神奏のフラグメンツ

既に日常が瓦解してしまった都市。

「神の記憶を封じられている状態の今の奏多様は、私達に力を貸してくれているわ。でも――」

観月は天を仰ぐ。夜空には今も煌々たる月の光が輝いている。
月明かりの下。降りしきる光が身体を伝って、次第に体温を奪っていく。

「『破滅の創世』様は相変わらずご立腹だな。今はどっちつかずの状態。とはいえ、奏多の意思も『破滅の創世』様の意思には変わりねぇはずだ。『破滅の創世』の配下の奴らも無理やりにはあいつを奪いに来ないはずだぜ」

慧は一つ一つを紐解くように応えた。

少なくとも今は、『破滅の創世』の配下達は奏多の意思を無視して強引に連れていくことはない。
だからこそ、それを確実に成し遂げるために、カードを手に入れて『破滅の創世』の記憶を完全に取り戻そうとしているのだろう。

神の意志を完遂するために――。

先程の混乱に乗じて駆けつけた部隊が、慧と観月を守るようにして陣形を組んでいた。
だが――

「……っ」

『破滅の創世』の配下達の力はまさに圧倒的だった。
その一撃は強大である。
轟音とともにそれは炸裂し、慧と観月は弾き飛ばされ、視界が回転する。
爆発的に膨れ上がるまばゆい光と、それに破砕されて宙へと巻き上げられる瓦礫の欠片。

「ケイ、今度は確実に消滅させるよ」

アルリットが放ったその一撃で慧と観月を守っていた部隊の半数が吹っ飛んだ。悲鳴の一つすら、上げる時間は与えられなかった。

「死せよ塵芥」

ヒュムノスが軽く振りかざした手の一振りで駆けつけた兵の命をいとも簡単に奪っていく。
それはもはや戦闘ではない。蹂躙であった。
何もかも絶望的。
こちらが好転する要素など、もはや何ひとつない。
こちらの生殺与奪の権を、既に連中は握っているのだ。逆らったところで末路など知れている。

「まだ、これからだ」

身を割くような痛みが迸っている。だけど、慧の顔にあるのは笑顔だけだ。

「もう二度とおまえを犠牲にするつもりはないからな。絶対に守ってみせるさ」

奏多を見つめる慧の眼差しはどこまでも優しい。
思い出すのは、忘れてしまった方がいいあの日の出来事だ。
人間は必ず何かを失う。人生とは喪失だ。
停滞や忘却でそれを免れようとする者は数多いが、少なくともここにいる彼はそうではない側の人間だった。





全ての発端は異能力を持つある一族が強い力を欲するあまり、三人の神のうち、最強の力を持つとされる神『破滅の創世』の力を手に入れようとしたことからだった。
一族の上層部の矜持が狂気を呼び、その執念はひとつの成果となって結実した。
その一族のとある夫婦の間に新たな生命が誕生し、その稚児は周囲から大いに祝福を受けた。『破滅の創世』の神魂の具現として、ありえざる形の生を受けてしまった稚児。それが――奏多だ。
しかし、奏多が誕生するに至った経緯の前に失われた命灯の輝きもあった。
生まれた子に罪はない。
最初は一族の上層部もそう思っていた。
しかし、彼らは改めて『ある』と判断したのだ。
原罪とも言える先天的な悪性。
生まれない方が良かった『いのち』というものが。

始まりの記憶なんてものはなかった。
その稚児に一族の上層部からの美しい喝采なんてなかった。温かな祝福なんてなかった。ただ、狂気と感情が入り乱れた坩堝だけ。

「残念ながら、この子の身体では『破滅の創世』様の神魂を受け入れることはできません。もって数年の命でしょう……」

それは医師からの余命宣告。

「――なんということだ」
「忌まわしい……」

その稚児は生まれつき病弱だった。『破滅の創世』の神魂の具現として生を全うするだけの力はなかった。

「これではいずれ、この子自身の身体が内実する膨大な力に耐えきれず、その命は失われてしまう」

それが何時なのかは誰にも分からない。けれど、その命がいずれ失われることが分かっている以上、何らかの対策を講じなくてはならなかった。
人という器に封じ込め、神の力を自らの目的に利用するという一族の悲願を果たすために。

「新たな器が必要だ」

一族の上層部はそう結論付けた。

「それまでこの子は普通の子として育てよ。決して『破滅の創世』様の神魂の具現だとは口にしてはならぬ」

虚実をない交ぜにし、知られたら都合の悪いことを伏せながら、一族の上層部の者は事の経緯を夫婦に説明した。
真実と詭弁が入り混じった内容。その過程で発生する問題は一族の上層部がもみ消している。

