ライルが環を発現したことを機に。
既に環を発現したカズンを始めとして、一同はフリーダヤの監督のもと環を出す練習をしてみることにした。
結果として、安定して環を出し続けることができたのはライルだけ。
他は、ルシウスは環使いであることを隠しているから除外として、カズンもなかなか出すことができなかった。
環は、発動させるときだけ自分の物事への執着を離れて無我の意識状態を作る必要がある。
考え方や理論を学んでも、ヨシュア、ユーグレン、ヴァシレウス、グレンはコツを掴めなかった。
「とりあえずはカズンの環を安定させることが先かな」
一通りレクチャーした後で、フリーダヤは出かけてくると言ってリースト伯爵家の本邸から外出していってしまった。
「んん、環どころか魔力も安定しないし」
必死にカズンが精神統一しようとしているが、環は一時的に現れたり消えたりの繰り返しだ。
「お前は魔力値2だからなあ」
父親のヴァシレウスが苦笑している。
ヴァシレウスの場合は自分がなぜ環を使えないのか理由がわかっているので、子供たちに付き合っているだけだった。
彼の場合は、己がアケロニア王国の王であったこと、王族であることの責務を離れるつもりが最初からない。
「でもステータスって変動しますよね? 環っていうのは魔力使いの術式なのに、魔力値の数値に関係ないって面白いですよね」
楽々と環を発動させているライルの環を興味深げに眺めながら、グレンが言った。
環は帯状の光の円環で、身体の胴体をフラフープをくぐるように周囲に浮かぶ。
グレンは指先でライルの環を突っついている。
指先はすり抜けたり、また魔力の圧力を物理的な感触として感じたりと、なかなか面白い。
対してカズンのほうは、幾度も深呼吸を繰り返して意識を集中させると最初は自分の胸元にうっすらと環が現れる。
だがすぐに、空気に溶けるようにして消えてしまう。
「胸元に出る環って、物事の調整役でしたっけ?」
「お、称号欄に“魔術師”と“バランサー”が出てるじゃないか、カズン!」
ヨシュアとユーグレンは、こちらもカズンの現れたり消えたりの環に手で触れたり、王族のユーグレンの人物鑑定スキルでカズンを鑑定したりで盛り上がっていた。
そうして環の練習をしているうちに午後のお茶の時間になる。
リースト伯爵家の侍女たちがそのままサロンにティーセットの準備を整えて、礼をして退室していく。
テーブルの上にはクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子、地元菓子店のチョコレート。
そして、魔法樹脂の使い手であるリースト伯爵家の一族が治めるこの地方には、魔法樹脂を模した透明度の高いキャンディが人気の名物となっている。
色とりどりで、特に現在は瞳の中に銀の花咲くヨシュアが当主なこともあり、その花弁の模様の入ったキャンディが人気だそうだ。
味は砂糖のみを中心に、リースト伯爵領で採れる果物の味や、花の香りを付けたものなど多様である。最近はチョコレートを入れたものもなかなか人気がある。
「わあ、綺麗ですねえ。後で買えるお店教えてください、うちの妹にお土産にしたいです」
「カレン嬢に? それなら持たせてあげるから後で欲しい量を教えてくれるかい。彼女には魔導具開発で世話になってるからね」
グレンの腹違いの妹、ブルー男爵令嬢カレンはまだ十代半ばながら腕の良い魔導具師だ。
ヨシュアは自分の作りたい魔導具が実現できないか、カレンと文通しながら相談しているらしい。魔法樹脂の機能改良に取り掛かっているのだとは、カズンやユーグレンも聞いていた。
「なかなか環が安定しないんだ。フリーダヤはどっか行ってしまったし。この後どうすればいいんだろう?」
マドレーヌをぱくぱく口に運びながらカズンが溜め息をついている。
「それなのですが。ひょっとして、カズン様のそれは食べ過ぎが原因では?」
ぴた、とカズンの手が止まった。
ルシウスが意外な指摘をしてきた。
魔力は体力や気力など、およそ人間の持つありとあらゆるエネルギーの総称だが、胃腸の消化力にも関わる。
基本ステータスの体力値や知力値なども、魔力が密接に関わっていた。
「まだ若いから腹一杯食べても健康に問題はないのでしょうが……一度に食べる量を節制したほうが良いかもしれません」
「そんな!」
この世の絶望を体験したような顔になるカズン。
だが、食の節制は魔力を増やす修行として大変有効なことが、魔力使いの世界では知られている。
「言われてみれば、お前はいつも腹一杯食べているよな?」
と父親のヴァシレウスが思い出したようにコメントする。
アケロニア王国は食料事情の良い国で、新鮮な食材が手に入るから料理方法もシンプルで、意外なことに他国では一般的な揚げ物の類の少ない国だった。
そのため、上は王侯貴族から下は庶民まで、他国にいるような飽食や暴飲暴食で肥え太った者は少ない。
カズンも見たところ、特に太ってはいない中肉中背の男子なわけだが。
「一度に食べなければ良いわけです。きちんと身体が消化してからまた食べれば良い」
「そ、それって、つまり……?」
「腹八分目というでしょう? それで試して魔力が回復すればよし。しなければ、六分目、四分目と減らしていきましょう」
「あああああ……」
悲痛に喘いで項垂れるカズン、そんなカズンを宥めるヨシュア。
ユーグレンは苦笑しながらも別の提案をした。
「一度、水だけで三日間ぐらい断食してみたらどうだ? カズン」
「それはいやだあああ……」
何だか大変ですねえと呟いて、グレンはピスタチオ入りのクッキーを頬張っているし、隣でライルは飴玉を口の中で転がしている。
そんなわけで、その日のカズンの間食は途中で終わりになった。
