皆さん、はじめまして。作者の♪(おんぷ)です。
『はじけろ!コーラ星人』も序盤が終わり、彼らの目的や過去が明らかになりました。今後は各キャラクターの個性に注目するような展開となっていきます。
そこで、改めて登場人物紹介を行いたいと思います。
単なる紹介ではなく、どうやってキャラクターが生まれたのか、どのような裏設定があるかといったところまで踏み込んでみます。
1.なぜ7人なのか
本作はおおまかなストーリーを先に思いついていたため、キャラクターはあとで考えることとしました。
内容的に様々な役割が必要となるため、大体7人前後必要かなと思いましたが、そこで七福神を思い出し、モデルとしました。
例えば、イチローは恵比寿、カトーは毘沙門天、サクラは弁財天、ボスは布袋尊といったベースとなるモデルを割り当てました。
ここで問題がありまして、七福神は女性が1人だけであとは老人や中年の男性なんです……。
これはバランスが良くないということで寿老人については真逆にした少女ハカセが誕生しました。
2.キャラクターの性格
本作は7人のドタバタ劇なので、他の登場人物は多くありません。
そのため、7人の性格や思想をより濃いものにする必要がありました。
しかし、作家が知らない世界のキャラクターはやはり上手く書けないもので、7人分となるとなかなか苦戦してしまいました。
そこで7人の中でもストーリーの中心となる3人としてイチロー、ハカセ、サクラに私の性格をばら撒きました……。
なので恥ずかしながら……この3人を混ぜたような性格が私ということになります。
ちなみに私もコーラ大好きの舌貧乏です……。
3.キャラクター紹介
【イチロー(アダム)】
イチローは恵比寿をモデルとしていて、温厚で自堕落。ジャンクフードが好きです。
人と話す際に「氏」を付けて呼ぶクセがありますが、ハカセだけには付けていません。これはイチローがハカセを妹のように扱っているからです。
彼の能力は全て平均的で突出したものがない、至って普通の人ですが視力だけはずば抜けています。
視力が良いためか、細かいところまでよく見ており、そのおかげなのか情報分析は得意です。
彼の名前を見たほとんどの方は野球界のレジェンド選手を思い浮かべたかと思いますが、全く関係ありません。
平凡な人ということで、ありきたりな名前を付けたということです。
ただ……せっかくなので、レジェンド選手が着ていたような変なTシャツを着せたりすることがあるかもしれません。
【ハカセ(ベラ)】
ハカセは寿老人をモデルとしていて、頭脳明晰、真面目でプライドが高い少女です。
本人はまだ気付いていませんが、イチローに特別な感情を抱いています。
その気持ちに気付くことはあるのかは現時点では分かりませんが、現時点では大人に戻ることが先だと思っています。
天才的な頭脳を持ってはいますが、子供っぽい悪戯や暴走をすることも多々あります。
【カトー(チャールズ)】
カトーは毘沙門天をモデルとした戦闘員です。
非常に高い戦闘能力を持つにも関わらず、常にサクラに振り回されている残念な人物です。
その影響なのか母性に飢えており、かわいいメイドにメロメロとなるシーンもありました。
逆に凶暴な女性が嫌いなのでサクラとは仕事上の付き合いと割り切っています。
最初に書き始めた頃は主役級の活躍だったのですが、何度も書き直しているうちにどんどん残念なキャラとなっていきました。
今後どこかで大きな活躍をさせてあげたいとは思っています。
【ボス(ダニエル)】
ボスは布袋尊をモデルにしており、そのままのイメージで肥満な中年として書いています。
布袋尊はこれといって目立つ特徴が無いため、悪人顔の元政治家という属性を付けてリーダーとしました。
作者としては、書きにくいキャラです。
【サクラ(エマ)】
サクラは弁財天をモデルとしており、宇宙一の美女という設定で書き始めました。
ところがそれだけではつまらないということで、ギャップのある要素を足していった結果、豪傑・酒豪・大食い・偏食・凶暴というクセの強すぎるキャラとなってしまいました。
その結果、カトーの役割はサクラに取って代わられることが多々発生しました。
乱暴なキャラですが、根はとても優しく、ハカセの成長を一番近くで見守っています。
また、ハカセのイチローに対する特別な気持ちにも唯一気付いており、心から応援をしています。
ファッションや美容を重要視しており、これは自分の美と真剣に向き合って努力していることを意味しています。
言動からは想像しにくいのですが、かなりの努力家なのです。
頭で考えるより勘で行動することが多く、そのため勘が冴えており誤魔化しが効かない面倒なタイプでもあります。
特徴をどんどん加えていった結果、作者の私に一番近いキャラとなっており、サクラだったらどう行動するかなと考えるとどんどんアイディアが浮かんできます。
何かトラブルを起こす場合には起点となることも多いかもしれませんね。
【ナカマツ(フレデリック)】
ナカマツは福禄寿をモデルとした老人です。医師として特効薬の研究をしていますが、あまり成果は良くないようです。
大の健康オタクの上、筋トレ好きのマッチョマンでもあります。
彼には秘めた思いがあるのですが、その思いは他の6人とは異なっていると考えているため、誰にも相談できずに悩んでいます。
彼の名前を決めるとき、ドクターだから……と考えたら2人ほど名前が浮かんだのでその一人を使わせてもらいました。
【エディ(ジョージ)】
エディは大黒天をモデルにするつもりでしたが、正直全く上手くいっていないキャラです。
大黒天のキャラが他の神様と被っている部分も多いため扱いづらいためです。
そういえば小槌を持っていたなということでハンマーを使うメカニックをさせました。
キャラのセリフは誰だか分かるように性格を反映したいのですが、特徴が無い人だと難しいため苦戦しました。
そこで彼だけは『洋画吹き替え風の話し方』というキャラ付け優先の逆アプローチをしたため、後から性格が決まりました。
もしこの作品が漫画だったら、彼のセリフだけ吹き出しではなく字幕になっていることでしょう。
そして、話し方が特徴的すぎるため、台詞回しに作者の私が苦労する結果になりました。
話し方が特徴という使いづらいキャラなので、極度の方向音痴という属性を付けて船に閉じ込めておくことに……。
――
今回はこのくらいにしておきます。
ところで、彼らの本名にはある法則があるのですが、分かりますか?
宇宙船の医務室で俺は目覚めた。
どうやら長い夢を見ていたようだ……。
体が重い……と思ったのだが、ハカセが俺に抱きついて寝ていた。
これは一体……どうなってるんだ?
