神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

 僕たち一行にシェーンさんを加えた馬車は、彼女が教えてくれた各種指定事業者を回って行きます。

 ですが……。

「ここもだめですね。認可を取り消してください」

「あ、あの……」

「わ、私どもの店になにか落ち度でも……」

「落ち度がないのでしたら明日も乗り切れるはずですよ?」

「明日……でございますか?」

「ええ、明日をお楽しみに」

 それだけ告げるとイネス公女様は馬車へと戻り、僕たちもさっさとイネス公女様たちとは別の馬車に戻ります。

 遅れてシェーンさんも戻りますが、なにがだめなのかさっぱりわかっていない様子ですね。

「あ、あの。イネス公女様は一体なにを見て判断を?」

「ああ、人の気配と嘘がないかの確認ですよ」

「人の気配と嘘がないかの確認?」

「神眼持ちは邪悪な心を持っているかどうか一目でわかります。その上でひとつふたつ質問をして嘘があればそれで終わり。それ以上、話す価値はないのでしょう」

「で、ですが……指定事業者の半分はもう回ったのに1カ所も買い物をしていないなんて……」

「それだけ不正に関わっている連中が多かったってことよ。諦めなさい」

「この分じゃ、イネス公女様は全滅させるんじゃねえか?」

「そんな……」

「次も考えなければなりませんね」

 とはいえ、次というのもなかなか……。

 結局、本当にすべての指定事業者で購入を断り、次の段階へとコマを進めるときになりました。

「シェーンさん、この街で信用できそうなお店は知りませんか?」

「その……申し訳ありません。指定事業者は少なくとも今の部長になったあと、ずっと変わったことがないらしく」

「それで、不正の温床ですか。嘆かわしい」

「申し訳ありません……」

「いえ、あなたを責めているわけではありません。でも、どうしましょう。プリメーラお姉様、なにかお考えはないでしょうか?」

「私もこの街のことはあまり詳しくありません。シント様方で信用できそうなお店はご存じありませんか?」

 信用できそうな店……。

 うーん、服や毛布を買えるようなお店は心当たりが……。

 ああ、でも、あの人なら顔が広そうです。

「お店は知りませんが善良なお店を知っていそうな方には心当たりがあります。それでよろしいですか?」

「それでも構いません。ご案内いただけますか?」

「ええ。ただ、行くのは種苗店ですから多少のご無礼は多めに見てください」

「気にしません。参りましょう」

 公女様たちの馬車の馭者席に乗り道を教えながらやってきたのは1店の種苗店。

 さて、店主は今日いらっしゃいますでしょうか?

「女将さん、いらっしゃいますか?」

「ああ、いるよ。久しぶりだね、シント、リン、ベニャト。秋野菜の種苗を買っていくかい?」

「それはまた後日。今日はとある方々のご案内です」

「とある方々? ……その馬車の紋章は公王家の紋章」

「始めまして、第二公女プリメーラと申します」

「初めまして第三公女イネスです。失礼ですがあなたのお名前は?」

「ん、ああ。女将で十分さ。ところで、イネス様。あんた、病で寝込んでたんじゃなかったのかい? 元気になって出歩けているのはシントたちのせいだね?」

「え、いや、その」

「まあ、深くは追求しないさ。ババアの戯れ言だとでも考えとくれ。それで、今日は何のご用でしょうか?」

 女将さんはイネス公女様に話しかけますが、イネス公女様は完全に女将さんの雰囲気に飲まれてしまっています。

 大丈夫でしょうか?

「あ、はい。孤児院に配布する冬用の衣服や毛布の確保をしたいのですが……」

「ああ、なるほど。いまの指定事業者どもは部長と結託して中抜きを行い、品質の悪いものを高く売りつける連中ばかりだからね」

「……やはりそうだったのですか?」

「その様子だと薄々気がついていたようだね。理由は聞かないでおいてやるが表情や言葉に出さないように気をつけな。それじゃ、本題に戻ろうか。孤児院の衣服と毛布ってことは数も大量、質もそれなりが望ましいだろう?」

「はい。それが望ましいのですが、そのように都合のいいお店は……」

「あるから地図を持ってきてやる。ただ、今日一日で全員分揃うかどうかは怪しいから足りなかったら発注をかけてもらって早めに納品してもらいな」

「え? そんなお店がどこに……」

「下町にもお店はそれなりにあるんだよ。ともかくちょっと待ってな」

 女将さんは店の奥に引っ込んでいくと、地図を持って出てきました。

 その地図には何カ所も丸がつけられています。

「こいつが古着屋と毛布を取り扱っている店の地図だ。どっちか片方しか取り扱っていない店も多いし大店から納品を断られた二流品が主だが孤児院で使う分には十分だろうよ」

「女将さん。二流品とは?」

「ん? 仕立て直してもいまいち綺麗にならなかった服や毛布として端のほうにほつれがあったりとかそう言う品だよ。綺麗な服じゃないのは我慢してもらうしかないけど、毛布のほつれは自分たちで直せるだろう? その程度の手間で安く大量に品物が手に入るんだ。有効活用しな」

「ありがとうございます。助かります」

「こっちとしても助かるよ。下町のそういう店じゃやっぱり売り上げも少ないからね。今回はそっちで我慢しておくれ。……それと、シントたちも手出しするのは今回だけにしておきなよ?」

「……僕たちの差し金だと言うことまでばれていましたか」

「公女様とは言え、ひとつの街で特別大きな福祉事業をしちまえばほかの街で不満が出るからね。行きずりのあんたらの名前が使えなかったことは理解している。だだ、今回は〝イネス様がこの街で薬を手に入れることができた感謝の証〟って名目にしな。そうすりゃ、ほかの街からの不満も少しは出ないだろうさ」

「助言までいただき感謝します」

「気にしないどくれ。孫を近々持つ身として若い者へのお節介さ。さあ、さっさとその地図の場所を周りな。下町巡りだから想像以上に時間がかかるよ」

「はい。ありがとうございました」

「ああ、じゃあね。シントたちも秋野菜の準備はできてるから近々買いにきておくれ」

 それだけ言い残して店の中に戻って行く女将さん。

 公女様たちの馭者は女将さんの地図を確認し、最適なルートを割り出すのに必死です。

 何せ、本当に下町巡り。

 馬車が通れるか怪しい細い道も多いですからね

 やがて道の選定が決まったのか地図を持って馭者席に戻ると、僕たちもそれぞれの馬車に戻り出発です。

 そして女将さんの教えてくれた1件目のお店に来たのですが……。

「これが……二級品の古着?」

「ん? そのバッジ、行政庁のやつだろう? ここに置いてあるのは全部大きな通りの古着屋で買い取ってもらえなかった古着ばかりだよ」

「え、でも……いままで孤児院に渡していた服よりも質がいい……」

「ああ、孤児院運営部の人間か。あそこの室長は腐ってやがる。業者と癒着してぎりぎり服になっている程度の古着を高値で買い取って差額を自分の懐に収めてやがるんだよ。下町の古着屋界隈じゃ有名な話さ」

「……私、そんなことも知らなかったんだ」

「気にすんな。それで、孤児院運営部の人間がこんな下町の古着屋まで来てどうするんだ?」

「ああ、それなら私が説明いたします」

「あんたは?」

「クエスタ公国第三公女イネスと申します。今回、とある理由からこの街の孤児院に寄付をすることになりました。それで、指定事業者となっている古着屋や雑貨屋を見て回ったんですが……」

「へえ、第三公女様は目利きもできるか」

「はい。店主が信用ならない人間でしたのですべてお断りしてきました」

「そりゃあいい。それで、こんな下町にある古着屋まで来た目的は?」

「種苗店の女将という方からのご推薦です。このお店ならいい古着が手に入るだろうと」

「……なるほど、女将からの推薦か。この時期で古着っていうことは冬物だな? あまり並べていないが店の裏に在庫としてもう仕入れてある。見ていくかい?」

「ええ、喜んで」

「じゃあ、ついてきな。そんで、お眼鏡にかなったら全部買い取ってくれても構わないぜ。割引もする」

「買い取るのは構いませんが割引には応じられません。あなたにはあなたの生活があるでしょう?」

「孤児院のガキどもに配るんだろう? 俺らもなんとかしたかったんだがなにもできなくて歯がゆい思いをしていたんだよ。折れちゃもらえないか?」

「だめです。もしその気があるなら春物を仕入れに来たときも買えるようにしてください」

「その程度でいいなら喜んで。……これが、うちで仕入れた冬物の古着だ。古めかしいデザインのもんが多いが寒さ対策は万全だぜ?」

「……確かに温かそうですね。シェーンさん、いかがです?」

「はい! これなら子供たちも喜んで受け入れてくれます!」

「ならよかった。古着の搬送用に荷馬車とかはあるのかい?」

「……ああ、申し訳ありません。用意していませんでした」

「じゃあ、こいつらは売らずにとっておく。代金も売るときに引き換えだ。文句はないよな?」

「店主さんがそれでいいのでしたら」

「俺は一向に構わんしその方が助かる。このほかにも店を回るんだろう? 女将さんの名前を最初にだしな。あの人にはいろんな連中が大なり小なり世話になってる。その女将さんの推薦で街の孤児院のために自分たちの仕入れた品が売れるんなら喜んで売ると思うぜ」

