神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

 さて、約束の2日が過ぎてアクエリアたちの湖の様子を見に行きましたが……落ち込んでいると言うことはだめでしたか。

『……契約者と守護者、どうすればいいのでしょう』

「念のために聞きます。だめだったんですね?」

『はい。湖も池もだめでした。池の方がより長く留まってくれるのですが、それでも帰っていってしまいます』

「あの、失礼ながら、アクエリア様。私たちにも限界が……」

『承知の上でお願いしております。なにか知恵はありませんか?』

 知恵と言われましても……。

 うーん……。

「念のために聞きたいのですが、アクエリアが前に住んでいたという湖? 泉? は魚がいたんですよね?」

『はい。たくさんおりました。〝王都〟の人間どもがヒュドラの毒を流し込んだので全滅したでしょうが……』

「その湖ってここより綺麗でしたか?」

『私の暮らす湖です。ほぼ同じ水質と純度を保っております』

「じゃあ、濁っていたとかそういうこともないんですね?」

『もちろんです。湖に人間たちが流してきた汚れが入り込んできたら、その都度浄化していました』

「うーん、そうなってくると本当に浮かんでくるアイディアがないのですが……」

『そうですか……守護者は?』

「私は逃げ回るときの汚れを泉や池で落とし水を汚したり魚を捕まえて食料にしたりする側でしたから……」

『……残念です。海はあんなに豊かな生態系を保つことができているのに、湖は魚1匹住み着かないのでしょう?』

「いや、僕たちに聞かれても……」

「水のことはアクエリア様が専門ですよね?」

『そうなのですが……』

 アクエリアにアイディアがないのでは僕たちに浮かぶアイディアなんてありませんよ?

 それにしても海ですか。

 あちらはなぜあんなにも魚がいるのでしょうか?

『弱りました。本当にいい案が思いつかない……』

「僕たちはもっとですからね?」

「水の生き物のことは専門外ですよ?」

『ですよね。湖にいる精霊や妖精たちにも話は聞いているのです。でも、みんな理由がわからないと言うばかりで……』

「それは仕方がないのでは?」

「五大精霊のアクエリア様でわからないことを解決できるのでしたら、誰かが教えてくださいますよ」

『そうですよね……』

 さて、本当に困ったものです。

 どうして湖に魚が1匹も住んでくれないのでしょう?

 普通なら1匹2匹住んでくれてもいいような……。

 この里にだって幻獣や精霊、妖精たちがたくさん集まっていますし、移住希望者はたくさんいるそうですし。

 本当に訳がわかりません。

 そう考えていくと、生き物に必要なものが足りないとかそういうことでしょうか?

 幻獣とかは究極的には大気中の魔力だけでも生きていける種族も多いそうですし。

 僕やリンだってメイヤと出会う前は食べ物や飲み物に苦労していました。

 そう考えていくと、詳しい知識を持っていそうなのは……また海の皆さんですね……。

「アクエリア、海エリアに行きましょう」

『海に、ですか?』

「水に関わることで湖関係の精霊たちがだめなら海の幻獣や精霊たちでしょう。ほら、早く行きますよ」

『はい。それでなにかわかるのでしたら』

 アクエリアを伴いまた海エリアへ。

 そこでは順番待ちの方々がまた昆布をガジガジ梶って楽しんでおり、整理役のマーマンさんがいてくれました。

 誰かを呼ぶ必要がなくて助かります。

『ようこそ、契約者様、守護者様、ウンディーネ様。また来られたと言うことは……』

「はい。川を造っただけではだめでした」

「それで、魚がたくさん住んでいる海に詳しそうなあなた方に話を伺えればと」

『なんでも構いません。教えていただけますか?』

 これにはマーマンさんも困り顔です。

 さすがに言い知恵は浮かばないのでしょう。

『うーん、困りましたね。私たちも海藻類や貝を運んではきましたが、魚たちは呼び込んでいないのですよ。ただ、世界各地の海に繋がっているゲートを作っただけで』

『やっていることは私たちの湖と同じですか……』

『そのようですね。入場予定者が全員帰ったあとでしたら海族館をもう一度ご案内いたしますがいかがなさいますか?』

『そうしていただけますか? 私たち湖の精霊や妖精だけではどうしても答えがわからず……』

『かしこまりました。それではまた後ほどお越しください』

『そうさせていただきます』

 そのあと、僕とリンは昼食を食べ適当に時間を潰してからアクエリアを誘って再び海エリアにある海族館へ。

 この時間になるともう入場者はすべて帰ったあとですからね。

『お待ちしておりました。契約者様、守護者様、ウンディーネ様』

「お手数をおかけいたします。マーメイド」

「前回の案内だけで解決だったらよかったんだけどね……」

『申し訳ありません。もう一度ご案内をお願いいたします』

『いえ、気にしておりません。こちらへどうぞ』

 マーメイドには再び海族館の中を案内してもらいました。

 いつ来ても綺麗ですね、海族館は。

 それにしても海だけはどうしてこんなに賑やかなのでしょう?

「マーメイド、マーマンにもした質問を繰り返すようで悪いのですが、世界各地の海とゲートを繋いだ以外特になにもしていないんですよね?」

『はい。海藻類や各種貝、海底にはりついて暮らす生物は持ち込みました。あと珊瑚も根付かせたりしましたがそれくらいです。あとは自然と住み着きましたね』

「そうですか。ところで、魚ってなにを食べて生きているんですか? 大きな魚はそれよりも小さな魚を食べていると聞きました。小魚の類いはプランクトンというものを食べているんですよね? それらはどうやって?」

『それらも自然と外界か流れ込んできました。それ以上に海藻やプランクトンがいなければ海の生物が住み着けませんから』

「そうなんですか?」

『契約者様はご存じない言葉かもしれませんが自然の生物は皆、〝食物連鎖〟というつながりを持って生きております。より小さな生物を大きな生物が食べていき、大きな生物が死んだあとの死骸は小さな生物の栄養源とされ分解される。そういう仕組みです』

「なるほど。プランクトンがいないと小魚たちの食事ができないと」

『はい。あとは……水の中に空気が足りなくなります』

「水の中って空気があるの?」

『ありますよ、守護者様。ただ、水の中にあるため鼻から吸うことはできません。〝エラ呼吸〟と申しまして、吸い込んだ水の中から必要なものだけを取り出す仕組みがあるんです』

「そうなんですね。僕たちには知らないことばかりです」

「本当に。私たちって本当に田舎者なんだよね」

『知らないことはこれから覚えていけばよろしいのですよ、契約者様も守護者様も』

「ありがとう、マーメイド。……そう言えばアクエリアが先ほどから黙っていますね?」

「本当だ。どうなさいましたか、アクエリア様?」

『……私たちの作ったゲート。〝魚〟は通れますが〝プランクトン〟は通れません』

「……アクエリア」

「あの、それでは食事ができませんよ?」

『それに、水中にも植物がないので呼吸ができないはずです』

「……」

「……アクエリア様、それでは魚もなにも住めません」

『申し訳ありません。至急、メイヤ様の元に向かい植物性プランクトンと水中に生える草を用意していただきます! それではまた!』

 アクエリアはそれだけ言い残して行ってしまいました。

 そうですか、そもそも魚が生きることができない環境でしたか。

 それは1匹たりとも住み着きませんよね……。
 アクエリアたち湖の精霊、妖精たちのうっかりというかなんというかが判明し、僕たちはやることもなくなったので少し早いですが神樹の元へと戻りました。

 神樹の元には少し疲れた表情のメイヤがいますね。

『ああ、お疲れ様。根本的な原因はわかったようね』

「わかったらしいですね」

「魚だけ呼び込んで呼吸も食事もできないのでは逃げ帰ると思うんです、メイヤ様」

『私も同じ意見よ。アクエリアたちの方が詳しいし湖の環境整備はしていると考えていたのだけれど……まさか、なにもしていなかっただなんて思いもよらなかったわ』

「メイヤ、どうしてあげたんですか?」

『植物性プランクトンは私の力でなんとかなるからある程度の量を湖や池の中に作ってあげたわ。あとは水中に生える水草なども用意してあげた。基本はそれくらいね。それだけで十分とも言えるのだけれど』

「ここ数日の私たちってなにをしていたんでしょうか?」

『……アクエリアに振り回されていただけね』

 疲れました。

 今日は本当にリンへと甘えてしまいましょうか……。

「ねえ、シント。少し甘えてもいい?」

「リンも甘えたくなりましたか……」

「シントも甘えたい?」

「ええ、とても」

「じゃあ、夜はシントが甘えてもいいから夕食までは私に甘えさせて?」

「そういうことなら。甘えさせてあげますからしがみつくなりなんなりしてください」

「やったぁ!」

 リンは僕の左腕にしっかりとしがみついてきました。

 顔も擦り付けてきていますし、本当に甘えん坊モードです。

 それにしても……。

「なんでアクエリアは基本的なことにすら気がつかなかったのでしょうね?」

「よくわかんない。メイヤ様は理解できますか?」

『私にもちょっと……そもそも魚しか通れないゲートってほかの淡水系生物はどうするつもりだったのかもわからないし……』

「淡水系の生物ってそんなにたくさんいるんですか?」

『いるわよ。海族館では見る機会がないけど、海にはもっといろいろな生き物が生息しているし。湖や泉、沼なんかにもいろいろと生物はいるわ。それにそういう場所にしか咲かない花もあるからね』

