神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~

 なんとなく、毎朝リンと分かれて行動するのが寂しくなってきました。

 でも、音楽堂作りはやり遂げねば!

 今日も音楽堂前では3匹のドラゴンが待ち構えています。

 1枚の木の板を持って。

「おはようございます。その木の板は?」

『これから内装……つまり音楽堂本体を作ってもらうために必要な木材だ。よく調べてまったく同じものを何枚もサイズ違いで作れるようにしてもらいたい』

「構いませんが……神眼で調べた結果、見たことも聞いたことのない木なのですがこれは?」

『音を響かせるには最適な品質を持った木材を最高品質で作ってもらった。ドライアドでも苦労していたぞ』

『そうね。あなたが外観作りをしていた2週間をかけてようやく満足できる木材になったもの』

 ……ツリーハウス、あなたにも飛び火していたんですね。

 すべての工事が終わったら謝りに行きましょう。

「それで、〝音楽堂〟本体ですか? それは木製の家を作るようにすればいいのでしょうか?」

『いや、まったく違う。いまイメージを送る』

 このときドラゴンから送られてきたイメージは……複雑なんてものじゃないですよ!?

 なんですか、この壁のギザギザは!

 角度まで完全に指定されているじゃないですか!?

『いま送ったのが音楽堂本体だが、説明は必要か?』

「お願いします。さすがにこの複雑さはちょっと……」

『まずステージ。その後ろの壁がまっすぐな木の板でできているのは反響音を聴衆にしっかりと聞かせるためだ。そうすることで音がより鮮明に届く』

『ステージの上面がなだらかな円状になっているのも同じ理由よ。すべては聴衆に音を届けるためね』

『天井が波打っている理由は低音部分が吸収されるためだ。低音部分だけが後ろまで響いては雑音になってしまうからな』

『壁の波打ちは逆に音を響かせるためだ。そうすることで遠くまで音が響き渡り、後ろの方でも臨場感を味わえる』

『彼女たちが魔法のアクセサリーや《ファーボイス》の支援を使っているとはいえ、場所はしっかりと作ってあげたいものね。さあ、はりきって作るわよ!』

「……はい」

 こうして始まった〝音楽堂〟本体作り。

 まずはステージから始めたのですが、その時点からダメ出しが連発。

 なんでも、ステージは完全に水平になっていなければいけないのだとか。

 僕は慎重にステージ上面を造り上げ、この時点で2日を消費。

 次はステージに上がるための階段……と考えていたのですが、〝音楽堂〟では演者が別の入口から入ることになるためいらないらしく。普通に木の板に細工を施して作るだけで許してもらえました。

 次はステージ後ろの壁作り。

 反響音とやらを綺麗に響かせるために必要な設備というだけのことはあり、細かい指摘が爆発。

 この部分を作るのにも一週間ほどかけました。

 その次はステージ上の天井作りです。

 こちらも綺麗な丸みを帯びていなければいけないと言うことで指摘を何度も受けましたがなんとか3日で完成させました。

 ですが、ステージを作るだけでも2週間を消費しています。

 この先天井や壁などを作るのには何週間かかるのか……。


********************

 そして、唯一の休憩時間であるリンとの温泉と睡眠時間。

 温泉でリンに話しかけられてしまいました。

「ねえ、シント。大丈夫? 毎日、疲れた顔をして帰ってきているよ? 辛かったら少しくらい休んでもいいんじゃない?」

「いえ、大丈夫ですよ。早く音楽堂を完成させないとドラゴン達の不満が爆発しそうです」

「でも、ディーヴァやミンストレルも心配してるんだよ? 段々シントの元気がなくなっていってるって」

「それは悪いことをしていますね。ですが、創造魔法でもないと竜たちの細かい注文に応えられないのですよ……」

「私が乗り込んで文句を言おうか?」

「やめてください。竜との関係がこじれたら〝音楽堂〟が作れなくなります」

「でも……私にはシントの方が心配だよ。もうすぐ1カ月になるんだし」

「すみません。ずっと心配をかけっぱなし、甘えっぱなしで」

「甘えてくれるのはいいけど……そうだ、私の胸に寄りかかってみる?」

「どうしてですか?」

「女の人の胸に顔を埋めると男の人は気持ちが安らぐんだって! シントもやってみて!」

「はい。こうでしょうか?」

「そうそう。ああ、シントの感触が気持ちいい……」

 僕もなんだかリンの柔らかい胸に包まれていると気持ちが癒される気がします。

 でも、これって慣れてしまってはいけないことの気がしますね。

「ありがとうございます、リン。もう大丈夫です」

「もういいの? 私はもっとシントの感触を感じていたかったな」

「なんだか僕の方がだめになるような気がして。とりあえず、温泉から出て寝ましょうか」

「うん。明日は私も〝音楽堂〟の工事を見に行くからね!」

「わかりました。ただ、ドラゴン達と衝突しないでくださいよ」

「わかってるって。さあ、一緒に寝よう」

「ええ、そうしましょうか」

 今日もリンに抱きしめられながら寝ることとなりました。

 リンの優しい匂いに包まれているとよく眠れるんですよね……。
「だめだよ! こんな難しい工事、毎日シントにやらせていちゃ!」

 リンが〝音楽堂〟を見学に来てすぐさま、不満が爆発しました。

 ドラゴンたちでさえ気圧されています。

『う、うむ。だが、音楽堂というのはこういうものなのだ』

『その通り。この神樹の里で作れるのは契約者しかいまい?』

『そうよね。契約者がいないと……』

「シントしか作れないことはわかるの! こんな複雑で難しい作業を毎日毎日休みなしでシントにやらせていたことが大問題なの! ドラゴン基準で考えないで! 私たちは契約者と守護者だけど人間とエルフなんだから!!」

『ああ、いや、その……』

『契約者がなにも言わなかったものだからつい……』

『私たちなら休まずにこの程度の作業を毎日続けられるんだけど……』

「ともかくシントには無理! できれば3日に1日、少なくとも5日に1日は休ませなさい!」

『わ、わかった。3日に1日休むことにしよう』

『音楽堂は早く作ってもらいたいがそういう事情であればやむを得まい』

『そ、そうね。無理をさせすぎてもよくないわ』

「そういうわけだから今日はお休み! シント、どこかにお出かけ!」

「えぇ……いいのですか、ドラゴンたちは?」

『いや、無理をさせすぎてきたようだからな……』

『守護者を止められる理由がない……』

『本当にごめんなさい……』

 ドラゴンにまで謝られてしまいました。

 リン、強すぎです。

 でも、お出かけとはどこに行くのでしょうか?

 とりあえず〝音楽堂〟は出ましたが。

「リン、これからどうするのですか?」

「まずはディーヴァの歌唱会に行く! いまの時間から行けばそれなりの場所を確保できるから!」

「構いませんけど……無理矢理はだめですよ?」

「わかってるよ!」

 怒ったままのリンに連れられてディーヴァの野外ステージへ。

 そこでは開始時間より大分早いのに幻獣などがすでに場所取りをしていました。

「相変わらずディーヴァの歌は人気ですね」

「ステージができてからはよく声も通るようになったからね。さあ、私たちも席を取るよ。あそこがいいかも」

 リンに連れられてやってきたのは前に大型の幻獣などがいなくてディーヴァの顔がよく見ることができそうな丘の上。

 そこで開演時間を待ち、ディーヴァがやってくると大歓声で迎え入れられ、彼女の歌が始まります。

 ですが、ディーヴァの歌っている歌は僕の知らない歌。

 彼女も僕が知らないうちに成長していたんですね。

 ディーヴァが10曲ほど披露すると歌唱会も終了。

 また歓声が響き渡り聴衆たちが帰っていきます。

 やがて、僕たちの元にディーヴァがやってきて……僕のことを叱り始めました。

「シント様。私たちのために〝音楽堂〟を作ってくださっているのはわかります。感謝もしておりますが無理はなさらないでください。ミンストレルも心配しているんですよ? シント様が契約者とはいえ過労を起こせば倒れます。そうなれば心配を皆さんにかけてしまいますからね。これからは無理をせずに休み休み建設を進めてください」