「初めまして」
「ふふ、産まれてきてくれてありがとう」

その子の家族は産まれた子が普通の子だと思っていた。
母親は『破滅の創世』の神魂の具現を出産する候補者の一人だったが、彼女では一族の悲願である『破滅の創世』の神魂の具現を産むことができなかったと伝えられたからだ。
一族の上層部の悲願。それを人が『悪辣』と表現するのならきっとそうだろう。
だからこそ――

「もし、あのまま弟が生きていたら……俺と――は……『今も』兄弟だったんだろうな」

そんな願いを(あに)が抱いたのは当たり前のことだった。

『どんどん大きくなるな、慧と――は』
『ふふ、本当ね。このまま――がずっと生きていてくれて家族四人で過ごせたら何もいらないわ』

優しげな父親と母親の声が蘇ってくる。
それは弟がいた時の優しい世界。家族で幸せを享受していた時の穏やかな記憶。
弟が亡くなった今、あの日々は二度と戻らない。
だから何度も、何度も繰り返した。慧は想像を積み重ねてきた。弟との仮初めの未来を。

兄弟としてすごした日々――。
もう永遠にその関係は失われたと思ったから――。
それまで当たり前のように続けてきた会うことも、触れることも、話すことも、笑い合うことも。
その全てが奪われて、残酷な世界にその家族だけが放り出されたと思っていた。
死というものはそれほどまでに冷たい断絶になるのだと、慧はあの日、絶望的に思い知らされた。

どれだけ願っただろうか――。
叶うことはないと知りながら、どれだけ求めただろうか――。
弟が死んでしまうことがない世界を。
弟が生きている世界を。
言葉にも出来ぬ喪失感だけを胸に抱いて――。

だから、彼を初めて見た時……その顔を見た瞬間、

「……っ」

……慧には、分かってしまったのだ。

この男の子は――弟だ、と。

声が震える。呼吸が乱れる。幽かな予感が慧の中で膨らんでいく。
でも、そんなことはあり得ない。何故なら弟はもういない。いないはずなのだからーー。
それが世界の嘘であるはずがない。なのに――

優しくて透明な微笑み。

それでも男の子の笑顔は弟とそっくりだった。

「奏多」

心の中で弟の名前を呼ぶものの、誰かが男の子のことを別の名前で呼んだ。そして、男の子がその誰かのもとに駆けていく。

「……か、なた」

慧は目を見開いて立ち尽くしていた。
思いもよらない名を耳にした忘我ゆえに。

「かなた、かなたか……。そうだよな……生きているわけがないよな……」

慧は何度も、何度もその名前を反芻する。
言葉にすれば、想いは形を持って湧き上がってきた。

何時からだろう。奏多のことを気にかけるようになったのは。
何時からだろう。奏多を見て、弟の死を思い出すようになったのは。

やがて、奏多のことを調べるうちに、一族の上層部がひた隠しにしていた弟に纏わる極秘情報を得ることに至ったのだ。

そう――弟も、奏多と同じく『破滅の創世』の神魂の具現として生を受けたという事実を――。

生きている。弟は今も生きている。
確かに今こうして弟は奏多として間違いなく存在している。
その事実は途方もなく、慧の心を温めた。

引き離された自分の片方。それを探し続ける旅路。

その証左のように奏多と弟は繋がっている。

「それでも……」

言葉は有用だ。しかし、万能じゃない。
どんなに言葉に嵌めようとしても、到底伝えきれない思いもある。
たとえ言葉にできたとしても、伝えられないことだってある。

死んだ弟は帰ってこない。
過去に縛られているだけだ。

だからこそ、慧は夢中になっているだけかもしれない。
三人の神のうち、最強の力を持つとされる『破滅の創世』という存在に。
いや――今はもう自分達しか知らない『弟』の存在に。

「もし、あのまま弟が生きていたら……」

言葉が慧の心の端から流れ出す。
――胸に抱く憤怒にも似た感情を、瞳に宿しながら。

「俺達は今とは違う関係になっていたんだろうな」

もしそうなら、今とはまた違う形になっていたかもしれない。そんな『もし』を知ることは出来ないけど。
重要な任務に失敗し、アルリットに殺害された後――。
『一族の上層部』に見逃がされたのは、あの時点で『揉め事』を増やすつもりがなかったからだろう。それに自分はまだ、利用価値があると思われたのかもしれない。兄として――。

