ベニャトが大量に買い付けた酒樽はすべて彼が持っていたマジックバッグというものの中に収まりました。

〝マジックバッグ〟の仕組みはリンがこっそり教えてくれましたが、時空魔法の保管庫と似たような性質があるそうです。

 ただ、保管庫は魔力次第で容量が決まるのに対してマジックバッグは作り手の腕次第だそうですが……。

 あれだけの酒樽が入るということはマイン製でしょう。

 さて、買い物は済んだのですがまだ問題がひとつ残っています。

 次にフロレンシオに来るときどうやって街に入るかですね。

 まさか今度も不正侵入というわけに行かないでしょうし、どうしたものか……。

「そう言えば、皆様は入街税が高かったのでは?」

「ああ、うむ。高かったな」

 入る方法を考えていたときちょうどウォルクがこの話を振ってくれました。

 彼ならなにかいい解決策を知っているかもしれません。

「そうでしょうね。フロレンシオは身分証がなくとも入れますが身分証なしでは入街税が非常に高い。そちらはどうされたので?」

「俺が3人分支払った。おかげで持ち金がほとんどなくなってしまい、アクセサリーが売れなければ買い物もできない有様だったがな」

「ふむ……そういうことでしたら〝商業者登録〟がお勧めでしょう。そうすればこの街の入街税はかなり安くなります。護衛の方々もまとめて〝商業者登録〟ができるので便利ですよ」

「〝商業者登録〟? 俺たちのような田舎者でもできるのか?」

「はい。ベニャト様のような優れた職人であれば間違いなく。少々お時間は頂きますがよろしいでしょうか?」

「わかった。毎回高い入街税を払うのも厳しい。商業者登録とやらをお願いできるか?」

「かしこまりました。それではフロレンシオ行政庁に向かいますのでこちらへどうぞ」

 ウォルクさんは〝辻馬車〟と言うものに乗り、ひときわ大きな建物の前で僕たちとともに降りました。

 この立派な建物が〝フロレンシオ行政庁〟でしょうか。

「ここがフロレンシオ行政庁です。ベニャト様、ララさんに贈ったようなミスリル製のアクセサリーはまだお持ちですか?」

「たくさんあるぞ。まさか、ミスリル製ですら売れないとは想像していなかったからな」

「それでしたら十分です。ひとつ見本を貸して頂けますか?」

「いいぜ。このブレスレットでいいか?」

「十分過ぎますが……大丈夫でしょう。それでは皆様、どうぞこちらへ」

 ウォルクさんはフロレンシオ行政庁の中へと僕たちを案内し、〝新規商業者登録〟と書かれた看板のあるカウンターで話をしてくれています。

 そのときベニャトが見本として渡したブレスレットも見せましたが……そこにいた受付係という方でしょうか?

 その方が慌てて奥へと走って行き、貫禄のある男性を連れて戻ってきました。

「ウォルク、そのブレスレット。間違いなくミスリル製、しかも宝石までちりばめられているが……製作者は誰だ?」

「はい、コン様。こちらにいるベニャト様ですよ」

「なるほど、ドワーフの匠か。奥にある談話室を急ぎで用意させた。続きはそちらで話すぞ」

「構いませんとも。ああ、ベニャト様には案内役で護衛役のシント様とリン様も一緒です。そちらも構いませんよね?」

「むしろこれだけのものを作れる匠がひとりで出歩いていることが不自然だ。だが……その少年少女は強いのか?」

「俺なんかよりはるかに強いぞ? 今回は目立たせないために俺たちが作った鎧などは着ないで連れてきた。だが、許可をもらえるなら次からはフル装備で連れ歩こう」

「そちらの方がいいな。ともかく談話室へ。そこでいろいろと話と鑑定をさせてもらう」

 コンと呼ばれた男性に連れられて奥の方にある部屋へ。

 そこではもうひとり女性が待っていました。

「初めまして、皆様。私、神眼使いのオウスと申します。今回の商業者登録について作品の鑑定とお話を伺わせて頂きますのでご容赦を」

「神眼使いの方がいらっしゃるのですね。この街では初めて会いました」

「神眼使いは様々な機関で取り合いになるもので……私も数年前までは国で働いておりました」

 僕の神眼でも嘘はないと判定されていますし、話す内容には注意しないと。

 ベニャトも神眼のことは十分承知でしょうからうっかり神樹の里のことは話さないでしょうが……心配です。

「さて、先ほど見せていただいたブレスレット。あれは間違いなくベニャト殿の作品だった。ほかにもミスリルのアクセサリーはあるのかね?」

「たくさんあるぞ? 俺が作ったものだけじゃないが里の仲間と協力していろいろ作ってきた。何個出せばいい?」

「……とりあえず10個ほどでいい。その中にベニャト殿の作品も含めてくれ」

「わかった。俺だけで作ったのは……残り5個だな。ほかは里に残っているみんなのものになるがいいよな?」

「構いません。嘘もありませんし、どうぞお出しください」

「ああ。これが今回売るつもりで来たミスリル製アクセサリーだ。ドワーフの名に恥じない程度には装飾も凝らせてもらったぞ」

「……オウス?」

「……知らない名前の方々による作品も多いですが確かに5つはベニャト様の作品です。それもどれも立派な装飾と宝石がちりばめられた逸品ばかり。大店に持ち込めばひとつでもミスリル貨が動く取引になるでしょう」

