「ねえ、意味わかんないんだけど、なんで私たちの写真変なのばっかなわけ? ていうかこんなのどこから持ってきたの?」

 3年5組のクラスページを開くなり、レナが文句を言う。

 そこには隙間なくクラスメイトたちの写真が貼り付けられていた。

 雰囲気良さげな写真や、加工された自撮りが並ぶなか、ところどころに散りばめられた私たちの強烈な変顔写真や事故画たち。

「今まで撮った写真送ってってだいぶ前に卒アル委員が言ってたじゃん? だから撮り溜めといたやつ送りまくっといた」

 ヒロはとても誇らしげそうに言った。

「ちなみにハイライトはこの授業中白目で爆睡するレナ。俺的にはヒマリの全力変顔もお気になんだけどな」

 レナは本気で怒ってこそいないものの、「バカ」とヒロを結構強い力で殴った。痛そうな音がしたのは気のせいだろう。

 私も実は数枚送ったので、ヒロの萌え萌えきゅんポーズとユウマが顔面からコケたシーン、サユの肉まんを頬張る満面の笑みはぜひ見ていただきたい。

「こっちには写真じゃないけど、面白そうなの載ってるよ」

 そのページでは『色々ランキング!』と題され、一位から三位まで本当に色々なテーマでランキングが作られていた。

 卒アル委員からアンケートが回ってきて、みんなで騒ぎながら答えていったのはまだ記憶に新しい。

「は、ありえないだろ! イケメンランキングに俺入ってないんだけど」

「俺は入ってたー」

 大袈裟に驚くヒロだが、実際内心ではだいぶショックだったんだろう。固まったままユウマに恨めしげな視線を送っていた。

「さすがサユ、可愛い人ランキング堂々のトップだわ」

「可愛いでしゅもんね〜」

 レナとふたりでサユの頭を撫で回すと、「やめてよ!」と可愛く怒られてしまった。

「ほら、レナちゃんも仕事できそうな人ランキング一位に入ってるよ。ヒロくんはムードメーカーな人と将来激変してそうな人二位になってる」

「えー、ヒロは一生ヒロな気がするけど」

「俺もそれランクインしてるのはよくわかんねえ」

 ねー、と全員で首を傾げる。クラスメイトたちにもなにか考えがあったのだろう。

 こういうランキングは見てると面白い。

「ベストカップル賞はやっぱりユウヒマだね」

「ヒマリが笑顔の素敵な人とムードメーカーランキング一位なのはすごくわかるし、この辺は納得だわ」

 サユとレナが続けて言うと、今度はみんな頷く。ランキングに入ると思ってなかったので、素直に嬉しかった。

「やったー、褒められちゃった」

「だめだよ、レナ。そういうこと言うとヒマリ調子乗るから」

 ユウマが言うとレナは「そうだった」と小さく笑った。

「もう、ひどい」

 語り合いながら、全員がページの隅々まで食い入るようにしてアルバムを見つめている。そんな時だった。

「あのさ、ずっと思ってたんだけど」

 サユが急に神妙な面持ちで切り出した。

「みんな高校の卒業式は行ってないの?」

 突然、躊躇いなく核心を突かれ、空気が一瞬凍る。

「……私は行ってない」

 レナが言うと、他のふたりも下を向いたままかぶりを振った。

「そっか、みんな行ってなかったんだ」

 私も行っていないので、全員が行かなかったことは知る由もなかった。

「昨日、ユウマくんが誘いのメッセージくれてすごく嬉しかったんだ」

 サユがスマホでグループのトーク画面を開いて、床に置いた。

『明日、俺の家で卒業式をやりませんか。ただみんなと高校時代の思い出話をしたいです ユウマ』

 昨日、私はユウマに会った時、直接誘われた。どうしても早くやりたいから明日にでも、と。

「急に言ってごめん。昨日の今日だし、全員集まってくれるとは思ってなかった」

「無理やり予定空けてでも、みんなに会いたかったから」

 レナがとても長く息を吐きだす。まるでなにか感情を抑え込むように。そしてまた口を開いた。

「そういえば卒アルのクラスページ、裏にもう一ページあるの」

 ゆっくりと白い台紙がめくられる。そこにはたくさんの想いが様々な筆跡で綴られていた。

「『3年間ありがとうございました。本当に充実した毎日でこの生活が終わると思うと、とても寂しいです。これから私は弁護士になりたいという夢に向かって、がんばっていこうと思います。レナ』

 受験勉強の合間だったし、あんまり考えずに思ったまま書いたって感じだけど、見ると無難で固い文だわ」

 納得いかないというふうに少し眉をしかめたが、私はレナの強さが現れたような真っ直ぐな文章がとても好きだと思った。

 レナがヒロにアルバムを渡す。順番に読み上げていくらしい。

「『億万長者になってやるー! ヒロ』」

「『ありがとうございました。楽しかった。ユウマ』」

「うわー、ヒロとユウマ適当すぎ」

 レナとは大違いだ。でもふたりらしいとも言える。

「『3年間ありがとうございました。たくさんの思い出全部が大切な宝物です。このクラスでよかった。サユ』」

 こちらもサユがいかにも書きそうな文章だった。言葉選びがなんとなく可愛らしい気がする。

「『5組はみんな仲良くて、いつも教室来るだけで元気もらえました。行事の時の結束力も最高だったよね。今までありがとう。

 そして私の親友たちへ。たっくさんのありがとうと大好きを送ります。これからもずーっとずっと一緒にいてください ヒマリ』」

 私の文章はレナが読み上げてくれた。

 みんかが私のいる方を真っ直ぐ見つめてくる。しかし、視線は私と合わない。

「……あっ、やべ。あれ、ダメだ、全然」

 急に不自然に言葉を詰まらせたヒロは、顔を手で覆っていた。

「ぜってーもう泣かないって、決めてた、んだよ。ああああ、もう、だっせ」

「やめてよ、そんなの。わ、私まで泣きたくなる」

 そういった直後、レナまで嗚咽を必死に堪え始める。サユはいつの間にか顔をぐちゃぐちゃにして涙を流していた。

「泣いてるの?」

 私が聞いても、誰も答えない。

 みんなが見つめていたのは私のすぐ前に置いてある机に乗った、写真立てだった。そこには私が満面の笑みで写っている。

「ヒ、マリ……」

「みんな泣き虫だな〜」

 私は写真と同じ顔で笑って見せた。たとえ私の姿が見えないとわかっていても。

 ────私は、ヒマリはもうこの世に存在していない。