終焉の歌 ~右腕を失って追放されても、修行をして歌姫の元にメイドとして帰ってきます~

「私を置いてどこに行く気なの?」

 部屋を出て行こうとした私はアリアに問い詰められる。
 アリアは自分を置いてこうとした私を怒ってるようにも見えた。

「ほぇ? どこって……えーと……」

 やっば……見つかっちゃった。
 私はアフェクシーにアリアを連れて行く気はない。
 一人で行って、一人で決着をつけるつもりだったのに……どうしよう。
 日を改めようかな……?

「拳帝ポワンの所でしょ。違う?」

「!! 何で分かったの!?」

「ヒメナのことだから、責任を感じて一人で決着をつけに行くんじゃないかと思った」

「…………」

 さっきの寝息は寝たふりだったんだ。
 全部見透かされてた。

「ヒメナ、私も連れて行って」

「でも、これは……私の闘いなの」

 ポワンと闘おうと決めたことは、ほとんど私怨に近い。
 私に関わる人達を殺したポワンが許せないし、このまま放っておけばまた私の周りで何をしでかすか分からないからだ。
 ポワンが何で私に固執するのかは分からないけど……。
 そんな闘いにアリアを巻き込むわけにはいかないよ。

「ヒメナ、私の手を握って」

「ほぇ?」

 私は左手を差し出して、アリアの手を握る。


「ヒメナ、ずっと私の側にいてね」


 私達が何年も前、戦争に巻き込まれる前にした約束――アリアはそれを死地に向かおうとする私に投げかけてくる。

「……ずるいよ、アリア」

「黙って出てこうとしたヒメナよりはずるくないよ」

 そう言って、アリアは笑った。

 アリアには敵わないや。
 今も昔もずっと。
 私より私のことを分かってる。


「アリアも私に愛想つかさないでよ」


 こうして私達は、二人でアフェクシーで待つポワンの元に向かうことに決めた。


*****


 それからの旅は長くも楽しいものだった。
 二人で歩いて、時には馬車に乗せてもらって、アリアの体に無理をさせないように、ゆっくりと進む。
 私が背負って、闘気を纏って走るなんてことはしない。

 途中の町で困っている人を助けたり、魔物を退治したり、美味しい物を食べたり、観光をしたり、これから生死を賭けた闘いをするとは思えないような旅をしていた。

 ポワンは基本的には時間に疎い。
 自分が長く生きてるからだって本人は言ってた。
 今回は時間の指定とかもなかったから、別にゆっくりでも良いんだ。

 そうして、ニか月程かけて私達はアフェクシーに辿り着いた。

「ここがアフェクシー……? 誰もいないね」

「私が修行を終える一年前に滅んじゃった村だから」

 そう、私とルグレが守れなかった村。
 私達の甘さで滅んだ村だ。

「拳帝ポワンは?」

「きっと……あそこだよ」

 私は【探魔】を使う。
 やっぱりポワンは予想通りの場所にいた。

「行こう、アリア」

 私とルグレとヴェデレさんで作ったアフェクシーの人達の慰霊碑。
 ポワンはその上に雑に座っていた。
 まるで、慰霊碑はただの粗雑な椅子かのように。

「来たか、小娘」

「……待った?」

「何百年も生きるワシにとっては、さしたる時ではないのじゃ」

 ポワンは慰霊碑から飛び降りる。

「して、お主がここに来たということは戦争は王国が勝ったのかの?」

「どっちも勝ってないよ。休戦協定が結ばれたの」

「ぬ? 皇帝のズィークは何をしておる?」

「皇帝は死んだよ。今帝国を仕切ってるのはアッシュだもん」

 ポワンは疑問を抱いたのか、頭の上にクエスチョンマークを出す。

「ぬぬ? 炎帝が休戦協定を飲んだだと? 解せん話じゃ。ヤツは王国に少なからず私怨を持っていたはず」

「ポワンが知る必要はないよ」

 私は戦闘をしかけるために、闘気を纏った。


「だって、ここで死ぬんだから」


「甘さを捨てた良い目じゃ。多少なり苦労した甲斐があったの。じゃが――」

 ポワンも呼応するかのように闘気を纏う。

「それしきの闘気でワシをどうにか出来ると思ってか?」

 とてつもない闘気。
 私達が建てた慰霊碑も吹き飛びそうな程の勢いで、周囲の木々は倒れる。
 アリアも吹き飛ばされそうになり、私が支えた。

「こ……こんな人にヒメナは一人で闘おうとしてたの……?」

「そうだよ。ポワンが冥土隊の皆を殺した。それに、ポワンは拳帝だ」

 抱いた肩から震えが伝わってくる、
 アリアは怯えきっていた。
 異形のエミリー先生を超える闘気……それにまだ、おそらく全力じゃない。

「さよう。ワシを殺さぬ限り戦争は終わらぬかもしれぬな。腑抜けた炎帝を殺し、帝国と王国を再び戦争させることだって出来んこともないぞ」

 戦争をまたする……!?
 冗談じゃないよ、そんなの!!
 せっかく平和が訪れたのに……!!

