神奏のフラグメンツ

それはこのまま『破滅の創世』を人という器に封じ込め続け、神の力を自らの目的に利用するという一族の上層部の悲願とは相反するものだった。
しかし、今、この世界には奏多にとって大切な存在である結愛がいる。
そして、『境界線機関』のリーダー、司とその大部隊がいる。
この状況を変革させる手段を用いようとしていたレンにとっては望ましくない状況だった。

「お主なら、そう言うと思っていたのう」

ベアトリーチェはそれを見越していたように微笑む。
『破滅の創世』の配下達にとっての神は、唯一無二の『破滅の創世』だけであることを知っていたから。
自分が助言しても、彼らの意志が変わるとは思っていなかった。
ただ――。

「まあ、わらわとしては、久しぶりに『破滅の創世』に会いたいのう。力を貸してやろう」

ベアトリーチェは、奏多に――『破滅の創世』に会えるだけで幸せであった。
彼女がそれを親愛と名付けたならば、親愛である。
友愛と名付けたのであれば、友愛である。
親愛も友愛も、彼女の言葉一つで意義を持つ。
詰まるところ、ベアトリーチェという女神にとって、人間の愛や正しさなど、どうでも良い判断材料であった。
神の言葉こそが天上の囁きであり、至高の頂きである。
神の望みこそが、真に人が叶えるべき目標であった。

「一族の上層部の本部に入る手助けをしようかの」

うっとりと笑ったベアトリーチェの頬に朱の色が昇った。
『不滅』を意味するその名を有したベアトリーチェは女神である。
状況を手繰りながらも、前線に飛び出すのはあくまでも興味本位と信じるが故だ。

「これなら、まどろっこしい手を使わずに済むな」

リディアが発した戦意の言葉は、刹那の迷いすらなかった。
最強の力を持つとされる神『破滅の創世』を人という器に封じ込め、神の力を自らの目的に利用する。
その一族の行為は『破滅の創世』のみではなく、他の神全てに対しての裏切りだ。
『破滅の創世』の配下であるリディア達にとって決して看過できない行為だった。

「うん、そうだね。あたしはね……叶えたいことがあるの。でも、それは『破滅の創世』様の記憶が戻らないと絶対に叶わない願いだから」

アルリットの胸から湧き上がってくるのは、たった一つの想い。
何もかもを取り戻せるなら、アルリットはあの頃の『破滅の創世』を取り戻したいと願っていた。
「ベアトリーチェ様の力は、必ずや『破滅の創世』様をお救いするための最善の手となるはずです」

一見すれば非常に温和なようにも感じるが、レンの胸中には一族の者への形容しがたい怒りがある。
殺意の一言で説明できないほど、その感情は深く深く渦巻いていたから。

「この世界が滅ぶ。だから、何だというのでしょうか。全ては『破滅の創世』様だけで充分です……。私達にとって、それ以外の者はいてもいなくても関係ない」

レンの信の行く果てに、司達の想いは相容れない。

「『破滅の創世』の配下の者は、いつでも『破滅の創世』に忠実じゃな。わらわの配下の者にも見習わせたいのう」

ベアトリーチェが念押しするように言った。

「わらわの配下の者は、わらわの意見など、聞く耳持たぬ」

ベアトリーチェは腕を組んで不満をもらす。

「世界を変えるのは、人間やわらわの配下の者の一存だけでは決められぬというのに」

破滅をもたらす。
救いをもたらす。
相反するようで、彼女達の中では一致している。
神が示した神命。
それは絶対に成し遂げなくてはならない。
神命の定めを受けて生を受けた配下達にとって、神の存在は絶対者だった。

「レン。お主も、そう思うじゃろう?」
「はい、もちろんです。……幸い、アルリットとリディアによって、『破滅の創世』様の居場所は把握できています。あとは一族の上層部の本部に潜入し、『破滅の創世』様のもとに赴くことができれば……」