「では今回の買い物、女将さんの名前を活用させていただきましょう」

「そうしてくれ。じゃあ、なるべく早いうちに服は引き取りに来てくれよ。冬になっちまってガキどもが凍えてからじゃ遅いからよ」

「明日には荷馬車を用意して受け取りに参ります」

「ああ、待ってるぜ」

 その後のお店でも最初はいぶかしがられましたが、女将さんの名前を出すと納得されてお店の商品をすべて見せてくれました。

 すべての店を回っても足りなかったら問屋から確保すると言ってくれた店も多く、シェーンさんは涙ぐんでましたね。

 ……それにしても、あの女将さんって何者でしょう?
 その日、確保できた冬服は人数分に届かなかったそうです。

 そちらは各古着屋に発注して替えの分も含め各古着屋に均等となるよう発注したようでした。

 利益が集中するのはよくないらしいですからね。

 毛布は人数分確保できたため、明日受け取りにいきそのまま配るらしいです。

 そしてそのとき僕たちも一緒に来るよう頼まれたのですが……困りましたね。

「え? シント様たちは今日中に帰らなければいけないのですか?」

 イネス公女様には申し訳ないのですがその通りなんですよね。

「はい。元々、日帰りの約束でしたから」

「ごめんね。勝手に予定を変えるといろんな仲間に心配をかけちゃうの」

「結果は見届けてやりてえんだがよ……こればっかりは俺たちの一存じゃどうにもな……」

 はい、シエロとシエルも待っていますし、もう夕暮れ時。

 いい加減、街の外に出なければ飛び込んでくるかもしれません。

 再三、念話で無事を伝えているのですが、やはりヒト族の街というのが不安なのでしょう。

「イネス、あまり無理を言わないように。シント様方もいろいろと都合が終わりなのですから」

「……わかりました。プリメーラお姉様」

 事情を知っているプリメーラ公女様のおかげでことなきを得たようです。

 あとは帰るだけ……。

「でも、また明日来ることができるようなら来てください! 街門のところに使いを出しておきます!」

「イネス……」

 イネス公女様も諦めの悪い……いえ、自分だけでは心細いのかもしれません。

 できるかどうかわかりませんが答えておきましょうか。

「来ることができるかどうかは本当にわかりませんよ?」

「うん。里長の判断になっちゃうから」

「俺は……許されるかなぁ? ただの職人で通してるから」

「でも、待っています! 皆さんに立派な姿を見てもらいたいんです!」

 なるほど、自分も頑張ればできるところも見てほしいと。

 帰ったらメイヤに相談ですね。

「本当に来られるかわかりませんからね?」

「だめだったら私たちの代わりにしっかりお仕事をしてよ?」

「頑張りな。今日一日しっかり仕事をしてみせたんだからよ」

「はい!」

 元気になったイネス公女様に見送られ、ホテルを出て街の外へ。

 透明化したあとはペガサスのシエロとシエルに乗って神樹の里まで戻りました。

 既に日が落ちてますのでディーヴァとミンストレルは夕食を済ませ、家に戻っているようですね。

『お帰り。今日はなかなかの大冒険だったみたいね』

「そうなります。意外なところで人助けの旅になってしまいました」

「問題だったでしょうか、メイヤ様?」

「悪いつもりはなかったんだが……ヒト族を助けたことで幻獣様たちの反感を買ったりしねえか?」

『それなら心配ないわ。姿を消してあなた方を見ていたウィンディから逐次報告が来ていたもの。みんな〝ジニの者たちを助けることは許せないが他国の幼子まで憎むことはできない〟って意見で一致しているわよ。できることなら自分たちが助けに行ってあげていって言い出している者たちもいるわ』

「助けに行きたい?」

『シルキーやニンフたちよ。彼女たちは人型だし、完全な人間に化ける事だってできるわ。子供たちが苦しんでいると聞いてなにかできることはないかって私のところに聞きに来る程よ』

「それは……いいことなのでしょうか?」

『神域のことがばれるのはまずいけれど、そうでなければ可能な範囲で助けてあげてもいいのではないかしら? 明日もお呼ばれしているのでしょう? 私の分体……力と意識、姿だけを共有している分け身とニンフ、シルキーの代表者1名ずつを連れて行ってみなさい。それで、あの街の子供たちが本当に助ける価値があるのか見極めましょう』

「ありがとう、メイヤ」

「助かります、メイヤ様」

「俺も同行していいのでしょうか、メイヤ様?」

『ベニャトも来なさい。あなたがいた方が話は早そうだわ』

「では遠慮なく。あの街の孤児がどうなっているのか心配でよ」

『ジニの民には〝幻獣たちに手を出した愚かな国の末期〟として滅びてもらわなければいけないけれど、それ以外の国だったら問題ないはずよ。みんな受け入れているしね』

「では明朝、みんなを連れて出発ですね」

『そうしましょう。あなた方も夕食を済ませて温泉につかったら早く寝なさい』

「そうさせていただきます、メイヤ様」

 翌日、メイヤと完全な人間に化けたシルキーとニンフの代表者を連れてフロレンシオに向かいます。

 そこの門の前ではプリメーラ公女様とイネス公女様の護衛隊の装備に身を固めた方がおふたり待っていてくれました。

 話が早く済みそうですね。

「おお、シント様方。本当に来てくれたのですね! 後ろの女性3名は?」

「シントが住む里の里長メイヤです」

 今回はメイヤも人に化けるためいつもの脳に響き渡るような声ではなく普通の声で話しています。

 同じようにシルキーやニンフも人の言葉で話しかけ、入街の許可を求めました。

「そうですか。シント様の里長様とそのお仲間が直々に……さすがに私たちの一存では決めかねますのでプリメーラ公女様とイネス公女様に確認を取って参ります。街の外でお待たせするのは申し訳ありませんが……」

「お気になさらず。私たちは田舎の里暮らしで立ち仕事にも慣れていますから」

「本当に申し訳ありません。すぐに戻って参ります。それでは」

 護衛隊の方は馬に乗り、街の中へと駆け出していきました。

 取り残された僕たちはというと……一緒についてきたエアリアルから報告を受けています。

『メイヤ様、契約者、守護者。プリメーラ公女という方とイネス公女という方はひとりの女性と一緒に毛布を荷馬車に積み回っております』

『へえ、こんな朝から。シントたちが見込んだだけあってしっかりとした権力者だわ』

『はい。ああ、門から来たと思われる人間が合流いたしました。その知らせを聞き、慌てて馬車の中へと戻って行きましたね。馬車は……そちらに向かっているようです』

『あら。仕事の邪魔をしてしまったかしら』

『かもしれません。もう少し遅く着いても大丈夫だったかと』

『着いてしまったものは仕方がないわ。失礼のないようにごあいさついたしましょう』

『メイヤ様がヒト族に詫びるのですか?』

『聖霊だって不手際があればヒト族に謝らなければならないのよ。それで、どのくらいで着きそう?』

『あと、2カ所ほど小道を曲がったところで大通りに入ります。豪華な馬車なのでそれで見分けがつくかと』

『わかったわ。エアリアルたちは引き続きフロレンシオの観察を続けてちょうだい。どんな街かを見定めるためにね』

『かしこまりました、メイヤ様』

 エアリアルからの報告を受けて少し、確かにプリメーラ公女様とイネス公女様の馬車が大通りへと入ってきました。

 そのまま街門までやってきて、僕たち一行の前で止まりふたりが降りてきます。

「お待たせいたしました。まさか、シント様の里長まで出向いてくださるだなんて……」

「正直驚きました。シント様、里長様はなぜ?」

「ああ、それは私の方から説明するわ。私は隠れ里の里長、メイヤ。昨日はシントたちがいろいろしたようだけど迷惑はかけなかった?」

「ご迷惑だなんて!」

「落ち着きなさい、イネス。ご迷惑など受けておりません。むしろ、こちらがお詫びと感謝をお伝えせねばならない立場でございます」

「そう。私はシントに渡してあった薬をシントの意思で使っただけだからお詫びを受ける理由も感謝される理由もないわ。それに、お金だって元を正せばベニャトの稼いだお金だから気にしていない。むしろ、そのお金で半日走り回せてしまったこちらが詫びるべきね。申し訳なかったわ」

「いえ、あのお金でたくさんの孤児が助かります!」

「ならいいのだけど。それで今日伺った用件なのだけれど、私たちも孤児院を訪れる際に同行して構わないかしら? 場合によっては隠れ里ではあるけれどいろいろ協力できるかも」

「よろしいのですか?」

「構わないですよ、イネス公女様。孤児たちが善良であるならば助けてあげたいのが私たちの願いです」

「……本当です。よろしくお願いいたします」

「ふふ。イネス公女様、そんな言葉を漏らしては自分が神眼持ちと言いふらして歩いているものですよ? 真実かどうかは心の内だけにとどめておきなさい」

「え!? あ、はい」

「では参りましょうか。ああ、でも私たち、全員歩きなのよね……」

「それでしたらご心配なく。いま、皆様の馬車もご用意させていただいています」

「助かるわ。準備ができたら出発しましょうね」

 メイヤや妖精たちを連れての孤児院訪問。

 子供たちってどのような感じなのでしょうか?
 僕たちが乗る馬車も到着し、毛布集めも終わったと言うことでひとつ目の孤児院へと向かいました。

 途中から同乗することになったシェーンさんの話によると、この街の孤児院は全部で14カ所もあり人数もそれに応じただけの数がいるそうです。

 その話を聞いてメイヤやニンフ、シルキーたちは顔をしかめましたね。

 やはりこの街の規模と比較してもこの数が多すぎるということなのでしょう。

 ともかく最初の孤児院に向かうとそこで、ひとりの女性が待っていました。

 先に馬車を降りたシェーンさんの話によると、その方がこの孤児院の院長らしいです。

 神眼で見た限りでも善良な方のようですし問題ありませんね。

「初めまして、公女様方。私はこの子自院の院長ミケと申します」

「私はクエスタ公国第三公女イネス。今回の孤児院支援の立案者です」

「はて、立案者?」

「名目上は私からの支援ですが実際に資金を出してくださったのはあちらにいるシント様方です。彼らは国外の人間で個人。かなり大規模な支援となるため私が名目上の支援者となりました」

