はじけろ!コーラ星人 ~残念宇宙人が地球にやってきた~

 その晩、俺が自室でコーラを飲んでいると、夜中だというのにドアをノックする音が。
 ドアを開くと、思い詰めた表情のハカセが立っていた。

「イチロー、夜遅くにごめんね。どうしても話したいことがあるんだけど、今大丈夫?」

「俺は別にいいけど、とりあえず入りなよ」

 俺はハカセを部屋に招き入れて、奥のテーブルに座らせた。
 温かいココアを用意してハカセの前に置いた。

「ありがとう……温かくて美味しいね……」

「それで、話したいことって?」

「あのね……私、イチローに2つほどお願いがあるの……」

 そう言い出したハカセだったが、すぐに黙り込んでしまった。
 ハカセは言いたいことをハッキリ言うタイプなので、こういう状況は初めて見る気がする。

「ハカセのお願いだったら、喜んで聞くよ。今までだってそうだったじゃん?今日は一体どうしたんだ?」

 俺がそう言うと、ハカセの表情が少し和らいだようだった。
 そして、意を決したように話し始めた。

「イチロー、私と結婚してください!」

「え……今なんて?」

「何度も言わせないでよ……。私はイチローと結婚がしたいです。イチローの妻にしてほしい……」

 俺は混乱していた。
 ハカセが好意を寄せてくれていることは、サクラ氏に散々からかわれていたので多少は理解していたのだが……。
 これはドッキリ企画なのかな?

「本気で言ってるの?っていうか、俺なんかでいいのか……?」

「私は本気。イチロー以外考えられないし、気持ちは未来永劫変わらないと断言できる」

「そうか……俺はね、もちろんハカセの事は大好きだよ。でもね、俺達は家族も同然だったし、妹のような気持ちで大事な存在だったんだ。正直なんて答えればいいのか……自分でもよく分からないんだ……」

「そうよね、急にこんな話をしてごめんなさい。私、まだ見た目が子供だし……色々難しいわよね」

「さすがに、子供のハカセと結婚するのは色々と問題があると思うんだ……嫌だとかじゃないんだよ」

「結婚は今じゃなくてもいいの。例えば私達の国では17歳で結婚できたから、5年間は婚約ということならどう?」

「いや、婚約だとしてもさ……色々マズイような気がするんだよ。なんか開けちゃいけない扉を開けちゃうような……」

「あのね、私はイチローと10年以上一緒に過ごしているんだよ。12歳の頃からだから、実年齢は22歳。イチローに初めて会ったときと同じくらいでしょ」

 そう言われてみれば確かにそうだ。
 外見は子供のままだけど、内面は色々成長しているはずで大人として正しい判断ができるようになっているはずだ。

「22歳と婚約なら問題ないはずよ。今の私は子供の体だけど、恐らく5年後にはその問題も解決される。どうかしら?まだ問題があれば言ってみて」

 突然結婚を迫ってきた女性に論破されるという、なんとも不思議な状況だったが、彼女の言い分は筋が通っていると思えた。
 俺はハカセを子供として見てきたけど、見ていたのは外見だけで内面は見ていなかったのかもしれない。

「そうだな、確かに問題は無さそうだ。でもさ、恋人として付き合った訳でもないのにいきなり婚約は唐突すぎるでしょ。サクラ氏と組んだドッキリ企画かと思ったよ」

「イチローは私じゃ嫌かな……?」

「嫌じゃないよ。むしろ……俺にはもったいないくらいだと思うけど、今まで恋愛対象として見てきていなかったんだ。だから、婚約者(仮)ってことでどうかな?正式な婚約は5年後に改めて行うこととして、それまではハカセの事を女性として好きになるように、俺も努力するからさ」

「つまり、結婚してくれるということでいいのね?」

「ああ、約束するよ。ハカセを大事にする」

「ありがとう……。今まで色々あったけど、私……生きてきて良かった……」

 ハカセは大粒の涙を流しながら、俺に抱きついてきた。
 俺は優しく頭を撫でながら、重い責任を感じていた。
 自分が結婚するなんて、考えたこともなかったから……。

 ――

「それで、もう1つのお願いなんだけど……」

「なんだろう、もう何が来ても驚かない気がするよ」

「イチローは炭酸飲料を飲まないでほしいの……」

「えっ?」

「イチロー、驚いてる……驚かないって言ったのに……嘘つき」

「いや、さすがに驚くだろ……俺の大好物だぞ。一体どういうことだよ?」

「だって、イチローが炭酸を飲んだら……私との肉体年齢差がさらに開いちゃうじゃない!逆に飲まなければ縮まるのよ」

「それはハカセにとって重要なことなのか?」

「私、早く大人になりたい、イチローに追いつきたいってずっと思ってたから……これはそのチャンスじゃないかって気付いたの。でもね、このお願いだけだと重たすぎるから……私が妻になることで責任を取ろうかと思ったの」

「そっか……ハカセなりに俺の事を考えてくれていたんだね。未来の妻のお願いとなれば断れないじゃないか……。えっと、我慢するのは5年でいいのかな?」

「そうね、本当は10年と言いたいところだけど、イチローの貧乏舌が可哀想だから5年にしておいてあげる」

「アリガトウゴザイマス」

「じゃあ、このお願いも聞いてくれるということでいいのね?」

「ううう……明日から何を楽しみに生きていけばいいんだろう……」

「かわいい婚約者(仮)でも眺めればいいんじゃないかしら」

「どうやら、恐ろしい女と婚約してしまったようだ……」

「何か言ったかしら?」

 俺達はお互いに顔を見合わせ、2人で爆笑した。
 案外いい夫婦になれるのかもしれないな。

「じゃあ、私そろそろ行くね。おやすみなさい」

 ハカセを見送ろうと部屋を出ると、そこにはサクラ氏が待っていた。
 ハカセはサクラ氏に親指を立ててニッコリ微笑んだ。
 その姿を見て、サクラ氏は号泣しながらハカセに駆け寄り、抱き合った。

「さくらああ……」

 ハカセはサクラ氏の顔を見て緊張の糸が切れたのか、堰を切ったように泣き出した。
 2人が抱きしめあって号泣する姿を見て、ハカセを大事にしなければという思いがより強まった。

「ハカセ、良かったね……本当に良かった……。イチロー、お前命拾いをしたな。もし断っていたら殺していたところだ。ハカセは私が責任を持って絶世の美女にしてやるから楽しみにしてろよな」

