白氷で覆われた大広間、そこはまるで芸術かのような景色だった。
そんな芸術を破壊するかのように、私達は闘っている。
「らああぁぁ!!」
「はああぁぁ!!」
闘気と闘気の激しいぶつかり合い。
滑る床や壁を自由に滑る状況を不利と考えた私は、床や壁や柱や天井を跳び回ることで、滑る地形でも何とか闘っていた。
しかし、【瞬歩】はうかつに使えない。
地面が滑り、相手の前で止まることができないからだ。
ブレアによって形成された一面白氷の地形は、当然展開したブレアに分がある。
いつの間にこんな魔技を……凄い厄介だ……!!
「ぅらああぁぁ!!」
自由に床を滑るブレアから渾身の金槌を喰らう。
義手と手甲の両方で防御するも、凍って床が滑るために堪えることができず、壁へと叩きつけられた。
あまりの威力に私は背中から壁へとめり込んでしまう。
「ぎっ……!」
追撃と言わんばかりに、ブレアは全力で闘気を纏って金槌を構えながら滑って来た。
【瞬歩】
私は【瞬歩】を使ってその場から脱し、金槌の攻撃を躱す。
だけど、【瞬歩】で止まった先の床で滑ってしまう。
「ほぇえ……!!」
ツルツル滑って止まらないってばぁ!!
「喰らいやがれ!! 【アイススパイク】!!」
私が床を滑りながら体制を立て直そうとしていると、ブレアがつららを複数打ち飛ばして来た。
つららを上半身の体制を整えつつも、いくつか両手で逸らすも、
「くっ!」
逸らし切れないつららが体に三つ程刺さった。
未だ滑る私は、止まるために両手を地面に付ける。
義手の指先が鉤爪のように鋭いため、何とか止まることが出来た。
「おいおいおい、こんなもんかよ。ヒメナさんよぉ。このままじゃ、エマみたいに死んじまうぜ?」
鼻で笑い、まるで人ごとのように語るブレア。
何でそんな風にいられるの……?
「エマを殺したのは……あんたでしょ!?」
細かいところに気がついて……いつも最後には手を差し伸べてくれる……そんな優しいエマを殺したのは、ブレアじゃない!?
「……あぁ、そうだったな。お節介で鬱陶しかったもんで、つい殺っちまったんだった! ぶははっ!!」
「ブレアァァ!!」
私は怒りから全力で闘気を纏う。
アッシュやカニバルやロランをも上回る闘気。
いくつもの激戦を越えた私の闘気は、以前より力強さを増していた。
「……ぶははっ!! ようやく、全力を出したかよ!!」
そんな私の闘気を見て、何が楽しいのかブレアは大きく笑う。
「そうでなきゃ意味がねぇ!! あたいがエマをぶっ殺して、お前らを裏切った意味がな!!」
ブレアの強さへの執着。
エマを殺して仲間を裏切ったその覚悟が、【氷結】の魔法をより強力なモノに変えたのかもしれない……。
だけどそんな強さ、認める訳にはいかないんだ。
だから私は、ブレアにだけは絶対負けられない!!
「やああぁぁ!!」
「おああぁぁ!!」
私とブレアは次第に感情を剥き出しにし、闘いを激化させていった。
*****
帝都外の荒野では、王国軍と帝国軍が激しくぶつかり続けていた。
鳴り響く金属音と雄叫び、漂う血の匂い、アリアの目が見えていなくとも、その激戦の凄まじさは伝わってきていた。
【狂戦士の歌】
そんな中でもアリアは歌い続ける。
それが自分の出来る唯一無二のことだからだ。
「「「うがああぁぁ!!」」」
狂戦士となった王国兵達は帝国兵を薙ぎ倒していく。
まるで、蟻の群れをスズメやツバメが襲うかのように蹂躙していく。
数で負けようとも、【狂戦士の歌】の効果で個の力にそれほどに差ができていた。
圧倒していく【狂戦士の歌】の効果を受けた王国の戦士達。
しかし突如――。
「噴っ!!」
黒炎が狂戦士達を呑み込む。
炎の熱は皮膚をただれさせ、肉を焼き、骨をも焦がした。
ただ一度の攻撃で、数百人が燃やされる。
「我に続け!! 道を切り開く!!」
狂戦士達を燃やした炎帝アッシュは、グロリアス国王とアリアの元へと向かうため、闘気を纏って王国軍を燃やし続けた。
三角型の魚鱗の陣にて自ら先頭を走り、王国軍の横陣の真ん中を切り裂こうとする。
「歌姫、歌を止めよ」
アリアは歌を歌うのをやめる。
正気を取り戻した兵士達は【狂戦士の歌】の反動はあるものの、まだまだ動ける状態だ。
「鶴翼の陣を敷けぃ!!」
大局的な見地で戦場を見たグロリアス国王は、横陣からVの字型の鶴翼の陣にするよう兵士達に指示を出す。
動ける兵士達はすぐさま動き出し、鶴翼の陣を敷き終えた。
「歌姫、歌え!!」
【狂戦士の歌】
陣を敷き終えた確認をした国王は、すかさずアリアが【狂戦士の歌】を歌わせ、兵士を狂戦士化させる。
「ぐ……ぬっ!!」
陣形を即座に変えられたアッシュ達帝国軍は、狂戦士と化した王国軍に挟撃された。
「小癪な……!!」
帝国兵は続々とその数を減らしていく。
王国軍の倍以上いた数は今やその数を半分の同数程に減らしていた。
「魔技【スピキュール】!!」
黒炎を纏わせたフランベルジュで狂戦士達を両断していく。
いくら一騎当千のアッシュとはいえ、今の状況にかなり追い込まれていた。
それ程までにアリアの【狂戦士の歌】は大局を揺るがす脅威的な魔技なのである。
「やはり、元を叩くしかあるまいな……!!」
アリアをどうにかするしか対抗する術はない。
そう考え、孤軍奮闘踏ん張るアッシュであった。
私とブレアの闘いは長引いていた。
闘気や闘技では私が勝り、地の理と魔技でブレアが勝るため、一進一退の攻防となっている。
「魔技【アイスニードル】!!」
