まだ足が二本あった頃、人魚姫の話は〝契約違反をしたら落とし前をつけなければいけない〟という教訓話だと思っていた。
 王子に一目ぼれした彼女は人間になるために、以下の契約を海の魔女と結ぶのだ。

 〈前金、自分の美しい声。購入物品、両の足。代金は王子が人魚姫に向ける真実の愛。お支払いが困難な場合、借金返済のかわりにお命を頂戴致します〉

 冷静に考えればこの時点で契約は破綻しているのだが、お人好しな人魚姫は気づかない。

 案の定、彼女は前金が原因で告白すらできず(声がないのにどうやって愛を伝えるつもりだったのか。イルカのように超音波でもだす気だったとか?)、王子は他国の姫と結婚することに。
 契約を果たせなかった彼女は借金のカタに命を取られる羽目になる。

 しかしここで救いの手が現れる。
 人魚姫を憐れに思った姉たちが自分の髪を前金にして、〝人魚姫が王子を殺してその命をかわりに支払えば、彼女の借金をチャラにする〟という新規契約を結んできてくれたのだ。

 だがお人好しな人魚姫はこれも不履行。
 結果、人魚姫は落とし前をつけるために泡となって消えたのでした。
 ちゃんちゃん、おしまい。

「あんた、幼稚園児のくせにひねくれてるねぇ」とは姉の言だ。

「そうかなあ。物を買ったらお金を払うのはあたりまえだと思うけど。せっかくお代をまけてくれたのに、それすら払うのを嫌がる人魚姫が悪い」
「あのねぇ、あれはそういう話じゃなくて」

 と、そこまで言って大きなため息をついた。
 ずっと窓枠に頬杖をついて病室の外ばかりを見ているのでどんな顔をしているのかわからない。
 こっちを向いてくれない理由はわかっているのでそのままにしておく。
 ベッドに寝ている自分より姉のほうがよほど顔色が悪い。

「なんだか正反対だね、あんたはさ」

 ぐす、と鼻をすする声に交じってそう言って、姉は口をつぐんでしまった。
 正反対の意味を数秒考え、布団の下にある二本の足を見おろしてああそうかと納得する。

 そのときふと、自分は人魚姫の生まれ変わりなのだと理解した。
 まだ人魚姫の借金返済は続いていて、声も奪われたままだから言いたいこともろくすっぽ言えないまま。
 利息を支払うために、マリは今日、与えられた足のうちの一本を返品しなければならないのだ。