「サクラ氏がそう言ってくれるなら期待しちゃうな」

「その代わり、ハカセを泣かせたら……今度こそマジでぶっ殺すからな!」

 俺、結婚まで生きていられるかな……。
 翌朝、俺とハカセは全員を会議室に集めて婚約(仮)の報告を行った。

「えっと、これはサクラとハカセによるドッキリ企画なのかな?イチロー、お前また騙されているぞ」

 カトー氏は全く信じていないといった素振りでドッキリを疑った。
 そりゃそうだよね。俺も昨日はドッキリかも?と思ったし。
 他の皆も口をポカンと開けて、リアクションに困っている。
 事実を知っているサクラ氏だけが笑顔なのだが、これがドッキリっぽさを醸し出しているのかもしれない。

「いや、それが本当なんだよ。正式な婚約は5年後のハカセの誕生日にする予定なので、それまでは仮の婚約だけどね」

 皆、信じてくれないので昨日の話を要約して伝えた。

「イチロー君、本当に信じていいんだね?」

「ボス氏、にわかに信じがたい話だとは思うんですが……本当なんです。俺も全然実感が湧かないくらいなんで気持ちは分かります」

「そうか、おめでとう。ところでどうやってプロポーズしたんだい?」

「いや、プロポーズはハカセからで、なんかその……勢いに圧されたというか……」

「結婚ってのは大体勢いなんだよ……」

 ボス氏は何かを思い出したように寂しげに呟く……。
 えっと、もしかして勢いで結婚して後悔してたりするのかな?

「おいおい、ハカセ本気か?よりによってイチローだなんて、熱でもあるんじゃないのか」

「いやいや、本当にそうだよな。イチローなんてここじゃエディの次くらいにモテそうにないもんな」

 2人とも酷い言いようだ。
 俺がモテないなんて言うもんだから、ハカセが真っ赤な顔をしてエディ氏を睨んでいる。
 俺のために怒ってくれている……ちょっと嬉しい。
 
「サクラ、冗談言っちゃいけないぜ。俺様の魅力が分からないなんて……カトーに一撃を食らっておかしくなっちまったか」

「2人とも、めでたい話なんだからそのくらいにしておけよ。しかし、これで一緒にメイドカフェへ行けなくなっちまったか……寂しくなるな……」

「カトー、あんた……まだ通ってるの?」

「べ、別にサクラには関係ないだろ……」

 サクラ氏はカトー氏を軽蔑した目で見ている……。
 そういえば、毎週のようにカトーとメイドカフェに行っていたな。
 前にバレたときも暴走していたし、やはり行かない方がいいのだろうか。

「イチローもメイドカフェなんて行っちゃだめよ。あなたは私だけを見ていればいいのよ」

 ハカセの冷めた発言はいつものことなのだが、いつもとトーンが違うような……。
 きっとこういうときは神妙にしておいた方がいいのだろう。

「あ、はい……」

 俺がそう言うと、大爆笑が起こる。
 やっぱり誰が見ても、俺が尻に敷かれるように見えているんだろうな。

 よく考えてみれば、ハカセの顔を真剣に見たことがなかったということに気付き、チラッと見てみる。
 目鼻立ちの整った、知性が漂う美少女だ。小柄で細い体に透き通るような白い肌がよく似合っている。
 サクラ氏がハカセは美女になると太鼓判を押していたのも分かる気がする。
 今までは子供だと思って女性として見ていなかったのだが、これからあっという間に大人の女性になっていくのだろう。
 やばいな。すごく楽しみじゃないか。

 今更だけど、俺にはもったいない女性なんだよな。宇宙一の頭脳を持っているし。

「ねえイチロー、確かに『私だけ見てればいいのよ』って言ったけどさ……今じゃなくてもいいんじゃない?そんなに見られると恥ずかしいんだけど……」

 再び大爆笑が起こる。
 俺は我に返り、ハカセに謝った。

「イチローのことだから、今になってハカセの美しさに気付いちゃったんじゃないの?本当に鈍感なんだよな。ハカセなんてイチローがちょっと太っただけで気付くほどよく見ているというのに……」

「ちょっとサクラ……その話は……」

 ハカセが必死になってサクラ氏を止める。耳まで真っ赤になって……かわいい。
 そんなハカセを見て、またしても大爆笑。

「ああ、なんだか複雑な気分だ……娘を嫁に出すってこういう感じなんだろうな」

 ボス氏がそう言って俺の肩を軽く叩いた。
 そう言えばボス氏にはハカセと同じ歳の娘さんがいたと聞いている。
 ボス氏はハカセを娘のようにかわいがっていたし、色々と思うところがあるのだろう。

「そういえば、結婚後はどこに住むか考えていますか?」

 ナカマツ氏が良い質問をしてくれた。
 俺もその話をしたいと思っていたところだったからだ。

「俺達はこのまま日本に住みたいと思っています。日本が好きだし、コーラと出会った地でもあるからね。もしコーラと出会っていなかったら、ハカセはずっと子供のままで……きっと結婚することもなかったんだろうなって。皆はどう思う?できれば全員で日本に定住したいんだけど」

「そうだな、イチロー君が言うように日本に住むというのは現実的な選択肢だな。こんなに治安が良い街は見たことないしね」

「私も賛成ね。そうすれば毎日ハラミとビールの生活ができるじゃない。控えめに言っても最高ね」

「俺様も賛成だな。どこに住んでも道に迷いそうだが、日本は目印が多そうだから多少はマシじゃないかって気がするな」

「俺も賛成だ。メイドカフェがあるのは日本だけみたいだしな。ダメな理由が見つからない」

「私もボスと同じ理由で賛成ですね。やはり炭酸飲料を見つけた場所というのが決めてですね」

 どうやら全員賛成らしい。

「では、全員日本に移住で決定だね。不老不死の目処が立ったら引っ越しをしよう。安住の地を見つけるのも目標だったから、これもクリアだな」

「イチローとハカセの結婚もそうだけど、一気に状況が変わりつつあるな。こういう時ほど油断は禁物なんだ。イチロー、特にお前は要注意だぞ」

 カトー氏はやはり軍人気質なのだと再認識させられる。
 そうだな、こういう時ほど浮かれすぎないようにしないといけない。

「カトー氏、忠告ありがとう。本当にその通りだね、気をつけるよ」

「でもたまにはハカセに内緒で遊びにいこうぜ!」

 カトー氏がそう言って笑うと、ハカセがふくれた顔でカトー氏を睨みつけていた。
 私はリーダーとして仕事が最終段階となったことに安堵していた。
 全ての決断が正しかったとは決して言えないのだが、ようやくゴール目前まで辿り着くことができた。

