神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

 公都クエスタに到着したのは日没すれすれの時間でした。

 それでも先触れが出ていたおかげか、沿道にはたくさんの市民が詰めかけています。

 公女様ふたりの馬車にぴったりとくっつきながら白馬に乗って横を歩く僕たちにも注目が集まっていますが……慣れませんね。

 人の注目を集めることなどいままで一度もありませんでしたから。

「おや、そのご様子ではこの歓迎の勢いに飲み込まれていますな」

「ええ、おかげさまで。もちろん、ふたりを守るための魔法はしっかり張り巡らせてあります」

「ふたり……公女様たちを守る魔法?」

「屋根の上からこちらを射殺そうとしている者たちが何人かいますね。そいつらは見かけ次第、足を切断し立てなくしてありますが……どうなさいますか?」

「……いや、パレード中に調べるための兵を出すのもまずい。終わったあとに調べさせよう。既に呪い殺されているだろうがな」

「同感です。そこまでしてイネス公女様とプリメーラ公女様を戻したくない理由ってなんでしょうね?」

「公太子選だ」

「〝公太子選〟?」

「そう。公王家の子供が5名以上になり、なおかつその全員が10歳以上で参加できる状況であるならば次の公王を決める公太子選を執り行うことができる。いままではイネス公女様が呪いで床に伏せっていたため開催できなかった。だが、このまま公王宮殿に戻れば公太子選が確実に実行されるだろう。そうなれば……」

「イネス公女様が次の公王に指名されてしまうと」

「そうなる。すると、サニ公女がどうわめこうと発言権はイネス公女様の方が絶対的に上。見苦しい真似をすればイネス公女様の命令でサニ公女を処分すらできるようになる。サニ公女にとって、おふたりの帰還はなんとしても阻止せねばならなかったのだ」

「間もなく、大きな門が見えますが?」

「あれが市民街から貴族街へと続くゲートだ。おそらくサニ公女のこと、なにか妨害をしているだろうが、そんな妨害どれほどの意味を持つかな?」

「はあ?」

「君たちはこのままプリメーラ公女様とイネス公女様の護衛だけを続けていてくれ。それではまた」

 実際、馬車が近づいても貴族門とやらは封鎖されたままで動きもしませんでした。

 その間に、群衆の中から飛び出してきた刺客を8人ほど足を止めて動けなくし、転がしましたが全員黒い血を吐いて死んだそうです。

 抜け目がありませんね。

 いまだに暗殺を続けようとする悪あがきをみせる不始末をしながら、貴族門を開けようともしない不届き者たち。

 そこに白い鎧の一団がやってきて僕たち一行と貴族門の守備隊の仲裁……と言うか貴族門の守備隊を一喝し、大急ぎで門を開けさせ始めました。

「申し訳ありませんでした。まさか今日到着するとは梅雨すらず」

「気にすることはない。自分たちも今日到着できるなんて想定していなかった」

「そちらの金の鎧をまとった少年少女は?」

「問題ない。プリメーラ公女様とイネス公女様が直接お願いした護衛だ」

「わかりました。そこで……事切れている暗殺者どもの検分は任せていただいても?」

「頼む。我々だけではそこまで手が回らない」

「では。全員! 街中で公女暗殺をもくろんだ愚か者どもを徹底的に調べ上げよ!」

「はっ!」

 白い鎧の一団が暗殺者どもの検分に行ってしまい、僕たち一行は貴族門を抜けます。

 彼らは一体何者だったんでしょう?

「公国騎士団も早く出てきてくれて助かった。あのままじゃ貴族門の護衛団とも一戦やらなくちゃいけないところだったからな」

「そうなんですか? さっきの白い鎧の一団が公国騎士団ですか?」

「ああ、さっきの白い鎧の一団が公国騎士団、国の命令で動き回る部隊だ。で、貴族門の護衛団は俺たちのことを偽の公女一行と決めつけて剣を抜こうとしていた。剣を抜かれてしまえばこちらも抜き返し倒すしかない。非はあちらにあっても面倒くさいことになっていただろうよ」

「……本当に邪魔ですね。いまでも暗殺者がいますし」

「貴族街でもか。そいつらは?」

「動けなくしてあるだけですが……回収する頃には死んでいるのでは?」

「だろうな。まあ、礼儀として回収はするがそれだけだ。……さて、正面に見えてきたでかい建物が公王宮殿だぞ」

 彼が指さす先を見ると確かに巨大な石造りの建物が建っていました。

 あれが公王宮殿、公王家の暮らす場所ですか。

 今回は入口もすんなり通していただけましたし、内部に入ってからは暗殺者もいなくなりました。

 それでも殺意を向けてくる者どもはいますが。

 やがて、馬車を降りるところまでたどり着くと公女様たちは馬車を降り、僕とリンにも馬を降りて護衛についてほしいということです。

 護衛騎士団の方々とも一度お別れのようですし、僕たちが守るしかないということなのでしょう。

 プリメーラ公女様も小さく頭を下げてきましたし、シエロとシエルには窮屈かもしれませんがもうしばらく馬のフリを続けていてもらいましょうか。

 イネス公女様とプリメーラ公女様に導かれて〝宮殿〟の道を案内されます。

 そこには秋の花で美しく彩られた庭園などもあり、リンを通して様子を見ているはずのローズマリーがやる気を出しそうですね。

 そんな道を歩いていると邪悪な気配を振りまく女がひとり、同じく邪悪な気配に包まれ華美な服装に身を包んだ男どもと一緒に立ち塞がっていました。

「あら、帰ったのね。プリメーラ。それで、その小娘は?」

「あら? ご自分の妹の顔もお忘れですか、サニお姉様。イネスですよ」

 なるほど、この女がサニ公女。

 僕たちを見て呪いをかけようとしていますが、その程度で神眼を破れるとでも?

「はい。お久しぶりです、サニお姉様」

「な、イネスですって!? イネスはもう死んでなければ……」

「なぜイネスが死んでいなければいけないのです? ただの呪いですよ? 優れた解呪薬さえ手に入れば治りますとも」

「そ、そんなことが!? イネスは……」

「それともイネスを呪った呪術師に心当たりでも?」

「そ、そのような者に心当たりがいるはずがないでしょう! それで、後ろの下民どもは!?」

「今回、イネスの解呪薬と治療薬などを譲ってくださったシント様とリン様です。いまは私たちの護衛も務めてくださっております」

「ふ、ふうん。それにしても、下民のくせに綺麗な装備に身を包んでいるじゃない。第一公女のこの私に献上する機会をあげるわ。喜んで差し出しなさい」

 なるほど、この女はジニにいた強欲者どもと一緒だ。

 影に潜んでいる者たちも始末したがっていますし、なんらかの理由をつけて抹殺したいですね。

「お断りします。僕とリンの装備は里のドワーフやその長が丹精込めて作った代物。他人に扱わせるつもりはないですよ。まあ、扱う事すら不可能でしょうがね」

「なんですって!? 私はこの国の後継者! 第一公女なのよ!?」

「たかがその程度、でしょう? まして、この国の後継者、立太子した者は誰もいないと公王陛下から聞いておりますが?」

「……なにを田舎者の分際が!」

 おや、僕たちに本気の呪眼を使ってきましたか。

 僕たちにそんなことをしても大丈夫なんでしょうかね?

「ぐ、ぎゃぁぁっぁあ!」

「サニ公女様!」

「一体どうされました!?」

「おや? どうかなさいましたか?」

「う、うるさい! これでお前の命は……」

「そんなことよりご自分の目を確認した方がいいですよ? 血が流れ落ちて真っ赤に染まっています。ああ、あと髪の毛も一部真っ白に染まっていますね。一体どうされました?」

「ッ!? なんですって!!」

「申し遅れました。僕はシントと申します。僕に呪いをかけようとすると数倍の力で反射してしまうようでして……なにか困ったことがございましたか? もちろん、この鎧などにも破邪の力は宿っているので呪いなどは数倍で跳ね返します」

「な……!?」

「もちろんその傷が癒えることもありません。それで、急にどうなさいましたか?」

「す、少し体調が悪くなっただけに決まっているでしょう! 行くわよ!」

「お、お待ちください! そちらには階段が……」

「え? ぎゃぁ!?」

 ああ、やはりほとんどの視力も失っていましたか。

 哀れな。

 付き添っていた男たちに先導されて階段を上りきり、宮殿の奥へと去っていく姿は本当に見ていて哀れです。

 五大精霊に聖霊までが破邪の力を込めて作った装備品たち、甘く見すぎていますね。

「あ、あの。サニお姉様はずっとあの調子なのでしょうか?」

「目からの出血は……そうですね、明日の昼には止まるでしょう。視力も多少は戻るはずです。ですが、聖霊の力を持ってかけられた破邪。どのような方法でも戻りませんし、補助具を使っても目が見えるようにはなりませんよ」

「そこまでする必要は」

「あら、イネス公女様。あれだけの破邪の力が働いたということは、それだけ強い呪いをかけようとしたということの裏返しよ? 自分の愚かな行為で身から出た錆、受け入れてもらわないと」

「でも、あのサニお姉様のことです。シント様を逆恨みしてなにか仕掛けてくるかも」

「そのときはまたお相手いたしますよ。さて、公王陛下へ帰還のあいさつをなさるのでしょう? 急がないと」

「は、はい!」

「愚か者の姉がご迷惑をおかけいたしました」

 さて、公王様に対するごあいさつですか。

 やり方は習いましたがうまくできるでしょうか?
 さて、イネス公女様とプリメーラ公女様の帰還の報告、つまり公王陛下との謁見です。

 ふたりからは不測の事態に備えて僕たちにも参加してほしいとお願いされていますし、断れません。

 控え室に行くと鎧の類いは一切外すように指示を受けたので鎧は外させていただきました。

 武器も預かるそうですが、預かりに来た方の心がどす黒い色をしていたのでサニとかいう女の手下でしょう。

 そのまま保管庫にしまい、なくなったところを見せて終了です。

 僕たちの手札を見誤ってくれれば戦いやすくもなりますからね。

 時空魔法や神眼は、本来それらを覚えているだけでもスキル消費値を使い、一般的な人の限界であるスキル限界値100の半分は使っていると誤認してくれるでしょうから。

 そう考えると、限界値を1万まで引き上げられた僕たちはなにを目指せばいいのでしょうか?