アルリットの言葉に、随分と物腰丁寧な仕草でレンは礼をする。大仰に両の腕を広げながら。
奏多の――『破滅の創世』の記憶が戻るのを待ちわびるように。

「アルリットが強奪した一族の上層部の人間の能力は、必ずや『破滅の創世』様をお救いするための一助となるはずです。では、この状況に乗じて、私達もまた、『破滅の創世』様のもとに参りましょう」

『破滅の創世』の思い描く情景には遠いかもしれないが、これは確かな一歩のはずだとレンは確信していた。

「願わくはこの戦いで、『破滅の創世』様の神のご意志が戻ることを――」

『破滅の創世』の配下達は、『破滅の創世』の存在とともに在る。
死、消滅、終焉……。
形容しがたい『終わり』の気配とともに、だ。
レン達が、一族の上層部の本部に潜入する手段を勘案していた頃。

「ふー、奏多くん。本部の入口にようやくたどり着きましたよ」

巨大な一族の上層部の本部の入口の前で、結愛は大きく伸びをする。

「巨大すぎて、入口までの距離が果てしなかったです」
「本当だな」

結愛の言い分に、奏多は途方に暮れたようにため息を吐いた。

「『境界線機関』の基地本部よりも大きいな。まるで超高層ビルみたいだ」
「はい。最上階はすっごーく果てしないです!」

奏多の戸惑いに元気の良い返事が返ってくる。結愛の食いつきが半端ない。

「さささ、どうぞどうぞ、奏多くん。一族の上層部の本部の案内は任せてください」

目標が定まったことで、結愛は熱い意気込みを見せた。

「あら、結愛は元気いっぱいね」

元気溌剌な結愛の――妹の様子に、観月は満足げな表情を浮かべる。
幼い頃、世界のあらゆることに怯えていた妹は、今ではいつだって勢いで奏多のもとに走って行く。
躊躇うことだって知らない彼女はまっすぐに生きているのだ。
だからこそ、観月が心配になることは多い。

「でもね、結愛。一族の上層部の本部に入ったことはないから、きっと迷うと思うわ」
「ううぅ……厳しいです」

観月の念押しに、結愛はしょんぼりと意気消沈する。

「奏多様、こちらです」
「結愛、行こう!」
「はい、奏多くん。今度は絶対に道を間違えませんよ」

『境界線機関』のリーダーである司は一族の上層部の本部の案内人に適していた。
司は、一族の上層部の本部に何度も足を運んだことがある。
『境界線機関』の者達も、奏多と結愛の身を護りながら一族の上層部の本部へ突き進む。
やがて、奏多達の視界に巨大なエレベーターが見えてきた。

「奏多くん、このエレベーターから、一気に最上階に行けるみたいですよ」

結愛が指差す先を見据えれば、エレベーターの押しボタンが見えてくる。

「かなり速そうだな……」
「はい、奏多くん」

奏多と結愛は最上階の押しボタンを見て、安堵の胸をなでおろす。
喜びも束の間、慧は確認するように置かれている状況を踏まえる。

「何とか、ここまで来れたな」
「ああ。だが、ここも安全ではない。一族の上層部の者達が待ち構えている可能性がある」

司は警戒を示すように言葉を切った。
周りの景色が妙に寒々しいものに思える。まるで張り詰めた緊張感に身震いするようだ。
この状況は誰かの悪意に彩られて作られているような、そんな予感さえも感じられる。
「それにしても……不死のヒューゴか。『不死者にする能力』と『攻撃を無効化する能力』。二つの能力を持っている。厄介だな」

司は改めて、一族の上層部の者達の手強さを肌で感じ取っていた。
奏多達はこのエレベーターから、上層部の本部の最上階に向かうことになる。
奏多達の姿を見やりながら、一族の上層部、そして『破滅の創世』の配下達と相対した時の行動について、道すがらの相談を開始した。

