はじけろ!コーラ星人 ~残念宇宙人が地球にやってきた~

 俺、カトーは今日という日を楽しみに待っていた。
 ハカセに頼んでいた研究が完了したという報告を受けたからだ。

「ハカセ、例の装置、ついに完成したんだって?」

「うん。なんとか出来たけど、時間が掛かっちゃったね……ごめん」

「気にしなくていいんだよ。かなり無茶ななお願いだったし、個人的な理由だからね」

「動機は個人的かもだけど……もし異星人と戦闘になることがあれば、きっと役に立つはずだよ」

「それもそうか。じゃあ、早速使ってみよう。こういう場合、最初に試すのはやっぱり……」

「イチローだよね。既に呼んであります」

 イチローは損な役割が多いな……。でも、イチローがちょうどいいんだよ……。

「さすが、ハカセ……よく分かってるな」

「おはよう、何の用?」

 イチローが研究室にやってきた。
 早朝から要件も言わずに呼び出されたので当然のように不機嫌な様子だ。

「そこに立っていてね。カメラをイチローに向けて……この青いボタンを押すと」

 小さなカメラ付きディスプレイをイチローに向けてボタンを押すハカセ。
 ディスプレイに何かが表示された。
 
「1500か……」

「それは凄いのか?」

「地球人だと大体5~10くらい。戦闘のプロでも100くらいかしら」

「そうなのか……。やっぱり俺たちは遺伝子的に地球人より強い種族なんだな」

「ちょ、いきなり何?まあ、いつもの事だけどさ……」

 訳も分からず実験台にされたイチローだが、いつもの事なので慣れてしまっているようだ。
 さすがイチロー、だからこういう場合はお前が呼ばれるんだけどな。

「イチロー、この機械はね、対象の強さを測ることができるのよ!」

「おお、ということは……。ついにサクラ氏の強さが判明する訳か!」

「そういうことね。その前にカトーの強さも調べましょう。カトー、そこに立って」

 ついに自分の強さを数値として知ることができる。
 曖昧だったサクラとの戦力差もこれで判明するという訳だ。
 
「了解。なんかドキドキするなあ。イチローより弱かったらどうしよう……」

 ディスプレイに表示されたのは3万。

「さすがカトーね。イチロー20人分の強さじゃないの」

 なかなかの数値だとは思うけど、きっとサクラはこれ以上なんだよな……。

「じゃあ、サクラを呼ぶね」

 ――

 やがて部屋にやってきたサクラだったが、二日酔いのためフラフラで、目の下にもクマが出来ている。
 焼肉屋にハマってしまい、毎晩のように通い詰めているようだ。

「おい、こんな状態で参考になるのか?これで勝っても嬉しくないぞ……」

「まあ、とりあえず測定してみましょう。サクラ、そこに立って」

「何ブツブツ言ってんのよ……。頭痛いんだから早くしてよね……」

 サクラにカメラを向けてボタンを押すハカセ。
 表示された数値は……。

「53万!」

 え?このふざけた数値は何だよ?サクラは二日酔いで寝起きだぞ。
 それなのに……俺は3万……。
 
「おい、どういうことだよ!壊れているんじゃないのか!もう一度俺を計り直してくれ」

 再び測定してみたが、やはり3万……。
 どうやら機械は正常らしい。

「そんなバカな……」

「用が済んだなら、もう行っていいか?もう一眠りしたい……」

 ありえない……。
 サクラが強いのは認めるけど、いくらなんでも差がありすぎる。
 俺は軍の特殊部隊所属のエリート兵士だったんだ。
 それなのに……なぜ、戦闘経験も無かったサクラに勝てないんだ……。

 そう思ったら、自分の中で何かが切れたような感覚になった。
 気付いたら……部屋を去るサクラを背後から奇襲攻撃していた。

 だが、その瞬間……俺の意識はどこかに飛ばされてしまった。

 ――

 私、ハカセはとんでもない瞬間を見てしまった。
 あのカトーがサクラを背後から襲った。しかもその瞬間、カトーは宙を舞って反対側の壁に叩きつけられていたのだ。
 一体何が起きたのだろう……状況把握できなくて、イチローと2人で立ち尽くしていた。

「おいコラ、カトー!二日酔いのか弱い女性に背後から不意打ちとはどういうことだ?そんなに死にたいのか?」

「サクラ、カトーは気絶してるから、また後で話そう。もう用は済んでいるので今はゆっくり休んで……」

「ちっ、嫌な気分だぜ……」

 サクラ氏は頭を抱えてフラフラしながら、自分の部屋に戻っていった。
 私はイチローと気絶したカトーを医務室に運び、改めて状況を整理してみる。

 カトーは軍の特殊部隊に所属していただけの事はあり、やはり相当強いということは分かった。
 だが……サクラは想像を遥かに超えていたのだ。
 カトーとの戦力差はとても埋められない程に大きく、しかもそれが体調不良の状態であったこと。
 実際、カトーの不意打ちにも余裕に対処できるどころか一撃で気絶させてしまったのだ。
 万全な状態であれば、一体どれほどの数値になるんだろう……。

 そういえば、サクラは『私より弱い人と付き合うとか考えられないかな~』って言ってたな……。

「サクラ、やっぱりそんな人いないよ……」

 私はカトーを見ながら、静かに呟いていた。
 ん?もう夕方か……。
 目が醒めて時計をみたら、結構な時間が経っていたようだ。
 今朝は二日酔いで頭が痛いのにハカセに呼び出され……行ってみたらカトーが襲いかかってきたという、最悪な1日だった。

 くそう、こんな日はハラミを食べるに限るな。昨日も食べたけど。
 そんなことを考えながら、シャワーを浴びて、着替えをして、化粧をする。
 よし、出発だ。と思って部屋を出たら、ヤツがいた。

「サクラ、本当にすまなかった……」

 ぶん殴ってやろうかと思ったのだが、ハカセも一緒に謝っていることに気付いて思いとどまる。
 なんでハカセまで謝っているんだ?悪いのはカトーだろう。

「あのね、サクラ……。今朝の事は私の作った装置が原因になっているの……だから、カトーを許してあげてほしいの」

 そう言って、ハカセは測定装置についての説明をしてくれた。

 これは困ったな。
 どう考えても悪いのはハカセではなくカトーだけど、ハカセまで謝っているとなると許さない訳にもいかないよな……。
 これが一緒に謝っているのがイチローなら、まとめてぶっとばすのだが。