「そうなのですね。メイヤ様、湖も賑やかになるのでしょうか?」

『なるでしょうね。根本的な原因が取り除かれれば魚や水生生物にとって住みよい環境のはずだし、いろいろな魚が住み着くんじゃないかしら?』

「シント、海族館みたいな建物の依頼が来ても受けちゃだめだよ?」

「僕もこれ以上アクエリアにはしばらく振り回されたくありません。アクエリアには申し訳ありませんが1年以上増設などは待ってもらいましょう」

『その方がいいわね。あの子、調子に乗って新しいお願いもしてきていたし』

「新しいお願い……」

 嫌な響きですが内容だけは聞いておきましょう。

 内容だけは。

『川をもう一本造ってほしいそうよ。今度は滝に繋がる川じゃなくて、なだらかに海へ繋がる川が』

「お断りしたいのですが理由だけは聞いておきましょう」

『川魚ってね、産卵だけ川でして育つときは海で育つっていう種類がいるのよ。それらの生息域を確保するために新しい川がほしいそうよ?』

「……それ、作らなくちゃだめですか?」

『少なくとも秋までは待つように伝えたわ。そのあとはあなた方がやりたくなったら手伝ってあげなさい』

「1年はシントを貸したくありません」

「僕もアクエリアがらみの依頼はちょっと……」

『アクエリアも今回はあなた方を振り回しすぎたものね。少し反省してもらわないと。ふたりとも果樹園に行って果物でも食べてきたら? 夕食まではまだ時間があるわよ?』

「……動くのも面倒な気持ちなんですよね」

「私もシントに甘えていたい気分です」

『本当にアクエリアは反省ね』

 そのまま僕とリンは神樹に寄りかかって寝転び、気がついたら本当に眠ってしまっていました。

 メイヤに起こされたのはディーヴァとミンストレルが来たときで、ディーヴァからは「よほど疲れていたのですね……」と心配されてしまい……なんだか申し訳ありません。

 本当に気疲れしていたんですよ……僕もリンも。

 夕食後はふたり仲良く温泉につかりもたれ合いながら疲れをとり、そのまま寝間着に着替えたら部屋のベッドで一緒に寝ます。

 いや、本当に疲れた数日間でした。

 そして翌朝もシルキーが焼いてくれた一口サイズのパンをいくつか食べて神樹の元へ向かい朝食です。

 朝食ですが……メイヤから面倒くさいお願いをされました。

『シント、リン。湖に魚たちが住み着いたそうだから見に来てほしいんだって、アクエリアが』

「昨日の今日ですか……」

「はりきりすぎですよ、アクエリア様……」

『ゲートをたくさん作っていろいろなところから魚を呼び込んだようね。あと、焼き魚もごちそうしてくれるって』

「やりたい放題ですね」

「〝水の〟五大精霊様ですよね?」

『……海の魚だけ何度も振る舞われているのが悔しいらしいのよ』

「あの、メイヤ。神樹の里って段々おかしくなってきていませんか?」

『おかしくはなっていないわ。ただ、いろいろなものから解放された反動でいろいろ要望が上がってきてしまっているだけで』

「……つまり、まだまだ要望はあると」

『大丈夫よ。シントばかりに働かせないから。ちょうどアクエリア向けの要望も来ているし』

「アクエリア向けの要望ですか?」

『山エリアに渓流……つまり谷のある川を造ってほしいって依頼ね。マインにも頼んで土地の準備はさせるからあとはアクエリアに任せるわ』

「わかりました。ところで山とかに住んでいる皆さんは水などをどうしていたのでしょう?」

『山の中にも水の精霊たちが作った泉があるのよ。そこで水を飲んでいるわよ』

「それならよかった。……面倒ですがアクエリアたちのところに行きましょうか」

「行かなかったら家まで押しかけてきそう……」

『ごめんなさいね、ふたりとも。こんな大事になるとは思ってもいなかったものだから』

「いえ。行きましょう、リン」

「……今晩も甘えようか、シント」

「それがいいです」

 面倒くさいながらもアクエリアたちの湖エリアに行くと、本当に魚が住み着いていました。

 アクエリアは1種類1種類捕まえてきては丁寧に説明をしてくれてお昼時には〝美味しい川魚〟を食べさせてくれたし本当に美味しかったのですが……どうにも気持ちが付いてきません。

 なんでしょうね、このモヤモヤ感は……。
 アクエリアの依頼を片付けたあとは平和になりました。

 フロレンシオから買ってきた野菜の種もメイヤが品種改良をしてからシルキーたちが毎日食べる分だけを畑に植え、翌朝収穫して料理となり出してくれます。

 野菜料理もいろいろあり、生野菜をふんだんに盛り付けただけの〝サラダ〟というのもありました。

〝ドレッシング〟というものをかけて食べましたが、それだけでも味が変わって美味しかったです。

 ドレッシングの材料は油や果物それから〝酢〟というものらしいですが、いつの間にそんなものまで用意していたのか……。

 ともかく、シルキーによるパンと野菜料理を食べたあとは神樹のところに行ってメイヤたちと朝食です。

 今日はまだディーヴァとミンストレルが来ていないようなので、来るまでメイヤと話をして待っていましょうか。

『ふうん。シルキーたちは酢まで用意していたのね。用意周到なものだわ』

「酢というのは作るのが難しいのですか?」

『酒造りと似たようなものよ。パンといい野菜といい、シルキーはあなた方に果実以外の食べ物を食べさせたいようね』

「僕は果物だけでも満足しているのですが……」

「私もです、メイヤ様。毎日お腹いっぱい食べられるだけでも幸せなのに、いろいろなものまで食べさせていただくだなんて」

『シルキーもあなた方の境遇は聞いているのでしょうね。その上で、果物以外にも美味しい食べ物があることを知ってもらいたいのだと思うわ。彼女たちが好きでやっているのだもの、気が済むまで付き合いなさい』

「付き合うのは構わないのですが、なんだか申し訳ないです」

「はい。家事をしてもらっているだけでもありがたいのに、食事まで用意してくれるだなんて」

『それだけあなた方ふたりはシルキーにも愛されているということよ。感謝の心を忘れずに接してあげなさい』

「それはもちろんです」

「もちろん、感謝は忘れません」

『それで十分よ。さて、アクエリアの依頼からしばらく経ったけれど次のお願いを聞いてもらえるかしら? 本人たちは無理なら無理で構わないと言っているから軽い気持ちで聞いてもらいたいのだけれど』

「なんでしょうか? また困りごとでも?」

『困りごとというか……神樹の里の景観が寂しいっていう話が出ているのよ』

「そうなんですか、メイヤ様?」

『神樹以外に目立つものがないのも事実だからね。まあ、本人たちにとっては遊び場がほしいと言う理由もあるのでしょうが』

「遊び場……具体的に〝本人たち〟とはどのような者たちでしょうか?」

『風関係の者たちね。エアリアルとか』

 ふむ、エアリアルなどですか。

 欲しいものは〝遊び場〟ということですが……話だけは聞きましょう。

「それで、〝遊び場〟とはなにを求められているのですか?」

『〝風車小屋〟ね。ある程度の大きさがあれば目印にもなるし便利だろうって言うのがあちらの言い分』

「〝風車小屋〟?」

『あなた方は知らないでしょうね。風を受けて回る羽根の付いた小屋よ。私の聞いた話によると、ヒト族はその内部を機械状にして粉挽きができるようにしてあるものもあるらしいわ』

 ふむ、粉挽き。

 あれ、でも……?

「神樹の里に粉挽き装置っていりますか?」

『いらないわね。ヒト族が大量の麦を収穫して粉にするなら使うでしょうけれど、この里で粉を使うのはあなた方ふたりとエレメンタルエルフのディーヴァとミンストレルの4人だけ。それだってシルキーたちが必要に応じてやっていることだから大量の麦を製粉する必要も理由も意味もないわよ』

「……ではなんのために風車小屋を?」

『だから〝遊び場〟よ。風車の羽根を回して遊びたいだけなの。だから引き受けなくてもまったく構わないわけ。とりまとめはウィンディがやってくれるそうだけれど、どうする?』

「とりあえずウィンディに話を聞いてみましょうか。難しそうな依頼だったら諦めてもらうと言うことで」

『それでまったく構わないわよ。ああ、ディーヴァとミンストレルも来たみたい。朝食にしましょうか』

 メイヤの言う通りディーヴァとミンストレルがやってきたので朝食に。

 風車小屋の話題が朝食の場でも出たのでミンストレルが興味を持ち、ウィンディには4人で話を聞いてみることとなりました。

 ウィンディは特にいる場所を決めていませんから念話で呼びかけて神樹の元まで来ていただきましょう。

 呼び出すと彼女はすぐに現れました。

 さすが風の五大精霊、動きが速い。

『お呼びでしょうか、契約者』

「はい。風車小屋の件なのですが」

『申し訳ありません。私の方でもみんなに待ってもらうように言い聞かせていたのですが、遂に抑えが利かなくなりました』

「別に責めるつもりはありません。ただ、僕たちは4人とも〝風車小屋〟どころか〝風車〟というものも見たことがないんですよ」

『そうでしたか。では最初に私がイメージを送らせていただきます。その通りに小さな置物を作っていただけますか?』

「わかりました。……イメージもわきました。まずはこれを形作ればいいんですね?」

『はい。何回か回数は重ねていただきますが風車の仕組みをお教えします』

「では。……イメージ通りだとこういう建物になりますが合っていますか?」

 僕が作り出したのは4枚の板のようなものが中心で交わりそれが大きな建物に刺さっているもの。

 イメージ通りだとこうなのですが……。

『はい、形は合っています。次は……羽根が回るようにしましょう』

「羽根?」

『この板状の部分です。中心の軸でくるくる回るようにしていただければ』

「その程度でしたら。……これでいいですか?」

『はい。これが〝風車〟の原型です。本来でしたら風を送って回るようにするのですが、まだその域には達していません。指で回してみましょうか』

 ウィンディは〝風車の羽根〟をつまみ、指ではじきました。

 すると中心部分を軸に羽根がくるくる回っています。

 これには驚きました。

 そして、ミンストレルが遊びたがっていたのでそのままあげることに。

 これはまだ原型ですからね。

『次は風を受けて回る原理を教えましょう。お手数ですが、羽根の部分を曲げられるようにできますか?』

「曲げる?」

『はい。ミンストレルちゃん、一度貸してもらえる?』

「いいよ!」

『ありがとう。この部分の角度を指で変えるようにしたいのです。できますでしょうか?』

「中央部分と同じように回転させるようにできればいいんですよね? それなら可能です」

『よかった。ミンストレルちゃん、ありがとう。それでは契約者、お願いいたします』

「わかりました。……これでいいですか?」

『ええ、大丈夫です。羽根の角度は……これくらいかな? よく見ていてください、皆様』

 そう言ってウィンディが風車に風を当てると指ではじいたわけでもないのに風車が回り始めました。

 なるほど、これが風車の原理……。

『以上が風車の説明となります。小屋の部分は省略いたしますね。なにかを取り付ける訳でもないですし、頑丈で風を受けても動かない作りになっていれば問題ないものですから』

