学校近くの本屋さんの中に、ドーナツ屋さんが入っている。休日はファミリー層で混雑するが、平日の放課後、ちょうど今のような部活終わりの時間は色とりどりの部活ジャージを着た高校生が勉強と称したおしゃべりタイムを過ごしている。
私はチョコがかかったオールドファッションとカフェオレ、赤木くんはミートパイとブラックコーヒーを頼んで化学基礎の解答用紙を広げる。
「若森さん、早いね。もう埋まったの?」
「うん。授業はわかるし、テストは時間がなかっただけだから。」
私はオールドファッションを3分の1くらい食べ、赤木くんはミートパイをぺろりと平らげたところだ。「早い」というけれど、赤木くんだって全く習っていないのにもう半分埋まっているのはすごいと思う。食べている時間がなければ赤木くんの方が早いくらいかもしれない。
「テストはなんで時間がなかったの?」
「ちょっと、先生には理解してもらえなかったんだけど、名前が書けなくて…。書くのに時間がかかるっていうか…。」
「名前? なにかあったの?」
「うん…。」
私は高体連で起きたこと、それから名前を見たり聞いたりすると、恐怖がよみがえってしまうこと。今困っていることを包み隠さず話してしまった。
「若森さんって、もしかして名前に色が見えてる?」
「うん。私は青緑。赤木くんは赤紫。赤木くんは?」
「残念だけど、僕には見えてないんだ。ほとんどの人は見えてないと思うよ。でも、聞いたことはある。それ、多分『共感覚』ってやつだよ。」
「きょうかんかく???」
思わず飲みかけていたカフェオレを口から遠ざけてしまった。「色文字」が見えているのは私だけかもしれない。少なくとも赤木くんには見えていない。なのに赤木くんはこの現象の名前を知っている。
「私、ずっとみんな見えているものだと思っていたの。」
「前にドラマでみたことがあるんだ。100人に一人とか、だったかな?」
「100人ってことは、学年にもう一人くらい居るのかな?」
「うん、それが僕。」
「えええ!!!」
赤木くんも共感覚というものがあるらしい。赤木くんの場合は数字とアルファベットに色がついて見える文字もあるらしい。
「だから、数学とか英語とか、記号にアルファベットが多い理科系も得意になってたんだよね。」
「どうして『私が共感覚かも?』って思ったの?」
「だって、ずいぶんたくさん色使ってノート取ってたじゃん。」
「よく見てるね。」
「どの授業も今日だけ聞いててもよくわかんないからね。そんなことしか観察できなかったんだよ。」
そんなふうに告白する赤木くんの左手は、ブラックコーヒーがよく映える白いマグカップに添えられている。
「返ってきたテストがチラッと見えても、ほとんど丸だったからさ、きっと勉強ができる人なんだろうなって思ってたよ。」
「そんなところまで見られてたの?」
「ごめん、いつものクセで、気になると目で追っちゃうんだよね。勝手にのぞいてごめん。」
赤木くんは照れ隠しの笑みを隠すようにブラックコーヒーを流し込んでいる。
「で、どうするの?」
「え? どうするって…。」
「このまま名前が怖いまま生きていくつもり? 名前が書けないだけで本当の点数を捨てていくつもり?」
「捨てるって…。それも含めて私の実力かなって。」
「そんなの実力じゃないよ。」
淡々と落ち着いた口調で赤木くんは言う。
「そんなの実力じゃない。だいたい、素敵な名前が恐怖の対象であっていいわけないだろ? 僕と一緒に、その怖い記憶を塗り替えていかない?」
私はチョコがかかったオールドファッションとカフェオレ、赤木くんはミートパイとブラックコーヒーを頼んで化学基礎の解答用紙を広げる。
「若森さん、早いね。もう埋まったの?」
「うん。授業はわかるし、テストは時間がなかっただけだから。」
私はオールドファッションを3分の1くらい食べ、赤木くんはミートパイをぺろりと平らげたところだ。「早い」というけれど、赤木くんだって全く習っていないのにもう半分埋まっているのはすごいと思う。食べている時間がなければ赤木くんの方が早いくらいかもしれない。
「テストはなんで時間がなかったの?」
「ちょっと、先生には理解してもらえなかったんだけど、名前が書けなくて…。書くのに時間がかかるっていうか…。」
「名前? なにかあったの?」
「うん…。」
私は高体連で起きたこと、それから名前を見たり聞いたりすると、恐怖がよみがえってしまうこと。今困っていることを包み隠さず話してしまった。
「若森さんって、もしかして名前に色が見えてる?」
「うん。私は青緑。赤木くんは赤紫。赤木くんは?」
「残念だけど、僕には見えてないんだ。ほとんどの人は見えてないと思うよ。でも、聞いたことはある。それ、多分『共感覚』ってやつだよ。」
「きょうかんかく???」
思わず飲みかけていたカフェオレを口から遠ざけてしまった。「色文字」が見えているのは私だけかもしれない。少なくとも赤木くんには見えていない。なのに赤木くんはこの現象の名前を知っている。
「私、ずっとみんな見えているものだと思っていたの。」
「前にドラマでみたことがあるんだ。100人に一人とか、だったかな?」
「100人ってことは、学年にもう一人くらい居るのかな?」
「うん、それが僕。」
「えええ!!!」
赤木くんも共感覚というものがあるらしい。赤木くんの場合は数字とアルファベットに色がついて見える文字もあるらしい。
「だから、数学とか英語とか、記号にアルファベットが多い理科系も得意になってたんだよね。」
「どうして『私が共感覚かも?』って思ったの?」
「だって、ずいぶんたくさん色使ってノート取ってたじゃん。」
「よく見てるね。」
「どの授業も今日だけ聞いててもよくわかんないからね。そんなことしか観察できなかったんだよ。」
そんなふうに告白する赤木くんの左手は、ブラックコーヒーがよく映える白いマグカップに添えられている。
「返ってきたテストがチラッと見えても、ほとんど丸だったからさ、きっと勉強ができる人なんだろうなって思ってたよ。」
「そんなところまで見られてたの?」
「ごめん、いつものクセで、気になると目で追っちゃうんだよね。勝手にのぞいてごめん。」
赤木くんは照れ隠しの笑みを隠すようにブラックコーヒーを流し込んでいる。
「で、どうするの?」
「え? どうするって…。」
「このまま名前が怖いまま生きていくつもり? 名前が書けないだけで本当の点数を捨てていくつもり?」
「捨てるって…。それも含めて私の実力かなって。」
「そんなの実力じゃないよ。」
淡々と落ち着いた口調で赤木くんは言う。
「そんなの実力じゃない。だいたい、素敵な名前が恐怖の対象であっていいわけないだろ? 僕と一緒に、その怖い記憶を塗り替えていかない?」