再び学園に登校するようになったヨシュアとは、友人として今まで以上に親しくなったカズンだ。

 ヨシュア本人は新たなリースト伯爵となった。
 大きな苦悩のもとだった、後妻とその連れ子の処遇も王家に委ねて処刑確定で、既に自分の手を離れたことから心機一転である。

 ヨシュアにとって幸いだったのは、実の父から受け継いだ術式が肉体に馴染んだことで、ここ数年ずっと苦しんでいた魔力と肉体のアンバランスが大きく改善したことだろう。

 朝起きたとき、身体が怠くもなければ強張って固まってもおらず、学園に登校してきても放課後まで気力体力が持つ。

 すっかり本来の元気さを取り戻したヨシュアは、青みがかった銀髪も艶めき、銀の花咲く湖面の水色のアースアイも輝いて、また学園の生徒たちの視線を集めるようになった。



「へえ、これがラーメンですか」

 ヨシュアが学園を休んでいた間に完成させた、醤油スープのラーメンをさっそく食堂で披露してみた。

 とそこへ、日替わりの昼定食とスープ代わりのラーメンをトレーに載せた赤茶の髪のホーライル侯爵令息ライルがカズンの目立つ黒髪を目印にやってくる。
 そう、あのカズンの教室で派手な婚約破棄事件を起こした男子生徒だ。

 ライルは同じテーブルにいたヨシュアの姿に驚いたように茶色の瞳を瞬かせ、声を上げた。

「お前、“竜殺し”じゃん! 最近休んでるって聞いてたけど元気になったのかよ? え、カズンと知り合い……?」

 席の空いていたカズン、ヨシュアのテーブルにトレーを置いて、隣のカズンに訊ねた。

「僕と同じクラスで、友人で幼馴染みだ。最近、家の爵位を継いでリースト伯爵になったのだ」
「あ、そうか。親父さんは残念だったな。伯爵位継承おめでとう。俺はホーライル侯爵家のライルだ。ライルでいいぜ、よろしくな」

 と挨拶されるも、当のヨシュアはラーメンの麺と箸の扱いに四苦八苦でそれどころではない。

「あ、はい、オレはリースト伯爵ヨシュアと申します。オレもヨシュアとお呼びください………………ああっ、掴めない、指がつる、麺が逃げる……っ!」

 なお、まだリースト伯爵家内部の事件は公にされておらず、世間的にはヨシュアの父、前リースト伯爵の事故死だけが知られている。ライルの持っている情報もその程度のものだろう。

「“竜殺し”とは、懐かしい話だな」

 ヨシュアは元から魔法騎士として国から認定されているが、学生としては異例の称号持ちでもある。
 その称号が“竜殺し”という。


◇◇◇


 カズンたちが王立高等学園に入学したばかりの頃は、アケロニア王国近隣で魔物や魔獣の発生率が跳ね上がった時期だった。

 学園は身分の高い貴族子息も多く通うため、敷地に外敵を弾く結界陣が敷かれているのだが、稀に強い魔物や魔獣が来ると許容量を超えることがあった。

 学園に来襲した魔物は翼竜ワイバーン、そして竜種最強と言われるドラゴン。
 ワイバーンは学園に駐在する騎士や腕に覚えのある在校生たちで倒せたのだが、一番の大物だった巨大なドラゴンにだけは歯が立たなかった。

 それを退治したのが、当時既に早熟な魔法剣士として周知されていたリースト伯爵家のヨシュアだ。



 ドラゴンの飛来が確認された時点で、教員や上級生らの誘導で、校舎内から校庭を通り学園外へ緊急避難することになった。

 その途中で、学園周囲に張られている結界を突き破ってドラゴンの巨体が侵入してくるのを、当時のカズンも絶望しながら見ていた。

 ワイバーンとは比べ物にならないほど、大きな竜だ。
 学園の三階建て校舎の半分近い背丈がある、トカゲ型の魔物。人間のいる都市まで飛んでくるだけあって、あまり知性が高くないタイプなのも厄介だった。

 分厚く硬い緑色の鱗に阻まれ、衛兵どころか教員、在校生たちの攻撃もほとんど通らず、誰もが恐怖と緊張で身を固くしていた、そのときだった。

「カズン様、オレの荷物をお願いします」
「あっ、ヨシュア!?」

 通学鞄をクラスメイトのカズンに預け、避難する生徒たちの群れから飛び出し、身体強化の術で校舎の壁を窓枠などの出っ張りを足場にして、ヨシュアはあっという間に屋上まで駆け上がっていった。

 まさかあれと戦うつもりなのか! と肝を潰しそうになったことを、カズンは今でもありありと思い出せる。



 屋上の柵の上に立ち、暴れ回るドラゴンを冷めた目で見下ろすヨシュアに、校庭から教員も生徒たちも必死に降りてくるよう呼びかけていた。
 もちろん、カズンも声が枯れんばかりに叫び続けた。

「ヨシュア! 駄目だ、降りてこい! お前ひとりじゃ危ない!!!」

(父君や叔父君ならともかく、まだ今のヨシュアじゃ……)

 確かにリースト伯爵家は魔法剣士の家で、ヨシュアの父も叔父も比類なき実力者として知られている。その薫陶を受けたヨシュアも強いことを幼馴染みのカズンは知っている。
 けれど、いくら何でもドラゴンが巨大すぎる!

