「はい、じゃあこれから卒業式を始めまーす」
適当なヒロの挨拶に、全員がまばらな拍手をする。
「開式の言葉、レナさんお願いします」
「いや、今ので始まったんじゃないの?」
「やっぱこういうのって形式が大事だろ?」
「あー、はいはい」
だるそうに立ち上がったレナだったが、存外乗り気になったのか、しっかりとお辞儀をする。
「ただいまから第一回''わたしたちの卒業式''を行います」
''わたしたちの卒業式''と、レナが強調するように言った。ヒロがわざとらしい拍手で盛り上げ、私もそれに乗る。
「よっ、委員長〜!」
「かっこいいよ、レナ!」
「いーから、そーゆーの。うっさいわ」
しっかり者で姉御肌なレナ。
盛り上げ役のヒロ。
「はい、お茶と卒アル持ってきたー」
「お、あざーっす! ……ん? これお茶? 透明だけど」
湯のみを覗き込んだヒロが言うと、他のみんなも首を傾げる。
「あ、俺、お茶っ葉入れるの忘れてた」
へらっと笑ったのは、優しくてたまに天然なユウマ。
「あはは、みんな相変わらずだね。なんか安心しちゃった」
いつも可愛い癒し枠、サユ。
それから私、ヒマリ。
私たち5人は高校1年生の春にクラスメイトとして出会い、それから3年間たくさんの時間を共に過ごした親友。
これほど仲の良い友だちには、この先何十年生きたとしても出会える気はしない。とても大切な存在なのだ。
そして今日は''わたしたち''だけの卒業式。とは言っても、本格的な式典ではない。放課後や休日によくみんなで遊びに来ていた、ユウマの家でただ集まるだけだ。
見慣れた電子時計が3月24日13時12分を表示している。高校の卒業式はたしか3月3日だったので、ちょうど3週間が経ったということだろう。
「そういえばこれ、まだちゃんと見てなかった」
レナがユウマに持ってきてもらった卒業アルバムの表紙をめくりながら言った。
「私たち変な写真ばっかりですっごく面白いよ」
サユがそう言ってレナのほうに寄ると、自然とみんなで卒業アルバムを囲む形になった。
「じゃあ開くよ」
あの眩い日々へと、鮮明に、鮮烈に、思い出たちが誘ってくれる────。
「あ、見て、入学式の集合写真だよ」
サユが指した写真を覗き込んで、4人の顔を探す。
「うわ、この金髪の男子もしかしてヒロ?」
「懐かしーな。教頭と担任と学年主任に初日から絞られまくったっけ」
「レナちゃん覚えてないんだ。うちの高校、校則厳しかったからすごく目立ってたのに」
サユが驚いた顔をする。
「そんで教室行ったら隣の席がヒマリだったんだけど、『やば、え、やば! こんな初日から金髪とか勇気あるね、バカすぎ』って爆笑されたのは忘れられねえ……」
「さすがヒマリ。高校初日からテンションお化けだわ」
「あそこからみんなで仲良くなり始めたんだから、いいでしょ? 感謝してよね」
私はヒロとレナに向けて、投げキッスを飛ばす。
「そうだね。そのあと急にヒロが近くにいた俺に話振ってきて、レナさんがぼそっと突っ込んできてー」
「私は次の日、部活見学でヒマリちゃんとレナちゃんと仲良くなって、みんなと一緒にいるようになったんだよね」
ユウマとサユが順番に語り、私たちも頷く。
「へぇ、文化祭のページは3年間分載ってるんだ。私たち2年生の時やったコスプレカフェの衣装で写ってるんだけど、恥ず」
レナが顔を顰めて、次のページをめくろうとする。
「レナちゃんメイド服だったもんね。ちゃんと見せて、可愛かったんだから」
「こういうのはあんたみたいに可愛らしい子がやるもんでしょ。なんでサユはただの猫耳なの、意味わかんない」
「しょうがねえじゃん、コスプレはくじ引きで決定だったんだから」
そう言ったヒロを全員で睨みつける。
このコスプレカフェはくじ引きでほぼ強制的にやりたくない衣装を着せられる、最悪の企画だった。
そしてその発案者は実行委員だったヒロで、調子に乗った男子たちと一緒に、勝手にそのまま企画書を提出したのだ。
調理班に回るつもりだった私たち4人も無理やり参加させられてしまった。
