五年後──。

「慶さん。私、慶さんのおかげで、ずいぶんと心が軽くなったようです」
 少し目の下のクマが気になる女性が微笑む。その唇は春を感じさせるリップグロスが塗られていた。それは、女性の気持ちが前向きになってきた証拠だろう。


「少しでもお役にたてたようで良かったです」
 シースルーバングのボブカットの黒髪に、スペサルタイト色の瞳を持つ女性が微笑む。落ち着いた女性に成長した藍凪慶だ。


「本当にありがとうございます」
「いえ。こちらこそ、私を頼って下さりありがとうございます」
 心理カウンセラーの資格を取った慶は、茉弓達が暮らしていた病院に、聖•ノイモーントクリニックと改名し、病院を運営していた。


「失礼します」
「はい」
 女性は笑顔で会釈をすると、カフェを後にした。



「慶、お疲れさま」
 ゆるふわパーマを当てた甘栗色の髪を後ろで一まとめに結った小柄な女性は、ビー玉のように大きな目元をくしゃりと細めて優しい笑みを浮かべ、慶に歩み寄る。大学を無事に卒業して教員免許を習得した守里愛莉だった。


「愛莉! 遊びに来てくれたん?」
 慶は勢いよく立ち上がり、満面の笑みを見せる。


「うん。そっちはどない?」
 愛莉はカフェで買ったカプチーノを慶の前に置き、慶の正面の椅子に腰を下ろす。自身は冷たいカフェオレを手にしていた。


「まずまず、って感じやなぁ。ありがとう。ここのカプチーノ美味しくて好きなんよ。そっちは?」
 と言った慶はカプチーノを一口飲み、満足そうな笑みを浮かべた。


「高校の教員免許を無事に取れたから、一様教員をやらせてもらえているけど、百合泉乃中高等学園では働かれへんかったショックは大きいなぁ」

「ずっとあの学園の教員になりたがってたもんな~。まぁ、またご縁があったら導かれるかもしれへんから」


「うん。でも、もうええわ」
「ぇ⁉ なんでッ?」
 珍しく投げやりな心友の言葉に目を見開く慶は、前のめりで理由を聞く。


「うちな、新たな夢を夢つみけたんや」
「何の夢? 全力で応援するで」


「ココ、院内の中に学校あるけど、稼働はしてへんねんやろ?」

「うん。院内学級とは名ばかり。妖弧達に人間世界の教育をしてくれる教員が中々見つからんのよね──って、まさか……」
 慶はそう説明している段階で愛莉の考えていることを予測し、口元を引くつかせる。


「せや! うち、ここで働くわ!」
 したり顔の愛莉は大きく頷き、そう宣言した。


「やっぱりぃ⁉」
 慶はムンクの叫びのごとく両掌で両頬を挟み、そう叫ぶ。


「……ぁ、あんた、リアクションでかなったなぁ。まぁ、感情を出せるのはええことやけど」
 愛莉は心友の表現力に口元を引くつかせる。


「いや、だって、誰でも驚くやろ? なんでココなん? 私が言うのもなんやけど、ここは安全地帯ではないんよ? クリニックに訪れてくる妖弧は基本的に優しいけど、精神が爆発してもーたらえらいことなるし。覚醒する妖弧もおる。覚醒してもうたら、私でも手を付けられへんのよ」


「うん。全部わかってる。けど、慶達がうちのこと守ってくれるんやろ?」
 早口で捲くし立てるかのようにペラペラ話す慶の言葉に涼しい顔をする愛莉は、右手で頬杖をついてそう言って微笑む。


「そ、そりゃ~全力で守るし、全力でサポートするけど……」
 その言葉通り、慶は戦闘のオールラウンダーである赤胡に、戦闘技術向上してもらっていた。
 おかげで、女性妖弧を容易に倒すことが可能となり、呪符や守護札を使いこなすことが出来るようになっていた。
 それだけでなく、黄琉の修行のおかげで、五分間だけ変化することも可能となった。
 白衣の内ポケットには、仁から渡された妖弧専用麻酔銃も所持している。もう誰かに守られてばかりの子供ではない。


「ほなええやん! 決りや決り!」
 愛莉は顔の前で両掌通しを一つ叩き、満面の笑みを見せる。


「勝手に決めなやぁ」
「まぁまぁ、ええから、ええから。人間世界の教育はうちに任せとき! っていっても、うちは今、高校生を教えられる教員免許しか持ってへんから、小学校の教員免許習得まで待ってもらわなあかんけど」
 項垂れる慶に対して愛莉は、右手を上下させたり、拳を胸に手を当てたりと、多種多様なアクションを織り交ぜながら言った。