「わかりました。それで、これを作ればいいんですか?」

『はい。……ただ、サイズだけは大きくしていただかねばなりません』

「具体的にどの程度のサイズですか?」

『その……言いにくいのですが、森の木々の二倍程度くらい高さがほしいそうです。あと風車の羽根も森の木と同じくらいの長さがほしいと』

「……素材はなにがいいのでしょう?」

『それはなんでも構いません。小屋の部分はレンガで作っていただいても結構ですし、楽なのであればクリスタルでも大丈夫です。ただ、羽根は頑丈にしていただけると助かります。あと、よく回るようにしていただけるとなお』

「ウィンディも意外と注文が多いですね……」

『だめでしょうか?』

「可能な限りやってみます。だめでしたら諦めてください。あと、羽根の角度とかも大切ですよね、きっと」

『はい。角度が上手にできていないとよく回りません』

「では、そちらの実験もウィンディが手伝ってください。僕たちだけでは知識不足です」

『お手伝いできることならなんなりと。……正直、私も精霊や妖精からの要望で手を焼いておりますので一基でも作っていただければ助かります』

「では、その方針で。リンもそれなら構いませんよね?」

「うん。無理をしない範囲でなら」

『ご迷惑をおかけします、契約者、守護者』

 こうして次なる依頼〝風車小屋造り〟が始まりました。

 あと、風を送ると回る風車もミンストレルにあげることにします。

 彼女、すごく目がキラキラしていましたからね。
 さて、風車小屋を造ることは……無理そうでなければ決まりです。

 問題は素材と風車の羽根ですね。

「ウィンディ、小屋の部分はレンガでもいいんですよね?」

『構いません、契約者。無理にクリスタルなどで創造していただく必要はありません』

「なるほど。ではとりあえず人の家サイズの小屋を造ってみましょうか」

『よろしくお願いします』

 僕は創造魔法を発動させて小屋の部分を作製しました。

 羽根の部分はまだ取り付けていませんが……どうしましょうか?

「小屋のサイズはこれを大きくすれば問題ありませんよね?」

『はい、問題ありません。まずは風車が回る部分を上手に回すことができるようにいたしましょう』

「それがいいでしょう。では、羽根も作ります。素材はどうしましょうか?」

『では、普通の木材で作ってみていただけますか? 角度が調節できるようにもしていただけると嬉しいです』

「このサイズでは角度を変えるだけでも大変そうですがやってみましょう。では……できました」

『羽根もこれで十分です。問題は角度ですね……』

「それなりの力を込めないと曲がりませんよ? 風を受けてすぐに角度が変わっては意味がありません」

「そうだよね。私で変えられるかなぁ?」

「リンでも難しいでしょう。ウィンディはできそうですか?」

『少しお待ちください……なんとか回せます。これで最適な角度を探していきましょう』

 ウィンディに角度を変えてもらい、風も当ててもらいながらの風車造りですが、思わぬところで問題が出てきました。

 ……羽根の強度不足です。

『申し訳ありません、契約者。羽根を作り直していただけませんか?』

「そうしましょう。もうすぐ折れそうですから」

「風が弱いと回らないし、強いと折れちゃう。大変な作業かも」

『守護者にもご迷惑をおかけいたします。契約者に負担がかかってきたと感じたら、すぐに中止して構いませんので』

「そうさせてもらうけど……シントは平気?」

「まあ、アクエリアの依頼みたいに答えがわからないわけでもなく、音楽堂みたいに細かい作りを僕だけでやるわけじゃないのでそれほどでも。問題は最適な角度がどれくらいで見つかるかですよね」

「そっちが問題かぁ。傾け過ぎちゃだめなんだよね、ウィンディ?」

『傾けすぎてしまうと風が流れていくだけになってしまいます。角度がなさ過ぎると風を受け止めすぎてしまい、ただの壁と一緒だったり回らなくなったりしますね。羽根の傾け方を変える力作業は私にお任せいただけばいいのですが、羽根の作り直しだけは契約者に頼まねばなりません』

「その程度なら負担じゃないですし構いませんよ。……さて、新しい羽根もできました。今度は最初からある程度傾けてみましたが大丈夫でしょうか?」

『助かりました。それでは始めさせていただきます』

 そのあと、何度も羽根の角度を調整しながら羽根が折れそうになって作り直してまた角度を変えて風を送るという作業をひたすら繰り返し、昼食休憩を挟んで夕食まで続けられました。

 今回、僕はほとんど疲れないのですがウィンディが疲れそうです。

『今日の作業はこれくらいにいたしましょう。契約者、守護者』

「わかりました。ウィンディは疲れていませんか?」

『五大精霊がこの程度で疲れるはずもありません。……ちょっと温泉には入ってきますが』

「温泉?」

『幻獣や精霊、妖精たちが温泉に入ってみたいといいだし、ここから離れた場所にヴォルケーノボムとマインが温泉を作りました。かなり広く作られているので混雑はいたしません』

「そんな要望まで出ていたんですね……」

「幻獣たちって温泉にも入るんだぁ……」

『気分的なものですよ。ほかにも契約者と守護者の手をわずらわせる程ではない要望は私たちなどで解決しているものもありますし。神樹の里はみんなのんびりしすぎですね』

「それっていいことなのでしょうか? 悪いことなのでしょうか?」

『私たちにもわかりません。ただ、安全な神域がありそこが広くのびのびと暮らせる環境にあるというのはなによりも代えがたい幸運です。神樹の里に面していた国……ジニ国でしたか? あれらによって住処を奪われた者たちは新たな居住地を求めてさまよわねばならないところでした。その必要がなかっただけでも嬉しい限りです』

「そうなんですね。僕がメイヤと出会って創られた神域が役に立ってくれて嬉しいです」

「私も。神域の広さって私の魔力も影響を受けているんだよね? メイヤ様の木の実頼みだけじゃなくて落ち着いたらもっともっと頑張らなくちゃって思うもん」

『おふたりがそこまでする必要はありませんよ。既にこの神域は十分に広いです。メイヤ様が移住者を絞っているのは、本来幻獣などが守っている土地が荒れるようにならないためでしょう。移住希望者すべてを受け入れるだけの大地や湖、海はあるのですから』

 そうだったんですね。

 幻獣たちが守る土地というのも興味がありますが、よく考えるとリュウセイの親であるハクガなどは〝名もなきモノ〟と戦っていたと聞きますし、そういった事情もあるのでしょう。

 力の弱い妖精を見かけることが増えたな程度にしか感じていませんでしたがそういう理由だったとは。

『ともかく、今日の作業はここまでです。明日以降もよろしくお願いいたします』

「ええ、ウィンディも無理をしないでください」

「うん。この程度の依頼ならシントは一週間に1日くらいの休みでもいいけどウィンディが大変そう」

『私は大丈夫ですよ。本日はお付き合いいただきありがとうございました。それでは』

 ウィンディは風に乗り、天高くへと舞い上がっていきました。

 さて、僕たちも夕食に行かないと。

 風車小屋はそのままに神樹の元に行ってメイヤやディーヴァ、ミンストレルと食事です。

 食事後のお茶の時間は自然と風車小屋の話題になりました。

『そう。家サイズの風車小屋から始めたの』

「そうなりました。小さすぎるものだと風車が回りやすすぎて実験にならないそうです」

「はい。私たちの力では羽根の角度を変えることができなかったため、羽根が壊れそうになったときシントが作り直す以外はすべてウィンディ様のお仕事でしたが……」

『シントもリンも働いていないくらいがちょうどいいのよ。幻獣たちも勝手気ままな要望をあげすぎだわ』

「あはは……」

「ですが、今回はウィンディ様が働きすぎているような……」

『大丈夫じゃない? 五大精霊の一角だし、無理をしそうになったら自分から休みを申請してくるわよ。あなた方が無理をしない範囲で手伝ってあげなさいな』

「わかりました。ですが、羽根が重いというのは難題ですね」

「うん。そこだけは私たちでも解決方法を考えておかないと」

『いつものクリスタルじゃだめなの?』

「木材よりも重いですよ、あれ」

『なるほど。でも、しばらくは角度の調整なのよね。そちらの問題が片付くまで放置していても構わないのではない?』

「それも無責任なような……」

『あなた方は難しく考えすぎよ。もっと気楽にしても構わないのよ、特に今回の依頼は』

「そうでしょうか?」

「ウィンディ様が頑張っているところを見るとつい……」

『アクエリアが半ば頼りすぎていたことに毒されたわね。ともかく、まずは羽根の角度決めから始めなさいな。わかりやすい要望なのだから一歩一歩進めていきましょう』

「そうですね。まずはそこからです」

「はい。ウィンディ様には申し訳ないですが頑張っていただきましょう」

『それでいいわ。さて、今日はそろそろ解散にしましょう。暗くなってもいけないしね』

 メイヤの合図で僕たちは解散、それぞれの家に帰り温泉に入って眠りました。

 問題は翌朝、神樹の元へと向かったときに発生していたようですが……。

「ウィンディ? なぜあなたが朝早くから神樹の元に?」

『それは、契約者に朝一番でお詫びせねばならないことがあり……』

「僕にお詫びすること?」

『……日の出頃、風車小屋の様子を見に行ったら羽根が折れていました、4本ともすべて。中央部分の角度が変わっていたので風の精霊や妖精が回して遊んでいたのだと思います』

