貴方の復讐、お手伝い致します

 ストレートな黒い髪、藍色のロングコート。
 切れ長な赤い瞳が見つめている先にあるものは、周りの緑を照らしている青い炎。
 その中には人影が見える。何が燃えているのか。その青年は何を思っているのか──

『貴方の依頼はやり遂げました。またのご依頼、お待ちしております』

 小さく呟く青年はロングコートを翻し、薄笑を浮かべながら、闇の中へと消えていった。

 笑い声と、赤いブレスレットだけを残して――……
「ムカつく。むかつくむかつくムカつく! あの女!! 私の彼氏を奪いやがった。許さない。絶対に許さない。殺してやる!」

 憎悪が込められた憎しみの言葉を呟きながら一人の女性がふらふらと歩いている。目を血走らせ、涙を浮かべながら。ただ、ひたすらに前だけを見つめて。

 学校指定の深緑色を主体としている制服。膝ぐらいのスカートが彼女の歩くリズムに合わせてゆらゆらと揺れる。

 今、女性が歩いている場所は人気が全くない道。もう、人の出入りがないらしく、周りに立ち並ぶ建物はぼろぼろ。ドアが外れそうになっていたり、窓が割れていたりとひどい有様。

 そんな中、一つだけ。まだ人が住めそうな建物が、崩れかけの建物に挟まれ建っていた。

 外装は周りの家と同じですごく古く、壁画が剥がされている。体当たりでもすればすぐにでも壊れてしまいそうに思える。だが、周りの建物と比べるとまだ崩れている部分は少ない。

 彼女は前だけを見続け、歩みを進めていた足をその建物の前で止めた。
 振り返り、建物を血走った瞳で見あげる。
 荒かった息を整え、見あげた瞳を閉じられているドアへと向けた。

「ここで、私は!!」

 欲望のまま、大きな足音を響かせドアへと近づき、ドアノブに手を伸ばす。
 汗が額からにじみ出て、頬を伝い地面に落ちる。血走らせている瞳は揺れており、ドアノブを握っている手は、カタカタと震えていた。
 それでも、意を決して。彼女は、ドアが壊れそうなほどの勢いで引く。ガタンという音が静かな空間に響き渡った。

 目を見開かせ、部屋の中を見渡す。すると、中には一人の青年が背中を向けて、立っている。

「貴方のご依頼、お聞かせ願いましょうか」

 男性にしては高く、柔らかい声が彼女を出迎えた。

 彼女は、青年の独特な雰囲気と、振り返った時に見えた口元の妖しい笑みに息をのむ。だが、すぐに眉を吊り上げ部屋の中に入りながら叫ぶように口を開いた。

「あの! 私の──」

 だが、そんな声は青年の背後から聞こえた物が落ちる音により、かき消されてしまった。

「っ、あー!! 私の大事な本が!! あ、こっちには大事なオルゴールも……。良かった。壊れていないようですね」

 物音が響いた瞬間、彼女を出迎えた男性が慌てた様子で落ちた物を拾い上げた。
 
 店の中を見回すと、足の踏み場がないほど汚いことが分かった。
 床は本やノートで足の踏み場がなく、家具はボロボロ。壁は黒く変色している部分があり、電球は切れ始めているのか少し点滅している。
 少し異臭もするため、ここに人が住んでいたとは到底思えない。

「あ、あの──」

 彼女は、先ほどより冷静になったのか。戸惑いがちに問いかけた。

「あ、すいません。どうやらバランスが悪く置かれていたようで、少しの振動で崩れてしまったみたいです」

 眉を下げ、そう口にしながら男性は崩れた本を積み上げ始める。だが、先程と同じようにバランスが悪く、また崩れてしまいそうになっていた。
 それでも男性は微笑みを崩さず「大丈夫そうですね」と口にし、彼女の方へと向き直した。
 