 ポワンは人差し指を立てて、チョイチョイっと手招きをしてきた。

「来い。遊んでやるのじゃ」

「倒すよ、世界最強!!」

 私はポワンの挑発に乗り、手招きに誘われてるかのようにポワンに突っ込んだ――。
 ポワンに突っ込んだ私は、ポワンと激しく打ち合う。
 だけど打ち合いというより、思わず修行をしてた時の組み手を連想してしまう。
 それ程までにいなされ、いなしやすい攻撃をされていた。
 まるで、鍛錬のように。

「右腕は義手か。良かったのう、弱点が一つ無くなって」

「おかげ様……でね!!」

「ほっと」

 義手による貫手の突きもあっさりと躱され、距離を取られる。

「何で……何で、私のことを知っている人を皆殺したの?」

「そうでもしなければ、お主はワシと殺り合わなかったじゃろ?」

「……何でそんなに私と殺し合いがしたいの?」

 ポワンは私と殺し合いを望んでいる。
 だけど、ポワンにそこまで恨まれることは思い当たらない。
 だからずっと腑に落ちないでいた。

「お主は未だ冗談と捉えておるかもしれんが、ワシは自身の魔法で数百年生きておる。帝国が生まれる数十年前に生まれた人間じゃ。言わば不老不死に近いのじゃ」

 ポワンははるか昔を思い出すかのように空を眺める。

「戦友じゃった初代皇帝が死す時、一方的に約束されてしまっての。『発展する帝国を見続けてくれ』とな。ま、あやつとの約束はどうでも良かったんじゃが、他に行くアテも特になかったからの。四帝として帝国に居続ける理由にはなったのじゃが、長く生き過ぎたわい」

 そして、私を見据えた。

「老衰で死ぬことも出来んことはないんじゃがの。どうせ死ぬなら武人としては本気の殺し合いで死ぬことこそ誉れ。ただそれだけをずっと思っていたのじゃ」

 何よ……何よそれ……。
 そんなエゴのために皆を……私の大切な人達を殺したの……?

「……私がポワンを殺せる程の力を持ってるって?」

「そうであってると願っているのは事実――」

 ポワンは腕を組み、


「じゃが、叶わんようじゃな」


 再度私を挑発した。

【瞬歩】
 
 怒りから思わず挑発に乗ってしまった私は、【瞬歩】で懐に入る。
 だけど、ポワンは腕を組んで微動だにしない。
 私の攻撃を真っ向から受ける気だろう。
 舐められてるんだ。

「破ああぁぁ!!」

 私は全力で闘気を纏い、闘技を放った。

【旋風脚】

 威力を上げる為、体と共に回転させた蹴りの二連撃。
 腕を組んだポワンの顎に二発とも命中する。

【連弾】

 両手の二本指による連続する貫手の突き。
 ポワンの急所は的確に突けたはずだ。

【発勁】

 ポワンの下腹部に掌底を打つ。
 それと同時にポワンの丹田に私の闘気を流し込んだ。

 いける……!!
 私だってポワンと闘える!!

「【螺旋手】!!」

 回転させた四本指の貫手による突き――金属も豆腐のように貫く必殺技だ。
 それをポワンの心臓に向けて放った。

 師匠であるポワンを超え、殺す。
 そう決意表明するかのように。


 だけど――。


 私の【螺旋手】を放った左腕は、ポワンに片手でいとも簡単に受け止められた。
 あれだけ闘技を使ったにも関わらず、ポワンは無傷だ。

 何で……!?
 闘気の差があるから、外傷はないのはまだ分かるけど……【発勁】すら効いてない!?