弟は、本当に生まれない方が良かった『いのち』なのか――。

幼い慧の心に強烈に焼きついた弟の姿。
生きているはずの弟がいなくて、その家族だけがこの世界で今もどうしようもなく生きている。
過去だけがどこまでも優しくて、どうやったってそこに戻れない現実が悲しい。

忘れることなど出来ない。大切な思い出の数々。

だから、どうしても面影を重ねてしまう。心が渇望するように昔日を求めてしまっていた。
過去なんて捨てられるものではない。決して忘れられない過去の先に今も未来も繋がっているから。
大事な思い出を抱きしめたまま、この先も歩いていくしかないのだ。

「生まれない方が良かった……そんなわけねぇだろう……!」

奏多達を救うために。もう、逃げ出してはならないと慧は知っているから。

「観月、ここで何としても食い止めるぜ!」
「分かったわ」

様々な思いが過りつつも、慧と観月は動き出す。
穏やかならざる空気を纏う戦場。奏多達がいる場所。そちらへと視線を滑らせて――。

奏多と弟は繋がっている。『破滅の創世』の神魂の具現として。

もう慧は理解している。疑いようもなく確信している。
それでもその言葉が欲しくて、慧は奏多に声をかけた。

「奏多、敵の視線をこちらに向けさせる。結愛と一緒に援護してくれ」
「分かった。慧にーさん」

奏多は即座に打開に動くべく、慧達のもとへと進んでいった。
今の自分がすべきことは、『破滅の創世』の配下達の進軍を止めることなのだから。
圧倒的な不利、後手に回る後手、それでも生き残った者達は希望を捨てていない。
それぞれが抱く感情は違えど、今ここに反撃の狼煙が上がった。





「消し滅ぼす」

ヒュムノスが招くのは無慈悲に蹂躙する雷光。
その暴虐の光は排斥の意図もろとも部隊を飲み込んだ。

崇高なる神――尊き主の御座が、罪と偽りに満ちた世界であることが許されるだろうか。
そう訴えるように――。

「理解できないな。無駄だと分かっていながら、わたし達に歯向かうとは」

リディアはそのまま無造作に右手を斜め上に振り払う。

「――きゃっ!」

たったそれだけの動作で、リディアは結愛とその周囲にいた部隊の者達を楽々と弾き飛ばした。
喰らった力の凄まじさは結愛達がうめき、身動きが取れなくなるほどだ。

「まぁ、攻撃自体は無駄でも、こちらに視線を向けさせることはできるよな」
「……っ」

しかし、そこに後の先を撃った慧の銃弾がリディアへと炸裂する。

「結愛、大丈夫か」

その間隙を突いて、奏多が傷ついた結愛達を守る位置に移動した。

「みんなを守ってみせる!」

奏多は不撓不屈の意思を示す。
身体を張って前に出ると、結愛達を守るために動いていった。
『破滅の創世』の配下達との戦闘による惨状は想定以上だった。
瓦礫は戦火で一部煤けており、学園近辺に広がっていたグラウンドは戦闘の後で荒れている。
それでも戦闘は激しいものになっていた。一族の上層部側も相当な戦力を投入していたことが伺える。

「『破滅の創世』様……!」
「おっと、それ以上は行かせねえぜ!」

そう吐露したリディアの前に慧は立ち塞がる。

「奏多、ここは任せな!」
「慧にーさん……!」

慧は奏多が結愛達を救助する猶予を作るようにリディアに向けて発砲した。
弾は寸分違わず、リディアに命中するが、すぐに塵のように消えていく。
先程の混乱に乗じて駆けつけた増援部隊も激しい猛撃によって壊滅状態。既に混乱の最中にある。

「怯むな、突撃!」

だが、それでも得物を手にした兵達が次々に突撃を敢行する。

「愚かなものだ。このようなものでわたし達を倒せると思っているとは。人の行動は理解に苦しむな」

リディアは忌まわしくも見慣れた悪意を視界に収めた。
ただ、終わりに向けた進軍を続けている部隊を。

「もちろん、倒すことが目的でないさ。ここで食い止めることだ!」

そこに慧の銃口から煌めく陽光を斬り裂くように、乾いた音を立てて迫撃砲が放たれる。
七発ほどの弾頭が放物線を描き、すぐに爆音が轟いた。
絶え間ない攻撃の応酬。だが、弾は全て塵のように消えていく。