「分かったよ……今回はハカセに免じて水に流してやる」

「よかった……サクラありがとう。ほら、カトーもお礼を言って!」

 ハカセに言われて再び頭を下げるカトー。

「カトー、許してやるから、これから焼肉に付き合えよ」

「ありがとう。喜んでお供するよ」

「じゃあ、待ってるからすぐに着替えてきて」

 急いで部屋に戻っていくカトーの後ろ姿を見ながらハカセに聞いてみる。
 
「なんで仲直りさせようと思った?」

「やっぱり分かっちゃったか……二人共、自分に正直になれないっていうか、不器用だからさ……もっと腹を割って話し合った方がいいんじゃないかって思ったんだ」

「そういうの、余計なお世話って言うんだぞ」

「でもね、二人がお互いに信頼しあえるなら最強のコンビだと思うんだよ。それは私達全員にとって大きなメリットなの」

「ハカセには信頼してないように見えるの?」

「見えるよ。昔から喧嘩ばかりしてるしさ。お互い、相手に対する敬意と感謝が足りないんじゃない?」

「なるほどね、そんなことだろうと思ったよ。なので、肉でも食いながら話し合おうって思った訳さ」

「さすがサクラ……いつもすごく察しがいいんだよね。本当に大好き」

「褒めても何も出てこないぞ。あ、ハラミ肉でよければ……みやげに買ってくるけど?」

「それは別にいいかな……」

 そんな話をしていたらカトーが戻ってきた。
 ハカセを見たら、ニマニマとニヤけていた……。まったくこの子は……。

 ――

 その晩、俺とサクラは2人で焼肉店【ハラミ王国】に来ていた。
 朝の件はハカセが気を利かせてくれたおかげで、改めて謝罪する機会を得ることができた。
 こういうときはやはり誠意を見せるのが大事だと思う。

「サクラ、改めて……朝は本当にすまなかった……。恥ずかしながら、完全に我を失っていたようだ。あんなマネは二度としない」

 そう言いながら、深々と頭を下げた。

「詳しい話はハカセから聞いたわよ。まあ、あなたの気持ちは理解できるし、今回は許してあげる」

 許してくれたのはとても嬉しいのだけれど、交換条件もなく許されたことなんて初めてかもしれない。
 何か裏があったりしないだろうな……。
 そんなことも考えながら、恐る恐る会話をしていくことに。

「私の方こそ、いつもカトーに優しくなかったなって反省してる……。ごめんね。ずっと2人で戦闘を担当してきて、いつの間にかお互いに慣れすぎていたのかもね。本当はもっと敬意を持って接するべきなのに……」

 ん?やっぱりいつものサクラと違うようだ。
 こんなことを言われるのも初めてだと思う。

「サクラ、一体どうした?今日謝るべきなのは俺の方なのに……」
 
「いや、本当はね……、ずっと感謝してたんだよ……。照れくさくてずっと言えなかったんだけどさ……」

 ああ、そうか……。これはハカセに何か言われたな。

「そうか、それなら嬉しいよ。俺はハカセに色々怒られてさ……本心で謝るように言われてるんだ。サクラもハカセに何か言われたんだろ?」

「はは、よく分かったね。その通りだよ。でもさ、本心であることは間違いないぜ」

「今日は俺も本心だけで話そうと思う。俺の方こそ感謝しているよ。サクラを超えたい一心でやってきたから昔より強くなれたからな。でもさ、やっぱり悔しいというか嫉妬をずっと抱えていたんだと思う……今日も嫉妬心が抑えられなくなってしまったんだ……本当に恥ずかしいが事実だ」

 本音を話すということは勇気がいることだと初めて知った。
 手が震えている……。
 激しい戦闘でも震えないというのに。

「なあ、本心で話すついでに聞きたいんだけどさ、カトーはメイドカフェの女みたいな子が好みのタイプなのか?」

「そうだな。自分でも気付かなかったんだけどさ、ああいう大人しめの子が甘えてくるっていうのが楽しくてさ。今まで縁が無いタイプだからかもな」

「そうか、私とは全く逆なタイプだもんな。私がもっと可愛くしていたら楽しかったかもな……」

「それはどうかな……あんな可愛い感じの子が自分より強かったら……もっと嫉妬しちゃうだろ」

 そんなことを話しているうちに、やっと自分の気持ちに気付いたような気がした。
 俺の相棒はやはりサクラなのだと。

「じゃあ、私達のコンビは実は丁度いい感じなのかもな」

「そうだな、丁度いいな。随分一緒に戦ってきたけど、案外近いものほど見えないものなんだな」

「今更だけど、宇宙最強コンビの誕生ね。今日は朝まで飲むわよ!」

「おう、酒なら負けないぜ」

「すみませ~ん、特上ハラミ20人前追加~」

「えっ?」

 サクラの強さにも興味はあるけど、どこまで食べられるのかにも興味があるな。
 牛一頭くらい食べそうな気がする。

 それから2時間ほど、本音で話し合った。
 サクラの意外な秘密をいくつか知ることができた。こんなことならもっと早くこういう機会を設けるべきだった。

 だが、最高に盛り上がってきたタイミングで事件は起こった。
「おいおい、なんじゃこりゃあ。店長、ちょっとこいや」

 店内でガラの悪そうな連中が突然大騒ぎを始めた。
 店長らしき人物が連中の元へ向かう。

「この店ではゴキブリを客に食わせるのか!どう落とし前つけてくれるんじゃ!」
「謝って済む問題じゃねえぞ。誠意だよ、誠意を見せろ!」

 肉の皿にゴキブリがいればすぐ分かるはずなので、明らかにイチャモンを付けることが目的なのだろう。
 誠意を見せろと言って金を巻き上げようとしている。

 店長が対応に苦慮していると……連中は他の客にも迷惑を掛け始めたので、多くの客は食事の途中で逃げ出し始めた。
 そして連中はこちらにもやってきたのだ。

「おうおう、姉ちゃん。こんなクソダサ男と不味い肉を食うなんて寂しいじゃねえか。俺らと遊ぼうや!」

「うるせえ、そのブサイクなツラをこっちに向けんなよ。肉が不味くなるだろ」

「おい、サクラ。現地人間のトラブルに関与するのは禁止だぞ……」

 小声でサクラに伝えるが、サクラの怒りは収まらないようだ。
 マズイことにならなければいいのだが……。

「なんだと、コラ。もういっぺん言ってみろコラ!」

 連中のリーダー格の男がサクラに絡みだしてしまった。

「コラコラうるせえこのタコ!」

「なにがタコだ、コノヤロー」

「黙れコラ、やってやるぞコノヤロー!」

 ちょ……なんだこれ。サクラも何を言っているんだ……。
 コラ、タコ、コノヤローだけで口喧嘩してるじゃないか。
 語彙力のない口喧嘩がこれほどまでに滑稽だとは……。

 いやいや、そんなことを考えている場合じゃないな。

「言ったな!女だからって容赦しねえぞ!」

 リーダー格の男はサクラの前にあるハラミが載った皿を持ち上げ、逆さにした。
 ボトボトと音を立てて、サクラのハラミが床に散らばった。
 その瞬間、サクラの顔がみるみる真っ赤になる。

 ああ、やっちまったか……。
 これはもう止められないな。俺も覚悟を決めるしかないか。

「おい、てめえら、全員表に出ろ!生きて帰れると思うなよ!」

 サクラが怒鳴りつける。

「なんだと、コラ。吐いた唾は飲み込めねえぞ!いいだろう、表に出やがれ!」

 俺達は店を出ると、店の迷惑にならないよう、人目のつかない場所にある空き倉庫へ移動した。

「よし、全員まとめて相手にしてやる。まさか逃げたりしないよな?」

 サクラが戦闘態勢に入る。
 その姿を見て、そういえばハカセの測定器をまだ持っていたことを思い出した。
 カバンから取り出して、サクラに向けてみる。

 50万……100万……150万…………。
 数値がどんどん跳ね上がっていく……。
 え?まだ上がるのか?