「シント様、リン様。謁見の準備が整いました。ご入場ください」

「わかりました」

「いま行くよ」

 僕のことを案内してくださる方もサニの配下ですね。

 明らかに謁見の間以外へと案内しようとしています。

 勝手に行くとしましょうか。

「……! お客様、どちらへ!?」

「だって、謁見の間ってこっちじゃない」

「サニという女の入れ知恵でしょう。でも、甘く見ているならあの女と同じ結果を招きますよ?」

「ひっ!? も、申し訳ありません! こちらでございます!」

今度は正しい道を教えてくれるようです。

 最初から無駄なあがきはしなければよいものを。

「おーい。よかった、間に合って!」

「あなたは、護衛隊の騎士団長さん」

「どうかしたの?」

「いや、君たちの元に出向いたメイドがサニ公女の一派だと聞き迎えに出たのだが……この様子だと正しい道程を案内してくれているようだな」

「最初は案内してくれませんでしたよ?」

「あの女と同じような結果を招きたくないならちゃんと案内してってお話しただけ」

「……ほとんど脅迫だな。そう言えば、君たちは神眼使いで邪心を見抜くことができ、穢れた心を持つ者は敵対者認定するのだったか。ところで、鎧は?」

「脱ぐように指示をされたので脱いでしまってきましたよ?」

「うん。それもまずかった?」

「……やられたな。君たちは護衛だ。鎧を脱ぐ必要はない。いまから装備しなおす時間はあるか?」

「武器を取り出すだけならともかく、鎧を着るのには時間がかかりますね」

「うん。ブレストアーマーとガントレットくらいならすぐつけられる構造になっているけど」

「ではそれだけでも頼む。本来ならば君たちの優美で勇壮な鎧を愚かな貴族どもにも見せつけてやりたいのだが……」

「うーん、時空魔法を使って一気に着てしまえばできますよ?」

「なに? 君たちは時空魔法まで?」

「はい。可能です。どうしましょう?」

「……わかった、全身の鎧を頼む」

「では、失礼して」

 僕は保管庫よりすべての鎧を装着状態で取り出しました。

 細かいずれはなおさなければなりませんが、全体はすぐに身につけられて便利です。

 リンも終わったようですね。

「……君たちにはいろいろと秘密がありそうだ。だが、プリメーラ公女様とイネス公女様が信頼なさっているのだ。あえて聞くまい」

「申し訳ありません。いろいろと言えないことが多くて」

「ごめんなさいね?」

「いや、そろそろ行かねば入場時間になってしまう。急ごう」

 僕たちは鎧姿になってから廊下をスタスタと歩いて行きます。

 そして、大きな門の前で騎士団長が止まると門衛の方とお話されていました。

「本当にこのような少年少女が公太女様たちの護衛を?」

「その通りだ。途中、暗殺者の軍勢をほぼひとりで全滅させた立役者でもある」

「あなたのお言葉でしたら信用いたしますが……謁見者リストにも名前は載っていますし入場をどうぞ」

 まあ、普通は信用できないでしょうし当然の結果を返されながら僕たちは入場。

 騎士団長から教わった通りの場所でひざまずき、顔をうつむかせて始まりを待ちます。

「プリメーラ公女様、イネス公女様、ご入場!」

 おふたりもいらっしゃったようですね。

 僕たちの後ろからやってきて、僕たちより前の位置で立ち止まりひざまずきました。

「オリヴァー公王陛下、ディートマー公子様、ルーファス公子様、ご入場!」

 僕たちからは見えませんが、最前列奥の方から気配が3つ出てきました。

 あれがオリヴァー公王陛下とディートマー公子様、ルーファス公子様なのでしょうか。

「一同、面を上げよ」

 オリヴァー公王陛下の命で僕たちは顔を上げます。

 すると僕たちのことを見ている中で邪悪な心をしている者は……8名ですか。

 多いですね。

 今日は上級貴族と大臣だけの集まりと聞きましたが、これだけの数が集まるとは……。

 それほどまでに〝権力〟とは人を狂わせるのでしょうか?

「よく帰ってきた、プリメーラ、イネス。話をする前に確認だ。イネス、お前の目はもう大丈夫だな?」

「はい、もちろんでございます、公王陛下」

「この場にいる者たちから不適格者を選べ」

「承知いたしました」

 場内が喧噪に包まれますが、イネス公女様は穏やかに周囲を見つめてひとり、またひとりと不適格者を指名していきます。

 人数も対象者も僕が見立てた相手とぴったり一致していますし、イネス公女様の神眼はもう十分に機能しているでしょう。

「イネス、ご苦労であった。イネスより指摘された者たち。全員この場より立ち去れ。これは公王命令である」

「なにをおっしゃいますか! 私は軍務大臣ですぞ!?」

「私は財務大臣! それを排除しようなどとはイネス公女に二心ありと……」

「くどい。すぐさまこの場を立ち去れ。さもなくば身分剥奪だ」

「くっ……」

「おのれ……」

 それぞれ怨嗟の声をあげながら退場していく者ども。

 やはり追い出して正解でしたか。

「……頭が痛いな。イネスの〝眼〟であっさりと見破れる者が軍務大臣と財務大臣とは」

「失礼ながら、国王陛下。早急に査察を入れ、不正を行っていないか調べる必要があるかと」

「そうすることにしよう。さて、本題だ。プリメーラ、イネス。よくぞ無事帰還してくれた」

「はい。暗殺者に襲われましたが欠員を出すことなく無事帰還することができました」

「300を越える暗殺部隊を王都までの森に潜ませるなんて大胆なことをする愚か者もいますわね」

 今度の発言に場内は本当に沸き立ちました。

 人数に驚いているのか欠員が出なかったことに驚いているのかは知りません。

「その……まことか? 300を越える暗殺部隊など?」

「事実です。森の中の道でしたので騎兵の数は少なかったですが歩兵や槍兵はたくさんいました」

「あとは森の中から奇襲をかけようとしていた暗殺者部隊がほとんどですね。弓兵や短剣兵は大量にいましたわよ? 最初に撃ち込まれた火矢の数も優に100を超えていた気がしていますし」

「イネスがいて嘘をつくとは考えられぬ。考えられぬが……どうやってそんな大部隊を始末した?」

「後ろにいるシント様とリン様のお力添えです。シント様は魔法で騎兵、歩兵、槍兵などの道を塞いでいた部隊を一網打尽に。リン様は森に潜んでいた弓兵や短剣兵を次々撃ち抜いていきました」

「そ、そうであったか。して、その証拠は?」

「はい。遺体は私たちの護衛隊の規模では到底持ち帰ることができません。なので、ほとんどを荼毘に伏してから地中へと埋めて参りました」

「一部の死体と装備品のほとんどは持ち帰っております。愚か者どもが手を回し、処分していなければまだ残っているのではないかと」

「近衛騎士! すぐさま娘ふたりを襲った者どもの死体と装備を確保せよ!」

「はっ!」

 騎士のひとりが駆け出していきました。

 持ち帰った証拠品には護衛騎士団の方々が付いてくれているはずですが万全とは言えないでしょうからね。

「……取り乱してすまなかった。シントとリンと言ったな。娘ふたりを守ってくれて礼を言おう。褒美を授けたいがなにか望みはあるか?」

「望み……ですか。リン、あなたは欲しいものがありますか?」

「特にないかな。プリメーラ公女様とイネス公女様だったから助けたわけだし」

「そうか。では、欲しいものができたとき誰かへ伝えてほしい。無理な要求でなければ応えるとしよう」

「ありがとうございます、公王陛下」

「ありがとうございます」

「さて、謁見はこれで終了したいところだが……ディートマー、ルーファス、なにかこの場で伝えることはあるか?」

「そうですね……お帰り、イネス」

「よく頑張ったな、イネス」

「ありがとうございます、お兄様」

「うむ。……ところで、そのドレス。デザインが我が国のものとはまったく違うのだが?」

「とある方からご紹介いただきました服飾師のドレスです」

「ええ。きついコルセットをはめなくとも元の体型が醜くなければ自然で優美な体のラインが強調されてとても気に入りましたの」

「そうか。その服飾師とやら、今回の旅に同行してはおらぬか?」

「付いてきてくださいました。こちらでもドレスを作ってくださるそうです」

「私たちふたりそれぞれに色違いやデザイン違いなど、既に100着ずつはご用意していただけたのですが……」

「それほどの服飾師、私も会ってみたい。後日紹介してくれ」

「では、そうさせていただきます」

「それでは、謁見を終了とする。皆のもの、大義であった」

 これで帰還の報告も終わりましたね。

 サニという女が出てこなかったのは……まだ出血が止まらず目が見えていないせいでしょうか?

 平和に終わってなによりです。
 僕とリンは宮廷にある客間へと通されました。

 かなり広い部屋なのですが……となりにリンがいないというのは落ち着きませんね。

 鎧だけ脱いで保管庫にしまうと計っていたかのように、リンが遊びにやってきてそのまま話をすることに。

 さすがにサニという女の話はできませんでしたが……今後の計画についてでした。

「それで、シントは今後どうするの?」

「今後ですか。里長より与えられた期限は1カ月。それまでに問題がすべて片付けばいいのですが、そこまでいくかどうか」

「だよねえ。もう1週間経っちゃうし、どうしたものだろう?」

「あちらから仕掛けてくれれば話は早いのですが。僕たちには解呪の方法もありますから」

「あ、そっか。殺される前に生かすことができるんだ!」

「ええ。ただ、その証言を握りつぶすでしょうね〝権力者〟という者たちのようですから」

「なるほど……面倒くさいね、人里のルールって」

「影の軍勢の一部にも動いてもらっていますが意味はないでしょう。今回はスキルを使った犯行です。証拠が残るはずがない」

「うー。どうにかしたいけどどうにもできない。方法ってなにかない?」

「ないですよ。あちらが焦って下手な動きを見せてくれない限りは」

「私たちに呪いを使った結果、呪眼もかなり弱体化したはずだからね。里長に聞いた話だと対象をしっかり肉眼で見続けないと効果が出ないそうだし」

「僕たちは神眼で無効化しましたが、鎧などに付いていた呪い反射が強烈な結果をもたらしましたからね。ほぼ失明に近い状態までいったでしょう。つまり、僕たちを呪い殺そうとしていた訳です」