「大丈夫だよ、ディーヴァ。私がドラゴンたちから3日に1回の休みをもぎ取ってきたから!」

「よくできました、リン! それくらいなら大丈夫ですね!」

「うん! あと、毎日作業の様子を見に行くことにする! シントが疲れて無理そうになったら休憩を取らせてもらうか連れ帰ることにするから!」

「それがいいです! ところで、シント様。私の歌が増えていたことに気がつきましたか?」

「もちろん。誰から学んだのですか?」

「エアリアルが人間の吟遊詩人が歌っているのを聞いて覚えてきてくれたそうです。あと、今日は歌いませんでしたがシント様たちが幻獣様などを救い歩いているときの歌や、〝王都〟決戦の時の歌も人気ですよ?」

「それはそれで恥ずかしいのですが……まあ、仕方がないでしょうね」

「諦めてくださいな。あ、ミンストレルも来ました。シント様がいるのを見て走ってきていますね」

「転ばないといいんですが」

「転んでも起き上がって走ってきますよ」

 ディーヴァのいうとおりミンストレルは僕の元まで駆け寄ってくると、そのまま勢いよく抱きついてきました。

 受け止めきれずに草むらに押し倒されてしまいましたが、ミンストレルは本当に嬉しそうです。

 ミンストレルにまで心配をかけていたんですね。

 そのあと昼食後はメイヤも含め5人で海エリアへ。

 なんでも海の生物が大量に住み着くようになり海の幸が気兼ねなく食べられるのだとか。

 実際、マーメイドたちが魚をひとり1匹ずつ捕まえてきてくれ、それを焼いて食べたのですがメイヤの木の実とはまた違ったおいしさがありました。

 そして海岸にできた砂浜という場所には貝殻というものもたくさん落ちていて、ミンストレルはそれを拾い集めて遊んでいましたね。

 そうこうしているうちに夕方になり、夕食も木の実を食べて温泉に入って就寝。

 翌日からはリンに見守られながらの作業となりました。

 昨日休んでリフレッシュできたせいか、作業もぐんぐん進みそのまま1カ月ほどで内装工事も完了。

 扉の取り付けや魔力式空調設備、魔力式照明なども取り付け終わり2階や3階にある特別席への出入り口や階段、演者用の出入り口や控え室などもすべて完成しました。

 あとは実際に使ってみて不備がないかをチェックするだけだそうです。

 最初の公演はやはりディーヴァの歌唱になるとのこと。

 そのときは僕たちも一番後ろ壁から音がちゃんと聞こえるか確認しますし、実際に使われるその日が楽しみになってきました。

 リンは「まだちょっと無茶してる!」って怒り気味ですけどね?
 完成から一週間ほど経ってようやくやってきた〝音楽堂〟最初の公演日。

 一週間も時間がかかったのはシルキーたちによる徹底的な清掃が施されたためです。

 このシルキーたちも神樹の里への移住希望者だったらしく、働き場所が見つかったことでメイヤも受け入れたようです。

 彼女たちも清掃のしがいがある〝音楽堂〟が手に入り大満足なようですね。

『それにしても大満員だな』

 今日はドラゴンたちも小型になるのではなく人に変化して聴衆として参加しています。

 建てる最中は細かいところまで見なければいけなかったらしく、人の姿にはなれなかったようですね。

「公演開始までまだ1時間もあるのにもうぎっしりですよ」

「そうね。初めての〝音楽堂〟利用っていうこともあるみたいだけれど、みんな期待しているみたい」

『いまのうちにディーヴァへとあいさつしに言っておいた方がいいのではないか?』

「そうしましょうか。行きましょう、リン」

「そうだね」

 僕たちは一度会場を出て警備をしてくれている精霊たちに通してもらい演者用の控え室へ。

 そこでは普段よりも一層豪華なドレスに身を包んだディーヴァが肩を落として座っていました。

 となりにいるミンストレルも心配そうにしています。

「ディーヴァ、大丈夫?」

「リン……シント様も」

「かなり緊張していますね。大丈夫ですか?」

「……その、いつもと同じように歌を歌うだけとはわかっているのです。でも、これだけ立派な場所で歌うとなると緊張してしまい」

「無理もないよ。本当に大丈夫? 無理なら……」

「いえ、大丈夫です。歌い始めればいつもの調子に戻ります。ただ、その……もう少しだけ側にいてもらえますか、リン」

「うん、いいよ。開演10分前になるとドアが開かなくなっちゃうからその前には戻らなくちゃいけないけど」

「そこまで甘えませんよ。ただ、お友達と話していたいだけですから」

「そっか。なにを話す?」

「そうですね……リンは私が来る前、この里でなにをしてきたのですか?」

「私? それはね……」

 ディーヴァとリン、それにミンストレルの会話は開演20分前まで続きました。

 その頃にはディーヴァも落ち着きを取り戻し顔色も戻っていましたね。

 いいことです。

「あ、そろそろ戻らなくちゃ。ディーヴァ、大丈夫?」

「はい。もう大丈夫です。今日の演目、しっかりと歌いきってみせます」

「今日の演目か……私たちの活躍の歌もあるんだよね?」

「もちろん。人気の歌ですから」

「恥ずかしいなぁ」

「ふふふ。しっかり聞いていってくださいな」

「うん、わかった。それじゃあ、シント。戻ろっか」

「ええ。ディーヴァも無理をしない程度に」

「ありがとうございます」

 僕たちがドラゴンたちの元に戻ったあと、開演10分前のブザーが鳴り響き場内が静まりかえりました。

 開演3分前になると灯りも徐々に暗くなり、ステージの上だけが照らされるように。

 やがて、開演時間になるとやってきたのはミンストレルを引き連れたディーヴァでした。

「皆様、本日は私の歌を聴くためにお集まりいただきありがとうございます。今日は私の歌だけの予定でしたが、途中途中でミンストレルの歌もお聞きくださいませ。どうぞよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いいたします!」

 その宣言に集まった聴衆たちは歓声を持って応えました。

 これはミンストレルの歌を聴くこともできそうですね。

 それにしても〝音楽堂〟ですか、これはすごい。

「観客席の一番後ろにいてもいまの声がはっきり聞こえるんですね」

「私も驚いちゃった」

『そうだろう、そうだろう。これが音楽堂なのだ』

『ここでの歌は迫力が違うぞ』

『ディーヴァの歌声は私たちも気に入っているわ。どんな迫力のある声を響かせてくれるのかしら?』

 ドラゴンたちも期待が高まっている様子です。

 さて、1曲目はなんでしょうか?

「1曲目ですが私の故郷に伝わっていた古いエルフの歌になります。私が初めて覚えた歌、どうかお聞きください」

 最初はディーヴァが初めて覚えた歌ですかどのような歌なんでしょう?

 多分聞いたことはあるのでしょうが説明付きで聞くのは初めてですね。

「~~~♪」

「ッ!?」

「すごい……」

『確かに。ここまでよく響く歌声だ』

『魔法などを併用しているとはいえここまでとは』

『ドラゴンの私たちですら甘く見ていたわ』

 本当に最後尾にいる僕たちのところまでディーヴァの透き通った歌声が響き渡って届いています。

 これが〝音楽堂〟ですか……。

「……皆様、1曲目はいかがでしたでしょうか?」

 ディーヴァが歌い終わるとディーヴァの歌声並みの大歓声が巻き起こりました。

 みんな、ここまですごいことになるとは想像していなかったのでしょうね。

「ありがとうございます。2曲目はニンフの皆様から教えていただいた歌となります。人間たちの恋心を歌った歌。皆様には縁遠い歌かもしれませんがお耳汚しを」

 このようにしてディーヴァの歌は次々と披露されていきます。

 ときどき挟まれるミンストレルの歌も大いに会場を沸かせ、彼女もまた嬉しそうに手を振っていました。

「さて、次が最後の歌になります。最後の歌は影の軍勢の皆様や五大精霊様方より伺った話を元にして作った歌、『神樹の契約者と守護者、幻獣解放のための戦い』となります。皆様にも大好評のこの歌、ミンストレルと合唱いたしますので最後にお聞き届ください」

 最後に僕たちが行った最終決戦の歌ですか……。

 聴衆の皆さんにも人気のようですしこのまま聞きとどけましょう。

 となりのリンも顔を真っ赤に染めて俯いてますけど。

「~~~♪」

「~~~♬」

 ディーヴァの爽やかでありながら重厚な歌声と、ミンストレルのかわいらしく陽気な歌声が〝音楽堂〟の中に響き渡りました。

 聴衆は誰ひとり音を発せず、静かにその音色へと耳を傾け歌声に酔いしれているようです。

 やがて、僕たちの活躍を歌った歌もクライマックスとなり、終わりを迎えました。

 揃ってお辞儀をしたディーヴァとミンストレルを待っていたのは今日いままでで一番の大歓声。

 彼女たちもやりきった笑顔でそれに応えて手を振っています。

「本日はお越し頂きありがとうございました。〝音楽堂〟での次回公演がいつになるかは決まっておりませんが次の機会もまたお越しくださいますようお願いいたします。ああ、でも、今回来ることができなかった皆様を優先して上げてくださいね? 私としては神樹の里の皆様に歌を聴かせて差し上げたいので」

