俺は階段を駆け上がる。
なんか……やたら兵士がいるのだが、既に30人以上倒しているような気がする。
まさかと思うが、サクラが何かやっているんじゃないだろうな。
銃撃が止んだので、兵士はほぼ壊滅したと思う。
念のため死角も確認してみたが、隠れている者が見当たらないのでサクラと合流することにした。
サクラがいる会議室のドアを開けると、ゴディと10人程の兵士が待ち構えていた。
サクラは俺の顔を見るとゆっくり立ち上がり、目の前の机をゴディに向かって蹴り飛ばした。
「紗倉……貴様!」
ゴディが真っ赤な顔で怒鳴る。
「あんた達みたいなバカどもに従う訳ないじゃん。捕虜は全て救出したし、あんた達はここで全滅するんだよ。ざまあみやがれ、バーカバーカ!」
サクラ、相変わらず口が悪いな……。
というか、子供か?
「ぐぬぬ、こいつらを皆殺しにしろ!」
ゴディがそう命令した瞬間、サクラの姿が消えて親衛隊員2人が宙を舞っていた。
俺も親衛隊員1人を仕留める。
それを見たゴディはこちらに何かを放り投げた。
サクラは瞬間的に背中を向けたが、俺はうっかりその軌跡を目で追ってしまった。
だが、それは閃光玉だった。
俺は目が見えなくなり、無防備な姿を晒すことになってしまったのだ。
ゴディはその隙を逃さず、俺に向かって銃を向けた。
「カトー!」
サクラの声と銃声が同時に聞こえた……。
俺の体は無事だ……。
だが、俺の体に何かが被さっていることに気付く。甘くいい匂い……サクラだ。
「サクラ!サクラ!」
「カトー……油断するんじゃねえよ……大丈夫だ、まだなんとか体は動く……。気配だ……気配を感じて戦うんだ。お前ならやれるはずだ……」
サクラの重さが感じられなくなると同時に打撃音が聞こえてくる。
サクラが戦っている……。
俺はサクラに言われた通り、気配を読んで銃を撃つ。手応えは分からない……。
打撃音とサクラの叫び声がまだ聞こえる。サクラは無事なのだろう。
少しずつ視力が回復してくる。
ぼんりやりとサクラがゴディと戦っている姿が見える。
他の親衛隊員は全て倒されているようだ。
サクラ……血まみれじゃないか……。
特に頭から大量に出血しており、その出血で恐らく目が見えていない。目をつぶったままで戦っているのだ。
俺は慌てて援護射撃をするが、ゴディには当たらない……。
やがて、ゴディの蹴りがサクラの頭部に直撃する。
サクラの細い体が宙を舞い、俺の目の前にゴロリと転がった。
「くそう、お前らは一体何者だ。特にこの女……頭を撃ち抜いたはずなのに何故戦えるんだ……」
「サクラああああ!」
俺は激しい怒りを感じていた。
ゴディに飛びかかり、何度も蹴りを叩き込む。
ゴディはサクラとの死闘で負傷しており、疲労もピークに達していたようだ。
次第に俺の攻撃が当たるようになり、ついにトドメを刺すことができた。
「ボス!敵を全滅させましたが、サクラが頭部を撃ち抜かれる重傷を負いました。今から転送するのでナカマツを準備させてくれ!」
俺はサクラを転送させた。
一緒に帰還したかったが、俺にはまだやるべき仕事が残っている。エディとともにこの戦艦を破壊することだ。
――
カトーの報告を聞き、私とナカマツは転送されてきたサクラの元へ駆けつけた。
サクラは全身血まみれで、誰が見ても重傷と分かる状態だった。
「これはマズイ……心肺が停止しています。すぐに蘇生処置を開始しますが、ハカセ君は治療装置の準備をしてください」
私は治療装置の電源を入れ、治療液の注入を開始した。
ナカマツは蘇生装置を使用しながら、頭部の傷を確認している。
銃弾が頭部を貫通していたため、銃弾を取り除く必要がないようだ。
傷を軽く縫い合わせると、治療装置に蘇生装置ごとサクラを繋いだ。
「サクラは大丈夫だよね……?」
私は泣きそうになるのを堪えながら、ナカマツに尋ねる。
ナカマツは黙ったままサクラの容態を確認し、静かに首を振った。
「蘇生装置で心臓マッサージを行っていますが、まだ心拍が戻りません……出血量も多すぎますし、頭部のダメージも極めて大きいです……」
