ああ、分かる。リズムが分かる。
鼓舞の明に刻まれたリズムって、こういう事だったんだ。
その人自身が鼓舞の明にどんなイメージを見出すか。それによってどの型を強くするか早くするかは全く異なってくる。
お母さんのように優しく慈しむような踊りでも、志らくさんの力強く弾けるような踊りでもない。
私の鼓舞の明は光、時に強く時に優しくみんなを照らす光だ。
春の日に木漏れ日が枝から差すようにゆっくりと優しく、真夏の日差しのように鋭く強く、冬の日の雪を照らすように細く滑らかに。
お腹のそこがぶわりと熱くなる。全身に力が溢れてくる。気持ちが昂る。光の中心にいるみたいだ。物凄いエネルギーが私を中心に渦を巻いている。
溢れるエネルギーを発散させるように舞に込めた。
この力で恵衣くんと来光くんを、皆を守るんだ。
「凄い……これが鼓舞の明……」
来光くんが目を丸くして自分の両手を見比べた。何かを感じとっているらしい。
「おい来光! 行けるか!?」
恵衣くんがそう叫んだのが聞こえた。
「もちろんバッチリだよ! 120パーセントの力で書ける!」
筆を取った来光くんが紙に文字を描く。
来光くんを、光で照らすんだ。
最後の一節を舞い切った。
息は上がっていないけれど、全力で泳いだ後みたいに全身が重く力が抜ける。
ふらふらとその場に座り込むと同時に来光くんが札を書き切った。
「ありがとう巫寿ちゃん! おかげで最強の札が書けた!」
立ち上がった来光くんが音を立てるドアに勢いよく御札を叩き付けた。その瞬間、目がくらむ程の激しい光を発すると、あれほどバタバタと激しく動いていた扉がピタリと止まり鉄板のように固くなった。
静まり返った廊下には、私たちの息遣いだけが響く。
「封じ……たんだよね?」
来光くんが戸惑うように扉を見つめる。
扉はピクリとも動かない。
その時、階下からバタバタと階段を駆け上がってくるいくつもの足音を聞いた。
ハッと顔を上げると、鮮やかな紫に朱、浅葱色の袴が階段から現れる。
「皆大丈夫か!?」
「巫寿ちゃん……ッ!」
宮司に志らくさんだ。後ろにいるのはおそらく本庁から派遣された神職さま達だろう。
皆が駆け寄ってくる。囲まれた私は誰かの背に担がれた。正直指一本動かせそうにないのでありがたい。
同じように担がれた恵衣くんと来光くんにノブくんは、あっという間に門の外、結界の外側へ運び出された。
「大丈夫かお前ら!」
外を任せていた慶賀くん達が駆け寄ってきた。手に持っていた毛布を広げて私達の肩にかけてくれる。
「来光ッ! 来光死ぬな! 俺もっとお前と見たい景色があったんだよ〜ッ!」
「慶賀、慶賀。僕元気だから」
「やだよ来光〜ッ!」
座り込む来光くんの首に抱きつきおいおいと泣く慶賀くん。しまいには元気だつってんだろ!と来光くんの鋭い手刀が脳天に落ちた。
「大丈夫か巫寿、顔色やべぇぞ」
心配そうに私の顔を覗き込んだ泰紀くん。
「大丈夫だよ、鼓舞の明を使って疲れてるだけだから」
そう笑うと目を剥いて「ついに出来たのか!?」と身を乗り出す。うん、と少しはにかんだ。
誰かと連絡を取りあっていた嘉正くんが勢いよく振り返った。
「凄いよ三人とも、御札で完全に封じ込めてるって! これならすぐに対処できるだろうって言ってる! 本当にお手柄だよ!」
珍しく声を弾ませた嘉正くん。
地面に座り込んでいた私達は何度か瞬きした後、顔を見合せた。来光くんは他人事のようにぽかんとしているし、恵衣くんは相変わらず「当たり前だ」とばかりに鼻を鳴らす。
私はまだ何もかもが信じられない。
とにかく凄く疲れた、それなのにとても────。
誰ともなく差し出した拳が、三人の真ん中でコンッと合わさる。
ひひっと来光くんが笑う。ふっと恵衣くんが頬を緩ませた。私もよく分からないけれどぷっと笑う。