 そう告げてお辞儀をするとディーヴァとミンストレルは控え室へと戻っていきました。

 聴衆たちも続々と帰っていき、やがて僕とリン、ドラゴンたちだけが取り残されます。

『いや、素晴らしい歌声だった』

『2カ月かけて建造した甲斐があるというもの』

『本当に。でも、もう少しいろいろな歌を聴きたいわね』

「歌の題材がこの里では少ないですからね」

「ディーヴァもいろいろと話を聞いて回っているのだけど、なかなか新しい歌はできないそうよ」

『そうか。ならば我々がお節介をすることにしよう。彼女の控え室に案内してもらえるか?』

「はい。構いませんが……どんなことをするんですか?」

『竜の冒険譚を少々教える。それから彼女のために人の街から歌集も買ってこよう』

「歌集を買ってくる? ドラゴンってお金を持ってるの?」

『多少ならね。とりあえず彼女と相談よ』

 ドラゴンたちは言い出したら聞かないのでとりあえずディーヴァたちの元に案内します。

 そこで、ディーヴァにドラゴンたちの冒険譚を語り始めるとディーヴァも新しい歌を思いついたようで必死に歌をメイヤが作った紙に書きため始めました。

 それからドラゴンたちからの差し入れで人間たちの歌集も手に入ることを知ると、恐縮しながらも大喜び。

 彼女は本当に歌を歌うことが好きですからね。

 ドラゴンたちは簡単な楽器も買ってくると言い出しましたし、よほどディーヴァの歌が気に入ったのでしょう。

 そんなドラゴンたちとも今日でお別れ。

 次は1カ月後くらいに差し入れを持って遊びに来るそうです。

 メイヤからも「1カ月に一度くらいならディーヴァの歌を聴きに来ても構わない」と了解を取り付けてあったあたり手が早い。

 それからディーヴァとミンストレルによる〝音楽堂〟での公演は一週間に一度と決まりました。

 それだけ要望が多かったことと、ディーヴァとミンストレルも〝音楽堂〟で歌う楽しさに目覚めたことがあるようです。

 それ以外の日はニンフたちが歌を披露したりフェアリーやピクシー、エアリアルなどが舞いを披露したりしているそうですね。

 作るのには本当に苦労しましたが、有効活用してくれているようでよかったです。

 ……僕にリンへの甘え癖が付いてしまったのはまた別の話として。
 野外ステージや音楽堂の建設で春はほとんどの時間が過ぎてしまいました。

 この長い間に染みついてしまった僕のリンに対する甘え癖とリンの僕に対する甘やかし癖は治らず、今日もリンはご機嫌で朝食に向かいます。

 途中で合流したディーヴァとミンストレルも先日の公演が成功したことでウキウキ笑顔ですし、女性3人は明るく僕ひとりが沈んだ表情を浮かべていました。

 そして、そのままメイヤの待つ神樹の元へとたどり着いてしまいます。

『おはよう、4人とも。シント以外は元気そうね。シント、なにかあったの?』

「音楽堂を建築していた間に染みついてしまったリンへの甘え癖が抜けません……」

「えー、いいじゃない。私はシントが甘えてくれて嬉しいよ?」

『だそうよ? 私としても契約者と守護者のふたりが仲良く過ごしているのは都合がいいわ。そのまま甘え続けなさいな。リンも甘えられるのは嫌じゃないのでしょう?』

「もちろんです、メイヤ様。毎日甘えてくれてとっても嬉しいです」

『じゃあ、シントが我慢なさい。あなただってリンに甘えられて嬉しいでしょう?』

「嬉しいことは嬉しいのですが……成人したというのにいつまでも甘えたままというのは恥ずかしいです」

『あなただって、今年で14歳だもの。……そう言えばリンの歳って何歳?』

「わかりません。物心ついたときにはすでに檻の中にいました。わかるのは神樹の里までたどり着くまで5年かかったくらいですね。季節の移り変わりだけは数えていましたから。……その、食べられるものを探すために」

「リンの年齢なら私が知っています。今年で16歳ですよ。シントとはそんなに離れていません」

「そうなの? ディーヴァ」

「はい。あなたのことは生まれたときから知っていますので。ちなみにミンストレルは今年で7歳です」

『そうなのね。ディーヴァは相応に長く生きているのだろうけれど、それ以外はみんな若いわ。とりあえずシントとリンはそのまま仲良くなりなさい。悪いことなんてひとつもないのだから』

「……そうします」

「はい!」

 今日もメイヤの美味しい木の実を食べたあと、午前中は訓練へ……向かおうとしたのですがメイヤに引き留められました。

 なにかあったのでしょうか?

『シント、リン。あなた方ふたりはドワーフの鉱山に行ってもらいたいの。そこでドワーフのまとめ役と話をしてきて頂戴』

「ドワーフのまとめ役ですか?」

「メイヤ様、ドワーフたちの間で何かトラブルでも?」

『ドワーフたちの間でトラブルがあったわけじゃないのだけれど……〝王都〟の問題も片付いて肥沃な土地に住めるようになったことで種族としての我慢ができなくなり始めているというか……』

「種族としての我慢?」

『まあ、話を聞いてきて。その上で可否を判断してきて上げて頂戴。神域の契約者と守護者の判断なら従うでしょうから』

「とりあえず、わかりました。話を聞いてみます」

「なんだろうね、シント?」

「さあ……?」

 よく意味はわかりませんが僕たちと相談したいというのであれば行くのが役目でしょう。

 いまでは出番がなくなったので訓練の時に身につけるだけですが、〝王都〟と戦っていたときは助けられていましたから、そのご恩は返さねば。

 そうしてやってきたマインとドワーフの鉱山では相変わらず鉱石や宝石掘りと鍛冶や宝飾品作りが活発に行われていました。

 ……やってきたのはいいのですがドワーフのまとめ役ってどなたでしょう?

『ん? 契約者と守護者か。今日はなんのようじゃ? なにかほしい装備やアクセサリーができたか?』

「ああ、マイン。そうではなく、ドワーフのまとめ役という方と話をしにきました」

「はい。メイヤ様から頼まれて」

『ああ、あいつか。平和になったもんだから我慢できなくなっちまったんだな。ちょっと待ってろ、すぐに呼んでくる』

「ありがとうございます、マイン」

 マインが坑道の奥に消えていき、戻ってきたときにはひとりの男性ドワーフを連れてきていました。

 この方がドワーフたちのまとめ役?

『待たせたな。こいつが今回メイヤ様に話を持っていった連中の代表、ベニャトだ』

「初めましてだな。契約者様、守護者様。ベニャトと申します」

「初めまして。シントといいます。あと、丁寧な言葉遣いでなくても大丈夫ですよ? 僕の言葉遣いは習い性のようなもので染みついてしまったものですから」

「私はリンよ。私も丁寧な言葉遣いなんて気にしないから自由に話して。今回の用件はなんなのかしら?」

「では、砕けた話し方をさせてもらうぜ。今回の用件なんだが、神樹の里に畑を作っても構わないか? 世話は俺たちで行う」

 神樹の里で畑作り?

 僕とリンも去年話したような気がしますがなんのために?

「ええと、食事に不満でもありますか? ドワーフたちにもメイヤの実が支給されているはずですが……」

「ああ、いや。食事に不満はない。神樹様のお恵みも毎日美味しく頂いている。それとは別に畑を作りたいんだ」

 食事に不満はないのに畑作り?

 それも鉱石や宝石掘りと鍛冶やアクセサリー作りが生きがいのようなドワーフたちが?