「やっぱりそうなっちまうのか。じゃあウォルクの店じゃ売れねえよな」

「ウォルクの店以外では取引するつもりがないのか?」

「ドワーフにはドワーフの信念がある。高く買い取ってもらうことより作品を丁寧に扱ってもらうことの方が大事ってもんだ」

「いまの話にも嘘がありません。これだけの作品を売りに出せないとはもったいない……」

「そうか。ところで君たちの出身はどこだ?」

「ああ、人里離れた田舎の隠れ里だ。悪いが秘密の鉱山とかもあるから場所は教えられねえ。人が押し寄せられても困るからな。そうなったら力尽くでの排除になっちまう」

「いまの話にも嘘がありませんね。これだけ良質なミスリルが産出できるのです。場所は明かせなくて当然でしょう」

「オウス、お前の判定は?」

「商業者登録しても構いません。ただ……」

「なにか不満でもあるのかい?」

「その……こちらのネックレス、こっそり売っていただけないでしょうか? 一目見て気に入ってしまいました。もちろん相応のお金は支払いますのでどうか」

「……まあ、そういうことなら構わねえよ。値段はいくらつける?」

「ミスリル貨5枚で。それより安く買い取るなど神眼師としてあまりにも恥ずかしい」

「……高く買いすぎだが、そっちにもそっちのプライドがありそうだな。大切にしてくれるなら売ってもいいぜ」

「ありがとうございます」

「……その、そういうことならば私も売ってほしいものがあるのだが」

「コンって言ったか。これは全部女性向けのアクセサリーだぞ?」

「妻との結婚記念日が近いのだ。高い買い物をしすぎだと怒られてしまうかもしれないが、最初に見せていただいたブレスレット、あれを売ってもらいたい。オウス、あれの値段は?」

「ミスリル貨7枚が妥当かと」

「それならすぐに支払える。譲ってはもらえないだろうか?」

「大切にしてくれるならいいぜ。護衛のふたりがなにも言わねえってことは悪いやつじゃなさそうだしな」

「……まさか、ふたりとも神眼持ちか?」

「そうなる。買い叩くような真似をすれば止めてくれるだろうよ」

「……私たちも見くびっていたようだ。ともかく、金はこちらになる。収めてもらいたい」

「私のお金もこちらに。すぐにでも身につけたいのです」

「おう。確かに金は受け取った。大事に扱ってくれ。盗まれるようなことがないようにな」

「もちろんです」

「妻にもよく言い聞かせよう。さて、話が逸れてしまったが商業者登録の審査は問題なく合格だ。3人分の商業者証を作製してくるので少し待っていてもらいたい」

 コンさんが出て行ったあと少し経つと3人分のバッジを持ってきました。

 これが商業者証でしょうか?

「これが商業者証だ。ほんの少しでいいから魔力を流してくれ。そうすれば色が変わる。それをもってその者専用になった証しだ。魔力はほんの少しだぞ? 昔より魔力を流しすぎて壊す者が続出しているのだ」

 ほんの少し、と言うことなので指先で触るだけにします。

 すると僕の商業者証は深い緑色に、リンの商業者証は淡い緑色に、ベニャトの商業者証は銀色になりました。

 これで登録完了ですかね?

「よし、これで登録完了だ。もし紛失しても街門で申請してくれれば我々の記録表と照らし合わせて商業者登録が本当にあるのか確認してもらえる。ただ、そのときはまたこの行政庁を訪れてほしい。商業者証の再発行には金貨1枚を頂くがなにもつけていないで出歩かれると困るからな」

「……ひょっとして、このバッジってすごい価値があるのか?」

「行政庁が認めた職人や商人にしか渡さない証明だ。それを持っていれば大抵の店で高くものが売れるぞ?」

「そっか。そんなことはするつもりがないがありがたくもらっておくよ」

「そうしてもらいたい。そして、ウォルク。お前の店も早くこれらのミスリル製アクセサリーを取り扱える規模になれ。これだけの匠のアクセサリーを売れないのはもったいない」

「ええ、頑張りましょう。できれば庶民向けのアクセサリーショップであり続けたいのですが」

「諦めろ。少しずつでもいいからミスリルのアクセサリーも仕入れてくれ。街の損になる」

「では、そちらも頑張りましょう。今日はこれで引き上げても?」

「ああ。いい匠を紹介してくれて感謝する」

「こちらこそ。3人が街に出入りするたびに高い入街税を支払わせるのは心苦しいですからね」

「確かに。……いい買い物もさせてもらった。気をつけて帰ってくれ」

「おう。バッジはなくさないように気をつけるぜ」

「ありがとうございます、コンさん、オウスさん」

「ありがとうね」

「こちらこそ、本当にいい匠でした」

 街の出入りに必要な身分証も手に入りましたし、そろそろ帰る時間ですね。

 日も大分傾いてきましたし。

「ところで宿はどうされるのですか?」

「ん? 悪いが今日中に街を出なくちゃいけないんだよ。気を遣って悪いな、ウォルク」

「そうでしたか。それでは、また会える日をお待ちしております」

「ああ。今度はもっと金や銀のアクセサリーを作って持ってくるぜ。そうすればあまり高くせずにすむだろ?」

「それでも既存品よりは高くしなければなりませんがね。多少高くても記念日などに背伸びして買える程度の値段に落ち着けてみせますとも」

「そうしてくれ。じゃあな、ウォルク」

「ウォルクさんもお気をつけて」

「なんとかまた会いに来ることができるように相談してみるから」

「ええ、それでは、また」

 僕たち3人は帰り道、堂々と街門を抜けて目立たないところで透明化、空を飛んでシエロとシエルに合流します。

 いやはや、濃密な一日でした。