神樹の里の周りで積もっていた雪も溶け、本格的な春がやってきました。

 神樹の里自体は常春な気候なので季節の移り変わりなど感じないのですが、やはり春になると嬉しい物です。

「ディーヴァの歌唱会も段々聴衆が増えていっているよねー」

「《ファーボイス》とアクセサリーのおかげでかなり遠くまで歌声が聞けるようになったおかげです。大型の幻獣などは後ろの方で見ていますからいまでは座席の取り合いもないそうですよ」

「そう言えば、ディーヴァの歌を聴くためだけに神樹の里に来ている幻獣や精霊、妖精がいるって聞いたけど?」

「いますね。どこかからディーヴァの噂を聞きつけて集まって来たようです。ただ、この神樹の里は招かれていなければ幻獣たちでも入れないのが原則。そういった者たちには一時的に入る許可を出して歌を聴き終わったら帰ってもらうようにしています」

「それ、ちゃんと言うことを聞いているの?」

「破ったら二度と里に入れないともメイヤが言いつけていますからね。みんな、きちんとルールを守って聴いていってくれていますよ」

「そっか。そう言えば、湖や海で新しい歌を覚えるときにも聴衆がいるって聞いたけど……」

「そっちも本当のようです。まだ不慣れであっても新しい歌をいち早く聴きたいと」

「こう言っては悪いけど私たちとあんまり変わらないのかも」

「怒りを買わない限りは温厚ですからね。みんな、この2カ月ほどですっかり落ち着いてくれたのでしょう」

「まだ働いている影の軍勢には申し訳ないけどね」

「影の軍勢だって交代で休みを取ってディーヴァやミンストレルの歌を聴きに来ています。最前列に居座りたいから影に潜っているだけで」

「それならいいか」

「〝対抗装備〟の破壊も進んでいますし、いまでは五大精霊が街を襲ってくることを恐れて自分たちから〝対抗装備〟とその技術書を街の外に捨てていてくれるそうです。助かりますね」

「うん。やっぱり、あまり誰かが死ぬのは気持ちいいことじゃないからね。甘い考えなのは理解しているけれど」

「そうですね。〝王都〟では仕方のないこととは言え大勢の方を殺してしまいました。次は誰にもそんなことはさせたくありません」

 僕たちがそんなことを話している間にもディーヴァの歌唱会は終わったようです。

 今回も聴衆は思い思いの方へと散っていき……結界の外を目指して進んで行くのは神域外から来てくれていた聴衆の方でしょうか。

 ミンストレルの歌も終わったようで、一緒に駆け寄ってきます。

「いつもお待たせして申し訳ありません。《ファーボイス》と魔法のアクセサリーのおかげで遠くまで声が聞こえるようになり、更に喉の調子が良くなるとつい歌が……」

「うん。みんな楽しそうに聞いてくれるから私も嬉しくなっちゃう!」

「気にしていませんよ。僕たちのところまでふたりの歌は届いていますし」

「うん! ふたりともとってもいい声だったよ!」

「ありがとうございます。幻獣様などからもたくさん新しい歌を教えていただきレパートリーを増やしているのですが、飽きられないかが心配で」

「私はお歌の練習中だからディーヴァ様みたいにたくさんの歌は歌えないの。でも、みんなそれでも喜んでくれるもん!」

「それはよかった。それでは昼食に行きましょうか」

「はい。参りましょう」

「うん!」

 いまだにこの4人で食事は取るようにしています。

 メイヤとしては「4人一緒に来ればお互いに体調チェックができていいでしょう?」と言うことらしいのですが、神樹の里で神樹の実を食べている僕たちが体調を崩すなどあり得るのでしょうか?