「おや、目覚めたようですね。具合はどうかな?」
ナカマツ氏が俺を覗き込む。
そうか……ハカセのコーラ?を飲んで気絶してしまったのか。
「これは一体どういうことなの?」
ハカセを指さしてナカマツ氏に尋ねた。
「イチロー君が寝ている間、ハカセ君は片時も離れることがなかったんだよ……だから疲れて寝てしまったんだね。『イチローが死んじゃう!』って大騒ぎで大変だったんだよ。頭脳は凄いけど中身はまだ子供なんだよね……」
ハカセの寝顔を見ながらナカマツ氏がそう呟いた。
俺もハカセの寝顔を見ながら、さっきまで見ていた夢……昔の事を思い出していた。
「ふがっ」
そんな事を話していたところ、ハカセも目覚めたようだ。
「あ……イチロー。目が醒めたのね!生きていて良かった!」
「いや、そう簡単に死なないでしょ、不老不死なんだし」
「それはそうなんだけど……。ごめんなさい……。私はいつもこうなんだよね、色々反省してる……」
「俺の方こそ、ごめんな。調子に乗ってたと思ってる」
「今回はあの地球人にしてやられたわね……私の科学力を精神で超えてくるなんて、なかなかやるものね」
「ハカセが完敗するのは初めて見たような気がする」
「次は必ず勝ちます!」
「いや、次とかないからさ。なんでも勝ち負けに拘る必要はないと思うよ。あの地球人は勝ち負けでコーラを作ってないからね」
「そういえばそうね……」
「勝ち負けと言えば、あの2人はどこに行ったの?」
「カトーとサクラなら、例の【本気組手3時間】をやってるはずだよ」
「カトー氏……無事だといいんだけど……」
サクラ氏とカトー氏は戦闘を担当している。
共同生活を始めた頃は死体に群がる凶暴な野生生物が出没していたため、防衛任務を行っていた。
その後、様々な惑星を巡るようになってくると、その惑星の住民と揉めた場合の戦闘を担当するようになった。
野生生物とは違い、文明人は武器を持っているため、彼らのような戦闘のプロが必要なのである。
「きっとボロ雑巾のようになっているんじゃないかな……」
カトー氏とサクラ氏、2人の戦闘能力はかなり高いのだが、近接戦闘となるとサクラ氏が圧倒的に強く、カトー氏は今まで一度もサクラ氏に勝ったことが無いらしい。
それどころか一撃を入れたことさえないらしく、2人の戦闘訓練はカトーが戦闘不能になって終了することが多い。
「なんでサクラ氏はあんなに強いんだろうね。不老不死の影響もあるとはいえ、軍の特殊部隊にいたカトー氏があそこまでやられるって理解できないよな」
「それに関してはカトーからお願いされている研究があるので、近いうちに面白いものが見せられるかも」
ハカセが自信満々にそう答える。
「失礼しま~す。怪我人を連れてきました~。ナカマツいる~?」
訓練を終えたサクラ氏がボロボロになったカトー氏を連れてやってきた。
「訓練お疲れ様です。サクラさん、毎回やりすぎですよ…………。不老不死だって痛みはあるんですから……」
ナカマツ氏が呆れ顔でサクラ氏に言った。
「うーん、これでも大分加減しているんだけどなあ。カトーが弱すぎなんだよな~」
「え、サクラさん手加減しているんですか?ちょっと見た感じでも3箇所くらい骨折しているみたいですが……」
カトー氏を診察をしながらナカマツ氏が驚いた。
「いつも手加減するかハンデを付けてるよ。今日は本気だけどハンデで両手使ってないし」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
俺、ナカマツ氏、ハカセが同時に驚いた。そりゃそうだ……足だけなの?。
「いつかぶっ飛ばしてやる……覚悟しておけよ……」
カトー氏が力なく呟いた。
「あはは、その意気だよ。楽しみにしているぜ!」
「さて、カトーさん。診察結果になりますが、5箇所骨折していますね。すぐ治ると思いますけど、念のため今日は安静にする必要があります」
上機嫌のサクラ氏を尻目に、ナカマツ氏が残念な診察結果をカトー氏に伝えた。
「そんなことより、何か美味いものでも食べに行こうぜ。運動したら腹が減るんだよ……イチロー、肉だ!肉を食える店に連れて行ってくれ」
細く引き締まったお腹をさすりながら、カトー氏の大怪我を【そんなこと】扱いしてみせるサクラ氏。
共同生活が始まった頃は少しの怪我でも大騒ぎで心配していたが、すっかり感覚が麻痺してしまっているようだ。
「カトーさんはここで安静、私も様子を見ていますから3人で行ってきたらどうですか」
カトー氏の青白い顔を眺めながらナカマツ氏は答えた。
長年医者をやっていて、救えなかった命をたくさん見てきた彼は、もう少し自分達の体を大事にしてほしいと思っているのかもしれない。
――
俺はハカセとサクラ氏を連れて秋葉原へやってきた。
そういえば、ハカセとサクラ氏は初めての上陸だったな。
2人とも地球に若干興奮しているみたいだ。
「地球っていったな、まあまあの星じゃないか!」
サクラ氏が腕を組んで偉そうに言った。
「サクラ、それ多分……侵略者とかのセリフだよ……」
いつも通り、ハカセが冷静に突っ込む。
サクラ氏は色々と言葉を間違えるのだが、ハカセだけが突っ込んでいる。だって怖いから。
そんなやりとりをしながら歩いているが、すれ違う人がみんなこちらを見ていることに気付く。
「ちょっと、イチロー……。あんたがそんな服を着ているから、みんなこっちを見てるじゃない!どこでそんな服を買ったのよ……」
俺の服には【読者の金で焼肉が食べたい】と書いてある。
焼肉を食べに行くということで関連のありそうなTシャツを選んだのだが、何か間違っているのだろうか。
「いや、サクラ氏の方こそファッションショーみたいな派手な服じゃないか、ただでさえ目立つ容姿のくせに!」
実際、注目を集めているのはサクラ氏の方だった。容姿だけでなく所作も美しいので、歩いているだけで注目を集めてしまうのである。
美女と子供、それとTシャツを咎められた俺、傍から見たら不思議な3人なのかもしれない。
そんな不思議な3人が向かう先はもちろん焼肉屋である。
道中で注目を集めつつ、俺達3人がやってきたのは秋葉原にある焼肉店【牛肉天国】である。
「いらっしゃいませ~。3名様ですか~」
「はい、予約していたイチローです」
「イチロー様、お待ちしておりました。奥の座席へどうぞ」
奥の予約席に通されたので席に着く。
サクラ氏の言葉遣いは乱暴なのだが、所作は本当に美しい。
座り方から姿勢まで気品が漂っている。
サクラ氏とハカセは焼肉店が初めてなので、俺が適当に注文をとることにした。
サクラ氏は……酒と肉があれば大丈夫だろう。
「すみませーん。飲み物はコーラ(俺)、ビール(サクラ氏)、烏龍茶(ハカセ)で。牛上カルビをタレで2人前、牛上タン塩2人前、牛上ハラミをタレで2人前、お願いします」
「イチロー、あんたずいぶんと地球に慣れているわね。正直ちょっと引いたわよ」
「それほどでも……。あまり褒められると照れるな……」
「褒めてねえよ!あまりに手際がいいから、何度も来ているのかと思ってさ」
「ここは初めてだよ?焼肉屋は他の店に何度か行ったことあるくらいかな」
「ああ、普段はメイド喫茶だもんな?」
茶化すようにサクラ氏が言う。
「その節は……お見苦しいものをお見せしました……」
メイド喫茶の件は、小型偵察機で見られていたんだよな。
カトー氏なんて、ありえないほどはしゃいでいたもんな……改めて考えると恥ずかしいな。
「あまりカトーを変な道に誘わないようにな。あいつ、ああ見えて純情だからね……のめり込んでしまったら困るからな」
あれっ?思ってたのと違う反応だな。
さっきまでカトー氏をボコボコにしていたのに……意外にも気にかけていたとは。
もしかしたら、さっきの訓練も何か理由があったとか?
