とてつもなく重い沈黙が、部屋の中を満たす。
樹里亜は俯き加減になっていて、どんな顔をしているのかは、見えなかった。
私の荒い息づかいと、壁にかけられた時計の秒針の音だけが、長らく響いていた。
「……これが“話したかったこと”。私的には、ここからが本番」
死んだように動かない樹里亜に、問いかける。
「どうして幸を殺そうとしたの? 幸のことを、少しでも大切に思ったことはなかった?」
動機については、予想はついている。けれど、本人の口から聞きたかった。
それに……。本当は、幸に――妹に生きてほしい、と思う気持ちが、樹里亜にもあったのではないか。
そんなわずかな希望を、どうしても捨てきれなかった。
真実を、聞きたい。私の中にはその思いが燻り、一分一秒もの時間さえ煩わしかった。
だから、大和さんと偶然あった時、これはチャンスだ、と思い、家に上げてもらったのだ。
樹里亜は、顔面蒼白になっていた。血色を失った唇が、小刻みに震えているのを見て、自分が追い詰められたことをようやく受け入れたのだ、と見てとれた。
彼女が、頭を伏せた。肩が先ほどの唇と同じように動いている。
そこからだんだんと、震えが大きくなっていき——私が心配し始めた頃、バッと顔を上げた。
「ッ……! あはっ……はっ、あははっ!」
狂ったように身体全体で笑う樹里亜を、私は呆然と見ていることしかできない。
「はははっ! ひー……あー、疲れた」
腹を抱えていたところから唐突に真顔に戻る。その一瞬の変化は、凄まじく不気味だった。一瞬、彼女は本当に化け物か何かなのでは、などと過ってしまった。
「そっか……マミが生きてるんだったら、もうどうにもできないね」
諦めたように、ため息を吐く。
「何で幸を殺そうとしたのか、だっけ? いいよ。教えてあげる」
愉快そうに、両手を広げる。
「私さ、若いうちから東京で暮らす、って夢があるんだけどね、大和と結婚する以上、それはなかなか難しいことなんだ。何でかわかる?」
口角をつり上げて、首を傾げる。小馬鹿にしたような態度に、これがこの人の本当の姿なのか、と思った。
「わかるよ。お見舞いに来てくれた大和さんから、聞いた。あんたが実家を売りたい、って思ってたことも」
「へぇ。わからないだろうな、と思って訊いたんだけど、大和が話してたんだ」
虚を突かれたように、目を丸くさせた。
「まあ、それならわかるでしょ? 幸が家を売ることに同意してくれなかったから、邪魔だな、ってなったんだよね。幸の了承がなきゃ駄目だ、って話だからさー」
悪びれた風もなく、手のひらをひらひらさせる。
予想していた通りの答えだった。殺そうとしたのだから、そこに優しい理由はありえないものの、やはり落胆があった。
「くっだらないことに拘り続けててさぁ。何が、『思い出のつまった大切な家だから』よ。いつまでも過去の楽しい記憶を、引きずってるなんて、ホント陰気っていうか。美しい思い出が欲しいなら、どっか遠くにでも行って、いくらでも作ればいいじゃない。あんな場所にベッタリとか、心底気持ち悪い奴ね」
頭に血が昇る。恐怖心のかわりに、煮えたぎるような怒りが湧いてくるのを感じた。その勢いのまま、樹里亜に怒鳴りつける。
「幸が、家を手放したくないのは、あんたのせいでもあるのに! 何でそんな悲しいことばっかり言うの!?」
「は? 私のせい?」
「そうよ! 中学生の、まだ子どもの頃に、両親が遠くに行って――。そんな状況なら、残された家族同士で、助け合うものじゃないの? なのに、あんたは幸に冷たくし続けて。以前私に話したことも、嘘だったんでしょ? 本当は幸のことなんて、一ミリも考えてなかったんでしょ!?」
「ちょっとうるさいんだけど。声のボリューム考えてよ。近所迷惑」
痛そうに耳を塞いで、低い声で抗議してくる。それが私の神経を、余計に逆撫でする。
「あー、うん。もちろんでたらめだよ。私は軟弱な幸と違ってさ、内にこもるタイプじゃないんだよね。友達とか彼氏とか――そういう外での楽しい付き合いに、夢中だったんだよ。妹とかどうでもよかった。ただ家にいる人、って認識」
悪びれずにペラペラ喋る彼女を、睨み付ける。
「幸は、あんたのこと好きだったのに……。罪悪感とかはないの?」
「ないよ」
樹里亜は、きっぱりと即答した。
「意見の不一致で、死ななきゃならなくなったのは、ちょっと可哀想だなぁ、とは思ったけど。しょうがないじゃん、目障りなんだから。ゴールを阻む障害物は、取り除かないとね」
