神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

 公王陛下たちの呪いも解呪できたことですし、あとはあちらで責任を持って対処していただきましょう。

 僕たちは僕たちのやるべきことをやるだけです。

『それで、〝管理者〟への要請はこれで終わりかしら?』

「はい。願いを聞きとどけていただきありがとうございます」

『では、私は人としてきた目的を果たすことにいたしましょう。そちらの交渉役は誰が?』

「基本的にはイネスが。補佐としてプリメーラも就きます。今日は初回と言うことで私も食料を出すところまでは立ち会いましょう」

『わかったわ。食料を渡しに来るのも今後はシントたちに任せるからそのつもりでいて』

「かしこまりました。それでは参りましょう」

「そうしましょうか。案内していただける?」

「イネス、先導を」

「はい、お父様。こちらです」

「ありがとう、イネス公女様」

 部屋の前で待っていた近衛騎士たちはイネス公女様が先頭で出てきたことに驚いていましたが、この先についても交渉があるため丁重にあつかうためとして言い含めたようです。

 そして、僕たちはイネス公女様に案内されて資材保管庫へ着きました。

 彼女によればこの街の孤児院で配布する食料以外はすべてここに出してほしいそうです。

「さて、それでは並べていきましょうか」

「メイヤ、お手伝いしますよ」

「はい。メイヤ様ばかりを働かせられません」

「そうだな。メイヤ様は袋からマジックバッグを取り出すだけにしてくれ」

「あら、ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうわ」

 メイヤの持っていたカバンから次々と肩に背負って運べるサイズの袋が取り出されていき、僕らは保管庫の中にそれらを並べていきます。

 それも50袋ちょっとで終了し……保管庫は袋だらけになりました。

 イネス公女様もプリメーラ公女様も遅れてやってきた公王様もこの光景には驚いていますね。

「し、失礼だが、メイヤ嬢。このすべてがマジックバッグか?」

「そうよ。1袋に100人の1カ月分のお野菜を詰め込んできているわ。中身を確認してもらってもいいわよ? 時間停止も組み込んであるマジックバッグだから中に入れている限り傷まないし」

「……おい、袋をひとつ開けて中身を確認せよ」

「は、はい!」

 騎士の方々が袋をひとつ開けて中身を確認し始めましたが、野菜が山のように出てきて……それぞれの周りに小さな山ができてきた時点で公王様が止めに入りました。

「……もうよい。疑うような真似をして済まなかった、メイヤ嬢」

「いえいえ。確認って大事よ? できれば全部の袋で確認していただきたいけれど……無理ですよね?」

「さすがに100人分の食料が1カ月分も入っている袋を50袋以上確認するのは……」

「まあ、少しでいいから中身が詰まっていることだけは確認してくださいませ」

「いや、野菜類だけでもこれだけあれば多くの子供たちがひもじい思いをせずに済む。この支援、我が国が責任を持って各街へと配布して回ろう」

「よろしくお願いいたします、公王陛下。それでは、私たちはこの街の孤児院へと参りたいのですがよろしいでしょうか?」

「構わないとも。イネス、プリメーラ。お前たちも同行し食材が適切に使われているのか確認してこい」

「わかりました」

「かしこまりました、お父様」

 今回はイネス公女様とプリメーラ公女様もご一緒のようですね。

 僕たちも行く予定ですし、そこへ着いてきてもらいましょう。

「うふふ。次回、各街への食料を持ってくるのは1カ月後予定だけれど大丈夫かしら、イネス公女様?」

「大丈夫です。このフロレンシオでしたら各地へと食料を配布することも楽ですので。公都は国の端の方にあるため遠い街があります」

「じゃあ、支援の基地はフロレンシオにするわ。でも、いつまでもイネス公女様が受け取りをするわけにもいかないわよね? そこはどのようにお考えでしょう?」

「信頼できる者たちを受け取り役として配置いたします。私の目で選ばせていただきますので信用してください」

「わかりました。イネス公女様を信用いたしましょう。シントとリンも構いませんね?」

「もちろんです」

「イネス公女様の推薦なら安心できるわ」

「では2回目からはそういたしましょう。では、外で私たちの仲間が各孤児院へと配布するための食料を待ちわびているはずです。ご一緒に参りましょうか」

「そうさせていただきます。今回は自分たちの目で結果を見届けさせていきたいので」

「失礼ですが念のため」

「先ほども言いましたが確認は大事ですよ? では、参りましょう」

 僕たち4人は公女様たちに先導されてお屋敷の外へ。

 このお屋敷は〝公王邸別館〟と呼ばれているそうで、公王陛下とその家族しか使えないのだとか。

 ただ、食料の持ち込みは必ずここにしてほしいという要望のため、そうさせていただきましょう。

 僕たちは公女様たちとは別の馬車に乗り孤児院のひとつへ。

 最初に向かったのは前回来たときも最初に訪れた孤児院ですね。

「ああ、プリメーラ公女様、イネス公女様。お待ちしておりました」

「ミケ院長、今日はお世話になります」

「いえ、こちらこそ。この度は毛布や冬服までいただいたのに食料までご支援くださるのだとか」

「野菜類だけですが半月分はあるそうです。今回も実際の提供者はシント様たちになります。それから、今回もシント様たちの里長、メイヤ様に来ていただきました。孤児院で失礼な振る舞いがない限り今後も継続して食糧支援を続けてくれるそうです。ごあいさつを」

「まあ! ありがとうございます! 前回はあいさつもせず申し訳ありません! 私が当孤児院の院長ミケでございます」

「そう緊張なさらずとも大丈夫ですよ? 今回の支援はシントたちが持ちかけてきたからこそ里のみんなが動いただけですから」

「しかし、孤児院の規模は……」

「この街の孤児院にいるのは600名程度と聞きました。その人数が毎日食べても困らない程度の食料生産能力があるのです、私たちの里には」

「そうなのですか!?」

「はい。だからこその隠れ里、私たちのことは秘密にしておいてください。それから、この街だけになりますが食料を渡す際に果物も差し上げましょう。さすがに果物は採れる時期が異なるため毎回とは限りませんが、できる範囲でご提供いたします」

「そこまでしていただけるだなんて……まことに感謝いたします」

「いえいえ。今回は料理の仕方を教えるために里の者も連れてきました。普段食事はどなたがお作りに?」

「院の者と年長者で作っております。料理のご指導までいただけるなんて」

「そういうことでしたら、何回かは連れてきた方がよさそうですね。あとでみんなと調整します。とりあえず、ほかのみんなに別の孤児院に配る食料を渡してきますので少々お待ちを」

 馬車に乗っていたシルキーとニンフが何人か降り、残った者たちにメイヤがマジックバッグを渡していきます。

 あれがほかの孤児院用の食料なんでしょう。

 食料を受け渡し終わったあとは馬車も出発していきましたし、ここの孤児院でもそろそろ昼食の準備を始める時間ですよね。

 僕やリンは手を出させてもらえないので眺めるだけになってしまいますが、様子だけはしっかり見せていただきましょう。
 孤児院の厨房に入ると既に料理の準備が始まっていました。

 でも、まだ準備だけで食材などには手をつけていないみたいですね。

 シルキーたちならあれらの食材を活かす使い道も知っているでしょうし、傷まないうちに消費する方法も教えられるでしょう。

 今後野菜料理が中心になってしまうのは……子供たちに不満が出るかもしれませんが我慢してもらうしかないですね。

「ん? ミケ院長。それに、この前果物をくれたお姉さんたち。今日はどうしたんだ?」

「あら、あなたも料理をするのね。偉いわ」

「ここじゃ当たり前さ。少ない材料から少しでも腹が膨れる食事を作らなくちゃならないんだからな」

「そう。今日はね、あなた方に食材を届けにきたの」

「食材? 量は?」

「マジックバッグに詰めてきたから毎日3食きちんと食べて半月分と少しね。ただ、私たちの里では野菜しか収穫できないの。肉やお魚がほしかったら孤児院のお金で買ってちょうだい」

「……本当かよ?」

「本当よ? ちょっと特殊な食材も混じっているから私たちの里から連れてきた人が調理方法も教えてあげる。どうかしら?」

「まあ、食材をくれるって言うなら。料理も素人が嵩増しばかりして食べさせていただけだしな」

「じゃあ、遠慮なく。みんな、食事の準備を。元々この院の食材は傷んでだめになっているもの以外は捨てちゃだめよ。それらも活かして調理しなさい。あと、指導はわかりやすく丁寧にね?」

「わかりました」

「お任せください」

「それではお願いね。イネス公女様とプリメーラ公女様はどうなさいますか?」

「お邪魔にならない場所で見学を」

「はい。里の料理というものにも興味があります」

「では私たちと一緒に端の方で見ていましょう。私はもちろんシントやリンも料理はできません……というか、彼女たちがすべてを終わらせてしまい調理をやらせようとしないため簡単な料理しかできませんので」

