日記を持ち出したこと。それを今日まで黙っていたこと。そして、勝手に読んだことを謝った後、私はポツポツと話していった。

 自分が8年後から来たこと。
 未来で起こった殺害事件の詳細。
 そして私が、指名手配されていた八代と出会い頭に、刺されたこと――。

 「死んだ! って思ったら、過去に戻ってて。それが今年の6月1日だったんだ。驚いたよ。気付いたら目の前に幸がいて、ここが死後の世界か……って一瞬思った」
 「そう思ったってことは、8年後の世界では、幸は……」
 「うん。在学中に、学校の4階から転落して、事故死って判断された」
 「それって……」

 八代が言葉を失う。

 「樹里亜の計画が、成功したんだね。私はその時、幸のお姉さんの名前も、二人が衝突していたことも、知らなかった。だから、不幸な事故で幸が亡くなった、って思ってた」

 あの転落死の背景を、この時代に来るまで何も知らなかった。

 八代。樹里亜。マミ。
 幸の人生に関わっていた人たち。
 全員、タイムリープしてから、存在を知った者だ。

 改めて、あの頃の私は、幸と強固な信頼関係を結べていなかったんだな、と自嘲する。

 「幸の死は、私のトラウマになった。ずっと心に後悔として残り続けて、『過去に戻れれば良いのに。そうすれば、事故を何としても防ぐのに』って考えてた」

 当時の色褪せた日々を思い出して、気が重くなる。

 「考えるだけに留まらなくて、私はSNSに、学校の4階から落ちて死んだ親友を、嘆く内容を投稿してた。八代はそれを見て、私が幸の友達だってわかったんだろうね。一桁しかいなかったフォロワーの中に『846』って人がいたの。その人が八代だったんだ、って今ならわかる」

 846は、幸のことについての投稿にだけ、いつもいいねをしていた。

 そのことを伝えると、「十中八九、俺だな」と八代が頷く。

 「ここからは、あくまでも私の予想になるんだけど――」

 そう断って、私は考えていた持論を話す。

 理人君が、殺害事件の犯人で、八代が罪を被ったのではないか、と。
 理人君から、殺害の動機について聞いた八代は、目の前の彼の自殺を止められなかった。
 こんな現実を変えたい、と思った八代は、過去に戻れる能力を私に移そうとした。
 そして、私の職場を突き止め、夜道で刺した。タイムリープした私が、未来を変えてくれることを信じて。

 「日記に書いてあった親父さんの思惑と、夏祭りの日に聞いた話で、八代にタイムリープ能力が移ってるんじゃ——って思って。八代はどこかのタイミングで、能力を使ってしまったから、幸の親友だった私に、望みを託したんじゃないか、って」

 後悔を抱えた若葉悠が、過去に戻り、幸ともっと親密になれば、理人の存在にも樹里亜の思惑にも気づくのではないか――。
 8年後の八代は、そう考えたのではないか、と伝える。
 実際に私たちは、理人君にもたどり着けたし、樹里亜の悪意も明るみにできた。

 「……ってことなんだけど――まあ今となっては、真実は闇の中だよね。でも理人君が犯人だったなら、イタズラ電話の件も、納得できるの。八代と理人君は、声が似てるから」

 兄弟だからかな、と軽く笑う。八代から、反応はなかった。
 八代は、私の予想を聞いている間、ずっと無言だった。

 私は喋っている最中、チラチラと隣を気にしていたが、本当に聞いているのかも怪しく思えるほど、八代は表情を変えなかった。
 情報を受け止めるのに、手一杯なのかもしれない、と思って、中断はしなかったのだけど――。

 「何でだ?」
 「え?」

 質問の意図がわからず、八代を見返す。
 八代は、もう無表情ではなかった。何だか釈然としない様子で、私を見つめている。

 「確かに若葉の推測も、あり得るんじゃないかって思う。樹里亜を失った理人が、あのままの精神状態で生きてたら、殺人だってしちまうんじゃないかって。実際に大和さんだと勘違いした人を、殺そうとしたしな」

 あの時の理人君の状態と、八代の『どんなことがあっても、俺は理人の味方だ!』という発言が決め手になって、理人君が殺人事件の真犯人ではないか、と私は思った。
 八代が、理人君を庇ったのではないか、と。
 しかし――。

 「それでも普通、俺が犯人だ、ってなるだろ。俺がどうしようもない奴になってた、って方が、考えられるだろ」

 八代は、私の意見に賛同しかねるようだ。

 「若葉と初めて会った時、ちょっと様子がおかしいな、と思ってた。何かビクビクしてて、目もしっかり合わなくてさ。その後もしばらく、態度が固い感じで。あれは、俺が怖かったからなんだな」

 懐かしい気持ちになる。幸の幼馴染みの『エリちゃん』が、八代襟人だとわかり、総毛立ったものだ。
 八代の人となりがわかるまでは、冷や汗をかきながら話していた。

 「若葉は、未来の俺に殺されかけたんだろ。どうしてそんなに、俺のことを信じた仮説を立てられるんだよ」

 そう言って、顔を背ける。前に組んでいた脚を、私の反対方向に倒すのを見て、誤解されていることに気づく。
 立ち上がり、八代の正面に回り込む。
 そして、彼の肩を掴んだ。

 「おい、どうし――」
 「八代。私の目を見て」

 掴まれた時、驚いたように私を見た八代が、一瞬で目を反らしたのを、許さない、と言う風に、距離を詰める。

 「――いいのかよ」
 彼が視線を合わせないまま、訊ねる。

 「八代に私を見てほしいの。そして、私も八代を見ていたい」

 迷いのない私の口調に、八代が目を見開く。

 「確かに最初は、八代のことが怖かった。会話するのにも、心臓がバクバクいってた」

 嘘偽りない思いを、伝えていく。