ブレアが金槌で地面を叩き、凍った床から白氷の大きなつららが生えてくる。
「闘技【旋風脚】!!」
そのつららを、私は義手の右手を軸に反転して駒のように回り、両脚で叩き割った。
「魔技【アイススパイク】!!」
続け様に小さいつららを空中に生み出し、金槌で打ち飛ばしてきたため、
「闘技【連弾】!!」
二本指の貫手による連続攻撃で全て破壊した。
「ちぇっ!!」
ブレアにとっては、事前に用意していた有利な地形。
にも関わらず、私が地形に対応しつつあるのが気に入らないのだろう。
大きく舌打ちをする。
「りゃああぁぁ!!」
ダメージを受けない私が気に入らないのか、ブレアは金槌を振りかぶりながら接近して来た。
余程私が嫌いなのか、ギザ歯を剥き出しにして獣のような顔をしている。
私は攻めてきたブレアを見て、軸足とする左足から地面に【衝波】を放った。
氷を破壊し左足を白氷に根付くように埋め、右足を後ろに滑らし半身で構え、固定する。
「ふっ」
ブレアの私を頭から叩き潰すように縦に振ってきた金槌に、左手で触れて【衝波】を放って受け流すと、金槌は私の真横の床を叩きつけた。
「破っ!!」
隙が出来たブレアの側頭部に右足で蹴りを入れる。
「がっ!?」
吹き飛んだブレアが勢いよく壁に体を打ち付けると、壁の氷が崩れてはじけ飛んだ。
「ふぅ……」
中距離戦でダメージを負わせられないなら、ブレアは焦れて寄ってくるだろうって思ってた。
触れられたら凍らせられるリスクはあるけど、近距離戦は私の庭だ。
私に分があるし、滑る床にも慣れてきた。
「ぐぎ……てめぇなんかに……」
壁に埋まったブレアが、壁から抜け出す。
痛いのを我慢して跪きながらも、敵意を剥き出しに私を睨んできた。
「てめぇなんかに……あたいが負けっかよ!!」
ブレアは魔法具の金槌に埋められた魔石にマナを込める。
すると金槌の頭の片側の口が変形し、射出口のようなものが現れた。
「ぅおらああぁぁ!!」
射出口から勢いよく火が噴き出し、その勢いでブレアの体を軸としてコマのように回転しながら滑って来る。
超加速させた金槌を私にぶつける気だろう。
ブレアはバカだ。
大バカだ。
まだ、わかってないんだもん。
「ブレア、あんたは私に勝てないよ」
「あぁ!?」
私達はブレアとは背負っているモノが違う。
私とアリアは、王国の平和と未来を望んで頑張っている。
冥土隊の皆の想いを、背負って。
ブレアはそんな私達とは違う道を選んだんだ。
「自分だけのための力なんて、そんなもんだからよ!!」
私はブレアのとんでもない勢いで振るわれた金槌と、真正面から打ち合うことを選んだ。
ブレアの間違いを証明するために。
全力で闘気を纏い、回転させた四本指の貫手【螺旋手】で。
「らああぁぁ!!」
「破ああぁぁ!!」
私達の闘気が激しくぶつかり合った衝撃で、ブレアの魔技によって覆われた大広間の白氷は砕け散る。
金槌の面と素手の指の点での打ち合い。
通常であれば、どう考えても私の左手の指は全てへし折れるだろう。
だけど、私は負けられない!!
死んだ冥土隊の皆や、アリアのためにも!!
こんな所で負けて、死ぬ訳にはいかないんだ!!
「ああああぁぁ!!」
更に丹田からマナを引き出し、闘気へと変える。
その闘気を指先に集める。
そんなイメージで。
「な、何なんだよ!? てめぇは!! 何でそこまで――」
ブレアがそこまで喋ると、魔法具の金槌にヒビが入り――砕けて飛散した。
「くそがあぁぁ!!」
ブレアは私を凍らせるためか、イタチの最後っ屁のように手を伸ばして触りにくる。
私は義手でマナを込めたブレアの手を弾いた。
「あんたいっぺん、頭冷やしな。自分の魔法でね」
最後の手段をも絶った私は、ブレアの下腹部の丹田へ向けて【発勁】を放つ。
「ぉぶっ……」
丹田のマナを乱されたブレアはその場で倒れ込んだ。
「私だって強さを追い求めてるよ。だけど、あんたの求める強さには絶対負けない自信がある。孤独な強さなんて何の意味もないんだ」
倒れ込んだブレアに私はそう言い放つ。
聞こえたのか聞こえてないのかは、分からないけど。
呼吸をして、大気のマナを吸い込む。
一呼吸入れた後、気合いを入れた。
「よしっ、行かないと!」
倒れたブレアを残して大広間を後にすると、謁見の間にはすぐに着く。
「静かだ……」
ロランと皇帝の闘いは終わってるのかな?
ロランが勝っていれば皇帝は死んでるんだろうけど、もし皇帝が勝っていれば、私が皇帝を討たなきゃいけない。
私は意を決して、閉まっている扉を開ける。
そこでは――。
「やぁ、遅かったね」
ロランが玉座に座り、皇帝は床に伏していた。
「……勝ったの?」
「うん、殺したよ」
皇帝をよく見ると、おでこに穴が開いている。
貫通しているようだ。
頭をレイピアで貫かれたんだろう。
「じゃあ、終わったんだ……」
皇帝が死んだんだ……戦争が終わるってことでいいんだよね……。
皇帝の死を帝国に伝えて、それで終わるはずだよね……。
もう、闘わなくていいんだよね。
アリアを危険に晒さなくて、いいんだよね。
「いや、終わってないよ」
何で?
……そっか、アッシュか。
四帝の最後の一人、アッシュを倒さないといけないんだった。
「僕は帝国の第一皇子トネール・アルプトラウム。皇帝が死んだから、その座をもらい受けたよ」
「……ほぇ?」
「このままじゃ、戦争が終わってしまう。それでは痺れない……だろう?」
何言ってんの……ロラン。
第一皇子ってどういうこと……?
皇帝を殺したから、自分が皇帝になるってこと?