 なるほど、昨日は出しっぱなしでしたからね。

 早速、いい〝遊び場〟にされてしまいましたか。

「その程度で怒りはしません。風車の羽根も創造魔法で創っているだけですからいくらでも作り直せます。それよりも精霊や妖精は怪我をしていませんか?」

『創造魔法で創られたとはいえ今回の素材はただの木材です。木材程度で怪我をすることはないのでご心配には及びません』

「ならいいのですが。朝食後は最初からやり直しですね」

『申し訳ありません……』

 風関係の精霊や妖精っていたずら好きで気まぐれでしたよね。

 それがあんないいおもちゃを見つければ遊んで当然ですか。

 今日以降は安全のために風車は消してから帰るべきなのか悩みます。
 風車の羽根部分の調整はなかなか思うように行かず、夕方には撤去を繰り返していたので完成には8日間かかってしまいました。

 今回はリンも僕がほとんど働いていないために「ウィンディが無茶をしてなければよし!」という判断になったそうです。

 今度はもう一基同じ風車小屋を造り、その上に屋根を乗せて完成した木材の羽根をきっちりとした角度で乗せてみました。

 そして、今度は新たな問題が……。

「羽根、動かないね……」

『申し訳ありません。羽根の重さが……』

「ですよね。どうしましょうか?」

『この大きさでもここまで回らないとなると、大きくしたときはもっと回りません。なにかいい案は……』

「うーん、シント。クリスタルって普通に作っちゃうと重いんだよね? 中身をくりぬくとかは?」

「海族館のトンネルや美術館の水を張った壁みたいなものですか。ちょっと作ってみましょう」

 僕は試しに穴の開いた丸い棒を作ってみました。

 強化魔法をかけておいたのでリンが全力で攻撃してもびくともしません。

「ウィンディ、これで羽根を作ってみませんか?」

『これは……よろしいのですか?』

「たいした手間ではないですよ。それじゃあ羽根を入れ替えてみます」

 僕は取り付けてあった木製の羽根を消し去り、今度はクリスタルの羽根をつけてみました。

 ただ、それでもうまく回ってくれません。

 なぜでしょうか?

『先ほどよりは少ない風でも回るようになりました。回るようになりましたが……』

「やっぱりもう一押しほしいですよね」

「シント、もっと薄くすることはだめ?」

「これでも限界だと思えるくらいまでは削っているんです。さすがにこれ以上削ってしまうと、ウィンディの強風で折れてしまいます」

『耐久性テストもよろしいですか?』

「そうですね。今回はクリスタル。折れると危ないですから僕とリンは離れた場所から見ています」

「気をつけてください、ウィンディ様」

『はい。では、行きますよ!』

 ウィンディの強風を受けて羽根が勢いよく回り始めました。

 折れる気配もないですし、羽根は問題ないですね。

 羽根は。

『……申し訳ありません。〝屋根部分〟が壊れました』

「クリスタルの強度が高すぎましたか……」

「屋根もクリスタルで作ろう?」

「それが一番早いですね」

『契約者にはたびたびお手間を……』

「この程度、アクエリアの時に比べれば手間ではないです。さて、屋根と羽根を取り付け直します」

 今度は屋根と羽根の部分をクリスタルで作り直しました。

 次はどうなるのでしょう?

『では、始めます』

「ええ、どうぞ」

 ウィンディの強風を受け風車がくるくると回り続けます。

 屋根もそれに耐えきってくれていますし、屋根と台座部分の接合もうまくいっているので屋根が吹き飛ばされるような心配もありません。

 とりあえずこれで〝強風対策〟は完璧でしょう。

 そうねると問題は……〝弱風対策〟なんですよね……。

『契約者。強風には耐えました。ただ……』

「わかっています。弱風で回らないんですよね?」

『はい。いまも微弱な風を送り続けているのですが、一向に回る気配がありません』

「多少、髪がなびいたり、梢が揺れたりする程度では回らないのは承知済みです。でも……」

「そこまで弱い風でもないよね……」

『はい。そこまで弱い風でもありません。ですが、羽根がびくともしないというのは……』

 さて困りましたね。

 どうすればよいのでしょうか?

 こういうときに頼りになりそうなのは……物作り関係者の総元締め、土の五大精霊マインですね。

「ウィンディ、あなたはここで実験兼見張りをお願いいたします」

『わかりました。契約者と守護者はどちらに?』

「マインのところに行ってきます。彼ならなにかいいアイディアが出てくるかもしれません」

『マインですか。確かに彼は物作りを得意とする五大精霊。すっかりそのことを忘れていました』

「今回はいろいろと頼りになりそうな方がいて助かります」

「そうだね。前回はほんっとうに大変だったから」

『アクエリアにはほかの五大精霊総出で罰を言い渡してありますのでご心配なく』

「……それはそれで不安ですが、不安がってばかりもいられせん。行ってきますね」

『はい。間違っても風関係者がこの風車を回そうとして怪我を負わないように見張っておきます』

 ウィンディと一度分かれてマインの鉱山へ。

 そこでは相変わらず鉱山掘りと鍛冶、お酒造りが並行して行われていました。

 ドワーフってよくわかりません。

『おう、契約者と守護者。鉱山までなんのようじゃ?』

「今日はマインの知恵を拝借したく」

『儂の知恵? 具体的には?』

「あのね、いまウィンディ様と一緒に風車小屋を造っているんだけど……風車がうまく回ってくれないの。マイン様ならなにかいいアイディアがないかと」

『風車小屋か……儂も作ったことはない。作ったことがないからこそ燃えてくる! 少し待っておれ! ドワーフたちに指示を出したらともに行くぞ!』

 よかった、マインも一緒に来てくれるようです。

 乗り気で上機嫌なマインを引き連れて風車小屋まで戻ると、やはり困り顔のウィンディがいました。

 僕たちがいない間にもいろいろと試していたんでしょうね。

『ウィンディ、来てやったぞ』

『ありがとう、マイン。早速だけど力を貸してもらえる?』

『おう。だが儂も風車小屋の仕組みを知らん。説明してもらえるか? 口頭だけで十分じゃ』

『それでは説明するね』

 ウィンディはマインに風車小屋の設計や仕組み、現状抱えている問題点などを次々と話していきました。

 そして、マインから出た一言は。

『まず、小屋の部分か。そこから作り直すべきじゃな』

『そうなの? マイン?』

『天井をクリスタルにしたのじゃろう? そうなると内部にかなりの熱がたまっているはずじゃぞ』

『熱……そこまで考えていなかった』

『まあ、燃えやすいものもないから大した問題ではなかろうが、クリスタルも〝熱膨張〟は起こすはず。冷やすためと思い小屋にも開けっぱなしの窓をいくつか用意せよ』

「マイン、〝熱膨張〟とは?」

『ものが熱くなり膨らむことじゃ。誤差程度しか変わらぬもの多いが、話を聞く限り、風車の軸ではそれが致命的になるじゃろう? ならば不安の種は取り除け』

「わかりました窓はどの程度作ればいいのでしょう?」

『このサイズなら4つじゃな。同じ場所に作るのではなく段違い、方向違いに4つ配置してみよ』

 僕は指示通り小型の窓を4つ作ってみました。

 するとその中から熱風が……。

『どうじゃ、かなり熱くなっていたじゃろ?』

『はい。かなり熱くなっていました』

『これでは動くものも動かぬよ。ウィンディ、試して見よ』

『わかりました。あ、先ほどよりも回しやすい』

『やはり中空にした結果、熱膨張の影響も受けやすくなっていたか。次じゃな。見た限りじゃと羽根を屋根にそのまま取り付けているようじゃな』

「はい、その通りです」

『羽根は斜めになってもいい。このように作れ』

 マインが土で作ってくれた模型は羽根と屋根の繋がっている部分が伸び、羽根の土台部分まで設置しているものでした。

 それによって羽根も傾いてしまいますが……試してみましょうか。

「ウィンディ、この形通りに直してもいいですか?」

『もちろんです。物作りの専門はマイン。私が口を挟めない分野ですから』

「では形を変えます。でも、そうなると屋根の部分全体がクリスタルの方がいいのかな?」

『次の改良のためにもそうしろ。まずは屋根の土台と羽根の作り直しだ』

「わかりました……このような感じでしょうか?」

『儂には見えぬな。ウィンディ、抱きかかえて空まで運べ』

『お安いご用です。これなら見えますか?』

『ああ、見えた。そして設計も合っている。ウィンディ、儂を一度下ろしてくれ』

『はい。次はどうすれば?』

『とりあえず風を当ててみろ。そうすればわかりやすい』

『では失礼して……これは、回りやすい!』

『風車の形ばかりに気をとられていた結果じゃな。奥まで支点を伸ばすと回しやすくなるのじゃ。今回は作用点がないのだがな』

「〝支点〟に〝作用点〟ですか?」

『契約者と守護者はまだ覚えなくともよい。物作りでは大切な要素になるが、いまはまだそれを覚えなくとも大丈夫じゃ。そういう言葉だけあると覚えておけ。〝力点と支点、作用点〟がセットになっている程度の知識で十分じゃよ』