「前から聞き方かったんだけど、サクラ氏はなんでそんなに強いの?」
「私ね、昔モデルをやっていたのよ。でもね、大食いだから体型維持に苦労していてね……痩せるために格闘技の道場にちょっと通ってたのよ。その後、不老不死になった時にね、体が軽くなって思い通りに体が動かせるようになった感じ」
「えっ?それだけ?」
「それだけよ。すみませ~ん、牛上ハラミをタレで2人前追加おねがいしま~す」
サクラ氏が大食いで肉好きというのは知っていたが、すごい勢いで食べて追加注文をしている。
「戦闘訓練とかトレーニングとかはしていたの?」
「それっぽいことはしていないわね~。道場で軽く汗を流すくらいかしら。ダイエット目的だしね」
衝撃の事実だった。
これまで何度かサクラ氏の戦闘を見たことがあったが、鬼神のような強さだったのだから。
それが特に努力をして身につけた訳では無いというのだから……。
「なんかカトー氏が気の毒になってきたな……」
「でもね、筋力だけで言えばカトーの方が強いわよ。すみませ~ん、牛上ハラミを味噌味で3人前追加おねがいしま~す」
「筋力の差が戦力の絶対的な差ではないと?」
「全く関係ないわね。重い物を持ち上げようとしたら、カトーの方が私の倍くらい持てるしね。みんなが思っているより私はか弱い女の子なのよ」
【か弱い】の定義とは?と思ったが、殴られそうなので黙っておいた。
「なるほど……。サクラ氏から見て、戦力差の原因は何だと思う?」
「スパーリングをするとね、こういう攻撃をしようとしているとか、ここが隙だらけだとかなぜか分かるのよ。相手の攻撃方法やタイミングが分かるなら当たらないし、隙が分かればこちらの攻撃は当たるじゃない?簡単に言えばそんな感じかしら」
「カトー氏も例外じゃないってことか……。なんかすごいな……達人の域だろ、それ」
「カトーは流石に他の人に比べれば隙はほとんどないし、攻撃のタイミングも分かりにくいわよ。イチローにも稽古をつけてあげたことはあったけど、イチローなんて全部隙だからね」
「うわあ、それは聞きたくなかった……。まあ、予想はしてたけどね……。えっと、ちょっと飲みすぎ(※ コーラ)たのでトイレ行ってくる……」
一気飲みで3杯も飲んだせいか、トイレが近くなったようだ。
ということでトイレに来たら、既に3人並んでいた。ゆっくり待つとするか。
――
私、ハカセはイチローがトイレに向かったのを見て、サクラの方に身を乗り出した。
「ところで、サクラはカトーの事、どう思ってるの?」
「どうって、恋愛的な意味で?」
「そう。恋愛的な意味で」
これはずっと聞きたかったこと。
大人の世界はよく分からないけど、美男美女のコンビとなれば何か聞けそうな気がしていたから。
「カトーに興味は無いわよ。私より弱い人と付き合うとか考えられないかな~。すみませ~ん、牛上ハラミを味噌ニンニクで4人前追加おねがいしま~す」
サクラは色気より食い気という感じで追加注文を繰り返していた。
本当にカトーに興味が無いのかな?弱いとダメなの?
本当に興味がないなら、メイド喫茶の件で激怒したりしないんじゃないかな……。
もう、色々と分からないことばかり。
「ねえ、サクラ。自分より強くなきゃダメだとか、そういう尺度で人の良さを測ったら一生幸せになれないような気がするんだけど?」
「ハカセはなんでそう思うの?」
「今までいろんな惑星を巡ってきて分かったんだけど、多分カトーは宇宙一強い男だよね。でも、サクラは宇宙一強い男より圧倒的に強い。ということは、一生幸せになれない可能性が高いということでしょ?」
「ハカセはさ、自分より頭のいい人じゃなきゃ嫌とかそう思うことはない?」
「そういうのはないかな。人の善し悪しは能力だけで判断するものじゃないでしょ」
「そっか~、そういえばイチローはバカだもんな」
「な、なんでそこでイチローが出てくるのよ!」
「さ~て、なんででしょう。まあ……でも、ハカセの言う通りかもね。もっと内面を見るようにした方がいいのかも……」
「そうよ、きっとそう。私、サクラはカトーの良いところをいっぱい知っていると思ってるの」
「まあね、同じ戦闘担当だから……。誰よりも一緒に時間を共有してるからね」
「それなら良かった。少し安心したよ」
「ああ、でもさ…………ハカセはちょっと誤解してるかもな……」
「えっ?どういうこと?」
「私さ、カトーが私を超えられないなんて一言も言ってないよ。だから、今日の訓練もハンデは付けたけど本気でやってるんだよね……。周りから見たら私が一方的にボコってるように見えるかもだけどさ」
「サクラ……」
「現時点で興味がないのは間違いないんだけどさ、チャンスの門はいつもオープンなのですよ。すみませ~ん、牛上ハラミを味噌ニンニクで5人前追加おねがいしま~す」
「私……。サクラの事、誤解してた……。ごめんなさい」
「そんなことよりさ、ハカセはどうなのよ?イチローの事、好きなんでしょ?」
形勢逆転とばかりにサクラが身を乗り出してきた。
「私、そういうのまだよく分からなくて……。あの病院でイチローに助けられたとき、歳の離れた兄のことを思い出したの……。イチローは兄のように優しくて、一緒にいるだけで安らぎを感じる存在……そんな感じかな」
「もしイチローが目の前からいなくなったとしたらどう思う?」
「とても悲しくて耐えられないかもしれない。私のせいでイチローが倒れたとき、気が狂いそうだった……」
「そうか、そうだよな……。やっぱり私はハカセにはイチローが必要だと思うよ」
「そうかもしれないけど、私はその前にこの体を治したいと思ってるの。不老不死を直して大人になって、全てはその後の事だと思うから」
「そうだな、その通りだ。ハカセを知的美人に育てる約束だったよね」
「それなのにイチローときたら、調査担当なのに……変わった食べ物ばかり食べて、遊び回ってるんだから……頭にきちゃう!」
「そうだよな。カトーは調査任務担当じゃないけど、イチローと一緒に遊んでばかりだしね……。これだから男は……!」
ちょうどイチローが戻ってきたが、不穏な空気を察知したようだ。
「え?何?もしかして悪口言われてる感じ?」
「さあどうでしょう~?」
「ちょっ、何か怖いんですけど……」
そんなイチローの顔を見て、大爆笑する私とサクラ。
なお、この日の会計は合計25万円となった……食べ過ぎだよ、サクラ!