 だが、ひとつだけ気になることがある。

「ナカマツ、ちょっといいかな?」

「ボス、どうかしましたか」

「いや、大した用事でもないんだが、たまには一緒に酒でもどうかと思ってね」

「いいですね。普段は飲まない主義でしたが、今日は特別な日ですからね。それに……大事な娘をイチロー君に取られたボスを慰めないといけないですからね」

「はは……まあさすがにショックだったな。でもイチローなら……きっとハカセを幸せにするんだろうなって思えるんだ」

「そうですね、彼は変わり者ではありますが誠実ですからね。ハカセ君が選んだのも分かる気がします」

「まあそんな感じなので、それほど心配はしていないんだ。心配なのはむしろナカマツ、君の方なんだ」

「私ですか……それは何故でしょう?」

「だって、君は不老不死を治したくないと考えているんだろう?」

 ナカマツの表情が曇る。
 やはりそうなのか……。

「ボスの目は誤魔化せないということですか……お見事です」

「責めているわけじゃないんだ。だって私も君と同じだからね」

 私がそう言うと、ナカマツは安堵の息を吐いた。
 
「イチロー君達を見ていると、若さというものが羨ましく思えます。私達のような残りの寿命が短い者からすると、不老不死は呪いどころか祝福なんですよね。不老不死を呪いだとして、その呪いを解こうと頑張ってこれたのはハカセ君の為というのが大きかったのかもしれませんが、その目処が立ってしまったら急に手放すのが惜しくなってしまったんです」

「私も似たようなものさ。人が全て死に絶えた世界で孤独に生きるより、価値のある死を望んだ方がいいと思ったんだ……。でも治安の良い日本へ定住することになったとき、残された時間の少なさに気付いたんだ。ふとナカマツの顔を見たら、私と同じで心から喜んでいないように思えたんだ」

 私達はお互いに酒を注いだ。
 酒をちびちびと飲みながら、しばらく宇宙船の窓から地球と月を無言で眺めていた。

「人生というのは一体何なんでしょうね。私は肉体年齢で70年、不老不死として10年も生きてきて、未だに答えが分からないんですよ」

 ナカマツがポツリと呟いた。

「私もさっぱり分からないね。【レーサ】に罹患をしたとき、私は死を受け入れたんだ。もう十分生きたって、確かにそう思ったんだ。それなのに今は時間が足りないって考えてしまっている。『もう十分生きた』はずだったのにね……。不老不死になったとき、死への覚悟もリセットされてしまったようだ」

「7人での共同生活は私達が思っていたより、ずっと充実していたのですね……。私は『彼らと一緒にいられる時間が少ない』ということが残念だと思っています。例えばイチロー君とハカセ君が結婚式を挙げるとき、私だけこの世にいないのかもしれない……そう考えるだけで酷く寂しいのです。逆に私だけ不老不死を治さなかった場合、いつの日かイチロー君やハカセ君の寿命が尽きる日を見届けなければならなくなる……それも同じくらい辛いのです」

「そうだな。2人の門出は是非祝いたいものだな。ハカセのドレス姿はきっと綺麗なんだろうな……。ナカマツ……この件は皆に意見を聞いてみてはどうだろうか」

「皆が不老不死の治療を目指している中で私達だけというのは……水を差すようなことにならないだろうか?」

「それは分からないけど、そう思うのであれば尚更聞いてみないといけないんじゃないかな」

「そうですね。抜け駆けするわけにはいかないですからね」

 ――

 翌朝、私達は不老不死の治療方針について話し合った。

「あ、すみません。言ってませんでしたが、俺は少なくとも5年間、炭酸飲料を飲まないことにしました」

「え?イチロー、お前本気か?お前が炭酸を飲まないなんて……ありえないだろ」

 昨晩あれほど色々考えたというのに、あっさりとイチローが治療しない宣言をしてしまった。
 カトーが驚くのも無理はない。イチローが飲まないなんて、完全に想定外だった。

「私がお願いしたのよ。イチローと肉体年齢の差が少しでも縮まるようにということで。逆に私は強炭酸水をたっぷり飲んで一気に治療するつもりです」

 なるほど、イチローの婚約期間はなかなか苦労が多そうだ。

「俺も正直悩んでいます。もし戦闘になるような事態が急に起きた場合、少なくとも俺かサクラのどちらかが不老不死だった方が安心ですよね。サクラは……もうずいぶん飲んでしまっているから、とりあえず全員の移住が完了するまで、俺は治療しない方が良さそうだなと」

「カトーが治療しないなら私は遠慮なく飲ませてもらおうかしら。カトーの理屈で言うとナカマツあたりも念のために治療しない方が良さそうね。これからは医者が必要になりそうだし」

「そうですね。では私も当面は治療しないことにしましょう」

 ナカマツの懸念はアッサリ解決してしまった。
 サクラはやたらと勘がいいので、色々察して助け舟を出してくれた可能性もあるが。

「あとはエディと私だが、自己判断で治療方針を考えていくということでいいだろうか」

「ボス氏、ちょっといいかな」

「イチロー、どうした?」

「治療方針は皆色々事情もあるだろうし、治療することで死に近づいてしまうことにもなる。だから治療を強制するのは止めにしましょう。死の間際に『自分の人生は楽しかった』と思えるような人生となるよう、自分の人生と向き合って決めたらいいと思うんだ」

「イチローがすごく良い事を言っている……ハカセ大変だ。イチローが壊れているぞ」

「サクラ、失礼なことを言わないで。イチローだってたまには良いこと言うはずよ」

「ハカセ……それはフォローになってないと思うんだ」

 ハカセにまで言われてしまい、落ち込んでしまったイチローが少々気の毒だが、とてもいい流れになったと思う。

「イチローがとても良い事を言ってくれたと思う。人生は一度きりだ。各自後悔の無いように、自分の気持ちを確認しながら治療方針を考えてほしい」

 全員がこの方針に賛成してくれた。
 なかなか難しい問題だと思うが、残りの人生は後悔のないようにしてほしい。
 不老不死の治療が開始されてから半年近くが経過した。

 治療を止めたイチローの超回復力は変化しなくなり、ビールを飲み続けたサクラは大幅に低下した。強炭酸水を飲み始めた私も大幅に低下し、わずかに身長が伸びたようだ。
 予想通り炭酸飲料が特効薬だったのだ。
 探しものは案外近くにあるものだと言われるが、分かってみると呆気ないものだ。
 イチローがコーラを持って帰ってきたときは、あれほどバカにしたのにね。