「ここまで来たということは、そういうことですよね。お話をお聞きしましょう。では、まずお座りになっ──」

 男性は手を添えながら部屋を見回したが、言葉を途中で止めてしまった。
 座りたくとも、座る場所がない事に気付いたらしい。

「……少しお待ちください」

 そう言って散らかっている本を端の方へ寄せ、座れる場所を無理やり作った。

「さて、座る所が出来ましたね。そのまま座ると痛むでしょう、座布団を置いて──っと、どうぞこちらへ」
「……ありがとうございます」

 彼女は床を一瞥したあと、男性を見上げつつ、座布団の上に座る。
 男性も向かいに正座し、話を聞く体勢を作った。

「さて。ここに来られたという事は、貴方は殺したいほど恨んでいる人がいる、と言う事でお間違いないでしょうか?」
「やっぱり……。ここの噂は本当だったんですね」

 彼女が口にした噂とは──

【殺したい程の憎しみを持っている人はどうかお試しください。貴方の××と引き換えに復讐させていただきます】

 と、いう物。彼女はその噂を頼りに、わざわざここまで来ていた。

「はい。私は、貴方の復讐のお手伝いをさせていただきます」

 微笑みながら口にする男性は、自分の胸に手を置き、内容と合っていないような優しい口調で伝えた。

 男性は、腰より長い黒髪の中に深緑色のメッシュが入っており、前髪も長いらしく顔の上半分が隠れている。そのため、両目とも見えない状態になっていた。
 藍色の長いロングコートの中には、大きめな黒いパーカーを着ており、赤いスキニーを履いていた。

「まずは、貴方のお名前を教えて頂けますか?」
「あ、はい。私の名前は神楽坂琳寧(かぐらざかりんね)と言います。あの、貴方は──」
「私には名前がありません。ですが、名前が無いのは接しにくいでしょう。なので、私の事はナナシとお呼びください」
「ナナシ……。分かりました」

 少し眉間に皺を寄せ、彼女はナナシを見返すが笑みを返されただけだった。

「自己紹介はここまででよろしいですか? お話をお聞きしたく思います」

 彼はそのまま話を進めようと、優しく促す。

 琳寧は本題を話そうとするが、それよりナナシの存在の方が気になり、来た経緯よりまず彼について色々質問し始める。だが、どれも「答えられません」の一点張り。どんな些細な事でも答えてくれなかった。

「もし、私の正体が分からなければご依頼できないのでしたら、お引き取り下さい」
「え、いや、その──」

 彼女は何か言おうと再度口を開くが、言葉が繋がらず閉ざしてしまう。

「さて、どうしますか?」
「……依頼、させてください」

 ナナシの問いかけに琳寧は頭を下げ、妖しい雰囲気を纏っている彼にお願いした。

「かしこまりました。貴方のご依頼、お聞き致します」

 その言葉を口にした瞬間、ナナシは口元に歪な笑みを浮かべた。
「では、早速貴方のご依頼内容をお聞かせ願えますか?」
「はい。……最低な女子がいたんです」

 琳寧が口にした内容を簡単にまとめると、自分の彼氏を親友だと信じていた人に取られた、と言ったものだった。

「なるほど。その場の状況や、何か証拠となるものはありますか?」
「えっと……」

 ポケットから携帯を取り出し、彼女はナナシに渡した。

 渡された携帯の画面には、ショッピングモールで一人の男性と女性が楽しそうに話しながら歩いている姿が写されていた。
 手元を見ると、仲良く手を繋いでいるようにも見え、傍から見たら恋人同士に見える。

 女性は茶色の短髪に、長袖の服にワイドパンツを着用している。
 男性の方は耳が見えるほど短い黒髪で、白いTシャツを着ており、ダメージジーンズを履いていた。

「男性の方が私の元彼になる予定の人です。名前は加藤翔。それで、女の方は元親友の樹理香苗(きりかなえ)です。その二人が──」

 途中で言葉を切った琳寧の顔は赤くなっており、目は吊り上がり、下唇を噛み怒りを我慢している。

「落ち着いてください。確かにこれは立派な証拠になりますね。他には何かありますか?」
「……そういえば、私が翔と居る時、必ずと言っていいほど香苗は、いつも近くに居ました」
「翔さんの行動で、何か不思議に思ったことなどはありませんか?」
「翔に? 特には……」
「そうなんですね。三人で居る時の写真などはありますか?」