「あ、あの、イネス公女様。そのようなことを堂々と宣言されては……」

「嘘を述べて私の功績とする理由はありません。それで、この孤児院の人数は何人でしょう?」

「は、はい。定員丁度の50人です。この街では……」

「孤児院の運営状況も孤児院運営部のシェーンから聞きました。昨日、孤児院運営部に査察を入れ、孤児院の運営に回さねばならなかった資金を着服していた者たちも捕らえてあります。彼らと癒着して資金をかすめ取り悪質な品しか渡さなかった商人たちも今日査察が入っています。この先は多少ですが運営状況が改善できますよ」

「本当でございますか!?」

「本当です。そして、それとは別にシント様たちからの支援として冬用の毛布と服数着を各孤児院の子供全員に配ることが可能となりました。毛布には多少ほつれがありますが直せますか?」

「多少のほつれくらいでしたらいくらでも! 子供たちにも服を修繕するための裁縫は習わせております!」

「それはよかった。毛布はどこに運び込めば?」

「そうですね……一度1階の食堂に運んでいただけますでしょうか? そこからは子供たち自身で自分たちの寝床まで運ばせます」

「わかりました。聞きましたね、50名分の毛布を食堂まで運びなさい」

 イネス公女様は指示を出し、護衛兵の中で数人が毛布を運び始めました。

 その光景を見て、庭を駆け回っていた子供たちも不思議そうにこちらを見つめています。

「院長、子供たち全員を食堂へ集めていただけますか? 毛布と冬服についての話をしなければなりません」

「はい! すぐに!」

 院長が建物の中に戻っていくと別の方が外に出てきて子供たちを集め始めました。

 それにあわせてイネス公女様とプリメーラ公女様は僕たちにも食堂に来るよう指示を出され、自分たちもまた食堂へと入っていきます。

 そして、50人の子供たち全員が揃ったところでイネス公女様が今回の支援について説明を始めました。

「……というわけで、今年の冬は暖かく過ごせるからね? 服のサイズはいろいろ集めているけれどデザインまではどうにもできないの。そこだけは許してね?」

「本当に暖かい服で過ごせるの?」

「ええ。街の古着屋さんたちに声をかけてみんなの服を着替え分も含めて数着分ずつ集めていただいているわ」

「そこの毛布ももらっていいの?」

「もちろん。今日からこの毛布はあなたたちのものよ。ただ、端の方にほつれがあるから直してから使ってね」

「そんなの気にしない! ありがとう、お姉ちゃん!」

「どういたしまして。シント様方からはなにかありますか?」

 僕たちからですか……僕はないのですが。

 そう考えていたらメイヤが動き始めました。

 なにをするつもりでしょう?

「あなたたちとってもいい子ね。お姉さんからも少しだけどプレゼントをあげるわ」

「プレゼント?」

「ええ。甘い果物よ。人数分あるから取りに来て。ただし、ひとり1個ね?」

「うん!」

 メイヤのその宣言に子供たちがメイヤに群がり始めました。

 メイヤは腰のバッグから取り出しているように見せかけていますが……その場で作り出していますね?

 神樹の木の実を与えてどうするつもりでしょう?

 メイヤのことですし悪いようにはなるはずもないですが……あれ?

 背の高い子供たちは取りに来ていませんね。

 背の高さから言って僕とほぼ同年代でしょうか?

「あら? あなたたちは食べないの?」

「俺たちはいい。俺たちの分もそいつらに分け与えてくれないか?」

「それは困るわね。みんなに1個ずつ分けるって約束だもの。あなた方が受け取って食べなくてもこの子たちにあげるのは1個だけよ」

「……じゃあ、俺たちが受け取ってそいつらに食わせるのは?」

「それもだめ。ちゃんとあなた方が食べなさい」

「でもな……イネス公女様の説明だとほかの孤児院も回るんだろう? 途中でその果物がなくなっちまったら……」

「大丈夫よ。このバッグはマジックバッグだもの。果物はたくさん詰めてきてあるわ。だからあなた方も食べなさい。年長者にねだるのはよくないけれど、あなた方はまだ子供の範囲でしょう? それなら大人の言葉に甘えなさいな」

「……わかった。1個だけなんだよな」

「ええ、1個だけよ。申し訳ないけれどそれで我慢してね」

「ああ……うまいな、この果物」

「私の里、特別製の果物だからね。風邪とか病気にかかりにくくなるおまじないも込めてあるわ」

「……なるほど。それで俺たち年長者にも食えってことか。俺たちが病気になって年下連中にうつしても悪いからな。ありがとう、おまじない程度でも助かるよ」

「どういたしまして。年長者なら小さい子供たちのお手本となるよう、しっかりしたところを見せてあげなさい」

「もちろん。果物なんて年に1回差し入れで食べさせてもらえるかどうかの貴重品だからな。こいつらに配ってくれて感謝する」

「気にしないで。年上のお節介だもの」

「そうしておくよ。おい、果物を食べ終わったやつから毛布を自分のベッドまで運ぶぞ! 重たいやつは俺たちが運んでやるから気にせず言え!」

 もらった果物を食べ終わった子供たちは早速毛布を運び始めました。

 運ぶのが大変そうな子供たちは年長者がしっかり補助をしてあげています。

 ここの孤児院は大丈夫そうですね。

 最後はイネス公女様が院長にあいさつをするようです。

「それでは院長。子供たちの服集めが終わり次第、また訪れます。それまでの間、子供たちをよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ冬用の毛布だけでなく貴重な果物まで分けてくださり……」

 おや、メイヤにまで飛び火しましたか。

「あら、私の里では普通の果物ですから。子供たちも喜んでくれたようですし、本当によかったです」

「果物なんて本当に年1回でも食べさせてあげることができれば贅沢な品物です。本当にありがとうございました」

「いえいえ。ところで、イネス公女様。孤児院の会計監査は行わないのですか?」

「……問題はないと信じたいですが行いましょう。その上で無駄な支出がないか確認を。適切な予算配分ができるようになれば、院長を初めとした孤児院関係者や子供たちの生活が楽になるかもしれません」

「是非そうしていただければ。私たちもお金の使い方は長年の経験と勘頼みですので」

「では文官たちの手が空き次第、孤児院の会計検査もしてもらいましょう。文官たちなら適切なお金の使い方も心得ているはずです」

「何卒よろしくお願いいたします」

 最初の孤児院はこれで終了。

 そのあとの孤児院でも定員一杯のところが多く、空きがあっても数名程度。

 孤児院関係者で邪な心を持っている方が見当たらなかったのは救いですが、これではお金が足りないでしょう。

 最後の方の孤児院でようやく10人以上の空きがある程の混み具合なんですから。

「シェーンさんと言ったかしら。この街の孤児院は毎年このような状況なの?」

 メイヤが馬車に同乗している孤児院運営部のシェーンさんに現状を聞きましたが、彼女は悔しそうに言葉を紡ぎます。

「……恥ずかしながら。私が知っている3年間ではずっとこの状況です。不正会計の問題が消えた以上、多少の余裕は出るでしょうが孤児の数は600人近くいます。どこまで救えるかどうか」

「どうしてここまで孤児が多いのかしら? シントたちからは国外からこの街に来て子供を捨てていく者がいるとは聞いたけれど。それでも多すぎやしない?」

「行商や隊商、その護衛などに出て帰ってこない親が多いんです。どこかで死んだのかそれとも子供を捨てて別の街に定住したのか。それを調べる方法がない以上、私たちにできるのは孤児となった子供が浮浪児へなる前に孤児院で保護するだけなんです」

「……なるほど。親が身勝手なのか、死んでしまったのかもわからない。だから、子供が飢えたり犯罪者になったりする前に引き取っていると」

「そうなります。それが限界なんです」

 シェーンさんも苦しそうです。

 話が終わったことを確認したメイヤはシルキーとニンフの代表者に確認を取り始めました。

「……どう思う?」

「私は手伝いたいです、メイヤ様」

「私もです」

 シルキーとニンフの代表者は賛成ですか。

 彼女たちは僕やリンにも優しいですからね。

 自分たちを害しようとしたわけではないのに貧しく暮らしている子供たちを見捨てられないのでしょう。

「シント、リン、ベニャト。あなたたちの意見は?」

「賛成です」

「助けてあげられるなら」

「少しでも手助けしてやりてえな」

「じゃあ、決まりね」

「え、なにを?」

 シェーンさんを置き去りに僕たちの間ではあることが決定いたしました。

 今回もイネス公女様かプリメーラ公女様のお名前を借りなければいけませんが……子供たちのため、説得してみせましょう。
 プリメーラ公女様とイネス公女様が今日の結果を報告するためフロレンシオ行政庁に立ち寄ったとき、僕たちも話があるので立ち会ってほしいと伝えさせていただきました。

 シントやメイヤ個人ではなく〝里〟として話があると。

 僕たちの正体を知っているプリメーラ公女様はとても驚いていますね。

 人の街のこと、それも他国の街のことに神域が関係しようとしてきているのですから。

 イネス公女様は僕たちのことを知らないので理解ができていないでしょうが、それが普通で当たり前、このまま黙っています。

「イネス公女様。本日は孤児院の視察と毛布の配布をしていただき……」

「たいした話ではありません、長官。それ以前に孤児院運営部で起きていた大きな不祥事、あちらの責任はどうお考えで?」

「はっ……それについては……」

「答えられませんか。年下だと考え甘く見ているのなら容赦しませんよ?」

「い、いえ! 私の報酬より今後数年かけてあの者たちが着服していた金額を孤児院運営部に補填いたします!」

「そうですか。それで手打ちとしましょう。では、愚か者たちの処遇は?」

「部長については私財没収と市民証剥奪の上で街から永久追放。それ以外に着服していた者どもについては着服金額に応じた罰金を科し、支払えなければ街で強制労働を行わせる考えです」