「無意味だ」

そう断じたリディアの瞳に殺気が宿る。
深遠の夜を照らす満天の月のような――流麗にして楚々たる容貌は僅かも曇らなかった。
『破滅の創世』の配下達にとって、一族の者達は不倶戴天の天敵である。神敵であると。

「それでも止めるさ。たとえ、それが無意味なものだとしても……」
「これ以上、進ませないわ!」

決定打に欠ける連撃。
それでも慧は怯むことなく、観月と連携して次の攻撃に移った。

「あたし達がするべきことは『破滅の創世』様の望むこと。この世界にもたらされるべきは粛清だよ」

そう宣言したアルリットは神の鉄槌を下そうとする。
神命の定めを受けて生を受けた『破滅の創世』の配下達にとって、『破滅の創世』は絶対者だ。
『破滅の創世』の奪還のために、一族の者達を相手取る戦いは世界各地で続いている。
いずれも絶大な力を有する『破滅の創世』の配下達は、世界にとっての最大の敵で在り続けていた。

「厄介なこと、この上ないな」

帰趨(きすう)の見えない状況に、慧は考えあぐねる。
『破滅の創世』の『記憶のカード』の防衛を最重要視せねばならないが、そのカードが何処にあるのか、先手を打とうとも後手に回ろうともはっきりとしたことは分からなかった。
迫り来るのは神獣の軍勢。
軍勢の行く先、部隊の者達は必死の抵抗を繰り広げていた。

「ここで何としても食い止めるぞ!」

死と隣り合わせの戦場から得られる経験は、訓練とは違った恐怖を伴うものであるが故なのだろう。
生き残らねばという執着が部隊の者達を支配していた。
それは消極的なものではなく。むしろ闘争心に火をつけるものであった。

「結愛、こちらに引きつけよう!」
「はい、奏多くん!」

幾度も生じる猛撃。奏多は意識を取り戻した結愛とともに力を振り絞っていた。
とはいえ、一族の者達側の戦力は確実に減っている。

「また、慧にーさん達の攻撃を無効化したのか……?」
「ほええ、最悪です。皆さんの総攻撃が効いていないですよ!」

奏多と結愛がじわじわと押し込まれていく中、神獣の群れの連携攻撃は徐々に苛烈さを増していく。

滅びに瀕した世界。

『破滅の創世』の配下達との戦いはこの世界に未曾有の惨事を引き起こした。
激闘の終結後、残された傷は深く易く癒えるものではないのだろう。
いずれも絶大な力を有する『破滅の創世』の配下達は、世界に滅びをもたらす存在で在り続けていた。

「このままじゃ……」
「はううっ、包囲されちゃいます」

奏多と結愛は窮地に立たされた気分で息を詰めたが、慧が意味深に人差し指を立てる。
ジェスチャーの意味は『静かに』。
そのとおり、黙った奏多達を確認すると慧は次いで小声で囁いた。

「……心配するなよ、ここを凌ぐためのアテはあるぜ」
「慧にーさん……」
「……ほええ、凌ぐためのアテ?」

それはただ事実を述べただけ。しかし、慧の言葉は、奏多と結愛には額面以上の重みがあった。

「今まで『破滅の創世』の配下達が目的を果たせなかったのには理由がある」
「理由……?」

確かめるようにつぶやいてから、奏多の眸が驚きの色に変わる。
違和感を感じた、といえば簡単なことだが、慧の表情には確信めいたものがあった。
ここを凌げば、勝機が見えると――

「『破滅の創世』様の神としての権能の一つである神の加護を一族の上層部が有している今、『破滅の創世』の配下達は同じ地に長時間、留まることはできない」

神のごとき強制的な支配力。
一族の上層部が有しているその絶大な力は天災さえも支配し、利用することができる。
それは『破滅の創世』の配下達を同じ地に留めないようにすることも可能だ。
ならば、それまで凌げば、『破滅の創世』の配下達はこの地から去っていくだろう。
全てが一族の上層部の思惑どおりに――。

「だが、このままで終わらせるつもりはないぜ」

慧は決意を示すように言葉を切った。
自分を蘇えらせて不死者にして利用したのは誰なのかは判明していない。
観月は一族の上層部に逆らうことができない理由がある。
そして、一族の上層部の企みもいまだ不明のまま――。
それらの問題を解消する手立てはあるものの、まだ必要な戦力を見込めていない。
しかし――彼らが反撃の一手を打つ手段は残されていた。