 そうしてシルキーやニンフたちによる料理指導が始まりました。

 里から様々な調味料も持ち込んでいるようで、院の調理係は料理方法を覚えるのに必死ですね。

 あと、あれは……。

「姉ちゃん、鍋の中に入れたその草みたいなのはなんだ?」

「コンブという海に生えている草よ。それを天日干しにしてあるの。スープを煮るときに入れると海の自然な塩味が広がって美味しいわ」

「それは食えないのか?」

「食べられるけれど……煮込んで柔らかくしても噛みちぎりにくいから好みが分かれるわね。味も独特だし」

「じゃあ、鍋で煮終わったら細かく刻んで鍋に戻す。子供たちには好き嫌いをさせないのが鉄則だからな」

「わかった。でもお野菜もたくさん入れるけれど大丈夫?」

「野菜をこんだけ使える贅沢なスープだ。喜んで食うだろうぜ」

「……そう、いい子たちね」

「もちろんだ。でも、本当に半月分も入っているのかよ?」

「入っているわ。この程度の消費なら半月以上大丈夫よ」

「それも信じられないが……今日は果物ももらえるんだよな。子供たちが贅沢を覚えないか怖いぜ」

「贅沢を覚えられると困るけれど半月に一度の楽しみはあってもいいでしょ? 果物が採れる季節だけでも」

「それもそうだな。……野菜もそろそろ煮終わったか?」

「そうね。味見してみる?」

「ああ。……野菜なのに苦みがほとんどなくて甘い?」

「ふふ。これなら小さな子供たちも大丈夫でしょう?」

「ああ、大丈夫そうだ。さて、コンブとやらも細かく刻んで鍋に入れるか」

「ええ、そうしましょう」

 僕たちの里の文化も受け入れてもらえたようでなによりです。

 あと、昼食を並べられたときの子供たちも大歓声で迎え入れてくれました。

 野菜ばかりとは言え、たくさんの具が入ったスープに生野菜のサラダなど普段は食べられないのでしょうからね。

 あと、院には窯がなかったためパンを焼けませんでしたが、代わりにパンと同じ製法で作った生地を底の浅い鍋で両面焼いたものも子供たちは大満足で食べていました。

 試食と言うことで同じものを食べたイネス公女様とプリメーラ公女様も驚いていましたからね。

 食後は果物も食べてお腹いっぱいになった子供たち。

 空腹感が満たされて眠くなったのか、年少者たちは寝室の方へ向かったようです。

 困ったことはそのあとに起こりましたが。

「……しばらくこの街に残って孤児院で料理を教えたい?」

「はい、メイヤ様。どうかお許し願えませんか?」

「……どうする、シント」

「うーん、僕としては許可してあげたいですが……どれくらい留まるつもりですか?」

「その……できれば次の食料配布まで。食事事情を改善してあげたいのです」

「本当に困ったわ。里長としてどう判断するべきなのか」

「僕としては許可してもいいと思うのですが……寝る場所が問題ですよね?」

「ああ、それが問題よね。どうしましょう」

 彼女たちはシルキーやニンフなので睡眠など必要ありません。

 ただ、人間に化けてもらっている以上は眠ってもらわないと……。

「そういうことでしたら私が力をお貸しします」

「イネス公女様?」

「私が彼女たちの宿を手配しましょう。それで問題ないですよね?」

「ええと、里長としては問題がなくなりますが……へたをするとこの先様子を見に行く孤児院すべてで同じことを願われますよ?」

「これだけの食料をいただいたことに比べれば小さな問題です。それに料理の様子も見学させていただきましたが、本当に無駄なく食材を使い切っていました。前回皆様がこの街を訪れたあと、各孤児院の会計監査を行い無駄な支出も可能な限り減らせるよう手配してあります。そうすれば季節にもよりますが多少の肉料理も出せるでしょう。彼女たちのお世話は私たちに任せてください」

「……ではお言葉に甘えて。あなた方もほしい食材があればいまのうちに手配してもらって調理方法を教えておきなさい」

 メイヤとイネス公女様の間での交渉は終わったようです。

 そして、ほしい食材と聞いて真っ先に手を挙げたのはシルキーですね。

「それでは。少量で構いませんので干し肉をいただけますでしょうか?」

「干し肉を? 普通のお肉ではなく?」

 シルキーの要望に対しイネス公女様も混乱しています。

 というか、なぜ干し肉を?

「普通の肉料理では50人分だとやはりひとりあたりの量が微量になってしまいます。ですが、干し肉なら少し多めでも安く手に入りますよね?」

「ええ、まあ。携帯食ですから。でも、硬いですし子供たちには味が濃すぎますよ?」

「干し肉をそのまま食べさせるのではありません。スープに混ぜ込ませて味をしみ出させるのです。そうすればスープに味がつき美味しくなります。味が溶け出した干し肉も軟らかくなりますし、細かくちぎってスープの具材としましょう」

「……なるほど。そういう調理方法もあるのですね」

「あとは……長時間煮込めるのであればいろいろな味を取り出せるのですが孤児院では難しいですよね」

「かまどの燃料が問題となってしまうでしょう。予算が改善されていくと言ってもやはりあまり大きな金額にはなりません。少ない金額だけで食事を楽しめる方法だけを教えてあげていただけますか?」

「わかりました。里では肉類が手に入らないのでシント様とリン様に振る舞えない分、ここの子供たちにしっかりと教えます!」

「……里に帰るとき、今回の報酬としてシント様とリン様が食べる分のお肉も分けてあげます。それで手を打ってください」

「やったぁ! これで、おふたりにもいろいろな食事を楽しんでいただける!」

「シント様、リン様、彼女たちからも愛されていますね」

「愛されているのはわかっているのですが……」

「あまりにも厚遇されているのがちょっと複雑……」

 そしてそのあと、すべての孤児院を回ってみましたが、やはりどの孤児院でもシルキーやニンフたちがしばらく料理指導のために残りたいと言いだし、まとめてイネス公女様が面倒を見てくださることに。

 途中で合流した孤児院運営部のシェーンさんも子供たちがお腹いっぱい食べられて満足したように寝ていったところを見てとても喜んでいました。

 メイヤも嬉しそうな表情をしていましたし、これが正解だったのでしょう。
 最初に孤児院へと食料を配布してから半月が過ぎました。

 シルキーやニンフたちもこの半月で様々なバリエーションの料理を教えることができ、各孤児院でもいろいろな料理が楽しめるようになったらしく毎日の食事が楽しみだそうです。

 僕たちを通して様子を聞いているメイヤも喜んでいるでしょう。

 さて、また半月分の野菜と今日の果物を配って歩いていたのですが途中の孤児院でイネス公女様とプリメーラ公女様の護衛をしている方々の鎧を着た……ええと騎士の方でいいのでしょうか、ともかくその方と出会いました。

「ああ、よかった。やはり本日がおふたりのいらっしゃる日だったんですね」

「はい。そうですが……なにかご用が?」

「プリメーラ公女様とイネス公女様がお会いになりたいと。場所は公王邸別館になります。すべての孤児院に食材を配布し終わってからで構いません。申し訳ありませんがお越しください」

「わかりました。おふたりがお呼びとあれば」

「うん。行くしかないよね」

「では、確かに伝えました。私はこれにて」

 騎士の方は馬に乗り帰って行かれました。

 ふたりにまたなにかあったのでしょうか?

 僕たちは急いで残りの孤児院を回り、食料を渡してシルキーやニンフたちを回収、ベニャトと一度合流してプリメーラ公女様とイネス公女様から呼び出されていることを教えて先に帰ってもらうことにしました。

 シルキーやニンフたちは途中で透明化して僕たちが里に戻ったあと召喚するのを待っていてもらいましょう。

 さすがにクエスタ公国から神樹の里まで彼女たちの足で帰るのは厳しいでしょうし。

 公王邸別館まで行くと門を守っていた騎士の方に通されて敷地内に。

 更にその中を女性の方に案内されて応接室と呼ばれる部屋へと案内されました。

 そこでお茶を出していただきながら少し経つとプリメーラ公女様とイネス公女様がやってきたのですが……少し顔が暗いです。

 一体なにがあったのでしょう。

「お待たせいたしました。呼び出しておきながら待たせてしまい申し訳ありません」

「いえ、気にしていないですよ。それで、なにかありましたか?」

「……はい。その前に。皆のもの、部屋から出て行きなさい」

 プリメーラ公女様の言葉に従い、部屋の中にいた方々が全員出ていきました。

 これは相当よくない話なんでしょうね……。

「……まずは私からお詫びします。シント様、リン様」

「イネス公女様?」

「お預かりしていたこの街以外の孤児たちへ送る食料の一部、奪われてしまいました」

「事情を話してもらえますか?」

「はい。お預かりした食料はお父様直属の騎士団が確実に各街にある孤児院へと配布いたしました。ですがそのあと……」

「そのあと、どうしたの?」

「……一部の街で横暴な貴族の手によって食料がマジックバッグごと奪われました。申し訳ありません」

 なるほど。

 邪な心を持つ愚か者の支配者というものはどこの国にでもいるようです。

 さて、どうしたものか。

「それで、僕たちにどうしてほしいのですか?」

「……これ以上多くは望みません。せめてこの街の子供たちへの支援だけでも続けていただけませんか? この街の孤児院には私の護衛騎士団を配置するように命令を出してあります」

「なるほど。ほかの街は見捨てると?」

「いえ! 見捨てません! 私の予算を使ってでも支援は続けます! でも、それも毎日美味しい食事を食べさせてあげられるだけの量にはほど遠い。だから、せめてこの街だけは……」

 ふむ、ほかの街は自分たちでどうにかするからこの街だけでも助け続けてほしいと。

 どうしましょうか?

『お困りのようね、シント』

 急に背後から声が聞こえてきたので振り向くとメイヤの姿が。

 一体いつから?