「言い出しっぺのヒロは苦しそうなうさぎの着ぐるみだったから、それよりはメイド服の方がマシだった気がするけどね」
「げえ〜、私は着ぐるみの方がよかった」
そう言う私もメイド服。あんな甘ったるい声で『お帰りなさいませご主人様♡』と言わされた悪夢は忘れられない。
「一番嫌だったのは俺だよ……」
ユウマが泣き真似をしだす。
5人で並んで撮った写真の一番右には真っ白なドレスの美少女──もといユウマの姿があった。
「泣くなって。この時のユウマほんとに結婚してほしいって思うくらい綺麗だったぞ」
「うるさい、全然褒められてる感じしないんだよ」
あのクラスで女装させて一番似合うのは、どちらかというと中性的で整った顔立ちのユウマだった。その意味ではくじ運がよかったと言えるかもしれない。
「次のページは体育祭だけど、私たちが写ってる写真はなさそうね」
「あ、レナ、待て待て。ここに伝説のあのシーンがちらっと写っちゃってんだよ」
ヒロがニヤニヤしながらページの端の方を指さした。
「借り物競走で彼女さんお姫様抱っこしながら爆走するユーマくんがね」
高3の秋、付き合い始めてちょうど一年と二ヶ月。だいぶ初々しさも抜けた頃だったが、さすがにこれは恥ずかしかった。
そう、ユウマの彼女さんというのは私のこと。
私たちは似ても似つかない正反対のふたりだった。それなのにと言うべきか、だからこそと言うべきか、見えない糸に引かれるように彼に惹かれた。
両片思いの果てに実った恋を、私は今も続けている。
「『大好きな人』って書かれてたのに、ヒマリ以外選ぶわけない」
「こんの天然め、ムカつく」
急に爆弾投下されて赤面してしまった顔を誤魔化すように毒づいた。
「はーいなんかユウマうざかったから次行くよ」
「なんでだよ」
「わぁ〜、修学旅行の写真いっぱいだね。京都で着物着てる写真と新幹線に乗ってる写真写ってるよ」
私たちはもちろん修学旅行も同じ班だった。部屋こそ男女で別れるが、他の場所はほとんど5人で回った。
「修学旅行と言えばあれだよね、喧嘩」
サユが言うと、他のみんなも苦笑いで頷いた。
まず事の発端は私とユウマの喧嘩から始まる。
この日、修学旅行の集合場所だった学校へお兄ちゃんに車で送ってもらった。そしてユウマに『誰?』と聞かれた私は『仲良しの友だち』と答えた。
ちょっとふざけてみただけだったのに、ユウマは大激怒。冗談でもありえないとお説教をくらった。
「ユウマ怖かったな、思い出しても泣けてきちゃう」
「あれはヒマリが悪かっただろ」
私は肩を竦めて、べーっとやって見せる。
「そこのカップル喧嘩は別にどうでもよかったのよ。問題はヒロ。修学旅行に遅刻とか意味わかんないから」
「いやー、そんなこともありましたっけねぇ」
とぼけるヒロをレナが軽く睨みつける。
あろうことか集合に間に合わなかったヒロにレナがこれまた大激怒。
結果的にはギリギリ新幹線の時刻には間に合ったわけだが、車内で言い合い勃発になることは言うまでもなく。
『いい加減にしてよ! こっちがどんだけ心配したと思ってんの?』
『まあまあレナ落ち着いてってば、ほら富士山だよー、おっきいよー』
『なんでそんなヘラヘラしてんだよ、俺だってヒマリに怒ってんだけど』
『結果的には間に合っただろ? ヒマリだって結果的には実のお兄さんだったんだからいいんじゃね? ふたりとも怒んなよ』
『そーだそーだ!』
こうして謎のユウマレナ対ヒロヒマリという構図が生まれ、サユは隣で号泣。
まあ元はと言えばヒロと私が悪いので謝ったが、その微妙な雰囲気でなぜか全員がふて寝をし始める。
「この新幹線の写真、ちょうど私たち全員の寝顔写真だよ」
「もう、誰が撮ったの? いやーん、貴重な寝顔公開しちゃった、照れるー」
「全然需要ないね」
口に手を当ててぶりっ子っぽくしてみたが、ユウマにふわっとした笑顔であしらわれた。ひどい。
「行事のページはここまでっぽい。次からはクラスのページ」
レナが一枚一枚丁寧にページを進めていき、やがて手を止めた。
『3年5組』
そう書かれた下には私たちの青春の舞台である教室が、夕暮れ色の哀愁をまとって写されていた。