「……つまり、どういうこと?」
「次期皇帝の僕を殺さないと、戦争は終わらないってことだよ。ヒメナちゃん」
ロランはレイピアを抜き、困惑する私に戦闘を仕掛けてきたんだ――。
王国軍と帝国軍の戦争は、激化していた。
王国軍も当然数を減らしてはいるが、帝国軍の数は更に半数、五万程の兵力となっている。
「ぬっ……ぐ!?」
アッシュが自力で多数の王国兵を屠るも、狂戦士の大群に押し潰されてそうになっていた。
思わず睨む。
自ら闘わず、遠くから見下すかのようにこちらを眺めるだけの、グロリアス国王を。
アッシュは思い出した。
コレールの首がなかった死体を。
生まれるはずだった我が子を。
その憎しみが、アッシュに力を与える。
復讐心という負の力を。
「噴ぬらああぁぁ!!」
振り絞ったマナで黒炎を纏い、周囲の王国兵を燃やす。
そして、国王とアリアに向けて闘気を纏って全力で駆けた。
「ぬおおぉぉ!!」
止めようとする狂戦士達を薙ぎ払い、傷をいくら負っても止まらない。
凄まじい速さで国王とアリアの元に辿り着いたアッシュは、護衛兵を一瞬で燃やし尽くし、遂に国王の眼前まで迫った。
黒炎で燃えた剣を振りかぶって、
「グロリアス国王ぉぉ!!」
国王をあっさりと真っ二つに両断し、その体を燃やした。
「今度こそ……殺ったか!?」
そう思ったアッシュの背後には――死んだはずの国王が立っていた。
「念の為、二人で来たのが幸いしたか」
アッシュが背後を向こうとしたその時、
「なっ……にぃ……!?」
アッシュの腹からは剣が生える。
まごう事なき油断による致命傷。
抜かれた剣からは血が噴き出し、アッシュは吐血する。
「油断大敵とはよく言ったものよ。のう、炎帝アッシュ・フラムよ」
「……ごほっ……貴様……一体……!?」
アンゴワス公国と今斬った国王は、影武者だったのか。
それとも、今目の前にいる国王すらも影武者なのか。
アッシュの脳内は混乱の渦の中にいた。
「死にゆく者への手向けだ。教えてやろう」
国王は抜いた剣の血を振り払い、自慢気に笑った。
「余の魔法は【分身】。マナを二分化する代わりに身体を分裂させた体のそのすべてが本体だ。別人となるので、感覚、記憶、その他諸々共有できる訳ではないがな。どれもが本体であり、偽物でもあるのだよ」
「なる程……な……!!」
国王の能力を知り、強力無比な【殺害】の魔法を持つコレールが敗北した訳を知る。
自身が今されたように欺かれ、殺されたのだろう。
「ぬおああぁぁ!!」
もう一度国王を切り裂くアッシュ。
国王を殺しものの、ここにいた国王を全て殺そうが、何の意味もないだろう。
きっとボースハイト王国の王都にも国王はまだいるのだろうから。
「畜生……めが……」
アッシュは刺された傷の深さから、その場に倒れ込む。
「アッシュさん! そこにおられるのですか!?」
「な……んだ……歌……姫……」
アリアは何が起きたかはっきりとは分かっていないが、何となくアッシュが敗北し、深手を負ったことを察した。
そして、国王がいなくなったことも。
アリアは【狂戦士の歌】を歌うのを止め、【快癒の歌】を歌う。
その歌は戦場へと響いた。
死んだ者は癒せないが、両軍の生きている者の怪我は癒えていく。
……そう、アッシュの傷も。
しばらく歌うと、アッシュは致命傷から脱し、重症程度になる。
アリアの【快癒の歌】では全快とまではいかないまでも、傷はみるみる内に塞がっていく。
「どういう……つもりだ?」
王国軍にとっては、どう考えても炎帝アッシュが死んでいた方が都合が良かっただろう。
にも関わらず、アリアは傷を癒し続けた。
アッシュからしたら訳が分からないのは当然だ。
「あなたが、私の父だからです」
「な……に……?」
ある程度傷が癒えて動けるようになったアッシュに、アリアは事実を告げた――。
*****
ロランが襲い掛かって来て戦闘は始まった。
私は何が何だか分からずも、ロランのレイピアでの突きを手甲と義手で受け流し続ける。
「何してんのよ……あんた!? 戦争を終わらせられるのに……何で!?」
「終わったら痺れないって言っただろう? だから終わらせないために、僕が皇帝となって今度は王国を獲りに行くんだ。歌姫をどう攻略するか……考えるだけでも痺れるね」
こいつ……信じられない!!
こんな土壇場で、自分の楽しみのためだけに裏切るなんて!!
「あんたってヤツはぁぁ!!」
私は義手でロランのレイピアを大きく弾く。
そのまま左肩でロランに【衝波】を打ち込もうとするも、半身で躱されて膝蹴りをお腹にもらった。
「かっ……!」
あまりの威力に、思わず悲鳴を上げる。
膝蹴りを喰らった私は、吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
体制を立て直そうとする間に、ロランは【瞬歩】で既にレイピアの間合いに入っており、私の頭に突きを繰り出している。
首で的を逸らし、何とか回避する。
私は苦し紛れに前蹴りを放つも、ロランは円盾でそれを防いだ。
前蹴りの威力で吹き飛んだロランは、床を引きずりながらも体制を整えた。
「やはり君は強い、痺れる程に。だけど、ソリテュードで感じた闘気は今は見る影もない。あれは何かの間違いだったのかな?」
【終焉の歌】で魔人化した私の闘気のことだろう。
【終焉の歌】のことは話していないから、本気を出していないように見えて不可解なんだ。
「それとも……何か条件があるのかな?」
「!!」
本当にロランは勘が鋭い……!
嫌になっちゃうよ!!
「図星だとすれば、今が討ち時だね。拳帝並みのあんな闘気を纏われでもしたら敵いやしない」
今以上の闘気を纏えないと悟ったロランは、自身を更に加速させ、強襲してきた――。
「貴様が……我の娘だと!?」
「はい」
アッシュにとってはあり得ない話。
だが、あり得ないとも言い切れなかった。
アリアには妻であったコレールの面影があったからだ。
「私が知った全てをお話しします」
アリアがソリテュードでルシェルシュから聞いた全てを伝えると、アッシュは激しく動揺し始める。
「コレールの死体から胎児の状態で取り出しただと!?」
「そう死帝は仰ってました」
「……っ……!! まさか――」
突拍子のない話ではあるが、アッシュには思い当たる節があったからだ。
――およそ十四年ほど前。
コレールを殺した命令を下した上に、自らは王国に亡命しようとした剣帝エミリーをアッシュは追跡し、単独で追いつく。
エミリーは馬車に複数人の子供や赤子を乗せていた。
アッシュにとってはそんなことはどうでも良かった。
裏切り者のエミリーと一騎討ちをし、焼き殺せればいいからだ。
だが、アッシュは一騎討ちでエミリーに敗北し、悔しさを募らせただけであった。
しかし、馬車に乗せてた幼い子供。
その子供達こそが、エミリーがルシェルシュから奪い取った、ララ以外の子供達だったのだ。
「あの時いた子供が……お前や冥土隊だと言うのか……!?」
「私は幼くて覚えていませんが……おそらくそうでしょう。そして、エミリー先生は孤児院という名目で私達を隠したのでしょう」