 ナナシは持っていたスマホを一度琳寧に返し、問いかけた。

「ありますよ。よく三人で買い物とかしてたから」

 再度画面を操作し携帯を彼に渡した。
 受け取った彼は、表情一つ変えずに画面を見始める。

 共にジュースやお菓子を楽しんでいたり、三人で肩を組んでいる写真がある。
 どれも楽しそうに笑いながら写っているため、怪しい写真などは無い。気になる所と言えば、香苗の服装はいつも長袖や長ズボンと、肌の露出を隠しているような服装を身につけている。
 他の二人は、半袖や半ズボンなどが多いため、浮いていた。

「…………おや?」
「どうしたんですか?」
「……いえ、少し気になっただけです。自己完結しましたので、お気になさらず」

 ナナシが手を止めた写真には、琳寧と香苗が肩を組んでいる姿が写っていた。
 インカメを使っており、香苗は右手首から写真に写っている。その見切れている部分には、不自然に白い何かが見え隠れしていた。

「ありがとうございます。こちらはお返ししますね」

 ナナシは笑みを浮かべ、携帯を琳寧に返した。

「では、最後にいくつか確認させていただきます」

「では、私は先程正体を明かさないとお伝えしました。ですが、貴方と契約するにつれて、話さなければならない事が一つあります」
「契約?」
「はい。それで、話さなければならない事とは、私が人間ではないという事です」

 自身の胸に手を置き、淡々と話すナナシの言葉に琳寧は驚きが隠せず、目を見張る。

「それじゃ、貴方は何者ですか!?」
「それにはお答え出来ません」

 琳寧の言葉に対し間髪入れず、彼は笑みを浮かべたまま返した。

「あと、契約するにあたっていくつか質問し、その質問全てに『YES』と答えていただく必要があります」

 言葉一つ一つが妖しく、彼女は困惑の表情を浮かべながらも聞き漏らしがないように聞いている。

「あ、ここで辞退するのであればそれで構いませんよ。どうしますか?」

 そこからは少しの沈黙が訪れ、重い空気がこの汚部屋を包み込む。

「か、必ず依頼は達成してくれるんですよね? 途中で逃げ出したりは──」
「安心してください。私は、契約した人の依頼を最後までやり遂げなければ、次の方と契約が出来ない仕組みになっております。なので、()()()()()()やり遂げますよ」

 その言葉には嘘偽りがない。真剣な口調で、前髪で見えないはずの目から感じる視線は鋭く体に突き刺さる。

「さぁ、どうしますか?」

 やわらかい口調で問いかけられた彼女は、自身の膝に置いていた手を強く握った。

「契約、します!」

 気合の入った言葉と共に、揺るぎのない瞳を向ける。その目は怒りの炎で埋め尽くされており、体に突き刺さるような強い憎悪を感じ取れる。

「でしたら、今から三つの質問します。それにはYESかNOでお答えください。NOと答えた場合はその時点で終わり。貴方との契約は破棄させていただきます。では、質問しても宜しいですか?」
「お願いします」

 琳寧の言葉を聞いたあと、ナナシは頷き口を開いた。

「では、一つ目。貴方は復讐したい相手を殺したいほど憎んでいますか?」
「YES」
「二つ目。結果がどうなっても、貴方はこの復讐をやり遂げたいですか?」
「YES」
「三つ目。貴方自身がどうなっても構いませんか?」

 その言葉に、今まですぐ答えることが出来ていた琳寧だったが、少し言葉を詰まらせた。
 ナナシは質問したあと、返答が来るまで待ち続せている。

「………い……YES」
「本当に?」
「……えっ?」
「本当にYESでよろしいのですか? もしかしたら貴方の××を頂くかもしれませんよ?」

 ナナシは無表情なため、何を思っているのか分からない。

「…………YES」
「分かりました。でしたら、契約完了いたします」

 口にするのと同時に、彼はいきなり懐からカッターナイフを取りだした。そして、次の瞬間。

 ────ザシュッ

「えっ!?」

 ナナシは、いきなり自身の首にカッターナイフを当て頸動脈を切った。血が噴水のように飛び散り、辺りを赤く染めていく。
 琳寧は自身に血が降り注ぐ中、動けない。鉄の匂いが小さな部屋に充満し始める。

