「それに……」
ぎゅ、とヨシュアが拳を強く握りしめ、唇を噛み締める。
「義母が手元に置いていた魔道書には、魔力封じの術以外に、様々な毒の調合方法も書かれていました。付箋の貼られたページには、遅効性で時間調整のきく毒薬の調合方法が書かれていて……」
「ま、まさか、お父上のリースト伯爵の死因は毒なのか!?」
椅子から飛び上がらんばかりに驚いたカズンに、こくりとヨシュアは頷いた。
「父は領地の視察中、心臓発作を起こして馬から転落したとされています。……でも、領地の屋敷を出てから落馬するまでの時間が、魔道書の毒薬ページに書かれていた効能を発揮するまでの時間と一致した」
「それは騎士団には伝えたのか?」
「ええ、とっくに。だけど被害者の体内に残らない毒薬だったから、証拠を掴めなかった」
後妻たちがヨシュアを排除したがっていることはわかっていたのだ。
それをあえて逆手にとって、彼らを地獄に落とす計画を立てた。
「お前が毒とわかっているぶどう酒を飲んだのは、毒で死にかけている姿を第三者に確認させる必要があったからか」
「ええ。カズン様、うちの執事、そして呼んでくれた医師と王都騎士団員たち。……完璧でした」
「一歩間違えば、あのまま干からびて死んでいただろうに。危ない橋を渡ったな」
「でも、義母と義弟の罪は誰の目にも明らかになった。オレにとって最高の結果ですよ」
まず、義母たちはリースト伯爵家嫡男で後継者のヨシュアを虐待し、別宅に押し込めただけでなく、屋根裏部屋に監禁した。
屋根裏部屋に食料はなく、毒の入ったワインだけを置いた。飢え乾いたヨシュアがそれを飲まざるを得ない状況に追い込むためだ。
社交の場では、資格もなく伯爵家の血を持たない連れ子が次期伯爵になると妄言を吐き続けていた。
他にも、伯爵家の家人たちへの恫喝や過度の体罰など、細かいことまで挙げれば山ほどの余罪がある。
「特に義母は、伯爵家の後添いとしてオレの伯爵位継承をサポートする義務がありながら、放棄して自分の子に継がせようとしましたからね。今回、彼女が犯した一番大きな罪だ」
このアケロニア王国の法律において、貴族家やその貴族家が持つ爵位の簒奪は大罪である。
いわゆる“お家乗っ取り”への処罰は、首謀者は処刑と決まっている。場合によっては親兄弟、親戚にまで飛び火する。
今回、義母たちの行為はあまりにも悪質で、被害も大きく深刻だった。被害者のヨシュア自身が死にかけたぐらいだ。
まず間違いなく、義母ブリジットの実家男爵家が取り潰される。
男爵家には義母の実兄の当主夫妻と子供が二人。当主夫妻も連座で重罪になる可能性が高い。良くて平民落ち、最悪は処刑だ。
連れ子アベルは義母の前の嫁ぎ先の子爵家当主との間の子供だ。
義母は第三夫人で、子爵家の中での立場が低かった。
子爵が亡くなった後は、嫡子で子爵位を継いだ第一夫人の長男から手切れ金を渡され、子爵家からの籍を抜かれて実家に返されている。
連れ子アベルは母子ともに既に籍を抜かれていることから、今のところ子爵家へのお咎めはないという。
「あと数日もすれば、オレも学園に復帰できます。担任の先生に伝えてくれますか? それと……」
言葉を途切れさせて、ヨシュアは小さく唇を噛んだ。銀の花の咲いた、湖面の水色の目が、泣きそうに歪められている。
「……父の死を確定させねばなりません」
「死を確定、とは? リースト伯爵が事故で急死したことは、既に周知されていたはずだが」
不思議な物言いである。
リースト伯爵の葬儀も既に領地、王都の両方で終わっている。
するとヨシュアは、王族のカズンだから教えるが他言無用と言い置いて、
「父は魔術師でしたから……身体に貴重な術式がいくつか組み込まれています。その術式保存のため、領地で落馬直後のまだかすかに息のあるうちに仮死状態にしてあるんです」