 200万を超えた辺りで【計測不能】のエラーが表示された。
 そういえば、ハカセは測定上限が200万だとか言っていたような……それ以上の数値は意味が無いからだとか……。
 いや、意味あったよ。200万じゃ足りないんだよ……。

 下っ端が数人まとめてサクラに襲いかかる。
 当然、その攻撃は当たらず……回し蹴りが炸裂した。
 鈍い音がして、襲いかかっていた全員の頭部が粉々になって吹き飛んだ。

「な……なんなんだ……ば、化け物か!」

「おっと、お前ら全員逃さないぞ、こいつらと同じ目に合わせてやるからな!カトー、こいつら1人残らず逃がすなよ」

「うわああ~」

 残った連中は叫び声を上げてバラバラに逃げ出すが、俺は全員捕まえてサクラに向かって放り投げた。
 そこにサクラの蹴りが待ち受けていた。
 こうして、あっという間に死体の山ができあがった。

「地球人って本当に弱いな……」

「サクラ、すぐに撤退しよう。ルール違反だぞ、色々マズイ……」

「ルールなら大丈夫だぞ。私のハラミを捨てて喧嘩を売ってきた時点で現地人同士のトラブルじゃなくなってるからな!」

「それは屁理屈だろ……」
 
「あとな……カトーはクソダサ男じゃないからな……」

 そういえば、そんな事を言われていた気がする。
 そこにも怒ってくれていたんだ……。

 ――

「バッカモ~ン!」

 会議室にボスの声が響く。
 ボスが怒鳴っているのは、俺とサクラが起こした事件についてだった。

 俺達7人の中ではいくつか禁止事項が存在している。
 その中に【現地人同士の争いに関与してはならない】というのがある。
 関与することによって【特効薬】の調査が困難になる可能性を恐れているためである。

「ボス、お言葉ですが、あいつらは私のハラミを捨てて喧嘩を売ってきたんだよ。その時点で現地人同士の争いではなくなってるはず」

 その言い訳、昨日も聞いたな……。

「だからといって、現地人を皆殺しにしてしまうのはさすがにやり過ぎだろう。ハラミと人命では重みが全然違うんだよ。禁止としている理由は新たな火種を生まないためなんだよ。そこを忘れないように」

「そうやって細かい事ばかり気にしているから、どんどん髪が抜けていくんじゃないの!」

「不老不死だから、これ以上抜けないの!あと、人の外見をイジらない!」

「すみませ~ん、これからは気を付けま~す」

 ボスに叱られ、少し大人しくなるサクラ。
 でも、それほど反省をしていないような……。

「サクラとカトーは一週間の外出禁止とする。二人共反省するように!」

 ボスは普段優しいが、このような場面では非常に厳しい。
 仲間を守るためという使命が彼にそうさせているのだろう。

 自分の部屋で大人しくしていると、ハカセがやってきた。

「カトー、サクラとは仲直りできた?」

「ああ、バッチリだぜ。ハカセが色々骨を折ってくれたおかげだな。本心で話したからお互いに分かりあえた気がする」

「そう、それなら良かった」

「それはそうとさ……さっき、サクラの本気喧嘩モードを見たので計測してみたんだけど、200万を超えてエラーになったぞ」

「えええ~!」

「本当だから、これは返しておくよ。あとでログデータを見てみるといい」

「そっか~。なんかさ、もう計測しない方がいいかもね。知らない方が幸せな事って……この事だよね」

「だよな。今日はさすがに疲れたぜ……」

 俺はハカセに計測器をそっと手渡した。
 この計測器に振り回された1日であった。
 俺様エディはビッグでダンディなナイスガイなんだが、1つだけ弱点があるんだ。
 それは極度の方向音痴で、すぐ仲間とはぐれちまうことなのさ……。
 そういうことでいつもは船の中で寂しく留守番なんだが、今日は珍しく全員揃っているというので仲間たちの様子を見に行こうと思う。

 船内を適当にブラついていると……見つけたぜ。サクラとハカセだ。

「よう、ブラザー。ご機嫌はいかがかな?」

「機嫌?いいはずないでしょ!謹慎中なんだから。というか、いつからあんたとブラザーになったのよ?」

 おおう、いきなり毒舌全開だな。さすがサクラだぜ。
 だが、こうなることは既に織り込み済みなのさ。

「まあそう言うなって、ストレスが溜まったときは吐き出すのが一番なのさ。つまり、その役を俺様が買って出たという訳さ」

「いきなり何なの?あんたと話すくらいなら、窓でも見てる方が楽しいわ……」

「はは、笑えないジョークだぜ……」

「ジョークじゃないから、あっち行ってくれない?あんた長生きしないわよ」

 おっと、どうやら会話の地雷原を歩いていたようだぜ。
 カトーは毎日こんな会話をしているのか?だとしたら、相当の鋼メンタルだな。
 
「サクラ……そこまで言わなくてもいいじゃない?そうだ、エディにも意見を聞いてみようよ」

 さすがはハカセだ。俺様に意見を聞こうとはお目が高い。
 
「お安い御用さ。一体それはなんだい?」

 ハカセが何かの本を持っていたので聞いてみた。
 地球の本みたいなので、どうせイチローの仕業だろうがな。

「これはイチローが買ってきた地球の本なんだけど、催眠術っていう人を言いなりにさせる術のかけ方が書いてあるらしいの」

「さすがイチローだな。くだらない本を買わせたら右に出る者はいないだろうな……」

「そうなのよ……明らかに胡散臭いんだけど、サクラが気になるって言うからちょっと読んでたの」

「そうだな、さすがにこれは酷すぎじゃないか。非科学的にもほどがあるぜ」

「エディもそう思うわよね。サクラはちょっと信じてるみたいだけど」

「そこまで言うのなら、試しにかけてみたらいいんじゃない?ハカセはかからない自信があるのよね?」

「もちろんよ。じゃあエディ、私に何かかけてみて!例えばサクラになるとか」

 なんてバカバカしいんだ……と思いつつも本をめくる。
 やり方は簡単なので振り子を作ってハカセの前で振る。

「ハカセ……あなたはだんだん眠くなる……」

 半分ふざけながら術をかけたのだが、ハカセの目がだんだんと閉じていく……。
 え?まさか聞いてるのか?

「目が醒めたらサクラになっている……」

 パンと手を叩くとハカセが目を覚ました。

「あなたは誰ですか?」

 ハカセに尋ねる。

「サクラに決まってるでしょ。脳みそまで迷子になってんじゃないの?」(注:ハカセ)

 え?今なんて?
 気のせいか、目つきもすごく怖くなってるし……まさか本気でかかってしまったとか?