「……お姉様、この処分は適当なのでしょうか?」

「イネスではまだ判断が難しいでしょうね。では、私が補佐として。部長の処分は国外追放としなさい。いい見せしめです。着服者たちで支払えない者は1年以内に返還できなければ国が買い取ります。国の犯罪者として無期限の強制労働といたしましょう」

「そ、それは……」

「それから、孤児院運営部への補填。それも3年以内に完結させなさい。無論、あなたの年給を上げることは禁じます。あなたの身柄は国の監視下とさせていただきますので御覚悟を」

「は、はい……」

「それから申し訳ありませんが、フロレンシオ行政庁すべての部署に国の会計監査を入れさせていただきましょう。不正があれば同様の処分を国として執行いたします。そして、国からの監査が入ることを漏洩した場合も国外追放。長官もシェーンもいいですね?」

「は、はい!」

「わかりました!」

 さすがはプリメーラ公女様、お厳しいお方です。

 これでフロレンシオの街が少しでも住みやすくなればいいのですが。

「それで、孤児院運営部の次の部長は誰が?」

「その……申し訳ありません、プリメーラ公女様。さすがに1日では……」

「そうですか。それではシェーン。しばらくの間はあなたが代行なさい」

「私がですか!?」

「孤児院運営部でイネスが真っ先に問題ないと判断したのはあなたです。ほかの部員には私からの命令として部長代行を務めさせることを告げましょう。いかがです? 孤児院の運営管理を改善するにはもってこいのポストですよ?」

「そ、そうですが……私は入庁3年の……」

「イネスが選んだ人材です。私もイネスもイネスの療養のためにしばらくはこの街を離れません。その間、毎日様子を見に来て差し上げましょう。本当に優秀な人材であればそのまま部長の椅子はあなたに差し上げます。孤児院の子供たちのためです。いいですね?」

「子供たちのため……はい! できる限りやってみせます!」

 プリメーラ公女様は人をその気にさせるのもお上手です。

 シェーンさんはこれから大変でしょうが、がんばてもらいたいものですね。

「よろしい。イネス、もう少しだけ補佐として代行してもいいかしら?」

「構いません、プリメーラお姉様。やはり私では処罰や登用は経験不足でした」

「そこも含めて勉強しなさい。さて、先ほどメイヤ様よりある支援の話をいただきました。この話は知るものが少なければ少ないほど都合がいいもの。長官、あなたはこの場から立ち去りなさい。残りはシェーン孤児院運営部部長代理と話を詰めます」

「は、はい……」

 力なく長官さんは出て行きましたが諦めていただきましょう。

 本当にここからの話は知る人が少ないほど都合のいい話なんですから。

「……さて、邪魔者も退席しましたし話の続きです。メイヤ様を始めシント様たちはとある隠れ里の住人です。そこから孤児院へ支援の話を持ち出してくださいました」

「支援のお話……ですか?」

「はい。ここから先の話はメイヤ様から。あと、私たちの代表はイネスに戻します。いいですね、イネス」

「はい、プリメーラお姉様。メイヤ様、孤児院への支援とはなんでしょうか?」

「ああ、それね。私たちの里から定期的に食料をすべての孤児院に分けてあげようと思って。もっとも、私たちの里で採れるものは野菜と果物だけなんだけれど」

 メイヤのその発言に驚いているのはイネス公女様とシェーンさん。

 600人いる孤児に食料を支援しようだなんて夢物語ですよね、普通は。

 僕たちのことを知っているプリメーラ公女様は平然としていらっしゃいますが。

「あ、あの。すべての孤児院って600人規模ですよ? それだけの食料を集められる、それも定期的に?」

「ええ、野菜と果物だけならその規模の食料を定期的に持ってきてあげる。条件はひとつ、私たちの里のことを漏らさずにイネス公女様かプリメーラ公女様からの支援だと偽り続けて」

「メイヤ様! そんな功績をいただくわけには参りません!」

 イネス公女様が慌てていますがメイヤは平然としています。

 この程度想定済みですからね。

「そう? あなたが少し迷惑を受けるだけでこの街の子供たちが救われるのよ? 悪い取引ではないと思うのだけど」

「でも、そんなことしてもいつかはばれて……」

「この国って冬でも野菜が収穫できるわよね? その種を分けてちょうだい。そうすれば、春夏秋冬すべての季節に合わせた野菜のみを持ってきてあげる。果物は……旬のものだけになるから、かわいそうだけど食べられない時期は我慢してもらいましょう」

「ええと、種の用意はできます。できますが、いまから育てても……」

 今度はシェーンさんですか。

 確かに理屈上は間に合いませんよね、理屈上は。

「間に合わせるわよ。そういう隠れ里だもの、私の里は」

「……本当にそれで子供たちが助かるんですね?」

「少なくとも定期的に食事を作りに来てあげる。食材も野菜だけなら残して行ってあげるわ。あとは、孤児院運営部だったかしら? そこと各孤児院の手腕次第よ」

「……わかりました。孤児院運営部として、その話受けさせてください」

「いいわ。あとは……この場合、イネス公女様になるのかしら。私たちの隠れ蓑になり続けてもらえる?」

「……はい、引き受けます。ただ、私からもひとつお願いが」

「聞けるお願いと聞けないお願いがあるけれど……なに?」

「この国のほかの街にある孤児院にも食料を分けていただけませんか? この街だけでやってしまうと怪しまれてしまいます」

「……なるほど。確かにそれもそうよね。供給できる量に限りはあるけれどそれでもいいなら。この街以外は1カ月3000人分を限度にしましょう。私たちの里にはマジックバッグを作れる職人もいるから運ぶときの重さや腐敗なんかは気にしなくても平気よ。ただ、悪人には渡さないことが条件だけれど」

「そちらは私が責任を持って見定めます。わがままを聞いていただきありがとうございました」

「こちらこそ。これからは子供たちを守るため、仲良くやっていきましょう?」

「ありがとうございます、メイヤ様」

「ありがとうございます、メイヤさん、皆さん」

 このあとの打ち合わせで最初の支援は半月後と決まりました。

 メイヤがこっそり教えてくれた話では、既に野良仕事のできる仲間たちが畑を作り野菜を育てる準備を始めているそうです。

 あと、半月後にはプリメーラ公女様とイネス公女様のお父様、つまり公王陛下もこの街に来ているはずらしいとのこと。

 メイヤもごあいさつしたいと言い出し始め……これ、絶対聖霊ってばれますよね?

 プリメーラ公女様も神域の関係者に知り合いがいるって言ってましたし。
 プリメーラ公女様とイネス公女様のふたりと分かれて半月が経ちました。

 里では大量の秋野菜が生産され、3600人あまりどころか6000人分くらいの野菜が、それもそれぞれ半月分以上準備されています。

 メイヤはこれをどうしたいのでしょうね?

 マインはそれぞれを詰め込むためのマジックバッグを喜々として大量生産してましたし、なにがなんだか。

 それでいて、僕とリン、ディーヴァ、ミンストレルにはほとんど野良仕事を手伝わせてくれないのですから大概です。

 僕たちそんなに邪魔ですか?

 いや、彼らの栽培や収穫方法を見ているとヒト族の僕たちでは邪魔なのが理解できてしまうんですが……。

『さて、大量の野菜とフロレンシオの孤児院に配る程度の果物は持ったし、フロレンシオに向かいましょうか』

「構いませんが……今回はシルキーやニンフたちがほぼ総動員ですか?」

『彼女たちもやっぱり罪を犯していない子供は見捨てられないのよ。里長として各孤児院での料理係として連れて行くから問題ないでしょう』

「目立ちますよ? メイヤ様……」

『少しくらい気にしない。みんなもシントやリンと契約を結んだ訳だしあちらに着いたら見えない場所で召喚してあげて。透明化したまま召喚に応じるくらい朝飯前だから』

「わかりました。ベニャト、アクセサリーの準備は?」

「できてるぜ。ミスリルのアクセサリーも用意したが……そっちは状況次第だな」

「では参りましょうか」

『ええ、私もすぐに分体を用意するわ』

 こうして半月ぶりにフロレンシオへと向かい、人目につかないところでシルキーやニンフたちを召喚、ぞろぞろとフロレンシオへと歩いて行きます。

 フロレンシオの前では……おや?

 いつもの護衛兵の方より立派な身なりをした方がいらっしゃいました。

 装備がこの街の衛兵とはまったく違いますし、どこの方でしょう?