魔法使いや魔術師を多く輩出するリースト伯爵家が受け継いできた特殊な術式を、次期伯爵となるヨシュアは継承せねばならないという。
代々、当主の肉体が死亡する寸前に発動し、当主本人を仮死状態のまま、魔力で作られた樹脂の中に封印する魔術がある。
アケロニア王国には、このような特殊事情で死亡寸前に本人を封印する魔術式を使う家が、貴族・平民問わず十数家ある。リースト伯爵家はそのひとつだ。
リースト伯爵は魔術樹脂の中でまだ仮死状態で生きており、現在は王都の屋敷内に厳重に保管されているという。
葬儀で棺の中に収められ埋葬されたのは、本人に似せた人形だったとヨシュアは語る。
「領地で落馬したとき首の骨を折っていて、 その時点で魂が抜けているんです。身体だけが辛うじて生きていても……治癒魔法でも完全回復薬のエリクサーでも駄目でした」
「魔術樹脂の封印を解除するのだな」
「……はい。そうして父の肉体の死を見届け、きちんと埋葬してあげたいのです」
このように魔術樹脂で封印された者を解術する際は、侯爵家以上の高位の身分を持つ者、三名以上の見届け人が必要となる。
「そのうちの一人に、カズン様をお願いできますか」
「もちろん引き受けさせてもらう。残り二人はもう決まっているのか?」
「一人は、父のいた魔法魔術騎士団の団長閣下にお願いするつもりです。最低もう一人必要なのですが、どなたか頼めそうな方の紹介をお願いしても?」
王弟のカズンは、まだ未成年で公的な権力こそないが、人脈には恵まれている。
父親の先王ヴァシレウス、母親のセシリア・アルトレイ女大公、あとは兄の国王でもいい。溺愛されているカズンが頼めば、誰も嫌とは言わないはずだ。
王族以外なら、学園のクラスメイトや教師たちの中にも高位貴族はいる。
「すぐに確保できると思う。実施日が決まったら、アルトレイの家まで連絡をくれ」
長話で疲労を見せたヨシュアをベッドに寝かしつけてから、カズンはリースト伯爵邸を後にした。
ぎゅ、とヨシュアが拳を強く握りしめ、唇を噛み締める。
「義母が手元に置いていた魔道書には、魔力封じの術以外に、様々な毒の調合方法も書かれていました。付箋の貼られたページには、遅効性で時間調整のきく毒薬の調合方法が書かれていて……」
「ま、まさか、お父上のリースト伯爵の死因は毒なのか!?」
椅子から飛び上がらんばかりに驚いたカズンに、こくりとヨシュアは頷いた。
「父は領地の視察中、心臓発作を起こして馬から転落したとされています。……でも、領地の屋敷を出てから落馬するまでの時間が、魔道書の毒薬ページに書かれていた効能を発揮するまでの時間と一致した」
「それは騎士団には伝えたのか?」
「ええ、とっくに。だけど被害者の体内に残らない毒薬だったから、証拠を掴めなかった」
後妻たちがヨシュアを排除したがっていることはわかっていたのだ。
それをあえて逆手にとって、彼らを地獄に落とす計画を立てた。
「お前が毒とわかっているぶどう酒を飲んだのは、毒で死にかけている姿を第三者に確認させる必要があったからか」
「ええ。カズン様、うちの執事、そして呼んでくれた医師と王都騎士団員たち。……完璧でした」
「一歩間違えば、あのまま干からびて死んでいただろうに。危ない橋を渡ったな」
「でも、義母と義弟の罪は誰の目にも明らかになった。オレにとって最高の結果ですよ」
まず、義母たちはリースト伯爵家嫡男で後継者のヨシュアを虐待し、別宅に押し込めただけでなく、屋根裏部屋に監禁した。
屋根裏部屋に食料はなく、毒の入ったワインだけを置いた。飢え乾いたヨシュアがそれを飲まざるを得ない状況に追い込むためだ。
社交の場では、資格もなく伯爵家の血を持たない連れ子が次期伯爵になると妄言を吐き続けていた。
他にも、伯爵家の家人たちへの恫喝や過度の体罰など、細かいことまで挙げれば山ほどの余罪がある。