「あなたの任務はなんですか?」

 再びハカセに尋ねる。

「戦闘担当に決まってるだろうが!あまたの戦いをこの拳でくぐり抜けてきたのを忘れたのかよ?」(注:ハカセ)

「ほら、ちゃんとかかるじゃない!非科学的だかなんだか知らないけどさ、なんでも否定するのはよくないぜ」

 サクラが勝ち誇った態度で俺様を見下している。

「どうやら今回は俺様の完敗のようだぜ……サクラ……お前の勝ちだ」

「勝ちなのは嬉しいんだけどさ、なんかハカセの毒舌すごくない?私、あんなじゃないと思うんだけど……」

「いつもあんな感じだぞ。まあ確かに若干酷い気もするけどな……」

「これってさ、ハカセが思っている私のイメージなんだろ?客観的に見るとすごく嫌だな……」

「サクラ……さっき俺様と会ってからの発言を全部思い出してみるんだ。自分で思っているよりすごいからな」

「分かった……もういい……ハカセを元に戻してあげて……」

 そうだな……これは早く戻した方がよさそうだ。

「分かった、すぐ戻そう。戻す方法は……えっと……?」

「おい、まさかと思うが……戻す方法が書かれていないとかじゃないだろうな!」

「御名答だ。そのまさかだぜ」

「なにが御名答だ!いいから戻せよ!答えはハイかイエスのどちらかだ」

 なんてこった……まさかの事態だ。
 このままでは毒舌女が2人になっちまう。それだけは避けなければならない。

 そのとき、事の元凶が姿を現した。
 そう、イチローだ。

「お、3人で何してるの?」

「イ、イチロー!お前が買ってきた催眠術の本でハカセが私になっちまった……なんとかしてくれ!」

「え?ハカセがサクラ氏に?」

「イチローか、なんかむしゃくしゃしてきたから一発殴らせろ!」(注:ハカセ)

「うわ、本当にサクラ氏になってる……すごい再現度じゃないか……」

「イチロー、お前本当にぶっとばすよ?」(注:サクラ)

 イチローにこれまでの経緯を説明した。
 やはりイチローも戻す方法を知らないらしい……。

「しかし、まさか本当にやっちゃうとは……そうだ!いい方法を思いついたぞ!」

「ほう、それは一体どんな方法なんだ?」

「ハカセにもう一度催眠術をかけるんだ。『ハカセになれ』ってね!」

「そいつは名案だ。早速やってみるとしよう」

 さっきハカセにやったように、振り子を動かして催眠術をかける。

「目が醒めたらハカセになる……」

 手をパンと叩いたが、今度は効いた様子が無い。
 二度は掛かりにくいのだろうか……。

「ねえイチロー、目の前のサクラはどうして小さくなってるの?」(注:サクラ)

 え?まさか……まさかだよな……嘘だと言ってくれ!

「エディ……ハカセにする催眠術だけどさ……サクラ氏にかかっちゃってるよな?」

「ちょっと待ってくれ……今言い訳を考えているんだ……」

「じゃあ、俺が教える。どうやら【最悪の状況】になったよ……」

 やっぱりそうか……。
 ハカセがサクラに……、サクラがハカセに……。
 よく考えてみると、ハカセとサクラは何もかも正反対の存在だ。だから仲がいいのかもしれない。

 イチローとカトーが入れ替わったのなら、それほど大きな問題は無いだろうが……。
 これは本当にとんでもないことになったのかもしれない……。
 今日の食堂は異様な雰囲気だった。
 戦闘服を着たハカセと、白衣を着た大人しいサクラ氏が本を読んでいる姿を目にするからだ。
 サクラ氏が本を読む姿なんて、二度と見ることはできないだろうから貴重な瞬間であることは間違いない。

 エディ氏が面白がって写真を撮っていたが、さすがにボス氏に怒られていた。
 そりゃそうだ。誰のせいだと思ってる?

 そういう俺、イチローも催眠術の本を買ってきた張本人なので、さっきまでボス氏に怒られていた。
 確かに買ってきたけど……まさか本当にやるとは思わないよね。
 この手のトラブルが起きると、いつも俺のせいにされている気がするんだよな……。
 
 さて、問題の二人だが……解決方法が分からないので、しばらく様子を見ることになった。
 女性同士なのでシャワーやトイレの問題が無いというのが、せめてもの救いだ。

「なんで酒がダメなのよ?いつも飲んでるだろ!ケチ!ハゲ!悪人顔!」(注:ハカセ)

 そう言ってボス氏に食ってかかっているのがハカセ。どうやら、酒を飲もうとしてボス氏に止められたようだ。
 サクラ氏は大食いなのだが……そこは本能が拒否したのか、酒だけを要求していた。
 ボス氏が酒を止めるのは当たり前なのだが、娘のようにかわいがっていたハカセが悪口を言うもんだから、今まで見たこと無いような落ち込み方をしている……。

 一方でサクラ氏は……酒も飲まず、少量の食事を礼儀正しく食べ、食堂の隅で何やら難しい本を読んでいる。
 よく見ると眼球は動いていないので、本は見ているだけで読んではいないのだろう。
 本体はサクラ氏なので、内容の理解はできないだろうし。

 食後、ハカセがカトー氏に何やら話している。

「カトー、食後の運動に付き合ってちょうだい。軽く組手でもするわよ!」(注:ハカセ)

 カトー氏の目が泳いで、必死に俺の方を探した。
 そりゃそうだ。ハカセに怪我でもさせたら何を言われるか分かったもんじゃないからね。
 
 結局、ハカセに引きずられて訓練室に向かうカトー氏。
 仕方がないので俺も見学をさせてもらうことにする。

「じゃあいくわよ!準備はできてる?」(注:ハカセ)

 そう言って裸足になり、サクラ氏と同じ構えをするハカセ。
 サクラ氏は感覚派なので、訓練のときは裸足になることが多い。

 催眠術とはいえ、なかなか細かいところまで再現できている。
 得意分野は全く違うのだが、普段からよく見ていることが伺える。

「ちょっとまった!」

 カトー氏が慌てて止めてハカセに駆け寄る。

「何なんだ!早く構えろよ!」(注:ハカセ)

「サクラ、親指は握り込んじゃだめだ……怪我をするからな。親指は外に出して……そう、そうやって握るんだ」

 カトー氏がハカセの拳を直す。
 そうか、こういう細かいことまでは知らないだろうから、再現はできないのか。

「カトー、あんたも結構細かいのね。拳がダメなら足で蹴ればいいじゃない!」(注:ハカセ)

「…………。まあいいか、準備オッケーだ」

「じゃあ、いくわよ!サクラ様の妙技を味わえ!」(注:ハカセ)

 ハカセがカトー氏に向かって突撃していく。
 そして、カトー氏に攻撃が当たるのだが……ポコンポコンとマヌケな打撃音が聞こえてくる。
 カトー氏はというと、直立不動でただ攻撃を受け続けている。

 どれだけサクラ氏になりきろうとも、やはりハカセはハカセなのだ。
 ひとしきり攻撃をして息の上がったハカセは、無表情で立ち尽くしているカトー氏に向かって衝撃の一言を放つ。

「今日はこのくらいにしておいてやる」(注:ハカセ)

 ――

 放心状態で立ち尽くすカトー氏を訓練室に放置し、俺はハカセの研究室にやってきた。
 当然のようにサクラ氏が座っており、何かの作図作業をしていた。
 
「あ、イチロー。お茶でも入れるから、そこに座って」(注:サクラ)

 慣れた手付きでお茶を入れるサクラ氏。
 その後姿は紛れもなくハカセのもので、俺は目を疑った。
 ハカセは身長140センチの小柄な体型なので、長身のサクラ氏とは30センチ以上も差がある。
 普通なら見間違えるはずがないのだが、それほど似ていたのだ。

「はい、どうぞ。ん?私の顔に何かついてる?」(注:サクラ)
 
 ハカセのように優しい笑顔でサクラ氏が微笑んでいる。
 普段は酷い毒舌なので忘れているのだが、サクラ氏は絶世の美女なのだ。
 その絶世の美女が優しく微笑むと、脳内が麻痺するような感覚に陥る。
 サクラ氏も普段からこんな笑顔ならいいのに……と思うと同時に、大人になったハカセは……すごい美女になるかもしれないと妄想してしまう。

「ハカセ、何か不自由なこと、困ったことはない?」

「え?大丈夫だよ。イチロー、いつも気にかけてくれてありがとう」(注:サクラ)

「いや、いつも俺のせいで迷惑を掛けてしまうから……今日も申し訳なく思ってるんだ」

「ううん、別にいいの。私はイチローと一緒ならそれだけで楽しいから……」(注:サクラ)
 
「そうなの?これからも迷惑掛けるかもしれないよ?」

「うん、それでも。これからもずっと一緒にいたい……私、イチローじゃなきゃダメみたい……」(注:サクラ)

 そう言って、サクラ氏は俺の肩に寄りかかってきた……。
 なんだこれは!
 冷静になれイチロー!こんなときは素数を数えるんだ!

