「うちの可愛いショコラちゃんが4歳の頃といえばね……」

 とケーキスタンドからチョコレート菓子を摘まみながら、セシリアの話が脱線していく。

「お、お母様、僕の話は結構ですから」

 何やらイヤな予感がする。
 しかし母は止まらなかった。
 歩けるようになってからのカズンが、当時住んでいた離宮内を走る走るで大変だったと話し始めるときた。

「はいはいができるようになったときも凄かったのよお。すーぐお部屋から逃げ出そうとするんですもの。それで勢いが強すぎて壁にぶつかっちゃうのよね」

 カズンが生まれる数年前から大病をして体力が落ちていたヴァシレウスでは、カズンの相手が難しかった。
 何せカズンが生まれた時点でヴァシレウスは八十の大台に乗っていたので。
 乳母も足の速い人ではなかったし、侍従や侍女、執事なども追いつけなかった。
 現役の騎士団員なら可能だったが、子守りのためだけに余分な人員を借りるわけにもいかない。
 歩けるようになった時点で乳母車からも自分で這い出してしまうため、人力で捕獲できる者がどうしても必要だったという。

 そこで、母親のセシリアが、身体強化魔術の訓練を受けてカズンを捕まえることになったという。
 彼女は魔力は持っていたが魔力使いの少ないタイアド王国出身だったため、魔法も魔術も使ったことがなかったが。

 このとき、セシリアに身体強化を指導したのが、当時の魔法魔術騎士団の副団長だったリースト伯爵カイル、ヨシュアの亡父だった。
 後にヨシュアがカズンの友人として引き合わされることになった縁がこれである。

「運動用に用意してもらったお靴、何足ダメにしたのだったかしら。底がすり減って穴も空いちゃったわ。そこまでやって、ようやくカズンに追いつけるようになったの」

 それまで、どちらかといえばセシリアはスレンダーで厚みの薄い体型だった。
 しかし体力を付けるため毎食がっつり肉やチーズ、野菜も適度に摂り続けたことで、胸は豊満になり、日夜疾走することで、ヒップと脚がしなやかな筋肉で引き締まったダイナマイツボディを手に入れた。

「カズンを追いかけるのは、本当に大変だったな……」
「ええ。大変でしたね、旦那様。でもとーっても! 楽しかったのよお」

 セシリアの魔力ステータス値は7である。平均値が5だから数値として高めだ。

「自分に魔力があるってこと、アケロニア王国に来てから知ったのよね。というかカズンを産んだ後、正式にステータス鑑定してもらって判明したの」
「うむ。予想はしてたが、セシリアもアケロニア王族の血筋だからな。“人物鑑定”スキルは当然持ってるだろうと思っていた」

 その一族に特有のスキルや能力というものがある。
 例えば、ヨシュアのリースト伯爵家の男子なら、金剛石、即ちダイヤモンドでできた魔法剣を自在に操ることが知られている。
 アケロニア王族の場合は、男女の区別なく、鑑定スキルのうち人物鑑定スキルをほぼ必ず発現させる。

 カズンやユーグレン王子は人物スキルの初級を。
 先王ヴァレウスは上級。現王テオドロス、王太女グレイシアは中級で、彼ら全員、まだ上の等級に進化する余地を残している。

 セシリアは、発現する可能性が高いスキルとして、人物鑑定スキル・特級を持っていた。
 鑑定スキル全般にいえることだが、特級ランクの持ち主は円環大陸全土で各国に一人いるかいないかといったところだ。

 ちなみにアケロニア王国に、人物鑑定スキル・特級ランクの持ち主は二名いる。
 一人がこのカズンの母親アルトレイ女大公セシリア。もう一人は、王立学園の高等部で学園長をしているライノール伯爵エルフィンである。

「あたくし、初めて謁見の間で旦那様を見た瞬間、『これは自分の男だ』って直観したのよ。あれって今から思えば、特級ランクの人物鑑定スキルがたまたま発動したんじゃないかなあって」

 巷の噂では死期や“運命の相手”がわかるとも言われているが、これに関して人物鑑定スキル特級の持ち主は黙して語らない。
 なお、個人間の相性だけなら、中級ランクでも鑑定可能である。



「そのうち、王太女のグレイシア様にカズンを捕まえるコツを教えてもらってねえ。『ワーイ!』って大きな声を出して両腕を上げた直後に飛び出していくから、タイミングを狙って抱っこしちゃえばいいんだぞって」
「う……ププッ、そうですね、確かにカズン様はそうでした。『ワーイ!』とか『ウワーハハハ!』って叫んだ後にものすごいスピードで駆け出してました」

 当時を知るヨシュアが思い出したように笑っている。
 駆け出したカズンに手を引かれて、文字通り一緒になって離宮を駆け回っていた頃がとても懐かしい。

 子供の頃とはいえ、自分の失敗談を人前で話されてカズンは恥ずかしさに顔を背けてしまっている。
 もうやめてと言っても、セシリアもヴァシレウスも、ヨシュアでさえ止まってくれなかった。