「え~!? そんなことがあったの? 大丈夫だった!? 二人とも」
 翌朝、マミに昨日の出来事を話すと、大きい目をさらに見開いて、驚愕の声を上げた。

 「大した怪我はなかったから、大丈夫だよ」
 幸が言う。
 「そっかそっか。でも怖いねホント……」
 身震いするマミ。私はそれを横目で伺う。

 田所はシロだと判明したわけだし、もうマミと八代は関わらなくていい。
 私はマミに嫉妬していた。昨日やっと認めることができた事実。
 それに振り回されることも、もうない。私の心も、多少は平穏を取り戻すだろう。
 私が、肩の荷を下ろしたように、ホッとため息をついた時――。

 「ね、悠」
 マミが昔馴染みのような気安さで、私の肩に腕を回してくる。のしっと体重をかけて、距離を縮められる。
 そして幸には聞こえないように、囁いてきた。

 「あのさ、話したいことあるんだけど。後でちょっと……ね?」
 嫌な予感をひしひしと感じながら、私は目線のみで、「わかった」と返答した。


 昼休み。屋上でマミと向かい合う。
 ちなみに幸には、先生からの呼び出しだと言ってある。
 マミが真面目な顔をして、切り出した。

 「単刀直入に言うね。――悠は幸の中学時代の事件について知ってるよね。わたしが当時やったことの“本当”の理由も含めて」

 マミの口から、まったく予想してなかった言葉が飛び出したので、私は思わず、「えっ!?」と間抜けな声を出してしまった。
 マミは、たとえ問い詰められたとしても、図太く知らん顔をし続けるんだろうな、と思っていた身としては、あまりに肩透かしな話題だった。
 一体何を考えているんだろう。そう怪しみながらも、コクリと頷く。

 「うん。全部知ってる。最低だと思ったよ。――何でそれを、わざわざ私に言う気になったの?」
 「これからはわたしのこと信じてもらいたいから。嘘つきだって思われるわけにはいかなくなったの」
 私が怪訝な視線を向けると、
 「中学の時のことについて、わたしが幸に話したことの全部が嘘ってわけじゃないの」
 「というと?」
 「幸のことが好きだったヤバそうな、いや実際ヤバかった奴は、完全な作り話ってわけじゃなくて、存在してたんだ」

 幸への想いをノートに書き綴っていた男子――。あれはマミのでまかせかと思っていたが、実在していたのか。マミの発言を信じるならば、だけど。

 「わたしが嘘ついてたことをちゃんと認めて謝罪しなきゃ、悠たちに協力してもらえないって思ったの。今までたくさん隠し事しててごめん」

 マミが――常に身だしなみに気を遣っている彼女が、汚れた床に髪の毛がつきそうなほどに、深々と頭を下げた。

 「ケンちゃんがシロだってわかったからには、もうあの男子しか心当たりがないの。だからっ……!」

 マミはそこで言葉を区切り、私の目を覗き込んできた。私はその表情に、どきりとした。
 マミの両目は、膜が張ったように潤んでいて、そこから確固たる意志と、すがるような必死さが滲み出ていた。目の前にいる女の子は、本当にあのマミだろうか、と思ってしまうほど真摯なその態度に、私は狼狽せざるを得なかった。

 「襟人さんと悠にまた調査を手伝ってほしい。お願いしますっ!」
 マミは語気を強めて、再びガバリと頭を深く下げる。
 「わざわざマミが参加することないんじゃないの? 情報だけ提供してくれれば、私と八代で調べるってことでも――」
 「わたしはその男子とも、付き合ったことがあるの。わたしと別れた後、幸にちょっと慰められてて――たぶんそれで幸を偏愛するようになったんだと思う」
 「付き合ったっていっても、少しの間だけだけど……」とマミは、私に過度な期待をさせないように、付け加えた。
 「信じてもらえないかもしれないけど……わたし償いたいの、中学の時のこと。だから幸を悩ます不審な男を、早く、捕まえたくて――」
 だんだんと涙声になっていくマミ。

 「わたしがそいつに話せば、平和的に解決できるかもしれない。それに元はと言えばわたしが原因かもしれないのに、二人に任せるなんて出来ない」
 強く言い切った彼女を見て、以前樹里亜に言われたことを思い出す。

 『マミは恋愛が絡まなければ気のいい子だよ』
 あれは、真実なのかもしれない。
 普段は善良な人間が、恋愛が関わった途端残酷な行動に出てしまうというのも、ありえないことではないのかもしれない。
 それに――。
 私だって、恋敵のマミの前では、相当に意地の悪い人間になっていなかったか。マウントを取りたがったり、悔しがる彼女を見て悦に浸ったり――。そうやって自分の行いを省みてみると、樹里亜の言葉がますます説得力を増してくるのを、感じた。
 少なくとも目の前のマミの態度が、嘘八百とはどうしても思えなかった。

 「――わかった。とりあえず八代にも掛け合っておく」
 「ホント!? ありがとう! 最高に良い奴だね、悠!」

 マミが飛び上がるような勢いで――いや実際にジャンプして、全身で感激を表現する。

 「わたし最初は悠のことよく思ってなかったけどさ、今は仲良くできそうな気がしてるんだ。――なんて虫がよすぎるよね。散々失礼な態度取っておいて、今さら謝られても、許してもらえないよね……」

 数秒前の浮かれた様子から一転、しおれた花のようになったマミを前にして私は、「いや、そのことに関しては、もう気にしてないよ」と言うほかなかった。
 私の言葉を聞いた瞬間、彼女の顔がパッと明るくなる。八代や樹里亜の前でしか見せたことのなかった表情だった。

 「本当に……? わたし悠に酷いことしたのに――それなのに許してくれるの?」
 酷いこと、というのは多分、プラネタリウムの時の、明確な攻撃を指しているのだろう、と思った。

 「うん、許すよ」
 まだわだかまりが完全に消えたわけじゃないけど、懇願してくるマミに素直に頷いておく。
 「やったー! これからもよろしくね!」
 有頂天になっているマミを見て、嘘とは思えないな、と再度感じた。