「教員免許はいらないよ」
「!」
 背後から聞きなれた声音が響き、慶は肩を震わせる。

「ぁ!」
 愛莉は嬉しそうに声を上げ、口元に両掌で包み込むように隠す。


「相変わらずのイケメン……」
 変わらずイケメン好きの愛莉は、仁の姿に歓喜する。


「嬉しいこと言ってくれるね。こんにちは」
「そして声もいい」
 愛莉は指先を口元に当てて、ときめき続ける。

「ありがとう」
 仁はニコニコと嬉しそうに微笑む。とても黒妖弧の時期当主などとは思えぬ穏やかさだ。


「仁お父さん!」
 慶は五年前と変わらぬ姿をした父親である仁、またの名は黒桂を見上げる。


 五年の月日により、慶と両親の関係は着実に縮んだ。その証拠に、慶は両親のことを、“茉弓お母さん”“仁お父さん”と呼ぶようになっていた。

 碧海夫妻のことは、響子ママ、雅博パパと呼び、付かず離れずのほどよい距離感でいた。


「やぁ」
「やぁ、ってなによ」
 慶はどこかズレている仁に眉根を下げる。


「慶の訪問者が医院長室でお待ちだよ」
「誰ですか?」
 わざわざ医院長室で待つような知り合いはいないはずだ。滅多なことではこないが、白姫や白樹なら普通に会いに来る。
 白と智白はあれ以来会っていないし、わざわざあちらから出向いてくるとは考えにくい。
 愛莉ならもう目の前にいる。
 碧海夫妻はこの場所を知らない。となれば、一体誰が訪問してくるのだと、慶は怪訝な顔をする。


「行けばわかるよ。はい、どいたどいた~」
 仁は慶を椅子から離れるように手の甲で右肩を押す。


「ちょっ!」
 半ば押しのけられる形で椅子からどかされた慶は、不服気な顔をする。


「教員免許が必要ないというのは、どういうことなんですか?」

「高校の教員免許を所得しているなら十分だよ。人間界の学びは勉学の方ではなく、人間界の生活に必要な知恵を与えて欲しいんだ。一人暮らしの方法だとか、色々な契約方法。ガス水道などの支払い方。お買い物の仕方。とか人間力? みたいなものをね」
 仁は空いた席に腰を下ろし、両肘を机に置いて、ニコニコと微笑みながら説明する。


「それなら、今のままでも充分にお教えさせて頂けそうです」

「でしょ? 君の数年と僕等の数年は大きく異なる。教員免許を取っている間に結婚したくなったり、新たな人生を歩みたくなるかもしれない。それなら、今やりたいと思ったことを今やるほうが良いんじゃない?」

「はい。そうですね」
 愛莉は激しく同感するとばかりに、力強く頷いて見せる。


「じゃぁ、一応契約書にサインくれるかな? 役員の個人情報を把握する必要があるんだ。命に関わるものはないし、変わった条件もないから安心して」

「はい」
「あの~……」
 自分を置いてどんどん話を進める二人に割って入るように、慶は恐る恐る声を上げる。


「あれ? 慶、まだいたの?」
「まだいたのって」
 慶は仁の言い草に苦笑いを浮かべる。


「早く行った方が身のためだと思うよ?」
 手の甲の指先に頬杖をつく仁は、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべる。


「どうしてですか?」
「行けば分るよ~」
「……分かりましたよ」
 仁のどこか楽しそうな笑みに不穏を覚えながらも、慶はこの場を後にした。残された仁と愛莉は、契約を進めるのだった。

♪コンコンコン。

「失礼します」
 慶は一言断りを入れてから、部屋の扉を開ける。


 医院長専用のチェアに腰を下ろし、こちらに背を向けている白髪の青年がいた。


「……く、とうさん?」
「遅い!」
 そう言ってチェア事振り向く青年は、ギロリと慶を睨む。
 意志の強さが乗り移ったかのような瞳は、青色の変色で発色するバイオレットカラーが美しいタンザナイトを彷彿とさせた。
 五年前と変わらぬあどけなさが残る顔立ちに、少し幼さを感じる少年のような声を発する薄い唇からは、チラチラと八重歯が見え隠れしている青年。
──白雨だ。


「す、すみません」
 ちょっとでも恭稲白かと期待してしまった慶は、落胆したように両肩を落とし、感情のない謝罪の言葉を口にした。


「全く心が籠ってねー!」
 白雨は、しゃぁー! と、猫が威嚇してくるように突っ込む。


「すみません」
 相変わらず口の悪い白雨に苦笑いを浮かべながら、再度謝り、白雨に歩み寄る。


「何故、そこに座っているんですか? お客様はあちらのソファでお待ちするのが、一般的であると思うのですが」
 慶はそう言って、右掌で三人掛けソファへ誘うように指す。慶が掌がさした先は、長方形のブラウンカラーのアンティーク机を真ん中に、前後に三人掛けソファが置かれていた。