 マインがそう言うということはいまはまだ覚えておかなくても大丈夫な知識……なのかもしれません。

 僕もリンもまだまだ知識は足りていませんからね。

『さて、次の改良じゃ。契約者よ、いまは床の部分に棒が支えを持って突き立っているだけだろうが棒の先端を球状にはできぬか? もちろん、受け口も同じように玉を受け止められるような形状に。それからその先端と小屋か突き出している部分、ここをなめらかに回るようにしてもらいたい。イメージは送る。創造魔法でその通りにしてもらいたい。もちろん、長年使っても削れていかないようにな』

「削れないようにするのは簡単です。なめらかにするためのイメージも受け取りました。早速試してみます」

 僕は棒の先端を球状に、それから、そこと屋根から出てくる支柱部分にも同じようになめらかにする仕組みを施しました。

 そして、ウィンディに風を送ってもらうといままでよりも弱い風で風車が回り始めましたよ!

『……すごいですね。マインが加わっただけでこれだけ前進するとは』

『物作りは儂の出番だ。問題は……羽根の重さじゃな』

「やはりそこに行き着きますか」

『このサイズの風車を量産するならば問題ないじゃろう。だが、風の者たちのことだ、もっと大きなものを要求しているのではないか?』

『……はい。森の木々の倍はあるものがほしいと』

『それでは羽根が重すぎる。クリスタルで中空構造、それで耐久性と軽さを兼ね備えてはいるがもう一押しほしい。さすがに儂もこれ以上はお手上げだな。ヒト族の風車など見たことがない』

「そうですよね。僕たちだってありませんから」

「うん。でも、見たこともないのにこれだけ改善点があげられるのはすごいことですよ、マイン様」

『この手のものは基本が一緒だからな。さて、どうする? これ以上は本当に儂でもお手上げだぞ?』

『……わかりました。私がヒト族の風車を確認して参ります』

『その方がいいじゃろう。内部構造はともかく、羽根の参考にはなるはずじゃ』

『メイヤ様に許可を取り、1日ほど里を空けますがお許しを』

「僕たちは構いませんよ」

「ウィンディ様こそお気をつけて」

『はい。それでは』

 ウィンディはまた一陣の風となって飛び去っていきました。

 彼女も動くことを決めたら早いことなんの。

『それで、シント。この風車小屋はどうする?』

「このまま出しっぱなしにしておきましょう。風関係の者たちが遊び場にするでしょうが耐久性テストにはなります」

「そうだね。その程度で壊れたらやり直しだもん」

『それもそうか。儂は帰る。今日は面白いものを手伝わせてもらった』

「こちらこそ。いいアイディアをありがとうございます」

「本当に助かりました、マイン様」

『気にするな。ではまたなにか物作りがあったら呼べ』

 マインが去っていき、僕たちもちょっと早いですが神樹の元へ行きメイヤに報告です。

 そのまま夕食を食べて眠り、翌朝風車小屋の様子を見に行ってみると想像通りの光景でした。

「風関係の精霊や妖精たちが楽しそうに回して遊んでるね」

「回っている風車の間をくぐり抜けようとして失敗し地面に叩きつけられている者もいますが大丈夫そうです」

「あとは、羽根の重さ問題さえ解決できれば巨大風車小屋作りだね」

「はい。とりあえず、ここはこのまま遊び場として開放しておきましょう」

「賛成。遅くならないうちに朝食に行こう」

 朝食を食べ風車小屋が問題ないか眺めているとウィンディが帰ってきました。

 フロレンシオのあるクエスタ公国まで行ってきたようです。

 確かにあそこなら風車もたくさんあるでしょう。

 風車の羽根についてもヒントがわかりましたし、明日はヒントとなったものを発注して準備ができたら巨大風車造りですね!
『ウィンディ様~! 取り付ける布はこんな感じでよろしいですか~!』

『はい、十分です! ありがとうございます、テイラーメイド!』

『いえいえ! 私の布がお役に立つのであれば!』

 ウィンディがヒト族の風車を見て学んできた風車の羽根の造り方。

 それは、〝羽根の部分を細かい十字状の支えだけにしてそこに布をかける〟というものでした。

 確かに、これなら全面クリスタルでできていた風車に比べてはるかに軽くできますし、テイラーメイドの布なら強靱性も抜群。

 あとから僕も魔法で強化しますが、テイラーメイドに言わせると「破れたら何度でも作り直します!」だそうです。

 テイラーメイドも自分の作った布を有効活用してもらえるとわかり、はりきっているんですよねえ。

「しかし、ウィンディ。いきなり巨大サイズの風車小屋を造ってよかったんですか? 窓の位置とかはマインにも指導してもらってあけてありますが」

『十分です! あの作りなら確実に回ります! ヒト族の風車だって自然の風で回っていたのですから精霊や妖精の起こす風で回らないはずがありません!』

「それならいいのですが。とりあえず、テイラーメイドの作業が終わるまで風車が間違っても動かないようにロープなどで固定していますけど……風の者たちはまだかまだかとうずうずしていますね……」

『自分たちの要望が通った証ですから。早く遊びたいのでしょう』

「怪我をしなければなんだって構いません。テイラーメイドが布を貼り終わって僕が強化の魔法をかけたら固定を解除します。さて、本当にうまく回りますでしょうか?」

「うん。私もちょっと心配」

『大丈夫ですよ! 絶対にうまくいきますから!』

 ウィンディまでものすごく乗り気ですが本当に大丈夫なんですよね、これ?

 しばらくしてテイラーメイドが布の貼り付けが終わったため、僕が強化魔法を施します。

 ドラゴンたちから習ったこの魔法、いろいろな場面で使えて便利です。

 それを自在に扱える創造魔法も大概ですけどね。

「それじゃあロープを消します。風の皆さんも怪我をしない範囲で試してみてください」

 僕の声に思い思いの声で応える風の精霊や妖精たち。

 そんなに待ちきれませんか。

 では、ロープを解除して……ああ、もう回り始めました。

『すごいです! まだ風の妖精たちが風を送っているだけなのに回り始めるだなんて!』

「それはよかった。ウィンディも遊んできたいんでしょう? 壊さない程度でしたらどうぞ遊んできてください」

『私、そんなにわかりやすかったですか?』

「物欲しげな目はしていました。早く行ってきなさい」

『はい! 契約者、守護者! また後ほど!』

 ウィンディも風車を回して遊んでいる精霊や妖精たちの輪に加わると、風を送って風車の回り具合を楽しみ始めました。

 まったく、彼女も気ままです。

『風車、できたようじゃな』

「マイン」

 ここでやってきたのはマイン。

 普段は炭鉱にいるはずなのになぜ?

『わりと弱めな風でも動くようで安心した。それにしても風車の羽根は格子状にして布で覆うか。ヒト族の知恵も見倣うべきところは見倣わなければ』

「〝格子状〟とは?」

『あのように縦と横の線が幾本も交わるもののことだ。ああすることで羽根の重さ自体を減らし、布を貼って風を受け止めるか。あとは頑丈な木の棒などで羽根部分を作ってやればなかなか壊れにくくもなるじゃろう。契約者は絶対に壊れない中空クリスタルという秘密兵器を持っているからメンテナンスの必要もない。布だって幻獣シルクアラクネの手作り。幻獣が突撃するような真似でもしなければ破けないだろう。風関係者にはよき遊び場じゃ』

「そうなってくれるなら嬉しいです。ウィンディは頑張っていましたから」

『しかしそうなってくると、次も考えねばな』

「次? 風車小屋の増設ですか?」

『それもあるがもっと手の込んだものを要求してくるかもしれぬ。アイディアは既にあるから困ったら儂の元に来い』

「ありがとうございます。僕もリンもまだまだ知恵不足、知識不足で」

『気にするな。物作りは儂らの趣味じゃ。風車小屋の様子も確認したしもう行く。ではな』

 それだけ言い残すと、マインは帰っていきました。

 ウィンディも含め、風関係の者たちは風車を回すことに夢中ですし……もうしばらくこの様子を眺めていましょう。

 マインの言っていた〝次〟が気になりますが……。


********************


 巨大風車を作ったあと、もう少し小さい風車もほしいということで近くに二基ほど増設いたしました。

 そちらも羽根は格子状、そこにテイラーメイドの布を貼り付けてもらって僕が強化するというやり方です。

 巨大風車も面白いようですが中型風車ももっと簡単に回せて面白いようですね。

 ちなみに、僕たちが実験で作っていた家サイズの風車も残っています。

 そちらは小型風車となっており、特に力の弱い妖精たちの遊び場になっていました。

 とりあえず平穏な日々が数日続いたあと朝食を食べに行くとウィンディとマインが。

 ……やっぱり〝次〟が出ましたか。

『申し訳ありません、契約者、守護者』

「次の要望が出たんですね?」

『はい。今度は別の方向から風を当てると風車の方向も変わる仕組みがほしいと……』

「マインも一緒ということは解決策もあると」

『あるな。屋根も軽量化できれば問題ない』

「では、朝食を食べたらすぐに初めてみましょうか」

『よろしくお願いいたします……』

『本当に風関係の者たちは気まぐれじゃ』

 メイヤの朝食を食べたら早速、ウィンディとマインを伴って実験用の小屋を建てます。

 その際、小屋の部分と屋根の部分の間に完全な丸形のよく回るクリスタルを挟むように言われましたが、その程度でしたら楽勝ですね。

 創造魔法って本当に便利です。

 そして、屋根も軽量化し風車も取り付けて完成しました。

 完成しましたが……これだけでいいのでしょうか?