一族の上層部が有している神の加護は、同じ一族の者には効果は及ばないのだから――。
「行くぜ、観月。俺達の目的を果たすためにも……力を貸してくれ!」

慧は強い瞳で前を見据える。
それは深い絶望に塗(まみ)れながらも前に進む決意を湛えた眸だった。
何一つ連中の思いどおりなど、させてやるものかと。

「もちろんよ」

他に言葉は不要とばかりに、観月は優しい表情を浮かべていた。
二人の誓いはたった一つ。
奏多と結愛を護るためにこの状況を打開すること――一族の上層部の野望を挫(くじ)くために絶望の未来になる連鎖を断ち切ることだ。
幸い、監視カメラは全てアルリットが破壊している。
先程のように情報が漏れる心配はなさそうだった。
とはいえ、流石にその時間も有限であり、いずれは彼らの監視によって目的の遂行は阻まれてしまうだろう。
しかし、慧と観月は既に次なる作戦に狙いを定めていた。

「『破滅の創世』の配下達の狙いは『破滅の創世』様の記憶のカードだ。今までの『破滅の創世』の配下達、そして一族の上層部の動向から察して、この近くにあるはずさ」

慧は確認するようにこれまでのいきさつを話す。
監視カメラがない今は一族の上層部の裏をかくことができる状況。
そう――任務を遂行するだけで終わってしまうなんて勿体ないのだ。
奏多と結愛の身を護るために、この現状から一歩踏み出す。

「それを『彼ら』と協力して手に入れる」
「彼ら?」
「俺達の同志だ」

奏多が問えば、慧は夜空を見て答える。
抱く志。思うことが同じであれば、互いに進む先は決まっていた。

『破滅の創世』を巡る勢力のうち、『破滅の創世』の配下達は一族の者共々、この世界を破壊し、『破滅の創世』の神の権能を取り戻そうとしている。
もし彼らが『破滅の創世』の記憶のカードを手に入れたら、奏多の安全を確保した上でこの世界を滅ぼすだろう。
他の神々は『破滅の創世』の配下達と協力関係にあるため論外。

一族の上層部はそもそもこの状況を創り出した大元とも言える要因だ。
無限の力を持つ神の加護を得る方法、数多の世界そのものを改変させることが可能な全知全能の神――『破滅の創世』を手中に収める方法の確立は一族の上層部からすれば『悲願』と言えた。
彼らは数多の世界そのものを改変させることが可能な全知全能の神――『破滅の創世』を維持するためにあらゆる謀略を巡らせてくるだろう。
なおかつ、慧と観月は一族の上層部に逆らうことができない理由がある。
故に狙う勢力は残り一つ――。

「自衛隊の特殊部隊もこの組織に関わっている。他の者が出動を躊躇うような場所に出向き、敵を見つけ出して大胆な戦闘、救助活動を行っている組織さ」

己の目的を達成し、新たな未来を築くために邁進する。
それは組織を創設した彼らが掲げる苛烈な威光であった。

「彼らが目指すのは、一族の上層部が掲げる『現状維持』でも、『破滅の創世』の配下達が掲げる『原初回帰』でもない。『思想の自由』だ」

慧は改めて、その信念を実行に移すべく戦意を高めた。
『破滅の創世』の配下達は一族の上層部と深く敵対している。
彼らの持つ因縁は一言では語り尽くせないほどに深く、そして淀みを帯びていた。
しかし、『破滅の創世』の配下達と一族の上層部との因縁が、この不利な状況を食い止める機に恵まれたとも言える。

そう――全てはこの時のための布石ね。

観月は口には出さずにつぶやく。
この世は理不尽で塗り固められている。
だからこそ、自分達も、彼らも、想いは一つだと理解していたから。

「世界の未来を担う組織『境界線機関』さ」

慧は満を持ってその名を口にした。
表向き、一族の者達とは協力関係になっている組織。第三勢力の存在を。
その時、奏多は異変に気づいた。

「慧にーさん、攻撃が来る!」

奏多がそう呼びかけた途端、夜霧の向こうから無数の雷撃が飛んでくる。
ヒュムノスが招いたのは無慈悲に蹂躙する雷光。
絶大な力に飲み込まれた一帯はまるで砂のように崩壊した。