まさか我が子が生きていて、それを自身が知らなかったことに動揺するアッシュ。
「ならば……我は何のために……」
コレールとその身に宿していた子の仇をとる。
アッシュはそのことで自らの復讐心を燃やしていた。
だが、我が子のヒメナとアリアが生きていたことを知り、喪失感と共に少なからず充足感も現れ、妙な気持ちとなる。
自身と自身が愛したコレールの子。
その子供が生きていたのだから無理もない。
「グロリアス国王が……まだ憎くて、殺したいですか?」
「……っ……当然だ!! 奴がコレールを、お前達の母親を殺したのだぞ!?」
「あなたはいつまで過去を見るつもりなのですか?」
「……何?」
「私は過ぎてしまった過去ではなく、戦争を終わらせる未来しか見据えておりません。それがきっとあなた方に殺された人達の願いであるからと信じております」
アリアは背負っていた。
エミリー、ララ、メラニー、エマ、ベラ、フローラ、ルーナ達の想いを。
きっとこう願ったであろうと信じて。
「コレールさんは……私とヒメナのお母さんは、何に変えても復讐して欲しいと願う、そんな人だったのですか?」
「…………」
アッシュはアリアの言葉に考えさせられた。
復讐心のみで走ってきたアッシュが、初めて足を止めたのだ。
「今帝都にいるヒメナは、私の剣です。私の願いを叶えるために、必ず皇帝を討つでしょう。そうなった時はあなたが皇帝に近い位置に立ち、この戦争を終わらせる。そんな道もあるのではないのでしょうか?」
「……我が……帝国を!?」
「あなたしか、なし得ません」
アリアは戦争を終わらせるために、アッシュの復讐心をほぐそうと考えていたのだ。
拳帝は不在、かつヒメナの話を聞く限り利己的な考えを持ち合わせると判断し、自分達の父であり四帝の一人のアッシュが戦争を終わらせる鍵になり得る唯一の存在だと感じたからだ。
説得されたアッシュは迷う。
自身が走ってきた道は間違いではなかったのか。
死んだコレールは何を望むのか。
我が子が平和を望むのに、その夢を自身が復讐心のみで潰していいのか。
「ぐ……ぬぅ……!!」
迷いの中、アッシュが選んだ道は――。
「双方剣を納めて引けぃ!! 国王は死に、歌姫は我が手中にある!! これ以上の闘いは互いに無益ぞ!!」
この場においての帝国軍の勝利。
互いに剣を納めさせ、戦火を広げないことを選択した。
「それで良いのです」
アリアの狙い通り、戦闘は終わる。
戦闘を止めたアッシュは自身がどうすればいいのか分からずも、ヒメナ達を追うためにアリアを抱えて帝都を目指して駆けた――。
*****
電気を帯びたロランの圧倒的速度。
その速度に対応するため、私はロランの体内のマナを見る事に集中していた。
マナが集まる場所から何らかの行動、あるいは攻撃が来るため、超速度のロランの攻撃にも何とか対応出来ている。
「素晴らしい。君の魔法は対応型なのかい?」
自身のスピードに対応できる戦士は稀に見るのだろう。
ロランは感心しながらも、聞いてきた。
「……さぁ、どうだかね!!」
私はロランの問いを煙に巻く。
何か隠している奥の手があると思わせた方が、ロランは闘い辛いはずだ。
だけど……この速さに、いつまでついていけるか分からない。
ロランの動きは本当に速い。
目で追うのはやっとで、マナが見えなきゃ既に殺されてるだろう。
ルシェルシュに感謝したくなんてないけど、感謝せざるを得ない。
私が【終焉の歌】の受信器の能力がなきゃとうの昔に死んでたのだから。
その能力を活かし、ひたすらにロランの攻撃を躱して反撃を入れようとするも、ありえない速度であっさり躱される。
こっちは全神経を集中してるのに、不公平だ。
ロランの魔法は絡め手というより、単純に速度で押してくるので、厄介というよりきつい。
「くっ……ぐっ!!」
防ぎきれず、数度突かれる。
突かれた場所からは血が滲み出した。
救いなのは、動くのに問題がない程度の軽傷だということだ。
ロランの速度はどんどん加速していき、もはや神速とも呼べるその速度は、対応しきれない域にあった。
それでも諦めるわけにはいかない。
ロランを倒さなきゃ、この戦争は終わらせられないんだから。
「ロラアアァァン!!」
私は全力で闘気を纏い、必死にロランの速度に食らいつく。
でも反撃には至らず、ロランは未だ無傷だ。
何とか足を止めないと……でも、どうやって!?
私は高速戦闘の中、必死に考える。
ロランに致命傷を与えるための一手を。
無傷でいようとしたらダメだ。
ロランを止めるには、これしかない。
「ふっ!!」
ロランは私の心臓を射抜くかのように、レイピアで突きを繰り出してくる。
私はその突きを見て――。
「ぎっ!!」
「何!?」
心臓だけは逸らし、その身であえて受けた。
ロランも躱すと踏んでいたのだろう。
その顔は明らかに驚き、動揺していた。
「破ああぁぁ!!」
レイピアを胸で受け左手で掴んだ私は、口から血を流しながらも、義手の右手に闘気を込める。
【闘気砲】
放った闘気砲は城を大きく壊し、貫通して空へと昇る。
普通の人間がまともに受ければ、木っ端微塵だろう。
しかしロランは――。
「ふぅ、危ない危ない」
レイピアから手を離し、私の切り札の【闘気砲】を躱していた。
「流石だね、考えることが突拍子ないや」
「くっ……そ!!」
心臓を避けたとは言え、レイピアは私の胸を貫通している。
致命傷じゃないにしろ、その痛みは血を吐かせるのには充分だった。
「魔技【雷針】」
ロランは指を鳴らし、紫色の電撃を放ってきた。
私は痛む体を無理矢理動かし、それを全力で躱すために跳んだ――が、
「!?」
電撃はまるで私に刺さったままのレイピアに惹かれるかのようについてくる。
私に刺さったレイピアに電撃が直撃すると、私の全身は激痛と共に痺れた。
「ああぁぁ!!」
雷に打たれたかのような痛みに、私は体を丸焦げにし煙をふかしながら床に落ちる。
「ぐ……ぎ……」
私は起き上がろうとするも、痺れで体が動かせずにいた。
歩きながらゆっくり近づいて来たロランは、仰向けで倒れている私の胸に足を置き、胸に刺さったレイピアを強引に引き抜かれる。
「あぅっ……!!」
「さて、もう手はないのかな? 【闘気砲】だけが切り札で、やっぱり魔法は対応型の部類だったのかな?」
私の胸からは血が溢れ出てきた。
床を濡らし、服を赤く染める。
「それなりに痺れたから、満足したよ。だから――」
……分かってたけど、ロランは強い。
アリアがいて【終焉の歌】があれば、勝ち目はあったのに……。
「バイバイ」
くっそおおぉぉ!!
私は目を瞑り、死を待つ。
だけど、その時は一向に訪れない。
余りに時間がたってもその時が訪れないので、ゆっくりと目を開ける。
そこには――。
「殺らせねぇ、ヒメナを殺していいのはあたいだけだかんな」
ブレアがその小さい体で、ロランを羽交い絞めにしていた。
ロランを羽交い締めにし、行動を制限したブレア。
私には、その真意は分からない。
「……どういうつもりだい?」
「今からあたいごとてめぇを凍らせてやらぁ」
「「!?」」
私とロランはブレアの発言に驚く。
自分ごと凍らせるってどういうこと!?