「そっか、じゃあ早く大人になる方法を見つけなきゃね」

 そう言って、平静を装いつつ慌ててサクラ氏を引き剥がす。
 相手がサクラ氏だというのに、まだドキドキしている……。

 そうか、そうだったのか!
 俺はやっと気付いたのだ。
 
 ――
 
 俺は会議室に全員を呼び出し、こう宣言した。

「二人を元に戻す方法が分かったよ!」
 
「それは本当かい?私はあんなハカセを見ていられないんだ……早く戻してくれ!」

 ボス氏がもう限界だとばかりに訴えてきた。
 他の仲間達も大体同じ気持ちのようだ。

「じゃあ、ハカセ、サクラ氏……元に戻れ!」

 そう言って、二人の目の前で手をパチンと叩く。

「あれ?私……何やってるんだろう?」(注:ハカセ)

「私も……一体何を……。なんで白衣なんて着てるんだ……」(注:サクラ)

「戻った!イチローよくやった!」

 歓喜の声が会議室に響く。
 催眠術騒ぎは無事解決となったのだ!

 だが、俺にはまだやることが残されていた。
 しばらくしてから、俺は部屋にハカセとサクラ氏を呼んだ。
 どうしても確認しなければならないことがあるからだ。

 ハカセとサクラ氏がやってきて、俺の向かいに並んで座った。
 俺はお茶を入れながら……少し探りを入れてみた。
 
「二人とも体調は大丈夫?何か異変はない?」

「私は大丈夫。心配させてしまってごめんなさい……」

「私も特に問題はないな」
 
「そうか、それはよかった。まあ……そうだよな。あれは二人の芝居なんだからさ……」

「……」
「……」

 ハカセとサクラ氏は、お互いの顔を見つめたまま黙っている。

「まあ……あれだ。言いにくいかもしれないけどさ、他の皆には黙っておくから真相を話してほしくてさ……こうして来てもらったわけだ」

「あ~あ、上手くいったと思ったんだけどな~。まさかイチローにバレるとはな……」

「イチロー、なんで分かったの?」

「理由は簡単さ。ハカセのサクラ氏があまりによく出来ていたことと、サクラ氏のハカセが随分違ったことかな」

「私のサクラは上手く出来ていたんでしょ?それが理由なの?」

「あのクオリティの高さは、周到に準備されていたからできることだよね。普段から見ている記憶をトレースしただけじゃ、あそこまで完璧に振る舞うのは難しいと思ったんだ。今回は計画性の高いハカセの性格が仇となった感じだね」

「色々想定して備えていたのはその通りね。そうか、簡単に言えばやりすぎちゃったんだね」

「そう、明らかにやりすぎだったね。でも……結構面白かったよ」

「ねえ、ハカセ……。私、あんなに毒舌なイメージなの?」

「うん、結構毒舌だよ……。でも、私はそういうサクラも大好きだよ」

「素直に喜べねえな……ハカセの前では気を付けているつもりだったんだけどな……」

「そうだよ。普段のサクラ氏はさ、ハカセの前では毒舌がそれほどでもないんだよね。にも関わらず、毒舌が増量されていたんだよ。まあ、面白かったけどね」

「じゃあ、私はどうなんだよ。自分で言うのもなんだけど、結構自信があったんだぜ。何がダメだったんだ?」

「表情、所作なんかは完璧だったよ。ハカセと見間違えるレベルでね……ただ……」

 そう言って、ハカセをチラっと見る。
 ハカセはそれに気付いて、顔を真っ赤にする。

「さ、サクラ……あなた……何かやったのね?」

「えっと……なんだったかな~」

 慌ててサクラ氏がハカセから目を逸らす。

「ちょっと!何をしたの……イチロー、答えて!」

「えっと……その……サクラ氏がハカセのマネをしながら迫ってきたんだ……」

「し、信じられない!なんてことしてくれるのよ!」

 ハカセはますます顔を赤くして、サクラ氏をポコポコ叩いた。
 よく見たら、親指は握り込んでいなかったので、カトー氏の教えをちゃんと学習したようだ。

「いや……その……つい、魔が差したというか、からかいたくなったというか……」

「ひどい!イチロー、その記憶今すぐ忘れて!できないなら無理やり消してやるんだから!」

 相変わらず暴走気味なところは本物のハカセだ。
 まさか、コーラ工場の人に使った機械を使うつもりなのか?

「そう簡単に忘れられないよな~。お前……真っ赤な顔して興奮してたもんな。大人になったハカセを想像してたんだろ~?」

 無茶苦茶な言われようだな……。
 大人になったハカセを想像したのは事実なんだけどさ。

「それだよ、それがサクラ氏の悪いクセだよ。ハカセはそんなことしてくるはずがないのに……面白くなってきちゃって、俺をからかいだしたんだよね?」

「そうだな……結構面白かったぜ」

「サクラ!開き直らないで!」

「まあ、それが芝居だって分かった理由なんだけどね。からかっているって気付いた瞬間にこれまで感じていた違和感が確信に変わったんだ」

「皆の前で術を解いたのは何故なの?」

「芝居だってバラすこともできたけど、それだとハカセとサクラ氏の立場が悪くなると思ってさ。あとは万が一予想が外れた場合も想定した結果、芝居には芝居で解決するのがベストだろうと」

「なるほどね。イチローにしてはやるじゃない」

「いや……助けてあげたんだからもっと褒め方あるでしょ……まあ、それはさておき、今回の件はどっちがどんな理由で考えたのか教えてほしいな」

 ハカセとサクラ氏が顔を見合わせて、考え込んでいる。

「実はね、私が考えたの……」

 え?ハカセなの?