 サクラは超回復力の低下に伴い、戦闘力が大幅に落ちているようだ。
 最近ではハンデなしでカトーと互角となっているらしく、戦力が逆転するのは時間の問題と思われる。

 私とイチローの関係も変わりつつある。
 2人で外出することも増え、その際には手を繋いで歩くようになった。
 先日は指輪を贈ってくれた。私の星では婚約者に指輪を贈る習慣はなかったのだが、地球ではこのような習慣があるためらしい。
 いずれ私達は日本で夫婦になるのだと実感した。

 そんな感じで私達の生活は日々充実してきており、明るい未来が待っていると思っていた。

「おい、大変だ。ニュースを見てみろ!」

 誰かが大声で叫んでいた。
 私はイチローと一緒にテレビを見る。

 どのチャンネルでも同じニュースを放送している。日本だけでなく世界中どこでもだ。

 内容を要約すると、こうだ。
 ・日本が異星人の攻撃を受け、多くの人質を取られた。
 ・異星人から地球人に対して奴隷になるか、全面戦争となるかの選択を迫っている。
 ・異星人は地球人を絶滅させるだけの力を持っていると言っており、その手段は強力なウィルス兵器だということ。
 ・異星人は【ノクトリア】と名乗っていること。
 ・選択のタイムリミットは10日間であること。

 ニュースが一通り流れたあと、ボスから会議室へ集合の呼び出しがあった。

「皆、ニュースは見たと思う。私達の移住すべき星が侵略に遭っているということだ。しかも強力なウィルス兵器を持つ【ノクトリア】と名乗る異星人だという……これは恐らく、私達の国を滅ぼした連中の可能性が高い」

「【ノクトリア】と言えば……敵国の名前でしたね。攻撃手段が強力なウィルス兵器というのも共通ですし、偶然とは考えにくいですね」

 ナカマツが神妙な表情でそう告げた。
 ナカマツはウィルスの解析だけでなく、ウィルス兵器を使った可能性がある国、その後の世界情勢まで調査していた。

「でも、【ノクトリア】もウィルス兵器で滅亡したはずでは?」

「そうです。ボスが仰るように【ノクトリア】は滅亡していますが、一部の人間が私達と同じ様に宇宙に退避した可能性があります。兵器を作った側であればウィルスを持って脱出することも可能かもしれません」

「ふむ、そうだな。現時点ではまだ可能性の段階だが、日本への移住を考えている私達にとって大きな問題が起きてしまった。しかもタイムリミットが短すぎる。そこで皆の意見を聞きたいと思う。まずはカトー、君はどう思う?」

「俺は軍人だったから、当然戦うべきだと思う。地球は救うべきだし、やつらは俺達の大事な人を奪った仇である可能性が高いからだ。やつらが許されることはあってはならないと思う」

「なるほど、サクラはどう思う?」

「私もカトーと同意見よ。見逃す選択肢は無いと思うし、今なら私達の存在を知られていないだろうから作戦も立てやすいはずよ」

「戦闘担当は2人とも戦うという意見だな。ナカマツはどうだ?」

「医師の立場としても、ウィルス兵器の存在を明らかにされては……ここで消えてもらうしかありません」

「エディはどうだ?」

「俺様も海賊野郎の討伐に賛成なんだが、戦う前に連中のウィルスが俺達の国を滅亡させたものと同じかを確認したいところだな。もし違うウィルスだった場合はカトーとサクラでも非常に危険だ。逆に同じウィルスだった場合、俺達には耐性があるので有利に働くだろうしな」

「なるほど、もっともな意見だな。イチローはどうだ?」

「俺も皆と同意見だよ。奴らが仇かは分からないけど、俺達と同じような悲劇が生まれるのは防ぎたいと思う」

「ハカセはどうだ?」

 私は戦争の頃は子供だったので、詳しい情勢はほとんど知らない。
 戦いは怖いし、もしカトーやサクラに何かあったらと思うと……正直どうしていいのか分からない。

「私は正直どうすべきなのか分かりません。戦うべきのようにも思いますが、この戦いで誰かが欠けるようなことはあってはならないとも思います」

「そうだね、ハカセの言うこともよく分かる。私達は7人で家族だからな。だが、意見をまとめると、やはり戦うべきなのだと私も思う。カトー、サクラ……やってくれるか?」

「任せてください」
「分かりました」

 カトーとサクラが同時に答える。
 これまでも2人が戦ったことはあったけど、今度は情報が少なすぎる。
 特にサクラの戦闘力が大幅に落ちていることもあり、不安が頭をよぎる。

「サクラ……戦闘力が落ちているんだから無理はしないでね。絶対生きて帰ってくるんだよ」

「あたりまえだろ。今まで私が負けたことはあったか?どんな時でも絶対勝つのがサクラさんだぜ」

 そう言って、サクラが頭を撫でてくれた。
 うん。知ってる。サクラは絶対負けないんだ。
 でも……涙がこぼれてきてしまう。

「詳細な作戦会議は情報が集まり次第行うこととする。今日は解散だが、各自できることをやってほしい」

 会議は解散となり、各自が部屋に戻っていく。
 私は涙が止まらなかったが、イチローが優しく抱きしめてくれた。
 戦いを控えてカトー氏とサクラ氏は日々激しい訓練を続けている。
 サクラ氏は戦いが終わるまで禁酒をすることにしたようだ。これ以上の戦闘力低下を防ぐためなのだろう。

 各自やれることをやるということだったが、戦闘員ではない俺にできることは多くない。
 色々考えた末にあることを思いつき、ナカマツ氏とハカセに説明を行うこととした。

「イチロー、思いついたことって何?」

 ハカセが面倒くさそうな反応をする。
 婚約以降はデレっぱなしだったけど、本来のハカセはこんな感じだったなと思い出す。
 
「実は日本で有名なバトル漫画に出てくる治療装置を俺達も作れないかと思ってね」

 そう言って俺は漫画のシーンを2人に見せる。
 趣味で見始めた漫画だったが、まさかこんな形で紹介することになるとは。

「簡単に説明すると、重傷になってもこの丸いカプセルに入るとかなり早い時間で回復する仕組みなんだ」

「イチローって本当にこういうのが好きよね……」

 若干呆れ顔でハカセが呟く。
 子供っぽいとか考えているんだろうな。
 
「この液体みたいなものはなんでしょうか?」

 ハカセとは対象的にナカマツ氏は食いついてきた。
 医者としての好奇心なんだろうか。

「多分、回復力を大幅に高める液体なんだと思う。で、ナカマツ氏なら作れるのではないかと思うんだ」

「なるほど、もしかして不老不死の超回復因子のようなものを血液から抽出して培養するとか考えていますか?」

「そう、そんな感じ。外傷であれば血液の中に無くても、その液体の中に触れるだけで効果があるじゃないかな」

「そうだね。可能性がありそうなのでやってみようか。サクラ君とカトー君の血液なら緊急時に備えてストックしてあるから、それを少し使えば良いものが作れるかもしれないね」