「失明じゃなくて反動で倒れちゃえばよかったのに」

「あちらがかけてきた力がそこまで強くなかった。つまり、里の基準だと反射能力が足りなかったとなります」

「残念。イネス公女様とプリメーラ公女様には早く安全な場所で暮らしてもらいたいのに」

「同感ですがこればかりは。僕たちが人里に口を挟みすぎるのもよくないです」

「はあい」

 その後も話を続けているとメイドの方が呼びにきてくださいました。

 イネス公女様とプリメーラ公女様が一緒に食事をしたいと言うことです。

 断るのも悪いのでご一緒いたしましょう。

 そして、食堂へと向かったのですが……そこにはあと3人の人影が。

 オリヴァー公王陛下にディートマー公子、ルーファス公子も一緒です。

 ……ふたりにはめられました。

「申し訳ありません。お兄様たちもおふたりと話がしたいと……」

「止めたのですが……押し切られてしまって」

「すまないな。できる範囲の話だけでいいから聞かせてやってはもらえないだろうか?」

「承知いたしました、公王陛下。初めましてディートマー公子、ルーファス公子。シントと申します」

「リンです。よろしくお願いします」

「ディートマーだ。そう肩肘張らないでほしい。君たちには恩がある」

「ルーファスだ。妹たちを襲った暗殺者どもだけじゃなく、イネスの呪いを治療したのもふたりなんだろう? 教えてもらえる範囲で構わないから教えてくれよ」

「それでは。ただ、田舎者で普段は肉料理を食べないのでテーブルマナーに疎いですがご容赦を」

「うん? 肉料理を用意できないほど貧しい村に住んでいるのか?」

「いいえ。里の中でそもそも肉料理の元になる家畜を飼っていないの。里では木の実と野菜が主食で誰も困らない。家畜を欲しがっているのは一部の住民だけなのよ」

「へえ。そいつらは肉を食いたいんだ」

「いえ、肉ではなく乳が欲しいそうです。食事のレパートリーを増やすために」

「……そんなに貧しい里なのか? 先ほど謁見で見た装備は間違いなく一級品だったが」

「遠くからでも本物だってわかる代物だもんな。どうしてだ?」

「いえ、誰も肉を食べたがらないからです」

「私たちの里では果物や野菜だけでも十分みんなが満足しているから。今更、肉を食べたいなんて誰も思わないし想像もしないの」

「……質素で慎ましいのだな、君たちの里は」

「そうなると肉料理基本のテーブルマナーも難しいか。教えながら食べるとしよう」

「申し訳ありません。田舎者で」

「ごめんなさいね」

「いいって、いいって」

 そうして食事が始まったのですが……やっぱり肉料理ですね。

 味が濃いというか、重たいというか。

 ちょっと大変です。

 僕もリンも教えられるマナー通り残さず食べましたが……これが毎日。

「……その様子だと肉料理は本当にだめな様子だな」

「申し訳ありません。歓待を受けている身で」

「いや、気にするんじゃない。むしろ、お前たちの里の野菜や果物っていうのが興味あるな。なにか持ち歩いていないか?」

 僕たちの持ち歩いている里の野菜や果物ですか……。

 メイヤ、つまり神樹の木の実は間違いなくまずいですし、普通の野菜……ああ、手軽に食べられるあれなら。

「少しお待ちください。……これです」

「それ? 生野菜が棒状に切られているだけにしか見えないのだが?」

「実際そうよ? 私たちが果物以外でおやつ代わりに食べろって渡されているものなの。1本食べてみて?」

「そこまで言うなら食べるが……毒味役、念のため確認を」

「は、はあ……時空魔法の保管庫から取り出しただけあって大変みずみずしいですね。……ッ!? これは!?」

「どうした!?」

「い、いえ。これが本当に生野菜?」

「はい。生野菜です」

「少しだけゆでて食べやすくしたものもあるけれど、いる?」

「できればそちらも……」

「じゃあ……はい、これ」

「では……これも普通の野菜?」

「普通の野菜よ。私たちの里では」

「どうかしたのか?」

「なにかあったのかよ?」

「い、いえ。おふたりとも是非お試しを。価値観がまるで変わります」

「価値観が変わる? ……なんだこれは?」

「生野菜なのに甘い! それに硬さもほどよい感じで収まってる! これがお前たちの里では普通なんだな?」

「そうね。普通よ?」

「はい。普通ですね」

「父上、これは……」

「国が負けた、なんてレベルじゃないぞ?」

「わかっている。私はふたりの詳しい素性も教えてもらっているからな。勝てぬことは承知だ。だが、私たちの国でも生で野菜を食べても甘みを感じる、その水準まで持っていかなければ勝負にならない」

「そうですね。確かに、これほど美味しい野菜があるのでしたら肉など不要でしょう」

「肉も食べられるようにするにはいろいろと手間がかかるからな。果物の方はどうなんだ?」

「果物は……これですね」

「リンゴか……切り分けさせてもらうがいいか?」

「どうぞ。できれば僕たちも一口ほしいです。まだ口の中が……」

「うん。ちょっと臭みが残ってる……」

「確かに。あの野菜を食べさせられたあとでは肉料理の臭みと脂っこさが口に残るな。誰か、これを切り分けてくれ」

 切り分けられたリンゴはひとかけらを毒味役の方が食べ、残りを僕たちでいただきました。

 うん、神樹の里の果物は甘くてみずみずしくて美味しい。

「……これになれてしまうと肉料理が本当に食べられなくなるな」

「本当だ。果物も野菜も甘みが凝縮していて食べやすい。これだけの野菜や果実が作れるようになれば我らの国もますます豊かになるだろう」

「肉料理が添え物になりそうだけどな。……ん? ひょっとして、イネスが始めたって言う孤児院支援の野菜配布。出所はお前たちの里か?」

「はい。僕たちの里です。作り方や出所を明かさないと言う条件の上、イネス公女様名義で配ってもらっています。一部は奪われたようですが、そちらも片が付いていますし」

「……孤児院から食料を奪った貴族が一家まるごと変死したのは君たちの里の仕業か」

「愚か者には罰を。それが里長の意向ですから」

「その噂を聞いてからは孤児院の食料を狙う貴族どもはいなくなった。孤児たちも野菜だけとはいえ毎日粗食ではなく十分な量の食事が取れるようになって喜んでいるらしい。存分な成果だぞ、イネス」

「ありがとうございます、ディートマーお兄様。ですが、それだけでは不十分です」

「わかっている。そのための〝場〟も準備中だ。2週間後、そちらも執り行う」

「……本当によろしいのですか? ディートマーお兄様、ルーファスお兄様、プリメーラお姉様」

「構わないとも。お前が神眼に目覚めた6年前からの変わらぬ決意。早々揺るがない」

「まったくだ。最後の不安はお前が乗り気になってくれるかどうかだが、これだけの大事業を始めたんだから退く気はないよな?」

「あなたは胸を張って前へ進みなさい。サニお姉様という不届き者からは今度こそ私たちが守り通して見せるから」

「はい! お父様」

「ディートマーも言ったが2週間後、〝公太子選〟を行う。シント、リン。それまでイネスの護衛をしっかりと頼む」

「もちろんですよ」

「そのために1カ月もの間、里を留守にしてもいいって許可をもらってきているんだから!」

「これはまことに頼もしいな。それで、シントとリンに呪いをかけようとしたサニだが……」

「ああ、呪いは全部彼女に反射されているのでお気になさらず」

「多分、呪眼もほとんど使えなくなっているわ。安心してちょうだい」

「呪いを反射? 呪眼が使えない?」

「僕たちの着ていた鎧などはかけられそうになっている呪いを数倍に増幅して本人に跳ね返す効果を持っていたんですよ」

「私たちをあの場で呪い殺すつもりだったんでしょうけど、それが徒になったわね。その呪いが増幅されて跳ね返された結果、眼はほとんど失明に近い状態までなったらしいし髪の毛も一部真っ白になっていたわ。呪いの反動だから解呪もできやしないし、どうにもならないわね」

「……サニ姉上は客人にまでそのような無礼な真似を!」

「父上! これでもサニ姉さんを生かし続けるのですか!?」

「う、うむ。だが、サニによって呪いをかけられていることを立証できなければ……」

 相変わらず公王陛下はこの件だけは弱腰です。

 僕たちはイネス公女様とプリメーラ公女様に危害が加わらないように守ることに集中いたしましょう。
 とりあえず場が収まり食後のお茶が運ばれてきました。

 さすがは農業国だけあって香り高いですね。

「どうやらお茶は口に合ってくれたようだな」

「なんにでもケチをつけるつもりはありませんよ」

「私たち、どうしてもお肉がだめなので……」

「構いませんわ。皆様はお肉料理を苦手とするのはフロレンシオにいた頃から承知済みでしたから」

「プリメーラ姉上、知っていたなら事前に教えてもらいたいのだが……」

「そうだぜ、プリメーラ姉さん」

「どの程度苦手なのかは知っておいてもらった方がいいでしょう?」

「まあ、それはそうかもしれないが……」

「客人に苦手なものを出すのはなぁ……」

「そういうわけですので、これからしばらく私たちの料理は菜食中心に変更です。シント様が料理人も連れてきてくださいましたし、食材だってある程度は持ち込んでいるのでしょう?」

「そうですね。あと、1カ月半程度なら」

「その間に城の料理人たちにも菜食料理の美味しい作り方を教えていただき、野菜料理のフルコースを目指しましょう。農業国である私たちの特徴を遺憾なく発揮する場でもあります」

「……確かに悪い手ではないな。メインの肉料理はどうにもならないかもしれないが、それ以外はすべて野菜で形作ることもできるだろう」

「兄上、メインの肉料理だっていつかは肉料理と置き換えられるはずだ。そこまで持って行ければこの国は安泰だぞ」

「そうだな。すまないがシントとリン。君たちの食材を研究用にも分けてもらえないか?いろいろと試してみたい」

 話が大きくなっていますが……お野菜が役に立つことでしたらみんなも喜ぶでしょう。

 シルキーたちも乗り気なようですし。

「構いませんよ。ただ、僕たちが連れてきた料理人を邪険に扱わないでくださいね」

「それは約束しよう。……むしろ、味見係としてその場に居合わせたいくらいだ」

「兄上には公務があるだろう? いや、俺もなんだが……」

「私も戻ってきた以上は公務の山でしょうね……そうなると、イネス。あなたが厨房の様子を見ていなさいな」

「いいのですか!? お姉様!」

「ええ。シント様とリン様もその方が守りやすいでしょう」

「そうですね。万が一があっても大抵の解毒薬に聞くポーションは持ち合わせていますから」

「それ以上に神眼持ちのイネス公女様が怪しげな人に近づかないと思うけど」

「それもそうですわね。とりあえず、イネスも公務……各孤児院への食料配布状況の確認以外は大人しくしていなさい」

「はい。お姉様」

 相変わらず、このふたりの中はよさげで微笑ましいです。

 プリメーラ公女様を始めふたりの公子様にもひっそりと護衛をつけましたし、万が一はないでしょう。

 あとそうなってくると……。

「さて、父上。私たちの当面はこのように動きます。父上はどうされますか?」

「……サニのことだな」

 公王陛下は重々しく口を開きますが……その態度にはまだ迷いがあります。

「もちろんです。聞けば来客に対して装備をよこせなどと言う高慢で高圧的な態度を取った上で、呪眼を使い返り討ちにあった愚か者。これ以上放置すれば国益を損ないます」

「俺も同じ意見です、父上。アレは早々に始末した方がいい」

「〝公太子選〟が始まるまでは生かしておきましょう。条件を満たせなくなります。ですが、そのあとは国としてのけじめをつけていただくべきかと」

「あの、お父様。私もお兄様やお姉様の意見に賛成です。私を呪いで苦しめていたのは私の至らなさがありますのでおいておきます。ですが、あの様子では国内各地で反抗的な貴族に対し呪いをばらまいているでしょう。どうかご決断を」

「う、うむ。わかっている。わかってはいるのだ。だが、あれは……」

「初代王妃との間に生まれた唯一の子供、でしたね?」

「……その通りだ。教育係も妻が選んだ者たちだ」

「そして、その初代王妃が死に二代目王妃が迎え入れられ、側室も娶り、側室から生まれたのがプリメーラ姉上とルーフェス、二代目王妃から生まれたのが私とイネスです。サニは私たちのことも面白く思っていなかったのでしょう。以前、父上がもらってきたという解呪の木の実を食べた途端、体が軽くなりましたから」

「その通りだぜ、父上。サニがどのような教育を受けてきたかは知るよしもない。だが、俺たちのことを拒み続け、時には俺たちの公務を邪魔し続けてきた。自分はほとんど公務をしていないって言うのにな」

「ルーファスの言う通りです。ディートマーと私が行おうとしていた施策が潰されたことは数え切れないほどあります。今回のイネスの件とて貴族自身の妬みから行われた犯行も多いでしょう。ですが、サニの命令で行われた犯行も多いはずです。食料の奪われた時期が公都から伝令を出した日数とほぼ一致するのがなによりの証拠。これでも生かし続けるのですか?」

「お父様。私は公太女となった暁にはサニお姉様を身分剥奪の上、独房に閉じ込める所存です。お父様が決断しなくても私が時期公女王として動きます。何卒、早いご決断を」

 サニという女以外の4兄妹から発せられる糾弾の声に公王陛下はうなるばかりです。

 それほどまでにサニは大切なんでしょうか?

