私とイチローは焼肉店【ハラミ王国】に来ている。
 この店はサクラのお気に入りで、出演しているバラエティ番組でも発言していたため知名度が急上昇しているのだそう。

 壁をよく見たら……サクラのサイン色紙が飾られているじゃない。
 サクラ、ほんとに有名人になっちゃったね。

「おい~っす」

 サクラがやってきて、私達の席に着いた。
 今日はサクラと私達の3人で焼肉を食べようという約束をしている。

「待たせちゃってスマンね。今日は撮影が押しちゃってさ……こっちは一刻も早くハラミを食べたいってのに。空気読めっつうの」

「サクラ、最近人気だよね。出る番組は全部チェックしてるんだよ」

「お、それは嬉しいね。まあアレだ……変な番組ばかりで困ってるんだけどね」

「『朗らかクソ女』……(笑)」

 注:『朗らかクソ女』とは、バラエティ番組でサクラに付けられたあだ名です。本人は気に入っていない模様。

「イチロー、次にそのあだ名を出したら殺すからな」

「え~、私まだ未亡人とか困るんだけど」

「ハカセさん……、俺が死ぬ前提で会話するの、止めてもらっていいですか」

「そんなことよりもさ、とっとと注文しようぜ。私はビールとハラミな」

「俺はとりあえずカルビとコーラで」

 この2人と注文は聞かなくても分かる。
 偏食はいつまで経っても変わらないみたいだ。

「私はビビンバとりんごジュースね」

「最近はどの店舗もタッチパネルなので注文しやすくていいよね~」

 そんなことを言いながら、軽快に注文をしていくサクラ。
 ハラミの数量が10となっていたのはお約束だ。

 先にドリンクが来たので乾杯をすることに。

「ハカセとイチローの結婚にカンパーイ!」

「かんぱーい。って、そういう趣旨だったの?」

「ま、私はハラミさえ食べられれば趣旨は何でもいいんだけどさ、たまにはハカセの顔を見たくなるわけですよ。う~ん、かわいい!」

 そういって、サクラは私の頭を撫で回す。
 いつまでも子供扱いしないでほしいんだけど、サクラにされるとちょっとだけ嬉しい。

「そういえば、さっき撮影って言ってたけど、何を撮ってきたの?」

「それがさあ……よりにもよって、カトーの道場へ行くことになったんだ。『人気超美人女優、格闘技にガチ挑戦』みたいな企画でさ……」

 注:後日放送された際には『毒舌女優、格闘技にガチ挑戦』に変わっていました。

「おお、それは是非見たい……と一瞬思ったけど、よく考えたら毎日見てた光景だよな。あんな感じなの?」

「スタッフは私が強いなんて知らないからさ。プロフィールに少しだけ道場に通ってたって書いてあるのを見て、1日体験入門させた後にガチ勝負させて私が泣くところでも撮りたかったんじゃないかと思うんだ」

「俺たちにしてみれば、カトー氏の道場にサクラ氏が1日体験入門するってだけで面白すぎるよな。カトー氏やりずらいだろうな……」

「そうなんだよね。あいつもさ、私だと聞かされていなかったから撮影を受け入れたらしいんだよね。私を見たあいつの顔ときたら……最高のリアクションだったぜ」

「気の毒すぎるな……。毎日ボコボコにされていた元カノが1日体験入門してくるとか、ちょっとした罰ゲームだろ……」

「しかも、台本があってさ。私が完全に素人みたいな設定のセリフがあるのよ『正拳突きはこんな感じですか?』『もっと腰を落として!』みたいな感じでね」

「うわあ……カトー氏の困った顔が想像できちゃうな」

「あいつさ、何度もセリフ噛んじゃってさ……今日遅れたのはそのせいなんだよ!」

「それでガチ勝負はどうなったの?」

「久しぶりに本気を出しちゃったよ。毎日訓練室でやってたときみたいにさ、裸足で走り回ってたら楽しくなっちゃってね……。いくつか必殺技を繰り出したらスタッフがドン引きしちゃってざわついたんだけど、結局これはこれでいいかってなったんだ」

