とりあえず場が収まり食後のお茶が運ばれてきました。

 さすがは農業国だけあって香り高いですね。

「どうやらお茶は口に合ってくれたようだな」

「なんにでもケチをつけるつもりはありませんよ」

「私たち、どうしてもお肉がだめなので……」

「構いませんわ。皆様はお肉料理を苦手とするのはフロレンシオにいた頃から承知済みでしたから」

「プリメーラ姉上、知っていたなら事前に教えてもらいたいのだが……」

「そうだぜ、プリメーラ姉さん」

「どの程度苦手なのかは知っておいてもらった方がいいでしょう?」

「まあ、それはそうかもしれないが……」

「客人に苦手なものを出すのはなぁ……」

「そういうわけですので、これからしばらく私たちの料理は菜食中心に変更です。シント様が料理人も連れてきてくださいましたし、食材だってある程度は持ち込んでいるのでしょう?」

「そうですね。あと、1カ月半程度なら」

「その間に城の料理人たちにも菜食料理の美味しい作り方を教えていただき、野菜料理のフルコースを目指しましょう。農業国である私たちの特徴を遺憾なく発揮する場でもあります」

「……確かに悪い手ではないな。メインの肉料理はどうにもならないかもしれないが、それ以外はすべて野菜で形作ることもできるだろう」

「兄上、メインの肉料理だっていつかは肉料理と置き換えられるはずだ。そこまで持って行ければこの国は安泰だぞ」

「そうだな。すまないがシントとリン。君たちの食材を研究用にも分けてもらえないか?いろいろと試してみたい」

 話が大きくなっていますが……お野菜が役に立つことでしたらみんなも喜ぶでしょう。

 シルキーたちも乗り気なようですし。

「構いませんよ。ただ、僕たちが連れてきた料理人を邪険に扱わないでくださいね」

「それは約束しよう。……むしろ、味見係としてその場に居合わせたいくらいだ」

「兄上には公務があるだろう? いや、俺もなんだが……」

「私も戻ってきた以上は公務の山でしょうね……そうなると、イネス。あなたが厨房の様子を見ていなさいな」

「いいのですか!? お姉様!」

「ええ。シント様とリン様もその方が守りやすいでしょう」

「そうですね。万が一があっても大抵の解毒薬に聞くポーションは持ち合わせていますから」

「それ以上に神眼持ちのイネス公女様が怪しげな人に近づかないと思うけど」

「それもそうですわね。とりあえず、イネスも公務……各孤児院への食料配布状況の確認以外は大人しくしていなさい」

「はい。お姉様」

 相変わらず、このふたりの中はよさげで微笑ましいです。

 プリメーラ公女様を始めふたりの公子様にもひっそりと護衛をつけましたし、万が一はないでしょう。

 あとそうなってくると……。

「さて、父上。私たちの当面はこのように動きます。父上はどうされますか?」

「……サニのことだな」

 公王陛下は重々しく口を開きますが……その態度にはまだ迷いがあります。

「もちろんです。聞けば来客に対して装備をよこせなどと言う高慢で高圧的な態度を取った上で、呪眼を使い返り討ちにあった愚か者。これ以上放置すれば国益を損ないます」

「俺も同じ意見です、父上。アレは早々に始末した方がいい」

「〝公太子選〟が始まるまでは生かしておきましょう。条件を満たせなくなります。ですが、そのあとは国としてのけじめをつけていただくべきかと」

「あの、お父様。私もお兄様やお姉様の意見に賛成です。私を呪いで苦しめていたのは私の至らなさがありますのでおいておきます。ですが、あの様子では国内各地で反抗的な貴族に対し呪いをばらまいているでしょう。どうかご決断を」

「う、うむ。わかっている。わかってはいるのだ。だが、あれは……」

「初代王妃との間に生まれた唯一の子供、でしたね?」

「……その通りだ。教育係も妻が選んだ者たちだ」

「そして、その初代王妃が死に二代目王妃が迎え入れられ、側室も娶り、側室から生まれたのがプリメーラ姉上とルーフェス、二代目王妃から生まれたのが私とイネスです。サニは私たちのことも面白く思っていなかったのでしょう。以前、父上がもらってきたという解呪の木の実を食べた途端、体が軽くなりましたから」

「その通りだぜ、父上。サニがどのような教育を受けてきたかは知るよしもない。だが、俺たちのことを拒み続け、時には俺たちの公務を邪魔し続けてきた。自分はほとんど公務をしていないって言うのにな」

「ルーファスの言う通りです。ディートマーと私が行おうとしていた施策が潰されたことは数え切れないほどあります。今回のイネスの件とて貴族自身の妬みから行われた犯行も多いでしょう。ですが、サニの命令で行われた犯行も多いはずです。食料の奪われた時期が公都から伝令を出した日数とほぼ一致するのがなによりの証拠。これでも生かし続けるのですか?」

「お父様。私は公太女となった暁にはサニお姉様を身分剥奪の上、独房に閉じ込める所存です。お父様が決断しなくても私が時期公女王として動きます。何卒、早いご決断を」

 サニという女以外の4兄妹から発せられる糾弾の声に公王陛下はうなるばかりです。

 それほどまでにサニは大切なんでしょうか?