「……お前たちには関係のない話かもしれないが、私は第一王妃との間でサニを立派な公太女として育てる約束をした。約束をしたのだが」

「その結果がこれです。呪眼という呪いの眼を持った結果、わがまま放題、好き放題に独善的な行動を繰り返しております。一番年下の私から見てもサニを公太女としてしまえば国が滅びます。ジニ国のように」

「ジニか……国をいくつも挟んでいるから伝聞でしか聞かないが相当荒れ果てたみたいだな」

「王都では五大精霊様全員が荒れ狂い王城が完全なガレキの山と化し、貴族街も幻獣様たちの手によって更地にされていたところを五大精霊様によって更に荒れ果てた大地とされたと聞く。その上で城壁や街壁を何カ所も破壊され、街を守っていた城の兵士は皆殺し。王都を守るものがいなくなった結果、賊の狩り場と化し多くの民が略奪と殺害を受けたと聞いたぞ」

 五大精霊や幻獣たちが暴れた結果はそこまでいっていましたか。

 ですが、あの国の者たちがどんなに苦しもうと心が痛まないのはなぜでしょうね?

 僕も神域の契約者としての側面が強くなってきたのでしょうか?

 その割には遠く離れたこの国の事情に首を突っ込みすぎですが……。

「……それも頭が痛い。初代王妃は慎ましく質素倹約を心がける賢人だったのだ。だが」

「サニは違いますよ、お父様。自らに与えられた予算に飽き足らず、公務を行ったことにして不正なお金を取得し、それを使って享楽にふける。そんな女ですわ」

「はい。国の査察官が入れば公王家の人間であっても1回で絞首刑まで行くほどの不正を貯め込んでいるはずです。下手をすれば公の場で斬首刑もあり得ます」

「はっきりと言ってしまえば、〝公太子選〟までは生かしておく意義があるから生かしておくが、それ以降は用なしだ。公王家の恥にならないよう、その日のうちにでも毒杯を飲んでもらうべきだぞ」

「お父様、ご決断を。私が公太女になってもそこまでの権限は振るえません。できることは査察官でサニの行っている公務を探らせて、サニの更迭および独居房への収監くらいです。そうなれば毒杯以上の刑は確定。もう、私が〝公太子選〟を受け公太女としての責務を果たす覚悟を決めた以上、あの女を生かしておく道などないのです。私の手で処刑される前に尊厳死を与えてくださいませ」

 もう、この4兄妹の意思は統一されているようです。

 あとは公王陛下のけじめをどうするかなのですが……難しいでしょうね。

「……わかった。この話はよく考えたい。それぞれ、自分たちの離宮に戻って休んでほしい。近衛騎士を守りにつけるのでサニからの襲撃も防げるだろう」

「その近衛騎士がサニの手下ではないことを祈ります」

「あの女のことだ。どこにでも手下がいるはずだ」

「失礼ながら、ディートマーとルーファスの意見に賛成です。私とイネスはシント様とリン様がつけてくれた特別な護衛がいるので大丈夫でしょうが……ディートマーとルーファスが心配ですね」

「はい。お兄様たちがかけても〝公太子選〟は不可能になります。あの女はそれを狙ってくるかもしれません」

 ああ、その心配ですか。

 いまのうちに〝見えない護衛〟をつけていることだけは教えておきましょう。

「大丈夫ですよ。失礼ながらディートマー公子にもルーファス公子にも勝手ながら僕の配下を〝見えない護衛〟として既につけさせていただきましたから」

「なに?」

「見えない護衛ってなんだ?」

「ああ、心配しないでください、ディートマー、ルーファス。シント様の〝見えない護衛〟は害のある存在ではありませんし、人相手ではどんな手段で攻めてきても確実に守ってくださる方々ですから」

「はい。既に私たちにもつけていただいております。あと、私の離宮に帰れば〝目に見える護衛〟のリュウセイもいますから」

「……なるほど。ただの護衛などではないようだ」

「いつかはその正体、話してもらいたいな」

「善良な方でしたら、いずれ」

「うん、きっと話せるときが来るよ」

 僕たちのその言葉に納得したのか、両公子は食堂から去って行きました。

 さて、影の軍勢を5匹ずつつけましたが問題ないですよね?

 彼らも気に入られたものです。

「……プリメーラ、イネス、シント殿、リン嬢。すまないがこのあとすぐに私の執務室まで来てもらえないか?」

「……まだ答えが出ませんか、お父様」

「すまぬ」

 まあ、僕たちの正体も知っていますしね。

 お呼ばれしている以上、断るわけにも参りませんし付いていきましょうか。
 僕たち4人は公王陛下に呼ばれて王の執務室へ集まりました。

 そして、お茶を出されたあとは人払いをなされて5人だけとなります。

「……プリメーラ、イネス。お前たちの決意は変わらぬか?」

「もちろんです、お父様。あれは用済みになった時点で始末するべきですわ」

「私も同じ意見です。〝公太子選〟が終わった次の日は立太子の儀式。その翌日には私は公太女としての責務と権限を使えるようになります。それを使い第一公女サニの公務をすべて精査、不正な支出がないかすべて調べ上げる所存です」

 プリメーラ公女様もイネス公女様も決心はお堅い。

 これには公王陛下も困っている様子です。

「シント様、リン様。サニを助ける方法は……」

「残念ながらありません。聖霊の守る里の契約者として意見を言わせてもらえば、国の膿は早々に出し切って切り捨てるべきです」

「守護者としても同意見。こんなにいい国があるんだから腐らせるなんてもったいない」

「そう、ですか……」

 公王陛下は肩を落としましたが……国を治める為政者というのはこれでよろしいのでしょうか?

 影の軍勢の代表であるトライやオニキスは神樹の里に入れなかった仲間たちをあっさり切り捨てたのに。

 ……ですが、これは僕にも当てはまりますね。

 将来同じようなことがあったとき、僕はどう対処すべきでしょうか。

 特にリンを追い出すような状況になったときは……。

「シント、なにか変なこと考えてる」

「リン?」

「私は絶対にシントを裏切らないよ? 里のみんなだって絶対に」

「……ありがとう、リン」

 そうですよね、聖霊の契約者である僕が里のみんなを信用しなくてどうするのでしょう。

 もっとみんなを信じてあげて、のびのび暮らせる場所を提供してあげないと。

「シント様とリン様は仲がよろしいのですな」

「公王陛下」

「うん。私が里に流れ着いて慣れたらずっと一緒にいるもん」

「……私はどこで子育てを間違ってしまったのか。妻が選んだ教育係だからといって放置したのがまずかった? それとも呪眼というスキルを授かった時点で公王家として抹殺すべきだったのか」

 これは苦しい悩みでしょう。

 リンも苦い顔をしています。

 彼女もメイヤの手で魔力暴走封印をかけられているので平然と過ごせていますが、本来ならばいつ魔力暴走で魔法を無差別に放ってもおかしくはない状況なのですから。

『大変そうね。オリヴァー』

 僕たちの背後からメイヤの声が聞こえてきました。

 対面に座っているプリメーラ公女様とイネス公女様は少しだけ驚いた顔をしています。

 きっとなにか前兆のようなものがあったのでしょう。

 僕とリンは……慣れました。

「聖霊様……」

『サニといったかしら。困ったものね。シントとリンの装備を奪おうとしたあげく呪い殺そうだなんて。私たちが呪い反射の力を込めてあったからきついお仕置きを受けたみたいだけど、これで懲りてくれるかしら?』

「それは……」

『ああ、懲りそうもないのね。呪いの反射によってほぼ失明状態に近くなっているけれど、至近距離ならば呪いをかけられるわ。あれでも懲りないとはよほどの愚か者ということかしら』

「その……申し訳ありません」

『まあ、いいわ。里の者たちに手出しをしようとすれば今度こそ反射で自滅するし、私にとってはたいした問題でもない。でも、あなた方にとっては面倒な問題のようね?』

「はい、メイヤ様。サニには2週間後まで生きていてもらわねばならないのです」

「私を公太女に指名していただくための〝公太子選〟がその日行われます。その日までは生きていてもらわねば」

 これだけのことをしでかしてもまだ生きていてもらわねばならない。

 人の国って大変です。

『ふうん。私も神域の聖霊としては幼いのだけれど……人の世界って本当に面倒ね?』

「申し訳ありません、メイヤ様。それでなくとも食料の支援とシント様やリン様、ほかにも里の皆様のご助力をいただいているのに」

『気にしないで。私はともかく、シントやリン、里の者たちが動いているのは自分たちの意思であって私の命令じゃないもの。私が命令したことがあるとすれば……』

「なにか命令されていたのですか?」

『……この国のほかの孤児院を回りたいと言っていたシルキーやニンフたちを説得して少し待たせている程度よ』

「そこまで私たちの国を気に入ってくださっていたのですね」

『純粋で輝いている子供たちを助ける喜びにはまったみたい。この里に住んでいたシルキーやニンフだけじゃなくてその国に元々住んでいるシルキーやニンフにも声をかけて回ったらしいわ』

 妖精たちも……なんと気ままな。

『みんな親を亡くした子供たちのことは心配していたけれど人のことに手を出すのはよくないことは理解していたから、お料理を教えるだけということなら問題ないと判断してくれたみたいね』