「メイヤ様……」

『泣きそうな顔をしないで顔をお上げなさいな、イネス。この程度、予測済みだから』

「え?」

『シント、このふたりには私たちの素性もばれているのだし気にすることもないわ。マインを召喚なさい』

「わかりました。マイン、来てくれますか?」

 メイヤの助言に従いマインを呼ぶとすぐにマインが現れました。

 その様子も怒った様子はなく平然としています。

『初めましてじゃな、嬢ちゃんたち。儂は土の五大精霊ノーム。いまはシントと契約し〝マイン〟を名乗っている。よろしくな』

「土の五大精霊様……」

『うむ。ついでに言うなら、お主らに渡しているマジックバッグの作製もすべて儂の作品じゃ』

「申し訳ありません! どうかお許しを! この国は農業国、大地の恵みが失われれば……」

 イネス公女様がテーブルに額を打ち付けながら大声で謝り始めましたが、マインはまったく気にした様子……というか、謝らせてしまったことに困っている様子ですね。

『あー、勘違いされてしまったか。嬢ちゃんたちが悪いとは言わぬし、この国から豊穣を奪うつもりもない。一部の愚か者に罰を与える許可をもらいに来ただけじゃ』

「罰、でございますか?」

「マイン、罰とは?」

『ああ、シントにも伝えておらぬか。儂のマジックバッグはすべて儂が監視できるように細工を施してある。本来の使われ方以外をされていればいつでも破壊できるようにな』

「そんな仕掛けしていたんですね」

『しておったぞ? それにしてもどこの国でも愚か者はいるか、嘆かわしい』

「……申し訳ありません」

 イネス公女様が更に落ち込んでしまいました。

 マインも悪気はないのでしょうが……かわいそうだからやめてあげてください。

『ああ、儂の愚痴じゃ。嬢ちゃんを責めてはいない。さて、メイヤ様。儂がこの場に来たと言うことは本来あるべき場所にないものは破壊しても構わないと?』

『そうなるわ。あなたならどのバッグが適切な子供たちの手に渡っていて、どのバッグが適切に保管されていて、どのバッグが不正に奪われたか見分けがつくわよね?』

『無論じゃ。……だが、奪われたものの数もそれなりにあるな。ヒト族は金目のものが目の前にあるとそこまで欲にかられるか』

『では、奪われたものの配置を私にもイメージで教えて。愚か者には処罰を。聖霊の基本よ』

『なるほど、それでメイヤ様もマジックバッグ作りを手伝ってくださったと』

『想定していたことだもの。……場所と数はつかめたわ。マインがマジックバッグを潰せば私の呪いも発動するように細工をしておいたから存分にやってしまって』

『わかりました。……終わったぞい。しかし、呪いとはなんだったのですかな?』

『ちょっとした疫病よ。それを奪うように命じたものとその親族に猛毒の果実を食べた時と同じ症状を発生するように仕向けただけ。今頃は苦しみのたうち回っているんじゃないかしら?』

『聖霊様の毒果実ですか。助からないでしょうな』

『助かるわけがないでしょう? 一週間ほど猛毒にむしばまれ、苦しみ続けて死ぬわ。愚か者の末期、相応しい結果よ』

『確かに。さて、この場での儂の出番は終わりでしょうか?』

『ええ。ありがとう、マイン』

『愚か者に大地の恵みを与えたくない気持ちは同じですからな。それではお先に失礼を』

 マインが姿を消し、メイヤが残りました。

 さて、このあとはどうするのでしょうか。

『それで、イネス。この不始末はどうするのかしら?』

「はい、メイヤ様。この街の支援だけは続けていただきたく存じ上げます。ほかの街には私が……」

『本当にそれができるの?』

「そ、それは……」

『神眼持ちができないことを言うものではないわ。そのようなことを続ければあなたの心が淀むわよ』

「……申し訳ありません。メイヤ様の里からの支援がなくなればすべての街の孤児院に対する食料を配るなど到底不可能でございます」

『よろしい。今度は本音のようね』

「はい。私のお金も有限です。それ以上に、食料も足りるかどうか……」

『わかったわ。食料は今後も支援してあげる』

「え?」

『あなたやプリメーラのことは気に入っているの。あなたは心の底から謝罪をしてくれたようだし、それを受け入れてあげないようではちょっとね』

「本当でございますか!?」

『ただ、また配布しても同じ結果になるのではないの? そこは大丈夫?』

「それは……申し訳ありません、大丈夫と言えません」

『ふむ、困ったわね。あなたのことは里のみんなも気に入ったようだし、番人代わりを務める気の子もいるようだけれど幻獣や精霊が人の問題にこれ以上関わるのもよくないわ。どうしたものか』

 確かに困った問題ですよね。

 普通に配布しては奪われる恐れがある。

 奪われたところで潰せるがそれを行ったとしてもすべての芽は潰せない。

 どうにもできません。

「申し訳ありません。僭越ながらメイヤ様、ひとつだけ解決できる提案がございます」

『なに、プリメーラ?』

「イネスを立太子させるのです。そうすればイネスの意思ひとつで公国騎士団を動かせるようになります。食料の輸送と護衛を公国騎士団に任せれば奪い取ろうとすることは公国への反逆の意思ありということ。その貴族をお取り潰しにする名目もたちます」

『なるほど。イネスの立太子には……なんと言ったかしら? あなたの国の長女しか反対していないのだったわね。それがかなえば問題なくなると』

「はい、その通りでございます。ただ、そうなると問題なのが……」

『なにかしら? この際だから貸せる手はできる範囲で貸すわ』

「姉のサニによるイネスの暗殺です」

 ……邪魔者はあくまでも殺そうとしますか。

 本当に邪悪な方のようです。
 本当に困ったお方のようです、そのサニという人は。

 邪魔だからという理由だけで実の妹を殺そうと……いえ、既に呪い殺そうとしていましたね。

 イネス公女様に手を貸してあげたいのはやまやまですが……どうしたものか。

『さて、シント、リン。あなた方の意見を聞きましょう。イネスのことを助けてあげたい?』

「……正直助けてあげたいです」

「うん。こんないい人放っておけないよ。でも、私たちには里の守りというお役目が……」

『結構。私や里のみんなの決心も固まったわ。イネス、あなたが王都……ではない、公都になるのかしら? この国の首都に帰るまでどれくらいかかるのかしら?』

「え、あ、はい、メイヤ様。今回、歩兵は皆、孤児院の護衛に割り当てて帰ります。なので、帰りは騎兵のみ。メイドやボーイたちも馬車に乗せての帰還となります。おそらく、好天に恵まれれば1週間程度の道程かと」

『その程度なら問題ないわね。シント、リン。あなた方はイネスとプリメーラと一緒に公都へと向かい護衛を務めなさい。期間は1カ月。できれば、その間にサニだったかしら? その邪魔な人間を抹殺する口実も見つけ、公的に抹殺できると万々歳ね』

「いいのですか、メイヤ? そんなに長い間里を空けて?」

「はい。里のみんなに迷惑がかかってしまうのでは?」

『大丈夫よ。里のみんなからは了解を得たわ。不服そうなのはディーヴァとミンストレルのふたりだけ。あなた方に歌を聴かせる機会がなくなるのが寂しいそうよ』

 それは申し訳ないことを。

 ですが、いまはイネス公女様とプリメーラ公女様の方が優先ですね。

『そういうわけだから、あなた方は1カ月間ふたりの護衛に集中なさい。ふたりは……できるだけ離れてほしくないのだけれど、無理よね?』

「申し訳ありません。普段はそれぞれの離宮で暮らすことになります。日中は理由をつけてお互い同じ場所でおふたりと行動を共にできますが、夜だけは……」

『そう、夜だけはどうしようもないのね。シント、影の軍勢も力を貸すそうよ。公都まで着いたら召喚してあげて。そうすればふたりに暗殺者が放たれても守れるわ』

「あ、あの! メイヤ様、勝手なお願いですが離宮に暮らす者たちもお守りいただけませんか!? 私のことをずっと守ってくれてきた皆さんなのです! 私だけが守られても、皆が殺されてしまっては」

『……それもそうね。神眼で見抜けるほどの善人を多く集めるなどかなりの手間がかかる。それを教育するとなればもっとだわ。影の軍勢の了承も得られた、ふたりの世話をするたちも含めて全員守ってくれるそうよ』

「……よかった。ですが、里の者たちと言うことは幻獣様や精霊様ですよね? そのような方々が人のことに手を貸してくださってよろしいのでしょうか?」

『ただの気まぐれよ。私たちの里のみんなは醜いヒト族しか見てこなかった。あなた方のような善良なヒト族を見ると慈しみたいし守ってあげたくなるのよ。……それに、困った願いもほかに出ているし』

「困った願い、でございますか?」

『今回料理を教えていたのはシルキーやニンフなのよ。彼女たちが国内を転々と回り歩いて孤児院で料理を教えて回りたいそうなの。今の段階では時期尚早なのだけれど……状況が整えば許可してもらえる?』

「もちろんです! これで各孤児院の食事事情も改善いたします!」

『ではそのように伝えておくわ。彼女たちもそれまでの間に各季節の野菜でどれだけ美味しい料理ができるか確かめるでしょうし』

「はい! 是非、お願いいたします!」

『いま念話で伝えたわ。いろいろな料理を考えておくって。あと、各季節の野菜に応じたレシピも本にまとめて配るそうだから期待していて』

「……そこまで厚遇していただけるんですね」

『彼女たち、家妖精だったり泉や森、海の妖精だったりするけれど純真な人は大好きだもの。子供たちが曲がらずに成長してくれるのならば喜んで手を貸すでしょう』

「では、私もその期待に応えないと!」

『あら、立太子の覚悟は決まったの?』

「サニお姉様はまだ怖いです。ですが、プリメーラお姉様やほかのお兄様、お父様まで後押ししてくださる上、子供たちを助けるために必要ならばどんな厳しい道程でも受け入れます!」

『……その覚悟を聞いてみんな更にやる気を出したわ。あなた方の身が人程度に脅かされることはないから安心なさい』

「はい!」

「ありがとうございます、メイヤ様」

 メイヤとイネス公女様たちの話はまとまったようです。

 あとは僕たちがどう動けばいいかですね。

「イネス公女様、プリメーラ公女様。具体的にいつこの街から出発するのでしょうか?」

「2週間後を予定しておりました。問題がありましたらずらしますがどうしますか?」

「いえ、僕たちに問題はありません。ただ、僕たちには馬が……」

『馬の心配ならいらないわ。ペガサスのシエロとシエルが普通の馬に擬態できるそうだから。それに乗っていって。あと、道中の食事としてマジックバッグの中に私たちの里で作った野菜も。食事係としてシルキーやニンフたちも4人ばかり同伴するそうよ。イネス、プリメーラ、問題はある?』

「問題ありません。食事を作ってくださる方が4名増えた程度で旅に支障は出ませんから」

「それ以上に、本来であれば保存食しか食べられないような道中で新鮮なお野菜の食事ができるのです。騎士やお付きの者たちにも感謝されるでしょう」

『では決まりね。でも、それだけでは不安が募るわね。今回の護衛として付き従う騎士の数は何名? 馬の数は?』

「は、はい。護衛と馬の数は……」

 メイヤがイネス公女様から護衛の人数とその方々と馬車馬も含めた馬の数を聞き始めましたがなにをするのでしょうか?