「私とサクラって、性格が真逆だってよく言われるじゃない……だから、お互いに入れ替わったら面白いっていうか、皆どんな反応するんだろうって気になってたの。それでね、イチローの買ってきた催眠術の本を見て……これだ!って」

「でもさ、催眠術はエディがかけたんだよね?かなり不確実だと思うんだけど」

「別に誰でも良かったのよ。たまたまエディが通りかかってくれたからエディになっただけなんだけど、私の計算以上に上手くいったの」

 エディ……。
 その役目、いつもは俺なんだ……同情するよ。
 
「さらに、イチローが私に『元に戻す術をかけたら』って言ってくれたでしょ……あれは本来、サクラの役目だったので、予想以上の展開に気分が高まっていたわ」

 ハカセが嬉しそうに語っている。
 そうか、真面目な子だとばかり思っていたけど、こういう悪戯好きな面もあったんだな……。

「あまりに上手くいくもんだから、笑いを堪えるのに必死だったわよ……」

 ハカセがケラケラと笑う。
 よほど笑いを我慢していたのだろう。
 俺としては笑い事ではないのだが……。
 
「……まあ、今ハカセが言ったように、ハカセが考えた悪戯に私が乗った感じね。私の演技はほとんどアドリブだけど、結構上手だったでしょ」

「サクラ氏、大人なんだから……そこは注意しないと……」

「そうね、本来は注意すべきよね……よし、ハカセ!ボスの所へ謝りに行こう!」

「うん。やっぱり謝らないといけないよね。イチロー……色々気を使ってくれてありがとう」

 そう言って2人はボスの元へ向かった。
 謝りに行くというのに、なんだか少し楽しそうに見える。
 
 ハカセの暴走は何度か見てきたけど、それは彼女の真面目さ故のものだった。
 今回はそんな真面目な彼女がちょっとだけ見せた別な一面なのだろう。
 人の心はなかなか分からないものだ……。

 などと考えていると、サクラ氏が忘れ物をしたと戻ってきた。

「イチロー、言い忘れてたんだけど……」

「改まってどうした?」

 そのとき、サクラ氏は見たこと無いような真面目な顔をしていた。

「私、確かにイチローをからかったけど、あのとき言った内容はハカセの気持ちで間違いないはずだよ。今はまだ早いけど、ハカセが大人になれたら……その時はしっかり男を見せろよ!」

 え、今なんて……。

「じゃ行ってくる」
 
 サクラ氏はそう言ってハカセの元へと向かった。
 俺はサクラ氏の出ていったドアをじっと見つめていた……。
 明日は日本国でいうところの【大晦日】という日らしい。
 108の煩悩とやらを消し去り、綺麗な心で新しい年を迎えるというものなのだとか。

 私、ボスは最近のトラブル続きに頭を悩ませているのだが、この【大晦日】を上手く利用して団結を計りたいと考えている。
 そこで、夕食会で提案を行ってみた。

「明日の日本は大晦日といって、1年最後の年になるのだそうだ。そこで我々もパーティのようなものを行って節目としたいと思うのだが、どうだろうか」

「オヤジ、それいいな!私は酒が飲めれば大歓迎だぜ」

 早速、サクラが食いついてきた。
 うん、私は特に君の煩悩を全て消し去りたいのだよ。今年一番のトラブルメーカーだったよね?

「ボス氏、俺に提案があります」

 さっと手を上げて名乗り出たのはイチロー君だ。
 若干不安ではあるが、とりあえず聞いてみるとしようか。

「日本流の鍋パーティを行うのはどうでしょうか。皆で同じ鍋を囲みながら今年の反省や来年の抱負を語り合うんです」

 なんと!イチロー君が珍しくまともな事を言っている……。
 しかも、まさに私が求めているものではないか。

「それはいいアイディアだね。イチロー君に全ての仕切りを任せてもいいのかな?」

「もちろんです。俺に任せてください!皆に美味しい鍋をご馳走するので楽しみにしていてください」

 そう言って、楽しそうに食堂を去っていくイチロー君。珍しく頼もしいじゃないか!
 明日は良い夕食になりそうだ。

 ――

 翌日、食堂に入るとイチロー君が準備をしていた。
 鍋は2つ置かれていて、その脇に肉や野菜などの具材が置かれている。

 席は鍋Aがサクラ、ハカセ、ナカマツ、鍋Bはカトー、エディ、そして私と分かれて用意されている。大食いのサクラに少食のハカセとナカマツを組ませるあたり、なかなか考えている。
 イチロー君は間に座って、両方の鍋を監視するつもりなのだそう。
 
 仲間が次々と食堂にやってきて、ようやく全員揃った頃にイチロー君が挨拶を始めた。

「え~皆さん。今日は俺が鍋奉行を勤めます。美味しい鍋をご馳走しますので楽しんでいってください!」

 拍手がイチロー君を包み込む。
 嬉しそうな笑顔を浮かべながら、さらに挨拶は続く。

「今年1年お疲れ様でした!来年もいい年になれるよう頑張りましょう。カンパーイ!」

『カンパーイ!』

「よし、じゃあそろそろ食べようぜ~」
 
 そう言って、サクラ君が鍋の蓋に手をかけた……。

「サクラ!ちょっと待て!」

 食堂は沈黙に包まれた。
 あの温和なイチロー君がサクラ君を大声で怒鳴りつけたからだ。
 普段だとありえない光景に理解が全く追いつかない。

「え?」

 固まるサクラ君。
 彼女は普段から乱暴な言葉づかいなのだが、自分が言われる事には慣れていないようだ。

「鍋の穴から湯気が出るまでは蓋は取ったらダメだ!今じっくりと出汁をとっているところなんだよ!」

 イチロー君の勢いに圧倒され、何も言えずに鍋の穴を注目する私達。
 楽しいはずの鍋パーティーはまさかの展開で始まってしまった。

「よし、もう大丈夫だ。蓋を取って、出汁用昆布を回収だ!」

「え?これは食べないの?というか、出汁って何よ?」

 サクラ君が立て続けに質問をする。
 うん、私も全く分からないな。

「食べようと思えば食べることはできるけど、このまま煮ると『えぐ味』が出てしまうんだ。だから沸騰したら回収する。出汁ってのは旨味の元となるアミノ酸で、この昆布からはグルタミン酸がよくとれるんだ。他にも肉類からはイノシン酸、しいたけからはグアニル酸、貝類からはコハク酸などがとれる。これらは単体でも美味しいんだけど、複数合わさると相乗効果で旨味が強くなるんだよ。つまり……鍋はアミノ酸の宝石箱なのさ!」

 得意げに解説をするイチロー君だが、皆お腹が減っているのでどうでもいいという感じで聞き流していた。
 唯一ハカセだけが喜んでメモを取っていた。さすが科学マニアだ。

「つまり、この鍋は単なるごった煮ではなく、最高の美味しさになるように計算されているということかしら?」

「さすがハカセ。そういうことだ。今日は鍋奉行の俺が完璧に仕切って、最高の鍋を作るんだ!」

「あのさ~、その鍋奉行って一体なんなのよ?早く食べたいんだけど……」

「最高の鍋を作るために、具材を入れる順番から食べる順番まで指示する役割のことさ。他にも灰汁を掬う【灰汁代官】というのもあるぞ」

 あ、これ何か言われるやつだな……。
 
「ぎゃはは、【灰汁代官】!ボスがやるしかないだろ~悪人顔なんだし!」

 ほら、やっぱり言いやがった!
 くそう、みんな大爆笑しやがって。

「サクラ!外見いじりはダメだとあれほど言ってるでしょ」

「オヤジ!固いこというなよ~。今日は大晦日なんだからさ、無礼講なんだろ?」

「そんなことより、鍋に具材を入れていくよ。最初は出汁が出るものから入れるのが基本だ。鶏の骨付き肉、しいたけ、ホタテ、長ネギは緑の部分から入れるぞ……」

 私とサクラ君のやりとりを【そんなこと】扱いしつつ、テキパキと具材を鍋に投入していくイチロー君。
 もう一方の鍋はカトー君が入れていたのだが……。
 
「カトー!豆腐はまだ早い!しらたきも出汁が出るまでの辛抱だ!」
 
 早速注意されて、大人しくなっている。
 そう言えばイチロー君は名前を呼ぶときに【氏】を付けるクセがあるのだが、さっきから呼び捨てになっているな……。
 これはもしかして……鍋を前にすると人格が変わるヤツなのか!?
 だとすると、私はとんでもない過ちを犯してしまったのではないか?