「ねえ、意味わかんないんだけど、なんで私たちの写真変なのばっかなわけ? ていうかこんなのどこから持ってきたの?」
3年5組のクラスページを開くなり、レナが文句を言う。
そこには隙間なくクラスメイトたちの写真が貼り付けられていた。
雰囲気良さげな写真や、加工された自撮りが並ぶなか、ところどころに散りばめられた私たちの強烈な変顔写真や事故画たち。
「今まで撮った写真送ってってだいぶ前に卒アル委員が言ってたじゃん? だから撮り溜めといたやつ送りまくっといた」
ヒロはとても誇らしげそうに言った。
「ちなみにハイライトはこの授業中白目で爆睡するレナ。俺的にはヒマリの全力変顔もお気になんだけどな」
レナは本気で怒ってこそいないものの、「バカ」とヒロを結構強い力で殴った。痛そうな音がしたのは気のせいだろう。
私も実は数枚送ったので、ヒロの萌え萌えきゅんポーズとユウマが顔面からコケたシーン、サユの肉まんを頬張る満面の笑みはぜひ見ていただきたい。
「こっちには写真じゃないけど、面白そうなの載ってるよ」
そのページでは『色々ランキング!』と題され、一位から三位まで本当に色々なテーマでランキングが作られていた。
卒アル委員からアンケートが回ってきて、みんなで騒ぎながら答えていったのはまだ記憶に新しい。
「は、ありえないだろ! イケメンランキングに俺入ってないんだけど」
「俺は入ってたー」
大袈裟に驚くヒロだが、実際内心ではだいぶショックだったんだろう。固まったままユウマに恨めしげな視線を送っていた。
「さすがサユ、可愛い人ランキング堂々のトップだわ」
「可愛いでしゅもんね〜」
レナとふたりでサユの頭を撫で回すと、「やめてよ!」と可愛く怒られてしまった。
「ほら、レナちゃんも仕事できそうな人ランキング一位に入ってるよ。ヒロくんはムードメーカーな人と将来激変してそうな人二位になってる」
「えー、ヒロは一生ヒロな気がするけど」
「俺もそれランクインしてるのはよくわかんねえ」
ねー、と全員で首を傾げる。クラスメイトたちにもなにか考えがあったのだろう。
こういうランキングは見てると面白い。
「ベストカップル賞はやっぱりユウヒマだね」
「ヒマリが笑顔の素敵な人とムードメーカーランキング一位なのはすごくわかるし、この辺は納得だわ」
サユとレナが続けて言うと、今度はみんな頷く。ランキングに入ると思ってなかったので、素直に嬉しかった。
「やったー、褒められちゃった」
「だめだよ、レナ。そういうこと言うとヒマリ調子乗るから」
ユウマが言うとレナは「そうだった」と小さく笑った。
「もう、ひどい」
語り合いながら、全員がページの隅々まで食い入るようにしてアルバムを見つめている。そんな時だった。
「あのさ、ずっと思ってたんだけど」
サユが急に神妙な面持ちで切り出した。
「みんな高校の卒業式は行ってないの?」
突然、躊躇いなく核心を突かれ、空気が一瞬凍る。
「……私は行ってない」
レナが言うと、他のふたりも下を向いたままかぶりを振った。
「そっか、みんな行ってなかったんだ」
私も行っていないので、全員が行かなかったことは知る由もなかった。
「昨日、ユウマくんが誘いのメッセージくれてすごく嬉しかったんだ」
サユがスマホでグループのトーク画面を開いて、床に置いた。
『明日、俺の家で卒業式をやりませんか。ただみんなと高校時代の思い出話をしたいです ユウマ』
昨日、私はユウマに会った時、直接誘われた。どうしても早くやりたいから明日にでも、と。
「急に言ってごめん。昨日の今日だし、全員集まってくれるとは思ってなかった」
「無理やり予定空けてでも、みんなに会いたかったから」
レナがとても長く息を吐きだす。まるでなにか感情を抑え込むように。そしてまた口を開いた。
「そういえば卒アルのクラスページ、裏にもう一ページあるの」
ゆっくりと白い台紙がめくられる。そこにはたくさんの想いが様々な筆跡で綴られていた。