 あまりいい予感がしません。

『よろしい。その程度の人数なら大丈夫ね。ドワーフやマインに頼んで馬具と騎士たちの装備一式純ミスリルのもので固めてもらいましょう。もちろん、軽量化などの魔法も付け加えてもらってね』

「えぇ!?」

『あとは……あなた方自身の防御力ね。シント、テイラーメイドを』

「彼女をですか? はりきりすぎません?」

『その程度で丁度いいのよ。彼女も事情は聞いているから、さあ早く』

「わかりました。テイラーメイド、来てください」

 召喚されたのは蜘蛛の下半身に上品なドレスを身にまとう女性の上半身を持った幻獣のテイラーメイド。

 普段は彼女もドレスのような服など着て歩きませんし、はりきっていますね……。

『お呼びくださりありがとうございます! さて、そちらが話にあったイネス公女様とプリメーラ公女様ですね!?』

「は、はい。イネスと申します」

「プリメーラです。あの、あなたは……」

『幻獣シルクアラクネの〝テイラーメイド〟です! ああ、人のドレスが作れるだなんて夢のよう!』

「幻獣様のドレス!?」

「そのような過分なもの、いただけません!」

『気にしないでください! 私の糸から作った私の絹で作るドレスです材料費は一切かかりません! ああ、どのようなドレスがいいんだろう……』

『テイラーメイド。はりきるのはいいですが、そこはヒト族の街。まずは擬態を』

『ああ、そうでした! ……これで大丈夫ですね!』

 テイラーメイドの下半身が普通の人の足となり、ドレスもそれにあわせて垂れ下がります。

 蜘蛛の下半身に乗っていたせいでよくわかりませんでしたが、ほっそりとした体型によく似合うシンプルなドレスだったんですね。

『靴も履いてと。ああ、声も直さないと。ヒト族のお姫様を着飾らせることができるなんて夢のようです!』

「あ、あの。私たちのドレスは状況や相手の格に応じて色やドレスの豪華さなど何着も……」

「1日10着でも20着でも仕上げてみせますとも! 染料もたくさん用意してあります! ほしいドレスやイメージなどがあればバンバンお申し付けください! もちろん幻獣産のドレスですから、布地以外の部分もただの鋼程度では傷ひとつつかないように保護されます!」

「あの、メイヤ様、シント様、リン様」

『……ごめんなさい。テイラーメイドが作りたいだけ作らせてあげて』

「テイラーメイドって僕たちが着て歩く服も全部作ってくれるのですが……」

「普段、着ないような豪華な服も結構あるんだよね……」

「……わかりました。覚悟を決めて作っていただきます」

「あ、私の服は着る人の体系に合わせてサイズが変わりますから今後しばらくは買い換えなくても平気ですからね!」

「……私の予算、余りそうです」

 ……こうなってしまったテイラーメイドは本当に止まりません。

 イネス公女様とプリメーラ公女様には申し訳ありませんが諦めていただきましょう……。
 約束通り2週間後、僕たちは再びフロレンシオを訪れました。

 そこで一度フロレンシオ行政庁の孤児院運営部に立ち寄り、本当に部長となったしまったシェーンさんへと少しの間ベニャトが孤児院への食料配布を行うことを伝えておきます。

 次は公王邸別館へと行ってイネス公女様とプリメーラ公女様のふたりと合流し、騎士の装備や馬に与える馬鎧を渡しましょうか。

 シルキーやニンフたちとともに公王邸別館に着くとそこでは出発の準備が進められており、かなりの荷物が詰め込まれていました。

 テイラーメイド、やり過ぎていませんか?

 マジックバッグに加工した旅行カバンも与えてあったはずですが……。

「あ、シント様、リン様!」

「テイラーメイド……」

「ねえ、テイラーメイド。あなた、この2週間で何着のドレスを作ったの?」

「え? おふたりに100着ずつくらいですよ? 形もこの国伝統のものから私たちが編みだしたものまで多種多様なものをお渡しいたしました!」

「そうですか……」

「やり過ぎだよ? テイラーメイド」

「そうですか? おふたりとも喜んでいましたよ? お腹を引き絞っていたコルセットから解放されるって」

「〝コルセット〟?」

「ああ、シント様もリン様も知りませんよね。腰を細くみせるために固い革などで作った帯でお腹を引き絞る道具です。少しでも細くみせるために限界まで引き絞りますから、結構きついらしいですね」

「それは大変ですね」

「私、そんなの無理」

「大丈夫です! そんな古い常識、私が全部覆してみせますから!」

 テイラーメイドがすごくやる気ですが……あなた、神樹の里の住民ですよね?

 移住するならそれでも構いませんけど……どうするつもりなんでしょう?

 ともかく、出発の準備をしているイネス公女様とプリメーラ公女様のもとへ案内していただきました。

 おふたりの服装は本当に変わりましたね。

 テイラーメイドがものすごく頑張った結果でしょう。

「お待たせいたしました。イネス公女様、プリメーラ公女様」

「遅くなりました」

「いえ、大丈夫です。それより……」

「このドレス……私たちでも服に着られている感覚か……」

「諦めてください。テイラーメイドがはりきりすぎた結果ですので」

「うん。私たちの服も見た目はごまかされているけど全部同じ素材だし、靴なんてもっと言えない素材だから」

「靴……やっぱり靴も特別製なんですね?」

「恐ろしく履き心地がよく滑らない靴をご用意いただきました。素材を教えていただけないのですが……」

「イネス公女様もプリメーラ公女様も聞かない方がいいです」

「そうだね。聞いたら履けなくなっちゃうかも」

「……気持ちの悪いモンスターや魔獣の素材とかですか?」

「……覚悟を決めますので教えてください」

「……ドラゴンの革だそうです」

「私たちもあとから知ったんだけど、底はドラゴンの鱗なんだって……」

「……聞いたことを後悔しました」

「……かかとの高くなっている部分がなにからできているのか、予想できてしまうのが怖いですわ」

 恐ろしく上物の靴の話は置いておき、護衛の皆さんに渡す装備の話を始めましょう。

 この様子ですとドレスだってろくでもない服になっているはずですから。

「とりあえず、ドワーフたちに作ってもらった護衛の方々に配る装備を支給していただきたいのですがよろしいでしょうか?」

「はい、構いません。といいますか、これ以上服や靴の話はしたくないです……」

「それでは……どうやって渡していきましょう?」

「そうですね……そこのあなた、騎士たちを集めてきてください。馬鎧も取り替えますので急ぐように」

「はっ!」

 護衛の方がひとり出ていき、外にいた騎士の皆さんを連れて戻ってきました。

 うん、人数も合っていますね。

 少々多めに渡されていましたが出番はなさそうです。

「皆のもの、シント様とリン様の里より皆の装備をいただけることとなりました。今回の旅はそれを身につけ旅に出ます。いまから渡しますので急いで着替えなさい」

「かしこまりました。その装備は?」

「いまから並べていきます。少しお待ちを」

 僕とリンは手分けをして護衛の皆さんの前に鎧兜や剣、盾などの装備を並べていきます。

 盾の紋章については事前にイネス公女様とプリメーラ公女様に許可を取りつけさせていただきました。

 その装備を見た皆さんは……一様に驚いていますね。

「これは……プリメーラ公女様、イネス公女様。本当にこの装備をいただけると?」

「はい。私たちを守るための護衛役を強化するのに惜しまず手を貸してくださいました。シント様とリン様に感謝しなさい」

「は、はい。しかし、この銀色……青みがかった銀と言うことは間違いなくミスリル。この兜、まるで帽子のように軽い」

「兜だけじゃないぞ。鎧や鎖鎧も服のように軽い。それでいて非常に頑丈な音がしている」

「盾だってそうだ。横から見れば3枚もの重層構造になっているのに重さがほとんどない。シント殿でしたね。このような装備、本当にいただいても?」

「はい。イネス公女様とプリメーラ公女様を守るためですから。里のみんなが協力して作りあげた装備です。存分にお使いください」

「それではありがたく使わせていただきます。剣が2本あるのは?」

「馬の上で使うための剣と馬から下りたときに使うための剣だって。馬に乗っているときは短い剣だと相手に届きにくいだろうし、馬から下りると長すぎる剣は扱いにくいだろうから2本ずつ用意したらしいわよ。そっちも好きに使ってね」

「ありがとうございます。私たちは早速装備を変えてきます」

「よろしい。それから、装備の変更が終わったら戻ってきてください。馬鎧も作っていただいています。せっかくのご支援、無駄にしないように」

「はっ!」

 護衛の方々が散り散りになって装備を交換に行き、残された僕たちは……最後の打ち合わせでしょうか?