「何故闘技が効いてないか、不思議そうじゃの。教えてやろう、小娘」

 ポワンは私の左手から手を離す。
 私は慌ててポワンから距離をとった。

「圧倒的な闘気の差、まずはこれが決定的に違うのじゃ。外傷を与えられん程にな。【発勁】が効かんかったのは、大海に油を一滴注いだ所で何の害もなかろう? それ程までにワシのマナ量は多い」

 つまりポワンが言いたいのは、それほどまでにポワンと私には力量差があるということだ。
 闘気の力強さも、丹田に籠っているマナ量も、圧倒的に違うんだ……。

 いつの間にか【瞬歩】で近付いていたポワンは、私の胸に手を置き――。

「!?」

 【衝波】を放った。

 ポワンの【衝波】で私は吹き飛ぶ。
 【衝波】は体制を崩すための技。
 でもポワンに限ってはあまりの闘気の強さから、相手が風に舞う木の葉のように吹き飛んでしまうんだ。

「が!?」

 岩壁にぶつかり、身体を埋めて勢いを止める私。
 岩壁を突き抜けなかったのはポワンが闘気の強さを調整したからだろう。
 周囲には岩の破片が飛び、砂煙が上がった。

 そんな中、目の前に【瞬歩】で近づいてきたポワンが現れる。

「ほっと」

 拳の壁が見えた。
 そう思った時には、ポワンの拳による連撃を受けていた。

 闘技でも何でもない。
 ただの拳のラッシュ。
 だけど、一発一発がとんでもない威力だ。
 それに躱せる速さじゃない。

「ぎぎぎ……!!」

 私は腕を盾のようにし、耐えることしか出来なかった。
 どんどんと体は岩壁に埋まっていく。

「ほっ」

 渾身の右ストレートを顔面に受けた私は岩壁を貫通し、次の岩壁へとぶつかる。
 気付けばポワンが目の前にいて、蹴りを放っていた。

 危ない……!!
 鼻血を垂らしながらも何とかその蹴りを躱すと、蹴りは後ろの岩壁に当たり、崩壊させる。

 私はすぐさま【瞬歩】を連続で使い、アリアの元へと戻った。

「ヒメナ……大丈夫!?」

 アリアの問いに答える余裕はない。
 マナの動きで蹴りを予測してなきゃ死んでた……。
 ポワンはやっぱり異次元だ。
 まだ全力じゃないのに、こんな力なんだから。

 どうするか考えていると、ポワンは一回の【瞬歩】で私達の元に現れる。

「ふむ。そこそこ鍛えてるようじゃが、それが本気か? 他の四帝よりかは上といった所かの」

「……くっ……!!」

「さっさと【終焉の歌】とやらを使うのじゃ。ヴェデレから聞いておる」

「「!!」」

 ポワンは知ってたんだ……【終焉の歌】のこと……。
 だから私がポワンを殺せる可能性があるって思ったんだ。

「奥の手を隠しておける相手かの、小娘。じゃとしたらワシも舐められたモノなのじゃ。ワシは世界最強ぞ」

「……分かってるわよ」

 【終焉の歌】を使えば、私の理性は持ってかれるし、反動でしばらく動けなくなる。
 迂闊には使いたくない。
 それに何より、ポワンのエゴなんかに付き合うのが気に入らない……!!

「アリア……お願い……」

「ヒメナ……」

 だけど、ポワンを倒さないとポワンのエゴなんて理由で殺された皆が浮かばれない……戦争もまた起こるかもしれない……。

「やってやろうじゃない!!」

 こうなったら、とことん付き合ってやる!!
 ポワンを殺すつもりで私はここに来たんだから!!
「アリアお願い……【終焉の歌】を歌って!!」

「……っ……でも……」

 アリアは私が頼んでも躊躇っていた。
 以前私が理性を失い、アリアも歌うのを途中で止めることが出来なかったから無理もないことだろう。
 でも、アリアに歌ってもらわないと私はポワンに勝てない。

「私は覚悟を決めている!! アリアもお願い!! 私達は一蓮托生でしょ!?」

「……分かったわ。その代わり、必ず勝って」

「……当たり前よ」

 アリアは納得してくれたのか大きく息を吸い込み、【終焉の歌】を歌い始める。

 終焉を告げるような、儚くもどこか悲しい歌。
 何一つ希望のない、絶望の歌。

 ドクン。

 来た――。

 ドクン。

 今度は飲まれない。

 ドクン。

 理性を持ってかれるな。

 ドクン。

 皆の仇をとるんだ。

 ドクン。

 私がポワンを殺さないといけないんだ。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。


 あんな悲劇の連鎖を……戦争をもう二度と起こしちゃいけない。
 何が正しくて、何が間違いなのかは分からないけど――きっと戦争はもう起こしちゃいけないから。


 ――ドクンッ!!


