白鬼の封印師 二

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広い座敷はシンと静まり返る。
煌びやかな装飾で飾られた内装。
それとは逆に置かれた物はミニモノマリストのように少なく、人の気配を感じさせない。宮廷の中でも比較的奥側へと設置されたこの場所で、布団の中、横たわる人物が一人。落ちくぼんだ目、衰弱の体、眼窩の拡大に側頭部の凹み。鼻を形成する鼻骨や上顎骨の突起が浮き出た酷いやつれ顔で静かに眠る。

「父上、失礼致します」

不意に簾の向こう側からは声がかかると、男は閉じていた目を開いて「入れ」と一声合図する。姿を見せたのは一人の若い青年だった。西洋風の軍服に身を包み、肩にかかる長く黒い艶のある綺麗な髪を垂れ流して枕元まで歩み寄れば静かに腰を下ろす。

「変わりはないか?」
「はい。全ては滞りなく進んでおります」
「そうか…いよいよか」

男はそれを聞くと優越感にまみれた。
この脆く衰えた体で最期を見届けられないのだけは実に不本意だが、積年の恨みを晴らすチャンスがついにやって来たのだ。

「近く五摂家ならびに御三家の会合が行われます。今回の件で代替わりが響いておられますが…まあ今後にさほどの支障は見られますまい」
「忌まわしき凶の呪いめ。実に難儀なものよ。だが遂に時はきたのだ。国のためにも失敗は許されん。見誤るでないぞ?国はお前のものだ」
「承知いたしました」

青年は美しい顔には似合わない、貼り付けの笑みを浮かべた。

「陛下、宜しいでしょうか?」

すると再び外からは声がかかる。

「来たか、入れ」

その声で閉ざされていた襖奥の扉が静かに開かれた。

「帝国の太陽に御挨拶申し上げます。(かずら)家より、藤壱都(いちと)が参りました」

襖越しに確認できる、金髪の髪に袴姿の青年。
彼はその場に着座すると男に向かって一礼した。

「ほう…藤の宮で養子を迎い入れた噂は聞いておったが。なるほど…こうして見るのは初めてのことだな。…して、今回の近状はいかがなものか?」
「契約に基づき、術家が犯した罪は非常に重罪であります。登録されていない娘の差遣、無悪不造の人体実験。八雲家、ならびに久野家での処遇は本日をもちまして無事終了致しました」
「ご苦労。本来ならばあのような事例(・・)、決して起こすようなことはあってはならん。そう考えればあの日、判断を見誤ったのは他ならぬワシであって、それ故の失態だ」

ギョロリと眼球を動かせば男は襖に目を向ける。
まだ若い。
実子ともさほど歳は変わらない。
穏やかな笑みを浮かべスラスラ流暢に話す表情からは恐怖や萎縮する影すら感じない。
目の前にいるこの男こそ、今後の時代を左右する上で強力な駒となるのは間違いない。
自身の中に流れる血。
この呪いを解くカギとなる基盤。
血を途絶えるわけにはいかない。
この意志を絶やすことだけはあってはならない。
果たしてどれほど使えたものか。

「壱都、例の神獣は見つかったのか?」

二人の意向を見守っていた青年が間に入れば問いただす。

「苦労した甲斐あってか。漸くその居場所を突き止めることに成功しました。これで四柱の心配はいらないかと」
「そうか。あれは術家の人間とて扱えん。現に東の宮では邪気の侵入が深刻となったのだ。お前達しか頼めない極めて重要な代物。丁重に扱え」

あの四柱は国の構成維持に極めて重要な役目を担う。
宮中に邪気を侵入させないよう、神獣の作用を崩すことがあってはならない。

「…壱都といったか」

男は布団から体を起こせば襖越に目を向ける。

「貴殿はこの国にとって極めて貴重な駒だ。その能力を国の為に生かし世代に引き継ぐ為にも。優秀な母体が必要じゃて。どうだ、そちさえ良ければ帝家からそれ相応の娘を差し出すが」

まかさ父上自らがそんなことを仰るとは、、、
本来なら相手に対して無関心。
実の息子にすら関心を示さなかった人だ。
打算的に損得を見極め、物事の謀を謀ってきた人間が誰かに気を配るなど…よほど壱都が気に入ったということか。彼が青年を見れば、向こうは変わらぬ笑みでニコニコと笑っていた。

「お気遣い誠にありがとうございます。ですが…」
「なんだ、言ってみろ」

滑らかな口調が突如として口ごもる。
壱都は若干困ったような笑みをすれば静かに首を振った。

「実は今回、鬼頭家に見誤り差遣された例の娘なのですが。彼女は藤宮の才を引いておいでです」