そしてサクラは、この日を境に【ハラミバカ】という残念なあだ名が付いたのだった。
俺、カトーは今日という日を楽しみに待っていた。
ハカセに頼んでいた研究が完了したという報告を受けたからだ。
「ハカセ、例の装置、ついに完成したんだって?」
「うん。なんとか出来たけど、時間が掛かっちゃったね……ごめん」
「気にしなくていいんだよ。かなり無茶ななお願いだったし、個人的な理由だからね」
「動機は個人的かもだけど……もし異星人と戦闘になることがあれば、きっと役に立つはずだよ」
「それもそうか。じゃあ、早速使ってみよう。こういう場合、最初に試すのはやっぱり……」
「イチローだよね。既に呼んであります」
イチローは損な役割が多いな……。でも、イチローがちょうどいいんだよ……。
「さすが、ハカセ……よく分かってるな」
「おはよう、何の用?」
イチローが研究室にやってきた。
早朝から要件も言わずに呼び出されたので当然のように不機嫌な様子だ。
「そこに立っていてね。カメラをイチローに向けて……この青いボタンを押すと」
小さなカメラ付きディスプレイをイチローに向けてボタンを押すハカセ。
ディスプレイに何かが表示された。
「1500か……」
「それは凄いのか?」
「地球人だと大体5~10くらい。戦闘のプロでも100くらいかしら」
「そうなのか……。やっぱり俺たちは遺伝子的に地球人より強い種族なんだな」
「ちょ、いきなり何?まあ、いつもの事だけどさ……」
訳も分からず実験台にされたイチローだが、いつもの事なので慣れてしまっているようだ。
さすがイチロー、だからこういう場合はお前が呼ばれるんだけどな。
「イチロー、この機械はね、対象の強さを測ることができるのよ!」
「おお、ということは……。ついにサクラ氏の強さが判明する訳か!」
「そういうことね。その前にカトーの強さも調べましょう。カトー、そこに立って」
ついに自分の強さを数値として知ることができる。
曖昧だったサクラとの戦力差もこれで判明するという訳だ。
「了解。なんかドキドキするなあ。イチローより弱かったらどうしよう……」
ディスプレイに表示されたのは3万。
「さすがカトーね。イチロー20人分の強さじゃないの」
なかなかの数値だとは思うけど、きっとサクラはこれ以上なんだよな……。
「じゃあ、サクラを呼ぶね」
――
やがて部屋にやってきたサクラだったが、二日酔いのためフラフラで、目の下にもクマが出来ている。
焼肉屋にハマってしまい、毎晩のように通い詰めているようだ。
「おい、こんな状態で参考になるのか?これで勝っても嬉しくないぞ……」
「まあ、とりあえず測定してみましょう。サクラ、そこに立って」
「何ブツブツ言ってんのよ……。頭痛いんだから早くしてよね……」
サクラにカメラを向けてボタンを押すハカセ。
表示された数値は……。
「53万!」
え?このふざけた数値は何だよ?サクラは二日酔いで寝起きだぞ。
それなのに……俺は3万……。
「おい、どういうことだよ!壊れているんじゃないのか!もう一度俺を計り直してくれ」
再び測定してみたが、やはり3万……。
どうやら機械は正常らしい。
「そんなバカな……」
「用が済んだなら、もう行っていいか?もう一眠りしたい……」
ありえない……。
サクラが強いのは認めるけど、いくらなんでも差がありすぎる。
俺は軍の特殊部隊所属のエリート兵士だったんだ。
それなのに……なぜ、戦闘経験も無かったサクラに勝てないんだ……。
そう思ったら、自分の中で何かが切れたような感覚になった。
気付いたら……部屋を去るサクラを背後から奇襲攻撃していた。
だが、その瞬間……俺の意識はどこかに飛ばされてしまった。
――
私、ハカセはとんでもない瞬間を見てしまった。
あのカトーがサクラを背後から襲った。しかもその瞬間、カトーは宙を舞って反対側の壁に叩きつけられていたのだ。
一体何が起きたのだろう……状況把握できなくて、イチローと2人で立ち尽くしていた。
「おいコラ、カトー!二日酔いのか弱い女性に背後から不意打ちとはどういうことだ?そんなに死にたいのか?」
「サクラ、カトーは気絶してるから、また後で話そう。もう用は済んでいるので今はゆっくり休んで……」
「ちっ、嫌な気分だぜ……」
サクラ氏は頭を抱えてフラフラしながら、自分の部屋に戻っていった。
私はイチローと気絶したカトーを医務室に運び、改めて状況を整理してみる。
カトーは軍の特殊部隊に所属していただけの事はあり、やはり相当強いということは分かった。
だが……サクラは想像を遥かに超えていたのだ。
カトーとの戦力差はとても埋められない程に大きく、しかもそれが体調不良の状態であったこと。
実際、カトーの不意打ちにも余裕に対処できるどころか一撃で気絶させてしまったのだ。
万全な状態であれば、一体どれほどの数値になるんだろう……。
そういえば、サクラは『私より弱い人と付き合うとか考えられないかな~』って言ってたな……。
「サクラ、やっぱりそんな人いないよ……」
私はカトーを見ながら、静かに呟いていた。
ん?もう夕方か……。
目が醒めて時計をみたら、結構な時間が経っていたようだ。
今朝は二日酔いで頭が痛いのにハカセに呼び出され……行ってみたらカトーが襲いかかってきたという、最悪な1日だった。
くそう、こんな日はハラミを食べるに限るな。昨日も食べたけど。
そんなことを考えながら、シャワーを浴びて、着替えをして、化粧をする。
よし、出発だ。と思って部屋を出たら、ヤツがいた。
「サクラ、本当にすまなかった……」
ぶん殴ってやろうかと思ったのだが、ハカセも一緒に謝っていることに気付いて思いとどまる。
なんでハカセまで謝っているんだ?悪いのはカトーだろう。
「あのね、サクラ……。今朝の事は私の作った装置が原因になっているの……だから、カトーを許してあげてほしいの」
そう言って、ハカセは測定装置についての説明をしてくれた。
これは困ったな。
どう考えても悪いのはハカセではなくカトーだけど、ハカセまで謝っているとなると許さない訳にもいかないよな……。
これが一緒に謝っているのがイチローなら、まとめてぶっとばすのだが。
「分かったよ……今回はハカセに免じて水に流してやる」
「よかった……サクラありがとう。ほら、カトーもお礼を言って!」
ハカセに言われて再び頭を下げるカトー。
「カトー、許してやるから、これから焼肉に付き合えよ」
「ありがとう。喜んでお供するよ」
「じゃあ、待ってるからすぐに着替えてきて」
急いで部屋に戻っていくカトーの後ろ姿を見ながらハカセに聞いてみる。
「なんで仲直りさせようと思った?」
「やっぱり分かっちゃったか……二人共、自分に正直になれないっていうか、不器用だからさ……もっと腹を割って話し合った方がいいんじゃないかって思ったんだ」