『復讐は呪い、呪いは支配。お前の中に渦巻く赤い炎。その炎を青い炎へ、浄化致しましょう』

 響きのある声でナナシが呟くと、辺りを赤く染めた血は、モゾモゾと動き出した。

「ひっ?!」

 彼の首から飛び散らされた血は、一気に琳寧の左手首へと集まり、リング状に形が生成された。

「なに、これ……」
「それは、契約の証であるブレスレットです。もし、無理やり外そうとすれば、貴方の体内に侵入し、全ての血液を吸収しますのでお気をつけて」
「え、本当なの?」
「はい」

 ナナシは先程頸動脈を切り、血が吹き出してしまった人だと思えないほどしっかりとした足取りで立ち上がった。首の傷もいつの間にか治っている。
 
「では、行きましょうか」
「はい」

 二人はドアを開け、外へと歩き出した。
 人気の無い道を抜け、ナナシと琳寧は人の賑わう道を歩いていた。

 事前にナナシからは「自分達の姿は周りに見えないようにしていますので」と聞いていたため、周りなど気にせず琳寧は歩いていた。

 二人はお互い何も口にせず、ただ無言で歩く。すると、ナナシが突如立ち止まり壁に背中を預けた。
 彼女も同じく壁に背を付け、曲がり角から顔を覗かせる。

「あ、あいつら……」

 曲がり角の先には、手を繋いでいる香苗と翔が歩いていた。
 その様子を目にして、琳寧は怒りが込み上げてきたのか、歯を食いしばり拳を握る。

「このまま尾行しましょう」
「なんでですか!? 今ここで──」
「今ここで復讐を達成するのは簡単ですが、後始末がめんどくさいです」

 小声で話していると、香苗と翔はどんどん先へと進んでしまう。見失わないように二人は付いて行くと、デートには到底向かない自然豊かな森が姿を現した。

「なぜ森に」
「そんなのどうでもいいですよ。早く何とかしてよ。あの最低女を!」

 浮気現場を目の前にして、彼女は冷静を保てていない。

「私から彼氏と親友を奪った。いや、元々親友なんてモノは存在しなかった。絶対に許さない。必ず殺してやる」
「落ち着いてください。行きましょう」

 ナナシは怒り心頭の彼女を宥め、そのまま歩き出してしまった。その後ろを、琳寧は手を強く握り静かに付いて行く。

 森の中を歩き続ける二人を見ていると、突如翔と香苗は周りを気にするような素振りを見せ始めた。

「よーやくここまで来たな」
「そうね……」

 翔と香苗はそう短い会話をかわすと、手を離した。次の瞬間────


 ────────バチンッ!