「……ん? あなた方がシント殿とメイヤ様か?」

「ええ、私が里長のメイヤ。あなたは?」

「国王陛下の命であなた方のお迎えに来ていたのだが……ずいぶんと数が多いな」

「ごめんなさい。この街の様子を聞いて孤児院で料理をしたがっていた住民たちを連れてきてしまったの。問題だったかしら?」

「出自は保証できると?」

「もちろん。みんな私の里の住民よ」

「わかった。だが、そうなると用意した馬車では乗り切れないな……この人数だと乗合馬車で空いているものをいくつか借りてくることになってしまうがよろしいか?」

「それでも構わないでしょう? みんな」

 異口同音に返事を返すシルキーやニンフたち。

 彼女たちなら歩いて行くだけでも問題ありませんからね。

 人型の妖精ですから人間よりも強いですし。

「わかった。私の仲間に馬車の手配をお願いする。メイヤ様とシント様一行は先にあちらの馬車で公王陛下に会っていただきたい」

「会う、なの? 拝謁とかではなく?」

「陛下の指示だ。大量の食料を供給してくださる方々に対して拝謁せよと命令を出すのは好まないと」

「……理解したわ。シント、リン、ベニャト。構わないわよね?」

「もちろんです」

「メイヤ様の仰せのままに」

「俺も構わないぜ」

 この国の公王様は誠実なお方のようです。

 メイヤがなんの憤りも感じずに了承すると言うことは実際に会って確かめたいのでしょう。

 僕たちの言葉を聞いた兵士さんは豪華な馬車に僕たちを乗せて以前来たときの豪華なホテル……ではなく、更に立派な建物の中へと案内してくださいました。

 そして、その奥へ奥へと案内してくださり、同じく立派な身なりをした兵士さんが守る部屋へと案内してくださいました。

「近衛騎士ヴィン、お客人を連れて到着した。迎え入れる準備はできているか?」

 ああ、こう言う兵士の方を〝騎士〟と呼ぶのですね。

 失礼のないように覚えておきましょう。

「はい。既に公王様、第二公女様、第三公女様、全員が貴賓室にてお待ちです!」

「なに? 公王様たちが先に入って待っておられるのか?」

「はい。その……我々にもその理解ができず。中も近衛騎士はおろか侍従もメイドも誰ひとりとして入っておりません」

「どういうことだ?」

「今回の客のことはそれだけ内密にしたい相手だ、とだけ告げられました」

「……それほどの賓客だったのか。失礼いたしました。とんだご無礼を」

「気にしないわ。私たちなんてただの田舎にある隠れ里の住民だもの。ここまで厚遇していただけるなんてそれだけで感謝するわ」

「ありがとうございます。それでは、貴賓室の中へ」

 僕たちは近衛騎士の方々に通されて部屋の中へ。

 そこでは威厳のある男性とプリメーラ公女様、イネス公女様が待っていらっしゃいました。

 この方が公王様なのでしょう。

「お待たせいたしました。私……」

「いや、名乗りは私の方からさせていただこう。私の名前はオリヴァー = クエスタ。この国の公王を務めている」

「公王様が先に名乗ってもよろしいのですか? 私も人里の……」

「堅い話は抜きにして腹を割って……いえ、ご無礼を承知でお願いいたします。〝管理者〟として話をしてくださいますか?」

『そう。私の正体はやはりばれているのね』

「あれ? メイヤ様の声が頭の中に響くような……」

「イネス、あなたは黙って話を伺いなさい。この交渉が決裂すれば我が国の孤児たちへの支援はなかったことにされるわ」

「は、はい!」

『そう。この国の王族は神域とつながりがあるとシントとリン経由で聞いていたけれど嘘じゃないみたいね』

「この国にある海、そこの海底にひとつ神域がございます。我ら公王家は王にのみその存在を口伝で伝え続けて参りました。プリメーラが知っているのはあちらの契約者と守護者がプリメーラのことを気に入り、神域へと案内してくださったためです」

『わかったわ。私はとある場所にある神域の管理人、メイヤ。シントはその契約者でリンは守護者よ。最初にこの街へ来た理由はベニャトたちドワーフがお酒を飲みたいと言いだしたから。お酒の原料となる作物の種などを買いそろえさせるために来たの』

「それだけだったのですか?」

『元を正せばそれだけ。……ここまでの話でわかるでしょうが、私の権能は大地の活性化と植物の育成。私はまだ若いから知らない作物を作ることはできないけれど、この街でいろいろな作物の種を買わせてもらったわ。それのおかげで、かなりの量の野菜や果樹を育てられるようになったわね。感謝しているわ』

「いえ、神域のお役に立てたのでしたら光栄です。それで、今回の孤児院に対する支援は本当におこなっていただけるのでしょうか?」

『あなたを見てますます気に入ったわ。プリメーラとイネスもだけれど、あなたも間違った方向に私の作った作物は使わないでしょう。子供たちを助けるためならいくらでも用意してあげる。元々の約束より多い6000人分を用意してきたけれど足りる?』

「ろ、6000人分……それは1日の消費量ですか?」

『そんな半端な真似はしないわ。この街の孤児院に配るのは計画的に使って半月と少しだけれど、ほかの街の分は1カ月分を用意してある。これからも定期的に配りに来るけれど、それで足りる?』

「もちろんです! 少々多いですが、各村の飢饉対策などに備えさせていただいてもいいでしょうか?」

『そうね……シント、村ってそんなに貧しいものなの?』

「ええ。作物が多く収穫できなかった時は次の年の収穫まで切り詰めた生活を強いられることになります。……まあ、僕はあまり関係なく生かされるだけだったのですが」

『では、飢饉対策に備えてもいいわ。公王家がきっちり管理してくれるならね』

「それは責任を持って。対価はなにを支払えばよろしいでしょう?」

『神域が人に恵みを与えるとき、対価を求めるなんて恥以外の何ものでもないのだけれど……各種野菜や果物、穀物などの種や苗木を小袋ひとつずつでいいから分けてもらえる? そうすれば季節ごとに持ち込める作物の種類も増やせるし、私たちもシントとリンにいろいろ食べさせられて大満足なのよ』

「失礼ながら契約者様と守護者様にいろいろ食べさせられるとは?」

『それね……話しても構わない? ふたりとも』

「メイヤがいいと感じるなら」

「いまは幸せですから」

『では話すわ。シントはとある国の辺境にある村で役立たずの厄介者として最低限の食料しか与えられず育ってきた身。しかも成人と同時に食料を一切持たされず村を追い出されたみたいね』

「その年格好で成人……まさか、ジニ国」

『ああ、そこからもばれてしまうわよね。私はジニ国にある神域よ。リンはエルフの森で〝サードエルフ〟と呼ばれる兵器として赤子の頃から育てられた身。そして、兵器として魔獣を討ち滅ぼしたあとは強力すぎる魔力を恐れたエルフたちから魔力封印の枷をつけられて森を追い出された子よ』

「そんな……酷い」

『ふたりとも、いまはのほほんと幻獣や精霊、妖精たちに囲まれて過ごしているけれどそういう壮絶な過去があるの。私の神域にいるシルキーたちは私の作る木の実以外にも様々な野菜などを味わってもらいたいのよね。あと、そういう過去を持つから、ふたりとも悪人にはすごく敏感。このふたりが身構えずに接しているあなた方だからこそ私が自身の目で確かめて見ようと考えたという訳よ』

「そうでございましたか。神域の契約者様に守護者様、管理者様に認められるとは光栄な。……話は変わりますがジニはお助けにならないのですか? あの国の貴族から食糧支援の要請が我らの国まで来ているのですが」

『あの国には滅んでもらうの。詳細は話さないけど幻獣や精霊、妖精たちの怒りを買ってしまった。無辜の民が巻き込まれて死ぬのは心が痛むけれど、ジニという国にいる民には一切手助けしない。それが私とシント、リン、それにそのほかの住民たち総員一致の見解。諜報が得意な者たちに調べてもらっているけれど、食糧難に苦しんでいるくせに〝次の王〟を決めるための戦争を止めない愚か者に手を貸す理由はないわ』

「そうですか。では、我々も支援をしないことにいたしましょう。支援しても国の民ではなく戦争に使われそうだ」

『それが賢明ね。会談はこれで終わりかしら?』

「いえ、もう少しだけお話したいことが」

 公王陛下にはまだお話したいことがあるようです。

 お人柄は気に入りましたし、無理な要求でもなければ聞きとどけてあげたいですね。
「……申し訳ありませんが、呪眼の治療薬などは作れませんでしょうか?」

 公王陛下の口から出たのは治療薬の話でした。

 はて〝呪眼〟とはなんでしょう?

「メイヤ、〝呪眼〟とは?」

『シントもリンも知らないわよね。見ただけで相手に呪いをかけられるスキルよ。神眼よりも劣るけれどそれでも厄介なことには変わらないわ。国によってはこのスキルを授かった者はすぐさま処刑されたり独房に入れられたり両目を潰されたりすると聞いたのだけれど』

「そんな危険なスキルもあるのですね、メイヤ様」

『危険なだけでそれ以上の使い道のないスキルとも言えるわ。それで、なぜそのような物騒な治療薬がほしいの?』

 確かにそうですよね。

 呪眼というスキルが危険なものであれば

「……私の第一子がこのスキルを持ってしまっているのです。使わぬようにと再三言い聞かせて育ててきているのですが」

『その様子だと意味がないみたいね』

「……面目ない」

『でも、イネスの呪いの正体もわかったわ。呪眼の呪いね。それも相当強力な』

「……はい。イネスの呪いは姉のサニからかけられた呪眼の呪いにございます」

『呪眼の呪い、それも強力な呪いともなれば命魔法すら効かなくなる。効くとすれば私の浄化の雫を使うしかないでしょう』

「やはりそうなりますか」

『でも、おかしな話ね? 呪眼は神眼よりも劣るスキル。神眼持ちに呪眼は効かないはずだけれど……』

「そこも私の教育の至らなさです。イネスは悪意や嘘をすぐに見抜けてしまうことを恐れ、神眼を授かってすぐに使わなくなってしまいました。そこに目をつけたサニが呪眼の呪いをフル活用しイネスを呪い殺そうとしたのです」

『なるほど。では、これからはそういうことが起こらないようしっかり指導しなさい。確か姉のプリメーラがイネスの補助をすることを条件に治療したのよね? 神眼頼りにすべてを見抜くことはあなた方のような人間ではよくないのでしょうけれど、それを恐れて使わないなど愚かなことよ』

