「すごいっ、すごいっ!」
 あたしは遥ちゃんに向かってパチパチと力いっぱい拍手をおくった。
「えへへ、どうもありがとう」
 うれしそうにはにかむ遥ちゃん。
「スゴイよ、遥ちゃん! まるでプロみたい。どこかで習ってるの?」
 ほめたつもりだったけど、なぜか遥ちゃんの表情はちょっぴり曇った。
「うん……半年前までは、市内のダンススクールに通ってたんだけど」
「通ってた?」
 辞めちゃったのかな? でも、どうして?
 遥ちゃんは自分の栗色の髪の毛に手をやりながら、
「同じスクールに通う子たちに、ちょくちょく言われるようになったんだ。あの子、日本人じゃないよね、って」
 と、小さくため息をついた。
「わたしのおばあちゃん、アメリカ人なの。お父さんは日本とアメリカのダブルで、お母さんは日本人で。わたしは生まれてからずっと日本で暮らしてるんだけど、いろんなひとから、外国の子なの? とか、日本人離れしたスタイルだよね、とか言われるようになって。みんな悪気はないんだろうけど、外国人、外国人って指さされるのがなんか苦しくて。英語なんか全然話せないのに」
 やさしい遥ちゃんの顔に、深い悲しみの色がよぎる。
「だから、ひとりで練習してるの?」
 あたしの言葉に、遥ちゃんは静かにうなずく。
「じゃあさ、これからはあたしといっしょに練習しようよ!」
 あたしの提案に、遥ちゃんは目を丸くする。
「聖良ちゃんと?」
「うんっ! サッカーとダンス、ジャンルは全然ちがうけど、あたしたち、ひとりで練習してる者同士じゃん? いっしょに練習すれば、より楽しくできるようになるかなって。一生けん命がんばってるのに、イヤなこと言われるツラさもよく分かるし……って、あたしなんかといっしょにされても困るかな???」
 遥ちゃんは一瞬驚いていたけど、
「どうもありがとう! さそってもらえてとってもうれしい。聖良ちゃん、いっしょにがんばろう!」
 と、すぐに花が咲いたような笑顔になったんだ。

 それから、あたしと遥ちゃんは毎週この運動公園に集まって、おたがいの練習に一生けん命打ちこんだ。
 話をしているうちにおんなじ小学五年生ってことも分かって、ますます仲良くなった。
「ね、ね。遥ちゃんみたいにすばやく足を動かすにはどうしたらいいの?」
「それなら、おすすめのトレーニング動画があるよ。一日十分でできるやつ」
「わたし、長時間動くのが苦手なんだ。聖良ちゃんはどうやって体力アップしてる?」
「あたしはねー、よくツナ缶食べてるよ。サラダとかに入れてマメに摂ると疲れにくくなるよ」
 やってることはちがうけど、共通の悩みについて情報交換なんかもしたりして。
 いろんな音楽に合わせて自由に踊る遥ちゃんを見てると、不思議とこっちも元気になってきて、ますます練習に身が入った。
 遥ちゃんもあたしのドリフト練習を見て、
「わぁー、あざやか! カッコいい」
 なんてほめてくれて。
 ひとりで練習していたときよりも、楽しさは何倍にも大きくなった。
「うーん、今日もたくさん練習したなぁ。ちょっと休もっか」
 練習が終わると、あたしたちはよく公園の自販機まで行った。
 そこで買うのは、いつもきまってトロピカルフルーツパンチ。
 果汁入りのサイダーで、あんまり有名なメーカーの商品じゃないせいか、ここの自販機にしか売ってないの。
 あたしはこれが好きで前から買ってたんだけど、そのうち遥ちゃんもあたしにつられて買うようになった。
「これおいしいよね~。シュワシュワッとして、マンゴーとかパイナップルとかいろんな味がして」
 つかれた身体に、この冷たくてさわやかな甘さが最高!