「それは本当にありがたいことですわ。そうなってくると、問題は……」

 これにはプリメーラ公女様も感激したようです。

 となると、残された問題は……。

『強欲な貴族とサニという娘ね。それらを排除しない限り孤児たちも安泰とは言えないでしょう』

「私が公太女になれば各孤児院に公国騎士団を配置いたします。それだけではだめでしょうか?」

『逆に聞くけれど公国騎士団ってそんなに人数がいるの? 名前を聞くだけでも国の守りを固めるための要に聞こえるのだけれど』

「そ、それは……」

『考えていなかったわけではないし嘘を言っているわけでもないようね。そこは褒めてあげる。でも、その公国騎士団の増員だってすぐにはできないでしょう? それにあなたが偉くなれば、あなたを守るための人も増やさなければいけないはずよ。リュウセイだっていつまでも貸しておくわけにはいかないし』

「……はい。公太女になれば親衛騎士団を整備して守りを固めていただく必要があります」

『では、即効性はないわね。でも、孤児院支援はすぐにでも行う必要がある。この差をどう解消しましょうか?』

「……望ましいのは領軍の配備です。各街に配備されている領主の軍に守らせることがベストです。ベストですが」

『それでは信用できない。そうでしょう?』

「はい。残念なことにそうなります。すべての領主が清廉潔白なわけではありません。それに、孤児だけではなく不作だった領地では街や村の民も食べるものに困っていると聞きます。……食べるものに困らないのは公王家の人間くらいです」

『私も人の国の知識は幻獣や精霊、妖精たちからの伝聞でしか聞かないけれど、王族って言うのは見栄も必要なのでしょう? 王族がやつれていたら国が侮られるわよ?』

「それはそうですが、私たちの王宮にある食料備蓄を少しでも民に回せれば……」

『ふぅ。あなたは公太女になったあと、もっと広い視野を持つように教育してもらわないといけないわね。私は毎月どれくらいの食料を供給することを約束しているとお考え?』

「それは……6000人分!」

『孤児院を優先してもらうのは当然のことよ。そのための食料だもの。それ以外の食料はあなたの好きに配分なさい。そうすれば、孤児院の食料を奪い取ってまで食料を確保しようという愚か者は減るはずよ。孤児院の食料を奪い取れば罰を与えると脅せばいいのだから』

「それは……そうですよね。私は公太女になるんですから、それくらいはしてみせないと!」

『イネスは覚悟が決まったようでなにより。それで、オリヴァー。あなたはまだ覚悟が決まらないのかしら?』

「……申し訳ありません、聖霊様。やはり、サニを殺す決断ができません。あれは大切な前王妃との間に生まれたただひとりの子供。それを我が手で殺すなど」

『あなたが決断しなければイネスが手を下すだけよ? それでいいの?』

「それは……」

『あなたは指導力があっても家族に情を持ちすぎているわね。悪いこととは言わないけれど、害悪にしかならない存在になったら切り捨てるべきなのでは? それも一国の主ならなおさら』

「……申し訳ありません」

『……いまのあなたと話をしても時間の無駄のようね。まずはシント、あなたから話をしましょう』

「僕から、ですか?」

 なんでしょうか、一体?

 やはりさっきの話に繋がってくるのですかね?

『シントは余計な心配をしなくていいわ。私の里の支配者は私。さすがに契約者のあなたと守護者のリンは追い出せないけれど、それ以外のものなら追い出すことができるわ。実際、夏のアクエリアはほかの五大精霊と一致した意見でこれ以上要求を増やすなら里を追放すると宣言してあるし』

 ……想像以上の大事でした。

 五大精霊すら追放しようとするとは、メイヤも強気すぎます。

『私の里にはヴォルケーノボムが声をかけて集めてくれたおかげで五大精霊が勢揃いしている。だからと言ってそれだけでしかないのよ。五大精霊だろうと幻獣だろうと精霊だろうと妖精だろうと扱いは一緒。里のルールに従えないなら出て行ってもらうわ』

「メイヤ……」

「あの、メイヤ様。お言葉ながら、音楽堂造りの時ももう少し融通を利かせてほしかったです」

『……ごめんなさいね。まさかドラゴンたちが毎日シントを酷使しているなんて知らなくて』

「……食事の時、段々元気がなくなっていっていたのに気がつかなかったんですか?」

『……本当にごめんなさい』

「今回は許します。次はメイヤ様だからといって許しません」

『……私も気をつけるわ』

 リン、あなたも強すぎます。

 メイヤを謝らせるだなんて。

『さて、私の里のことで恥ずかしいところを見せてしまったけれど……そちらの代表は誰と話すべきかしら? オリヴァーを除いてね』

「それでしたらイネスに。彼女が時期公女王ですから」

『ありがとう、プリメーラ。では、イネス。明日の朝、この王宮……だったかしら? ここにかかっている呪いを解くための小雨を降らせても構わない?』

「王宮にかかっている呪い?」

『サニという女が呪いをばらまきすぎたせいかしら。建物全体が呪われているのよ。これを取り除けばこの王宮とかいう建物で暮らしている者たちの呪いも自然と解けるわ。もちろん、愚か者には相応の罰が下るけれど』

「……サニは死にませんよね?」

『死なない程度に調節してあげる。ひとりではまともな生活もできないような体になるかもしれないけれど』

「それならば構いません。少なくともあと2週間は生きていてもらわねばなりませんから」

『初めて会ったときよりずっと強くたくましくなったわ。それでは慈恵の雨を降らせましょう。時間は……1時間程度の小雨だから心配しないでね』

「よろしくお願いします、メイヤ様」

『さて、今日の用事も済んだし帰るわ。……そうそう、立太子の儀式の時はまた顔を見せるからよろしくね?』

「は、はい」

 謎の言葉を言い残してメイヤは消えていきました。

 彼女も自由ですね。


********************


 翌朝、夜明け頃に目を覚ましてみると本当に小雨が降っていました。

 神眼持ちの僕だからわかるのかもしれませんが、雨が王宮に当たるたびに黒い汚れが流れ落ち、煙を上げて消えていきます。

 そのあと僕の部屋へと朝食の準備ができたと迎えに来てくださったメイドの方に話を聞いても朝から体の調子がいいそうですし、本当に王宮自体が呪われていたんですね。
 メイヤによる〝慈恵の雨〟で王宮にかかっていた呪いが解けたあとはプリメーラ公女様とイネス公女様を護衛しながらわりと自由に時間を過ごせました。

 雨で呪いを解呪され、反動を受けたサニは本当に自分では動けなくなったらしく、食事の場に顔を出すこともなく自分の離宮でのみ過ごしているのだとか。

 普段、基本的にリンがプリメーラ公女様の側で護衛をすることになっているのですが、プリメーラ公女様は長い間フロレンシオに滞在していたため仕事がたまっていたらしく机に向かっているばかりだそうです。

 それに伴いリンもあまり部屋から出ないことになるので、かなり退屈なようですね。

 対してイネス公女様は僕の担当ですが、こちらは特に仕事がありません。

 フロレンシオにいる間に決めた孤児院への支援について決裁を出しそれに伴った不正の報告とその顛末を聞いてしまえば終了です。

 つまり、1日目の半分もかからずに毎日終わってしまうことになり……イネス公女様は最近厨房に出入りするようになってきました。

「料理長、今日の調子はどうですか?」

「おお、イネス公女様。それにシント様も。今日も順調ですよ。シント様が連れてきてくださった料理人、彼女たちの教えてくれた料理も素晴らしい。鶏の骨からあんなにすんだスープを作れるとは思いもしませんでした。それも短時間で。あと、野菜クズだけでもスープが作れるとは。いままでスープは一晩以上かけてじっくり煮込むものだとばかり考えていましたが、これなら短時間でしつこくない味のスープが作れます。入れる野菜は研究をしなければなりませんが、我が国は農業国。素材には困りませんからね」

「それ、一口ずつだけでも試食させていただけますか?」

「本当に一口だけですよ? 私たちだって研究中の料理を公王家の方々に出すのは恐れ多い。それに、イネス公女様は最近厨房によく来すぎです。野菜中心のさっぱりとした料理ばかりで満足感が足りませんか?」

「いいえ、逆です。いままで苦しくても食べなければならなかったものが、すんなり喉を通りようになると嬉しくて……」

「お褒めいただき光栄です。スープは一口ずつですがご用意してきますので少々お待ちを」

 料理長さんは僕の分まで味見用のスープを持って来てくださいました。

 あと、シルキーもひとり一緒についてきて。

「……本当に飲みやすい味です。しっかりと味があるのにくどくない」

「僕も里でスープを飲んでいますが、こうやって作っていたんですね。あと、一緒に来たのは今度フロレンシオに行ったときは鶏の骨も買って帰ってきてほしいという催促ですか?」

「はい!」

「どの程度手に入るかはわかりませんが肉屋を回ってみましょう。ほしいのは干し肉と鶏の骨だけですか?」

「牛や豚の骨はいりません。折って煮込めばスープの素になりますが独特の臭みが出てしまいます。シント様やリン様のお口には合わないでしょう」

「牛や豚の骨のスープ……それはこの国に作り方だけでも残して行ってもらえませんか?」

「構いませんよ、料理長様。実際に綺麗に洗われた骨があれば作ってみせましょう」

「わかりました。明日、肉屋に頼んで牛や豚の骨も購入させましょう。骨程度でしたらたいした金額には……むしろ無料でもらえるかもしれませんね」

「ですが独特の臭みがスープの段階から広がりますよ? 大丈夫ですか?」

「こことは別の厨房で作りましょう。その上で研究しがいがあるスープになるのであれば、見習いたちの練習としてスープを作らせ、どんな料理に合うのか研究ですね」

「お願いいたします。あと、この季節ですと白菜はありますか?」

「新鮮なものがありますが……それでもなにか料理が?」

「はい。簡単な料理方法で美味しいお料理が作れます! あ、シント様。こういうお鍋と道具は持っていませんか?」

 僕はシルキーから説明を受け……るフリをしてイメージを送ってもらいます。

 ……はて、作れますがこんな調理器具を用意してもらおうと?

「持っています。渡されたものの中に入っていましたから。ですがこれってなにに使うんですか?」

 マジックバッグから取り出すフリをして創造魔法で新しく鍋などを作ってしまいます。

 本当にこれをどう使うのでしょうか?

「それはシント様といえどもお昼までお楽しみに。必要な調理器具もいただけましたのでお野菜をお願いいたします、料理長様」

「え、ええ」

 シルキーは料理長さんと行ってしまい、イネス公女様と僕は厨房をあとにします。

 そのあとは昼食の時間までイネス公女様がリュウセイと遊ぶのを見学しながら護衛していました。

 そして、昼食の時間になるとメインディッシュとして出されたのは……スープで煮込まれた白菜?