 メイヤの言葉にうなずくのはプリメーラ公女様です。

 彼女にはその覚悟をしていただいていますからね。

「はい、今後はそのようなことが二度と起こらないようしっかり導いてみせます」

「申し訳ありません、プリメーラお姉様。よろしくお願いいたします」

「気にしないで。私の望みでもあるんだから」

『それではイネスという少女は解決ね。となるとそれ以外の家族が狙われる危険性を考慮しなければだめかしら』

 メイヤの確認に答えてくださるのは公王陛下ですね。

 表情が沈んだままということはあまりいい話ではないのでしょう。

「重ね重ね申し訳ありませんがそうなります。サニは権力欲にとりつかれ、貴族どもを侍らせ次代の公王を求めております。年齢的にも一番上、誰も立太子させることなく私が死ねば貴族どもの後押しによりサニが次代の公王になるでしょう」

『なるほど。そのような者がこの国を治めるとなれば国は乱れそうね。そうなれば私は手を引くわ。この国にあるという神域も手を貸す理由を失うでしょう。立太子……ということは次の公王を指名することよね? 候補は決めていないの?』

「いえ、サニ以外の公王家全員がイネスを立太子させることで一致しております」

「お父様!?」

 イネス公女様が驚いていますが、完全に予想外の発言だったのでしょう。

 公王様とプリメーラ公女様は平然としているため、既に話し合いを持った結果なのでしょうが。

「お前が神眼を得たときからお前の兄たちもプリメーラもお前に次代の公王を譲ることを決めたのだ。本来であればすぐにでもイネスの立太子を宣言し、公太女教育を始める予定だったのですが……」

『そこでサニという女の邪魔が入った……という訳ね』

「まったくもってお恥ずかしながら。イネスとプリメーラはもうしばらく様子見の療養としてフロレンシオに留まらせることができます。ですが、私は一週間も経たぬ間に帰らねばなりません。私と息子たちの分だけでも構いませんので治療薬をどうかお恵みください」

『シント、どう思う? 私の実から治療薬を作れるのはあなたなのだけれど』

「僕ですか? まあ、僕ですよね。僕から言わせれば治療薬の用意では意味を持たないでしょう。何度治療してもそのたびに呪いをかけ直してくるはずです。世間知らずの僕からの意見として言わせてもらえれば、そんな危険人物は始末してしまった方がいい」

「……やはりそうなってしまうか。この国にある神域の契約者様と守護者様からも『一刻も早く始末せよ』と言われているのだ。だが、呪いの目を持っていたとしても私の娘。どうしても踏ん切りがつかぬ」

 公王陛下はお優しいお方のようです。

 お優しいお方のようですが、それだけでいいのでしょうか?

 実際、家族を殺そうとまでしたのですから。

「お父様、無礼を承知で言います。サニお姉様はお父様が戻り次第、毒杯を飲ませるべきです。イネスにこれだけの仕打ちをしておいて生かしておくなど私が許せません。お兄様たちもそうでしょう」

「……わかっている。わかっているのだよ」

『ふう。オリヴァー公王、あなたは為政者として優しすぎるわ。それでは致命的なミスを犯すわよ? もう既に犯しかけたみたいだけど』

「申し訳ありません、管理者様」

『悪人よりまだいいのだけれど……さすがに不安すぎるわ。仕方がないから私の木の実をあげる。プリメーラとイネスも含め、そのサニという女以外全員に食べさせなさい』

「管理者様の木の実でございますか?」

『ええ。効果は〝呪い反射〟よ。他人を呪おうとすれば、その倍以上の苦しみが呪いをかけようとしたものに降りかかる。そういう木の実を作ってあげたわ。あなた方3人は今ここで。残りの公王家の人数は?』

「息子がふたりです」

『ではその子供たち分の木の実も用意する。それで手を打ちなさい。シントに解呪薬を作らせてもいいけれど何個あれば足りるのかわかったものではないわ』

「過分なお恵み、感謝いたします」

『そう感じるなら、そのサニという娘の処遇を早く決めることね。木の実は一口サイズのものを用意したわ。これならその息子たちに渡しても怪しまれず、すぐに食べてもらえるでしょう』

「わかりました。プリメーラ、イネス、私たちも食べるぞ」

「はい、お父様」

「わかりました、お父様」

 3人がメイヤの作った木の実を食べ……イネス公女様以外から黒い気配が飛び去りました。

 これは一体?

『どうやら、あなた方も既に呪われていたようね。いつでも始末できるように』

「……そのようですな」

「お父様、これでもまだサニお姉様を生かしておくのですか?」

「……考えさせてくれ」

 公王様も自分の身内となると決断力が鈍るのでしょうか。

 僕もリンとの間に子供ができたらどうなるのでしょう?

 そもそも子供をどうすれば授かることができるのか知りませんが……。
 公王陛下たちの呪いも解呪できたことですし、あとはあちらで責任を持って対処していただきましょう。

 僕たちは僕たちのやるべきことをやるだけです。

『それで、〝管理者〟への要請はこれで終わりかしら?』

「はい。願いを聞きとどけていただきありがとうございます」

『では、私は人としてきた目的を果たすことにいたしましょう。そちらの交渉役は誰が?』

「基本的にはイネスが。補佐としてプリメーラも就きます。今日は初回と言うことで私も食料を出すところまでは立ち会いましょう」

『わかったわ。食料を渡しに来るのも今後はシントたちに任せるからそのつもりでいて』

「かしこまりました。それでは参りましょう」

「そうしましょうか。案内していただける?」

「イネス、先導を」

「はい、お父様。こちらです」

「ありがとう、イネス公女様」

 部屋の前で待っていた近衛騎士たちはイネス公女様が先頭で出てきたことに驚いていましたが、この先についても交渉があるため丁重にあつかうためとして言い含めたようです。

 そして、僕たちはイネス公女様に案内されて資材保管庫へ着きました。

 彼女によればこの街の孤児院で配布する食料以外はすべてここに出してほしいそうです。

「さて、それでは並べていきましょうか」

「メイヤ、お手伝いしますよ」

「はい。メイヤ様ばかりを働かせられません」

「そうだな。メイヤ様は袋からマジックバッグを取り出すだけにしてくれ」

「あら、ありがとう。じゃあ、そうさせてもらうわ」

 メイヤの持っていたカバンから次々と肩に背負って運べるサイズの袋が取り出されていき、僕らは保管庫の中にそれらを並べていきます。

 それも50袋ちょっとで終了し……保管庫は袋だらけになりました。

 イネス公女様もプリメーラ公女様も遅れてやってきた公王様もこの光景には驚いていますね。

「し、失礼だが、メイヤ嬢。このすべてがマジックバッグか?」

「そうよ。1袋に100人の1カ月分のお野菜を詰め込んできているわ。中身を確認してもらってもいいわよ? 時間停止も組み込んであるマジックバッグだから中に入れている限り傷まないし」

「……おい、袋をひとつ開けて中身を確認せよ」

「は、はい!」

 騎士の方々が袋をひとつ開けて中身を確認し始めましたが、野菜が山のように出てきて……それぞれの周りに小さな山ができてきた時点で公王様が止めに入りました。

「……もうよい。疑うような真似をして済まなかった、メイヤ嬢」

「いえいえ。確認って大事よ? できれば全部の袋で確認していただきたいけれど……無理ですよね?」

「さすがに100人分の食料が1カ月分も入っている袋を50袋以上確認するのは……」

「まあ、少しでいいから中身が詰まっていることだけは確認してくださいませ」

「いや、野菜類だけでもこれだけあれば多くの子供たちがひもじい思いをせずに済む。この支援、我が国が責任を持って各街へと配布して回ろう」

「よろしくお願いいたします、公王陛下。それでは、私たちはこの街の孤児院へと参りたいのですがよろしいでしょうか?」

「構わないとも。イネス、プリメーラ。お前たちも同行し食材が適切に使われているのか確認してこい」

「わかりました」

「かしこまりました、お父様」

 今回はイネス公女様とプリメーラ公女様もご一緒のようですね。

 僕たちも行く予定ですし、そこへ着いてきてもらいましょう。

「うふふ。次回、各街への食料を持ってくるのは1カ月後予定だけれど大丈夫かしら、イネス公女様?」

「大丈夫です。このフロレンシオでしたら各地へと食料を配布することも楽ですので。公都は国の端の方にあるため遠い街があります」

「じゃあ、支援の基地はフロレンシオにするわ。でも、いつまでもイネス公女様が受け取りをするわけにもいかないわよね? そこはどのようにお考えでしょう?」

「信頼できる者たちを受け取り役として配置いたします。私の目で選ばせていただきますので信用してください」

「わかりました。イネス公女様を信用いたしましょう。シントとリンも構いませんね?」

「もちろんです」

「イネス公女様の推薦なら安心できるわ」

「では2回目からはそういたしましょう。では、外で私たちの仲間が各孤児院へと配布するための食料を待ちわびているはずです。ご一緒に参りましょうか」

「そうさせていただきます。今回は自分たちの目で結果を見届けさせていきたいので」

「失礼ですが念のため」

「先ほども言いましたが確認は大事ですよ? では、参りましょう」

 僕たち4人は公女様たちに先導されてお屋敷の外へ。

 このお屋敷は〝公王邸別館〟と呼ばれているそうで、公王陛下とその家族しか使えないのだとか。

 ただ、食料の持ち込みは必ずここにしてほしいという要望のため、そうさせていただきましょう。

 僕たちは公女様たちとは別の馬車に乗り孤児院のひとつへ。

 最初に向かったのは前回来たときも最初に訪れた孤児院ですね。

「ああ、プリメーラ公女様、イネス公女様。お待ちしておりました」

「ミケ院長、今日はお世話になります」

「いえ、こちらこそ。この度は毛布や冬服までいただいたのに食料までご支援くださるのだとか」

「野菜類だけですが半月分はあるそうです。今回も実際の提供者はシント様たちになります。それから、今回もシント様たちの里長、メイヤ様に来ていただきました。孤児院で失礼な振る舞いがない限り今後も継続して食糧支援を続けてくれるそうです。ごあいさつを」