そんなことしたら、ブレアは……!?
「くそ早えロランを逃がさない為にはそれしかねぇ。いいか、ヒメナ。お前はあたいごとその氷を叩き割れ」
「ブレア、あんた敵だったのに……何で!?」
私を助けるマネを……!?
自分の身を犠牲にしてまで!!
「お前に勝つ為だ」
「……ほぇ?」
「お前はロランに負けた。お前に勝ったロランを殺しゃ、あたいはお前より強え。そうだろ?」
ブレアはギザ歯を剥き出しにして笑った。
自分の考えに疑いを持ってないんだろう。
そんな謎理論を証明する為に、命を捨てるの?
あり得ない!!
「やめて、ブレア!! そんなことをしたって――」
「うるせぇ!! どっちにしろロランも気に入らねーんだよ、バーカ!!」
ブレアの身体はどんどん凍っていく。
その氷はロランをも巻き込んでいった。
「ちっ!!」
ロランは全身から電気を発し、ブレアを痛みと痺れで引き剥がそうとするも、ブレアは力を緩めない。
歯を喰いしばって痛みに耐えている。
「これで戦争は帝国の負けだがよ……あたいはお前らに勝ってやったぜ!! 最強なのは、このあたいだ!! ぶははは!!」
ブレアの狂気とも言える行動にロランの顔が焦燥の色へと歪み始める。
こんなロランを見るのは初めてだ。
「この……クソガキがぁぁ!!」
【フローズン】
ロランの叫びと共に、二人は凍りつく。
謁見の間には絶対零度の氷塊が出来上がった。
「……ブレア……何で……?」
私は呆然と、ロランとブレアが固まった氷塊の前に立ち尽くす。
このまま放っておいてはダメなんだろうか……?
氷が溶けるまで待ったら、ブレアは生きてるんじゃないのかな……?
でもそんなことしたら、ブレアにぶん殴られそうだな……。
本当にブレアは、昔からバカなヤツだ。
自己中で、猪突猛進を絵に描いたようなヤツで、後先なんて考えやしない。
私達が平和を願って戦争を終わらせるために闘う中、自分の強さにこだわって私に勝ちたいがために、自分の命を捨ててまでこんなことをするんだから……。
だけど――あんな風に私はなれない。
「負けたよ、ブレア」
私は闘気を纏い、義手の右手で二人を凍らす氷塊を力一杯殴る。
涙を振り払うために、全力で。
氷塊と共にロランとブレアも砕け散った。
まるで命が最期の煌めきを見せるように、周囲一帯を細かい白氷が乱反射させる。
何が正しかったのか、何が間違ってたのか。
何でこんなことになったのかは、分からない。
だけど、今やったことは正しいと信じるしかないんだ。
私は白氷の粒で煌めく景色の中、涙ぐんで天を仰ぐことしかできなかった。
――しばらくするとアッシュとアリアが謁見の間へと入ってきた。
何で二人は一緒なんだろ?
そういえば、アリアと分かれる時に考えがあるって言ってたけど、何か関係しているのかな?
「これは……!? 陛下!!」
アッシュはズィーク皇帝の死体の元に駆け寄り、抱きかかえる。
そんなアッシュを横目に私はアリアの元へと歩み、包むように両手を握った。
「アリア、終わったよ」
「……ヒメナ、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ブレアは……私が殺しちゃったけどさ」
「……そっか」
そのまま私とアリアは互いに情報交換すると、アリアは私を気遣ってか、それ以上は何も語らなかった。
*****
皇帝を討ったとはいえ、現地の国王を失い戦場に残された王国軍は、王都まで引き上げることを選択した。
それを率いたのは歌姫として信頼されるアリア。
そして、私が補佐する形だ。
父親であるアッシュとは、あの後謁見の間で話し合い、停戦協定を結ぶように私とアリアで説得した。
父親だけどエミリー先生を殺した仇でもあったから、説得するのはかなり複雑だったけど、それが最善だと思ったんだ。
アッシュは迷っていたけど、娘である私とアリアの熱心な説得に負け、復讐心を押し殺して王国と休戦協定に望むことに決めた。
皇帝とアッシュ以外の四帝がいない今、アッシュが帝国軍の全権を握っているといっても良い。
次期皇帝は何も分からない皇子の少年がなる可能性が高いから、アッシュの言葉に首を縦に振るだけのイエスマンだろう。
そして、王都へと戻った私達は国王様に戦争の報告をすると、国王様も休戦協定を結ぶことを飲んだ。
皇帝を討ったといっても、帝国にはアッシュとポワンが残っている。
対して王国は騎士団長が全て討たれ、まだ王都も復興しきっていない。
国力を立て直すためには、休戦協定を飲むことが最善の選択だった。
そして一か月後、アンゴワス公国のパーチェ大公に仲介をしてもらい、帝国と王国とで休戦協定が結ばれて、平和が訪れたんだ――。
ここはボースハイト王国。
隣国のアルプトラウム帝国は軍事国家で、少し前までは隣国に戦争をしかけては植民地としていた。
王国も例外ではなく、昔から何度も小競り合いをしていて、この前ようやく大きな戦争が終わって、休戦協定が結ばれたんだ。
私とアリアが住む孤児院は、帝国から返還されたアンファングという街から、少し離れた丘にある。
孤児院から少し離れると、街一面を見渡せるお花畑があったんだけど、戦火の跡で今はもうない。
そこは私とアリアのお気に入りだった場所だ。
「さて、やるかー!!」
王国軍から脱退した私は、周囲一面を耕し、王都で買った花の種を蒔き、水を撒く。
またお花畑を戻すために。
アリアとのお気に入りの場所を取り戻す為に。
「ふぅ……」
沢山の種を蒔き、一息つく。
改めて思う。
壊したり死ぬのなんて一瞬だけど、作ったり生まれたりするのは大変だし、時間がかかるんだ。
「もう、戦争なんて起こさせない。絶対に」
アリアとのお気に入りだった場所に作った、エミリー先生、ララ、メラニー、エマ、ベラ、フローラ、ルーナ、そしてブレアのお墓。
『人ってのは死んじまったら、ただの物になっちまう』
ヴェデレさんはそう言ってたけど、私はそうは思わない。
悔しさや、虚しさ……想いや、願いは私が今も引き継いでるんだから。
生き返ったりすることのない皆のお墓を見て、私は決意したんだ――。
夜――晩御飯を私は鼻歌まじりにご機嫌に作る。
アリアは孤児院の食卓に座って待っていた。
「ふんふーん、ふんふふーん」
「ごめんね、ヒメナ。私、何も出来なくて」
目が見えなくて料理が出来ないアリアは、手伝えなくて私に謝る。
「いいよ、いいよ! 気にしないで!! それに私実は料理好きなんだーっ!!」
「ふふ、楽しみ」
私は王国軍を抜けた今も、漆黒のメイド服を着ている。
これは死んだ皆の意志を継ぎたいし、アリアを守る象徴の服だから。
「はーい、出来たよーっ!!」
「わぁ……何だか、凄く特徴的な匂いだね……」
「修行してた頃は焼くか、煮るかくらいしかしたことなかったから、力入れちゃった! はいっ、あーん!」
私はお皿に入れたシチューを、スプーンで掬いアリアの口元へと運ぶ。
アリアの顔は何故か冷や汗をかき、緊張感に包まれていた。
「もーっ、早く食べてよーっ!」