 まったく話が繋がらないのですが……。

「ねえ、どうして畑を作りたいの? 土地はたくさん余っているから問題ないけれど、ドワーフって畑を耕して作物を育てる種族っていうイメージがないんだけど……」

「まあ、そうんなだが……」

『はっきりしろ、ベニャト。目的を明確に告げないと話が進まんぞ』

「……それもそうでございますな、ノーム様。その……酒がほしいんだ。その原料として作物を育てたいんだよ」

「お酒の原料のための作物?」

「そうなる。聖霊様に酒の素材になるような実が作れないか伺っんだが、無理だといわれてしまってよ。それならば作物を作り育てるしかないと言う結論にいたったんだ」

「いや、いたったんだって……お酒造りの知識はあるの? あと設備とか。私も知らないけどお酒を造るのだって簡単なことじゃないんでしょう?」

「酒造りの知識はある。外界で平和に暮らしていた頃は人間と取引し酒も買っていたし、原材料も買って自分たちでも作っていた。設備さえ作れば魔法のアクセサリーを作るのと同じ要領で数日待てば酒にできるんだよ」

 ……そんなこともできたのですね、ドワーフたちって。

 でも、ここで一番の問題があるのですが。

「作物を育てるにも種などが必要ですよね? それらはどうするつもりだったのですか?」

「そこでおふたりの力を借りたかったんだ。別の国にまで出かけていって儂らの作ったアクセサリーを売り、その金を元手に種や苗を買う。そうすればあとは畑を作るだけなんだよなぁ」

 ……僕たちの力を借りる前提とはいえ計画は立てていたんですね。

 そこまでしてお酒を飲みたいのでしょうか?

「アクセサリーを売ったお金でお酒を買っちゃだめなの?」

「それではすぐに飲み干しちまう。継続的に酒を飲むためにも種や苗を買うんだ」

「……そんなにお酒が飲みたいんだ」

「ドワーフにとって酒は命の水だからな!」

「ええと、マイン様?」

『あながち間違いでもない。この里が平和になったことで欲求がたまったということじゃ。あとはお前たちの判断次第。どうする?』

「いや、どうすると言われましても……」

「ちょっと困っちゃうよね……」

「なんとかならねえか?」

「うーん。僕らが人里に出るのはあまりよくないことでしょうし、メイヤの判断次第ですね……」

「そうだね。メイヤ様と相談だね」

「そうなるよなぁ。色よい返事を待ってるぜ」

 色よい返事ですか……。

 今回ばかりはどうなるかわかりませんよ……。
 外界に出てお酒の材料となる植物の種や苗を買ってくる。

 ドワーフたちの要望は意外でもあり、お酒が飲みたいのであれば当然でもあるなという願いでもありました。

 ただ、この神樹の里のことを外界に知られるのはまずいですし、近場での買い物などできません。

 そうなるとどうすればよいものか……。

 リンと一緒に頭を悩ませながらの昼食です。

『その様子だと相当難題をふっかけられたようね?』

「いえ、難題というか……」

「人の街に出てお酒の材料となる植物の種や苗を買ってきたいそうなのです、メイヤ様……」

『ああ、そういうこと。そう言えば『お酒の材料となる実を作れないか』とも聞かれたわね』

「それってできないんですか、メイヤ?」

『可能不可能でいえばできるんだけど……それってドワーフたちが飲みたいようなお酒じゃなくなっちゃうのよ』

「どういう意味でしょう、メイヤ様?」

『私って神樹でしょう? その木の実って神樹の果実なわけよ。それから造るお酒ということは……神樹のお酒になっちゃうのよね……』

「……それは」

「ドワーフたちが飲みたい『お酒』ではないですよね……」

 神樹のお酒はどんなものか気になりますがろくなものじゃないでしょう。

 メイヤが渡すのを拒否したほどなのですから。

「それにしてもお酒ですか。ドワーフ様たちはそんなに飲みたいのですね」

「ディーヴァ、飲んだことがあるの?」

「飲んだことがあると言いますか……毎日夕食の際に飲まされていました。ブドウから作ったワインというお酒を」

「それって美味しいの?」

「……正直、私には美味しいと感じませんでした。飲まないわけにもいきませんので長年我慢して飲み続けていましたが」

『ああ、それでディーヴァの歪みが酷かったのね。お酒自体がエレメンタルエルフの存在を歪める原因になるのだけど、嫌いなものを食べたり飲んだりするのも存在を歪ませる原因になるのよ。いまは契約主がいるから平気だけど無理はするものじゃないわ』

「はい。できれば二度とお酒は飲みたくありません」

「そんなに美味しくないの? ディーヴァお姉ちゃん」

「ミンストレルの口に合うかどうかわかりませんが……飲まない方がいいですよ? メイヤ様もエレメンタルエルフには毒だとおっしゃっていますから」

「じゃあ飲まない!」

『その方がいいわね。それにしてもお酒の原材料ねぇ。この国ではもうまともに手に入らないだろうし、どうしたものかしら?』

「この国では?」

 そう言えば〝王都〟を攻め滅ぼしたのですから〝国〟もあったはずですよね。

 すっかり忘れていました。

「メイヤ。〝王都〟がああなったあと、〝国〟はどうなったのですか?」

『ああ、シントはその知識もないわよね。もちろんリンやディーヴァ、ミンストレルも』

「はい、メイヤ様。私は森を追われたあと人里に近づかず5年間さまよい続けていましたので」

「私もガインの森から出たことのないエレメンタルエルフですから国のことはまったく知りません。ミンストレルはもっとですね」

『影の軍勢からの情報だけど教えて上げる。まずこの一帯を治めていた国の名前だけど〝ジニ王国〟と言うわ。国土も非常に広く軍事力も強力、国力……つまり国の豊かさも非常に豊かな国だったの。ここまではいい?』

「はい。問題ありません」

『この先が〝王都〟を失ってからの話よ。〝王都〟はよく知らないけれど各領地を治めている貴族どもの社交シーズンというものだったらしいわ。そのため、有力な貴族から弱小貴族までほとんどの貴族が〝王都〟に集まっていたらしいの。そこを幻獣たちが襲い皆殺しにした結果、各地を治めていた貴族のほとんどが死んだらしいわね』

 ……そこまで大問題になっていましたか。

 僕たちは知ったことじゃありませんが。

『あと、幻獣たちの販売会に来ていたのも有力貴族どもだったらしいわ。そいつらも影の軍勢が皆殺しにしているし、国を支配していた王家の人間たちも全員始末された。あの場にいなかった王家の幼い子供たちがいるかどうかは影の軍勢も調べなかったそうだけど、〝王城〟やその周辺を徹底的に破壊しているのだから生き残っている可能性は極めて低いわね』

「そうなんですね、メイヤ様。いい気味です」

『リンも言うわね。そうしたことが国中に知れ渡り、各地で起こったのが次の領地を支配するのかが誰になるのかという争い。それによって各地で多数の戦死者が出たし麦畑を初めとした畑なども酷く荒れてしまった。そうなると、今年の収穫は去年よりもはるかに少なくなることが予想できるし食糧難になるのは当たり前の結果。支配者が決まった領地は食料を別の領地から奪うための戦を始めて更に戦死者と食料の消費、畑の荒廃を招いたわ』

「……人間とはそこまで愚かなのですね」

『まだ終わりじゃないわよ? そうした争いで領地が増えたり減ったりしたけど、今度は〝誰が次の王様になるか〟で戦争を始めたわ。その戦争はいまでも続いていて、食糧供給を支えていた農村部からも働き盛りの男たちが兵士として連れ出されているみたい』

 ……愚かを通り越してなんと言えばいいのか。

 とりあえずメイヤの話を最後まで聞きましょう。

『残された女子供や老人たちだけじゃ畑の維持はできないから更に食糧不足になることは間違いなし。元々国力が豊かだったし別の国から食料を買うつもりなのかもしれないけれど、そんな落ち目の国に安く食料なんて売るはずもないし〝国王〟が決まっていなければその交渉だってできないのが人間の国のはずよ。つまり、この国には未来がないの。幻獣や精霊、妖精へと安易に手を出した報いね』

「そうですか。関係ない人々には残酷な結果ですが諦めて頂きましょう」

「そうだね。自分たちが悪いわけじゃないのはわかるけど、手を出した相手が悪かったのよ」

「はい。人間には申し訳ありませんが愚かな指導者たちが招いた末路です」

『みんな中途半端に救いの手を差し伸べようとしない子たちで助かるわ。この国の連中からは間違ってもこの神域を見つけられないようにしてある。ヒト族の移住者は来ないから安心して』

「ヒト族ですか。そう言えばガインの森を含めたエルフの森ってどうなっているんですか?」

『半分近くは焼失したそうよ。人口も半分以下になったところが多いそうだし、新しい居住地を見つけるのも苦労するんじゃないかしら? 聞いた話ではエルフってほかの森のエルフに対しては排他的な態度を取るらしいし、必死で生き延びる道を模索しているんじゃない?』