「そんな……ナカマツ!なんとかして!サクラも目を覚まして!私を美人にしてくれるんでしょ!約束を……守ってよ……」
泣き崩れる私の頭をナカマツがそっと撫でてくれる。
そういえば、私が泣いているとき、いつだってサクラが頭を撫でてくれたんだ……。変わり者だけど優しいお姉ちゃん……それがサクラだった。
ボス、カトー、エディの3人が駆けつけてきた。
どうやら全ての目標が達成されたらしい。
「サクラの状態はどうだ?」
ボスがナカマツに尋ねる。
「見ての通り、まだ心肺停止状態です……この状態ではまず助からないですが、サクラ君の回復力や生命力なら奇跡が起こるかもしれません。できることはやりましたので……あとは祈るだけです」
「俺のせいだ……俺が油断したばかりに、サクラをこんな目に……サクラは俺を庇って撃たれたんだ。サクラが庇ってくれなければ俺がこうなっていたんだ……」
「カトー、自分を責めてはいかんよ。責任は全て私が負うと言ったはずだ」
「サクラ……あいつ凄いんだよ……頭を撃ち抜かれたのに、敵の兵士を何人も倒した上にゴディと互角の戦いをしたんだ……。そんな凄いやつがこんなところで死ぬもんか!」
だが、サクラの心音は聞こえてこない。
私達はただ黙ってサクラが帰ってくることを祈り続けていた。
今日は快晴で、心地良い潮風が吹いている。
あの戦いから8年が経過した。
俺は今、海辺の小さな教会に立っている。
この教会は小高い丘になっているので、最高の景色が楽しめると人気になっているらしい。
俺の隣にはかつて少女だった……ハカセがいる。
不老不死は完全に治療され、肉体年齢も20歳を超えた。
相変わらず細身だが、身長も俺とほぼ同じ高さまで伸びた。
あどけなさが残っていた顔はすっかり大人の女性のものとなり、むしろ絶世の美女といえるほどだ。
今日はいつもの白衣姿ではなく、純白の美しいドレスに身を包んでいる。
そう……今日は俺達の結婚式だ。
まだ時間があるし、列席者を確認してみようと思う。
現在5人いるようだ。
最前列に座っているのはカトー氏だ。
今は『加藤祥太朗』と名乗っており、あの戦いを最後に兵士としては活動していない。
現在は格闘技のジムを経営している。
不老不死は完全に治療しており、俺と一緒に遊び回ってはハカセに睨まれている。
その後に座っているのはナカマツ氏とエディ氏だ。
ナカマツ氏は『中松英世』と名乗っている。コードネームに有名な細菌学者の名前を付けたらしい。
医者は引退しているが、時々俺たちの健康診断をやってくれる。
不老不死の治療は行っていないが、それは俺達の結婚式を見るまでは死ねないという思いからだったようだ。
エディ氏は『黒井虎太』と名乗っている。命名の理由はよく分からない。
不老不死は完全に治療しており、方向音痴を克服するために全国を旅しているらしい。
ここまで辿り着けたことから、多少は克服できているのかもしれない。
最後尾というか、入り口の側にはボス氏が座っている。
現在は『田中和夫』という日本全国にすごくいそうな名前を名乗っており、貧困家庭を救うための活動をしている。
不老不死の治療を始めるのは遅かったが、最近になって治療を完全に終了したようだ。
治療の結果……残念ながら、髪の毛は全滅している。
ボス氏の隣には、車椅子の女性がいる。
この女性、なんとボス氏の再婚相手なのだ。
名は『冴子』さんと言って、とても明るく優しい女性だ。
冴子さんは2人の子供を持つシングルマザーだったので、再婚と同時にボス氏は2児の父となった。
ボス氏が治療を始めたのは、彼女との出会いによる影響が大きいのだそうだ。
冴子さんは俺達が宇宙人だということを知っており、受け入れてくれている稀有な人物である。
最後に俺とハカセについても話しておこう。
ハカセは『一ノ瀬博美』と名乗っており、日本の学校に通っていたが、飛び級で今年から教授となった。
彼女が物理学者となったことで、地球の科学力は大幅に向上するに違いない。
3年前に俺達は正式に婚約し、この日を迎えることができた。
不老不死の治療は我々の中では一番早く完了している。