「わああああぁぁぁぁ!!」


 私は絶叫した。
 まるで獣が雄叫びを上げるかのように。
 真紅の目の、魔人と化すために。

 理性が吹き飛びそうになるも、二回目のおかげか何とか耐えることが出来た。
 私のマナ量は数倍となり、闘気はポワンにも匹敵……いや現段階では超えている。

「ほぉ……」

 魔人化した私を見て、ポワンは素直に感心していた。
 ポワンも魔物は数多く見たことがあっても、魔人を見るのは初めてなんだろう。

「い……く……よああぁぁ!!」

 半ば吹き飛びそうな理性を何とか手繰り寄せ、私はポワンに襲い掛かる。
 ポワンも私の闘気を見て、流石に構えをとった。

 とてつもなく力強い闘気を纏いながら、放つ連続攻撃。
 自分でもはっきり実感できる。
 さっきとは桁違いのスピードとパワーだ。

「……ぬ!!」

 これには流石のポワンも受けに回った。
 同程度以上の闘気を纏ったモノと闘うのは今回が初めてなんだろう。

「がああぁぁ!!」

 私の右足での蹴りが防御しきれなかったポワンに、まともに当たる。

「ぬぅっ……!!」

 ポワンの左腕からは、ボキボキッと骨が折れる嫌な音が響き渡り、そのまま吹っ飛ばした。
 ポワンは百メートルほど宙を飛んでいく。
 私は【瞬歩】を使って吹き飛んだポワンを先回りし、右手の義手によるストレートを放った。

「こふっ……!」

 ポワンの背部に直撃し、再びポワンを遠くに殴り飛ばした。
 そしてまた【瞬歩】で先回りし、追撃する。
 幾度もそれを繰り返して、最後は両手を組んで空中から地面へと叩きつけた。
 地中に埋まり、動かなくなったポワンに私は――。

「ぐ……ら……ええぇぇ!!」

 【闘気砲】を放った。

 超級闘気砲を超える【闘気砲】。
 太い光線は地面に直撃し、爆発を生む。
 砂塵を巻き上げ、地面に大穴を開けた。
 【闘気砲】の直撃を受けたポワンの姿は、見る影もない。


 勝ったんだ……私……。
 あのポワンに……世界最強に……。


 そう思った矢先――。

「【探魔】を使わんとは、迂闊じゃの」

 まだ空中にいた私の目の前に、【瞬歩】を使ったポワンが現れた。
 折れたはずの左腕は元に戻っており、まったくの無傷となっていた。

 嘘……!?
 何で無傷なの!?

 私が疑問を抱いたその瞬間、空中から蹴り落とされる。

 強烈な勢いに地面へと叩きつけられた私。
 【終焉の歌】時にダメージを負ったのは初めてだけど、どうやら痛覚はないようだ。
 闘うために不要だからかもしれない。

 目の前にポワンが着地する。
 やっぱり無傷だ。
 確実に左腕は折ったはずなのに……。

「不思議か? ワシの魔法は【時間】。マナを消費し、自身の体内の時間を操ることが出来るのじゃ。怪我する前に時間を戻しただけなのじゃ」

 ポワンが数百年生きてるのも、もしかしてその魔法のおかげ……!?
 モルテさんの【不死】に近い魔法ってこと……?

「ワシのマナを尽きさせるか、あるいは一撃で殺すしかないのう」

 ポワンは全力で闘気を纏う。
 私の闘気と同等……いや、それ以上だ。

「戦闘で魔法を使うのは百年振りくらいかの。使わせたことは褒めてやるが、お主にワシが殺せるかの?」

 私も全力で闘気を纏う。
 ポワンと同等で闘気は拮抗していた。

「が……づ……!!」

 勝つ……負けられない!!

 再びポワンと私は衝突し、闘いは激化していった――。
 ポワンとの戦闘は地形を変貌させるほどだった。
 アフェクシーの村の建物は私達の闘いの余波で全て崩壊し、慰霊碑も崩れ去っていた。
 近くの地形も平らに変わりつつある。

「かっかっかっ!! 闘いが面白いと思ったのは久々なのじゃ!! 血湧き肉躍るわ!!」

 必死な私と違い、ポワンは実に楽しそうだ。
 楽しそうに闘ってるとはいえ、愚直な攻撃ではなく、所々にフェイントや闘技を織り交ぜてくる。

 私は微かに残る理性で、ポワンの体内のマナの動きを読み、行動を先読みする。
 それで何とか対等に闘えてる状態だ。
 一歩間違えれば全ての攻撃が致命傷になりかねない。