「そっちもいい気味です。メイヤ様、ほかの亜人種はどうなっていますでしょうか?」

『ドワーフ族は連れ去られた者たちも自分たちの居住地に戻っていったらしいわ。自分たちの居住地を持つドワーフって人間と交流を持つことはあっても自給自足が基本だから大きな影響はないはずよ。獣人族は今回の騒動とはほぼ無縁だったから食料問題を除けばあまり困らないみたい。そっちは頑張ってもらいたいものね』

 亜人たちにも多かれ少なかれ影響は出ているんですね。

 大きな国だったみたいですし、仕方のないことなのでしょうか。

『以上がこの国における各地や各種族の現状。もう〝狩り〟なんてするだけの余力はないわね。来年、生きているかどうかすら怪しいもの』

「そうですか。では、とりあえず幻獣などは安泰ですね」

『そっちの心配はなくなったわ。神樹の里に遊びに来たがっている子や移住希望の子はたくさんいるけどね』

「あはは……そっちはメイヤに任せてもいいですか?」

『いいわよ。聖霊の決定に幻獣や精霊、妖精が逆らえるはずがないもの。さて、そうなってくるとドワーフたちの要望をこの国でかなえるのは不可能なのよ。理解できた?』

「嫌というほどに。この国ではもうお酒すら貴重品でしょうね」

『そうでしょうね。そして、ドワーフの名工が作ったアクセサリーだろうと買い取る余力なんてもうない。以上を踏まえて、ドワーフたちの望みをかなえるためには他国まで行く必要があるわ』

「え? 私たちが外に出ていってもいいのですか、メイヤ様?」

『まあ、ドワーフたちの不満がたまるのもいけないからね。ドワーフたちなら大陸共通貨を多少は持っているだろうし、いくつか離れた国で農作物やその種、苗などが活発に取引されているところを探してもらいましょう。ウィンディたちに頼むから一週間ほど待つように伝えてきて』

「わかりました。食後に伝えてきます」

『そうして上げて頂戴。それでは昼食よ。ミンストレルは難しい話ばかりでお腹が減ったでしょう? たくさん食べてね』

「ありがとう! メイヤ様!」

 食後にベニャトへとこの話を伝えに行くと「一週間でも1カ月でも待つ!」と叫んでいました。

 ドワーフの情熱ってすごい。
 メイヤが一週間で集めると言っていた情報ですが3日で届きました。

 ウィンディたちも相当はりきったようです。

 代わりに植えた作物を育てるのを手伝わせるのが条件とされましたが……まあ、ドワーフたちがほしいのは収穫したものであって育てる過程ではないのですから問題ないでしょう。

 さて、その情報ですがメイヤ経由で教えてもらうことになりました。

「クエスタ公国?」

『そうらしいわ。神樹の里からだと国を4つほど超えた場所ね。立地条件が良くて国防に割く兵力が少なくて済み、なおかつ肥沃な大地と欠かさぬ土壌改良の結果、大量の穀物や果物などを輸出している一大産地でもあるらしいのよ。この国を攻め滅ぼしてしまうと食糧供給がままならなくなる国もあるらしいから、食料を安く供給する見返りに国防力を貸している国々も多いらしいわね』

「そんな国もあったんですね。僕の暮らしていた辺境の村とは大違いです」

「ガインの森とも大違いですね。ガインの森もそこまで豊かな食料生産能力はありませんでしたから」

「そうなの、ディーヴァ?」

「はい。リンは知らないでしょうがガインの森も決して裕福だったわけではないのです」

『ともかく、その国でなら目的となっている種や苗もたくさん買えると思うわ。まあ、ひとつでも買ってきてくれれば私が同じものを複製してあげるのだけれど』

「メイヤってそんなこともできるんですね」

『植物に関してならいろいろできるわ。行く国はそこで構わないかしら?』

「メイヤ様の推薦でしたら問題ないでしょう。……そもそも、私たちはほかの国を知りません」

『……それもそうだわ。ほかの国々も見て歩いたらしいけれど、やっぱり食物の種や苗は売っていなかったり高かったりするらしいのよ。そもそも、そういうものって農家が持っているものだしそう簡単に市場には出回らないらしいのよね』

 そう言われればそうかもしれません。

 僕は田舎の村育ちなので麦の種などを普通に見ていましたが、街で同じものが買えるとは限りませんからね。

 そう考えると今回の要望ってかなり無理があるお願いだったのでは?

『行く国は決定ね。あとは行く街なのだけれど、そちらも目星が付いているわ』

「手際がいいですね、ウィンディたちは」

『初日で国の目星をつけて2日目ですべての街や村を調べたらしいわよ? それで行く街なのだけれど〝フロレンシオ〟と言う街ね』

「フロレンシオですか? メイヤ様、どのような特徴がある街なのでしょう?」

『一言で言ってしまうと〝商業都市〟よ。もちろん食料生産国らしく周辺地域で様々な作物を栽培しているけれどメインは商売ね。エアリアルから報告を受けたウィンディが直接見て回ったそうだけど、目的の種や苗を売っているお店もあったらしいわ。高級なお店から安めなお店までアクセサリーショップも多かったらしいから金策にも困らないそうね』

「至れり尽くせりですね。問題点や懸念点は?」

『〝商業都市〟と言うところね。なんだかんだ言ってもあなた方は全員田舎者だからだまされやすそうだもの。気をつけないと面倒なことになるわよ?』

 確かに僕は言われるまでもなく田舎者ですし、リンだってエルフの森で隔離生活のあとは逃亡生活を続けていた身。

 ディーヴァを連れて行っても同じことですし……困りました。

『とりあえずリンも神眼を覚えなさい。ふたりとも街中ではそれを常に発動し続けること。そうすればヒト族の善意や悪意なんて簡単に見抜けるわ。少しでも悪意が見て取れる相手は信用せずに近寄らないようにしなさい。いいわね?』

「わかりました、メイヤ様」

『あとは、他人の前で時空魔法の保管庫からものの出し入れをしないこと。時空魔法なんてヒト族の間では伝説級の代物だからね。それを使えるだけでも騒ぎの種になりかねないのに、使える者がふたりも一緒に歩いているだなんて怪しいことこの上ないわ。くれぐれも注意なさい』

「ええ、気をつけます。ほかには?」

『そういう街では物盗りが多いとも聞くわ。そちらは……マインに頼んでそういった真似ができないようにするアクセサリーでも作ってもらいましょう。それが一番早いもの』

「ですね。それ以外はどうしましょう?」

『私も人間の街のことまでは詳しくないわ。これ以上はベニャトに聞いてみて。発端はドワーフたちなのだし多少は知識を持っているでしょう』

「そうしますか。さて、食事も終わってますしドワーフたちのところに行ってマインとベニャトに相談です」

「うん、そうしよう」

 基本方針が決まったので僕たちは鉱山へと向かいました。

 そこでマインとベニャトを呼んでメイヤから聞いた話を共有です。

『ふむ。確かに契約者も守護者も街の暮らしには疎すぎるな。街中では魔力上昇のアクセサリーなど必要ないはずじゃ。防犯用のアクセサリーに切り替えよう』

「お願いします、マイン。ベニャトから意見は?」

「特にないな。精霊様たちが見つけてくれた街ってのを信じていってみるだけだ。ただ、俺も大きな街には入ったことがない。悪いがアクセサリーショップの見極めはふたりの神眼頼りになっちまう。それでも構わないか?」

「いいよ。ほかに気をつける点ってある?」

「俺たちが作った鎧なんかを着ていくのはまずい。上物すぎて目立っちまう。テイラーメイド様の服だけなら上物だろうと目立たないはずだ。旅人のフリをして街に侵入しよう」

「……侵入? 普通に入るのではなく?」

「そういった大きな街になると入街税……つまり、街に入るための費用が高く付くんだ。特に俺たち3人は身分証を持っていない。そういう連中は入街税がより高くなっちまう。金をケチるつもりはないが、どれだけの金を請求されるかわからないしそもそも街に入れてもらえるかもわからない。ノーム様、透明化のアクセサリーもお願いします」

『ヒト族の街に入るためにヒト族の掟を破るのは好ましくないが今回は仕方がないか。飛行と盗難防止、透明化のアクセサリーを用意しよう。近くまでは幻獣で飛び、街から捕捉できない距離で幻獣から離れ透明化と飛行のアクセサリーで街に侵入。物陰など目立たない場所で透明化を解除して買い物に行くがいい』