 ナカマツ氏が真剣に検討を始めたので、ハカセも身を乗り出してきた。
 ようやく、自分が呼ばれた理由を理解したらしい。

「ありがとう。そしてハカセはこの装置の設計をしてほしい。バイタルのチェックや、液体と温度コントロールの機能が必要になりそうだね。設計図ができたらすぐにエディ氏に作成してもらおう」

「了解、すぐに取り掛かるわ。でも、こんなものを作ろうだなんて……。イチローもやっぱり不安なの?」

「うん。もちろんカトー氏とサクラ氏の強さを信じているけど、万が一ということもあるからね。それに今回使い道が無くてもどこかで役に立つだろうし、無駄にはならないんじゃないかな」

 そんなことを話していたら、またしてもニュース速報が流れてきた。
 今回は【ノクトリア】から映像が発信されたとのことだ。
 ウィルス兵器の恐ろしさを伝えることが目的らしい。

 小さな部屋に1人の捕虜が鎖で繋がれている。
 そこにガスのようなものが噴出された。
 そこから映像は早回しとなり、2日後にその捕虜はもがき苦しんで死亡した。
 時間的に考えて、捕虜を攫ってすぐに撮影したものだろう。

「ひどい……なんでこんなことができるのよ……」

 ハカセはひどくショックを受けている。
 俺だって目を背けたくなるような映像だった。

「これは……やはり私達の国を滅ぼしたウィルス兵器の特徴と完全に一致します。奴らが仇だということは間違いありません!」

 医者のナカマツ氏が言うのだから間違いないのだろう。
 この映像はウィルス兵器の恐ろしさを伝えることで全面降伏を促す目的なのかもしれない。
 しかし、結果的に俺達は戦う相手の正体と、その武器の情報を知ることができたのだ。

「そういえば、捕虜の方々は日本の軍人らしいね。軍の施設を襲って拉致をすることで力の差を見せつけたい狙いがありそうだね」

「ん……軍人……!さっきの映像、もう一度見ましょう」

 ハカセが何かに気付いたようだ。
 さっきまでショックを受けていたハカセだったが、真剣な眼差しで映像の捕虜を眺める。
 もがき苦しんでいる姿を見るのは何度見ても辛い。

「やはりそうよ、この捕虜の方は何かを伝えようとしているわ。このもがき方に違和感があるというか、法則性のようなものがあるように思えるの」

「つまり、地球の仲間には分かるけど、異星人には分からないような方法で情報を伝えようとしているということですね」

「そう、ちょっと調べてみましょう。えっと……多分このモールス信号というものよ。もがき苦しんでいるようにして壁や地面を叩いているけど、その時間が信号になっているのよ。早送りになっているから【ノクトリア】側も気付かなかったようね。速度を遅くして再生してみましょう」

 俺達はまた映像を見ながら、信号表と照らし合わせてみる。

「敵は50人……捕虜は最下層……責任者の名はゴディ……」

 すごい……自分の死の間際だというのに、全ての情報を伝えようとするその姿勢に敬意を感じた。
 そして、その情報を知った者として最大限に活用しなければならない責任があるのだ。

「ゴディというのは【ノクトリア】の将軍だった人ですよ。冷酷だが非常に強いことで知られていました。これはやっかいなことですね……」

「カトーやサクラと比べてどちらが強いかしら?」

「不老不死になる前だったら、2人で戦っても勝てなかったと思います。でも、今は分かりません。他の敵も50人ほどいるみたいですし、無傷で戦えれば……という話になってきますね」

「捕虜の場所が分かったのも収穫ね。どうやってそこまで行くかは作戦を考えないといけないみたいだけど」

 俺達3人はこの情報を伝えるべく、ボス氏に緊急招集をかけてもらった。
 先程、ハカセ達から重要な情報がもたらされた。
 未知の敵と戦うリスクを心配していたが、どうやら必要な情報は埋まりつつある。
 私は会議室に緊急招集し、作戦会議を急遽行うこととした。

「ということで、皆に集まってもらった訳だが、ハカセが亡くなった捕虜から情報を読み取ったことで作戦に必要な情報が揃いつつある。タイムリミットも残り少ないところなので今から作戦会議を行う」

 全員、黙って私の話を聞いている。

「まずは作戦の目標を定める。第一目標は敵戦艦の破壊。第二目標は敵勢力の全滅。第三目標は捕虜奪還の優先順位とする」

「捕虜奪還は最優先ではないのですか?」

「カトーの気持ちは理解できる。もちろん奪還には全力を尽くすが、それを成功したとして他の目標が達成できなければ、結局地球は奴らの手に落ちてしまうだろう。捕虜の方々は軍人だと聞いている。きっと彼らもそのような結果は望まないだろうと思う。カトーも軍人なら気持ちは分かるだろう」

「そうですね、そのとおりです。第一目標が敵戦艦の破壊となっている理由を教えてください」

「敵勢力の全滅は当然必要だが、それを達成したとしても地球からはその事実を知ることができない。その結果パニックとなり、戦争を誘発するなどの事態が起きるかもしれないからだ。敵戦艦は現在、地球から見えているのだから爆発して消え去れば脅威が去ったことを理解することができるのだ」

「承知しました。その目標が達成できるよう死力を尽くします」

 さすが、カトー。既に戦う覚悟ができているようだ。

「問題はどうやってそれを行うかだな……船同士で撃ち合うとしてもこちらは軍艦ではないし、捕虜も助からない。やはり内部に入り込むしかないようだな」

「それについては私に案があります」

「サクラの案を聞こうか」

「私が地球側の降伏の使者を装って潜入します。まずは捕虜の安否確認をさせてほしいとお願いをすることで捕虜の元に行って、そこに転送用ビーコンを仕掛けます。その後、私は使者としてゴディの元まで向かいます。私がゴディと謁見するまでの間にカトーが転送ビーコンを使って潜入し、捕虜を救出した後、船に転送帰還して第三目標は達成。その知らせを聞いたら私は敵の船の中で大暴れをします。このときにゴディを討ち取って第二目標も達成。最後にエディが船に爆弾を仕掛けて派手に爆発させて第一目標も達成ということでどうでしょう」