 細い糸の上を渡るかの様な戦闘。
 一瞬の迷いが生死を分ける。
 それほどまでに純粋な闘気による殴り合いは互角で熾烈だった。

「ほっ!」

 ポワンが放ったのは、【旋風脚】。
 私とは練度が違い、まるで大気を切り裂く様な蹴り。
 一撃目を何とかかわすも、返しの二撃目の蹴りに直撃する。

 吹き飛んだ私を追撃するようにポワンは【瞬歩】で近づいて来た。
 マナの動きで読んでいた私は、ポワンの右の拳を首をひねって紙一重で躱す。

「ああぁぁ!!」

 即座に体制を整え、【螺旋手】を放った。
 螺旋手は急所を避けられるも、ポワンの左手に当たって左手を千切り飛ばす。
 でも、ポワンの魔法によって左手は直様元通りに戻った。

「かっかっ! やりおるの!」

 腰に手を当てて笑うポワンに対して、私は口内に溜まった血を吐く。
 ポワンはいくら傷付けようが、体の時を戻して再生する。
 私は怪我の再生なんてできない。
 痛みはなくてもその差は大きい。

 だけど、ポワンは体の時を戻すことで確実にマナを消費していた。
 能力が強力な分消費も大きいみたいだ。
 それにモルテさんのように【不死】じゃないなら、一撃で殺せば勝機はあるはず。

 どうやってポワン相手に……一撃で……?
 再生させるのもやっとなのに……。

 異形のエミリー先生を相手にした時みたいに、理性を捨てて戦った方が良いの……?
 でも、一度手放したら【終焉の歌】が止むまで、戻らない気がする……。

『……ヒメナ、聞こえる?』

『アリア!?』

 頭の中にアリアの心の声が響き渡って来る。
 【終焉の歌】の影響なのかな?

『【終焉の歌】を歌っている間、ヒメナとは心の中で話せるみたい』

『それは良いことだけど……どうしたの?』

 今は戦闘中だ。
 心の中とはいえ、話してる余裕はないんだけど……。

『ヒメナ、掴んだ理性を手放してはダメ』

 アリアに私の考えはお見通しだったみたい。

『理性を捨てて闘えば、計算的に闘えないわ』

『でも……何も思いつかないし、このままじゃ勝てないよ』

『私に考えがあるの』

 アリアの考えを私は聞いた――。

 確かにそれなら……ポワンに通用するかもしれない……!!
 アリア、ありがとう!!

「ポワ……ン……!! 私の……全力……受けてみろ!!」

 私はアリアの案に乗った。
 それしか時間を戻すポワンには勝ち目は見当たらない。

「これ……で……一撃で……だおす!!」

 私は右手の義手を開き、ポワンに向けて構えて闘気を集中させる。
 私の闘気の余波で砂埃が舞い――。

「ほぉ」

 全力の【闘気砲】をポワンに向けて放った。

「ほっ!!」

 ポワンは私が放った【闘気砲】に対して、躱しなどはしないで、全力で闘気を纏って受け止める。
 アリアの予想通り、ポワンは挑発に乗って真っ向勝負を受け入れた。

 単純な闘気のぶつかり合い。
 マナ量、闘気の強さの勝負。

「がああぁぁ!!」

「ぬおおぉぉ!!」

 私達は丹田のマナをどんどん闘気と変えて、力比べをする。
 大気を震わせる程の力比べを始め、想いをぶつけ合う。

 ポワンは自分の武人の誇りのためだけに闘っている。
 私は皆の仇と戦争を起こさせたいために闘っている。
 互いに互いの信念のために、闘気の力強さを増していく。

「何かに頼らなければいけない力なんぞ、大した事ないわ!」

「な……にがああぁぁ!!」

 それはこっちのセリフだ。
 ブレアを殺した私が、孤独な力になんて負けられない。
 最後に勝負を分けるのは技術じゃなくて、想いの強さだ!!
 ポワンとは背負っているモノが違う!!

 私達は全力で闘気をぶつけ合う。
 体内のマナをどんどんと消費して。

「がああぁぁ!!」

「ぬ……!?」

 【闘気砲】がいつまで経っても弱まらないことがポワンにとっては予想外だったのか、徐々に私の【闘気砲】がポワンを押していく。

「ぐ……ぬ!!」

 ポワンは受けきれないと悟ったのか、闘気砲を受け流した。
 真っ向勝負を受けたにも関わらず。
 そのことはポワンの精神に少なからずダメージを与えたのだろう。
 一瞬挙動が止まる。

 その一瞬を私は見逃さなかった。
 【闘気砲】を打ち続けていたのを止め、【瞬歩】でポワンとの距離を詰め――。

【螺旋手】

 ポワンの心臓に向けて【螺旋手】を放つ。
 私の左手はポワンの心臓を貫き、胸を貫通した。

「ごふっ……」

 実はさっきの力比べ――私が圧倒的に有利だった。
 ポワンのマナ量は尋常じゃないくらいあるといっても有限で、いくらポワンでも全力で闘気を纏い続ければ、いずれ尽きる。