「さて、イネス公女様、プリメーラ公女様。おふたりの番兵を潜ませさせますね」

「番兵ですか?」

「はい。いいですよ」

 僕の合図で僕の影の中から黒い獣がふたつ飛び出し、イネス公女様とプリメーラ公女様の影の中に潜り混みました。

 これでひとまずは安全でしょう。

「シント様、いまのは?」

「〝影の軍勢〟と呼ばれる幻獣や精霊の一種です。潜伏能力と護衛能力に長けた者がふたりの影の中から常に身を守ります。余り出番はあってほしくないですが最後の砦ですね」

「そこまでお気遣いいただきありがとうございます」

「ふたりに死なれちゃ困るからね。あともう1匹も呼んであげなくちゃ」

「そうでしたね。リュウセイ、出番ですよ」

「オゥ!」

「これは……狼?」

「ホーリーフェンリルの子供、リュウセイです。僕の里では一番古株の幻獣ですよ。普段、目に見える護衛として側に置いておきましょう」

「わかりました。ですが、騎士たちにはどう伝えましょう……」

「軽く模擬戦でもやらせましょうか。僕たちとも訓練をしますし、手加減を間違えて怪我をさせるなんて真似はしませんよ」

「……それで納得してもらえるといいのですが」

 実際、戻ってきた護衛の方々にも驚かれリュウセイの能力を疑われましたが、リュウセイと護衛5人で勝負をしてもらった結果、新しい装備があってもリュウセイの方が強いとわかりおふたりの馬車内で危険に備えてもらうこととなりました。

 同時に、新しい鎧が軽いだけではなく恐ろしく頑丈で動きやすいものだということもわかっていただけたようで嬉しいです。

 また、新しい馬鎧も渡すとそれも非常に頑丈かつ軽いことに驚かれ、大急ぎで出発準備が整えられていきました。

 軽い鎧に替えられた馬たちも元気が出てきたようですし、これなら大丈夫でしょう。

 やがて出発の準備が終わるといよいよ公王邸別館を出ました。

 最初3日間は宿場町という宿のある小さい規模の町で過ごせるそうですが、4日目は野宿となってしまうとのこと。

 警戒すべきはここだとも教えられましたし、暗殺などないに越したことはないのですが気を抜かずに護衛をさせていただきましょう。
 護衛の皆さんに対する装備も行き渡り、いざフロレンシオから出発です。

 フロレンシオから最初の宿場町まで、この時間に出発すると日没ぎりぎりの時間になりそうだということなんですが……甘いでしょうね、その見積もり。

 神樹の里のドワーフが本気で作った装備にマインやウィンディが魔法を込めていった装備です。

 そんなのんびりとした旅になるはずもない。

「……おや?」

「どうしましたか?」

 公女様のふたりの乗る馬車と併走していた護衛の方が不思議そうな声をあげ、それにイネス公女様が反応いたしました。

「ああ、いえ、イネス公女様。おかしいですな。今日泊まるはずの宿場町が右手の草原越しに見えてきて……」

「……あの町ですか?」

「は、はい。あの町だと……道を間違えていなければ……」

「先導の騎士は先触れとして出ているのですよね?」

「既に出ているはずです。おかしい、行きの道はイネス様を慎重にお連れせねばなかったとはいえ、この時間で着くはずが……」

「先触れに出たはずの騎士が戻り次第確認を」

「承知いたしました」

 うーん、そんなにおかしな話ですかね?

 この速度なら当然だと感じるのですが。

 先ほどの護衛の方も戻ってきましたし、先触れの方も戻ってきているのでしょう。

「……先触れに出ていた騎士が戻って参りました。やはり当初泊まる予定通りの町で間違いないと。ただ、さすがにこの時間に着くとは考えてもおらず、部屋の準備がまだ整いきっていないそうです」

「……ですよね。本来の到着予定は夕暮れ時。いまの時刻は太陽が中程まで傾いた頃です。余りにも早すぎます。申し訳ありませんが、先触れの方にはもう一度行っていただき宿の準備は余り急がなくともよいと伝えてもらうよう。私たちは……こちらの草原の外れでしばらく馬を休めます」

「了解です。了解ですが……」

「なにか問題が?」

「その……馬が疲れた様子をまったく見せておりません。その、どうしたものか」

「それも困りましたが、私たちが早く到着しすぎても問題です。休憩とします」

「はっ!」

 護衛の方はまた指示を出しにいき、馭者の方も後ろの方へと合図を送り始めました。

 あれが〝止まれ〟という合図なのでしょう。

 馬車の一団は道の脇に逸れ、一部の見張りのみを残しそれ以外は草原へ出たイネス公女様とプリメーラ公女様の護衛に。

 馬車馬の様子を見ていた馭者の方々も不思議そうな顔をしていますし、もっと重装備の騎馬を走らせていた護衛の方々はもっと不思議そうです。

 もちろん、種も仕掛けもありますよ?

「シント様、リン様。あの馬鎧は一体……?」

「馬たちが疲れていないのはあの鎧のせいですよね? 一体どのような魔法が込められているのです?」

 イネス公女様とプリメーラ公女様がやってきて説明を求められました。

 1週間の旅ですし不安は取り除いておきたいのでしょう。

 隠すことでもないですし話してしまいましょうか。

「まず馬鎧の方ですが、〝体力回復〟と〝速度上昇〟の魔法がかかっているそうです。なので、いままでより早く走っていてもまったく疲れを感じていない。むしろ、この程度の速度では体力が減らないわけです」

「馬車馬に着せている方はそれに加えて〝地盤整備〟も加えているんだって。馬が歩いて行く先の石ころとかが勝手に吹き飛ばされ、地面のでこぼこもなくなるんだとか」

「それらはドワーフの皆様だけでお作りになったのでしょうか?」

「いえ、土の五大精霊ノームと風の五大精霊ウィンディも手を貸しています」

「そのような恐れ多いものをくださっていたのですね……」

「みんなの総意です。遠慮せずに使ってください」

「わかりました。覚悟を決めます」

「それにこれで旅程を変更できるかもしれません。ご助力感謝いたします」

「旅程の変更?」

「4日目から5日目の間、野宿を行うと予定していたのはご存じですよね?」

「もちろん。それがどうかしたの、イネス公女様?」

「この速度で走って息が続くようでしたらもっと速く走ることができそうです。なので、4日目の日の出頃に宿場町を出立、可能な限りの最高速度で馬車を進ませ距離を稼げればと」

「なるほど。うまくいけば4日目の夜には公都に到着できる可能性もありますか」

「はい。いかがでしょう?」

「悪くはないんじゃないかな?」

「ええ、試してみる価値はあると考えます。ただ、休憩の回数も減りますよ?」

「そこは皆も私たちも我慢いたします。それでは、そのように話を護衛隊の騎士団長とまとめてきますので失礼いたします」

 イネス公女様が護衛の皆さんの元に歩いて行き、それを感慨深げに眺めているのはプリメーラ公女様でした。

「……イネスがあんなに立派になるなんて夢のよう」

「きちんと補佐をよろしくお願いします、プリメーラ公女様」

「うん。まだまだ頼りないところがありそうだから」

「もちろん。では、私も失礼いたします」

 プリメーラ公女様もあの輪の中に加わり、正式に4日目の移動内容が変わったようです。

 1日目の宿も時間を空けてから町に入ることで問題なく泊まることができましたし、2日目、3日目も出発時間と移動速度を遅くすることで対応しました。

 3日目の時点では念のため馬車の車軸も交換したようですが、こっそり僕の強化魔法を車すべての軸と車輪、馬車においたので問題はないでしょう。

 となると、問題になるのが明日、4日目ですね。

 イネス公女様とプリメーラ公女様は一行全員を集め、説明を始めました。

「皆さん。予定より早まりましたが、明日の天気に恵まれれば一気に公都を目指します。到着予定時刻は夜までかかりますが今回いただいた装備があればいけるでしょう。問題は……」

「サニお姉様による妨害。わかりやすく言えば私たちの暗殺です。今回ばかりは守護騎士団に頼るしかありません。公都に先触れなど出せば確実に始末されるでしょうから」

 全員の間に緊張が走りましたが……それを破ったのはひとりの護衛の方です。

「お気になさらないでください。イネス公女様、プリメーラ公女様。我らイネス公女守護騎士団およびプリメーラ公女守護騎士団は覚悟を決めてここに来ています」

「例え最後のひとりとなろうともおふたりに手出しなどさせません」

「ああ、それにプリメーラ公女様とイネス公女様には俺たちよりも強いリュウセイが付いているんだ。安心して不届き者の始末に取りかかれます」

「どこから刺客が来ようとすべて守り、うち倒してみせます。プリメーラ公女様とイネス公女様は馬車の中で守られていてください」

 護衛の皆さん……守護騎士団の熱意を受けて場は一層熱を帯びました。

 さて、僕たちも微力ながらお力添えをしましょうか。

「今回は僕とリンもおふたりの護衛です。僕とリンはおふたりの馬車から離れず最後の護衛として動かせていただきますが問題ありませんよね?」

「ああ、問題ない。むしろ、普段連携訓練を受けていない者に加わられてしまうと動きが鈍ることがあるんだ。申し訳ないが公女様たちを守っていてほしい」

「わかりました。では、微力ですが僕は魔法を……敵の後衛を狙った魔法で援護させていただきます。具体的には《アイシクルスコール》で攻撃させていただきましょう」

「そこまで高レベルの魔法が使える魔法使いだったのか……では、すまないが私たちの本体と敵の本体、それがぶつかる前に敵の本体にも《アイシクルスコール》をお願いできるか? そうすれば一気に攻めやすくなる」

「その程度であれば。リンは?」

「私は弓で援護かな? 私の弓なら距離なんて関係ないし」

「距離の関係ない弓……『魔剣使い』!?」

「そうよ? 大変失礼な言い方かもしれないけれど、プリメーラ公女様とイネス公女様はお友達だと思っているの。お友達を守るためだったら手札なんていくらでも使ってみせるわ」