『ウィンディ、風を風車の真正面ではなく少し横方向から当ててみよ。さすがに真横などからでは対応できない』

『わかりました……あら? 屋根の向きが変わった?』

『詳しい原理は省くが契約者に球状のクリスタルを挟んでもらった結果じゃ。あれのおかげで屋根が回転するようになり、風車自身がもっとも風を受けやすい方向に曲がっていくのだよ』

「……要望を受けてその日で解決ですか」

「すごいね、マイン様って」

『次の要望など想像できていたからな。ただ、さすがに巨大風車でもうまくいくかまでは自信が持てん。だめだったら諦めよ』

『わかりました、マイン。ありがとうございます』

『うむ。ではさらばだ』

 マインは帰って行ってしまったので、早速テイラーメイドと話をつけてもう一基巨大風車を用意します。

 結果としては〝それなり以上の強風なら角度が変わっていく〟となりました。

 それでも風関係の者たちは満足だったようですね。

 同じ仕掛けで中型や小型の風車もいくつか作ってあげましたし、しばらくは大丈夫でしょう。

 ウィンディからも〝これ以上のわがままは言わせません〟と聞かされましたし、今回の依頼も解決ですね。
 ウィンディたちの依頼が終わってしばらく、僕たちはようやく日常を取り戻しました。

 昼食後のお茶の席でもメイヤを含めた5人でその話をしています。

『ウィンディの依頼が終わったあとは静かになったわね』

「はい、メイヤ様。ようやく、私たち本来の務めに戻れます」

「いつかまた幻獣や精霊、妖精たちが襲われたときに備えてもっと力をつけなければ」

『もうジニ国にはそんな余力はないし、国自体が崩壊寸前……いえ、既に崩壊が確定。もう〝狩り〟なんてできはしないわ。影の軍勢の調査範囲も広がって別の国を調査しているけれど〝対抗装備〟や〝強制隷属の首輪〟の知識すら伝わっていないみたい。完全にジニ国だけで極秘裏に行われていたようね』

「そうなのでしょうか、メイヤ様。人間の世界には〝間者〟と呼ばれる者たちがいると伺っていますが」

「〝間者〟ってなに? ディーヴァ」

「わかりやすく言うと、いま影の軍勢の皆さんがやっているような調査をしたり、機密情報を盗み出したりする者たちらしいです。有能な子供などをさらう者もいると聞きましたが……」

『有能な子供、つまり創造魔法を覚えている子供をさらっていたのはジニ国の方らしいわよ? 〝対抗装備〟については各貴族が持っている知識は断片的なもので実物を盗み出しても使い方は不明瞭。〝強制隷属の首輪〟にいたっては王宮内の閉ざされた空間だけですべてを行っていたらしいから、どんな方法でも情報を盗み出せなかったのではないかって』

「ジニ国がやっていた行為は許せません。でも、すべてを国内だけで完結させていたことだけは有能でしたね」

「本当だよ。〝対抗装備〟や〝強制隷属の首輪〟の知識が漏れ出していたら、その国も相手取らなくちゃいけなかったんだから」

「そうですね。この里の戦力ならばもう負ける心配はないでしょう。でも、友達が危ないところに行くのは嫌ですよ?」

「シントお兄ちゃんもリンお姉ちゃんも危ないことはしちゃ嫌なの!」

「これからはできる限りそうします」

「でも、幻獣や精霊、妖精たちだけではどうしようもなくなったら契約者と守護者の出番だから。見逃してね、ふたりとも」

 ディーヴァとミンストレルはむくれてしまいましたが、実際ジニ国のように幻獣や五大精霊ですら手を出すことが危険な国を相手取るときは僕たちの役割です。

 無理はしませんが、しっかりとした準備と対策も講じなければ。

 去年の冬、〝王都〟での最終決戦のようにリンに命がけの戦いをさせるのは気が進みません。

『それで、ディーヴァとミンストレルは音楽堂で歌唱会の日だったわよね。シントとリンも聴きに行くの?』

「もちろん行きますよ」

「基本は毎回行っていましたが、たまに行けないこともありましたから……」

「ふたりにも私たちの歌を聴いていただけで本当に嬉しいです」

「うん! 嬉しい!」

『ドラゴンたちは毎回お土産として歌集を買ってくるのでしょう? あと、ヒト族の文字を読んだり話したりするための知識も渡されているとか』

「はい。私たちでは読めない文字の本も多いので……」

『そう言えば、シントとリンもその知識をもらい続けているのよね。かなりたくさんの国の言語を理解しているではないかしら?』

「どの地方にあるどの国の言葉かも一緒に知識として頭にすり込まれていますが……」

「私たちがそのような国に行くかどうか」

『里も平和になったのだし、ときどきなら数日程度外国へ出かけてきてもいいわよ? 契約者と守護者が常にいなければいけない神域なんてないわけだし、あなた方は不死身なんだから恐れるものはほとんどないし……というか、ドワーフたちの作ったオリハルコンの鎧にテイラーメイドの作った服があれば、一般的にヒト族が使っているような武器では傷ひとつ付かないのよねぇ』

「そこまで防御力が高かったんですか、この服」

『仮にも幻獣が自分の糸で作りあげた服よ。普通の木綿などに偽装されているけれど、本来はヒト族では手に入れようのない最上級のシルク。頑丈さも魔法耐性も桁外れね』

 そこまでの代物だったとは。

 やはり〝王都〟で戦った第一位創造魔法使いは相当などと言うレベルじゃない大魔法使いだったんですね。

『これからはどうするの? ディーヴァとミンストレルの歌唱会まで少し時間があるけれど』

「僕たちは風車の様子でも見てきましょうか」

「そうだね。無理に回して壊されていないか心配だもん」

「私とミンストレルは音楽堂で発声練習です。やはり皆様にはいい歌を聴いていただきたいので」

「頑張る!」

『シントとリンは出遅れないようにね。今日は私も音楽堂に行くわ。それじゃあ、またあとで』

 この場は解散となり、僕とリンは宣言通り風車小屋の様子を見に行きました。

 そこでは風関係の者たちに混じって空を飛べる妖精たちもはしゃぎ回っています。

 ウィンディから聞いた話だと、回っている羽根にぶつからないように間をすり抜けるのが楽しいのだとか。

 巨大風車はあまり早く回りませんし、それで楽しめているならいいでしょう。

 その後、ほどよい時間になったら音楽堂まで移動します。

 音楽堂では僕やリン、メイヤが座る専用席に近くなってしまった3階の小部屋へ。

 3階にはもっと大きな席が用意されていますが、体の大きな者たちは入れないため比較的体が小さな者たちが利用しています。

 その中に一角だけ区切られた小部屋があるのですが……ここ、僕とリン、それからメイヤ以外は誰も使わないらしいんですよ。

 ドラゴンたちも1階でしか歌を聴かないのだとか。

 ともかく、その部屋に入ると既にメイヤがいました。

『ああ、来たのね。シント、リン』

「メイヤより遅くなりましたか」

「お待たせいたしました」

『気にしないでちょうだい。この音楽堂で歌が始まる前の雰囲気というのも好きなのだから』

「そうなんですね。ところで、メイヤ。この席って僕たち3人以外誰も使っていないそうですがいいのでしょうか?」

『いいのではないかしら? 里のみんなとしても聖霊である私が側にいると緊張するでしょうし、契約者と守護者のあなた方が特別席を使う分には気にしないでしょう。この音楽堂を造ったのだってシントなのだから』

「そういうものですかね?」

『そういうものよ』

 いまいち納得できませんがそういうことと割り切りましょう。

 3人で席に座りディーヴァとミンストレルの登場を待つとやがて照明が落ち、ふたりがやってきました。

 そのあと次々披露される曲も多彩なものになってきており、レパートリーが増えたんだなと感じます。

 やがて最後の一曲となるわけですが……。

「やっぱり王都決戦の歌なんですね」

「これだけは毎回だけど恥ずかしくなっちゃう」

『仕方がないわよ。みんなが一番聴きたがっている歌がこれだもの。あなた方は諦めなさい』

「諦めます」

「仕方がないよね」

 僕たちは最後の歌も聴き終え、聴衆たちが帰り終わったあとにディーヴァとミンストレルの控え室に移動、ふたりの疲労が取れるのを待ってから夕食のために神樹の元へと向かいます。

『それにしても戦いが終わったのが冬の終わり。いまは夏が終わって秋が始まる頃、早いものね』

「そうですね。僕はちょっと忙しかったですが……」

『少しくらいは諦めなさいな。みんなそれぞれに要望や不満があったということなのだから』

「そうですね。去年の春にはなにもなかった神樹の里も賑やかになりました」

『ええ。さすがにこれ以上はあまり働かせないように言うけれど、またなにか要望が出たらよろしくね?』

「わかりました。契約者としてできる範囲のことはします」

「……守護者として無理をしないかも見張ります」

『それくらいがちょうどいいわ。秋からはなにが始まるのかしら?』

「平和が脅かされないといいのですが」

「はい。この里のみんながのんびり暮らしていけるようにしていきましょう」

「そうですね。リンではありませんが私にできることは歌うくらいです。それでもお役に立てるのなら」

「私もたくさん歌う!」

『みんないい子たちで助かるわ。さて、もうすぐ神樹ね。夕食にしましょうか』

 神樹の里は常春でも外界の季節は移り変わってもうすぐ秋。

 今年はいまのところ平和ですが、今後もこのまま平和であってほしいものです。
 神樹の里では常春なので気にしませんでしたが、ベニャトに付き合いフロレンシオに行くとき感じていた暑さも大分和らいできた秋の始まり。

