本当に困ったお方のようです、そのサニという人は。

 邪魔だからという理由だけで実の妹を殺そうと……いえ、既に呪い殺そうとしていましたね。

 イネス公女様に手を貸してあげたいのはやまやまですが……どうしたものか。

『さて、シント、リン。あなた方の意見を聞きましょう。イネスのことを助けてあげたい?』

「……正直助けてあげたいです」

「うん。こんないい人放っておけないよ。でも、私たちには里の守りというお役目が……」

『結構。私や里のみんなの決心も固まったわ。イネス、あなたが王都……ではない、公都になるのかしら? この国の首都に帰るまでどれくらいかかるのかしら?』

「え、あ、はい、メイヤ様。今回、歩兵は皆、孤児院の護衛に割り当てて帰ります。なので、帰りは騎兵のみ。メイドやボーイたちも馬車に乗せての帰還となります。おそらく、好天に恵まれれば1週間程度の道程かと」

『その程度なら問題ないわね。シント、リン。あなた方はイネスとプリメーラと一緒に公都へと向かい護衛を務めなさい。期間は1カ月。できれば、その間にサニだったかしら? その邪魔な人間を抹殺する口実も見つけ、公的に抹殺できると万々歳ね』

「いいのですか、メイヤ? そんなに長い間里を空けて?」

「はい。里のみんなに迷惑がかかってしまうのでは?」

『大丈夫よ。里のみんなからは了解を得たわ。不服そうなのはディーヴァとミンストレルのふたりだけ。あなた方に歌を聴かせる機会がなくなるのが寂しいそうよ』

 それは申し訳ないことを。

 ですが、いまはイネス公女様とプリメーラ公女様の方が優先ですね。

『そういうわけだから、あなた方は1カ月間ふたりの護衛に集中なさい。ふたりは……できるだけ離れてほしくないのだけれど、無理よね?』

「申し訳ありません。普段はそれぞれの離宮で暮らすことになります。日中は理由をつけてお互い同じ場所でおふたりと行動を共にできますが、夜だけは……」

『そう、夜だけはどうしようもないのね。シント、影の軍勢も力を貸すそうよ。公都まで着いたら召喚してあげて。そうすればふたりに暗殺者が放たれても守れるわ』

「あ、あの! メイヤ様、勝手なお願いですが離宮に暮らす者たちもお守りいただけませんか!? 私のことをずっと守ってくれてきた皆さんなのです! 私だけが守られても、皆が殺されてしまっては」

『……それもそうね。神眼で見抜けるほどの善人を多く集めるなどかなりの手間がかかる。それを教育するとなればもっとだわ。影の軍勢の了承も得られた、ふたりの世話をするたちも含めて全員守ってくれるそうよ』

「……よかった。ですが、里の者たちと言うことは幻獣様や精霊様ですよね? そのような方々が人のことに手を貸してくださってよろしいのでしょうか?」

『ただの気まぐれよ。私たちの里のみんなは醜いヒト族しか見てこなかった。あなた方のような善良なヒト族を見ると慈しみたいし守ってあげたくなるのよ。……それに、困った願いもほかに出ているし』

「困った願い、でございますか?」

『今回料理を教えていたのはシルキーやニンフなのよ。彼女たちが国内を転々と回り歩いて孤児院で料理を教えて回りたいそうなの。今の段階では時期尚早なのだけれど……状況が整えば許可してもらえる?』

「もちろんです! これで各孤児院の食事事情も改善いたします!」

『ではそのように伝えておくわ。彼女たちもそれまでの間に各季節の野菜でどれだけ美味しい料理ができるか確かめるでしょうし』

「はい! 是非、お願いいたします!」

『いま念話で伝えたわ。いろいろな料理を考えておくって。あと、各季節の野菜に応じたレシピも本にまとめて配るそうだから期待していて』

「……そこまで厚遇していただけるんですね」

『彼女たち、家妖精だったり泉や森、海の妖精だったりするけれど純真な人は大好きだもの。子供たちが曲がらずに成長してくれるのならば喜んで手を貸すでしょう』

「では、私もその期待に応えないと!」

『あら、立太子の覚悟は決まったの?』

「サニお姉様はまだ怖いです。ですが、プリメーラお姉様やほかのお兄様、お父様まで後押ししてくださる上、子供たちを助けるために必要ならばどんな厳しい道程でも受け入れます!」