「ありがとうございます。必ず酒の材料を揃えてみせます」

『……まあ、好きにしろ。ちなみにどのような酒を造るつもりなのだ?』

「エール、ワイン、ブランデー、ウィスキーですかね? ほかにも果実の種が売っていればいろいろ買ってきてそっちでも酒が造れないか試してみます」

『……本当に好きにしろ。契約者と守護者、こやつがあまりにも無理な買い物をしそうになったら止めてくれ』

「……わかりました」

「……ちょっと自信がありませんが思いとどまらせます」

 とりあえずマインとベニャトとも打ち合わせが終わったので今日は解散。

 翌日にはアクセサリーもできたらしいのでペガサスのシエロとシエルへ乗り、ウィンディに道案内をしてもらいながらクエスタ公国フロレンシオの街を目指します。

 途中、いくつもの山や川を越えましたがさすがは幻獣や五大精霊。

 目的の街まで3時間ほどで着きました。

「あれがフロレンシオの街ですか?」

『はい。あの壁に囲まれた街がフロレンシオです』

「本当に大きな街だね。人もたくさんいそう」

『実際に大勢のヒト族で賑わっていましたよ。さて、私は透明化してこの先もご案内しますがシエロとシエルはここまでですね』

『すまないがそうなるな。これ以上近づくと見張りから発見されかねない』

『ここで待っているわ。気をつけて行ってきてね』

「うん。2匹も気をつけてね」

『では参りましょうか。契約者、守護者、ベニャト。付いてきてください』

 ウィンディに案内されてフロレンシオの壁を飛び越え街の中へと舞い降ります。

 着地したのは路地裏と呼ばれるらしい建物と建物の影になっている場所で誰もいないところ。

 透明化も解除しましたし、空からウィンディも一緒についてきてくれるらしいのでなにかあっても大丈夫……と信じてフロレンシオでの買い物を済ませましょう。
 透明化を解除してフロレンシオにまぎれこんだのですが……そこは大勢のヒト族で賑わっている街でした。

 僕らは田舎者なので圧倒されるばかりですね。

「すげえ街だな」

「はい。とりあえず、ベニャトが作ったアクセサリーを売れるようなお店を探しましょうか」

「賛成。人混みで酔いそう……」

 僕たち3人は離れることなく、でも人の間をすいすいと通り抜け足早に街の中心部へと向かいます。

 そこには高級なアクセサリーを扱うお店も数多く並んでいましたが……。

「あのお店はだめですね。悪意が渦巻いています」

「こっちもだめ。というか、この界隈のアクセサリーショップってみんなどす黒い気に覆われているわ」

 僕とリンは神眼持ちなので近くまで行けばすぐにそのお店がどんなお店かがわかってしまうのですが……それにしても酷い。

 大きな街の大きな通りに面したお店というのはこういう店ばかりなのでしょうか?

「そうか。いい店はなかなか見つからないか」

「そうですね。どうします? だめで元々、飛び込んでみますか?」

「そんな訳にもいかねえよ。ドワーフの作った品を悪質な連中に渡す訳にはいかねえ」

「難儀ですねぇ」

「お前さんらは善良すぎるんだよ」

 そのあとは大きな通りを一本離れたところも探索……おや?

「リン、あそこのお店」

「うん。まったく嫌な感じがしない」

「どの店だ?」

「あそこの……ヒンメルって書いてあるアクセサリーショップです」

「ふむ。小規模な店舗だがゴテゴテした飾り付けじゃないのも気に入った。買い取ってもらえるか交渉だな」

 ベニャトは突き進んでいって店に入っていってしまいましたし。

 僕たちもはいるしかありませんね。

 店の中に入ると早速ベニャトが店員さんを困らせていました。

「だから、俺は自分の作ったアクセサリーを買い取ってもらいたいんだよ」

「いえ、私は一店員ですのでそういった権限は……」

「ベニャト、落ち着いて」

「あ、ああ。け……シント、悪い」

「店員さん。こちらのベニャトはドワーフのアクセサリー作りの匠なのです。売り物になるかどうかだけでも確認して頂けますか?」

「はい。その程度でしたら……」

「というわけよ。ベニャト、なにかアクセサリーを出しなさい」

「……なるほど。こうすればよかったのか。気が逸りすぎてたぜ。嬢ちゃん、これが俺の作ったアクセサリーの中で一番簡単なものだ。もっと上物をたくさん持ってきている。売り物になるかどうか、判断してもらえるか?」

「はい。はい!? これが一番簡単なアクセサリー!?」

「ああ。素材は純銀。細工はそれなりにこっちゃいるがそれだけの品だ。どうだ、売り物になるか?」

「しょ、少々お待ちを! 店長を呼んで参ります!!」

 店員のお姉さんは大慌てでお店の裏に消えると、三十代のビシッとした服を着た男性を連れて戻ってきました。

 この方が店主でしょうか?

「初めまして。私がこの店の店主、ウォルクというものです」

「初めましてだな。俺は田舎者のドワーフ、ベニャトだ。こっちは俺の案内役兼護衛のシントとリン」

「それで、この純銀のアクセサリーがもっとも一番簡単なアクセサリーというのは本当でございますか?」

「ああ。実物を取り出すか?」

「いえ。それだけの品を持ち歩いていると言うことはマジックバッグもお持ちなのでしょう。これだけの品をこの場で出すのはまずい。商談室をご用意いたしましたのでそちらでお話を伺わせてください」

「わかった。シントとリンもいいよな?」

「ええ。善良そうな方ですし」

「悪いようにはしないと思うわ」

「……なるほど。おふたりとも神眼持ちですか。それは隠して歩いた方がよろしいですよ?」

 一発で神眼のことがばれてしまいました。

 この方、見た目以上の経験をお持ちのようです。

「以後気をつけます。ですが、僕たちも田舎者で神眼がないと人の良し悪しが見抜けないんですよ」

「それは大変ですな。しかし、神眼で認められた私は実に嬉しい。っと立ち話がすぎました。すぐに商談スペースに参りましょう」

 ウォルクさんに案内されたのはほかに誰も入れないよう徹底的に作られた部屋。

 扉の前には番兵もいましたし、相当重要な取引だと感じてくれたようです。

「俺は細かい話は苦手だ。まず、俺と仲間で作りあげた最高の品を見せる。そいつの価値を見極めてくれ」

 そう言って取り出したのはひとつのティアラ。

 薄い金の光沢と言うことは素材に使ったのは間違いなくオリハルコンでしょう。

 そのティアラに様々な宝石を一目見たウォルクさんは目を見開き……そのティアラを戻すようにベニャトへと伝えました。

「申し訳ありません。そのティアラは私の店では取り扱えない代物。お気持ちは嬉しいのですがそちらはお納めください」

「……なるほど。こいつに飛びつく悪人じゃねえか。試してみて済まなかった。こちらこそ詫びよう。代わりと言っちゃなんだが普通の金や銀で作ってきた各種アクセサリーは山のようにある。小粒な宝石をはめ込んだものもな。それだったらこの店でも取り扱えるだろう?」

「それでしたら。お見せ頂けますか?」

「ああ。数が多いが大丈夫か?」

「すべて鑑定してみせますとも。ドワーフの作ったアクセサリーを私ども程度の店で仕入れられる機会、見逃すわけには参りません」

「じゃあ机の上に並べていくぜ。指輪は大小サイズが違うものをいろいろ用意してある。そっちの好きなようにあつかいな」

 そう言ってベニャトが取り出したのは本当に数多くの銀や金のアクセサリーたち。

 ウォルクさんもその1点1点を念入りに調べて回り、最後には溜息をこぼしました。

「……さすがはドワーフの匠だ。どれもこれも文句のつけようがない最高品質の品々ばかり。これらを本当に私の店で買い取ってもよろしいのですか? 大通りにある一流店に行けば私などよりも数倍の値段で買い取りますよ?」

「その人柄が気に入ったんだよ。いくらで買ってくれる?」

「そうですね……これだけの数でこれだけの品々、ミスリル貨の取引になってしまいます。私の店でも発見されれば飛ぶように売れるでしょう。できれば定期的に仕入れたいところですが……無理でしょうな」

「定期的にか……どうする、シント、リン」

 そうですよね、僕たちが連れて来ないとベニャトだけでは来られませんものね。

 ですがウォルクさんの人柄は僕も気に入りました。

 どうしたものか。

「シント、帰って相談してみたら?」

「……そうするしかないでしょうね。いまのところはそういう回答しかできませんがよろしいですか、ウォルクさん?」

「構いませんとも。これだけの逸品を揃えられる機会がある可能性が残っているだけでありがたいというもの」

「じゃあ、商談成立だな。それから、金だが細かくしてもらえないか? 俺たちがこの街に来たのは食物の種や苗を買うのが第一目的、ついでに珍しい酒があればそれも買って帰りたいんだよ」

「確かにそれではミスリル貨では困るでしょう。種や苗の販売所や酒の卸売業者までは私がご案内いたします。そのときにミスリル貨以外の半端な額として大銀貨や金貨もお渡しいたしますので存分にお買い上げください」

「なにからなにまですまねえ。それじゃあ、俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」

 そう言うと、ベニャトは最初に取り出したティアラを再び取り出しました。

 これはどういう?