「今のところ、『破滅の創世』の配下達は追ってきていない。さすがに、一族の上層部の本部に潜入してくるとは思えないが、用心に越したことはない。『破滅の創世』の配下達の手の内はまだ探れないのだろうが、今後、奏多様と此ノ里家の者を狙ってくるのは間違いないな」

司がこれまでの状況から推測を口にする。

「つーか、強奪で能力を奪えるのは厄介だな。アルリットがヒューゴの能力を奪わったら、大変なことになりそうだ」
「本当ね」

慧と観月は底の知れない『破滅の創世』の配下達の力に改めて畏怖した。

「まぁ、アルリットは不滅の王レン、忘却の王ヒュムノスと同じく、『破滅の創世』の幹部の一人だからな」

ひりつく緊張が慧の首元を駆け抜けて行く。
『破滅の創世』の配下の者達の中でもひときわ常軌を逸している存在が『幹部』と呼ばれる者だ。
アルリットもまた、『蒼天の王』として、蒼穹の銘を戴く幹部の一人である。

「とにかく、急ごう。ここで『破滅の創世』の配下達に襲われては元もこうもない」

事は急を要すると、司達『境界線機関』の者達は巨大なエレベーターに乗り込む。

「『破滅の創世』の配下達の狙いは俺だ。何とかしないと……」

戦局を見据えていた奏多は置かれた状況を重くみる。

「『破滅の創世』の配下達の狙いは奏多様。恐らく、何らかの形で接触してくるわね」

観月は響いてくるエレベーターが一気に上がる音に緊張を走らせる。
今は司達、『境界線機関』の機転で、『破滅の創世』の配下達の追っ手を振り切っている。
とはいえ、あくまでこれは超常の領域にある『破滅の創世』の配下への目眩まし程度。
倒すを確約するものではなく、どれほど妨げられるのかも未知数。

「一族の上層部はこの状況をどうするのかしら……?」

そう口火を切った観月は懸念を眸に湛えたままに重ねて問いかける。

「このまま、奏多様を上層部の本部で匿うつもりなのかしら?」
「その可能性は高いな。この状況になることを予め、推測していた、と考えるべきだ」

状況を踏まえた慧はそう判断する。一族の上層部の矜持。その悪辣なやり方を紐解けば、全てが合致したからだ。
「だからこそ、前もって、奏多と接触を図り、『破滅の創世』様の記憶の再封印を施したんだろうな。『破滅の創世』の配下達が、今後、何らかの形で接触してきたとしてもさ。記憶を再封印されたことで、奏多が『破滅の創世』様の記憶を完全に取り戻すことはない」
「そうね。たとえ、奏多様が一時的に神としての記憶を取り戻しても、妹を始め、懇意を寄せている者が近くにいれば、周囲に危害を加える可能性は低いわ」

慧の説明に、透明感のある赤に近い長い髪をなびかせた観月は納得する。

「ああ。たとえ、『破滅の創世』様の意思が戻っても、奏多が周囲に危害を加える可能性は低い」

如何に不明瞭な状況でも、答えはそれだけで事足りた。

「『思い出』という名の保険があるもんな。それに記憶の二重封印を施したことといい、再び、奏多の神としての記憶を封印する力が弱まってきても、記憶を改めて封印する手立てを考えている……そんな節も上層部にはあるからな」

もし、その言葉が真実だというならば、これから起こるのは最悪だ。

「いわゆる二重保険。一族の上層部は恐らく、今回の襲撃も見越していたんだろうな。だから、上部の一人である不死のヒューゴを送り込んだんだ」

今なら分かる。
これが最適解だと思ったからこそ、一族の上層部は即急に奏多のもとに赴き、ヒューゴとの接触を図ったのだ。
この世の悪意を凝集したような一族の上層部のやり方に、慧だけではなく、観月も激しい嫌悪を覚えたのは間違いない。