『……その覚悟を聞いてみんな更にやる気を出したわ。あなた方の身が人程度に脅かされることはないから安心なさい』

「はい!」

「ありがとうございます、メイヤ様」

 メイヤとイネス公女様たちの話はまとまったようです。

 あとは僕たちがどう動けばいいかですね。

「イネス公女様、プリメーラ公女様。具体的にいつこの街から出発するのでしょうか?」

「2週間後を予定しておりました。問題がありましたらずらしますがどうしますか?」

「いえ、僕たちに問題はありません。ただ、僕たちには馬が……」

『馬の心配ならいらないわ。ペガサスのシエロとシエルが普通の馬に擬態できるそうだから。それに乗っていって。あと、道中の食事としてマジックバッグの中に私たちの里で作った野菜も。食事係としてシルキーやニンフたちも4人ばかり同伴するそうよ。イネス、プリメーラ、問題はある?』

「問題ありません。食事を作ってくださる方が4名増えた程度で旅に支障は出ませんから」

「それ以上に、本来であれば保存食しか食べられないような道中で新鮮なお野菜の食事ができるのです。騎士やお付きの者たちにも感謝されるでしょう」

『では決まりね。でも、それだけでは不安が募るわね。今回の護衛として付き従う騎士の数は何名? 馬の数は?』

「は、はい。護衛と馬の数は……」

 メイヤがイネス公女様から護衛の人数とその方々と馬車馬も含めた馬の数を聞き始めましたがなにをするのでしょうか?

 あまりいい予感がしません。

『よろしい。その程度の人数なら大丈夫ね。ドワーフやマインに頼んで馬具と騎士たちの装備一式純ミスリルのもので固めてもらいましょう。もちろん、軽量化などの魔法も付け加えてもらってね』

「えぇ!?」

『あとは……あなた方自身の防御力ね。シント、テイラーメイドを』

「彼女をですか? はりきりすぎません?」

『その程度で丁度いいのよ。彼女も事情は聞いているから、さあ早く』

「わかりました。テイラーメイド、来てください」

 召喚されたのは蜘蛛の下半身に上品なドレスを身にまとう女性の上半身を持った幻獣のテイラーメイド。

 普段は彼女もドレスのような服など着て歩きませんし、はりきっていますね……。

『お呼びくださりありがとうございます! さて、そちらが話にあったイネス公女様とプリメーラ公女様ですね!?』

「は、はい。イネスと申します」

「プリメーラです。あの、あなたは……」

『幻獣シルクアラクネの〝テイラーメイド〟です! ああ、人のドレスが作れるだなんて夢のよう!』

「幻獣様のドレス!?」

「そのような過分なもの、いただけません!」

『気にしないでください! 私の糸から作った私の絹で作るドレスです材料費は一切かかりません! ああ、どのようなドレスがいいんだろう……』

『テイラーメイド。はりきるのはいいですが、そこはヒト族の街。まずは擬態を』

『ああ、そうでした! ……これで大丈夫ですね!』

 テイラーメイドの下半身が普通の人の足となり、ドレスもそれにあわせて垂れ下がります。

 蜘蛛の下半身に乗っていたせいでよくわかりませんでしたが、ほっそりとした体型によく似合うシンプルなドレスだったんですね。

『靴も履いてと。ああ、声も直さないと。ヒト族のお姫様を着飾らせることができるなんて夢のようです!』

「あ、あの。私たちのドレスは状況や相手の格に応じて色やドレスの豪華さなど何着も……」

「1日10着でも20着でも仕上げてみせますとも! 染料もたくさん用意してあります! ほしいドレスやイメージなどがあればバンバンお申し付けください! もちろん幻獣産のドレスですから、布地以外の部分もただの鋼程度では傷ひとつつかないように保護されます!」

「あの、メイヤ様、シント様、リン様」

『……ごめんなさい。テイラーメイドが作りたいだけ作らせてあげて』

「テイラーメイドって僕たちが着て歩く服も全部作ってくれるのですが……」

「普段、着ないような豪華な服も結構あるんだよね……」

「……わかりました。覚悟を決めて作っていただきます」

「あ、私の服は着る人の体系に合わせてサイズが変わりますから今後しばらくは買い換えなくても平気ですからね!」

「……私の予算、余りそうです」

 ……こうなってしまったテイラーメイドは本当に止まりません。

 イネス公女様とプリメーラ公女様には申し訳ありませんが諦めていただきましょう……。