 対して、大気からマナを取り入れられる私のマナ量は無限。
 【闘気砲】で闘気を放ち続けても、マナが尽きることはない。
 つまり、先の勝負はメリットはあってもデメリットは無い。

 あの力比べは、近接戦で私が怪我することなくポワンのマナを消費させるためのアリアの策だ。
 自信家のポワンなら力比べに乗ってくるとアリアは読んだんだ。

「小娘……が!! 小賢しいことを……!!」

 そして心臓を貫いたまま維持すれば、体の時間を戻されようが直ぐに心臓を貫く。
 幾度も時間を戻すことになり、ポワンは大幅にマナを減らすことになる。
 これは私が思いついて、咄嗟にやったことだ。

「ぬっ……ん!!」

 ポワンは胸を貫かれたまま自分の体の時間を戻しながらも、私に両手両足で襲いかかってきた。

「ぎぎっ……!!」

 私は義手の右手と足で防御しながらも、ポワンから左手を抜かないように傷を負いながらも必死にこらえる。
 ポワンも死に物狂いだから打撃がさっきよりも強力だけど……このまま心臓を貫いたまま離れなければ、私の勝ちだ!!

「やむを得ん……の!!」

 引き剥がせないと考えたのか、ポワンは私を殴るのをやめて、血を吐きながら丹田のマナを練る。
 すると、ポワンの体は光り輝き始めた。

 ポワンが何をしようとしているのか――そう思案した時、尋常じゃない闘気を発したポワンの体から左手が抜け、私は吹き飛ばされる。

「が……!?」

 体制を整えてポワンを見据えると、光を放ち終えたポワンの体は成長しており、幼かった体は私と同じくらいの背丈となっていた。
 大きくなった……?

「まさか切り札を切ることになるとはの」

 違う、魔法で成長させたんだ。

「全盛期の頃のワシは、あまりの力に我が身も長く耐えられんのじゃ。この姿になるのは三回目じゃ。光栄に思うが良い」

 最もポワンが強かった頃に。
 以前のポワンが十歳くらいの年齢だったけど、今は背格好からして十六歳くらい。
 私と身長も似たり寄ったりだ。

 前までのポワンは闘気を纏わなければただの子供に見えていたけど、全盛期の身体となった今は迫力が増し、その強さを隠しきれていない。
 溢れる力を、無理矢理その体に抑え込んでいるようだ。

「ゆくぞ」

 その力を解き放ち、ポワンは私に襲い掛かって来る。
 先程までの闘気も異常な強さだったけど、更に上をいく力強さ。

 一目でわかる……ヤバい!!

 ポワンがふるった拳をギリギリで躱す。
 拳を振るった風圧だけで、私の冷や汗が飛び散ると共に、背後の地面が抉られた。

 ――この瞬間、私は決断する。

『アリア……先に謝っとくよ』

『え?』

 二度とアリアとは会えなくなるかもしれない。

『死んだら、ごめんね』

 私が負けたらポワンはアリアも殺すだろう。
 謝ったのは、私が死んだら、という意味でもあるけど、アリアが死んだら、という意味でもある。

『大丈夫。私も覚悟してるから』

『……アリア、ありがとう』

 アリアにお礼を言った私は、僅かに保っていた理性を手放し、【終焉の歌】に明け渡す。
 目の前の世界最強を、殺すために。

 理性を手放した私とポワンは全力で殴り合った。
 技術も何も無い、ただただ純粋な殴り合い。
 子供の喧嘩と違うのは、世界最高の闘気を纏っている二人の殴り合いということだけだ。

 ルグレから受け継いだ左手の手甲は既に砕け散っており、フローラに作ってもらった義手の右手にはヒビが入っている。
 私の限界は――もう近い。


 育ての親のエミリー先生を父親のアッシュが殺して。
 ララがカニバルに殺されて。
 ベラが体を私達のために売って。
 メラニーがロランに殺されて、アリアも失明して。
 ルグレを私が殺しちゃって。
 エマをブレアが殺して。
 ルーナがカニバルを殺して。
 私がルシェルシュを殺して。
 ルーナとフローラとベラ、それに私の知り合いをポワンが皆、殺して。
 私がブレアとロランを殺して。

 もう、戦争なんて沢山だ。
 この負の連鎖を終わらせるためには、世界を救うのは、今ポワンに勝つしかないんだ。

 負けてたまるか……!!
 死んだっていい……この勝負だけは絶対に負けられないんだ!!