「記憶の二重封印……。『破滅の創世』の幹部……。そして――」

『境界線機関』の基地本部の出来事を思い返し、奏多は眸に戸惑いの色を乗せた。
『破滅の創世』がこの場で、奏多達が紡いだ想いを断ち切るだけならば簡単だろう。
しかし、そこに縋る奏多達の――大切な人達の心の拠り所を奪うことにも繋がるのだ。

「人間として生きたくない……か」

あの時、発したその言葉は今も奏多に重くのしかかっている。
奏多は神としての意思ではなく、最後まで自分の意思を貫きたいと願っている。
それでも心のどこかで、それを否定している自分がいることに気づかされた。

「人間として生きたい。生きたくない。どちらもきっと俺の意思だ」

あまりに複雑すぎる想いに苛まれて、奏多は表情を曇らせる。
神の魂の具現として生を受けたこと。
幼い頃、明かされたその真実は驚愕というより残酷だったと感じた。
尋常ならざる力を持つことは同時に尋常ならぬ運命を背負うことになるのだと、奏多は身を持って知ってしまったから。
奏多の進む明日。
奏多が生きる未来。

そこに奏多の意思があるとしても、それは『破滅の創世』の意思じゃない。
だからこそ、二つに切り離された意思は、一つだった頃に戻ろうとしている。

「それでも、この相克した二つの意思にも救いはあるはずだと思う」

二つの相反する意思。
それは嘆き、悲しみ、悲鳴だけの意思なんかでは――決してないのだと。

「だったら、俺はこのまま、人間として……そして神として生きたい。たとえ、他の神々や『破滅の創世』の配下達が許してくれなくても……!」

人間として行く先でも、神に戻る先でもない。ただ、覚悟だけがそこにある。

「それって……奏多くんがこのまま……奏多くんと神様の奏多くん、二つの意思を持ったまま、生きていくことですよね」

結愛はぽつりと素直な声色を零す。

「ああ。どう足掻いても、俺は『破滅の創世』としての記憶を失うことはできないと思う。だったら、そこに神としての意思の中に、俺の意思も感情も記憶も寄り添わせてほしいんだ……」

二つに切り離された意思を戻すのではなく、このまま保つ。
奏多は『破滅の創世』としての記憶を完全に取り戻した自分がどうやってもたどり着けないその未来に想いを馳せる。

「奏多、俺はおまえの決断を信じているぜ」

慧は過ぎ去った忌々しい日々を思い返す。
一族の過ちによって、数多の世界に多くの傷痕を残した。
人間と神の間に存在する、簡単には埋めることのできない根深い憎悪。
『破滅の創世』の配下の者達は不老不死だ。
それに対抗するために一度、滅した自分を利用する。
不死者。
それが今となっては、自分が生かされているという唯一無二の証。
だが、慧は呪いともいえる宿命に利用されるのではなく、真っ向から立ち向かうことを選んだ。

「まぁ、まずは上層部の奴らに面会をしないとな」
「慧にーさん……」

奏多にそう語りかける慧は揺るがない意思を表情に湛えていた。
――世界を正すために犠牲が付きものだ。
そんな言葉に頷いてはいられない。未来のために世界一つ分の犠牲を孕む可能性をこのまま、見過ごせないと。

慧にーさんの言うとおり、まずは面会して、この状況を何とかしないといけないな。

そう考えるものの、奏多の思考の海に聞こえてくるのは危険が迫る音だ。
余韻に浸るには程遠いと、急ぐように近づいて来る。

何だろ? この不安?