「俺にはココが良く似合う。それに、一般論を突きつけるなんてナンセンスだ」
 まるで白の真似事をするように、長い足を組み直し、背もたれに深く背を預ける。


「……失礼ですが、一体何をしにきたんですか?」
「ほんっとに失礼だな奴だな」
 慶の言い草に、白雨は顔を顰める。


「すみません。心の声がつい」
「ったく!」
 白雨は気分が悪いとばかりに、不機嫌さを全面に出す。まるで子供だ。


「……用件がないのなら、私は行きますが? これでも暇ではないんです」

「重ね重ね失礼な奴だな。俺だって忙しいに決まってんだろ! 暇じゃねーんだよ」
 どこか冷めた態度で白雨をあしらおうとする慶に対し、白雨は再び猫が威嚇するかのように言い返す。まるで話が前に進まない。


「なら早く用件を済ませてご帰宅なさったらよいのでは?」

「そうだな。用件をスマートに済まそう」
 白雨はまた足を組み直し、膝の上で組んだ手を重ねる。その美しいヴィジュアルから様にはなってはいるが、白を見ていただけに、慶の心は一ミリもときめかない。



「ここと業務提供を結びたい」
「どういうことですか?」

「白妖弧の里では、人間界で暮らしたいモノ達もいる。だがその知識や、コネクションがない。
 そこで、ココのクリニックと手を組み、望むモノ達をここへ送り込みたい。心の癒しが必要なモノには、お前の力を貸してやって欲しい。

 癒しの家系のモノ達は物理的な癒しは得意とするが、心の傷を癒やすことについては、まだ学んでいる途中。そこには、人間界と人間と関りを持ったモノが少ないことに要因がある。

 白妖弧の里と手を組んだ証には、白妖弧の里が得て来た知恵を、そちらへ授ける。そちらには、妖弧に心惹かれたモノ達が、妖弧の世界を深く知りたいモノ達が幾人かいると白姫から聞いている。

 黒妖弧との知恵や時代背景と、白妖弧の知恵や時代背景はまた違う。お互いが必要だと思ったときに、手を貸し合える関係性を求めたい」


「……わ、分かりました」
 予想に大きく反し、真面目過ぎる要件を提示してきた白雨に目を見張る慶は、返答に間が出来てしまう。


「分かったという割には、乗り気じゃなくね?」
 不機嫌な声音で疑心の目を向けてくる白雨に、慶は慌てて「いえ」と、首を左右に振る。


「乗り気ですよ。とても。ただ、ちゃんとした考えの元に訪れてきてくれたことへ驚いたんです。やっぱり、白雨さんは時期総長なんですね」

「……ほ、褒めても兄上の居場所は教えねーぞ」
 白雨は照れ隠しのように呟く。


「居場所、知っているんですか?」
「当たり前だろッ。俺は兄上の弟だぞ」
 白雨は腕を組んでふんぞり返る。本当に個性が全く異なる色を持つ兄弟である。


「では、業務提携に辺り、契約書にサインを頂けますか?」
「何事もなかったかのように話し進めんなよ」
「失礼。どう返して言いか分からなかったもので」
 慶は一つ咳ばらいをして、そう言った。


「ったく。変な契約ねーだろうな?」

「基本的な個人情報及び、業務提携を結んだものの名前と責任者の名前。契約内容は、短期契約、中期契約、長期契約の三パターンから選択して頂きます。契約期間中に、そちらの個人的な理由で契約キャンセルなされる場合は、罰金をお支払い頂きます。それでもよろしいですか?」


「人間界の金なんて持ってねーんだけど」
「なら、人間界でアルバイトでもなさいますか? そもそも、契約期間終了まで手を結び続けてくれれば良いだけのお話しでは?」

「……お前、性格変わったな。あれだけビクビクしてたチキンだったくせに。今や俺に脅しでもかけるようじゃねーか」
「成長したと言って下さい」
 慶は微笑む。

 過去、白から聞いたワンネスの話や、かけてもらった数々の言葉により、慶は相手が誰であっても、自分の気持ちや思考を表に出せるようになっていた。あれ以来、白とは会えていないし、声も聴いていないが、白が慶に残したものは大きい。