「ヨシュア! 騎士や魔力使いたちが到着するまで待つんだ! ヨシュアー!」

 屋上までカズンの声は聞こえているはずだった。だがヨシュアはちらりとカズンのほうを見ただけで、降りてくることはなかった。
 ヨシュアがドラゴンを引きつけてくれたことで、生徒たちは比較的安全な場所まで避難することができた。
 魔力使いでもある学園長が生徒や教員たちを結界に保護し終わった時点で、ようやくヨシュアが動いた。

 ヨシュアはやがて自分の頭上に魔法で金剛石の輝きを持つ剣を無数に創り出した。

 金剛石、即ちダイヤモンドの魔法剣こそが、魔法剣士としてヨシュアが血筋に受け継いでいる武器なのだ。

 そのうちの特に長大な一本を両手で握り締めて、屋上からドラゴンに向かって勢いよく飛び降り、振りかざした。

「!???」

 生徒たちから悲鳴が上がる。

 同時に、ヨシュアが宙に浮かせていた無数の輝く剣はドラゴンの全身にトゲのように突き刺さっていく。

 耳障りな悲鳴を上げるドラゴンの脳天に、ヨシュアの手の中の長剣が、バターに挿入されるナイフのようにするりと入り込んでいく。
 魔法で編み出した剣に特有の切れ味だ。

 あっ、とギャラリーが声を上げる間もなく、巨大なドラゴンはその場で脳天から真っ二つになって左右に分かれ、崩れ落ちた。

 校庭を赤く染める大量の血と臓物。
 しかもヨシュア本人や身にまとうビリジアングリーンの制服には一滴も汚れが撥ねていなかった。

 あまりの出来事に、誰もが呆気に取られていた。
 そしてドラゴンを倒したのが、入学したばかりの小柄で美しいリースト伯爵家の少年だと知り、全校生徒が沸いたのだ。

「ヨシュア……」

 もちろんカズンも驚いた。
 物心ついた頃からの付き合いで、魔法剣士なのも、強いのも知っていたが、まさかここまでの実力を持つとは思わなかった。

 怪我などをした様子がなくて、ホッと安堵の溜め息を吐いて胸を撫で下ろした。
 そして思う。

(ここはあいつのための世界なのかもなあ。有力な貴族の令息、魔力使い、魔法剣士、単独でドラゴンを倒せる強さ。超美形のおまけ付き)

 そして自分は今世でもモブなわけだ。
 親ガチャ、親友ガチャ、環境ガチャが成功した分だけ、能力ガチャや境遇ガチャまで運が回らなかった感がある。

(ということは、僕は英雄様のモブ友枠だろうか?)

 とヨシュア本人が聞いたら泣きそうなことを考えていた。



「カズン、無事か!?」
「ユーグレン殿下」

 そのとき人混みの中を掻き分けて、王子のユーグレンがカズンの元に駆け寄ってきた。

「僕は問題ないです。彼、ヨシュアがやってくれたので」
「……ああ。すごいな、彼は。リースト伯爵家の令息だそうだな。何とも鮮やかなものだった」

 あれだけの巨体のドラゴンが、見事に真っ二つ。

 だが、地上に降りたヨシュアは、念の為にとドラゴンの首を落とした後で、ふらっとよろめいて地面に膝をついてしまっていた。

「あっ。ヨシュア! ……殿下、荷物頼みますね!」
「カズン!?」

 持っていた自分とヨシュアの分の通学鞄をユーグレンに押し付けて、カズンは慌てて幼馴染みのもとへ駆けていった。



 自分も追いかけたかったユーグレンだが、さすがに傍らの護衛の生徒に止められてしまった。仕方なく溜め息を吐いて、その場に留まる。

 青銀の髪の生徒に駆け寄るカズンの後ろ姿を見送りながら、しみじみユーグレンは呟いた。

「鮮やかで……美しかった」

 ユーグレン王子がヨシュアの勇姿に一目惚れしたのが、このときのことだ。

 その後、居ても立っても居られなくなって、同じように彼に心を奪われた生徒たちとリースト伯爵令息ヨシュア・ファンクラブを設立し、会長に収まって現在に至る。