私は中々食べようとしないアリアの口にスプーンを無理矢理ねじ込む。
「ぅぐっ……!?」
「どう? 美味しい?」
「このシチュー……ぅ……」
アリアは何か感想を言おうとしてくれたのかはわかんないけど、変な呻き声を上げながら椅子から卒倒した。
「ほぇ!? アリアどうしたの!? 喉に詰まらせたの!?」
アリアは泡を吹いて痙攣している。
まるで、毒を盛られたかのようだ。
「アリアァァ!?」
どうやら、私のシチューが猛毒だったみたい。
そういえば味見してなかったや。
てへっ。
私は倒れたアリアをベッドに寝かせた。
昔エミリー先生が使っていた部屋で、戻って来ていの一番に掃除した場所の一つだ。
「ごめんね、アリア。大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。でも、今度から味見はしようね」
「おっかしいな~、手間かけたのにさ~」
「ヒメナはメイド服着てても、メイドには向いてないのかもね」
「ほぇ〜……酷いよぉ」
へこむ私の声を聞いて、アリアは楽しそうに笑った。
戦争が終わってからアリアは本当に幸せそうだ。
死んだ皆のことを想いつつも、私と前を向いて生きると決めたんだろう。
帝国やアッシュには復讐心もないみたい。
「それじゃ、寝よっか。私が料理失敗しちゃったから、お腹ぺこぺこだけど」
「昔のこと思い出すね」
「アリア、いっつもブレアにご飯取られてたもんね」
「それでいつもヒメナが取り返そうとしてくれてた」
「喧嘩にはいっつも負けてたけどねー」
エミリー先生が寝ていた大きなベッドで横になりながら、二人で談笑をする。
昔は布団に二人でくるまってエミリー先生にバレないように、コソコソ話してたなぁ。
今はコソコソする必要は無いけどね。
「……すぅ……」
「…………」
昔から一緒に寝るといつも私が先に寝ているけど、この日だけは違った。
アリアが寝息をたて、私の意識はハッキリしている。
アリアを起こさないように、ベッドから出て掛け布団をアリアに掛けた。
そして、ルグレから受け継いだ手甲を左腕に装備し、身支度を済ませる。
「じゃあね、アリア」
私がここを去った後、王国兵にアリアを保護してもらうように頼んでいる。
最後にアリアと二人で楽しいひと時を過ごせた。
何の憂いもない。
寝ているアリアと束の間の平穏に別れを告げ、最期の清算を済ませるためにアフェクシーへ旅立つことを決めたんだ。
そう、拳帝ポワン・ファウストを殺すために――。
意を決して部屋を出ようとした時、
「どこに行くの? ヒメナ」
寝ているはずのアリアに声をかけられた。
「私を置いてどこに行く気なの?」
部屋を出て行こうとした私はアリアに問い詰められる。
アリアは自分を置いてこうとした私を怒ってるようにも見えた。
「ほぇ? どこって……えーと……」
やっば……見つかっちゃった。
私はアフェクシーにアリアを連れて行く気はない。
一人で行って、一人で決着をつけるつもりだったのに……どうしよう。
日を改めようかな……?
「拳帝ポワンの所でしょ。違う?」
「!! 何で分かったの!?」
「ヒメナのことだから、責任を感じて一人で決着をつけに行くんじゃないかと思った」
「…………」
さっきの寝息は寝たふりだったんだ。
全部見透かされてた。
「ヒメナ、私も連れて行って」
「でも、これは……私の闘いなの」
ポワンと闘おうと決めたことは、ほとんど私怨に近い。
私に関わる人達を殺したポワンが許せないし、このまま放っておけばまた私の周りで何をしでかすか分からないからだ。
ポワンが何で私に固執するのかは分からないけど……。
そんな闘いにアリアを巻き込むわけにはいかないよ。
「ヒメナ、私の手を握って」
「ほぇ?」
私は左手を差し出して、アリアの手を握る。
「ヒメナ、ずっと私の側にいてね」
私達が何年も前、戦争に巻き込まれる前にした約束――アリアはそれを死地に向かおうとする私に投げかけてくる。
「……ずるいよ、アリア」
「黙って出てこうとしたヒメナよりはずるくないよ」
そう言って、アリアは笑った。
アリアには敵わないや。
今も昔もずっと。
私より私のことを分かってる。
「アリアも私に愛想つかさないでよ」
こうして私達は、二人でアフェクシーで待つポワンの元に向かうことに決めた。
*****
それからの旅は長くも楽しいものだった。
二人で歩いて、時には馬車に乗せてもらって、アリアの体に無理をさせないように、ゆっくりと進む。
私が背負って、闘気を纏って走るなんてことはしない。
途中の町で困っている人を助けたり、魔物を退治したり、美味しい物を食べたり、観光をしたり、これから生死を賭けた闘いをするとは思えないような旅をしていた。
ポワンは基本的には時間に疎い。
自分が長く生きてるからだって本人は言ってた。
今回は時間の指定とかもなかったから、別にゆっくりでも良いんだ。
そうして、ニか月程かけて私達はアフェクシーに辿り着いた。
「ここがアフェクシー……? 誰もいないね」
「私が修行を終える一年前に滅んじゃった村だから」
そう、私とルグレが守れなかった村。
私達の甘さで滅んだ村だ。
「拳帝ポワンは?」
「きっと……あそこだよ」
私は【探魔】を使う。
やっぱりポワンは予想通りの場所にいた。
「行こう、アリア」
私とルグレとヴェデレさんで作ったアフェクシーの人達の慰霊碑。
ポワンはその上に雑に座っていた。
まるで、慰霊碑はただの粗雑な椅子かのように。
「来たか、小娘」
「……待った?」
「何百年も生きるワシにとっては、さしたる時ではないのじゃ」
ポワンは慰霊碑から飛び降りる。
「して、お主がここに来たということは戦争は王国が勝ったのかの?」
「どっちも勝ってないよ。休戦協定が結ばれたの」
「ぬ? 皇帝のズィークは何をしておる?」
「皇帝は死んだよ。今帝国を仕切ってるのはアッシュだもん」
ポワンは疑問を抱いたのか、頭の上にクエスチョンマークを出す。
「ぬぬ? 炎帝が休戦協定を飲んだだと? 解せん話じゃ。ヤツは王国に少なからず私怨を持っていたはず」
「ポワンが知る必要はないよ」
私は戦闘をしかけるために、闘気を纏った。
「だって、ここで死ぬんだから」
「甘さを捨てた良い目じゃ。多少なり苦労した甲斐があったの。じゃが――」
ポワンも呼応するかのように闘気を纏う。
「それしきの闘気でワシをどうにか出来ると思ってか?」
とてつもない闘気。
私達が建てた慰霊碑も吹き飛びそうな程の勢いで、周囲の木々は倒れる。
アリアも吹き飛ばされそうになり、私が支えた。
「こ……こんな人にヒメナは一人で闘おうとしてたの……?」
「そうだよ。ポワンが冥土隊の皆を殺した。それに、ポワンは拳帝だ」
抱いた肩から震えが伝わってくる、
アリアは怯えきっていた。
異形のエミリー先生を超える闘気……それにまだ、おそらく全力じゃない。
「さよう。ワシを殺さぬ限り戦争は終わらぬかもしれぬな。腑抜けた炎帝を殺し、帝国と王国を再び戦争させることだって出来んこともないぞ」
戦争をまたする……!?