「物は言いようだな」
 白雨は呆れ口調交じりにそう言って、小さな息を溢す。


「で、何処にサインすれば言いわけ?」
「少し席を譲って頂けますか? 契約書を作成したいので」
「仕方ねーな」
 白雨はそう言って立ち上がる。


「「ん?」」
 二人の声のおとぼけ声が重なる。


「白雨さん、身長縮みましたか?」
 白雨に高身長のイメージを持っていた慶だが、今の白雨の身長はずいぶんと小さく見える。

「ヤッベ」
 白雨は小さく呟き、机の下で足元をばたつかせた。
「ぁ、伸びた」
「今見たことは誰にも言うなよ」
「……はい」
 慶は笑いを押し殺しながら頷く。

「んっだよ、笑いたきゃ笑えよ」
 靴にずいぶんと高いインソールを入れていたことがバレた白雨は、耳を色づかせて慶を睨む。


「まぁまぁ、身長の高い低いなんていいじゃないですか」
「はぁ?」
 白雨は眉間に皺を寄せる。


「身長が低くてもカッコいい方はたくさんいらっしゃいますし、白雨さんは充分カッコイイです。一歩人間界にでれば、芸能界からスカウトされまくりだと思いますよ」


「カッコイイカッコ悪いの問題じゃねーよ。これは威厳の問題だ! ちっせぇと威厳はないし舐められるだろうが」


「誰も舐めませんよ。舐めても美味しくありません」


「お前はふざけてんのかよ!」
 キィー! っとばかりに苛立ちを募らせる白雨に、慶はまぁまぁとばかりに、両掌を顔の前に出して前後させる。


「恭稲さんも仰っていらしたじゃないですか。『総長は絶対的に強くなければいけないのか? 誰よりも利口でなければいけないのか?
 今は権力などを振りかざすリーダーも、一匹オオカミのようなリーダーも古いように思う。今の時代、誰かが強いだけでは意味がない。
 力が足りぬのなら、力の持つ者に助けを求めればいい。知恵が足りるなら知恵を頼る。なんでも一人でしなければならない! と思うから駄目なのだ。其方が得意なことは他の者にとっては苦手なこと。その逆もある。
 今は、力を貸して欲しいときに声を上げた時、その者を助けたくなる者こそリーダーなのだ。時代は変わる。だから白雨。まずは私が声を上げよう。この里を守り、里の皆を収め、調和してくれぬか?』と。
 確かに、恭稲さんには威厳がありましたし、その威厳は信頼感や安心感に繋がっていました。ですが、それは恭稲さんの色です。白雨さんは威厳ではなく、親近感という色があるのではないでしょうか? まさにそれこそ、調和の色では?
 親近感と信頼感。そして、強さと優しさと愛があれば、身長だけで作る威厳は必要なくなるのでは? あくまで、私と言う一個人の意見ですけど」
「……本当に、成長したな。ムカつくほど」
 どこか感心と腹正しさが入り混じる声音でそう言った白雨は、優しい笑みを口元に浮かべる。それは、白雨が初めて慶に向けた微笑みだった。


「ぇ?」
 慶の心がドキリと跳ねたのも束の間、「ほら、どいてやったぞ。早く取れよ」といつもの口調で言われ、穏やかな波が過ぎ去ってしまう。


「はいはい」
「はいはいぃ? お前、絶対俺を舐めてんだろ? 兄上にでもそんな態度だったのかよ⁉ もしそうなら首絞めるぞ」

「んっなわけないじゃないですか。物騒なことを言わないで下さいよ。白姫に言いつけますよ?」
 慶は呆れ口調でそう言いながら、ノートパソコンで契約書を作成し始める。


「白姫なんざ恐くねーし。一から制作すんのかよ」


「甘いですね。白姫に言いつければ、実質智白さんに言いつけたのも同じこと。今回の場合は、あらかじめ用意してある依頼書を使えないので」


「小賢しい奴め。変な条件つけんなよ。人間界でバイトなんてしねーからな」


「分かりましたよ」
 かくして慶は、左横でギャーギャー言う白雨に手を焼きながら契約書を作成し、白雨にサインをもらうのだった。



【業務提携の契約書

〈業務提携の目的〉

一 人間界での生活を求める白妖弧が、人間界で生活できるように、聖・ノイモーンクリニック及び、その従業員がサポートいたします。

二 心理的癒しを求める白妖弧に対し、聖・ノイモーンクリニックの藍凪慶がサポートいたします。

以上の二つが、聖・ノイモーンクリニックと藍凪慶が白妖弧に対する働き掛けとなります。



以下が、白妖弧の里が聖・ノイモーンクリニックに対する働き掛けとなります。

一 聖・ノイモーンクリニックが求めた際、白妖弧の里が得て来た知恵を授けて頂きます。

二 白妖弧の智慧家系の天狐を、聖・ノイモーンクリニックにある院内学級の教員として、平日に赴任いたします。

☆お互いが必要だと感じた時は双方の話し合いの末、手を貸し合える関係性で在り続けること。お互いがお互いに対する働き掛けを守ることを依頼契約とします。業務提携の目的から外れた場合を違反とし、こちらの願いを二つ聞き入れること。

 以上の契約を、三年契約と致します。
 これらの契約書をご理解の上、サインの記入をお願いいたします。


 業務依頼責任者名。   恭稲白雨

 業務依頼責任者住所。 白妖弧の里                                 】


「ふぅ。これで契約成立です」
 やっと、ことが纏まったと、慶は安堵の溜息と共にそう言った。


「あぁ。助かった。じゃぁー、俺は帰る」
「はい。お気をつけて。また何かあれば」
「……つれねーやつ」
 あっさりと帰されることに不服さを示す白雨は口を尖らかせる。