「今回、わたし達が遂行することは一族の者達が匿っている『破滅の創世』様の『記憶のカード』の確保だ」

リディアが打突したその瞬間、空間が裂けた。

「愚かなものだ。わたし達を差し置いて、カードを奪えると思っているとは」
「ケイ……。今度は確実に消滅させるから」

そう告げるリディアとアルリットは明確なる殺意を慧達に向けていた。
恐るべきは『破滅の創世』の配下の者。この場にいる慧達が相手をするには、あまりにも圧倒的すぎた。
時間を稼ぐことができるかどうか。いや、それまで凌いで撤退に持ち込むことすらできるかどうかだ。

「このままじゃ撤退する前に……」
「全滅しちゃいますよ!」

奏多と結愛が視線を滑らせた先には穏やかならざる空気を纏う戦場。
最低な状況だ、と思っても、さらに底があるのが悲しくも世の常だ。

「慧にーさん……」
「彼らがここに来ると、信じようぜ」

そう告げた慧の表情には先程と同じように確信めいたものがあった。
ここを凌げば、勝機が見えると――。
だからこそ、奏多は逸る思いを押さえながら、その信頼に応えようとする。

「……俺は神の記憶がある時の自分がどんな感じなのか分からない。もしかしたら、カードを手にした瞬間、みんなの敵に回るかもしれない」

今まで様々な出来事があった。
ありふれたものや胸を強く打ったもの。
傷痕のように深く残るものもあれば、それらさえも包み込む真綿のような暖かいものもある。
あるいは……。
それらを今、この瞬間、想いとしてぶつけることができるというのなら――。

「それでも、俺は慧にーさんの言葉を信じる!」

きっと奏多は何度でも言うのだろう。
その不屈の果てに、望む未来の光明があると知っているから。
「俺は自分で自分の生き方を決めたいから……!」

奏多は踏み出す勇気を持って歩を進めた。
これが虚勢であっても構わない。今はそれでいい。内側から湧き上がる神の意思なんて、今は聞いていられない。
停滞だけでは何も変わらないことを知っているから。

「奏多……」

慧はそう誓言した奏多の姿をまぶしそうに見つめる。
現状に留まるだけでは気づけなかった。
夢の中で同じ日を繰り返すことしかしなかったから前に進めなかった。
明日を願う、それだけで前を歩いていける。
そう感じさせてくれるような奏多の陽だまりの笑顔。
その笑顔は……どこまでも弟とそっくりだった。

「はい、私も信じますよ。『境界線機関』の皆さんを」

結愛はありったけの勇気を振り絞って応えた。
そう――奏多と歩む未来を夢想しているから。

「私はこの絶望の状況を乗り越えて、ずっと奏多くんの傍にいたいですから」

人間と神を阻む壁はあまりにも高く硬い。
それでも奏多と歩む未来が見たいから。その幸せが欲しい。
それがいつになるか分からなくても、遠い遠い先の話であっても。
共に進むことくらいは出来るのかもしれないと結愛は信じて。

「もちろん、私も信じるわ」

そう言った観月の言葉には決意が込められている。
『破滅の創世』の配下の者達を時間まで凌げる確証はあるし、機関に協力を求めることがこの先のメリットになるのは確かだ。
ただ、その根本にはどうしようもない感情がある。大切な感情が――。

「絶望の先には……必ず明るい未来があると信じているから!」

観月は一族の上層部に逆らうことができない理由がある。
それでも未来へ紡ぐ道を切り開くために、一族の上層部の束縛から抜け出そうとした。
しかし――ヒュムノスは観月達の想いを厭わず、断罪する。

「人の子よ。神は真実、正しい存在だ。神の行うことを疑うことは罪だ」
「『破滅の創世』は俺だ!」

奏多の言葉に、ヒュムノスの雰囲気が変わる。揺れるのは憂う瞳。それは剥き出しの悲哀を帯びているようだった。

「神よ、この世界は最も神を冒涜していた。故に滅ぼさなくてはならない。神のご意志を完遂するために」

その存在を根絶やしにすることは、『破滅の創世』を救える唯一の方法であるというように――。

「そんなことないです! 私達にとって、この世界は大切な場所です!」
「……結愛!」

結愛は勇気を振り絞り、奏多の前に立った。

「世界は残酷な時もありますね。どうしようもなく絶望して……悲しくて泣いちゃう時もあります。でも、それと同じくらい……世界は優しさと温かさに満ちています」

絶望に苛まれた日々。一つも犠牲が無かったなんて、そんなことは決してない。
けれど、そこには多くの人々の覚悟があった。