「そういうの、余計なお世話って言うんだぞ」
「でもね、二人がお互いに信頼しあえるなら最強のコンビだと思うんだよ。それは私達全員にとって大きなメリットなの」
「ハカセには信頼してないように見えるの?」
「見えるよ。昔から喧嘩ばかりしてるしさ。お互い、相手に対する敬意と感謝が足りないんじゃない?」
「なるほどね、そんなことだろうと思ったよ。なので、肉でも食いながら話し合おうって思った訳さ」
「さすがサクラ……いつもすごく察しがいいんだよね。本当に大好き」
「褒めても何も出てこないぞ。あ、ハラミ肉でよければ……みやげに買ってくるけど?」
「それは別にいいかな……」
そんな話をしていたらカトーが戻ってきた。
ハカセを見たら、ニマニマとニヤけていた……。まったくこの子は……。
――
その晩、俺とサクラは2人で焼肉店【ハラミ王国】に来ていた。
朝の件はハカセが気を利かせてくれたおかげで、改めて謝罪する機会を得ることができた。
こういうときはやはり誠意を見せるのが大事だと思う。
「サクラ、改めて……朝は本当にすまなかった……。恥ずかしながら、完全に我を失っていたようだ。あんなマネは二度としない」
そう言いながら、深々と頭を下げた。
「詳しい話はハカセから聞いたわよ。まあ、あなたの気持ちは理解できるし、今回は許してあげる」
許してくれたのはとても嬉しいのだけれど、交換条件もなく許されたことなんて初めてかもしれない。
何か裏があったりしないだろうな……。
そんなことも考えながら、恐る恐る会話をしていくことに。
「私の方こそ、いつもカトーに優しくなかったなって反省してる……。ごめんね。ずっと2人で戦闘を担当してきて、いつの間にかお互いに慣れすぎていたのかもね。本当はもっと敬意を持って接するべきなのに……」
ん?やっぱりいつものサクラと違うようだ。
こんなことを言われるのも初めてだと思う。
「サクラ、一体どうした?今日謝るべきなのは俺の方なのに……」
「いや、本当はね……、ずっと感謝してたんだよ……。照れくさくてずっと言えなかったんだけどさ……」
ああ、そうか……。これはハカセに何か言われたな。
「そうか、それなら嬉しいよ。俺はハカセに色々怒られてさ……本心で謝るように言われてるんだ。サクラもハカセに何か言われたんだろ?」
「はは、よく分かったね。その通りだよ。でもさ、本心であることは間違いないぜ」
「今日は俺も本心だけで話そうと思う。俺の方こそ感謝しているよ。サクラを超えたい一心でやってきたから昔より強くなれたからな。でもさ、やっぱり悔しいというか嫉妬をずっと抱えていたんだと思う……今日も嫉妬心が抑えられなくなってしまったんだ……本当に恥ずかしいが事実だ」
本音を話すということは勇気がいることだと初めて知った。
手が震えている……。
激しい戦闘でも震えないというのに。
「なあ、本心で話すついでに聞きたいんだけどさ、カトーはメイドカフェの女みたいな子が好みのタイプなのか?」
「そうだな。自分でも気付かなかったんだけどさ、ああいう大人しめの子が甘えてくるっていうのが楽しくてさ。今まで縁が無いタイプだからかもな」
「そうか、私とは全く逆なタイプだもんな。私がもっと可愛くしていたら楽しかったかもな……」
「それはどうかな……あんな可愛い感じの子が自分より強かったら……もっと嫉妬しちゃうだろ」
そんなことを話しているうちに、やっと自分の気持ちに気付いたような気がした。
俺の相棒はやはりサクラなのだと。
「じゃあ、私達のコンビは実は丁度いい感じなのかもな」
「そうだな、丁度いいな。随分一緒に戦ってきたけど、案外近いものほど見えないものなんだな」
「今更だけど、宇宙最強コンビの誕生ね。今日は朝まで飲むわよ!」
「おう、酒なら負けないぜ」
「すみませ~ん、特上ハラミ20人前追加~」
「えっ?」
サクラの強さにも興味はあるけど、どこまで食べられるのかにも興味があるな。
牛一頭くらい食べそうな気がする。
それから2時間ほど、本音で話し合った。
サクラの意外な秘密をいくつか知ることができた。こんなことならもっと早くこういう機会を設けるべきだった。
だが、最高に盛り上がってきたタイミングで事件は起こった。
「おいおい、なんじゃこりゃあ。店長、ちょっとこいや」
店内でガラの悪そうな連中が突然大騒ぎを始めた。
店長らしき人物が連中の元へ向かう。
「この店ではゴキブリを客に食わせるのか!どう落とし前つけてくれるんじゃ!」
「謝って済む問題じゃねえぞ。誠意だよ、誠意を見せろ!」
肉の皿にゴキブリがいればすぐ分かるはずなので、明らかにイチャモンを付けることが目的なのだろう。
誠意を見せろと言って金を巻き上げようとしている。
店長が対応に苦慮していると……連中は他の客にも迷惑を掛け始めたので、多くの客は食事の途中で逃げ出し始めた。
そして連中はこちらにもやってきたのだ。
「おうおう、姉ちゃん。こんなクソダサ男と不味い肉を食うなんて寂しいじゃねえか。俺らと遊ぼうや!」
「うるせえ、そのブサイクなツラをこっちに向けんなよ。肉が不味くなるだろ」
「おい、サクラ。現地人間のトラブルに関与するのは禁止だぞ……」
小声でサクラに伝えるが、サクラの怒りは収まらないようだ。
マズイことにならなければいいのだが……。
「なんだと、コラ。もういっぺん言ってみろコラ!」
連中のリーダー格の男がサクラに絡みだしてしまった。
「コラコラうるせえこのタコ!」
「なにがタコだ、コノヤロー」
「黙れコラ、やってやるぞコノヤロー!」
ちょ……なんだこれ。サクラも何を言っているんだ……。
コラ、タコ、コノヤローだけで口喧嘩してるじゃないか。
語彙力のない口喧嘩がこれほどまでに滑稽だとは……。
いやいや、そんなことを考えている場合じゃないな。
「言ったな!女だからって容赦しねえぞ!」
リーダー格の男はサクラの前にあるハラミが載った皿を持ち上げ、逆さにした。
ボトボトと音を立てて、サクラのハラミが床に散らばった。
その瞬間、サクラの顔がみるみる真っ赤になる。
ああ、やっちまったか……。
これはもう止められないな。俺も覚悟を決めるしかないか。
「おい、てめえら、全員表に出ろ!生きて帰れると思うなよ!」
サクラが怒鳴りつける。
「なんだと、コラ。吐いた唾は飲み込めねえぞ!いいだろう、表に出やがれ!」
俺達は店を出ると、店の迷惑にならないよう、人目のつかない場所にある空き倉庫へ移動した。
「よし、全員まとめて相手にしてやる。まさか逃げたりしないよな?」
サクラが戦闘態勢に入る。
その姿を見て、そういえばハカセの測定器をまだ持っていたことを思い出した。
カバンから取り出して、サクラに向けてみる。
50万……100万……150万…………。
数値がどんどん跳ね上がっていく……。
え?まだ上がるのか?
