その後、仲直りを兼ねて三人で温泉に入ったのだが。
浴場に入ったはいいものの、血の気が多かったのかユーグレンが熱い温泉で鼻血を出してしまい、長湯はできなかった。
「しまらない奴だなあ。ユーグレン」
リビングのソファにもたれ掛かってしまったユーグレンに、冷たい水を飲ませたり、熱を冷まさせてやったりと慌しかった。
その日の夜、別荘の管理人に手配してもらった夕食を終えてからは、一休みした後で居間の茶卓で三人で学園の宿題に取り掛かっていた。
取るものもとりあえず王都を出てきたユーグレンは宿題のテキストを王宮に置いてきてしまったので、カズンやヨシュアが課題に取り組むのを眺めて時折助言するだけだったが。
宿題とはいっても、学園入学前にそれぞれの家で家庭教師から既に学んでいた内容が多い。
王都に戻ってから取り掛かっても充分間に合うだろう。
そして時刻は夜の十時を回った。
王都にいたときなら、まだまだ夜はこれからだが、別荘のある集落は人も少なく、外に出れば夜は真っ暗だ。早めに休むほうがいい。
「そろそろ休みましょう」
「……いや、もうちょっとだけ」
宿題に一区切り付けて終わらせようとするたび、カズンが引き留めてくる。
そのわりに、本人はあまりテキストが進んでいないように見える。
「なら、オレはユーグレン殿下のお部屋の準備をしてきますね」
座椅子からヨシュアが立ち上がる。
別荘の管理人に一人増えた分の部屋の準備は頼んであったが、念のため確認しておいたほうがいいだろう。
「ああ……っと、部屋はまあいいのだが、その……」
「カズン様?」
ヨシュアを引き留めて、何やら言いにくそうにしている。
「夜は、三人で一緒に寝ないか?」
「えっ?」
「まさかお前がそういう誘いをかけてくるとは……」
「ちがーう! そうじゃなくて、その……」
ペンを握ったまま、視線がテキストの上に落ちる。宿題の文字列を見てなどいないことは明らかだったが。
「今日からもう、お父様もお母様もいないから、その……側にいてほしくて……。………………くそっ、笑いたければ笑えばいい!」
ふと気づいてしまったのだ。
父母どちらもいない状況で、外でお泊まりするのが初めてだということに。
「屋敷でもこの別荘でも、もうご両親とは別の部屋で寝ていたのだろう?」
学園に入学する前頃までは、ユーグレンもたまに家族で寝ていると知っていた。
「そうだけど、それでも同じ建物の中にいたから……ううっ、お父様、お母様……っ」
茶卓の上に突っ伏してしまったカズンに、ヨシュアとユーグレンは顔を見合わせた。
別荘で一番広い部屋に布団を三組並べて敷いてもらうことになった。
中央にカズン、部屋の奥側にユーグレン。入り口近くは万が一のことに備えてヨシュアが眠ることに。
「んん……カズンがまさか親離れしてないとは思わなかったな」
「そういえば、我が家に泊まりに来たときもヴァシレウス様かセシリア様が一緒でしたね」
ヨシュアの叔父の家にもよく遊びに行っていたが、そういえばお泊まりまではしていなかった。
普段からわりと淡々としていたカズンの意外な弱点だった。
「笑いたければ笑えと言っただろう……」
布団の上で枕に顔を埋めて、猫が“ごめん寝”する姿勢になって、くぐもった声で恨み節を呟いている。
自分でも、まさか両親がいないことにここまでダメージを受けるとは思っていなかったのだ。
幼い頃から箱入りで大事に大事に育てられたことの弊害といえるか。
「別に笑ったりなどせん。寂しいなら早めに帰ったらどうだ」
「一応、肌の湿疹が治ってからとヴァシレウス様たちから厳命されておりまして」
「湿疹? ……どれ」
うつ伏せで蹲っているカズンの寝巻きの上を、ぺろんとめくり上げる。
健康的で滑らかな肌の上に、ぽつぽつと吹き出物の跡がいくつか。あとは腰の辺りに汗疹が薄っすらと出ている。
ともに温泉に入ったときは気づかなかったが。
「これか。何か薬を塗ったりはしなくていいのか?」
「悪い感染症などではないようなので、ここの温泉に浸かっているうちに治るそうです。朝晩、ゆっくり入浴するようにとのことでした」
「ふうむ……そうか」
ナデナデ、ナデナデ。
寝巻きをもとに戻してやって、患部を避けるように背を撫でた。
ヨシュアも反対方向から、枕に抱き着いているカズンの黒髪を後頭部から撫でている。
「カズン、寂しいなら抱いて寝てやろうか?」
「そういうのは要らない。……でも、隣にいてほしい」
(何ともいとけないことよ)
そのまま上から掛け布団をかけてやると、蹲っていた姿勢を解いて仰向けになった。
ヨシュアとユーグレンも布団の中に入る。
部屋の明かりは魔導具の一種だから、寝ながら魔力を飛ばせば常夜灯の薄いオレンジ色の明かりに変わる。
