野外ステージや音楽堂の建設で春はほとんどの時間が過ぎてしまいました。

 この長い間に染みついてしまった僕のリンに対する甘え癖とリンの僕に対する甘やかし癖は治らず、今日もリンはご機嫌で朝食に向かいます。

 途中で合流したディーヴァとミンストレルも先日の公演が成功したことでウキウキ笑顔ですし、女性3人は明るく僕ひとりが沈んだ表情を浮かべていました。

 そして、そのままメイヤの待つ神樹の元へとたどり着いてしまいます。

『おはよう、4人とも。シント以外は元気そうね。シント、なにかあったの?』

「音楽堂を建築していた間に染みついてしまったリンへの甘え癖が抜けません……」

「えー、いいじゃない。私はシントが甘えてくれて嬉しいよ?」

『だそうよ? 私としても契約者と守護者のふたりが仲良く過ごしているのは都合がいいわ。そのまま甘え続けなさいな。リンも甘えられるのは嫌じゃないのでしょう?』

「もちろんです、メイヤ様。毎日甘えてくれてとっても嬉しいです」

『じゃあ、シントが我慢なさい。あなただってリンに甘えられて嬉しいでしょう?』

「嬉しいことは嬉しいのですが……成人したというのにいつまでも甘えたままというのは恥ずかしいです」

『あなただって、今年で14歳だもの。……そう言えばリンの歳って何歳?』

「わかりません。物心ついたときにはすでに檻の中にいました。わかるのは神樹の里までたどり着くまで5年かかったくらいですね。季節の移り変わりだけは数えていましたから。……その、食べられるものを探すために」

「リンの年齢なら私が知っています。今年で16歳ですよ。シントとはそんなに離れていません」

「そうなの? ディーヴァ」

「はい。あなたのことは生まれたときから知っていますので。ちなみにミンストレルは今年で7歳です」

『そうなのね。ディーヴァは相応に長く生きているのだろうけれど、それ以外はみんな若いわ。とりあえずシントとリンはそのまま仲良くなりなさい。悪いことなんてひとつもないのだから』

「……そうします」

「はい!」

 今日もメイヤの美味しい木の実を食べたあと、午前中は訓練へ……向かおうとしたのですがメイヤに引き留められました。

 なにかあったのでしょうか?

『シント、リン。あなた方ふたりはドワーフの鉱山に行ってもらいたいの。そこでドワーフのまとめ役と話をしてきて頂戴』

「ドワーフのまとめ役ですか?」

「メイヤ様、ドワーフたちの間で何かトラブルでも?」

『ドワーフたちの間でトラブルがあったわけじゃないのだけれど……〝王都〟の問題も片付いて肥沃な土地に住めるようになったことで種族としての我慢ができなくなり始めているというか……』

「種族としての我慢?」

『まあ、話を聞いてきて。その上で可否を判断してきて上げて頂戴。神域の契約者と守護者の判断なら従うでしょうから』

「とりあえず、わかりました。話を聞いてみます」

「なんだろうね、シント?」

「さあ……?」

 よく意味はわかりませんが僕たちと相談したいというのであれば行くのが役目でしょう。

 いまでは出番がなくなったので訓練の時に身につけるだけですが、〝王都〟と戦っていたときは助けられていましたから、そのご恩は返さねば。

 そうしてやってきたマインとドワーフの鉱山では相変わらず鉱石や宝石掘りと鍛冶や宝飾品作りが活発に行われていました。

 ……やってきたのはいいのですがドワーフのまとめ役ってどなたでしょう?

『ん? 契約者と守護者か。今日はなんのようじゃ? なにかほしい装備やアクセサリーができたか?』

「ああ、マイン。そうではなく、ドワーフのまとめ役という方と話をしにきました」

「はい。メイヤ様から頼まれて」

『ああ、あいつか。平和になったもんだから我慢できなくなっちまったんだな。ちょっと待ってろ、すぐに呼んでくる』

「ありがとうございます、マイン」

 マインが坑道の奥に消えていき、戻ってきたときにはひとりの男性ドワーフを連れてきていました。

 この方がドワーフたちのまとめ役?