俺、イチローは現在『佐藤一郎』を名乗っている。
ハカセ……いや、博美の助手として大学で一緒に物理の研究をしている。
不老不死の治療は5年間の約束で停止していたが、少し延長して今年から少しずつ再開している。
8年前に3発の銃弾を受けて重傷となったが、完全に回復している。
皆の顔を見ていると、共同生活をしていた頃が懐かしく思える。
思い返してみると、バカなことばかりやっていたような気がする。
8年前の戦いとその後についても振り返ってみようと思う。
カトー氏とエディ氏が戦艦の機関室に大量の爆弾を仕掛け、爆破に成功した。
地球からも爆発がハッキリと確認できる状況だったので、一体何が起きたのかと議論が続いたようだが【ノクトリア】からの連絡が途絶えたこともあり、事故で勝手に自滅したと結論付けられたようだ。
捕虜になっていた方々は俺達の船で保護した後、全員の記憶を消して地球に転送した。
記憶を消す方法は……かつて、コーラ工場の責任者の記憶をハカセが消した際に使った機械だ。
あの機械をまさか再び使う日が来るとは思わなかったよ。
その後、俺達は日本人として生きるために新たな名前を考えることにした。
今まで使っていたコードネームは目的を達成したことにより、お役御免となった。
まあ、今でもあだ名として使っているんだけど。
名前を決めたあとにやったことは……大きな声では言えないのだが戸籍の偽造だ。
全員が海外育ちの日本人という設定で戸籍を偽造した。
そのあたりの方法はよく分からないのだが、ハカセがなにやら(多分ハッキング)上手いことやったようだ。
当面の生活費も必要だということで資金も用意した。
地球には仮想通貨なるものがあったのだが、強力なコンピュータを使うとお金儲けができるんだとか。
元々、宇宙船のコンピュータを使って荒稼ぎしていたものがあったので、それを7人で均等に配分した。
1人あたり、大体10億円くらいだ。
そんな感じで各自バラバラに自立した生活を送るようになり、完全に日本の社会に溶け込んで生活している。
――
昔のことを色々思い出していると、教会の鐘が鳴り、神父さんがやってきた。
「佐藤さん、一ノ瀬さん、そろそろ始めましょうか」
神父さんが笑顔でそう告げたとき、教会のドアが勢いよく開いた。
「ごめ~ん、遅くなっちった……。バスに間違えて乗っちゃってさ~、仕方ないから全力で走ってきたぜ」
その姿を見て博美が抱きつく。
「おいおい、泣き虫は相変わらずだな……せっかくの化粧が台無しになっちまうぞ」
「だって、だって……来ないかと思った……」
「かわいい妹の結婚式をずっと楽しみにしていたんだぜ。行くに決まってるじゃん。結婚おめでとう!」
そう、この人を忘れてはいけない。もちろんサクラ氏だ。
サクラ氏は現在『紗倉絵麻』を名乗っている。あの戦いの際、適当に名乗った名前(コードネーム+本名)が気に入ってそのまま使っているとのこと。
あの戦いで心肺停止になる重傷を負うが、奇跡的に一命を取り留めた。
女優を目指していたが、大食いであることや言動の支離滅裂さが受けて、今はバラエティタレントとして活躍している。
そういえば、この間バラエティ番組で『朗らかクソ女』とかいう絶妙なあだ名を付けられて話題になっていたな。
カトー氏とは付き合ったり、別れたりを何度も繰り返しており、確か今は……別れ中だったはず……。
ビール大好きの酒豪なので、当然のことながら不老不死の治療は完了している。
――
結婚式が始まった。
新婦入場のバージンロードはボス氏が父親代わりを務めることに。
ボス氏の娘さんは博美と同じ歳だったこともあり、感極まって途中から号泣していた。
サクラ氏はそれを見て『悪人顔のくせに』とからかったが、冴子さんに睨まれてさすがのサクラ氏も静かになった。
指輪の交換をして、俺は彼女にキスをした。
そして、俺達は大好きな仲間に祝福されて夫婦となった。
教会を出ると青い海が広がっている光景が飛び込んできた。
新たな門出に相応しい、美しい景色に酔いしれる。
今日は快晴で、心地良い潮風が吹いている。
こんな日はやっぱりコーラに限るぜ!