「店の奥にでもしっかりとした防犯体制を整えて飾っておきな。そして、その価値が本当にわかる者が来たら譲ってやってほしい。今度来たときは、指輪のサイズが指のサイズに合わせて変わる魔法がかかった指輪も持ってくる。それと一緒に飾ってくんな」

「……わかりました。店の奥でしっかりとした防犯体制を組み立て、その価値が本当にわかる者が現れたらお譲りいたしましょう」

「そうしてくれ。すまないな、職人のわがままに巻き込んじまって」

「いえ、私どもも宝飾品店の誇りがございます。万が一にでも奪われないようきっちりとした防犯体制を築き上げましょう」

「話がわかる店主でよかったぜ。助かった、シント、リン」

「僕たちが役に立てるのはこれくらいですから」

「そうそう。気にしないで」

 アクセサリーの売買も綺麗にまとまったようです。

 あとは目的のものを買って帰るだけですね。
 ウォルクさんのお店でたくさんのお金を頂いてしまい、更にお店を案内していただくことになりましたがこれで買い物も楽に進むでしょう。

 ウォルクさんがまず向かっているお店は種や苗などが売っているお店とのこと。

 一本裏通りに入ったお店ですが清潔に保たれたお店です。

 いい店主であればいいのですが。

「女将、いますかな?」

「いるよ。ウォルクじゃないか。どうしたんだい? ここはあんたのお店とは違うよ?」

「今日は上客の案内です。こちら、ドワーフの匠、ベニャト様。そして、その案内役のシント様にリン様です」

「ドワーフの匠が種苗店に? なんの用だい?」

「初めましてだな、女将さん。名はなんという?」

「女将で十分だよ。どこでもその名前で通っている。それで、酒好きのドワーフが種苗店に来た理由は?」

「うむ。俺が拠点にしている場所は肥沃な土地が余っているのだ。しかし、酒がなくてな。自力で酒を造ろうと思い立ったのだよ」

「なるほど。話は読めたよ。酒の原料になる種や苗を買っていきたいんだね?」

「そうなる。取り扱っているかな?」

「取り扱っているが……ドワーフの匠ならひとつお願いを聞いちゃもらえないかい?」

「ん? 聞ける話と聞けない話があるぞ?」

「まあ、急ぐ話でもないし、無理なら断ってくれてもいいよ。ララ、こっちにきな!」

「なんでしょう、お義母さん?」

 店の奥からやってきたのはひとりの女性。

 ただ、お腹が大きくなっていますね。

「こいつは家の馬鹿息子の嫁に来てくれた娘のララって言う。馬鹿息子にはもったいないくらいいい娘でね。この子に見合ったアクセサリーをひとつ用意しちゃくれないかい?」

「なんだ、そんなことか。お安いご用だ。ウォルク殿の店で断られたアクセサリーになるがよろしいか?」

「ああ、気にしないよ。なんになる?」

「ミスリルのネックレスだ。ペンダントトップにアクアマリンやローズクォーツを使っている。ちょいとばかり目立つ代物だが普段は服の中に隠して歩けば物盗りにもあわんじゃろ。それで手を打たんか?」

「いや、言い出したのはあたしだけど……そんなものもらっちまってもいいのかい?」

「俺にとっては余り物だ。有効活用してくれる者がいればそいつに渡す。つーわけでこいつがそのネックレスだ。受け取ってくれ」

「あいよ。ララ、いまからこれはあんたのものだ。身につけてみな」

「は、はい。……あ、なんだか暖かい」

「まあ、ドワーフの匠が本気になり宝石の純度まで選んで作った逸品よ。ときどき磨いてやれば輝きが消えることもない。その体型からして子供もできているんだろう? 子供のためにも体は大切にしてやんな」

「ありがとうございます!」

「ララ、あんたはもう家の方に行きな。すっころんでお腹の子供に悪影響がないように気をつけるんだよ」

「はい、お義母さん。ありがとうございました」

「気にすんな。こっちはこっちで話をつけておくからさ」

「ドワーフの方もありがとうございます。必ず元気な子供を産んでみせます」

「ああ。大変だろうが頑張ってくれ」

「はい!」

 それだけ言い残すとララさんは店の奥へと消えていきました。

 横を見るとリンがうらやましそうな顔をしていましたが……子供はまだ早いですよ?

 メイヤの許可が出ていませんし。

「さて、世話になっちまったね。なんの種がほしい? あたしがプレゼントするよ。あんな立派なアクセサリーとの釣り合いが取れないけどね」

「だめだ。俺があのアクセサリーを贈ったのはあの娘が善良だと感じたからでしかない。種や苗の代金は別に支払う」

「……ドワーフは頑固だって聞くし私が折れるっきゃないね。それで、作りたい酒は?」

「エールにワインだな。そこからブランデーやウィスキーも作る」

「ってことはエールだとホップの苗に大麦の種、ワインはブドウの種だね。全部揃ってるけど育てる時期はまるで違うよ? 大丈夫かい?」

「まあ、そこはなんとかなるじゃろ。ある程度の数を買いたいが大丈夫か?」

「この季節ならうちにある在庫の半分以上を買って行ってもらっても構わないさ。育て方はわかるかい?」

「田舎に帰れば詳しい者がいる。申し訳ないがそちらを頼らせてもらうことにするわい」

「わかった。いま用意するから待ってな」

 女将は店の中を歩き回るといくつかの小袋を用意してくれてベニャトの前に持ってきました。

 ですが、ベニャトが頼んだ種類よりも明らかに多いような?

「これがうちで扱っているホップの苗に大麦の種、ワインの種の全種類だよ。エールを作るのもワインを作るのも品種によって味が変わる。種が混じらないように気をつけて持ち帰りな」

「何から何まで助かる。お題は……金貨1枚で足りるか?」

「もらいすぎだがそこも譲っちゃくれないだろうね。ありがたく金貨1枚、受け取るよ」

「こちらこそいろいろと知識をもらって助かった。酒の造り方までは知っていたが原材料で味が変わることまでは知らなかったからな!」

「そうか。ウォルク、次はどこを案内するんだい?」

「スプリツオを。珍しい酒をほしいそうなので」

「確かに。あそこなら珍しい酒も揃っているだろうね。貴重品は高いけれど大丈夫かい?」

「貴重品まで買っていくつもりはない。変わった味の酒が飲みたいのだ」

「そりゃあいい。試しに作ったはいいが売れずに困っている酒もたくさんあるはずだからね」

「ええ。お気に召してくれるといいのですが」

「酒の味にはうるさいが、変わった味の酒というのはとても気になる。シント、リン、お前たちも飲んでみるか?」

「僕は遠慮しておきます。護衛も兼ねているので」

「私も飲まないよ。お酒ってよくわからないもの」

 そこまで話したところウォルクさんも女将さんも不思議そうな顔をして僕の顔をのぞき込みました。

 なにか変な話をしたでしょうか?