「ふざけるな!危険すぎるだろ、自分一人で全部やろうとするなよ!」

 カトーが大声でサクラに怒鳴りつける。
 だが、サクラは黙ってそれを聞いていた。

「なら、他にいい方法があるのかしら?あなたみたいなゴツい大男が使者だとして、ゴディが油断してくれるとは思えないんだけど」

「そうかもしれないが……それでもサクラだけを戦わせる訳にはいかないんだ。50人の兵士とゴディを1人で相手にするなんて無謀すぎる」

「カトー、あなたゴディが怖いのかしら……」

「ああ、恐ろしいね。あのゴディという男は伝説級の軍人だったんだ。軍人経験者で知らない人はいないさ……」

「戦いの前に負けることを考えるやつは死ぬわよ。ボス、やはりゴディは私がやります」

「いや、ダメだ。ならばこうしよう。救出は俺も手伝うが、船への帰還はイチローがやってくれ。俺はそのまま残ってサクラを追いかけて合流する。その方が戦力を分散できるだろう」

「サクラ、気持ちは分かったが、今回はカトーの修正案を採用する。船への帰還はイチローがやってくれ。ナカマツとハカセは万が一の治療を行うために待機とし、捕虜の方々への健康チェックも行ってくれ」

「分かりました。ボスの判断に従います」

 サクラも分かってくれたようだ。
 全員参加の大作戦だ。絶対に失敗は許されない。

「作戦は明日12:00開始とする。地球人が何か行動を起こす前に片付ける必要があるためだ。今夜はゆっくり寝て英気を養ってもらいたい。今回の作戦の指揮は私、ボスが行うこととし、よって作戦の責任は私が負うものとする」

「承知!」
「承知!」
「承知!」
「承知!」
「承知!」
「承知!」

「では、これにて解散!」

 ――

 その夜……明日の作戦が気になってなかなか寝付けないでいた。
 すると、ドアをノックする音が聞こえたのでベッドを降りてドアを開けた。

 そこには泣きそうな顔をしたハカセが立っていた。

「イチロー、少しだけいいかな……」

「いいよ、俺もなんか眠れなくてさ……」

 俺はハカセを部屋に迎えると、いつものように温かいココアを用意した。

「そういえば、婚約した日もこんな感じだったわよね」

「そうだったな。あの日は本当に驚いたよ……。今日は逆に婚約破棄とか……はやめてね」

「そんなことしないわよ……私をなんだと思ってるのよ」

「一番大切な人だよ」

「私もイチローが一番大事。だから……お願い……絶対に死なないでね……私を置いていったら……絶対に許さないんだから」

 そう言いながら、ハカセは大粒の涙をポロポロと流し始めた。

「そういえば戦場は初めてだな……まあ、比較的安全な任務ではあるので、無理はしないように頑張るよ」

「そうじゃないよ。絶対に帰ってくるって約束して!」

「ああ、約束する。絶対にハカセの元に戻る」

 そう言って、俺はハカセの頬にキスをした。
 作戦決行日となった。
 作戦開始は12:00だが、今日は朝早くに目が覚めた。
 入念にストレッチを行い、軽く準備運動をしたあと、お風呂に入る。

 メイクをして黒のスーツに着替える。
 今日の私は降伏の使者を装うため、この服が戦闘服になる。

 会議室に入ると、既に全員が揃っていた。
 私以外の全員が戦闘服を着ている。万が一の場合に戦場へ行かなければならない可能性があるためだ。
 もちろん、ハカセも戦闘服だ。
 少なくとも彼女が戦場に行くような事態にはしてはならない。
 今日の作戦は私がどれだけ上手くやれるかに掛かっているのだ。

 会議室の時計が12:00となり、ベルが鳴り響く。

 いよいよ作戦開始だ。

「じゃあ、行ってくる」

 私がそう言って、小型船に乗り込むと全員が敬礼で見送ってくれた。
 イチローが地球に降りたとき以来の風景だ。

 【ノクトリア】の戦艦は非常に大きいので、迷うことはない。
 戦艦に近づくと、無線で所属を聞いていた。私は日本国所属の降伏使者だと告げると、戦艦のゲートが開いた。

 戦艦に乗り込むと銃を持った4人の兵士が出迎えた。

「司令官へ取り次ぐ前にいくつか質問がある」

「どうぞ」

「直接船でこちらに来るとは聞いていないが、いかなる理由によるものか、専用の通信回線で回答するように伝えていたはずだ」

「我々も宇宙に出ることはできるのです。無線回線では他国に盗聴や妨害を受ける可能性があることと、捕虜の状況を直接確認したいためです」

「承知した。その旨を司令官へ伝えましょう。ここでしばらく待っていて欲しい」

「待ち時間の間に捕虜の様子を確認させていただけないでしょうか。見ての通り武器も持っていませんし、仮に持っていたとしても女の私ではどうすることもできませんからリスクは無いはずです」

 そう告げると、兵士は私の身なりを確認した。
 特に怪しまれているような雰囲気は無いようだ。

「まあいいだろう。兵士を2人付けて案内をさせよう。監視カメラもあるので怪しまれるような行動は慎むようにな」

「承知しました。それで構いません」

 私は案内の兵士2人についていく。
 戦艦の最下層まで細い階段を降りていくと、捕虜のいる牢獄に辿り着いた。

 私は捕虜の数人と少しだけ話した後、去り際に入り口のドアに転送ビーコンを貼り付けた。
 これでカトーとイチローをこの場所に転送することができる。

「司令官がお会いになるそうだ。ついてこい。くれぐれも失礼の無いようにな」

「承知しました。取り次ぎを感謝します」

 司令官に会うため、今度は階段を上っていく。
 この戦艦は非常に大きく、中は迷路のように入り組んでいる。
 幸いなことに腕時計へ取り付けられた小型カメラで映像を撮っており、私達の船に送信されている。
 私の言動すべてをモニターで確認しながら、ボスが指示を出すことになっているが、カトーが道順を覚える目的もある。

 私は会議室のような広い部屋に通されて、少し待つように告げられる。
 カトーとイチローが突入するのはゴディの名前が出た瞬間と決めているので、まもなくとなるだろう。

 扉が開いて、大柄な男が入ってきた。こいつがゴディだろうか。
 確かに強そうだ。所作を見ても無駄な動きがない。

「使者というのは貴方かな?私はこの戦艦で司令官をしているゴディだ」

「ゴディ閣下、お初にお目にかかります。私は日本国の紗倉絵麻と申します」

 ――

「イチロー、合図が出たぞ。俺達も突入だ!」

 俺はカトー氏と共に戦艦内に転送した。
 カトー氏は牢獄のドアで待機し、俺は牢獄の前に向かう。
 作戦は俺が順番に転送を行い、カトー氏は敵が入ってこないようにドアの前で撃退することになっている。