 今日もベニャトの護衛と偽りフロレンシオへとやってきました。

 門衛の皆さんも僕たち3人のことはすっかり慣れたのか、どこかから歩きでやってくる怪しげな3人組をすんなり通してくれます。

 さて、今日はどうしましょうか……。

「おい、シント、リン。なにか欲しいものはあるか?」

「うーん、これといって」

「食事もこの間、食堂ってところで食べてみたけど……あんまり美味しくなかったし」

「お前らの感覚は里に毒されすぎてるからな。辛い目にあってきた分、この先は幸せにしてやりてえってのがみんなの願いだろうよ」

「そうでしょうか? 僕たちのお世話係も最近は料理のレパートリーを増やし始めたんですよね……」

「うん。美味しいんだけど……頼りすぎてたらだめになりそう」

「だったら今度はお前たちが料理を習ってみたらどうだ? 喜んで教えてくれるだろうぜ?」

「そうでしょうか? 仕事を増やしてしまいそうな」

「そうだよね。これ以上迷惑はかけたくないもん」

「少しぐらい世話をさせてやれ。ともかく帰ったらお前らも簡単な料理作りを習い始めてみろ。大喜びで教えてくれると思うぞ?」

「わかりました。心苦しいですがそうします」

「うん。申し訳ないけど」

 これ以上シルキーたちの仕事を増やすのは本当に申し訳ないのですが、僕たちも料理をできるようになっておくべきなのでしょうか?

 シルキーやメイヤ頼みばかりでは行けない気もしますが頼らないようになるとそれはそれで不満を持たれそうです。

 とりあえず簡単な料理だけ覚えてみることにしましょう。

「……それにしてもあのお方の服ってのはやっぱりすげぇよな。不自然にならないよう偽装してはいるが、暑くも寒くも感じねえよ」

「僕たちもですね。護衛と言うことで常に鎧の下につけていますが……汗ひとつかきません」

「うん。すごいよね、本当に」

「さすがとしか言いようがねえな。……おかげでこの街から買っていくもんがほとんどなくなっちまったのが問題なんだが」

「かなり高かった香辛料の種ですら買っちゃいましたからね」

「里では大量栽培してるもん。これ以上買う必要すらないし」

「俺たちが稼いでいる金はこの街の金。できればこの街のために使ってやりたいんだがよぉ」

「そうですね。ただ、善良な方ばかりでもないのが問題です」

「……私たちの目には悪意を持った人の方が多く見えちゃってるからね」

「そこが問題だよな。ふたりのおかげで悪人か善人かがすぐにわかるのが助かる。助かるんだが……そうなっちまうと、下手に買い物すらできねえ」

 そこなんですよね。

 悪意のある方のお店で買い物なんてしたくはありません。

 でもそうなるとベニャトの元にはお金が貯まる一方で、使い道がないんですよ。

 この国で売ってもらえる果物の苗木や種はすべて買ってしまったらしいですし、それ以外にも食べられる実がなる苗木なども売っていただけるものはすべて購入してしまいました。

 お酒の仕入れも顔を出してはいるんですが、熟成させるのに冬は越さないと無理だと言われており使い道が本当にありません。

 一体どうしたものか。

「……ヒンメルに着いちまったな。ウォルクにでもいい金の使い道がないか相談してみるか?」

「そうですね。彼なら無駄遣いにならず、よい方向にお金を使う方法も知っているかもしれません」

「だめだったらフロレンシオ行政庁で相談?」

「あそこはどうなんだろうな? でかい組織だろうし善悪ごちゃ混ぜだと思うぜ?」

「そっか。ウォルクさんや女将さんに期待だね」

「そうするか。さて、今日の商品を渡してやらねえと」

「そのあとはお金の使い道で相談ですね」

「そうなっちまうな。さて、入るか」

 いつも通り、アクセサリーショップのヒンメルに入ると普段とは違い物々しい雰囲気になっています。

 いえ、物々しいというか……奥にいる護衛の方が多い?

「ん? なんだ、あいつら?」

「え? ああ、ベニャト様、いいところに!」

「おう、姉ちゃん。なにがあった?」

「ベニャト様のアクセサリー一式、買いたいという方が現れまして……」

「いままでもそういう連中は大勢いたんだろう? ウォルクが全員追い払ったって聞くが?」

「今回はお相手の格が違うんです! この国の第二公女様がお見えでして……」

「ふうん。で、いくらで買い取りたいって?」

「……値段がつけられなくて困っているそうです」

「なに?」

「買い取りたいと申し出ているのですが、あまりにも価値が高すぎて指輪ひとつ買うことすら自分で動かせるすべてのお金を使っても無理だとおっしゃっており……」

「じゃあ、なんでここにいるんだよ?」

「……未練があるそうです。この街に滞在できる間、眺めるだけでも構わないので目に焼き付けたいと」

「ほう。面白そうな嬢ちゃんじゃねえか。シント、リン、お願いできるか?」

「わかりました」

「任せておいて」

「じゃあ、〝交渉〟だな」

 僕たち3人は奥へと進み困った顔をしていたウォルクさんに声をかけました。

 すると、ウォルクさんも本当に困ったような声で僕たちに話しかけてきます。

「ベニャト様、お越しくださいましたか。こう言ってはなんですが、非常にタイミングがよかった……」

「気にすんな、ウォルク。お前には普段なにかと世話になっている。で、俺らの作品を買いたいっていうのはどいつだ?」

「……あちらの奥で真剣にあのアクセサリーを見つめておられる方でございます。ベニャト様方も説得してくださいませんか?」

「〝説得〟はしねぇ。〝交渉〟だ」

「〝交渉〟?」

「ああ。あれにどれくらいの価値を見いだしているのか。それを見極める」

「……わかりました、第二公女様にベニャト様をご紹介します」

「頼んだ。あとのことは任せろ」

 ウォルクさんは豪華なドレスを着た女性の元へ行くとなにかを話しかけて女性とともに戻ってきました。

 この方が第二公女様ですか、神眼で見る限り善良な方のようです。

 さて、あとはこのあとの〝交渉〟次第でしょうね。

「初めまして、ベニャト様。私、クエスタ公国第二公女、プリメーラと申します」

「あ、ああ。俺はベニャト。言葉遣いが無礼なのは許してくれ。田舎者のドワーフなんで高貴な人間との話し方は知らねえんだ」

「そのような些細なことは気にいたしません。後ろのお二方は?」

「僕はシント。ベニャトの護衛役ですよ」

「私はリン。同じく護衛役よ」

「……そうですか。いまはそういうことにしておきましょう。それで、申し訳ないのですがベニャト様。あれらのアクセサリーはベニャト様と里のドワーフたちの合作と聞きました。私の一存で動かせるお金はミスリル貨2800枚が限界。それで指輪だけでも譲っていただけないでしょうか?」

「……なんでそんなに欲しがる? あれは単なるくすんだ」

「オリハルコンとミスリルの合金。それもオリハルコンの方が比率は上ですよね? それも恐ろしく純度の高いオリハルコンとミスリルを合金にしなければあのような色は出せません。失礼ながら、〝護衛役〟と名乗ったおふたりの装備もオリハルコン製。そちらは純オリハルコンでしょう。おそらく、おふたりはベニャト様の護衛ではなくベニャト様がおふたりの付き添いなのでは?」

「……そこまで見抜くか。たいした公女様だ。そう、シント〝様〟とリン〝様〟は俺が里の外に出るため近くまで送迎してくれているんだ。街の中では護衛役もしてくれているが、本来の立場は真逆。恐れ入ったよ」

「いえ、そういったところも見抜けなければ貴族社会では生き残っていけませんので。それで、指輪なのですが……」

「シント、リン。問題ないか?」

「ベニャトがいいというのなら」

「問題ないと思うわよ?」

「え? なんのお話でしょう?」

「プリメーラ公女様だったか。そのアクセサリー、いま時点をもってすべてあんたのものだ」

「え? 私はただ指輪ひとつでもお譲りいただければと」

「ほとんどの連中は宝石の方に目が眩むだろうが、あんたは宝石じゃなく土台の素材を言い当てた。その上で、単なるくすんだ金色の土台じゃなくオリハルコンとミスリルの合金製だと見抜きやがったんだ。そして、俺とシントたちの関係性まで見抜き、偽装を施してあるシントとリンの装備の素材まで言い当てた。審美眼は俺の認めるもんだ。お代は……そうだな、そいつの見張りに経費を支払ってくれていたウォルクに経費分だけ支払ってやってくれ。俺たちは一切受け取らねぇ」

「し、しかし……これだけのアクセサリーを無料で譲っていただくなど……」

「そう思うなら可能な限りいつでも身につけてくれ。ティアラは普通のアクセサリーだがほかは違う。あるお方にかけていただいた毒の無効化や呪いの無効化などの守護効果が付いている。あんたほどの人間、老衰以外で死なせるのは俺としてあまりにも惜しい」

「……かしこまりました。ドワーフの匠がその信念をかけて作ってくださった逸品たち。丁重に扱わせていただきます。ですが、いただくだけでは気が収まりません。なにか欲しいものはございませんでしょうか?」