今更、ここまできて臆することなどない。
誰も彼も歩みは止めない。
――しかし、ここは当然、敵地だ。
ならば、一族の上層部に有する者達、そして『破滅の創世』の配下の者達が動いてこないわけはない。
エレベーターを降りて、会合の場へと向かい駆け抜けた先で――奏多は異変に気づいた。
「慧にーさん、攻撃が来る!」

奏多がそう呼びかけた途端、通路の向こうから無数の光撃が飛んでくる。
彼女が招いたのは無慈悲に蹂躙する光。
結愛達には……悲鳴の声の一つすら上げる時間は与えられなかった。
その前に彼女が招いた致命的な光撃が結愛達へと放たれていたからだ。
だが――

「……っ」

次の瞬間、結愛達の視界は一変していた。

「……あっ」

結愛の前に、いつの間にか手をかざした奏多が立っている。
光撃の遠撃。それは寸分違わず結愛達に迫った、はずなのに。
それなのに――

「……奏多くん」

しかし、それによって伴われる絶大なる威力はこの場にいる者達に与えられることはなかった。
膨大な雷撃が結愛達に命中するその寸前に、奏多が片手でそれを弾いてしまったからだ。

「みんな、大丈夫か?」
「はい、奏多くん」

結愛達の身に唐突に訪れた窮地。
しかし、それは奏多が手をかざしたことで危機を脱していた。

「奏多、助かったぜ」
「本当に凄まじい力ね」

慧の言葉に呼応するように、観月は眸に不安の色を堪える。

「もうここまで来たか。時間稼ぎもここまでみたいだな」

視線を張り巡らせた司は置かれた状況を重くみた。

「レンが言ったとおり、本当にここにいたねー」

不意にこの場にそぐわない朗らかな声が響く。
慧と観月が慌てて振り向くと、そこには三つの影があった。
その一人は――

「あ……」

紫の瞳と銀色の髪が特徴的な少女。
ドレスを思わせる衣装は青や紫色の花をあしらわれ、常に柔らかな微笑を湛えている。

「冬城聖花……どうして……」

カードを手にした観月は恐れおののくように、その名を呼んだ。

「いや、アルリットだろうな。冬城聖花が相変わらず、この場にいるのは不思議な現象だな」

そう語りかける慧は揺るがない意思を表情に湛えていた。
何故なら――

「『破滅の創世』様、お迎えに参りました」
「レン……?」 

奏多の姿を認めてから、レンが噛みしめるように恭しく礼をしたからだ。
状況に思考が追いつかない。
そもそも、ここは一族の上層部の本部だ。
厳重な警戒態勢を敷いているはずだ。
『破滅の創世』の配下達が、この場にいる理由が奏多には分からなかった。
そして――

「久しぶりじゃな。『破滅の創世』。わらわのことを忘れたとは言わせぬ」
「えっ……?」

そう吐露した彼女――不変の魔女、ベアトリーチェの瞳と奏多の瞳が重なる。
その瞬間、奏多の胸が苦しくて息苦しくなる。
ベアトリーチェの瞳はあまりにも深く、吸い込まれそうだったからだ。
「なっ……?」

レンは奏多の前で膝をつく。
それはさながら騎士の示す臣従の礼のようだった。

「『破滅の創世』様、必ずや一族の者の手からお救いいたします」

レンが発した決意の言葉は、刹那の迷いすらなかった。
『破滅の創世』の神命が起点となって、この世界の運命は決まっている。
『破滅の創世』の配下達にとって、『世界の命運』は流れる水そのもの。
絶対者である『破滅の創世』のなすがままでなくてはならない。
だからこそ――

「あたし達がするべきことは『破滅の創世』様の望むこと。この世界にもたらされるべきは粛清だよ」

そう断じた聖花の――アルリットの瞳に殺気が宿る。
神命の定めを受けて生を受けた『破滅の創世』の配下達にとって、『破滅の創世』は絶対者だ。
それと同時に何を引き換えにしても守り抜きたい存在だった。
だからこそ、『破滅の創世』の配下達にとって、一族の者達は不倶戴天の天敵である。
神敵であると。

「『破滅の創世』様が示した悲憤の神命。それは絶対に成し遂げなきゃならないことだから」

アルリット達はその為に動いている。
そう――目的はたった一つだけ。
遥か彼方より、『破滅の創世』の配下達の望みはそれだけだった。
だからこそ、大願とも呼べるその本懐を遂げるために一族の上層部をも利用しただけに過ぎないのだ。