「まあ! ありがとうございます! 前回はあいさつもせず申し訳ありません! 私が当孤児院の院長ミケでございます」

「そう緊張なさらずとも大丈夫ですよ? 今回の支援はシントたちが持ちかけてきたからこそ里のみんなが動いただけですから」

「しかし、孤児院の規模は……」

「この街の孤児院にいるのは600名程度と聞きました。その人数が毎日食べても困らない程度の食料生産能力があるのです、私たちの里には」

「そうなのですか!?」

「はい。だからこその隠れ里、私たちのことは秘密にしておいてください。それから、この街だけになりますが食料を渡す際に果物も差し上げましょう。さすがに果物は採れる時期が異なるため毎回とは限りませんが、できる範囲でご提供いたします」

「そこまでしていただけるだなんて……まことに感謝いたします」

「いえいえ。今回は料理の仕方を教えるために里の者も連れてきました。普段食事はどなたがお作りに?」

「院の者と年長者で作っております。料理のご指導までいただけるなんて」

「そういうことでしたら、何回かは連れてきた方がよさそうですね。あとでみんなと調整します。とりあえず、ほかのみんなに別の孤児院に配る食料を渡してきますので少々お待ちを」

 馬車に乗っていたシルキーとニンフが何人か降り、残った者たちにメイヤがマジックバッグを渡していきます。

 あれがほかの孤児院用の食料なんでしょう。

 食料を受け渡し終わったあとは馬車も出発していきましたし、ここの孤児院でもそろそろ昼食の準備を始める時間ですよね。

 僕やリンは手を出させてもらえないので眺めるだけになってしまいますが、様子だけはしっかり見せていただきましょう。
 孤児院の厨房に入ると既に料理の準備が始まっていました。

 でも、まだ準備だけで食材などには手をつけていないみたいですね。

 シルキーたちならあれらの食材を活かす使い道も知っているでしょうし、傷まないうちに消費する方法も教えられるでしょう。

 今後野菜料理が中心になってしまうのは……子供たちに不満が出るかもしれませんが我慢してもらうしかないですね。

「ん? ミケ院長。それに、この前果物をくれたお姉さんたち。今日はどうしたんだ?」

「あら、あなたも料理をするのね。偉いわ」

「ここじゃ当たり前さ。少ない材料から少しでも腹が膨れる食事を作らなくちゃならないんだからな」

「そう。今日はね、あなた方に食材を届けにきたの」

「食材? 量は?」

「マジックバッグに詰めてきたから毎日3食きちんと食べて半月分と少しね。ただ、私たちの里では野菜しか収穫できないの。肉やお魚がほしかったら孤児院のお金で買ってちょうだい」

「……本当かよ?」

「本当よ? ちょっと特殊な食材も混じっているから私たちの里から連れてきた人が調理方法も教えてあげる。どうかしら?」

「まあ、食材をくれるって言うなら。料理も素人が嵩増しばかりして食べさせていただけだしな」

「じゃあ、遠慮なく。みんな、食事の準備を。元々この院の食材は傷んでだめになっているもの以外は捨てちゃだめよ。それらも活かして調理しなさい。あと、指導はわかりやすく丁寧にね?」

「わかりました」

「お任せください」

「それではお願いね。イネス公女様とプリメーラ公女様はどうなさいますか?」

「お邪魔にならない場所で見学を」

「はい。里の料理というものにも興味があります」

「では私たちと一緒に端の方で見ていましょう。私はもちろんシントやリンも料理はできません……というか、彼女たちがすべてを終わらせてしまい調理をやらせようとしないため簡単な料理しかできませんので」

 そうしてシルキーやニンフたちによる料理指導が始まりました。

 里から様々な調味料も持ち込んでいるようで、院の調理係は料理方法を覚えるのに必死ですね。

 あと、あれは……。

「姉ちゃん、鍋の中に入れたその草みたいなのはなんだ?」

「コンブという海に生えている草よ。それを天日干しにしてあるの。スープを煮るときに入れると海の自然な塩味が広がって美味しいわ」

「それは食えないのか?」

「食べられるけれど……煮込んで柔らかくしても噛みちぎりにくいから好みが分かれるわね。味も独特だし」

「じゃあ、鍋で煮終わったら細かく刻んで鍋に戻す。子供たちには好き嫌いをさせないのが鉄則だからな」

「わかった。でもお野菜もたくさん入れるけれど大丈夫?」

「野菜をこんだけ使える贅沢なスープだ。喜んで食うだろうぜ」

「……そう、いい子たちね」

「もちろんだ。でも、本当に半月分も入っているのかよ?」

「入っているわ。この程度の消費なら半月以上大丈夫よ」

「それも信じられないが……今日は果物ももらえるんだよな。子供たちが贅沢を覚えないか怖いぜ」

「贅沢を覚えられると困るけれど半月に一度の楽しみはあってもいいでしょ? 果物が採れる季節だけでも」

「それもそうだな。……野菜もそろそろ煮終わったか?」

「そうね。味見してみる?」

「ああ。……野菜なのに苦みがほとんどなくて甘い?」

「ふふ。これなら小さな子供たちも大丈夫でしょう?」

「ああ、大丈夫そうだ。さて、コンブとやらも細かく刻んで鍋に入れるか」

「ええ、そうしましょう」

 僕たちの里の文化も受け入れてもらえたようでなによりです。

 あと、昼食を並べられたときの子供たちも大歓声で迎え入れてくれました。

 野菜ばかりとは言え、たくさんの具が入ったスープに生野菜のサラダなど普段は食べられないのでしょうからね。

 あと、院には窯がなかったためパンを焼けませんでしたが、代わりにパンと同じ製法で作った生地を底の浅い鍋で両面焼いたものも子供たちは大満足で食べていました。

 試食と言うことで同じものを食べたイネス公女様とプリメーラ公女様も驚いていましたからね。

 食後は果物も食べてお腹いっぱいになった子供たち。

 空腹感が満たされて眠くなったのか、年少者たちは寝室の方へ向かったようです。

 困ったことはそのあとに起こりましたが。

「……しばらくこの街に残って孤児院で料理を教えたい?」

「はい、メイヤ様。どうかお許し願えませんか?」

「……どうする、シント」

「うーん、僕としては許可してあげたいですが……どれくらい留まるつもりですか?」

「その……できれば次の食料配布まで。食事事情を改善してあげたいのです」

「本当に困ったわ。里長としてどう判断するべきなのか」

「僕としては許可してもいいと思うのですが……寝る場所が問題ですよね?」

「ああ、それが問題よね。どうしましょう」

 彼女たちはシルキーやニンフなので睡眠など必要ありません。

 ただ、人間に化けてもらっている以上は眠ってもらわないと……。

「そういうことでしたら私が力をお貸しします」

「イネス公女様?」

「私が彼女たちの宿を手配しましょう。それで問題ないですよね?」

「ええと、里長としては問題がなくなりますが……へたをするとこの先様子を見に行く孤児院すべてで同じことを願われますよ?」

「これだけの食料をいただいたことに比べれば小さな問題です。それに料理の様子も見学させていただきましたが、本当に無駄なく食材を使い切っていました。前回皆様がこの街を訪れたあと、各孤児院の会計監査を行い無駄な支出も可能な限り減らせるよう手配してあります。そうすれば季節にもよりますが多少の肉料理も出せるでしょう。彼女たちのお世話は私たちに任せてください」

「……ではお言葉に甘えて。あなた方もほしい食材があればいまのうちに手配してもらって調理方法を教えておきなさい」

 メイヤとイネス公女様の間での交渉は終わったようです。

 そして、ほしい食材と聞いて真っ先に手を挙げたのはシルキーですね。

「それでは。少量で構いませんので干し肉をいただけますでしょうか?」

「干し肉を? 普通のお肉ではなく?」

 シルキーの要望に対しイネス公女様も混乱しています。

 というか、なぜ干し肉を?

「普通の肉料理では50人分だとやはりひとりあたりの量が微量になってしまいます。ですが、干し肉なら少し多めでも安く手に入りますよね?」

「ええ、まあ。携帯食ですから。でも、硬いですし子供たちには味が濃すぎますよ?」

「干し肉をそのまま食べさせるのではありません。スープに混ぜ込ませて味をしみ出させるのです。そうすればスープに味がつき美味しくなります。味が溶け出した干し肉も軟らかくなりますし、細かくちぎってスープの具材としましょう」

「……なるほど。そういう調理方法もあるのですね」

「あとは……長時間煮込めるのであればいろいろな味を取り出せるのですが孤児院では難しいですよね」

「かまどの燃料が問題となってしまうでしょう。予算が改善されていくと言ってもやはりあまり大きな金額にはなりません。少ない金額だけで食事を楽しめる方法だけを教えてあげていただけますか?」

「わかりました。里では肉類が手に入らないのでシント様とリン様に振る舞えない分、ここの子供たちにしっかりと教えます!」

「……里に帰るとき、今回の報酬としてシント様とリン様が食べる分のお肉も分けてあげます。それで手を打ってください」

「やったぁ! これで、おふたりにもいろいろな食事を楽しんでいただける!」

「シント様、リン様、彼女たちからも愛されていますね」

「愛されているのはわかっているのですが……」

「あまりにも厚遇されているのがちょっと複雑……」

 そしてそのあと、すべての孤児院を回ってみましたが、やはりどの孤児院でもシルキーやニンフたちがしばらく料理指導のために残りたいと言いだし、まとめてイネス公女様が面倒を見てくださることに。