「リン様、私のことをお友達と感じてくれていたんですね……」

「はい。失礼だったかしら?」

「いえ! むしろ光栄です!」

「私としても光栄ですね。リン様のように純真で誇り高く優しい方にお友達と感じてくださるなんて。シント様は?」

「大変失礼ですが、僕も同じ気分です。僕もリンも人の汚れた面しか見てこなかった。その中にあっておふたりの気高さと仲の良さは見ていてとても心地いいんです」

「ありがとうございます、シント様」

「本当に。公の場ではお友達などと発言できません。ですが、プライベートな場ではイネスともども友人として接してくださいませ」

「よろしくお願いします、シント様、リン様」

 僕とリンは一瞬顔を見合わせますが、答えは一緒ですよね。

「はい。僕でよければ喜んで」

「隠れ里に引っ込んでいる田舎者だけれどよろしくね?」

 僕たちの〝友達宣言〟で場は多いに盛り上がりました。

 特に相手を選ぶイネス公女様が〝お友達〟として受け入れたことが嬉しいようです。

 皆さんの喜びを無駄にしないためにも、明日は必ず守りきってみせますよ!
 問題の4日目朝、この日もまた冴え渡る晴天です。

 僕たちは前日の打ち合わせ通り、日の出とともに宿場町を出発し一路公都を目指します。

 それぞれの騎馬や馬車も潰れない範囲での最高速度で駆け抜け、道を進み見ました。

 かなり荒っぽい使いからにはなっていますが、マインの作った馬車馬用の馬車鎧にかけられていた仕掛けによって馬車はほぼ揺れずに進みます。

 これならば、馬車の車軸という場所が折れることもないでしょう。

 午前中はこのペースを維持し休憩なしで走り続け、お昼時を過ぎてから馬を休ませるために見渡しのよい場所で休憩となりました。

 ただ、イネス公女様とプリメーラ公女様は暗殺を恐れて馬車からは降りず、代わりに僕とリンがふたりの馬車に入らせてもらっての休憩です。

「おふたりは辛くありませんか? ずっと鎧に身を包んで馬に乗り続けていますが……」

「平気ですよ、イネス公女様。この鎧だって里のドワーフたちによる特注品。それも僕やリンに調整して作られた専用品ですからね」

「うん。さすがに、こんな長い時間馬で走り続けたことがないからお尻が痛くなっちゃったけどそれくらい。イネス公女様とプリメーラ公女様は退屈じゃなかった?」

「……いえ、私たちは常に緊張しておりました」

「いつサニの刺客が来るかと考えると……」

「そっか。リュウセイ、あなた、ふたりの緊張も和らげてあげて」

「ウォフ!」

「きゃっ!」

「リュウセイ様!」

「クゥ~ン」

 ふたりの膝の上にリュウセイが飛び乗り甘えた声を出しながら体を擦り付け始めました。

 これにはイネス公女様もプリメーラ公女様も堪らないといった様子でリュウセイをなでてしまい、更にリュウセイが喜んで甘え付くという循環が生まれてくれます。

 そんな時間が少し過ぎ、見張りをしていた騎士の方が出発を告げに来ました。

「イネス公女様、プリメーラ公女様。出発準備、整いました」

「え? もうですか?」

「馬たちは? もう回復したのですか?」

「水と食事と塩を与えたあと、少し寝ていたようです。それから目覚めると、急に元気になり、どの馬も早く行こうとせがみ始め……」

「皆の休憩は大丈夫でしょうか?」

「馬の休憩が十分でしたら全員大丈夫です。今回の強行軍、最大の問題は馬が潰れることですから」

「わかりました。急いで出発準備を。シント様とリン様も」

「ええ、承知しています」

「リュウセイはそのままふたりの緊張をほぐしてあげてね。あなたのお役目はそれで全部だから」

「キューン……」

「あれ? リュウセイ様がなぜか落ち込んで……」

「戦場になっても戦う機会がないと宣言したせいです」

「ごめんね、リュウセイ。今回はあなたが戦うことになっちゃったら負けなの。我慢してね?」

「オゥ」

「はいはい。またなにかありましたらあなたが戦う機会を作って差し上げますよ」

「やっぱり子供でもホーリーフェンリルの子供。闘争心が強いね」

「よろしいのでしょうか、そのような気高き方を護衛につけていただけるなんて」

「ガゥ」

「気高き相手だからこそ守るそうです。心配せずに守られていてください」

「はい!」

 イネス公女様も元気が出たようですし僕も装備を調えシエロにまたがりましょう。

 ここから先はいつ襲われるかわかりませんから武器も取りだしておきましょうか。

 氷と風の魔剣、それから魔力増強用の神樹でできた杖で十分ですね。

 この杖で魔力を増強するときは加減を間違えると周囲に甚大な被害を出すので注意も必要なのですが……。

 そうして道は森の中に入っていきます。

 事前ミーティングではここが一番襲われやすいだろうということでした。

 先ほどから旅人もほかの商人も通り抜けていませんし、理由があるのでしょう。

 僕たちの部隊は一切気を緩めることなく薄暗くなってきた森の中を突き進んでいきます。

 すると、森の中から何十本もの火矢が公太女様たちのいる馬車めがけて放たれました。

 まあ、バレバレだったんですけど。

「《エア・カーテン》」

 僕の張った風の幕にあたりすべての火矢がはじき返されます。

 途中で消火も忘れずに。

「何者だ!?」

 守護騎士団の団長さんの誰何によって現れたのは全員揃った黒色の鎧に身を包んだ一団。

 それが道の前方と後方、両方を塞ぎ通れなくしました。

 数は……それぞれ50人ずつでしょうか。

 あくまでも皆殺しにするつもりでしょう。

 本当にいやらしい。

「貴様ら! サニ公女の放った刺客か!?」

「さて、なんのことか。どちらにせよここでお前たちに生き残っていてもらうのは都合が悪いのだよ」

「なんだと!?」

 騎士団長とあちらの代表者のような方が舌戦を繰り広げていますが……もう魔法を使っていいのですかね?

 そう考えているとひとり騎士の方がやってきて小声で話しかけてきました。

「申し訳ありません。いまのうちに前方部隊にだけでも《アイシクルスコール》を。後方は我らだけでも守ります」

「敵を捕らえる必要はありますか?」

「できれば数名生かしたまま捕虜にして連れ帰りたいのですが……」

「では後方は皆殺しにします。動くつもりもまだないようですし。前方は……大怪我を負って、馬がすべて潰れる程度にしましょう」

「可能なのですか?」

「可能ですよ。ああ、でも……」

「でも?」

「手加減を間違えて前方部隊も皆殺しにしてしまったらごめんなさい。《アイシクルスコール》!」

 僕の意思を受けて水の精霊たちが遙か天空で数十本の氷の槍を用意してくれています。

 あとはあれを落とすだけですが……鋼の鎧相手に氷の槍って刺さりますかね?

 とりあえず数は揃ったので降らせましたが……杞憂でした。

 鋼の鎧も人も馬も関係なしに地面にめり込むまで氷の槍は勢いよく貫通。

 後方部隊は範囲広め、密度きつめにばらまいたので全滅したでしょう。

 あと、前方部隊ですが……。

「な、なんだ……? なにが、起こった?」

 ああ、あの代表者の方は無傷ですか。

 ほかの方々は馬から落ちていますし、腹から氷の槍が生えている方もいます。

 息のある方もいますが適切な治療を施せなければすぐに死ぬでしょうね。

「……これほどの魔法使いだったのですね」

「普段は里から出るなっていわれているんですよ。いろいろと危険だからと」

「里の皆さんの気持ちが痛いほどに理解できてしまいました。あとは左右の森に潜伏しているはずの弓兵どもですが……」

「あ、始末してはまずかったでしょうか?」

「え?」

「闇魔法の一種を使い、既に始末しています。首をかききっただけですので死体の判別はすぐにできるでしょうが……」

「既にそこまで……」

「暗視が聞く範囲にいた暗殺者は既にリンの魔弓で撃ち抜かれているはずです。騎士の皆さんは本来の役割を」

「その役割をほぼすべて持って行かれてしまったのですが……プリメーラ公女様もイネス公女様もとても強いご友人を得られたようだ」

「騎士団の皆さんには今後もおふたりを守ってもらわねばなりません。僕たちが一緒にいられるのはごくわずかな時間なのですから」

「それでも心強いです。さて、ここはお任せいたします。団長の補佐に行かなければ」

「任されました。怪我をしないでくださいね。死なない程度の怪我でしたら治療して差し上げられますがしないほうがいい」

「ええ。油断はしません。それでは」

 騎士の方が戻って行くと正面ではただひとり無傷の話しかけてきていた男と騎士団長の一騎討ちが始まりました。

 ただ、その一騎討ちも騎士団長の盾で防がれた剣はどこかへ飛んでいき、騎士団長の剣を防ごうとした相手の盾は盾ごと腕を切り落とされる結果に。

 うん、さすが里にいるドワーフたちが遠慮なしに作った装備品。

 性能がそこらの鋼など目じゃない。

 馬から転げ落ちた男は護衛騎士に取り押さえられ、傷口を応急治療だけして奥へと運ばれていきました。

 そちらの方ではほかの息のある者たちが集められて尋問が行われているようです。

 僕は一旦馬車の警護をリンと護衛騎士の方々に任せて尋問の様子を確認に来ました。

 ですが……。

「さあ! 我々を襲うように命じた首謀者を言え!」

「そのようなごど!?」

「おい!? なにがあった!?」

 尋問を受けている途中で敵の騎士たちは次々と黒い血を吐き出して死に絶えていきます。

 やはりそういう仕掛けもしてありましたか。

「おお、シント殿。これは一体……」

「ああ、単なる〝呪い〟ですよ。状況が悪くなったら呪い殺せるよう、準備してから出撃させたのでしょうね」

「〝呪い〟だと!? そんなことができるのは……」

「死んでしまえば証拠がない。これではどうにもなりません」

「くっ……どうにもできないのか……」

「どうにもできませんね。このあとはどうなさいますか?」

「……不届き者の後始末をお手伝いいただけますでしょうか? 装備品や死体の一部は我々が襲撃を受けた証拠品として持ち帰りますが、それ以外の死体はここに埋めていきます」