頭の中で、何かが切れる音がした。
樹里亜は俯き加減になっていて、どんな顔をしているのかは、見えなかった。
私の荒い息づかいと、壁にかけられた時計の秒針の音だけが、長らく響いていた。
「……これが“話したかったこと”。私的には、ここからが本番」
死んだように動かない樹里亜に、問いかける。
「どうして幸を殺そうとしたの? 幸のことを、少しでも大切に思ったことはなかった?」
動機については、予想はついている。けれど、本人の口から聞きたかった。
それに……。本当は、幸に――妹に生きてほしい、と思う気持ちが、樹里亜にもあったのではないか。
そんなわずかな希望を、どうしても捨てきれなかった。
真実を、聞きたい。私の中にはその思いが燻り、一分一秒もの時間さえ煩わしかった。
だから、大和さんと偶然あった時、これはチャンスだ、と思い、家に上げてもらったのだ。
樹里亜は、顔面蒼白になっていた。血色を失った唇が、小刻みに震えているのを見て、自分が追い詰められたことをようやく受け入れたのだ、と見てとれた。
彼女が、頭を伏せた。肩が先ほどの唇と同じように動いている。
そこからだんだんと、震えが大きくなっていき——私が心配し始めた頃、バッと顔を上げた。
「ッ……! あはっ……はっ、あははっ!」
狂ったように身体全体で笑う樹里亜を、私は呆然と見ていることしかできない。
「はははっ! ひー……あー、疲れた」
腹を抱えていたところから唐突に真顔に戻る。その一瞬の変化は、凄まじく不気味だった。一瞬、彼女は本当に化け物か何かなのでは、などと過ってしまった。
「そっか……マミが生きてるんだったら、もうどうにもできないね」
諦めたように、ため息を吐く。
「何で幸を殺そうとしたのか、だっけ? いいよ。教えてあげる」
愉快そうに、両手を広げる。
「私さ、若いうちから東京で暮らす、って夢があるんだけどね、大和と結婚する以上、それはなかなか難しいことなんだ。何でかわかる?」
口角をつり上げて、首を傾げる。小馬鹿にしたような態度に、これがこの人の本当の姿なのか、と思った。
「わかるよ。お見舞いに来てくれた大和さんから、聞いた。あんたが実家を売りたい、って思ってたことも」
「へぇ。わからないだろうな、と思って訊いたんだけど、大和が話してたんだ」
虚を突かれたように、目を丸くさせた。
「まあ、それならわかるでしょ? 幸が家を売ることに同意してくれなかったから、邪魔だな、ってなったんだよね。幸の了承がなきゃ駄目だ、って話だからさー」
悪びれた風もなく、手のひらをひらひらさせる。
予想していた通りの答えだった。殺そうとしたのだから、そこに優しい理由はありえないものの、やはり落胆があった。
「くっだらないことに拘り続けててさぁ。何が、『思い出のつまった大切な家だから』よ。いつまでも過去の楽しい記憶を、引きずってるなんて、ホント陰気っていうか。美しい思い出が欲しいなら、どっか遠くにでも行って、いくらでも作ればいいじゃない。あんな場所にベッタリとか、心底気持ち悪い奴ね」
頭に血が昇る。恐怖心のかわりに、煮えたぎるような怒りが湧いてくるのを感じた。その勢いのまま、樹里亜に怒鳴りつける。
「幸が、家を手放したくないのは、あんたのせいでもあるのに! 何でそんな悲しいことばっかり言うの!?」
「は? 私のせい?」
「そうよ! 中学生の、まだ子どもの頃に、両親が遠くに行って――。そんな状況なら、残された家族同士で、助け合うものじゃないの? なのに、あんたは幸に冷たくし続けて。以前私に話したことも、嘘だったんでしょ? 本当は幸のことなんて、一ミリも考えてなかったんでしょ!?」
「ちょっとうるさいんだけど。声のボリューム考えてよ。近所迷惑」
痛そうに耳を塞いで、低い声で抗議してくる。それが私の神経を、余計に逆撫でする。
「あー、うん。もちろんでたらめだよ。私は軟弱な幸と違ってさ、内にこもるタイプじゃないんだよね。友達とか彼氏とか――そういう外での楽しい付き合いに、夢中だったんだよ。妹とかどうでもよかった。ただ家にいる人、って認識」
悪びれずにペラペラ喋る彼女を、睨み付ける。
「幸は、あんたのこと好きだったのに……。罪悪感とかはないの?」
「ないよ」
樹里亜は、きっぱりと即答した。
「意見の不一致で、死ななきゃならなくなったのは、ちょっと可哀想だなぁ、とは思ったけど。しょうがないじゃん、目障りなんだから。ゴールを阻む障害物は、取り除かないとね」
頭の中で、何かが切れる音がした。