「特に義母は、伯爵家の後添いとしてオレの伯爵位継承をサポートする義務がありながら、放棄して自分の子に継がせようとしましたからね。今回、彼女が犯した一番大きな罪だ」
このアケロニア王国の法律において、貴族家やその貴族家が持つ爵位の簒奪は大罪である。
いわゆる“お家乗っ取り”への処罰は、首謀者は処刑と決まっている。場合によっては親兄弟、親戚にまで飛び火する。
今回、義母たちの行為はあまりにも悪質で、被害も大きく深刻だった。被害者のヨシュア自身が死にかけたぐらいだ。
まず間違いなく、義母ブリジットの実家男爵家が取り潰される。
男爵家には義母の実兄の当主夫妻と子供が二人。当主夫妻も連座で重罪になる可能性が高い。良くて平民落ち、最悪は処刑だ。
連れ子アベルは義母の前の嫁ぎ先の子爵家当主との間の子供だ。
義母は第三夫人で、子爵家の中での立場が低かった。
子爵が亡くなった後は、嫡子で子爵位を継いだ第一夫人の長男から手切れ金を渡され、子爵家からの籍を抜かれて実家に返されている。
連れ子アベルは母子ともに既に籍を抜かれていることから、今のところ子爵家へのお咎めはないという。
「あと数日もすれば、オレも学園に復帰できます。担任の先生に伝えてくれますか? それと……」
言葉を途切れさせて、ヨシュアは小さく唇を噛んだ。銀の花の咲いた、湖面の水色の目が、泣きそうに歪められている。
「……父の死を確定させねばなりません」
「死を確定、とは? リースト伯爵が事故で急死したことは、既に周知されていたはずだが」
不思議な物言いである。
リースト伯爵の葬儀も既に領地、王都の両方で終わっている。
するとヨシュアは、王族のカズンだから教えるが他言無用と言い置いて、
「父は魔術師でしたから……身体に貴重な術式がいくつか組み込まれています。その術式保存のため、領地で落馬直後のまだかすかに息のあるうちに仮死状態にしてあるんです」
魔法使いや魔術師を多く輩出するリースト伯爵家が受け継いできた特殊な術式を、次期伯爵となるヨシュアは継承せねばならないという。
代々、当主の肉体が死亡する寸前に発動し、当主本人を仮死状態のまま、魔力で作られた樹脂の中に封印する魔術がある。
アケロニア王国には、このような特殊事情で死亡寸前に本人を封印する魔術式を使う家が、貴族・平民問わず十数家ある。リースト伯爵家はそのひとつだ。
リースト伯爵は魔術樹脂の中でまだ仮死状態で生きており、現在は王都の屋敷内に厳重に保管されているという。
葬儀で棺の中に収められ埋葬されたのは、本人に似せた人形だったとヨシュアは語る。
「領地で落馬したとき首の骨を折っていて、 その時点で魂が抜けているんです。身体だけが辛うじて生きていても……治癒魔法でも完全回復薬のエリクサーでも駄目でした」
「魔術樹脂の封印を解除するのだな」
「……はい。そうして父の肉体の死を見届け、きちんと埋葬してあげたいのです」
このように魔術樹脂で封印された者を解術する際は、侯爵家以上の高位の身分を持つ者、三名以上の見届け人が必要となる。
「そのうちの一人に、カズン様をお願いできますか」
「もちろん引き受けさせてもらう。残り二人はもう決まっているのか?」
「一人は、父のいた魔法魔術騎士団の団長閣下にお願いするつもりです。最低もう一人必要なのですが、どなたか頼めそうな方の紹介をお願いしても?」
王弟のカズンは、まだ未成年で公的な権力こそないが、人脈には恵まれている。
父親の先王ヴァシレウス、母親のセシリア・アルトレイ女大公、あとは兄の国王でもいい。溺愛されているカズンが頼めば、誰も嫌とは言わないはずだ。
王族以外なら、学園のクラスメイトや教師たちの中にも高位貴族はいる。
「すぐに確保できると思う。実施日が決まったら、アルトレイの家まで連絡をくれ」
長話で疲労を見せたヨシュアをベッドに寝かしつけてから、カズンはリースト伯爵邸を後にした。