「人ってちょっと見ただけじゃわからないもんだな」
 八代が独り言か私に向けたのか定かじゃない調子で呟く。
 「そうだね。――本当に」

 八代の第一印象が最悪だったことを思い出して、小さな笑みがこぼれた。
 先入観や一部分だけで人を判断するのは、危険ということだ。
 人生ありえないことも起こるんだから。

 「ねぇ八代」
 彼がこちらを向いて、目線でどうしたのか尋ねる。

 「ストーカーの件が解決したら、八代に伝えたいことがあるの」
 「深刻な話っぽいな」
 「うん。すごく大事なこと。私が今まで八代に隠してたこと全部話そうと思う」
 「そんなにたくさんあったのかよ。俺に言えなかったことが」
 「うん。かくしごとばっかだった。でもこれからは八代に話して、一緒にどうするのか考えたい。そのために私はここにいるから」
 「よくわからねーけど……若葉の力になれるんなら喜んで全部聞く」

 彼がしかと目線を合わせてくる。心の中を見透かされるような気がして、顔に熱が集まった。

 「まあとりあえず今は山田を待つことだよね! 私もトイレ行ってくるよ」
 逃げるように席を立つ。
 頬の熱を冷ましてこなければ。
 しかし立ち上がった瞬間、ポケットに入れていた携帯の着信音が鳴った。

 「ん? 幸から?」
 一体何の用だろう、と思って、通話ボタンを押す。
 「幸? どうし――」
 「助けて!」
 「えっ、ちょっ」
 短く切羽詰まった叫びが、キーン……と響いたすぐ後、向こうで何かがぶつかったような大きな音がした。

 「幸? ちょっとどうしたの!?」
 呼びかけてみても、一向に気配を感じない。
 携帯を手放したのだ、と気付く。たった一言のSOSを、私に託して――。

 「おい、こっちにまで聞こえてきたぞ。『助けて』って、何かあったのか」
 八代も緊迫した様子で、立ち上がる。

 「今すぐ丘に行こう!」
 返事も待たずに、駆け出す。
 店を出ようとした時、トイレの出入口でマミと会った。

 「え? 悠どうしたの?」
 「帰る!」
 「えっ……」

 戸惑うマミを置いてけぼりにして、外へ出た。
 数秒遅れて追い付いてきた八代が、走りながら尋ねてくる。

 「丘って花火の名所のあそこか?」
 私が首をわずかに縦に動かすと、それ以上何も言わずに、走り続けた。
 胸騒ぎがする。
 またあの少年が現れたんだ。

 『助けて!』
 あの叫び――。きっと過去最大のピンチなんだ。
 間に合って。間に合え間に合え――。
 ぐんぐんと馬のように足を動かした。