「欲しいもの……そうだ、ウォルクに新しい店を用意してやってくれねえか?」

「ベニャト様!?」

「ウォルク、お前、昔に俺の作ったミスリルのアクセサリーも売れるようになれって言われてるだろう? この店で売りに出したら大変なことになるんじゃねえのか?」

「いや、確かにそうなのですが……」

「なるほど、そういうことでしたか。それでしたら、私がお店を買い信頼できる者を2号店の店長として派遣いたしましょう」

「プリメーラ公女様!?」

「これだけの匠が作ったミスリルのアクセサリーですからね。見本を見せていただけますか?」

「ああ、いいぜ。こいつだ」

 ベニャトはマジックバッグからいくつかのミスリルアクセサリーを取り出してプリメーラ公女様にお渡ししました。

 公女様はそれをひとつひとつじっくりと見定めて溜息をこぼします。

「……本当にドワーフの匠です。文句の打ち所がない超一流の品ばかり。これを取り扱えるようになればフロレンシオも更に商業都市として熱を帯びるでしょう。本音を言えば公都で店を構えていただきたいのですが」

「悪いがそいつは無理だ。ウォルクが気に入っているからアクセサリーを売っているんだからな」

「そうでしょうね。アクセサリーはお返しいたします。……あの、大変失礼ながら皆様、このあとはなにか用事がありますでしょうか?」

「ん? ウォルクにアクセサリーを渡したら特に急ぎの用事はないが」

「それでしたら妹に会っていただけませんか? どうか、助けると思って」

 助けると思って?

 それもまたおかしな話ですが……予定はありませんしプリメーラ公女様に従いましょう。
 プリメーラ公女様の馬車に同乗することとなり、連れて来られたのは非常に上品なホテルでした。

 ……田舎者の僕たちには無縁な場所なんですが、ここでなにをすればいいのでしょうか?

「着きました。皆様、どうぞお降りください」

「あ、ああ。降りろといわれりゃ降りるが……ここでなにをしろと?」

「それは……申し訳ありません。いまは話せないのです」

「妹様にお目にかかればよろしいのですよね? ここでよろしいのですか?」

「はい。先触れは出しておきましたので止められることもございません。どうぞ、ホテル内に」

「……どうするの、シント?」

「怪しさ抜群なんだが……どうすりゃいい?」

「お招きになっているのですから行きましょう。いざとなったら、ふたりのことは守ってあげますから」

「それ、私の役目」

「俺はそんなに強くねえから守られる立場だなぁ」

 プリメーラ公女様の案内に従い奥へ奥へと進んでいきます。

 段々警備が厳重になっていっているのがわかりますが、公女様の案内ということで意識は常にこちらに向けていても動こうとはしません。

 個人個人も強そうですし、質のいい人たちを揃えていますね。

 僕たち3人は公女様に案内されるまま、最上階にある一室へたどり着きました。

 扉の豪華さもほかの部屋とは段違いですし、警備にあたっている方々もとても強そうです。

 ここに一体なにがあるのでしょう?

「プリメーラ公女様、何用ですか?」

「イネスの容態を確認に来ました。場合によってはそれを治すこともかなうかもしれません」

「な……本当ですか!?」

「それほどのお客人です。通しても構いませんね?」

「かしこまりました。見れば装備も最高品質のものばかり。なにか隠しているものがあるのでしょう。どうぞお通りください」

「皆様、許可は下りました。部屋の中へ入りましょう」

「……その前に質問していい?」

「なんでしょうか?」

「どうしてそこの人たちは私たちの装備を見抜けたわけ?」

「ああ、そのことですか。この者たちは私の妹、イネス直属の近衛騎士。ものの本質を見抜く力も優れております。もちろん、おふたりが本気でかかってくれば勝てないことも」

「……そうなんですか?」

「はい。数秒間は時間を稼いで見せますがそこが限界でしょう」

「ですが、この命、イネス様のために使うと決めた身。例え数秒であってもイネス様が逃げおおせる時間を稼げるのであれば惜しくはありません」

 ……この方たちの言葉に偽りはありません。

 僕たちもそのイネスという方に会いたくなってきました。

「お話は以上でよろしいでしょうか?」

「ええ、時間を使ってしまい申し訳ありません」

「はい。興味本位で聞いて悪かったわ」

「……こいつらの覚悟、いいなぁ。何の障害もなくなればミスリル合金の装備程度は渡してやりてえんだが」

「それはまた次の機会にでも。いまはイネスを」

「わかりました。ご案内を」

「ええ。プリメーラです、ドアを開けなさい」

 公女様がドアをノックして宣言するとドアが内側から開かれ……紺色の服を身にまとった女性がいました。

 彼女は?

「プリメーラ公女様、いかがなさいましたか?」

「イネスの治療ができる可能性があります。この方々ならイネスの診断と治療を行っていただけるかもしれません。通しても構いませんね?」

「……恐ろしく上物の鎧に衣服。偽装してありますが、どこで入手されたのでしょう?」

 この方まで僕たちの装備や服を見抜くとは……。

 クエスタ公国とはジニ国とは大違いですね。

「あなたまで僕たちの装備を見抜きますか」

「悪いけど出本は明かせないわ。私たちの隠れ里で入手できる素材だとだけ告げておくけど」

「かしこまりました。不躾な質問、お許しを。イネス様は寝台でお休みです。いまは侍従長がお側においでです。事情は私から話しますか?」

「いえ。私の口から直接話します。案内だけ」

「はい。こちらに」

 紺色の服を着た女性に案内されて部屋の中に入れば、部屋の外にいた兵士と同じ装備をした方々や紺色の服の女性と同じ服装の方々が数名います。

 ここは一体?

「侍従長、プリメーラ公女様をお連れしました」

 僕たちを案内してくれた女性は、ほかの女性たちよりも更に深い紺色の服を着た女性に話しかけました。

 年齢的には……さほど歳をとっていらっしゃらないようですが、彼女が一番偉いのでしょうか?

「プリメーラ公女様が? ……ああ、これはプリメーラ公女様、気がつかずにお許しを」

「気にしておりません。それよりもこの方々にイネスの診察をしていただきたいの。侍従長、許可を」

「その方々? 恐ろしく上物の衣服や装備に身を固めていますが……何者ですか?」

「私は想像がついています。だからこそ、あなた方にはお話できません」

「……かしこまりました。診察とはまずなにを?」

「そうですね……皆様の中でもっとも医術や回復魔法に詳しい方はどなたでしょう?」

「ああ、それなら僕です。回復魔法で治療すればいいのですか?」

「……治療ではなく〝診察〟をお願いいたします。回復魔法で治療できた試しがないので」

 回復魔法で治療できない。

 そうなると……。

「(リン。命魔法を使ってもいいでしょうか?)」

「(そもそもシントって回復魔法を覚えているの?)」

「(それもそうですね)」

 よく考えたら僕は〝回復魔法〟を覚えていません。

 上位互換になる〝命魔法〟を先に覚えさせられたのですから、必要ないと判断されていましたね。

「プリメーラ公女様。これから使う魔法のこと、内密にしていただけるのでしたら診察と治療を試してみたいと思います」

「……やはりそうでしたか。皆もいまの言葉、聞きましたね? 今日これから起こることは決して口外することのないように!」

 プリメーラ公女様の命令でこの部屋にいた方々全員が承諾の返事を返してくれました。

 僕としてはばれても気にしないのですが、メイヤやリンは絶対気にしますからね。

 軽々しく使わないようにしましょう。

「侍従長、場所を譲ってください」

「かしこまりました。このままではイネス様の命はいくばくもありません。旅のお方であろうともすがれるものにはすがりたいのが私の本心でもございます」

「シント様、よろしくお願いします」

 侍従長という方が場所を譲ってくれたおかげでイネスという少女にも触れられるようになりました。

 ただ、神眼で見ている限りどうにも嫌な予感がしてなりません。

 どうせ命魔法だとはばれますし、全開で行きましょうか。

「それでは失礼して。行きますよ?」

「お願いいたします。〝命魔法〟でも治癒ができなければ望みがありません」

「プリメーラ公女様? 一体なにを?」

「この方々の出自はそういうお方だということです」

 ……これ、僕たちが神域の関係者だと見抜かれていますね。

 どうするべきか対処に困りますが……いまは目の前の命を助けることが先決です。

 僕は魔力を集めイネスという少女に全力の命魔法を流し込みます。

 体の各所にあった痛みなどはこれで取れてくれるでしょう。

 でも、これは……。

「……新緑の輝きを放つ回復魔法。やはり〝命魔法〟の使い手でしたか」

「ばれているのであれば話しましょう。確かに僕は命魔法の使い手です。そして、可能な限り治療を施しました。ただ……」

「……やはり完治はできなかったのですね?」

「胸の奥にある血が集まる場所に強烈な違和感を覚えました。そこに命魔法をどれだけ流し込んでも治癒ができません。一体これは?」

「それ以外の場所は治癒できましたか?」

「はい。全身が相当ボロボロでしたが完治したはずです。ただ……」

「胸の奥にある血の集まる場所は〝心臓〟と申します。どのような生物にとっても全身に血を巡らせるため、絶対に必要でもっとも大切な場所。そこの治療ができませんでしたか」

「申し訳ありません。なにか別の力によってはじかれてしまうのです」

「その力は〝呪い〟です。侍従長、こうなってしまえばすべてをお話しいたしましょう」

「……はい。心臓以外を治療いただけたのでしたら少しでも寿命が延びたかもしれません」

 心臓以外を治療した結果、寿命が少しでも延びた?

 一体、このイネスという少女はどれほどの状態なんでしょうか。