「だって、お忙しんですよね」
「ったりめーだろ」
「なら、私が引き止めることもないでしょう?」
 慶は白雨と仲良く雑談を交わす間柄ではない。正直、何を話せばいいかも分からないし、口を開けば牙を剥かれるのでは疲弊するのだろう。


「なんかムカつく」
「ムカつくのは勝手です。私の知ったこっちゃありません。自分の機嫌はご自分で問って下さい」
「兄上みたいなこと言うなよ。兄上の真似をするなんぞ百万年早ぇーわ」
 けっ! っとばかりに捨て台詞を吐いた白雨は、じゃぁーなと言って、姿を消した。里に戻ったのだろう。

 騒がしかった部屋は一瞬で静まり返る。


「な、なんなんよ、一体……」
 白雨にエネルギーを消費した慶は、がくりと両肩を落とし、小さな溜息を吐く。


「私も戻らんと」
 一つ呟く慶は部屋を後にした。


 先程までいた場所に戻れば、愛莉は急用ができたと先に帰宅しており、仁しか残っていなかった。

 愛莉がいなくてはつまらないと、本格的に仕事に戻った娘に構ってもらえない仁は、捨てられた子犬のようにしょんぼりするのだった──。





 二年後――。

 聖・ノイモーンクリニック、一階。


「キャーッ!」
 ミルクチョコレート色の髪を後ろでお団子にした女性受付スタッフが、悲鳴を上げる。


 受付で何かトラブルが起きたのか、覚醒した天狐が暴れていた。仁は黒妖弧に呼ばれて不在だ。

 その場にいた人間や半妖弧達が散って逃げる。


「なんで今なんだよッ」
 受付にいた黄琉が守護札をバラまき結界をはるが、数人の子供達に守護札を貼り付けることが出来なかった。すでに広げた守護札の結界貼りながら、新たな場所へ結界を貼るのは困難を要す。


 覚醒した黒妖弧を止めることが一番の解決策だが、戦闘力に長けていない黄琉には厳しい。

 自我を無くした半黒妖弧は九尾の妖弧の姿に変化すると、近くにいた子供に目をつける。


「うわ~ん」
 ブロンドの髪と濁りのある琥珀色の瞳を持つ五歳程の子供は、大きな泣き声を上げる。恐怖で一歩も動くことが出来ない。

 半黒妖弧は自我と戦っているのか、威嚇するような唸り声と、悲し気な鳴き声を交互にあげ続けている。


「夢莉ッ!」
 父親と思しき男性が助けに入ろうとするが、九尾の赤妖弧が前に出ることを妨げる。

 半黒妖弧は自身の爪を鋭利な刃物にさせて、子供を引き裂こうと腕を上げる。振り下ろす寸前の所でピタリと動きが止まる。半黒妖弧の身体に呪詛が張り付いていることが原因だろう。

 半黒妖弧に呪詛を貼り付けた慶は子供を抱き上げ、飛び跳ねるように半妖弧と距離を取る。


「慶!」
 黄琉は慶の名を呼ぶ。慶はコクリと頷き、子供を黄琉が守護する結界の中へと入らせた。


「ここにいれば大丈夫やから。大人しくしといてな。怖い思いをさせてごめんやで」
 と子供の頭を一撫ですると、再び半黒妖弧の元に戻る。その入れ違いで、父親を背に乗せた九尾の妖弧の姿をした赤胡が結界の中へ入る。結界の中にいた幾人かの人が悲鳴を上げる。


「私は貴方達に危害は及ぼしません。さぁ、下りてください」

「ぁ、ああ」
 父親はどもりながら頷き、九尾の赤胡の背中から飛び降り、「パパ~!」と泣き叫んでかけてくる我が子を抱き締めた。


「貴方達はココにいて下さい。すぐにことは収束いたします」
 九尾の赤胡に怯えて悲鳴を上げるものたちに冷静な声音で言って、慶の元へ飛んでいった。


 覚醒した半黒妖弧は無理やり身体を振り乱すことで、自ら縛りの呪詛を解き放ち、再び慶に向かう。


 慶は例の拳銃を半黒妖弧に向けて撃った。


「ぇ?」
 普段であれば、銃弾が内放たれたあと、麻酔貼りが相手を眠らせるのだが、今回に至っては銃口から何も出てこなかった。


「弾切れ⁉」
 襲い掛かってくる慶を銜えて攻撃を避けた九尾の赤胡は、「予備の銃弾は?」と問う。

 地に下ろされた慶は再び縛りの呪詛を半黒妖弧にかけ、「診察室の机。ロックナンバーをかけた引き出しの中」と答えた。再び呪詛をかけられた半黒妖弧は力が弱まったのか、二十代前半程の青年の姿へと戻る。


「番号は変わりなく?」
「はい」
「私が取りに行きます」
「ありがとう」
 九尾の赤胡は地を蹴り上げて二階に上がると、人間の姿に戻り、飛び歩くようにして銃弾を取りに行く。


