「……田舎の農夫であり、とある貴族のお抱え画家でもあった、特異な経歴を持つ男『アルト・ブランシュ』の作品……彼の初期の作品は保存状態も悪く、良くも悪くも平凡な風景画や村民と思われる人物画が中心。けれど晩年数多く残された一人の少女をモデルとした肖像画は、亡くなったその貴族の娘であるとされ、大切に保管されていた……」

 美術館の一角に展示された、美しい少女の肖像画。まるで生きているかのような熱を感じさせるその作品達は、『レイチェル』という名の連作として展示されていた。

 卒業制作に行き詰まり偶々訪れた美術館で、僕はその少女の絵の前で立ち止まり、解説を読み上げる。

「……」

 一枚目に飾られた、暗い室内に居る彼女の瞳は、窓枠に見立てた額の外の景色に焦がれているのか、それとも、僕を見てくれているのか。

「……また会えたね。レイ」

 間に合わなかった、春の約束。
 その後も命を削るように少女を描き続け、三年後の冬に眠った一人の画家。
 彼が生涯をかけて描いた自由は、こうして後世の人々に評価されるまでになった。お陰で、彼女の絵は旅でもするように、国内外問わずあらゆる土地で飾られている。

「あら……浮気?」
「……わ!? 何だ、きみも来てたのか」

 不意に下の方から声がして、僕は慌てて視線を向ける。そこには、見慣れた彼女の姿があった。

「ええ。割引もあるし良く来るの。……ふふ、約束はしない方が、案外会えたりするのよね」
「……違いない。……ちょうどよかった。卒業制作のテーマ、思い付いたんだ。今から付き合ってくれないか?」
「わたしから言おうと思ってたのに……『あなたに、わたしの絵を描いて欲しいの』って」
「ああ……きっと素敵な絵を描くよ。絵は自由だからね」

 僕はかつて、『絵描き』だった。
 けれど今世でもきっと、真っ白なキャンバスに描き続けるのだろう。
 冬を越えたその先で、今度こそ彼女が望むすべての自由を、僕が叶えられるように。