冗談じゃないよ、そんなの!!
せっかく平和が訪れたのに……!!
ポワンは人差し指を立てて、チョイチョイっと手招きをしてきた。
「来い。遊んでやるのじゃ」
「倒すよ、世界最強!!」
私はポワンの挑発に乗り、手招きに誘われてるかのようにポワンに突っ込んだ――。
ポワンに突っ込んだ私は、ポワンと激しく打ち合う。
だけど打ち合いというより、思わず修行をしてた時の組み手を連想してしまう。
それ程までにいなされ、いなしやすい攻撃をされていた。
まるで、鍛錬のように。
「右腕は義手か。良かったのう、弱点が一つ無くなって」
「おかげ様……でね!!」
「ほっと」
義手による貫手の突きもあっさりと躱され、距離を取られる。
「何で……何で、私のことを知っている人を皆殺したの?」
「そうでもしなければ、お主はワシと殺り合わなかったじゃろ?」
「……何でそんなに私と殺し合いがしたいの?」
ポワンは私と殺し合いを望んでいる。
だけど、ポワンにそこまで恨まれることは思い当たらない。
だからずっと腑に落ちないでいた。
「お主は未だ冗談と捉えておるかもしれんが、ワシは自身の魔法で数百年生きておる。帝国が生まれる数十年前に生まれた人間じゃ。言わば不老不死に近いのじゃ」
ポワンははるか昔を思い出すかのように空を眺める。
「戦友じゃった初代皇帝が死す時、一方的に約束されてしまっての。『発展する帝国を見続けてくれ』とな。ま、あやつとの約束はどうでも良かったんじゃが、他に行くアテも特になかったからの。四帝として帝国に居続ける理由にはなったのじゃが、長く生き過ぎたわい」
そして、私を見据えた。
「老衰で死ぬことも出来んことはないんじゃがの。どうせ死ぬなら武人としては本気の殺し合いで死ぬことこそ誉れ。ただそれだけをずっと思っていたのじゃ」
何よ……何よそれ……。
そんなエゴのために皆を……私の大切な人達を殺したの……?
「……私がポワンを殺せる程の力を持ってるって?」
「そうであってると願っているのは事実――」
ポワンは腕を組み、
「じゃが、叶わんようじゃな」
再度私を挑発した。
【瞬歩】
怒りから思わず挑発に乗ってしまった私は、【瞬歩】で懐に入る。
だけど、ポワンは腕を組んで微動だにしない。
私の攻撃を真っ向から受ける気だろう。
舐められてるんだ。
「破ああぁぁ!!」
私は全力で闘気を纏い、闘技を放った。
【旋風脚】
威力を上げる為、体と共に回転させた蹴りの二連撃。
腕を組んだポワンの顎に二発とも命中する。
【連弾】
両手の二本指による連続する貫手の突き。
ポワンの急所は的確に突けたはずだ。
【発勁】
ポワンの下腹部に掌底を打つ。
それと同時にポワンの丹田に私の闘気を流し込んだ。
いける……!!
私だってポワンと闘える!!
「【螺旋手】!!」
回転させた四本指の貫手による突き――金属も豆腐のように貫く必殺技だ。
それをポワンの心臓に向けて放った。
師匠であるポワンを超え、殺す。
そう決意表明するかのように。
だけど――。
私の【螺旋手】を放った左腕は、ポワンに片手でいとも簡単に受け止められた。
あれだけ闘技を使ったにも関わらず、ポワンは無傷だ。
何で……!?
闘気の差があるから、外傷はないのはまだ分かるけど……【発勁】すら効いてない!?
「何故闘技が効いてないか、不思議そうじゃの。教えてやろう、小娘」
ポワンは私の左手から手を離す。
私は慌ててポワンから距離をとった。
「圧倒的な闘気の差、まずはこれが決定的に違うのじゃ。外傷を与えられん程にな。【発勁】が効かんかったのは、大海に油を一滴注いだ所で何の害もなかろう? それ程までにワシのマナ量は多い」
つまりポワンが言いたいのは、それほどまでにポワンと私には力量差があるということだ。
闘気の力強さも、丹田に籠っているマナ量も、圧倒的に違うんだ……。
いつの間にか【瞬歩】で近付いていたポワンは、私の胸に手を置き――。
「!?」
【衝波】を放った。
ポワンの【衝波】で私は吹き飛ぶ。
【衝波】は体制を崩すための技。
でもポワンに限ってはあまりの闘気の強さから、相手が風に舞う木の葉のように吹き飛んでしまうんだ。
「が!?」
岩壁にぶつかり、身体を埋めて勢いを止める私。
岩壁を突き抜けなかったのはポワンが闘気の強さを調整したからだろう。
周囲には岩の破片が飛び、砂煙が上がった。
そんな中、目の前に【瞬歩】で近づいてきたポワンが現れる。
「ほっと」
拳の壁が見えた。
そう思った時には、ポワンの拳による連撃を受けていた。
闘技でも何でもない。
ただの拳のラッシュ。
だけど、一発一発がとんでもない威力だ。
それに躱せる速さじゃない。
「ぎぎぎ……!!」
私は腕を盾のようにし、耐えることしか出来なかった。
どんどんと体は岩壁に埋まっていく。
「ほっ」
渾身の右ストレートを顔面に受けた私は岩壁を貫通し、次の岩壁へとぶつかる。
気付けばポワンが目の前にいて、蹴りを放っていた。
危ない……!!