「え?何でそうなるのよ……」
ハカセが呆れ顔で呟いた。
はじけろ!コーラ星人 完。
『はじけろ!コーラ星人』を書き始めて3ヶ月ほどでしょうか。
ようやく完結させることができました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
まだ最後まで読んでいない方は、ネタバレを含みますのでまずは全部読んでいただけると嬉しいです。
この作品を書くにあたって、一番苦労したところは7人が会議でバラバラに喋るシーンです。
文章だけで誰の発言なのかを分からないといけないので、話し方だけで特定できるようにする必要があります。
バトル漫画でピンチになると誰かが助けに来てくれて『ここからは俺に任せろ、お前は先に行け!』みたいなシーンを見たことがある方も多いと思います。
私は以前から、戦力の分散になるので良くない戦い方だと思ってはいるのですが、漫画であっても複数人を同時に動かすのは難しいことなのでしょう。
なので、戦力を分散させてでも作者的には1対1で戦わせたいんだろうなと推測しておりました。
私はワールドトリガーという漫画が好きなのですが、この漫画は集団戦闘が基本というありそうで無かった作品です。
この作品の良さはキャラクターの性格が戦い方によく現れているので、強いほうが勝つという画一的な戦いにならず、弱い方でも勝つケースがあるという点でしょうか。
また、複数人で入り乱れた戦闘になる場合、読み手が展開を予想するのが難しいため、次回が楽しみで仕方ないという気分にもなります。
漫画の場合は顔で書き分けられるからいいですが、小説となると……これは大変です。
そういった苦労の末に、『エディが映画の吹き替えみたいな話し方をする』という手法を思いつくことになりました。
その後、サクラの乱暴な言葉づかい、イチローが『氏』を付けて呼ぶ、ハカセの幼い言葉づかい、ナカマツの丁寧で礼儀正しい態度に繋がっていきました。
そんな感じでキャラクターが決まっていくと、状況に応じて各キャラクターがどう動くのだろうかというのが見えてきます。
ハカセが逆プロポーズしたり、サクラがカトーを庇ったりというのは当初の予定にはなく、書いているうちにそうなってしまったという感じなんです。
自分自身では案外上手く書けたんじゃないかと思いつつも、キャラクター達に振り回されて書かされたような感じでもあり、もっと表現力を磨きたいなと反省しております。
当初の予定通りだったのは、特効薬の正体です。
作品名にもありますから、もちろん一番最初に決めた設定です。
理由は私が炭酸好きだからです。理由なんて案外そんなものです。
さて、これで彼らの旅を終わりとなるのですが、私は彼らをもっと見ていたいなという気持ちもあります。
そこで、地球人となった彼らの生活についても、おまけの話を用意しました。
これを書いている時点では3話分ですが、もしかしたら不定期で追加するかもしれません。
私とイチローは焼肉店【ハラミ王国】に来ている。
この店はサクラのお気に入りで、出演しているバラエティ番組でも発言していたため知名度が急上昇しているのだそう。
壁をよく見たら……サクラのサイン色紙が飾られているじゃない。
サクラ、ほんとに有名人になっちゃったね。
「おい~っす」
サクラがやってきて、私達の席に着いた。
今日はサクラと私達の3人で焼肉を食べようという約束をしている。
「待たせちゃってスマンね。今日は撮影が押しちゃってさ……こっちは一刻も早くハラミを食べたいってのに。空気読めっつうの」
「サクラ、最近人気だよね。出る番組は全部チェックしてるんだよ」
「お、それは嬉しいね。まあアレだ……変な番組ばかりで困ってるんだけどね」
「『朗らかクソ女』……(笑)」
注:『朗らかクソ女』とは、バラエティ番組でサクラに付けられたあだ名です。本人は気に入っていない模様。
「イチロー、次にそのあだ名を出したら殺すからな」
「え~、私まだ未亡人とか困るんだけど」
「ハカセさん……、俺が死ぬ前提で会話するの、止めてもらっていいですか」
「そんなことよりもさ、とっとと注文しようぜ。私はビールとハラミな」
「俺はとりあえずカルビとコーラで」
この2人と注文は聞かなくても分かる。
偏食はいつまで経っても変わらないみたいだ。
「私はビビンバとりんごジュースね」
「最近はどの店舗もタッチパネルなので注文しやすくていいよね~」
そんなことを言いながら、軽快に注文をしていくサクラ。
ハラミの数量が10となっていたのはお約束だ。
先にドリンクが来たので乾杯をすることに。
