◇


「ひろくんっ、」

「……千花」

「ごめ、ごめんなさ……っ」


 泣かないで、と君の涙を拭おうとする。けれど、それが叶うことはない。――だって。



「私のせいでっ……!」



 だって、僕は常世のひとで、君は浮世の人だから。



 あの日、屋上から転落したのは、君ではなくて僕だった。二人とも助かる方法がないと思った僕が、咄嗟に、君を助けるために、君を庇って落ちたのだった。


「……紘くんっ」

「ちーか、」

「ひ、ろくんっ……」


 ぽろぽろと、君は涙を零す。困ったように、僕は君に笑いかける。千花、とその名を紡いだ。千花、千花、ちか。

 紘くん、と君が僕の名前を呼ぶ。うん、とその声に頷いて、もう一度千花と名前を落とす。そうして君は、僕の名前を口にする。

 何度も何度も、お互いの名前を呼び合って。君の存在を確かめるように、僕の存在を確かめるように、何度も名前を口にして。

 ぱたぱたと床に涙が落ちる。二人しかいない教室に、君と僕のお互いを呼ぶ声が響く。

 千花、と君を呼んだ。僕を見る君に、僕は優しく微笑んで。



「────ありがとう、千花」



 僕を、見つけてくれて。僕の名前を、呼んでくれて。

 そう言えば、君は涙の中に笑みを浮かべるから。


「──っ」


 僕は、君の唇に触れることのないキスを落として。




「好きだよ、千花」




 そう言い残して、浮世から姿を消した。