「『3年間ありがとうございました。本当に充実した毎日でこの生活が終わると思うと、とても寂しいです。これから私は弁護士になりたいという夢に向かって、がんばっていこうと思います。レナ』
受験勉強の合間だったし、あんまり考えずに思ったまま書いたって感じだけど、見ると無難で固い文だわ」
納得いかないというふうに少し眉をしかめたが、私はレナの強さが現れたような真っ直ぐな文章がとても好きだと思った。
レナがヒロにアルバムを渡す。順番に読み上げていくらしい。
「『億万長者になってやるー! ヒロ』」
「『ありがとうございました。楽しかった。ユウマ』」
「うわー、ヒロとユウマ適当すぎ」
レナとは大違いだ。でもふたりらしいとも言える。
「『3年間ありがとうございました。たくさんの思い出全部が大切な宝物です。このクラスでよかった。サユ』」
こちらもサユがいかにも書きそうな文章だった。言葉選びがなんとなく可愛らしい気がする。
「『5組はみんな仲良くて、いつも教室来るだけで元気もらえました。行事の時の結束力も最高だったよね。今までありがとう。
そして私の親友たちへ。たっくさんのありがとうと大好きを送ります。これからもずーっとずっと一緒にいてください ヒマリ』」
私の文章はレナが読み上げてくれた。
みんかが私のいる方を真っ直ぐ見つめてくる。しかし、視線は私と合わない。
「……あっ、やべ。あれ、ダメだ、全然」
急に不自然に言葉を詰まらせたヒロは、顔を手で覆っていた。
「ぜってーもう泣かないって、決めてた、んだよ。ああああ、もう、だっせ」
「やめてよ、そんなの。わ、私まで泣きたくなる」
そういった直後、レナまで嗚咽を必死に堪え始める。サユはいつの間にか顔をぐちゃぐちゃにして涙を流していた。
「泣いてるの?」
私が聞いても、誰も答えない。
みんなが見つめていたのは私のすぐ前に置いてある机に乗った、写真立てだった。そこには私が満面の笑みで写っている。
「ヒ、マリ……」
「みんな泣き虫だな〜」
私は写真と同じ顔で笑って見せた。たとえ私の姿が見えないとわかっていても。
────私は、ヒマリはもうこの世に存在していない。
卒業式の5日前。高校三年生は冬以降ほとんど学校が休みで、この日も例外ではなかった。
俺──ユウマはバイトに行っていたが、その帰り道で突然ヒマリから電話がかかってきた。
『……ユウマくんですか?』
そこでヒマリの家族からヒマリが大きな事故に巻き込まれ、もう帰らぬ人になったことを知らされる。
何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。
俺はまるで魂を抜かれたように過ごし、葬式でヒロたち3人に会った時でさえひとことも話すことができなかった。
そして時は流れ、昨日。ヒマリは突然俺の家の前に現れたのだ。俺にだけしか見えない幽霊となって。
「ユウマ、私、死んじゃったんだよね……?」
ヒマリは昨日突然目が覚めたという言い方も変だが、意識が覚醒したらしい。
困惑するヒマリだったが、きっとすぐに天国へ行くことになるとも言った。
「よくわかんないけどね、そんな気がするんだよね。たぶんそういうシステムになってるんじゃない?」
ヒマリにまた会えて嬉しいという感情は意外にも少しだけだった。ただ自然と彼女の存在を受けて入れていた。
そもそも俺はまだヒマリが死んだということを認めきれていないのだった。
それにまたすぐに別れが来ることがたまらなくしんどかった。
「ヒマリ、みんなに会いたい?」
「もちろん会いたいよ! みんな相変わらず元気かな」
「うちにみんな呼ぼうか。ヒマリは卒業式出れなかったし、卒業式をやり直すってことで。来てくれる?」
ヒマリは「絶対いくに決まってるでしょ!」と目をきらきら輝かせた。
「できるだけ早く、明日にでも」
ヒマリがまだ俺のそばにいてくれているうちに、少しでもヒマリの喜ぶことがしたい。そんな思いで提案した卒業式。
『ただみんなと高校時代の思い出話をしたいです』
今も未来も存在しないヒマリが、寂しい思いをしないように。
そして、俺が少しでもヒマリが死んだという事実から目を逸らしたくて、みんなにはこのメッセージを送った。