 こうして大晦日の夜は更けてゆく……。
「ナカマツ!豆腐を掬うときは崩れないようにおたまを使うんだ。ハカセ、この肉は煮えてるよ。サクラ、少しは野菜を食べろよ!ほれ」

 イチローは鍋の前で迷奉行ぶりを発揮している。
 うぜえ、こいつ……私の取皿に白菜を入れてきやがった!
 私は肉だけ食べたいんだよ!

「サクラ、どうしたの?今日はいつもより食べるペースが遅いように思うんだけど?」

「ああ、ちょっと考え事をしていたな……よし食べよう」

 さっき放り込まれた野菜を避けつつ、肉を食べる。
 くそう、悔しいが美味いな……。
 イチローが煩くなければ最高なのに……。

 ん?そうか……良い事を思いついたぞ。

「イチロー、鍋奉行お疲れさん。感謝の印に飲み物を持ってきたから飲んでくれ」
 
「サクラ、ありがとう。じゃあ、一段落したらいただこうかな」

 持ってきた飲み物をイチローの横に置く。
 よし、これで時間の問題だな。
 さて、肉を食べまくろう。

 ――

「イチロー、この鍋美味しいね。あ、ちょっと喉が乾いたのでジュース一口ちょうだい」

 そう言って、ハカセがイチローの隣にあるジュースを飲む。
 ……それは私が持ってきたやつではないか!

「いちろ~……わたし……なんだかふわふわしてきた……」

 ハカセが真っ赤な顔をしている……。
 そりゃそうだよ、それは酒だからな。

 イチロー最大の弱点は極端に酒に弱いことなのだ。
 ジュースに見せかけて酒を飲ませ、酔ったところで医務室に運べば……好きに食べられる!という作戦だったのだが。
 まさか隣に座っていたハカセが飲んでしまうとは……これは痛い誤算!

「ちょっと、それはまさか酒では?」

 ハカセの様子を見て、ナカマツが気付いた。
 さすが医師……これはマズイ展開だ。

「完全に酔ってますね……医務室に運びましょう」

「い~や~だ!わたしは……いちろーとずっといっしょにいるの~」

 ナカマツがハカセを医務室に運ぼうとするのだが……全力で拒否してイチローに力強く抱きついてしまい、連れて行くことができないようだ。
 しかし、結果的にイチローの動きを封じることができている。

「困りましたね……まあ、顔色は悪くないし、不老不死だから健康への影響も無いでしょう。しばらくこのまま様子を見ましょうか……」

「わたし……よってなんかいないも~ん」

 酔ってるよ、完全に。
 酔ってるやつはみんなそう言うんだよ。

「ところで、サクラ……俺に酒を飲ませようとしただろ?」

 イチローがこっちを見て睨んでいる。
 うん、さすがにバレるよな……。

「ごめ~ん、間違えてお酒入れちゃったみたい」

 こういうときは適当に謝って、適当に誤魔化すに限る。

「さくらあ~いちろ~をいじめちゃだめだよ~」

 ハカセはイチローにしがみつきながら、私を睨んでいる。
 そうか、この子は酔うとこうなるのか……。いつもの落ち着いた感じと違ってかわいい感じじゃないか。
 酒はその人の本性が出るなんて言うけども、ハカセの本質はかわいい性格なのかもしれない。

「どうせ、野菜を食べたくないとかそんな理由なんだろうけど、運が悪かったようだな」

「なによ、イチローだって普段は野菜なんて食べないじゃない。偏食なら私と同レベルでしょ」

「そこまで言うのなら、試しに食べてみたらいいじゃないか。まさか……サクラさんともあろうお方が怖いとか?」

「わかったわよ、じゃあ食べてやろうじゃないの。もし美味しければ私が謝るわよ」

 しまった……うっかりイチローの挑発に乗ってしまった……。
 まさか野菜を食べることになるとは思わなかったが、どうせ不味いだろうからすぐに吐き出せばいいだろう。

 覚悟を決めて、ねぎと白菜を箸に取る。
 口に放り込んだ瞬間、濃厚な出汁の旨味が溢れてくる……。

 なんだこれは……野菜の苦味は全く感じられなかった。
 それどころか、肉や魚介類の味も十分に浸透していて……美味いな、これは。

「……」

「サクラ、黙っているけど、美味しいだろ?」

「……うん、美味しい」

「他に言うことは?」

「参りました。すみませんでした」

「マジか……サクラが負けを認めるなんて……」

 カトーの野郎、余計なことを……。
 しかし、よく考えてみたら最近はよく謝っている気がする。
 迂闊な行動が原因なのだろうか……あとで反省するとしよう。

「ハカセ、お酒を飲ませちゃってごめんね……」

 ハカセの小さい頭を撫でていると、寝息を立てていることに気付く。
 イチローの膝の上で幸せそうに……。

「悔しいが、これは本当に美味いんだ……。イチロー、余っている食材をどんどん入れてくれ!」

「もちろんだよ。そう思って大量に用意しているからどんどん食べてくれ」

「ところで、この鍋はまだ何か入るの?」

「最後にうどんを入れる予定だよ。日本の風習では大晦日には細い蕎麦を食べるらしいんだけど、鍋の最後はうどんの方が合うんだ。鍋の旨味をすべて吸収して最高の締めになるからさ」

「なぜ細い蕎麦なの?」

「『細く長く』という言葉があって、物事を地道に持続することを意味するらしい。その言葉にちなんでいるみたい」

「なるほどね。じゃあ、私達の場合は『太く長く』ということになるかしら」

 地球人の考え方はとても不思議だと思う。
 なぜ細くする必要があるのだろう。私なら断然太い方がいいと思うんだけど。

 とはいえ、私達の星は戦争が絶えなかったし、科学力では地球より勝っていたかもしれないが、文化的には劣っていると思えるところがいくつもある。
 このような食文化からも学ぶことが多い。

 私は目先のことばかり考えてしまうから、色々と失敗してしまうのだろう。
 細く長く、地道に考えることは今の私に必要なことなのかもしれない。

「それにしても、サクラ君はよく食べますね……その細い体のどこに入るのでしょう?」

 ナカマツが心配そうにこちらを見ている。

「それは昔からよく言われてきたけど、自分でもよく分からないわね。私にしてみれば、どうして皆は少食なのか疑問だしね」

「私はサクラ君の強さは、その食欲にあるのではと考えているんです。その強さを維持するためには莫大なカロリーが必要なわけですが、逆の見方をすれば莫大なカロリーを生み出せるから、莫大なカロリーを使えるだけの身体能力を不老不死になったタイミングで手に入れたのかもしれません。もちろん、因果関係は確認できていないので仮説どまりですけどね」