 ともかく、今日も美味しい昼食です。

 木の実の味も毎回変わっていますし、味の種類も増えていっている気がしますが……聞くのは野暮でしょう。

 食事が終わったら、最近メイヤがはまりだしたお茶を出してもらい、ゆっくりとした時間を5人で過ごします。

『それにしてもディーヴァとミンストレルの歌は大好評ね。結構順番待ちが発生しているのよ?』

「そうなのですか、メイヤ様。できればたくさんの方々に聴いていただきたいのですが……」

『いろいろと手は打ってあるけれどそれでも聞ける聴衆の数って限られるからどうしてもね。ミンストレルは小さな妖精や幼い幻獣や精霊、その親たちから人気ね』

「うん! 私もみんなから喜んでもらえて嬉しい!」

『そう考えると……シント、ふたりのために歌唱用の音楽堂を創造魔法で作ってあげなさいな』

「音楽堂ですか?」

『ええ。そこで歌えば声が響き渡るようになってよりたくさんの聴衆に声が届くようになるの。毎日、暇をしているのだから創造魔法の練習だと思って作ってあげなさい』

「構いませんよ。ただ、それがどのような形をしているかがわからないと」

『そこに詳しい者たちは明日招き入れるわ。その指示に従って音楽堂を建てなさいな。ディーヴァとミンストレルに相応しい立派な物をね』

「わかりました。頑張ります」

『頑張ってちょうだい。……ところで話は変わるけれど、神樹の里ができてからそろそろ1年なのよね。つまり私とシントが出会ってから丸1年が経過する訳よ』

「そう言えば僕が生まれ故郷の村を追放されたのって1年前でしたっけ。この1年間はいろいろ忙しくてそんなことすっかり忘れていました」

『シントのいた村の話、影の軍勢が調べてあるけれど聞きたい?』

「もうあの村とは何の関係もないのでどうでもいいのですが、影の軍勢の皆さんがわざわざ調べてくださったのです。聞きましょう」

『なんでも廃村になっていたそうよ。それも作物の放置具合から考えて夏にはいなくなったのだろうって』

「夏ですか。僕を追い出したのが春の始まりの頃なのにずいぶんと早い」

『そこで暮らしていた人々の行方までは知らないけれど、調べてもらう?』

「どうでもいいです。あそこには両親と兄もいましたが僕が役立たずだとわかると家にも入れず、食事も満足にくれなかったような連中ですから。興味がないとはいいませんが影の軍勢の皆さんの手を煩わす程の問題でもありません」

『わかった。私たちが出会って1年ということはリンがやってきてからももうすぐ1年なのよね』

「……その節は大変ご迷惑を」

『気にしていないってば。あなたもこの里の守護者になったのだからその名にふさわしい活躍をしてみなさい』

「はい! ありがとうございます、メイヤ様!」

『大変よろしい。1周年記念のお祝いとかもしたいけれど、幻獣たちが集まってお祭り騒ぎになるからやめておきましょう』

「それがいいですね。やめておきましょう」

『あと細かい問題もあるけど、それはまた後回しね。今日話して明日解決することでもないし。みんなは午後からどうするの?』

「僕とリンは里の見回りを。ついでになにかすぐに応じられる要望がないかも聞いて周りに」

「はい。そうさせていただきます」

「私とミンストレルは海に行きマーメイド様たちから海の歌を習いに行かせていただきます。もっともっと歌の種類を増やしたいので」

「うん! みんなにたくさんのお歌を聴いてほしい!」

『わかったわ。4人とも気をつけてね』

「はい。それにしても平和でのんびり過ごせるようになったものですね。神樹の里は」

『……移住希望者も多いのだけどね』

「それって受け入れられますか?」

『受け入れることは可能だけれど……引っ切りなしに来るから保留』

「それは大変です。メイヤの判断に任せます」

『そうしてちょうだい。それじゃあ、夕食の時間には戻ってきなさいね』

「はい。それではまた」

 本当に神樹の里も平和になりました。

 あとは暮らしているみんなが不自由なく過ごせる体制を整えることができれば完璧ですね。

 それを目指して頑張るとしましょう。