「なんだ、これは?」

 公王陛下も困惑気味ですね。

 いえ、全員が困惑しているのですが。

「白菜のミルフィーユ仕立てというそうでございます。厨房でも味見として同じものを食べましたが大変美味しかったですよ」

「それならば食べてみるが……ナイフを入れただけでスープがあふれ出す?」

「はい。白菜と白菜の間に薄く切った豚肉を挟み〝蒸し器〟と言う調理器具で加熱調理をしたあと、更にスープで煮込んだものとなります。どうぞそのままお召し上がりください」

「う、うむ。……なるほど、白菜の歯ごたえと豚肉の味、それにこのスープのさっぱりとした味がたまらないな」

「本当ですね。シント様やリン様も里にいた頃はこれを食べたことが?」

 プリメーラ公女様に聞かれますが……いや、これは。

「いいえ、僕たちの里では豚肉が手に入りませんから」

「でも、白菜をスープで煮込んだものは食べたわね。それの発展系かしら? これなら私でも肉の臭みがあまり気にならないかも」

「なるほど。肉料理が苦手なおふたりでも大丈夫と言うことは十分に研究する価値のある料理ですね」

「そうなるな。料理長、これを元に研究を進め更に発展させよ。これは農業国である我が国の代名詞にもなりえるぞ」

「はい。それについて……」

 ああ、僕たちの許可ですか。

 シルキーやニンフたちでは判断できませんよね。

「構いませんよ、料理長さん。僕たちの里では肉料理を食べませんから」

「そうね。私たちには美味しい白菜のスープとして楽しめれば十分だもの。この国の料理として研究してみて」

「寛容なお言葉感謝いたします。シント様が連れてきてくださった料理人の皆様からはほかにも様々なスープの素や料理のアイディアをいただきました。それらを参考に必ずやクエスタ公国発祥と呼ぶに相応しい料理を作ってみせましょう」

「よろしく頼む」

 彼女たち、肉料理もできるんですね。

 そのうち肉も買ってきてほしいとせがまれそうですがそれは断りましょう。

 そんな和やかな日々も過ぎ去っていき、いよいよ運命の日、〝公太子選〟の日となりました。

 4人の公子は誰も退く覚悟をしていませんし、僕とリンは万が一に備えて見守るだけ。

 この結果が国の命運を分けます。

 イネス公女様には頑張っていただきましょう。
〝公太子選〟とは、次の公王を公王家の子供同士による指名で決めるものだそうです。

 クエスタ公国ではいつの時代から始まったのか知られていないそうですが、子供が5人以上になった場合はまずこれによって次代の公王を指名するのだとか。

 同数になった場合、そのあといろいろな方法で争うのだそうですが……詳しい話は聞いていません。

 結果がどうであれ、僕たちの里に深く関わるかどうかは未知数ですから。

 よくない結果であれば最低限の援助しかしなくなるだけです。

「これより、〝公太子選〟を始める」

 公王陛下の宣言によって会場内は静まりかえりました。

 この会場は普段滅多に使用されないらしい、宮殿内の大ホール。

 そこにある貴賓席には大量の貴族たちがあふれかえり、そのほかの席には市街地から来たという庶民たちがいるそうです。

 この〝公太子選〟はすべての貴族に開催状を送って開催されるものらしいですが、一般庶民にも見る権利があるらしく多数の人々が詰めかけています。

 僕たちが控えているのはイネス公女様の横の席、つまりイネス公女様の護衛という立場で臨席していました。

〝公太子選〟の結果が割れた場合、決闘などの役目を担うこともあるそうですが……その程度の力添えはしましょう。

大ホール中央の円卓に座っているのは5人。

 第一公女サニ。

 第二公女プリメーラ。

 第一公子ディートマー。

 第二公子ルーファス。

 第三公女イネス。

 彼らを見下ろす位置に公王オリヴァー陛下がいらっしゃいます。

「まずは宣誓を。お前たちはこの〝公太子選〟の結果を受け入れるか?」

「受け入れますとも」

「受け入れましょう」

「受け入れる」

「受け入れるぜ」

「受け入れます」

「よろしい。では、公王となったあとの施策を発表せよ。まずは第一公女サニから」

「はい。私が公王となった暁には……」

 サニがいかにもよき政治であるかのような詭弁を並べ立てますが、僕とリン、それからイネス公女様にもそれらがすべて嘘であると見抜けているでしょう。

 神眼持ちに嘘など意味を成しませんから。

 それにしてもサニは最初に会ったときとはまったく顔立ちが違いますね。

 髪の色も真っ白になっており、目の焦点も定まっておらず、立っているいまも姿勢がふらつくことがあります。

 これでは放っておいても長く生きられないでしょう。

「……以上です」

「よろしい。次、第二公女プリメーラ」

「はい。私からはなにもありません。公太子の座は別の者に譲ることを決めております。私がすることはその者の補佐のみ。残りの生涯、次の公王のために捧げましょう」

 プリメーラ公女様の発言に会場がざわつきます。

 当然でしょう、自分から公王の座を降りると宣言されたのですから。

「静粛に。次、第一公子ディートマー」

「はい。私もなにもありませんね。公太子の座は別の者に譲ります。私は……作物の研究でもいたしましょうか。先日からいらしてくれているお客様のお陰で野菜や果樹のおいしさにもあらためて気付かされました。農業国としての地位を高めるため、そちらの研究も疎かにしてはいけない」

「次、第二公子ルーファス」

「ああ。私からもなにもない。公太子の座は降りる。私は……そうだな、国防力の強化に努めよう。他の国々や地理的優位に守られているからと言って国防を疎かにしてはいけない。それに、今後は公国騎士団を大量増員する政策も出てくる。私はそちらの舵取りをしよう」

 会場内のざわめきは更に大きくなりました。

 これで5人中3人が棄権を表明、つまり別の誰かを推薦すると宣言しているのです。

 そして、その3人は今後の国のために尽くすと言う。

 前代未聞の〝公太子選〟なのでしょう。

「静粛に。最後、第三公女イネス」

「はい。まず、この場にお集まりいただいた皆様に陳謝を。私はこれまで〝神眼〟を授かりながらそれを恐れる余り〝呪眼〟に負け、呪いで死の淵に立っていました。そのため、公の場に立つことすらいままでなく、いきなり〝公太子選〟での顔見せとなってしまい申し訳ありません」

 この宣言にまた大きなざわめきが起こります。

 イネス公女様は神眼を持っていることを宣言された。

 その上で呪眼持ちによって呪われいままで公の場に出られなかった。

 つまりは、イネス公女様を呪える立場にいる誰かが呪眼を持っている宣言なのですから。

「公女だろうとデタラメを言うな! 誰が神眼持ちなどと言う言葉に惑わされるとお考えか!」

 上にある貴賓席のどこか……つまりは貴族の誰かから大声が飛んできました。

 本心なのかサニの一派なのかは知りませんが、公王陛下が黙って見逃すはずもないでしょう?

「黙れ! イネスの言葉は真実だ! 私も含め公王家全員が承知していること! どこの誰かは知らぬが口を挟むな!」

 公王陛下の一喝によって場内はまた静けさを取り戻しました。

 そこを見計らうかのようにイネス公女様が言葉を続けます。

「私が神眼持ちのことは一度おいておきましょう。その上で私が進める政策、最初はいま現在進めていますが孤児たちへ食料を支援することです。先日、とある縁から野菜のみとなりますが毎月6000人分の食料を供給いただくことを約束していただけました。それらはお父様の兵により各地の孤児院へと配送されております。一部は暴虐な貴族の手によって奪われたと聞きましたが……その者たちには天罰が下ったそうですのでいまは触れないでおきましょう」

 この言葉の意味はまた同じようなことをすれば再び天罰が下るだろうという示唆。

 イネス公女様も抜け目がありません。

「6000人分の食料は孤児を優先して配ることを条件に譲っていただいております。ですが、この国で把握している人数では6000人もの孤児はいません。フロレンシオが極めて多いですが、そこは私が受けている支援とは別に食料を配布していただいております」

 フロレンシオではもう既に当たり前のように実施されている政策だという宣言。

 これの真偽はフロレンシオに行かねばわかりませんが、インパクトはあるでしょう。

「その上で申し上げましょう。私が公太女となった暁には各地の孤児院へ食料を配る際、公国騎士団の力をお借りします。ですが、それとて3000人分の食料があれば足りるはず。残り3000人分の食料は〝私が〟預かることとなりますが遊ばせておくつもりもありません。不作などで困窮している地域に対し、支援として配布いたしましょう。この国が悪しき方向に向かない限りは支援を続けてくださると約束もいただいております。皆様が働き怠慢を起こさない限り、食料は困りませんよ」

 ここまでの言葉は真偽不明。

 ですが、民衆にはインパクトがあったでしょうね。

 飢饉への備えがイネス公女様にはできていると宣言されたのですから。

「また、多いとはいえ食料は3000人分。この国の人口からすれば足りません。そのため、優先順位をつけさせていただきます。孤児院に配布された食料を守るための兵力をお貸しいただける貴族様の領地を優先いたしましょう。私は神眼持ち、嘘は通じませんのでその点も御覚悟を」

 さて、食料の配布についてはここまでで終了です。

 そろそろ次の施策の発表でしょうか?

「第二にすべての貴族と顔合わせを行い、不正を行っていないか調べます。繰り返しますが私は神眼持ち、私の前で虚言は通じません。少しでも嘘があれば厳しく査察を入れます。不適格と判断した貴族家には相応の処分を下すことをお約束しましょう。もちろん、処刑も含めてです」

 この言葉に静まりかえったのは貴族席の一部ですね。

 なにかやましいことに心当たりがあるのでしょう。

 イネス公女様も大変になるでしょうが頑張ってもらわねば。

「いま発表できる最後の施策ですが、現在行われている各公子による公務の査察です。公務として政策に使われるお金は国の税金。それをごまかして扱うような真似は公王家だからこそ許されないもの。私が行っている公務はまだ孤児たちへの食料配布のみです。ですが、それも含めてすべての公務に不正がないか査察を入れましょう。程度によっては公王家であろうと極刑に処す覚悟の査察を」

 この宣言に場内は更に静まりかえります。

 一番年下のイネス公女様から発せられた家族であろうと処刑するという内容の施策。

 その内容の重さに一同が静まりかえりました。

 4人の兄姉のうち3人は平然としていますが、ひとりだけ怒りを露わにしています。

 言うまでもなくサニですね。

「イネス! お前は私たちが公金を横領しているとでも言うのですか!?」

「横領していなければそれだけの話でしょう、サニお姉様。今の段階では私たち兄妹の公務のみが査察対象ですが、それが済み次第査察対象は広げていきます。それともサニお姉様は後ろ暗いところがおありで?」