『待たせたな。こいつが今回メイヤ様に話を持っていった連中の代表、ベニャトだ』

「初めましてだな。契約者様、守護者様。ベニャトと申します」

「初めまして。シントといいます。あと、丁寧な言葉遣いでなくても大丈夫ですよ? 僕の言葉遣いは習い性のようなもので染みついてしまったものですから」

「私はリンよ。私も丁寧な言葉遣いなんて気にしないから自由に話して。今回の用件はなんなのかしら?」

「では、砕けた話し方をさせてもらうぜ。今回の用件なんだが、神樹の里に畑を作っても構わないか? 世話は俺たちで行う」

 神樹の里で畑作り?

 僕とリンも去年話したような気がしますがなんのために?

「ええと、食事に不満でもありますか? ドワーフたちにもメイヤの実が支給されているはずですが……」

「ああ、いや。食事に不満はない。神樹様のお恵みも毎日美味しく頂いている。それとは別に畑を作りたいんだ」

 食事に不満はないのに畑作り?

 それも鉱石や宝石掘りと鍛冶やアクセサリー作りが生きがいのようなドワーフたちが?

 まったく話が繋がらないのですが……。

「ねえ、どうして畑を作りたいの? 土地はたくさん余っているから問題ないけれど、ドワーフって畑を耕して作物を育てる種族っていうイメージがないんだけど……」

「まあ、そうんなだが……」

『はっきりしろ、ベニャト。目的を明確に告げないと話が進まんぞ』

「……それもそうでございますな、ノーム様。その……酒がほしいんだ。その原料として作物を育てたいんだよ」

「お酒の原料のための作物?」

「そうなる。聖霊様に酒の素材になるような実が作れないか伺っんだが、無理だといわれてしまってよ。それならば作物を作り育てるしかないと言う結論にいたったんだ」

「いや、いたったんだって……お酒造りの知識はあるの? あと設備とか。私も知らないけどお酒を造るのだって簡単なことじゃないんでしょう?」

「酒造りの知識はある。外界で平和に暮らしていた頃は人間と取引し酒も買っていたし、原材料も買って自分たちでも作っていた。設備さえ作れば魔法のアクセサリーを作るのと同じ要領で数日待てば酒にできるんだよ」

 ……そんなこともできたのですね、ドワーフたちって。

 でも、ここで一番の問題があるのですが。

「作物を育てるにも種などが必要ですよね? それらはどうするつもりだったのですか?」

「そこでおふたりの力を借りたかったんだ。別の国にまで出かけていって儂らの作ったアクセサリーを売り、その金を元手に種や苗を買う。そうすればあとは畑を作るだけなんだよなぁ」

 ……僕たちの力を借りる前提とはいえ計画は立てていたんですね。

 そこまでしてお酒を飲みたいのでしょうか?

「アクセサリーを売ったお金でお酒を買っちゃだめなの?」

「それではすぐに飲み干しちまう。継続的に酒を飲むためにも種や苗を買うんだ」

「……そんなにお酒が飲みたいんだ」

「ドワーフにとって酒は命の水だからな!」

「ええと、マイン様?」

『あながち間違いでもない。この里が平和になったことで欲求がたまったということじゃ。あとはお前たちの判断次第。どうする?』

「いや、どうすると言われましても……」

「ちょっと困っちゃうよね……」

「なんとかならねえか?」

「うーん。僕らが人里に出るのはあまりよくないことでしょうし、メイヤの判断次第ですね……」

「そうだね。メイヤ様と相談だね」

「そうなるよなぁ。色よい返事を待ってるぜ」

 色よい返事ですか……。

 今回ばかりはどうなるかわかりませんよ……。