「皆さん、助けに来ました。これから私が安全な場所に転送しますので、大声を出さずにお待ち下さい」

 俺は転送装置で一人ずつ転送を行う。
 牢獄は鉄格子なので、鉄格子ごしでも転送が可能なのだ。
 だが、一人ひとり転送しなければならないので、時間が掛かる。
 当然のことながら、監視カメラに映っているので兵士がどんどんやってくる。

「イチロー、ここは俺に任せろ。焦らずやれよ」

 残り10人を切ったところで、銃撃が激しくなってくる。
 相手側にスナイパーがいるらしく、カトー氏が攻撃しにくい位置からどんどん撃ち込まれている。

 バシッ。
 
 俺の右足に銃弾が命中する。
 しまった……。

「イチロー、大丈夫か?」

「足を撃たれた……激痛だが、このまま続行する……」

 俺は痛みに耐えながら、順番に転送を行う。

「ボス、聞こえているか?イチローが撃たれた。イチローの帰還後に治療ができるようナカマツに準備をさせておいてくれ!」

 バシッバシッ。

 右肩と腹部にも銃弾が命中した。
 激しい痛みで意識が飛びそうになる。
 だが、あと2人だ……なんとかやりきらねば……。

 朦朧とする意識の中、なんとか全員を転送させることができた。
 やった……。任務を完遂することができた……。

「イチロー、よくやった!お前は俺が転送する。向こうでゆっくり休んでいろよ。ボス、今からイチローを転送する」

 カトー氏が俺の手から転送装置を取り、俺に向けて転送を行った。
 俺はその瞬間、目の前が真っ暗になった……。
 私はナカマツと共にイチローの帰還を待っていた。
 帰還したイチローはスナイパーに撃たれたため、血まみれとなっていた。

「イチロー、しっかりして!目を覚まして!」

 私はイチローに声をかけた。いや、大声で怒鳴っていたのかもしれない。
 その瞬間、ナカマツに引き離された。

「ハカセ君、泣いて喚くだけなら邪魔です。立ち去りなさい」

「そんな……私はイチローを心配して……」

「あなたがイチロー君を大切なのは分かります。だが、今必要なのは泣き喚くことですか?それとも彼の治療を手伝うことですか?」

「ごめんなさい、取り乱していました。治療を手伝います」

「では1分だけあげます。顔を洗って心の準備をしてきてください。あなたにもやれることがあることを忘れないで!」

 ナカマツはそう言いながら、銃弾を取り出す手術を既に開始している。ナカマツは自分の仕事を完璧にこなしていた。

 ナカマツに言われたように、私は顔を洗って鏡を見た。
 ひどい顔をしている……。
 これじゃダメだ。私はイチローを救わなくては。

「良い顔になりましたね。では、私が銃弾を取り出した傷口をこの液体で洗浄し、医療用テープで塞いでください」

 私がうろたえていた間、既に一箇所の銃弾が取り除かれていた。
 ナカマツに言われたとおり、液体で傷口を洗浄する。出血を拭き取り、医療用テープで傷口を塞いだ。

「この液体はもしかして、昨日話していた不老不死の超回復因子を培養したものかしら?」

「そうです。イチロー君のアイディアが役に立ちましたね。イチロー君の傷は重傷ですが致命傷とまではいっていませんので、命に別状はありません」

「それは良かったです。少し安心しました。」

「彼はまだ不老不死なので、このくらいならすぐに回復できそうです。そう言えば、彼が不老不死の治療を止めたのはハカセ君の我儘だと聞きましたよ」

「はい、私の我儘にイチローを巻き込んでしまいました……」

「でも、そのおかげで彼の命はきっと助かります。不老不死でなければ、出血多量で死んでいたかもしれません。結果論になりますが、あなたの我儘が彼を救うとも言えますね」

「そんなこともあるなんて……たまには我儘もしてみるもんですね」

「それが夫婦というものです」

 イチローの処置は無事終わり、輸血をされながらベッドで寝息を立てている。
 心なしか、顔色も良くなってきている。

「先程、ハカセ君の設計した治療装置も完成したようですよ。イチロー君に使うことも考えましたが、サクラ君とカトー君がまだ戦っている最中なので今はまだ使わないことにします。2人が無事に戻ってきたらイチロー君に使いましょう」

「2人とも無事だといいのだけど……」

「カトー君ほどの男がイチロー君を守りきれなかったということが、戦いの激しさを物語っていますね。私達は私達の仕事を確実にこなせるようにしましょう」

「そうですね。私はボスに状況報告をして、救出した捕虜の様子を見てきます」

 私はイチローの顔色を確認したあと、ボスの元へと向かった。

 ――

 私とゴディの交渉中、血相を変えた兵士が部屋に入ってきた。
 
「閣下、報告があります。捕虜のいる牢獄が何者かの襲撃を受けているようです」

 カトーとイチローの救出作戦が始まったようだ。
 私はカトーと合流するまで時間を稼がなければならない。

「なんだと!付近の兵士を送り込み、直ちに鎮圧せよ!地球人ごときに突破できるとは思わないが、決して油断せず皆殺しにせよ。それから、親衛隊をここに集結させよ。万が一に備える」

「はっ、直ちに」

 兵士が去ったあと、ゴディは私を睨みつける。

「紗倉どの、まさかと思うがお主達のしわざではあるまいな?」

「地球人の全てが服従を望んでいる訳ではありません。中にはこのような手段に出る者もおりましょう。それとも閣下は私のような地球人を恐れているのですか?」

「なんと……この私に向かってそのように豪胆な発言をするとは……気に入ったぞ。お前は奴隷とせず、私の側近として使ってやろう」

「もったいないお言葉です。しかし、その前に手続きを滞りなく進めさせてください。まずは降伏条件の説明をお願いします」

 こんなゴリラの側近だなんて、どんな冗談なんだよと思いつつ、時間稼ぎのために笑顔で対応する私。
 私、女優にも向いているのかも。
 地球人になったら、やってみようかしら。