「ぐっ……そんなものがあるはずないわ!」

「では、よろしいではないですか。査察は今後も定期的に行いましょう。私たち公王家が民の規範とならなければなんの意味もありません」

「この……」

「以上か? イネス?」

「はい。私からは以上となります」

 サニはまだ恨みがましくイネス公女様を……いえ、呪眼を使ってイネス公女様をにらみつけていますが効果を発揮していません。

 神眼を使い続けているイネス公女様に呪眼は効きませんし、それ以前に呪眼の魔力がここまで届いていませんからね。

 もし届いていれば僕とリンの鎧による呪い反射で更に深刻なダメージが入っているでしょう。

「全員の演説を終えたな。では、推薦だ。まず、次代の公王はサニが相応しいと考えた者は立ち上がれ」

 この言葉に反応して立ち上がったのはサニのみ。

 ほかの4人は誰ひとりとして動きません。

「お前たち! なにを考えているの! 私は公王家の長子なのよ! 道を譲るのが道理でしょう!」

「サニ、見苦しい、騒ぐな。席に座れ。次、プリメーラが相応しいと考えた者は立ち上がれ」

 公王陛下の宣言に立ち上がるものはなし。

 ディートマー公子、ルーファス公子とそれに続き最後はイネス公女様のみとなりました。

「最後だ。イネスが相応しいと考えた者は立ち上がれ」

 この言葉にイネス公女様、プリメーラ公女様、ディートマー公子、ルーファス公子の4人が立ち上がります。

 つまりこの時点で〝公太子選〟の結果が出ました。

「〝公太子選〟の結果は出た。第三公女イネスを公太女として立太子する」

 その言葉で全員が席に着き、これですべてが終わり……かと思いきや、イネス公女様に向けてナイフが飛んできました。

 そんなもの、リンが弾き飛ばして終わりですが。

 この暴挙に会場が騒然としますね。

 僕もお仕事をしましょうか。

「よっと」

「がっ!?」

 僕は物陰に隠れていたナイフを投げた男を捕まえ、両腕をねじり上げた上で円卓側へと引きずり込みます。

 丁度、サニの真後ろの位置に。

「ふむ。暗殺者が紛れ込んでいたか。貴様は誰に指示されてやってきた? サニか?」

「ち、違う!」

「イネス?」

「結論は後ほど。この場で騒ぎ立てるほどのことではないでしょう」

「狙われたお前がそう言うのであれば。そうそう、お前が言っていた最後の施策だが既に私の方で進めている。公金の横領があれば私の責任で厳罰に処することにしよう」

「ありがとうございます、お父様」

「よろしい。では、〝公太子選〟を……」

「お待ちください、お父様! こんな茶番が許されるのですか!?」

 諦め悪く騒ぎ立てるのはサニですか……。

 まったく、懲りない女だ。

「この結果、不服か?」

「もちろんでしょう!? なぜいままで寝込んでいただけのイネスになど……」

「ならばお前は公王家から除名、その後で斬首刑だ」

「な、なにを……」

「お前は最初に〝公太子選〟の結果を受け入れると宣誓したな? その宣誓を破れば公王家から除名の上で斬首刑。〝公太子選〟規定に定められていることだ。知らずに来たではすまされぬ」

「そ、それは……」

「もう一度だけ問おう。この結果、不服か?」

「……受け入れます」

「では今度こそ〝公太子選〟終了だ。明日には宮殿にて立太子の儀式を行う。以上」

 これで本当に終わりですね。

 あとは査察とやらの結果が早いかサニという女の悪あがきが早いか、どちらでしょう?
〝公太子選〟が終わった翌日、いよいよ立太子の儀式が行われる日。

 この儀式をもってイネス公女様は公太女としてこの国の後継者に収まるのだとか。

 イネス公女様はテイラーメイドの作った豪華な衣装を身にまとい正式な護衛兵に守られて儀式に臨んでいます。

 ほかの兄姉も全員が揃ってそれを見つめ、国民たちも祝福しています。

 いまのところは異常がないようですが……このまま終わりますかね?

「以上をもってイネス = クエスタを次代の公王と定め公太女へ立太子するものとする。異議のあるものはいるか?」

「おお! ここにいるぞ!」

 声を張り上げて登ってきたのは中年の男性。

 全身を鎧に覆われた集団を引き連れて儀式場へと乗り込んできました。

「お前は……ジェイクか」

「ああ、そうだとも! サニの叔父ジェイクだ! 長子であるサニを差し置き少し前まで〝病気〟で寝込んでいたような出来損ないを立太子させようなど笑わせる! そのような小娘に国を任せられると思っているのか!」

「少なくともサニよりは確実に任せられる。いま各公子が行っていた公務の査察を行っているがサニの政務については嫌疑のあるものが多数出てきている。まだ証拠は固まっていないが、それだけの話。証拠固めが終われば横領額から考えて斬首刑が相当だな」

「それこそがサニを貶める詭弁だというのだ! いまこの場で国を惑わす愚王と魔女を討ち取り正義の名の下にサニを国の女王としようぞ!」

 その言葉と同時に続々と鎧を着けた集団が儀式場に乗り込んで行き、公王陛下とイネス公女様を守る騎士との間で争いを始めました。

 これはいけませんね。

 僕たちの役目はイネス公女様の護衛、守りに入らねば。

 そう考えて動こうとしたとき、僕とリンより素早く動いた影がありました。

 あれは……リュウセイ?

「ウォフ!!」

「リュウセイ!」

「なんだ、野犬か!? そんなもの構わず愚王と魔女を……なんだ!?」

 ジェイクという男が指示を出そうとしたところ、リュウセイの体が大きくなり人並みの背丈に。

 それに伴い牙や爪も鋭く伸び、イネス公女様に襲いかかろうとしていた鎧の男を真っ二つにしました。

「な……魔犬か!?」

『あら、失礼ね? リュウセイはホーリーフェンリルよ?』

「ホーリーフェンリルだと? あの伝説にしか存在しない破邪の幻獣? ……いや、そんなことより、貴様は何者だ!? どこから現れた!?」

 イネス公女様の横に立っていたのはメイヤです。

 本当に自由になってきましたね。

『あなたのような愚か者に名乗る名前などないわ。ヒト族はやはり醜い者もいるのよね』

「なんだと!?」

『図星だからって怒らないでちょうだい。イネス、渡すのが少し早くなってしまったけれどこの杖を受け取りなさい』

 メイヤがイネス公女様に渡したのは1本の長杖。

 素材は間違いなくオリハルコン、装飾も非常に凝っていますしマインのお手製でしょう。

 先端にはめられている紫の宝石はなんでしょうか?

『イネス。それを天に掲げなさい。そうすれば悪は滅びるわ』

「は、はい、メイヤ様」

 イネス公女様が杖を両手で天に掲げるとそこから稲光がほとばしりました。

 そして、儀式場に乱入していた鎧の一団を次々と打ち据え消えていきます。

「な、なんだ!? なんだこれは!?」

『愚か者に相応しい末路よ。私が制御していたからあなたには当たらなかったけれど……結果はわかったでしょう? それではさようなら』

 メイヤがその言葉を告げると杖から一層激しい雷光が巻き起こり、ジェイクという男を弾き飛ばしました。

 あの宝石、トルマリンが力を与えていますね?

『さて、邪魔者はいなくなったわ。シント、リン。あなた方も上がってきなさいな。せっかくだし〝里〟としてお祝いしてあげましょう?』

 メイヤ、本当になにを考えているんですか?

 こんな大勢の目の前でいきなり姿を現したり、確実に五大精霊が力を宿した道具を与えたりして。

 呼ばれた以上、行かないわけにもいきませんが……いいのでしょうか?

『シント、リン。早くおいでなさい。イネスとは正式に〝里〟として契約を交わすから』

 ますます意味がわかりません。

 なにを企んでいるのか……。

 ともかく儀式場に上がりましょう。

「来ましたよ、メイヤ」

「一体どうするのですか、メイヤ様。この状況は?」

『どうもしないわよ? あらためてこの国の後継者となるイネスにあいさつをしようと考えただけ。そうしたら邪魔者がいたから先にお祝いのひとつを渡してお掃除をさせただけよ』

「お掃除……そうだ、遅くなりました、イネス公女様」

「ごめんね、護衛なのに出遅れて」

 イネス公女様も公王陛下も事態に付いていけず固まったままです。

 いち早く我に返ったのは護衛を担当している騎士のひとりでした。

「これは……全員死んでいる?」

 その声で我に返った公王陛下が騎士に次の指示を出しました。

「なに? ジェイクはどうなっている?」

「は、はい! ……ジェイク様も息がありません。お亡くなりになっているようです」

「なんだと? これは……?」

『当然でしょう、オリヴァー。私の住む神域の五大精霊たちが作った裁きの杖よ? 邪な心を持った者を生かしておくはずもないわ』

「は……しかし……」

『ごめんなさいね。私、ヒト族のしきたりには詳しくないの。不心得者を全員殺してしまったことは聖霊の流儀よ。許せとはいわないけれど理解してね?』

「あ、ああ、いえ。こちらこそ、危ないところを救っていただき……」

『感謝は受け取ったわ。それで、儀式の最中だったのでしょう? 私たちは端の方で見届けるから続けなさいな。私からのお祝いはそのあとに渡すから』

「は、はい。不心得者ジェイクによって中断されたが儀式を再開する! イネス = クエスタを次代の公王と定め公太女へ立太子に異議のあるものはいるか!?」

 今度こそ異議を唱える者はなし。

 いえ、正確には異議を唱えるための準備をしてきた集団が隠れていますが、イネス公女様の持つ杖を恐れてもう出てくることができなくなったようです。

 滑稽な。

「それでは現時点をもってイネス = クエスタを公太女とする! イネス = クエスタ、皆にあいさつを」

「は、はい。私の初心は昨日の〝公太子選〟でも述べた通り皆さんへの支援と貴族の清浄化です。それ以外のことはこれから学んでいくこととなります。皆様、よろしくお願いいたします」

 このあいさつで儀式は終了のようですが……国民たちも突然儀式場で行われた謎の出来事に放心していて反応がありません。

 イネス公女様の兄姉もメイヤや僕とリンの正体を知っているプリメーラ公女様以外はあっけにとられたままです。

 ……なにをしにきたんですか、メイヤ?