 激しく打ち合い、最後に私の義手とポワンの左手が全力でぶつかり合う。

「がああぁぁ!!」

「ぬああぁぁ!!」

 ぶつかり合った闘気の力強さに耐えきれず、私の義手の右手は粉々になって弾け飛ぶ。
 義手を貫通したポワンの左手は私の頬を捉えた。


 ぺしっ。


 でも、その威力は無いに等しかった。

「かっかっか」

 一瞬舐められたのかと思ったけど、そうじゃない。


「ワシの負けか」


 ポワンは丹田のマナを切らしていた。
 時を戻せず、闘気を纏えないほどに。
 立っているのがやっとの様だ。

 私も【終焉の歌】の効果で痛みが無いとはいえ、立っているのがやっと。 
 左手の指は全て折れ、義手の右手は失った。
 だけど、私がマナを切らすことはない。
 そのことが分かっていたポワンは負けを認めたのだろう。

 理性のない私はボロボロの左手をポワンの肩に置いた。


「存分に楽しめたのじゃ」


 そう笑ったポワンに、私は――。


【消滅】


 魔法を使った。
 一定時間触れた対象を【消滅】させる魔法。
 発動すれば、多分誰にも抗えない最強の魔法だ。


「お主が世界最強じゃ。ヒメナ」


 光と共に消えゆくポワンは、初めて私の名前を呼ぶ。
 最期の最期で名前を呼ぶなんて……ずるいよ。
 
 ポワンがいなければ、私はアリアの元に戻れず冥土隊にも入れなかっただろう。
 今まで何とか闘って生き残ってこれたのも、ポワンとの修行のおかげだ。
 帝国と王国に休戦協定を結ばせることが出来たのも……。

 ポワンが完全に消滅し、理性のないはずの私の目からは、涙が流れ出る。
 私の大切な人達を殺された恨みももちろんあったけど……。

 【終焉の歌】が止み――。


「ありが……とう……」


 正気が戻った私は、恨みがあるはずのポワンに何故かお礼を告げて、気を失った。
 私の名前はヒメナ。
 両親に捨てられた孤児で、物心が付いた頃にはこの孤児院にいたんだ。
 今はこの孤児院の副院長をしている先生の一人だ。
 双子の姉妹のアリアは院長先生。

 私とアリアの年齢は分からないけど、多分十八歳か十九歳くらいなんじゃないかな?
 名前は育ての親のエミリー先生が付けてくれたんだ。

 今、孤児院の食堂では戦争孤児の子供達が喧嘩の真っ最中だった。

「ちょっと、アヴニール!! ノイのパン盗らないでってば!!」

「うっせーんだよ!! 俺も腹減ってんだ!! 盗られる方が悪いんだよ!!」

「いいよぅ……ルーチェ。私お腹空いてないから……喧嘩しないでよぉ」

 ノイのパンを盗ったアヴニールは、ワガママを絵に描いたような性格。
 どこかブレアを彷彿とさせる。

「女で闘気も纏えないお前が俺に勝てると思ってんのかよ!?」

 アヴニールは闘気を纏って、ノイのパンを盗られて怒ったルーチェを両手で押した。
 ルーチェは押された勢いで吹っ飛ばされた。
 そのまま壁に衝突したルーチェは仰向けに倒れたまま、強い衝撃を受けて体を起こせずにいた。

「ルーチェ!!」

 ノイは倒れたルーチェの体を抱きかかえる。
 ……ほぇ? 何かルーチェ、ノイの匂いを嗅いで幸せそうな顔してない?