「……お前たちには関係のない話かもしれないが、私は第一王妃との間でサニを立派な公太女として育てる約束をした。約束をしたのだが」

「その結果がこれです。呪眼という呪いの眼を持った結果、わがまま放題、好き放題に独善的な行動を繰り返しております。一番年下の私から見てもサニを公太女としてしまえば国が滅びます。ジニ国のように」

「ジニか……国をいくつも挟んでいるから伝聞でしか聞かないが相当荒れ果てたみたいだな」

「王都では五大精霊様全員が荒れ狂い王城が完全なガレキの山と化し、貴族街も幻獣様たちの手によって更地にされていたところを五大精霊様によって更に荒れ果てた大地とされたと聞く。その上で城壁や街壁を何カ所も破壊され、街を守っていた城の兵士は皆殺し。王都を守るものがいなくなった結果、賊の狩り場と化し多くの民が略奪と殺害を受けたと聞いたぞ」

 五大精霊や幻獣たちが暴れた結果はそこまでいっていましたか。

 ですが、あの国の者たちがどんなに苦しもうと心が痛まないのはなぜでしょうね?

 僕も神域の契約者としての側面が強くなってきたのでしょうか?

 その割には遠く離れたこの国の事情に首を突っ込みすぎですが……。

「……それも頭が痛い。初代王妃は慎ましく質素倹約を心がける賢人だったのだ。だが」

「サニは違いますよ、お父様。自らに与えられた予算に飽き足らず、公務を行ったことにして不正なお金を取得し、それを使って享楽にふける。そんな女ですわ」

「はい。国の査察官が入れば公王家の人間であっても1回で絞首刑まで行くほどの不正を貯め込んでいるはずです。下手をすれば公の場で斬首刑もあり得ます」

「はっきりと言ってしまえば、〝公太子選〟までは生かしておく意義があるから生かしておくが、それ以降は用なしだ。公王家の恥にならないよう、その日のうちにでも毒杯を飲んでもらうべきだぞ」

「お父様、ご決断を。私が公太女になってもそこまでの権限は振るえません。できることは査察官でサニの行っている公務を探らせて、サニの更迭および独居房への収監くらいです。そうなれば毒杯以上の刑は確定。もう、私が〝公太子選〟を受け公太女としての責務を果たす覚悟を決めた以上、あの女を生かしておく道などないのです。私の手で処刑される前に尊厳死を与えてくださいませ」

 もう、この4兄妹の意思は統一されているようです。

 あとは公王陛下のけじめをどうするかなのですが……難しいでしょうね。

「……わかった。この話はよく考えたい。それぞれ、自分たちの離宮に戻って休んでほしい。近衛騎士を守りにつけるのでサニからの襲撃も防げるだろう」

「その近衛騎士がサニの手下ではないことを祈ります」

「あの女のことだ。どこにでも手下がいるはずだ」

「失礼ながら、ディートマーとルーファスの意見に賛成です。私とイネスはシント様とリン様がつけてくれた特別な護衛がいるので大丈夫でしょうが……ディートマーとルーファスが心配ですね」

「はい。お兄様たちがかけても〝公太子選〟は不可能になります。あの女はそれを狙ってくるかもしれません」

 ああ、その心配ですか。

 いまのうちに〝見えない護衛〟をつけていることだけは教えておきましょう。

「大丈夫ですよ。失礼ながらディートマー公子にもルーファス公子にも勝手ながら僕の配下を〝見えない護衛〟として既につけさせていただきましたから」

「なに?」

「見えない護衛ってなんだ?」

「ああ、心配しないでください、ディートマー、ルーファス。シント様の〝見えない護衛〟は害のある存在ではありませんし、人相手ではどんな手段で攻めてきても確実に守ってくださる方々ですから」

「はい。既に私たちにもつけていただいております。あと、私の離宮に帰れば〝目に見える護衛〟のリュウセイもいますから」

「……なるほど。ただの護衛などではないようだ」

「いつかはその正体、話してもらいたいな」

「善良な方でしたら、いずれ」

「うん、きっと話せるときが来るよ」

 僕たちのその言葉に納得したのか、両公子は食堂から去って行きました。

 さて、影の軍勢を5匹ずつつけましたが問題ないですよね?

 彼らも気に入られたものです。

「……プリメーラ、イネス、シント殿、リン嬢。すまないがこのあとすぐに私の執務室まで来てもらえないか?」

「……まだ答えが出ませんか、お父様」

「すまぬ」

 まあ、僕たちの正体も知っていますしね。

 お呼ばれしている以上、断るわけにも参りませんし付いていきましょうか。