『それではイネスが正式に次代の公王と決まったようだし私もあいさつをしましょう。私はここから遠く離れた場所にある神域、〝神樹の里〟の管理者、聖霊メイヤよ。シント、リン。あなた方も正体を隠さずにあいさつなさい』

「はあ、わかりました。僕は〝神樹の里〟契約者、シントです」

「同じく〝神樹の里〟守護者、リンよ。それで、メイヤ様。一体なにを?」

『ええ。私たち神域の関係者が〝正式に〟イネスと契約をすることを証明するために来たの』

「イネス公女……いえ、イネス公太女様との契約?」

『そうよ。私たち神域からの食料を支援する約束をこの場で明言しようと思って。さて、私も宣言をしましょうか』

 そう言うとメイヤはイネス公太女様の横まで歩み寄り、国民たちに向けてよく響き渡る声で宣言し始めました。

『聞きなさい、人の子らよ。私は神樹の聖霊メイヤ。いまこの場にてイネス = クエスタに対して私の神域から食料となる作物を提供することを約束するわ。その量は人の子が食べる量にして1カ月当たり6000人分。ただし、この食料はイネス個人に渡すものであってクエスタという国に渡しているものではない。その配分はイネスにすべて任せます。ただし、私の神域の者たちは常にこの国とイネスを見張ることをお忘れなく。私の勘気に触れるような使い道をされた場合、それ以降の支援は行わない。イネスもわかったわね?』

「はい。承知の上です」

『よろしい。それでは私たちから次の公王に決まったあなたへの贈り物よ。その杖もそうだけど受け取りなさい』

 メイヤが取り出したのはイヤリング、ネックレス、ブレスレット、指輪の4つのアクセサリー。

 イヤリングからはウィンディの魔力、ネックレスからはマインの魔力、ブレスレットからはアクエリアの魔力、指輪からはヴォルケーノボムの魔力がそれぞれ感じ取れます。

 みんな、はりきって作りましたね。

『それらはすべて私の神域にいる五大精霊たちがその力を封じ込めて作ったアクセサリーと杖よ。杖は邪心を持つ者を雷撃で滅ぼす効果があるわ。ほかのアクセサリーにもそれぞれいろいろな効果が宿してあるけれど……それはまたあとで説明しましょう』

「はい。過分なお恵みありがとうございます」

『気にしないで。あなたが気に入ったからこそ作ったものばかりなのだから。ただし、あなたが邪心を持てばあなた自身がその杖の雷撃で滅ぼされるわ。その覚悟もしておきなさい』

「かしこまりました。この心、決して濁らせはしません」

『結構。……さて、聞いての通りイネスは聖霊と約束を交わし五大精霊の加護も受け取ったわ。イネスやこの国のヒト族が心を濁らせない限り私の神域からの支援も約束し続けましょう。イネスの次の世代は……そのときの様子見ね?』

「承知いたしました。次の世代も必ずやメイヤ様のお眼鏡にかなう立派な後継者を育て上げてみせます」

『そうしてもらえると嬉しいわね。では、頑張りなさい』

 言いたいことを言ってメイヤは姿を消しました。

 国民たちは時が動き出したかのように大歓声をあげますが……これでよかったのでしょうか?

 聖霊の気まぐれってよくわかりません。
 立太子の儀式が終わったあと、宮殿内に戻ると再びメイヤがやってきてそれぞれのアクセサリーについて教えていきました。

 どれもこれも五大精霊の加護が宿ったアクセサリーばかりです。

 イヤリングは風の力によって小さな音も聞き逃さなかったり、声を遠くまで飛ばしたりする効果が。

 ネックレスには枯れた大地に栄養を与え豊穣を与える効果が。

 ブレスレットには水の流れをコントロールして、水をせき止めたり流れを変えたりする効果が。

 最後、指輪には火や熱の力をコントロールして邪魔なものだけを焼き払ったり、料理の恒久的な熱源として利用したり、寒いとき安全な熱源を広範囲にばらまいたり、一定範囲内の気温だけを変え続け野菜の収穫を手伝ったりすることが出きるそうです。

 ちなみに杖だけは破邪専用の効果しかないようですが普段は小さくできるようで、必ず持ち歩くように指導されていました。

 なお、これらの効果とは別に破呪や耐病などの効果が付いているのは当たり前で……本当にイネス公太女様はみんなのお気に入りとなったみたいです。

『……以上がそれらのアクセサリーの効果よ。万が一、落としたりなくしたりしてもアクセサリーに宿っている力であなたの手元に必ず帰ってくるわ。イネス、なにか質問はある?』

「メイヤ様、このアクセサリーのお力は私が自由に使ってもよろしいのでしょうか?」

『お好きに使いなさい。ただし、そのアクセサリーに頼りすぎて心が濁れば力を借りることができなくなるわ。使い放題ではあるけれど使うべきときは考えてね』

「ありがとうございます」

「イネス公太女様もこれで立派に務めを果たせますね」

「そうね。私たちの神域からも援助するって明言しちゃったし」

「その……シント様、リン様。〝公太女様〟というのはやめていただけないでしょうか?」

「おや、なぜです?」

「おふたりは神域の関係者だと明言されました。そうなれば私たち公王家の人間などよりも上位の存在。私たちが敬意を払うべきお方なのです」

 敬意を払うべきお方ですか……。

 そこまで考えていなかった。

「そうなりますな。シント様とリン様は公王以上の格を持っております」

「そうですね。知らぬこととはいえご無礼を」

「ああ、すまなかった。それにしても、プリメーラ姉さんにイネスはどこでこんなすごい方々とお知り合いになれたんだよ?」

 オリヴァー公王陛下、ディートマー公子、ルーファス公子からも頭を下げられてしまいました。

 僕はそんなに偉くないのですが……。

「イネスの命を助ける過程で少しばかり。たまたま会うことができなければイネスを救えていなかったかと考えると本当に幸運でしたわ」

 プリメーラ公女様にとっても幸運ですか、それはよかった。

 僕もこの国の皆さんのことを知ることができて本当に幸運でした。

 リンにとってもきっとそうでしょう。

「そういうわけですので私たちのことは呼び捨てに。公王家ともあろう者が格上の相手に対していつまで敬称をつけられ続けるわけには参りません」

「……メイヤ?」

『そうしてお上げなさいな。角も立たないみたいだし』

「わかりました。イネスちゃん、これでいいでしょうか?」

「ほかは……さすがに公王様は公王様って呼んじゃうけど、ディートマーさんにルーファスさん、プリメーラさんでいいよね?」

「本来ならさん付けもいらないのですが……ここは私たちが折れましょう」

「そうだな。関係をこじらせるよりはるかにいいぜ」

「私も親しく呼んでいただけて嬉しいですわ。……そういえば、お父様。サニお姉様は?」

「……あれは、公金横領の証拠が出てきた。既に独房に閉じ込めてある。ジェイクの騒動を裏で手引きしていた疑いも出てきた。ほかにも同様に反乱を起こそうとしていた貴族がいたことはつかんでいる。そやつらもまとめて捕縛済みだ。斬首刑……いや、さらし者にされた上での斬首刑は確定だな」

「そうですか。それならばこれ以上なにも言いません。サニお姉様の刺客はもう襲ってこないでしょうね?」

「襲ってくる理由を失っただろう。どうあがいてもサニに未来はない。いまから私やイネスを葬ったところで国が混乱するだけ。サニが公王になる道などないのだよ」

「なるほど。では、多少は安心ですね」

「そうだね。だからと言って気は抜けないけれど」

「ウォフ!」

 その日はこれで終了、ただ明日は公太女となったイネスちゃんともども一緒に来てほしいところがあるそうなのでそちらに向かうことになりました。

 あと、寝室が変更されてすごく豪華な部屋になったのですが……落ち着きません。

 元の部屋でも田舎者の僕には豪華だったのに。


********************


 公王様に連れられてやってきたのは公都から馬車で2時間ほどの距離にある海岸でした。

 メンバーは僕とリンのほか、公王様にプリメーラさん、イネスちゃんです。

 ただ、この海岸、普通の海とは違う……?

「馬車はここまでだ。シント様とリン様も申し訳ないが歩きで砂浜まで……」

『その必要はないぞ』

「え!?」

『シント、ここまで来たのだ。お前が神域の関係者だとばれている以上隠し立てする必要もないだろう』

『そうね。馭者もシントとリンの素性を知っているのだから私たちの本来の姿も見せましょう?』

 シエロとシエルはそう言うと擬態を解き、天翔る馬ペガサスの姿へと戻りました。

「……驚きました。神域の関係者が普通の馬に乗っているのはおかしいと考えていましたが」

『すまぬな。驚かすつもりまではなかった』

『ええ。正体もばれているのならいいかなと思って』

「シエロ、シエル。いきなり過ぎます」

「もう少しちゃんと教えてからにしよう?」

『ともかく我らはここで休ませてもらう。気にせず行ってこい』

『そうね。あなた方の勉強にもなると思うわ』

「……勉強? よくわかりませんが行ってきます」

「お留守番、お願いね」

 ともかく、一波乱ありましたが砂浜へと降ります。

すると海の中から女性がふたり出てきました。

 海の中からどうやって?

「来たか、オリヴァー、プリメーラ」

「そちらの女の子が次代なのね? プリメーラ、私たちと一緒に過ごすつもりはない?」

「申し訳ありません、アーリー様、コロマ様。私の生涯は公太女となった妹のイネスのために使うと決めました」

「そう、残念。それで、そちらの男の子と女の子はほかの神域の関係者よね?」

「ああ、やっぱり神域の関係者なんですね」

「なんとなく雰囲気が似ていると思ってた」

「そうだな。私から名乗ろう。〝海王の里〟契約者、アーリーだ」

「私は〝海王の里〟守護者、コロマよ」

「僕は〝神樹の里〟契約者、シントと言います」

「私は〝神樹の里〟守護者、リン。よろしくね、アーリーさん、コロマさん」

 以前プリメーラさんの話にあった、この国の神域は〝海王の里〟と言うんですね。

 この先もどこかでお付き合いがあるかもしれませんし覚えておきましょう。

「さて、神域の関係者の名乗りは終わったな。クエスタ公国の次代よ、名前はなんという?」

「は、はい! イネス = クエスタと申します! ですが、なぜ神域の関係者がここに?」

「この海には神域がある。クエスタには国ができる前からその加護を与え続けてきた」

「国ができて少し経った頃かしら? 私たちの神域に気付かれちゃってね。そのときの公王があいさつに来たことが関係を持つに至った始まりよ」

「それ以来、代々の公王のみこの神域のことを教えてきた。プリメーラは私たちが神域に案内したことがあるので別枠だがな」

「そういうわけ。あなたが次の公王に決まったのなら私たちのことも知っておかなくちゃいけないの。そしてほかの誰にも教えちゃだめ。理解できた?」

「はい。お約束いたします」

「よろしい。では〝海王の里〟に向かおうか。〝神樹の里〟のふたりも来るか?」

「お邪魔でないのでしたら是非」

「私たち、田舎者だからほかの国のことも神域のことも知らないのよ」

「わかった。では、行こう。《アクアブリーズ》と《アクアウィング》の魔法をかける。……よし。水中でも息ができるし空を舞うように移動ができるぞ」

「イネスは私が手を引いていってあげる。〝神樹の里〟のおふたりは?」

「魔法の鎧を使って飛んだ経験は豊富なので多分大丈夫でしょう」

「遅れそうになったらお願い」

「そうか。では参ろう」

 そのまま僕たちは海の中へと入っていき……確かに水中なのに息ができます。

 アーリーさんとコロマさんのあとをついていくように飛んでいくと魚たちの群れを抜けて一路海底の方へ。

 そして、1時間ほど飛ぶと海底には光り輝く空間がありました。

 あれが〝海王の里〟ですね。

 ほかのみんなも次々入って行きましたし僕たちも続きましょう。