200万を超えた辺りで【計測不能】のエラーが表示された。
そういえば、ハカセは測定上限が200万だとか言っていたような……それ以上の数値は意味が無いからだとか……。
いや、意味あったよ。200万じゃ足りないんだよ……。
下っ端が数人まとめてサクラに襲いかかる。
当然、その攻撃は当たらず……回し蹴りが炸裂した。
鈍い音がして、襲いかかっていた全員の頭部が粉々になって吹き飛んだ。
「な……なんなんだ……ば、化け物か!」
「おっと、お前ら全員逃さないぞ、こいつらと同じ目に合わせてやるからな!カトー、こいつら1人残らず逃がすなよ」
「うわああ~」
残った連中は叫び声を上げてバラバラに逃げ出すが、俺は全員捕まえてサクラに向かって放り投げた。
そこにサクラの蹴りが待ち受けていた。
こうして、あっという間に死体の山ができあがった。
「地球人って本当に弱いな……」
「サクラ、すぐに撤退しよう。ルール違反だぞ、色々マズイ……」
「ルールなら大丈夫だぞ。私のハラミを捨てて喧嘩を売ってきた時点で現地人同士のトラブルじゃなくなってるからな!」
「それは屁理屈だろ……」
「あとな……カトーはクソダサ男じゃないからな……」
そういえば、そんな事を言われていた気がする。
そこにも怒ってくれていたんだ……。
――
「バッカモ~ン!」
会議室にボスの声が響く。
ボスが怒鳴っているのは、俺とサクラが起こした事件についてだった。
俺達7人の中ではいくつか禁止事項が存在している。
その中に【現地人同士の争いに関与してはならない】というのがある。
関与することによって【特効薬】の調査が困難になる可能性を恐れているためである。
「ボス、お言葉ですが、あいつらは私のハラミを捨てて喧嘩を売ってきたんだよ。その時点で現地人同士の争いではなくなってるはず」
その言い訳、昨日も聞いたな……。
「だからといって、現地人を皆殺しにしてしまうのはさすがにやり過ぎだろう。ハラミと人命では重みが全然違うんだよ。禁止としている理由は新たな火種を生まないためなんだよ。そこを忘れないように」
「そうやって細かい事ばかり気にしているから、どんどん髪が抜けていくんじゃないの!」
「不老不死だから、これ以上抜けないの!あと、人の外見をイジらない!」
「すみませ~ん、これからは気を付けま~す」
ボスに叱られ、少し大人しくなるサクラ。
でも、それほど反省をしていないような……。
「サクラとカトーは一週間の外出禁止とする。二人共反省するように!」
ボスは普段優しいが、このような場面では非常に厳しい。
仲間を守るためという使命が彼にそうさせているのだろう。
自分の部屋で大人しくしていると、ハカセがやってきた。
「カトー、サクラとは仲直りできた?」
「ああ、バッチリだぜ。ハカセが色々骨を折ってくれたおかげだな。本心で話したからお互いに分かりあえた気がする」
「そう、それなら良かった」
「それはそうとさ……さっき、サクラの本気喧嘩モードを見たので計測してみたんだけど、200万を超えてエラーになったぞ」
「えええ~!」
「本当だから、これは返しておくよ。あとでログデータを見てみるといい」
「そっか~。なんかさ、もう計測しない方がいいかもね。知らない方が幸せな事って……この事だよね」
「だよな。今日はさすがに疲れたぜ……」
俺はハカセに計測器をそっと手渡した。
この計測器に振り回された1日であった。
俺様エディはビッグでダンディなナイスガイなんだが、1つだけ弱点があるんだ。
それは極度の方向音痴で、すぐ仲間とはぐれちまうことなのさ……。
そういうことでいつもは船の中で寂しく留守番なんだが、今日は珍しく全員揃っているというので仲間たちの様子を見に行こうと思う。
船内を適当にブラついていると……見つけたぜ。サクラとハカセだ。
「よう、ブラザー。ご機嫌はいかがかな?」
「機嫌?いいはずないでしょ!謹慎中なんだから。というか、いつからあんたとブラザーになったのよ?」
おおう、いきなり毒舌全開だな。さすがサクラだぜ。
だが、こうなることは既に織り込み済みなのさ。
「まあそう言うなって、ストレスが溜まったときは吐き出すのが一番なのさ。つまり、その役を俺様が買って出たという訳さ」
「いきなり何なの?あんたと話すくらいなら、窓でも見てる方が楽しいわ……」
「はは、笑えないジョークだぜ……」
「ジョークじゃないから、あっち行ってくれない?あんた長生きしないわよ」
おっと、どうやら会話の地雷原を歩いていたようだぜ。
カトーは毎日こんな会話をしているのか?だとしたら、相当の鋼メンタルだな。
「サクラ……そこまで言わなくてもいいじゃない?そうだ、エディにも意見を聞いてみようよ」
さすがはハカセだ。俺様に意見を聞こうとはお目が高い。
「お安い御用さ。一体それはなんだい?」
ハカセが何かの本を持っていたので聞いてみた。
地球の本みたいなので、どうせイチローの仕業だろうがな。
「これはイチローが買ってきた地球の本なんだけど、催眠術っていう人を言いなりにさせる術のかけ方が書いてあるらしいの」
「さすがイチローだな。くだらない本を買わせたら右に出る者はいないだろうな……」
「そうなのよ……明らかに胡散臭いんだけど、サクラが気になるって言うからちょっと読んでたの」
「そうだな、さすがにこれは酷すぎじゃないか。非科学的にもほどがあるぜ」
「エディもそう思うわよね。サクラはちょっと信じてるみたいだけど」
「そこまで言うのなら、試しにかけてみたらいいんじゃない?ハカセはかからない自信があるのよね?」
「もちろんよ。じゃあエディ、私に何かかけてみて!例えばサクラになるとか」
なんてバカバカしいんだ……と思いつつも本をめくる。
やり方は簡単なので振り子を作ってハカセの前で振る。
「ハカセ……あなたはだんだん眠くなる……」
半分ふざけながら術をかけたのだが、ハカセの目がだんだんと閉じていく……。
え?まさか聞いてるのか?
「目が醒めたらサクラになっている……」
パンと手を叩くとハカセが目を覚ました。
「あなたは誰ですか?」
ハカセに尋ねる。
「サクラに決まってるでしょ。脳みそまで迷子になってんじゃないの?」(注:ハカセ)
え?今なんて?
気のせいか、目つきもすごく怖くなってるし……まさか本気でかかってしまったとか?
「あなたの任務はなんですか?」
再びハカセに尋ねる。
「戦闘担当に決まってるだろうが!あまたの戦いをこの拳でくぐり抜けてきたのを忘れたのかよ?」(注:ハカセ)
「ほら、ちゃんとかかるじゃない!非科学的だかなんだか知らないけどさ、なんでも否定するのはよくないぜ」
サクラが勝ち誇った態度で俺様を見下している。
「どうやら今回は俺様の完敗のようだぜ……サクラ……お前の勝ちだ」
「勝ちなのは嬉しいんだけどさ、なんかハカセの毒舌すごくない?私、あんなじゃないと思うんだけど……」
「いつもあんな感じだぞ。まあ確かに若干酷い気もするけどな……」
「これってさ、ハカセが思っている私のイメージなんだろ?客観的に見るとすごく嫌だな……」
「サクラ……さっき俺様と会ってからの発言を全部思い出してみるんだ。自分で思っているよりすごいからな」
「分かった……もういい……ハカセを元に戻してあげて……」
そうだな……これは早く戻した方がよさそうだ。
「分かった、すぐ戻そう。戻す方法は……えっと……?」
「おい、まさかと思うが……戻す方法が書かれていないとかじゃないだろうな!」
「御名答だ。そのまさかだぜ」
「なにが御名答だ!いいから戻せよ!答えはハイかイエスのどちらかだ」
なんてこった……まさかの事態だ。
このままでは毒舌女が2人になっちまう。それだけは避けなければならない。
そのとき、事の元凶が姿を現した。
そう、イチローだ。
「お、3人で何してるの?」
「イ、イチロー!お前が買ってきた催眠術の本でハカセが私になっちまった……なんとかしてくれ!」
「え?ハカセがサクラ氏に?」
「イチローか、なんかむしゃくしゃしてきたから一発殴らせろ!」(注:ハカセ)
「うわ、本当にサクラ氏になってる……すごい再現度じゃないか……」
「イチロー、お前本当にぶっとばすよ?」(注:サクラ)
イチローにこれまでの経緯を説明した。
やはりイチローも戻す方法を知らないらしい……。
「しかし、まさか本当にやっちゃうとは……そうだ!いい方法を思いついたぞ!」
「ほう、それは一体どんな方法なんだ?」
「ハカセにもう一度催眠術をかけるんだ。『ハカセになれ』ってね!」
「そいつは名案だ。早速やってみるとしよう」
さっきハカセにやったように、振り子を動かして催眠術をかける。
「目が醒めたらハカセになる……」
手をパンと叩いたが、今度は効いた様子が無い。
二度は掛かりにくいのだろうか……。
「ねえイチロー、目の前のサクラはどうして小さくなってるの?」(注:サクラ)
え?まさか……まさかだよな……嘘だと言ってくれ!