「ちっ、目的はあくまでも奏多か……」
「ここまでご足労痛み入ります、『破滅の創世』様。そして、忌まわしき一族の冠位の者の方々」

慧の言葉に、随分と物腰丁寧な仕草でレンは礼をする。大仰に両の腕を広げながら。

「ここはご覧のとおりの状況で、お出しできるものも乏しいです。『破滅の創世』様がお戻りになられる特別な日に、礼儀として、おもてなしできないことが惜しいですね」
「『破滅の創世』様、待っていてね。あたし達、必ず『破滅の創世』様の記憶を取り戻すよ」

非常に温和なレンの声音に呼応するように、アルリットは喜ばしいとばかりに笑んでいる。
奏多の――『破滅の創世』の記憶が戻るのを待ちわびるように。

「どうして、ここにいることが分かったの?」

観月の素朴な疑問に、アルリットはレンに視線を移す。

「アルリットとリディアによって、『破滅の創世』様の居場所は把握できておりました。それに不変の魔女、ベアトリーチェ様のお力がありましたので」

ベアトリーチェの姿を認めてから、レンはにこりと微笑んだ。

「不変の魔女、ベアトリーチェ……」

ひりつく緊張が慧の首元を駆け抜けて行く。
「『破滅の創世』様の幹部の一人なの?」
「ふむ……小娘、それは違うのう」

ベアトリーチェの返答に、観月の胸中に言い知れない不安がよぎる。

「わらわは別世界の女神。『破滅の創世』と同じ神じゃ」
「なっ!」
「えっ?」

あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、慧と観月は大きく目を見開いた。

「俺と同じ神……?」

思わず、息が詰まる。
奏多は当惑し、その言葉の意味を飲み込むのに時間がかかった。

「久しぶりじゃな。『破滅の創世』。わらわのことを忘れたとは言わせぬ」

空白。
あまりにも唐突な……ベアトリーチェの宣言に、奏多と結愛の思考が真っ白に染まってしまった。
数秒経って、ようやくひねり出せた言葉は微妙に震えていた。

「そ、それって……この人は、異世界の女神……」
「はううっ……」

まさかの展開に、奏多と結愛の心が揺さぶる。
混乱は治まることはなく、むしろ深まっていた。

「ふむ……わらわのことを思い出さぬか。神としての記憶を失っているというのは本当のようじゃな」

ベアトリーチェはそれを見越していたように微笑む。

「まあ、わらわとしては、久しぶりに『破滅の創世』に会えて嬉しいのう」

ベアトリーチェは、奏多に――『破滅の創世』に会えるだけで幸せであった。
彼女がそれを親愛と名付けたならば、親愛である。
友愛と名付けたのであれば、友愛である。
親愛も友愛も、彼女の言葉一つで意義を持つ。
詰まるところ、ベアトリーチェという女神にとって、人間の愛や正しさなど、どうでも良い判断材料であった。
神の言葉こそが天上の囁きであり、至高の頂きである。
神の望みこそが、真に人が叶えるべき目標であった。

「一族の上層部の本部から連れ出す手助けをしようかの」

うっとりと笑ったベアトリーチェの頬に朱の色が昇った。
『不滅』を意味するその名を有したベアトリーチェは女神である。
状況を手繰りながらも、前線に飛び出すのはあくまでも興味本位と信じるが故だ。

「……何だろ」

奏多は油断すれば湧き上がる想いを前にして俯く。
何故か、その想いを自覚したくはなかった。
その感情を認めたくはなかった。
言葉にしてしまえば、きっともうどうしようもなくなる。
喉の奥に膨れ上がる想いを決して言葉にするまいと無理矢理に呑み込もうとしたが――

「……懐かしい」

できなかった。
吐き出してしまった言葉に、奏多は途方に暮れる。