くすくすと笑ったあと、ほぼみんな同じタイミングでバタンと後ろに倒れた。
強烈な眠気に意識が体の奥底へ引っ張られる。皆が驚いて私たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。
これ、多分明後日まで起きれないな。
そんなことを考えて、微笑みながら目を閉じた。
「鳥居」
結界。
次の日丸一日眠りこけた私たち三人は二日目の夕方に起き出してたらふくご飯を食べ、一人ずつ事情聴取みたいなものを受けたあとまたぐっすり眠った。
事の顛末を聞くことが出来たのは、事件が起きてから三日も過ぎた頃だった。
「お前らもう大丈夫なのか?」
「良かったな復活して! でも折角合法的に休めんだから、もっと休めばいいのに〜」
「本当に起きれるようになって良かったよ。でも辛かったらすぐに言いなね」
朝、朝拝に参加した私達にそう言った皆。たくさん心配させたみたいで少し申し訳ない。
お勤めが始まると私達はすぐに会議室に呼び出された。中には既に禰宜がいて、私達が席に着くと【報告書】と書かれたファイルを配られた。
「御三方は復帰されたばかりで申し訳ないのですが、今回の西院高校蠱毒呪害事件についての報告会をこれから行います」
西院高校蠱毒呪害事件。
私たちが眠りこけている間にそんな件名が付けられたんだ。
この報告書俺ら三人で作ったんだぜ、と慶賀くんが少し誇らしげに胸を張る。
禰宜が報告書の内容を上から読み上げていき、私もざっと目を通した。
内容は殆ど経過報告していたものと同じで今回の事件の被害を最初から辿って行くものだ。
付け加えられていたのは、ノブくんが犯人だとつきとめたあの日起きた出来事の全てだった。
────神職二名負傷し離脱、その後学生三名が呪者を救出に向かい蠱毒に遭遇。京極恵衣の立案で松山来光が書宿の明にて御札で封印を試みるも失敗。椎名巫寿の鼓舞の明により再び書宿の明を使い、蠱毒を学校内の教室に封じることに成功。
私たち三人の名前がフルネームで記されている。
昨日、宮司と権宮司から事情聴取を受けた際に言われた事を思い出した。
『巫寿さんは、本庁に授力の証明を提出してますか?』
『あ……出してないです』
そうですか、と権宮司が顎に手を当てて何かを考え込む。
出していないと何かまずい事でもあるのだろうか、と不安になっていると私の気持ちに気がついたのか「ああ、違うんです」と権宮司は首を振った。
『今回の件で、授力が使用された事はきちんと報告書に書く必要があるんです。ただ呪力証明書を提出していないのなら、今回の報告で本庁に露見することになります。それについてはどうですか?』
ああ、そういう事だったんだ。
確か昔は授力を持っていると本庁へ届出を出さなければいけなかった。けれど沢山の授力持ちの神職が犠牲になった空亡戦を機に授力を隠す風潮になり、届出も出すか出さないかは本人の自由意志になったのだ。
私はそういうシステムがあったことすら最近知ったばかりなので、何もしていなかっただけだ。
禄輪さんからは授力はなるべく隠すように言われていたけれど、報告書に書く義務があるならこの際仕方がないだろう。
『問題ありません』
私がそういえば、二人は少し申し訳なさそうな顔をして「ありがとう」と言った。
────その後応援要請を受けた神職が合流し、蠱毒の確保に成功。封印後、本町管轄の施設へ輸送される。残穢の残った校舎内はまなびの社宮司・花幡吉祥主導のもと12名の神職で清祓い神事を執り行い、一時間程度で浄化が完了した。
あの後そんなことがあったんだ。
蠱毒からはとてつもない残穢が溢れていたし、復命祝詞で修祓したとはいえ他の妖達の残穢もかなり残っていた。