「さて、次の条件だが……。ん?何か外がうるさいな。まだ鎮圧できないのか?」

 先程の兵士とは違う防具を着た人が続々と入ってきた。彼らが親衛隊だろうか。

「閣下、船に忍び込んだネズミはたった1匹のようですが、恐ろしく強いようです。兵士を倒しながらこちらに向かってきているようです」

「なんだと!我らは宇宙最強だぞ。たった1人になぜ手こずっているのだ……」

 カトーがいい仕事をしているようだ。
 ちょっと煽ってみるか。

「閣下……地球人1人にここまでやられてしまうようでは、従わない者がどんどん出てくる恐れがございます」

「わ、分かっておる。ええい、親衛隊以外の兵を全て鎮圧に投入せよ。なんとしても食い止めるのだ」

 よし、これでカトーが兵士を全て倒してくれたら、残るはこの部屋の親衛隊とゴディだけとなる。
 あとは、カトーと合流さえできれば作戦通りということになる。

 少し経った後、銃撃の音が止んだ。どうやら外の戦闘は終わったようだ。
 ドアが開き、部屋に入ってきたのは……。
 俺は階段を駆け上がる。
 なんか……やたら兵士がいるのだが、既に30人以上倒しているような気がする。
 まさかと思うが、サクラが何かやっているんじゃないだろうな。

 銃撃が止んだので、兵士はほぼ壊滅したと思う。
 念のため死角も確認してみたが、隠れている者が見当たらないのでサクラと合流することにした。

 サクラがいる会議室のドアを開けると、ゴディと10人程の兵士が待ち構えていた。
 サクラは俺の顔を見るとゆっくり立ち上がり、目の前の机をゴディに向かって蹴り飛ばした。

「紗倉……貴様!」

 ゴディが真っ赤な顔で怒鳴る。

「あんた達みたいなバカどもに従う訳ないじゃん。捕虜は全て救出したし、あんた達はここで全滅するんだよ。ざまあみやがれ、バーカバーカ!」

 サクラ、相変わらず口が悪いな……。
 というか、子供か?

「ぐぬぬ、こいつらを皆殺しにしろ!」

 ゴディがそう命令した瞬間、サクラの姿が消えて親衛隊員2人が宙を舞っていた。
 俺も親衛隊員1人を仕留める。

 それを見たゴディはこちらに何かを放り投げた。
 サクラは瞬間的に背中を向けたが、俺はうっかりその軌跡を目で追ってしまった。
 だが、それは閃光玉だった。

 俺は目が見えなくなり、無防備な姿を晒すことになってしまったのだ。
 ゴディはその隙を逃さず、俺に向かって銃を向けた。

「カトー!」

 サクラの声と銃声が同時に聞こえた……。
 俺の体は無事だ……。
 だが、俺の体に何かが被さっていることに気付く。甘くいい匂い……サクラだ。

「サクラ!サクラ!」

「カトー……油断するんじゃねえよ……大丈夫だ、まだなんとか体は動く……。気配だ……気配を感じて戦うんだ。お前ならやれるはずだ……」

 サクラの重さが感じられなくなると同時に打撃音が聞こえてくる。
 サクラが戦っている……。

 俺はサクラに言われた通り、気配を読んで銃を撃つ。手応えは分からない……。
 打撃音とサクラの叫び声がまだ聞こえる。サクラは無事なのだろう。

 少しずつ視力が回復してくる。
 ぼんりやりとサクラがゴディと戦っている姿が見える。
 他の親衛隊員は全て倒されているようだ。

 サクラ……血まみれじゃないか……。
 特に頭から大量に出血しており、その出血で恐らく目が見えていない。目をつぶったままで戦っているのだ。
 俺は慌てて援護射撃をするが、ゴディには当たらない……。

 やがて、ゴディの蹴りがサクラの頭部に直撃する。
 サクラの細い体が宙を舞い、俺の目の前にゴロリと転がった。

「くそう、お前らは一体何者だ。特にこの女……頭を撃ち抜いたはずなのに何故戦えるんだ……」

「サクラああああ!」

 俺は激しい怒りを感じていた。
 ゴディに飛びかかり、何度も蹴りを叩き込む。
 ゴディはサクラとの死闘で負傷しており、疲労もピークに達していたようだ。
 次第に俺の攻撃が当たるようになり、ついにトドメを刺すことができた。

「ボス!敵を全滅させましたが、サクラが頭部を撃ち抜かれる重傷を負いました。今から転送するのでナカマツを準備させてくれ!」

 俺はサクラを転送させた。
 一緒に帰還したかったが、俺にはまだやるべき仕事が残っている。エディとともにこの戦艦を破壊することだ。

 ――

 カトーの報告を聞き、私とナカマツは転送されてきたサクラの元へ駆けつけた。
 サクラは全身血まみれで、誰が見ても重傷と分かる状態だった。

「これはマズイ……心肺が停止しています。すぐに蘇生処置を開始しますが、ハカセ君は治療装置の準備をしてください」

 私は治療装置の電源を入れ、治療液の注入を開始した。

 ナカマツは蘇生装置を使用しながら、頭部の傷を確認している。
 銃弾が頭部を貫通していたため、銃弾を取り除く必要がないようだ。
 傷を軽く縫い合わせると、治療装置に蘇生装置ごとサクラを繋いだ。

「サクラは大丈夫だよね……?」

 私は泣きそうになるのを堪えながら、ナカマツに尋ねる。
 ナカマツは黙ったままサクラの容態を確認し、静かに首を振った。

「蘇生装置で心臓マッサージを行っていますが、まだ心拍が戻りません……出血量も多すぎますし、頭部のダメージも極めて大きいです……」

「そんな……ナカマツ!なんとかして!サクラも目を覚まして!私を美人にしてくれるんでしょ!約束を……守ってよ……」

 泣き崩れる私の頭をナカマツがそっと撫でてくれる。
 そういえば、私が泣いているとき、いつだってサクラが頭を撫でてくれたんだ……。変わり者だけど優しいお姉ちゃん……それがサクラだった。

 ボス、カトー、エディの3人が駆けつけてきた。
 どうやら全ての目標が達成されたらしい。

「サクラの状態はどうだ?」

 ボスがナカマツに尋ねる。

「見ての通り、まだ心肺停止状態です……この状態ではまず助からないですが、サクラ君の回復力や生命力なら奇跡が起こるかもしれません。できることはやりましたので……あとは祈るだけです」

「俺のせいだ……俺が油断したばかりに、サクラをこんな目に……サクラは俺を庇って撃たれたんだ。サクラが庇ってくれなければ俺がこうなっていたんだ……」

「カトー、自分を責めてはいかんよ。責任は全て私が負うと言ったはずだ」

「サクラ……あいつ凄いんだよ……頭を撃ち抜かれたのに、敵の兵士を何人も倒した上にゴディと互角の戦いをしたんだ……。そんな凄いやつがこんなところで死ぬもんか!」

 だが、サクラの心音は聞こえてこない。
 私達はただ黙ってサクラが帰ってくることを祈り続けていた。