「ハカセとイチローの結婚にカンパーイ!」
「かんぱーい。って、そういう趣旨だったの?」
「ま、私はハラミさえ食べられれば趣旨は何でもいいんだけどさ、たまにはハカセの顔を見たくなるわけですよ。う~ん、かわいい!」
そういって、サクラは私の頭を撫で回す。
いつまでも子供扱いしないでほしいんだけど、サクラにされるとちょっとだけ嬉しい。
「そういえば、さっき撮影って言ってたけど、何を撮ってきたの?」
「それがさあ……よりにもよって、カトーの道場へ行くことになったんだ。『人気超美人女優、格闘技にガチ挑戦』みたいな企画でさ……」
注:後日放送された際には『毒舌女優、格闘技にガチ挑戦』に変わっていました。
「おお、それは是非見たい……と一瞬思ったけど、よく考えたら毎日見てた光景だよな。あんな感じなの?」
「スタッフは私が強いなんて知らないからさ。プロフィールに少しだけ道場に通ってたって書いてあるのを見て、1日体験入門させた後にガチ勝負させて私が泣くところでも撮りたかったんじゃないかと思うんだ」
「俺たちにしてみれば、カトー氏の道場にサクラ氏が1日体験入門するってだけで面白すぎるよな。カトー氏やりずらいだろうな……」
「そうなんだよね。あいつもさ、私だと聞かされていなかったから撮影を受け入れたらしいんだよね。私を見たあいつの顔ときたら……最高のリアクションだったぜ」
「気の毒すぎるな……。毎日ボコボコにされていた元カノが1日体験入門してくるとか、ちょっとした罰ゲームだろ……」
「しかも、台本があってさ。私が完全に素人みたいな設定のセリフがあるのよ『正拳突きはこんな感じですか?』『もっと腰を落として!』みたいな感じでね」
「うわあ……カトー氏の困った顔が想像できちゃうな」
「あいつさ、何度もセリフ噛んじゃってさ……今日遅れたのはそのせいなんだよ!」
「それでガチ勝負はどうなったの?」
「久しぶりに本気を出しちゃったよ。毎日訓練室でやってたときみたいにさ、裸足で走り回ってたら楽しくなっちゃってね……。いくつか必殺技を繰り出したらスタッフがドン引きしちゃってざわついたんだけど、結局これはこれでいいかってなったんだ」
「どっちが勝ったの?」
「引き分けだよ。さすがに素人設定の女優を本気で殴る訳にはいかないから、あいつも手を抜いてたんだよね。私はずいぶんと弱くなったからさ、ハンデでも貰わないとあいつにはもう勝てないんだよな……。だが、いつかまた勝つつもりだぜ」
「ちょっとコーラを飲みすぎちゃったのでトイレ行ってくる」
イチローがトイレに向かったので、ここには私とサクラだけだ。
よし、色々聞いてみるか。
「なんかずいぶん前にも、似たようなことがあったね」
「あったね~。あの時はハカセが急に恋バナを始めたんだよな」
「私はサクラとカトーはお似合いだと思ってたからね。今も若干思ってるけどね」
「私はさ、カトーにはあまり興味がなかったんだよ。今だから言うけどさ、病気になる前は婚約者がいたんだよ」
「え?そうなの……。どんな人だった?」
「優しくて誠実な人だったよ。私が病気になったとき、婚約解消をしようとしたんだけど、それでもずっと一緒にいたいって言ってくれてさ……毎日見舞いにも来てくれて……いつも自分よりも私を優先してくれてた。だからなかなか忘れられなくてね」
「素敵な人ね……」
「カトーとは正反対だぞ。カトーはさ、メイドカフェの女の子に夢中で私のことなんて全然見てないんだよ」
「それが毎回うまくいかない理由なの?」
「そうだよ。私が毎回それで怒ってるのにメイドカフェに行くのをやめようとしないんだ……」
「分かるなあ……。私もイチローにメイドカフェ禁止を言い渡してるしね」
「でもさ、今日の撮影で久しぶりにガチ勝負したら楽しくてさ……また付き合うことにした」
「えっ、そうなの?」
サクラの言動は未だに理解できないことが多い。
そこが魅力だと思うんだけどね。
「ただいま~」
絶妙なタイミングでイチローが戻ってきた。
「なんかチラっと聞こえたんだけど、またカトー氏と付き合うことになったの?」
「まあね。カトーはバカだけど、一緒に戦ってるとすごく楽しいんだよね。嫌なことを全部忘れられるし、テンション上がるんだよ」
「えっと、付き合うのは何回目だっけ?」
「4……いや5回目だったかな。それにハカセを見てたら、色々と考えも変わってきたんだよ」
「え?私?」
「カトーと同じレベルのバカと結婚して、幸せそうにしてるじゃん。私は自分より強い男じゃないと結婚したくないとか言ってたけどさ、そういうのはどうでもよくなったかなって」
「イチローはバカかもしれないけど、優しいよ」