「エディ……ハカセにする催眠術だけどさ……サクラ氏にかかっちゃってるよな?」
「ちょっと待ってくれ……今言い訳を考えているんだ……」
「じゃあ、俺が教える。どうやら【最悪の状況】になったよ……」
やっぱりそうか……。
ハカセがサクラに……、サクラがハカセに……。
よく考えてみると、ハカセとサクラは何もかも正反対の存在だ。だから仲がいいのかもしれない。
イチローとカトーが入れ替わったのなら、それほど大きな問題は無いだろうが……。
これは本当にとんでもないことになったのかもしれない……。
今日の食堂は異様な雰囲気だった。
戦闘服を着たハカセと、白衣を着た大人しいサクラ氏が本を読んでいる姿を目にするからだ。
サクラ氏が本を読む姿なんて、二度と見ることはできないだろうから貴重な瞬間であることは間違いない。
エディ氏が面白がって写真を撮っていたが、さすがにボス氏に怒られていた。
そりゃそうだ。誰のせいだと思ってる?
そういう俺、イチローも催眠術の本を買ってきた張本人なので、さっきまでボス氏に怒られていた。
確かに買ってきたけど……まさか本当にやるとは思わないよね。
この手のトラブルが起きると、いつも俺のせいにされている気がするんだよな……。
さて、問題の二人だが……解決方法が分からないので、しばらく様子を見ることになった。
女性同士なのでシャワーやトイレの問題が無いというのが、せめてもの救いだ。
「なんで酒がダメなのよ?いつも飲んでるだろ!ケチ!ハゲ!悪人顔!」(注:ハカセ)
そう言ってボス氏に食ってかかっているのがハカセ。どうやら、酒を飲もうとしてボス氏に止められたようだ。
サクラ氏は大食いなのだが……そこは本能が拒否したのか、酒だけを要求していた。
ボス氏が酒を止めるのは当たり前なのだが、娘のようにかわいがっていたハカセが悪口を言うもんだから、今まで見たこと無いような落ち込み方をしている……。
一方でサクラ氏は……酒も飲まず、少量の食事を礼儀正しく食べ、食堂の隅で何やら難しい本を読んでいる。
よく見ると眼球は動いていないので、本は見ているだけで読んではいないのだろう。
本体はサクラ氏なので、内容の理解はできないだろうし。
食後、ハカセがカトー氏に何やら話している。
「カトー、食後の運動に付き合ってちょうだい。軽く組手でもするわよ!」(注:ハカセ)
カトー氏の目が泳いで、必死に俺の方を探した。
そりゃそうだ。ハカセに怪我でもさせたら何を言われるか分かったもんじゃないからね。
結局、ハカセに引きずられて訓練室に向かうカトー氏。
仕方がないので俺も見学をさせてもらうことにする。
「じゃあいくわよ!準備はできてる?」(注:ハカセ)
そう言って裸足になり、サクラ氏と同じ構えをするハカセ。
サクラ氏は感覚派なので、訓練のときは裸足になることが多い。
催眠術とはいえ、なかなか細かいところまで再現できている。
得意分野は全く違うのだが、普段からよく見ていることが伺える。
「ちょっとまった!」
カトー氏が慌てて止めてハカセに駆け寄る。
「何なんだ!早く構えろよ!」(注:ハカセ)
「サクラ、親指は握り込んじゃだめだ……怪我をするからな。親指は外に出して……そう、そうやって握るんだ」
カトー氏がハカセの拳を直す。
そうか、こういう細かいことまでは知らないだろうから、再現はできないのか。
「カトー、あんたも結構細かいのね。拳がダメなら足で蹴ればいいじゃない!」(注:ハカセ)
「…………。まあいいか、準備オッケーだ」
「じゃあ、いくわよ!サクラ様の妙技を味わえ!」(注:ハカセ)
ハカセがカトー氏に向かって突撃していく。
そして、カトー氏に攻撃が当たるのだが……ポコンポコンとマヌケな打撃音が聞こえてくる。
カトー氏はというと、直立不動でただ攻撃を受け続けている。
どれだけサクラ氏になりきろうとも、やはりハカセはハカセなのだ。
ひとしきり攻撃をして息の上がったハカセは、無表情で立ち尽くしているカトー氏に向かって衝撃の一言を放つ。
「今日はこのくらいにしておいてやる」(注:ハカセ)
――
放心状態で立ち尽くすカトー氏を訓練室に放置し、俺はハカセの研究室にやってきた。
当然のようにサクラ氏が座っており、何かの作図作業をしていた。
「あ、イチロー。お茶でも入れるから、そこに座って」(注:サクラ)
慣れた手付きでお茶を入れるサクラ氏。
その後姿は紛れもなくハカセのもので、俺は目を疑った。
ハカセは身長140センチの小柄な体型なので、長身のサクラ氏とは30センチ以上も差がある。
普通なら見間違えるはずがないのだが、それほど似ていたのだ。
「はい、どうぞ。ん?私の顔に何かついてる?」(注:サクラ)
ハカセのように優しい笑顔でサクラ氏が微笑んでいる。
普段は酷い毒舌なので忘れているのだが、サクラ氏は絶世の美女なのだ。
その絶世の美女が優しく微笑むと、脳内が麻痺するような感覚に陥る。
サクラ氏も普段からこんな笑顔ならいいのに……と思うと同時に、大人になったハカセは……すごい美女になるかもしれないと妄想してしまう。
「ハカセ、何か不自由なこと、困ったことはない?」
「え?大丈夫だよ。イチロー、いつも気にかけてくれてありがとう」(注:サクラ)
「いや、いつも俺のせいで迷惑を掛けてしまうから……今日も申し訳なく思ってるんだ」
「ううん、別にいいの。私はイチローと一緒ならそれだけで楽しいから……」(注:サクラ)
「そうなの?これからも迷惑掛けるかもしれないよ?」
「うん、それでも。これからもずっと一緒にいたい……私、イチローじゃなきゃダメみたい……」(注:サクラ)
そう言って、サクラ氏は俺の肩に寄りかかってきた……。
なんだこれは!
冷静になれイチロー!こんなときは素数を数えるんだ!
「そっか、じゃあ早く大人になる方法を見つけなきゃね」
そう言って、平静を装いつつ慌ててサクラ氏を引き剥がす。
相手がサクラ氏だというのに、まだドキドキしている……。
そうか、そうだったのか!
俺はやっと気付いたのだ。
――
俺は会議室に全員を呼び出し、こう宣言した。
「二人を元に戻す方法が分かったよ!」
「それは本当かい?私はあんなハカセを見ていられないんだ……早く戻してくれ!」
ボス氏がもう限界だとばかりに訴えてきた。
他の仲間達も大体同じ気持ちのようだ。
「じゃあ、ハカセ、サクラ氏……元に戻れ!」
そう言って、二人の目の前で手をパチンと叩く。
「あれ?私……何やってるんだろう?」(注:ハカセ)
「私も……一体何を……。なんで白衣なんて着てるんだ……」(注:サクラ)
「戻った!イチローよくやった!」
歓喜の声が会議室に響く。
催眠術騒ぎは無事解決となったのだ!