 残された慶は、四角形の角を取るようにして、床に呪符を貼り付ける。


「手荒なことをしてごめんなさい」
 慶は一言謝り、勢いよく地を蹴ると、膝を青年にクリーンヒットさせ、怯んだところを空手の投げ技の要領で床につける。


「汝、地に眠りし者をこの地へ留めたし」
 慶がそう呪文を唱えると、先程の呪符から飛び出した黒色の鎖が、青年をXの形で縛り付けた。縛りの呪詛力が解け、青年は再び暴れ出すが、黒色の鎖はビクともしなかった。


「お兄ちゃんをイジメるなー!」
「ぇ?」
 安堵する慶はその声に振り向くと、黒色の球体が二つ接近していた。ただ、コントロールが悪く一つは病院の柱へ、もう一つは慶と向っている。慶が避ければ、青年が危ない。柱を守らねば病院自体が危ういかもしれない。


 刹那の迷いに陥る慶を守るように、何処からともなく飛んできた白色の球体が黒色の球体を包み込み、一瞬にして黒色の水に変化させ、床に水玉を作った。


「……な、ん……で?」
 慶は掠れた声音で独り言のように呟き、しばし惚ける。
 慶の視線の先には、一人の青年の姿があった。


 粉雪のようにキメ細い色白の肌。スッと鼻筋が通り綺麗なEラインを持つ横顔。形の良い薄い唇は、どこか怪しげに弧を描いている。
 右目の下にある黒子が印象的な切れ長のアーモンドアイ。その額縁には、バイオレット・サファイアのような透明感のある瞳が収められている。
 質のいいスタイリッシュなスリムスーツに身を包む身体は、百八十センチ以上あるであろう長身の八頭身。そこには余分な脂肪など微塵もついていない。
 耳が隠れるくらいの少し長めな白髪ストレートミディアムマッシュヘアーは左に八割程サイドへ、左サイドに流れた前髪は、眉毛を隠すくらいの長さでスッキリしており、より小顔が強調されている。アンニュイな表情が似合う、より大人の色気がプラスされた青年、恭稲白はカツカツと靴の音を響かせ、慶の元へ歩み寄る。



「慶ッ!」
 九尾の赤胡は白から慶を隠すように飛び降り、人の姿へと変わる。

「ほぉ。赤妖弧までいるとは」
「慶、コレを!」
 赤胡はスーツの内ポケットから銃弾が入った専用ケースと、水晶の十字架型チャームが中央についた黒色のチョーカーを投げるようにして、慶に手渡した。


「ありがとう!」
 それらを受け取った慶は慣れた手つきで銃弾をセットしたあと、半黒妖弧に銃弾を撃ち込んで眠らせたあと、チョーカーをつけて呪文を唱える。


「汝、荒れ狂う心を宝玉へ収めたし」
 その呪文が合図のように、水晶だった十字架がオニキスの色へと変化した。青年の荒れ狂う心が収められた証拠だ。次に目を覚ました時は、普段の青年に戻っていることだろう。

 その光景を見ていた白は、密やかな微笑みを口元へ浮かばせる。それは本当に一瞬のことで、誰も気が付くことはなかった。


「恭稲白様ですよね?」
「嗚呼」
 白は赤胡の問いに頷く。 


 結界を解いた黄琉は患者や保護者達を、スタッフ達と落ち着かせていた。
 慶は先程攻撃を仕掛けてきた子供に、状況を話している。


「何故ここへ? 本日、黒桂様は不在です」
「かまわぬ。用があるのは黒桂ではなく、藍凪慶だ」
 冷静に問いかけてくる赤胡に対し、白もまた冷静に答える。その声音も口調も、数年前と変わらぬものだった。


「ぇ?」
 白の言葉に慶は振り向く。
「どういうことですか?」
 慶の変わり、赤胡は怪訝な顔をしながら問う。白を敵とは見做してはいないが、要件によって話しは変わってくる。
 黒桂がいない間は、慶を保護することを仰せ使われているのだ。


「慶、そいつを」
 ひと段落した黄琉は慶の元に歩み寄り、眠っている青年を指差す。


「ぁ、うん。お願い。空室はスタッフと相談して下さい」
「了解」
 黄琉はコクリと頷き、青年をお姫様抱っこしてストレッチャ―に乗せ、病室に連れて行こうとする。黄琉の正面には、後ろで白髪を一つに結った癒し家系の白妖弧の女性がいた。


 聖・ノイモーンクリニックは二年前、白雨と業務提携契約を行ったことにより、白妖弧のスタッフが増えていた。


「おにぃーちゃんをどこに、つれていくきなの?」
 先程の男の子は、黄琉を睨むように問う。弟ながら、兄を守らなければ! という心が強いのだろう。


「休ませるんだ。悪いようにはしない。ついてこい」
「?」
 黄琉の言葉にどうすればいいか分からない男の子は、不安気に慶を見る。


「大丈夫。口は悪いしぶっきらぼうだけど、とても優しくていい方だから。安心して」
 しゃがみ込んで男の子と視線を合わせる慶は、とても穏やかな口調でそう伝え、安心感を与えるような優しい笑みを浮かべた。