 途中で合流した孤児院運営部のシェーンさんも子供たちがお腹いっぱい食べられて満足したように寝ていったところを見てとても喜んでいました。

 メイヤも嬉しそうな表情をしていましたし、これが正解だったのでしょう。
 最初に孤児院へと食料を配布してから半月が過ぎました。

 シルキーやニンフたちもこの半月で様々なバリエーションの料理を教えることができ、各孤児院でもいろいろな料理が楽しめるようになったらしく毎日の食事が楽しみだそうです。

 僕たちを通して様子を聞いているメイヤも喜んでいるでしょう。

 さて、また半月分の野菜と今日の果物を配って歩いていたのですが途中の孤児院でイネス公女様とプリメーラ公女様の護衛をしている方々の鎧を着た……ええと騎士の方でいいのでしょうか、ともかくその方と出会いました。

「ああ、よかった。やはり本日がおふたりのいらっしゃる日だったんですね」

「はい。そうですが……なにかご用が?」

「プリメーラ公女様とイネス公女様がお会いになりたいと。場所は公王邸別館になります。すべての孤児院に食材を配布し終わってからで構いません。申し訳ありませんがお越しください」

「わかりました。おふたりがお呼びとあれば」

「うん。行くしかないよね」

「では、確かに伝えました。私はこれにて」

 騎士の方は馬に乗り帰って行かれました。

 ふたりにまたなにかあったのでしょうか?

 僕たちは急いで残りの孤児院を回り、食料を渡してシルキーやニンフたちを回収、ベニャトと一度合流してプリメーラ公女様とイネス公女様から呼び出されていることを教えて先に帰ってもらうことにしました。

 シルキーやニンフたちは途中で透明化して僕たちが里に戻ったあと召喚するのを待っていてもらいましょう。

 さすがにクエスタ公国から神樹の里まで彼女たちの足で帰るのは厳しいでしょうし。

 公王邸別館まで行くと門を守っていた騎士の方に通されて敷地内に。

 更にその中を女性の方に案内されて応接室と呼ばれる部屋へと案内されました。

 そこでお茶を出していただきながら少し経つとプリメーラ公女様とイネス公女様がやってきたのですが……少し顔が暗いです。

 一体なにがあったのでしょう。

「お待たせいたしました。呼び出しておきながら待たせてしまい申し訳ありません」

「いえ、気にしていないですよ。それで、なにかありましたか?」

「……はい。その前に。皆のもの、部屋から出て行きなさい」

 プリメーラ公女様の言葉に従い、部屋の中にいた方々が全員出ていきました。

 これは相当よくない話なんでしょうね……。

「……まずは私からお詫びします。シント様、リン様」

「イネス公女様?」

「お預かりしていたこの街以外の孤児たちへ送る食料の一部、奪われてしまいました」

「事情を話してもらえますか?」

「はい。お預かりした食料はお父様直属の騎士団が確実に各街にある孤児院へと配布いたしました。ですがそのあと……」

「そのあと、どうしたの?」

「……一部の街で横暴な貴族の手によって食料がマジックバッグごと奪われました。申し訳ありません」

 なるほど。

 邪な心を持つ愚か者の支配者というものはどこの国にでもいるようです。

 さて、どうしたものか。

「それで、僕たちにどうしてほしいのですか?」

「……これ以上多くは望みません。せめてこの街の子供たちへの支援だけでも続けていただけませんか? この街の孤児院には私の護衛騎士団を配置するように命令を出してあります」

「なるほど。ほかの街は見捨てると?」

「いえ! 見捨てません! 私の予算を使ってでも支援は続けます! でも、それも毎日美味しい食事を食べさせてあげられるだけの量にはほど遠い。だから、せめてこの街だけは……」

 ふむ、ほかの街は自分たちでどうにかするからこの街だけでも助け続けてほしいと。

 どうしましょうか?

『お困りのようね、シント』

 急に背後から声が聞こえてきたので振り向くとメイヤの姿が。

 一体いつから?

「メイヤ様……」

『泣きそうな顔をしないで顔をお上げなさいな、イネス。この程度、予測済みだから』

「え?」

『シント、このふたりには私たちの素性もばれているのだし気にすることもないわ。マインを召喚なさい』

「わかりました。マイン、来てくれますか?」

 メイヤの助言に従いマインを呼ぶとすぐにマインが現れました。

 その様子も怒った様子はなく平然としています。

『初めましてじゃな、嬢ちゃんたち。儂は土の五大精霊ノーム。いまはシントと契約し〝マイン〟を名乗っている。よろしくな』

「土の五大精霊様……」

『うむ。ついでに言うなら、お主らに渡しているマジックバッグの作製もすべて儂の作品じゃ』

「申し訳ありません! どうかお許しを! この国は農業国、大地の恵みが失われれば……」

 イネス公女様がテーブルに額を打ち付けながら大声で謝り始めましたが、マインはまったく気にした様子……というか、謝らせてしまったことに困っている様子ですね。

『あー、勘違いされてしまったか。嬢ちゃんたちが悪いとは言わぬし、この国から豊穣を奪うつもりもない。一部の愚か者に罰を与える許可をもらいに来ただけじゃ』

「罰、でございますか?」

「マイン、罰とは?」

『ああ、シントにも伝えておらぬか。儂のマジックバッグはすべて儂が監視できるように細工を施してある。本来の使われ方以外をされていればいつでも破壊できるようにな』

「そんな仕掛けしていたんですね」

『しておったぞ? それにしてもどこの国でも愚か者はいるか、嘆かわしい』

「……申し訳ありません」

 イネス公女様が更に落ち込んでしまいました。

 マインも悪気はないのでしょうが……かわいそうだからやめてあげてください。

『ああ、儂の愚痴じゃ。嬢ちゃんを責めてはいない。さて、メイヤ様。儂がこの場に来たと言うことは本来あるべき場所にないものは破壊しても構わないと?』

『そうなるわ。あなたならどのバッグが適切な子供たちの手に渡っていて、どのバッグが適切に保管されていて、どのバッグが不正に奪われたか見分けがつくわよね?』

『無論じゃ。……だが、奪われたものの数もそれなりにあるな。ヒト族は金目のものが目の前にあるとそこまで欲にかられるか』

『では、奪われたものの配置を私にもイメージで教えて。愚か者には処罰を。聖霊の基本よ』

『なるほど、それでメイヤ様もマジックバッグ作りを手伝ってくださったと』

『想定していたことだもの。……場所と数はつかめたわ。マインがマジックバッグを潰せば私の呪いも発動するように細工をしておいたから存分にやってしまって』

『わかりました。……終わったぞい。しかし、呪いとはなんだったのですかな?』

『ちょっとした疫病よ。それを奪うように命じたものとその親族に猛毒の果実を食べた時と同じ症状を発生するように仕向けただけ。今頃は苦しみのたうち回っているんじゃないかしら?』

『聖霊様の毒果実ですか。助からないでしょうな』

『助かるわけがないでしょう? 一週間ほど猛毒にむしばまれ、苦しみ続けて死ぬわ。愚か者の末期、相応しい結果よ』

『確かに。さて、この場での儂の出番は終わりでしょうか?』

『ええ。ありがとう、マイン』

『愚か者に大地の恵みを与えたくない気持ちは同じですからな。それではお先に失礼を』

 マインが姿を消し、メイヤが残りました。

 さて、このあとはどうするのでしょうか。

『それで、イネス。この不始末はどうするのかしら?』

「はい、メイヤ様。この街の支援だけは続けていただきたく存じ上げます。ほかの街には私が……」

『本当にそれができるの?』

「そ、それは……」

『神眼持ちができないことを言うものではないわ。そのようなことを続ければあなたの心が淀むわよ』

「……申し訳ありません。メイヤ様の里からの支援がなくなればすべての街の孤児院に対する食料を配るなど到底不可能でございます」

『よろしい。今度は本音のようね』

「はい。私のお金も有限です。それ以上に、食料も足りるかどうか……」

『わかったわ。食料は今後も支援してあげる』

「え?」

『あなたやプリメーラのことは気に入っているの。あなたは心の底から謝罪をしてくれたようだし、それを受け入れてあげないようではちょっとね』

「本当でございますか!?」

『ただ、また配布しても同じ結果になるのではないの? そこは大丈夫?』

「それは……申し訳ありません、大丈夫と言えません」

『ふむ、困ったわね。あなたのことは里のみんなも気に入ったようだし、番人代わりを務める気の子もいるようだけれど幻獣や精霊が人の問題にこれ以上関わるのもよくないわ。どうしたものか』

 確かに困った問題ですよね。

 普通に配布しては奪われる恐れがある。

 奪われたところで潰せるがそれを行ったとしてもすべての芽は潰せない。

 どうにもできません。

「申し訳ありません。僭越ながらメイヤ様、ひとつだけ解決できる提案がございます」

『なに、プリメーラ?』

「イネスを立太子させるのです。そうすればイネスの意思ひとつで公国騎士団を動かせるようになります。食料の輸送と護衛を公国騎士団に任せれば奪い取ろうとすることは公国への反逆の意思ありということ。その貴族をお取り潰しにする名目もたちます」

『なるほど。イネスの立太子には……なんと言ったかしら? あなたの国の長女しか反対していないのだったわね。それがかなえば問題なくなると』

「はい、その通りでございます。ただ、そうなると問題なのが……」

『なにかしら? この際だから貸せる手はできる範囲で貸すわ』

「姉のサニによるイネスの暗殺です」

 ……邪魔者はあくまでも殺そうとしますか。

 本当に邪悪な方のようです。