「はっはー!! これでこのパンは俺の物だぜー!!」

 勝利宣言をするかのように、パンを天に掲げたアヴニール。
 アヴニールがノイのパンを食べようとしたその時――。

「バカちんっ!!」

「だっ!?」

 その場で一部始終を見ていた私は、アヴニールに拳骨をお見舞いした。

「ったく、もー。食べ物は平等に分けなって言ってるでしょ?」

 ポワンとの戦闘でフローラに作ってもらった義手を失った私は、また右手が無くなった。
 左手しかないから、また色々大変になっちゃったけど、何とかそれでも頑張ってる。 

「うわぁぁん!! ごべんなさぁぁい!!」

 私の拳骨でたんこぶを作ったアヴニールからパンを取り返すと、泣きながら走り去る。
 ルーチェとノイはそんなアヴニールを同情しながら、呆然と見送っていた。

 私とルーチェは食べるのが遅いノイが食べ終えるのを待つ中、アヴニールが食堂に来て喧嘩になったため、食堂には私とルーチェとノイの三人だけが残される。

「またノイのご飯、アヴニールに取られちゃったね」

 そう言いながら、私はノイに奪い返したパンを渡した。

「ごめんなさぃ……」

「謝ることないよ、アヴニールがワガママなんだから」

 だけど、私の顔を見て安心したのか、悪くないノイが謝るのを見て悲しくなったのか、ルーチェの目からはポロポロと涙が出てきた。

「じぇんじぇぇぇ!! またアヴニールに負けちゃったよぉぉ!!」

「はいはい、わかったわかった」

 ルーチェはアヴニールにいっつも喧嘩で負けて、遊び道具やご飯を取られる。
 まるで昔の私とブレアみたいな関係だ。

 アヴニールは昔のブレア同様、ただでさえ同年代の中で身体能力が高く、闘気で身体能力を強化できるもんから、年上にも喧嘩じゃ負けない。
 男の子だしね。
 多分、将来騎士くらいにはなれる才能は持ってるんじゃないかな?

「まぁ相手がアヴニールだから仕方ないよ」

 私は、私の漆黒のメイド服に顔を埋めていたルーチェの頭を優しく撫でた。

「成長ってのは人それぞれ違うんだよ。アヴニールだって将来どうなるかわからないし、ルーチェだってきっと強くなれる」

 私が言っていることなんて、よくわかんないよね。
 きっとルーチェは今、アヴニールに勝てるように強くなりたいのに。

「ヒメナ先生みたいに強くなれる?」

「なれるよ。ルーチェが望んで、頑張れば」

 ひとしきり泣いて落ち着いてきたルーチェは、私から離れた。

「……もう大丈夫」

「良い子だね。さ、外で遊んでおいで」

「うんっ!!」

「はい、ヒメナ先生」

 私に促され、ルーチェとノイはその場から駆け出す。

「エミリー先生は凄いや。同じ立場になって初めて分かることもあるんだね」

 私の呟きは二人は聞いてないんだろうな――。


*****


 ここはボースハイト王国。
 隣国のアルプトラウム帝国は軍事国家で、隣国に戦争をしかけては植民地としてた国だ。
 今は私達の父親の炎帝アッシュ・フラムが実質率いていて、平和国家を目指している。
 王国も帝国を刺激することはせず、世の中は平和の道を歩んでいた。

 私達が住む孤児院は、帝国に返還されたアンファングという街から、少し離れた丘にある。

 孤児院から少し離れると、街一面を見渡せるお花畑があって、とっても気持ち良いんだ。
 そこは私とアリアのお気に入りの場所。
 そして、エミリー先生と私達の家族だった皆の墓がある場所だ。

 私とアリアは今日も日課の墓参りに来ていた。

「孤児院の仕事をヒメナにばかり押し付けちゃって、ごめんね。私の分も頑張ってくれて……」

「ううん、アリアは目が見えないから仕方ないよ! ま、私も右手無いんだけどねーっ! あははっ!」

「くすっ、ヒメナはいつも明るいね」

 私達はお墓の前で両手を組んで祈りを捧げる。
 エミリー先生に、ララに、メラニーに、エマに、ベラに、フローラに、ルーナに、ブレアに。

 祈りを終えても、私達の間には静寂が流れた。
 こういう時は、あれに限る。

「ねぇ、アリア歌ってよ」

「いいけど、本当にヒメナは何回も聞いて飽きないね」

「だって私アリアの歌、大好きだもん! アリアも歌うの好きでしょ? ねぇ、歌って!」

「うんっ!」

 私のおねだりに答えてくれたアリアは腹式呼吸で大きく息を吸い、歌い始める。
 とっても綺麗な歌声だ。
 アリアの歌に釣られるかのように、野鳥達が私達の元に集まって来た。

 アリアの歌で心が洗われていく。
 戦争のせいで死んでしまった一人一人の顔を思い出せる。
 嫌な気持ちじゃなくて、大切な思い出として。

 孤児院で副院長をするのは大変だけど、幸せだ。
 皆のお墓があって、子供達がいて、隣にアリアがいて、アリアの綺麗な歌声を聞ける。
 当たり前の平和がそこにある、私はそれだけで十分だ。

 ――アリアが歌い終わると、野鳥たちはアリアにお礼を言うかのように、私達の周りをひとしきり回った後、飛んでいった。

「ほぇ~、幸せ」

 アリアの歌に大満足の私が寝ころぶと、アリアも私に合わせて隣に寝ころぶ。

「お婆ちゃんになってもさ。今みたいに平和に過ごせたらいいね」

 私がアリアの手を取ると、アリアが私の手をつなぎ返してきた。

「ヒメナ、ずっと私の側にいてね」

「うん、アリアも私に愛想つかさないでよ」

 私達は二人で空を見上げながら笑った。

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