既に環を発現したカズンを始めとして、一同はフリーダヤの監督のもと環を出す練習をしてみることにした。
結果として、安定して環を出し続けることができたのはライルだけ。
他は、ルシウスは環使いであることを隠しているから除外として、カズンもなかなか出すことができなかった。
環は、発動させるときだけ自分の物事への執着を離れて無我の意識状態を作る必要がある。
考え方や理論を学んでも、ヨシュア、ユーグレン、ヴァシレウス、グレンはコツを掴めなかった。
「とりあえずはカズンの環を安定させることが先かな」
一通りレクチャーした後で、フリーダヤは出かけてくると言ってリースト伯爵家の本邸から外出していってしまった。
「んん、環どころか魔力も安定しないし」
必死にカズンが精神統一しようとしているが、環は一時的に現れたり消えたりの繰り返しだ。
「お前は魔力値2だからなあ」
父親のヴァシレウスが苦笑している。
ヴァシレウスの場合は自分がなぜ環を使えないのか理由がわかっているので、子供たちに付き合っているだけだった。
彼の場合は、己がアケロニア王国の王であったこと、王族であることの責務を離れるつもりが最初からない。
「でもステータスって変動しますよね? 環っていうのは魔力使いの術式なのに、魔力値の数値に関係ないって面白いですよね」
楽々と環を発動させているライルの環を興味深げに眺めながら、グレンが言った。
環は帯状の光の円環で、身体の胴体をフラフープをくぐるように周囲に浮かぶ。
グレンは指先でライルの環を突っついている。
指先はすり抜けたり、また魔力の圧力を物理的な感触として感じたりと、なかなか面白い。
対してカズンのほうは、幾度も深呼吸を繰り返して意識を集中させると最初は自分の胸元にうっすらと環が現れる。
だがすぐに、空気に溶けるようにして消えてしまう。
「胸元に出る環って、物事の調整役でしたっけ?」
「お、称号欄に“魔術師”と“バランサー”が出てるじゃないか、カズン!」
ヨシュアとユーグレンは、こちらもカズンの現れたり消えたりの環に手で触れたり、王族のユーグレンの人物鑑定スキルでカズンを鑑定したりで盛り上がっていた。
そうして環の練習をしているうちに午後のお茶の時間になる。
リースト伯爵家の侍女たちがそのままサロンにティーセットの準備を整えて、礼をして退室していく。
テーブルの上にはクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子、地元菓子店のチョコレート。
そして、魔法樹脂の使い手であるリースト伯爵家の一族が治めるこの地方には、魔法樹脂を模した透明度の高いキャンディが人気の名物となっている。
色とりどりで、特に現在は瞳の中に銀の花咲くヨシュアが当主なこともあり、その花弁の模様の入ったキャンディが人気だそうだ。
味は砂糖のみを中心に、リースト伯爵領で採れる果物の味や、花の香りを付けたものなど多様である。最近はチョコレートを入れたものもなかなか人気がある。
「わあ、綺麗ですねえ。後で買えるお店教えてください、うちの妹にお土産にしたいです」
「カレン嬢に? それなら持たせてあげるから後で欲しい量を教えてくれるかい。彼女には魔導具開発で世話になってるからね」
グレンの腹違いの妹、ブルー男爵令嬢カレンはまだ十代半ばながら腕の良い魔導具師だ。
ヨシュアは自分の作りたい魔導具が実現できないか、カレンと文通しながら相談しているらしい。魔法樹脂の機能改良に取り掛かっているのだとは、カズンやユーグレンも聞いていた。
「なかなか環が安定しないんだ。フリーダヤはどっか行ってしまったし。この後どうすればいいんだろう?」
マドレーヌをぱくぱく口に運びながらカズンが溜め息をついている。
「それなのですが。ひょっとして、カズン様のそれは食べ過ぎが原因では?」
ぴた、とカズンの手が止まった。
ルシウスが意外な指摘をしてきた。
魔力は体力や気力など、およそ人間の持つありとあらゆるエネルギーの総称だが、胃腸の消化力にも関わる。
基本ステータスの体力値や知力値なども、魔力が密接に関わっていた。
「まだ若いから腹一杯食べても健康に問題はないのでしょうが……一度に食べる量を節制したほうが良いかもしれません」
「そんな!」
この世の絶望を体験したような顔になるカズン。
だが、食の節制は魔力を増やす修行として大変有効なことが、魔力使いの世界では知られている。
「言われてみれば、お前はいつも腹一杯食べているよな?」
と父親のヴァシレウスが思い出したようにコメントする。
アケロニア王国は食料事情の良い国で、新鮮な食材が手に入るから料理方法もシンプルで、意外なことに他国では一般的な揚げ物の類の少ない国だった。
そのため、上は王侯貴族から下は庶民まで、他国にいるような飽食や暴飲暴食で肥え太った者は少ない。
カズンも見たところ、特に太ってはいない中肉中背の男子なわけだが。
「一度に食べなければ良いわけです。きちんと身体が消化してからまた食べれば良い」
「そ、それって、つまり……?」
「腹八分目というでしょう? それで試して魔力が回復すればよし。しなければ、六分目、四分目と減らしていきましょう」
「あああああ……」
悲痛に喘いで項垂れるカズン、そんなカズンを宥めるヨシュア。
ユーグレンは苦笑しながらも別の提案をした。
「一度、水だけで三日間ぐらい断食してみたらどうだ? カズン」
「それはいやだあああ……」
何だか大変ですねえと呟いて、グレンはピスタチオ入りのクッキーを頬張っているし、隣でライルは飴玉を口の中で転がしている。
そんなわけで、その日のカズンの間食は途中で終わりになった。