鼻血を垂らしながらも何とかその蹴りを躱すと、蹴りは後ろの岩壁に当たり、崩壊させる。
私はすぐさま【瞬歩】を連続で使い、アリアの元へと戻った。
「ヒメナ……大丈夫!?」
アリアの問いに答える余裕はない。
マナの動きで蹴りを予測してなきゃ死んでた……。
ポワンはやっぱり異次元だ。
まだ全力じゃないのに、こんな力なんだから。
どうするか考えていると、ポワンは一回の【瞬歩】で私達の元に現れる。
「ふむ。そこそこ鍛えてるようじゃが、それが本気か? 他の四帝よりかは上といった所かの」
「……くっ……!!」
「さっさと【終焉の歌】とやらを使うのじゃ。ヴェデレから聞いておる」
「「!!」」
ポワンは知ってたんだ……【終焉の歌】のこと……。
だから私がポワンを殺せる可能性があるって思ったんだ。
「奥の手を隠しておける相手かの、小娘。じゃとしたらワシも舐められたモノなのじゃ。ワシは世界最強ぞ」
「……分かってるわよ」
【終焉の歌】を使えば、私の理性は持ってかれるし、反動でしばらく動けなくなる。
迂闊には使いたくない。
それに何より、ポワンのエゴなんかに付き合うのが気に入らない……!!
「アリア……お願い……」
「ヒメナ……」
だけど、ポワンを倒さないとポワンのエゴなんて理由で殺された皆が浮かばれない……戦争もまた起こるかもしれない……。
「やってやろうじゃない!!」
こうなったら、とことん付き合ってやる!!
ポワンを殺すつもりで私はここに来たんだから!!
「アリアお願い……【終焉の歌】を歌って!!」
「……っ……でも……」
アリアは私が頼んでも躊躇っていた。
以前私が理性を失い、アリアも歌うのを途中で止めることが出来なかったから無理もないことだろう。
でも、アリアに歌ってもらわないと私はポワンに勝てない。
「私は覚悟を決めている!! アリアもお願い!! 私達は一蓮托生でしょ!?」
「……分かったわ。その代わり、必ず勝って」
「……当たり前よ」
アリアは納得してくれたのか大きく息を吸い込み、【終焉の歌】を歌い始める。
終焉を告げるような、儚くもどこか悲しい歌。
何一つ希望のない、絶望の歌。
ドクン。
来た――。
ドクン。
今度は飲まれない。
ドクン。
理性を持ってかれるな。
ドクン。
皆の仇をとるんだ。
ドクン。
私がポワンを殺さないといけないんだ。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
あんな悲劇の連鎖を……戦争をもう二度と起こしちゃいけない。
何が正しくて、何が間違いなのかは分からないけど――きっと戦争はもう起こしちゃいけないから。
――ドクンッ!!
「わああああぁぁぁぁ!!」
私は絶叫した。
まるで獣が雄叫びを上げるかのように。
真紅の目の、魔人と化すために。
理性が吹き飛びそうになるも、二回目のおかげか何とか耐えることが出来た。
私のマナ量は数倍となり、闘気はポワンにも匹敵……いや現段階では超えている。
「ほぉ……」
魔人化した私を見て、ポワンは素直に感心していた。
ポワンも魔物は数多く見たことがあっても、魔人を見るのは初めてなんだろう。
「い……く……よああぁぁ!!」
半ば吹き飛びそうな理性を何とか手繰り寄せ、私はポワンに襲い掛かる。
ポワンも私の闘気を見て、流石に構えをとった。
とてつもなく力強い闘気を纏いながら、放つ連続攻撃。
自分でもはっきり実感できる。
さっきとは桁違いのスピードとパワーだ。
「……ぬ!!」
これには流石のポワンも受けに回った。
同程度以上の闘気を纏ったモノと闘うのは今回が初めてなんだろう。
「がああぁぁ!!」
私の右足での蹴りが防御しきれなかったポワンに、まともに当たる。
「ぬぅっ……!!」
ポワンの左腕からは、ボキボキッと骨が折れる嫌な音が響き渡り、そのまま吹っ飛ばした。
ポワンは百メートルほど宙を飛んでいく。
私は【瞬歩】を使って吹き飛んだポワンを先回りし、右手の義手によるストレートを放った。
「こふっ……!」
ポワンの背部に直撃し、再びポワンを遠くに殴り飛ばした。
そしてまた【瞬歩】で先回りし、追撃する。
幾度もそれを繰り返して、最後は両手を組んで空中から地面へと叩きつけた。
地中に埋まり、動かなくなったポワンに私は――。
「ぐ……ら……ええぇぇ!!」
【闘気砲】を放った。
超級闘気砲を超える【闘気砲】。
太い光線は地面に直撃し、爆発を生む。
砂塵を巻き上げ、地面に大穴を開けた。
【闘気砲】の直撃を受けたポワンの姿は、見る影もない。
勝ったんだ……私……。
あのポワンに……世界最強に……。
そう思った矢先――。
「【探魔】を使わんとは、迂闊じゃの」
まだ空中にいた私の目の前に、【瞬歩】を使ったポワンが現れた。
折れたはずの左腕は元に戻っており、まったくの無傷となっていた。
嘘……!?
何で無傷なの!?
私が疑問を抱いたその瞬間、空中から蹴り落とされる。
強烈な勢いに地面へと叩きつけられた私。
【終焉の歌】時にダメージを負ったのは初めてだけど、どうやら痛覚はないようだ。
闘うために不要だからかもしれない。
目の前にポワンが着地する。
やっぱり無傷だ。
確実に左腕は折ったはずなのに……。
「不思議か? ワシの魔法は【時間】。マナを消費し、自身の体内の時間を操ることが出来るのじゃ。怪我する前に時間を戻しただけなのじゃ」
ポワンが数百年生きてるのも、もしかしてその魔法のおかげ……!?
モルテさんの【不死】に近い魔法ってこと……?
「ワシのマナを尽きさせるか、あるいは一撃で殺すしかないのう」
ポワンは全力で闘気を纏う。
私の闘気と同等……いや、それ以上だ。
「戦闘で魔法を使うのは百年振りくらいかの。使わせたことは褒めてやるが、お主にワシが殺せるかの?」
私も全力で闘気を纏う。
ポワンと同等で闘気は拮抗していた。
「が……づ……!!」
勝つ……負けられない!!
再びポワンと私は衝突し、闘いは激化していった――。