 いきなり乾いた音が、森の中に鳴り響いた。

 琳寧は目を見開き、ナナシは表情一つ変えず見続けている。

「ようやく、ストレス発散ができるな」
「っ…………」

 先程の音は、翔が香苗の頬を平手打ちした音だった。香苗はその勢いのまま倒れ込む。

「おら、さっさと立て。お前が言ったんだからな、責任取れよ」
「……っ。今、立つから……」
「声を出していいと誰が言った?」

 バチンッ ガンッ

 翔は香苗のお腹、腕、足と。頬以外は、服で隠れる所を集中して殴っている。

「お前が言ったんだよな? 『今の彼女に暴力を振るわないで。どうしても我慢できないなら、私が全てを受ける』ってな」

 翔の言葉に、琳寧は驚きのあまりその場に崩れ落ちた。
 ナナシは先程から変わらない表情で二人のやり取りを見続けている。

「わかっているわ。まだ私は大丈夫。だから、大事な親友の琳寧には、暴力しないで……」
「あぁ、俺がお前に飽きない限りはな」

 その二人を琳寧は、見ているしか出来ない。

「さて。では、貴方の復讐をやり遂げましょうか」

 何事も無かったかのようナナシは、木の影から歩き出した。突然現れた彼の姿に、二人は戸惑いの表情を見せた。

 そんな表情を気にせず、ナナシは口角を上げ優しく微笑み、言葉を口にした。

「では、貴方のご友人である神楽坂琳寧さんからのご依頼で、樹理香苗さん。貴方を今ここで殺します」
「なっ、琳寧が……。貴方は一体」

 香苗の言葉に返答はなく、ナナシは懐からカッターナイフを取り出した。
 流れるように左の手首に当て、深く切り、ドス黒い血で地面を赤く染めていく。

「さぁ、復讐の時です」

 ナナシの手首から流れ出ている血が一つに集まり、大きな鎌へと形を変化させた。

「なっ?! なにそれ、なんで!?」

 恐怖で体が震えており、彼女はその場から立ち上がれない。翔も同様でその場に崩れ落ちた。

「その質問は、私が答えるべき質問ではありません。では、さようなら」
「まっ、待って!」

 ────ザシュッ 

 琳寧がナナシを止めるため手を伸ばした時、香苗の体がある真上から赤い雨が降り注いだ。

 彼女の頭が宙を舞い、地面に転がる。首から下は先程と同じ体勢のまま。
 首から噴水のように血が溢れ、止まらない。鉄の匂いが森の中に充満し、気持ち悪い。

 ナナシは、今まで見えていなかった赤い瞳が黒い前髪から覗かせている。その目からは狂気的な何かを感じ取れた。目の前の光景を楽しんでいるようにも見え、身震いする。

「さて。これで貴方は満足ですか?」

 赤く染った顔で、いつもの微笑みを浮かべながら琳寧に振り向いた。

「な、こんなの、望んで……」
「おや? 貴方が言ったのですよ。殺してやりたいって。なので、私は貴方の復讐を代わりに行動したのです」

 琳寧とナナシが会話している間、翔は顔を青ざめ、隣にある顔なし死体を一目見る。

「い、いやだ。俺はまだ、殺されたくねぇぇええ!!!」

 涙を流し、彼は情けない表情を浮かべその場から走り去った。

「情けない男も居たようですね。まぁ、私には関係ありませんが」

 走り去って行った先を、微笑みながらナナシは見ている。

「なんで。私は、ここまで望んでない! 確かに殺したいほど憎かった。でも、香苗は私を守るためだった。私が早とちりで香苗を恨んで──」
「それがどうしたのですか?」
「えっ」

 琳寧の言葉を最後まで聞かず、ナナシは抑揚のない言葉を投げかけた。

「それは私に関係ありませんし、興味もありません。私へのご依頼は『自分の彼氏を奪った友人に復讐したい』。そうだったではありませんか。それに、私は何度も聞きました。『殺してやりたいほどですか?』と。それに貴方はYESと答えた。だから、私は殺したのですよ?」

 簡単に説明するナナシの言葉に、琳寧は涙を流しながら唖然とする。

「貴方はもう少し、周りを見ることをおすすめします」
「どういうことよ……」
「貴方が見せてくれた写真の中には、不自然な物が多々ありました。少し考えればわかったかと思いますよ」

 琳寧の様子を一切気にせずに、彼はそのまま続ける。

「ご友人が暴力の痕を隠すため、肌を露出しない長袖や長ズボンを履いていることが多かった。右腕に巻かれていた白い布は包帯。三人で居ることが増えたのは、ご友人が貴方の彼氏を監視するため。考えれば考えるだけ、不自然な要素が沢山あります」

 琳寧は彼の言葉を聞いているのか、聞けるほどの余裕が無いのか。一切反応がない。

「まず、貴方は周りをしっかり見て、警察や探偵。いや、貴方と同じ人間に相談すべきだった。でも、貴方はそれすらせず私の所へと訪れた。人間とは醜い者ですね。自分の気持ちを最優先し、余裕がなくなり、大事な友人を自分のせいで殺してしまうなんて。あ、実際に殺したのは私ですね」