「ハカセさん、バカを肯定するのはやめてくださいね。あと、サクラ氏は俺をよくバカにするけどさ、サクラ氏だって大差ないんじゃないかと思うんだ」
「ほんとそうだよな、ハラミバカだしな。イチローはコーラバカだから同類だな。カトーはメイドバカだ」
そう言ってサクラは大笑いした。
「カトー氏は確かにメイド好きだけどさ、一番尊敬しているのは間違いなくサクラ氏なんだよな」
「そうよ。サクラが撃たれて大変だったとき、『あいつは凄いやつなんだ。だから死なない』みたいなことを言ってたわね。あ、これ言っちゃダメだったやつかしら……」
「サクラ氏とカトー氏は週に1度は本気組手をしたらいいと思うよ。今度は上手くいくといいね」
「ありがとう。今度は上手くやるように努力するよ」
ピリリ……サクラの携帯が鳴る。
「噂をすれば、カトーだ。あ、私行ってもいいかな……」
「うん、もちろんよ。いってらっしゃい。喧嘩しちゃダメよ」
私達はサクラが乙女の顔で嬉しそうに店を出ていくのを見送った。
「なあ、ハカセ……」
「な~に?」
「今日の飲食代ってさ、サクラ氏の奢りじゃないの?俺、財布持ってきてないんだけど……ハカセは持ってる?」
「えっ?」
「えっ?」
私達は青ざめた顔でお互いを見た。
テーブルにはハラミを大量に食べた伝票が置かれていた。
「お~久しぶりだなあ、懐かしい」
俺たちが宇宙船を離れて地球に降りてから5年ほど経とうとしていた。
地球に降りてからも度々宇宙船に戻る人もいたが、俺とハカセは3年前に結婚してからは、一度も戻ることが無かった。
今日はボス氏の発案で宇宙船に全員集合することとなった。
でも、今回は10人で集まっている。
俺とハカセには双子の子が生まれ、現在2歳となっている。
ボス氏も地球人の冴子さんと結婚したので、俺たちの子と冴子さんも新たに参加することとなった。
「それにしても綺麗なまま残っているね~」
ハカセが嬉しそうな顔で自分の部屋を確認している。
俺と違ってハカセはきれい好きなので、汚れていないか気になっていたようだ。
この宇宙船はハカセの案で汚れない仕組みを導入しており、掃除をしなくても清潔な状態が保たれるようになっているのだ。
宇宙船の動力は太陽光で賄えるので誰もいない状態でも最低限の稼働はしている。
「ねえ、パパ~。あっちで遊んできていい?」
会議室には大きなモニタがあるのだが、昔持ち込んだゲーム機が繋がれているのを見つけたらしい。
子供は二卵性で、姉の一花と弟の博太郎という。
俺とハカセの名前をそれぞれ付けたのだが、一花は真面目で勉強好き、博太郎は奇想天外と名前と性格が逆になってしまった。
「いいけど、あまりあちこち触るなよ」
大人同士で色々話したいこともあるし、子供だけで遊んでいてくれるのは助かる。
「ところで、皆にお願いがあるんだが……あの治療機を使わせて欲しいんだ」
畏まったようにボス氏が話を切り出した。
隣の冴子さんも落ち着かない様子なので、彼女が関係していることは予想ができた。
「あの機械じゃハゲは治らないわよ」
サクラ氏がいつもの調子でからかうが、ボス氏はサクラ氏を見向きもせずに続ける。
くだらない冗談に付き合っている暇はないという感じだ。
「私ではなく、冴子の足を治してやりたい。冴子は15年前、交通事故に巻き込まれて元夫と下半身の自由を失った。私はもう一度彼女を歩けるようにしてあげたいんだ」
「良いのではないでしょうか。冴子さんもボスの妻なのですから、もう仲間のようなものですよ。それに、あの治療機が地球人にも効果があるのか私も気になりますし」
ボス氏をフォローするようにナカマツ氏が賛成する。
特に反対意見は出ないようだ。
「では反対意見も無いようなので早速始めましょう。冴子さん、まずは医務室で検査しましょうか」
そう言ってナカマツ氏はボス氏と冴子さんを医務室に連れて行った。
3人がいなくなると、なんだか空気が重いような……。
そう、サクラ氏とカトー氏だ。こいつら、また喧嘩してるのか……。
「カトー氏、もしかしてまた喧嘩してるの?」
「ああ」
カトー氏はそう呟いて、サクラ氏から目を背ける。
この2人、本当に手がかかるなあ……。
「サクラ、ちょっとこっちきて!」
ハカセがサクラ氏の腕を強引に引っ張って、ハカセの部屋に連れて行った。
俺もカトー氏とちょっと話そうかな。
「今度は何が原因なの?」
「サクラがメイドカフェに行くなとうるさいので、行くのを止めたんだ。ならばということで、最近はアイドルの推し活をしているんだが、どうもそれも気に入らないらしい……」
あれ?カトー氏ってこんなアホだったけ?