 遥ちゃんも、満足そうにトロピカルフルーツパンチを飲みながら。
「わたしもこれ好き! だけど、いっつも全部は飲みきれないんだよね~」
「遥ちゃん残すの? じゃあ、あたしにちょーだい♪」
 すると、遥ちゃんは少しほおを赤く染めて。
「えぇっ? うん……聖良ちゃんがいいならいいけど」
 と、飲み残しの缶を手渡してきた。
 あれれ? もしかして、あたしいやしいヤツだってあきれられちゃったかな。
 でも、どうしても好きなんだよね。このジュース。
「ねぇ、聖良ちゃんの夢ってなに?」
 ある日の練習中に、遥ちゃんから訊かれた。
 あたしの夢……かぁ。
 しばらく考えこんだあと。
「これからもサッカーを続けることかな?」
 と、あたしは答えた。
「今は男女混合のクラブに所属してるけど、中学になったらサッカー部で活動するのはムリそうなんだ。市内には女子サッカー部のある中学なんてないし。だけど、となりの県には女子サッカー部のある高校があるから、がんばって続けてそこに入学するのが目標なの。五年も先のことだから、かなえられるかどうかなんてまだ分からないけど」
 遥ちゃんは熱心に相づちを打ちながら、真剣にあたしの話に耳を傾けてくれた。
「できるよ。大変かもしれないけど、聖良ちゃんならきっとかなえられる!」
 そうやってはげましてくれる遥ちゃんの声はほんとうにあたたかくて。
 あたしは強く背中を押されたような気がしたんだ。
「うれしいよ、遥ちゃん! ねっ、遥ちゃんの夢も聞かせてくれない?」
「わたし? わたしの夢は――」
 遥ちゃんは、運動公園にあるステージを指さして。
「あのね、高校生を対象にしたストリートダンス選手権が開かれるんだけど、その県大会が毎年秋にあのステージで開かれるの。その県大会で優勝して、全国大会に進むのが夢なんだ」
 と、話した。
「そんなの遥ちゃんなら楽勝だよ! 県大会どころか、全国大会でもヨユーで優勝できるって!」
 コーフン気味のあたしに、遥ちゃんは照れくさそうに、
「そ、そうかな? でも、聖良ちゃんがそう言ってくれるならがんばれるよ」
 と、ほほえんだ。
「そうだよ! 五年後に向けて今からいっしょにがんばれば、きっとなんだってかなえられるって!」
 あたしは心の底からそう信じていた。
 いつまでもこうして遥ちゃんといっしょに夢を追いかけられるって、本気で思ってたんだけど――。
「えっ、転校?」
 遥ちゃんといっしょに練習することが、すっかり日常の一部となりつつあった矢先のこと。
「そうなの。お父さんの仕事の関係で」
 遥ちゃんが声を落とす。
「どこに? ここから遠いの?」
 飛行機じゃないと行けないくらい離れちゃうのかな……。
「それが、ロサンゼルスなの」
「ロサンゼルス!?」
 って、アメリカの???
「わたし、おばあちゃんちで暮らすことになったんだ」
 そういえば、前に遥ちゃん、おばあちゃんがアメリカ人って言ってたもんね。
 アメリカなんて……大人ならともかく、子どもの力じゃとても会いに行けないよ。
 どうしよう。もう二度と、遥ちゃんには会えないのかな?
「あのねっ、聖良ちゃん!」
 遥ちゃんは、まっすぐあたしの顔を見て、
「しばらく会えなくなるけど、わたし、必ずこの町に戻って来るから。もし、五年後、おたがいに夢をあきらめないでいたら、この公園で開催されるストリートダンス選手権、観に来てくれないかな? わたし……絶対に出場するから。そのとき、また会おう!」
 と、あたしに手を伸ばした。
 あたしは、その手をギュッとにぎりしめて答えた。
「うん! もちろん。必ず会いに行くよ!」
 遥ちゃんは、ホッとしたような笑みを浮かべて。
「よかった! きっと、約束だからね」
 そして、あたしたちはおたがいに笑顔のままで、そのときはサヨナラしたんだ。
 それから、あたしは中学生になって。
 ちょうどそのころ、県内に女子サッカーのクラブチームが発足したから、そこに所属することにしたの。
 家からはずいぶん離れた場所にあって、毎回電車で通うのがちょっとめんどくさかったけど、おかげで、夢だった女子サッカー部のある高校に入学することもできた。 
 
 高校生になった今、学校の勉強と部活の両立で、大変だったりつらく思うことはやっぱりたくさんあるけど。
 これで、遥ちゃんに再会したとき笑顔で報告できる! って思うとうれしくて。
 がんばり屋さんの遥ちゃんだもん。
 ストリートダンス選手権で、必ずまた会えるよね?