だが、俺にはまだやることが残されていた。
しばらくしてから、俺は部屋にハカセとサクラ氏を呼んだ。
どうしても確認しなければならないことがあるからだ。
ハカセとサクラ氏がやってきて、俺の向かいに並んで座った。
俺はお茶を入れながら……少し探りを入れてみた。
「二人とも体調は大丈夫?何か異変はない?」
「私は大丈夫。心配させてしまってごめんなさい……」
「私も特に問題はないな」
「そうか、それはよかった。まあ……そうだよな。あれは二人の芝居なんだからさ……」
「……」
「……」
ハカセとサクラ氏は、お互いの顔を見つめたまま黙っている。
「まあ……あれだ。言いにくいかもしれないけどさ、他の皆には黙っておくから真相を話してほしくてさ……こうして来てもらったわけだ」
「あ~あ、上手くいったと思ったんだけどな~。まさかイチローにバレるとはな……」
「イチロー、なんで分かったの?」
「理由は簡単さ。ハカセのサクラ氏があまりによく出来ていたことと、サクラ氏のハカセが随分違ったことかな」
「私のサクラは上手く出来ていたんでしょ?それが理由なの?」
「あのクオリティの高さは、周到に準備されていたからできることだよね。普段から見ている記憶をトレースしただけじゃ、あそこまで完璧に振る舞うのは難しいと思ったんだ。今回は計画性の高いハカセの性格が仇となった感じだね」
「色々想定して備えていたのはその通りね。そうか、簡単に言えばやりすぎちゃったんだね」
「そう、明らかにやりすぎだったね。でも……結構面白かったよ」
「ねえ、ハカセ……。私、あんなに毒舌なイメージなの?」
「うん、結構毒舌だよ……。でも、私はそういうサクラも大好きだよ」
「素直に喜べねえな……ハカセの前では気を付けているつもりだったんだけどな……」
「そうだよ。普段のサクラ氏はさ、ハカセの前では毒舌がそれほどでもないんだよね。にも関わらず、毒舌が増量されていたんだよ。まあ、面白かったけどね」
「じゃあ、私はどうなんだよ。自分で言うのもなんだけど、結構自信があったんだぜ。何がダメだったんだ?」
「表情、所作なんかは完璧だったよ。ハカセと見間違えるレベルでね……ただ……」
そう言って、ハカセをチラっと見る。
ハカセはそれに気付いて、顔を真っ赤にする。
「さ、サクラ……あなた……何かやったのね?」
「えっと……なんだったかな~」
慌ててサクラ氏がハカセから目を逸らす。
「ちょっと!何をしたの……イチロー、答えて!」
「えっと……その……サクラ氏がハカセのマネをしながら迫ってきたんだ……」
「し、信じられない!なんてことしてくれるのよ!」
ハカセはますます顔を赤くして、サクラ氏をポコポコ叩いた。
よく見たら、親指は握り込んでいなかったので、カトー氏の教えをちゃんと学習したようだ。
「いや……その……つい、魔が差したというか、からかいたくなったというか……」
「ひどい!イチロー、その記憶今すぐ忘れて!できないなら無理やり消してやるんだから!」
相変わらず暴走気味なところは本物のハカセだ。
まさか、コーラ工場の人に使った機械を使うつもりなのか?
「そう簡単に忘れられないよな~。お前……真っ赤な顔して興奮してたもんな。大人になったハカセを想像してたんだろ~?」
無茶苦茶な言われようだな……。
大人になったハカセを想像したのは事実なんだけどさ。
「それだよ、それがサクラ氏の悪いクセだよ。ハカセはそんなことしてくるはずがないのに……面白くなってきちゃって、俺をからかいだしたんだよね?」
「そうだな……結構面白かったぜ」
「サクラ!開き直らないで!」
「まあ、それが芝居だって分かった理由なんだけどね。からかっているって気付いた瞬間にこれまで感じていた違和感が確信に変わったんだ」
「皆の前で術を解いたのは何故なの?」
「芝居だってバラすこともできたけど、それだとハカセとサクラ氏の立場が悪くなると思ってさ。あとは万が一予想が外れた場合も想定した結果、芝居には芝居で解決するのがベストだろうと」
「なるほどね。イチローにしてはやるじゃない」
「いや……助けてあげたんだからもっと褒め方あるでしょ……まあ、それはさておき、今回の件はどっちがどんな理由で考えたのか教えてほしいな」
ハカセとサクラ氏が顔を見合わせて、考え込んでいる。
「実はね、私が考えたの……」
え?ハカセなの?
「私とサクラって、性格が真逆だってよく言われるじゃない……だから、お互いに入れ替わったら面白いっていうか、皆どんな反応するんだろうって気になってたの。それでね、イチローの買ってきた催眠術の本を見て……これだ!って」
「でもさ、催眠術はエディがかけたんだよね?かなり不確実だと思うんだけど」
「別に誰でも良かったのよ。たまたまエディが通りかかってくれたからエディになっただけなんだけど、私の計算以上に上手くいったの」
エディ……。
その役目、いつもは俺なんだ……同情するよ。
「さらに、イチローが私に『元に戻す術をかけたら』って言ってくれたでしょ……あれは本来、サクラの役目だったので、予想以上の展開に気分が高まっていたわ」
ハカセが嬉しそうに語っている。
そうか、真面目な子だとばかり思っていたけど、こういう悪戯好きな面もあったんだな……。
「あまりに上手くいくもんだから、笑いを堪えるのに必死だったわよ……」
ハカセがケラケラと笑う。
よほど笑いを我慢していたのだろう。
俺としては笑い事ではないのだが……。
「……まあ、今ハカセが言ったように、ハカセが考えた悪戯に私が乗った感じね。私の演技はほとんどアドリブだけど、結構上手だったでしょ」
「サクラ氏、大人なんだから……そこは注意しないと……」
「そうね、本来は注意すべきよね……よし、ハカセ!ボスの所へ謝りに行こう!」
「うん。やっぱり謝らないといけないよね。イチロー……色々気を使ってくれてありがとう」
そう言って2人はボスの元へ向かった。
謝りに行くというのに、なんだか少し楽しそうに見える。
ハカセの暴走は何度か見てきたけど、それは彼女の真面目さ故のものだった。
今回はそんな真面目な彼女がちょっとだけ見せた別な一面なのだろう。
人の心はなかなか分からないものだ……。
などと考えていると、サクラ氏が忘れ物をしたと戻ってきた。
「イチロー、言い忘れてたんだけど……」
「改まってどうした?」
そのとき、サクラ氏は見たこと無いような真面目な顔をしていた。
「私、確かにイチローをからかったけど、あのとき言った内容はハカセの気持ちで間違いないはずだよ。今はまだ早いけど、ハカセが大人になれたら……その時はしっかり男を見せろよ!」
え、今なんて……。
「じゃ行ってくる」
サクラ氏はそう言ってハカセの元へと向かった。
俺はサクラ氏の出ていったドアをじっと見つめていた……。