「わかりました。アンデッドとしてよみがえられても困りますからね。聖魔法で念入りに焼いてから土の中に引きずり込みましょう」

「……そこまでできるのですな」

「おかげでベニャトの護衛名目以外では滅多に里を出させてもらえないんですよ

「いえ、今回は味方として本当に心強い。いただいた装備も私には過分なまでに強かった」

「それくらいが必要なほどあのふたりの身辺警護は重要事ですからね。僕の里にとっても」

「我々の国の公女様たちがそこまで評価されているとは本当に嬉しい。お前たち! 証拠品を集めて再出発の準備だ!」

 証拠品集めと死体の埋葬……というか集めての破棄で時間を要しましたが日没までに公都まで駆け抜けることができました。

 それにしても、あの数の死体。

 全部で300を余裕で超えていたじゃありませんか。

 そこまでして妹を始末したかったのでしょうかね?
 公都クエスタに到着したのは日没すれすれの時間でした。

 それでも先触れが出ていたおかげか、沿道にはたくさんの市民が詰めかけています。

 公女様ふたりの馬車にぴったりとくっつきながら白馬に乗って横を歩く僕たちにも注目が集まっていますが……慣れませんね。

 人の注目を集めることなどいままで一度もありませんでしたから。

「おや、そのご様子ではこの歓迎の勢いに飲み込まれていますな」

「ええ、おかげさまで。もちろん、ふたりを守るための魔法はしっかり張り巡らせてあります」

「ふたり……公女様たちを守る魔法?」

「屋根の上からこちらを射殺そうとしている者たちが何人かいますね。そいつらは見かけ次第、足を切断し立てなくしてありますが……どうなさいますか?」

「……いや、パレード中に調べるための兵を出すのもまずい。終わったあとに調べさせよう。既に呪い殺されているだろうがな」

「同感です。そこまでしてイネス公女様とプリメーラ公女様を戻したくない理由ってなんでしょうね?」

「公太子選だ」

「〝公太子選〟?」

「そう。公王家の子供が5名以上になり、なおかつその全員が10歳以上で参加できる状況であるならば次の公王を決める公太子選を執り行うことができる。いままではイネス公女様が呪いで床に伏せっていたため開催できなかった。だが、このまま公王宮殿に戻れば公太子選が確実に実行されるだろう。そうなれば……」

「イネス公女様が次の公王に指名されてしまうと」

「そうなる。すると、サニ公女がどうわめこうと発言権はイネス公女様の方が絶対的に上。見苦しい真似をすればイネス公女様の命令でサニ公女を処分すらできるようになる。サニ公女にとって、おふたりの帰還はなんとしても阻止せねばならなかったのだ」

「間もなく、大きな門が見えますが?」

「あれが市民街から貴族街へと続くゲートだ。おそらくサニ公女のこと、なにか妨害をしているだろうが、そんな妨害どれほどの意味を持つかな?」

「はあ?」

「君たちはこのままプリメーラ公女様とイネス公女様の護衛だけを続けていてくれ。それではまた」

 実際、馬車が近づいても貴族門とやらは封鎖されたままで動きもしませんでした。

 その間に、群衆の中から飛び出してきた刺客を8人ほど足を止めて動けなくし、転がしましたが全員黒い血を吐いて死んだそうです。

 抜け目がありませんね。

 いまだに暗殺を続けようとする悪あがきをみせる不始末をしながら、貴族門を開けようともしない不届き者たち。

 そこに白い鎧の一団がやってきて僕たち一行と貴族門の守備隊の仲裁……と言うか貴族門の守備隊を一喝し、大急ぎで門を開けさせ始めました。

「申し訳ありませんでした。まさか今日到着するとは梅雨すらず」

「気にすることはない。自分たちも今日到着できるなんて想定していなかった」

「そちらの金の鎧をまとった少年少女は?」

「問題ない。プリメーラ公女様とイネス公女様が直接お願いした護衛だ」

「わかりました。そこで……事切れている暗殺者どもの検分は任せていただいても?」

「頼む。我々だけではそこまで手が回らない」

「では。全員! 街中で公女暗殺をもくろんだ愚か者どもを徹底的に調べ上げよ!」

「はっ!」

 白い鎧の一団が暗殺者どもの検分に行ってしまい、僕たち一行は貴族門を抜けます。

 彼らは一体何者だったんでしょう?

「公国騎士団も早く出てきてくれて助かった。あのままじゃ貴族門の護衛団とも一戦やらなくちゃいけないところだったからな」

「そうなんですか? さっきの白い鎧の一団が公国騎士団ですか?」

「ああ、さっきの白い鎧の一団が公国騎士団、国の命令で動き回る部隊だ。で、貴族門の護衛団は俺たちのことを偽の公女一行と決めつけて剣を抜こうとしていた。剣を抜かれてしまえばこちらも抜き返し倒すしかない。非はあちらにあっても面倒くさいことになっていただろうよ」

「……本当に邪魔ですね。いまでも暗殺者がいますし」

「貴族街でもか。そいつらは?」

「動けなくしてあるだけですが……回収する頃には死んでいるのでは?」

「だろうな。まあ、礼儀として回収はするがそれだけだ。……さて、正面に見えてきたでかい建物が公王宮殿だぞ」

 彼が指さす先を見ると確かに巨大な石造りの建物が建っていました。

 あれが公王宮殿、公王家の暮らす場所ですか。

 今回は入口もすんなり通していただけましたし、内部に入ってからは暗殺者もいなくなりました。

 それでも殺意を向けてくる者どもはいますが。

 やがて、馬車を降りるところまでたどり着くと公女様たちは馬車を降り、僕とリンにも馬を降りて護衛についてほしいということです。

 護衛騎士団の方々とも一度お別れのようですし、僕たちが守るしかないということなのでしょう。

 プリメーラ公女様も小さく頭を下げてきましたし、シエロとシエルには窮屈かもしれませんがもうしばらく馬のフリを続けていてもらいましょうか。

 イネス公女様とプリメーラ公女様に導かれて〝宮殿〟の道を案内されます。

 そこには秋の花で美しく彩られた庭園などもあり、リンを通して様子を見ているはずのローズマリーがやる気を出しそうですね。

 そんな道を歩いていると邪悪な気配を振りまく女がひとり、同じく邪悪な気配に包まれ華美な服装に身を包んだ男どもと一緒に立ち塞がっていました。

「あら、帰ったのね。プリメーラ。それで、その小娘は?」

「あら? ご自分の妹の顔もお忘れですか、サニお姉様。イネスですよ」

 なるほど、この女がサニ公女。

 僕たちを見て呪いをかけようとしていますが、その程度で神眼を破れるとでも?

「はい。お久しぶりです、サニお姉様」

「な、イネスですって!? イネスはもう死んでなければ……」

「なぜイネスが死んでいなければいけないのです? ただの呪いですよ? 優れた解呪薬さえ手に入れば治りますとも」

「そ、そんなことが!? イネスは……」

「それともイネスを呪った呪術師に心当たりでも?」

「そ、そのような者に心当たりがいるはずがないでしょう! それで、後ろの下民どもは!?」

「今回、イネスの解呪薬と治療薬などを譲ってくださったシント様とリン様です。いまは私たちの護衛も務めてくださっております」

「ふ、ふうん。それにしても、下民のくせに綺麗な装備に身を包んでいるじゃない。第一公女のこの私に献上する機会をあげるわ。喜んで差し出しなさい」

 なるほど、この女はジニにいた強欲者どもと一緒だ。

 影に潜んでいる者たちも始末したがっていますし、なんらかの理由をつけて抹殺したいですね。

「お断りします。僕とリンの装備は里のドワーフやその長が丹精込めて作った代物。他人に扱わせるつもりはないですよ。まあ、扱う事すら不可能でしょうがね」

「なんですって!? 私はこの国の後継者! 第一公女なのよ!?」

「たかがその程度、でしょう? まして、この国の後継者、立太子した者は誰もいないと公王陛下から聞いておりますが?」

「……なにを田舎者の分際が!」

 おや、僕たちに本気の呪眼を使ってきましたか。

 僕たちにそんなことをしても大丈夫なんでしょうかね?

「ぐ、ぎゃぁぁっぁあ!」

「サニ公女様!」

「一体どうされました!?」

「おや? どうかなさいましたか?」

「う、うるさい! これでお前の命は……」

「そんなことよりご自分の目を確認した方がいいですよ? 血が流れ落ちて真っ赤に染まっています。ああ、あと髪の毛も一部真っ白に染まっていますね。一体どうされました?」

「ッ!? なんですって!!」

「申し遅れました。僕はシントと申します。僕に呪いをかけようとすると数倍の力で反射してしまうようでして……なにか困ったことがございましたか? もちろん、この鎧などにも破邪の力は宿っているので呪いなどは数倍で跳ね返します」

「な……!?」

「もちろんその傷が癒えることもありません。それで、急にどうなさいましたか?」

「す、少し体調が悪くなっただけに決まっているでしょう! 行くわよ!」

「お、お待ちください! そちらには階段が……」

「え? ぎゃぁ!?」

 ああ、やはりほとんどの視力も失っていましたか。

 哀れな。

 付き添っていた男たちに先導されて階段を上りきり、宮殿の奥へと去っていく姿は本当に見ていて哀れです。

 五大精霊に聖霊までが破邪の力を込めて作った装備品たち、甘く見すぎていますね。

「あ、あの。サニお姉様はずっとあの調子なのでしょうか?」

「目からの出血は……そうですね、明日の昼には止まるでしょう。視力も多少は戻るはずです。ですが、聖霊の力を持ってかけられた破邪。どのような方法でも戻りませんし、補助具を使っても目が見えるようにはなりませんよ」

「そこまでする必要は」

「あら、イネス公女様。あれだけの破邪の力が働いたということは、それだけ強い呪いをかけようとしたということの裏返しよ? 自分の愚かな行為で身から出た錆、受け入れてもらわないと」

「でも、あのサニお姉様のことです。シント様を逆恨みしてなにか仕掛けてくるかも」

「そのときはまたお相手いたしますよ。さて、公王陛下へ帰還のあいさつをなさるのでしょう? 急がないと」

「は、はい!」

「愚か者の姉がご迷惑をおかけいたしました」

 さて、公王様に対するごあいさつですか。

 やり方は習いましたがうまくできるでしょうか?
 さて、イネス公女様とプリメーラ公女様の帰還の報告、つまり公王陛下との謁見です。

 ふたりからは不測の事態に備えて僕たちにも参加してほしいとお願いされていますし、断れません。

 控え室に行くと鎧の類いは一切外すように指示を受けたので鎧は外させていただきました。

 武器も預かるそうですが、預かりに来た方の心がどす黒い色をしていたのでサニとかいう女の手下でしょう。

 そのまま保管庫にしまい、なくなったところを見せて終了です。

 僕たちの手札を見誤ってくれれば戦いやすくもなりますからね。

 時空魔法や神眼は、本来それらを覚えているだけでもスキル消費値を使い、一般的な人の限界であるスキル限界値100の半分は使っていると誤認してくれるでしょうから。

 そう考えると、限界値を1万まで引き上げられた僕たちはなにを目指せばいいのでしょうか?