 あたしのこと覚えててくれるかな。遥ちゃんは、どんな高校生になってるかな。
 小学生のときからかわいかったから、きっと今は男の子にモテモテのすごい美人に成長してるよね?
 あたしは、全然変わらないって遥ちゃんに笑われちゃうかも。
 あぁ、早く会いたい。
 そのときが来るのを、あたしは今日までずっとずっと待ち望んでたんだ。
 でも――。

「あれ……?」
 おかしいな。
 ずっと出場チームのダンスを見てるけど、どこにも遥ちゃんらしい子が見当たらない。
 どの子もみんなレベル高いけど、遥ちゃんみたいにキレのあるダンスをする女の子が見つからないよ。
 配布されたプログラムには、チーム名の記載はあるけど、個人の名前は書いてないし。
 ……まさか、遥ちゃん。この選手権に出場してないなんてことないよね?
 ううん、そんなはずない。このステージに立つのは遥ちゃんの夢だったんだもん。
 遥ちゃんのこと、ひと目ですぐ分かると思ってたのに。
 この五年であたしの記憶もあいまいになっちゃったのかな……?
  遥ちゃんを見つけられないまま、とうとう結果発表の時間になった。
 優勝したのは、市内の男子校のダンスチーム。
 スラッと背の高い、りりしい顔つきの金髪男子がとってもうれしそうにトロフィーを抱えて、チームメイトたちと喜びを分かち合ってる。
 あのひとたちのチーム、優勝したんだ!
 そうだよね、確かにあのひとのダンス、すごくカッコよかったもん。
 優勝なのも納得だ。
 ほんとうは、遥ちゃんが優勝トロフィー持ってるところ、この目で見てみたかったけど……。
 念のため、あたしはそのあと出場していた女子チームに遥ちゃんのことを聞いてまわったけど、どのチームにもそんな名前の子はいないって言われちゃって。
 遥ちゃんなら、約束どおり必ず出場してると思ってたのに。  

 きっと、今回出てなかったのはなにか事情があったんだよね?
 あんなに熱心にダンスに打ちこんでいた遥ちゃんが、夢をあきらめるはずがないもん。
 またいつの日か、あたしの前でクールなダンスを披露してくれるよね?
 あたし、遥ちゃんに見てもらえるように、あのころよりもドリブルもシュートもだいぶレベルアップしたんだよ。
 今度ある試合、遥ちゃんにも観に来てもらいたかったのに。
 なのに――。
 今にも心に雨が降りそうなくらい気持ちが深く沈んでる。
 もう帰ろう。ここにいてもつらくなるばっかりだから。
 足早に公園を出ようとすると、
「あっ」
 いつも、練習のあとに利用してた自販機が目に入った。
 まだあのトロピカルフルーツパンチ売ってるんだ。
 悲しみが広がっていた胸が少しだけホッコリする。
 よく遥ちゃんといっしょに飲んでたっけ。
 遥ちゃんが飲みきれない分、あたしってばちゃっかりもらってたんだよね。
 なつかしさに吸い寄せられて、一本買おうと自販機に手を伸ばすと。
 あたしとほぼ同時に、別の手が自販機にふれようとしていた。
 顔をあげると、そこには、さっきステージで優勝トロフィーを抱えていた、長身の金髪男子。
 オレンジ色の夕陽を浴びて、金色の髪の毛がいっそうまぶしく光り輝いている。
「ゴメンなさい、お先にどうぞ!」
 順番をゆずると、金髪男子はトロピカルフルーツパンチのボタンを押した。
 あれれ、二本……?
 誰かの分もついでに買ったのかな?
 ボーッと様子をながめていると、金髪男子は、なぜかあたしにトロピカルフルーツパンチの缶を一本手渡してきた。