「おやすみ。二人とも」
浴場に入ったはいいものの、血の気が多かったのかユーグレンが熱い温泉で鼻血を出してしまい、長湯はできなかった。
「しまらない奴だなあ。ユーグレン」
リビングのソファにもたれ掛かってしまったユーグレンに、冷たい水を飲ませたり、熱を冷まさせてやったりと慌しかった。
その日の夜、別荘の管理人に手配してもらった夕食を終えてからは、一休みした後で居間の茶卓で三人で学園の宿題に取り掛かっていた。
取るものもとりあえず王都を出てきたユーグレンは宿題のテキストを王宮に置いてきてしまったので、カズンやヨシュアが課題に取り組むのを眺めて時折助言するだけだったが。
宿題とはいっても、学園入学前にそれぞれの家で家庭教師から既に学んでいた内容が多い。
王都に戻ってから取り掛かっても充分間に合うだろう。
そして時刻は夜の十時を回った。
王都にいたときなら、まだまだ夜はこれからだが、別荘のある集落は人も少なく、外に出れば夜は真っ暗だ。早めに休むほうがいい。
「そろそろ休みましょう」
「……いや、もうちょっとだけ」
宿題に一区切り付けて終わらせようとするたび、カズンが引き留めてくる。
そのわりに、本人はあまりテキストが進んでいないように見える。
「なら、オレはユーグレン殿下のお部屋の準備をしてきますね」
座椅子からヨシュアが立ち上がる。
別荘の管理人に一人増えた分の部屋の準備は頼んであったが、念のため確認しておいたほうがいいだろう。
「ああ……っと、部屋はまあいいのだが、その……」
「カズン様?」
ヨシュアを引き留めて、何やら言いにくそうにしている。
「夜は、三人で一緒に寝ないか?」
「えっ?」
「まさかお前がそういう誘いをかけてくるとは……」
「ちがーう! そうじゃなくて、その……」
ペンを握ったまま、視線がテキストの上に落ちる。宿題の文字列を見てなどいないことは明らかだったが。
「今日からもう、お父様もお母様もいないから、その……側にいてほしくて……。………………くそっ、笑いたければ笑えばいい!」
ふと気づいてしまったのだ。
父母どちらもいない状況で、外でお泊まりするのが初めてだということに。
「屋敷でもこの別荘でも、もうご両親とは別の部屋で寝ていたのだろう?」
学園に入学する前頃までは、ユーグレンもたまに家族で寝ていると知っていた。
「そうだけど、それでも同じ建物の中にいたから……ううっ、お父様、お母様……っ」
茶卓の上に突っ伏してしまったカズンに、ヨシュアとユーグレンは顔を見合わせた。
別荘で一番広い部屋に布団を三組並べて敷いてもらうことになった。
中央にカズン、部屋の奥側にユーグレン。入り口近くは万が一のことに備えてヨシュアが眠ることに。
「んん……カズンがまさか親離れしてないとは思わなかったな」
「そういえば、我が家に泊まりに来たときもヴァシレウス様かセシリア様が一緒でしたね」
ヨシュアの叔父の家にもよく遊びに行っていたが、そういえばお泊まりまではしていなかった。
普段からわりと淡々としていたカズンの意外な弱点だった。
「笑いたければ笑えと言っただろう……」
布団の上で枕に顔を埋めて、猫が“ごめん寝”する姿勢になって、くぐもった声で恨み節を呟いている。
自分でも、まさか両親がいないことにここまでダメージを受けるとは思っていなかったのだ。
幼い頃から箱入りで大事に大事に育てられたことの弊害といえるか。
「別に笑ったりなどせん。寂しいなら早めに帰ったらどうだ」
「一応、肌の湿疹が治ってからとヴァシレウス様たちから厳命されておりまして」
「湿疹? ……どれ」
うつ伏せで蹲っているカズンの寝巻きの上を、ぺろんとめくり上げる。
健康的で滑らかな肌の上に、ぽつぽつと吹き出物の跡がいくつか。あとは腰の辺りに汗疹が薄っすらと出ている。
ともに温泉に入ったときは気づかなかったが。
「これか。何か薬を塗ったりはしなくていいのか?」
「悪い感染症などではないようなので、ここの温泉に浸かっているうちに治るそうです。朝晩、ゆっくり入浴するようにとのことでした」
「ふうむ……そうか」
ナデナデ、ナデナデ。
寝巻きをもとに戻してやって、患部を避けるように背を撫でた。
ヨシュアも反対方向から、枕に抱き着いているカズンの黒髪を後頭部から撫でている。
「カズン、寂しいなら抱いて寝てやろうか?」
「そういうのは要らない。……でも、隣にいてほしい」
(何ともいとけないことよ)
そのまま上から掛け布団をかけてやると、蹲っていた姿勢を解いて仰向けになった。
ヨシュアとユーグレンも布団の中に入る。
部屋の明かりは魔導具の一種だから、寝ながら魔力を飛ばせば常夜灯の薄いオレンジ色の明かりに変わる。
「おやすみ。二人とも」