「カトー氏、メイドカフェなのかアイドルなのかの問題じゃないんだよ。サクラ氏は自分だけを見て欲しいんじゃないかな」
「サクラだって見てるよ。見ていて飽きないやつだからな」
「いや、飽きないとかじゃなくてさ、ちゃんと好きだと声に出して言ってる?」
「特に言ってないな。長い付き合いなんだから言わなくても分かるだろ」
あ、ダメだこの人……。
戦闘以外は本当にポンコツすぎる。
「分かるかもしれないけどさ、女性はハッキリ言って欲しいものらしいんだよ。俺もいつも言わされてる……」
「イチローも苦労してるんだな……ハカセの尻に完全に敷かれてるもんな」
そんな感じでカトー氏のダメな所を指摘していたら、サクラ氏がハカセに連れられて戻ってきた。
ハカセに背中を押されて、カトー氏の前に立たされたサクラ氏。
「なあ、カトー。私達、今まで散々喧嘩してきたけどさ、これで終わりにしようぜ。これから私とガチ勝負しないか。負けた方は勝った方の言うことを何でも聞くということでどうだ?」
「何でも?」
「ああ、何でもだ。私が負けたとして、死ねと言われたら死んでやるぞ」
「いいぜ。俺も負けたら何でも聞いてやる」
カトー氏とサクラ氏は真剣な顔で睨み合い、訓練室へ向かう。
かつてはサクラ氏が圧倒的に強かったものの、2人とも現在は不老不死ではない。
3年前に戦った際にはカトー氏が逆転していたようだが、現在はどうなんだろうか。
訓練室に着くと、サクラ氏はいつものように裸足となり、柔軟を始めた。
「じゃあそろそろ始めようか」
俺が開始の合図をすると、2人は激しい攻撃を繰り出した。
瞬きをするのも惜しいと思える、素晴らしい戦いが目の前で行われている。
序盤は一進一退の展開だったが、次第にサクラ氏が押し始める。
押され始めたカトー氏の顔に焦りの色が見える。
慌てて大技を繰り出すが、サクラ氏は涼しい顔でそれを躱し、今度は隙だらけの腹に強力な一撃を入れた。
「それまで!」
サクラ氏の勝ちだった。
ありえないという顔のカトー氏に近づき、サクラ氏が低い声で言う。
「私の勝ちだな。もちろん何でも聞くんだよな?」
「もちろんだ。約束だからな……」
「じゃあ、お前は冴子さんの治療の手伝いをしろよ。さっきナカマツから聞いたんだけど、冴子さんは怪我から時間が経っていることもあって一週間ほど掛かるんだそうだ。お前はつきっきりで冴子さんのサポートをするんだ」
「それだけ?」
「それだけだが、問題あるのか?死ねとでも言った方が良かったか?」
「いや、もちろん問題はない。約束だから従うよ」
「私達は一週間にまた来るから、誤魔化さずにちゃんとやるんだぞ。じゃあな、私は仕事があるからもう帰る」
そう言って、サクラ氏は帰っていった。
あとでハカセに聞いたのだが、サクラ氏はカトー氏に再び勝てるように猛特訓をしていたらしい。
不老不死では無くなり、本来の強さまで戻ってしまったサクラ氏だったが、努力で再びカトー氏を超えてしまったということなのだろう。
サクラ氏の勝ちに対する執着心には本当に頭が下がる。
――
俺はサクラとの約束通り、冴子さんのサポートを行っている。
ボスも一旦自宅に戻ったので、しばらくは3人で宇宙船に残ることとなる。
メインの治療はナカマツが行っているが、それ以外の雑務は俺が全て行っている。
サクラが何故この仕事を俺にさせているのかは分からないが、勝負に負けたのだから仕方ない。
「カトーさん、今日もよろしくね」
「冴子さん、調子はどう?」
「それがね、少しだけ足が動くようになってきたのよ。今まではこんなこと一度も無かったのよ……あなた達、本当に凄いわね。宇宙船の中でこんな凄い治療を受けられるなんて、まるで夢のようだわ」
「この治療機はイチローが考え、ハカセが設計して、エディが組み立て、ナカマツが運用しているんです。俺はあまり役に立ってないですよ」
「そうかしら、随分前の異星人襲撃で敵の将軍を倒してくれた英雄なんでしょ。サクラさんがそう言ってたわよ」
「え?サクラがそんなことを……。確かに俺が倒しましたが、実際のところはサクラがいなければ負けていました」