「うん!」
 男の子は大きく頷き、黄琉の後をついていった。
 慶は黄琉達を見届けた後、スッと立ち上がり、白と向き合う。


「ご無沙汰しています。お元気でしたか?」
「嗚呼」
 白は一つ頷き、多くは話さない。


「先程は助けて下さり、ありがとうございました。何故、この場所が?」
「この場所のことも、其方のことも、黒桂からよく聞いている。といっても、黒桂が一人で話しているだけだがな」
 その言葉に、赤胡は右手で頭を抱えた。


「そうなんですね」
「立ち話もなんですので、応接室へ。目立ちすぎます」
 赤胡はそう言って、応接室のある二階を見上げる。


「ねぇ、あの方って恭稲白様?」
「慶さんと恭稲白様ってお知り合いだったの?」
「あの人誰? めっちゃイケメンなんだけど」
「足なっが! 顔ちっさ! 綺麗すぎ! 慶ちゃんが小さく見える」

 あやかしの世界を知るモノたちは、恭稲白の存在に驚き、あやかしの世界をよく知らぬ者たちは、白の美しすぎる見目に驚きを見せる。どちらにしても目立っていることには変わりない。


「そうやね。赤胡、恭稲さんを案内していてもらえる? 二階のスタッフに時間調整してもらってくるから」
「分かりました」
「すみません、恭稲さん。すぐ戻ります。お茶でも紅茶でも飲んでお待ち下さい」
 慶はペコリと頭を下げ、ドタバタとこの場を後にした。


「恭稲白様、こちらへ」
「嗚呼」
 赤胡は背後にある白の気配に内心緊張しつつ、白を応接室へ案内した後、紅茶セットを置いて部屋を後にした。







 三人掛けソファーに腰を下ろしていた白は、内ポケットから取り出す。


「随分と成長したものだな」
 白は手帳に挟んでいた例の写真に写る赤子の慶を眺めながらポツリと呟き、長い足を弄ぶように組み替える。

 白が待つこと三分──。

「お待たせしましたー!」
 応接室の扉が勢いよく開かれる。


「……ノックの一つでもしたらどうだ? 騒がしい」

「す、すみません。お待たせしてはいけないという思いが先行してしまいました」
 呆れ口調で冷ややかな視線を向けられる慶は、飼い主に叱られた子犬のようにしょんぼりしながら歩み寄る。


「どうして、あの椅子に座っていないんですか?」
 レザーチェアーに座って話している白のイメージが強い慶は、背の低いソファに腰掛ける白の姿に落ちつかなかった。


「あそこは来客の席なのか?」
「ち、違いますけど……。白雨さんは座られていましたよ」
 どもりながらそう答える慶は、白の正面の席に浅く腰を下ろす。


「アイツはアイツだ」
「まぁ……そうですけど」
「藍凪慶としての暮らしは、随分と慣れたようだな」
「はい。おかげさまで。……恭稲さんは、私の本当の名前が藍凪慶だと知っていたんですか、それとも、調べたんですか?」
「さぁな」
 白は慶に答えを与えない。


「んっと……。し、白雨さんとお話したりされるんですか?」
 慶は何を話せばいいか分からなくとも、何かを話したい気持ちから、思いつくままに質問していく。落ち着かないのか、揃えた膝の上で手もみをしていた。



「嗚呼。ここと業務提携を結んだと聞いている。黒桂からは、ここが半妖弧専門クリニックになっているということもな」


「そうなれたのは、白雨さんと業務提携を結んだおかげです。それまではスタッフも少なくて、孤島病院のようでした。ですが、ここで働きたいと言って下さる白妖弧の方達が幾人か集まってくれたおかげで、院内はどんどんと活性化していったんです」
 慶は穏やかな口調でそう説明しながら、嬉しそうな笑みを浮かべる。


「人間界で暮らしたい白妖弧達と、従業員を求めていた双方の受容と供給が上手く行ったと言う訳か」
「はい。ところで、私に御用と言うのは?」
「再び、契約を結びに来た」
「……ぇ?」
「成長したと思ったが、間抜け面を晒すのは変わらぬようだな」
 白は慶の反応にほくそ笑む。


「なっ! 今のは、ちょっと驚いただけですから。普段は間抜け面なんてしていませんし、ましてや、うじうじ虫にもなってませんからっ」
 早口でそう言い返す慶に微苦笑を浮かべる白は、「そうか」とだけ言って頷く。慶は全く相手にされていないように感じ、冷静さを取り戻す。