あれをたったの一時間程度で全て浄化出来るなんて。
────呪者、三好正信は学生三人と同時に保護。診断の結果心身に異常はなし。事情聴取後、本人にも反省の色が強く見られたが被害の規模が大きいため、厳重注意の上日本神社本庁の定める講習の受講と保護観察措置に決定。
あの後、ちゃんとノブくんも保護されたんだ。
禰宜曰く、保護観察処分になるのはかなり重い罰らしい。今後ずっと本庁の監視の元くらさなければならないからだ。
「あの、彼に会うことは出来ますか?」
不安げにそう聞いたのは来光くんだった。
禰宜は来光くんの気持ちを察したのか優しい笑みを浮かべた。
「未成年ということも考慮し、本庁の監視下にあるだけで私生活に制限はありません。神修へ帰る前に様子を見に行ってはどうですか」
目を丸くした来光くんは嬉しそうに「はい」と頷いた。
報告書を最後まで目を通し、その後は今回の件を振り返って再発防止や発生抑止の対策について話し合う。道徳の授業みたいだな、なんてこっそり思っていた。
話し合った事を代表して嘉正くんがまとめてくれて、ファイルの原本に新たに差し込む。
「これを本庁へ提出すれば、任務完了ということになります。皆さん本当によく頑張りましたね。お疲れ様でした」
禰宜が笑って拍手をすると、周りからもパラパラと拍手が聞こえてきた。いつの間にか会議室にはほかの神職さま達も集まっていた。
お疲れさん、と宮司が私達の肩を叩き、本当にこれでようやく終わったんだと自覚が湧いてきた。
首をめぐらせて皆と目を合わせた。皆少しぽかんとした後、照れくさそうに笑ってお互いの二の腕を突き合う。
褒められるって、なんだか変な感じだ。
これまで散々危ない事に関わってきた。その度に沢山怒られては自分たちの無力さを痛感してきた。
けれど今回は、自分たちが今持っている力でできる限りのことをした。その結果、解決に導くことが出来た。
その事実が堪らなく嬉しくて、妙に気恥ずかしくて、凄く誇らしかった。
「ご褒美と言っては何ですが、この後から実習が終わる日までを休暇にする許可を宮司から頂きました。と言っても残り数日ですが」
休暇? と皆の声が揃う。
休暇、休暇……。
また皆と目が合ってみるみる表情が輝いていく。
「よっしゃーッ!」
「宮司サイコーッ!」
諸手を挙げて喜んだのは慶賀くんと泰紀くんだった。
勢いよく立ち上がり会議室から飛び出そうとした二人の襟首を禰宜がガッシリと掴む。まだ話は終わってません、と睨まれて身を小さくした。
「ほかの社の生徒たちはまだ実習中です。あまり羽目を外しすぎないように。神修生らしく節度ある行動を取るように」
ハイッと気合いの入った返事が揃う。
そんな私たちに禰宜はやれやれと肩を竦めた。
「最終日の夕方は千江さんがご馳走を作ってくださることになっていますから、その日だけは夕方までには帰ってきてくださいね」
では解散、その一言に皆は弾けるように会議室を飛び出した。
遅れを取った私に、「早くしろよ巫寿! 着替えたら鳥居の前集合な!」と泰紀くんが階下から叫ぶ。
分かった!と返事をしながら机の中に椅子をしまう。
向かいの席に座った報告書を読んでいる恵衣くんをちらりと見る。
「さっさと行けよ」
顔を上げることなくそう言った恵衣くん。
誘う前に断られてしまった。
「恵衣くんはこの後どうするの?」
「俺はもう少し報告書を読む。その後は試験勉強」
そうだ、昇階位試験。実習が終わればすぐに進級をかけた大事な試験が待ち構えている。
隙間時間を見つけてこつこつ勉強するようにはしていたけれど、初めての試験だしまだまだ不安は大きい。
本来ならば恵衣くんよりも私の方が勉強しなければいけないはずだけど、今日くらいは皆と遊びたい。