「失礼ながら、シント様の年齢はお幾つで?」

「14歳です。それがなにか?」

「この国じゃ15歳までは飲酒禁止だよ。成人が15歳だからね」

「そうなんですね。僕のいた国では13歳だったので……」

「13歳で成人……質問を重ねてしまいますがジニ王国の出身で?」

「はい。まずかったでしょうか?」

「いえ、まずくはありません。ただ……あの国はいろいろ酷かった」

「そうなんですか? 僕は辺境にある田舎村出身でこの国まで流れ着いた放浪者なのでよくわからないのですが」

「出身国を悪く言いたくはないのですが……若い頃、あの国に宝飾品を売りに行ったとき、貴族どもは横暴にも私の持っていった宝飾品をすべて奪い取り屋敷から追い出されましたよ。まったくもって酷い国だ。13歳が成人というのも若いうちから徴兵できるようにするためだとか」

「あはは……僕はあの国を追い出された身なので気にしません。ですが、そこまで横暴でしたか」

「はい。あの国を捨てて正解でしたな」

「まったくだよ。いまはそっちの嬢ちゃんと仲良くやっている様子だ。幸せにおなりよ」

「ええ。リンも辛い経験をして生きてきた身です。これ以上、不幸な目にはあわせません」

「シントだって一緒でしょ? 私もシントが辛い目にあうのは嫌だよ?」

「本当に仲が良くて結構だね。これからも大変だろうけど仲良く過ごしていきな」

「そうなさってください。まさか、そこまで辛い経験をしてきた方々だとはつゆ知らず、ご無礼をいたしました」

「いえ。いまの僕たちはベニャトの護衛と道案内ですから」

「うん。いまは幸せだから気にしないで」

「では、そうさせていたしましょう。女将、これで失礼いたします」

「ああ。そっちの気のいいふたりもなにかほしい種苗があったらきな。おまけしてあげるよ」

 どうやら僕たちまで気に入られてしまったようですね。

 ただの護衛ですませたかったのですが、年齢から出身国がばれるとは思いもしませんでした。

 それにしてもジニ王国とはそこまで酷かったんですね。

 あのまま滅びてくれればいいのですが。
 ウォルクさんが次に案内してくれたのは街の中央通りを通り越した先にある酒問屋。

 ここが次の目的地のようです。

 神眼でも悪い反応は出ていませんし、問題ないでしょう。

「へぇ、ここが酒問屋か」

「ええ。名前はスプリツオ。一般的な酒も取り扱っていますし、複数年熟成させた貴重品も取り扱っているので売り上げは上々なのです。ただ……」

「ただ……どうした?」

「店主が新しい酒の開発を目指してばかりでして。変わり者の店としても評判なんですよ」

「そいつは楽しめそうだ。早速、入ってみようぜ」

「はい。店主のユーディトがいれば話が早いのですが……」

「いないことがあるのか?」

「新しい酒の材料を手に入れるために出かけていることも多く……」

「まあ、いなかったら今回は諦めるさ。いることを期待しようぜ」

「そうでございますな」

 店に入って行ったふたりを追いかけ僕とリンも店内へ。

 そこにはたくさんの瓶に入ったお酒が売られています。

 ……僕には違いがよくわかりませんけど。

「ウォルク様。いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」

「こちらのドワーフの方が変わった酒を買い付けたいそうなのだ。ユーディトはいるか?」

「はい。ちょうど先日帰ってきたばかりです。呼んで参りますので少々お待ちを」

 店員さんは裏へと駆け出していき、戻ってきた時に連れてきたのは熊獣人の方でした。

 この方がユーディトさんでしょうか?

「おう、ウォルク。珍しい酒がほしいってドワーフはそいつかい?」

「うむ。初めまして、ベニャトという」

「私はユーディトだ。とりあえず、店の裏手にある醸造所にきな。造った酒もそこで保管してあるからね」

「期待させてもらうぞ」

「あー、この国のドワーフには不評だったんだよね。それでもいいなら試飲もさせてあげるよ」

「この国のドワーフの事情など知らん。俺は田舎者だからな」

「そっか。ともかくこっちだ。案内してやる」

 ユーディトさんも善良な方です。

 ウォルクさんの紹介してくれる方々は善良な方々ばかりで助かります。

「ここが作った酒をしまっている場所だ。試しに普通のワインを飲んでみるかい?」

「そうだな。それを飲ませてもらおう」

「わかった。……ほれ」

「……うむ。美味いな。これならほかの酒にも期待が持てるというもの」

「ありがとうよ。まずは……コメから作った酒でも飲んでみてもらおうか」

「コメ?」

「この国の一部で作られている穀物さ。麦のようにパンにしなくても美味しく食べられる変わった穀物なんだが……まあ、酒は飲んでみてのお楽しみだ」

 ユーディトさんが奥の方へ案内してくれるとそこにあった樽から少量の……水のようなものを取り出しました。

 あれがお酒?

「……それが酒なのか?」

「そう思っちまって誰も買ってくれないんだよ。まあ、飲んでみてくれ」

「うむ。……これは! 透き通った味わいの中に喉を通り抜けるときの刺激! まさに酒だ!」

「美味しいだろう? だが売れなくてねぇ」

「……売れないと言うことはこの酒を可能な限り買い占めていってもいいのか?」

「構わないよ。気に入ってくれたなら私らの店で使う分以外は売っても構わない」

「よし! まずはこの酒を買えるだけ買わせてもらおう! ほかに変わった酒はないか!?」

「あるよ。まずは果実酒を飲んでもらおうか」

「果実酒? 果物の酒か? ワイン以外の?」

「ああ。リンゴから作った酒は甘くて女でも飲みやすい。それ以外は、さっきのコメで作った酒に果実を漬け込んで果物の風味を取り込んだ酒になるね」

「それはまた面白いな! 是非飲ませてもらおう!」

「ドワーフなのに変わった物好きだねえ。ドワーフって言えばエールのイメージがあるんだが」

「俺の里ではなんでも飲むぞ! 果実酒とやらも飲ませてくれ!」

「あいよ。まずはリンゴの酒からだ。シュワシュワしているから一気に飲み干すんじゃないよ」

「うむ! 確かにこれは甘い。だがこれも変わった味で面白い! これも買わせてもらおう!」

「助かるよ。作ったはいいが売れなくて困っていたんだ」

 そのあともベニャトは様々な果実酒を飲み、そのたびに買い付けを行っていました。

 ベニャトってそんなに持ち帰ることができるのでしょうか?

「お次は焼酎って酒だ。さっきのコメから作った蒸留酒になるね」

「ほほう。それは楽しみだ」

「私の自信作でもある。飲んでみてくれ」

「む。顔を近づけただけでもアルコール独特の匂いがする。……おお、これも美味い! 喉を焼く感触がたまらん!」

「本当に変わったもんが好きだねえ。悪いけど焼酎はあまり量を売れないよ。ほかの酒の材料にもなるんだ」

「なるほど。そちらも試させて頂けるか?」

「構わないが……さっきの果実酒の焼酎版が多いよ? 焼酎で作った方が味が濃くなるんだけどね」

「それもまたいいな。試させてもらいたい」

「構わないよ。でも、売れるのは一樽ずつだ。私らも研究目的で作ったものしかないからね」

「それでも構わないとも。さあ、続きを!」

「わかった。こっちだよ」

 ベニャトはこちらでも試飲した樽をすべて買い取っていきます。

 そんなに買って大丈夫なんですか、本当に?

「最後はビールだ。こいつはエールの親戚さ」

「エールの親戚? どういう意味だ?」

「ここまで私の酒を気に入ってくれたんだ、造り方も教えてあげるよ。エールを作る時は酵母も使う、それは知っているね?」

「もちろんだとも。それがなにか?」

「ビールを造るときは酵母を変えるんだ。そして、熟成させるときの温度も下げてやらなくちゃならない。そうするとエールとは違い、のどごしのいい〝ビール〟って言う酒になるんだよ」

「ふむ。それは試してみる価値がありそうだ」

「気に入ってくれたならビール酵母も分けてあげる。とりあえず飲んでみておくれ」

「わかった。なるほど! エールような香りはないがすっきりとしてのどごしがいい! これはこれで飲むときに楽しめそうだ!」

「それじゃあビールも買っていってくれるかい? ドワーフなら買っていくと考えて作りすぎちまってるんだよ……」

「もちろん、買えるだけ買っていくとも! いままでの代金はどれくらいになる!?」

「そうさね……全部余り物だし正直不良在庫だ。引き取ってもらえるだけで丸儲け。金貨70枚程度でどうだい?」

「金貨70枚か? 確かミスリル貨は金貨100枚だったな。それを払うから今後も新しい酒の研究を続けてくれ。なんとしてでもまた買いに来ることができるように話を取り付ける!」

「そこまで気に入ってくれるなんて本当に嬉しいよ! じゃあ、ミスリル貨1枚、確かに受け取った! 新しい酒やいまある酒の再生産は任せておくれ!」

「うむ! よろしく頼む!」

 こちらでも話はまとまったようです。

 でもベニャトがここに来るためには僕とリンが一緒に来る必要があるわけで……メイヤが許してくれるかどうか。

 いまのベニャトならメイヤを拝み倒してでも許可を取り付けそうですが。