いつまでもああしていたい気分だったが、しばらく経って、冷静さが戻ってくる。
 そうなると、照れくささにとても耐えられなくなり、名残惜しさと解放感を同時に感じながら、身体を離す。
 そして、疑問に思っていたことを訊く。

 「あの……どうして抱き締めたりしたの?」
 私の質問に、八代がどこか言いにくそうにしながら、答える。

 「家族のことを話してる時の若葉が、人の愛情を求めているように見えたんだよ。俺じゃあ所詮他人だから、親の代わりにはなれないだろうけど。だが話に聞いた若葉の両親よりも、若葉を大切に想ってるって自信はある」

 愛情を求めている――。その言葉に、視界が急に開けていくのを感じた。今まで見えなかった本音が、八代によって目の前に映し出される。
 やっと気付けた。

 私はずっと愛に飢えていた。けれどそれを失うことがあまりに怖くて、最初から何も求めない道を選んだのだ。
 信じる勇気を持てずに、そんなの存在しない、存在したとしても、私には必要ないと言い聞かせていた。
 始めなければ、結果なんてわかるわけないのに。
 臆病者。弱虫。私を表すのにぴったりの言葉が、脳裏に浮かぶ。
 臆病で弱虫だった自分に気付かせてくれた彼は、呆然としている私の頭を撫でて、心配いらない、とでも言うように私が大好きな笑みを見せた。

 「安心しろよ。若葉なら、温かい家庭を作れる。両親のようには、絶対にならねぇよ。友人の俺が保証する」

 その言葉は、怖じ気づく私の背中をそっと押してくれるものだった。
 言葉が優しく心に染みだしていくのと同時に、モヤモヤした違和感を覚える。何かが違うような、ダメなような感じがする。
 答えを探すように、彼をまじまじと見つめる。

 目と目がばっちりと合って、その瞬間八代の眼差しがより一層温かいものになる。
 その眼差しがとても眩しかった。実際に視界が光り出した錯覚さえ覚えた。

 この人のことがすごく好きだ。
 想いが胸の内でふっと湧き出した。

 彼と目が合って、モヤモヤの理由がわかった。私は八代に背中を押してもらいたいんじゃない。
 勇気を出して進んだ先にいるのが、彼であってほしいんだ。
 誰かを真剣に愛することから逃げない決意をしたなら、私は彼と向き合いたい。
 だって私は、この人――八代襟人に恋しているから。
 ようやく白旗を上げたら、身体から力が抜けた。その拍子に腹の音が場違いに響く。

 「そういえばそろそろ飯時だな。夕飯にするか」
 「お恥ずかしいことで……」
 今更遅いけれど、精一杯お腹に力を込めて縮こまる。
 八代は台所へと歩いていき、冷蔵庫を開いて小さくうめき声を上げた。

 「チャーハンなら出来そうだな。チャーハン好きか?」
 「大好きです。ありがとう」

 それから、折り畳み式のミニテーブルで、二人でチャーハンを食べた。
 チャーハンはパラパラでお店のものみたいだった。
 自身で食事を用意することに慣れて久しいが、私とは腕前が違うと思った。八代が上手なのか私が未熟なのかはわからない。たぶん両方だろう。
 テーブルは小さく、随分と狭苦しい食卓だったが、それがかえって幸福に感じた。