「あなたが活躍したのは事実なんだから、もっと自信を持った方がいいわよ。それを鼻にかけるのはよくないけど、それだけのことをしたと思うわよ」
「ボスもあの時の話をするんですか?」
「一度だけ話してくれたことがあったわね。皆の頑張りでなんとか目標を達成できたこと、サクラさんとイチローさんを重傷にしてしまったこと、それでも後悔はしていないことなどね」
「そうか、ボスはすごい重圧があったはずなのに、強い人だな」
「あの人ね、顔は怖いけども本当に人をよく見ているのよ。そして優しさが深いの。きっと辛い思いを色々してきたけど、それが糧になる人なんでしょうね」
「あの……人をよく見るって、どういうことなんでしょうか?」
「そうね、上手く言えないけども相手の心に寄り添うことかしら。自分を相手の立場に置き換えてみて、どう感じるか……考えてみることね。想像力の世界でもあるので間違うこともあるかもしれないけど、大事な事は正しい答えを導くことじゃなくて、相手に寄り添うという行動そのものだと思うわね」
「なるほど、俺は今まで一度もそんなことをしたことなかったかも……。実は俺……」
俺はサクラと喧嘩が絶えないこと、サクラに戦闘でも負けてしまったことなど、心に引っかかっていることを全て吐き出すように冴子さんに話した。
冴子さんは頷きながら真剣に聞いてくれた。
「それは大変だったわね。あなたのような英雄でも、人並みの悩みがあるなんて驚きましたよ。私の予想だけどサクラさんは凄く勘のいい人じゃないかしら」
「そうですね、やたらと勘が良くていつも先回りされてました。隠し事をするとすぐバレますし」
「サクラさんもよく相手を見ている人ですからね。あの人、主人のことをハゲだとか悪人顔だとか言うので頭に来るときがあるんですが、本当は仲間思いで優しい性格ですよね。恐らくですけど、自分はカトーさんの事を見ているのにカトーさんは自分の事を全然見てくれていないと思っているかもしれませんよ」
「あ、それはよく言われてましたね。俺も見ていたつもりでしたが、ただジロジロ見ていただけだったんですね」
俺は今更ながら、自分の過ちに気が付いた。
そういえば、イチローもハカセに寄り添ってるもんな……。
あいつ、案外凄い奴なのかもしれないな。
「冴子さん、色々教えてくれてありがとうございます。俺、サクラとやり直せるように頑張ってみます!」
「いえいえ、こちらこそ。英雄さんと話ができて楽しいわ。サクラさんと上手くいくといいわね」
色々と考えていたのだが、サクラが冴子さんのサポートを俺にやらせたのは俺に気付かせることが目的だったのでは?
勘のいいサクラの事だから、ありえるよな……。
――
約束の一週間が経ち、冴子さんの足は歩けるまでに回復した。
それを見たボスは冴子さんと抱き合い、泣いて喜んだ。
でも、俺にはまだやることがある。
サクラとの仲直りだ。
「カトー、ちゃんと冴子さんのサポートをしたみたいだな。これで罰ゲーム終了!お疲れさん」
「サクラ……。俺、この一週間考えていたんだが、今までサクラに寄り添うような思いやりが無かったことに気付いたんだ。本当に申し訳ないと思っている。反省して改善するから、もう一度やり直してくれないか」
「カトー……」
サクラ、イチロー、ハカセが顔を見合わせ戸惑っている。
え?どういうこと?
「カトー、私ね……地球人の男性と結婚することにしたの」
「えっ?えっ?え~!」
「相手は映画監督なんだけどね、先日求婚されてね……カトーとはもう難しそうだからいいかなって、承諾したのよ」
「そ、そんな……冴子さんのサポートをさせたのは、俺のダメなところを気付かせるためとか、そういう目的じゃなかったの?」
「は?なんだそれ。単に人が足りないから丁度いいかなって思っただけだぞ」
俺は体の力が抜けていき、膝から崩れ落ちた。
「カトー氏、ちょっとだけタイミングが遅れたな……」
イチローがそう言ってきたので、俺は思わず言い返した。
「イチロー、俺は絶対にメイドと結婚してやる!」
それを聞いたサクラはナカマツに『バカに付ける薬』が無いかを聞いていた。