「シント様、リン様。謁見の準備が整いました。ご入場ください」

「わかりました」

「いま行くよ」

 僕のことを案内してくださる方もサニの配下ですね。

 明らかに謁見の間以外へと案内しようとしています。

 勝手に行くとしましょうか。

「……! お客様、どちらへ!?」

「だって、謁見の間ってこっちじゃない」

「サニという女の入れ知恵でしょう。でも、甘く見ているならあの女と同じ結果を招きますよ?」

「ひっ!? も、申し訳ありません! こちらでございます!」

今度は正しい道を教えてくれるようです。

 最初から無駄なあがきはしなければよいものを。

「おーい。よかった、間に合って!」

「あなたは、護衛隊の騎士団長さん」

「どうかしたの?」

「いや、君たちの元に出向いたメイドがサニ公女の一派だと聞き迎えに出たのだが……この様子だと正しい道程を案内してくれているようだな」

「最初は案内してくれませんでしたよ?」

「あの女と同じような結果を招きたくないならちゃんと案内してってお話しただけ」

「……ほとんど脅迫だな。そう言えば、君たちは神眼使いで邪心を見抜くことができ、穢れた心を持つ者は敵対者認定するのだったか。ところで、鎧は?」

「脱ぐように指示をされたので脱いでしまってきましたよ?」

「うん。それもまずかった?」

「……やられたな。君たちは護衛だ。鎧を脱ぐ必要はない。いまから装備しなおす時間はあるか?」

「武器を取り出すだけならともかく、鎧を着るのには時間がかかりますね」

「うん。ブレストアーマーとガントレットくらいならすぐつけられる構造になっているけど」

「ではそれだけでも頼む。本来ならば君たちの優美で勇壮な鎧を愚かな貴族どもにも見せつけてやりたいのだが……」

「うーん、時空魔法を使って一気に着てしまえばできますよ?」

「なに? 君たちは時空魔法まで?」

「はい。可能です。どうしましょう?」

「……わかった、全身の鎧を頼む」

「では、失礼して」

 僕は保管庫よりすべての鎧を装着状態で取り出しました。

 細かいずれはなおさなければなりませんが、全体はすぐに身につけられて便利です。

 リンも終わったようですね。

「……君たちにはいろいろと秘密がありそうだ。だが、プリメーラ公女様とイネス公女様が信頼なさっているのだ。あえて聞くまい」

「申し訳ありません。いろいろと言えないことが多くて」

「ごめんなさいね?」

「いや、そろそろ行かねば入場時間になってしまう。急ごう」

 僕たちは鎧姿になってから廊下をスタスタと歩いて行きます。

 そして、大きな門の前で騎士団長が止まると門衛の方とお話されていました。

「本当にこのような少年少女が公太女様たちの護衛を?」

「その通りだ。途中、暗殺者の軍勢をほぼひとりで全滅させた立役者でもある」

「あなたのお言葉でしたら信用いたしますが……謁見者リストにも名前は載っていますし入場をどうぞ」

 まあ、普通は信用できないでしょうし当然の結果を返されながら僕たちは入場。

 騎士団長から教わった通りの場所でひざまずき、顔をうつむかせて始まりを待ちます。

「プリメーラ公女様、イネス公女様、ご入場!」

 おふたりもいらっしゃったようですね。

 僕たちの後ろからやってきて、僕たちより前の位置で立ち止まりひざまずきました。

「オリヴァー公王陛下、ディートマー公子様、ルーファス公子様、ご入場!」

 僕たちからは見えませんが、最前列奥の方から気配が3つ出てきました。

 あれがオリヴァー公王陛下とディートマー公子様、ルーファス公子様なのでしょうか。

「一同、面を上げよ」

 オリヴァー公王陛下の命で僕たちは顔を上げます。

 すると僕たちのことを見ている中で邪悪な心をしている者は……8名ですか。

 多いですね。

 今日は上級貴族と大臣だけの集まりと聞きましたが、これだけの数が集まるとは……。

 それほどまでに〝権力〟とは人を狂わせるのでしょうか?

「よく帰ってきた、プリメーラ、イネス。話をする前に確認だ。イネス、お前の目はもう大丈夫だな?」

「はい、もちろんでございます、公王陛下」

「この場にいる者たちから不適格者を選べ」

「承知いたしました」

 場内が喧噪に包まれますが、イネス公女様は穏やかに周囲を見つめてひとり、またひとりと不適格者を指名していきます。

 人数も対象者も僕が見立てた相手とぴったり一致していますし、イネス公女様の神眼はもう十分に機能しているでしょう。

「イネス、ご苦労であった。イネスより指摘された者たち。全員この場より立ち去れ。これは公王命令である」

「なにをおっしゃいますか! 私は軍務大臣ですぞ!?」

「私は財務大臣! それを排除しようなどとはイネス公女に二心ありと……」

「くどい。すぐさまこの場を立ち去れ。さもなくば身分剥奪だ」

「くっ……」

「おのれ……」

 それぞれ怨嗟の声をあげながら退場していく者ども。

 やはり追い出して正解でしたか。

「……頭が痛いな。イネスの〝眼〟であっさりと見破れる者が軍務大臣と財務大臣とは」

「失礼ながら、国王陛下。早急に査察を入れ、不正を行っていないか調べる必要があるかと」

「そうすることにしよう。さて、本題だ。プリメーラ、イネス。よくぞ無事帰還してくれた」

「はい。暗殺者に襲われましたが欠員を出すことなく無事帰還することができました」

「300を越える暗殺部隊を王都までの森に潜ませるなんて大胆なことをする愚か者もいますわね」

 今度の発言に場内は本当に沸き立ちました。

 人数に驚いているのか欠員が出なかったことに驚いているのかは知りません。

「その……まことか? 300を越える暗殺部隊など?」

「事実です。森の中の道でしたので騎兵の数は少なかったですが歩兵や槍兵はたくさんいました」

「あとは森の中から奇襲をかけようとしていた暗殺者部隊がほとんどですね。弓兵や短剣兵は大量にいましたわよ? 最初に撃ち込まれた火矢の数も優に100を超えていた気がしていますし」

「イネスがいて嘘をつくとは考えられぬ。考えられぬが……どうやってそんな大部隊を始末した?」

「後ろにいるシント様とリン様のお力添えです。シント様は魔法で騎兵、歩兵、槍兵などの道を塞いでいた部隊を一網打尽に。リン様は森に潜んでいた弓兵や短剣兵を次々撃ち抜いていきました」

「そ、そうであったか。して、その証拠は?」

「はい。遺体は私たちの護衛隊の規模では到底持ち帰ることができません。なので、ほとんどを荼毘に伏してから地中へと埋めて参りました」

「一部の死体と装備品のほとんどは持ち帰っております。愚か者どもが手を回し、処分していなければまだ残っているのではないかと」

「近衛騎士! すぐさま娘ふたりを襲った者どもの死体と装備を確保せよ!」

「はっ!」

 騎士のひとりが駆け出していきました。

 持ち帰った証拠品には護衛騎士団の方々が付いてくれているはずですが万全とは言えないでしょうからね。

「……取り乱してすまなかった。シントとリンと言ったな。娘ふたりを守ってくれて礼を言おう。褒美を授けたいがなにか望みはあるか?」

「望み……ですか。リン、あなたは欲しいものがありますか?」

「特にないかな。プリメーラ公女様とイネス公女様だったから助けたわけだし」

「そうか。では、欲しいものができたとき誰かへ伝えてほしい。無理な要求でなければ応えるとしよう」

「ありがとうございます、公王陛下」

「ありがとうございます」

「さて、謁見はこれで終了したいところだが……ディートマー、ルーファス、なにかこの場で伝えることはあるか?」

「そうですね……お帰り、イネス」

「よく頑張ったな、イネス」

「ありがとうございます、お兄様」

「うむ。……ところで、そのドレス。デザインが我が国のものとはまったく違うのだが?」

「とある方からご紹介いただきました服飾師のドレスです」

「ええ。きついコルセットをはめなくとも元の体型が醜くなければ自然で優美な体のラインが強調されてとても気に入りましたの」

「そうか。その服飾師とやら、今回の旅に同行してはおらぬか?」

「付いてきてくださいました。こちらでもドレスを作ってくださるそうです」

「私たちふたりそれぞれに色違いやデザイン違いなど、既に100着ずつはご用意していただけたのですが……」

「それほどの服飾師、私も会ってみたい。後日紹介してくれ」

「では、そうさせていただきます」

「それでは、謁見を終了とする。皆のもの、大義であった」

 これで帰還の報告も終わりましたね。

 サニという女が出てこなかったのは……まだ出血が止まらず目が見えていないせいでしょうか?

 平和に終わってなによりです。