「どっちが勝ったの?」

「引き分けだよ。さすがに素人設定の女優を本気で殴る訳にはいかないから、あいつも手を抜いてたんだよね。私はずいぶんと弱くなったからさ、ハンデでも貰わないとあいつにはもう勝てないんだよな……。だが、いつかまた勝つつもりだぜ」

「ちょっとコーラを飲みすぎちゃったのでトイレ行ってくる」

 イチローがトイレに向かったので、ここには私とサクラだけだ。
 よし、色々聞いてみるか。

「なんかずいぶん前にも、似たようなことがあったね」

「あったね~。あの時はハカセが急に恋バナを始めたんだよな」

「私はサクラとカトーはお似合いだと思ってたからね。今も若干思ってるけどね」

「私はさ、カトーにはあまり興味がなかったんだよ。今だから言うけどさ、病気になる前は婚約者がいたんだよ」

「え?そうなの……。どんな人だった?」

「優しくて誠実な人だったよ。私が病気になったとき、婚約解消をしようとしたんだけど、それでもずっと一緒にいたいって言ってくれてさ……毎日見舞いにも来てくれて……いつも自分よりも私を優先してくれてた。だからなかなか忘れられなくてね」

「素敵な人ね……」

「カトーとは正反対だぞ。カトーはさ、メイドカフェの女の子に夢中で私のことなんて全然見てないんだよ」

「それが毎回うまくいかない理由なの?」

「そうだよ。私が毎回それで怒ってるのにメイドカフェに行くのをやめようとしないんだ……」

「分かるなあ……。私もイチローにメイドカフェ禁止を言い渡してるしね」

「でもさ、今日の撮影で久しぶりにガチ勝負したら楽しくてさ……また付き合うことにした」

「えっ、そうなの?」

 サクラの言動は未だに理解できないことが多い。
 そこが魅力だと思うんだけどね。

「ただいま~」

 絶妙なタイミングでイチローが戻ってきた。

「なんかチラっと聞こえたんだけど、またカトー氏と付き合うことになったの?」

「まあね。カトーはバカだけど、一緒に戦ってるとすごく楽しいんだよね。嫌なことを全部忘れられるし、テンション上がるんだよ」

「えっと、付き合うのは何回目だっけ?」

「4……いや5回目だったかな。それにハカセを見てたら、色々と考えも変わってきたんだよ」

「え?私?」

「カトーと同じレベルのバカと結婚して、幸せそうにしてるじゃん。私は自分より強い男じゃないと結婚したくないとか言ってたけどさ、そういうのはどうでもよくなったかなって」

「イチローはバカかもしれないけど、優しいよ」

「ハカセさん、バカを肯定するのはやめてくださいね。あと、サクラ氏は俺をよくバカにするけどさ、サクラ氏だって大差ないんじゃないかと思うんだ」

「ほんとそうだよな、ハラミバカだしな。イチローはコーラバカだから同類だな。カトーはメイドバカだ」

 そう言ってサクラは大笑いした。
 
「カトー氏は確かにメイド好きだけどさ、一番尊敬しているのは間違いなくサクラ氏なんだよな」

「そうよ。サクラが撃たれて大変だったとき、『あいつは凄いやつなんだ。だから死なない』みたいなことを言ってたわね。あ、これ言っちゃダメだったやつかしら……」

「サクラ氏とカトー氏は週に1度は本気組手をしたらいいと思うよ。今度は上手くいくといいね」

「ありがとう。今度は上手くやるように努力するよ」

 ピリリ……サクラの携帯が鳴る。

「噂をすれば、カトーだ。あ、私行ってもいいかな……」

「うん、もちろんよ。いってらっしゃい。喧嘩しちゃダメよ」

 私達はサクラが乙女の顔で嬉しそうに店を出ていくのを見送った。

「なあ、ハカセ……」

「な~に?」

「今日の飲食代ってさ、サクラ氏の奢りじゃないの?俺、財布持ってきてないんだけど……ハカセは持ってる?」

「えっ?」

「えっ?」

 私達は青ざめた顔でお互いを見た。
 テーブルにはハラミを大量に食べた伝票が置かれていた。