 ナナシは自身に付着した血液など気にせず、言葉を続ける。
 唖然としていた彼女は、急に息を荒くし、彼の胸ぐらを勢いよく掴んだ。

「返してよ!! 私の友達!! 一番の親友を!!」

 叫びまくる彼女を、ナナシは冷めた目で見下ろす。

 いつの間にか周りは暗く、夜になっていた。森の中なため光は月明かりしかなく、二人を寂し気に照らしている。

 ナナシの赤い瞳は、彼女の怒りと悲しみの狭間にある感情を覗いているように、妖光していた。

 彼女は怒りのまま、叫び声と共に平手打ちしようと手を振りあげた。

「酷いじゃないですか。私はただ、貴方の復讐を手伝っただけなのに──」

 悲しげな声が響いた。それと同時に、まだ赤く染っていない地面を赤く染めた。
 
 琳寧が見開いた目を後ろに向けると、そこには右手が投げ出されていた。次に自身の右手に目を向ける。
 そこには、いつもあるはずの手が存在せず、赤黒い液体がどくどくと流れ出ていた。

 ナナシが琳寧の手首を、一瞬のうちに切り落とした。

 右手を抑えその場に座り込んだ琳寧は、ナナシを見上げる。
 
「では、今回のご依頼は達成しました。なので、貴方から恨みの根源である()()()を頂きます」
 座り込み青い顔を浮かべている琳寧に、彼は優しい微笑みを向けた。
 その表情と言葉に彼女は恐怖を感じ、涙がとめどなく流れ、口は震えて声が出ない。
 逃げ出そうと立ち上がろうとしても、腰が抜けて立つ事が出来ず、体を引きずって逃げるしかない。

「おやおや、そんなに怖がってしまって。可哀想に……。大丈夫ですよ。直ぐ、楽にしてあげますから」

 彼女の様子を楽しむように見ているナナシは、ゆっくりと近付いた。

「さて、このままだと苦しいでしょう。早く楽にしてあげますから、その場に止まってください」

 琳寧は地面を強く握り、汗が流れ落ちる。歯を食いしばり、目は憎しみのあまり充血していた。
 
「なんで、なんで私達が。悪いのはあの男なのに……!」
「最終的にはそうですね。ですが、それを見抜けなかったのは貴方自身かと思いますよ?」

 彼は琳寧の前に移動し片膝をつき、彼女の顎を掴み、無理やり目を合わせた。

「哀れな人間よ。そろそろ浄化させてもらうぞ。お前の大事な、その赤い炎()を──」

 ナナシが口にした瞬間、琳寧の足元が青く渦を巻くように燃え始めた。

「い、いや……」

 どんどん青い炎が琳寧を包み込む。

「やめ……お願いします……お願い……何でもするから……だから……助けて!」

 涙と土で汚れた顔をナナシに向け手を伸ばす。だが、その手は届かず動きを止める。

 その理由は、ナナシの姿が先程と異なっていたからだ。

 耳は狐のように尖っており、お尻からは九本の尻尾。爪は鋭く尖り、口の隙間からは牙が見えていた。

 その姿は、この世で有名な妖。九尾の狐だった。

 ナナシの変貌に、琳寧は震えるしかできない。だが、地面から現れた炎は彼女の心境など気にせずどんどん包み込む。

「──ぁぁぁああ!! 熱い! 熱い熱い熱い熱いあついあついあついアツイアツイアツイアツイアツイ!! 許さない!!! 私じゃない!! あの男がぁぁああ!! 殺してやる!! 殺してやる殺してやる殺してやるぅぅぅううあああああああ!!!」

 琳寧の悲痛の声は数分続き、そして──今。聞こえなくなった。

 ナナシはその青く輝いている炎を、赤い瞳で見続けていた。

『貴方の依頼はやり遂げました』

 小さく呟き、ナナシはロングコートを翻し、薄笑を浮かべながら闇の中へと消えていった。

 森の中には赤く染った地面や樹木。付近には、赤いブレスレットだけが残されていた。
 それからしばらくの時が経った。
 店の中にはナナシが汚部屋の中で一人、座布団の上に座り本を読んでいる姿。

 本を楽しんでいると、何かに気づきドアへと目線を向けた。

「──おや。依頼人が来たようですね」

 ナナシは本をパタンと閉じ、床に置く。
 口元には歪な笑みが浮かんでおり、赤く光っている瞳は、楽しげにドアへと向けられる。

「次はどんな依頼でしょうか。楽しみですねぇ〜」

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