「ヒ、マリ……」
今、目の前ではヒロも、レナも、サユも泣いている。そしてそれを見つめるヒマリの笑顔を見た瞬間、なぜか急にその場から逃げたくなった。
「ユウマ?」
部屋をそっと出ると、ヒマリがすぐ隣に来て顔をのぞきこんでくる。
「大丈夫?」
「……情けないよね。俺、ヒマリがいなくなったことまだ受け入れられてないんだ。3人みたいに泣くことすらできない」
「しょうがないよ。私が死んでから1ヶ月も経ってないんだし」
「1ヶ月じゃないよ。────1年と1ヶ月」
ヒマリが固まる。
「みんな大学とか専門学校に通って、高校とは違う毎日を送ってるはず。でも、俺もみんなもまだ1年じゃ足りない……っ」
「ユウマ、別れよう」
「は?」
脈略もなくいきなりヒマリが言った。
「私たち遠距離恋愛は向いてないと思う。だから別れよう」
「……ヒマリ」
「好きだった人と別れても、いつか切り替えて次の人を探すことって普通でしょ? でも彼女を失ったなんて、なかなか切り替えずらいじゃん。だからこれは死別じゃなくて、ただのお別れ。ユウマにはこれから普通に恋愛してほしい」
ヒマリは訴えかけるように言う。なんて優しく辛いお別れだろう。
「それとみんなとはこれからも今まで通り仲良くして。今まで全然会ってなかったんでしょ? ずっとずーっとみんな一緒にいてください。できれば記憶の中の私も入れてあげて。
……どうかユウマも、みんなも、私に縛られないで生きてほしい」
私からの最後のお願いだとヒマリは言った。俺がゆっくり頷くのを見届けて、彼女は俺の背中をそっと押してくる。
「『わたしたちの卒業式』を続けようよ」
部屋に戻ると、3人は先ほどより少し落ち着いた様子で、また黙ってアルバムを眺めていた。
俺に気づいて顔を上げたヒロがおもむろに口を開く。
「……俺さ、なんとなく気まずかったし、辛いこと思い出すのも嫌で、みんなに会おって言えなかった。でも大学行って結構楽しくやりながらも、本当はずっとどっかでヒマリのこと引きずってんだよ」
「私もそう。ずっと誰かが誘ってくれるの待ってた気がする。この気持ちどこにぶつけていいかわかんなくて、無性に泣きたくなることも多くて、辛かった」
ヒロとレナが自分と同じような感情を持っていたことに驚いた。この辛さを共有できるのはこのメンバーだけなんだと再確認させられる。
だからこそ分かち合うことが必要だったのに、誰もそれをしようとしなかった。
「───もうすぐ朝のホームルームが始まる。俺たちで集まって話してると、時間ギリギリになってヒマリが『おっはよー!』って入ってくるんだよね」
俺はまた思い出話を始める。
「それだけで教室が急に明るくなる気がしちゃうんだよね」
サユが涙を堪えながら答えてくれた。
「でもあの子結構ズボラだから、『忘れものしたどうしよう!』って何回聞いたっけね」
レナが無理やり笑いながら言って。
「朝のホームルームで俺らうるさくて注意されたりしてもさ、ヒマリはちゃんと担任に謝ったあと、クラス巻き込んで笑いに変えてっちゃうんだよな。すげーよ」
ヒロがそう語って、笑い飛ばした。
「今日はたくさんヒマリの話をしようよ。ヒマリとの思い出話も、ヒマリがいなくなった辛さも全部吐き出そう。そうやってたら、止まったままのあの日から少しずつ卒業していける気がする」
黙ってヒロが俺の肩に腕を回してくる。そうやってなんとなく円陣ができあがった。
「それでまた何度でも集まって、今度はみんなが今何してるのか聞きたい。もしヒマリがここにいたら、なんて話もしたいな」
今とそれから未来の話を。ヒマリのいない今と未来を、俺たちは進んでいかなくちゃいけないから。
「私もそろそろこの世から卒業みたい」
ヒマリの声がする。でも姿がどこにも見えない。
「卒業おめでとう、ユウマ────」
消えゆく声の僅かな余韻を追って、追って。
その細い糸が切れた瞬間、俺はようやく涙をこぼした。長い長い親友たちの話を遠く聞きながら、いつまでも子供みたいに泣きじゃくっていた。
fin.