 なるほど。その仮説は正しいかもしれない。
 不老不死になったタイミングで身体能力が向上しているのだけど、その上昇量は私だけが飛び抜けて高いように思う。
 病気になる前、格闘技のジムには通っていたけど特に強い訳ではなかったし、当時の強さでは特殊部隊所属のカトーには勝てるはずがなかったのは容易に想像ができる。
 それが何故、自分だけが飛び抜けて強くなったのか……不思議に思っていたんだけど、皆との違いは食事量なのだから可能性は高そうだ。

「では俺もサクラと同じくらい食べれば強くなれた可能性があったと?」

「そうですね。その可能性は高いと思います」

「サクラとの差、どれくらいなんだろうな……」

「試してみる?組手は何度もやったけど、大食い対決はまだだったわよね?」

「いや、さすがにサクラには勝てないだろ、多分だけどあんまりにも差が大きいと思う」

「勝つのが目的じゃないんでしょ。なら、ハンデ付けてあげるわよ。私が全員を相手にすれば丁度いい感じかしら?」

 と、提案したものの、やる気があるのはカトーとエディだけだった。
 まあ、ハカセは子供だし、ナカマツとボスは年齢的に厳しそう。イチローは……完全にビビってるな。

「なら、俺とエディで組んでサクラは俺達の倍食べるというのはどうだろう。大体4倍のハンデなので、それでよければだけど」

「ハンデはそれでいいわよ。食事の準備はイチローにお願いしてもいいかしら?地球の美味しいもので勝負しましょう」

「よし、決定だな!勝負は3日後だ。イチローが準備……というのが些か気になるところだが、まあいいだろう」
 いよいよ、大食い対決の日がやってきた。
 俺は3日間かけて美味しいものの準備を行ってきた。
 今日は勝負だけでなく、食事にも楽しんでもらいたいものだ。

「それでは改めて勝負の説明をさせてもらいます。今回は地球の保存食を集めてみました。保存食と言っても我々が普段食べていたクラッカー的なものではなく、通常の食事と比べても遜色のないものを厳選しているのでご心配なく。カトー氏とエディ氏が組んでサクラ氏と戦いますが、サクラ氏はカトー氏&エディ氏組の倍を食べる必要があります。カトー氏とエディ氏は協力が可能で最終的に2人で全てを食べきれば勝ちとします」

「保存食だと!イチローは相変わらず予想外のことをしてくるな……だが条件はサクラも同じだからな、負ける訳にはいかないな」

「何が出てこようが問題ないな。サクラ、今のうちに神様にでも祈っておいたらどうだ」

「2人とも言うわね。私の本気を見せてあげるわよ!」

 気合の入った3人を横目に見ながら食事を運ぶ。
 最初はレトルトごはん+レトルト牛丼だ。カトー氏とエディ氏には2人前ずつ、サクラ氏には8人前を用意した。
 さすがにこれはすぐ食べ終わるだろうと予想し、既に次のメニューも準備を開始している。

「では……勝負開始!」

 ボスの掛け声で勝負は開始された。
 カトー氏とエディ氏は凄まじいスピードでごはんを口に運んでいる。これは早い!

 だが、サクラ氏は次元が違っていた。
 サクラ氏のどんぶりは中身が吸い込まれているかのように、あっという間に消えていった。
 これは……まさか……丸呑みでは?

「バ、バカな……なんだあのスピードは……悪い夢でも見ているのか……」

 エディ氏がサクラ氏の迫力に圧されている。
 カトー氏はサクラ氏の方を見ずに黙々と自分の丼と戦っている。

「牛丼なんて、私に言わせれば飲み物ね。やはり牛丼は喉越しよね~」

 訳の分からないことを言うサクラ氏。
 序盤から全開で飛ばしていたカトー氏とエディ氏だったが、サクラ氏はあっという間に8人前を平らげてしまった。
 カトー氏とエディ氏はまだ半分ほどしか食べていない。

 俺は慌てて次のメニューを用意する。
 次はカレーライスだ。
 牛丼と同じく、どちらもレトルト食品をカトー氏とエディ氏には2皿ずつ、サクラ氏には8皿用意した。

 サクラ氏のペースは落ちないどころか、さらにギアを上げたかのように皿を積み上げていく。
 ボス氏、ナカマツ氏、ハカセの3人は驚きの表情で黙って見守っていた。

 カトー氏とエディ氏が牛丼を食べ終えたタイミングでサクラ氏はカレーライスを完食した。

「イチロー、どんどん持ってきてくれ!まだまだいけるぞ!」

 3つ目のメニューは冷凍弁当だ。
 調理済みの弁当を冷凍にしているため、温めるだけでバランスの良い食事が摂れる優れた食品だ。
 4種類用意しているので、カトー氏とエディ氏はそれぞれ1つずつ。サクラ氏はそれぞれ4つずつ用意した。

 サクラ氏のペースは落ちない……かに思われたが、ほうれん草やピーマンなどの野菜で箸が止まってしまっている。

「イチロー……計ったな!」

「サクラ氏の偏食がいけないのだよ……」

 サクラ氏はモデルだったのでスタイルがとても綺麗なのだが、野菜嫌いの偏食家なのに何故あの体型を維持できていたのか……いつも不思議に思っている。
 俺も野菜は苦手なんだけど、不老不死じゃなければ肥満一直線だったと思われる。

「エディ、今がチャンスだ!追い上げるぞ!」

 カトーがエディを叱咤激励しているが、エディは明らかにペースが落ちている。
 若干涙目になっているようだが、それでも無理やり口に押し込んでいた。

 サクラ氏が弁当を食べ終えると同時に、カトー氏とエディ氏も弁当を食べ終えた。
 残るはラストメニューのみといった状況で、まさかの横並びとなった。
 だがどうだろう、エディ氏はそろそろ限界に見える。

 ラストメニューはもちろん即席麺に決まっている。
 地球の保存食と言えば、これを外すことができないほどメジャーな存在だ。
 お湯を注いで3分待つだけで、極上の麺料理を食べることができる。
 しかも種類が多く、毎日食べても飽きないのだ。
 俺は、コーラとともに宇宙史における大発明だと思っている。

 今回の勝負用に、ラーメン、そば、うどんをそれぞれ1品ずつ……それと最後におまけの1品を用意した。

「イチローの事だから、最後は即席麺で来ると思ってたぜ。私も大好物だからな、勝負は貰ったな!」

 サクラ氏は弁当の野菜で一時ペースダウンしたものの、再び元のペースでどんどん平らげていく……。
 カトー氏とエディ氏も善戦しているものの、差はどんどん広がっていく。

「それにしても、この謎肉って一体何なんだ?すごく美味いけど、これだけで売ってないの?」

 さっきまで吸い込むように食べていたサクラ氏だったが、謎肉はゆっくり味わって食べている。ずいぶん余裕だな……。

「それは大豆を加工したものらしいよ。肉のエキスも使っているようだけど、植物由来でここまで肉っぽさを再現できるって凄いよね」

「えっ?大豆なの……本物の肉かと思ったわよ。弁当の野菜も全部肉の味なら良かったのに」

 そんなことを言いながら、そばとうどんも完食するサクラ氏。
 残るはあの一品だけだ。