「契約と言うは、どういうことですか?」

「半妖弧の里を設立して五年。里には人種所属問わず、色々なモノ達が集まり出している。そこで、長になるモノを集めている。現在、半白妖弧の長を白樹に努めてもらっている。半赤妖弧の長は黒桂に紹介してもらった。半黄妖弧の長は急を要さぬ。実質、一人しかおらぬからな。だが、半黒妖弧の長が必要だ」
「えっと……まさか……」
 慶は白の言わんとしていることを汲み取ったのか、視線をさ迷わせながら次の言葉を待つ。


「嗚呼。半黒妖弧の長を其方に努めてもらいたいと考えている。人間界のこともよくよく理解しているうえ、黒桂の娘だと言えば反論出来るモノなどおらぬだろうからな」

「半妖弧の里で暮らせと?」
「暮らさなくともよい。そもそも、我が里で暮らすモノはごく僅かだ」
 小首を傾げる慶に、白はすぐに答えを与える。


「暮らさなくても良いならありがたいですけど……。恭稲さんの里で暮らすモノが少ないと言うのは、それだけ半妖弧が少ないということですか?」


「それも一理あるが、我が里はあくまで田舎のような扱いだ。人間界で暮らしたければ暮らせばよい。人間と暮らしたくないのならば、我が里で暮らせばよい。私はあくまでも、選択肢の一つを増やしたに過ぎない。
 だが半弧狩りがなくなり、白妖弧と黒妖弧が手を組んだことによって、今後は半弧が増えてゆくだろう。里が本格的に拡大してゆく前に、柱をちゃんとしておきたい。
 人間界で暮らす半妖弧を取り仕切る長と、半妖弧の里で暮らすモノ達を仕切る長が必要だ。其方には、人間界で暮らすモノ達の長を務めてもらいたいと思っている」


「なるほど……。えっと、お断りします」
 慶は納得したように一つ頷いたかと思えば、少し躊躇しながらもきっぱりと断った。
「何故故?」
「だって、契約を結んだものとは馴れ合わない主義なんですよね?」
 依頼主と依頼者として契約を交わしていた過去を持つ慶は、白と一定の距離感が必要であった。だが今は違う。やっとなんの契約もないフラットな関係性になれたのだ。


「馴れ合えなくなるのが嫌だと?」
「私は、主あるじの恭稲さんとではなく、恭稲白さんとの関係性を築いてみたいんです」

「例えば?」
「た、例えば?」
 慶は小首を傾げてオウム返しをする。


「また間抜け面を……。脳みそまで間抜けになったのか」
 不憫な子を見るかのような視線で慶を見る白は、嘆くように小さな息を一つ吐き出す。


「なっ!」
「一体私とどんな関係性を築こうというのだ」
「あぁ~……う~ん」
 慶は思案するように右拳を顎先に当てる。


「主と飼い狗。師匠と弟子。兄と妹。知人。友人。心友、仲間。戦友──色々あるだろう?」

「ひ、左腕!」
 慶は言葉詰まりを起こしながら、前のめり気味に言う。


「……また訳の分からぬことを」
 白は左手を額に当て、控えめに首を左右に振った。

「だ、だって……。右腕は智白さんですよね? 私はどう足掻いても智白さん以上の右腕にはなれません」

「まぁ、そうだな。其方が千年以上足掻いたとて、智白のようにはなれぬだろうな」
「うっ」
 慶は耳と胸が痛いとばかりに、小さな呻き声を上げると、気を取り直したように顔を上げて口を開く。


「右腕になれないのなら、私は恭稲さんの左腕になりたいです。左隣でサポートできる人、役にたてる人に」

「その言葉の意味、よくよく理解しているのか?」
「ぇ?」

「ポーンだった駒はポーションすれば、駒の姿を変化させることが出来る。その変化の先がクイーンだと?」
「?」
「白盤面に置いてキングの左隣はクイーンが立っている。この言葉の意味くらい、理解できるだろう?」
 白は蠱惑的な笑みを浮かべる。


「‼」
 意味を理解した慶は目を見開き、顔を真っ赤にさせた。


「ぁ。あのの、そ、でで、はっ」
 狼狽する頭がパンクした慶は、言語能力を失った。


「ふっ」
 そんな慶が可笑しいのか、白は短く失笑すると、スッと立ち上がる。

「ぇ、ぁ!」
 訳が分からぬまま、慌てて慶も立ち上がった。


「私のクイーンにしては不甲斐ないが、まぁ百年も経てば成長するだろう」
 白はそう言って右ポケットから取り出したバイオレット・サファイアのカラーストーンが埋め込まれたクロスのチャームを、慶のチョーカーにつけた。それは、貼るピアスのチャームバージョンのようなものだった。


「ッ!」
 いきなり急接近された白の破壊力に、慶は硬直する。


「……先が思いやられるな」
 呆れ口調でそう呟く白は苦笑いを浮かべ、「また連絡する」と、その場を後にした。


 慶はしばしのあいだ、呆然と突っ立っていることしか出来なかった──。