「あー……こりゃ病気じゃねーな。診ねぇでも見りゃわからーな」

 私を抱いたままのルグレは診察室に入るや否や、丸眼鏡をかけた無精ひげを生やしている黒髪短髪のおじさんにそう告げられる。
 そりゃそうだ。私の顔、多分血色良いもん。

「そんな……!! ヴェデレ先生の魔法は【診断】で、身体の病気が見えるんですよね!? なら、ちゃんと診て下さいよ!!」

 ヴェデレさんは、以前ルグレが誤って毒キノコを食べた際に診てもらったお医者さん。
 医者としては凄腕で、こんな田舎の村にいるのは勿体ないって、ポワンも言ってたんだって。

「んなら、青春を謳歌する若者に病名を告げてやらーな。こりゃな、巷じゃ恋のやま――」

「わー!! わー!!」

 ヴェデレさんはにやにやしながら、病気でない病名をルグレに告げようとするのを、私は大声を出して必死に遮る。
 何言おうとしてんだ、このおっさん。

「コイ……!? ヒメナ変な物でも食べたのかい!?」

「食べてないよっ!!」

「はっは!! こりゃ嬢ちゃん苦労すんねぇ!!」

「ちょっとあんたは黙っててよ!! ぶっ飛ばすよ!?」

 ルグレの天然に突っ込む私を、状況を全て見透かしているヴェデレさんがからかってくる。
 とりあえず、殴ってやろうかな。

「勘弁してくれよ、嬢ちゃん。俺はずっと戦場にいたが、魔法も戦闘向きじゃねぇしクソ程よえぇ。嬢ちゃんはポワンさんの弟子だろう? 俺なんざ瞬殺されらーな」

「ほぇ? 弱いのに、何で戦場にいたの?」

「戦場じゃ怪我人や死人がめちゃくちゃ出っからだ。それに俺の魔法は検死に向いててな、敵に厄介な魔法の使い手が現れるたびに死体を解剖してたんだーわ」

 敵を殺すために、味方の死因を診る。
 戦場って……そういうとこなんだ……。

「……何だか……悲しいね……」

「あー、その通りだ。誰かを助けるために医者になったつーのによ、戦場じゃバカみたいに治せない怪我人がいやがるし、ツレの死体をバラすなんざやってらんねーつーの。クソ下らなくなって、思わず逃げ出しちまったーよ」

 ふんっと鼻を鳴らしながら、戦争の悪態をつくヴェデレさん。
 軍事国家の帝国には、あまり似つかわしくない人だ。

「この村はクソ田舎でいいぜぇ~。今ん所は戦争とは無縁だかんな。普通に生きて、普通に死ぬっつー当たり前の平和がここにゃある。俺みたいな戦場から逃げた腰抜けでもやってけるからーな。俺以外医者もいねーからしっかりしねーといけねーけどな! はっは!!」

 戦場から逃げた腰抜け……ヴェデレさんはそう言って自分を下げてるけど、私はそうは思わない。
 きっとヴェデレさんは、人の死を間近にして平気でいられなかったんだ。

「……ヴェデレさんって……優しいんだね」

 私がそう呟くと、ヴェデレさんはさっきまでの陽気さは何処へやら、呆気に取られて固まっていたけど、正気を取り戻すかのように手の平で軽くおでこを二回叩いた。

「そう言える嬢ちゃんは俺よりはるかに立派よ。また恋の病が再発したらいつでも来な。しゃーねーから、話くらいなら聞いてやらーな」

「だから、ヴェデレ先生!! コイって一体――」

「ルグレは黙ってて!!」

「はっは!! こりゃ大変だーな、お嬢ちゃんよーっ!!」

「ほえぇぇ!! お願いだから、二人共黙って!!」

 医者のヴェデレさんは豪快で面白い人だった。
 全部見透かして弄って来るのは、鬱陶しいけど。


*****


 ヴェデレさんの診療所を出て、私達はポワンに頼まれたフライパンを買い、今からアップルパイを買いに行く所だ。

「本当にどこか痛かったりとかはないんだよね?」

 ヴェデレさんとの会話で何も分かってなかったのか、未だに心配して来るルグレ。

「ヴェデレさんが大丈夫って言ってたでしょ、もぉ〜。しつこいってば」

「なら良いんだけどさ……」

 しつこいって言ったらへこんじゃっちゃった。
 私のことを考えてくれてるのに言い過ぎちゃったかな?

 そうこうしてる内に、アップルパイを売っている宿屋にたどり着いた。

 宿屋でアップルパイを売っているのは、アフェクシーみたいな田舎で宿屋だけしてたら、誰も泊まらないから経営が出来ないみたい。
 気付けばアップルパイ目当てに、遠方から宿屋に泊まる人が出てくる程人気の商品になったんだって。

「いらっしゃいませーっ!」

 アップルパイを売っているのは、そばかす顔の可愛い女の子。
 茶髪のおさげを揺らしながら、私とルグレを出迎えてくれた。
 ルグレと同じくらいの歳かな?

「ジャンティ、久しぶり」

「ルグレじゃん!! 元気だった!?」

「元気だよ、ジャンティも変わりなさそうだね」

「で、その子は?」

 ジャンティと呼ばれた女の子は、初顔の私を興味深そうに見て来る。

「私はヒメナ、ルグレの妹弟子だよ。よろしくね」

「へー、私ジャンティ! よろしくね、ヒメナ!」

 ジャンティは右手で握手を求めて来たけど、私は左手を差し出した。

「あ……」

「ごめんね、私……右手無くって……」

「……ううん、こっちこそごめんなさい」

 ジャンティは私の右手が無いことに気付き、申し訳ないような顔で右手を引っ込めて、左手で私の左手を掴む。

「手の平固っ!! ヒメナは強そうに見えないけど……ルグレみたいに強いの?」

「凄く強いよ。油断したらすぐ追い抜かされちゃうくらいに」

「へーっ! そりゃ凄いや!!」

 二人はたわいの無い談笑を始めた。
 何か……お似合いだなぁ……。

 私は右手も無いし、強いって女の子としては褒められたものじゃない。
 きっとジャンティみたいな可愛らしい子が、将来ルグレのお嫁さんになるんだろうなぁ……。

「あ、そろそろ陽が暮れそうだ。俺達そろそろ帰らないと」

「また早めに来てよね、サービスするから!」

「うん、それじゃ」
「ジャンティ、ありがとう」

 ルグレがアップルパイを買い終えて山へと帰るために歩き始めたので、私が着いて行こうとすると、ジャンティに服の裾を掴まれる。

「さっきのお詫びじゃないけど、これ。私にはもう必要ないからあげるよ」

 ……何これ?
 綺麗な石のネックレス?

「この村に伝わる恋愛成就の御守りだよ。心配しなくても、ルグレは私に興味ないから」

「ほぇ?」

「右手とか無くても気にしないでも大丈夫だよ、ルグレはそんなこと気にしないって!」

「な、何の話!?」

 ジャンティもヴェデレさんみたいなこと言ってさ!
 何なの、この村!?

「ヒメナーっ!! 帰るよーっ!!」

「……はーいっ!」

 私、そんな分かりやすいのかなぁ……?

 でも、この初恋はそっと心に閉じ込めておくんだ。
 私は後三年たったらアリアの元に戻るんだから。